ページ

2014年6月12日木曜日

海外居留民保護に対する低い意識

 どうでもいいことですが先日、自転車を手放し運転しながら「凄いオーガニックだ!」と叫ぶ夢を見ました。恐らくやたら「オーガニック」という単語が連発される「ブレンパワード」というアニメのレビューをその前に見てしまったからだと思いますが、今まで見た中でも上位三位に入るくらいカオスな夢でした。一位はやっぱり前にも書いたが、サザエさんのEDテーマがTMレボリューションの「バーニンクリスマス」になった夢でしょう。
 
 話は本題に入りますが、後は公明党がどう妥協するところまで来ている安部政権の集団的自衛権の議論について私はこれまで何一つこのブログで触れてきませんでした。何故取り上げなかったのかというとこの議論は既にあらかたの問題点は議論され尽くしており、後はその内容を基に実際にやるかやらないかを判断する段階にもうきていると考えていたからです。事実、野党の質問などは過去にも同じような内容が質問され、与党も既に回答してきたものが多く、文字通り茶番だなと思ってくだらない議論に与したくないと思って無視してきました。
 
 そんな風に言っておきながらですが、この議論の中の安倍首相の答弁で気になるというか癇に障る発言が一つありました。その発言というのはニュースでも大きく取り上げられたので覚えている方もいるかもしれませんが、安倍首相が集団的自衛権の容認が何故必要なのかという説明にて語った以下のような発言です。
 
「海外から脱出した日本人を米国の艦船が運搬している最中、第三国から攻撃を受けても日本(の自衛隊)は米国の艦船を支援、救出することが出来ない」
 
 この発言を聞いて最初に私が思ったことは、「これは集団的自衛権以前の問題ではないか?」でした。野党側も同じように思ったのか、このようなケースであれば集団的自衛権(=同盟国を守るために交戦する権利)以前に現行でも認められている自衛権(=自国を守るために交戦する権利)の範囲内で、何も集団的自衛権が無くても自国民を守るため米国の艦船を支援することは何も問題ないのではと反論してましたが、私もまさにその通りだと思います。なおその野党議員は名前は失念してしまいましたがこの発言について、「総理は集団的自衛権が必要であるという根拠にこだわるあまりやや外れた内容を口にする」と述べてましたが、なかなかうまいこと言うもんです。
 
 私の意見は先の野党議員同様、集団的自衛権が認められなくても上記のようなケースは何も問題なく、普通に自衛隊が交戦しても全く問題ないケースだと考えます。ただこの発言に私が執着するのは安倍首相が興奮のあまりに妙なことを口走ったというより、そもそも政府は日本人海外居留民の保護などまるで考えておらず、上記のようなケースであっても全く守るつもりがないからああいうことを口にしたんじゃないかという不信感を覚えるからです。というのも日本はこれ以前からも一貫して海外に在住する日本人の保護に無関心というか怠慢なままで、だからああいう「守って当然」ともいえるケースも特別なケースの様に扱えるんだという気がしてなりません。
 
 実際に過去の例で述べると、北朝鮮の日本人拉致事件も非常に強い疑惑がもたれていながら長期間放置しておりましたし、イラン・イラク戦争の際も外務省はイランにいた日本人のため帰国便を手配することなく余計なことをして脱出を遅らせ、最終的にトルコが自国民より日本人のために優先して脱出便を用意してくれるまで無策もいい所でした。更に古いネタを穿り返すと、二次大戦の最中に軍部は日本人は全員死んででも米国に交戦しろと主張し、実際に沖縄戦では本来引き離すべき民間人を簡単に戦火に巻き込み、また満州では開拓民を置き去りにして軍人が真っ先に逃げ出しています。他にも細かいのを上げていくと戦後に行われた南米移民とかも国家的詐欺もいい所です。
 
 総じて日本政府は、日本国民を守ろうという意識が歴史的に薄いです。まぁロシアや中国と比べたらマシかもしんないけど……。ただ私としては、少なくとも民主主義国家である以上は国民の保護こそが政府の最大の役割であり、国民よりも天皇や領土、場合によっては米軍を優先して守ろうという姿勢は決してよくなく、下手すれば破綻を招く一因にもなりかねないように思えます。
 私はこれまで安倍首相に対してそれほど嫌悪感を持ったことはありませんでしたが、あの時の発言を見る限りだとこの人は国民の保護など度外視しているなという姿勢が透けて見えたので、やや極端な気もしないでもありませんが一気に嫌いになりました。
 
 最後に一つだけ書くと、私自身が今海外在住の身でありますが、日本国内にいる人はあまり海外在住者の保護について考えてくれないように思えず、ひどい場合は自己責任だと言う人も少なくないでしょう。さすがにイラクでの人質事件に関しては私も自己責任論の主張者でありましたが、海外に在住することで必死で日本に外貨をもたらす人間もいるのだから、もうちょっと応援してくれたらななんて思わなくもありません。

2014年6月11日水曜日

不振鳴り止まずして

 中国に来たらテレビとかも見ないし時間がゆっくりできるだろうと考えておりましたが、今のところは真逆で非常に苛立たしい時間を送ることのほうが増えております。一番の問題というのもネットの問題で、結論から述べると、おそらくどこかからか私のIDとPASSが流出したようで、同じ組み合わせを使っていたところから一斉に不正ログインの連絡がきました。

 最初に来たのはGoogleからで、不正ログインの可能性の高いアクセスがあったためブロックしたとの報告とともに、アクセスを仕掛けてきたIPアドレスと時間帯を丁寧にも送ってきました。その情報は下記の通りです。

2014年5月29日 18時05分21秒 UTC
IP アドレス:
60.71.104.188(softbank060071104188.bbtec.net)
場所: 日本, 東京都新宿区

 この時間帯には既に私は中国に渡っているため私自身がアクセスしたということはありえず、Googleが睨んだ通りに不正アクセスとみて間違いないでしょう。その後、楽天、ニコニコ動画、Yahoo、東京三菱UFJ銀行、Skypeなどからも不正アクセスの連絡が来て、それぞれで対策のためパスワードを変更しなくてはならなくなりました。このパスワード変更で何が苦しいかっていま中国にいるということで、中国政府の検閲のせいでGoogleのアカウントに直接アクセスできないという点です。最終的には色々裏ワザ使ってパスワード変更こそ達成したものの物凄い時間と労力が割かれ、このタイミングで不正アクセスしてきた上記IPアドレスの人間には もし会うことがあったら必ず生かしては置かないと心に決めています。
 で、その犯人ですが、IPアドレスの情報からするとソフトバンクBBのアドレスであるため、直接ソフトバンクBBに調査して捜査して捕まえて殺せと伝えましたが、不正ログインを行ったという直接的なログがないとさすがに対応できないと言われ、仕方ないのでGoogleにもしログがあるなら提出してくれないかと頼みましたが、対応を断られました。

 ソフトバンクBBにしろGoogleにしろこの対応は私としては残念ではあるものの、犯罪の証拠を求めるのは当然であるし、いちいち細かいログを抽出して提出するのも大変だろうしと考えると内心ではしょうがないと思います。ただ逆を言えば、こういう不正ログ インをおおっぴらにしてもなんも捜査が行われなければ処罰もない(仮に大企業への不正アクセスなら話は違うだろうが)と考えると、被害者はやられても泣き寝入りするしかないのが現代事情ということになります。面倒ではあるものの、こういうことをやらかす人間を虱つぶすみたいに一人一人目立つ形で殺してかないとキリないんじゃないかなと個人的に思います。実際に殺害まで行かないにしろ、初犯でも数年の懲役など厳罰化していってくれないものかな。IT企業同士で情報を共有するとかしてさ。

 なお、私のPCはスキャンをかけたところウイルスの類は一切発見されませんでした。怪しいサイトを踏んだ時にクッキーの情報が盗まれた可能性も否定できませんが、どちらかというとどっかパ スワードを登録していたサイトが流出したのではないかと、あくまで勘ですが私は考えております。というのも、どれも不正ログインの跡がありながら、ブロックされたこともありますが直接的な実害はなく、自分一人を狙ったというよりはまとめて得た情報を確かめているような、そんな素振りが見られるからです。内心、真っ先に思い出したのはmixiの件ですが、mixi自体を私はやってないしな。

 こうした不正アクセスへの対応もさることながら、新しいネット環境もすこぶる苛立たせる仕様が非常に多いです。Yahooメールを使っている方ならみんなわかるでしょうが、なんかバージョンを近日中に切り替えるということでこれまで使われてきた「正式版」から「ベータ版」に私も移行し ましたが、こういってはなんですが不満しかありません。元々、このベータ版はデータ量が重いことからネット通信速度の遅い中国だと閲覧が非常に苦しくなるので避けてきましたが、移行するというのだから腹くくって切り替えたところ、案の定重い上にバグの発生も非常に多いです。さっきもメール一覧に切り替えようとしたら全く切り替えようとしないため腹立ちまぎれに外付けキーボード叩いたらヒンジが折れて余計に腹が立ちました。まぁこのキーボードに関してはこれまでも叩きながらなかなかヒンジ折れなかった分だけ大した品物だが。
 このYahooメールに限らず、日本の一部サイトは通信速度が極端に低い海外での閲覧、使用を全く考えてない向きが見られます。特に企業サイトについてい えば余計なFLASHを入れているためにトップページが中国からだとなかなか開けない所も多く、もっとこういう点について考えてもらいたいとこの頃よく思います。

 そして最後が中国のやはり遅い通信速度です。遅い通信速度は何も今に限ったわけじゃありませんが、今回自分が使用している部屋はホテルの一室であるため、モデムとかの設置がどうも指定されているため、通信速度自体は契約した内容通りではあるものの、中国の検閲を避けるVPNが設置できない上、ノートPCから直接WIFI電波を飛ばすソフトウェアもなんだか不安定になってちょくちょく電波が切れます。このノートPCからWIFIを飛ばすソフトで私は最初に「Connectify」というメジャーなソフトを選びましたが、どうも 中国の回線とは肌が合わないようで電波が飛ばせず、しょうがないので友人が使用していると言った「Virtual router」というソフトに切り替えたところ何とか成功して、再びこちらで「パズドラ」を遊べるようになりました。といっても、本当にちょくちょく切れるは認証が出来なかったりでイライラする。

 それにしても悪いことは重なるというか、本当にイライラする毎日です。ちょうど中国が天安門事件のあった6月4日前後でネットの規制や検閲が厳しくなっている時期と重なったために余計な苦労もしょいこむこととなり、精神的にかなり負担をかける羽目となりました。この辺は海外で暮らしたことのある人間にしかわからないかもしれませんが、割とストレスとい うのはデータのように積み重なってくもので、負担を受けた分だけ許容しなくてはならなくなります。ちょうど引越しやら手続きやら仕事の準備やらで苦しい時期に余計なことしやがってと心から思うのと同時に、将来金に困らなくなったらこういう悪い輩を片っ端から始末する仕事人になりたいなと思った次第です。

2014年6月8日日曜日

ブログ再開、とこれまでの一週間

 やっとこさネットもつながったのでこのブログも再開です。相変わらず中国からだとBloggerのサイトにアクセスできないため、メールを利用しての投稿となります。

 まず中国に赴任してからのこれまでの一週間ですが、到着一日目は普通に上司の家に泊まり、二日目から中国人のローカルスタッフと共に部屋探しに入りました。探して二軒目ですぐOK出して決めたのですが、なんでこんなに早く決断したのかというと中国だと物事を進めようったってなかなか進まないことが多く、ベストを求めていたらきりきり舞いをすることになるため最低ラインを突破した時点ですぐに決断するが吉だと私自身が考えているからです。
 で、案の定というか、連休を挟んだ次の営業日になってみ ると大家が、「会社相手では契約しない」と、既に予約金も払っていたのにいきなり言い出して、結局その部屋の契約は流れました。内心、こういうトラブルはよくあることと思いつつも不動産屋に対して「時間の無駄だった!」などと文句言って、手付け金を返してもらい次の不動産屋へと向かいました。

 ここでちょっと中国の住宅事情について触れますが、家族用の住宅はたくさんある一方で独身の単身者用マンション物件というのは非常に少ない傾向があり、今回の部屋探しでもこの点で苦労しました。逆に日本は今、単身者用の物件のが多いような気がするだけに人口構成の差がそのまま出ているのかもしれません。

 話は戻って自分の部屋探し。二軒目の不動産屋に紹介されたのは、近隣にあ るホテルの一室ことオーナーズマンションでした。上海でもこういう形態の部屋に住んでて、水回りなどいざって時の対応がホテルフロントに頼めるということと、中国での賃貸にしてはまだ部屋がきれいだったので一軒目にて即決。家賃は月額2000元(約3万3000円)で、上海時代の3300元に比べると昆山市は安いなあなんて思っちゃいます。明けて翌日には正式に契約を交わしてすぐそのまま住み始めました。この辺りのスピード感は中国らしい。

 部屋が決まったことからようやく通信会社行ってネットの契約準備も始めたのですが、携帯電話とセットの契約で安くなると言うので中国移動で手続きを進めていたら、契約後になって「そちらの住所はネット接続サービス対象外です」と言わ れまたふりだし。結局中国電信という通信会社言って普通にまた契約して、昨日土曜日に工事に来るよう指定したのですが、その場で一年間のネット使用料を払わなくてはならず、手持ちの現金をリアルに使い果たして財布の中が一時20元(330円)しかなくなる事態に陥りました。
 それでもVISAカードでキャッシングすればいいとATMに行ったら何故か反応せず、前もホテルでの支払いに使用しようとしたら受け憑かなかったことがあったため、もしかしたら口座の設定で制限かかっているのかもしれません。さすがに20元じゃ明日生きてくのもつらいので上司から金借りて(1500元)生活しましたが、ようやく今日になって持っていた日本円を兌換したので、明日には上司にお金を返せそう です。

 なおその上司ですが、自分がこっちに赴任して三日目くらいに私の目の前で電動バイクに轢かれました。もっとも、轢かれたというよりは低速で後ろからぶつけられたというのが真実で怪我もなく軽症に済みましたが、私が本社へのメールでこの事実を冗談めかして隠れて報告したら、上司に対して日本から「お前、バイクに轢かれたんだって!?」という電話が次々かかってきてなんか笑えました。

 ネットにつながったのは昨日で本当は昨日にもブログをまた再開しようかと考えていましたが、ネット関連でいろいろ弄っているうちに時間が無くなって結局かけずじまいでした。具体的にどういうことしてたのかというと、手持ちのタブレットPCにWIFI飛ばせるように「Virt ual Router」というソフトをノートPCに入れたり(成功)、日本のサイトが見られるようにVPNの導入試験をやったり(こっちは失敗)などです。あとまだ詳細は明かせませんが、ネット関連でちょっと面白い事態に巻き込まれており、うまくいけば面白い顛末記事が書けるかもしれません。まだ結末が見えませんが。

 久々のブログ執筆ということでなんか調子が狂うというか、やや面倒くさい思いがします。それだけ以前は習慣化されていたのかと我ながら呆れると共に、一週間のブランク明けは意外とつらいもんだという気がします。明日はまたなんか、書きたいことでも書こうっと。

2014年5月29日木曜日

ネット環境が出来るまでしばらく休載

 この記事は予約投稿なのですが、この記事がアップされる頃には私はもう中国に行っています。大分前にも書きましたがようやくというか中国への駐在赴任が決まって、今頃は江蘇省のどっかでうろついてることでしょう。

 このブログについては中国のネット検閲によって直接アクセスすることはできませんが以前の反省からEメールから直接記事を投稿できるような態勢を整えているので、今後も更新は続ける予定です。ただまだ向こうでの住居も決まっていない状態で、ネット環境も当分は整わないと予想していることから次の更新まではしばらく空くことになると思います。その気になれば裏ワザは多少ありますが。

 ネット環境が整うまで全く予想がつかないのですが、そういうわけで多く見積もって2週間、早くて1週間くらいはかかるかと思います。普段から更新料が異常なほど多いこのブログで、3月に体調不良から予告なしに1週間ほど更新をサボったらあちこちからガチで心配する声をいただいただけに、休むにも予告が必要というなんか妙なブログになったもんだとつくづく思います。どうでもいいですがこの記事書いてる最中、数年前に突然更新が止まって管理人がどうなったのか、失踪したのかと心配された「エルエル」という個人ニュースサイトを思い出しました。まぁあのサイトほどこのブログの閲覧者は多くないけど。

2014年5月28日水曜日

時代に伴う主力産業の変遷

 先日、ネット上で興味深い記事を読むことがありました。その記事の内容は新卒就活を扱ったもので、今現在は銀行を始めとした金融や総合商社、あと製造業なら自動車系が志望先として人気が高いが、今現在定年を迎えようとする人たちが就活にいそしんだ40年前はどの業種が最人気就職先だったのかと問いかけた上で、その答えはなんと石炭関連産業だったと書かれてありました。

  石炭関連といっても今どきの若い子はぴんと来ないでしょうが当時の日本においては主力も主力の産業で、日本が唯一保有する資源として北海道の夕張や福岡県の北九州市などでは炭鉱夫が多く集まり、また採掘した石炭を加工して化学品を作るという二次産業も非常に盛んでした。しかしエネルギー革命によって主要エネルギー資源が石炭から石油に移ると一気に凋落し、石炭を輸入する商社は今現在も日本に存在して活動しておりますが、石炭を採掘したり二次加工したりする分野となるともはや絶滅に近い状態といってもいいでしょう。

 その記事はこうした時代の移り変わりを説明した上で、今勢いの強い産業でも40年先も同じとは限らないと述べた上で、自分が志望する業種にうまく就職できなくてもそれほど焦らないようにと言う具合にまとめられていました。非常に優しい提言だったので記憶に残ると共に、言われてみると数十年で産業というのものはがらりと変わってしまうもんだなと私もしみじみ思いました。
 石炭産業ほどひどくはありませんが、石炭産業と同様にかつての日本で主力だったのは富岡製糸場よろしく繊維産業でした。今は亡きカネボウも確か戦後の一時期において売上高が日系企業としては第一位になったこともあったようですが今となっては会社自体存在しておらず、そのほかの糸偏産業もうまいこと先端素材分野に転換できた東レや帝人を除くとお世辞にも日本をリードする産業とはとても呼べません。

 今の日本で最も競争力が高く強い産業は何かというとそれは間違いなく自動車産業です。自動車に関してはリーマンショック後も強勢を保ち恐らくあと10年くらいは何とか頑張ってけそうですが、日本でかつて自動車と双璧を成したエレクトロニクス産業に関してはもはや沈む夕日というべきか、斜陽産業となりつつある気がします。先程にも別記事のコメントに書きましたが、90年代後半において就職先として最も人気な企業の一つであったソニーはパナソニックやシャープといった赤字三兄弟の二社が前期にようやく赤字から脱したのに対し、ソニーだけは未だに赤字から脱することが出来ておりません。また私見として述べても、90年代のソニーと比べて今のソニー製品には覇気がないというか、高い金払っても買いたいと思える商品が本当に存在しないように思えます。昔はVAIOを持っているだけで自慢できたというのに。

 こう思うと周りから羨まれるような人気企業に就職しても、果たして定年まで羨ましがられるかというと微妙なもんです。むしろ各時代の花形産業というのはある意味で満開状態にあると言ってもよく、その時代を過ぎると後は枯れていくという可能性は決して低くない気もします。流れ的に見るなら、悲観的な気もしますがやっぱり日本のエレクトロニクス産業は今その時期なんじゃないかな。

 なんで今日この記事を書こうと思ったのかというと、デザートとして一昨日買っておいたのが「ちょっと贅沢 北海道メロンゼリー」だったので、

北海道メロン→夕張→炭鉱→石炭産業→前読んだ記事

 というつながりができたからです。今に始まることではないですが、なんか自分の頭の中の単語のつながりがおかしい気がしてなりません。

2014年5月27日火曜日

伝えることに全く努力しない日本人

 上司が部下に対して作業を指示したものの部下がその作業をきちんと達成できなかった場合、日本では十中八九その部下が悪いことになると思います。しかし私が日頃見ている限りだと、案外上司の方があいまいな指示を出しててそのあいまいさゆえに部下が失敗してしまうケースの方が多いような気がします。更に言えば、上司の指示(リーディング)がまずかったのではという可能性を日本人ならほぼ誰も検証しないということ自体がやっぱ異常な感じがします。

 私がこう思うようになったのはやっぱりというか中国で生活した経験があるからですが、中国だと作業が上手くいかなかったので従業員を叱ると、「お前の指示(説明)が悪いせいだ」 と本気で言いかえしてくるケースがあります。自分が言われたわけではないですが横から見ていて、確かに上司の方に問題があるとは日本人は考えもしないなと思い、それと同時にこれまで付き合ってきた自分の日本人上司の中には何が言いたいのかよくわからない指示を連発して、うまくいかなかったら下のせいにする輩が多かったようなと思うに至ったわけです。しかもそういう上司に限ってやたら「5W1Hは大事だぞ」と連呼していて、人に言う前に自分を省みろと何度も思ったものです。更に言うと5W1Hだけでなく、想定外の事態への対応である「もし」こと「If」もしっかり付け加えられる人は仕えててやりやすいです。

 話は戻りますがこうした上下関係に限らず、日本人は説明など口頭での伝達に関しては全く努力しないというか、基本的に「わからない奴が悪い」というスタンスを取ることが多いです。もっともこれは中国人にも少なからず共通する点がありますが、日本の場合だと上下関係だと特にひどく、教育現場においてはこれがまかり通ってていろいろな面で悪い影響を与えている気がしてないません。

日本料理人ブラック過ぎワロタ(アルファルファモザイク)

 上のリンク先はその一例というか料理人の世界の話ですが、新人は一切包丁を持たせてもらえず雑用ばかりさせられて、肝心の料理技術を教える段階では「見て盗め」などといって何も教えない、何のための指導だよといいたくなる現場の例が紹介されています。
 大分前に京都吉兆の支配人が言っていた言葉ですが、新人に包丁を持たせないのは先輩からのいじめ以外の何物でもなく、料理の腕を上達させるためには初めから持って始動させた方がいいと、ごくごく当たり前のことを言っていました。しかし日本だとこんな当たり前のことが通らずに非合理な言い訳がまかり通り、挙句にさっきの「見て盗め」なんて自分に説明する技術というか会話能力がないと自信を持って白状するセリフまで出てくる始末です。

 さすがにブルース・リーくらいのレベルになったら「考えるな、感じろ!」といってもいい気はしますが、少なくとも日本の日常においてはこんなセリフみたいなことを言うのは無駄でしかないし相手するまでもないでしょう。相手を理解させるべき立場の人間が理解させるための努力を放棄する、もしくは理解する側の人間にだけ歩み寄らせるなど、責任放棄もいい所です。

 ではなんで日本はこのように伝えることに努力を払わなくなったのでしょうか。一番大きな原因はもう断言してしまいますが、基本的日本は上(=理解させる側)が馬鹿でも末端の人間(=理解する側)が優秀であることが多いいため、あいまいでよくわからない指示でも必死で歩み寄り、相手の意図を頑張って読んでくれるためなんとなくそれでうまくいってしまうことが多いからでしょう。逆に欧米なんかだと移民の労働者に対して必死で理解させてもらうためコミュニケーションを工夫するというし。

 もう一つの理由として私が考えるのは、司馬遼太郎みたいであんまりいい気分しないけど、やっぱ旧日本陸軍が悪かったんじゃないかとも思えます。旧日本陸軍がやっていた教練や軍事作戦なんてどれも合理的に考えたら全く意味がなく非合理的なものが多かった(うさぎ跳びなど)のですが、それに対してさも価値や意味があるように非合理的な説明というか言い訳を繰り返して、「非合理的な行為に対して非合理的な説明をする」というのが日本全体で一般化してしまったのでは、なんて思うわけです。そりゃ戦争にも負けるよ。

 紙幅が余ったので如何に旧日本陸軍が非合理的だったかという一例を述べると、「バーデン=バーデンの密約」といって、明治から大正にかけて長州閥こと山口県出身者が陸軍内部で主要な地位を占めていたのに対し、この時の密約に出た陸軍幹部らは「俺たちがえらくなったら長州閥を締め出そう」と約束し合うのですが、念願かなって幹部養成学校の陸大の教官になると長州出身者に対して面接試験において、「校門からここまで何歩かかる?」なんてむちゃくちゃな質問をしては無理矢理蹴落としていき、事実ある年を境に長州出身の陸大入学者は完全にいなくなってしまいます。派閥を打倒するために別の派閥を作る、悪しき典例といえるでしょう。

2014年5月25日日曜日

荒れる国際情勢と米国の弱体化

 このところシリア内戦に始まりクリミア併合、タイのクーデター、南沙諸島での中越(「越中」と書いたら別の意味になるなぁ)の衝突など、控え目に言っても国際情勢が非常に荒れた状態となっております。最近すっかり鳴りを潜めていますが自分の真の専門は歴史学でも社会学でも漫画・アニメなどサブカルチャーでもなく、国際政治であると自負しており、そんな自分からすると今の状況は不遜ですが見ていて楽しいことこの上なく、今後どうなるかが本当に楽しみです。

 そんな自分の感傷は置いといてここで一つクエスチョンですが、何故このタイミングでこれほどまでに世界情勢が荒れてきたのでしょうか。 結論から述べると今これほど荒れるようになったのは米国の発信力というか威信が低下していることこそが原因ではないかと私は見ており、特に中国の増長は「何してもオバマは言ってこない」と安心しきっていることに尽きるでしょう。

 中国が近年増長するようになったのは一つには政治トップの総書記の交代があります。2012年に胡錦濤から習近平に総書記色が移りましたが、去年一年を見ている限りですとやっぱり胡錦濤はなんだかんだ言いながら日本に対して気兼ねしてくれてたんだなぁという風に思えてきました。逆に習近平はバックにいるのが江沢民を頂点に頂く上海閥で、この上海閥は軍とも近い距離にあると言われているだけに領土問題とかでも手段が強引になってきた感があり、習近平本人のパーソナリティかどうかまではまだ計りかねますが、今の指導部として考えるなら今後もこのようなペースが続くんじゃないかと思います。

 そんな習近平政権が強気になった一つのターニングポイントとしては、東シナ海の防空識別圏を去年の突如一方的に設置したあたりでしょう。記憶している方なら話は早いですが日本の領海を含むところまで勝手に防空圏だと抜かしてこの防空圏を通過する航空機は民間を含めて全部飛行ルートを提出しろと本当に勝手なことを抜かしてきました。たださすがに勝手が過ぎたのか日本や米国を始めほぼすべての周辺国から非難されて、「そういう意味じゃない」と急にしおらしくはなったものの、日本は割としつこく抵抗したものの米国は最初の一回だけ批判した後はすぐに飛行ルートの提出に応じちゃい、どうもこのあたりで中国が「米国は多少無理しても何も言ってこないな」と味を占めたような気がします。
 一度味を占めたらこっちのもんで、その後に中国は日本の航空機にレーダーを照射するは、南沙諸島で勝手に開発始めるわ、ベトナムの船にぶつかってくるわとやりたい放題になってきました。しかしこれだけやりたい放題しても、当事者の日本やベトナムは反発しましたが米国の反応はいまいちというか、オバマ大統領は結局あまり動きませんでした。元からオバマ大統領というか米国民主党は伝統的日本より中国寄りな姿勢を持ちますが、その姿勢がここにきて中国を増長させる一因になっているように見えて仕方ありません。

 そんなオバマ大統領の動かない姿勢は東アジアだけでなく中東、ひいては東欧においても同様です。シリアでの内戦に関してはやけに激しくシリア政府軍への空爆を提唱したもののロシアのプーチン大統領の反対に押し切られ(個人的な意見としては私も空爆反対だったし今も変わらない)、そのままの勢いでウクライナのクリミア半島もロシアに併合され、今現在もウクライナ東部の帰属をめぐってロシアが有利な立場で進めています。
 単純にオバマ大統領よりプーチン大統領の方が役者が、というより大統領が上だったと言えばそれまでですが、クリミア併合の際に私は、仮に今の米国の大統領がブッシュだったらこうも行かなかったろうなということが頭をよぎりました。まぁブッシュ前大統領はあんまり賢そうではなかったですが、いざとなったら武力行使に踏み切るという覚悟があったのに対し、今のオバマ大統領は口先ではどうとでもいうけど結局は何もしないということが見透かされているような感じがします。

 このような視点で今後の先行き予測を述べると、オバマが大統領を続ける限りは中国やロシアはどうせなにも出来やしないと見越して増長を続け、隙あらば即行動を取ってくると思います。ま、もしかしたら中国やロシアだけじゃなく中東のある国も隣国の政情が安定しないことを良いことに何かやってくるかもしれませんが。

 そんな中国とロシアですが、日本の報道によるとこのところ両首脳が度々階段を持つなど関係が親密化しており、今朝のニュース番組では両国の接近が日本の脅威になるとやけに大きく報じてました。逆に日本はクリミア併合で米国のロシアへの制裁に賛成したことから、ロシア側が不機嫌になり、余計に中国への接近を促してしまったなんていう報道も出ています。

 ただ私からすると両国の接近は楽観視しており、むしろ中国がロシアに接近すればするほど日本にとっては有利になるんじゃないかと密かに考えてます。こう考える理由としてはロシアは本当の意味で虎狼の国で、あらゆる条約とか国際常識が中国以上に通用しない国だと考えており、迂闊に中国がロシアから天然ガスを輸入し始めたが最後、絶妙のタイミングで裏切られてひどい目に遭うのではないかと思ってるからです。同じ理由から、私は日本がロシアから天然ガスを買うというかエネルギーを依存することに対して反対です。

 またえらく内容が濃い記事となりましたが最後に書くこととして、今後日本はどのような立場を取っていくかです。方針としては大まかに言って三つあり、一つは威信が低下しているとはいえ、むしろ低下しているからこそ米国と共同歩調を取って国際社会の安定を求めるという案。二つ目は米国なんてこの際宛てにせず、中国を抑えるためベトナムやフィリピンなどとより強固な連携を模索する案。三つ目は多少妥協することを条件に中国と共同歩調を取っていくという案。恐らく大多数の日本人は第二案を取るでしょうが、果たして数が多いとはいえ米国より発信力の国と組んでうまくいくのか、そういう視点を持つことも必要ではないでしょうか。
 じゃあ私ならどの案を選ぶのかというと、答えは第三案一択です。恐らくプーチン大統領としては、さんざ中国と共同歩調を取りつつ持ち上げ、躍らせたところでぽいと捨てるタイミングを考えてるんじゃないかなと思い、日本も同じように中国を泳がせるだけ泳がせていいタイミングで裏切るのが現状で吉じゃないかと考えるわけです。それこそ、オフレコで日本は中国の南沙諸島進出を支持すると言うだけ言ってみるとか。

 多少ずるい回答ですが、国際政治というのは将来確実に裏切ることを前提として仲良くするのも一つの手だと、私は考えます。

2014年5月24日土曜日

「ブラック・ラグーン」の10巻について


 上記の画像はネットでたまたま一昨日見つけて来たものですが、このたった一コマだけで何の漫画の一コマであるか一発でわかりました。わかる人にはわかるでしょうが、この漫画によく出てくる「飯田」が後にあんなことをしでかすなんて……。

 話は本題というかまた漫画の話ですが、今日また漫画喫茶に行ってきて以下の漫画をざらっと呼んできました。

・テルマ・エロマエ 4~6巻
・ジョジョリオン 7巻
・新世紀エヴァンゲリオン 5~13巻

 上記の漫画はどれも予定になかったというか時間が余ったので読んだのですが、元々今日読みたいと考えていたのは見出しに掲げた「ブラック・ラグーン」という漫画の最新巻(10巻)でした。目当てにしていたものの今日行った漫画喫茶には何故かおいてなかったので、どうせ手持ちのQUOカードが時期使わなくなるのでそのまま本屋行って直接買ってきました。

 このブラック・ラグーンがどういう漫画家というと、敢えて言うなら犯罪バイオレンスアクションものといったところです。特筆すべきは作者の広江礼威氏がとにもかくにもキャラクターの描き分けに長けており、日系商社勤務の日本人に始まり、軍人上がりのロシア系マフィアの女ボス、ルーマニア出身の双子暗殺者など実に国際色入り乱れておりますが、どれもそれぞれ特徴を持っていて容易に見分けることが出来ます。
 次なる特徴というかこの漫画の最大の魅力を述べると、激しい暴力描写を「なんともない」とする各キャラクターの言い回しで、一例を挙げると、死体処理に当たってバラかミンチかと聞かれて「脅しに使うからバラで」、とこともなげに言ってのけるなど、浮世離れした現場をすっ飛ばすかのようなジョークが飛び交います。

 そんなPTAからいろいろ文句が飛んで来そうなくらいぶっ飛んだ内容のこの漫画ですが、作者曰く体調不良とのことで、今回の最新刊が出るまで長らく休載が続いておりました。それは具体的にどのくらいかというと、ひとつ前の9巻が出たのが2009年10月で、10巻が出たのが2014年5月こと今月です。この間、約4年半。
  自分がこの漫画を読みだしたのはちょうど2010年の7月くらいで、その年の10月から中国に行ったので「最新刊がでたら読めないじゃん」とか思っていたら、まるまる中国にいた間に最新刊が発売されなかったというオチが付きました。

 そんなわけで文字通り首を長くして待っていた最新巻でしたが、結論から言うと非常に面白く、今日漫画喫茶で読んだ全部の漫画を足してもこの一冊に面白さで劣るのではとすら思う出来でした。相変わらず絵柄はブランクを感じさせないほど安定していてセリフ回しもテンポよく、今回で一番気に入ったセリフは「ああ可哀想なミス・北京ダック。盗むのは彼女じゃない、彼女は盗まれる立場なのに」でした。
 「ミス・北京ダック」という単語から類推する人もいるでしょうが、最新刊から始まった新しいシリーズでは中国人女性キャラが半主役です。作者が香港映画マニアだといううわさもあるだけに自分から見ても実にキャラが立っていて、多少不遜かもしれませんがこの女性キャラに対して自分は強く感情移入できました。なんでそんだけ気に入っているのかというと、この一言に集約されます。

「最后的最后都不放弃,这就是我的死法」

 これは背表紙に書かれてある言葉(もちろん中国語)ですが、同じ内容の言葉は作中でちゃんと日本語となって語られています。多少ネタバレになるので敢えて意味は書きませんが、この言葉は今の自分にはずしんと重く響きます。以前に甘粕正彦について書きましたが、国家や会社の命令に対し忠実に従った結果として国家や会社から追われることになる、そんなバカなということは現実に世に溢れているななんてこの漫画を読んで自分に重ねました。ある意味、また向こうに渡る前にこの漫画買って読めてよかったなと思った次第です。

2014年5月22日木曜日

ユーザー目線に立たないソニー

 ひとつ前にパソコン遠隔操作事件を取り扱いましたが、昨日今日の報道を見ていると犯人の片山被告が言った「サイコパス」とか「平気で嘘をつける」というフレーズがやたらあちこちで飛び交ってて正直言って不愉快です。こういってはなんですが片山被告はサイコパスでもなんでもなくただ単に幼稚な性格なだけで、サイコパスという言葉を持ってくる辺り自己愛も無駄に強いんだなとつくづく見下げます。第一、彼以上に「平気で嘘をつける人間」なんてごまんといるわけで、最近だったら佐村河内に始まり小保方氏、猪瀬前都知事など辣辣たる面々が出ており、極め付けと言ってはなんですがあの鳩山由紀夫元首相に至ってはサイコパスという言葉だけじゃもはや伝えきれないほどなんか深刻な欠陥を抱えてるようにすら思えます。このメンツに比べりゃまだかわいいもんだって。

 話は本題に入りますが、ソニーと聞いてなんだかわからない日本人はまずはいないでしょう。そのソニーですが実は私はあまり評価していないというかいい加減すぎる大企業の代表格としてみております。何を以っていい加減というと、こんな風に言うのも自分だけでしょうがこの会社は企業情報の公開という面において明らかに劣っており、特に私が手掛ける海外拠点というかグループ会社の情報についてはいい加減にしろよとマジ怒鳴りなくなってきます。

【拠点一覧】ソニー(企業居点)
Sony Japan│関連会社一覧(海外)

 上にあるリンク先は私が手掛ける企業居点というサイトのソニーの拠点一覧で、下の方はこのページ情報の元となったソニーがホームページで公開している海外拠点の一覧です。どんな点がいい加減なのかというと、ソニーは海外現地法人の名前をただ羅列するだけで住所や電話番号はおろか、事業内容すら全く明かしていないからです。それどころか、その海外現地法人が設置している国・地域すら公開しておらず、私のサイトの一覧でも国・地域の欄が「?」と表示している拠点が非常に多いです。具体例を書くと、

・Sony Music Entertainment
・Sony Music Entertainment B.V.
・Sony Music Holding Inc.
・Sony Network Entertainment International LLC
・Sony Network Entertainment Europe Limited 

 こんな現地法人名だけ公開して何の意味があるのか真面目に理解に苦しみます。しかもこういった傾向はホームページだけじゃなく社員間でも同じで、以前に私が他紙でソニーが中国のゲーム市場開放を見込んで広州にまた現地法人を作ったという情報を得たので直接ソニーの広報、ひいてはゲーム部門の担当者へ電話を掛けたところ、「すいません、担当者がいなくて本当にわかりません」と、現地法人名すらこっちは明かしているにもかかわらず回答が得られませんでした。後にも先にも、こんな回答されたのはソニーだけです。

 もっとも海外拠点の情報を欲しがる人間なんて誇張でなく自分くらいなもんだからこの程度はまだいいのですが、このところ激しく理解に苦しむのはソニーが運営しているゲーム配信サービスの「ゲームアーカイブス」の料金についてです。
 このゲームアーカイブスというのはお金を支払うことによってインターネットから昔のゲームデータをダウンロードしてPS3やPS4、あとPSVitaなどで遊べるというサービスなのですが、購入できるゲームデータの価格は一部例外がありますが基本的には1本当たり600円に設定されておりました。

 ただこのゲームアーカイブスの汚い所というか性懲りもない所というべきか、ゲームを購入するための支払いはクレジットカードによる直接支払いは出来ず、ソニーが運営する専用の電子口座に一旦お金を振り込んで、そこからしか支払いが出来ません。しかしというか、その専用電子口座への振込み(=チャージ)は1口1000円からで、100円単位でのチャージをすることが出来ないようになっております。
 先ほどにも述べた通りゲームアーカイブスで買えるゲームの価格は基本600円です。ぴったり600円だけチャージすることはできないので普通、400円が口座に余ります。というより、余るように設計されてるというべきでしょう。

 現代の技術からすれば支払いに必要な金額だけチャージ、または振り込むことは何も難しいことではないでしょう。にもかかわらずソニーがこんなことをするのは半端にお金を余らせて、「余ってるしついでにほかのゲームも買おうかな」なんて気を持たせようとする戦略からでしょう。しかし、Amazonを始めとした電子書籍販売サイトや、GoogleやAppleが持つそれぞれのアプリストアもこんなユーザーの利便性を無視したあこぎなことはしておりません。そういう意味でソニーというのはユーザーをなめきっているとしか思えないことを平気でする会社だとしか私には思えません。

 このゲームアーカイブスのあこぎな商法は今に始まったことではなく昔からですが、なんで今になってこんなことを書こうかと思ったのかというと、今年四月から消費税増税に伴ってダウンロードで買えるゲームの価格が中途半端に引き上げられたからです。消費税が5%から8%と3ポイント引き上げられたのに伴い600円のゲームは617円に引き上げられ、元の価格から+3%してマイナス1円というまたもや中途半端な設定をしてきやがりました。そして、先ほど説明した電子口座へのチャージは1000円のままという謎の仕様のまま……。

 正直、600円だった時代は1000円チャージすると400円余り、またもう一本買おうとするとまた1000円を継ぎ足さなくてはならなかったものの、まだ価格が100円単位だったため5本買えば600×5で計3000円となり、3回の1000円チャージでトントンになるからまぁいいやと納得していました。しかし現在の617円という中途半端な金額だと口座内の金額を0円に持っていこうとしたら綿密な購入計画を立てねばならず、何故こんな不便な仕様にしたんだと、怒りを通り越して企業倫理を疑います。

 ソニーの業績は今芳しくありませんが、元を辿ればこういう消費者(+海外拠点マニア)を舐めた態度に原因があるのではないかと、密かに思う次第です。

2014年5月20日火曜日

平成史考察~パソコン遠隔操作事件(2012年)

 本日一斉に報道が出ましたが、2012年に4人もの誤認逮捕者を出したパソコン遠隔操作事件でかねてから容疑者として起訴されていた片山被告が本日、これまでの否認から一転して自分がやはり犯人であると白状しました。

パソコン遠隔操作事件(Wikipedia)

 前置きは要らないかなと思いつつも一応平成史考察の記事なんだから概要を簡単に説明すると、2012年にネット上で殺害予告なり爆破予告が出たことから全国の警察が四人の男性を逮捕しましたが、四人とも使用していたパソコンに遠隔操作が可能となるウイルスが仕込まれていた上に予告がされた時間にアリバイもあったことから、四人とも誤認逮捕だったということがわかります。その後、犯人と称する人物からマスコミなどへ警察を嘲笑するような内容のメールを送り、さらには暗号文も送って自分を早く捕まえて見ろと挑発したことから、ある種で劇場型犯罪のような傾向を持っていきました。

 こうした中、暗号文を解読した上にその前後の行動が不振だったこと、さらには過去にもネット上で脅迫事件を起こし実刑を受けていたことなどから片山被告が容疑者として2013年2月に逮捕、拘束されます。ただ逮捕時の警察の捜査はお世辞にもしっかりしていたものではなく頼りない状況証拠しかないような状態であったため、世間では今回もやはり冤罪ではないかという声が上がっておりました。そういった声が長くあったことから長い交流の後にようやく起訴されると、しばらくは証拠隠滅の恐れがあるとして拘置が続きましたが支援者らの努力もあって、2014年3月に保釈が認められました。

 その二ヶ月後の今月5月、またも真犯人と名乗る人物から片山被告はスケープゴートになってもらったというメールがまたもマスコミなどへ送られます。このメールを受けて片山被告は改めて自分は無実で真犯人はいると主張したのですが、昨日になって急転直下、警察が問題のメールを発信されたスマートフォンを河原で見つけ、さらにそのスマートフォンを片山被告自ら埋めていたのを目撃していた上にスマートフォンからは彼のDNAも採取できたと発表します。この警察の発表が出るや片山被告は弁護士にも連絡よこさず失踪しましたが、本日になって担当弁護士の元に現れ自分が犯人で件のメールも自作自演だったということをようやく白状したわけです。

  この事件について私の感想を述べると、まぁ波乱があってみていて面白かったなというのが素直な所です。ただそれは事件の顛末であって犯人の片山被告についてはややイラつくというか、単純に嫌な奴なだけだったんだなと呆れる気持ちの方が大きいです。

 ここだけの話ですが、私はこのブログで最初の男性四人の誤認逮捕事件こそ取り上げましたが、その後この事件は一切取り上げていません。何故取り上げなかったのかというと片山被告が本当に犯人であるかどうかわからず、犯人だという明確な証拠が出るか、逆に冤罪だという証明が出たらまとめようと考えていたからです。ただそう考えつつも警察は確たる証拠を逮捕から約1年経っても出すことが出来なかったことから内心では冤罪である可能性が高いのではないかと見始めていて、三月の保釈時にはもういっかなと思って冤罪説を強く主張しようかとすら思っていました。結局は当時の私が疲労でいっぱいだったのと、四月以降は執筆するネタが多くて埋もれてしまったため見送りましたが、結果がこうなっただけに書かないでおいてホントよかったとホッとしてます。

 それにしても片山被告の最後のミスというか保釈後のメール送信は呆れる以外ありません。割と世論も冤罪説が強かったですし支援者も江川紹子氏を始めがっちり揃ってて、何もしなかったら案外無罪を勝ち得た可能性も見えてただけに余計なことして自分の首を掻っ切った行動としか言えません。これじゃ支援者の人たちもがっかりですし、何より担当弁護士の方が文字通り騙されていたにもかかわらず昨夜も必死で無実を訴えていただけに皮肉ではなく真摯に不憫に感じます。弁護士もこういうわけわからん奴の弁護しなきゃいけないとなると大変だな。

 ただ後出しじゃんけんみたいでちょっと良くないと思いつつも言わせてもらうと、保釈後のメールが送られた際の片山氏の会見の様子は見ていて違和感を感じておりました。どの点に違和感を覚えたのかというと、「自分が無実であると証明するメールを送ってくれて真犯人には感謝する」と述べた上で、「犯人には自分を陥れたという点で怒りも感じなくはないが特段の感情はない」と話し、こういってはなんだが淡白すぎやしないかという気がしました。そして何より、この会見では終始表情がにやにやしていて、いくら自分の無実が証明されるかもしれないったってもうちょっと神妙な表情が浮かんでくるのではないかと思え、まだ真犯人だとは思わなかったものの裏で片山引こうと真犯人がつながっている(マッチポンプ)のではという風には思いました。

 あとタイミングの話をすると、昨年12月には黒子のバスケ脅迫事件の犯人も逮捕されており、この手の世を騒がすネット脅迫事件はきちんと捕まるという結果となって治安的には本当に良い結果になったと思います。同時に黒子のバスケ脅迫事件もそうですが、犯人らが本当に薄っぺらい動機で世間を大聞く騒がせさせ、こういってはなんですが無性にむかつきます。大層な動機があればいいってもんではありませんが、くだらない小人が世の中に害悪をもたらすほどつまらなきものはありません。そういう意味で二度とこういう人間が出ないよう、最低でも無期懲役にするぐらいこれら事件の犯人には厳罰を与えてもらいたいというのが私個人の意見です。

2014年5月19日月曜日

誰もが読むベストセラー無き時代

 先日に小説家の渡辺淳一氏が亡くなられたことは読者の方々にとっても記憶に新しいと思います。渡辺氏の代表作でもある失楽園は中国でも大ヒットしていただけになんか中国でも騒がれたようですが、以前に渡辺氏は中国の書籍市場について、

「失楽園が大ヒットしたらすぐ海賊版が出回ってきたので版元を追って行ったら、正規に契約を結んで出版している会社の子会社に行きついた」

 という、中国らしいオチを付けてコメントしてくれていました。それにしてもその出版社、一体何がしたいのかよくわからん。

 話は戻りますが私は渡辺氏の作品だと「鈍感力」を出版後すぐに読み、その内容の面白さには素直に感銘を受けました。なもんだから当時は「ねえねえ鈍感力読んだ?」なんて話を振っては、読んだ人間とは書かれている内容で盛り上がり、読んでない人間には本を貸して読ませた後で盛り上がったりしていたのですが、ふと思い返すとこういう行為をしなくなってどれくらい経つんだとつい先日に覚えました。

 「鈍感力」に限らずとも、2000年代の前半であれば「相手が既に読んでいることを期待できる、または読んでなくてもタイトルは知っているであろう書籍」というのがいくらかあったと思います。具体名を挙げれば「国家の品格」とか「バカの壁」、「ハリーポッターシリーズ」などですが、ここ数年はこれらのタイトルの様に世の中で影響力の高いベストセラーがあったかとなるとついぞ浮かんできません。
 ではいったいどんな本がベストセラーになっているのか調べてみたところ、日本出版販売株式会社が以下のような統計をまとめてくれておりました。

順位 書名 著者
1 色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 村上春樹
2 医者に殺されない47の心得 医療と薬を遠ざけて、元気に、長生きする方法 近藤 誠
3 聞く力 心をひらく35のヒント 阿川佐和子
4 海賊とよばれた男(上・下) 百田尚樹
5 とびだせどうぶつの森 かんぺきガイドブック 週刊ファミ通編集部
6 ロスジェネの逆襲 池井戸 潤
7 できる大人のモノの言い方大全 話題の達人倶楽部
8 新・人間革命(25) 池田大作
9 人間にとって成熟とは何か 曽野綾子
10 置かれた場所で咲きなさい 渡辺和子
11 世界のなめこ図鑑 金谷 泉
12 スタンフォードの自分を変える教室 ケリー・マクゴニガル
13 謎解きはディナーのあとで(3) 東川篤哉
14 とびだせどうぶつの森 ザ・コンプリートガイド  電撃攻略本編集部
15 ホテルローヤル 桜木紫乃
16 未来の法 新たなる地球世紀へ 大川隆法
17 とびだせどうぶつの森 超完全カタログ Nintendo DREAM編集部
18 伝え方が9割 佐々木圭一
19 野心のすすめ 林 真理子
20 雑談力が上がる話し方 30秒でうちとける会話のルール 齋藤 孝

 1位は村上春樹作品ということで、村上春木氏の作品があまり好きでない自分だからピンとこなかったのも理解できます。どうでもいいですが「村上春樹的桃太郎」は読んでて面白いです。ほかの作品について所見を述べると、さりげなく池田大作氏の本が入ってたりゲームの攻略本(全部「どうぶつの森」だし)が入ってたりしてそこそこ面白いのですが、先ほど私が述べたように「相手が読んでいることを期待できる書籍」というか話題にできそうな本となると全くないように見えます。

 このような現状はどうして生まれたのか。第一に挙がってくる仮説としては日本人が本を読まなくなったからというのが挙がってきそうですが、私個人の仮説としては単純に誰もが手に取るような面白い本が出ていないということに尽きる気がします。あくまで仮説ですが、2012年のランキングを見てもこんな本あったのかよと思えてくるし……。

 こうした現状について口やかましいことを述べると、共有体験というものが減ってよないんじゃないかと個人的に思います。共有体験というのはコミュニケーションを円滑する上で欠かせないし、また書籍に関しては意識や世論をまとめていく上でも大事ですし、率直に言って悪い方向に向かっている気がします。それだけに、渡辺淳一氏の死去はやはり残念極まりなく、非常に悔やむべき事件だったというのが今日の私の意見です。

2014年5月18日日曜日

創業家列伝~蟹江一太郎(カゴメ)

 この連載について友人が「メジャーどころの創業家はどこもやっているからマイナーなの、食品系とかを書いたら」と言ってきたので、今日はカゴメの創業者である蟹江一太郎を取り上げようと思います。参考にしようかなとウィキペディアを検索しましたが、この人のページはまだなかったのでアリかななんて思います。

 後にトマトを中心とした食品メーカーとして日本屈指となるカゴメを作った蟹江一太郎は愛知県東海市にで、佐野という名字の農家に1875年に生まれます。出身家は貧しかった上に幼くして母を失ったこともあり一太郎は小学校を卒業するとすぐに働きだすのですが、鉄道敷設工事で勤勉に働いていた姿が近隣にあった蟹江家の目に留まり、婿養子として迎え入れられます。
 蟹江家も農家であったのですが当時からミカン栽培などに手を出すなど割とやる気のある農家だったようです。そんな家に婿として入った佐野一太郎改め蟹江一太郎は青年になった1895年に徴兵され軍隊に入るのですが、着任した部隊の教官であった西山中尉より、「西洋野菜は軍隊でも使われるようになって今後は民間でも出回ると思うから、トマトとか植えたらいいよ」なんてアドバイスを受け、これをある意味で真に受けたことから除隊後に蟹江は農業試験場からトマトほかキャベツや玉ねぎの種をもらい受け、トマトの栽培を始めます。

 こうして始めたトマト栽培事業でしたが、栽培はうまくいき初年度から実をつけることに成功したものの、家族で試食した際の感想は「酸っぱくて青臭い」というもので、芳しいものではなかったようです。案の定というか蟹江が行商で売りに出てもトマトだけがいつも売れ残り、試食した主婦からは「生きているのが嫌になる味だ」とまで評されます。これらの浮氷は恐らく、作ったトマトの味がまずかったというよりも当時の日本人はトマトの味に慣れていなかったのが原因でしょう。どうでもいいですが私の友人も生のトマトが食べられないという輩がいますが、トマトは嫌いなくせに湯豆腐は大好きで彼と一緒に居酒屋に行くとリアルに湯豆腐だけ延々と注文する羽目となります。

  話は戻りますがこうした不評にもかかわらず蟹江はトマト栽培をあきらめず、生で食べられないというのであれば加工すればと考え、アメリカ人はトマトをソースにして食べると聞いたことからソースへの加工事業を思い立ちます。早速調理法を調べますが当時の日本にトマトソースの加工法を熟知したものはおらず、名古屋ホテルから輸入されたトマトソースを仕入れるとその現品を参考にしながら試行錯誤で作り始めます。
 この試行錯誤の過程がなかなか面白く、煮詰めて裏漉しすればいいんじゃねとやってみましたが、出来上がったソースは真っ黒ドロドロになってました。これはきっと鉄鍋で煮込んだのが悪かったんだと思って今度は銅鍋でやってみましたが同じく真っ黒ドロドロ。最後にホーロー鍋でやってみたらホテルにもらったソース同様に真紅色となり、見事成功したそうです。

 こうしてできたトマトソースは青臭さが抜けたことから消費者にも受け入れられ、評判とともに売り上げも伸びていきます。どうでもいいですがさっきのトマトが食えない友人もトマトソースはOKだと言ってました。
 こうして売れ始めたトマトソースでしたが市場が広がるとともに同じくトマトを栽培する新規参入者も増えていき、ある年にトマトが豊作となったことから市場で在庫がだぶつき、すでに契約農家を雇って大々的に栽培事業を広げていた蟹江も一時破産寸前に追い込まれる事態に追い込まれました。

 このような事態に直面した蟹江は周辺のトマト栽培農家、加工業者に自ら共同事業にしようと呼びかけ、カゴメの前身にあたる愛知トマト製造合資会社を1914年に設立し、蟹江が資本金の半分を負担したことからそのまま社長に就任し、会社設立に当たってロゴマークを作ることにしました。このロゴマークを決めるに当たって蟹江は自分がトマト栽培に踏み出すきっかけとなった西山中尉を思い出し、日本陸軍のマークだった五芒星を使おうとしたら政府に止められ、なら六芒星でいいやと○のマークに六芒星をあしらったロゴを作った所、「トマトを入れる籠の目みたいですね」と社員から言われ、そのまま「カゴメ印」という愛称が定着し1963年には会社名も「カゴメ」に変わることとなります。

 その後、カゴメは戦争などの期間を経ながらも順調に成長していき、蟹江一太郎自身は1963年に社長を引退し、1971年に96歳で没します。生前に蟹江は漸進主義といって急拡大を狙うのではなく確実な事業経営を訴えていたとのことで、富士山を登るカタツムリの絵を描いて「でんでんむし そろそろ登れ 富士の山」と社内で説いて回っていたそうです。

 明治期に生まれた食品会社はカゴメのほかにもたくさんありますが、そのうちやりますが確かカルピスの創業者も徴兵されていた時に訪れたモンゴルで乳酸飲料と出会い帰国後に事業化しており、なにかと軍隊とのかかわりで生まれていることが多い気がします。冷凍食品も軍隊食から生まれたというし、案外そういうものなのかもしれません。
 ややふざけた感じで上には書いていますが、蟹江一郎について述べると上官の言うことを「真に受けて」トマト栽培を始め、後の事業化につなげています。新規事業なんて大体どれも打算的に考えたらうまくいくはずもなさそうなものが多く、こういう無茶な考えを真に受けて実行する人間こそが創業家として向いているように思える次第です。

  参考文献
「実録創業者列伝Ⅱ」 学習研究社 2005年発行

2014年5月17日土曜日

マスコミの暴走を止めるのは誰か

 今日、CHAGE&ASKAのASKAが大麻所持疑惑、でもって検査でも陽性が出て逮捕されたというニュースが出たことは皆さんも知ってるかと思いますが、なかなかに大きな話なだけに自分も驚きつつやっぱ当たりだったんだなぁなんて思って記事を読んでました。何が当たりだったのかというと去年に週刊文集が既に大麻を使用していると報じて、これに対してASKAは使っていたのは合法の薬物だと反論してましたが、あんな報道をされてたのにまだ使ってたというのはちょっと呆れます。
 それにしてもこのところの文春のスクープ連発には目を見張ります。このASKAの大麻疑惑はもとより今年初めには佐村河内のゴーストライターを真っ先にすっぱ抜いて謝罪会見に引っ張り込むなど、直近二年で言えば間違いなくナンバーワンと言っていいでしょう。強いて苦言を呈すなら、橋下大阪市長への批判はもう少し粘ってからやっとけば風向きも違ったのにねっていうくらいです。

 話はその佐村河内の件についてですが、カミングアウトというか佐村河内がゴーストライターの存在を認めた後、彼を盲目の作曲家として特集番組を組んで放送していたNHKなどは激しい批判にさらされました。まぁこの辺に関しては佐村河内の方が役者が上だったと思って、NHKは批判されるのはしょうがないにしろ私個人としてはやや同情する気も覚えたのですが、その以上にもっと批判されるべきメディアがいるのではないかと当時思っていました。具体名は挙げませんが詐称が発覚した後、「俺たちは初めから怪しいと思ってたんだ」、「彼が詐称していたことは見抜いていた」などとまんま後出しじゃんけんにもかかわらずしたり顔で主張するメディアがいくつか現れました。
 結論から述べると、後からこのようなことを言いだしたメディアは間違いなくクズでしょう。というのも、それなら何故その詐称疑惑を始めから糾弾しなかったのかということです。

 仮に詐称を立証する証拠や証言が集められず証拠集目に奔走していたというのであればまだ理解できますが、詐称していることをわかっていたにもかかわらず何もせず、ただほかのメディアが持ち上げるのを見ていたというのなら意気地のないことこの上なく、それでありながら文春が詐称疑惑を取り上げてものにした後でわかってたように「自分たちは知っていた」なんていうこと自体が恥知らずな行為に見えます。なお言えば、このような恥ずかしい行為を恥とも思わないその根性自体が腐りきっていると言ってもいいかもしれません。

 ここで少し話を発展させますが、よくメディアは自分たちのことを「国家権力に対する抑止力」だなどと自称し、権力が暴走しかねない際にはその批判精神で以って世論を動かし暴走を食い止める、それこそがマスコミの役割だなんていう主張を述べます。言わんとしていることは理解できますし間違っていないとは思いますが一つの疑問として、ではマスコミが暴走した際には誰が止めるのかという命題があり、この命題に対してどのメディアも明確な回答を出したことは少なくとも私が見る限りだとありません。
 明確でないにしろいくつか出ている回答としては、マスコミが暴走した際には別のマスコミ、例えて言うならテレビメディアが暴走したら新聞メディアとかだったり、もしくはある新聞メディアが暴走した場合には別の新聞メディアがその暴走を批判して食い止める、いわばメディア同士で監視し合うという意見があります。しかし私が見る限りだとメディアというのは意外に世論や倫理などよりも他社のメディアがいうことを信用する傾向があり、こうした相互監視というのは言うほど機能しないのではと内心考えています。

 一つ例を出すと、IPS細胞の臨床実験を行ったと主張した森口の事件です。この森口に関しては最初に共同通信が「世紀の快挙」として取り上げると読売新聞が大して裏を取らずに追随して大きく報じ、ほかのメディアもこの二社が報じてるのだからと雪崩を打つように報じてデマが広がっていきました。この事件で一歩引いた距離にあったのは朝日新聞で、最終的に詐称がばれた後で、「共同通信や読売新聞が大きく報じていたけど、うちは裏が取れなかったら報じませんでした」とややしたり顔で自慢してました。さきほどは佐村河内の詐称事件で「怪しいと思ったというのなら何でツッコまなかったんだ!」と批判しましたが、この森口の詐称事件は報道過熱からばれるまでの期間が本当に短かったので、これに関しては朝日が自慢するのも認めていいかなと考えてます。もっとも、自慢しないに越したことはないのですが。

 もう一つ例を出すと、これは私個人の体験です。私が上海で記者をやっていた際、いすゞ自動車が中国の江鈴自動車と合弁契約を更新するというプレスリリースがあったので電話取材を経た上で記事を書いたのですが、記事を提出するや編集長から、「共同通信は新しく合弁契約を結んで合弁会社を作ると書いてるぞ!」といきなり怒鳴られました。自分が何度も共同が書いている合弁会社は既に存在しているし、いすゞは90年代からその合弁会社でトラックを作っていると主張しても信じてもらえずやたら怒られ書きなおすように言われ、書き直せったって書きなおしようがないと思ってどうしようかと思ってたらその編集長から再び電話が来て、「読売の記事だと合弁契約を更新って書いてるね」なんて言い出し、ようやくその時点で自分の主張というか取材が正しいと信じてもらえました。
 この時は、マスコミ関係者は自分の取材内容やいすゞが出したプレスリリース文より共同通信の記事の方を信じるのかと思うと同時に、よそが書いていればその内容は事実だとメディア関係者は無条件に信じるのだなと皮肉っぽく覚えました。

 話は戻りますが、佐村河内の詐称事件で「マスコミの相互監視」を忠実に果たしたのは週刊文春だけで、いくつかのメディアはわかっていながらその役割を確信犯で無視しておきながらしたり顔をしていました。こんな有様ではとてもマスコミの暴走を食い止めるなんて夢物語ではないかと私は思い、やはり何かしらメディアというかマスコミを監視する存在が必要なのではないかと考えています。
 この点について友人に話を振った所、それはネットじゃないかと言われました。私の意見は、ネットも確かにそうだが、ネットの意見はマスコミに対して批判的である一方で、大手メディアの報じる内容を意外と信じ込む傾向があり、一部の抑止力となり得てもやはりカウンターメディアとはなり得ないと思います。なら何がカウンターメディアとなり得るか、強いて挙げればNPOではないかと思いますが、リーマンショック以降は不景気なもんだからNPOもあまり聞かなくなったので先はまだまだ長いと思う次第です。

  おまけ
 高校時代、「HAGE&ASKA」というあだ名の友人がいました。いい友人でした。

2014年5月15日木曜日

甘粕事件を教える不必要性

 甘粕事件ときたら、大学受験で日本史を選択した方ならまず知ってる事件名でしょう。この事件はどんな事件かというと、大正時代に起こった関東大震災の最中に無政府主義者の大杉栄とその妻である伊藤野枝と大杉の甥っ子である当時六歳だった橘宗一の三人が、憲兵隊員だった甘粕正彦によって殺害されたという事件です。

甘粕事件(Wikipedia)


 この事件は関東大震災直後に起こった朝鮮人虐殺と並んで震災のドタバタに紛れて実行された虐殺例として語られ、特に主役である甘粕正彦が後に中国と満州で裏工作に関わり満州の闇の帝王となる下りと、闇の帝王となった甘粕を映画「ラストエンペラー」で坂本龍一が演じたことから印象に残りやすい事件ではないかと思います。実際、私の周りでもこの事件名を覚えている人間の割合は非常に高かったです。
  そんな甘粕事件について何を言いたいのかというと、結論から述べると高校レベルでは教えるべきではないと言いたいのです。何故そんなことを言うのかというと、明らかに事実が異なるからです。

 事件の流れについて簡単に述べると、甘粕は震災後の混乱に乗じて無政府主義者が暴動を起こすと考え、警察署に連行した大杉ら三人を殺害した、という風に高校レベルで教えられるはずです。確かにこの流れは甘粕自身が述べて当時の調書にも書かれていますが、現代においてこの事件自体が甘粕の冤罪であり彼自身は三人を殺害していないことがほぼ確実だというようにみられています。

 甘粕は取り調べに対して殺害は個人の考えでやったと述べ、具体的な殺害方法は椅子に座っている大杉の後ろから柔道の締め手、恐らく腕を首に回して絞殺したと述べているのですが、大杉は当時としては大柄な人間で甘粕よりもかなり身長が高く、仮にそのように締められても立ち上がればほどけてしまうためにこのやり方での殺害は不可能だったと当時から言われていました。このほかの点でも、震災後の混乱の最中とは言え指揮系統の異なる(部下ではない)憲兵隊員に甘粕が命令を出していたり、見つかった死体の状況が甘粕の供述と異なったりしていたため、当時のメディアも甘粕の犯行を疑う声が多く出ていたそうです。

 そうした背景もあって開かれた裁判で甘粕の弁護人は、甘粕が由緒正しい武家の出身でありこれまで謹厳実直に生きてきたと述べた上で、「そんなあなたが年端もいかぬ男の子もその手で本当に殺めたのですか?」と問うたところ、なんと裁判中に甘粕は涙を流しながら、「大杉と伊東は私がやりました。しかし子供だけは本当に手をかけておらず、死体を見て初めて(殺害されたことを)知りました」と尋問での供述をひっくり返す始末で、後から橘宗一を殺した別の憲兵が出てくるなど非常にグダグダな裁判となりました。でもってグダグダなもんだから、やっぱり甘粕が主導したという結論で終わるわけです。

 裁判後、甘粕は刑務所に収容されますが何故かすぐに恩赦が出て出所し、何故か陸軍がお金を出してくれたのでフランスへ留学に行きます。まぁ国内にいるとなんだから厄介払いとして遠ざけられたんでしょうがね。
 その後の甘粕の流転ぶりは佐野眞一氏の「甘粕正彦 乱心の曠野」 に詳しいですが、満州に渡って裏交錯して、上海の麻薬利権を中国人マフィアから奪い取ったり、北京で溥儀を拉致ったりと、果たしてこれらが同じ人物であるのかと疑いたくなる活躍ぶりを見せます。イメージとしてはこうした裏工作の面が強いためダーティさが濃い人物ですが、彼と直接接した満州の映画人物たちはほぼ全員が好意的に評価しており、故森重久彌や李香蘭こと山口淑子氏も厳格であった一方で非常温情のある優しい人物だったと述べています。実際、枕営業の要求に対して「女優は娼婦ではない!」などと言い返して拒否したというエピソードも残っています。

 ちょっとというかいつもながら長々と書いてしまいましたが、少なくとも一般の高校教師レベルでここまでの内容を把握している人は少なく、普通に甘粕事件は甘粕がやった、社会主義者を殺害する位だから満州でも裏工作していたと教えると思いますし、それも無理ないことだと私は思います。しかし現実には甘粕事件では甘粕が犯人だとは思えず、いろいろ説がありますがヤクザの鉄砲玉よろしく上司なり上役の罪をおっ被せられたのが真実でしょう。然るに学校では甘粕が実行犯として教え続けられるため、誤った事実が伝えられかねない状態です。そう思うだけに、もうこの際だから高校ではこの事件は扱うなといいたいのが今日の意見です。

  おまけ
 甘粕事件の背景というか真犯人説は色々出ていますが、中には甘粕=フリーメーソン説なんてのもあるそうです。ちょうど先日に友人と話をした時に、「フリーメーソンのせいにすればなんでもかんでも丸く収まらね?」なんて話し、いくつか例として挙がってきたのは、

・近鉄とオリックスが合併したのはフリーメーソンの陰謀
・佐村河内はフリーメーソン
・STAP細胞問題も理研を特定法人にさせないフリーメーソンの陰謀
・ ソニーが赤字出すのもフリーメーソンのせい

 どれもそれらしく見えてしまうのが不思議です。

2014年5月14日水曜日

平成史考察~JR西日本福知山線脱線事故(2005年)

福知山線脱線事故(失敗知識データベース)

 このところ事件とか事故ばっか取り上げている気もしますが割とやる気のあったこの平成史考察の連載記事が滞っていたのもあるし、まぁありかなという気もします。ちょっと余談となりますが、私は以前に失われた十年について連載記事を書いており、微妙にこの時の連載に書いた記事とネタが被って困ったりします。まあこっちの連載では事件や事故を単発的に描く目的だから書き方によっては改善できるとは思うけど。

 それでは本題に入りますが、今日は2005年に起きた福知山線脱線事故について書きます。この事故が起きた当時、私は京都にある大学に通っていたため事故発生直後は友人などからまさか事故に遭っていないかなどと心配するメールが何通か届きました。幸いにして私は福知山線を利用していなかったので何の被害も受けませんでしたが、私の通っていた大学の学生がこの事故車両に多数乗っていたため死者が出ただけでなく、一部四肢の切断などという痛ましい体験をされる方も出ました。この事故の死者数は107人ですが、死者数だけでなく負傷者数の562人という数字にその後の生活を一変された人のことを少しでも考えてもらいたいというのが私の願いです。

 事件の話に戻ります。この事故が起きたのは午前中の通勤時間帯で、事故車両には通勤通学のため多くの乗客が乗っておりました。ラッシュの時間帯だったというのもあるのですが、事故車両は事故を起こす前に停車した伊丹駅で70メートルのオーバーランをしております。この車両の運転士は以前にもオーバーランを起こして日勤教育と呼ばれる社内研修を受けておりましたが、この日勤教育についてはあまりいい思い出がなかったと見られていて、そのようにうかがわせる要因として伊丹駅でのオーバーラン後、車掌に対して指令所への報告時にオーバーランした距離(70メートル)を短く伝えてくれるように依頼しております。

 この時の指令所との通信のやり取りは残っていて最初のリンク先のページに詳しく載せられておりますが、やはりこの車掌と指令所とのやり取りに運転士が気を取られ、ブレーキをかけるべき地点を見過ごし制限速度を大幅に超過したままカーブに差し掛かって脱線を引き起こしたと見られます。なお脱線したカーブの制限速度は時速70キロメートルでしたが、脱線時の突入速度は時速116キロメートルで、いろいろ意見はあるでしょうが最大の事故原因はやはり運転士にあるのではないかと私は思います。もっともこの福知山線では私鉄各社とのスピード競争のため一部の区間で制限速度を超過することが日常だったということもあり、彼一人を責めるつもりはもちろんありません。

 ここからがこの事件に対する自分の印象を述べていきますが、まず言いたいことは事故後の検証ははっきり言ってひどいものでした。というのもJR西の労組を中心にこの事故の最大の原因は先ほど述べた日勤教育という、オーバーランなどをした運転士に対する懲罰的な研修にあると盛んに主張したことです。この時に報じられた日勤教育の中身は室内に監禁されて延々と反省文を書かせるとか、草むしりを延々と強制されたりと非常に懲罰的要素が強いものだったのですが、果たしてこの時報じられていた内容は真実だったのか私は強く疑っております。
 疑う根拠として当時、この日勤教育を悪者とする説を主張していたのはJR西に複数ある労働組合の一つだけで、こういってはなんですがなんか政治的な意思があるような気がしてなりません。次に文芸春秋が事故を起こした運転士が実際に受けた日勤教育の日誌を手に入れその内容を公開しておりましたが、その内容は草むしりなどではなく、むしろ回復運転を徹底して戒める教育でした。

 事故を起こした運転士は学研都市線内を運転中にオーバーランをして日勤教育を受けたのですが、その研修では「列車の到着が遅れても、運転速度を引き上げて次の駅までの到着時刻を短縮して帳尻を合わせる回復運転をやろうとしてはならない」という、まさにこの教訓が生きていたら福知山線の脱線事故は起きなかったのではと思う文言が日誌に繰り返し何度も出てきていました。多分このくだりは今時自分くらいしか覚えていないと思いますが、この辺はやっぱり雑誌メディアとテレビメディアの違いかなと皮肉っぽく覚えます。

 事故原因についてはざっとこんなもんですが、ここで書いておきたいのは事故直後の救助活動などについてです。この辺は有名なので覚えている人も多いのではと思いますが、現場近くに工場を構えていた日本スピンドルは事故直後、業務を中断して従業員らで賢明な救助活動を行って後に紅綬褒章を受章しております。
 この日本スピンドルの活躍は間違いなく賞賛に値するのですが、実はこの活躍の陰に隠れて事故後の対応でMVPといってもいい行為を行った人物が一人いました。その人物とはたまたま現場近くにいた通りすがりの主婦なのですが、彼女が何をしたのかというと事故後すぐに近くの踏切に行って非常ボタンを押したのです。

 この辺りのくだりも最初のリンク先の失敗知識データベースに解説されておりますが、事故車両に乗り合わせていた車掌は事故後に防御無線機と言って他の車両に緊急事態を伝える無線機の電源を入れたのですが、この無線機は「常用」と「緊急」でスイッチ位置が異なり、電源が入った際は「常用」になっていたため何の信号も発していなかったそうです。
 仮にこの主婦が踏切の非常ボタンを押していなかったら指令所は事故の発生にすぐ気付かず、事故現場に向かって走っていた別車両を停止させることもなかったかもしれません。特に事故車両は線路をはみ出して脱線していたため、上り下りを問わず二重三重の衝突となることも十分に考えられるだけに、この主婦の行動が無ければと考えると本気でゾッとします。

 福知山線の脱線事故については誰もが知っていますが、この主婦の行動については私の身の回りでは誰一人として知っている人間はおりませんでした。地上の星じゃないけどもっと知ってもらいたいと思うと同時に、やるべきだと思ったことを正しくすぐやったことによって多くの被害を避けられるという事例の一つとして紹介したいと思え、今日はこんな記事を書いた次第です。普通この事故の話となるとJR西の不手際ばかりが取り上げられるだけに、ちょっと毛並みの変わった記事になった気がします。

2014年5月13日火曜日

韓国で起きた海難事故のトンデモ判決

 先週後半くらいからようやく韓国のセウォル号沈没事故がニュースで取り上げられなくなりましたが、何を思ったか急に世界の海難事故を調べ始めてちょっと興味深い事件を見つけました。

Hebei Spirit号原油流出事故(Wikipedia)

 今日紹介するこの事件は韓国で2007年に起きたタンカー衝突、そして原油流出事故です。衝突したタンカーの名前は上記リンク先だとアルファベットですがぶっちゃけ書きにくいので、中国語読みの「河北精神号」でこのまま書きます。

 事件が起きたのは2007年12月。サムスン重工所有のクレーン船とそれを引っ張るタグボート3隻の船団が仁川港を出港するも風に流されてしまったので、潮流を利用して航行するため通貨禁止航路を航行し始めた上に海洋警察からの呼び出しに応じなくなります。この時点で、なにやってんだこいつらと書いてて深く思います。
 この時、黄海海域で投錨していた原油タンカーの河北精神号は近づいてくる船団を確認して管制センターに連絡し、管制センター側も船団に対して注意するよう伝えたものの時すでに遅し。既に船団は風に流される状態でフラフラ航行をしていた挙句にクレーン船のワイヤーも破断していた状態で、案の定というかそのまま河北精神号に衝突。いくつかの原油タンクに穴が開いて重油が大量に流出するという大きな事故となりました。流れをチャートにすると下記の通りです。

強風吹き荒れる中でサムスン重工の船団が出港
  ↓↓↓
風で流されるので航行禁止航路に侵入
  ↓↓↓
風でコントロールを失っていた船団が停泊していた河北精神号に衝突

 重油流出というと日本ではナホトカ号事件があってこの前友人にその事件の話されたので今日の記事も書くことにしたのですが、この河北精神号の事件もナホトカ号の事件と同様に、沿岸に流れ着いた重油を多くのボランティアたちが必死ですくい上げてたそうです。

 問題なのは事件後に責任を問われた裁判なのですが、一審ではサムスン重工側の船団が禁止されている航路に勝手に入ってきたこともあり河北精神号側の責任は一切問われなかったのですが、二審では何故か河北精神号側に過失があるとみなされ、河北精神号のインド人船長に懲役18ヶ月と千ドルの罰金、一等航海士に懲役8ヶ月というミラクルな判決が下りました。
 さすがにこの判決は無理があったのかあらゆる航海、運輸団体から批判が巻き起こり、特に船長の出身地であるインドではサムスン製品の不買運動にまで発展したそうです。こうした批判を受けて韓国司法も慌てて対応し、三審では河北精神号の関係者は全員無罪で、船団側の船長などに懲役刑を科す逆転判決出て、河北精神号の船長らは出国禁止措置の開始から540日ぶりに出国できてめでたしめでたしとなったそうです。

 ウィキペディアにも書かれていますが二審ではどうも韓国当局とサムスン重工側が裏でネゴしたような噂が出ている、というかそうとしか考えられない判決です。にしても、停泊している船にぶつかっておきながら停泊戦に過失があると判断して、通ると思うその根性がある意味すごい。あと対馬の仏像を返さないことといい、韓国の司法はちょっと信用できないなとこの事件を見ていて思います。日本も刑事事件は自白偏重で冤罪が多いので同じ穴のムジナかもしれませんが。

2014年5月11日日曜日

平成史考察~秋葉原連続通り魔事件(2008年)

「あの、もしかして秋葉原で被害に遭われた方のお友達ですか」
「え?」
「いえあの、年齢が近いように思えて」

 以上の会話は2008年6月、私が世話になっていた理髪店の店主が亡くなったのでその奥さんへ線香を持っていこうと仏具屋を訪れた際に店員から掛けられた会話です。というのもあの2008年に起きた秋葉原連続通り魔事件で殺害された男子大学生の自宅が当時住んでいた住所の近くにあり、私の年恰好を見た店員はその友人が線香を買いに来たのではないか思ったそうです。
 もう事件発生から約6年も経っており、そろそろ見直す機会かなと思うので今日はこの事件を取り上げてみます。

秋葉原通り魔事件(Wikipedia)

 事件の概要について先に簡単に説明すると2008年の6月5日、休日で歩行者天国となっていた秋葉原駅前にトラックが突入して歩行者5人をはねると、トラックを運転していた犯人の加藤智大はトラックから降りて持っていたダガーナイフで次々と通りにいた市民を刺していき、警察に拳銃を向けられて投降するまでに14人を殺傷しました。

 事実関係は以上なのですが、この事件で特徴的だったのは事件後の報道にあると言っていいでしょう。 類を見ない規模の通り魔事件であったことはもとより犯行現場が白昼の秋葉原、そして事件の様子を撮影していた目撃者も多かったことで発生直後の報道は非常に加熱して当時のテレビニュースには現場にいた人がインタビューに答える姿が何度も映りました。
 そうした発生直後の報道が終わると今度は犯人に関する報道が過熱します。当時はリーマンショックの直前で最も格差議論が高まっていたこともあるでしょうが犯人が事件発生直前まで派遣社員だったことからこの事件の起きた背景には格差問題があるとか、事件発生地が秋葉原であることから何かとオタク趣味にこだわりがあったとか、まぁ根拠もないのにくだらない議論を延々とやっていたもんだなと今更ながら思います。ただそう言いつつも、犯人のパーソナリティに関しては私も当時注目しており、今日はこの点について詳しく書いていくつもりです。

 犯人の加藤智大は事件発生当時は26歳で、高校卒業後は自動車整備技術を教える短大に進学するも卒業直前に退学し、その後は職をいくらか転々とします。職を転々とすることについては私も人のこと言えないけど。
 先程、犯人は派遣社員だったと触れましたがそれは事件発生直前の話で、犯人は一時期正社員として勤務していた時期もあり、収入も年齢から考えると決して少なくない報酬を得ていました。この点については犯人自身も職業などの格差などが動機になってないと直接言及しており、メディアの明らかなミスリードがあったと私は見ます。

 話は戻りますが班員のパーソナリティとしてよく語られるのは幼少期の生活で、どこでも書かれているから私も書いちゃいますけど母親が非常に教育に対して厳しい人物だったようで、ゲームを禁止することはもとよりテレビの視聴もほとんど許さず、また夏休みの宿題に出る読書感想文でも誤字が一字でもあったら全文書き直させていたと報じられており、残虐な事件の犯人といえどその子供時代の体験については私も同情の気持ちを覚えました。
 そうした母親の強烈な教育の結果もあり犯人は高校で県下でも有数の進学校に進学できましたが、なんとなくわかるんですがどうもそこで燃え尽きてしまったようで成績は一気に下降し、卒業後は先にも伝えた通りに四大ではなく短大へ行きます。母親もこの時期にはどうも負い目があったのか、短大進学後は犯人に自動車を買い与えたりしていたようです。

 一部の報道ではこうしたドロップアウトの体験や母親からの仕打ちが事件発生の原因と分析する声も出ましたが、本人でもない限りそれは断定できないのではというのが私の考えです。では当の犯人は動機をどのように話したのかというと、事件直後にはこのように話しておりました。

「よく使用していたネット掲示板に、自分のハンドルネームを使って成りすます人間が現れて不快な思いをしたので、その成りすました人間に対して大きな事件を起こして嫌がらせをしようと思った」

 細かい文言は私の方で多少脚色しておりますが、大まかな内容はこれで間違いないと思います。私の実感だと大手メディアは「そんなバカなことでこんな事件を起こすか?」みたいに受け取ったように思え、むしろ先程の格差とかオタク趣味とかに原因があると勝手に思い込んで報じてた気がします。あくまで、個人的な意見ですが。
 では私の見方は何なのかというと、結局のところとどのつまり、上記の犯人自身が語った理由こそが真の動機ではないかと思います。

 このように考える根拠を挙げると、どうも犯人の経歴を見ていると以下のような行動が事件以前から繰り返しているように思えるからです。

1、不快な思いをすると詳しい検証をせずすぐに「自分が必要とされてない」と考える
2、恨みを抱く標的に対して直接報復せず、よそで大事件を起こして困らせてやろうと考える

 1に関して説明すると、犯人は事件前に勤めていた勤務先で作業着が見つからず、「自分は要らないってことだろ!」という捨て台詞と共に翌日から無断欠勤しています。この作業着事件自体は動機ではないと犯人は述べており私もそう思いますが、作業着一つ無くなった位で職場放棄するっていうのはちょっとなぁと思いますし、やはりストレス耐性が弱い気がします。それ以前の職場でも休暇申請を断られるや「抗議」として途端に無断欠勤を始めてそのまま退職しており、ちょっとしたことですぐ傷つきやたら極端な行動に出る性格に見えます。

  そして二番目ですがこれが一番の肝で、言い換えた表現にすると「報復が当事者に直接向かわない」という大きな特徴を犯人は持っています。
  先ほどの1番の説明でも犯人はちょっとしたことで会社を「抗議」として無断欠勤していますが、それが抗議になるとは私には思えませんし、問題の解決に何もつながっていないように内心思います。そして事件前の話ですが、犯人は何度か自殺を企図しているもののそのやり方が特徴的というべきか、トラックで反対車線に飛び込んで多くの車を巻き添えにして死のうとしています。なんでそんなやり方しようとしたのかというと、これで元勤務先とか両親は困る、なんていう理由を挙げたとされ、要するに「お前らのせいで大事件を起こした」なんて風評付けて困らせたかったのかもしれません。

 私としたらそんなに恨んでるなら元勤務先にダイナマイト積んだトラック突っ込ませればいいじゃんとか思うのですが犯人はそうしてません。さらに秋葉原の事件でも、通り魔事件を起こしたことで怨みの対象として挙げた掲示板で成り済ました人間がなにか心を痛めることがあるのかというととてもそんな風になると私は思えません。自暴自棄といえばそれまでですが、犯人の大きな特徴として、怒りやわだかまりが直接対象に向かわず、なんかやたら大きな事件を起こせば相手は困るはずだろうという何の問題解決に結びつかない結論へといつも持っていくように見えます。これこそが犯人の特徴的なパーソナリティで事件の動機なんじゃないかと個人的に思う理由です。
 その上で結論を述べると、結局は自分の鬱憤晴らしのために無関係の人間を多数殺傷していることはカスの所業としか言いようがなく、一審と二審の死刑判決を私も支持します。もう一言だけ書くと、程度の差こそあれ問題の根本的原因へ直接働きかけないなど感情の矛先を直接対象に向けない人間は確かに増えて来たかもと内心思い、逆にやたら核心に直接切り込もうとする自分はこの点でもマイノリティなのかもしれません。まぁ自分は最短距離で問題解決を強引に図ろうとするので仕込みとか根回しが苦手という弱点がありますが。

  補足
 なんでこの事件を今更取り上げようと思ったのかというと、事件から6年たって時期も頃合いという考えたのもありますが、犯人の弟が自殺したという報道も見受けたからです。

2014年5月9日金曜日

ストーカー殺人は何故起こるのか

 最近はどうだか知らないけど自分が受験生だった頃は文系だと大体どこも心理学部が一番偏差値が高く、入試難易度も高かったです。その理由というのも「羊たちの沈黙」を始めとしたサイコスリラー系の小説なり映画なりが流行ってこの手のメディアにしょっちゅう心理学が引用されたことから人気が高まっていたからなのですが、正直に言って自分は気に食わなかったので社会学を専攻しました。ちなみに自分の通った大学は心理学科も社会学科も内部生を大量に導入することによって倍率を無理やり引き上げて偏差値をかなり露骨にコントロールしてました。自分の学科も半数が内部生だったしなぁ。

 話は本題に入りますが、密かな自分の楽しみとしてウィキペディアの「日本の刑事事件の一覧」をひたすらに眺めまわるというものがあります。 手持無沙汰な時間の暇つぶしとしては最適で日によってはかなり長時間見ることもあるのですが、読んでてこの頃気が付いたこととして犯罪の傾向がなんか変わってきたように思えます。具体的に述べるとちょっと前は無差別の通り魔事件が多かったのに対してここ一、二年はストーカー殺人、またはそれに準ずるような無理心中事件が増えているような気がします。

 具体的な事件名までは並び立てませんがこうしたストーカー犯罪の多発は社会ニュースでもこのところよく取り上げられており、どのように警察は対応すべきなのか、法整備を強化するべきかとか、今日もNPOによる被害者の支援を認めるべきだなんてニュースも出ているなど注目が集まっています。そんなストーカー犯罪が何故増えているのかが今日なんか気になり、結論から書くと恋愛のもつれというか執着心で考えたらアウトじゃないのというところに落ち着きました。

 まずストーカー犯罪の大前提として一番に言えることは、女性ではなく男性側がほぼ確実に加害者になるということです。女性の付きまといはあるかもしれませんが少なくとも殺人や暴行といったケースに発展するケースは報じられておらず、加害者となるのは男性だと割り切ってもいいでしょう。
 では何故男性は、一部とはいえ女性に対してこういうストーカー犯罪を犯すのでしょうか。私が考える一般人の普通の考えからすると、やはり男性の方が女性に対して執着が強くて片思いであったり、別れを切り出されても気持ちの踏ん切りが付けられないからではと考えるんじゃないかと思います。これに対して私の考えですが、執着心が強いからストーカー犯罪を犯すのではなく、むしろプライドというか自尊心の影響の方が大きいのではないかと見ています。

 何故執着心より自尊心だと主張するのかというと、ストーカー犯罪ではどれも標的となる女性を無理やりものにするケースよりも直接暴行するケースの方が多いからです。例外なのは「石巻3人殺傷事件」ですがこの事件を除くと大概どれもが標的の女性を殺害、または暴行しており、恋愛対象というのなら拉致して監禁すればいいのではなんて思うにつけなんかギャップがあります。
 別に心理学の専門家というわけでもなくあくまで私一個人が勝手にこう思うということを滔々と述べると、昨今のストーカー犯罪は標的の女性を何としてでも得たいということが動機だとは思えず、むしろ自分を相手にしないことで自尊心を傷つけた女性を破滅させたいというような動機で行動しているように見えます。仮にそうだとすれば警察が介入したりすればするほど余計に自尊心が傷つけられもっと攻撃的になるというか……なんていう風に勝手に考えるわけです。

 くだらないことを言っているように見えるかもしれませんが、この辺の動機の分析を間違えるとストーカー対策のやり方も全然変わってくるだけに、各関係者にはより注意してもらいたいというのが本音です。それにしても最近はこれはとうならせるほどの殺人事件がめっきり減って、みんなしょうもないことで人殺すななんて思います。そんな自分が「これは!」と思う事件を挙げるとするなら、1993年の「日野OL不倫放火殺人事件」です。

2014年5月7日水曜日

創業家列伝~安藤百福(日清食品)

 以前にアメリカメディアが「世界に影響を与えた偉大な日本の発明品」というテーマの企画を持った際、零戦やウォークマン、果てには八木アンテナを抑えて堂々の一位に君臨したのはなんとインスタントラーメンだったそうです。現代日本人からするとそこにあるのが当たり前に近いインスタントラーメンですが、お湯だけでどこでも食べられる上に腐らないで長期間保存できるというこの画期的な食品は文字通り世界の食を変えた一品であり、その影響度は確実にウォークマンを上回ることでしょう。そんな偉大な食品は、大阪に住む失業したおっさんが一人で発明したという事実こそが何よりも面白いのです。

安藤百福(Wikipedia)

 後に日清食品を創業する安藤百福は日本統治下の台湾嘉義県の生まれで、幼少時に両親をなくすと繊維問屋を経営していた祖父母によって育てられます。若い頃から独立心が高かったようで22歳の頃には靴下生地に使うメリヤスを取り扱う商社を設立して成功し、大阪に拠点を移してからはメリヤス以外の商品も取り扱い商売の幅を広げます。
 この時の安藤百福の行動で非常に興味深いのは、既に会社を経営する身分でありながらもわざわざ立命館の夜間部に入り勉強をしていることです。今更ながらですが自分も高卒と同時に昼間部に進学するよりも、普通に就職して夜間部に入っていた方がなんかかっこよかったかもしれません。

 話は戻りますが実業家としてその後も順調に行った、かと思いきや、自分で調べててなんでこんなにというほど数々の苦難に安藤百福は見舞われます。戦時下では軍需品を横流ししたと嫌疑をかけられ憲兵に暴行され(後に無罪とわかる)、さらには空襲によって自社の工場や事務所が全部消失するという憂き目に遭います。それでもめげずに戦後は製塩業を営んでまたもや当てるも、その保有する資産がGHQに目を付けられて、恐らく接収する目的だったのでしょうが脱税容疑で巣鴨プリズンに投獄されたそうです。その後、紆余曲折の交渉を経てどうにか無罪は勝ち取ります。
 なお戦後のこの時期、日本は食糧難ということからアメリカから大量の小麦粉の支援を受けます。この小麦粉はパンとして配られるのですが安藤百福はこれに対し、「アジア人の伝統的食品である麺にすべきではないか」と提言したものの、大量に製麺できる設備や技術が当時に不足していたことから見送られ、逆に役所からそのような事業を営んではどうかと言われたものの、当時は事業化をあきらめたそうです。まさかその後、本当に世界一のインスタントラーメンメーカーになるとは本人も気づかなかったでしょうが。

 話は安藤の受難の日々に戻ります。日本が独立を果たして安定期に入り始めた1957年、安藤は「名義だけでいいから」と言われてある信用組合の理事長に就任するも、直後にその組合は破産し、責任を取る形で安藤は一切合財の財産を弁済費として徴収されます。自宅だけは徴収を免れたものの46歳にして無一文となり、子供もまだ小さかった頃にもかかわらずえらい状態に陥ります。

 そんな厳しい状況に陥った安藤が何をしたのかというと、なんと自宅の庭に掘っ建て小屋を作って日がな一日そこに籠り始めたのです。そこで何をしていたのかというと、かねてから構想にあったどこでもすぐに作れて食べられるインスタントラーメンの製造で、助手とかそういうのは一切なしに、ただ一人で黙々と一年間も実験していました。仮にこんなおっさん近くにいたら、「変な人もいるな」と私なら考えちゃうかと思います。
 安藤の研究が大きく前進するきっかけとなったのは、奥さんが天ぷらを揚げる姿をふと見た瞬間でした。一旦茹で上がった麺を油で揚げることによって乾燥し、そこへお湯をかけるとまた食べられる麺に戻るということを発見し、すぐにこの製造法で特許を取ると世界初のインスタントラーメンであるチキンラーメンをこの世に生み出します。

 世に出たチキンラーメンは当時は家内制手工業のようにして一から作っていったものの問屋の反応はあまり良くなかったようです。ただ口コミでどんどんと人気が広がってからは作っては飛ぶように売れるようになり、大きな製造工場を構えて徐々に量産体制を整えていきます。そしてその人気を最高潮にさせたのはほかならぬテレビCMで、現在の日清食品も時代ごとにいいテレビCMを作っておりますが、早くにその宣伝効果に目を付けた安藤は当時の日清食品の資本金が二千万円だったにもかかわらず、年額二億四千万円もの広告費を出してチキンラーメンを広めました。

 破竹の勢いはその後も続きます。チキンラーメンの普及に成功した安藤は今度はアメリカでこれを売り出そうと渡米します。ただ現地の人間に実演しようとしたところチキンラーメンを入れるどんぶりが現地になく、「こりゃ困った」と言ってたら、「これでいいじゃん」と、商談相手のアメリカ人がチキンラーメンを二つ三つに割ってその場にあった紙コップに入れてお湯を注いだそうです。これを見た安藤はまさに「これだ!」とひらめき、このひらめきがカップヌードルの量産に結びつくこととなります。
 カップヌードルの量産は袋詰めするチキンラーメンと違って揚げた麺が傷つきやすいなど苦労が多かったものの、揚げ上がった麺に上からカップを被せるという逆転の発想によって首尾よく量産にこぎつけます。このカップヌードルはあさま山荘事件の際に警官が食べるシーンが繰り返し放送されたことによってこちらも見事に大ヒットし、言うまでもなく世界中で類似した商品が毎日消費されております。

 言うまでもなく安藤はインスタントラーメンのパイオニアであり、なおかつ中正な保護者でもありました。チキンラーメンのヒット後には追随する業者が現れたため特許や商標を取得して一旦は保護したものの、1964年には日本ラーメン工業会を設立して一切の製造法を公開して自社の独占よりも市場の拡大を優先するという判断を下します。こうした背景があるもんだから、中国の即席麺大手の康師傅の工場を見ながら、「こいつら、安藤百福のおかげで商売できてるってこと知ってんのか?」なんて、やけに上から目線で妙なことを私は呟いてました。

 現在、インスタントラーメンは宇宙食にも使われるなどその用途は広がり続けております。安藤自身は2007年に96歳で没しますが、死去の三日前にはゴルフで18ホールを回り切るなど最後の最後までエネルギッシュな一生を送っていたそうです。ニューヨークタイムスは安藤の死去を受けて社説を載せその功績を讃えると共に、「人に魚を釣る方法を教えればその人は一生食べていけるが、人に即席めんを与えればもう何も教える必要はない」という見事な文句で結んでいます。

 私は安藤が生前だった頃から並々ならぬ尊敬の念を抱いていましたが死去後にはより興味が強まり、当時関西に住んでたもんだからその死から二、三ヶ月後、名古屋に左遷されていた親父を誘って大阪府池田市にある「インスタントラーメン発明記念館」を訪れました。そこでは安藤の一生とインスタントラーメンの発明に関わる様々なパネルや展示品などと共に、展示モニターの中では安藤を模したアニメキャラクターがVTRで、「宇宙食にも採用されたが、まだまだ夢は広がるし挑戦は終わらない」という言葉を述べていて未だに強い印象を覚えております。もっともその横で若い兄ちゃんが、「まだまだって、こいつこの前死んだやんけ」とツッコミいれてましたが……。更についでに書くと、インスタントラーメン発明記念館を出た後はすぐ近くにある「落語みゅーじあむ」 を訪れて親父がやけにはしゃいでました。

 安藤百福について私の意見を述べると、不撓不屈という言葉はまさにこの人のためにあると思える言葉で、様々な困難に直面して何度も破産の憂き目に遭うも挫けずに何度でも立ち直るその姿は偉人というべきほかありません。この連載では今後も多くの創業家を紹介していくつもりでありますが、どの創業家も類稀なバイタリティと共に優れた発想のセンスを持っていることは間違いないものの、事業が成功した背景には時勢に恵まれたことや優秀な相棒や部下に恵まれたなどという可能性も捨てきれません。
 しかし安藤百福は違います。彼の場合は明らかに時勢に恵まれてないどころか余計な妨害を何度も受けています。それにもかかわらずただ一人でインスタントラーメンを発明した上に産業化までして世界の食を変えてしまったという事績を思うにつけ、他の創業家とは一線を画す人物ではないかと思います。

 ちょっと前に「めだかボックス」 という漫画の球磨川禊というキャラクターが好きだと書きましたが、この頃思うこととして勝ち続けることが本当の強者なのかと疑問に感じてきています。むしろ、どれだけ負け続けても何度でも這い上がろうとする、たとえ勝利が得られなくても屈することなく揺るぎない強い信念で挑戦し続ける人間こそが真の強者ではないか、このように思うにつけ安藤百福は本当の強者だったと思え尊敬の念が絶えないというわけです。


今年2月の大雪時に横浜市にある「カップヌードルミュージアム」で撮影されたワンシーン。


  参考文献
「実録創業者列伝」 学習研究社 2004年発行

2014年5月6日火曜日

創業家列伝~大河内正敏(理研コンツェルン)

 前々から準備をしていたものの資料の読み込みがめんどかったりとなかなかスタートが切れませんでしたが、いつまで続くかわからないものの日本の創業者を紹介する連載を始めようと思います。第一発目の今日は私が一番のお気に入りである安藤百福と行きたいところですがちょうどホットな時期なので、現在のリコーや理研ビタミンの源流となった理研理研コンツェルンを起ち上げた大河内正敏を取り上げます。

大河内正敏(Wikipedia)

 大河内正敏は旧大多喜藩主であった大河内正質の長男として、大久保利通が暗殺された明治十一年(1878年)に生まれます。一高を経て東大に進学すると造兵学科に入り、火薬や弾丸を始めとした軍需品の研究を行い首席で卒業するとそのまま東大講師となり、途中の英国留学を経た後に正式な教授となります。教授時代には弾丸の流体運動を測定しようとするなど兵器研究において物理学の概念を本格的に持ち込み、日本の重工業発展に寄与したと評価されてます。

 そんな学者畑の大河内がどのように理研と関わるようになったのかを説明する前に、簡単に理研こと理化学研究所の成り立ちを説明します。理研は大正六年(1917年)に自然科学の研究機関として民間からの寄付などを元に、渋沢栄一が財団法人として発足します。建前は国家の期間としつつも民間の資本を導入したことから、国の政策にとらわれない研究機関として作られた節があります。

 大河内はこの理研の三代目所長として就任し、、研究分野ごとに研究室を独立させる現在にも続く主任研究員示度を導入します。そしていろいろコネを使いまくったのでしょうが国からの補助金を増やす一方、自分たちで独自に研究資金を集めることが出来ないかと模索します。そうした模索の中で生まれたのが「発明の産業化」という発想で、自分たちが発見、発明した技術をそのまま商品化、量産化にまで持っていき、法人化した上で自分たちで売り資金を集めるという案でした。

 この発想の第一号となったのは最近一部メディアでも報じていますがいわゆる「ビタミンA」で、高橋克己鈴木梅太郎が製造法を確立させると既存の医薬品メーカーを通さず自分たちで製造設備をこさえてビタミンカプセルとして売ってみたら大評判となり、国からの補助金を上回るほどの売上げを得たと言われます。
 このように研究所内で培った研究結果を片っ端から商品化していくという、今でいうベンチャービジネスを理研は展開していきます。販売にはたっては理研の資本で設立した「理化学興業」を窓口にして、製品や産業分野ごとに子会社を理化学興業の下に設けて広げていき、徐々に理研コンツェルンと呼ばれる産業集団へと発展していきました。

 当時に作られた主だった企業を挙げると、食品分野では理研栄養食品という、現在の「増えるわかめ」の販売で有名な理研ビタミンが設立され、ほかには感光紙を製造していた理研光学工業は現在のリコーとなっています。ただそれら以上に理研コンツェルンで基幹企業となったのは軍需分野に関わる理研金属工業と理研ピストンリングの二社で、両社ともに日本の重工業を担う会社となっていき、前者は現在も同じ社名で、後者は「リケン」という名前で現在もピストンリング製造では国内最大手です。

 このように学術研究を実業への転換ルートを作った大河内と理研コンツェルンでしたが、戦時中に国策もあったでしょうがグループ各社は合併して理研工業にまとめられ、戦後はGHQから財閥指定を受けてまた解体されるという妙な経緯を経ています。大河内自身はA級戦犯に指定され巣鴨プリズンに入ったり公職追放の憂き目に遭ったことから理研の所長を辞任し、公職追放が解かれた翌年の1952年に脳梗塞で死去します。

 彼の功績を一言で言うなら産学提携ならぬ産学両立を一挙にやってのけてしまった点でしょう。造兵学をやっていたということから合理的な思考が出来てこういう決断が出来たのかなと思うのと同時に、 現在の理研ではこういう発明の産業化を自前ではやらないのかなという考えがよぎります。余談ですがレノボなんて北京大学の研究室からスタートしてるんだけど。

 最後に、今回のというかこの連載の参考文献として学研から出ている「実録 創業者列伝Ⅰ、Ⅱ」を紹介します。読み物として非常に優れており資料的価値が高いことから肌身離さず持ち続けている本で、今日書いたこの記事もほとんどこの本から引用したものに過ぎません。興味ある方は本気で手に取ることをお勧めします。

  参考文献
「実録創業者列伝Ⅱ」 学習研究社 2005年発行

2014年5月5日月曜日

今朝の地震と東原亜希氏のブログ

 関東地方在住の皆さんには既におなじみでしょうが、今朝五時過ぎに最大深度5弱を記録した地震が関東地方で発生しました。自身が起きた当時に私はぬくぬくと布団(何故か畳の上に掛布団だけで寝てる)にくるまって寝ておりましたが、揺れの大きさとちょっとの揺れで戸板のガラスがガタガタ鳴り出す安心設計の自宅構造からすぐに目が覚めました。揺れが結構大きかったもんだから何か頭にかぶるべきか、着替えるべきかとも少し思いましたがまだ眠たかったので布団の中から私は動きませんでしたが、引っ越し時の挨拶にカステラ持っていったのに居留守こきやがった隣の中国人宅からはなんかばたばた動く気配が聞き取れました。なおカステラは自分で食べました。

 ただ布団から動かなかったものの、内心で「これはもしや……」と頭に浮かぶものがありました、それは何かというと、芸能人の東原亜希氏が先日更新したブログの内容です。

【デスブロガー】東原亜希さんがブログを更新 膝の内側半月板を水平断裂する 「しゃがめない、泣きたい(泣)」(アルファルファモザイク)

 元となったニュース記事はつい昨日配信されたもので、その内容というのも東原氏がやや大きな怪我をしたということを綴ったブログを更新したもので特段驚くようなものではありません。そう、このブログを書いたのがあの東原氏でなければ……。

 知っている人には有名ですが東原氏のブログは「デスノート」、「デスブログ」などと呼ばれ、書かれた内容に関係する人物や企業などが必ず不幸な目に遭うという妙なジンクスがあります。このジンクスの元となったのは東原氏が競馬番組に出演していた際、本命予想する馬が悉く外れるため「東原に予想されると必ず負ける」と番組内で言われたことがきっかけです。
 この噂は現場騎手たちの間でも有名だったようで、武豊氏、武幸四郎氏の兄弟は揃って「自分の乗る馬を予想しないでほしい」というほどでした。しかしこの発言に対して東原氏は「だったら書いてやろうじゃないか」と武幸四郎氏の馬を予想した所、見事にそのレースで幸四郎氏は敗退したそうです。
 幸四郎氏に関するエピソードはほかにもあり、改めて自分の名前を書かないでほしいと番組中で幸四郎氏に言われたところ「ガンガン書いてやるから」 と言った二ヶ月後、幸四郎氏はレース中に落馬。骨折を含む重症だったとのことで、その後しばらく東原氏は幸四郎氏に会っても無視されたそうです。

 以上のは競馬に関するエピソードですが、ブログでオリンパスのこと書いたら粉飾決算がばれたりなどと、タイミングが良すぎるくらいに東原氏のブログに書かれた対象が何らかのアクションが起こっています。私も、いくらなんでもこじつけではないかと思う一方、それにしたって的中率が異常だと前から思っており、ネットでも議論されていますが何かしら研究対象になってもいいような、少なくともSTAP細胞現象よりは信憑性あるようななんて思ってたりします。

 話は本題に入ります。今朝の地震が起きた際に私は昨夜に読んだ上のリンク先にあるまとめ記事を重し出しておりました。この記事では東原氏が怪我したというブログの更新内容について、

「半月板損傷ってことは、月が割れるのか?」
「日本の膝が危ない?日本の膝ってどの辺?」

 なんていう冗談めかした議論が展開されていたのですが、その中の一つに「断裂って、地震が起こることを意味してるんじゃないか?」と予想する人もおりました。そして仮に地震が起こる予想だとして震源地はどこになるのかという話へと発展していき、

「お膝元ってことは東京?」
「膝→飛騨?」

 なんていう意見がある一方、

「膝→hizaの内側 h(iz)a→izつまり、伊豆」

 と書く人がいました。伊豆、そう伊豆、今朝の地震の震源地です。
 何度も言いますが、こじつけじゃないかと思う一方で今日のはマジでビビりました。畳の上でゴロンゴロンしてからようやく8時過ぎに布団出てテレビでニュースを見てみるとマジで今回の地震の震源地が伊豆だと報じられてて、「嘘だろ(;゚Д゚)」なんて言葉が自然と洩れてきました。もう自分が実験台となってブログに書かれてもいいから、東原氏のブログに関して本気で研究すべきなんじゃないかと思った次第です。にしても現代のノストラダムスだなこりゃ。

2014年5月4日日曜日

閲覧時間の長い検索キーワード

 このブログはその他一般のブログ同様に「Google Analitics」という分析してくれるサービスを受けております。そこでリサーチしてくれるデータで私が特に注目するのは閲覧数ではなく実は検索キーワードなのですが、ヒット数の多い検索キーワードよりも見ていて面白いのは実は閲覧時間の長い検索キーワードです。というのもヒット数が多いのも一つの指標として価値は高いものの、このブログはどちらかと言えば固定読者を獲得することに重きを置いており、一体どの記事に注目してくれて訪れた人間が固定読者となっていくのか、そういうものを測る上ではやはり閲覧時間を中心に置いて調べるのがベターだと考えるわけです。

 そこで今日はほかの人にも参考になるかなと思うと同時に、数年後の自分に記録を残しておくという意味で閲覧時間の長い順に検索キーワードを、自分のコメント共にここに書き残しておくことにします。というわけで、早速順位表とコメントをどうぞ。


順位 検索キーワード 閲覧時間
1 部活 嫌い 無駄 1:23:00
2 匿名性 攻撃性 0:47:43
3 若者 なぜ 幼稚 0:36:44
4 石田三成 再評価 0:36:14
5 全斗煥 地下鉄 0:35:56
6 青椒肉絲 語源 0:31:19
7 日本軍 猛将 0:27:21
8 韓国 近現代史 戦後 0:25:03
9 坂本龍馬 過大評価 0:24:10
10 フィットハイブリッド 解説 0:23:20
11 韓国 限度額 カード 0:23:02
12 ミズノ 統一球 コメント 0:19:15
13 あさま山荘事件 漫画 0:18:11
14 関ヶ原の戦い原因 0:17:28
15 中小企業人材不足 0:16:45
16 漫画雑誌 売り上げ 推移 0:15:01
17 平均 人材派遣マージン率 0:13:38
18 死刑 報復 0:13:32
19 信陵君 0:13:32
20 インド旅行記 女 0:13:00
21 宮崎少将 0:12:38
22 マオイズム 毛沢東思想 0:12:16
23 シドニア 意味 0:12:06
24 栃木女児殺害知恵袋 0:12:01
25 受刑者の家族 ブログ 0:11:33
26 リクルートスタッフィング マージン率 公開 0:11:30
27 漢 中国 簡略 0:11:13
28 湾岸戦争 イラク 人質事件 0:11:10
29 花粉症 製薬会社 儲かる 0:10:35
30 シャッターアート トリック 0:10:08
31 豊臣秀吉 人材マニア 0:10:04
32 ホンダフィットリコールの影響 0:09:54
33 百年戦争 モチーフ ゲーム 0:09:45
34 現代 若者 弱い 0:09:10
35 シルミド事件 写真 0:08:46
36 オトナ帝国 考察 0:08:33
37 テルル シドニア 0:08:05
38 とき325号 脱線事故 0:07:50
39 働けど働けど石川啄木意味 0:07:23
40 インパール作戦 宮崎 0:07:17
41 北関東ルパン 0:07:11
42 シャルロットコルデー 0:07:07
43 藤堂高虎 三成 尋ね 0:07:04
44 豊臣政権 0:07:04
45 自転車 房総半島一周 0:06:46
46 松岡洋右 0:06:25
47 ネット左翼 0:06:24
48 ワタミ介護の印象は? 0:06:14
49 古代史の謎 0:05:54
50 学問の流行り廃り 0:05:47

>1位 部活 嫌い 無駄
 いや、俺も嫌いだけどなんか熱心に読んでくれたね。

>6位 青椒肉絲 語源
 このネタで記事は確かに書いた。けどこんな長々読む内容だったっけ。

>13位 あさま山荘事件 漫画
 「レッド」という漫画についてでしょう。あんまりレビュー書く人いない漫画だしね。

>17位 平均 人材派遣マージン率
>26位 リクルートスタッフィング マージン率 公開
  前書いた記事がヒットしたんだろうけど、これはもっと評価されてもいい記事なはず。

 >20位 インド旅行記 女
 俺男だよ。

 >45位 自転車 房総半島一周
 あんな記事で参考になるのかなぁ。

>21位 宮崎少将
>40位 インパール作戦 宮崎
  最近減ってきてはいるけど、意外と底堅いキーワードだね。

 今回のキーワード中で気になったのは、「文化大革命」に関するキーワードがないのは珍しいと感じました。というのも大体いつも一つや二つ、それもかなり上位に食い込んでるからです。まず間違いなくあの文革に関する連載記事がこのブログ最大のキラーコンテンツなだけに、もっと文革について興味を持つ人が増えてくれればこのブログもヒットするはず……なんですが、文革に興味を持つ人間が増える日本ってのもなんかおかしいような。もっともそれを言ったら、自分の年齢でこれほど文革に執着する日本人もほかにいないだろうな。

野ざらしの屍を弔った男たちの末路

 先日書いた「中国四大美女について」の記事で楊貴妃について紹介しましたが、この際についでだから彼女にまつわるある寓話を紹介しようかと考えたのですが、仮にのっけたらかなりの長文となって全体の構成が崩れると思い見逃しました。そしたらコメント欄でちょうどその寓話について指摘してくれるコメントを頂け、個人的にも気に入ってて是非紹介しようと思っていた寓話なので今日はそのお話を私の方から紹介しようと思います。

 この話はショートストーリーをまとめた中国明代の書物、「笑府」に載せられているエピソードです。

 昔々あるところ(もちろん中国)で、一人の農民が野ざらしとなっていた屍を見つけました。不憫に思ったその農民はその屍を丁寧に弔って家路についたところ、その夜に男の家の門を「トントン」と小さく叩く音が鳴りました。
 男が門を閉じたまま、「どなたですか」と尋ねると「フェイです」という答えが返ってきたので、男は続ざまに、「フェイさんって、どこのフェイさんですか?」と問うたところ、「妃(中国語の発音で「フェイ」)です。楊貴妃です」と返ってきました。男が門を開けてみると確かに歴史書に出てきそうな衣装と類稀な美貌を持った楊貴妃が立っており、一体何故こんなところにと聞くと、

「私は安史の乱の際に処刑されて以降、屍はずっとあの場所に放置されたままでした。それを今日、あなたが丁寧に弔ってくれたので今宵一晩のお供しようと参りました」

 と説明したので、この際幽霊でもいいかと割り切った男は楊貴妃を家に招き入れ、楽しい一夜を過ごしたそうです。

 男はこの不思議な体験を近くに住む男に話したところ、その男も同じ思いにあやかりたいと思って野ざらしとなっている屍を探しました。散々探し回った挙句ちょうどいい具合に放置されている屍を男は見つけたので、最初の男同様に丁寧に弔って家路に着きました。するとその夜、「ドンドンドンドン」と、まるで借金取りが取り立てに来たかのように激しく家の門が叩かれたので、「ど、どなたでしょうか」と男が門越しに尋ねると、「フェイだ!」という大声一声。「ど、どちらのフェイさんでしょうか?」と続けざまに尋ねると、「フェイだよフェイ。張飛の飛(中国語の発音で「フェイ」。何気にさっきの「妃」と同じ第一声)だっつの!」と野太い声が返ってきました。
 男は恐る恐る、「ちょ、張将軍がこんなあばら家にどんな御用で……」と問うと、「おう。俺は死んでからずっとあの場所で屍が放置されたままだったんだ。それを今日お前がきちんと弔ってくれたんで、一つお礼に一晩付き合ってやろうと来てやったんだ」と話し、嫌がる男と共に熱い一夜を過ごしたとのことです。


 この寓話は後に日本で翻案され、落語の「野ざらし」の下地になったと言われております。あとkの寓話が我々に教えてくれる教訓としては、二匹目のどじょうを拾うようなことはよくないってことと、どんなエピソードだろうと張飛の濃いキャラクター性はどこでもいかんなく発揮されるんだなってことです。二番目の男も必死で門を開けまいとしただろうけど、張飛のキャラクター性なら一発で蹴り飛ばす姿が簡単に想像できるし、幽霊でも全然強そうだ。

2014年5月2日金曜日

山田風太郎の日記を読みだして その二

 昨夜自らを「習近平」と名乗る男から電話があり、「ウルムチの件でむっちゃ忙しいねん」と言って自分に早く上海へ来るよう言ってきました。一体、俺に何をしろというんだあの上海人の友人は。

 話は本題に入りますが、前にも書いたように山田風太郎が戦前に書いた日記をこの頃読んでいます。今は1943年の部分を読んでいるのですが、上京してまで浪人生活を続けていたのに山田風太郎はこの年の医学校の試験には受験した二校とも落ちて、さすがにショックだったのか落ちたという事実を記した後は約一ヶ月にも渡って日記を綴るのをやめてます。お世辞にも、当時はあんま勉強してるようには見えないから落ちるのもしょうがないかなって気もしますが。

 ただ不合格のショックから立ち直ってまた書き始めた日記に、読んでてちょっと面白い点がありました。それはどんな点かというとインドのガンディーに関する記述です。

 その日記によると、当時ガンディーはインド独立を認めないイギリスへの抗議活動としてハンガーストライキをやっていたそうです、これに対して山田風太郎は絶賛し、暴力を伴わず断固として独立を要求する姿勢が素晴らしいとした上で、日本もインドの独立を支援するために軍事作戦を今後も展開しないといけないとか、将来ガンディーはブッダやイエスなどの聖人に列するだろうなどと激賞しています。
 ただそれだけべた褒めしてから数日後の日記だと、ガンディーがハンガーストライキで目的の日数を達したとしてオレンジジュースを飲んだ(=やめた)という新聞報道を引用した上で、

「何なんだあの野郎。やるならちゃんと餓死するまでやればいいってのに中途半端に終えやがって、あの感動をどうしてくれるんだ」(意訳)

 という風な感じで、今度は激しくガンディーをディスる内容を綴ってました。気持ちは分からなくもないが、あんだけ誉めた直後にこういうことを書くのもなぁと読んでて苦笑する内容です。

 ここで最初の話に突然戻りますが、先日中国のウイグル族自治区で起きた爆発事件について日本のメディアは中国での発表や報道を引用し、自爆テロであった可能性が強いなどとした上で、実行したのは中国からの独立を目指すウイグル族グループとみて捜査が進んでいるなどと報じています。そのほか解説として現地での独立運動や過去にあったこの地での事件などを合わせて報じておりましたが、この事件をテロ行為だとして真正面から批判するような報道はついぞ見当たりませんでした。

 現地で独立運動があるのは知っていますし、中国がその運動家を弾圧しているのもほぼ間違いない事実です。だからと言ってはなんですが、もし中国政府の発表の通りにこの事件が活動家らによる自爆テロだとしたら、無関係の人間を巻き込むこのような手段には一片の正義もないと私は断言できます。何も暴力なしで革命が達成できるなんていう甘い考えを私は持ち合わせておりませんが、少なくとも多くの一般人もいる公共の場で爆発を起こしても何もひっくり返ることはなく、いたづらに人を傷つけるだけの最低な行為でしかありません。
 なんていうか、日本のメディアの報じ方は素っ気ない感じであるのと、独立運動があって中国政府への反抗としてこういう事件が増えているなどと、ちょっと穿った見方をすると、中国からの支配を脱するためにはやや仕方ないのでは、なんていう言い方をしてるようにも見えます。

 ガンディーの非暴力不服従は言うは易く実行するには難い概念であるものの、アルカイダに始まる一般人を巻き込むテロはもはや何の政治活動でもなく、ただの暴力です。余計な状況説明はいいから批判する一言でも盛りこんだらどうかと、日記帳に付けてこうと思ったわけです。

2014年5月1日木曜日

中国四大美女について

 また中国のウルムチで一騒動があったようですが、当局はともかく日本がどうこう騒ぐほどの事件なのかなと思うので自分はスルーしようかと思います。中国当局側の立場に立つなら、こういう事件が散発的に起きている間は事件捜査はしっかりしなければならないものの、組織的で連続的に起こらない限りはまだ安心できると言ったところじゃないでしょうか。

 話は本題に移りますが、中国四大美女と言ってすぐに四人全員の名前を挙げることが出来るでしょうか。多分楊貴妃と貂蝉の名前は出てきても西施と王昭君の名前とエピソードは出てこないと思うので、いい機会だしこのブログで簡単に紹介しようと思います。

中国四大美人(Wikipedia)

1、西施
 西施は中国の春秋時代(紀元前5世紀?)の人物で、「呉越同舟」という言葉の元になるほど仲の悪かった呉と越という国の抗争史に出てきます。呉と越の国は昔からしょっちゅう争っていましたが呉王が夫差の時代に越王の勾践は一度大敗し、降伏の条件として勾践は夫差の奴隷として働く時期もありました。ただ勾践はその後に罪を許されて国に戻り、呉の打倒を目指して富国強兵に励むのですが、その傍らにはある意味で中国初の軍事参謀ともいうべき范蠡という人物が常について勾践を助け続けました。
 この范蠡が呉を弱体化させるために考えた作戦というのも、「美女を使って呉王夫差を骨抜きにしちゃえ」というもので、夫差の好みを徹底的に調べ上げた挙句に西施という女性を選び出し、夫差の下へ献上します。この策は見事に当たり夫差は西施にメロメロとなって政治が疎かとなっていき、これ以外にも様々な策謀をめぐらした挙句、最終的に越は呉を打ち滅ぼすことに成功しました。
 呉が越によって滅んだ後、西施がどうなったのかについては諸説あります。その美貌が今度は勾践に悪影響を与えるとして送り主の范蠡が即座に殺したという説もあれば、越の覇業達成と共に范蠡は政界を引退し、西施も范蠡と共に余生を過ごしたという説もあり、どっちかと言えば後者の方が真実味あるかなと私は思います。もっとも実在したかどうかも怪しい人物であるのですが。

2、王昭君
 この人は前漢の時代(紀元前1世紀)で、楊貴妃と共にこの四人の中で確実に実在したと言える人物です。
 前漢と対立していた異民族の匈奴から和睦の条件として、皇帝の後宮にいる美女を一人を分けてくれ(節操ないなぁ)と言われたので、当時の皇帝の元帝は折角だから一番ブスを選んでやろうと後宮の美女たちの似顔絵を見比べた上で王昭君を選ぶことにしました。匈奴に送り出す前に元帝は折角だからと王昭君を一度呼び出してみたところ、出てきたのはびっくりする位の美人で思わず、「なんで俺こんな美人選んじゃったんだろう」と洩らしたそうです。
 というのも後宮に入る美女たちは画家に賄賂を贈ってわざと自分を美人にして描かせていたのですが、この王昭君はそうした賄賂を贈っていなかったため実際には物凄い美人なのにブスに描かれてしまい、匈奴の地へと送られることとなってしまったわけです。この悲劇性が彼女を際立たせており、こうして数ある後宮の美女たちの中でも唯一後世に語られる人物にはなれました。

3、貂蝉
 三国志を知っている人間にはお馴染み、後漢時代(紀元後2世紀)の人物です。貂蝉は元々、王允という当時の文官としてはナンバーワンの人物の養女だったのですが、当時の朝廷を専横していた董卓を排除するため自ら敢えて董卓の囲い者となります。ただ董卓の囲い者となる一方、董卓の配下で最強、もとい化け物揃いの三国志においてすら最強であると誰も疑わない呂布という将軍に対して事ある毎に色目を使い、「董卓がいる限り私たちは一緒になれないわ」なんて言って叛意を煽り、最終的に呂布を王允側へ引き込み董卓の暗殺を成功させます。
 結論から述べると彼女は物語の三国志演義の登場人物であって架空の人物ですが、実際の歴史でも董卓の侍女(名前不詳)を巡る争いが呂布と董卓の仲違いの一因になったと書かれてあり、モデルとなる人物は実在したとみられます。なおゲームの「真・三國無双」に貂蝉は皆勤賞で登場してますが、シリーズを重ねるごとに衣装が薄くなってきており、このゲームのお色気路線と共に歩んできた人物と言っていいでしょう。

4、楊貴妃
 この人は唐代(紀元後8世紀)の人物で、平安時代の日本の貴族たちがやたら唐代の歴史や詩を愛好した結果、中国以上に日本人に親しまれるようになった人です。あんま説明は要らないと思いますが、元々は玄宗皇帝の皇太子の夫人でしたがその美貌を目に止めた玄宗が略奪する形で自分の夫人にした挙句、楊貴妃の従弟である楊国忠も棚ぼた的に政治の要職につけてしまいます。
 最初の方はよかったのですが、中国史を代表する妖怪の様な人物である安禄山が楊国忠と次第に対立した挙句に反乱を起こし、一時は首都の長安まで攻め落とすに至ります。もちろん長安が落とされる前に玄宗は脱出していたのですが、逃亡先で官僚たちはそもそもの反乱の原因となったのは楊国忠だとして勝手に殺害し、さらには皇帝もたぶらかされているとして楊貴妃の処刑も上奏されたために玄宗は泣く泣く楊貴妃の処刑します。
 先にも書いた通りに日本人は平安朝に白居易の長恨歌という玄宗と楊貴妃のエピソードを謳った詩集が大流行したため、勝手に楊貴妃を世界三大美人の一人に数えちゃうくらい贔屓にしてます。けどエピソードを見る限り自分からしたらうざい女だなと思うような人物像で、正直好きにはなれません。

 以上がざっと四人について簡単にまとめた内容ですが、西施と貂蝉に関しては架空の人物なれど、王昭君を除いた三人は文字通り「傾国の美女」と言っていいほど国家の趨勢に大きく影響を与えております。翻って日本の歴史だとこれほど美貌によって国に影響を与えた美女というのは架空のエピソードでも存在しておらず、そういう点で中国はなんでもスケールが大きい国だと思わせられます。
 そんな日本の美女とくると有名なのは「戦国三大美人」のお市、茶々(=淀君)、細川ガラシャですが、お市は確かに美女だったとよく書かれていますが残り二人はそんなに激しい美女エピソードは聞かず、その流転ぶりによるエピソードでのし上がってきただけではないかと内心考えてます。むしろエピソード的に面白いのとなると、「とわずがたり」の作者の後深草院二条じゃないか、っていうか際立ち過ぎていると思います。なんつっても、後の南北朝対立の源流となる後深草天皇と亀山天皇というビッグ2との関係を赤裸々に書いてて、「とわずがたり」の内容を読んだ際に私は本気でのけぞりました。

2014年4月30日水曜日

中国の行政区分の見方

 中国に長く暮らしている人も意外と内実を詳しく知らない人が多いので、今日は中国の行政区分について簡単に解説します。

 中国の行政区分は一見すると日本の都道府県制に似ているように見えるのですが微妙に異なっており、日本の感覚で住所を読んだりすると疑問符を混乱する人もあります。日本では県(+都、道)が最も大きな行政区分で、その後に市町村名が来て、最後に固有の地名が来て番地が入っていくのですが、中国でも大きな行政区分の名前から住所は入っていきます。
 これに対し中国で最も大きな行政区分は「省」で、よくある広東省とか遼寧省などで日本でもおなじみでしょう。ただ日本の北海道の様に、「自治区」という省と同等の行政区分があり、これは内蒙古自治区とかウイグル自治区、チベット自治区などが代表的です。これら省・自治区の後に来るのは「市」で、住所としては省・自治区の後に市の名前が入り、あとは固有の地名が来て最後に街路名と番地が来るのが一般的です。

 ここで一つ質問ですが、じゃあ中国で代表的な都市の北京市や上海市は一体「何省?」に属すのでしょうか。答えを明かすとこの二市はどの省・自治区にも属していません。日本人からしたら「なにそれ?」とか思いたくなるのですが中国では全国で四つの都市だけ、具体名を挙げると「北京市」、「上海市」、「天津市」、「重慶市」だけが「直轄都市」という特別な行政区分で、省・自治区とほぼ同等の権限を持っております。
 この四つの直轄都市がほかの市とどう違うのかというと、蘇州市など通常の市はその上に江蘇省など省・自治区が管理、監督する権限を持つのですが、直轄市はその名の通りに中央政府、つまり北京の共産党が直接管理、監督しております。何故この四つの都市が直轄市となったのは単純に都市としての経済力や政治価値、重要性から選ばれたようで、恐らく今後も増えたり減ったりすることはないのではないかと私は見ています。
 ですので住所の書き方ですと、直轄市と通常の市では下記の様に異なってきます。

直轄市の場合:上海市□□区○○路××号
一般市の場合:江蘇省蘇州市□□区○○路××号

 見てもらえばわかる通り、直轄市はそのまま市の名前が一番上に来ますが、通常の市は上位区分の省・自治区の名前が入ってきます。なお通常の市は場所によっては「~区」の名前が入ってきません。

 ここで余談ですが、多分こういう行政区分を理解してないせいだと思いますが多くの日系企業がホームページで公開している中国拠点の住所で、省・自治区名を入れたり入れてなかったりしていて非常にあいまいです。特に一番多いのが広州市の扱いで、正式には「広東省広州市」と書くべきところを「広州市」と市名から入るケースが本当に多く、その下にある別の拠点の住所には「江蘇省蘇州市~」と書いていてどっちやねんと言いたくなってきます。恐らく広州市は直轄市でないものの非常に大きな都市であることから、上海市みたいに大きな都市は省・自治区名は入れなくていいんだと勘違いしているのだと思います。中国人も広州市の場合は広東省を入れないことが多いけど、一応この辺の区別位つけようよと個人的には言いたいです。

 ひとまず大まかな理解としてはこんなもんで大丈夫なのですが、普段中国に関わるくらいならそんな気にしなくてもいいものの、ごくたまに「なんじゃこりゃ」と思うような住所名に出くわすことがあります。それはどんな住所名か例を挙げると、「江蘇省蘇州市常熟市~」というようなもので、なんで市の中に別の市の名前が入っているんだと読んでてお皿投げたくなります。
 これは種明かしをすると、「地級市」と「県級市」 の違いです。中国では日本で言うと県庁所在地みたいにその省・自治区の中心となっている主な市が地級市なのですが、その市の下の行政区分に「県」というのが隠れて存在しております。ちょうど「市」と「県」の価値が日本と逆なのですがこの市の下にある県は改革開放以降、徐々に人口や経済力を増していったことから「市」に格上げされ「県級市」となっていったものの、行政単位としては元々の上位区分である「地級市」の下に置かれたままとなっています。そのためさっきみたいに「市の中に市がある」というちょっと妙な住所名となるわけです。

 ただこうした県級市の住所での書き方は中国でもフラットになっているというか、地級市を省略して書くことが多いです。たとえば先ほどの常熟市の例ですと正式な書き方は「江蘇省蘇州市常熟市~」ですが、実際には「江蘇省常熟市~」という風に書いちゃいます。見ている方からしてもこっちの方が把握しやすいですし、自分の運営している「企業居点」でもこのような表記の仕方をしております。

  おまけ
 中国で最も経済力の高い市はどこかというと上海市と誰もが答えるでしょうが、中国で最も経済力の高い行政区分はとなると実は異なり、これは広東省となります。ついでに中国で最も人口が多い市はどこかというと、上海市かと思いきや実は重慶市だったりします。

2014年4月29日火曜日

最近のテレビ番組雑感

 今日は朝六時に起きて久々に江戸川を自転車でひたすら上り、距離にして片道約45キロメートル、往復で90キロメートル走ってきました。走行時間は往路が約2時間、復路が休憩含めて約3時間の合計5時間でしたが、やっぱ久々の長距離と合って随分遅くなってます。っていうか後半ばてばてだったのがいけないんだけど。
  そんなわけで今日はちょっと楽な記事に逃げたいので最近のテレビ番組についていいたいことを片っ端から書いていきます。

 まずこのところ平日が休みとなり家にいるので悪い意味で噂となっている「バイキング」を見てみました。いいともの後番組として注目される中始まりましたがこれまでのところ視聴率面で苦戦するという報道ばかりで果たしてどんなものかと思ってみてみましたが、久々に「時間の無駄だ」という感想を覚えました。結論から言うとあの番組内容で生放送にする理由が全く理解できないし、やたらお笑い芸人が出て同時に複数が話し出すので言葉が聞き取り辛く、よくこんな企画でGOサイン出たなと呆れました。しょうがないので他のチャンネルに回しましたが、行きつく先はなんか視聴率があがっているという「ひるおび」で、見ていてさもありなんと思いました。

 なにも「バイキング」に限らずテレビ離れが進んでいる結果としてどこの曲も視聴率が落ちているのは事実です。テレビ局側もこのところは無理して視聴率を取ろうとするくらいなら安い予算で番組を作って適当に放送するようになってきているようで、多分共感してくれる人も多いと思いますがいわゆる「散歩番組」が増えてきてます。散歩番組とは読んで字の如く芸能人が地方を散歩するロケ番組で、故地位武男の「ちい散歩」がヒットしてからみんなパクって、今じゃこのジャンルの番組が放送されない日はないくらいじゃないかとすら思います。NHKの「釣瓶の家族に乾杯」はこの散歩番組であるものの昔からやっているので文句ありませんが、ほかの番組プロデューサーは他人の褌で勝負していて恥ずかしいとか思わないのかな。

 最後はニュース番組についてですが、このところNHKの「ニュース9」 がすごくつまらなくなってきました。このところ妙な特集に大幅な時間を割くばかりに大きなニュースに対してもさらっとした報じず、私からすると物足りなさを覚えます。対象に敵にテレビ朝日の「報道ステーション」は大きなニュースほど細かく報じ、しかもその内容がなかなか見ていて面白いため私の中で株が挙がってきています。
 具体例を述べるとSTAP細胞の小保方氏の会見で「ニュース9」は山梨大教授へと送ったマウスの勘細胞の遺伝子がオリジナルと異なっていた件についての質疑応答を端折ってたのに対し報道ステーションはちゃんと取り上げてました。あと昨日の報道ステーションでは韓国の旅客船沈没事故に関する報道で、沈没船に乗っていた高校生が携帯電話で撮影した動画(番組では静止画と音声のみ)を公開し、その放送内容には思わず見入ってしまいました。その動画では繰り返し船内放送で「その場から動かないように」という音声が流れており、それに対して高校生たちが最初はややワクワクしたようにどうなるのかなどと話し、徐々に本当にこのままでいいのかと不安そうに話しはじめる様子が収められていて、見ていて本当に心が痛みました。なお、その動画は遺族が韓国のテレビ局に提供したものだそうです。

2014年4月28日月曜日

携帯電話が将来消えてなくなるという仮説

 現代においてはもはや一人一台と言っていいほどの保有率を誇る携帯電話ですが、自分がまだ子供だった頃はこんなにも普及していなかったことを考えると改めて不思議な気持ちになります。昔書いた連載の「失われた十年」においても1990年代における小型通信機の発達は異常なほど早かったと一節を設けておりますが、この携帯電話市場においてもそろそろ時代のパラダイムというか転換点を迎えるのではないかと一人考えております。
  結論から述べると、今後十年以内に携帯電話というものはほぼなくなるのではないかと思います。なくなるほど極端ではなくても、あと二~三年以内に通話料の減少が始まり、携帯電話通信事業各社では減益と共にリストラに取り組まなければならなくなるはほぼ確実だと見ています。

 あんま長々書かなくてもいいネタなのでとんとん理由を書いていきますが、私がこう思うきっかけとなったのは通話アプリの「Skype(スカイプ)」と「LINE(ライン)」の存在です。
 私はスカイプを2008年から使い始めましたが初めて使った時はインターネットがつながる環境であれば無料でいくらでも電話が掛けられるというその便利さ、音質の良さに驚くとともに、国際電話もこれで無料に使えるという事実に結構なカルチャーショックを覚えました。その後現在に至るまでスカイプは利用し続けており、特に中国で働いていた時などは日本にいる友人らと会話する際には重宝しました。

 ただスカイプはその便利さの一方、お世辞にも誰もが気軽に使うほど普及するアプリにはなっていないように見えます。事実私の周りでは私が紹介するという形を取ってから初めて使う人がほとんどで、中には「早く出てこい(#゚Д゚)ゴルァ!!」っと言ってるのになかなかスカイプを繋げない後輩もいて、一回使ってからはまる人もいればそうでない人もいて大きな温度差があります。
 スカイプの普及にこのような温度差がある理由としては、私が思うに最初にIDを登録するという手間が大きいように見えます。そんな大した作業ではないのですが何の手続きもなしにすぐ自動で登録されるわけでないことから、スカイプ同士なら無料でいくらでも電話が掛けられるといっても二の足を踏むような事態となったのではと考えています。
 そんなスカイプに対して現在流行しているラインの強みは、同じ無料通話アプリであるものの現在登録している携帯電話番号を元に手軽で簡単にIDを登録できる点でしょう。それ以外にもスタンプなどのコミュニケーションツールを搭載していたことも大きいでしょうが、このラインをきっかけに無料通話アプリを初めて知った人も多いように思えます。

 ここで話を本筋に戻しますが、要するにこれら無料通話アプリが既存の携帯電話に取って代わるのではないかと予想しているわけです。というのも無料通話アプリであればWIFIが入ればいつでもどこでも通話ができて、なおかつ同じアプリ同士なら会話は無料。さらにビデオチャットも出来ればメッセージの授受も出来て、こういってはなんですが通常の携帯電話の通信に何一つ勝っているところはありません。
 現在主流の携帯電話通信規格の「3G」は比較的どんな場所でもつながるというネットワークの広さではまだ優位性を保っているものの、今後WIFIのネットワーク網が広がればその優位性すらなくなる恐れもあります。さらに通信速度では現時点でWIFIが確実に勝っており、携帯電話も次世代通信規格の「4G LTE」が普及すればまだ上がりますが、WIFIの通信速度は実験下とはいえ現時点で秒速100メガも達成しており、わざわざ4Gインフラに金かけて投資する価値あんのかなと内心思ってます。

 先ほどにも書いたように無料通話アプリはスカイプが結構前から始めていましたが、その存在はお世辞にも社会的に認知されてはいませんでした。しかしラインが普及してからは状況が変わり、大人も子供もおっさんもWIFIさえ繋がれば友人同士であればこっちでの通話を選ぶようになったのではないかと思います。この動きは今後ますます加速することでしょう。
 さらに、これが一番大きいのですが、WIFI通信というのは携帯電話の通信と比べて通信速度が速いだけでなく、現時点で通信料も圧倒的に安いです。携帯電話だとパケット使い放題の契約を結ばないと従量課金で毎月の通信料がかなり高額になりますし、そもそもパケット使い放題にするにしても月五千円くらいかかります。それに対してWIFIは私の使っているWIMAXならプロバイダ料金を含めて月額3800円強で使い放題で、通信速度がそんなに高くなくて通信量が一定値を越えたら通信速度にブレーキがかかってもいいのならイオンとかが月額1000円くらいで契約できるサービスを打ち出してます。さらにさらに述べると、これらのWIFI通信契約ならば普通にノートパソコンとかほかの端末でネットをするのにも使えるという点も見逃せません。

 先日、ドコモは通話料を月額2700円の定額にする新たな料金サービスを発表しましたが、こうしたサービスが新たに作られた背景には無料通話アプリの存在もあるんじゃないかと内心睨んでいますし、今後業界内で価格競争は増していくとも見ています。ただ私はなんでもかんでも極端な予想を立てることに定評があるためこのまま述べると、電話の形さえして携帯できれば、スカイプやラインの専用端末であってもいいんじゃないかとこの頃思っていますし、今後そういう端末が続々出てきて主流となるのではという気もします。

 以上の主張をまとめると、現在の携帯電話通信はその機能の薄さに比べて料金が高過ぎるということに尽きます。そのためそのシェアは今後無料通話アプリにどんどんと取られて行く可能性があり、私の予想みたいに完全になくなるというところまで行かなくても、よっぽど新しいサービス分野を開拓しない限りは利用量の減少と共に価格競争が始まって携帯通信事業各社の売上げや収益は今後落ち込んでいくというか、案外今くらいの時期がピークなんじゃないかと言いたいわけです。携帯電話各社のの売上げが落ちていくという予想に関しては、少なくとも私がこの話を振った全員が「せやね」と同意してくれました。人口も減ってるしね。

 最後に蛇足ですが、この記事の何がすごいかっていうと書いてる私自身がラインを今まで一度も使ったことがないという点に尽きます。 持ってる電話もウィルコムのガラケーっていうかPHSだし、国際電話はスカイプで済ましちゃうからですが、それでいてよくこんな記事書くなと我ながら呆れてきます。

2014年4月27日日曜日

拉致問題解決に向け天秤にかかる人権

 先程ニュースを見ていると本日、某所にて北朝鮮の拉致家族会の会合が開かれて改めて解決に向け家族会の方が講演をされたそうです。私個人としても拉致家族の方々の心労は同情するに余りあり、願う事ならこの問題が解決されればと陰ながら思っております。幸いというか自体はこのところ進展してきており、日朝政府関係者が赤十字を通して北京で会談を行ったり、北朝鮮側から再調査について言及もあり、この機に事態が上手く進展されればと私も思います。

 ただ今日このニュースを見た時にはっと思いついてしまったのですが、仮に北朝鮮が拉致問題で再調査を行って拉致被害者の返還まで行うとしたら、日本政府に対して何らかの見返りを要求することはほぼ確実だと思います。それでもこれまでの拉致家族の方々の苦労を思えば拉致問題解決と引き換えの北朝鮮への人道支援や国交回復について恐らく日本人の9割以上は賛成することでしょうし、むしろ支援を対価にしてでも拉致家族の返還を求むべきだという声の方が大きいでしょう。

 正直、このブログで書くべきなのかどうか少し悩みましたが、それでも敢えて言うべきだと思うので書きます。この拉致問題解決と引き換えの北朝鮮への支援を日本はやるべきかどうかと言ったら、私は疑問に感じる点が一点あります。というのも、北朝鮮へ支援をすれば確かに拉致被害者を取り戻せる可能性はあるものの、そのかわりに現在圧政を敷き北朝鮮国内で人権侵害をし続ける金王朝を間接的に支援することになってしまうのではないか、という一点です。

 言うまでもなく北朝鮮では多くの人間が飢餓状態にあり、また多くの強制収容所を構えての思想弾圧も日常茶飯事だと伝えられています。これらの人権侵害は現在の政権を握る金王朝が行っているもので、金王朝を打倒する以外では改善の見込みはほぼないと断言できます。
 仮に北朝鮮政府が拉致被害者を確実に帰国させるということを前提にした上で資金、またはエネルギーの支援を日本に求めたとします。その要求を日本側は飲むべきかどうか。飲めば拉致被害者の人権は守られるものの、北朝鮮の人権を侵害する組織を日本は支援することになりかねず、言うなれば日本人の人権と北朝鮮人の人権のどちらを優先するのか、天秤にかける選択となってしまうのではないかと今日ふと思ってしまいました。

 マスコミみたいに問題提起をするだけして投げてしまえば確かに楽ですがそれだとやはり卑怯なように思うので答えると、自分は後者です。拉致問題の解決は切実に望むものの、人権侵害を続ける政権を支援するような行為はやはりやってはいけないのでは、いくら日本人の人権を守るためとはいえ北朝鮮人の人権侵害を見て見ぬふりしてはならないのではと、批判されても仕方ないとは思いつつこのように考えます。
 もちろん日本全体の総意としてそれでも拉致被害者が取り戻せるのであれば支援すべきというのであれば、自分もその総意を批判するつもりはなく素直に従うつもりでおります。 ただ仮にこのような事態となった場合、いくらか出費を負担するけど拉致被害者が帰ってくるのならそれでいいとだけ考えるのではなく、北朝鮮の人権についても一定の覚悟を持って決めるべきではないかと個人的に思います。

 一番ベストなのは北朝鮮に対して何の支援もせず外交的駆け引きによって拉致被害者を取り戻すことです。次善の策としては、見返りの支援を要求されたとしても赤十字または日本政府を直接通した食糧支援だけに限定するか、本当に一回こっきりのエネルギー支援にするかです。この二案であれば自分も賛成できます。

 片方の人権を優先すればもう片方の人権を無視することになる。無論、同じ国民の人権を優先するというのは間違った概念ではないものの、もう片方の人権を無視することについて覚悟があるかないかでは大違いではないかと思ったので、こうして書き記すこととしました。

2014年4月26日土曜日

周囲の目を気にしない中国人

 日記として書きますが、昨夜は大学の先輩がうちに泊まりに来たのでブログの更新を休みました。その先輩はこのところ関東で仕事が多いのでしょっちゅう泊まりに来るのですが、昨夜は以前にも一緒に行ったうちの近くにあるロシア料理店にまた行こうとしたらたまたま貸切りだったので、しょうがないから台湾料理屋に行って、「酸辣湯の臭いとかマジ懐かしい」なんてかなり大声でわめきながら盛り上がっていました。私の声は知る人ぞ知るほど異常なくらいに通りが良くてどんな雑音の中でも確実に聞き分けられる声質ですが、この先輩も負けず劣らずやけに通る声してるんであの時に店の中にいた人はさぞ迷惑だったろうな。それとあと、頼んだチャーハン余ったから持って帰ろうとして、「すいません、これ打包(中国語:ターパオ)してください」など、中国人の店員に日本語と中国語が混ざった妙なオーダーとかしてました。

 そんなこんだで本題ですが。現在私の友人は今年3月から中国の西安へ留学に行っております。その友人は中国に長期滞在するのはこれが初めてなのでこの前電話した際に中国の第一印象はどうかと尋ねたところ、「やっぱりみんな、周りの目を気にしませんね。花園さんの言う通りに」という感想を述べてきました。我が友人ながら、やっぱりいい観察眼持ってる気がします。

 何度かこのブログでも書いていますが、中国人は日本人と比べると 周囲の目を気にしないというか関心があまりありません。もっともそれが如実に出るのは服装で、真夏にもなるとへそだしルックがガチでそこらじゅうに溢れて目撃することになります。もっともへそ出して歩いているのは大抵太ったおっさんですが。また覚えている方も多いんじゃないかと思いますが、パジャマで外をうろうろするおばさんもそれほど珍しくなく、上海市内でもショッキングピンク色したキティちゃんのパジャマ着たおばさんを自分は何度も見ています。
 こうした中国人の特徴は服装以外にも表れており、路上での行動とか仕草にも見ることが出来ます。まず声が大きくて話している内容が聞きたくなくても聞こえてくるとか、あとのっしのっしと歩くというか割と体を大きく振るようにして歩いて対向者をよける際もなんていうかやれやれって感じで日本みたいに細かい動きを見せることはなくおおざっぱです。

 と、ここまで中国人との比較で書いてきましたが、実は今日は「金田一少年の事件簿」の漫画を漫画喫茶で見てきたこともあって見出しから一つトリックを入れた文章を書いています。そのトリックというのも比較対象を敢えて「中国人と日本人」との比較で書いているという点なのですが、これは「外国人と日本人」に置き換えてもほぼ全く同じことが言えちゃったりします。さすがにキティちゃんパジャマは中国オンリーかもしれませんが。

 私自身そんなに威張れるほど外国生活が長いわけじゃありませんが、少なくともこれまで見てきたイギリスとかアメリカ、あとインドと比べると路上での振る舞いや仕草、服装は日本人よりも中国人のパターンのが近い気がするというか、日本が一番極端過ぎるきらいがあります。実際にこれは留学中にフランス人の姉さんから直接言われましたが、「あんたはまだ普通の格好してるけど、日本人はなんで普段からあんなわけのわからない格好してるの?」と言われたことがあります。この姉さんのいう「わけのわからない」というのは私なりの解釈で言うと、学校に来るのだから別にラフな格好でもいいのに変に着飾ろうと柄物とかを着ているという意味だったと思います。

 核心をさっさと述べると、日本人というのは世界単位で比較すると異常なほどに周囲の目を気にするというか、周囲と同じ格好、振る舞い、仕草を自ら率先して取ろうとする傾向があります。究極的に述べると日本人の行動原理は「周囲に溶け込み、目立ってはならない」という忍者っぽい大原則にあり、それが学校や企業、そして部活動などでの行動につながってくると私は睨んでいます。 逆に周囲とは異なる振る舞いをしようものなら一気に叩き出そうとする傾向もあり、それを日本人は集団性が強いと言いますが、私は内心では案外協調性は少なく個性を自他ともに叩き出すことを目的にしてしまっているようになっていると考えてます。

 ここでこのところ多い自分語りですが、上にも書いている通りに自分も日本人よりは中国人に似て、周囲の目を気にしない振る舞いを取ることが多いです。こうした傾向は中国へ赴く以前から明らかに存在しており、現在もそうですが周囲の「逆を突く」ということを信条にして長い間行動してきました。私が何でこういう風に育ったのかというと元からそういう資質だったと言えばすぐ片付きますが、私個人の主張を述べると、内面を磨くことに必死で外見に構う余裕が全くなかったというのが本音です。

 私はよく会う人から「何でも知っていて知識が豊富だ」などと褒めてもらえることが多いのですが、偽りのない本心で述べるとまだ全然物足りないというか、もっと知識を得たいと本気で願っているしまだ足りないと知識欲に餓えてます。なんでまだそんなに餓えているのかというと単純に知りたいという欲求と共に、自分以上に思考力に富み知識を備えた人間に対抗するにはまだ実力が足りていないと思うし少しでもそういう人間に近づきたいという本能じみた感情から、このところ勉強はサボりがちではあるものの知的好奇心や何かを追おうとする意欲に関しては衰えを全く感じていません。
 こうした考えは子供の頃からずっとそうで、変に外見を磨く暇があるのであればもっと内面を磨くため、知識を貯め思考を深め新たな発想を探さなければと脅迫じみた考えをこれまでずっと抱いていましたし、現在も変わりはありません。 言うなれば、外見を気にする以前に内面の至らなさの方が私は気になるわけです。

 そんな自分に言わせると、日本人はもっと外見より内面を磨くことに力を入れるべきだし、また相手の外見にとらわれずもっと内面見た方がいいように思えます。また今度記事にまとめてもいいですがSTAP細胞の捏造問題といい、日本人は外見というか外っ面の議論は熱心にやりますが誰も核心については議論したがらないというか無関心であることが多いです。私ほど内面に極端に入れ込む必要はないでしょうが、周りの目ばっか気にする前に自分自身の自分に対する目を気にしろよと年寄りじみたことを言いたくなったので、こうしてまとめた次第です。久々に散文っぽく話題がずれつつ最後に収束できたから、かいてて楽しく仕上がりました。

2014年4月24日木曜日

鮫島事件とプチエンジェル事件について


 上の画像はまたネットから拾ってきた画像ですが、なんか右下のセリフに悲痛感が詰まってることから気に入ってちょくちょく見返しているためブログにも貼ることにしました。それにしても猫って本当空気読まないよな。

 話は本題に入りますが、皆さんは「鮫島事件」という名前を知っておられるでしょうか。私の予想だと相当コアなネットユーザーじゃないと見聞きしたことはまずないと思いますので、ウィキペディアのリンクをいつも通りに貼っておきます。

鮫島事件(Wikipedia)

 この鮫島事件というのはどういう事件なのかというと、言ってしまえば何にもない事件といったところです。というのも、この事件がネットで語られる場合は往々にして、

「あの鮫島事件の恐ろしさだけは一回聞いたら忘れられない……」
「おいやめとけ。それだけはやばいぞ!」

 という感じのやり取りが交わされ、結局内容については誰ひとり語らないまま「なんか知らないけどヤバそうな事件」という印象を読んでいる人間に抱かせ終わります。では実際にこの鮫島事件というのは本当にあるのかどうかですが、まぁ十中八九何もない名前だけの事件でしょう。ウィキペディアの中で詳しく開設されていますが、名前を挙げるだけで詳細を語らず不気味さだけを際立たせるだけの一種の言葉遊びです。
 私はパンダの毛皮みたいに物事の白黒をはっきりさせないと気が済まない性格してる分、内心この鮫島事件の書き込みについては見ているだけでちょっとイラつきます。なので他にも同じようなもやもやを抱えている人に向けて白黒はっきりつけさせてあげようと、こうして記事を書くことにしました。

 鮫島事件のついでというわけじゃないですが、同じくネット上で定期的によく語られる事件に、2003年に起きたプチエンジェル事件というものがあります。

プチエンジェル事件(Wikipedia)

 こちらは鮫島事件と違って実際に起こった事件ですが、その内容についてはウィキペディアの説明を見てください。この事件が何でネット上で未だに名前が挙がってくるのかというと、この事件では未成年売春クラブを運営していたらしき犯人が自殺して終わっているのですが、事件後に犯人らの背後関係について追っていた記者が東京湾に浮かんだ状態で見つかったため、何か裏の力が働いているのではとよく語られます。曰く、未成年売春クラブの事件ということもあり顧客には政治家など要人もいて情報を知る人間は口封じに遭うのでは、といったところです。
 火消しに回るという気はないのですが、私はこの事件はそこまで大それた事件ではなかったのではないかと見ています。全部ネット筋のソースなので確実性は低いと認めるものの、まずプチエンジェル事件を追っていた記者が東京湾で魚に食われてたのは本当の事実のようです。ただこの記者は元々そういう裏社会系のネタを扱う記者で、どうもヤクザの案件を洗っていたら尻尾を踏んでしまったというのが結論っぽいという意見が出ており、私もこれを支持します。根拠としては犯人が死んだ事件なんて追われたところで関係者はあまり痛くない(どうとでもしらばっくれられる)のと、大袈裟に語られる事件ほど案外しょぼいことが多いという私の勘からです。そもそもの話、顧客に政治家がいたなんていう事実の根拠がどこをどう探しても出てこないし誰も挙げられないっていうのが一番デマっぽい点なのですが。

 ここで記事をまとめてもアリなのですが、話の種とばかりにもう一つだけ、こっちのが案外黒くねっていう事件を一つ私の方から挙げさせてもらいます。

桶川ストーカー殺人事件(Wikipedia)

 1999年に起きたこの事件は当時を生きていた人間ならまず誰もが覚えていることかと思います。現在にも続くストーカー事件の嚆矢となったもので現在のストーカー規制法もこの事件を教訓にして形作られたと言ってもよく、そういう意味ではまた今度あたりに「平成史考察」に取り上げてもありかもしれません。
 で、この事件のどんな点が黒いのかって話ですが、ウィキペディアの記述をそのまま書きに引用します。

  ~影響~
 2000年10月7日、埼玉県警警視の住むマンションの玄関扉外側から出火。県警は別の脅迫容疑で逮捕されていた巡査部長を放火容疑で再逮捕した。警視は桶川事件当時の上尾署刑事生活安全担当次長で、告訴取り下げや告訴状改竄を直接、間接に指示し得る立場にあった人物である。また逮捕された巡査部長は桶川事件当時上尾署の刑事であり、さらに最初の逮捕容疑となった脅迫事件の被害者も当時の上尾署員だった。容疑者は刑事から交番勤務に左遷されていたことから、恨みによる犯行とされた。一方で容疑者は、桶川事件では最初に被害者の女子大生に応対し、相談内容の深刻さに同情して当初は 熱心に話を聞いてくれていたという。容疑者は有罪判決を受け服役中に自殺した。またこの放火事件への対処に不信感を表明した別の刑事ものちに自殺している。

 まぁ詳細を自分も取材したり追ったりしたわけじゃないのでいろいろ強くは言えないのですが、事件後に事件に関わった警官が二人も自殺するって異常過ぎないかってことです。桶川ストーカー事件自体は有名ですが、事件後のこの話はあんまり知られてないと思うので紹介しようと思ったわけです。

2014年4月23日水曜日

山田風太郎の日記を読みだして

 昨日は所用により書くことが出来ず、かといって今日に何か書く話題を用意していたというかモチベーションがいまいち上がらないので今読んでいる山田風太郎日記について少しだけ書きます。

 先日お会いしたブログ読者の方よりこのブログについて、「もう少し話題のジャンルを絞った方が良いのでは?」というアドバイスを受けました。その方のいう通りにこのブログは歴史、政治、アニメ・漫画、経済、中国と書く話題のジャンルが多岐にわたっていて一体何のブログなのか、かいている人間が一人ということ以外は何の共通点もない記事が連綿と続いております。仮に中国の話題だけをずっと書いていれば今頃、中国系情報ブログとしてそこそこ名前も通りアクセス数も多分多くなっていたと思います。ではなんでそうしないのかというと、一つはいろんなジャンルについてあれこれ書きたいという私の欲求と、もう一つは日記的な要素を兼ね備えているからです。

 私は日記自体は中学生の頃に拙いレベルでしたが二ヶ月くらい英語で書いていましたがあまり続かず、それ以降もまた日記を書こうと思うことはありませんでした。このブログはあくまで私の主張を片っ端から書いていくということが本願であるものの、今現在で社会に対してどのように物事を見ているのかという折々の視点を書くという目的を含め近況もたまに書いて、後世の自分に「あの時自分はこう考えてたんだな」と再認識させる日記のようなものと捉えています。

 そんな日記ですが、世界で一番有名な日記となるとこの前ビリビリに破られた「アンネの日記」で間違いないでしょうが、日本人でも面白い日記を書いている人がいてそれはほかならぬ山田風太郎です。
 山田風太郎を私が知ったのは恥ずかしい限りですが漫画家のせがわまさき氏による「バジリスク」という漫画からです。これは「甲賀忍法帳」という山田風太郎の小説が原作となっていて、ほどよく化け物を書くのが上手いせがわ氏の作画と相まって漫画がヒットし、アニメも投資額がほとんど回収できなかったらしいですが私が見る限り非常に出来のいいアニメで、元々の原作の良さと相まって海外に紹介していくには忍者であるだけに文句ない作品だと考えています。

 話は山田風太郎の日記についてですが、後に小説家として名を成すだけあって毎日非常に細かく書いてあるのですが、それ以上に書かれた時期が戦中から戦後という、ある意味日本がいろんな意味で特別だった時期であることが大きな特徴です。知ってる人には早いですが、山田風太郎は両親が早くに亡くなり血のつながらない義父母によって育てられ、義父母の援助を受けつつ医大を受験し続けちゃんと医師免許も取得しています。まだ私は彼の日記を読み始めたばかりですが、まぁ書いていることは陰鬱というか、果たしてこのまま義父母の援助を受けながら浪人し続け、医大に行くことに価値があるのかなどという悩みがせつららに書かれてあります。
 同時に、戦時中の日本という国家に対してある意味特殊な視点でもって描かれ、こういってはなんですが当時の人間とは思えないほど国家の思想について詳細な分析が行われているだけでなく、戦時中の国民生活に関しても「あと二年もこのような生活で国民は我慢できるとは思えない」などと、まぁ不思議な視点でずっと描いています。

 と言ってもまだ全然読み進めていないので本格的なレビューは読み終えた後にでも書きますが、今読んでいるあたりだととにもかくにも食べ物に関する話が多くて読んでてこっちが腹減ってきます。当時勤めていた会社(沖電気工業)で仕事を終えると同僚とやれ汁粉を食べに行ったとか、丼ものを三杯食べたとか、給料日にはケーキとコーヒーを食べ歩いたとか、戦時中でも東京では食べようと思ったら食べられたんだななんて読んでて思います。

 やややる気のない記事と今日はなりましたが、そんなテンションの上がらない日々を今送っているという日記だと思って軽く読み過ごしてください。