また今月の文芸春秋からの引用記事ですが、甲子園で幾度もの優勝をかっさらった横浜高校野球部を50年に渡って引っ張った渡辺元智前監督のインタビュー記事がなかなか面白かったので紹介しようと思います。
渡辺氏は24歳で同高校野球部の監督に就任し、今年5月に引退するまで甲子園で春夏優勝5回を経験し、また松坂大輔選手をはじめとして横浜高校出身のスター選手を日本プロ野球界へ数多く送り出しており、名実ともに名監督と呼び声の高い人物です。そんな渡辺氏ですが部員の指導方法については「ひとつの指導方法でやってきたわけじゃない」と、冒頭から述べております。
監督就任当初の渡辺氏は昔のスポ根ドラマよろしく、鉄拳制裁を当たり前のように行って指導してきたそうです。この指導方法について渡辺氏は当時の世相というか戦後は軍隊出身の指導者が多かったため誰もが殴られて教育されてきており、また他校でも当たり前のように行われてて練習試合でも野球そっちのけで双方のベンチで監督が選手を殴り飛ばしていたそうです。
しかしそうした鉄拳制裁も次第に通用しなくなってきたそうです。通用しなくなった理由について渡辺氏は、若い当時は優勝実績がつくとともに周囲からちやほやされやや浮かれた生活を送ってしまい、そんな姿を部員たちが見透かしていたせいではないかと分析しています。ただそうした事態に至ってから立ち直りは早かったというか、一方的にこうしろという指導をやめて選手との対話を重視した指導へと切り替え、これが功を奏して1980年には愛甲猛氏を擁するチームで夏の甲子園優勝を達成できたと述懐しています。
しかしこうした「対話路線」もそう長くは続かず数年でまた勝てなくなり、仕方ないので今度はアメリカの野球チームを参考に「伸び伸び野球」を打ち出したところチーム内に「甘え」が蔓延して余計に勝てなくなるという余計に悪循環となってしまいました。転機となったのは松坂世代が入ってきたころで、この世代は松坂選手を筆頭に後藤選手、小池元選手、小山元選手など後にプロ野球でも活躍する人材が大量に入ってきた年代だったため、彼らをきちんと使いこなせば必ず優勝できると確信が持てたそうです。
しかしこう言った才能ある部員たちは渡辺氏によると「往々にして我が強い」とのことで、ひとまとめな指導ではとても対処できないと考え部品一人一人に合わせた指導を採用することにしました。具体的にはある選手には厳しく指導する一方で別の選手には誉めることを重視したり、またほかの人には体調管理の重要性を説いたりと、現代では当たり前とされる指導方法ですが98年の段階でこれを実践していたということはやはり渡辺氏には先見の明があるように感じられます。
直近の指導方法については現在ロッテで活躍している涌井選手を引き合いにして、「メールでのコミュニケーション」をしたことが書かれています。なんでも松坂選手はどれだけ厳しく叱っても後でフォローすればきちんと彼も応えてくれたそうなのですが、涌井選手は一回叱ったら俯いて、誰とも話をしなくなってしまうため渡辺氏も、「叱り過ぎたのかな?」と度々感じたそうです。そこでマニュアルを必死で見ながら涌井選手の携帯にメールでフォローした所ようやく「わかりました」と返事が来てほっと一安心できたと書いてあり、それ以降はまめにメールで選手たちと頻繁に連絡を取り合うようにしていたそうです。ってかほんとマメだなこの人。
自分の指導について渡辺氏は、選手に成長してもらいたいという信念だけは変わりはなかったものの、その指導方法は時代と共に常に変化していた。むしろそういう信念があったからこそ変化できたとまとめており、さすがベイスターズより強いのではと言われるくらいに横浜高校を牽引してきた監督だと感じるほど読み応えのあるインタビュー記事でした。
本題とは少し外れるかもしれませんが、戦争指揮において参謀が将軍に優越する指揮システムを確立させた人物として、ドイツのモルトケという軍人がおります。彼の時代のプロイセンでは「戦争論」を著したクラウゼヴィッツなどが活躍しており戦争を学問体系的に分析する動きが強かったのですがモルトケはこうした動きに反発し、「戦争に不変の原則などないという事実のみが不変である」と述べ、従来の概念からは考えられないような鉄道や無線を活用した戦争指揮システムを導入し、ビスマルクと二人三脚でプロイセンを強国化させました。
私自身もこのモルトケの意見というか概念を日頃から重視しており、不変なシステムなどほとんどなく時代とともにシステムはどんどん変えていくべきだと考えており、この渡辺氏もそうした価値観だったからこそ名監督足り得たと今回感じた次第です。
おまけ Wikipediaに載っている渡辺氏の指導を受けた主だったプロ野球選手
青木実
永川英植
愛甲猛
高橋建
鈴木尚典
紀田彰一
多村仁志
松井光介
松坂大輔
成瀬善久
後藤武敏
小池正晃
荒波翔
涌井秀章
石川雄洋
筒香嘉智
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