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2017年4月22日土曜日

朝日新聞の朝鮮人虐殺削除報道について

 この数ヶ月、普段の仕事が忙しいこともあって休日ともなると昼寝をしてほぼ毎日十五時間くらい寝ていましたが、今週に入ってからは大分楽になってきたこともあって今日は珍しく昼寝せずに稼働し続けました。ただその反動があってか、現在中国時間8時過ぎですが目が痛いし眠たい。
 話は本題に入りますが、現金強奪事件が相次いだこともあってあまり大きく騒がれてはいないようですが、朝日新聞の報道を巡ってちょっとした議論が起きています。

「朝鮮人虐殺」含む災害教訓報告書、内閣府HPから削除(4/19 朝日新聞)
内閣府、朝日記事を否定 ホームページの「朝鮮人虐殺」削除報道、抗議も検討(4/20 産経新聞)

 概要を簡単に説明すると、4/19に朝日新聞は上記リンク先の記事で内閣府が配信している「災害教訓報告書」の中から関東大震災中に起きた朝鮮人虐殺に関する記述が外部からの批判などを受けたことにより記述が削除されたと報じました。これに対し翌日の産経新聞では、内閣府への取材ではそうした記述に関する外部からの批判などそもそもなく、システム上の問題から街灯の文書が配信されない状態であると朝日新聞に対しても説明したと報じています。

「朝鮮人虐殺」記述HP、閲覧可能に 今月中にも、内閣府「削除ではない」(4/20 朝日新聞)

 産経の報道と同日、朝日新聞は再び内閣府の回答として該当の記述は削除ではなくシステム上の問題で閲覧できない状態であり、近く再び閲覧できるようになるという、ほぼ産経新聞が報じた内容の通りに報じ直しています。ただ朝日の記事では末尾に、電話での取材時には苦情のため削除したという回答があったと書いてあり、あくまで当初の報道した内容は事実に基づいているという意地を見せています。

内閣府のHP、報告書再掲載 「朝鮮人虐殺」記述(4/21 朝日新聞)

 朝日の方では翌21日にもこの問題を報じており、「無事、再掲載されました」的に報じています。苦情云々についてはもう触れられていません。

 あくまで現況に基づいた観点で述べると、この問題については産経に分があるように思えます。理由としては朝日と内閣府で「苦情があったかないかで」真っ向から意見が食い違っているにもかかわらず、朝日側は20日以降の記事ではシステム上の問題であ配信できなくなっていたと内閣府の主張通りに報じており、21日の記事に至っては苦情については触れておらず、どことなく及び腰で全体的にやや打ち震えた文章であるような印象すら感じるからです。
 では何故このようなこととなってしまったのか。少なくとも産経の報道内容から察するに朝日新聞が18日に内閣府へ電話取材したことは間違いない事実でしょうが、その際の内閣府の回答内容がどうして食い違ったのかがポイントです。考えられるケースとしては、

1、内閣府は当初、朝日新聞が報じた通りに「苦情云々」が理由で削除したと回答した。
2、朝日新聞側が「苦情云々」で削除と記事へ勝手に付け加えた。

 実質この2パターンしかないということになります。しかし朝日新聞は産経新聞側からのこの件に関する取材に対し、取材内容などについての回答は控えると、自分たちの正当性をピーアールせず、その後システム上の問題と後から報じ直していることから考えると、疑うべきは朝日の方でしょう。

日本政府、関東大震災当時の朝鮮人虐殺報告書をホームページから削除(ハンギョレ新聞)

 この問題で地味に鬱陶しいのは海外報道です。既に韓国のハンギョレ新聞が朝日新聞からの引用という形で「苦情云々」という理由で文書が削除されたと報じています。細かくは見ていませんが恐らく、その後システム上の問題だったとは決して報じられていないでしょうし今後も報じられず、悪い印象だけ残してこの記事だけ残るでしょう。
 仮に誤報であれば、朝日新聞は一体どうこの問題の落とし前をつけるのかと問い正したいものです。誤報により無駄に海外からの日本の印象を下げさせたということになり、しかも内容がデマから発生した朝鮮人虐殺に関することなのに自分がデマ(誤報)を流してどうするつもりか、しかもあくまで誤報だとは認めるつもりはないのかと、もし誤報であったらこんな風に批判したいところです。

 恐らく朝日はこの件について真偽はどうなのかこの問題について検証することはなく、反省しないままなかったことにするでしょう。しかし従軍慰安婦問題といい、誤報を流したものには相応の報いを、具体的期に言えば局長級の責任者の更迭位はやらないのであればメディアとしては落ちたものでしょう。

 それにしても、そろそろ時効だから言いますが代々朝日新聞の家系の出なのに自分も容赦ないなと思います。まぁ日本の新聞でもっとひどいと思うのは毎日ですが。

2017年4月21日金曜日

歴史上で嫌いな人物

 今日ふと思ったこととして、嫌いな人物がこのところ減ってきました。前は政治家や芸能人など嫌いな人物が掃いて捨てるくらいいたのに、今だと強いてあげても政治家ならぶっちぎりで野田聖子議員が来てその後に森元総理、脱法ハーフこと蓮舫代表くらいしかこず、小沢一郎も嫌いですが最近影薄いので気にならなくなってきました。っていうかこの時点で「おるやん」とか言われてるかもしれませんが。

 一方、こと歴史分野になるとめっきりいないというか、よくよく考えてみると「梟雄」と言われるような人物がだんだん減ってきているような気がします。というのも「歴史上では悪人のように言われているが、実はいい人だった」的なエピソードが盛んに喧伝され、あの松永久秀も「大仏殿を焼いたのは実はこいつじゃない」、「梟雄と呼ばれた一方で領民からは親しまれていた」などと言われてなんかイメージが変わってきています。
 むしろ領民視点で言えば江戸時代の大名の方が問題のある人物が多く、有名なのだと会津騒動の加藤明成など、悪政が伝えられる領主はむしろ平和な時代の方が多いでしょう。

 そんなこともあってか最近だと名前を聞くだけでイライラするような、講談とかでとっちめられてスカッとするような歴史人物となると、恐らく私だけでなく他の人にとっても少なくなっているのではないかと思います。関係ないかもしれませんが、最近の仮面ライダーとかでショッカーのような露骨な悪の組織が出て来ず、むしろライダー同士で殴り合ってるのもそうした風潮が反映してるのかもしれません。

 そこで改めて私の中で何があっても許せない歴史人物がいないか考えてみたところ、真っ先に挙がってきたのは東条英機でした。彼もほかの梟雄ともども一部で再評価する声や擁護意見が出てきていますが、それら意見を考慮してもやはり彼の行動や決断は愚かにも程があるというべきか、「竹槍で飛行機が落とせるものか」と批判した新聞記者を抹殺するために40歳近くの男性をその記者を含めて無理矢理徴兵し、無駄に戦地に送り込むなどは正気の沙汰ではありません。
 同じくインパール作戦の牟田口廉也も然りで、もっとも彼は東条と違って一切擁護意見など出ていませんがやはり許せない人物なだけに、ダンテの「神曲」の様に地獄で苦しめられているとか書かれてあれば胸がすく思いがするでしょう。

 この二人の様に、やはり歴史上で嫌いな人物となると戦時中の明らかにおかしな決断をした連中ばかりとなってしまいます。松岡洋介もそうですし近衛文麿もそうだし、なんか自分で挙げてて時代狭くないかと思えてなりません。
 ほかの時代で無理矢理挙げるとしたら、搦め手としては松平定信、朝鮮からは閔妃や李承晩、中国だと唐の玄宗と袁世凱、鎌倉時代からは公暁といったところですか。昔は嫌いな人物で世の中溢れていたというのに、なんか変に丸くなってしまったのかなと思えて余り気分良くないです。

2017年4月20日木曜日

私の好きな食べ物

 なんか自分で書いてて見ていて痛いスイーツ系女子ブログみたいな見出しだと思いますが、最近なんかぶっ飛んだこと書いてないので今日は自分の食べ物の好みについて書きます。

 知ってる人には早いですが現在私が寄稿しているJBpressではコラムニスト一覧の中に私の名前が入っていますが、他の人たちは学歴を始めとした経歴をびっしり書いているのに対し、何故か私だけが「元通信社の記者。好きな食べ物はせんべい、カレー、サンドイッチ」という今時売れないアイドルでも書かないようなプロフィール欄になっています。なお最初は「好きな食べ物はせんべい」だけとしか書いてなかったものの、もうすこし長くしてほしいと言われて「じゃあカレーとサンドイッチ追加して」と返事して実現しました。

 わざわざプロフィール欄に書くくらいだけあって、せんべいは実際大好きです。具体的にはしょうゆ味の厚焼きが好きで、ゴマ入った奴は逆に嫌いです。以前、香港で働いていた時に日本から友人が訪ねてきてその際にせんべい2袋を持ってきてくれたのですが、部屋でその友人と会話している最中ですらバリバリと食べ続け、一袋8枚入りでしたが確か話しながら普通に一袋全部開けていました。その間、友人には一枚たりとも分け与えることはありませんでした。

 カレーとサンドイッチについては以前にも書いたことがありますが、昔新聞社で働いている頃の昼食はこの二択で、カレーを三日連続で食べても気にせずに食べ続けてました。サンドイッチについては中の具材変えれば味がいくらでも変わるから、「好きな食べ物」といっても固定されることがないだろうという妙な判断から加えています。

 これら以外で好きな食べ物となると単純に甘いものが好きで、酒が飲めない人間には大体共通していますが、甘味系が充実している京都で過ごしたこともあってか甘い物は普段からよく食べます。なお京都はスーパーでもやけに凝ったプリンが毎日どこでも売られていて買い物の際には必ず買ってました。
 甘味系では以前はよく抹茶系の味を好んでいましたが、なんか最近は前ほど食べたいと思わなくなり、ケーキ類もチーズケーキをよく食べるようになってきています。ケーキとくれば以前の中国では砂糖の味が極端に強いマズイケーキばかりでしたが、最近は段々とレベル挙げてきて、ちょっとした街中のケーキ屋とか喫茶店でもおいしい物が食べられるようになってきています。ただプリンだけは未だに発達しておらず、やけに高い割にはまずい物ばかりなので一切手を付けていません。

 このほか食べ物好みというか傾向では、炭水化物をやけに多く取る傾向があります。巷でよく炭水化物ダイエットと言って炭水化物を断つダイエット法がありますが、私は確実にほかの人よりごはん類を食べますが生まれてこのかた痩せ形から脱したことがありません。
 どのくらいご飯を食べるのかというと、学生時代もお世話になった「かつ蔵」という京都に本店があるとんかつ屋が上海高島屋にも出店しているのでよくいくのですが、ここはごはんおかわり自由なのでほぼ確実におひつ二杯は食べます。量にすれば二合弱だと思いますが、自宅でご飯食べる時も一食で一号は割と普通に食べます。現にさっき、昨日炊いたけど結局食べなかったごはん一合をまるごとお粥にして、一杯の味噌汁と共に全部食べました。魚くらい近くで買ってくればよかったな。

2017年4月19日水曜日

現代日本人は「生き残りたい」?


 上の曲は「マクロスF」というアニメの主題歌に使われた「ライオン」という曲ですが、この曲で特徴的なのはアニメ本編がダブルヒロインであることにかけてデュオ曲であることもさることながら、サビ部分で幾度となく「生き残りたい」という言葉を繰り返す点でしょう。実際私も初めて聞いた時は「なんやこの曲?」という具合でギョッとしました。
 なお前後の歌詞は「舐め合ってもライオンは強い 生き残りたい 生き残りたい まだ生きてたくなる 星座の導きで今~」となっており、歌詞に全く脈絡がなく「生き残りたい」という単語しか耳に残らないように出来てます。

 そんなこの曲ですが、実はアニソンのカラオケ使用曲としては「残酷な天使のテーゼ」に続いて二番目に多く歌われる曲だそうです。どうでもいいですが学生時代に「残酷なニートのテーゼ 窓辺からやがて飛び立つ♪」という替え歌が周囲で流行りました。
 話は戻って「ライオン」についてですが、どうしてこの曲がこれだけ流行ったというか人気を博しているのかについて考えたところやはりその特徴的な歌詞に理由があるのではないかと思うと同時に、地味に日本人の心の声を拾っているからじゃないかと久々に頭のまわっていた一昨日に閃きました。言い変えれば、現代日本人の願望は「生き残りたい」という言葉に集約されるのではないかと言いたいわけです。

 このように考えたきっかけは最近日本人、特に若者と話をしていて「将来何かしたい事とかあるの?」と聞いたりすると、その場ですぐ明確に答えず曖昧な回答に終始することが多く、しつこく何度尋ねても本音を言わず、どちらかと言えば体裁を整えた返事しかしないことが多かったからです。なにも人生すべてを投げ打つかのような崇高な目標を聞いてるわけでなく、「こういう仕事に付きたい」とか「将来何かしら文章で作品を残したい」などのアバウトな答えでいいのに何故それすらも言えないのかと観察した所、あくまで私の見方ですが、そもそもそういう具体的な目標めいた本音なぞ初めからなく、むしろとことん追求した所で出てくる根源的な願望というのが冒頭の「生き残りたい」に集約されるのではないかと思えてきたわけです。

 これはなにも最近の若者に限るわけでなく、私が学生だった頃の周囲の人間もほぼこうでした。就活において何かやりたい仕事とかそういうものを目指すわけでなくまずは内定を得ること、次にブラック企業じゃないところで働く、その上でなるべく安定した仕事でワークライフバランスを保つという順番で願望を持っており、やりたい仕事とか希望する職種などへの意識は非常に低いものでした。恐らくこうした傾向は現在にも当てはまるように見え、やりたい仕事よりも安定した職業生活を求めてる人が多いように思えます。
 また若年層に限らずとも、壮年層においては「なるべく今の状態のまま定年まで逃げ切りたい」という意思が見え隠れする発言が多い気がします。実際ちょっと前まで大変だったシャープ社内で定年退職する人はめっちゃいい笑顔だったという話を聞きます。

 なにも現代日本人が「将来こうしたい」みたいな希望や願望を何も持っていないとまでは言うつもりはありません。ただ、そうした希望や願望以上に「生き残りたい」という意思の方が幅を取っているというか強すぎるのが今の日本を包む状況ではないかと私は見ているわけです。愛だの希望だのよりもとにもかくにも生き残りたいというのが今の日本人のメンタリティで、言うなれば発展性よりも現状維持の方についつい思考が向きやすいのかなというわけで、攻めるチャンスがあってもなかなか攻めないものの、後退しそうな状況になって必死で頑張り出すみたいなイメージです。

 だからこそ冒頭の「ライオン」という曲が、変な具合に琴線というか日本人の声には出ないけど叫び出したい本音に触れてヒットしたのかなというのが私の見方なのですが、もしそうなら日本の未来はウォウウォウ言うよりもそういったサバイバル感のする歌詞の方が今の時代は受け入れられやすいのかもしれません。
 考えがここまでに至った際、私の中で真っ先に浮かんだのは以下の歌詞というかAAでした。


イェイ!イェイ!イェイ!イェイ!イェイ!
    -=≡ ∩ 彡⌒ミ ∩
 -=≡   .ヽ(´・ω・`) /
-=≡     (    /
 -=≡   (   ⌒)
  -=≡  し  し'

ウォウ!ウォウ!ウォウ!ウォウ!

     彡⌒ ミ
     (´・ω・彡⌒ ミ
   彡⌒ ミつ(´・ω・`) ))
(( (´・ω・`) ( つ  )
   ( つ  ヽ  とノ  
    〉 とノ )^(_)
   (__ノ⌒(_)

2017年4月16日日曜日

中国で定期預金(理財商品)を買ってみた

 先週末、前から興味があったので中国の銀行で定期預金(中国語:理財商品)を購入してみましたので、その顛末とかを軽く紹介します。

 簡単に中国の銀行業界について先に説明すると、まずいわゆる国有銀行と呼ばれる中国銀行、中国農業銀行、中国工商銀行、中国建設銀行からなる四大銀行が銀行業界のトップに君臨し、その下に各地方政府が持つほぼ国有の地方銀行(江蘇銀行とか)が続き、その後で民間資本による民間銀行が来るという構造になっています。私がメインバンクとして使っているのはその民間銀行の雄であり上海市を地盤とする浦東発展銀行(通称、浦発銀行)というところで、やはり国有銀行と比べると民間資本であることもあって行員の態度やサービスがよく、今からもう四年も前になりますが日本円の換金とかネットバンクを開く際には物凄く丁寧に対応され、「中国でもこれほどの態度やサービスが実現するのか」と本気で恐れ慄いたのを今でもよく覚えています。でもってまさかその後一旦中国を離れ、また戻ってきて同じ銀行使うとはなぁ……。

 話は戻りますが私は既にここの浦発銀行のネットバンクを開いていて、ネット通販はほとんどしませんがネット決済とかそういうのによく利用しており、浦発銀行自らが配信しているアプリもよく見ていました。そのアプリをよくよく見てみると定期預金などの金融商品をスマホで買えることがわかり、また最初に買う際は簡単な投資に関する意識調査というか確認を店頭で済ませる必要があることも書かれてあったので、ある程度預金が溜まるのを待ってようやく先週末へ行ったわけです。

 家の近くの浦発銀行の支店へ早速赴いたところ、上海市地元の銀行だけあって行員の発音は完全な上海訛りで、ちょいちょい聞き取り辛かったです。とはいえこっちの言うことは向こうもわかるので定期預金の購入とか始めたい、でもって最初の聞き取り調査みたいなのを受けたいと言ったらすぐ担当呼んでくれて、相変わらず日本の銀行にも負けないような充実のサービス態勢を見せてくれました。
 それで早速聞き取りですが、恐らくこれは中国の法律で決められた形式的なもので、これまで他行で投資はしてきたのか、投資は保守志向か、ハイリスク志向かなどを簡単に聞いて二分くらいで終わりました。でもって早速スマホの画面を見せて「どれがおすすめ?」と聞いたら、「預入期間が長くてもいいのなら一番利率高いのこれだよ」という、利率しか見てないじゃんと言いたくなるような中国らしいアドバイスをもらって、6ヶ月期年利率4.88%の定期預金を最低購入額の50000元(約80万円)で購入しました。受取り時の利鞘収入としては約1200元強くらいになる見込みです。

 なんでこんなことをわざわざこのブログで取り上げるのかというと、一番の理由はやはり日本の読者の方へ中国の金利を紹介したいと思ったからです。現在、日本の金利は公定歩合がマイナス金利に突入していることもあっておしなべて、っていうか舐めてんじゃねぇぞ銀行と言いたくなるくらい低く、早速価格コムで見てみたところ、1年期でも金利1%に届かないどころか、0.1%を超える銀行すらほとんどありません。また6ヶ月期に至ってはもうほとんど定期預金にする意味ないくらいの金利で、それどころか6ヶ月期商品ともなると用意していない銀行もざらです。
 一方浦発銀行では、一番金利が低い商品は最低購入額8000元(約13万円)からの1年期1.9%というのですが、大抵の金融商品は3ヶ月期ないし6ヶ月期で、金利は3.6~4.8%です。中には1ヶ月期というのもあり、最低購入額はどれも50000元からですが日本での金利と比較するとなんか中国は楽しげな感じがします。実際に、私の周囲の同僚も金勘定が得意な連中が多いもんだからみんな買ってるし。

 この日本と中国の差をどう取るか。もちろん中国では景気がいいのと住宅価格を中心にインフレが激しいということが大きな理由ですが、私個人としてはむしろ、低金利過ぎる日本の金融業界の方が異常だと思います。ほぼゼロに近い金利で預金を受け入れながら過去最高益を更新などと日本のメガバンクはよく発表しますが、本来還元すべき利益を預金者に還元しておらず、また政府もそうした日系銀行のサボタージュを看過し過ぎでしょう。
 ただ中国についてもう少し述べると、預入の金利も高い一方で住宅ローンなどといった借入金利も高く、特に奨学金については非常に金利が高くて中国人学生が海外へ留学するにしても迂闊に借りれないという話を耳にします。とはいえ、まだ中国の銀行は日本の銀行と比べると手数料も極端に高くないし、土日も午前は支店開けて対応してくれるなど真っ当な商売をしてくれており、極端なこと言うと日本の銀行よりもまともじゃないかという気すらします。預金引き出しも、系列銀行のATMならいつでも手数料ないし。

 最後に、定期預金を購入した翌日に友人と食事しに行って半年後に大体1200元くらいの利鞘が出ると話したら、「じゃあ今日は驕って」とたかられました。それにしても、スマホで定期預金とかすぐにできるのはほんと便利だなこの国。

主語を言わずに会話する友人

 このブログでもちょこちょこ書いていますが、先々週に九州地方の大学に通っている私の友人を上海に招いて観光案内していました。その際ですがここだけの話、普段温厚な私ですら何度か「てめー殺すぞ」と喉まで出かかって言いかけました。理由は何故かというと、その友人が会話で言っている内容がまるで理解できなかったからです。
 確かにそいつは昔から変にマイペースというか次に何するかが読めない奴でちょっと変わっているということは百も承知でしたが、成人となった後もそれが全く変わりがなく、本気でどうしてこうなった、安西先生ばりに「まるで成長していない……」と何度も思わされ、少し観察してみることにしました。その結果わかったことは、どうも会話や文章で主語を省略して話す癖がありそれが周囲とのディスコミュニケーションを生んでいるようだという結論に至りました。

主語がない人との会話の特徴と対処方法まとめ(結婚生活・お役立ちブログ Web論)

 上のサイトで紹介されている主語を出さずに会話する人なんかまさにその友人の話し方そっくりで、「ああ俺だけじゃなくみんなストレス感じてるんだな」と少々ほっとするやら、友人の先が思いやられるやらという感じを覚えましたが、やはり私の見立ては間違いなくこうした癖を友人は持っています。さらに詳細に述べると、主語だけでなく目的語も明示しないために主客関係が会話で掴めなくなり聞いてる方は訳が分からなくなります。

 まず大前提のお話をすると、日本語は他言語と比較して主語の省略が非常に多い言語で、日本語を学ぶ外国人からすると文章を読解する上で大きな障害となります。具体的には、

「彼は私の友人だ。昨日ディズニーへ行ってきたそうだ」

 第二文の文章の様に、前文に主語となる人物が出てきていたら大体の場合は省略されてしまいます。日本人からすれば「行ってきたそうだ」という動詞を伝聞系にするだけで省略された主語には前文に出てくる「友人」だということがすぐわかりますが、英語や中国語だったら文章が接続されていなければ必ず「友人」という主語を入れなければなりません。
 またその場で話し合っている二者間会話の場合も、時制や受身形、疑問形かどうかで主語が誰かを判断させるために省略することが多いです。一つ例を出すと二人の人間がレストランで飯食いながらの会話で、

「そういえば例のゴルフに行ってきたけど」
「そういえば例のゴルフに行くの?」

 どちらも主語が明示されていないながらも上の文章なら話主が、下の文章なら目の前の相手が主語になります。過去形か未来形か、疑問形かどうかだけで判断しなければなりませんが、状況から登場人物がその場の二人に限定されるので日本人なら普通は理解します。
 しかし先ほどの友人にかかれば、この文章を以下のような意味合いで以って平気でこんな風に言ってくるわけです。

「そういえば(その場にいない共通の知人が)例のゴルフに行ってきたけど」
「そういえば(その場にいない共通の知人は)例のゴルフに行くの?」

 以上の様に、何故か二者間対話の中で第三者が登場する話題にも拘らず第三者の名前を出さずにいきなり動詞をぶっこんできます。聞く側からすると「誰がゴルフに行ってきたんだよ?/行くんだよ?」と聞かなければ会話が通じないわけですが、決して冗談ではなくこういうことを普通に口に出すので、その友人と一緒だった間は真面目な話結構疲れました。

 大体二日目あたりで主語を省略する癖があることを見抜いて動詞の前に必ず主語を入れるようにと何度も言いましたがさすがに一日や二日ではどうにかなるレベルではなく、何度も「主語はなんだ」と最後の方なんか常にキレ気味で言い続けました。
 なお、実際にその友人が口にして私が全く理解できなかった会話文は以下の通りです。

「行きの飛行機で一緒だった人が福岡で働いている人で、子供が前は中国の学校に通ってたんだけど今は日本の学校に通っていて、上海で通訳の仕事をしているから何度も中国に来るんだってさ。空港からその人の車に同乗させてもらって集合場所までこれたんだ」

 上の会話文を見て違和感を感じる人がどれだけいるかはわかりませんが解説すると、まず最初に「福岡で働いている人」と言ってしばらくすると今度は「上海で通訳の仕事をしている」というので、「一体その人はどこで何をして働いているんだ?」と問いただしたところ、福岡で働いている人というのは日本人男性で、上海で通訳をしている人というのはその日本人男性の妻である中国人女性であることがわかりました。この時点で、「中国人の嫁さんなんて一言も出てきてねぇだろ!」と怒鳴りました。
 上の会話文の場合、仕事内容の紹介の所で主語が切り替わっているにもかかわらず何故か全く言及されなかったために混乱を招いたわけです。何故主格が入れ替わるのに口にしないのだろうかあいつは……。

 なお当初は気が付かなかったのですが、後から色々聞いたりしたところ飛行機で座席が隣り合ったのは実は日本人男性ではなく中国人女性だったとのことです。しかも日本の学校に通っているお子さんも春休みということもあって一緒に乗っていた一方、そもそも日本人男性の方は飛行機には乗っておらず会ったこともなかったとのことです。何故その事実を最初に言わないのかあいつは……。

 以上の様にまた愚痴が大半な記事ですが、日本語での会話がどうもわかり辛いという相手がいたらまずこの「主語(+目的語)が抜ける」という線を疑った方がいいということを少し言いたかったわけです。本当にびっくりするくらい変な省略の仕方をすることが多く、言って直るもんじゃないですが言わなければより悪化するきらいもあるのと、また会話文以上に文字文章では主語をはっきりさせる必要が多いため、わかりやすい文章を書こうというのであれば意識して主語を書くようにした方がいいというのが私のスタンスです。

 それにしても、上司が外語大出の語学マニアということもあるからか自分もこういう日本語のメカニズムを分析、解説するのが上手くなった気がします。最近その上司から教わったのは、大和言葉の数詞の発音(ひいふうみい)は古代インドのサンスクリット語に通じるというあまり使いどころのないトリビアです。

2017年4月15日土曜日

不正を否定する回答の価値は?

 また仕事が忙しいが故の疲れからか今日も昼間の二時から六時までずっと寝続けました。あと関係ないけど、さっき家の近くで30分くらい延々と泣き続ける子がいてちょっとうるさかった。

 さて話は本題に入りますが先日コンサルタントをしている友人が話の拍子に、「内部で不正をやっている人に不正をしているだろうと言ったら確実にしていないと否定する」ということに触れ、こうした不正調査において当事者の肯定否定はほとんど価値がないということを教えてくれました。だからこそ客観的な証拠、具体的には金の流れとメールのやり取り、周辺人物の証言などが大事で、本人が否定しているからというのはなんの擁護にも免罪にもならないそうです。

 言われることごもっともで、悪いことをしている人間にやってるだろといって「はい、その通りです」と素直に認める奴ならそもそも不正なんてやっていないでしょう。そういう意味では私はこうした不正の当事者に実際にやっているか否かを問うこと自体が無意味だと思え、よく政治家とかの不正事件とかで事実を認める否かを百条委員会とかでいちいち確認しますが、あれなんて時間の無駄だから、「罪を認めて関連証言を話して軽減を図るか否か?」だけを聞くべきではないかと思います。

 そういう意味では豊洲問題について私は、現状からするとやはり元副知事の浜渦武生氏が豊洲に問題があることを見越しながら移転を強行した最重要張本人であるようにみえ、わざわざ個人で反論会見を開いたりしていますが自分が無実であるという証拠を明確に示せないあんな会見なんて一顧だにする必要はないという風に考えています。もう一人の重要人物である石原慎太郎元都知事も「全部浜渦に任せていた」と述べており、真実がこの発言の通りかどうか、本当に石原元都知事は関わっていないのかはわからないものの、少なくともほかの関係者の証言などを総合すると東京ガスと汚染除去については都が持つとした上で除去方法はいい加減に決めてしまった人物は浜渦氏以外には考えられないというのが私の見方です。

 仮に浜渦氏が「自分は不正をやっていない」と言ったとしても、上記の通り私はその発言には何も意味がないと考えます。もし本当に自分の無実を証明したいというのであれば無関係である覚書なり契約書なり議事録なりを提出すべきで、それがないのであれば是非ともこの問題を結ぶ生贄となっていただきたいというのが私個人の意見です。