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2020年12月7日月曜日

孔明記事の裏側

「諸葛孔明は戦下手だった」という説に反論してみる(JBpress)

 ヤンマガ的隔週の自分の記事の紹介ですが、今回はガチで子供の頃からの夢だった三国志関連記事の配信です。JBpress内のアクセス数は良くなかったけど、ヤフコメは思ったより伸びた上、お昼ごろには雑誌記事アクセスランキングで5位に入っており、なんか本サイトと二次配信サイトでやけに隔たりがある記事となってました。

 それでこの記事ですが、内容は9年も前にこのブログに書いた内容のブラッシュアップ版です。何故今更掘り出してきたのかというと、単純にこの記事の存在を思い出しただけで、他にはあんまないです。
 ただ、同様の主張はこの9年間でほとんど見なかったことと、今年試験的に出してみた中国史関連記事もそこそこアクセスを生んでいたことから、出すんだったらやっぱりこれだなと真っ先に思い浮かんできた記事ではありました。また子供の頃からいつか三国志に関する記事なり論評なりを出したいという夢をいまさらながら思い出し、「出すなら今ぞ」という風なテンションで、思い立った当日にすぐ記事まとめてそのまま提出しました。書き終わった際は妙に感情高ぶって、涙流し始めたので最後の方はあまり見直しできてません。

 ヤフコメを見ると、皆それぞれが諸葛亮の評価についてあれこれ書いており、私の記事内容について大きく否定するような指摘やコメントはあまり見ませんでした。わりかし三国志マニアはコアな人が多いからなんか言われるかなと想定していましたが、そうした声が少なくてホッとする一方、逆に文句つけたがる人がいればいるほどこうした歴史解説記事の需要は高まるってもんだから、全部が全部喜べるってわけじゃないです。
 もっとも、ヤフコメの内容は本当に千差万別っていうくらいみんな個別の意見を出してて、読んでるだけでも楽しかったです。「ああやっぱり三国志トークは見ていて楽しいな」と思わせられるもので、最近三国志を語る機会少なかったからなんか久々に楽しい感情を思い出しました。

 記事内容自体に関しては特に解説する内容はないのですが、改めて日付を見ると2011年の9月末に記事書いてて、ちょうどこの時は香港への長期出張を控えていた頃だったことを思い出しました。翌月の10月から12月にかけてずっと香港で働いていて、その直前のこの時は確か今のうちに上海でやれることをやっておこうといろいろ準備していた頃です。
 記事も確かそんな感じで、「今のうちにこのネタで一本書いとくか」的にまとめていたのを覚えています。別にこれからどっかに出張するわけでもなく次の正月も今のまま上海で過ごす予定ですが、ある意味2011年くらいは自分が一番冒険していた頃だった気がします。もっとも冒険ったって、昨日書いた記事みたく馬鹿でかいスズメバチと戦ったりしてたわけじゃないですが。

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