話は本題ですが書こうと思いつつ結構日が経ってしまったと思うことして、日本滞在中のある出来事があります。もったいぶらずに語ると大阪で電車に乗っている最中にふと気づいたのですが、電車の中で誰一人として会話する人がいませんでした。東京周辺ではかねてから電車内で会話する人はほとんどいませんが、関西地方では割とみんな騒音に負けずに大声で関西弁を話し続ける人が以前は多かったと思うのに、少なくとも私が訪れていた間に乗った電車ではそういう人は見受けられませんでした。
しゃべっているとしたら、自分か旅行中と思しき中国人くらいでした。
何故関西人は電車内で会話しなくなったのか。たまたまだったかもしれませんがやはりコロナの影響が大きいのではないかと思います。この電車内の会話に限らず、2022年ごろから始まったコロナ規制の緩和から既に数年たっていることもあり、コロナ前と後の変化について語る人も減りつつありますが、改めて社会を見直してみるとほかにもまだ語られていない変化がたくさんあるように思います。
私自身で語ると、コロナ以前はそんなに手を洗う回数は多くなかったのに、今では寿司職人のごとく帰宅するたびにきちんと手洗いする習慣ができました。あと上海ロックダウン中に死ぬほどチンゲン菜食べさせられたので、もう食べたくないと思い、あれ以降は口にしなくなりました。まぁあれはコロナというかロックダウンの影響だけど。
改めて社会全般に話を戻すと、先日このブログで日本人があまりおしゃれに気を配らなくなった点に触れましたが、これについても「コロナの影響ではないか?」と指摘する人がいました。というのもコロナ期間中に外出する機会や習慣が減り、服装についても前ほど意識しなくなったという見方で、この意見に自分も同感しています。
この外出機会の減少は明らかにあるように思え、実際日本にいたころ、滞在地では夕方ごろから急に人通りが減り、まるで吸血鬼が来襲するかの如く街が極端に静かになっていました。かつてであれば夕方くらいなら予備校とかに自転車で向かう中高生らの姿が見られたように思うのですが、それすらも見なくなりました。
その中高生ですが、恐らくはリモートで予備校の授業や指導を受けるようになっているのではないかと思います。コロナで一番大きく変わったのはこうしたリモート学習やリモートワークの普及で、プラスの面も多いと思う一方で対面コミュニケーションを苦手とする人も増えたと聞きます。今のところはまだそれほど強い影響が出ていないですが、今後2、3年経ったあたりでそのような苦手とする世代が社会に出るようになり、いろいろ問題も顕在化してくるような気がします。
以上を改めて踏まえると、本当にあのコロナ流行というのは世界史に残る歴史的大事件だったんだなと感じます。それ以前は9.11、東日本大震災が私が体験した中でも大きな事件だと思っていましたが、コロナの方が世界規模なだけにこっちの方が体感としては大きかった気がします。そういう意味では貴重な経験ができたと、前向きにとることもできるでしょう。
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