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2010年6月18日金曜日

生物の失踪について

 私が初めてそれに気がついたのは、大体2000年位なのでもう十年も前です。その後2006年くらいに化学系の記事で文章として書かれているのを見て、自分の実感は自分だけの物ではなく、すでに現象として起きているのかと驚きました。

 私が小学生だった頃、毎朝小学校へ通う道路の上にはいつもスズメの群れがおり、登校する私達が近づくと一斉に飛び立ってはまた戻ってきていました。そのスズメが今、私が初めて報道されているのを見て実に四年近く経ち、ようやく日本の各地で失踪していると盛んに報道されるようになったと思います。ちなみに四年前の私が読んだ記事では、元々スズメは人里を好んで住みつく習性があるにもかかわらず各地の市街地からいなくなるというのは明らかに異常だと書かれており、それが東京の都市部など極限られた地域などならともかく、今のように日本全国で起こっているのは私も何か奇妙さを感じます。

 このスズメ同様に、農作業にとって欠かせないミツバチも近年に大量失踪している生物の一種です。こちらは日本一国に限らず世界中で失踪していると言われ、さながら石油や鉱物資源のように世界中で奪い合いの様相までなしてきております。
 ミツバチについて私の知る限りの知識をまとめておくと、失踪しているのは主にセイヨウミツバチという、その名の通りに外国産のミツバチで、逆に日本固有種のニホンミツバチやスズメバチはあまり影響を受けておらず失踪しないようです。そのためこのミツバチ失踪の手がかりになるのではないかとしてニホンミツバチの研究が広がりを見せているそうですが、セイヨウミツバチと比べて受粉の媒介としては効率が悪いらしく、完全な代替種としてはあまり望めないそうです。

 一体何故このように一部の生物が突然失踪するのか。なによりも一番不思議なのはこれらの生物の死骸が見当たらず、文字通りに「失踪」している事です。もし大量の死骸が発見されるのであればウィルスなり環境変化なりの原因が特定しやすいのですが、その失踪する数に比べてそのような死骸はこのケースだと見つからないそうです。それがために原因が調べられないばかりか対策も見当たらず、この事態をより一層深刻にさせております

 現在挙げられている失踪原因の仮説だと、ミツバチに限れば蜂の帰巣に関わる神経に及ぼすウィルス説が有力ですが、まだ確とした証拠もないばかりか、世界で同時に失踪している事実を説明するには幾分説得力に欠けます。また農薬などの化学薬品の影響を指摘する声もありますが、これも同じように世界中で何故一斉に起こっているのか、農薬を使っていない養蜂家のところでも失踪している事を考えるとあまり当てになりません。

 中には何でもかんでもCO2のせいにすればいいという人もいて地球温暖化が原因とする活動家もいますが、1度や2度の平均気温の変化位でそもそもの平均気温に大分差がある日本と欧米で一斉に失踪するとはまず考えられず、また同じように空気汚染を原因に挙げる人もいますが、これも日本だと現代の方が高度経済成長期に比べて圧倒的に不純物が少なくなっているので眉唾です。

 そこで敢えて素人である私がでたらめな意見を言わせてもらうと、90年頃と現代を比べて起きている変化となると、電波の量がまず浮かんできました。90年頃は持っている人の方が珍しかった携帯電話が今では持っていない人の方が少なくなり、またアマチュア無線の時代は知りませんがニンテンドーDSを始めとして無線通信が街中でも盛んに行われております。

 電波がどのように人体などに影響を与えるかについては様々な意見があり、どっちかといえば悪者にされやすくて90年代にはアメリカの一部の州では発ガン率を高めるとして高圧電線の下に住宅を作る事を禁止したりしていましたが、今の所私は確実に信頼できる数値データは見ておりません。人間より一部優れた神経を持つ虫なども全く影響がないとは言いきれず、私に限らずこの電波説を唱える人もいるようです。

 この電波の次に私が思い当たる原因としては、なんかぶっとんだことを言いますが火山活動も少し気になります。
 先日のアイスランドの火山噴火で欧州を中心に世界中で空路が乱れたことは記憶に新しいですが、実はこのアイスランドの陰に隠れてこの日本でも、鹿児島県の桜島火山がこれまでの観測史上でも稀なほどに爆発的な噴火をこのところ繰り返しており、さらに今後もより活発化するのではないかという予想も立てられております。

 何気に私は大学受験時に競争相手が少ないという理由で通っていた高校に授業も設置されないにもかかわらず理科科目に地学を選んだ人間ですが、火山活動というのは我々が上に立つ地表の下のマントルという、溶岩流みたいな地表に比べて軟らかい部分がうごめく事で発生するとされております。このマントル部は地球全体でちょうど対流するかのようにうごめいており、歴史的にも世界各地で火山の噴火が同時期に集中する現象が確認されております。

 それがどうしてスズメやハチの失踪に影響するかですが、火山活動というのは地球全体を覆う地磁気に強い影響を及ぼすため、その地磁気の変化を敏感に感じ取るこれらの生物が失踪しているのではという説を採る学者もおります。
 私としてもこの説明なら世界中で同時に失踪しているというのもわかりますし、近年の世界中の火山活動を見ていてもまるで末法じゃないかというくらい頻発しており、今の所はこの地磁気説を強く支持しております。

 世界が不況になって温暖化対策やら環境保護の熱も下がって参りましたが、私はCO2の排出を如何に減らすかに予算を出すよりも、このスズメやハチといった生物の失踪という、今現実に起きて影響も及ぼしている問題の原因を研究することにお金を使う方がずっと価値があるように思うというのが、今日の結論です。

  おまけ
 ハチつながりでなんですが、そこそこ前の文芸春秋において昭和の名言特集というのがあり、この中で紹介されていた言葉の中で私が一番印象に残ったのはロッキード事件で重要な証言をした榎本三恵子氏の、「ハチは一度刺したら死ぬ」という言葉でした。

 この言葉の意味はこのような証言をして世間の目を浴びた以上は自分も以後は安穏として生きていく事はできないだろうという意味なのですが、比喩の仕方といい言葉のつなぎといい、なによりもその言葉で表現しようとする覚悟が存分に込められていて、昭和人はかくも美しく言葉を述べるかと嘆息しました。
 そこでうちのお袋にこの言葉を知っているかと尋ねたら、当時やはり流行した言葉だったらしく知っており、その上でこの事件から数年後にテレビ番組の「俺達ひょうきん族」において、榎本氏自身がハチの着ぐるみを着て登場したのがとてもおかしかったと述べていました。

2010年6月17日木曜日

書評「劇画ヒットラー」

 なんかこのところずっと体がだるくて頭痛も激しく、おまけに目眩までするもんだからすっかり健康に自信をなくしてしまっていたのですが、さっき体温計で計ったら36.9度の微熱でした。風邪気味だから体調が悪いと言えば聞こえはまだいいですが、こんなのがここ二週間くらい続いているというのもまた問題です。

 そんなわけでどうにもまた文章を書き起こす気力がわかない日々が続いており、元から誤字脱字が多いブログですがこの所は書いてる本人ですらなんだか心配になってくる量です。書こうと思う内容は幾つかあるのですが、なんというか一気呵成に書ききる自身がなくて伸び伸びで、折角関連する記事を書いて引きまでしておきながら続きを書かないまま放っている記事を量産するのが続いとります。

 そんなわけなので比較的書きやすい趣味の話題で今日の穴埋めを図ろうと思うのですが、先日、かねてから気になっていた水木しげる氏による「劇画ヒットラー」という漫画を購入しました。
 確か漫画評論家の夏目房之介氏だったと思いますが、彼は日本の漫画について、「九割は手塚、一割は水木」と評していましたが、この比較からも分かる通りに手塚治虫氏が存命中だった頃からも水木氏はよく引き合いの対象とされていました。そしてお互いにやはりライバル意識が強かったそうで、ある日手塚氏が出版社のパーティで水木氏を見つけるや、

「あんたねぇ、私の地元の宝塚の遊園地で鬼太郎のイベントなんてやらないでもらえます。こっちはいい迷惑なんですよ(#゚Д゚)ゴルァ!!」

 と、言い放ったそうです。もちろんその遊園地でのイベントは出版社が開いたもので水木氏はノータッチだから手塚氏の逆恨みもいい所なのですが、水木氏も相当根に持っているのか、事あるごとにこの話をあちこちでしているのを見受けられます。また手塚氏の子供は水木氏の漫画を、水木氏の子供は手塚氏の漫画を幼少時によく読んでいたそうで、どちらも親としては複雑な心境を持っていたそうです。
 そんな日本漫画界最大の巨匠二人ですが、お互いの作品内容も同じテーマでありながらまるきり正反対とまでは言わないまでも実に対象的な内容となっております。

 一般にヒトラーの漫画と来れば手塚氏の「アドルフに告ぐ」が真っ先に来るでしょうが、先に挙げたように水木氏も「劇画ヒットラー」というヒトラーを題材にした漫画を出しております。手塚氏の「アドルフに告ぐ」では二人のアドルフという名の少年が主人公で、ヒトラーは実はユダヤ人の血を引いているというフィクション的要素の強い作品となっていますが、水木氏の「劇画ヒットラー」では逆に、徹頭徹尾史実に基づいて書かれており、作中の解説もどこか客観めいた書き方がなされております。

 そんな「劇画ヒットラー」を読んでまず私が注目したのは、ヒトラーと来たら大抵の物語では彼とは切っても切り離せないユダヤ人虐殺の描写が多くなる、っというかメインになるのですが、水木氏のこの作品だと虐殺に関する描写が非常に少なく、その代わりにヒトラーがどのようにして権力を獲得して行き、どのように戦争が推移し、どのように追い詰められていったのかという場面に重きが置かれていました。特に世界史では習っているものの内容には詳しくなかった「ミュンヘン一揆」に関する場面や、それまで全く知らなかった彼の姪の「ゲリ・ラウバル」の話など興味深いものが数多く載せられており、ヒトラーに対してこんな見方があったのかと素直に感心させられました。

 水木氏は同じくヒトラーについて書いた短編の「国家をもて遊ぶ男」(「東西奇ッ怪紳士録」に収録)にて、「これほど強い”個人”は歴史上マレであろう」とヒトラーを評しております。私がこの「劇画ヒットラー」のことを話し、先ほど出した姪っ子のゲリが自殺した際にヒトラーはわざわざゲリの墓の横に自分の墓穴を掘り、部下がくるまでその穴の中にうずくまり続けたという話を紹介すると友人は、「ヒトラーは何よりも純粋過ぎた人間だったのでは」と話していました。

 自分が子供だった頃、まだナチスというのは現実味のある言葉で、ヒトラーについても「現代最悪の独裁者」というような書かれ方をしていたように思えるのですが、2000年代に入って十年も経った現在に至るとなんだかすっかり過去の歴史人物のような扱いへと移っているような気がします。
 私個人は歴史を作るのは歴史家ではなく、実際には物語を作ったりまとめたりする作家だと考えています。恐らくこれからヒトラーもタブーがそろそろ解けて、様々な観点から取り上げられて歴史となって行くような気がします。


2010年6月16日水曜日

菅総理にまつわる気になるニュース

 今日を持って今年の通常国会は閉会しましたが、なんか報道によると法案成立率は下から数えて二番目だったそうです。衆議院では大量の議席を得ているものの、参議院で単独過半数を持っていなかったのが原因でしょう。

 今国会終盤は、何が何でも支持率の高いうちに選挙に持っていって議席を確保しようとする民主党と、そうはさせじとオウンゴールを狙う野党の攻防、ってほどでもなく野党のささやかな抵抗が見られました。主にやっていたのは自民党でしたが、かつて自分らが与党だった頃は会期末に野党が問責決議案を提出する事に対して時間の無駄だといいながらも今国会ではきちんと出してきて、その一方で民主党の菅総理も改めて出される立場になるや、「何故出るのか分からない」と述べており、お互い本当はわかり合っているんじゃないかとツッコミを入れたくなりました。

 もう少し自民党の事について書いておくと、なんか誰も頼みもしてないのに早々に谷垣総裁は次の参院選で敗北(民主党が単独過半数獲得)したら責任を取って辞任すると発表しています。ただでさえ影が薄いのでやめたって意味がない気がするのですが。
 ただ先週、恐らく誰かの入れ知恵だとは思いますが、菅総理が参加を呼びかけている超党派の「財政健全化検討会議」に対して、「財政再建と言いながら、子供手当てのような大量のバラマキを続けている限りは参加できない」と発言したのはまだ評価しております。

 そんなわけでいよいよこれからが選挙戦本番となって行くわけなのですが、選挙を控えてどうもこの所、菅総理に関する民主党内からのニュースに気になるものが多くなってきております。
 まず最初に私が奇妙に感じたのは、今日もちょっと話題になっていましたが「ダブル選挙」についでです。これを報じたのは産経新聞ですが、リンク先の記事のよるとある民主党幹部が菅総理は衆参のダブル選挙を狙っていると話したと書かれています。常識的に考えるならば三分の二にこそ達していないまでも圧倒的多数派となっている衆議院の議席をわざわざ減らしかねないよう選択をするとは思えず(小沢派を切り崩すにしろ)、案の定今日の国会にてそのような考えはないと菅総理も発言しました。

 これともう一つ気になったニュースとして、以下のリンク先のニュースがあります。

「沖縄基地どうにもならない」 菅首相の「発言」が波紋(J-CASTニュース)

 上記リンク先ニュースの内容は、民主党沖縄県連の喜納昌吉参院議員が6/1に出した本の中で、去年の衆議院選挙後に菅氏が、「沖縄問題は重くてどうしようもない。基地問題はどうにもならない。もうタッチしたくない」、「もう沖縄は独立したほうがいいよ」と発言したと書かれています。
 私がこのニュースを見た際に疑問に感じたのは、一体何故喜納氏は今の今になってこんな事を言い出したのかという理由です。言ってしまえばこの菅氏の発言が真実であるかどうかにもかかわらず、下手をすれば次の参院選に影響を与えかねない内容です。これを野党の人間が書くならともかく身内の民主党から、しかも喜納氏は、

「半分ジョークにしろ、そういうことをいま副総理でもある、財務大臣でもある、将来首相になる可能性もある彼が言ったということ、これは大きいよ。非公式だったとしても重い」(注:執筆時期は菅氏が総理の就任前)

 とまで書いております。もし私だったら、仮に書いていたとしてもこんな普天間問題で荒れているこの時期なら出版を差し止めるんですが……。

 先ほどの唐突なダブル選挙の話といい、どうもこのところ菅総理に対するネガティブなニュースが民主党内から発信されているような気がします。発信源がどこなのかまではいちいち予想しませんが、案外次の選挙は目前の敵よりも獅子身中の虫との戦いへと菅総理は駆り出されるかもしれません。

  おまけ
 ちなみに上記の菅総理が発言したとされる内容ですが、私個人としては案外まともな感覚を持っているのだとかえって評価しました。政治生命を一気に吹き飛ばしかねず様々な利権が複雑に絡んでいる沖縄問題にタッチしたくないという政治家としての本音はさることより、沖縄独立に触れていることについては私もかねてから考えていました。
 これはかなり昔の友人との会話で出た話ですが、これまでの歴史から仮に沖縄が日本から独立したいと主張した場合、道義的に他の日本人は沖縄人の主張を止める術はないと友人と互いに一致しました。無論私個人としては沖縄は日本国に止まってくれればそれに越した事はないとは思ってますが。

2010年6月15日火曜日

琴光喜の野球賭博事件について

 先月の夏場所中、週刊新潮によって大相撲会において違法である野球賭博が横行し、大関である琴光喜もこの賭博に絡んでいるとの報道がありました。私がこのニュースを見た際、週刊新潮はちょっと前にも赤報隊事件で大誤報を放っているのですぐには信用してはならないと感じたものの、昨年から不祥事の続く相撲界という事もあってその後の経過を注視していました。結果はというと、面目躍如とばかりに週刊新潮の見事なスクープだったということが昨夜の琴光喜の関与を認める発言からわかりました。

 週刊新潮の元記事では野球賭博に手を染めていた琴光喜が掛け金の払い戻しを受ける際に暴力団とトラブルになったと書かれていましたが、先程のNHKニュースでも同様の報動がなされていたのでほぼ事実だったのでしょう。結論から言えば、ただでさえ不祥事の続いている相撲界ゆえに襟を正さなければならないこの時期に、こんな馬鹿な事をやっていた琴光喜に理事会は厳しい処分を下すべきだと思います。

 元々野球賭博はかねてから日本の暗部と言われ、胴元はどこも暴力団やっていることから彼らの資金源となっているといわれ続けてきました。今回の事件の報道を見ている限りだとそのような評判は間違っていないようで、奇しくも先週に場所中の最前列席をある親方が暴力団関係者に融通していたという事件が発覚したばかりですが、相撲界と暴力団とのかかわりが私の予想を超えるまでに深かったのだと今回の事件で痛感させられました。
 しかも琴光喜は、先ほどのNHKニュースにてインタビューに答えていた現役力士によると、場所中の支度部屋でも誰にはばかる事なく賭博行為をほのめかす発言をしていたとされ、すでに何人もの力士が名前こそ明かされないものの野球賭博を行っていた事を自白していると報道されていることから、角会ではそれほど特別な行為ではなかったのでしょう。

 だからといってこんな行為が正しいわけなどなく、しかも琴光喜は最初の警察の聴取では否認していて後になって認めたと言うのだから言語道断。かつての朝青龍騒動での処分を考えるならば最低でも二場所連続出場禁止(大関位の喪失を意味する)、可能ならば解雇とするのが適当かと私は思います。仮にここで手ぬるい処分をしようものならさすがに相撲ファンの私でも相撲に対して見方を変えるでしょうし、この前の大麻騒動でも批判されたように外国人力士には厳しく日本人力士には甘いとまた批判を受けるだけです。そういった事を考えるならば、ここはスパッと自主引退を迫るのがまだマシな落としどころではという風に思うわけです。

 厳しい事を書いているつもりですが私は決して琴光喜の事が嫌いではなく、むしろ技巧派の力士としてかねてから愛子様同様に評価しておりました。しかしそれとこれとは別で、相撲界全体の事を考えるならば琴光喜は出来る限り早く自分で決断を示すべきで、理事会も妙な引止めとかせずにこの問題に片を付けるべきでしょう。
 因みに同じく先ほどのNHKのニュースにて、親方衆は琴光喜に事実を確認した際に「やっていない」と言っていたのに裏切られたなどと言っていましたが、NHKニュースの解説員の言うように支度部屋でもおおっぴらにしていたのに信じるなんて話はないだろうと思います。最後までは言いませんけど、理事会も危機感が足りないにも程があるでしょう。

2010年6月14日月曜日

マスコミと警察

 古いイギリスの言葉で、「Bad news is good news.」というのがあります。これはイギリスの大衆新聞草創期に、確か「Daily tit bits」が売れ始めた頃の宣伝文句だったと思いますが、要するに真面目な政治討論やら論説意見を載せるよりも殺人事件や有名人の不倫といった俗っぽいニュースを新聞に載せた方が部数は伸びるという意味です。
 この言葉が言われてからすでに百年以上も経過しておりますが、現代日本のマスメディアも依然としてこの言葉通りの形態を保ち続けております。

 現在、日本のマスメディアがそのような殺人や強盗といったいわゆる犯罪事件を取り上げる際、主なニュースソースとなるのは言うまでもなく警察や検察といった捜査機関です。そのため昔から刑事番などといって警察署内に記者を常駐させ、また警察の側も広報を行う際にはそれら記者を一同に呼び集めて記者会見を行うなど、もういきなり結論ですが結構なぁなぁなところが昔からありました。

 昨日から今日にかけて出張所の方で日本のマスコミの警察に対する態度について書かれたコメントをいただいたのですが、情報源としてお世話になっている事から警察の不祥事に対して日本のマスコミはやや及び腰なところが数多くあり、それこそ警察内の不祥事、警察親族の犯罪といったことについては事実を知っていながらも報道せず、ひどい場合では警察と一般人の訴訟が起きた際には警察側の言い分しか取り上げないうということまでありました。

 卑近な例を一つ挙げると、昨年冤罪が証明されて釈放された菅谷さんの足利事件も、きちんと取材がなされていれば当時のDNA鑑定技術では百人に一人の割合で同じ鑑定結果が出てしまうため証拠として使うには不十分だということがすぐにわかったはずですが、警察側の個人識別に問題がないという発表を鵜呑みにしてマスコミは菅谷さんの冤罪を事件当時は誰も疑わなかったのではないかという気がします。

 そんな警察とマスコミの関係ですが、たかだか二十年とそこらしかまだ生きていないもののやっぱり以前と今とでは大分変わり、まだ不十分さは感じるものの適度な距離をマスコミが置くようになってきたと思えます。その適度な距離を置くようになった大きな転換点を私が敢えて上げるとしたら二つあり、もったいぶらずに言うと一つは新潟少女監禁事件、もう一つは北海道警裏金事件だったと思います。

 前者は事件の内容自体が事実は小説よりも奇なりと言わざるを得ない事件でしたが、この事件の発覚当初、警察が開いた記者会見にて新潟県警の幹部らが一切姿を見せなかった事に対して記者から質問が集中し、ついには当時新潟県警の視察に訪れていた関東管区警察局長を麻雀接待していたという事実が明るみに出てきました。しかもその接待麻雀では図書券が掛かっているという本来禁止されている賭博麻雀だったなど、法を守るべき警察官が重大事件の記者会見をすっぽかしてまで(報告を受けていながらも接待を続けていた)そのような行為を興じていたことに批判が集中しました。

 続いてもう一つの北海道警裏金事件というのは、かねてより神戸新聞と並んで地方新聞の雄と称されていた北海道新聞が綿密な取材を長期に渡って行い続けた事から発覚した事件で詳しくはリンク先のWikipediaの記事を読んでもらえば分かりますが、警察は事件の捜査等に協力した一般人に対して捜査褒賞費という謝礼金を出す事があるのですが、北海道警はこれを逆手にとって実際には協力の事実がないにもかかわらず褒賞費名目の支出で経費を捻出し、道から多額の裏金を引き出すと共に私的流用していたという事件です。
 この事件の発覚以降、全国の警察組織で同様の手口が裏金が捻出されていた事が一斉に分かり、公民の教科書に書かれる事はないですが社会的に大きな影響を与えた事件だと私は認識しております。

 ただこの事件をスクープしたことから、今ではどうなっているかわかりませんが、その後の警察の記者会見では北海道新聞のみが締め出されるという、道警から露骨な報復を北海道新聞は受ける事となってしまいました。こうなる事は北海道新聞としても報道する前から予想していた事でしょうが、それにもかかわらず取材を続けて報道をした北海道新聞には私は未だに尊敬の念を持っております。
 それにしてもちょっと偏った意見かもしれませんが、北海道教職員組合といい、北海道の組織にはどうも頭のたがが外れているところが多いような気がします。

 日本は90年代初頭、今ではすっかり死語ですが「水と安全はタダの国」という言葉がありました。こんな言葉が使われるだけあって当時の日本の警察組織への信頼の高さは子供だった私でも感じ取れる位で、当時は本気で日本の治安は世界一だなどと信じてもいました。
 しかし上記二つの事件、更に言えば「桶川ストーカー殺人事件」も起こり、警察への国民の信頼は徐々に揺らいでいったように思えます。マスコミもそのような国民の意識を受けてか、現時点でも警察に擦り寄り過ぎだとは思うものの、以前よりは距離を置くようになってきたように見えます。

  おまけ
 何気に新潟県警の接待麻雀事件において、影の主役だったと私が思える人物として芸能人の蛭子能収氏がおります。というのもこの事件の前に蛭子氏も現金を賭ける賭け麻雀の現行犯で捕まっており、この事件が発覚した当時に新潟県警は、「図書券を商品に使っただけで、賭け麻雀じゃない」と法律違反を否定していましたがその度にこの蛭子氏の例が比較され(本人もテレビに出演して不公平だといっていた)ていたのが強く印象に残っています。

2010年6月13日日曜日

日本がファシズムに至るまで

 昨日の記事で私は、ファシズムとコミュニズムは全体主義的傾向を持つのは共通するも、独裁を始める組織が権力を獲得するプロセスにおいて民主主義的過程があるかどうかに違いがあると述べました。この民主主義的過程を経ていることについてドイツのナチス党とイタリアのファシズム党については自明しされており、私も以前に「E・フロム 自由からの逃走について」の記事にて書いたように当時のドイツ国民は割と熱狂的にナチスを支持して押し上げたのは事実です。

 では日本は私の主張通りに民主主義的過程を経てファシズム化したのでしょうか。この点について現時点の一般的な日本人の見方は恐らく「NO」で、日本が最終的にファシズム化したのは間違いないにしてもそれは民主主義的過程を経ているのではなく、軍人や官僚といった元からの権力者が国民を置き去りにして暴走したからだという風に受け取られているように思えます。
 実際にWikipediaを覗くと「天皇制ファシズム」として一項目が設けられており、私の理解だとドイツやイタリアでは大衆が独裁政党を押し上げてファシスト化したのに対して日本ではそれらとやや趣が異なり、肯定派も否定派も天皇制という柱が重要な役割を果たしたと別扱いされています。

 先に私の結論を言うと、確かに天皇制の影響は多少はあったにしろ、当時の日本はドイツやイタリア同様に大衆が独裁党を押し上げ、いわば国民自らが日本を進んでファシスト化させたと見ております。

 まず当時の日本の状況から説明していきますが、アメリカより起こった大恐慌の影響を受けて当時の日本は国民全体で貧困者が溢れ、しかも折からの天災を受けて東北各地を中心に凶作が続き、東北地方を中心に農村では生活に困って娘を身売りする家や餓死者が後を絶たなかったようです。そんな最中、政治はどのようにそんな状況に対応していたのかというと、言ってて悲しくなりますが収賄や払い下げなどといった汚職が頻発していたそうなのです。

 大正デモクラシーを経て、日本でも成人男子であれば納税額に関係なく投票権を持つようになりましたが、皮肉な事にこの女性こそ除外されているものの普通選挙法が実施されるようになってから政治家の汚職が頻発するようになったのです。これは日本に限らず民主主義国家ではどこも同じ傾向があるらしく、投票権の幅が広がれば広がるほど政治家にとって政治というのは手段化し、腐敗化しやすくなるそうで、貧困者が増える中で私腹を肥やす政治家に憤りをもつ国民が数多くいたそうです。
 日本史をやればわかりますが、昭和前期というのは浜口雄幸首相を初めとして実に数多くの政治家が暗殺されております。それほどまでに政治家に対して国民は怒りを覚えると共に信頼を無くし、かわりに肩入れを始めたのが他でもなく陸軍を初めとした軍部でした。

 これはどの国でもそうですが基本的に軍隊というのは貧しい人間が入る事が多く、陸軍を初めとした軍人らは貧困者に強く同情しては遅々として進まぬ政治改革に政府批判を続けました。そうした声が実際に行動に移ったのがあの「二・二六事件」で、東北地方を主な出身とする軍人らは汚職に明け暮れる政治家らの政党政治を打倒した上で、軍人を中心とした政府を作り一挙に改革を行おうという目的の元でこの日本史上最大のクーデターは実行しました。
 結局二・二六事件は昭和天皇の強い怒りを受けた事から素早く鎮圧されましたが、クーデターは失敗したもののこの事件をきっかけとして政党政治家らは暗殺を強く意識するようになり、国民も政治家達よりも軍人たちの方が真面目に国のことを考えているのではと信頼するようになる人が増えて行きました。

 そうした世論を受けてか知らずか、その後の日本は軍族出身の人物が総理大臣に就任する事が多くなると共に軍の主張が大きく幅を聞かす様になります。また政府が軍縮政策を行おうものなら「米英の言いなりになる」という反対意見も国民から出るようになり、そうした声を受けて軍人らもますます増長して行きました。
 極め付けが、1940年に成立した大政翼賛会です。議会を事実上の軍部の追認機関としてしまうこの翼賛会に対し、国民はきちんと投票で持って翼賛会推薦議員を当選させ、議会へ送り込んでいます。言ってしまえば、投票で持ってこの翼賛会を否定する事も可能でしたが、当時の日本人はそうはしませんでした。

 確かに日本の場合、ドイツやイタリアと比べて軍部が軍部大臣現役武官制を盾に取る事で強く意見を主張できたこともあり、海外の評論家から、「日本はファシスト化する要因を始めからその政治構造内に持っていた」という指摘は当てはまると思います。しかしそれを推しても、当時の史料を見る限りだと日本人は率先して軍部を支持し、戦争も肯定していたようにしか私には見えません。それがいいことか悪い事かといえば当時の時代背景もあることからどっちかだと断言する事は出来ませんが、少なくとも一部の軍人らが国民を無理矢理巻き込んで無謀な戦争に突入したというのは間違いで、当時の国民もそれに一部加担していたというのが私の意見です。

  おまけ
 ナチス党の幹部がその主張に比べ個人資産を数多く抱えていたのに対し、日本の戦前の幹部(軍人)らは割合に清廉な人が多く、財産もほとんどなかったようです。

2010年6月12日土曜日

ファシズムとは何か

 数日前にある本を読んでいると、「戦前の日本がファシズム化したのは伝統的に支配者階級が強い権力を持って庶民を圧迫し続けてきた背景があるからだ」、という記述があり、「いや、そうじゃないだろう」という気持ちを覚えると共に、「そもそも、ファシズムってなんなのだ?」という疑念が持ち上がってきました。

ファシズム(Wikipedia)

 ファシズムというのは一般的に、第二次大戦中に日本、ドイツ、イタリアといった枢軸国における政治体制、もしくはその体制が出来上がる元となった思想の事を指しております。この名称自体はイタリアで政権を握ったムッソリーニ率いたファシスト党から来ていますが、ドイツのナチス党による「ナチズム」、日本の軍部による「大政翼賛体制」もファシスト体制として一般的には分類されております。

 それでこのファシズムが具体的にどのような政治体制なのかですが、特徴を項目ごとに挙げると以下のものが挙がってくるかと思われます。

1、無尽蔵な国家権力(=全体主義)
2、排外主義(=人種優越主義)
3、暴力組織による監視、弾圧(特高、SA)
4、大衆主義(=社会福祉向上の看板)
5、統制経済主義(=国家総動員法)
6、一党独裁の政府


 ちょっと小難しい言葉ばかりで申し訳ないのですが、ざっと並べるとこんなもんでしょう。

 一つ一つをもう少し詳しく説明すると、1番目の「全体主義」というのは個人の自由や人権よりも国家(政府)の体制維持が優先されるべきだという思想で、2番目の排外主義というのは自分達民族が優越な人種であると自認するという、大東亜共栄圏構想やユダヤ人虐殺につながった思想の事です。ついでに書いておくと、大東亜共栄圏構想というのはアジアを平等に一つの共同体へまとめようとする優れた思想だったなどという主張をする人がいますが、「アメリカを始めとした西欧人を打ちのめすために、一時的にアジア各国をすべて日本が占領する」という思想のどこが平等なのか、私にはわかりません。さらについでに書くと妹尾河童氏は「少年H」にて、まさに上記のような大東亜共栄圏構想を面接で滔々と話して高等小学校に合格したそうです。

 3番目の暴力組織については説明するまでもなく、4番目の大衆主義についてはナチス党の正式名称が「国家社会主義ドイツ労働者党」であったように、日本の軍部同様に底辺の労働者や農民の福祉向上を権力獲得のプロセスで掲げていたことを指しております。それゆえにこのファシズムを「国家社会主義」という訳し方をする人もおりますが、私もこれが適当だと思います。
 5番目の統制経済についてもあまり説明するまでもありませんが、要するに米やガソリンを配給制にしたりするなど経済分配をすべて国が管理する体制を指しており、6番目も言わずもがなで大政翼賛会やナチス党が議席を独占して内閣の従属機関でしかなくなっていたことを指してます。

 これらの条件を持った国家体制こそファシズムだというのが私の意見なのですが、一番大きな条件となるとやはり一番目の「全体主義」で、言ってしまえばその他の条件は大体この全体主義に付随するものです。

 さてこれらの条件、よくよく内容をみてみるとかつての旧ソ連や毛沢東時代の中国、果てには現在の北朝鮮といった旧共産圏の国々にも当てはまるような気がしないでもありません。実際にナチスは設立間もないソ連を運営していたボリシェビキの政治手法から多くを学んでおり、権力獲得後の手法は多くの面で共通しています。
 ではファシズムと共産主義同じ物なのでしょうか。さっきに挙げた条件の中で2番目の排外主義についてはやや議論の余地がありますが(旧ソ連内でユダヤ人は差別されたが、民族対立については今ほど激しくなかった)、それ以外の全体主義的傾向などは全くと言っていい程似通っています。

 ここからが今日のミソですが、ファシズムと共産主義を分ける決定的なポイントというのは、政府を握る組織が権力を獲得するまでのプロセスが民主主義的であるかどうかです。
 世界史を学んでいる方には常識ですが、戦前のドイツでナチスは民主主義的な選挙を経て、途中でミュンヘン一揆などもありましたが最初から最後まで極めて合法的に権力を獲得しております。それに対してソ連や中国の共産党は国内での革命戦争に勝利すると、スタート当初でこそ共産党内での方針の違う組織で分かれたり、共産主義と資本主義の中間的な組織が政治に参加するなど多党制的な体制でしたが、途中からは共産党のソ連ではスターリン、中国では毛沢東が対抗勢力を完膚なきまで叩き潰して一党独裁体制へと移っています。

 これまでの内容を簡単にまとめると、権力獲得後の体制こそほとんど似通っているものの、ファシズムと共産制はその成り立ちが民主主義的過程を経ているか否かで異なっている、というのが私の意見です。
 では戦前の日本はどうなのか。ナチスは民主主義に則って権力を獲得したが、日本は軍部がその強権と武力を持って無理矢理権力を握ったのだからむしろ共産主義的傾向が強いと思われるかもしれませんが、私の見方は戦前の日本はやはりファシズムであったと考えています。その根拠については、次回にて。