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2016年3月18日金曜日

衆参ダブル選挙はあるのか?

 どうでもいいことですが私のパソコンはアプリケーションエラーが起こる度に、「くっそー」という音声が鳴ります。この音声は某伝説のクソゲー「デスクリムゾン」に使われているSEなのですが、昔たまたまこのSEをネット上で拾う機会があり何かに使えないかと考えたところ、折角だからパソコン使っててよく聞くサウンドエフェクトに充てようとセットしました。一回、名古屋に左遷されたうちの親父と一緒にパソコン弄ってたらこの音声が鳴って、「くっそー言いよったでこのパソコン!?」とビビってました。

2016年最大の政治イベント「衆参ダブル選挙」に注目せよ(田原総一郎の政財界「ここだけの話」)

 そんなわけで本題ですが、今日はちょっと議論にもなっている「2016年に衆参ダブル選挙はあるのか」について意見を書いていきます。
 まず現時点で確定していることとして、3年ごとに半数改選の参議院は今年夏には確実に選挙を行わなければなりません。それに対し衆議院は前回選挙が2014年12月に実施されており、衆議院議員の任期が4年であることから2018年までは何も急いで解散する必要は無かったりします。にも拘らず何故前回選挙から一年半後の今年夏に解散が予想されているのか、それにはいくつかの要因が挙げられており、上記の田原総一郎氏のサイトではそれらがわかりやすく指摘されております。

1、2017年の消費税増税
 現在のスケジュールだと2017年に消費税を現行の8%から10%へとへ引き上げる予定となっておりますが、言うまでもなく増税したら支持率は下がるので選挙にも影響します。「だったら増税前に選挙してしまえばいいじゃない」というのがこの要因です、以上。

2、2020年の東京五輪
 こちらもスケジュールネタですが、2020年の東京五輪までに最低でもあと一回は選挙を行う必要があります。自民党、ひいては安倍首相としてはこの国家イベントに政権与党を維持したまま臨みたいと考えており、それならば比較的有利な今年中にも選挙を行い万全な状態でオリンピックを迎えようという考え方です。もっとも、五輪委員会のレベルが低すぎてこのままだと聖火なしの競技場になってしまいそうですが。

3、憲法改正
 これは最近になって安倍首相も口にするようになったので真実味が増していますが、現政権内での憲法改正を達成できるように敢えてダブル選挙に臨み、衆参で改正が狙えるほどの大量議席を狙うという見方です。

 さすが田原氏というだけあってどの要因も私から見て納得できる意見ですが、特に三番目に関しては長くその理由や背景を述べており田原氏の中でもイチオシの意見かと思われます。この田原氏による三つの意見に加え私からももう一つ、何故ダブル選挙をやるのかという理由をここで提示します。

4、まとまりのない野党とそのさみしい懐事情
 民主党と維新の会が合併を決めましたが政党名を何にするかすら決まらず公募に至って未だに決まっていないなど、野党連合とは言いながらのっけからかなりまとまりのない状態が続いています。共産党も野党同士で立候補者を調整するべきなどと主張して、ってかむしろ言いだしっぺで、次回選挙に向けて手を取り合うとは言っていますが私の予想だと各選挙区にどの党から立候補者を出すのかで必ず揉めると思われ、むしろ混乱するとしか思えません。
 またこれは一部で言われていることですが、民主党を始めとして各野党共に懐事情というか政党の資金がかなり枯渇し始めており、参議院選を乗り切るだけでも大変だというのにダブル選挙となると一気に資金がショートして選挙どころではなくなるという説もあります。実際民主党の支持者や支持団体は減ってきているだけでなく初期のスポンサーであった鳩山家とも距離を置いてますし、表立っては言われないけど相当厳しい財政状態ではないかと伺えます。だからこそ選挙区を調整して立候補者の重複を避けたいという発想につながるのですが。

 以上の四つの理由から、確かに現状ではダブル選挙となる公算が高いように思われます。しかし選挙といってもTPPもまとまったし、消費税もコース通りだし、マイナス金利も導入したしで、選挙の争点となる話題がほとんどないのも事実で果たしてこの状態のまま選挙に打って出るのかというとやや疑問に感じるところもあります。安倍首相はこれから作っていくつもりなのかもしれませんが。
 議席数を増やすという一点にこだわるなら、野党がまとまり切れていない今が大チャンスであることには変わりません。この点をどう見るか、安倍首相の政局勘が試される事態といっても間違いないでしょう。

2016年3月17日木曜日

省庁移転が指し示す未来とは?

 いくつか報道が出ておりますが消費者庁を徳島県へ、文化庁を京都府へそれぞれ一部の人員を移転させ、今後の省庁移転のテストを行うとのことです。消費者庁はぶっちゃけどこでもいいのですが文化庁、あと観光庁なんかは確かに主戦場の京都に置く方が筋だと思えるのでなかなか悪くない案だと思え、また当初検討されていた特許庁などはその機能の面から東京に据え置くという判断も間違っていないように思います。
 ただ気になるのは、この話が本当に降ってわいたかのように突然出てきたということです。「なんで中国でずっと生活してるのに日本の芸能界事情にやたら詳しいの?」と、よく聞かれるほど耳聡い私が、事もあろうかこういった政治ネタを今まで耳にしないというのはほとんどないように思え、首都移転話ならともかくこうした省庁移転話が急に騒ぎ出したことの背景は一体何なのかと少し気になります。

 結論から言うと、案外東京を中心とした大地震が予測されており今のうちに役人たちは東京から逃げる準備を始めたんじゃないかなと、少しふざけてですが勝手に想像しています。この解釈は元々は漫画の「こち亀」で言われていた話で、いざ大地震が本格的に予想されたら政治家や役人が真っ先に逃げるぞとキャラクターが述べており、子供心にもなるほどと当時思った話でした。
 もちろんそんな風にはなってもらいたくはないですが、それにしてもあまりにも急に省庁移転話が進むもんだから嫌が応にも頭をよぎるわけで、仮に予想されているとしたらいつくらいに起きるのかと考えるとこちらも真っ先に思い浮かぶのは「2020年」です。

 2020年といえば東京五輪の開催予定年度ですが、聖火台もない競技場で何をするのかなどといろいろ疑問も少なくないもののそれは今回置いといて、この年はオリンピックだけでなくもう一つあるキーワードと結びつく年でもあります。わかる人にはもうわかるでしょうがそう、あのアキラが覚醒する年です。

AKIRA(Wikipedia)

 アキラとは大友克弘氏が制作した漫画、並びに映画作品で、特に映画の方が1988年の政策ながらも未だに日本アニメ映画の最高傑作という呼び声も高く、私自身もそのように考えています。
 この作品中の世界でも2020年に東京五輪が開かれることとなっており、その直前で会場の工事が進む2019年の日本で比類なき超能力を持つ少年のアキラが覚醒し、SOLが発射されたりして東京は崩壊するわけですが、もしかしたら省庁移転の背景にはアキラの覚醒が間近に迫っているからかもしれません。マジで。

 なお昨日、上司が別の部署の人に送るメールがccで私にも届いたのですが、宛名に敬称が付けられておらず名字だけで呼び捨てになっていました。すぐに「失礼しました」ってメールが後から送られてきたのですがここはひとつ場を和ますために、「さんをつけろよこのデコスケ野郎!」って言おうかと思いましたが、むしろ一触即発な事態に発展しかねないと思ったので結局何も言いませんでした。ピーキー過ぎて、自分には扱えない発言でしたでしょうし。

  おまけ
 真偽ははっきり確認できないものの、映画版「AKIRA」で金田と鉄雄の対決シーンの原画を担当したのはあの梅津康臣氏だという話を少し耳にしました。何気に梅津氏は以前から評価していたというか動きのヤバいアニメシーンを作る人なので、なるほどなと妙に納得しました。

2016年3月15日火曜日

美的による東芝白物家電部門買収について

 マジこのところ繁忙期なせいか忙しくてすごい眠いです(ノД`)~゜。ネムー
 でも律儀にブログ書く当たりは自分らしいです。

東芝、白物家電売却へ=中国・美的と最終調整(時事通信)

 そんなわけで今日取り上げるのは何kな期待されている気もするので東芝白物家電部門の売却話に絡めて、売却先の美的集団(Midea、ミデア)について書きます。どうでもいいですが「ミデア」って検索するとガンダムに出てくるあの黄色い輸送機が出てきますが、スパロボの護衛ステージでしょっちゅう撃墜されるのをなんか思い出しました。

 美的集団というのは記事にも書かれている通り中国の家電メーカーです。中国の家電メーカーというと三洋の白物家電部門を買収したハイアール(海爾)が日本ではやや知名度があるものの、それ以外となると恐らく大半の方がどんなメーカーがあるのか全く知らないのではないかと思います。
 主だったメーカーとしてはテレビだとTCLやスカイワースがありますがこの二社はあんま生活家電には手を出しておらず、生活家電で括るならハイアール、グリー(格力)、ギャランツ(格蘭仕)、スポー(蘇伯爾)、ジョイヤング(九陽)などありますが、こうした数ある有名どころの中国家電メーカーと比べても美的は決して劣っているわけでなく、間違いなく大手の一角に食い込んでいる会社です。美的が得意としている製品はファッキンな毎日新聞の記事に空調と書かれてあって売上げの五割を占めるともありましたが、売上げシェアまではいちいち確認してはいないものの確かに美的の空調は中国国内市場でもそこそこ出荷されているものの、多分シェアといいブランドといいグリーのが明らかに上だと思います。

 では美的の製品はどこが強いのか。あくまで私の感覚で述べるとやっぱり調理に関連した家電じゃないかと思え、具体的には冷蔵庫や電子レンジ、炊飯器、電熱コンロといったところです。瞬間湯沸かし器もそこそこ出ていますがこの分野はスポーが圧倒的に強いしなぁ。
 冷蔵庫や洗濯機ももちろん作っており私も何度か使ったことありますが、性能品質に関しては申し分なくほかのメーカーより比較的高い価格で売られることが多いですがそれだけの価値はきちんと持っていると太鼓判押せます。何気にデザインとかも落ち着いてまとまっており、物によっては下手な日系メーカー品よりもいいような気すらします。

 それだけに今回東芝の知ら者家電部門を買収したと聞き、買収される当事者たちにはいい会社に買われた方なんじゃないかと私は考えています。このまま市場が縮小していく日本よりもまだ拡大余地のある中国向けに製品とか開発して生産していく方が絶対仕事的にも楽しそうだし。

 眠いのでもう最後まで書いちゃいますが、今回の買収ニュースについて中国側はどう報じているのかサッと検索かけてみたところ、なんかあんま、っていうかほぼ全く報じられていませんでした。いくつかの家電系ニュースサイトが日経新聞を引用する形で報じていますが、もしかしたら明日になってからニュースが出るのかもしれないものの、なんかあんまビッグニュースとしてみていないように感じます。
 今回のディールは一部で数百億円規模になると言われていますが、仮にそうならこのところの中国の大型買収と比べるならそれほど極端に大きな金額というわけではありません。でもって「日本の家電ブランド」もかつてと比べるとそれほど威力を発揮しなくなっており、それゆえに案外冷めた見方されてるのかもしれません。

 もう誰も覚えていないでしょうが4年くらい前に私は何度かこのブログで、「ブランドでも特許でも、日系企業は売れるものは今のうちに中国企業へ売れ」と主張したことがあります。当時ならまだ高額出して買う中国企業もいただろうしブランドなどにも価値があると思ったことと、それらの無形資産は日系企業の手の中ではもう新たな利益を生み出すことなく消え去っていくのみだと考えたからです。
 なにも自分の言った通りになっただろうとか言ってどや顔決めるつもりは全くありませんが、当時私の話に耳を傾けてくれた人はいたのかな、いたとしたら今回の買収話を見てどう感じたのかなと少し気になりました。

千葉のマッドシティ~横須賀橋(ちんさむロード)

 この前自宅で「干物妹うまるちゃん」の七巻を読んでいたら、ゲームの内容も知らずにある女の子が女友達に「ポッキーゲームをやってみたい!」といってドン引きされるシーンの所を読んで、何故か「男同士のポッキーゲーム」という単語が頭に浮かんで来て、想像したら凄い笑えてきました。使いようによっては素晴らしい罰ゲームになるような気がします。
 そんなわけで本題に入りますがまた久々のマッドシティこと松戸市ネタで、一応全国的にも一時話題になった横須賀橋というのを今日は紹介します。

 この横須賀橋というのは松戸市と隣の流山市を結ぶ地点にある橋の名前で、境界線にもなっている坂川に架かっている橋です。近所に住んでいる方からすれば、ツタヤと流山病院近くの橋っていった方がわかりやすいでしょう。
 なおこの「横須賀橋」という名称ですが、私も何故かは知りませんけどこの橋付近のエリアの地名はそのまんま「松戸市横須賀」です。海もないのに。

 話は戻りますが何故こんな変哲もない橋をわざわざ取り上げるのかというと、先ほどにも述べた通りに一時期全国区で報じられた場所でもあるからです。そのきっかけはフジテレビで放送されていた「人志松本の○○な話」という番組で、「ちんさむロード」として紹介されたことからでした。ちんさむロードという名称の由来については言うのも馬鹿馬鹿しいくらい下品なので省略しますが、要するに車で走っているとドキッとするようなスリル感が得られる場所として紹介されたわけです。
 この横須賀橋のどこにスリル感があるのかというと、単純に言って高低差です。この橋は坂川の両端にある土手をちょうど覆うような感じで架けられており、それほど大きい橋ではないものの最低点と最高点の高低差は確かに大きく、それでいて橋自体が大きくないもんだから車で越えようとすると確かに軽い無重力感が感じられたりします。

 私はその番組を見てはいないのですが、なんでも橋を登り切って平坦部で加速すると下り勾配に差し掛かったところでフワッとした感覚が得られるという具合で紹介されたそうです。

求めすぎたスリル「チンさむロード」で起きた悲しい事故(NAVERまとめ)

 その放送がされた直後の2012年5月28日に起きたのが、上記サイトでまとめられている事件です。なんでも実際に体験してみようと19歳女性がこの横須賀橋で車を加速させたところコントロールを失い、そのまま歩道に突っ込み数人をはね、そのうち一人の18歳の男子大学生が死亡するという事故となりました。何気に当時、色んな意味で狂った上海の会社で記者として働いていた私もどっかのニュース経由でこの事件を見ており、「ああ、あそこね」と実感たっぷりに呟いたのを今でもなんかよく覚えております。それと同時に、テレビ番組を真に受けて危険行為をするなんて馬鹿な奴もいるもんだと、やや手厳しいかもしれませんがこんな感想も持ちました。

 ちょうど同じダウンタウンがやっている番組で最近、水戸市長が檄おこぷんぷん丸になるほど水戸市をディスる放送があったと聞き、タイミングもいいなと思ってこのネタも今回書いてみることにしました。ダウンタウンは三、四年くらい前に全く視聴率が取れなくなってもう終わりかと言われ始めていましたがこのところ再び視聴率を取れるタレントとして復調気味のように見受けられるのですが、なんていうか番組制作とかでちょっと迂闊というか先の先まで考えていないなという企画をよくやるなという風に私は見ています。この横須賀橋の件も水戸市の件も、もうちょっと考えてから放送すりゃいいのにとつくづく思えてなりません。

 最後に私自身の体験を語ると、私はそれほど車を運転するようなタイプではないのでこの横須賀橋に関してはどちらかというと自転車で乗り越えるというイメージが圧倒的に強いです。高低差があるので確かにやや上りはきついですがその分下りではかなりスピードが出るので、流山市から松戸市に入る際は橋の上で一旦止まり、橋を降りた先の信号が青信号になるのを見てからよく一気に駆け下りておりました。何気に右にある脇道が意外と細くて急に人とか車が出てくるから結構危ないんだけど。

 ただ、私に言わせればこの横須賀橋なんてほんの序の口です。横須賀橋を越えてそのまままっすぐ東へ走っていくとその先に流鉄流山戦の線路を跨ぐ別の橋が出てくるのですが、こっちの高低差の方が半端じゃないです。しかも横須賀橋と比べて平坦な長さが短いので勾配もめちゃくちゃ急で、子供の頃は一度も地面に足をつけずにこの橋を自転車で登り切るのを密かな目標としたくらいでした。
 今この時点においてもこっちの橋の名前は知らないままですが、大体小学校高学年くらいに自転車で登り切れるようになってからは、「こんな小さな橋ごときに何を俺は」みたいな感じで鼻で笑って越えるようになりました。ただ、勾配は半端なく急なので自転車で思い切り駆け降りるようなことはせず、この橋だけはブレーキをしっかりかけながら下りるというのは大人になっても続きました。

2016年3月13日日曜日

或る陸軍大将の死(渡辺錠太郎)

 先日上海を訪れてきた後輩が気を利かせて文芸春秋の今年二月号を持ってきてくれました。私は学生時代から文芸春秋を毎月購読しておりましたが一時期姉妹誌で今ノリに乗っている週刊文春が橋下大阪府知事(当時)への極端なネガティブキャンペーンを展開したのに辟易し、ちょうど日本を離れた時期辺りに購読をやめてしまいました。
 しかし当時から大分時間が立っているのと、かつては様々な制限が講じられていた電子書籍の購入もなくなってKindleからも簡単に購入できるようになったこともありそろそろ購読を再開しようかなと思っていた矢先で、中々タイミングのいい入手となりました(これ書きながら四月号をKindleでクリック)。

 その二月号に掲載していた書評にて、「渡辺錠太郎」という人物名が出てきます。この名前を見た時に私は、「この名前は俺は知ってるはずだ。たしか陸軍の軍人で……二二六絡みじゃなかったけ……」と、詳細な事績までは思い出せなかったものの大まかな範囲ではまだ何とか覚えており、果たしてこの記憶の通りに渡辺錠太郎という名前が歴史の教科書に出てくるのは二二六事件で、この事件の最中に射殺された陸軍大将です。

渡辺錠太郎(Wikkipedia)

 渡辺錠太郎は愛知県の出身で、貧乏な家庭であったことから小学校の卒業と共に看護卒(=看護兵)を目指して陸軍に入隊します。これは当時、看護卒から上等看護長にまで出世すると医師開業免許が得られる制度があったためだったそうです。
 陸軍に入隊した渡辺は脇目も振らず勉強を続けており、その高い向学心を認めた上官が陸軍士官学校の受験を勧めたところこれに師団内一位の成績で合格して晴れて陸軍士官となると、続けて陸軍大学校にも進学してなんと首席卒業という、いわゆる「恩師の軍刀組」にまでなってしまいます。さらって語っていますが当時の陸大は東大以上に入学が難しいと言われ、また入学後も全国切ってのエリートたちとしのぎを削らなければならないという環境であったことから如何に渡辺が学力面で優れていたかが推し量れます。
 なお東条英機は切れ者といわれていたことから陸大でも上位の成績と思われがちではあるものの実際はそうでもない成績で、東条の同期で主席だったのは私も大好きな今村均です。

 陸大卒業後の渡辺は順調に出世し、ドイツやオランダでも勤務するなど海外にも通じる幅広い知見を持った優秀な軍人とみられていたそうです。そんな彼が何故二二六事件に巻き込まれたのかというと、直前の人事が原因でした。

 満州事変以後の1930年代前半、陸軍内では荒木貞夫、真崎甚三郎を中心とする皇道派と、永田鉄山と東条英機を中心とする統制派に分かれており熾烈な派閥抗争を繰り広げておりました。
 この皇道派と統制派の抗争については意外とわかりやすい解説が少ないような気がするし知識的なものに餓え始めてきているので今年じっくり腰を据えて取り組もうかとも思っておりますが、作家の佐藤優氏によると「極論すれば世代間抗争だ」とのことです。

 渡辺錠太郎は両派のどちらかに与して行動していたというわけではなかったものの、ヨーロッパ流のリベラル主義的な思想であったことから皇道派が激しく批判していた天皇機関説に対して擁護する姿勢を示しており、そうした渡辺の姿勢は皇道派にとって内心穏やかではないものだったようです。
 両派の抗争は当初は非難合戦だったのが途中から人事(要職獲得)合戦へと発展するなど徐々に熱を帯び、1935年8月に起こった相沢事件によってヤクザ顔負けの取るか取られるかの熱戦へと発展していきます。この相沢事件の名称は私は「永田事件」と言い換えるべきだと考えているのですが、というのもこの事件で皇道派の相沢三郎によって東条を凌ぐ統制派の首魁であった永田鉄山が惨殺され、この永田の死はその後の日中戦争、太平洋戦争にも大きな影響を与えたと多くの歴史家の間で認識が一致しています。なんせ陸大の定期試験前に試験勉強サボって中国語の参考書を優雅に読んでいたというほどの天才だったそうですし(でもって卒業席次は第二位)。

 話しは戻りますがこの相沢事件の契機となったのはまさに渡辺に関する人事でした。1935年7月、皇道派リーダーの真崎甚三郎が陸軍の教育総監を降ろされた後に同職へ就任したのが渡辺錠太郎でした。この更迭劇を含め永田が裏で人事を操っていると考えたために相沢は強行に及んだのですが、渡辺本人の意向はどうあれ両派の抗争が極大化する一手に巻き込まれてしまったのは揺るがない事実でしょうし、この教育総監就任の一点で以って皇道派から深く恨まれる立場になったと推察できます。

 そして翌1936年2月26日。皇道派士官らによる軍事クーデターが引き起こされ多数の政官財の要人が攻撃される中、渡辺の自宅も襲撃されます。
 この襲撃劇に関しては諸説あり、既に他の要人への襲撃が始まっていたにもかかわらず渡辺邸には襲撃情報が伝えられず、それどころか警護の憲兵隊員が襲撃直前に何故か二階に登っており、内通行為があったのではないかという説が出ています。こちらに関しては本論とは関係ないため今回は省略します。

 襲撃は午前六時過ぎのことで、この時渡辺の傍には当時9歳の娘がおりましたが不穏な空気を察した渡辺は咄嗟に娘を近くの物陰に隠すと自らは拳銃を取りだして身構え、襲撃者を待ち構えましたが、外から機関銃で43発もの銃弾を激しく撃ち込まれ抵抗するまもなく殺害されました。この殺害の一部始終はその場にいた9歳の娘がわずか1mという目前で見ていたため、惨劇の状況に関しては比較的詳細な記録が残っております。
 この歴史事実を知った時に私が感じた事というのは、映画や漫画の中の世界ではたまに出てくるもののまさか実際に娘を庇いながらその目の前で殺害された父親がいたのか、事実は小説よりも奇也やという感想でした。しかもその人物はほぼ一方的な恨みを買われて襲撃されており、同時に彼の教育総監就任が永田鉄山の殺害にもつながるだけに私の中の歴史の線がピンと一本通って張りました。

 この事実は文芸春秋二月号における佐藤優氏の「置かれた場所で咲きなさい」という本に対する書評に書かれてありました。この本の著者は渡辺和子氏で、現ノートルダム清心学園の理事長でありあの惨劇の最中にいた9歳の渡辺錠太郎の娘です。佐藤氏曰く、あのような惨劇を見れば世の中を恨むようになったとしてもおかしくないのにキリスト教の信仰に根差した博愛精神がこの本の中で強く語られていると言い、同じ信仰者という贔屓もあるでしょうが絶賛しております。
 生憎まだ渡辺和子氏の本は手に取れていませんが、近いうちに買って読んでみたいと考えております。

 さらっと渡辺錠太郎の歴史的事実だけ書こうとしたら、皇道派と統制派の対立までやけにしつこく書いてしまいました……。こういうあたりが自分の持ち味だとは思うのですが(ーー;)

2016年3月12日土曜日

栃木女児殺害事件の冤罪可能性について

 はっきり言えば現時点でこの問題について何かしらコメントするというのは材料不足も否めないし事実と異なっている可能性もあるだけに予想するのはハイリスクであるのですが、それでも今この段階で言わなければ自分は後悔するだろうと思うので、他に抱えているネタを差し置いて優先して取り上げることにします。

栃木小1女児殺害事件(Wikipedia)

 2005年に小学一年生の女児が殺害されたこの事件について先日、容疑者の男性に対する裁判が始められ現在も続けられております。結論から述べると私はこの容疑者の男性は無実で、冤罪である可能性が高いと考えております。

 事件詳細については省略し何故冤罪であるかという理由を中心に述べていますが、数え上げると切りがないのでひとまず下記にリストアップした上で個別に解説していきます。

1、事件発生から9年後の突然の逮捕
2、直接証拠が何もなく、Nシステムの通行記録のみの強引な逮捕
3、強引な取り調べ
4、自白内容と遺体殺害状況の不整合
5、???

1、事件発生から九年後の突然の逮捕
 この殺害事件自体は2005年の発生ですが容疑者の逮捕は2014年です。しかも逮捕された男性は偽ブランド品所持で母親ともども逮捕されるといういわゆる別件逮捕の形式を受けており、そこからさらに裁判まで約2年の取り調べを受けてきたということになるわけです。

2、直接証拠が何もなく、Nシステムの通行記録のみの強引な逮捕
 1番の理由とも重なりますが、9年間も犯人が見つからなかった迷宮入り事件でなぜ突然犯人が捕まったのか。理由としてあり得るものとしては犯人の出頭、目撃者や関係者の証言、もしくは決定的な証拠の出現の三通りしかありません、というよりこれ以外は普通はないでしょう。
 然るにこの事件の容疑者逮捕の根拠として使われたのはNシステムの通行記録のみです。Nシステムについて説明は省略しますのでわからない方は自分で調べてもらいたいのですが、栃木県警は犯行時刻付近に近くの道路を容疑者所有の車が通行したというNシステムの記録を以って容疑者であると判断して逮捕し、自白を得たと主張しています。

 説明するまでもないでしょうがこれには疑問が二つあります。一つは近くを通行した記録が何故即座に犯人へと導く証拠となり得るのか、具体的なアリバイはどうなるのかという点。もう一つは何故この事実が9年後に明るみとなったのかという点で、通行記録であれば事件発生直後にもすぐ調べられる記録であってもしこれが本当に犯人特定の根拠となり得るのであれば既に逮捕できているはずでしょう。逆に言うなれば、逮捕するに当たってほかに真っ当な根拠がなかったということを指示しており、裁判開始後も自白以外の証拠を栃木県警は提出しておりません。
 なおNシステムの証拠採用について前田恒彦がなんかほざいていますが、ほかならぬこいつが知った口して捜査や裁判について語っているという事実を今回初めて知りました。過去にやったことを考えるとこの人はこういうことを発言してはならないし、またメディアも何を言おうが取り扱うべきではないと思うだけに非常に不愉快に思います。

3、強引な取り調べ
 こちらは目下リアルタイムで報道されている内容ですが、容疑者である被告の証言によると他の冤罪事件よろしく今回も警察官や検察官が怒鳴ったり、机を叩いたり、家族を引き合いに出すなど以前のあらゆる裁判で違法とされる取り調べ行為が行われていたと述べ、これに対し検察はそのような行為をしていないと否定しています。しかしまぁ、この検察の主張についてははっきりとした証拠、それこそ取り調べの状況をフルタイムで映した録画記録でも出さない限りは信じるまでもないでしょう。理由は後述で。

4、自白内容と遺体殺害状況の不整合
 ここが非常に肝心なところですが、被害者の解剖を実際に行った法医学者が被告の自白内容と殺害状況が一致していないと裁判で証言しています。

遺棄現場での殺害は「ありえない」 遺体解剖の法医学者が証言(産経ニュース)

 これに対し検察側は別の法医学者を出廷させて矛盾はないと証言させておりますが、素人の判断ではありますが首の可動角度などの面で検察側証人の意見にはちょっと無理があるような気がします。車のシートの上で殺されたわけではないのに死後硬直が始まってから動かしたとなると、かなり異常な行動ですし。

5、捜査・取調べを行ったのが栃木県警だから
 メディアで誰も指摘しないのが不思議でしょうがなく、わかっているから誰も言わないのかなどとも考えているのですが、今回この事件を捜査しているのはあの足利事件を生んだ栃木県警で、この事実一つとっても冤罪と疑うに足ると私は考えております。足利事件についてはもう何も語りませんが今回のこの事件も足利事件のDNA証拠と同じく、Nシステムの通行記録という証拠一点のみで自白を得て裁判にもつれ込んでおり、他に犯行を示唆させるよう補強証拠が何も見当たりません。
 ふつう私の感覚から言えば、足利事件のような冤罪事件を生んだ手前、捜査にはある程度慎重を期す態度なりを示すと思うのですがこの事件の捜査ではそのような態度は微塵も感じられず、むしろ懲りずに薄弱な根拠ひとつで無理矢理有罪に持ち込もうとしているというのはいくらなんでも反省が足りないのではという気がします。そもそもこの栃木女児殺害事件でも当初はDNAを使って捜査を行っておりましたが途中で現場で検出したとしていたDNAは捜査関係者の物だったとわかって諦めており、恐らくこの時点でなりふり構わず証拠を取り立てようとしたのでしょう。ってかむしろ捜査関係者を逮捕しろよ。

 栃木県警は上記の足利事件に限らず1999年の栃木リンチ殺人事件でも常識はずれな行動を取っており、しかも問題行動を取った警察官に対して「停職14日間」で済ませているなど警察組織としては大阪府警と並んで私は最も信用しておりません。足利事件でも結局真犯人は見つからないままですが地道な取材で冤罪を明らかにしたジャーナリストの清水潔氏は「犯人を特定した」と述べており、またその事件で殺害された女児の遺品も頑なに母親への返却を拒むなど、あらゆる面で理解を越えたことをやってのけます。
 この事件の裁判はまだ始まったばかりですし将来自分も見方を変えるかもしれませんが、現時点においての考えを述べるなら冤罪の線が濃いというのが私の意見です。

  追記
 遺体状況を巡る議論についても記事を書きました。

栃木女児殺害事件の遺体状況を巡る矛盾

2016年3月11日金曜日

ヤバい虫に噛まれた(´;ω;`)

 今日会社でひたすら仕事していたら、何やら首筋に近い部分の背中が急にかゆくなってきました。それも半端ないかゆさなのですが、しばらくするとかゆい部分が段々と移動しており、これはなんかくっついてきたなとすぐピーンと来ました。
 元々私はダニとかに弱く、夏場なんか太腿のあたりが蜂の巣のように(ハニカム構造)噛まれた跡がびっしりと浮き出る体質で、恐らく皮膚がそんなに強くないのだと思いますが、今日の奴は下半身ではなく上半身であるのと、昨日までこのようなかゆさは一切経験していないことから恐らく自宅のベッドや衣類からダニが発生したというよりは、通勤途中の地下鉄か何かで誰かにくっついていた虫が移ってきたのだと思います。多分地方からのおのぼりさんだろうな。

 昼過ぎの時点でやたらかゆくてこれはやばいと思いつつもそのまま仕事していたら、段々と移動してきたその「何か」が左腕に移り、何やらチクッとした痛みすら走って手の平とかもかゆくなってきました。一体何やねんと感じて少し腕をまくった所、左手首の下あたりで皮膚が破れており、っていうかモロに噛まれており、自分の直感が正しかったということが改めてわかりました。
 その後もピリピリと上半身のところどころがかゆかったものの我慢して定時を少し過ぎた頃、また突然後ろ首でピリっと、というよりビリッとした痛みが走り、該当箇所がぷっくりと膨れて血も滲み出してきました。何が辛いかってYシャツに血がついてしまったということで、また血濡れのシャツを一枚作ってしまいました。

 その後自宅に帰宅してシャワー浴びてからは大分かゆみも取れ、念のため来ていた服にもアイロンかけてやったのでもう大丈夫だとは思いますが、我ながらなんかヤバい虫にくっつかれたもんだと思えてきます。
 よくダニは死骸や糞が肌に触れるとアレルギーでかゆくなるだけで噛むことはないという人がいますが、これは明らかに間違いで、実際にはガンガン噛みついて皮膚に穴開けてきます。根絶することは難しいのでむしろ如何にしてダニの量を減らすかという視点に立ち、こまめにベッドやふとん周りの埃を取ったり、ふとん乾燥機やホットカーペット使って布団に熱を与えるというのが一番いいというのが私の経験談です。特にカーペットの応用を編み出してからはめっきり噛まれなくなったし。

 なお本題と関係ありまえせんが今日は自宅近くの料理屋で牛肉ラーメン(9元=約160円)を注文して食べた後、なんか全然お腹が膨れないのでそのまま連続で「牛肉玉ねぎ炒めご飯(12元=約220円)」を注文し、完食して帰ってきました。でもって家の近くで野良猫がうろついていたので、こんなこともあろうかと買っておいた携帯できる猫餌をばらまいたら、私が去った後でフンフンと地面嗅ぎながらパクついていました。