ページ

2014年8月12日火曜日

漫画レビュー「エンバーミング」

キャバレー ロンドン(Youtube)
 
 上のリンク先は70年代くらいに何故か全国ネットで放映されていたというキャバレーのCMです。一体何故キャバレーがテレビコマーシャルを、しかも全国ネットでと現代人たる私にしたら驚きなのですが、それ以上に映像の演出の古さというか痛々しさになにか見てはいけないものを見てしまったような感覚があります。
 どうしてこんな古いどころか私が生まれてくる前に放送されていたCM映像を持ってきたのかというと、和月伸宏氏の「エンバーミング」という漫画にこのCMをもじった場面が出てくるので、それから興味を持って検索して発見したからでした。
 
エンバーミング(Wikipedia)
 
 和月伸宏氏と言ったらそのデビュー作でもあり代表作である「るろうに剣心」がちょうど今実写映画化されており、なおかつ連載当時はドラゴンボールなき後の少年ジャンプを牽引した人気漫画ということもあって知ってる人も多いかと思います。特に私くらいの年代であれば「るろうに剣心」を知らない奴はモグリのモーグリ(自分で書いてて意味が分からない)もいいところで、男の子なら一回はこの漫画に出てくる必殺技を傘使って真似したことがあるはずです。
 なおこれは余談ですが、大学時代に二浪して入学してきた友人に、「確か君、るろうに剣心好きだったよね。これからはもじって『拙者、にろうにでござるよ』って自己紹介してみたら」と言ったらめっちゃ嫌そうな顔されました。
 
 話が飛び飛びですが元に戻して、そんな超有名作家である輪付氏が今現在ジャンプスクエアで連載しているのが「エンバーミング」というこの漫画です。私が何故この漫画を手に取ったのかというと、「るろうに剣心」はそんな好きじゃなかったけど和月氏のその後の作品である「武装錬金」は好きだったということと、中国いてて暇で、なんか電子書籍で読み始めるのにいい漫画ないかなと探していたところばったり巡り合ったためです。なお現在はこの前アニメ化が決まった「監獄学園」を電子書籍で読み進めています。
 
 結論から言うと、「エンバーミング」はとても読めた漫画ではありませんでした。
 私はこのブログで「シドニアの騎士」や「極黒のブリュンヒルデ」など基本的に自分が読んでて面白く、他の人にも勧めたい漫画しか取り上げてきませんでしたが、今回初めて批判文としてレビューを書きます。先に申しあげると私は「エンバーミング」を三巻までしか読んでいませんが、三巻でもういっぱいいっぱいでこれ以上は金払って読みたくないと感じる内容でした。
 
 大まかなあらすじを書くと、部隊は19世紀のイギリスで、ひょんなことから近所に出るという化け物と戦った主人公は辛くも相手を倒すものの自分も深手を負い死んでしまいます。ただ主人公が死んだその場をたまたま通りかかった研究者によって蘇生処置が施されフランケンシュタインとして蘇り、しかもその研究者から今さっき倒した化け物もフランケンシュタインだと明かされます。研究者は主人公に対して蘇らせたかわりとして自分の目的、ほかの現存するフランケンシュタイン全部を薙ぎ倒せと要求して……ってところが数行でまとめられる内容です。
 このあらすじからもわかるようにこの漫画では数多くの死人、死体が処置を施されて何らかの特殊能力を持った上で蘇ってバトルするバトル漫画なのですが、一番致命的なのはバトル漫画の癖に絵に動きが全く感じられない点です。こう見るのも私だけかもしれませんが、バトルシーンのコマを見ていてもキャラがそれほど激しく動いているように見えず、しかも大体がどちらかが必殺の一撃みたいなのを相手に一発ぶつけて決着がついてしまうためグダグダ感が半端じゃないです。改めて思い返すと、「るろうに剣心」も戦闘での駆け引きはそんなに多くなくて大抵必殺技でパツンと決まってしまうことが多かったような。
 
 バトル漫画の癖にバトルが全然面白くない点もさることながら、展開の遅さも見ていて面白くありません。単行本の1巻のラストで、「よし、じゃあロンドンに向かうぞ!」ってなるのですが、2巻は丸々一冊が主人公とは全く関係ない別のフランケンシュタインの話で読んでて連続性が非常に乏しく、3巻になってようやくロンドンに着く有様です。しかもロンドンに着いたら着いたで、「切り裂きジャックを探せ!」なんて話になり、なんで19世紀にロンドンときたら切り裂きジャックしか出てこないんだよ、しかも想像した通りやっぱりこいつもフランケンシュタインになってるしと思え、ちょっと大げさかもしれませんが非常に稚拙な展開に思えました。19世紀のイギリスと言ったらシャーロック・ホームズやフローレンス・ナイチンゲールだっているのにさ、まぁナイチンゲールがバトル漫画で大立ち回りしたらそれはそれであれだが。
 
 このほか細かい点を挙げたらキャラクターの発言や行動が不自然に感じることが多かったり、着ている衣装も当時のロンドンっぽくしているのかもしれませんが全体的に地味で見栄えも悪いうというか漫画の絵としてやや古臭く感じたり、こういってはなんですが「武装錬金」の頃はもっとマシだったのになぁと残念に思う出来でした。
 何もこんな批判をわざわざブログで書くことかと我ながら思うのですが、一番最初のキャバレーロンドンのCMを紹介したいと思ったのと、ちょっと今の和月氏はジャンプ黄金期の悪い部分、具体的に言えばなかなか話が進まない展開の遅さなどを変に継承してしまっているように見えるという点を指摘したく、スパッと書き上げた次第です。最近重い話題が多くてこういう記事も書きたかったし。

2014年8月10日日曜日

米軍によるイラク空爆の実施について

 日本ではこのところ佐世保の事件やら台風やらであんまり大きく取り上げられてないように見受けられるのですが、イラクから撤退をし始めている米軍がこのほど、イラク北部でイスラム過激派「イスラム国(ISIS)」に対する空爆を実施しました。この件について友人からリクエストを受けたので取り上げますが、当初はあんまり興味なかったものの、改めて構造を見比べるとなかなか面白い状態かもと注目し始めています。
 
 
 今回の空爆に至る背景を簡単に説明すると、イラク戦争でのフセイン政権打倒後、米軍はイラクに長らく駐留して治安維持などの活動に努めてきました。しかしイラクの治安情勢はお世辞にも改善してきたわけでもないのに、アフガニスタンとともに駐留兵力の削減を公約に掲げて当選したオバマ大統領はアフガニスタンに続きイラクでも撤退に取り掛かり始めました。その結果というか、イラクでは北部を中心にアルカイダを始めとするイスラム過激派勢力が再び勢力を強めだし、またイラクの政権も選挙でごたごたが起こるなど見ていてあまりいい感じしない状態が続いていました。
 
 そんな中、にわかに名前が通るようになったのが先程挙げたISISこと「イスラム国」という勢力です。この勢力はアルカイダ同様にイスラム原理主義を掲げる集団なのですが、その特徴としてはとにもかくにも手段が残忍で、アルカイダからもその残忍さから距離を置かれているとも聞きます。実際に先程中国での空爆に対する報道について調べていると、ISISによるイラク人の殺害前、後の写真が引っかかり、殺害された死体というのも釘で打ち殺されているという痛々しいものでした。
 
 今回、米軍はこのISISに対して証す民族保護を理由に空爆を実施したとのことで、今後もしばらく同じような空爆が実行されるものだと思います。この米軍による空爆に対して私は、かねてからISISの過激な行動を聞いているだけに今回は支持に回るというのが本音ですが、その一方で下記の記事を見てちょっと考えるところもあります。
 
 
 この記事ではイラクへの空爆について米露の外相が競技を行ったと報じてあるのですが、ちょうど米露は今、クリミア半島を含むウクライナ東部の問題でごたごたしており、特にマレーシア航空の墜落に対して経済制裁の応酬を繰り広げているだけになかなか微妙な駆け引きに見えてきます。さらにこの競技について時事通信は、
 
「シリアでは、イスラム国は反アサド派として内戦に加わっているが、米国もその反アサド派を支えている矛盾をラブロフ外相は会談でけん制した可能性がある。 」
 
 ここで書かれている通り、長い内戦が長く続くシリアでもISISは活動しており、しかも米国が支援する反アサド派(=反政権側)に与していると見られています。対するロシアはアサド派(=政権側)を支援しており、米国によるアサド派への空爆の提案を事実上、ロシアがとん挫させています。
 シリアの現状までここで詳しく解説するとさすがにややこしくなるので避けますが、この時事通信の記事でちょろっと触れているようにISISに対してシリアでは事実上支援している癖にイラクでは空爆するという、一見すると矛盾した行動を米国は取っているように見えます。真剣に中東情勢について調べているわけではないのでもしかしたら私が間違えているのかもしれませんが、ちょっとこの米国の方針のブレは看過できないかも、対テロリストという原則を無視して各地の情勢を引っ掻き回しているだけではないのかという懸念も覚えます。
 
 とはいえ、イラクとアフガニスタンに対して深く関与しているのは目下、米国のみで、実際に治安はかなり悪化しているのでこの地で何かしらの行動は必要です。各報道では今回の米軍の空爆に対し、他国と一切競技せずに独断で実施したことについて問題ある行動なのではと提起していますが、ほかの国はイラクとアフガニスタンにそれほどコミットしていない、それどころか関わりたくないような態度を取っていることを考慮すると私としては米国が単独で動いたことにそれほど疑問は覚えません。なお現在までに、欧州諸国は今回の米国の行動を支持というか追認、中国は支持も肯定も言わずスルー、日本はもちろん「理解している」です。あとこれは中国での報道ですが、英国が将来的に米軍と共に空爆に加わるかという点について、英国はなるべく関わりたくないようだと書いてありますがそりゃそうだよなって気がします。
 
 金曜日の日経平均の株価暴落はこの空爆が原因とされていますが、果たして今後どうなるのか。私の予想としては結構長く続き、また米軍のイラク駐留兵力も増強されることもあり得るのではないかという気がします。もっともその時期はオバマ政権中か次の政権か、意外と次の大統領選挙の主要なトピックになるかもしれません。

2014年8月9日土曜日

麻原彰晃を処刑すべきか

 昨日の記事で私は大逆事件を取り上げ、政府が幸徳秋水の様な知名度のある思想犯を処刑してしまったばかりに当時の社会主義者は幸徳を殉教者のように扱い、処刑した政府に対する批判が火を巻くと共に社会主義者を勢いづかせる結果となったことを取り上げました。その上で政治犯、思想犯というのはほっとけばいろいろ時の政権に都合の悪い言質を広めるが、処刑したら処刑したでシンボリックに扱われて残党を勢いづかせるので処理に非常に困る傾向があると書きました。現代においてもこのようなタイプの死刑囚は存在しており、具体的に挙げると連合赤軍事件に関わりあさま山荘に立てこもった坂口弘死刑囚がまさにこの典型例なのですが、もう一人、処刑に当たって残党の存在を意識せねばならない人物としてオウム事件の麻原彰晃死刑囚も挙がってくるように思え、今日はその麻原の処刑の是非について私の意見を述べようと思います。
 結論から述べると、やるなら可能な限り早くにというのが私の意見です。
 
 麻原彰晃死刑囚については説明するのも馬鹿馬鹿しいですが、地下鉄サリン事件を始めとした数々のオウム事件の首謀者であり最高責任者であります。裁判では意味の分からない言動や行動を見せ精神障害者のような素振りを見せましたが、死刑判決直後に、「なんでだよちくしょう」と叫んだ辺りから終始一貫してまともな判断力が持たれていると見られ、元弟子の上祐史浩氏も、「詐病に違いない。ああいうことをする人間だ」と評しています。
 その麻原死刑囚ですが、死刑判決は既に確定しているものの現在に至るまで未だ刑の執行はされていません。彼の刑が執行されない理由はほかのオウム真理教による犯罪事件での容疑者の裁判が完了していないためだと言われ、特に長年指名手配されていながら検挙されなかった平田信容疑者を始めとする三名の存在が大きいとされますが、これはやはり方便で実際には残党への対応というか考慮が本当の理由だと思います。
 
 現在、オウム真理教はアーレフとひかりの輪に団体が分離しており、後者はともかく前者は未だに麻原への崇拝を続けているとされその影響力は無視できないとされます。仮に麻原の死刑を執行するのであれば間違いなく何らかの反応が予想され、勝手な予想ですが、「政府の心無い弾圧によって殉教された」といってまた崇められ、信徒をつなぎとめる説法にでも利用されることでしょう。大体この手のカルトは中途半端に規制しようものなら逆に反発してより結束を強めるばかりか自分たちの信じる道は正しいと自己肯定することもあり、執政者側から見れば誠に扱いの難しい所でしょう。
 では麻原を処刑すると残党は結束を強める可能性があるというのなら、坂口死刑囚のように死刑判決を与えたまま刑は実際には執行せず、拘留し続けて生殺しにすべきなのでしょうか。確かに処刑するよりは残党が妙な正当性を持つこともないでしょうし、獄中とはいえ自然死であれば、「国家に殺された」というのも実際に処刑するより幾分トーンは下がります。
 
 しかし、上記のような点を考慮しても私は麻原を処刑すべきだと思います。理由は単純で、彼が処刑されなければ数々のオウム事件で被害を被った方々があまりにも浮かばれません。残党への対策を考慮すると麻原の処刑は明らかに悪手ですが、犯罪者、それも被害者に対する社会による報復の原則をこの事件ばっかりは疎かにしてはならない気がします。
 言うまでもなくオウム事件は日本の建国史上で過去最大規模の犯罪事件であり、化学兵器による無差別テロも実行されており、何とか命は繋ぎ止めたものの現在も重い障害に苦しむ被害者が大量に存在しています。その上で麻原は政治犯ではありません。国家転覆を企てたという事実から思想犯には定義によっては入るかもしれませんが、何かしら信念なりに基づいて行動していたわけでもなく、あくまで私利私欲によって事件を起こした犯罪者です。政治犯ではなくあくまで犯罪者として処断すべきであり、たとえ残党を勢いづかせてしまう可能性があるとしてもこれで処刑されなければ正義がどこかに行ってしまうような、そんな感覚が自分にはあります。
 
 その上で個人的な意見を述べると、ほかの弟子の裁判が続いていたということは重々承知ですが、処刑に当たって少なくとも五年くらい早くやっておけばという思いが自分にはあります。何故もっと早くにやっておけばというのかというと、麻原の親族、具体的に言えば子供がここ数年で成人となり、アーレフの指導者として活動を始めてきたからです。本当に個人的な意見で間違っている可能性はあるものの、彼らが活動を始める前であればまだ処刑後の影響は抑えられたのではという気が私にはします。
 さらにその上に又述べると、指名手配されていた三人が捕まり裁判が続いている最中ではありますが、可能な限り早く処刑をした方が良いのではとも思います。理由はいくつかありますが一つは自然死にさせてはならないということと、二つ目はこのまま伸ばしても処刑後の残党への影響は大きく変わらないように思える(むしろ延ばせば大きくなる可能性も覚える)のと、三つ目は日本の死刑制度に対する意識をこれを機に一気に傾けなおしたらという考えからです。
 
 ただ、ここまで書いておきながら非常に情けない限りですが、事件の被害者の方々に非難されても仕方ありませんが、麻原を除くほかのオウム事件の死刑囚に関しては生殺し案こと処刑はせず、永久に拘留するという手段にしてもらいたいと個人的に思います。理由はまたいくつかあり、一つ目は彼らは事件当時にマインドコントロール下にあったとみられるのと、二つ目は現時点で一名を除き表面上は麻原への帰依を失い事件について証言を行っていること、三つ目はこの事件の生き証人として残すべきではという自分の社会学士としての興味からです。
 ここで書いた意見は我ながらかなりきわどさを覚えます。批判や非難は甘んじて受けるつもりですが、あくまで私個人の意見としてこの記事で展開して置こうとキーボードを叩いた次第です。

2014年8月8日金曜日

大逆事件とは

 昨日晩飯何食べようと考えながら帰宅していると、店の門前に敷いてあるダンボールの上でぐっすり眠ってるトラ猫に一目ぼれしてそのままそこの台湾料理屋で飯食いました。今日は中国のケンタッキーでチキンバーガーが安くなる日なのでこっちで食おうと思いましたが、雨も降ってたしちゃんとしたのを食べようと結局またその台湾料理屋で飯食いました。今日はトラ猫は出勤してませんでしたがそのかわりに成猫の三毛猫と小っちゃい子猫二匹がいたのでお腹いっぱいにはなりました。なにこの猫喫茶ならぬ猫食堂……。
 
 話は本題に入りますが、昨日は我ながらやけに頑張って社会主義と共産主義の違い、並びに日本語における社会主義思想の用語の曖昧さについて記事を書きましたが、これはすべて今日の記事の伏線として用意したものです。なくったって別に問題ないでしょうが知ってたらまだ理解しやすいかなと思ったので書いたのですが、じゃあ今日は何を書くのかというとある意味日本で最も有名な政治弾圧事件といっていい大逆事件について、この事件を中学高校で教える欺瞞について述べていきます。
 
大逆事件(Wikipedia)
 
 この事件は有名さもさることながら受験教養としてほぼ必須の内容であるため歴史通でなくても大まかな内容を大半の方は知っているかと思います。ではこの事件はどんな内容なのかというと、「明治天皇暗殺を企図したとして幸徳秋水などが濡れ衣を着せられ死刑にされた政治弾圧事件」といった辺りが無難な所かと思え、もうちょっと詳しい方なら、「幸徳秋水が社会主義者であったため、その思想が危険だと見られて殺された」というかもしれません。もっとも昨日の記事に書いたように一体何故社会主義が政府に睨まれるのかという要因について説明できる人間となると限られてくるかもしれませんが。
 実際、この事件はある意味で幸徳秋水が中心となっており、捜査も幸徳を中心にして進められただけでなく世論も幸徳の処罰に対して主に注目されました。ウィキペディアの中でも大逆事件のページのほかに「幸徳事件」という別記を用意している程で、まぁ力が入っているのは間違いないようです。
 
 結論から述べると、この事件に対する上記のような理解は半分当たりで半分外れといったところで、的確な理解ではないと私は考えています。というのも、明治天皇の暗殺計画は幸徳は関わっていないながらも、この大逆事件で逮捕された一部のメンバーの間では実際に企図されていたからです。なので正しい理解としては、「明治天皇暗殺を計画した犯人らが検挙された際、幸徳は関わっていなかったもののその一味として一緒に検挙され死刑にされた」というのが無難な所でしょう。
 
 事件について詳しく解説します。まず幸徳秋水というのは青年期に中江兆民に師事して学んだ後、日本における初期の大新聞と言っていい万朝報のライターとなります。この万朝報で頭角を現した幸徳は世間からも高い評価を受けるものの日露戦争について開戦に踏み切った日本政府を批判した所、万朝報の部数が激減し、やむなく万朝報は戦前の朝日、毎日同様に社の方針を戦争肯定に切り替えます。この方針切り替えに反対した幸徳は堺利彦、内村鑑三、石川三四郎と共に出奔して平民社を起ち上げるなど独立するわけですが、こうした過程の中から徐々に社会主義思想を持ち、政治活動にも身を投じていくこととなります。
 
 ここで少し余談ですが、現在において社会主義者のイメージの強い幸徳ですが、若い頃などは幅広く多様な人間と交流を持ち、特に伊藤博文や西園寺公望といった立憲政友会メンバーとは親しく付き合っていました。西園寺に関してはネット上の資料で裏付けが取れないものの、確か西園寺がフランス留学から帰国後に新聞を起ち上げた際、幸徳が主筆となってその活動を支えたという話したあったと言われています。
 私が何でこのエピソードを知ってるのかというと、大学受験時代に同志社大学の過去問を勉強してたら日本史科目にこのエピソードが出てくる問題が設けられてたからです。ちなみにこの問題、最後の問いでは、「なおこの試験問題は西園寺とかかわりの深い大学の資料を参考にして作られた。その大学名を下記の選択肢から選べ」と書かれ、選択肢には「A、同志社大学 B、立命館大学 C、??? D、???」と書かれていたように記憶します。問題解いてて皮肉っぽいことやるなぁと思いつつ、ちゃんと正解の選択肢を選んでやりましたが。
 
 話は戻りますが社会主義者として活動するようになった幸徳ですが、彼の主張は同じ社会主義のグループの中でも特に過激なもので、実質的に無政府主義と言っていい思想を持っていました。当時の社会主義グループの中には穏健な政治活動によって社会主義の実現を目指す者もいたのですが幸徳のグループは暴力による革命を起こしてでも社会主義実現を目指すという主張をしており、穏健派からも苦言が出るほどの過激なものだったようです。
 実際に当局もこうした過激な主張に対して目を光らせており(政府をぶっ倒すと抜かすのだから当たり前だが)監視を続けており、公道で革命実現を叫んだ上に赤旗を振ってたから荒畑寒村らを一斉に逮捕する「赤旗事件」なんてのも起こってます。もっともこの事件で逮捕、拘留されたことから荒畑寒村は大逆事件では検挙されずに戦後にまで政治活動を続けることとなったのですが。
 
 話は大逆事件に戻ります。こうして官憲から監視や弾圧を受け続ける中で幸徳の取り巻きで宮下太吉管野スガ新村忠雄古河力作の四名は革命実現に向けてまず明治天皇を暗殺しようと計画し、実際に爆弾の製造にまで着手します。彼らが爆弾を製造していたのは当時に爆弾の材料といった証拠も見つかってますし、また実験の過程を隠語を使って、「赤ん坊(「爆弾」の隠語)の鳴き声(=爆発音)が思った以上に大きくてびっくりした」という手紙も見つかってるため、計画は確かにあったと見て間違いないでしょう。
 問題なのは幸徳がこの計画に関わっていたのかどうかなのですが、当時暗殺計画に関わっていた菅野スガは夫の荒畑寒村が逮捕されていただけでなく本人も無職だったため幸徳に生活の支援をしてもらっており、そのままなし崩し的に幸徳の愛人となってて同棲しておりました。幸徳の逮捕時も一緒だったため幸徳が暗殺計画を菅野の口から何らかの形で聞いていた可能性は現代においてもあり得るとみられますが、首謀していたかどうかについては数々の資料から現在はほぼ否定されているようです。
 
 しかし元老の山縣有朋はかねてから幸徳を嫌っていただけでなく、社会主義に対して憎悪にも近い感情を持っていたことからこれは好機とばかりに幸徳を首謀者にでっち上げるように計らい、首尾よく死刑にまで持っていきました。もっともこの大逆事件の裁判は当時にあっても知識人を始めとした層から政府に対して批判され、現代にまで続く山縣の不人気に一役買っております。
 これは私の意見ですが、やはりこの時に幸徳を処刑したのは山縣、ひいては明治政府の大きなミスだったように思えます。ある種、この事件で幸徳が無実の罪によって処刑されたことによって、殉教したキリストの様に、社会主義陣営で幸徳をシンボリックに扱うと共に政府はやはり打倒すべき存在だと燃え上がらせてしまっているからです。ほかのメンバーならまだしも一般市民の間でも知名度が高く政財界の人間とも交流していた幸徳を殺すということは影響力があまりにも大きく、現代においても日本で最も有名な政治弾圧事件として取り上げられることを鑑みても早計だったのではないかと思えます。
 
 この事件に限らず、政治思想犯の処刑というのは案外難しいものです。放っておくと余計な思想をばらまくし、かといって始末すると殉教者の様に扱われて残党を勢いづかせてしまうため、施政者側の目から見ると扱い辛いように思えてきます。じゃあどうすればいいのか、一つのモデルケースとしては連合赤軍ことあさま山荘立てこもり犯の首領であった坂口弘死刑囚のように、死刑判決を与えた上で刑は執行せず、生かしたまま拘留し続けるパターンがまだベターな気がします。仮に実際に革命が起こっても、ネルソン・マンデラ元南アフリカ大統領の様に生かしておけば言い訳も成り立つし。
 あと坂口と同じように永田洋子も死刑を判決したものの病死するまで拘留しましたが、この間に永田はちょっと情けない言い訳をあれこれ述べ続けて世間の信用を落とすことを自らやってのけてくれました。死人に言うのもやや酷な気がしますが、カスもカスなりに生かしておけば役に立つこともあるのだなと彼女の人生を見ていて思えます。
 
 ここで次の記事の引きですが、じゃあ麻原彰晃はどうするべきなのか。この点について次回記事では私の意見を述べようと思います。
 
  おまけ
 山縣有朋は本当に社会主義が嫌いで、明治の東大で私の専門とする社会学の講義を始めようとしたら、「社会」って文字があるだけで、「けしからん!誰だそんなの始めようとしてるんだ!」と激怒したそうですが、講義を始める東大教授が旧知の人間だったので、「なんだあいつか。だったらオッケー!」といって矛を収めたそうです。面倒くさそうなおっさんだなぁ。
 
  おまけ2
 この幸徳事件も大杉事件も実際の事件の真相よりもどちらかというとある一端、特に弾圧されたという箇所がやたら強調されて学校で教えられている気がします。全否定する気はありませんがなんか一面的な見方に思えるため、だったらあんま教えない方が良いのではないかと思うのと同時に、一体何故弾圧にばかり大きく取り上げられるのか、その背景について疑問を覚えます。この辺はまたしばらくしたら取り上げます。
 
 そんなに意識したつもりはないのに、何故かめちゃくちゃ長くなってしまった……。書いてる時間は一時間弱なのにな。

2014年8月7日木曜日

社会主義と共産主義の違い

 最近関わることがだいぶ減っていますが、もし大学生、それも経済学部や政治学部の学生に合うことがあれば、「社会主義と共産主義の違いは?」という質問を投げかけたいです。さらに、「一体何故社会主義者はいろんな国で弾圧されたのか?」という質問もつけて。
 恐らく、こんな質問をしたところで100人中1人もまともな回答をすることが出来ないでしょう。この問いに対する明確な答えを学校も教えないし、自分から興味を持って調べるような人間もほとんどいません。しかし歴史の流れ、特に二次大戦後にソ連を筆頭として生まれていった共産圏、そして冷戦の構造を考える上でこの社会主義と共産主義の違い、この二者の思想の相違点を把握しておかなければまともな理解も生まれず、また現代日本の社民党、共産党の違いも理解できないままというのは誠惜しいものなので、今日は浅学ながら私なりにこの二つの違いについて解説しようと思います。
 
 結論から述べます。社会主義と共産主義の違いは究極的には「政府の存在を認めるか否か」です。
 両者の思想に共通している諸条件としては、
 
1、労働者を中心とした社会
2、富・財産の共有(私有を認めない)
3、可能な限りの平等な世界
 
 この三つに関しては共通していると言っても過言ではありませんが、これらの理想を達成するための手段として政府というもの認めるか、認めないかで異なります。この場合ですと、後述しますが用語の関係もあって断言できるわけではないものの、少なくとも日本における社会主義は国家による政府の支配はそれ自体があってはならないものと考え、その存在を否定しています。対する共産党としては、同じく支配階級による国家政府は打倒すべきとしながらも、富の再分配や効率的な社会運営のためには強大な権力を持った政府が必要だとして、政府の存在を認めます。もっとも認めるったって共産党は、その強大な政府機能は共産党自身が果たさねばならず、ほかの政党の存在はあってはならないとして排除します。この辺は今の中国政府と中国共産党が一番わかりやすいモデルケースですね。
 
 社会主義、共産主義共に既存の国家政府、現代の日本やアメリカといった民主主義的選挙で選ばれた議員、そして官僚によって運営される政府は打倒すべきであることは一致しています。ただ社会主義は既存政府を打倒した後は政府はなるべく市場に関与すべきではなく国家防衛にのみその機能を持てばいい(=夜警国家思想)という考えを持っているのに対し、共産主義は既存政府亡き後を放任した所で世の中平等にはならないので、社会全体での平等の実現に向けてはやっぱり中央組織がある程度管理、運営せねばならないという考えにあり、政府(共産党の言い分としては「政府」ではなく「党」)が必要という立場を取るわけです。
 ただどちらにしろ社会主義も共産主義も既存政府を打倒する、取って代わるべしという思想を持っているわけで、そのため19世紀から20世紀にかけて両者は時の政府によって弾圧されたわけです。まぁ「いつかぶっ倒す!」と言ってるんだから政府が弾圧するのも当然と言えば当然な気がしますが。
 
 さて、書いてしまえば400字程度の簡単な解説で済むわけですが、こうした両者の違いについて理解している人はどうして世の中崇ないのでしょうか。この原因を私なりに書くと、社会主義陣営の人たちは相手が理解できないようなやたら難しい言葉で説明することがさも価値があるかのように考えてるようで、この手の簡単な内容について回りくどくかつ意味のない専門用語を駆使して主張することが多く、そのためこうした違いについて本人たちもわかってないのではないかと内心考えています。また最初に「用語の関係」と書きましたが、日本語において複数の意味が一つの言葉にごっちゃになっていることが多く、それがため混乱を招いているともいえるかと思います。
 
 こっからちょっとディープな話になりますが、用語を一つ一つ整理します。
 まず「社会主義」という言葉ですが、これは本来なら平等思考で労働者よりの思想を包括する大きな枠を指す言葉で、言ってしまえば「共産主義」も社会主義の中の一つのグループと言えます。なのに何故私はここで社会主義と共産主義を別々のものに熱かったのかというと、日本において社会主義はどちらかというと無政府主義(アナーキズム)という意味で用いられることが多いからです。
 社会主義の中にある大きなグループの分け方としては、私の理解だと以下の三つに分かれます
 
1、社会民主主義:既存政府による統治の中で選挙といった政治活動を通して理想の実現を目指す
2、無政府主義:既存政府を打倒し、労働者同士のコミュニティーの中で理想の実現を目指す
3、共産主義:既存政府を打倒し、共産党が労働者を組織、指導して理想の実現を目指す
 
 この三つをまとめて「社会主義」と呼ぶのが正しいのですが、日本だとどうにもそうはいかず、少なくとも「社会民主主義」と「無政府主義」は日本だと完全に別個となってて社会主義というとどっちかというと「無政府主義」を指すことが多いため、この際用語をそのまま使いました。ちなみにこれは共産主義の中の話ですが、社会運営の中心となるのは普通だと「労働者」ですが、これを「農民」に差し替えたバージョンも存在します。労働者が資本家(=企業経営者)と対立構造であるのに対し、農民バージョンは「農奴VS地主」という対立構造を煽って支持者を獲得するという戦略でこのバージョンは生まれていきました。旧ソ連はまだともかく、中国共産党は明らかにこっちの農民バージョンで支持者を獲得していったわけですが、なんでそうなったのかというと戦前戦後の中国は工場で働く労働者よりも農民のが多かったことが背景にあります。
 
 久々にやや難しい内容を書きましたが、ここで書いたのはあくまで私の理解であるため必ずしも正しい解説というわけではありません。ただ先ほどにも書いたようにこの辺の解説においてどこも用語の不統一がひどく、誰かがこの辺をしっかり整理しないといけないのではないかと思い自分なりにこうして記事にまとめてみることにしました。
 しかし改めてまとめてみると、結構小さな違いを社会主義陣営はこだわって、思想の遠い資本主義陣営よりも同じ社会主義陣営でしつこく争っていたんだなというのを感じました。さっきも書いたけど、本人たちも自分たちがどういう思想を持って行動しているのか、あんま理解してなかったんじゃないかなぁ。

2014年8月5日火曜日

中国の部屋に良くあること

 前回記事でも詳しく書いてありますが、先々週の土曜に引っ越して新居に移りました。その新居ですが先週土日に本格的に掃除してようやく一心地着いたのですが、掃除している最中にいくつか思い当たる節があるので今日はそういった、中国の部屋にあるある的な話を書いてくことにします。
 
 まず前提の話として、私個人の特徴として非常に掃除好きです。部屋の埃を気にするのはもとより窓ガラスなどは異常なまでに吹き続ける癖もあり、学生時代のバイト先だった喫茶店では掃除に力入れ過ぎて逆に注意されたこともありました。そんな自分に言わせると中国の部屋は「腕が鳴るぜ!」と言いたくなるほど汚れているところが多い、というより退去、入居に合わせて掃除することがまずないです。
 日本人の感覚ですと退去前に住人はある程度部屋を掃除してなおかつ余計なごみやいらなくなった家具とかを処分する必要がありますが、中国ではそんな感覚は全く以ってナッシングです。でもって日本だと家主は新しい入居者が来る前に業者などを使って掃除しておくことが普通で、掃除されてなかったらむしろどうなってるんだとクレーム物ですが、ここまで言えばわかるでしょうが中国ではそんな気を使ったサービスはほとんど皆無です。中には家主負担、または入居者負担で業者に掃除させる部屋もありますが、基本的には入居者自身が引越しと共に掃除しなきゃいけません。まぁ中には掃除しないで汚い環境に適応するような奴もいますけどね。
 
 そのため、引っ越しは家具やら生活用品とか買い物に合わせて家具の配置などいろいろ忙しいですが、中国の場合ですとそれに加えて掃除という作業も求められ、引っ越しに使うエネルギー量は日本なんかと比べてもかなり多くてそれで私も体調崩したんでしょう。じゃあどれくらいその掃除がハードというかどういう共通点があるのか、既に中国国内だけで六部屋も渡り歩いた自分の経験を紹介します
 
  1、釘
 これは三回目に住んだ部屋が最も特徴的でしたが、何故か中国の部屋はやたらあちこちにちっちゃな釘が落ちていることが多いです。今の部屋も棚の後ろとか引き出しの中とかどこに使うんだというような釘がやたら多いですが、三回目の部屋は床が絨毯で、その絨毯に折れ曲がった釘が何本も絡まってたため掃除する度に見つけてはほどいて捨ててました。多分、拾った合計では100本越えてたような。
 
  2、トイレの固定ボルト
 これはほぼ100%、どの部屋でも共通してますが、トイレの中蓋を固定するボルトがどこも初期状態ではゆるゆるです。ゆるゆるのため中蓋は座るたびにずれるというか動きまくるくらいなのでいっつも締め直すのですが、なんでどこもゆるゆるなのか、ってか普通に使っててこのボルトは緩むはずないと思うのだけれどと不思議でしょうがありません。
 
  3、ベッドの下の埃
 大体どこも埃まみれなのは共通してますが、その中でもひときわ強烈なのはベッドの下です。業者が掃除した部屋でもベッドの下は放置されていることが多く、夏場なんかは寝具にダニ付くと嫌なので私なんかは頑張ってベッドをずらすなどして掃除するのですが、これは一体何年物だと問いたくなるような埃の量に毎回うんざりします。今の部屋も、全身でダイブしても埃がクッションとなって衝撃が幾分和らぐんじゃないかと思うような量で、ぶつくさ文句言いながらモップかけて掃除しました。
 
  4、風呂場ガラスの水滴痕
 これなどは中国ならではの特徴ですが、中国の水はカルシウム成分の多い硬水のためガラスの水滴痕というものが付きやすいです。ただそれを考慮しても、風呂場のガラスは向こう側が見えないくらいびっしり水滴痕がついているというのは、単に定期的な拭き取りをサボっている故に起きているものだと思います。
 この水滴痕ですがついたばかりの頃であれば普通のスポンジで取れますが、大分年月が経つとガラスの一部のように固定化しちゃってたわしでこすっても取れません。専用のやや酸性の強い洗剤であれば取れるでしょうがさすがにそこまでは頑張らず、三回目の部屋では定期的に力入れて擦っていたら退去する頃には大分クリアになるくらいに削り取れていたので、新しい部屋でも毎日ちょっとずつ擦ってこうと思います。
 
  5、大量のゴミ
 最初にも触れていますが、とにもかくにも前の住人のゴミが室内に放置されてます。今の部屋なんか冷凍庫開けたらキムチくさかったので絶対韓国人だろうと思ってたら案の定ハングルの書かれた紙がすぐ見つかったのですが、そうした紙ぐらいならともかく、水が入ったままのペットボトルがベランダに数本放置されているのはちょっと自分もゾッとしました。このほかよくあるものとしては雑誌、洗顔液、よくわからない食品とかで、これらをゴミ袋に入れるだけでも結構手間です。
 
 こんな風に書いていますが実は今の部屋なんかまだマシな方で、酷い部屋なんか腐った食品が冷蔵庫の中に眠ってて冷蔵庫全体がカビでびっしりとか、目の前をやけにでかいゴキブリが飛び交うような部屋だって平気であります。日本人からしたらそんな汚い部屋に入居者が来るわけないのだし少しは掃除して見かけをよくしないのかと思うでしょうが、中国人はそんな風には思わないようです。
 逆を言えば日本の不動産仲介サービス、そして入退去のマナーはかなりしっかりしているといえるのですが、その一方で家賃代の支払いに応用が無かったりしたり、電気家具とかきれいなままなのに置いて行けず処分してしまうなど無駄だと思える点もあります。まぁ住というのはかなり文化の違いが出るところだし、いちいち比較するのも野暮かなと思いますが。

2014年8月3日日曜日

引越しの顛末

 昨日の記事にも書いたように先週土曜の7/26に引っ越しを行いました。引っ越した理由は何度もこのブログに書いたように、前の部屋があるマンション内にフィットネスクラブがあって、夜に全力で壁を叩くくらいの低音ベース音が鳴り響くのが嫌だったからです。新しい住居ではそんなこともなく、しかも前より家賃が安いのに面積は広くなって大分快適なのですが、今回の引っ越しはなかなかにスピーディだったのにその顛末を書き残しておくことにします。
 
 
  7/23(水)
 この日に会社をちょっと早退させてもらって不動産屋を訪問。いくつか部屋を紹介してもらう。
 
  7/24(木)
 前日に紹介してもらった部屋の中から一つを決めて、仮契約をもう結んでしまおうとローカルスタッフと共に不動産屋へ行く途中、「もっといい部屋が見つかった」と、不動産屋の事務所目の前で電話が来る。とりあえず言われた通りにその部屋を案内してもらうと確かにいい部屋で、じゃあここにしようかな、来週の土曜辺りから入居でいいかと後からやってきた大家に伝えると、「今すぐ契約してよ」と言い返される。
 不動産屋がすかさず間に入り、正式な契約書をまだ準備していないから最低でも次の7/26(土)からと説明し、じゃあその日に正式契約ということで話が落ち着く。
 
  7/25(金)
 とりあえず次の日から新居に入居できる事が確定したが、じゃあ今いる部屋をいつ退去しようかとやや思案に暮れる。というのも翌々日の7/27(日)は上海で人と合う約束が出来ていたため、実質土曜日しか引越しの作業に従事できない。土日二日間動けるのなら問題ないが一日だと心もとないし、また今いる部屋もそんなスムーズに退去できるのかとちょっと不安だったが、強行スケジュールでこの際一気に片付けようと決心。今いる部屋の大家にメールで、「土曜日引っ越すからその日の午後五時に退去でいい?いいならその時に前払いの家賃を返して」と伝える。
 
  7/26(土)
 運命の土曜日。昼過ぎに引っ越す先の部屋で大家と契約書を交わす。その後、ローカルスタッフと上司に手伝ってもらって元の部屋から荷物を運び出し、新居に突っこむ。更にその後、今度は自分一人で通信会社の事務所に行って、引っ越すことになったからとネットの開線工事を依頼して翌日の午前に来てくれと頼んだが、その時間はすでに埋まっているという回答を受ける。翌日午後からは上海に行くため仕方なく翌週の8/2(土)午前で予約を取る。
 通信会社を出るとその足で列車チケットの外部販売所に20分くらい歩いて向かって上海行きチケットを購入。そしてその足でまた20分くらい歩いて最初の部屋に戻り、退去前の確認として大家を待つ。
 
 ここで驚いたのですが、大家を待っていると最初の部屋、新しい部屋を共に紹介してくれた不動産屋が先に来て、自分が退去した後に入居を考えているという客も一緒に引き連れていました。自分は今回の引っ越しをわずか二日(実質一日)で決断してその二日後には引越し&退去を決めたというのに、もう新しい入居希望者を見つけて来たとはと舌を巻きました。
 そうこうしているうちに大家がやってきたのですが、なんとその大家もまた別の不動産屋、そしてその不動産屋の客と共にやってきました。自分が退去するといったのはわずか一日前の金曜だというのにもう新しい入居希望者を見つけてくるこのハイスピードぶり。自分の慌ただしい引越しもさることながら中国の不動産市場の異常なまでのハイペースぶりをまざまざと見せつけられました。
 
 その後は大家に確認してもらい、既に支払っていた家賃の一部を途中解約として返してもらい、無事滞りなく退去は終わりました。もっとも、慌ただしい環境の変化と夏の暑さにやられたのか翌日から夏風邪を引き、さらには引越しに伴う新居の掃除もあって先週一週間は地味に生きてて辛かったです。熱によるだるさはほとんどなかったものの鼻水が出るのと、たまに頭痛がするのとやる気がわかないのでしんどい限りでしたが、今日あたりからようやく回復して元気になってきました。掃除の顛末に関してはまた次の記事で詳しく書きます。

2014年8月2日土曜日

昆山市内の爆発事故について

 日本でも報道されているようですが本日、私の住んでる中国の江蘇省昆山市内にある工場で爆発事故が起こりました。
 
 
 自分の部屋は前回記事で書いたように引っ越した関係でネットがつながっておらず、今日の午前中にまさに回線をつないでもらったばかりだったのですが、例の上海人から電話があってこの爆発事故を知りました。報道によると事故が起きたのは「中栄金属製品有限公司」という会社で、ホームページを見る限りですと合金を使用したホイールのメーカーのようです。
 
 事故が起きた場所は昆山市内の開発区、言うなれば工業団地にあるため、事故が起きた今朝の午前八時に私は爆発音が全く耳に入りませんでした。むしろ近くで新装開店した店の爆竹の方がうるさいくらいだったし。なので友人が教えてくれるまで全く事故を知らなかったのですが、同じ昆山市内となれば話は違うなと思い、バスを乗り継いで事故現場へ行ってみて、撮ってきた写真というのが一番上の写真です。
 見てもらえばわかる通り、事故現場となる工場の目の前のとおりは警察によって封鎖されており、遠目にも爆発現場を見ることはできませんでした。でもって私と同じような理由というかたくさんの野次馬は詰めかけており、この後に夕立が降るとみんなあれよあれよと帰っていきましたが。
 
 そんなわけで特に収穫もない遠出となってしまいましたが、周辺の工場を見た限りだとガラスはどこも割れておらず(元々割れてたようなガラス窓はあったが)、爆風が広がったような形跡は見られませんでした。それと来ていた警察ですが、二十人くらいの一団が数回に分けて入っていって、恐らく現場検証でしょうが人数はすこぶる多かったように思えます。
 
 それにしても復帰一日目からこういう記事とは。あと関係ないけど帰宅後、昼間に食べた饅頭なのかどうかはっきりしませんがなんかお腹下しました。ここだけの話、昆山来てからお腹を下すことが非常に多いです。中国には何度も来ているのにこれだけお腹下したことは今までなく、また今度お話ししますが昆山の衛生が意外に悪いのではないかと疑っている次第です。あまりにも下すもんだから、いま中国で絶好調のヤクルトを買ってきちゃったしなぁ、効果あるかわからないけど。

2014年7月29日火曜日

8/2までおやすみ

 先週土曜に引っ越しを行った関係から現在自宅でネット回線が使えません。8/2に回線工事を行う予定なので、この間ブログ更新をお休みさせていただきます。
 さて、この間にどのゲームをやって時間つぶすかが問題だなぁ。

2014年7月25日金曜日

自分の趣味範囲

 知ってる人には早いですが、記憶力というか知識量において私は絶対の自信を持っており、絶対的な知識量ではただ一人を除けば今まで生きてて誰かに劣っていると感じたことは本当にありません。なおその一人というのは大学で授業してもらった講師でしたが、「ああこの人に俺は絶対敵わないからケンカしないでおこう」と思うほどプレッシャーを感じたほどで、逆を言えば同じようなプレッシャーをその講師を除けば誰にも覚えたことはないので多分ほかの人には負けてないだろうと思うわけです。
 
 そんないつも通りに自信過剰な私ですが、どうも周りから見ると外見がそうでもなさそう、というか趣味や知識の範囲が狭そうに感じる外見のようです。なもんだから初対面の人物と話し込むと、「こんなにいろんなことを知っている人だとは思わなかった」といっつも言われるのでいい加減、うんざりしてます。
 そういう私の知識量が本領を発揮するのは言うまでもなく趣味の世界で、やはり周囲からは多趣味だとよく言われます。といってもここの趣味の範囲ではその趣味を専門的にしている人と比べて浅い程度ですが、話しを合わせる、ある程度知識を持っているというレベルでいいなら自分でも多方面に地盤を築いたと考えており、そこで今日は自分を見つめ直そうと大体どんな範囲が得意なのかいくつか考えながら挙げてくことにします。
 
  一、相撲
 ここ数年ずっと中国入るせいで行けてませんが、一時期は国技館とかにもしばしば赴くくらい相撲は好きです。主要な力士の得意な立ち回りを覚えていることはもとより、平幕からずっと頑張っている力士についてはどういう経歴なのかも大体わかるので、相撲ファンとしては中ごろのレベルだと自認してます。なおお気に入りの力士を挙げると以前は豊真将で、最近は豪栄道です。豪栄道の何がいいかってそこそこ地力がある上に稀勢の里と違って突き相撲だけでなく投げ技も状況に応じて繰り出せる万能さで、相撲に限らず万能型、もとい器用貧乏型を好む傾向があります。
 今思い出したけど、既に引退してしまった琴欧洲が初優勝した時、家近いからわざわざ松戸の優勝祝賀会見に行ったなぁ、何も知らない友人を無理やり誘って。
 
  二、歴史
 分野別の知識量で行ったら間違いなくこの歴史が私の中で最も大きいでしょうが、特筆すべきは日本史、世界史、中国史を問わずかつ古代から中世、近代にいたるまでめちゃくちゃな範囲をカバーしてるっていう点でしょう。唯一苦手としているのはインド史ですがインド旅行に行った時にはインド人ガイドから「インド詳しいね!」と言われたのでそれでも並以上な気はします。たまになんで歴史学者になろうとしなかったのと聞かれますが、歴史を専門的な学問として取り扱ったら嫌いになりそうだったし興味なかったことと、案外日本の歴史学会ってしょうもないことにこだわるし自由な主張を許してくれない雰囲気があるので昔から敬遠してました。
 
  三、パソコン
 恐らく専門的な人から見たら自作も出来ないしプログラムも組めないので私なんて素人同然でしょうが、案外素人に毛が生えた程度である今の水準だからこそ求められるものがある気がします。私がやれることと言ったらエクセルでマクロ組んだりネットの検索や多少使いやすいソフトを知ってる程度なのですが、実生活で使う範囲と言ったら大体この水準を超えることがないことと、こういってはなんですがパソコンに非常に詳しい人は素人に対して「なんでわからないの」という態度を前面にだし、指導の仕方も悪いように感じます。自分は先ほども言った通り素人レベルを越えませんが、逆を言えば素人の気持ち、どこがどうしてわからないのかをまだ理解できるのでどの会社に行ってもやたらとパソコンの使い方を聞かれます。中でも一番驚いたのは、別の場所にあるオフィスからわざわざ電話でどうすればいいかって聞かれた時です。サポートセンターじゃあるまいし。
 
  四、政治
 これはもうマニアと言っていいレベルです。なんでもいいから政治が絡むと外交だろうと内政だろうとその流れ、構造を知りたくなるし、政策案の問題点やら改善点を議論したくなります。なんでこんな政治好きになったのかというと中学生の頃に興味を持ったものの周りにこういう話題を話せる人間がおらず、やたらと内省を深めていった結果がこれなのでしょう。ほかの分野にも言えますが、全体がどういうグループに分かれ、またどういう目的や動機によってその構造が生まれ、何がファクターになっているのかをあれこれ模索して分析するのが理由もなく大好きです。自分で書いてて意味が分からねぇ……。
 
  五、ゲーム
 これも玄人と言われるほどやってはいませんが、周囲からはやり過ぎだと言われるくらいに遊んでたし今も携帯ゲーム機を手放せません。案外この分野は外から入り込み辛い分野のため新聞記者時代は「ゲーム業界の記事は花園に」を合言葉に全部振られて書いてましたが、自分の場合は遊ぶだけじゃなくある程度整理した上で解説できる点で、その点でやや特殊だったなという気がします。あと一応日本ゲーム業界の黎明期から全盛期、衰退期を目前で見てきたのもあり、そういった歴史について語れるのもやや強いかな。
 
  六、社会主義
 恐らく私と同年齢で、私ほどマルクス経済の仕組み、並びに社会主義と共産主義の違い(大まかに言えば政府の有無)を詳しく解説できる人間はほとんどいないでしょう。恐らく上記の歴史と政治好きが組み合わさって、「一時代を築いた社会主義ってなんだろな?」って具合で興味持ってこんなに勉強したのだと思いますが、それにしても中国やロシアなど旧社会主義国がやたら好きになる点から言っても元々こっち分野に適性があったのかもしれません。後輩にも、「花園さんは全共闘の時代にいたらきっとヒーローでしたよ!」と言われ、なんか素直に喜べなかったし……。
 
  七、オカルトと宗教
 子供の頃に今はオシャレなゲームで有名な「ペルソナ」ってゲームをやってからやたら各地の神話や宗教を勉強し始め、大学入ってからは新興宗教、並びに新々興宗教も一通り調べたのでもはや立派なマニアとなってます。さすがに仏教各宗派の経文とか違いまでは判りませんが、新興宗教に関しては成り立ちから軋轢、主要人物についてはそこそこ話せるし、あと社会的な影響、創価学会のピークシフトとか知ってるのと真如園についてはガチで集団念仏会に参加する羽目になったので詳しいです。でもって不思議なことに、何故か宗教やってる人間にやたらモテます。なにもこんなところでモテなくていいのに……。
 
  八、もういいや
 なんか適当に書いてきましたが、如何に自分が統一感のない人物であるかがよくわかった気がします。友人にもこのブログについて、「雑誌にたとえると、文芸春秋と東洋経済とファミ通とアニメージュと人民日報が一緒になったくらい統一感がない」と指摘されてますが、自分でもそう思います。と言ってもジャンルを統一してしまうと記事書くモチベーションが上がらないため、自分としてはこの統一感のないスタイルを貫こうと考えてます。

2014年7月24日木曜日

日本製品の品質の変遷

 昨夜しゃべりだすと自分以上に止まることのない先輩がスカイプチャットで唐突に、「掃除機壊れたから捨ててくる」といって会話を中断して園に出て行き、数分後にまた戻ってきました。その先輩によると捨てられた掃除機はなんと購入から20年も経った代物で、吸口のゴム部分が腐食して使えなくなったもののフレーム部分には全く問題はなく、ゴムさえよければまだ使えるほどの代物だったそうです。
 戻ってきた先輩は軽くこの事実を自慢するとともに、「昔の日本製品はほんと丈夫だったけど、最近のはなんか壊れやすい気がする。そうは思わんかね?」と自分に聞いてきました。それに対し自分も、「ソニータイマーに代表されるように保証期間内はもつものの、20年以上も壊れないとかいう桁違いに丈夫なのは確実に減りましたね」と話し、ちょっと盛り上がったのでこの辺について今日は書いてきます。
 
 ソニータイマーについては過去に書いた「ソニータイマーの真実」という記事でも触れていますが、ソニーの製品は保障期間を過ぎると都単位すぐ壊れるという妙な都市伝説があります。ただあながち都市伝説として流せるものでなく、ソニーに限らず自動車を含む日本製品は一定の期間を過ぎるとほぼ同じタイミングで壊れる傾向があるという噂が中国では割と一般的です。自動車なら購入してから8年後とかにぴったりどこかしら壊れるとか、電化製品も友達同士で一緒に買ったら同じ時期に壊れたりといった具合に。
 
 こうした日本製品の特長について過去の記事では、日系メーカーは製品を構成する部品の耐久度をきっかり分析しており、保証期限をギリギリ越える時期に合わせて品質を調整しているためだと指摘し、耐久度を正確に計算しつくした製品に仕上げているためある意味ですごい品質管理能力だと分析しております。しかし逆を言えば、現代の日系メーカーは耐久度を品質保証期間まで持たせればいい、必要以上に耐久性を高める必要はないという方針を取っているともいえ、それが最初に挙げた20年物の掃除機が現代だと見当たらないという事態を招いているといえます。
 
 どうして耐久性を必要以上に高めなくなったのか、答えは簡単で生産コストを削減するためです。そうした目的の下に公然と品質を落としたのは何を隠そう天下のトヨタ自動車で、ここは三代前の社長の奥田碩氏が社長在任中、「普通のドライバーは新車購入から7~8年で乗り換える。何も10年以上も壊れない車にする必要はない」と述べ、社内でのコスト削減を指揮したと聞きます。実際に奥田体制下でトヨタは純利益を増大させるなど躍進しましたが、こうした方針が後の大量リコール問題にもつながったと指摘されており、評価の難しいところです。
 私個人の見方で述べると、一企業経営者として奥田氏の決断は決して間違っていないように思えます。しかし私が子供の頃、日本製品は何年経っても壊れないほど丈夫だと海外で言われているという話を何度も聞きましたが、ここ数年、というか2000年以降は決して誇張ではなくそういう話はついぞ聞かなくなりました。私もかれこれ中国にも長く滞在していますが、日本製は中国製や韓国製より品質がいい(デザインは悪いが)という話は聞きますが、「絶対に壊れない」、「何年経っても丈夫」という言葉までは出てきません。
 
 日系メーカーは中国をはじめとした海外で品質の良さをアピールしますが、それは相対的な比較レベルでの品質の良さで、絶対的な品質の良さではないでしょう。確かに製品も複雑化していて耐久度の概念が昔と違うのかもしれませんが、バブル期以前の日本製に対する絶対的な信頼度を勝ち取るまでの品質はもはやないと言っても過言ではありません。
 
 私がこの記事で言いたいのは、オーバースペックと言われるかもしれませんがかつてのコストを度外視したかのような品質を取り戻すのか、それともコストを優先して他国のメーカーよりはマシな品質に落ち着かせるのか、この問いを一回は持つべきじゃないかと思います。無論、昔と違って現代は激しいグローバル競争の中にありますが、短期的な利潤よりも長期的な信頼を勝ち取るのが日系企業と常日頃ほざいておきながら今の状況はちょっと乖離しているように思えるとともに、少なくとも昔ほどの信頼性が今の日本製品にはなく、品質重視というのもそろそろ厳しいのでは、言うほど品質の良さに違いがあるのかと言いたくて書いてみた次第です。

2014年7月23日水曜日

上海食品会社の期限切れ肉出荷問題について

 散々このブログで愚痴っていた今借りてる部屋の騒音問題ですが、再来週あたりにでも引っ越すことが決まりようやく落ち着きそうです。今の部屋の大家にこの問題を相談したところ親身に対応してくれて、騒音の元凶であるスポーツクラブにもいろいろ言ってくれていたこともあり申し訳ない気もしますが、今後ずっと続くこと考えるとしょうがないか。
 ただ、さすがにこっち来て二ヶ月後にすぐまた引越しというのはなかなかしんどい話です。ネットの契約はこれまで通り使えますが回線工事には来てもらわないといけないし、気力がかなり萎えてきます。
 
 
 こっちきてからほとんど書いていない中国ネタ記事ですが、自分にとっては「そんな大騒ぎするものかな?」と思うもののなんか日本で大騒ぎしているようなので取り上げることにします。
 
 恐らく皆さんも内容は既に知っているかと思いますが、上海の食肉会社である上海福喜食品がこのほど、中国のテレビ局による潜入取材によって品質保持期限の切れた肉をほかの肉に混ぜて出荷していることが明らかになりました。意外に大手の会社だったので日本のマクドナルドやファミリーマートはおろか、米マクドナルドまでここから食肉を調達しており、各社ともにここから仕入れいていた肉を使った食品の出荷を取りやめるなどその対応と混乱は広がりを続けております。確かファミリーマートだったと思うけど今回の事件について、「我々は裏切られた、そして消費者を裏切ってしまった」と、なんか中二病っぽい発言してて笑えました。
 
 それで早速続報はないかなと中国現地の報道をざらっとみてみたところ、上海ローカルである東方網の記事だとこの会社は食肉というか家禽を自前で育てずよそから仕入れてるのですが、つぶした鷄がなんと何の保冷処置のない常温の倉庫に保管されてて記事中の見出しには、「神秘の倉庫」とまで書いています。でもって国内外で影響が広がっており、日本マクドナルドについてもわざわざ共同の記事引用して取り上げてます。
 
 この事件、というか事件の報道についていくらか私見を述べさせてもらうと、まずリンクを貼った読売の記事には従業員が「(混ぜても)死にはしないから問題ない」と言ったと書かれてありますが、敢えて正確な意味を類推するならこの従業員は「ばれなきゃ問題じゃない」と言ったと見るべきだと思います。ごく一般の日本人からしたら考えられないかもしれませんが、現代中国人の気質として「その場さえよければ未来は考えない」という概念が強く、将来不利になることがわかっていながらもその場が切り抜けられるなら嘘でも偽装でもなんでもやらかします。
 それにしたって問題のある食材を混ぜて後でばれたら大損害を被るはず、なんて日本人は考えますが、そもそも中国人はばれた後のことなんて全く想定せず、その場で儲かるのであればすぐ偽装に手を出します。これは何も食品業界に限らない話でちょっと専門的な話をすると、今私も関係する鋼材業界なんてひどいもんです。知ってる人には当たり前ですが中国の鉄鋼メーカー、商社から鋼材を買おうとすると最初のサンプルは指定通りの良品が届きますが大量に発注すると最初のサンプルとは打って変わって質が悪くなり、また今回の食肉同様に良品の鋼材の中に不良な鋼材をちょこっと混ぜてくることなんて日常茶飯事です。そのため、日系の自動車メーカーはほぼ間違いなくすべての会社で下請けメーカーに対し中国製の鋼材を使用すること厳禁しており、うちなんかは台湾や韓国から引っ張ってますがわざわざ日本から引っ張ってくるのも珍しくありません。
 
 そういう世界を知っているもんだから私はこの事件の報道を見て、「ああ、ばれたんだ。この前ケンタ行ってお腹痛くなったのってこれかなぁ、夏だし」なんて思っただけです。言い換えるなら、こんなのどこもやってることでモラルだのなんだのというより、当たるか当たらないか、最初の従業員の言葉じゃないですけど私の感覚だとその程度にしか思いません。
 
 更に言うと、まぁ確かに中国じゃこういうこと多いけど、日本も過去にやらかしてるしねぇなんてちょっと皮肉っぽく思います。まさかここでこの事件名を出すとは自分以外有り得ないだろうと思うのですが、日本では2007年にミートホープがありとあらゆる食肉偽装、具体的には今回と同じ期限切れ肉を混ぜたり、動物の血液混ぜたり、消費期限切れで返品されたコロッケをラベル張り替えて再出荷したりと、まぁ今見返しても凄いことやってたなと思えてきます。しかもこの事件で面白いのは内部告発者が保険所に訴えても動かず、仕方ないのでNHKと北海道新聞に伝えたら黙殺され、最後に朝日新聞行ったらスクープにしてくれたという点で、北海道新聞は警察には厳しいけど部落には甘いなぁなんて過去記事で私も書いてます。
 
 要するに何が言いたいのかっていうと、こういうことは国や地域に関係なくよくあることだし大袈裟に騒がず、とりあえずばれたところは潰しておけばいいなんて具合でもうちょっと冷静になったらということです。我ながら厭味ったらしい言い方して書いてますが、この事件に関しては先ほどのミートホープの事件を思い返すにつけ、「これだから中国は」と批判するニュースではないと思ったので敢えて皮肉を込めて書いています。

2014年7月22日火曜日

山田風太郎の日記を読みだして その三

 既に何度か記事にしていますが、山田風太郎が戦中に書きつづった日記「戦中派虫けら日記—滅失への青春」をこのほど読み終えました。ちんたらと読んでたのもありますが、ちょっと時間をかけ過ぎた気もしなくもありません。もっとも長い時間かけただけあってこの本の文章量は非常に多く、確か4年くらいの日記がまとめてあるのもあって読み終わった時には何となくほっとした気もしました。
 
 それで早速感想ですが、全編読み終えた後に書かれてあるこの日記が出版された当時の山田風太郎が書いた回想文がなかなか面白かったです。まず第一声に、自分も先に書いたレビューで指摘していますが前半部に何を食べたとかどこで誰と食ったかなどと食べ物の記述が非常に多い点について、山田自身も苦笑するような感じでこれだけ食い意地の張った日記を残しているとはと述懐してます。ただ当時の状況について何よりも「餓え」が記憶に残っているとした上で、「戦時中というと空襲などが連想されがちだが、当時を生きた人間にとっては満足に食べられなかった思い出の方が強いはずだ」とかなり強い口調で述べており、読んでて意外とそうなのかもしれないなと私も思いました。あと、自分は今でもそうだが当時も小食の部類だったと、ちょっと言い訳っぽいことも書き加えられてます。
 
 そうした前半部以外の描写についてはもう一言、「自分はこの日記に書かれている程立派な人間ではなかった」とした上で、哲学めいた思考やどのように生きるべきかなどといろいろ日記に書いているが、それは当時の年齢からくる思考であって、必ずしもそうした高尚な思考の通りに生きていたわけではないと謙遜した内容を書いています。ただ日記の内容からすると医学校での級友たちからは「山田は常に黙っていろいろ考えている」などと言われていたことがわかり、その後長じて昭和を代表する作家となったことからも周囲とは一線を画すような思慮を持った人物であったことは想像できます。
 
 日記部分の感想を述べると、前半に関しては本当にこれでもかというくらいに食べ物の話題が多いのに対し、後半、具体的には1944年のヶ所に至っては空襲の話が非常に多く出てきます。どこそこで空襲があったとか、空襲警報によって列車が止まって移動できなかった、学校の宿直中に空襲警報が鳴り、何も知らないまま寝たままで死ぬこともありうるなどと死生観について仲間と語り合ったりと、まぁ空襲の話ばかりです。もっとも、空襲の悲惨さについてはほとんど触れられず、実生活への影響の方に重きを置いた書かれ方ですが。
 このほか興味深かったのは、学校での軍事教練の話です。医学校に通っていた山田は学校に付いていた軍人の指導の下でクラス全員で演習形式の軍事教練を受け、「怪我人発生!」、「火災発生、消化の水を運べ!」などと実践差ながらの指示が飛ぶ中、どさくさに紛れて、「奥野中尉、戦死!」などと、指導している軍人の名前を勝手に挙げて戦死したことにする学生がいたようで、言われた軍人も、「誰だ、勝手に俺を殺した奴は!」などと怒ってたという話が読んでて面白かったです。どの時代にも面白い奴はいるもんです。
 
 自分がこの日記を読んでみたのは戦時中の人間は実際にどんな生活をしていたのか、どんなことを考えていたのかを知りたかったためです。山田自身もこの日記について、「(出版した)今となっては当時の状況についてこの様に書くことはできない」と語っており、後年述懐するのと、当時に日記としてそのまま書くのでは同じ人物であっても全然内容が変わってきてしまいます。
 こういう点を社会学は重視しており、自分がこの日記を手に取ったのも社会学的な興味によるものが大きいです。実際に読んでみて戦時中の人間は今、教育者や指導者が言うような価値観とはやっぱり異なった価値観だったのでは、具体的に言うと戦況も気になるが一番の関心事は何度言っても実生活で、物資不足や食糧不足といった不満が最大の関心事だったように思えます。何人死んだかについては日記の前半で、ガダルカナル島の玉砕については触れられ、補給をしっかり行えなかった海軍を批判していますが、後半に行くにつれてこうした記述は減り、「国民生活はもう限界に近い」といった内容が多く書かれていきます。
 
 翻って現在をみても、国民の最大の関心事は言うまでもなく生活、給料で、自由だとか倫理だとか国際秩序なんてどうでもいいってところです。集団的自衛権もマスコミが騒いではいるものの、多分どうでもいいって人が8割くらい行くような気がします。
 産経だったか忘れましたが安倍政権の支持率が下がっていることに対する評論で、集団的自衛権の容認で堕ちたことは確かに大きいが、その背後ではこのところアベノミクスに対して批判的する層の割合が肯定の割合を上回るようになっており、こうした経済政策への不満が支持率低下の主要因ではと書かれてあって読んでて唸りました。実生活を何より優先するという価値観を私は批判するつもりはなく、むしろ山田風太郎の日記読んで、昔から案外こういうもんだよねという気持ちが強まりました。

2014年7月20日日曜日

死刑賛否に対する世論の潮目

 様々な意見があることは承知であるものの、近年の日本では死刑に対する賛否において賛成派の方が大勢を占め、なおかつ増えてきているように思えます。あくまで個人の実感ではありますが私がまだ子供だった頃などはもう少し反対派の方が多かったような気がするのですが、賛成派が反対派を上回った時期というか潮目について、日本では二つのターニングポイントがあったように思えます。
 
 一つ目のターニングポイントはオウム事件です。言うまでもなくこの事件は日本犯罪史上過去最大のもので主犯の麻原彰晃を始め数多くの人間に死刑判決が下りていますが、普段は死刑反対を標榜する大手メディアであってもこの事件の死刑囚に関してはどこも擁護しないというか死刑に反対するような報道が見られない気がします。大手メディアはちょっとダブルスタンダードではないかという気もするのですが、仮にオウムの犯人の死刑に反対するような報道をすれば間違いなく市民から大反発を喰らうであろうし、また市民もオウムに対しては強く死刑執行を望むような世論があるだけに、「死刑はやっぱりなくてはならない」と思わせられる事件だったように思えます。
 
 もう一つのターニングポイントは光市母子殺害事件です。事件の詳細についてはもはや詳しく語りませんが、犯人の個人的資質や犯行もさることながら弁護を担当した安田弁護士の常軌を逸していると言ってもいい弁論に強い憤りを覚えた市民も少なくなかった気がします。実際に私の周りでもあのような弁論の展開に怒りを覚えむしろ犯人を死刑にすべしだと言う人間も多く、皮肉なことに安田弁護士の頑張りは死刑賛成派を増やす結果を生んだように見えます。
 
 現時点で一部のメディアや団体はまだ死刑反対の意見を述べたり、死刑執行について政府の横暴などという報道を行いますが、世論はどうかというとそうしたメディアに対して冷ややかな視線を送っているように見えます。また司法も世論の厳罰化を望む流れを汲んでおり、かつては永山基準と言って「二人以上の殺害」が死刑判決が下りる条件として存在しましたが、近年は一人殺害のケースにあっても動機や手段が残忍である場合は死刑判決が下りるようになっており、もはや永山基準は事実上、機能していない過去の存在となりつつあります。
 私自身はかつては死刑反対派でありましたが、その理由というのもどちらかと言えば宗教的理由で「人が人の生死を決めるべきではない」という主張でしたが、先ほどの光市母子殺害事件といい、殺すよりほかのない犯罪者を見るにつけこうした考えも吹っ飛んでいきました。まぁ死刑反対派を標榜していた頃から、一日一回は「あの野郎、ぶっ殺してやる」っていうようなことを日常的に口走ってたけど。

2014年7月19日土曜日

美濃加茂市長の逮捕・起訴について

 
 最初の報道からやや時間が経っているのでニュース内容を忘れた方もいるのではないかと思うのですが、当選時に全国最年少だったということから話題となった美濃加茂市の藤井浩人市長が6月24日、愛知県警、岐阜県警の合同捜査本部によって収賄容疑から逮捕されました。逮捕から約3週間後の今月15日には同容疑で起訴され、藤井市長は現在も警察によって拘留されたままとなっております。結論から先に述べるとちょっと気が早い気もするもののかといって今声を上げないのはおかしいと思うので書きますが、現時点で私はこの事件は冤罪の線が濃厚ではないかと考えております。
 
 事件の背景を簡単に説明すると、逮捕容疑となったのは藤井市長が市長に当選する前の市議だった昨年3~4月、地下水供給設備会社の社長から中学校に取りつける雨水濾過機の件で便宜を図るよう依頼され現金を受け取ったと警察は主張しています。金銭は二回に分けられ受け取ったとされ、それぞれ10万円と20万円、合計で30万円だったということですが、この時点でこの事件には無理があるように感じます。
 建前上は収賄に金額は関係なく、受け取ったか否かが重要ですが、それにしたって30万円の収賄でいきなり逮捕だなんて今まで聞いたことがありません。30万円と言ったら楽天イーグルスにいた一場元選手が学生時代に阪神タイガースから栄養費として受け取った額と同じ(巨人は確か200万円)で、収賄事件として扱うにしてはあまりにも小さすぎる金額です。別にタイガースがケチというわけじゃないが。
 同じ収賄疑惑と比較するにしても、この前辞めた東京都の猪瀬前知事に至っては5000万円が現金そのままで見つかったにも関わらず逮捕には至っておらず、仮に藤井市長の水準で逮捕されるなら猪瀬前都知事は166回も逮捕されなければなりません。まぁ実際に166回も逮捕されたらギネス記録でしょうが。
 
 この時点でもうグダグダですが、それ以上にグダグダなのは藤井市長が現金を受け取ったとする警察の根拠です。あくまで報道ベースですが私が聞いた情報だと、「業者社長と藤井市長が会ったその日に、社長の口座からそれぞれ10万円と20万円が引き出されている」という理由を真面目に挙げています。これだと私が10万円を口座から引き出してその日に政治家にあったら収賄で起訴できちゃうような論理です。あと私個人の感覚で言わせてもらうと、普通現金渡すなら最低でも会う前日、もしくは一週間前に下ろして封筒とかに入れて保管しないかな。
 その上で興味深いのは、藤井市長と業者社長が会ったその場には中立な第三者が同席しているという点です。この第三者は別の議員秘書だそうですが、藤井市長と社長が現金、もしくはそんなのが入ってそうな封筒を受け渡す現場を見ていないと主張しています。そしたら警察は「第三者が席を外した隙に渡した」と展開したものの、第三者は「一度も席は外していない」とすぐさま打ち返す始末で、警察の言い分と当時の状況について早くも食い違いを見せております。
 
 改めて言うまでもないでしょうが、この事件で一番重要なのは藤井市長が収賄を行った証拠が全くないという点です。警察が証拠として挙げているのは先ほどにも書いたように社長の口座から現金が引き出された記録だけで、そのお金が藤井市長に行ったという根拠が全く何もありません。これほど根拠薄弱、さらに金額が小さいにもかかわらず自治体の長たる市長をいきなり逮捕した上で長期間拘留するというのは異例というか常識外れとしか言いようがなく、さらに逮捕してからもこれという証拠や供述も出てこないばかりか、警察のあやふやな対応の方が目立つだけに冤罪ではないかと思えてきました。
 
 自分はこういう記事を書く際は比較的慎重に、本当にその容疑がクロなのかシロなのかはっきりしない段階で憶測を書くのはよくないと考えるため興味は持っても記事化は控えるようにするのですが、さすがにこの事件に関しては「おかしいのでは」と疑問を呈さず黙っていることの方が間違っているように思え、今回藤井市長を応援するような意味合いで意見を出すことにしました。
 地元ではどうかはわかりませんが全国規模だとそれほどホットイシューにはまだなっていないように思えますが、仮にこの事件が冤罪だとしたら警察は一体何をやろうとしたのか、それこそかつての村木厚子氏の事件の再来となるかもしれません。これは憶測ですが、藤井市長に対していきなり逮捕だなんて、裏で何かしらの意図が働いているのかもしれません。それこそ藤井市長の政敵が仕組んだとかそういうのだとか。
 
 あと最後に今回の記事を書くに当たってネットで過去の報道を調べていたところ、藤井市長が犯人であることを前提にニュース記事をまとめただけの人がいることに気が付きました。
 
 
 全体に渡って藤井市長を亜酒て批判するようなまとめ方がされており、私に言わせると公平性を欠いた内容に思えます。ただ中見出しに「情けない 情けない 情けない」となんか妙なフレーズ書いているのは妙に印象に残り、これって自分のこと言ってんのかな、これで冤罪だとしてもこのまとめ記事は残るのかななんて皮肉っぽく覚える次第です。まぁネットってこういうところあるしな。

2014年7月17日木曜日

小保方氏論文に対する早稲田の対応

 最近時事批評ばかりでオリジナリティのある記事が書けてないなと我ながら思うものの、昨日書いた「不死身の弁護士」という記事に関しては久々に読み物としてそこそこ面白く感じられるものが書けたと自画自賛に浸っていたところ、潮風大使さんからもコメントもらってなんかちょっといい気分に浸りました。
 そもそも時事批評が増えているのは単純に「これ書きたい!」とか「これ解説してみよう!」というような意欲がこのところ湧かず、とりあえず更新するために一応やっとくか的にその日に浮かんだものをパッと適当に書くことが多いためです。なんでこんなの増えてるのかというと何度も愚痴ってていい加減にしろよと自分でも思いますが、今借りている部屋の有り得ない騒音に集中力がかなりかき乱されるため、マジでやる気が失せているからです、今日なんかも過去最大音量、自分が全力で壁叩くよりもでかい音が室内で延々となってたので、引っ越してまだ二ヶ月弱ですがさすがにそろそろまた引っ越そうかと思います。引っ越す前に大家に向かって、「てめぇ知ってて黙ってたのか?」と一回くらいは凄もう。
 
 
 そういうわけでまた時事批評ですが、上記リンク先などの報道によると、STAP細胞の捏造で今年の流行語大賞も視野に入りつつ偽科学の歴史に名を刻んだ小保方氏がかつて早稲田大学で提出したコピペ論文について早稲田大学は、提出時の手違いということで小保方氏の博士号を取り消さないという発表を下しました。結論から述べると早稲田大学の理工学部は底辺もいい所だと思うのと同時に、今年この学部に受験する奴の顔とか見てみたいなと言ったところです。
 
 件のコピペ論文は私の記憶が確かなら全体の半分に当たる箇所がまるまるどっかのホームページからの引用で、実質論文の体を成していないものだったはずです。小保方氏はこの論文について草稿を間違って出したと言い訳して、早稲田の調査委員会は本来出そうとしていた完成版を確認したと述べていますが、本当に確認したのかな、本当にそんなのあるのかなと正直言って疑います。そもそも草稿の時点でコピーした文章を貼り付けること自体が私にとっては有り得ないとしか思えず、こんな言い訳で納得する人間というのは学問に関わってはいけないようにすら感じる次第です。
 
 そして一番肝心なのは、この時コピペ論文を出した小保方氏は後年、STAP細胞論文で加工した画像を出すは、そもそも内容自体が捏造としか言いようのない実験結果を出すなど、大きな問題を起こしているという点です。仮にこの博士号取得の段階で彼女を学界から追放していれば、博士号などやらなければ日本科学会の歴史と信用に泥を塗ることもなく、理研のかねてから問題ある体質も明るみに出なかったと考えると早稲田理工学部は小保方氏を致命的な点で助長させたとしか思えません。言ってしまえば、本来排除すべき人間を世に送り出してしまったというべきか。
 
 聞くところによると早稲田発の論文では小保方氏以外にもコピペの疑われるものが多数見つかっているとのことで、今回の子の小保方氏への対応はほかの人間への影響拡大を恐れてのもの、処分を広げないためのものとみて間違いないでしょう。しかしそれが許されるかと言ったらそんなわけもないし、そもそもそういう質の低い人間が教育を担っているということが分かったのだから潔く落ちぶれるのが本来あるべき姿ですし、そういう意味でこんな問題起こしておきながら早稲田理工学部に入ろうとする間に対して私ははっきりと軽蔑します。
 
 この問題に限るわけじゃないですが、どうしてどの組織もよりによってこんな無責任な奴がと思える人間が責任を負う立場に上るのか不思議でしょうがありません。大分前に皮肉って「日本じゃ無責任な奴が昇進して責任のある奴は落とされる」と書きましたが、あながち間違ってないし、また日本人も世の中そうあるべきだという態度が少なからず見えます。

2014年7月16日水曜日

不死身の弁護士

 以前ネット上で、「國松長官ってタイラント並にタフじゃね?」という議論が起こりました。この國松長官というのは1995年に何者かに狙撃されて三発の銃弾を受けた國松孝次元警察長官のことで、この事件で使われた銃というのが「コルト・パイソン」という口径の大きい弾を使用する銃だったのですが、國松元長官は手術中に三度も心臓が停止するなど危険な状態となりながらも無事回復を果たしました。
 この時使われた「コルト・パイソン」なのですが、この銃は有名なホラーアドベンチャーゲームの「バイオハザード」にも出てくる銃で、ゲーム中では強力な威力を誇る銃として出てきます。その威力たるや雑魚のゾンビだったら確実に一撃でふっとばし、ラスボスである前述の「タイラント」という敵にも有効な武器となります。こんな銃から発射された弾を三発も受けていながら生還したということで、「ゾンビ<國松元長官≒タイラント」という妙な図式が成り立ち、上述の様な議論となったわけです。
 
 なおこの事件ですが、実行犯は結局逮捕されないまま現在では時効となったものの、事件当時に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教が警察の捜査をかく乱するために実行したのではないかと疑いの目が向けられていました。実際はどうだったのか、現在公表されている材料からだと私には正直判断しかねないものの、時効となった際に警察幹部が、「それでもオウムが怪しい」と主張したのはちょっと負け惜しみもひどいのでは、犯人を捕まえられなかったのにいうセリフなのかなとやや不審に感じました。
 ただ警察がオウムを当時に疑ったというのは無理もない話で、実際にオウムは地下鉄サリン事件以降に警察捜査をかく乱するために物騒な事件を起こしております。そもそも地下鉄サリン事件自体、公証人役場事務長逮捕監禁事件でオウムに捜査の手が伸びようとしたことから疑いの目をそらす、捜査をかく乱するという目的で起こされたものでした。
 
 以前からこのブログで取り上げていますが、オウム事件についてはいずれしっかりとまとめ直して見たいと前々から考えてて密かに当時の事実などを調べているのですが、最初に挙げた國松元長官も相当タフな人でしたがそれに負けず劣らずタフだったというか不死身もいい所じゃないかと思える、滝本太郎弁護士について今日は紹介します。
 
滝本太郎(Wikipedia)
 
 滝本弁護士はオウム真理教が殺人を含む暴力的な手段を用いるきっかけとなった坂本弁護士一家殺害事件の被害者である、坂本弁護士と旧知の間柄だったことからオウムの被害対策弁護団に加わり、まだオウムが世間に広く認知される前の段階から脱会者の救済を行いながらオウムに対し激しい批判を繰り返しておりました。そうした活動の中には麻原彰晃が超能力を持つ証拠だとして空中浮遊をした写真を出していたことから、「空中浮遊なら俺も出来る」と同じような写真を撮影して信者らに見せるというなかなかユニークな行動もあり、こういった活動から滝本弁護士が関わった信者の大半は脱会していったそうです。
 ただこうした滝本弁護士の姿勢はオウムにとって目障り極まりなく、自然の流れというかオウムの殺害対象リストに載ることとなります。そして実際に暗殺計画が実行されたのですが、なんと滝本弁護士はオウムに4度も暗殺が仕掛けられながらも無事に生きながらえるという驚異的なタフネスぶりを見せています。その内訳は「滝本太郎弁護士サリン襲撃事件(Wikipedia)」に詳しいですが、簡単にまとめると下記の通りです。
 
1、駐車中の車のフロントガラスにサリンが噴霧され、一時視力が落ちたものの命に別条なし
2、車のドアノブにVXガス(液状)が塗布されるも、手袋をはめてたのでノーダメージ
3、同じく車のドアノブにVXガス(液状)が~以下同文
4、ボツリヌス菌が塗られたコップにジュースを注がれ飲むがノーダメージ
 
 どれをとっても「これでどうして死ななかったの!?」と思うくらいガチな暗殺が仕掛けられていますが、滝本弁護士は悉く切り抜けて現在においても元気に存命されています。無論、オウムという危険な団体を相手にしていたことから滝本弁護士は日頃から対策などを取っていたでしょうけど、それにしてもこの危機の潜り抜け方は不死身と言ってもいいんじゃないかと思います。逆を言えば、カルト団体やヤクザ団体を相手にする警察官や弁護士関係者は、常にこのような危険と隣り合わせで仕事をされているのだということも示唆しており、これらの仕事をされている方には本当に頭が下がります。
 
 なおもはや私の趣味と言っていい赤軍派など極左団体の関係史においても、警察官が刺されたり撃たれたり、果てにはその家族が爆殺されるといった悲劇が70年代前後には頻繁に起こっていました。そう考えると戦争がないだけでも十分に大きいですが、近年の日本は本当に平和というか安全になったと思えます。これは時代が変わったためか、それとも社会が成熟したためか、どちらであるかについては議論の余地がありますが、どっちにしろ社会をいい方向に持っていこうという努力は続けなければと思う次第です。と言っても、そんなの思うの私だけか。

2014年7月14日月曜日

他の家電を吸収するi-Phone

 上記の写真は上海にある某ショッピングセンターで撮ったものです。それにしても何故トーマスが戦車に、これでは「戦車トーマスじゃん」といいながら撮影しました。
 あとこのブログで部屋の騒音がマジヤベェって中学生ばりに吠えてたら最近やたらあちこちから「騒音大丈夫?」って聞かれます。正直に言って大丈夫じゃなく、聞こえてくるのは午後7時から9時までの二時間であるものの、この間全力で壁を叩くような低音が部屋中に鳴り響いて椅子に座っていても音波の振動を確実に感じられます。日本だったら経営者を半殺しにしても許されるレベルだ、本気で早く引っ越そうかな。
 
 話は本題に入りますが、先週土曜に上のトーマスが待っているショッピングセンターに上海忍者とともに訪れて携帯電話を買ってきました。今まで使ってたのは2010年に買ったおもちゃみたいなlenovoのフューチャーフォンで、今回勝ったのはサムスン製ですが私にとって初めてスマートフォンです。行く前は日本にいる友人が気にしている「小米(シャオミー)」というこのところシェアを急拡大しているスマフォにしようかと考えていましたが、改めて商品を見比べてみると結構サイズが大きい上に角ばってて、ポケットに入れていると不都合が起こりそうだと思えたので直前でサムスンの比較的小サイズの電話にすることにしました。なお価格は1300元(約22,100円)のところを1180元(約20,060円)にまけてもらいました。
 
 店頭ではi-Phoneも勧められましたが、みんな持っているのを自分が持つことは宿命的に多分許されないので買わなかったものの、このi-Phoneについて先日、訪問先の会社社長から面白い話を聞くことが出来ました。聞く人からしたら何をいまさらあたりまえなことをと思われるかもしれませんが、その話というのも「i-Phoneがすべての家電を吸収した」というものです。
 
 その会社では電子部品、具体的にはプラスチックで作る射出成型品とその金型を製造するメーカーなのですが、周辺にある同じような金型メーカーはここ数年で日系を含め大分撤退というか清算をしたと話していました。かくいうその社長の会社も結構じり貧で大変な状態らしいのですが、その原因の一つとしてi-Phoneによって家電部品の大半は消えてしまったからだとおもむろに話してきました。
 社長曰く、「かつてはラジカセがあり、デジカメがあり、テレビがあり、ビデオプレーヤーがあり、携帯電話があったが、これらの家電の機能は現在、i-Phone一つですべて代替できる」と話し、それまでバラバラに機能が別れていた家電がi-Phoneというかスマートフォンに集約されたため、部品メーカーからしたらたくさん作る必要のあった部品が必然的に少なくなり、仕事も自然と減っていったとのことです。考えてみれば当たり前ですが今の今までこういう視点がなかっただけになかなか新鮮に感じられ、その後も話を聞くと、もはや家電という弱電分野の業界自体がフォックスコン(ホンハイ精密)など一強を除いてもう駄目なのかもしれないとまで言い出し、セットアップメーカーのパナソニックやシャープもこの分野じゃもう立ち直り効かないのではとも話してました。
 
 改めて内容をまとめると、それまで映像を見るならテレビ、写真撮るならカメラ(デジカメ)、ネットするならノートパソコンをそれぞれ買う必要がありましたが、現在に至ってはもう全部i-Phone一つで済んじゃうのも事実です。写真にこだわったり自分みたいに毎日馬鹿みたいに長い文章をブログに挙げて騒音の愚痴吐く人間ならともかく、人並みにこれらの機能を使う人間からすればi-Phone一つでもう十分でしょう。となるとほかの家電なんてもういらないって話です。
 これは私の予想ですが、こうした他の家電や電子機器の機能をスマートフォンが吸収していく流れは今後もしばらく続くと思います。差し当たって起りそうなのは最早完全吸収したカーナビの機能に加えてETCもスマフォで済んじゃうようになり、果てにはクレジットカードの機能も奪うかもしれません。多分、画面のタッチパネルで指紋認証式が普及したら十分いけるのでは。
 
 家電業界というのはやっぱ種類があってナンボで、種類が減るということはすなわち市場そのものが小さくなることと同義で、特にパーツメーカーからしたら死活問題としか言いようがないでしょう。実際に私が今所属する会社もまだ自動車業界向けの販売は堅調なものの、弱電分野はもう目も当てられないといった状態です。一番悲惨なのは折り畳み式のガラケーに使ってた折り曲げることのできるヒンジ作ってた会社だけど。
 
 この流れが良いか悪いかという判断で行ったら良いも悪いもないというのが正直な感想です。ただ言えるのは時代の流れということで、少なくとも青少年たちには弱電分野を志すというのであれば覚悟を持っておけよとだけ伝えておこうかなと思います。

2014年7月13日日曜日

創業家列伝~塚本幸一(ワコール)

 自分は男なのでもちろん女性用下着をつけることはありませんが、知り合いの女性に「ワコールってどんなん?」って聞くとほぼ必ず、「高い。けど確かに質はいい」という答えが返ってきます。そんなワコールの下着は中国のお店にもよく並んで広告も見たりしますが、やっぱりこっちで売られてるのも高いです。
 
塚本幸一(Wikipedia)
 
 そんな日本の女性用下着メーカーの代表たらんワコールを創業したのは上記リンク先にある塚本幸一です。ワコールの創業は戦後の1946年に塚本が「塚本商事」を設立したことに端を発しますが、日本では明治維新後、日清日露戦争後、二次大戦後がいわゆる創業ブームに当たって現在を代表する多くの大企業が生まれており、このワコールもその例に洩れません。
 
 ワコールを創業した塚本幸一は生まれこそ宮城県仙台市ですが育ちは滋賀県の東近江市で、両親はこの地域に多い繊維問屋を商っておりました。なお豆知識ですが関西商人と来ると関東の人は大阪の人を思い浮かべがちであるものの、真の意味で商売がうまい関西商人とは紛れもなく近江人こと滋賀県民で、滋賀にルーツを発する創業家は実は多かったりします。
 
 塚本は1920年の生まれなのですが、この時代に生まれた日本人男子の宿命として二次大戦にも従軍しております。ただ塚本の場合は一線を画していたというか、あの忌まわしきインパール作戦に従軍しておりました。インパール作戦については以前に記事にした「猛将列伝~宮崎繁三郎」の中で気合入れて説明しておりますが、二次大戦中に日本軍が体験した戦闘の中でも最も熾烈且つ苦難に満ちた戦いで、従軍した兵士はいい加減な作戦を強制された上に補給もなく、文字通り全滅に近いほどの大損害を受けました。
 塚本はその熾烈な戦いを無事生き残り帰還することが出来ましたが、彼が所属した小隊では全55人中で生還者は塚本を含めわずか3人しかいなかったとのことで、塚本自身もこの体験を後年に至るまで深く影響を受けたと述べており、「自分は生き残ったというよりは生かされたのだろう」などと振り返り、どうせ拾った命とばかりに安定を求めず起業したと回想しています。この辺はダイエーの中内功の話しとも共通します。
 
 こうして日本に帰国後、起業した塚本ですが、取り扱う商品は恐らく両親が繊維問屋を営んでいたという影響もあったのでしょうが女性用アクセサリーから始めました。当初は細々とした商売だったものの、1949年に取引先からこれからは西洋の衣装が流行るとブラ・パットを持ち込まれたことから転機が生まれます。これは売れると考えた塚本はパットを固定するための紐をつけてブラジャーを開発し、従業員や生産工場を整備した上で現在のワコールの源流が出来たわけです。
 当時の塚本の状況について昔にテレビ番組で特集が組まれていたのを見ましたが、中内功が「物がたくさんあるということが豊かなことだ」と主張したのに対して塚本は、「女性が美しく着飾れる時代こそが豊かな時代だ」として女性用下着・衣類の生産販売に従事したとのことです。どちらも成功した後から格好いいこと言っただけなんじゃないかと思うものの、両者ともに凄惨な戦争体験を持った上で話しており、なおかつ「豊かさとは何か?」を述べているのは現代人とは別の哲学を持っていると感じます。あと創業間もない塚本についてその番組では、「奥さんと共に毎日ちゃぶ台でブラジャーを弄り、ああでもないこうでもないなどと商品開発にいそしんだ」などと取り上げてて、周囲からはやっぱ変わった人みたいに見られてたようです。こっちは日清食品の安藤百福とおなじだな、向こうのが明らかに変な人だったけど。
 
 話は戻りワコールの成長史ですが、ブラジャーの販売を始めたもののやっぱり当初はうまくいかず、初年度には赤字も在庫もかさみいきなり大ピンチを迎えます。さすがに塚本も憔悴していたそうですがここから妙な負けん気を持ち出して、まだ従業員が9人しかいないのに、「今後50年で世界制覇だ」とばかりに、五ヶ年計画成らぬ五十ヶ年計画をぶち上げます。そのやる気が天に届いたのか徐々に業績は拡大していきますが、1962年には労働争議が起こり生産も停滞化します。ここでも塚本はまた妙なやる気を出して、「わかりました、それじゃあこれからは労組の要求を100%飲みます」なんて言い出し、逆に労働組合の方が焦って塚本の提案受け入れを渋ると、「やるかやらないか、やる時はすぐ決めるんだ!」と怒鳴り返して争議をまとめたという、自分も今まで聞いたことのないような荒業をやってのけてます。
 
 その後も折に触れてワコールの苦難はたびたび訪れ、自分は生まれてないのでわかりませんが1970年にはユニセックスなどの思想が入ってきて「ノーブラ運動」が起こり、売上げが一気に減少したそうです。ただこの時も塚本は強気に、「落ち着け、この流れは一時的だ」と主張して社内の動揺を鎮めます。どうでもいいですが、現代において「ノーブラ運動」を女性から提唱しようものなら痴女みたいに見られるでしょうが、男性からは深い支持を得られそうだ。
 その後、ノーブラ運動は塚本の予想通りにしぼみはしましたが、今度は1973年にオイルショックが起こり原材料費が一気に高騰します。ここで塚本が取った行動はまたも破天荒な、「お値段据え置き」こと、値上げ凍結でした。ほかの物価が高騰する中で従来価格を維持したことからワコールは大きな支持を得ましたが、その背景では徹底的なコストカットに取り組んでおり、こうした経営体験が「失われた十年」という不況を越え続く現代のワコールの原動力になっているかもしれません。もっとも現代では冒頭に述べたように「ワコールの下着は質はいいが高い」と認知されてますが。
 
 度々の危機を潜り抜けた塚本は1987年に社長職を退任しますが、その後も京都、並びに関西財界で有力人物として振る舞い、松下幸之助とも親しく付き合っていたそうです。中でも笑えるのは京都府知事をしていた蜷川虎三とのエピソードで、内心では認め合っていたようですが何故か顔を合わすと仲が悪く、塚本はわざわざ玄関に虎の毛皮を敷いて通るたびに3度踏んだり、蜷川も蜷川で塚本のことを「女のふんどし屋」などと呼んでいたそうです。恐らく、本当は仲が良かったんじゃないかなぁこの二人。
 なお「ふんどし屋」というワコールの呼び方ですが、これは実際に今の京都人も「パンツ屋」などと呼んでいます。京都は新参者に厳しい風土があり任天堂も「花札屋」等という蔑称をまだ受けています。京都のお菓子屋の組合に所属するには「創業100年以上」という条件があるそうで、ワコールも任天堂ももうちょい年期経たないと認めてもらえないかもしれません。
 
 塚本に対する私の評価を述べると、なんだかんだ言いながら女性用下着一本を貫き通して社業を成長させたことと、「ワコール」というブランドを日本はおろかアジアにまで広げたその手腕は疑うものがありません。また個人的にワコールという会社が行うマーケティング調査というのがなかなか面白く、以前に見た物だと「胸を小さく見せたい女性は少数ながら存在する」という結果から胸を小さく見せるブラを作って成功したり、都道府県別平均バストの統計を作ったりと、こういってはなんですが視点が非常に面白いです。
 会社の歴史というか塚本の決断を見ていると全体的にユニークな印象を覚え、それがしっかり会社哲学に根差したことこそがワコールの強みだと個人的に思える次第です。
 
 
  参考文献
「実録創業者列伝」 学習研究社 2004年発行

2014年7月11日金曜日

ベネッセの個人情報流出事件について

 今日暗い部屋を照らすためにパソコン使用時に使う電気スタンドを買いに近くのショッピングセンターへ会社帰りに寄ってきましたが、なんかセールをやってたのと金曜の晩ということもあってか人でごった返してました。その中で目を引いたものが二つあり、一つは中国で生産された「あきたこまち(袋にはちゃんと日本由来と書いてある)」4kgが20元(約340円)で売ってたことと、もう一つは床にところどころで見られる黄色い水たまりでした。後者は目の前で水たまりが出来る過程もしょっちゅう見かけるし、この前も地下鉄内で子供が洩らしたあとに何も知らない乗客がその床の上を歩くという、見ていて真実を教えたくなる場面に同僚と遭遇しました。まぁなんていうか、日本じゃこの辺りは考えられないだろうな。
 
 話は本題に入りますが、児童教育雑誌で有名なベネッセが大量の、というか現代の日本にいる子供の8割くらいに当たる個人情報を流出した件で株価が面白おかしくなったりしてて中国から見ていても非常に楽しい状態です。皮肉っぽい言い方ですが自分はニュースというのは経済ニュースも政治ニュースも殺人事件もすべて娯楽だと考えており、逆に娯楽としてニュースを楽しめない奴は好きじゃないので臆面もなくこういうことを言うことにします。もうそんな気兼ねする立場でもないし。
 
 話は本題に入りますが、今回の情報流出事件は情報が流出したベネッセのみならず、その流出した個人情報を基にDMなどを送っていたとみられるジャストシステムに対しても批判が高まっており、株価も仲良くストップ安になるなど非常に楽しい経過を辿っております。当事者らにとってはたまったものじゃないでしょうが一応今は他人の身分なので好き勝手言わせてもらうと、私は今回の事件でベネッセとその会長の原田氏に対しては同情を覚えるものの、ジャストシステムに対してはいい機会だからこの際、流出した情報を使ったものの末路として構成語り継がれるようなモデルになってもらいたいなどと考えています。
 
 報道によると今回の事件はベネッセ本体よりも情報の管理・運用を委託されていたIT企業の関係者の手から流出した可能性が高いとのことで、私も状況から考えるにその説が有力だと考えております。こういう情報というのはどれだけセキュリティを高くしても内部の人間が色気出したらどうあがいても流出してしまうもので、逆に言えば企業を破滅させる目的で敢えて流出するという自爆テロみたいな行為をされることもあり得ると考えたら完全な防衛手段はないと言っていいでしょう。そんな中で今回はベネッセという企業内部ではなく外部企業の間からとなるとベネッセはいわば被害者で、世間から批判をされるのは仕方ないにしろ私個人としては運が悪かったなどと思え同情心を覚えるわけです。
 
 一方、ジャストシステムに関しては内心いい気味だと思えると共に、その対応の悪さはベネッセとは雲泥の違いと言っていいでしょう。ベネッセは情報流出の事実を発表するとともに毎日、恐らく確信犯でやってるのでしょうが1日おきに対応オペレーターを増やしたとか、外部からの流出の可能性があるとか、実はもう大体誰が流出したかわかっていると順を追って詳細を発表し、この問題に取り組む姿勢を見せています。何よりも批判覚悟ではっきり謝罪して妙な言い訳をしなかった点は危機対応として及第点でしょう。
 それに対してジャストシステムの方は木で鼻をくくったような対応と言ってはなんですが、「悪意を持って流出した情報を使用した事実はない」という文言で反論し、暗に情報は名簿業者から買ったものでベネッセからの流出した情報とは知らなかったという言い訳を展開しています。しかしこの言い訳は通じるはずもなく、名簿業者から個人情報を購入してそれを販促手段に使っていたということは、正当な手段で取得したわけでもない個人情報を商売の具にしていたと同義です。まぁどこもやってることなのですが、ジャストシステムは事態をわかっていないというか危機対応についてテレンス・リーにでも講義でもしてもらったらどうかななどと思えるくらい呆れた対応です。
 
 中国来て始めて給料入った週末のせいもあって文章のリズムがいいですがこのままもう少し続けると、この事件で救済すべき被害者は誰か、そして真に首をくくべきは誰かということをこの場で問いたいです。最大の被害者は言うまでもなく個人情報が流出した児童、そしてその家族であることは間違いありません。では二層目の被害者は誰かというと、察しが付くでしょうが私はベネッセだと考えます。
 なら加害者は誰か?ベネッセの情報を持ち出した人間なのか、その情報を売った名簿屋なのか、これらももちろん加害者に入りますが最大の加害者となると私はそれはジャストシステムだと断言します。
 
 かつて個人情報保護法案が成立した際、この法律の運用や概念を巡って当時は大きな議論が起こりました。ただその議論はどれもプライバシー保護はどうするのか、自治体はどう情報を管理するとかいう運用面の話が多く、私がガチで一人で吠えてた誰を加害者にするのかという議論はあんまり盛り上がっていませんでした。
 この法案は言うまでもなく個人情報の保護を企業や自治体などに求める目的で作られ、流出させた組織は相応の責任を取ることを求めております。しかし私は当時から組織内に不心得者が混ざるとどれだけ防衛策を講じても情報は流出してしまうと考え、情報を管理する側に責任を求めるのであればむしろ、流出したと思われる情報を使用した者を片っ端から罰するという、いわばインレットではなくアウトレットを叩く法案にすることで個人情報はより防衛しやすくなると主張しており、当時の大学の授業でもマジで一人で熱く熱弁してました。
 
 何度も繰り返しますがどれだけ努力しても情報は流出してしまいます。しかし流出した情報、言い換えれば本人の同意なく所持し運用した業者は例外なく処分出来るのであれば誰もそんな危ない行為に手を染めることもなくなるのではないか、というのが私の考えでした。しかしこんな主張するのは私以外にはあんまいなかったようで、今回の騒動を見ていてもこういう意見を述べる人はまだ見かけません。
 仮に現行の個人情報保護法案に沿って考えるのであれば、被害者への対応や保証はベネッセかその委託先企業が追うこととなるでしょう。それに対してジャストシステムは、なんでもやっていいなら偽計業務妨害を追う可能性があるかもしれませんが、少なくとも個人情報保護法に基づく処罰は受けることはないでしょう。ほかの人は知りませんが、これっておかしくねと私は思うわけです。
 
 そもそも法人向けならともかく個人向けのDMとか余計な広告、電話勧誘は非常に鬱陶しく、須くこういうことやる業者は叩き潰されるべきでしょう。なお昔話をすると、私が通っていた中学校では同じ学年の人間が予備校に500円で生徒名簿を売ったという噂が流れていました。実際その生徒は私も知っていましたが如何にも名簿を売りそうな奴で、なおかつ中学生をたぶらかす大人もいることだからどうやったって抑えようがないよなと当時に感じたことが先のアウトレットを叩けというつながったのだと今は思います。にしても、安定さという意味では現在の自分のが上だが、やっぱり学生時代の方が問題や関心に対する鋭さというか勢いは凄かったなぁ。

2014年7月10日木曜日

放送中止された東京ガスのCMについて

 上記の写真は以前にネットで入手した猫画像ですが、母猫の授乳中に明らかにおかしな一匹が紛れ込んでてカオスな一枚です。
 
 さて今日は三日ぶりの投稿ですが、一昨日は出張で上海にいて、っていうかほぼ毎週上海をうろついていることにふと気が付く次第ですが、昨日は上海から自宅に戻ったものの何かブログ書く気がしなくて放置しました。別に嫌なことがあったわけじゃないですが、今の部屋が例の如く併設されているダンスクラブから床の振動を確実に感じられるほどの騒音かき鳴らされ集中力がかなり乱れることに加え、室内の照明がすべて黄色灯に占められてて地味にパソコン見てて辛くなるのもあり、ちょっとモチベーションが落ち気味です。自分もストレスに弱くなったのかなと思う一方で、同じ環境なら並の日本人ならすぐ精神おかしくするだろうと思うとそうでもないかなという気がします。日本人って異常に騒音に弱いし。
 
 
 そんなストレスに関するネタというわけじゃないですが、巷でちょっと議論になってて自分も気になっていたものの書く時期を逸したと思って書かずにいましたが、今日もまたネットニュースでこの東京ガスのCMが取り上げられてたので、自分もここで所見を書いてみることにします。
 
 各所でも報じられているので知っている方も多いと思いますが、リンク先で取り上げられているのは先日まで放送されていた東京ガスのCMなのですが、就活中に何度もお祈りメールこと不採用メールが次々送られてくる女子学生に、苦しい状況を理解しつつも努めて明るく女子学生を支え励ます母親を描く内容となっております。このCMですが、後半部分で女子学生が面接で手応えを掴んでうまくいきそうだと思い、わざわざ頑張った自分へのご褒美スイーツ(死語)としてレアチーズケーキを買うくらいはしゃいだところでその会社から不採用メールが届き、一人公園で落ち込んでいたところに母親が優しく声をかけてくれたので号泣するシーンがあり、恐らくこのシーンが結構心に来る人が多かったのか、「自分も就活中だが見ていて辛い」などというメールが数多く寄せられたことによって、放送予定期間内であったにもかかわらず放送が中止されたとのことです。
 
 放送が中止されたことについてリンク先の掲示板では、「普通に心温まる内容なのになんで中止にしたんだ」と中止判断がおかしいという意見もあれば、「見ていて可哀相すぎる」という肯定意見もあり、中には「リクルートのCMかと思った」という確かにそう見えると納得できる意見も出てたりします。
 
 私個人の印象を述べると、正直に言って結構胸に来ました。私自身も新卒での就職活動中に100社以上にお断りされ、就活期間中は決して誇張ではなく毎日自宅帰ってお祈りメールを見るのが日課だったくらいです。しかも当時結構貧乏で、面接行くための電車代を少しでも浮かせるために自宅から遠く離れた駅まで雨の日も自転車で行ったり、時間帯ずらして説明会梯子する際は三駅くらいは歩いて移動したりと今思うとそんな無理せんでもと思うくらい体張ったりしていて、それにもかかわらず毎回当たり障りのない、私に言わせるなら差の付けようのない質問に回答して落とされていくのに激しく精神を消耗して自宅でめそめそ泣くことも少なくありませんでした(/_;)
 そうした経験があっただけにこのCM動画を見て、女子学生が友人から内定とったというメールを見て複雑な表情浮かべたり、最後講演で号泣するシーンを見るだけで当時の嫌~な記憶がよみがえり、不快感は感じないもののもし就活中だった当時に見たらどんな気分になるかなと思って複雑な感情を覚えました。何気に去年も70社超からお祈りメール届いたし、面接に行ったらあまりにも社員の雰囲気が暗くて面接後にこっちから辞退するメールを送ったら、「今回は残念ながら不採用との判断~以下お祈り」という、こっちから断ってるのに上から目線でお祈りメール送ってきたスギムラ化学工業という舐めた会社もあったしなぁ。化学系はほんと陰気だねぇ。
 
 個人的な意見ですが、新卒の就職活動というのはほんと糸口がないというか、どれだけ落ち続けてもそれが次に活かせるとかそういう前進が全くなく、むしろ落ち続けることによって「今まで何社落ちた?」という質問によって足を引っ張られることもあり、こういってはなんですが一社の内定を取るまでは全くと言っていいほど救いがありません。しかも採用されるかどうかは実力どうこうよりも運の要素と見かけの良さが非常に強いように思え、何をどう努力したかはほとんど左右しないように見えます。それだけに落ちる人間は手を変え品を変えてもあんま意味なく落ち続け、さらに何をしたって落ち続けると思えてきて八方ふさがりに入りやすいため、メンタル強くても負担がでかすぎて結構来る作業になると私は思います。
 更にこれは蛇足かもしれませんが、今の時期は変な妥協とかしてブラック企業に入社してしまっては元も子もありません。ブラック企業に入って体や精神壊したり、また入っておかしいとわかってすぐに辞めても経歴にこだわる日本社会だとブラックだと知られていても次の就職時に影響を及ぼします。それだけに今の就活生は二重に追い詰められる感覚があるんじゃないかな。
 
 途中からちょっと主旨が変わったような感覚がありますが、要するに現代の就活は少なくとも1990年代の第一次就職氷河期以前の世代とは全く様相が異なっており、体験しているか否かで全然感覚が違うだろうと言いたいわけです。体験している世代、それも苦しい思いをした人間からすると今回の東京瓦斯のCMをみて「リアルにできてるね」なんて思い、少なくとも演出による効果だとはまず思わないでしょう。そんな映像を見て、「よく出来てる」と思う人もいれば、「昔を思い出して……」という人もおり、「今まさにこんな状況だなぁ」などとへこむ人ももちろんいると思います。言ってしまえば、このCMはリアルすぎた感があります。
 そうした中、東京ガスは見ていて辛いと言う人の意見を取って放送を中止しましたが、こういうのもなんですが優しい対応なんじゃないかと思います。仮に中止しなかったとしても私は東京ガスを批判することはなかったでしょうが、今回のCMは東京ガスが意図したものとは違った受け止め方をされたものの、そうした一部の人の声を汲み取って中止したという事には思いやりが感じられるだけに悪くない対応なんじゃないかと思います。
 
 その上でもう一言述べると、この議論は東京ガスの放送中止判断が是か非かということよりも、現代の少なくない就活生は半端じゃないストレスを受けているという現状についてもっと目を向けるべきだと思います。既に一部メディアなどでネットを活用した就職活動の広がり、言ってしまえばリクルートなどの大手人材企業の手法によって学生も企業も就活に疲弊していると批判が出ていますが、今後の新卒採用がどうあるべきなのか、面接方法など何が適しているのか、このCMが大きく注目される位なんだからもっとこっちにも目を向けないとと言いたいのが今日の本題でした。
 いい感じに話題を一旦蹴飛ばして、最後に拾えたな今日は。

2014年7月7日月曜日

地方別の法人税率導入案について

 どうでもいいことですが今自分が住んでいる部屋がある建物の三階にはダンスクラブがあり、大体夜七時から九時くらいまでずっと騒音を鳴らしてて非常にイライラします。しかもその騒音、部屋の外にいるよりも中にいる方がよく聞こえ、恐らく室内を通る柱か何かを通して振動が伝わっているんだと思います。更にその騒音は低音のベース音だけ「ドン、ドン、ドン」と聞こえるから性質が悪く、一年契約にしちゃったけど来年にはとっとと出て行こう。
 
 話は本題に入りますが、今国会では法人税の引き下げ案に対する議論が集中して行われております。法人税の引き下げというと自分が昔このブログで書いた「日本の法人税は本当に高いのか?」というしんぶん赤旗の引用記事が今でも検索されるくらいヒットしましたが、この記事でも主張した通りに日本の法人税は従業員に掛けなければならない保険などの企業が負担する費用と合算すると他の先進国に比べてそれほど高くはなく、また引き下げたところで人件費の高い日本に進出する外資なんていないんだから私は引き下げの効果を全く期待しておりません。
 しかしというか、仮に法人税引き下げを実行するのであればこうしてみたらどうだろうという腹案が一つあり、その腹案というのも地方別に法人税率を設定する、いわば地方ごとに差をつけるというやり方です。
 
 法人税は企業がその事業年度に挙げた収益に掛けられる税金で、日本全体で均一な税率が課されており現在であれば基本税率が25.5%ですが、東日本大震災に伴う復興特別法人税が10%加算されているため実効税率としては38.01%です。ただその年の収益が0、つまり赤字であれば法人税は支払う必要はなく、また自動車メーカーなど輸出額の大きい企業は消費税の還付金を得られるためトレードオフになりやすいなど意外と抜け道の多い税です。それこそ、変に剰余金を貯めるつもりがないのであれば事業年度終了間際に一気に投資額の項目を作っちゃえば投資を行いつつ法人税は払わずに済みます。
 
 そんな法人税ですが、私はどうせ引下げを行うのであれば都市部は敢えて据え置きながら地方限定で税率を下げてみてはどうかと考えております。具体例を挙げると、東京都を現行税率のまま据え置くことで仮に100だとするならば、そのほかの都道府県はここからそれぞれ何割か引き下げて設定するような具合で、私の独断でまとめるなら以下のような感じになります。
 
100:東京都(今の税率のまま)
 80:大阪府、神奈川県、愛知県
 70:埼玉県、千葉県、京都府、兵庫県
 50:岐阜県、新潟県、福島県
  0:鳥取県
 
 一体何故地方ほど法人税の税率を下げるかというと、各地方に法人本社の移転を促すためです。
 私が言うまでもなく現時点でも東京は人口が増え続けていますが、その増えた人口の分だけ都市インフラの増設、増強が必要となってきます。通勤ラッシュの電車はもとよりごみ処理から防災対策までその費用は決して小さくなく、仮に東京の人口が減って地方に散らせることができればこうした費用の圧縮も見込むことが出来ます。逆に地方としては人口が減少してインフラが余っているところも少なくなく、なおかつ人口が増加することによって地方税収の回復、産業の復興などの効果も狙えるだけに、一言でいってしまえば東京一極化の弊害を減らすことが重要だと私は考えてるわけです。
 
 どうして東京に人が集まるのか。結論から言えば仕事が東京など都市部にしかないことが大きく、逆に仕事が地方にあるのであれば地方に留まりたいという層も全くいないわけじゃない気がします。特に関西人。
 では仕事というか雇用を地方に持っていくにはどうすればいいか。単純に地方に企業を誘致することが手っ取り早く、それであれば地方に本社を構えるだけで法人税を減らせるという餌をぶら下げればいくらか動く企業もあるのではないかと思い、この地方別の法人税率導入が案として浮かんだわけです。
 
 無論、本社が地方に移ったって東京支社に従業員が集中することになって状況は変わらないのではという可能性もあります。それでもやらないよりはやった方がマシだし、鳥取みたいな奥地とまではいかなくても東京の周辺都市である埼玉や千葉に本社が移り、そこへ通勤するようになるだけでも大きいのではないかと思います。それこそ、山手線の運転本数を少しでも減らせることが出来たらという具合に。
 
 念のために書いておきますが私は鳥取県が心の故郷だと感じるくらいに愛しており、馬鹿にして「この際、ここは税率0でいいや」と考えて上の様なモデルを組んだわけではありません。むしろ思い切って0%にすることで鳥取に有り得ない企業の誘致、それこそアジア各地の新興企業を誘致する経済特区みたいにしてしまえ、米子鬼太郎空港をアジアのハブ空港に変えるんだという願いもあってこの数字に設定しました。
 まぁ言っててなんだけど、絶対無理だろな。

2014年7月6日日曜日

面白さあふれる今年のニュース

 
 昨日のニュースですが、あまりの内容のくだらなさがツボにはまったので紹介します。
 主な内容は見出しの通りで、大阪市で28歳と22歳の男がお年寄りの方が運営される商店で、一万円札に似せた百万円札のイラストがプリントされた付箋を使ってお釣りをだまし取ったそうです。この時はうまくだまし通せたものの、その後何をトチ狂ったかこの二人の男は、麻薬の密売人相手に同じ百万円札を使って麻薬を購入しようとしたところ見破られ、密売人に殴られて消防署に駆け込んだことから御用となりました。もうどっから突っこむべきか、敢えて言うなら小学生が思い付きでやりそうなことを大の男がする時点でもはやなんだか。
 
 このニュースに限るわけじゃなく、今年に入って日本ではやけに面白いニュースが溢れている気がします。細かいニュースはさすがに挙げてきませんが、年初に佐村河内のニュースが明るみに出て稀代の詐欺師だなんて言ってたら、今度は理研から小保方氏という最早ブラックとしかいえない研究結果を出す学者が出てきて、さすがにもう来ないかと思ってたら、釈明会見すらネタの宝庫にしてしまう野々村県議が現れるなど、一体どれだけタレントが出てくるんだともはや食傷気味です。
 この三者に共通する特徴として私が思うのは、三人とも釈明会見で自らの作品、研究、政治活動に対する情熱を延々としゃべるものの、事実の核心については何故か全く触れないどころかぼかすところがあり、嘘つきや詐欺師ってのは大体こういう特徴があるもんだなと感じてみてます。今になって思うとまだ佐村河内は共同制作だと主張したもののゴーストライターの存在を認めており、ほかの二人に比べればまだまともというかましだった気がしてくる辺り末世です。
 
 なおSTAP細胞のニュースでは気になる報道が出てます。
 
 
 小保方氏に若山教授がSTAP細胞を作るよう提供したマウスとは異なる遺伝子のマウスが返ってきていたと発表していた件について、若山教授に返ってきたマウスはやっぱり最初に提供したもので正しいマウスだったかもと朝日新聞が報じております。言いたいことスパッと言っちゃうと、外すとかっこ悪いですがちょっと「ほんまかいな」と疑わしく感じる報道で、情報ソースも「若山研究室の関係者」とだけしか書かれておらず、一抹のきな臭さを感じる記事です。記事中には「改めて詳細な解析結果を公表する」と書かれていますが、普通ならこういうセリフは若山教授自身が発言するのではないかと思えるし、そもそも異なるマウスだと断定する根拠となった8番染色体について触れられていないという時点で自分は信用できません。
 
 8番染色体の異常というのは私も聞きかじりではあるのですが、生きたマウスから作られた細胞の8番染色体は通常2本1組であるのに対し、小保方氏から若山教授へ返却されたマウス細胞の8番染色体は3本1組の、トリソミーと呼ばれる状態だったそうです。トリソミーのマウスは胎児の段階で死ぬため生きたマウスから検出されることはほぼなく、逆に言えば、胎児以前の段階で培養されるES細胞によく見られる状態であるために、小保方氏は万能性を持つことが既に確認されているES細胞をさも生きたマウスから作った物だと主張したのがSTAP細胞の正体ではないかと言われております。
 この8番染色体の謎について朝日の記事は何も触れられておらず、仮に解析結果が間違ってる可能性があるのなら絶対に避けては通れないヶ所だけに、この点について無視してこの記事を出すとはどういう意味かとちょっと問いたい気分です。中途半端な状態ならちゃんとした解析結果を出してから言えと言いたいのと、編集はちゃんとチェックしているのか、問題の本質をわかっているのかと問いたいです。

2014年7月5日土曜日

北朝鮮への一部制裁解除について

  今朝窓と玄関開けて部屋に風通してたらスイーパーのおばちゃんがドア越しに話しかけてきました
 
「(#゜Д゜)<ちょっとアンタ、いいかしら!」
「(;゜Д゜)<あっ、はい」
「(#゜Д゜)<あんたんとこの隣に住んでる人、犬飼ってるでしょ。その犬が共用部分の廊下にいっつもおしっこ垂れてるから、今度会ったら放し飼いしないよう注意しといて!」
「(;゜Д゜)<は、はぁ……」
 
 会話内容も起こっている内容も全体的にカオスです。これが中国。
 
 話は本題に入りますが、各所での報道の通りに日本政府は北朝鮮に対して実施している制裁の一部を、拉致被害者の調査を全面的にやり直すという北朝鮮側の約束を受けて解除すると発表しました。今回のこの政府の対応に対する私の意見を述べると、大方のメディア同様に時期尚早で、また北朝鮮に騙されるだけなのではないかという気がします。
 
 解除する制裁の内容は発音が難くてアナウンサー泣かせの貨客船万景峰号の入港禁止や日本からの送金停止などですが、私が思うに北朝鮮が一番求めているのは昨年落札された事実上の大使館に当たる朝鮮総連の建物ではないかという気がします。日本側としてはこの朝鮮総連の建物を今回売却停止にしなかった一方で引き渡し強制執行まで実施しない辺り、次回以降のカードに使うつもりではないかと思います。
 
 今回の制裁解除については拉致被害者家族並びに大手メディアなども批判しており、その理由というのもまだ北朝鮮は調査をやると言っているだけで何も成果、具体的には拉致被害者の情報並びに身柄を明け渡しておらず、また調査はしたけど生き残っている拉致被害者はいないという結論を出してくるのではと懸念しております。この批判する側の意見はもっともで、これまでの北朝鮮の行為を考えると十分にありうるシナリオです。かつて安倍首相は官房副長官時代、当時の小泉首相の北朝鮮訪問に同行した際は北朝鮮側から謝罪がない限りは交渉を打ち切るべきだと主張して注目を浴びましたが、今回の対応を見ると月日と共に人柄も変わってしまったなと思えてきます。
 
 ただ全部が全部、政府を批判する気にはなりません。仮に今回の北朝鮮側の調査をやるという回答に満足せず何も日本側がアクションを取らなければそこで交渉は完全ストップしてしまう可能性もあり、北朝鮮を何らかの形で動かして交渉をしていくには最低限の日本側のアクションこと一部制裁解除もやむを得ない気がします。もっともこれは一種の賭けに当たり、仮にまたいつものように北朝鮮が何にもならない調査結果を出そうものなら安倍首相への批判は高まり、大きな痛手を負うこととなるでしょう。
 今回の北朝鮮外交に限るわけじゃないですが、集団的自衛権の容認という安倍首相の悲願が達成されてから安倍首相はどうにも以前ほどの慎重さを欠くようになったのではないかと思えます。この件もそうですがかつての第一次政権を崩壊に追いやる初撃となったホワイトカラーエグゼンプションこと残業代不払い法をまた出して通過させるなど、なんかもう周りに言われるまま政策通すようになってる気がします。肝心の第三の矢とやらはいつになっても飛んでこないし、相変わらず言ってることはよくわからんし。
 
 なお残業代不払い法についてはメディアも馬鹿だなと内心考えてます。今回の法案では年収800万円以上の会社員が対象ということですが、年収800万円以上なら大抵が既に管理職になっており、元から残業代が支払われない人間が大半でしょう。私が記事書くなら大手企業30社あたり、または年収800万円以上の人を200人くらい調査して残業代をもらっているかどうか聞き、限りなく0%に近い数字を出した上で何にもならない法案だと批判するのですが。
 
 最後にもう一度北朝鮮の話をすると、仮に北朝鮮が拉致被害者を返すと言った場合、日本は北朝鮮に食糧支援を含む経済支援を本当にやるのか、この辺についてもう少し考える必要があるでしょう。やるとしたら何億まで出すのか、そして以前に「拉致問題解決に向け天秤にかかる人権」で書いたように、北朝鮮の人権を無視するのか、もうちょっと議論してほしいなというのが正直な意見です。

2014年7月3日木曜日

書き続けられる妙な根気

 友人の麻雀太郎が運営している「ホンマ中国!」というブログでこの前、「中国におけるサッカー、ドイツ代表の人気の謎 」という記事がアップされました。内容は中国では何故かサッカーのドイツチームが人気だということを取り上げておりそこそこ読ませられる内容なので興味がある方は是非読まれることをお勧めします。
 
 ちなみにこの友人のブログですが、こういってはなんですが自分に影響されてブログを始めた友人らの中ではまだ頑張っている方で、引かk的長く続いているだけでなく更新数もなかなか多いです。これまでにも私の周りでは何人かブログを始めているのですが、大体が半年も持たず、あと更新回数も一ヶ月に一回くらいが限度で言ってしまえば長く続かないことが多いです。
 実際にブログをやっている人ならわかると思いますが、最初は色々と夢が膨らむものの続けていくとなるとなかなか思うようにはならず、序盤なんかはモチベーションが下がることも多いと思います。また細々と継続していくのも案外難しく、この友人も先日に話をした時、「ブログを書かなきゃ」と追われるように思うのが負担に感じる時があると正直に述べていました。
 
 そんな中で私は、というか私のブログは際立っているというか、更新回数で言えばほぼ毎日に一回程度でツイッターとかと比べると控え目ですが、その一回に公開されるテキスト量は自分で読み返していてもマジで引くくらい膨大で、テキスト量だけ見れば日本でも屈指のブログサイトになってきたなと我ながら思います。よく周りからもなんでネタ切れしないのと何度も聞かれていますが、私に言わせると書きたい内容はいくらでもあるのに書く暇がない、書き切れないのが実情で、「ブログ書かなきゃ」と追われるような気持ちになったことも多分全くないでしょう。
 知ってる人には早いですが私はこれまでに何度も勤務先変えてるし見方によれば飽きっぽい性格に見えるでしょうが、意外に自分は根気強いというか異常な執念深さを持っているとこの頃よく思います。このブログだけでも「真似できるなら真似してみろよ」と言いたくなるような内容ですし、また姉妹サイトの「企業居点」についても、何故万単位の海外法人のデータを気が狂うこともなく一人で黙々と収集してアップしているのだろうか、果たして同じことが出来る人間はほかにいるのかと、誇張ではなく頭おかしいんじゃないかという風に我が事ながら思います。
 
 ただ根気があればいいってもんじゃないですし、間違った行為をしているとわかっていながらその間違っている組織に居続ける人などに対して私は正直に言って軽蔑しますが、周囲に影響されることなくじっと集中し続けられるという意味では意外と自分は稀有な存在だったのかもしれません。それで最終的に何が言いたいのかというと、やっぱりブログは毎日とかじゃなく、自分のやれるペースで毎週でも毎月でもいいから心に負担を感じない程度で地道に続けるのがいいんじゃないかなということです。
 
 それにしてもたまに思うのですが、仮に一日ずっと好き放題に書いたら自分はどれだけ記事が書けるのだろうか、試してみたくなるけどそれだと読む側がえらい負担になると思い、手控えてます。

2014年7月2日水曜日

習近平の支持率

 今日おっさんが一人でやっている汚い売店でバナナを買おうとして5本くれって言ったら、何故かおっさん8本切ってそのまま売ってきました。ただ10.6元の所を端数切って10元にしてきたのでまぁいいやと思いそのまま買いましたが、家についてよくよく見ると結構痛んでて、在庫処分とばかりにまとめて買わされたのかなと思えてきました。おっさんにしてやられましたが、店内で放し飼いにしている子猫に免じて水に流すことにします。今日、子猫に指噛まれたけど。
 
 話は本題に入りますが、中国では日本と違って世論調査というか支持率調査といった類のアンケートは一切行われません。なので今月の共産党の支持率はなんて語られることはまずないのですが、ここだけの話として習近平総書記に対する中国人の支持率は相当高いように思えます。言ってしまえば前任の胡錦濤などよりも明らかに支持されており、この辺を日本の報道はうまくつかみ切れていないと現地に来てみて率直に感じました。
 
 習近平とくると恐らく大抵の日本人からしたら尖閣諸島や南沙諸島でやけにごり押ししてくる印象が強いだけに、どっちかっていうと信頼できる人間というよりは横暴なタイプに見え、どことなく見かけもジャイアンに似てるように思えるから腹の中で「ジャイアン近平」なんて呼ぶ人も私以外にいるかもしれません。そんな習近平を何故中国国民は支持するのか、外交で強気の態度に出ているからかと思われるかもしれませんがむしろ彼が評価されているのは内政で、それも汚職撲滅に熱心だと見られているからです。
 
 知ってる方には早いですが一昨日、人民解放軍の元ナンバー2の徐才厚が収賄などの容疑によって中国共産党の党籍を剥奪されました。卑近な例で申し訳ないのですが今の会社の中国人同僚などは朝挨拶をするやこの事件を持ち出し、「習近平はよくやった」とえらく褒め称え、やや興奮した面持ちでした。
 今回の徐才厚を始め、習近平が総書記に就任してからというものの汚職事件での逮捕者はどんどん増えており、しかもこれまでなら絶対に捜査が行き届くはずがないと思われるほどの大物が次々と捕まっております。個人的に一番私のツボにはまったのは中国の環境局の局長で、なんと自宅から一億元(約17億円)が見つかり、余りの金額であったことから捜査の際、札束の枚数を数える機械が途中で4台も壊れるという中国ならではのスケールの大きい汚職をやってました。
 
 日本人からしたら想像できないことでしょうが、中国では本当に汚職が溢れていてどこの日系企業も少なくない金額を有力者に賄賂として渡しています。ただ中国人としてもこのような賄賂天国はよくない、もとい公務員など役人が見ていて腹立つくらい羨ましいということもあって汚職が蔓延する社会は改善させるべきだと自覚してはいるものの、上層部が率先して汚職をやらかすこともあってこれまで目立った進展はありませんでした。
 そんな中、習近平は私から見ても驚くくらい汚職対策には取り組んでおり、またそれを大きく宣伝していることもあって現時点での中国人からの支持度は相当な高さに来ていると感じます。それだけ支持されているからこそ、外交に関しても国内からは特に何も言われないのかもしれません。まぁ中国外交は支持度とはあんま関係なく昔から強引ですが。
 
 私がここで言いたいこととしては、中国国内での政権への支持度を無視して日本が対中戦略を立てるのはちょっと甘い、というより無頓着過ぎないかということです。更に言えば、韓国は国内からの不満に対し問題解決に取り組むことで和らげるのではなく、外に憎悪を向けさせて政権への批判をかわすような手法を取りがちですが、以前の中国もこれと同じような傾向がありました。しかし今の習近平政権は高まる不満に対してきちんと問題解決の姿勢を示すことで着実に支持を広げており、私個人としてみるならばちょっと手ごわい相手だという気持ちを覚えます。

2014年7月1日火曜日

平成史考察~エヴァンゲリオンのブーム(1995~1997年)

 前回記事でも取り上げて予告しましたが、今日は平成以降のアニメ市場において最大のヒット作と言ってもいい「新世紀エヴァンゲリオン」のブームについて、テレビアニメ版の放映から旧劇場版までの当時の状況について私の肌感覚で紹介することにします。
 
 2011年に「魔法少女まどか☆マギカ」というアニメが放映されてこの作品もブームとなりましたが、ブームの真っ最中には「まどかはエヴァを越えたんじゃないか?」なんていう言葉がネットの一部掲示板で見受ける事もありましたが、私の印象で述べればとてもじゃないですが比較になるレベルではありませんでした。たしかに「魔法少女まどか☆マギカ」も非常に売れた作品ではありますがそれはあくまでアニメファンの間でのレベルであって、社会現象とまで言われ一般人の間でも高い認知を誇ったエヴァのブームとは雲泥の差と言っていいほど違いがあったように私は思います。
 
 ここに入ってようやくエヴァの作品としての簡単な説明を行いますが、この作品は連続テレビアニメ作品として放映され、放映当初でこそスポンサーも注目しないなど前評判の低い作品でしたが、回が進むごとにストーリーを徐々に評価する声が高まるなどして視聴率がどんどん高まっていきました。そうした注目の中で放映された最終話ははっきり言って視聴者からすればまったく意味のわからない謎なエンディングで締めくくられており、その最終話、というよりラスト2話の評価を巡って大きな議論となったことからさらに注目を集めることとなりました。
 最終的にはテレビ放映後から一年後に完結編となる映画版が作られ、その映画版によって一応はストーリーが締めくくられることとなったのですが、その映画版が公開されるまでの間に様々なメディアミックスが行われ、ゲームに漫画、グッズなどが大量に作られ、中でもサウンドトラックに至ってはアニメ作品のCDとしては何十年ぶりともなるオリコンチャートの一位を取るなど華々しい売上げを記録しています。
 
 何故これほどまでにエヴァンゲリオンはブームになったのか。理由は複数あり、まず一つ目としては単純にアニメ作品として優れていたという点が自分の中で挙がってきます。作品中にはBGMとしてクラッシック音楽が大量に使われているのですが、私の知る限りだとこれほどクラッシック曲を多用したアニメ作品はエヴァが初めてだったと思います。そしてエヴァでの成功を見たことから放映後しばらく、影響を受けたのかこの手のクラッシック曲をBGMに使うアニメ作品が続出していたようにも記憶しています。こうした音楽面もさることながら作画と相まった様々な演出も当時としては革新的なものが多かったです。具体例を挙げれば切りがありませんが、黒字背景に白抜き文字だけのサブタイトルや画像をコマ撮りで連続して出す手法など、その後のアニメ作品にも流用される演出手法が数多く作られています。
 
 ただそうしたものを差し置いて、エヴァをこれだけのブームに仕立て上げた最大の要因はなんといってもストーリー構成に限るでしょう。知ってる人には早いですがこの作品はキリスト教における神話と心理学用語をベースにしたストーリーとなっており、しかも単純に見ているだけでは到底理解できないような伏線や設定を張っているため見ている視聴者からしたらワケワカラン状態になること必定で、「見ていてなんだかよくわからないから気になる」の所まで興味を引っ張るのに成功したストーリー構成となってます。
 更に言うと、このエヴァのストーリーが評価されたのは時代の追い風を受けているとも私には思えます。90年代中盤はちょうどバブルが崩壊して日本全体でこれから何を基軸にして生きてけばいいのとやや迷走した時代であり、そんな迷走した時代ゆえなのか何故かオカルトがブームになって「羊たちの沈黙」など心理学に関連したややおどろおどろしい作品がどれも大ヒットしてました。こうした空気の中でエヴァのオカルトベースなストーリーが「深みがある」と捉えられ、人気に繋がった所もあると私は考えています。
 
 ただエヴァはアニメ作品として成功しつつ、市場的に見るならばメディアミックスを完全なまでに果たして大いに稼いだアニメ作品として見ることの方が価値があると思います。それまでのアニメ作品は関連グッズの売上げで大半の制作費を回収するというパターンが主で、そのため必然的に主なグッズを制作・販売するおもちゃメーカーの意向が強く影響しがちでしたが、このエヴァは放映後に発売したVHSビデオテープが物凄い売れ、これ以降のアニメ作品ではビデオの売り上げを見込んで製作予算を組むように市場が変わりました。
 そうした映像作品としてだけでなく、先ほどにも書いたように漫画やゲーム、更にはキャラクターグッズのどれもで高い売上げを記録し、現在に至ってもパチスロに使われて稼いでいると言われるだけに、もはやメディアミックしてない媒体を探す方が困難なほど多方面への展開に成功しています。
 
 以上が主に売り上げに関する話でしたが、社会現象的な面でも話をすると、やっぱり一番印象に残っているのはこの作品の主題歌でした。街中を歩いていると、主にゲーム屋などからでしたがエヴァの主題歌、またはBGMが流れていて、当時の私はアニメを見ていなかったにもかかわらず主題歌の歌詞は何故だか覚えるほど聞く機会が多かったです。またテレビニュースにも度々取り上げられ、アニメを見る層じゃないない人の間でもエヴァに触れる機会は多かったのではと思え、それこそ「知らない方がおかしい」と言えるような雰囲気が当時にはありました。敢えて言うならコンテンツ力のえぐさというか、どんな層にも入り込んでいくというその強いメッセージ性ではこのエヴァが現代だと随一と言ってもよく、従来のストーリーを一部改編してこのところ公開されている新劇場版も多数の動員客を記録している点から言ってもまぁ凄い作品だと言えるでしょう。

2014年6月29日日曜日

ダブルヒロイン考察

 私はまだ見ていないのですが、ディズニー映画の「アナと雪の女王」が大ヒットのロングランを続けているようです。あまりのロングランとなったせいで同時期に公開されたほかの映画が割を食ってどれも興行収入が伸び悩んでいるとも聞区だけにその影響力は絶大で、世界での興行収入も未だ伸び続けているというから驚異的です。
 なお主題歌に関しては多少申し訳ないのですが、このサイトにある替え歌の歌詞がえらく笑えました。
 
 この「アナと雪の女王」ですが、何故これほどまでの大ヒットを記録したのかという分析に、主題歌などと共に「ダブルヒロイン」という要素が受け入れられたからではないかという話を耳にしました。ダブルヒロインとは文字通りそのまま、主役となる女性を二人配置するという手法なのですが、なんでもこの作品では当初はアナ一人にスポットを当てようと考えていたものの、途中で雪の女王ことエルサも主役級に話をからめようって変わり、結果的にはそれが大当たりだったという裏話を聞きました(本当化までは確認してないが)。実際にこれらのワードで検索をかけると、「あなたはアナ派?エルサ派?」とか「アナとエルサのどっちに共感した?」などという言葉がヒットし、作品のファンの間では楽しく議論する一つの題材となっているように見えます。
 
 ところでこのダブルヒロインという手法ですが、改めて考えてみると明確にダブルヒロイン路線と打ち出されていないものの、それに準ずるようなヒット作が多いように思えました。いくつか例を出すと、日本のサブカルチャー市場で恐らく最も早くかつ明確にダブルヒロインが打ち出されたのはアニメの「超時空要塞マクロス」という作品で、この作品だと戦闘機パイロットの主人公は当初、アイドルの女性と恋愛関係であったものの自身の戦闘やヒロインのアイドル生活によって徐々に疎遠となり、逆に戦闘中にあれこれ助言してくれるオペレーターの女性と段々親密になっていって最終的にそっちとくっつく結末なのですが、このアニメの放映中は先ほどの「アナ雪」同様にそれぞれのヒロインで派閥が出来てどちらに優劣があるかという議論が大いに盛り上がったそうです。そうした経緯もあり、このマクロスの続編の俗に言う「マクロスシリーズ」ではダブルヒロインとなる作品が多いです。
 ここまで書いておきながらだけど、私はマクロスはスパロボでしかやったことがなくアニメは「マクロス+」という作品しか見たことないんだけどね。
 
 実際に私が直接触れたことのあるダブルヒロイン作品というと、同じ世代なら共感してくれると思いますがゲームの「ファイナルファンタジー�」です。この作品もヒロインと呼べる女性キャラクターが二人おり、ネタバレしちゃうとそのうち一人はゲーム途中で退場というかお星さまになっちゃうのですが、現代に至るまでどっちが正当なヒロインかで議論が続いています。なお去年に大阪で会った友人とこの話が出た時に自分はティファ派だと言ったら、「やっぱ胸か……」とぼそっと呟かれました。逆にその友人はエアリス派だと言い、二人の間に鋭い空気が一瞬流れました。
 同時期のゲームだとこのFF�のほかに「ドラゴンクエスト�」もダブルヒロインといえ、主人公は途中で二人のヒロインのうちどちらを選ぶかを迫られます。もっともこのゲームだとその後の展開はほとんど一緒だからほかのと比べるとダブルヒロインというにはちょっと物足りない気がしますが。
 
 最後にもう一つ。恐らく誰もこの作品がダブルヒロイン路線であると明確に認識してないまでも作品としてみればダブルヒロインものだと断言できる脅威のヒット作品が存在します。もったいぶらずに言うとそれはアニメの「新世紀エヴァンゲリオン」で、知ってる人には早いですがこの作品では一人の男主人公(シンジ君、香川選手とは関係ない)に対し綾波レイ、惣流アスカの二人の女性ヒロインが同時に存在しており、なおかつこの二人のキャラクターは最初に挙げたマクロス同様に見た目、性格などの点で真逆と言っていい個性を持っています。私もこのエヴァがヒットした90年代中盤にアニメや映画を見ており、周りもそこそこ盛り上がっていたのを肌で感じておりますが、当時もやはりレイ派とアスカ派に分かれてどっちがいいか等という議論はありましたし、またそれぞれを贔屓にする理由というものが明確に分かれておりました。
 
 このダブルヒロインという手法の肝はなんといっても、ファンの間口を二面に渡って広げるという効果に尽きます。どの作品でも二人のヒロインは「控え目VSゴージャス」、「前に引っ張るタイプVS後ろから押してくれるタイプ」などのように真逆の個性を持ち、言ってしまえば片方のヒロインがタイプでなくてももう片方のヒロインはタイプとなりうるため、複数の系統のファンを同時に獲得することが可能となるわけです。いわば銃と剣の二刀流、遠距離でも近距離でも同時に戦えるようなイメージですかね。
 
 総じて言うと、このダブルヒロインという手法はそれほどメジャーな手法と言えないまでもそこそこヒットを促す優秀な要素なのではないかという気がします。エヴァの様に明確に「この作品はダブルヒロイン物です」とはっきり打ち出されていないものの事実上ダブルヒロインになっているヒット作品は多いように思え、逆にダブルヒロインもので大失敗した作品というのはあまり浮かんできません。もっともヒロインが多すぎて失敗した作品なら山の様にあるが。
 逆に「ダブル主人公」の作品はどうかとなると、ヒット作もありますが明らかに失敗している作品も多いように内心思えます。なんで失敗するのかというと簡単な推測ですが、主人公が二人いると肩入れし辛いというか感情移入が出来なくなり、またストーリー展開も一人の主人公を二人のヒロインが取り合うのと比べて二人の主人公が別々の道を歩みがちで分散化してしまう傾向があって盛り上がりをわざわざ落としてしまうためではないかという気がします。パッと挙げられるのだと、「ジョジョの奇妙な冒険」の第七部こと「スティール・ボール・ラン」は二人の主人公が同じレースに勝つという目的で協力し合うという非常に上手いストーリー構成で、この手のダブル主人公ものとしては傑作と言っていいほど面白く、最後の方なんか文字通り神がかった出来だったけど。
 
 以上までがざっと書きたかったことすべてですが、途中で挙げた「新世紀エヴァンゲリオン」は改めてみるとダブルヒロインだと気が付いたのは我ながらなかなか衝撃的でした。同時にこの作品は最近になってまた劇場版が作られて大ヒットするなどそのコンテンツ力を凄まじいの一言に尽き、またあの大ブームの時代に直接触れた人間として何か解説でも書いてこうと思い立ったので次回では久々に平成史の一イベントとしてこの作品を取り上げてみようと思います。

2014年6月26日木曜日

昭和天皇の人となり

 先日に歴史ネタで何かリクエストはと知人に尋ねたら昭和天皇について書いてほしいと返ってきました。昭和天皇についてその歴史的な立ち回りについて書こうとしたら一介じゃとても書き切れないし、またその辺の解説は何も自分じゃなくてもほかの人もやっているので何か自分なりの味付けを加えようと考えたところ、昭和天皇の人物像というか人となりであればまだ書けるのではと思い、今日のこの見出しとなったわけです。
 
 昭和天皇がどういう人物であったかについて、日本人であれば知らない人はまずいないでしょう。平成に時代が切り替わった直後に報道各社で昭和時代を振り返る特集が何度も組まれましたが、それら特集のほとんどに「激動の昭和」という言葉が枕詞の様につき、現在においても「安定の昭和」とか「治世の昭和」なんて言われない辺りこの表現が強勢を保っているように思えます。この激動という言葉の通りに昭和時代に日本は敗戦もすればバブル景気も謳歌しており、文字通り底辺とてっ辺を両方とも体験したという歴史的にもこんな国はこれまで存在したことはそんなにないでしょう。
 そんな昭和時代に最も翻弄された日本人となるとやはり私の中で上がってくるのはこの昭和天皇で、国家元首としての地位に生まれ文字通り神様として崇められましたが太平洋戦争の敗戦によってその地位はなくなり、新たな憲法体制下で「人間宣言」を行った上で象徴天皇制の下で新たな役割を演じることとなります。
 
 昭和天皇がどんな人物だったか、私個人の印象をここで述べると一言で言えば責任感が恐ろしく強くて周囲に求められる役割を自分なりに必死で果たそうとするタイプ、といったところです。伝えられている歴史だと少年時代から非常に頭が良くて英邁な君主になると期待されていて、父親の大正天皇が病弱だったことから皇太子時代から摂政として政務に与かり大過なく運営していた点を見るとやはり非凡な人物だったと思えます。そして自分が天皇になると、自ら立憲君主制の君主足らんと行動している節があり、侍従などの日記によると議会の混乱に不安を感じつつも直接政治に口出ししてはならないとして超えてはならない一線をしっかり引いた上で自重しています。もっとも、満州事変の際には嘘ばっか報告する陸軍に怒り、当時の田中義一首相を叱って総辞職させてしまったことがあり、昭和天皇本人もトラウマになるほど後年に反省してますが。
 
 話は戻りますが終戦後に象徴天皇制の中で新たな役割が求められる中、昭和天皇は比較的スムーズに適応してそのまま終生天皇としての役割を果たし続けます。私の勝手な推測ですが戦前まで元首としての振る舞いが求められていたのに終戦後は一転して象徴としての存在に切り替えるのはなかなかできるものではないのではなどと思うのですが、この辺で昭和天皇はきちっと切り替え現在にも続く象徴天皇制の中の天皇の役割というものを確立させた気がします。
 なおここで一つのエピソードですが、終戦後に国民を慰めるために昭和天皇は皇后と共に全国各地を行幸してますが、これは宮内庁側からGHQに発案したとされ、恐らく昭和天皇自身も乗り気で実行したのではないかと見られています。その行幸の際、市民から話を聞くと昭和天皇は当初、「あっそう」と度々言い返してたそうなのですが、行幸が何度も行われて行くうちにどうも「あっそう」というのはこれまで意識しなかったものの世間では失礼な言い返し方だということを自覚したようで、途中からは「大変でしたね」などと言葉を変えたと伝えられています。こういうあたりを見るにつけ本当に立ち直り方が早いな。
 
 このように周りから求められている振る舞いや、こうしてもらいたい行動を言わずもがなで察知して着実に実行に移す、昭和天皇はそういう人物だったのではないかと私は思っています。逆を言えば「私」こと自我がほとんどない、というか徹底的に抑え込むストイックな人物だったとも言えます。
 実際にこれは晩年の闘病中のエピソードですが、医者から「お体で痛むところはありますか?」と問われた際に「痛いとはなんだ?」と聞き返したことがあったそうです。この話を昔教えてくれた佐野眞一氏は、恐らく昭和天皇はそれまでの人生で「痛い」と言ったことがなかったのでは、痛いと思ってもそれを絶対に口にすることはなかったのではと話していましたが、この説に私も同感です。自分に対しここまで厳しい人は市井にも少ないというかまずいないだけに、皮肉な言い方になるかもしれませんが立憲君主制下では本当に理想的な人物像だったかもしれません。
 
 このように自分が言いたいこと、やりたいことがあってもそれをしっかり我慢するのが昭和天皇ですが、自我が全くなかったというわけではなく「譲れない一点」というかこだわるようなポイントはもちろんありました。それはどこかというと昭和天皇の専門領域である生物学に関する分野で、戦後に農林省が植林事業を行うに当たって資材になりやすい杉やヒノキをガンガン植えようと提案したら、「針葉樹ばかりでは広葉樹が減り生態系が崩れるのでは」とチクリと釘を刺したそうです。実際にそうなってクマが大量に下りてくるわ、花粉症という風土病が出来上がるわでこの時ばかりは昭和天皇にもうちょっと前に出てもらいたかったものです。
 同じく生物学に関するエピソードだと、これは以前にも紹介しましたが和歌山の奇人こと南方熊楠に戦前、昭和天皇は個人講義を依頼しています。警察官や裁判官に向かって平気でゲロをぶっかける南方熊楠もさすがに昭和天皇の前ではかしこまり講義中は終始緊張しっぱなしだったそうですが、この講義を昭和天皇も非常に気に入ってたようで侍従から予定時間が終わると通知されるや、「続けなさい」といって前代未聞の延長コールを出しています。後年に至っても相当印象に残っていたようで、戦後に昭和天皇が歌った和歌では天皇御製としては非常に珍しく、「熊楠」という個人名を入れた歌を作るほど懐かしがるほどでした。
 
 現代の今上天皇、そして皇太子も決して人格的に問題があるわけでなく、むしろよく頑張られているとは思うものの、これらのエピソードから垣間見える昭和天皇のストイック振りと比べるならさすがに敵うべくもないでしょう。ちょっと大げさな話をすると、仮に将来天皇制が廃止されるとしても昭和天皇の事績とその生き方に関しては歴史に大きく刻まれ続けるのではないかと思います。
 
  余談
 当時の年齢も覚えていないほど幼児だった頃、ある年の冬の情景だけ何故かくっきり覚えています。その冬はぐずついた天気が多かったのですが外に出ても何故か人通りは少なく、ひっそりしていて、自分も外で遊ぶことは控えて友達と一緒に近所のコンビニ(セブンイレブン)で買ったトランプを使って部屋の中で遊ぶ時間がやけに長かった気がします。今思えば、あの冬が大葬の冬だったのかもしれません。

2014年6月25日水曜日

電子書籍価格の戦略なき変動

 いきなり本題に入りますが、このところAmazonで販売される電子書籍の価格が恐ろしいほど激しい変動を繰り返しております。電子書籍といっても私が買ってるのは恥ずかしながら漫画が主なのですが、誇張ではなくここ数ヶ月は毎月と言っていいほど値段が変わっています。
 具体的な金額を挙げると、たとえば「ヤングジャンプ」などといった集英社の青年コミックだと今年三月までは一冊368円だったのが、四月に入ると何故か300円に下がり、そして五月のGW明けにはこれがまた368円に戻ると、六月になったら想定外の500円に値上がりました。この流れを矢印で書くと以下の通りです。
 
 三月 → 四月 → 五月 → 六月 
368円→300円→368円→500円
 
 同様に角川書店の角川コミックスも、五月までは一冊378円だったのが六月に入った現在だと432円に値上がりしています。ちなみに買っているのは「新世紀エヴァンゲリオン 碇シンジ育成計画」という漫画ですが、ちょっと記憶があいまいではっきりしないものの、六月前半には一時500円になってたのを見たような……。もしかして六月中にまた値段下げたのかもしれません。
 
 これら電子書籍の値段の決定権は販売しているAmazonではなく出版社側であるため、この激しい変動振りは出版社の作為によるものと見て間違いないでしょう。ただAmazonに対しても不信感が全くないというわけではなく、というのもこれらの価格改定を事前に全く通知してくれないからです。念のためこの記事を書く前に何度もサイト内を調べましたが価格改定を事前に通知するようなページはついぞ見当たりませんでした。
 読んでてわかるでしょうが、正直に言ってこの一連の値段変更は私にとって不快です。恐らく4月中は販促キャンペーンかなんかで一冊300円にして売り出してたのでしょうが、もしこの価格が四月限定であるとあらかじめ通知されていればこの時期にまとめて買っていただろうし、同様に六月から価格を実に35.9%も引き上げるということがわかっていたら、ひとまず今欲しいものに関してはあらかじめ購入していたでしょう。それ以前というか予告なしに30%超もいきなり値段引き上げるなんて消費者をちょっと軽んじすぎやしないか。
 
 一体何故出版社はこのように値段を、それこそ猫の目のようにころころ変更するのか。結論を言えば特に戦略など持っておらず適当に設定して適当に変えているようにしか見えません。しかしほぼ毎月値段を変更するというのは株や生鮮品でもないというのに如何なもののように思え、またキャンペーンで一時的に値段を下げるという戦術はまだ理解できるものの、それを周知しようとしないというのは一体何のためにキャンペーンをやっているのか中途半端もいい所でしょう。
 私の予想だとそう遠くないうちに出版社はまた値段を変えてくると思います。これで七月に入ってまた変えたら傑作ですが、多分出版社は確固たる販売戦略を持ってないと思えるだけに、また適当な気分で変えてくるのは目に見えています。それだけに大きく値段を引き上げられた状態である今、消費者はどう行動するかというとそれもまた明白。少なくとも私に限ればまた値段を下げるまで買わないの一点に尽きます。
 
 自分ほど細かく価格をチェックしてなおかつ文句垂れるのは珍しいにしろ、なんだかんだ言いながら消費者はこういう売り手のあいまいな態度をちゃんと見透かして消費行動にきちんと反映させてくると私は思います。なので今後も出版社がころころ値段を変えようものなら虻鉢取らずな結果に陥ると思うだけに、価格を引き上げるにしろ引き下げるしろもうチョイはっきりとした戦略を持てよというのが今日の私の意見です。

2014年6月23日月曜日

自民党都議のセクハラ発言問題について

 久々に政治記事を書きますが、各所で報道されている通りに先日都議会で塩村文夏都議に対して「早く結婚しろ!」などという品のない野次が飛んできた件について、自民党の鈴木章浩が本日、自らが発言主だと明らかにした上で塩村都議に謝罪しました。あんま長く書く記事ではないのでちゃっちゃといいたいことを書きますが、まぁ次の目はないでしょうね。
 
 一応というか渦中の中で自ら名乗り出てきたのは評価してあげたいものの、既にこの問題が取り上げられ始めた時点で発言主は鈴木都議ではないかとネットを中心にささやかれており、今日の発表を見て私も「ああやっぱこの人だったんだ」と思ったほどでした。何を言いたいのかというと今回の発表は刑事用語でいうなら自首ではなく出頭、つまり犯人がわからない状態で自分がやったと名乗り出たというよりはもうバレバレだったから、「そうよ、何を隠そう俺こそが犯人だ」とばかりに開き直って名乗り出たようにしか見えず、実際にあまり反省してるようにはとてもじゃないけど思えません。
 さらに鈴木議員自身が問題発生当初に記者からのインタビューで、「そのような野次は聞こえなかった」などと言った本人でもあるにも関わらず否定しており、自分の発言が問題あったとわかっていた上で隠そうしていたのは明白でしょう。それから名乗り出るまでの時間は数日あったにもかかわらずダンマリ決め込んでたんだから、うやむやにする気は満々でさっきも言ったように隠し通せないから開き直っただけでしょう。
 
 こういってはなんですが、ガンダムで言えばアルベオ・ピピニーデン(わかる人いるかな?)並に情けない奴としか思えません。発言の品のなさもさることながらバレバレの癖にしらばっくれて、事と問題が大きくなってから観念して白状するなど時代劇の小悪党ですらもっと堂々としてる気がします。それだけに、「子供は産めないのか」という野次は言っていないと抗弁してますが、果たして本当にそうなのか私個人としてはまた嘘ついてるのではと強い疑問を感じます。
 この件に限るわけじゃないですが地方議員に白国会議員にしろ、政治的知識や立ち回りの良さ以前に人間としての資質が明らかに終わっている人間がいくらなんでも多すぎます。もっともイタリアにはベルルスコーニという大物もいますが。
 
 本来議員を監視するべきマスコミも国会議員は愚かこういう地方銀になると完全にするーもいい所で、もう少しメディアの監視として地方議員を力入れて取り上げるべきだと前々から思います。そもそも日本で政治家が育たないというのも、こうしたレベルアップの場である地方議会があまりにもレベルが低すぎる点もあると思うんだし。
 なお地方議員出身者として過去にいた大物としては、やっぱ私の中では野中広務氏が挙がってきます。そこまで嫌ってるわけじゃないけど、やっぱ悪人というかダーティな人は長生きするなぁ。

2014年6月22日日曜日

目下に苦痛を強いる日本人、といじめの構造

 昨日にブログを更新しようとしたらいきなり部屋のブレーカーが落ちて停電となり、パソコンを起ち上げることが出来ませんでした。すぐに電気関係の人には来てもらって一部コンセントにつながる配電に問題あるとして、明かりはついたもののパソコン用のコンセントが駄目だったので結局あきらめました。不思議なのは今朝になったら、問題の配電部分にあるブレーカーが元通り起ち上がって普通に使えるって点なんだけど。
 あと金曜日も更新をサボりましたが、これは上海に仕事で行って虹橋駅から鉄道で昆山まで帰ろうと六時に駅についてチケットを取ったら、残っているチケットが9時半のチケットしかなく、帰宅したのが10時半くらいだったためです。にしても上海~昆山間20分強の電車に乗るのに3時間待ちっていうのもなぁ。この間平気で待てる自分も中国時間に慣れたもんだ。
 
 話は本題というか前回記事の続きです。前回記事で私は、日本人は「努力=苦痛」と考えている節があり、苦しい体験を重ねることこそが努力だと考えるあまりにトレーニングなどにおいて効率を無視したやたらめったら苦しいだけの練習メニューや回りくどい煩雑な手続きを選んで採用してしまう傾向があるのではと主張しました。逆に、能力向上において効率的で時間が短縮できるメニューは努力しているどころかサボっているとみなし、むしろ敬遠してしまっているところもあると考えております。
 こうした情景は中学高校の運動部系部活動に多くみられ、また実社会においても上司が部下に対して簡単に解決できる方法を知っておきながら敢えて教えず、回りくどいやり方で仕事を課したりするなどの点でも見られ、さらにはそうした下積みならぬ無駄な努力を大事な経験として尊重しているように私には見えて仕方ありません。こうした行為は何故起こるのか、一人でじっくり考えてみたところ共通するワードというかセリうに「お前のためを思って敢えてやらせているんだ」というセリフが浮かんできました。
 
 このセリフの意味というのも、「効率の悪い、間違っているやり方だとわかってはいるものの、こうした苦労が後に生きるから敢えて課しているんだ」という意味合いで、要するに相手のためを思っての行為だということを何故か毎回主張しています。私自身もこういう不条理な苦労を強いられた経験が何度もあるしそれに対して抗議してきましたが、そうすると決まって「お前のためを思って」という言葉を言い返され、詭弁だろうと内心では思い続けてきました。しかもこういうセリフを言う奴に限って、自分だけ得すればいいと考えている奴が多いし……。
 
 ここで私が何を言いたいのかというと、相手のためになるのであればどんな苦労を強いても構わないという不文律が日本社会に蔓延していると思います。それどころか、「苦労を強いるのは相手のためになる」と言ってもよく、むしろ率先して強いるべきだなんて考える人間もいるような気がします。効率のいい正解の方法が確立されているにもかかわらず敢えて教えず、「自分で正解を導き出す過程が重要だ」等と言って何も指導しないとか、漫画などに出てくる体を壊しかねないトレーニングを詳しく検証せずに部員に課したりなどと、こういう行為が行われる背景には必ずと言っていいほど「お前のため」というセリフです。
 最初考えた時はここら辺までが一つの仮説かなと考えて結論をまとめるつもりだったのですが、ふと思案を巡らしている最中に、突き詰めればこうした「苦労を強いるのは相手のため」という妙な信仰こそが日本人のいじめ行為の根源ではないかと思いつきました。
 
 何故いじめは起こるのか、この問いは長い間議論され続けているものの未だに私は得心する回答どころかまともな仮説すら見たことがありません。そんな自分にとって「相手のためになるのだから何をしてもいい」とする行動原理はいじめをする人間の大きな皇帝材料になっていると思えるだけでなく、彼らのセリフの端々にもそれを感じさせるものがあるような気がします。部活動の上級生から下級生の死後気においても、「こういうしごきがあったから今の俺たちがいる」とか、「苦しいからこそ乗り越える価値がある」などという自己弁護じみた言葉がよく聞こえるようですし、同級生同士のいじめでも「パシリにするのもあいつのため」なんてセリフがなんか聞こえてきそうな気がします。
 しかしいうまでもなくいじめ行為というのは相手の為でもなんでもなくいじめる側にとって都合のいい行為でしかありません。しかし最初に挙げた「苦痛=努力」こと「なんでもいいから苦労することはいいことだ」という概念が妙な肯定材料になって、こうしたいじめが日本に蔓延する要因となっているのではと私は言いたいわけです。その際、相手のためになるかどうかはいじめる側が恣意的に判断できるのですが。
 
 結論を述べると日本人はこういう妙な「苦労することはいいことだ」、「苦労を乗り越えた先に価値を得られる」という信仰を早く捨てるべきでしょう。かなり昔に私は苦労にも二種類あり、必要な苦労と無駄な苦労があると主張しましたが、日本における苦労は大半が無駄な徒労です。逆に必要な苦労ほど注目もされず、また邪道なやり方として批判される傾向があった気がします(一昔前のウェイトトレーニングなど)。こうした信仰は早く捨て、成長にためには「正しい選択こそ重要」という価値観を得ない限り、いじめも案外なくならないんじゃないかと勝手に思っている次第です。
 
  おまけ
 体育会系のしごきに対して猛批判をしている人物の一人に元巨人の桑田氏がおります。実際に桑田氏と同年代のPL高校出身者はみんな口をそろえて、「桑田さんは一切自分たちをいじめなかった」、「しごきとか全くなかった」と話しており、昔からフラットな考え方を持っていた人物だったんだと私も陰ながら評価しております。
 ただちょっと気になる点として、桑田氏と同学年でPL高校野球部に在籍した清原選手に関しては何故か誰も桑田氏みたいな印象を述べる人がおらず、同時期なのに誰も言及しないのが返って怪しいと思ってたりします。まぁ想像はつくけどさ。

2014年6月19日木曜日

「努力=苦痛」と考える日本人

 先月書いた「伝えることに全く努力しない日本人」の記事に潮風大使さんから続編を期待するようなコメントを書いていただきましたが、実は自分としてもこの記事は言いたいことを完全に書き切れておらず、態勢が整い次第にまた続きを書こうと考えていた記事でした。なおここだけの話、そこそこ面白い内容書いたからもうちょっと反応あってもいいかなと思ってましたが、直接コメントくれたのは某上海人だけだったという。
 そんなわけで今日はその続きの記事となるのですが趣旨はちょっと変わります。結論からスパッと述べると、私が見るに日本人は見出しに掲げた通り「努力=苦痛」と考え、言うなれば「努力には苦痛を伴う」を通り越して苦痛を味わうことそれ自体が努力だと本気で信じ込んでいるように見えます。見方はいくつかできますがこの考え方は弊害が多く、突き詰めていくと日本人の最も暗部たる部分の根源につながるのではないかと見ております。
 
 自分が何故このような考えを思いついたのかというと、「伝えることに~」の記事で上司が部下にほとんどまともな指示を与えていないにもかかわらず自体が上手くいかなかったら部下を責めるという構図の例を持ち出した時、「恐らく、こういう時の上司って自分が指示をちゃんと伝えようとしていないことを内心では自覚しているはずだよな」と思ったことからでした。自分の実体験もそうですし他人の体験、そして横から見ていた実例などを鑑みても明らかに不足した指示内容で部下を動かす上司は大抵その後、「お前が今後相手の意を汲んで動けるようになれるため敢えてこういう風にやってるんだ」というような感じで自慢げに言う輩がマジ多かったです。自分に言わせるなら、相手が指示内容を理解しているどうかを読み取れない人間が言うセリフじゃないなという気がしますが。
 
 上記のような構図は上司が敢えて部下に苦痛を与えさせようとしている構造なのではないかと考えた際、そもそも日本では指導者が指導を受ける側に対して効率性を無視し、やたら苦痛を与えようとすることが多いのではないかとふと閃きました。代表例は言うまでもなく中学や高校の運動部系部活で、自分もギリギリ「水は飲むな」と言われてきた世代ですが、これら運動部系部活の練習はどこか体力や技術の向上というより、身も蓋もない言い方をすると如何に部員を苦しませるかに重きが置かれている気がしてなりません。
 確かにスポーツにおいては体力や技術に加えて試合などでは精神力も要求されるため苦しいことを耐え抜く体験も全く無意味ではないと私も思いますが、それを推しても日本の部活動は度が過ぎています。それこそ脱水症状や筋肉疲労など体を壊す恐れのあるほど無茶な練習を休憩抜きで強制することはもとより、うさぎ跳びや片足ケンケンなど体力・技術の向上に全く無意味な徒労ともいえる練習メニューすら課したりします。自分なんか小っちゃい頃から納得しないことには反発が強かったあまり、この練習は無意味で役に立たないと思って中学で最初に入ったバスケ部をすぐに辞めましたけど。
 
 恐らく現代の運動部でも効率の悪い、危険な練習が日々繰り返されていることだと思います。同じ練習時間にやるのであれば効率のいい練習メニューをこなす方が良いに決まっているのに恐らく日本の運動部指導者はそうしたメニューを優先的に選ぶことよりも、怪我させない程度に部員がどれだけ苦しい思いをするかでメニューを選んでいるような気がしないでもありません。そしてその行動原理たるは「流した汗の分だけ強くなれる」という、最初に掲げた「苦しい思いをすることこそが努力」という概念にあるのではないかと考えるわけです。くどいようですが要するに、苦痛に耐えることこそが努力で成長の原動力になるという妙な信仰を日本人は持っているのではと私は言いたいのです。
 
 言ってしまえば、10キロくらい走って汗を流すのと、サウナに入って汗を流すのでは同じ汗を流す行為でも意味合いは全然変わってきます。ですが日本の運動部とかでは本当に流す汗の量を競おうというような練習が見られ、文字通りサウナでもなんでもいいから汗を流す量を増やそうとするかのような練習をやっているように見えます。しかし体力や技術の向上は流した汗の量に必ずしも比例するわけではないのは普通に考えれば当たり前です。体力・技術の向上に多少の汗を流すことは必要でも、苦痛を伴わなければならないとは私には思えませんし、サウナで汗をいくら流したって、それがそのスポーツ能力の向上に直結しないのであれば無駄な汗以外の何物でもありません。
 
 やたら例ばかり出してあまりノリのいい文章とは言えませんが、突き詰めると日本の運動部は体力・技術の向上以上にどれだけの苦痛に耐え抜くか、どれだけ苦痛に耐えたかを目指しているところがあると断言します。そして努力というのは、体力や技術の向上をどれだけ目指すかではなく、どれだけ苦痛に耐えたかという意味合いで考えているというわけです。
 私に言わせればこれは本末転倒以外の何物でもないのですが、こうした考えは運動部に限らず日本社会全体に案外浸透しきっている気がしてなりません。ここまで極端な言い方しなくても「努力というのは苦しい思いをすること」といえば日本人なら誰もが頷くでしょうし、苦しい思いをした人間の方が工夫をして楽に物事を運んだ人間より必ず偉くて強いはずだときっとみんな信じていることでしょう。
 
 下衆な言い方をすればこうした思想はマゾ気質もいい所で、どれだけ汗を流した、血を流した、ゲロ吐いたかで人間の価値が高まるなんてチャンチャラおかしく、こうした苦労自慢をあちこちでやる日本人というのも変な方向に振れたもんだなぁと素直に思います。もっとも、人が嫌がることを率先してやってきた人間に対しては私は価値が高いと認めますが。
 
 という具合でいつにもましてやたら挑発的な文章を綴りましたが最後に言いたいこととして、日本人が自分一人で勝手に苦痛を求めたがるというのは気持ち悪いけどそれ自体は問題ないなと私は考えます。真に問題なのは、仮説ではありますがこうした苦痛を日本人は他人にも求めているのではないかということで、次回では何故日本人はいじめを好むのか、この「努力=苦痛」という信仰と絡めて自説を紹介します。

2014年6月18日水曜日

東京女子医大の事件について

 書きたいネタは溜まっているのですがいまいち気分が乗ってこないから週末に回そうという判断で、このところはさらりとかわせるネタで凌いでおります。気合入った記事は後から見ても出来が良く、閲覧数もコメントもそこそこ伸びはするのですがやっぱり書いている時の負担も大きいわけで、なるべく本調子の時に書きたいのが真情です。今日もそういうわけで東京女子医大の事件についてですが、案外今日の記事は自分にしか書けないんじゃないかな。古い事件を引っ張ってくる辺りで。
 
 
事件の内容はあちこちで報じられていると思うから知っている方もいると思いますけど簡単に説明すると、東京女子医大で今年二月、本来子供への投与が禁じられている鎮静剤「プロポフォール」を投じられた二歳の男児が投与から三日後に死亡し、警察が業務上過失致傷の疑いで捜査を始めたとのことです。この事件で引っかかるのは、投与されたプロポフォールは子供への投与が禁じられているにもかかわらず使われたという点だけでもきな臭いのですが、今回の事件で投与された量は成人に対して使う場合の基準値の約2.7倍という異様な量だったそうです。さらに東京女子医大は過去にも今回の男児以外にも子供に対して投与しており、因果関係はまだはっきりしていないものの一切に投与された子供のうち12人がその後に死亡したことが報告されています。仮にこれらの報道や報告が事実だとすれば、違法な行為によって何人もの子供を死に至らしめたという、近年でも稀なほどの医療過誤事件になるのではないかと密かに見ています。
 
 上記のような点だけでも十分注目に値するのですが、私がこの事件で何よりも注目したのはこの事件が東京女子医大で起きたという点です。というのも東京女子医大は過去にも心臓手術で大きな事件を起こし、捏造も図ったという前科があったからです。
 
東京女子医大事件(Wikipedia)
 
 事件内容は上記リンク先に簡単に書かれていますが2001年に東京女子医大で心臓の外科手術が行われた際、人工心肺装置に不具合が起こり、患者であった当時十二歳の女児が手術から二日後に死亡しました。この死亡事故後、東京女子医大では手術のカルテが改竄され、手術当時の状況がぼかされただけでなく手術中に人工心肺装置を操作していた助手がミスをしたことが原因であるという内容にしつらえており、病院側もその改竄されたカルテ通りの発表を行いました。
 その後の裁判での検証によると、人工心肺装置を動かしていた助手の捜査には過失がなく、むしろ不必要に取り付けられたフィルターが閉塞したためという人工心肺装置自体の瑕疵が原因であると結論付けられ、事件後に逮捕されたものの助手には無罪が下り、カルテを改竄をした医師のみが有罪となりました。
 
 事件自体は予見できない事故であったものの、事故後の対応についてこの病院は一体何なんだと真面目に当時覚えました。未だに覚えているくらいだから相当悪い印象だったのでしょうけど、今回の鎮静剤の事件報道を見て「また東京女子医大か」などと思うのと同時に、また何か隠蔽工作をしているのではないかという疑いを率直に持ちました。
 
 先日にも高校のバスの手配を忘れたことを隠蔽するために脅迫状を偽造したJTBの社員が逮捕されましたが、大きな失敗やミスは起きてしまった後にはもう取り返しはつきません。大事なのはその後のカバー対応で、そういう意味で今度の東京女子医大は過去の反省を活かせるか正念場じゃないでしょうか。
 といっても、以前から禁止されている子供への投与を繰り返してたって点で反省がないと証明しているようなもんですが。あと今回の事件とかこの事件を区別する上で、「東京女子医大事件」じゃ見分けつかないなぁ。

2014年6月17日火曜日

「今週の調合」というヤバかった企画

 海外生活を送る上で一番厄介なものは病気で、さらに言えばその病気を誘発させるストレスも当てはまります。そのため海外生活を送楼という人間については可能な限りストレスの原因を断った上で(断ちきれないだろうが)、ストレスを軽減する道具なり食べ物なり娯楽なりを持っていくことが重要となります。そういう言い訳を立てた上で私はソニーのPSVitaを購入して、パズドラと共に日々激しく遊ぶ毎日を贈ったりしてます。
 
 そのPSVitaですが、昔のプレイステーション時代のゲームがダウンロードによって遊べるということもあって渡航前にあらかじめいくつかダウンロードしておきました。そのダウンロードしたゲームの中には「マリーのアトリエ」という、現在も続編が続いているガストという会社の花形ゲーム第一騨も入っており、私自身はこれまでこの「アトリエシリーズ」というゲームはやったことはなかったのですが人気の高い作品でもあるので今回遊んでみることにしました。結果から言えば確かによくできたゲームで、ストレスなくサクサク進む上にやりこもうとすれば奥の深いシステムなだけに完成度の高い作品だと文句なしに太鼓判が推せるゲームで、現在はその二作目の「エリーのアトリエ」を時間を見つけては遊んでおります。
 
 そんな「マリーのアトリエ」ですが、このゲームが出た当時に主役の声優をしていた池澤春菜氏がパーソナリティとなってゲームと連動したような企画を持つ「池澤春菜のみんなで、た〜る 〜ラジオ・マリーのアトリエ〜」というラジオ番組があったそうです。自分もつい最近になって知ったのですがこのラジオ番組はそこそこ評判を得たというか、ある企画が妙なインパクトを以ってネット上で検索するとその企画について言及しているサイトがいくつか見られました。その企画というのも、「今週の調合」という企画です。
 
 「マリーのアトリエ」というのは錬金術師の主人公がいろんなアイテムを調合して作るというコンセプトのゲームなのですが、そのコンセプトを現実に持っていき、いろんな原料をミキサーで混ぜて新たな飲み物を作ろう、というのが「今週の調合」の企画内容だったそうです。この企画の内容はリンクを貼ったウィキペディアの記事中に全部書かれているのですが、第1回こそ「マンゴー+特濃牛乳+ガムシロップ」で「マンゴーミルク」という無難な飲み物が出来ましたが、2回目にはもう「梅昆布茶+アロエドリンク+パイナップルスライス」の組み合わせとなり、先行きの不安さを感じさせる組み合わせとなっております。
 そして第4回。この時の組み合わせは「みかん果汁100%ジュース+トマトジュース+苺の板チョコ+フルーツゼリー」で、出来た飲み物に命名された名前というのも「胃液」で、どうやらかなりまずい飲み物、っていうか板チョコが混ざってる時点で最早飲み物なのかと疑いたくなるになったようです。その後も、
 
第10回・ハイソサイエティ(赤貧):カレーヌードル(粉)+鮭缶+牛乳
第12回・ゲロッパ:おかゆ+あんずゼリー+カラムーチョ
第16回・バイヲハザードをおえっ♥:あずきアイス+ヤクルト+夕張メロンジュース+昆布おにぎり
第20回・ぷるぷるクーヘン:麻婆豆腐+生クリーム+バームクーヘン
 
 などと、名前や組み合わせを見ているだけでも色々と不安になってくる物が次々と出来上がっていき、声優とはいえ一体何故こんな無茶な企画をと思わずにはいられません。特に第25回の「賃上げスペシャル 一気したらあげましょう(うまい棒めんたいこ味+焼きそばパン+おでんの出汁+栄養ドリンク(アミールS))」に対する池澤氏の感想が、「飲んだ後悪寒が来て、すっと何かが抜けた」と書かれてあるのには読んでて吹き出しました。それにしても、誰がこんな企画やろうと考え出したんだろうなぁ。

2014年6月16日月曜日

欧米におけるタトゥーは本当にファッション?

 本題を話す前にちょっとした中国におけるネットテクニックを紹介します。中国では現在、数多くのサイトが検閲対象となって閲覧することが出来ず、その対象にはこのブログのサービス元となっているGoogle社のBlogger、そして日本のFC2、ライブドア、アメブロなど主要なブログサイトが含まれております(何故かgooブログだけは普通に使えるし見れる)。ただブログの文章を見るだけであればFeedspotを始めとしたRSSリーダーソフトに登録すればこれらRSSリーダーを通してみることができるので、定期的に閲覧するブログがある方などにはお勧めです。まぁこれ以外にも裏ワザはありますがそれはまた今度に。
 
 話は本題に入りますがリンクを結んでいる潮風大使さんのブログで、小学生の父兄にタトゥーをしている人が増えてきたということについて書かれた記事が載せられていました。ちなみに潮風大使さんのブログもFC2なのでRSSリーダーを通して読んでます。
 もちろんタトゥーといっても見るからにヤクザな方というわけではないものの、果たしてこういう風潮はどんなものかと潮風大使さんは問題提起をされておられるのですが、その問題提起に対してなるほどと思うと同時になんか日本のタトゥーに対する言い方というか言い訳について以前から奇異なものを感じていました。もったいぶらずに述べると、「日本ではタトゥーに対する偏見は強いが欧米ではごくごく一般的なファッションとして捉えられている」といった主張で、要するに日本人はややタトゥーに対して厳しすぎるという反論です。
 
 私自身は決して欧米事情に詳しい人間ではないため断言することはできないのですが、欧米ではタトゥーが一般的なファッションとして捉えられているというのは果たして本当なのか、強い疑問に感じます。というのも、プロ野球選手など一種の自営業の人たちは確かにタトゥーをしていることが多いですが、社会的に地位の高いとされるホワイトカラーの欧米人でタトゥーをしている人はほとんどというか全く見ないからです。
 その理由について以前、父親が外資系の企業で働いていた友人によると、「欧米では社会的地位の低い人間であればタトゥーだろうとマリファナだろうとやるのは勝手だが、一般的なホワイトカラーの世界ではむしろ日本以上に厳しい風土にあり、どんだけ小さかろうとタトゥーをしていたらまず大企業では働けない」と話していました。
 
 私自身の見方もこの友人の意見と同じで、確かに欧米ではタトゥーをしている人が多いですがそれは日本人から見た「一般的」な分類とは異なる人たちで、タトゥーに対する社会の厳しい見方は決して日本が特別なわけではないように思います。一言で言えば、半端もんが刺青なんて彫るなよといったところです。
 
 私自身としてはタトゥーを掘っていようがいまいが賢い人は賢いし小賢しい人は小賢しいと、人間やっぱり中身だと考えるのであんま気にしません。ただ「欧米では誰でもやってるもんだ」と誤っているかもしれない認識を唱えて掘る人は間違いなく後者だと思うので出来ることなら時間の無駄なので関りたくはありません。また何かしら信念(どんな信念だろう?)なりもって彫っている人についても、タトゥーを入れることによって社会的な偏見を浴びることは不可避であるということを覚悟せずに彫るのであれば正直に言って軽蔑します。
 漫画のジョジョっぽいセリフを敢えてここで言いますが、覚悟を持たずに行為を行う人間ほど意地汚いものありません。逆を言えば相応の覚悟と信念があるのであれば法を逸脱することも場合によってはありかと思うあたり、つくづく自分の思想はテロリストっぽいと思う次第です。

2014年6月15日日曜日

創業家列伝~木村安兵衛(木村屋總本店)

 あんパンといったら顔の交換が効くヒーローで有名ですが、現物のあんパンは明治創業の木村屋總本店が世に生み出し、日本人の間で一般的な食品として長く親しまれており、中国のパン屋にも「日式餡面包(日本のあんパン)」というメニュー名と共に置かれていることが多いです。そんなあんパンを生み出した木村屋總本店の創業者は新時代に生きるパン職人かと思いきや、幕末を徳川家の武士として仕えていた旧時代の代表格の様な木村安兵衛という人物で、しかも当時としては人生の終わりが見える52歳という年齢からの創業と、ベンチャースピリッツの甚だしい人物であったりします。

木村安兵衛(Wikpedia)

 木村安兵衛は1817年に現在の茨城県牛久市の、長岡又兵衛という武家の家に次男として生まれます。成人後は近隣の龍ヶ崎市にある木村安衛門の婿養子となりますが、生活苦から親戚を頼って江戸へ上り、紀伊徳川家の江戸お蔵番などを務めていたそうです。しかし1868年の明治維新によって徳川幕府は崩壊し、50歳を過ぎた木村安兵衛は武士としての特権はおろか職業すら失います。
 維新後、安兵衛は明治政府が組織した職業安定所の事務員としての職業を得ますが、そこで長崎のオランダ人宅でコックをしていた梅吉という人物と出会います。梅吉から「パン」という食べ物を教えてもらった安兵衛は思い切って事務員をやめ、明治二年の1869年にパン屋として旗揚げする道を選びました。

 旗揚げした当初の店は「文英堂」という屋号で、現在の新橋付近に店を構えました。従業員は梅吉のほか奥さん子供という見事な家族経営でしたが、肝心のパンははっきり言って全然売れませんでした。しかも開業から九ヶ月目にして店舗が火事に遭って全焼し、心機一転を図って当時はまだまだ一区画に過ぎなかった銀座に引っ越し、そこで初めて「木村屋」という屋号を用います。
 この木村屋へと移る過程で安兵衛は創業メンバーの一人である梅吉を切り、横浜でパン職人として働いていた武藤勝蔵を新たに従業員として雇い入れます。この勝蔵と安兵衛の次男で当時19歳の英三郎は年齢も近く気が合い、この後の木村屋の発展の原動力となったそうです。

 創業当初でこそパンという当時の日本人の舌になじまない食品であったことから苦境が続いた木村屋でしたが、いくつか幸運とも言えるような追い風を受けて業務を拡大していきます。その第一の追い風となったのは海軍で、西洋食を取り入れるという観点からパンがカレーライスと共に軍隊食に採用されます。しかも当時の海軍兵士に多かった脚気の症状にパンと牛乳の組み合わせた対症療法として効くと評判になり、パン食普及のきっかけを掴むことが出来ました。

 しかし好事、魔が潜むというべきか、1872年に木村屋は再び火事に遭い、またも全焼します。なんかこのくだりを見ているとまるで貧乏神でも取り憑いてたんじゃないかと思えてくるくらい不幸ですが、これらの不幸にもめげず安兵衛はまた店を銀座に起ち上げるとともに、「饅頭っぽいパンを作ってみよう!」というノリだったのかまではわかりませんが、日本人の舌に合わせるというコンセプトのもとであんパンの開発を手掛けます。
 このあんパンを最初に目を付けたというか気に入っていたのは、なんと江戸城無血開城にも関わっている元幕臣の山岡鉄舟(身長188cm)でした。なんでもえらい気にいっていたようでほぼ毎日あんパンを食べるあんパン漬けの毎日を送っていたそうなのですが、こんな馬鹿でかい大男(しかも結構イケメン)が毎日あんパン食ってたと思うと何とも言えない気分になります。しかもこの山岡鉄舟、自分が気に入っていたことをいいことに、当時明治天皇の侍従をしていたことから明治天皇の茶菓子として献上するよう取り計らいます。

 この明治天皇への献上の際に木村屋はもうひ工夫をと考え、サクラ付した桜の花びらをへそに埋め込む「桜あんパン」を開発して献上したところ、明治天皇も気に入って今後も定期的に献上するようにと伝えたことからその人気と知名度は一気に全国区となります。こう考えると実質、あんパンのプロデューサーは山岡鉄舟だなぁ。
 それ以降は経営も軌道に乗り、万事オーライな状態となったまま1889年に安兵衛は73歳で往生を遂げます。ただ彼の晩年で不幸だったのは次男の英三郎が1887年に36歳で死去していることで、本人が割と長生きしただけに色々と残念で仕方なかったのではないかと思います。とはいえ木村屋は日本における製パン業のパイオニアとして認知され、現在に至るまで続いていることを考えると大した仕事をこなしてみせたと言えるでしょう。

 私個人の評価を述べると、齢50を超えてなお創業し、また二度の火災に遭っても挫けず製パンを続けたことを考えると生半可な精神の持ち主ではないと強い敬意を覚えます。また西欧のパンという食べ物を日本人向けにアレンジして売り出した点一つとってもなかなか経営センスの優れた物があり、だからこそ現在にも続く企業を生み出せたことでしょう。
 なお木村屋の揮毫はそのプロデューサーたる山岡鉄舟の手によるものだそうです。あとこの山岡鉄舟、山本海苔店と関わって「味付け海苔」の開発のきっかけを与えており、元幕臣の癖にやたら日本の食に多大な影響を与えまくっています。実際に発言とか見ると面白そうな性格の持ち主で、もうちょっと歴史小説とかでも主人公になってもいいし知名度ももっと高くてもいいような気がします。こう思うのも自分だけかな。


  参考文献
「実録創業者列伝」 学習研究社 2004年発行

2014年6月13日金曜日

日中戦争におけるドイツ人参謀

 今日本人が最も親近感を持つ外国とくればほぼ間違いなく台湾でしょうが、仮に欧米に限定するならやっぱりドイツが来るのではないかと密かに思います。ドイツとは二次大戦で同じ枢軸国側として一緒に戦った関係でもありますが、日本人同様に仕事は割ときっちりこなす、真面目に物事に取り組むという性格面でも似たところがあり、少なくとも私の周りでは信頼のおける外国人というように好意的な相手としてみている人間が多いです。そんなドイツに対して日本はこれまでつかず離れずというか親密になることはなくても悪く思い合う時代もなかったと思ってる方が多いように思えますが、ちょっと前に日中戦争について調べていたら、当時のドイツ軍関係者には少なからず日本を敵対視する人間が多かったという記述を見つけたので、ちょっとその辺について解説します。
 
 件の記述は二年前、第二次上海事変について調べている時に見つけました。当時、蒋介石が率いる国民党軍には軍事指導員として多くのドイツ人参謀がおり、彼らは一様に日本に対して強い敵意を持っているというように日本の軍関係者は考えていたとのことです。一体なんでドイツ人に、しかも中国で日本軍は恨まれていたのかというと、端的に言って第一次世界大戦が原因です。
 第一次世界大戦で日本は漁夫の利を得ようと日英同盟にかこつけて参戦し、当時英国の対戦国であったドイツが中国から租借していた中国山東省青島市にいきなり攻め込みました。遥か彼方の本国ですら長い長い証文選をしている最中でとても遠くの青島になんかドイツは援軍を派遣することはできず、ほとんどまともに戦う事すらできずにドイツ駐留軍は日本に降伏せざるを得ませんでした。
 
 なお豆知識ですが、ドイツが青島を中国から租借して現地でビールを作り始めたことから今日の「青島ビール」が出来上がっただけでなく、街中も西欧風の建築物が今も残っております。
 
 話は戻りますが、青島にいたドイツ軍関係者からするとこの日本の行動に怒るのも無理もなく、そうした個人的感情から日本と戦う国民党に肩入れする参謀も出てきたそうです。また日本軍の関係者も、国民党との和睦に動こうとしつつも、日本軍はたやすく敗れるなどとドイツ人参謀がたきつけるためにうまくいかないとか、むしろこの日中戦争自体がドイツ人の陰謀だなどという士官もいたそうです。
 
 こうした陰謀論の検証までやるつもりはありませんが、第二次上海事変の頃はまだ日独伊三国軍事同盟も結ばれておらず、また一次大戦の経緯を考えると中国軍をたきつけるドイツ人がいても不自然ではないななどと私は思います。日本人からすれば一次大戦は一方的な勝ち戦でドイツ人から恨まれるきっかけになるとはなかなか私案が行きませんが、勝者は気にしなくても敗者は気にするということもあり、何が言いたいかというと決して日本とドイツはずっと比較的仲が良かったというわけではなかったということです。