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2016年4月22日金曜日

三菱自動車の燃費不正事件について

421億円、22日に繰り上げ交付=普通交付税、県と16市町村に―熊本地震(時事通信)

 本題とは関係ないですが上記のニュースを読んで、「421億円の繰り上げ交付を4月21日に発表するってわざと?」って思いました。こういう数字ごろ合わせは中国だとよくありますが、日本だとあんま見ないだけにちょっと気になりました。

 で、本題に入りますが、最初に宣言しておくと私は自動車メーカーの中でも三菱自動車が一番好きな根っからの三菱党です。オイルショックの時代に何故か「オイルイーター」の異名を馳せた初代「マツダRx-7」を買って「ここでガス欠したらどないすんねん」とびくびくしながら乗車していたうちの親父も三菱党で、よく二人で、「あのパジェロイオいいね」、「RVRのカワセミブルーってなんやねん」などと三菱車については普段からよく語り合っていました。
 そんな二代続けての三菱党である自分(一番好きなのは「FTO」)からしても今回の事件を受けて、もうこの会社は駄目だろうとはっきり悟りました。海外販売は続けるかもしれませんが、日本国内ではもうどうやったって立て直しは効かないでしょう。

三菱の不正問題にはまだ続きがあるかもしれない。清水和夫が緊急寄稿(carview!)
三菱自動車の燃費不正、関与は実験部長に留まらず。拡大していくだろう(国沢光宏)

 もはや説明するまでもないでしょうが、三菱自動車が日産にもOEMで出している軽自動車二車種において燃費試験で有利になるよう基礎データを改竄していたということを20日発表しました。昨日は三成の評価がストップ高と書きましたが三菱自動車の株価は今日もストップ安で、ホークスの柳田選手の連続四球記録じゃないですが三菱自動車のストップ安が何日続くのかは一種見物でしょう。

 この燃費不正についてあちこちの報道を読む中、一番よく解説されているなと思ったのが上記リンク先の「carview!」の記事です。ジェイキャストなんか一応出典は書いているけどこの記事をまるまんま引用して自分とこの記事に使ってるほどですが、この記事にも書いている通りに本当にやらかした不正はこれだけなのかという点でやはり疑問に感じます。具体的に言えば海外販売している車種はどうなのか、仮に海外販売車種でも同様もしくは異なる不正が施されていればそれこそ第二のVW事件みたいに発展していくでしょう。
 また組織的関与についても現在は開発担当者の判断と三菱自動車側は説明していますが、上記リンク先で国沢光宏氏が指摘しているようにそれは有り得ず、複数部門が結託しなければ起こり得なかったと私も思えるだけに根はもっとずっと深いはずです。

三菱燃費不正問題を実燃費データから検証する(レスポンス)

 普段はあまりレスポンスの記事を評価していないのですが今回のこの事件については上記記事はよく取材されており、他メーカーの軽自動車と合わせてカタログ燃費と実燃費を比較しています。高燃費を謳う車というのは低燃費の車と比べ、概してカタログ燃費と実燃費の差が大きく開きがちなのですが私個人の感覚で述べるとその差は大体60%くらいで、カタログ燃費が30Km/ℓなら実燃費は18Km/ℓくらいになるとみています。レスポンスの記事の比較でも大体その通りでホンダの「N-WGN」が63.2%に落ち着いた一方、三菱自動車の軽二車種は50%台半ばと低く、今回の燃費不正で10%前後燃費が変わると発表していることから割とこの数字は不正があったことに合致するなという気がします。

 三菱自動車は過去のリコール隠し事件の影響から十年以上経っても「リコール隠しの三菱」という見方が強いです。そんなイメージが根強い中で今回の事件があってやっぱりその隠蔽体質は変わらなかったのかと消費者は考えてるでしょうし、実際に三菱自動車の社内もそうだったとしか言いようのない体質だったわけです。前回のリコール隠しの時も普通の会社なら潰れている所を三菱グループの強力なバックアップがあって命脈を繋げられましたが、さすがに今回ばかりは三菱グループもそこまで支援しないでしょうし、仮に支援があったとしても経営を継続できるレベルではないとも思え、ちょっと気が早いかもしれませんがもはや経営破綻は免れないでしょう。ランエボ大好きな奴田原さんとか、これからどーすんだろ。

 でもって仮に経営破綻するとしたら、どこが買うのか、でしょう。家電業界と違って自動車業界なら国内メーカーもあり得るでしょうが最有力候補はやっぱり中国の自動車メーカーじゃないかと思います。そもそも中国の自動車メーカーはエンジンをほとんど自作しておらず三菱自動車、並びにその親会社の三菱重工から大量に仕入れ購買しており地味にそのシェアは半端なく高いので、買収するメリットは低くはなく、何より現金持ち歩いているのが強いです。三洋、シャープに続くというか、自動車業界からも外資に買収される企業が出てくるかもしれないというのが現時点の私の見方です。ってか、ドラマの「ハゲタカ」がこういう展開だったような……。

  おまけ



 地味に夢のようなコラボが実現していたようです。

2016年4月20日水曜日

日本のベストオブ施政家~文官だっていいじゃない

 さっきスカイプ開いたら友人に、「今日は帰ってくるの早いね」とすかさず言われました。繁忙期が一段落しつつあるためすぐ帰ってきたのですが、なんか帰宅時間を常にチェックされてる旦那のような気持ちを覚えました。

 話しは本題に入りますがよく歴史議論で、「誰が最強の将軍」だとか「戦国最強は誰か」などと戦が上手い武将や将軍の比較をよく見るのですが、「誰が最も政治運営が上手かったか」というランキングはあんま見ないように思え、ならそうした政治運営を司った文官系の歴史人物の中でも特別優秀だと思う人たちを私の視点で挙げてこうと思います。前置きは以上なので、早速行きましょう。

1、藤原不比等
 歴史教育では「大化の改新で活躍した中臣鎌足の息子」として紹介されることが多いものの、実際の業績を見るならば中臣鎌足こそ「不比等の父」と紹介されるのが筋だと考えています。藤原不比等は主に天武、持統朝で活躍し、後の大宝律令の原型となる養老律令を編纂したほか平城京への遷都といった当時の大事業を政治家リーダーとして指導しています。特に養老律令は古代日本における法律体系のスタンダードとなり後世への影響力も計り知れないのですが、それ以上に不比等の場合は今も五摂家として脈々と続く藤原氏の実質的な開祖に当たり、ある意味では天皇家に次ぐレベルで系統の長い一族を開いた人物としても見ることが出来そうです。

2、石田三成
 早くも三成ですがここ数年での評価の逆転ぶりには目を見張るものがあり、恐らく今後もストップ高が続くんじゃないかと思います。何故急に彼の評価が高まったのかは今までよくわかりませんでしたが、多分「戦国無双」ってゲームでかなりいい感じにキャラが作られたことが何よりも大きいのではないかと思います。実際、このゲームでは幸村やガラシャを抑えて常に人気ランキングトップらしいし。



 この人気に便乗しようとしたのか、滋賀県も気合の入ってきた妙なCM風動画を作ってきています。にしてもこの作品、いい具合に昭和テイストを盛り込んであって作った人は真面目にすごいと感心します。

 真面目な評論に移りますが、彼が行政官として活躍したのは豊臣政権の一時期でしかないにも関わらずその業績は非常に幅広い上に深く、後世への影響力も半端なく大きなものです。彼が主導した太閤検地によって日本で初めて度量衡が統一され、また五人組制度や参勤交代制度といった江戸時代に継続して採用され続けた制度の下地を作ったのも三成で、見方によっては主君である豊臣秀吉以上に後世への影響力が強い人物だったとも言えるでしょう。
 仮にもし三成が豊臣家を裏切って徳川家に仕えていれば、南公坊天海や土井利勝といった江戸時代初期の政治家は出る幕もなく、日本史上屈指の政治家としてその名を残していたかもしれません。

3、大久保利通
 また時代が一気に飛びますが、現在の日本国の国家体制の基盤を一から作った人物となると間違いなくこの大久保利通が上がってきます。それまで薩長の有力者によって恣意的に役人を決める太政官制からの脱却を図るため省庁制度を導入し、日本で初めて官僚制度を整えたのを皮切りに、廃藩置県導入後の徹底、予算編成、果てには自ら借財しての公共事業の実施などありとあらゆる政治業務をほぼ彼一人(+博文)が指揮して成し遂げていきました。暗殺によって志半ばで死去しますが、仮にもし彼がその後も生き続けた場合、国会開設は早まっていたのか、それとも遅れることとなったのかは議論してみると案外面白いかもしれません。

4、高橋是清
 昭和金融恐慌、世界恐慌という二度の金融危機において大蔵大臣として第一線で指揮を取り、混乱する日本経済を見事に立ち直らせた実績とその実力は疑うべくもないでしょう。また日露戦争時に英国をはじめとした海外からの公債調達においても活躍されたと言われており、内政に外交と両方面で傑出した功績を残しております。彼の評伝はやや少ないようにも思いますが、戦前の経済政治家では間違いなくナンバーワンと誰もが目している人物なだけにもっと評価されるべきだと内心思っています。

5、池田勇人
 占領統治下の吉田茂、ノーベル平和賞の佐藤栄作、昭和元禄の田中角栄に囲まれて戦後の総理としてはやや地味というか目立たないこの池田勇人ですが、内政という業務においては私は間違いなく彼が戦後最高の実力を発揮した人物だと睨んでいます。大蔵官僚の役人として吉田政権下で活躍し、政界転出後はなんと当選一期生で大蔵大臣に就任してGHQとの経済交渉を一手に引き受け着実に成果を出し、「経済の事なら池田にお任せください」というキャッチフレーズと共に総理に就任するや「所得倍増計画」を打ち出し、復興を終えた日本のグランドデザインというか国家目標を編み出して国民を引っ張ったその実績はこちらももっと評価されるべきだと私は考えています。
 なおあまり知られていませんが池田は大卒後に大蔵省へ入省したものの、すぐ全身に膿がでる難病にかかり一時退職を余儀なくされます。この病気は計五年間も続き最初の妻は看病疲れで過労死するほどで、池田本人も激痛から何度も「殺してくれ」と洩らしたほどの壮絶な体験だったそうですが、病気回復後に大蔵省へ復帰するや有り余る能力を発揮して復帰者とは思えないほどの出世街道を歩むこととなります。一度「死」を体験したものの強さというべきでしょうか、地味に好きな戦後政治家であったりします。

自己愛の激しい人、自己嫌悪の激しい人

 以前に読んだ小保方氏の著書に対する佐藤優氏の書評にて佐藤氏は小保方氏のパーソナリティを、「自己愛の塊」と評しておりましたが、この表現に異論を述べる人はそんな多くはない、というよりはほとんどいないでしょう。実際自分から見ても自己愛の激しい人はこれまで直接間接含めていろいろ見てきましたがあれほどのレベルとなると確かに思い浮かばず、恐らく今この現状もフェスティンガーさんの認知的不協和を起こして自分ははめられただけで何も悪くなく、いつかきっと世間は理解していると本気で信じてそうな気がします。

 ここで引っ張り出した「自己愛が強い」ですが、わざわざ説明するまでもなくこの手のタイプは面倒だという事実をこの手の人間に関わった人なら誰もが十分に理解していることでしょう。自分なんか前の会社の上司がまさにこの典型で常に自分の自慢話か苦労自慢しか話さず、仕事でも常に失敗してるのですが景気がどうとかあともうちょっとで取れるとか交渉中だとか嘘八百を並べ立てて絶対に自分に非があるとは認めようとしない輩でした。挙句の果てには会社判断で進めていた話を中断すると決めたら、「そんなことするというのならもう自分は必要ないってことだな。それならば辞表を出す!」と言ってましたが、その後いつまでたっても辞表は出してくれませんでした。多分今でも自分は必要とされてるからクビ切られないとか思っているんだろうな。

 上のは私の身近な話ですが、芸能界でもう一人極端に自己愛が強いなと密かに睨んでいる人物として元フィギュアスケート選手の安藤美姫氏がいます。なんでこう思うのかという理由としてはテレビ番組にこの人が出てくるのを見ればすぐわかると思いますが何かコメントをする際に十中八九、「私もフィギュアの練習などで……」、「私もフィギュアの試合前とかに……」などと、確実に自分の体験談(それもほぼフィギュア関連)を引用して自分の話しかしないからです。相手の話に合わせて「その時はどういうこと考えたのですか?」などという返答は皆無に近く、よくここまで超然としてられるなと逆に感心します。なんていうか生き様もそんな感じするし。

 こんな具合で、正直なコメントを述べると自己愛が極端に強い人にはあんま傍にいてもらいたくないってのが私の本音です。遠目に見る分にはそりゃ楽しいかもしれませんが近くにいたらすごい疲れそうなので、何かとトレードオフする才能とかない限りは私もなるべく関わろうとはしないようにしています。

 では逆に自己愛が低すぎる人、自己評価が低い人、極端に来れば自己嫌悪の激しい人はどうなのでしょうか。多分今真っ盛りの就活の面接で、「あなたは自己愛が強い方でしょうか、それとも自己嫌悪の方が強いでしょうか?」と質問されて「自己嫌悪!」って言ったら真っ先に落とされてしまうでしょうが、ここだけの話、日本人は平均的に言えば自己嫌悪の方が強い国民性だと思います。端的に言ってアメリカ人と日本人を比べればもう歴然で、中国人と日本人とを比べてもやっぱり中国人の方が「自分大好き!」って屈託なく言ってくると断言できます。

 もちろん自己愛も自己嫌悪も極端でなければいいわけでどちらが強いか弱いかは優劣につながるわけではありません。社会学的に言えばアノミー論にもつながりますがどちらもほどほどのバランスを保っている状態が精神的には落ち着くとみられ、どっちかに大きく偏っているという自覚があればそれをバランスのいい状態に持って行こうと意識するのが割とベターだと私は考えています。実際、私が指導する人間にそのような傾向が見られた場合は、はっきりとは言いませんが自己愛が強い奴にはプライドをどっかでへし折ってやって、逆に自己嫌悪が強い人間には何かを持ち上げて自信をつけさせたりしてきましたし。

 ただ自己嫌悪が強い人間は、日本人が平均的にその資質を持っていながらも、極端なレベルとなるとほとんど見ることはないと思いますし私もそんなに会うことはありません。自己愛が極端な人がやたら目立つということもあるでしょうが自己嫌悪が強いかどうかはパッと見では意外と気づき辛く、またネガティブな表現してることもあってむしろそうした資質がばれないような行動を取ってくるので気づかないし目に入らないのも自然なことです。
 そこで私の持論なのですが、見分け方というより自己嫌悪の強い人に共通するのではと思う特徴として周囲に対する貢献意識や献身行動が極端に強いという点があるのではと密かに睨んでいます。それもなるべく割に合わない仕事とか作業を引き受けるようなタイプです。

 仮にこの通りであれば、自己嫌悪の激しい人が横にいると便利というか非常に楽できそうな気がするので、むしろそういう人が身近にいてくれれば助かります。平たく言えば日本人全体にこのような傾向があるとも思えるのですが、その一方でやはり極端に献身行動が強い人には心配に感じることも少なくなく、そういう人を見かけたら「もっと自分にワガママになれよ」って一声かけるようにはしています。
 まとめとしては、自己愛も自己嫌悪もどっちかに大きく振れたら意識して引き戻しバランスを保たせた方が無難だというのが私の意見です。

 ……多少愚痴になりますが、こういう話をして太宰治をすぐ確実に引用してくる友人に囲まれてた学生時代はよかったなぁと思うと共に、こっちが全力出して議論に臨む機会が最近めっきりなくなった現状を寂しく思います。

2016年4月19日火曜日

日本の電気自動車がテスラに敗北すると思う理由

 最近お金使い過ぎだと思うから節約しなきゃと思ってた矢先でまた衝動買いをしてしまい、輪行用の袋を昨日買ってしまいました。輪行と聞いてもすぐわからないと思いますが要は自転車を丸ごと入れて運ぶための袋で、さりげなく寄ったジャイアントのお店で店頭にある袋を指さして、「これいくら?」と聞いたら1980元(約4万円)といわれ、もっと安いのないかと聞いたらすぐ480元(約1万円)を出されちゃもう買うしかないです。店の親父には、「日本に持って帰るの?」と聞かれましたが、約一ヶ月ぶりに来たのに私が日本人だってことをしっかり覚えてる辺りは見事なもんです。
 ってか、やたら頻繁に来る変な日本人って噂されてるのかも……。

テスラは未来のクルマか?(ITメディア)

 そんなわけで本題入りますが、以前に米国屈指のカリスマ経営者であるイーロン・マスク氏を取り上げた際に彼の起ち上げた電気自動車(EV)メーカーのテスラモーターズも紹介しましたが、やはり話題になっているというか私だけでなくあちこちでもこの会社はよく取り上げられています。上記リンク先の記事もその一つなのですが、見出しを見ればわかる通りにどちらかと言えばテスラの悪い所を突っつくかのような書き方がされてて、元々ITメディアの記事は前から好きじゃないというかライターの質があんまりよくないな(無駄に専門用語を並べ立てようとする癖がある)と思ってはいたものの、この記事も読んでてアホかいなと思うところと思う点がいくつか散見されました
 まず最初に目についたのはテスラの車の問題点として過大な車重を指摘している点です。具体的に引用すると以下の部分がそれに当たります。

「各方面の報道でモデルSの車両重量を調べてみると、その重さは実に2.2トン超えというものだ。リーフは1430kgから1480kg。日産のエンジニアはこういう現実的な車両重量に収めるためにバッテリー容量にタガをかけているわけだ(関連記事)。単純な話、2.2トンもあると立体駐車場の重量制限を超えてしまう。都市部で駐車するなら平場の駐車場を探し回らねばならない。」

 通常、コンパクトカークラスの車重は1000kg弱で、ミドルハイクラスセダンなら1200kg辺りです。1500kgを越えたら「重たい車」と言ってもよく、そういう意味では約2200kgあるテスラのモデルSは確かに「とても重たい車」ですが、EVという特殊な車で高い航続距離を稼ぐために電池を乗せることを考えると別にアリなんじゃないかと私には思います。
 引用した箇所で一番気になったのは「立体駐車場の重量制限を超える」という記述で、なんで気になったのかというと、立体駐車場という存在は日本国内以外にはほとんどないからです。調べりゃすぐわかりますが立体駐車場を作るメーカーというのはIHIとか日立など日本の重機メーカーが世界トップをほぼ占めており、何気に日本国内で一番消費されてたりもします。逆を言えば世界じゃあんまり存在しないのだから、グローバルでの販売に当たって立体駐車場に乗れるか乗れないかを気にするのはナンセンスなわけで、余計な揚げ足取りもいい所でしょう。日本、それも都内でしか売らないってわけじゃないし、都内での販売だけを気にするのもそもそもあれだし。

 またこのコラムの筆者はテスラの車はEVではあるが高馬力なスペックで作られてるため全体的にはエコな乗り物じゃないと踏まえた上で、「テスラが加速性能と航続距離を誇らないモデルを作ったとき。それこそが電気自動車の本当の夜明けになるのではないか。」と述べてますが、だからなんだというのが私の正直な感想です。逆に私の方から言わせてもらうと、多分テスラの連中はエコな乗り物を作ろうっていうのは二の次にしか考えてないと思いますし、逆にエコな乗り物にこだわってて日系EVメーカーは失敗したと私は考えています。

 元々、世界で初めてEVを量産販売したのは日本の三菱自動車で、待望すべきその車種は「i-MiEV(アイミーブ)」です。しかし発売当初でこそ受注に生産が追い付かない売れ行きだったもののその後は伸び悩み、最近に至っては街中で見かけることすらもうほとんどない状態ではないかと思いますし、EVと聞いてアイミーブを思い浮かべる人もほぼいないでしょう。
 続いて量産販売されたのは日産自動車の「リーフ」です。軽自動車のアイミーブに対してリーフはコンパクトカーサイズのEVで、また航続距離もアイミーブより長く現状における知名度や販売台数ではこちらのリーフに軍配が上がるでしょう。しかしそのリーフも最近売れてんのかというと売れてるとは聞かないし、日本の街中ではたまに見かけられますがそれでもプリウスやアクアといったハイブリッド(HV)車の方が断然多いです。

 一体何故日本のEVはそんなに人気とならなかったのか。私に言わせればエコな乗り物でしかないからだと思います。CO2排出量や走行に必要なエネルギー量で上記二車種は確かにHV車を上回る環境性能を持ち合わせていますが、それ以外に何があるかというと何もなく、利便性においてはむしろ充電の手間や短い航続距離、限られた充電スタンドなどといったデメリットの方が多いでしょう。またアイミーブに関しては発売当初、リチウムイオン電池確保の問題で1日30台くらいしか生産できずスタートダッシュに失敗してますが、この点もやっぱしっかり考慮すべきだったでしょう。

 あまり長く書いてもしょうがないので言いたいことを書きますがやはりEVを買おうと思う人たちは、エコな環境性能とか高い燃費能力とかではなく、ほかの車とは違う特別な何かを求めていたし今も求めている気がし、言ってしまえば高級車を買おうとする動機に近いと思います。「EVという特別な車や、どや凄いやろ!」というような、今までのガソリン車とは根本から異なる新規に新しく今までにない特別な車を求めようという期待が一番大きいように思われ、そういう意味で今の時代でEVは「大衆車」ではなく「スペシャリティカー」であることが根本的な価値でしょう。
 このような視点から見てテスラのEVはやっぱりよく出来てると思うのですが、EVがもたらす強力なトルクによって実現する加速力、一目でテスラとわかる目立つアウトデザイン、あらゆる走行設定を車内コンピューターで制御するシステムや豪華な内装など、どれも今までの車にはなかったような特別な試みがあちこちに仕掛けられています。また生産能力が低いことを逆手に取るかのように「特別な超高級車」として売り出したことも会社の状態を考えれば理に適っています。

 先ほどにも述べた通りテスラの開発者たちはそれほどエコな性能にこだわっているようには見えず、むしろ新しい技術をどれだけ自分たちが作る車に詰め込むか、またそれでどれだけうまくビジネスに仕立てて売り出すかをイーロン・マスクを筆頭に考えているように見え、CO2がどうとかこうとか燃費がどれだけお得かなんてほとんど思慮に入ってない気がします。またテスラのEVを購入する層も環境は二の次、むしろ今までにないドキドキとワクワクをテスラに求めてるようにしか見えません。

 それに対して日本のEVは先ほども言った通り泣きたいくらいにエコであることしか特徴がありません。デザインは二車種ともなんだかよくわからないしかっこ悪いデザインで、アイミーブに至っては既存の「i」の流用でした。車載ソフトがどうとか、驚くような加速とか、オートクルーズとかそういう真新しく今までにない物は全くありませんし航続距離の点でもテスラと比べて泣きたいくらい短いです。何故そうなったのか説明するまでもありません。三菱も日産もEVをスペシャリティカーではなく大衆車として売り出そうとして、余計な費用はかけようとせずコストダウンに走りに走って「電池で走る」ことだけに注力した結果でしょう。どうせ生産能力が限られてたんだから、もっと高くてもいいからスペシャリティカーとして作って売ってればよかったと思うのですが。

 環境について意識する人は多いものの、利便性とトレードオフしてまでもという人はやはり限られます。それであれば利便性といくらかの環境性能が両立できるプリウスやアクアが良いように思われ、私でもそっちを迷わず取ります。しかし、もし自由に使えるお金があるのであればやっぱりテスラのEVことモデルSを買うでしょう。なんでかっていうと、普通の車とは全然違うし、早いし、格好いいし、利便性が悪くてもワクワクして面白そうだからです。こういう視点がメーカーはおろか、さっきの記事書いた人にもすっぽり抜けているんだなというのが私個人の独りよがりな見方です。

2016年4月17日日曜日

地震予知研究に価値はあるか?

 昨夜友人夫婦と食事した際に友人の奥さんにチョコレートの「ゴディバ」のロゴマークは、領主の奥さんが減税を求めて裸で馬に乗って疾走したというエピソードがモチーフで、そのエピソードはイギリスのストラットフォードアポンエボンという場所が発祥だと教えたところ物凄く受けがよかったです。甘い物関係のうんちくは女性の受けがいいなと思いつつ、その横では焼き鳥に備えられていたわさびを柚子胡椒と勘違いした挙句に大量にくっ付けて食べたため友人がひとしきり悶絶してました。ちなみにつけるところは見てたけど、「オイオイ大丈夫かよその量?」と思いながらも敢えて指摘しませんでした。

 話しは本題に入りますが、また地震の話で申し訳ないと思いながらも何気に高校三年時の理科選択科目に地学を取っていただけに「地球科学」の血が少し騒いでいます。特に今回気になった点としては、かつて九州地方の地震に警鐘を促した人はいたのだろうかっていう点です。
 これは東日本大震災の折にも少し議論となりましたが、地震に関係する学者たちは誰もが中部地方を中心とした東海地震が近くやってくると予想しておきながら誰一人として東北地方の大地震を言及することなく、それどころか過去の記録から警鐘を促そうとした人は学界から干されたという、真偽は確認しかねますが少なくとも学界ではほとんど話題にはなってなかったのは事実です。その一方で近くくるくると言われ続けた東海地震に関しては、私が学生だった2003年には国のホームページで、「2004年には絶対来る」とまで書いていましたが未だ来ず、その間に東日本大震災、そして今回の熊本地震が起きることとなりました。

 もちろん地震予知が非常に難しい作業だということは理解しています。にもかかわらず何故、東海地震だけがこれほどまでに強く警戒されて主張が半端なく強いのか、この点が腑に落ちません。要因としては日本の中心工業地帯であることと津波による影響が考えられるために被害規模が膨大であるという予測がされているためでしょうが、なんていうか主張が強すぎるというか、それ以外の地震に関しては黙殺しかねないようなそういった印象すら覚えるわけです。
 今回の熊本地方についても九州には地震が来ないというような、なんか妙な俗説めいたものがあった気がします。過去の記録を遡ればそんなこともないというのに、こうした点で地震学会はちゃんと必要が警鐘を行っていたのか、はっきり言えば疑問を感じざるを得ません。

 そもそもその地震学会も真面目にやってる人はもちろんいますが、過去にはナマズが地震にどう反応するとか、地震前後の大気の影響とか、いくら何でもちょっと的外れな研究テーマをやってた人もいたと聞きます。まだ断層の周期変動とかならわかりますが、もう少し実になる研究をやってもらいたいし、予測が無理なら無理で事前対策方面に力を入れてほしいという気持ちがあります。

 最後にもう一つ気になることとして、東日本大震災が発生した2011年中に発売が予定されていた「絶体絶命都市4」という、大地震からのサバイバルをテーマにしたゲームがありましたが、このゲームは東日本大震災を受けて発売が中止されました。しかし開発チームが独立して、元の開発会社からこのゲームの版権を買い取り再発売に向け計画されているとこの前報じられていましたが、今回の地震を受けてどうなるんだろうかちょっと心配です。
 なお私はこのシリーズの3はプレイしていますがストーリーがご都合主義だし操作性も悪く、間違いなくクソゲーでした。ただ会話選択肢はアイレムらしく面白く、分かれる仲間にヒロインが食料を分けてあげましょうよと提案した所、「あんたなんかにあげるくらいなら、全部私が食べてやる」という選択肢が含まれてて、ほんとに全部食べきってしまうなど斜め上な選択肢が豊富でした。
 あ、あとテーマソングの「キミの隣で」はほんとに名曲。最近ああいうシンガーソングライター系の曲少ないし。

2016年4月16日土曜日

熊本地震に対する中国の反応

 余計な前置きは抜きにして書くべきことをつらつらと書いて行きますが、先日熊本県で発生した大地震に対して中国でも大きく報じられています。さすがに東日本大震災時の報道規模と比べれば劣りますが、テレビニュースでも長い時間報じられ、中国人リポーターが派遣されて被災者などに直接インタビューするなど強い関心がもたれています。割と中国のテレビは提携しているNHKなどの映像を使って報じることが多いのですが、今回の地震に関しては直接取材がされており、また倒壊した建物などもよく撮影しているように見えます。

 報道の中心としてはやはり建物の崩壊ぶりと共に説明する地震の規模で、熊本城に関しては崩壊前の映像と比較するなどして、「著名な建築物である熊本城も大きな損失を受けた」と報じられていました。報道姿勢は比較的同情的で、わけのわかんない奴がもしかしたら言っているかもしれませんが日本を皮肉ったりざまあみろみたいに言う連中はまともな中国メディアにはいません。まぁこの点で東日本大震災時に、「これは日本への天罰かも知れない」とか抜かした石原慎太郎氏に今回の地震も天罰ですかいなと敢えて聞いてみたいもんですが。我ながら、よく覚えている。

 なお、現在上海では嵐と言ってもいいほどの豪雨が今朝から続いています。恐らく明日の未明仮早朝にはこの雨雲が日本の九州地方も通り、日本の天気予報でも同じく降雨予測が出ております。言うまでもなく心配なのは雨による震災地域での土砂崩れで、昨日に屋内避難を進めるよう求めた政府に対して熊本県知事が余震を恐れる被災者も多いなどと「現場を分かっていない」と発言したそうですが、これまではともかくこの後は激しい降雨が予想されるだけに、今は一刻も早く屋内への収容を進めるべきだと思うだけに非難をするつもりはありませんがこの議論に関しては私は政府の姿勢を支持します。

 最後に、被災された方々にはこの場において深くお悔やみ申し上げます。

2016年4月15日金曜日

女性の過労死が今、増えているのか?

日本の「過労死」問題が深刻化 女性の過労死が増加(人民網日本語版)

 上記リンク先の記事は先週に人民網こと人民日報日本語版で、自殺問題に関しては一家言ある私が見出しを一読してすぐに興味を持った記事です。内容に関しては元記事を見てもらえばわかる、というより見出しだけでも十分わかるでしょうが近年日本では男性の専売特許と見られていた過労死をする女性が増えていると報じております。ネタ元というか出典はどこなのかと見てみたら記事中に、中国でも最強の右翼系新聞社が運営する環球網というサイトが米CNBCの報道を引用したと書かれてあるのですが、ところがどっこい私がちゃんと調べたらロイター発の記事でした。ってかこいつら全員ちゃんと出典元くらい調べろよな。

Death by overwork on rise among Japan's vulnerable workers(REUTERS)

 上記リンク先がロイターの東京駐在記者が書いた元記事で、割かし読みやすい英文なので興味ある方はぜひチャレンジして読んでみてください。私はこのところ毎日仕事で翻訳してるから読みたくなくて斜め読みしかしてませんが。

 書かれてある内容は基本的に人民網がフォローしており、記事中に出てくる日本人弁護士の名前もそのままで、この弁護士が手掛ける案件なのかどうかまではわかりませんがかつて過労死案件は95%が男性だったものの近年は女性が20%を占めるようになってきたと書かれてあります。もう一つ女性の過労死が増えている根拠として挙げているデータとしては最終段落にある、

「厚生労働省の統計によると、過去4年の間に、29歳以下のグループを見ると、仕事が原因の自殺が45%増え、女性従業員の自殺件数も39%増加した。」

 という記述ですが、取り上げといてなんだけどこのデータはほんまかいなと思う怪しいものです。というのも私がちゃんと調べたら厚生労働省がホームページで公開している自殺統計データは平成15年のしか見当たらず、むしろ内閣府の方が毎年きちんと自殺の統計データを出してます。でもって試しに内閣府の平成27年と平成23年のデータを見比べてみたところ、20~29歳の女性で自殺原因が「勤務問題」に分類されている自殺者数を見たら平成23年が95人だったのに対し平成27年はなんと75人と20人も減ってますっておい、4年で45%増えたんじゃねぇのか!?
 という具合で、記事中で引用しているデータの根拠は確認できませんでした。このデータ自体はロイターの元記事にも書かれていますが、ただ単に私が元データを見つけられないのか、それとも引用した連中は誰も元データを確認しようとしなかったのかいろいろ疑問を覚えます。自殺統計データの発行元が厚生労働省ではなく内閣府である点を考慮すると後者である可能性が高いのではと思いますが、いい加減なことばっかやってないでちゃんと仕事しろよと関係したライター共には言いたいです。なんで関係ない私がいちいち検証しなくちゃならないんだろう……。

 ただこうしてデータを検証しておきながらですが、あくまで印象論である前提で述べると日本で女性の過労死は増えているのではないかと内心思います。そう思う理由としてはいくつかあり、

1、女性の社会進出はかつてより確実に増えている
2、女性に限らず男性でも鬱になる人が増えていると聞いている
3、日本人が鬱になる理由はほとんど仕事絡み、わずかに介護絡み
4、未婚女性が増えている
5、このところ「女性の貧困」に関する特集記事をやけに見る

 一つ一つはともかく上記五つの理由はどれも連関しており、総合的に考慮するならこれでも女性の過労死が増えないってのは有り得ないのではと思うくらいの連荘ぶりです。またただでさえ世帯収入がどんどん下がっている中、未婚女性が少ない収入でやりくりするのも理解できない話ではなく、でもって無理して働いて過労状態になるのも自然な成り行きかなと思うわけです。にもかかわらず何故自殺カウントデータは減っているのかですが、統計上できちんと自殺が認知反映されているかでやや議論の余地があり、また自殺未遂とかも含めるといろいろ変わってくるんじゃないかと思います。あくまで印象論の話として。

 でもって一番最初に引用した記事を見た時に私が思い出したのが、ワタミの女性従業員過労死自殺事件です。事件自体はワタミならよくあることかもしれませんしこれが女性ではなく男性だったら大きく報じられることもなかったでしょうが、女性であっても容赦なくブラックな労働を押しつける社会になったということを象徴するような事件だったと今更ながら思います。それだけに、余所でもこういうの起こってそうだし、女性の過労死が増えてると聞いてもそうかもねと思ったわけです。

 既に大分詰め込み過ぎな気がしますが最後にもう一言述べると、大本のロイター記事をみると冒頭で「death from overwork」とともに「karoshi」という単語が書かれてあるのにやれやれという気持ちにさせられました。意味分かる人はもう読み飛ばしても構いませんが、欧米人の感覚からすると「死ぬまで働くなんて奴隷でもないのになんで?」という印象を持たれているのかもしれず、そんな概念が初めから存在しないからこそ「過労死(Karoshi)」という日本語の単語がそのまま使われたのでしょう。
 この辺の感覚は日本人か韓国人にしか案外理解されないかもしれず、逆に欧米人とか中国人からしたら死ぬような仕事を辞めようともせず続けるのはクレイジーだと思われるでしょう。一般的な日本人の感覚からぶっ飛んでしまった私からしても同じように……と言いたいところですが、さすがに日本出身なだけあって死んでも仕事にしがみつこうとする日本人の感覚は理解できてるつもりです。

  おまけ
 名古屋に左遷されたうちの親父は私が子供だった頃、文字通り朝から晩までずっと働きづくめだったのでお袋から、「過労死した時の証拠になるから勤務した時間を毎日メモっておいて」と言われてました。当時は何とも思わなかったけど、今思うと随分と血も涙もないことを言われてた気がする。

  おまけ2
 本当はこの記事は昨日に書く予定でしたが、昨日朝起きたら全身が痛い上に気だるく、吐き気を催すほど体調悪くて断念しました。一昨日までは元気に動き回ってたのに一体何故こうなったのか全く分からなかったものの一応きちんと出社して定時まで働きましたが、同僚からはこのところ残業が増えていることから、「過労では?」と心配されました。なんで過労死に関する記事書こうとしていた矢先に過労疑われてるんだろうと、不思議な気持ちを抱えたまま昨夜は夜8時に布団に入りました。でもって夜中12時に目が覚めるし。