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2023年10月16日月曜日

進路指導におけるエスケープルート

 私は以前にこのブログで、登山こそがリスクマネジメントに極致であると考えています。その登山における用語に「エスケープルート」という言葉がありますが、これはその名の通り、いざというときの脱出ルートのことを指します。
 具体的には目標とする行程の途中で天候の急変、怪我、疲労といったアクシデントが発生した際、より安全に下山したり山小屋などへ避難できるようあらかじめ計画しておいたルートのことを指します。特に天候の急変時はこのエスケープルートがあるのとないのとでは生存確率が大きく変わるだけに、困難な行程でこそ計画しておく必要があります。

 何でこのエスケープルートを急に言い出したのかというと、自分は中高生の進路指導においても、この概念が非常に重要だと感じるからです。

 昨日書いた「夢なし先生の進路指導」という漫画のレビューで私は、元キャリアコンサルタントで教師をしている主人公について、実現の難しい職業に進路を選ぼうとする生徒を止めながらも、代替案を一切出さないということに凄い違和感を感じたと書きました。この場合の代替案とは、「安定していて且つ実現しやすい職業や進路」というわけではなく、もともと目指していた職業と途中まで方向性を共通しつつ、社会にも一定度通用する職業のことを指しています。

 アイドルや声優、漫画家をはじめ、夢のある職業というのは大抵、実際になるためには幾重もの困難が待ち受けており、また見事なれたとしても長続きできないという可能性もあります。そのため上記の夢なし先生じゃなくても、夢を目指すことはいいとしても実際に進路をその職業に固定するというのは危険極まりなく、この教師に限らずまともな大人なら止めようとするのが普通です。
 ちなみに、つい最近知りましたが「ぼっちざろっく」の主役を演じた声優の青山吉能氏はあの作品が出るまで8年くらい下積みしていたと聞いてマジビビりました。演技力はほかの声優と比べてもかなり高い方だと思うのに、あのクラスでもなかなか目が出ないあたり声優会は鬼門です。

 話を戻すと、夢のある職業にはリスクがあるからと言って、一方的に子供たちの夢を閉ざしていいのかというとそうでもないでしょう。安定した大手企業の会社員しか認めないような大人で溢れた社会がまともかと言えばそうでもなく、また子供の夢を一方的に閉ざしてしまった場合、その反動で無気力に陥る可能性もあります。
 ではどうすればいいのかと言えば上記のエスケープルート、具体的にはその夢と同じ方向性にありながら、社会においてもある程度通用する職業やスキルを身に着けさせる方向にもっていく、または提案するというのが一番いいかと思います。

 具体例を挙げると、例えば漫画家になるには出版社の新人賞に受かるか、同人業界で名を馳せるかのほぼ二択しかなく、その障壁は非常に高いです。仮にうまくデビューできなければよくてプロアシスタントという道もありますが、漫画業界に残れなかった場合、夢からの撤退が遅れれば遅れるほど社会においては不利な立場でリスタートを迫られます。
 この漫画家という夢に対し自分が提案するエスケープルートとしては、3Dグラフィッカーなどコンピューター作画方面の技術があります。

 現状既に漫画界もIT化が進んできており、パソコンを使った作画ができなければその時点でアシスタントしてはお払い箱になることも珍しくないそうです。であれば漫画家になる前に3Dグラフィック技術を学ぶことは漫画家になるための必要手段になります。また仮に漫画家になれなかったとしても、そこで磨いた3D作画技術はゲーム業界や広告業界でも活用することはでき、これに加えプログラミングなども身に着けておけば応用できる職種は非常に広がります。
 であれば、初めから漫画家一本に絞って原稿用紙を前に漫画を描く練習をするだけでなく、専門学校などで3Dグラフィックを学んだり、プログラミングを学んだりする方が漫画家になれなかった場合の保険として機能します。もちろんそこで学ぶ技術は漫画家になるためにもプラスになるので、安定基盤を築きつつ漫画家になるという夢も追いかけられるわけです。

 なんていうか日本の進路指導を見ていると、こうしたエスケープルートの概念がすっぽり抜け落ちているというか、夢を追うのを応援していると言えば聞こえはいいですが、現実的なアドバイスを完全に欠いているように私は思います。どことなく日本人全体で「大きな夢を得るためにはほかのすべてを犠牲にしなければならない」とばかりに退路を断とうとする傾向がありますが、韓進の背水の陣じゃあるまいし、夢を追う前に退路を断つ理由なぞそもそもありません。むしろ前述の登山のように、エスケープルートを用意しておかないことはただ迂闊なだけです。

 かくいう自分も実は、まさにこのエスケープルートに乗る人生を歩んでいます。
 中二病真っ盛りな中二の頃に自分は小説家を夢見て、当時はガチで毎日原稿用紙に何かしら小説を書く日々を過ごしていました。この作家志望ということを予備校の講師に話したところ、

「作家になろうと思ってもなかなかなれないし、なれなければ無収入だ。だったらまず同じ文章を書く仕事のジャーナリストを目指せばいい。ジャーナリストなら仕事柄常に自分の記事を書き、それが評価されたら作家に転身もできる」

 と言われ、なるほどと思い中二の時点で「本命:作家 代替:ジャーナリスト」という将来設計ができました。その後、趣味で社会や政治トピックに関する意見文などを書いていったら徐々に小説よりこうしたものに関心が移っていき、いつしか代替が本命になったというか作家は夢見なくなってジャーナリストが本志望へと変わっていきました。
 まぁジャーナリストになるのもかなり大変だし、実際自分は新卒時になれなくて中国にわたって無理やり自分の実力でこの夢を実現しましたが。ただ少し自慢すると、新聞社に入った直後から文章力は周りからずっと褒められていて、「新人の技術ではない」とは言われ続けました。ずっと文章だけは書き続けた努力の甲斐は確かにありました。実際このブログも、よくもほぼ毎日こんだけ長文書けるなと呆れるとともに、ブログを書き続けることが全くストレスにならないあたりは我ながら凄いと思っています。

 以上を踏まえて言うと、私は中高生の進路指導においてはこのエスケープルートを提示するだけで充分というかこれ以上ないと思います。元から大手会社員などと安定した職業を希望する人間ならまだしも、リスクの高い夢のある職業を目指す子供に対しては、その夢の実現ステップを踏みつつも安定したスキルと評価を得られる職業ルートを提示してあげるだけで、進路指導としては十分な指導を行え得ると考えます。
 っていうか、大人の観点から少し現実的な路線を見せてあげることこそ、進路指導で最も求められる点だと思います。

 もっとも「走り屋になりたい」とか言われたら、自分としてもエスケープルートを提示するのに困ってしまいます。思いつくのは「豆腐屋」しかない(;´・ω・)

2 件のコメント:

片倉(焼くとタイプ さんのコメント...

ラーメン再遊記の登場人物で、一時的にやむなく外食コンサルタントを行っていた
人物が出てきます。彼は最初は一時的に外食コンサルタントを行うつもりでしたが、
いつのまにか外食コンサルタントという職業は彼の本業であり居場所になっていました。
そんな彼に芹沢達也は次のような言葉をかけます。
『やりたいこと』と『やれること』がズレている時、人はやりたいことをやれるように
努力するものだがそうそう上手くは行かない。極端な事がプロ野球、プロサッカー選手
になりたいとかだ。いくらがんばろうがおそらく99%以上の若者達の夢はあっけなく
潰える。そんな失敗確率の高すぎる夢なんぞに賭けるより『やれること』をやり続け
成功体験を歓び、自信を積み重ね、それを『やりたいこと』に変えていったほうが
よっぽど上手くいく、外食コンサルタントを本業にするのは賢明な判断だと思う。

この芹沢達也の言葉はともすれば 若者に分不相応な夢を持つなと言っているようにも
聞こえます。ですがこの言葉をかけた相手は 社会人である大人です。中高校生と
違って夢が破れたら社会的、経済的に困窮する可能性がある大人相手だからこそ、
現実的なアドバイスをしたわけです。

もっとも現実には 社会人経験がありながら全く畑違いの分野に『やりたいこと』
を求めて失敗する人が後をたたないのですが(例、飲食業未経験なのに脱サラして
飲食店を開業してすぐに店を潰すサラリーマンなど)

花園祐 さんのコメント...

 あの漫画はラーメンハゲが最新シリーズを除くと主役じゃなく、主役に嫌味を言うキャラでありながら、一番含蓄のあるセリフを言うことで成り立っていますよね。
 実際に引用されている箇所のように、続けられることを好きになるという努力もまた重要というか貴いと自分も思います。リスク意識の有無によっても変わるかもしれませんが、本人にとってプラスな選択肢となり得るのなら、興味なくても興味持つようにしていく方が絶対いいはずですし。