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2009年11月23日月曜日

モラルの低下と共同体の喪失

 大分以前に車で親父と旅行をしながら、阪神大震災新潟県中越地震を比較したことがあります。具体的に何を比較したのかというと、両地震発生時のモラルについてです。

 実は阪神大震災の発生時に外国メディアがこぞって取り上げたものの一つに、災害時における日本人のモラルの高さがありました。都市機能が完全に麻痺するほどの大災害であったにもかかわらず、他国では必ずといっていいほど頻発するいわゆる火事場泥棒などといった治安の乱れが日本の阪神大震災の現場では驚くほど発生しませんでした。そんな状況を見て海外メディアは、日本は大きな災害を被ったがそのモラルの高さを改めて世界に知らしめたなどと報じてくれました。

 しかし、結論から言えばもうこの時のような気高い日本人のモラルはもはやなくなってしまったと言わざるを得ません。というのも95年の阪神大震災から9年後の04年に起きた新潟県中越地震時には、かつてはほとんど報告されなかった火事場泥棒の事例がいくつも報告されたからです。しかもそのやり口というのも非常に陰湿で、緊急避難的に食糧だけを盗むというものではなく、倒壊の恐れがあるとして避難勧告が出ていた家から金品を盗むといった汚いものばかりでした。またこれは先ほどリンクに貼ったウィキペディアの記事を見て私も初めて知ったのですが、当時は義捐金を募る団体と称して金品を横領したり、家の補修工事を手伝うなどと言っては後からとんでもない額の工事代金を請求するというような詐欺事件も頻発したそうです。

 このように両地震時の状況を比較すると、本当に十年も経たない内に日本のモラルはここまで堕ちてしまったのかと思わせられてしまいます。また地震時ほど特別な状況に限らずとも、老い先短い年寄りを騙すという振り込め詐欺を始め、大手金融機関も平然とやっているサラ金の貸し出し、明らかに同業者がやっているとしか思えない農作物の盗難など、それこそやった者勝ちのような価値観のはびこり具合に私も歳を取ったのか、この頃は日本のモラルの低下を深く嘆く日々が続いております。

 そこでこの連休中、これはと思う友人らにあれこれとこのモラルの低下について話を振っていました。一体何故ここまで日本のモラルは低下したのか、またどうすればまた立て直せるのかという風に話を振っていたのですが、まずみんなで共通していた意見として、失ったモラルを立て直すのは並大抵の事じゃないということでした。それこそ十年で壊れたモラルであれば三十年は建て直しにかかるなど、日本人が失ってしまったものは計り知れないということはみんなで一致しました。

 ではどうして日本人のモラルは低下したのか、その原因に対してある友人は模範となるようなみんなから尊敬される対象がいなくなったからではないかという意見をあげました。この意見は私も以前から持っており、尊敬の対象というよりは権威の失墜と言い換えた方がいいかもしれませんが、かつては社会の模範とされた教師や政治家、土光俊夫といった経済人は「失われた十年」の間に起こった不祥事や犯罪事件によってことごとくその権威を失墜し、尊敬の対象としては見られなくなってしまいました。

 細かい理屈をいちいち言わなくとも、人間誰しも尊敬する人間、模範とする人間像があれば自然と行動もそのような模範とする像に近づこうとします。しかし現代においてはそのような模範像はほとんど存在しなくなり、またかつてのように門限を破ったという堀内に鉄拳制裁を与えたほどルールに厳しかった王貞治氏のような一人の人物を日本人の大多数が尊敬するというような、みんなの尊敬を一身に集めるという人物はもうほとんどいなくなり、みんながみんなでバラバラに尊敬する人物を個人的に持ち合うことも増えた気がします。あくまで私の所感ですが。
 まぁ言ってはなんですが、私自身も経済人なら安藤百福とか鮎川義介小倉昌男のようなあまり大衆受けするわけでない人ばかり尊敬してます。

 そんな尊敬を集める対象の喪失という意見に対し、別の友人は共同体の喪失が大きいのではという意見を言ってきました。
 多少話が社会学的になってきますが、人間が社会で生活するうえでは様々な共同体ことコミュニティに属すことが絶対条件となっております。この所属する共同体というのは必ずしも一つに限るわけじゃなく、一般人ならマトリョーシカのようにいくつもの入子構造のようにして様々な共同体に入っております。

 簡単に例を挙げると、まず現代の一般成人男性であれば最小の単位として「家族」があります。そしてその家族の上に「友人」があり、「会社」がありといった具合で、通常なら共同体の範囲が大きくなるにしたがってその共同体の枠というものは薄くなっていきます。
 具体的に何が言いたいのかというと、私の仮説として人間は所属する共同体が多ければ多いほど、その枠が強ければ強いほど自らの行動を抑制する事が多くなり、ひいてはモラルの向上につながります。それを逆に言うなれば共同体が喪失すればするほどモラルは低下する事になり、現代の日本で起きているモラルの低下はこの共同体の喪失にあるのではないかということです。

 あれこれややこしく言うのもなんですので、以前の日本人と現代の日本人の所属する共同体を一つ比較してみましょう。

・以前の日本人
家族、親戚、友人、地域、青年会、組合(自営業者)、会社(被雇用者)、国家

・現代の日本人
家族、友人、会社、国際社会


 見てもらえば分かるとおりに、まず大きな違いとして「親戚」、「地域」という共同体が現代では明らかに喪失しており、またあえて自営業者と被雇用者で分けたりもしましたが「会社」や「組合」といった共同体も現代でも確かに存在はしているものの、以前と比べると明らかにその枠は薄く弱まっております。
 このように個人を取り囲む共同体という集団の数と枠の強さが低下した事が、すべての原因だとまでは言いませんが日本人のモラル低下の大きな要因の一つではないかと私と友人は考えました。言うなれば共同体というのは「顔の見える範囲」と言い換えることが出来、以前では知り合いがやっていた本屋であったものが今ではチェーン店化したことにより顔が見えなくなり、万引きをするにしてもためらいがなくなったというふうに解釈する事も出来ます。もちろん、見えようが見えまいが万引きは犯罪ですが。

 となると日本人のモラル復活の鍵は共同体の復活にあると言うことになるのですが、具体的にどうすればいいかまでは思案が出てきません。ただ共同体によって得られるモラルに対し、生まれた頃から反抗期で未だ集団に逆らってばかりのほかならぬ私自身はどのようにしてモラルを作っているのかという点については、「個人」という枠が他人と比較して明らかに強過ぎるからだと友人が指摘してくれました。この辺についてはある程度解説できるので、次回にて行います。

2009年11月22日日曜日

ゲームレビュー「PS3 ガンダム戦記」

 さすがに書くのはやめようかなぁと思っていたのですが、このゲームのアマゾンのカスタマーレビューを見て考えが変わりました。やっぱりみんな同じ風に思うんだなぁ……。

 実は昨日、「グランツーリスモ5」の発売日も決まったことだし、そろそろ買っとこうかとプレイステーション3の本体を購入しました。バイオハザード5もやりたかったのですが一緒に購入したソフトは今日のレビュー対象の「機動戦士ガンダム戦記」というアクションゲームで、何でこれを最初に購入したのかというと、こちらはPS2ですが私も以前に「ガンタンクでの戦い」で取り上げた事のある前作が非常に面白く、その続編という事で以前から気になっていた作品だったからです。

 しかし結論から言うと、私の期待はことごとく裏切られました。
 私は前作の続編に対して、新しく望む事は何もありませんでした。ただ同じシステム、ゲームバランスで使用機体数とミッション数を増やして欲しい。それ以外は全く同じシステムであっても、新品で買っても惜しくないほど前作は高く評価しておりました。

 しかしそんな思いをしながら七年間も待って出てきたこの続編はというと、久々に癇に障るひどいゲーム内容でした。
 まずゲームバランスが最悪です。前作は機体ごとの性能差がはっきりあったものの、それでも戦い方によってはザクでもガンダムを倒すという一発逆転が可能な作品でしたが、今回ははっきり言ってそんなの絶対不可能です。というのも弱い機体ですと攻撃力の高い機体の射撃攻撃一発で死んでしまうし、その上前作と違ってガードや回避がしづらくなっており、いきなり遠距離から狙撃一発でわけも分からず殺される事すら序盤の面でもざらです。

 そして通常の操作においても、もはや改悪としか言いようのないシステムとなっております。特に私が一番目に付いたのがロックオンで、前回は距離さえ満たせばいつでもどこでもロックオンできてまたすぐに外すことも出来たのですが、今作ですと敵機との間にちょっとでも岩とかの障害物があるとどれだけ間近な距離にいてもロックオンが外れてしまいます。
 さらに前回は距離範囲内の敵なら360度どこでもロックオンをする事が出来たのに対し、今作は何が何でも敵機を画面上に映さなければロックオンする事が出来ません。ですので例えどれだけ近い距離にいても、機体に横を向かせて敵機と向かい合わせても、プレイヤー視点の画面内に敵機が入らなければこれまたロックオンできません。しかも前作はプレイヤー視点が自然と機体正面に合うようになっていたのに今回はいちいちボタンを押しなおさないといかず、一体何のためのレーダーだと思わず怒鳴ってしまいました。

 そして極め付けが、なかなか自由に決められない機体選定です。前作はミッションをクリアするごとに使用できる機体数がどんどんと増えて自由に選べるシステムだったのですが、今作はミッションクリアごとに増えていくのは一緒でも、ミッション後に得られるポイントを消費して購入しなければ機体を使用する事が出来ません。しかもその購入システムですが私はまだ序盤ですが、それでも一つの機体を購入するのに必要なポイント数の多さに唖然としているのですが、アマゾンのレビューを見ると高性能な機体はさらにとんでもなくポイントがかかるそうで作業ゲームだとまで揶揄されております。

 はっきり言って久々に、「金返せ!#゚Д゚)オラー」、と思わせられたゲームでした。たまたま行ったゲーム屋が中古しかなかったのもあるけど、こんなのを新品で買わずに済んだと心底ほっとしました。前からバンダイナムコのゲームはとかくこういう良かったものを悪く焼きなおす傾向がありますが、今作は本当に出す前に、これじゃマズイだろと誰か思わなかったのか不思議でしょうがありません。前作があまりにも良かった分、今作は高くとも新品で買ってあげようと思っていましたがそんな価値は一切ありませんでした。

 あとついでに書いておくと、一応シナリオモードもあるのですがそのシナリオもびっくりするくらいくだらない内容です。ガンダムのゲームなのに一年戦争後の残党狩りという設定のために原作の主要キャラは一切出てこず、いけ好かない変に若いイケメンキャラの主役が隊長というどうでもいいような話です。このゲームに限るわけじゃないけど、なんでもかんでも主人子は若くてイケメンにすりゃいいってもんじゃないでしょう。それだったらむしろ、08小隊のノリス・パッカードが主人公でグフカスタムを縦横無尽に操るゲームの方が絶対いいように思えます。ただもうノリスの声優だった方は亡くなられているんだよなぁ(´Д⊂

 そんなこんなで、私もアマゾンのレビュアー同様にこのゲームは絶対的におすすめできません。買うとしても、もっと値下がりを待ってから中古で購入される事をおすすめします。
 最後にこの前、ふとしたことから思いついたガンダムネタを紹介して締めさせてもらいます。

夏候淳「まだだ。たかがメインカメラの一つ、やられたくらいで!」

2009年11月21日土曜日

北京留学記~その二二、ドゥーフェイ②

 前回に引き続き、また私の留学中のルームメイトのドゥーフェイの話です。
 さて前回では主に彼の母国であるルーマニアを含む東欧を取り巻く状況について書きましたが、今日はルーマニアという国自体について彼が話していた事を書こうと思います。

 まずルーマニアと来ると日本人は何を想像するかですが、もう世代にも寄ってしまいますが、恐らく比較的年齢が高い世代だとまず第一にチャウシェスクが出てくると思います。このチャウシェスクについて分からない方のために説明しておくと要は旧ソ連時代にルーマニアを支配していた独裁者で、旧ソ連が崩壊する間際、ゴルバチョフのペレストロイカ政策によって次々と東欧諸国が民主化していく中で起こったルーマニア革命時に捕縛後、独裁時代に国民の生活を省みなかったとして婦人とともに公開処刑されております。

 しかし処刑後、当時にルーマニアの政治を取り仕切っていたのは高級官僚たちでチャウシェスク自身は国内がどんな状況にあるか全く知らない裸の王様だったのではないかと言われております。またそうした声を受けてか革命後の国内調査でも、市場経済化によって失業者が増え、最低限のパンは配給されていた共産主義時代が懐かしいと国民の六割が答えたそうです。
 何気にタイムリーな事に、この前ベルリンの壁崩壊から二十周年記念がベルリンで行われていましたが、その際のインタビューにて元東ドイツ住民が似た様な事を言っていました。

 このチャウシェスクの次に有名なルーマニア人と来ると、こちらも大分古い人物ですがナディア・コマネチが来て、その次辺りには女子マラソンでいつも二位だったリディア・シモンがいます。

 そんなルーマニアの現在の状況ですが、ドゥーフェイによるとやはり貧しい国だそうです。首都のブカレストはまだしも、農村に行くと未だに農業機械が全くないために牛や馬が中心の農業が営まれており、身内への贈答品にはなるべく大きな動物ほど喜ばれるそうです。

 そして先ほどのチャウシェスク関連になりますが、共産主義時代と今とを比べてどうかと尋ねたところ、彼の場合は率直に今の時代の方が良いと即答しました。恐らく彼がこう答えた背景には彼がルーマニアの国民の中でも比較的裕福な出身による影響が大きいと私は見ていますが、彼が今の時代の方が良いという理由について語った中に、以前はお金があっても何も手に入れることが出来なかったが今ではお金があれば何でも買うことが出来るというのがありました。そのような今なら手に入れられるものの代表格として彼が挙げたものの一つに、意外なことに蜜柑が真っ先に挙げられました。

 なんでも共産主義時代は西側との貿易が許されず、蜜柑などといった柑橘系の果物が一切入ってこなかったそうです。これまた元東ドイツの話になりますが、ちょっと前の東ドイツの若者は電車の中だろうと街中だろうとみんなバナナを手に持って食べ歩いていたそうなのですが、彼らが子供だった旧東ドイツ時代はバナナを一切触ることすら出来ず、その反動で元東ドイツで子供時代をすごした現代のドイツの若者は今貪り食うようになったと言います。話を聞く限りだとルーマニアでもほぼ同じ状況だったそうで、ドゥーフェイ自身も暇さえあれば蜜柑を買って食べていました。

 私自身、行った事もなければ勉強したこともありませんが、東欧諸国というのはこのように貧しく、また厳しい生活環境にある国が多いそうで、自殺率のランキングも上位をこの東欧諸国がほとんど占めます。もし機会があればそれこそこのルーマニアやウクライナなんかに私も出向いてみたいのですが、何時になることやら。
 さて次回はドゥーフェイの個人的な話を紹介します。今日はまだ短くまとめられた。

2009年11月20日金曜日

これからの不動産購入について

 このところ不況の影響からか、住宅ローン破産を取り上げるニュースが増えてきました。このような特集で取り上げられる例は年二回のボーナス払いを行う住宅ローンを組んだものの、不況によって会社が倒産した、または倒産こそしていないもののボーナスが削減、見送りされたために年末のボーナス払いが行えなくなりやむなく住宅を売り払うといったケースです。

 私の友人によると、そもそもローンを組めばその分だけ原価に加えて金融機関に金利を払わねばならず、なおかつ住宅を保有してしまうと火災や地震の倒壊リスクを抱え込むことになるので、ローンまで組んで焦って住宅を買う奴が馬鹿なんだと常々申しておりました。私もこの友人ほど極端ではないものの、毎年増えていく金利に加えて火災、地震保険のランニングコストを考えるとまとまった金額が貯まるまでどうして賃貸で我慢しないのかと思ってしまいます。

 もっともこんな風に考えるのも私とその友人が根っからの貧乏性で、お互いに学生時代は家賃三万円以下の安アパートで起居していた経験があるからかもしれません。しかしそれを推しても、私は今後の日本の不動産市場はローンを組むだけ損をするという風に考えております。例外なのは今年と来年の一年間くらいで、それ以降に購入する場合はなるべく待てば待つほど購入する側が有利になって行くと思います。

 まず今年の不動産購入についてですが、今年は例のリーマンショックの影響を受けて不動産業界にとって最悪の年となりました。そのため中には会社を維持するために赤字覚悟でマンションなどを安値で売り出している所も多く、今現在で言えば不動産を購入するのにいい条件が揃っているかと思われます。
 しかしこの状況がさすがに来年以降も続くかといったらそれはまた微妙で、まだ来年一年くらいは不動産価値に対してそこそこ良い値で購入できるかもしれませんが、それでももう一つの要素である日本の人口減による影響を考えるとちょっと考え物です。

 今ここで出しましたが、私は今後の日本の不動産市場を考える上で最も重要な要素となるのが日本の人口が減っていくという点だと考えております。
 バブル期の日本の不動産は土地から建物にいたるまでどれもとんでもない額で取引されておりました。一体何故そんなとんでもない額が飛び回っていたかといえば当時の日本が成長の絶頂期にあったということもありましたが、それ以上に全国各地で住居が不足していたという理由が大きくありました。

 私なんかがまだ生まれてもいない高度経済成長期の本などを読んでいると、よく狭い住居に家族で住むのは大変だ、政治がもっとしっかりしなければ、などといったセリフ回しをよく見ます。実際に当時の社会問題を見ると核家族化の広まりによって全国的に住居が不足していて、住宅建築ブームというものがはっきりと起きていたそうです。
 このように日本はバブル期まで一貫として住居、ひいては土地といった不動産の需要が非常に高かったのですが、それらの需要を引き上げていたのは他の何よりも母数の増加こと人口の増加という要因でした。

 しかし少子化が叫ばれて久しいこの世の中、もはやバブル期以前ほど住居を新たに必要とする人間自体が大きく減少しました。当たり前といえば当たり前ですが、このまま少子化の傾向が続くのであれば不動産全体の需要も減っていくこととなり、恐らく東京の中心部を除いて今後は下がる事はあっても不動産価値が上がる事はまずよっぽどのことがない限りありえないと私は見ております。それはつまり、今後の日本の不動産は時とともに下落していく一方という事になります。

 それでも失われた十年の間は東京に人口が集まってきた関係もあってOLが都内のマンションを購入し、それを賃貸に回して利ざやを稼ぐという方法も通じましたが、どうもあちこちから話を聞いているとすでに東京都内の賃貸マンションの価格すらも下落し始めてきているそうです。これは東京への人口集中するのが止まったというよりは、人口集中以上に少子化の影響が強く出始めてきたのではないかとうちの親父は話しています。

 そのため私は今後日本で住宅などの不動産を購入する場合には、粘れば粘った者勝ちという傾向にあるのではないかと考えております。つまり購入するのを我慢して下落を待てば待つほど、先に購入した人間が支払う原価、金利分を上回る安値で購入出来るのではないかという事です。
 これを消費者全体で見るなら、それほど悪くない変化だと私は考えております。というのも日本の住宅価格は世界的にも以上な価格なために今起きているような不測の事態にローン破産をするものが出たり、その後の将来設計を大きく制限させられているからです。
 
 しかしこれが不動産市場で見ると、まぁ今まで明らかに需要以上に市場が大きくなりすぎていたきらいもありますが、今後の不動産市場は縮小していく一方という事になります。今まで異常だったのが元の鞘に戻るだけでごく健全なことなのですが、こういうことを知らずに不動産業界に学生が入っていくのを見るといろいろと不憫な気持ちになります。

  おまけ
 以前に知り合いの中国人が私に、「ライオンズマンションって会社はどう?」と聞いてきました。なんでも彼の友人がそこに就職する事になったそうなのですが、私はこの記事で書いてある話をして恐らくきついだけで将来はあまり明るくないと教えたところ、案の定そうだったらしく、就職した彼の友人は半年で辞めてしまったそうです。入社式をハワイでやったそうですが、こういう無駄なものに金をかけている時点で怪しいと思わなくちゃ。

2009年11月19日木曜日

北京留学記~その二一、ドゥーフェイ①

 本来なら時間があるであろうこの前の土曜日に今日の内容を書こうと思っていましたが、すでに何度も書いているようにインフルエンザによってそんな体力もなく、周り回って本日に執筆する事になりました。それほどまでに気合が必要な今日の内容というのも、私の留学中のルームメイトであるドゥーフェイです。

 このドゥーフェイという名前は彼の本国での本名からつけられた中国語の読みで、名前を漢字で書くと「吐飛」になります。この名前は彼の母国での正式な名前である「ドミトリー」から、彼が中国に留学してすぐ学校の関係者によってその場でつけられた名前だそうです。割合中国人らしい名前ですが、欧米人はこのように中国語を学ぶ際に自分の名前の漢字を決めなければならないので、こうした名前のことをよくチャイニーズネームと称して分けています。日本人や韓国人は元から漢字名ですけど。

 そんなドゥーフェイですが彼の出身国はルーマニアで、ウクライナ人の父親とルーマニア人の母のハーフです。両親のうちどちらか(恐らく父親)の仕事が外交官だったらしく、経済情勢の厳しい東欧出身ながらも弟もオーストラリアに留学中だそうで、本国では裕福な家庭なのだと想像できます。
 私と会った時の彼の年齢は大体25歳でしたが、なんでも本国の大学で物理学を学んだ後に一時期教師をやった経験があり、しばらく職に務めた後から中国語を学ぼうと留学に来たそうです。どうして中国語を学ぼうと思ったのかまでは聞きませんでしたが、全く中国語が喋れない状態でいきなり中学に来て、当初はいろいろと苦労が絶えなかったそうです。

 性格は至って温厚で、非常に静かで親切でな人間でした。やってきた当初はノートパソコンを持ち合わせていなかった私に対し、彼は自分のパソコンに別ユーザー登録をした上で自由に使わせてくれました。
 このドゥーフェイは私が中国に着いたその日から帰国の日まで毎日一緒に過ごした相手なだけに、書く事も膨大な文だけあります。そこで今日は彼から聞いた彼の母国ルーマニア事情と東欧についてを中心に紹介していきます。

 まず一口に東欧と言っても、その事情や日本との関係は様々です。大まかな定義としては旧ソ連時代はソ連側についていたヨーロッパ諸国で、冷戦崩壊後は資本主義陣営の国とは技術や経済の面で大きく立ち遅れており一般的には貧しい国が多いです。目下の所で日本と関係が深いと言えるのは今も大相撲で活躍する琴欧州関の出身国であるブルガリアで、他の東欧諸国のほとんどが日本へは一時滞在にも渡航ビザの取得が必要なのに対して、ブルガリアだけは何故かビザなしで入国できます。

 ではドゥーフェイの国のルーマニアは一体どういう国なのかですが、中国語にすると「羅馬尼亜」と書き、発音も「ルゥオマァニィーヤァー」と発音します。日本語でルーマニアと読むとちょっと分かり辛いですが、この国名の意味というのは「ローマを受け次ぐ」という意味で、「ローマニア→ルーマニア」という風に日本語では表記が変わって行ったそうです。この国名の由来の通りに昔のルーマニアは古代ローマ帝国の民族系統をそのまま継承していると自称していたそうですが、実際の所はルーマニア人達もそれはないだろうと認識しており、また詳しい研究でもやっぱり少し違うそうです。しかしスラブ系、ゲルマン系が多い東欧の中で唯一と言ってもいいくらいラテン系の民族で国民が占められているという事実は珍しく、主要言語であるルーマニア語ももちろんラテン語圏に入ります。
 日本人からすると想像し辛いですがラテン語圏の言語は細かい違いなどあれども共通単語が多いため、文法を細かく問わないならばルーマニア人はフランス語、スペイン語、ポルトガル語、イタリア語も聞いてて理解できるそうです。実際にドゥーフェイもNHKにて中継されていたジーコのWカップでの言い訳を内容を違えず見事に聞き取っていました。

 そんなルーマニアの外交関係について聞いてみた所、まずドゥーフェイの口から出てきたのはヨーロッパ唯一のアジア系民族国ハンガリーとの仲の悪さでした。ルーマニアの隣国であるためにかつては何度も戦争をしあった国同士であり、互いの国民で激しく憎み合っているそうです。
 ではかつての親玉、といってもチャウシェスク時代からも仲は悪かったロシアとの関係はどうかと聞いてみたところ、これについても「決してよくない」と言われました。ただ私が、ルーマニアが認識するヨーロッパの最強国はどこかという問いに対しても「ロシアだ」と答えられました。

 日本はよくその国力をなんでもかんでも経済力で測ってしまう所があり、ヨーロッパの最強国となるとやはり経済力があり、EUの中心国家であるドイツがしばしば挙がってきますが、ドゥーフェイに言わせると軍事力と東欧における影響力を考えればロシアだと見ているそうです。
 もっとも、最強国と認識しつつもルーマニア人はやはりロシアが嫌いだそうです。理由はもちろんソ連時代の政策やら、やってきた共産主義者によってルーマニア自体も苦労を味わったという歴史からだそうです。ちなみに彼に言わせると、チャウシェスク死後の体制とは、「古い共産主義者の去った後に、新しい共産主義者が来ただけだ」だそうです。

 では日本人が恐らくヨーロッパの最強国と見ているドイツについてはどうかと聞いてみると、やはり経済のドイツは伊達じゃないらしく、ルーマニアの若者はみんな本国に仕事がないのでドイツに出稼ぎに行くそうです。ルーマニアの一般人は高校を卒業するや皆でドイツに行き、二年か三年かけてお金を貯めるてから本国の大学に進学するそうです。今の日本人学生にも聞かせてやりたい。

 案の定収拾がつかないほど長いので、続きはまた次回に。

2009年11月18日水曜日

私の新型インフルエンザの発症症状

 今もなお新型インフルエンザを発症したことによって自宅に謹慎中です。正直な所、ずっと引きこもってていい加減嫌になってきました。しかもこの謹慎が今週いっぱいまで続く見通しとなり、さすがにはっちゃけて外に遊びに行くわけにも行かず、いろいろと気分が滅入ってきております。
 そんなわけでブログを書く気力も大分薄れてきているのですが、一つここはアクセス数獲得も兼ねて私に起きたインフルエンザの症状について詳しく書いておくことにします。

 まず今回の新型インフルエンザの発症前に、いくつか前症状が私には起きていました。発熱をしたのは先週の土曜日からでしたが、その二日前の木曜日に何故だか喉仏が突き出しているような、喉の皮が引っ張られているような妙な違和感を感じていました。明けた金曜日にはそのような感覚はなくなったものの、今度は朝から咳がよく出て、熱は伴ってはないのだからただ気管を悪くしただけだろうと当初は思っていましたが、今考えるとあれは完全な前症状だったでしょう。

 そして一日咳を何度もしながら過ごして次の土曜日、この日は朝から37度台の発熱を起こして一日中家で寝ていました。折角の土日なのになんでこうも体調を崩さないといけないんだろうと思いつつ寝ていましたが、まだこの頃はゲームをする程度の体力は残されていました。
 体力的に一番きつかったのはその次の日曜日で、この日はもう朝起きてからずっと全身に寒気があり(暖房が一切ないクソ寒い部屋でいつも寝ているのも原因だけど)、起き上がることもままなりませんでした。それなので早速また体温計で測ってみるとやはり熱が38度後半にまで来ており、昨日に引き続き今日も寝たきりかと、今度は暖房のある部屋に移動してまた寝ていました。

 ただこの日曜日の症状は本当に一日中、いや前日を含めれば二日間も寝続けているにもかかわらず、一向に体調はよくならないどころか悪くなる一方でした。それこそ立ち上がることもなかなか出来なければ、トイレに向かってまっすぐ歩く事も出来ませんでした。
 症状的には発熱による全身のだるさと関節の痛みが激しく、分厚い布団に入っていても寒気と疲れからつくづくついていないと何度も思いました。ただ不幸中の幸いというか、自分にとって一番致命的となる頭痛は今回発症しませんでした。普段は風邪を引くと頭痛も併発してのたうちまわる事が多いのですが、今回はそういったことはなく苦しいとはいえまだマシな状況にあったと思います。

 また風邪につきものの鼻水についてですが、咳はずっと出続けていたもののあまり鼻水・鼻づまりはほとんど起こりませんでした。むしろ最大の峠であった日曜日が過ぎて復調してきた月曜日に、体温は37度台にまで引いたもののくしゃみと鼻水の量がこの日から増えてきました。そんなわけでこの日も寝続けて、明けて火曜日には体温も36度台で推移して薄まっていた全身のだるさもほぼ完全に取れました。

 この新型インフルエンザは潜伏期間が一週間という事なのですが、個人的にはどこで感染したのか思い当たる節はありません。一応帰宅後は手洗いうがいはしていたのですが、あるとすればで最も可能性が高いのは朝の通勤電車くらいなもので、厳密な所は全く分かりません。ただ本格的に発症する前にキャリアになったのだから、これはこれでもうすこし前向きに見てもいいかもしれません。
 最後に、医師から処方されたタミフルを今飲んでいますが、今のところは異常な行動は取っておりません。布団に入る際に何故か布団干し用ストッパーを持って入った事以外は……。

2009年11月17日火曜日

何故フリーターやニート問題は顕在化したのか

 以前にある社会学者から、こんな話を聞きました。
 日本で失業率が最も高い都道府県は以前からずっと沖縄県なのですが、沖縄の住民は故郷に雇用がないと分かっていながらも、進学や一時出稼ぎなどで本州に一度出たあとに出戻ってくる人間が非常に多いそうです。言うまでもなく職がなければ生活を維持する事などできず、それにもかかわらず沖縄人はどうして沖縄に戻ってくるのかということをその社会学者は疑問に思い、ある年に詳しく調査してみたそうです。

 その結果、確かに表面上のデータでは沖縄は高い失業率の地域ではあるものの、沖縄の無職者の大半は親族や友人が経営する店舗の仕事や、農地を持つ者の農作業を手伝うなどして収入を得ていることが多く、このような地域での結びつきが失業による生活の徹底的な破綻を防いでおり、沖縄人の出戻り現象の一因となっているのではと分析していました。

 この話を聞いた当初はそれほど意識はしなかったのですが、最近不況になって周りの人間の話を聞くたびにこうした地域や親族の扶助がある者とない者とで、失業後の生活に大きく差がついてくるのではないかと
この話を思い出す回数が増えてきました。

 私の周囲でも中学や高校を不登校になっていったという人の話を噂で聞いたりするのですが、そういった者の内、家族の誰かが自営業者の者などはその家族の会社や店舗で正社員となって働くことで社会復帰しているケースが多いのに対し、そのような家庭ではない、家族全員が被雇用者である家庭の者はそのまま引きこもりになってしまっているケースが圧倒的に多いように感じます。もちろんそれぞれの個人的資質も大きく影響しているとも考えられますが、普通に考えるなら同じ社会復帰をするにしろ、なんの縁も伝手もない会社や店舗からスタートするよりもまだ親族や知人がいるところの方が定着しやすいそうに思えます。

 ここで今日の結論を述べますが、今日もなお大きな問題として残るフリーターやニート問題ですが、何故これらの若年失業者が現代において大量に発生したのかというと、現在の日本の就業形態がかつてないほど被雇用者で占められるようになった、言い換えるなら自営業主、家族従業者数が過去と比べて大きく減少したからではないかと私は考えております。

 よく最近の若者は就職しても定着せず、すぐに会社を辞めてしまうという話を聞きます。こうした若者の行動に対して上の世代からは最近の若者はわがままだとよく言われてしまうのですが、確かにそう言われても仕方がないという若者もいる一方で、想像だにできないようなブラック企業の話を聞いたりすると若者がわがままになっただけという理由では収まりがつかないのではないかと、同じ若者に属すゆえに私は考えていました。また同時に、現在の中高年世代が若者だった頃、彼らは今とは違ってみんな会社に定着していたのかという疑問がかねてよりありました。

 そう思うのも、当時の話を聞いてたりするとフォークソングやパンクロックなど、なんていうか上に反抗してなんぼの文化ばかりが目に付き、こんな文化を愛好していた人たちがそうも従順に従っていたのか疑わしかったからです。もちろん今と違って年功序列も終身雇用も確保されていたのだから明らかに会社の居心地は今よりよかったはずですが、それでも多少はいたであろう会社を辞めたりした人間、入らなかった人間がどうして今みたいなフリーターやニートにならなかったのか、この点には何か理由があるだろうと前から考えていました。

 そこで最初の沖縄の話です。これは詳しいデータの検証がなくあくまで私の仮説ではありますが、現代で問題となっているフリーターやニート問題が何故過去にここまで顕在化しかったのかというと、当時の失業した若者は比較的加入しやすく定着しやすい家族や友人の企業や店舗に吸収(雇用)され、社会復帰を果たしていたからではないかとこの前思いつきました。実際に過去のデータを調べてみると1955年には2312万人だった自営業主、家族従業者数は年々減少してゆき、2002年になると975万人にまでなって今もこの傾向は続いております(厚生労働省データより)。

 家族が経営する企業であればたとえその人間の素行や経歴に軽い問題があっても面接なしで雇用してくれますが、一般企業ではそれこそ学校の中退履歴などそれ一つの経歴が致命的となって雇用を阻んでしまうことすらあります。昔であれば一般企業に就職できない者でも実家が自営業であればそこが雇用のセーフティネットとなっていたわけでありますが、就業者の大半が被雇用者となってしまった今では、一般企業に入れなければそのままどこにも働けないという状況がずっと続いてしまい、それが現代のフリーターやニート問題を顕在化させることとなった原因ではないかというのが、私の意見です。

 もし仮にこの仮説が正しいのであれば、恐らく自営や小資本の中小企業を減らして大企業を増やせば増やすほど、その社会では職にあぶれた失業者が増えていくのではないかという風にもつながっていきます。もう少し煮詰めて調査をしてみたいものですが、その前にまず風邪治さないとなぁ。

  参考サイト
厚生労働省平成15年度調査