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2022年11月13日日曜日

日本の植物の氾濫にビビってる(゚Д゚;)

 現在日本にいますが、日本に来るのは2020年の2月以降としては初めてで、実に約2年半ぶりです。そのため依然見た光景と現在の光景の差にも気づく点が多いのですが、個人的に一番驚いているというか気になる点は地味に植物だったりします。具体的に言えば、やたら成長が激しい気がします。

 一番目に付くのは一般道路の歩道脇の雑草です。自分の住んでるエリアだけかもしれませんがどれもやたら成長がよく、コンクリを突き破るような感じでやたら雄々しく伸びています。また空き地などに至っては木々も幹が太く成長しているように見え、「あれ以前はこんなもののけ姫みたいな世界観だったっけ日本は?」と、目に見える光景に強い違和感を感じています。

 勝手に仮説を述べると、今年なんか特にそうでしたがこのところ温暖化の影響なのか暑い夏が続き、強い日差しなどによって以前より植物が強く成長しているのではないのかと疑っています。もっともそれを言ったら今月のように、11月にしては明らかに全国的に気温が高いなど、冬の期間も短くなっている可能性があるようにも見えます。

 気候条件でいえば上海も今夏に過去最高気温を塗り替えるなど似たような状況にありますが、上海の場合だと道端の雑草は共産党パワー(大量の人員投入)で割とすぐ刈られるため、日本ほど元気よく生えている姿は見ません。但し、放置した場合なんかは日本みたく一気に成長する気はしますが。

 ちなみに日差しに関しても、中国も前と比べれば劇的に空気品質が改善されて青空がよく見えるようになっていますが、日本はやたら、というか過剰なほど空気が澄んでいるように見え、マジで日差しで目が痛くなります。中国では仕事し続けた後にしか見ない飛蚊症が、日本だと外少し歩くだけで見えるようになるだけに、飛蚊症は地味に日差しの強さが影響しているんじゃないかとすら疑ってきました。
 っていうかこんな日差し強いんだったら吸血鬼とかたまったもんじゃないでしょう。日本で吸血鬼がやっていくには、曇天の多い日本海側に行くしかないでしょう。

あっさり終わった円安ボーナス

 少し前の記事で今絶賛円安ボーナスで人民元で給料を得ている自分はウハウハ的な記事を書きましたが、知っての通り先週金曜から急激な円高が進み、現在1米ドルが138円台となっています。これでも十分円安な水準ですが、以前は1元が21円台だったのに対し現在は約19.5円と劇的に小さくなっており、気分的にかなり落胆しています。

 そのため、先週までは毎日セブン銀行で人民元を10万円に換金しては日本の銀行口座に振り替えていましたが、ちょっと様子見というか今この換金作業は中断しています。来週にまた140円台になったら再開しようかとは思っているものの、果たして再び円安ボーナスが来るのか、かなり戦々恐々としています(;´・ω・)

2022年11月10日木曜日

ドスパラのノートPC「THIRDWAVE SA507i」買った(´・ω・)

THIRDWAVE SA507i(ドスパラ)

 前略、日本で円安を謳歌していることもあり、上記のドスパラが販売しているTHIRDWAVEというシリーズのノートパソコンを購入しました。購入したのは「SA507i」という機種で、具体的なスペックはというと、

OS:Windows11
CPU:Core i7-1165G7
メモリ:16GB
ストレージ:SSD 512GB

 上記のスペックは現在販売されているノートPCの中で文句なしにハイスペック側に属す水準ですが、このSA507iのお値段はなんと現在112,979円です。自分はこれにOfficeを付けたので約13万円となりましたが、おそらく他のメーカーでこのスペックなら20万円超えてもおかしくない水準で、コストパフォーマンスにおいて他を大きく突き放しています。


 このノートパソコンについては上記リンク先でもレビューがされており、感想に関してはほぼ全く同意見です。
 まずこのパソコンの最大の特徴と言ったら上記の通りにコストパフォーマンスですが、自分が今回購入を決断したのは別の理由で、デザインにありました。商品リンク先に画像がありますが表面が薄いブルーの筐体をしており、なおかつモニターを広げるとヒンジが筐体下に潜り込み、VAIOのパソコンのようにキーボードを打つ筐体下部がやや持ち上がるデザインが単純にかっこいいと思い、興味を持ちました。その後、他のメーカーのパソコンと比較したところ、デザイン面で最も好きになり、なおかつスペック面でもコストパフォーマンスが最高であると判断したことから、購入に至りました。っていうかこのスペックで安すぎ(;´・ω・)

 そうして意気揚々と購入してここ数日間で色いじくりまわしたところ、まずデザインに関しては当初の見立て通りに個性がはっきり出ていて超気に入っています。もっとも、ヒンジが筐体下に潜り込む点については、そもそも自分はキーボードを外付けで使用することからあまり意味がなく、またパソコンを畳んだり開いたりするたびに筐体の位置がややずれることから、実際のところは潜り込まないほうがよかったなという境地に至りました。
 一応、筐体が少し浮くことによって冷却効率は高まりますが、それもPC用スタンドを使えばいいだけです。前述の通りにいちいち設置位置がずれるのがややうっとうしく感じるので、上海帰ったらPC用スタンドを設置しようかと思います。

 次に、こちらはあまり気にしていなかったモニターに関してですが、こちらは想定外にきれいで感動しています。もともとモニターにはあまり関心がないのですが、これまで使ってきたマウスコンピューターのノートPCのモニターが購入当初より見づらく、なおかつ使っててやたら目が痛くなることから評価を下げました。反対にこちらのドスパラのPCはこっちの期待以上にきれいで、目の保護のために見慣れてくるにつれてモニターの明るさを落としているのですが、明るさを落としても画面がくっきり見え続け、いったいどこまで明るさを下げられるのかと思うくらい輪郭がはっきりしています。

 なおマウスコンピューターのパソコンについてはそのままあげたうちの親父も、モニターが見づらいと文句言ってたので、こう考えるのは自分だけではないようです。

 話を戻すと、モニターに関しては非常に感動があった一方、スピーカーに関しては「えっ?」と思うくらい性能が低いと感じました。具体的にはくぐもった音で聞こえ、聞きなれた曲を流すとはっきり音が悪くなっているのを感じるほどでした。この点については姉妹機の「SA505i」をレビューしているこちらの記事でも同様の指摘があります。
 モニター同様、スピーカーに関してもそんなこだわりのない私ですが、それでも強い違和感を感じるました。まぁ外部スピーカーをつなげばどうにかなる問題なので、こちらも上海帰ったらスピーカー買って付けようと思います。

 このほかハード面でいえば、USBケーブルの端子口、電源ポートなどは筐体の奥側にあり、これには大満足です。前述のマウスコンピューターは筐体手前側にあり、USBやイヤホンプラグを差したりするとマウスを持つ手に当たりやすく、大変辟易していました。設計面の都合もあるでしょうが、この手のポートは筐体奥にあるのがベターだとかねてから思っており、今回のドスパラのPCはこの条件をきちんとクリアしてくれています。
 なおUSBは3つのうち2つがタイプCに対応していて、この点でも地味にありがたかったりします。総じてハード面ではスピーカーを除けばフルマックスなくらい優れています。

 あと自分は気にならないのですが、筐体についているキーボードはアルファベットキーは広めにとってあって打ちやすい一方、テンキーと矢印キーが極端に小さくなっており、これらキーに関してはやや打ちづらくなっています。
 自分は何で気にならないのかというと、前述の通りノートPCであろうと外付けキーボードを使うのが当たり前、パソコン本体についているキーボードは起動時のパスワード入力くらいにしか打たないからです。まぁテンキーに関しては、タッチパッドの右上を押し続けるとタッチパッド上にテンキーが表示されてそのまま打てるようになるので、こっちで代替することも可能っちゃ可能ですが。

 以上のような感じで、正直スピーカーさえもう少しまともであればという思いもありますが、個性あふれるデザインとこれほどのハイスペックでこの価格というのは驚異的というよりほかなく、購入自体は非常に満足しています。前回の、処理速度や価格は満足だけどモニターの見づらさ(っていうか目の痛さ)と端子口の配置をはじめとするレイアウトの悪さで満足感が低かった、マウスコンピューターのPCとは今回は大きく異なると感じます。
 真面目にスピーカー、あとテンキーの細ささえ気にならないというのであれば、このパソコンか姉妹機でもっと安い「SA505i」を自信をもってお勧めできます。単純な仕事用や、家庭でのブラウザ閲覧、簡単な事務処理程度なら、有り余るスペックで応えてくれるでしょう。

2022年11月8日火曜日

夜歩く人が少ないと感じる

 先日にようやく日本にいることをカミングアウトしましたが、約二年半ぶりに日本に帰ってきて感じたことはいろいろあれど、多分伝えておいたほうがいいかなと思う変化としては、夜歩く人の数が極端に少ないという点かと思います。

 前回に日本に来たのは上述の通り二年半前、具体的には中国で最初にコロナが大流行して日本はダイヤモンドプリンセス号で大騒ぎしていた、2020年2月です。あの頃は日本といっても何故か岐阜市にいましたが、それでも夕方5時や6時頃はまだ外を出歩いたり、自転車に乗ってる人をよく見ましたが、今回日本に帰ってからは夕方5時を過ぎると極端に人通りが見られなくなり、すごい静寂すら感じます。
 それこそずっと以前を思い起こすと、この時期の夕方ともなれば部活帰りの中高生や買い物帰りの主婦、あと塾通いの子供などが自転車とか乗ってたりしたような気がするのですが、そうした姿すらなぜだか今は見られません。もっともそれを言ったら、週末の昼間も心なしか外を出歩く人が少ない気がします。

 このあたりの原因はやはりコロナ流行、そしてそれに伴う外出自粛にあるでしょう。中国、といっても自分の住んでいるところは大都会の上海ということもあって、夜でもみんな出歩いたり大声で叫んでたりするので喧騒がありますが、日本の場合はそうした夜の喧騒が以前に比べ極端に小さくなっている気がします。
 さらに言えば、街を歩く人が少ない一方、軽自動車で移動する人が増えたなという感じもします。周りを見てもほんのちょっとの距離ですら車で移動しようとする人が多く、直接歩いたり、自転車で移動する人が少なくなっているように思えます。

 なお今回自分は日本に滞在する期間は約1ヶ月なのに、わざわざ自分専用のシティサイクル(7段変速)を購入しました。でもってすでにかなり乗っています。
 まぁ自分が上海行った後は家族がそのまま乗り継ぐので道楽だけで買ったわけじゃないですが、自転車あれば半径20キロは本当に余裕だと心底感じます。欲を言えば、ロードバイクだったら半径50キロまでさらに拡大できたけど、日本だとロード高いし、乗る期間も限られているので諦めました。

 このほか今日届いたけど、「円安だし……」という謎の言い訳でまたスミスキーをまとめ買いしました。なんていうか、今なら4個セットが人民元換算で200元いかないしとかいうノリで……。

2022年11月7日月曜日

密かなる円安謳歌

安易な海外「円安出稼ぎ」は禁物だけど、今こそ世界に打って出るべきあの職業(JBpress)

 というわけで今日の自分の記事ですが、あんま思い入れがないというかとりあえず流行りの円安物の記事を投入しとけとばかりに書いた記事です。本当は別に用意していた記事があったのですが、どうせため記事を用意しとかないといけないし、一応円安について海外在住者の立場で何か書いておいても損はないだろう的にこのテーマを選んで書きました。
 次の記事は今日書き上げましたが、割とこっちは自信ある。

 そうした前置きはさておき、実は先日から密かに日本国内に潜入しています。ぶっちゃけ約2年半ぶりの日本入国でいろいろ思うところもありますが、こと円安に関して言うとかなり謳歌しています。
 日本円で買い物すればするほど自分にとってはお得な状態であることから、とりあえず目に付くものを片っ端から購入しており、財布のひももかなり緩くなっています。また人民元建て預金を今のうちにある程度日本円に変えておこうと、ひたすらセブン銀行に行ってはユニオンペイ(銀聯)カード使って毎日10万円に換金し、ある程度たまるたびに自分の日本の銀行口座に入金させることで、口座振替を行っています。

 っていうか書いてて気づいたけど、今日のノルマというか10万円をまだ引き出していないからまたセブン行かなくちゃ。

 日本の物価に関してはまた別に記事を書こうかとは思っていますが、内心ちょっと見ていて奇妙に感じるところがあります。具体的にはなんか日本の価格は原価に対応していないというか、原価が低いものほどやたら高く、その逆に高級品は割安な感じがします。何が言いたいのかというと、なんか経済原理がうまく働いていないような、そんな印象を持っています。

 というわけでセブン銀行へ行ってきますε≡≡ヘ( ´Д`)ノ

2022年11月4日金曜日

養子に継承させた皇帝

 また本題と関係ないけど、数年前に「あずきちゃん」の原作が某秋元康氏だと知った時はマジビビった。

 それで本題ですが、例の中国の猫歴史漫画を読み続けて現在は五代十国の時代にまで来ました。この五代十国とは唐から宋に至るまでの時代で、五つの王朝と十ヶ国が乱立したことからこのような名称となっています。西暦で言えば907年から960年のわずか54年間で、五つの王朝の平均年数は約十年ちょいと極端に短いなど移り変わりが激しく、実際に中国人でもこの時代の流れをきちんと把握している人は少ないです。
 もっとも、三国時代の次の晋朝が滅んだ後である南北朝時代こと五胡十六国時代とくらべれば、まだ流れがはっきりしているので五代十国はマシな方ですが。

 話を本題に移しますが、この五代十国時代においては「後漢」という王朝が興っています。なんで後漢なのかというと、この王朝を起こした皇帝が劉知遠といって、漢朝の劉氏と同じ苗字で本人も漢朝にシンパシーを感じていたことからこのような名称となりました。もっとも、劉知遠自体は漢朝の皇室の血筋を引いていないことはほぼ確実ですが。
 この後漢は典型的な軍閥王朝で、「強き者が天下を取る」的な、ローマ帝国で言えば軍人皇帝時代に近い五代十国を代表する王朝で、完全に武力のみで開かれた王朝でした。また王朝を興したと言っても当五jはまだ各地に軍閥は残っており、また中国にとって若干トラウマワードな燕雲十六州には「遼」こと契丹族の王朝も控えており、天下は全く定まっていませんでした。

 そんな最中、後漢を起こした劉知遠が病死し、その後を劉承祐(隠帝)が継ぎます。継承時の年齢は幼く、重臣らが輔弼する形で政務が運営されていたのですが、この劉承祐は長じるにつれてあれこれ口出ししてくる重臣らを疎むようになります。それどころか、自らの皇帝としての地位を簒奪しようとしているのではないかとも疑うようにもなりました。
 そしてある日、自らの権勢拡大と重臣らの排除を目論み、首都において突如重臣とその一族を襲い、ほぼ全員を皆殺しにしてしまいました。ただ詰めが甘いというべきか、この時外部に遠征に出していた部隊が存在しました。

 その部隊を率いていたのは郭威という将軍で、マジで一介の平民から軍功によって先帝に見出された叩き上げの軍人でした。郭威は首都での白色クーデターによって自らの家族が皆殺しにあったことを知るや、率いていた部隊ごとそのまま首都に進軍する形で反乱を起こします。これに対し劉承祐も首都から打って出て迎え撃ちますが、世論的にも郭威の支持が大きかったことと、指揮官としての圧倒的な実力差から皇帝である劉承祐の部隊は惨敗し、乱戦の最中に劉承祐も殺害されます。

 こうして首都を占領した郭威は当初こそ劉家の一族(劉知遠の甥)を次の皇帝として擁立しようとするも、内々から反対も多かったため、結局この甥を殺して郭威自身が皇帝に就きます。
 こう書くと郭威がひどい人間の様に見えますが、上記のようなプロセスは五代十国ではよくあることでした。この時代の皇帝や軍閥首領は軍隊の支持が非常に重要で、軍隊が異論を唱えた場合はそれに従わざるを得ず、郭威に限らず軍隊に担ぎ上げられる形で、本人はその気がないのに皇帝にされた者は他にもいました。

 話を戻すとすったもんだで皇帝となり「後周」という王朝を開いた郭威ですが、彼自身が軍部の増長が乱世を長引かせているということをよく把握しており、皇帝となるや軍部、特に各地の軍政を担う節度使の権力や軍権をそぐことに注力しましたが、志半ばでその事業を果たし切れないまま病気でこの世を去ります。そして去り際に、自らの養子を次の皇帝に指名しました。その皇帝こそ、後周の二代目皇帝となった柴栄でした。

 柴栄は郭威の妻の兄の息子、つまり郭威の義理の甥にあたる人物でした。実父の家は裕福だったのですが柴栄が幼い頃に両親がともに亡くなり、仕方なく貧乏な一兵卒でしかなかった郭威の家に引き取られることとなりました。
 ただその後、郭威が軍功によって出世を遂げ大部隊を率いるようになると、彼の右腕となって養父の活躍を支え、軍人として大きく成長します。また軍事一辺倒に限らず、幼い頃から勉強にも明け暮れ、文字通りの知勇兼備の名将となりました。

 しかし前述の劉承祐による白色クーデターの際、養父の郭威とともに遠征に出ていた柴栄はその親族をすべて皆殺しにされます。結果的にこの郭威と柴栄は養父・養子の関係ながら、互いに一人しかいない親族という関係になり、その紐帯も実の親子以上に結びつきが強かったとされます。
 そうした背景もあり、死に臨んだ郭威は柴栄を自らの後継者として皇太子に立て、実際にその通りに柴栄が二代目皇帝として後を継ぎます。少なくとも自分が知る限り、直接的な血のつながりのない養子に皇位を譲るという例は他にはありません。

 こうして皇帝となった柴栄ですが、養父の期待を裏切らず、というより養父の方針を見事なまでに達成してのけます。皇帝直属の親衛隊(禁軍)を設置して中央権力を強める一方、地方軍閥の力は徹底的にそぎ落とし、また老兵らに土地をあてがって農民に変えて耕作放棄地を開墾させるなどして、短期間で劇的に後周の国力を高め続けました。
 なおこの際、当時は働かなくてもごはんが食べられるということから仏門に入り僧となる者が多かったのですが、こうした連中も無理やり農民に変えた上、仏像も溶かして銅銭を作るなど仏教に対する弾圧も行っています。もっとも後世からは「必要な弾圧だった」的に評価されていますが。

 柴栄は未だ各地に割拠する独立国を併呑して、中国全土の統一も目指していたものの、志半ばで39歳にて逝去します。あとを継いだのはわずか7歳の息子で、先の例の様に軍部はこの幼い皇帝には従わず、同じ軍人出身である別の将軍を立てて後周を滅ぼしてしまいますが、この時推し立てられた将軍は柴栄の息子を殺したりせず、その生命を保護し、その後若くして亡くなった際には皇帝の例で以って葬儀を行っています。この将軍こそほかならぬ、次の宋朝を開いた趙匡胤でした。

 後周を受け継いだ宋はその後、華南の南唐を併呑し、燕雲十六州を除く中国全土の統一を達成しますが、この統一事業は先の柴栄による基礎作りがあったから成功したとされます。そうしたことから、柴栄は五代十国時代の皇帝の中でも最優秀の人物であったと評価されています。
 個人的な感想で述べると、先の一族皆殺しを経て互いにたった一人だけの親族同士となった郭威と柴栄のバトンリレーは、非常に心打つものがあります。結果的にこのバトンリレーによって長らく続いた五代十国という乱世が終わりを迎えるきっかけが得られており、世にも稀な養父・養子による皇帝継承劇は見るものを感動させるだけでなく、次の時代を大きく切り開いたという事実は深く感じ入りさせられます。

2022年11月2日水曜日

ある医学部留年生の意外なその後

 先日、医学部を出た友人と会った際に、近年における日本の医学部の留年率上昇について話が及びました。なんでも医師国家試験の合格率が大学別に公開されるようになり、各大学の医学部はこの合格率を高めることが評価につながるだけに、国家試験に受からなさそうな学生については早いうちに手を打てとばかりに留年させるようになったことが、留年率上昇の背景だそうです。
 しかし医学部というのは私立なんかは学費も非常に高いだけに、1度の留年が文字通り命取りになるというべきか、1発で身代が傾く可能性もあります。それだけに留年をきっかけに退学を選ぶ学生もいるだけでなく、鬱となり、普通の生活すら遅れなくなったという元医学部学生もいるといううわさもこのところ聞きます。

 話を戻すと、友人のいた大学はまだ国立系医学部ということもあってそこまで留年率は高くなく、友人の学年もほぼストレートでみんな卒業、国家試験合格に至れたとのことでしたが、一つ上の学年に留年した学生がいたそうです。友人によると、その留年した学生は1学年下の友人の学年にいた医学部に在籍する女子学生と交際していたそうです。

 ここまで話を聞いて「ははーん( ・´ー・`)」と思い、「なるほど、その女子学生に振られたのがきっかけで留年したとかだろ(σ・∀・)σゲッツ!!」と言ったら「違うよ、振られてないよ(´・ω・)」と友人は否定してきました。
 それならばとばかりに「わかった。順番は逆で、留年したのがきっかけとなって別れて、男のほうが鬱になったとかだろ(σ・∀・)σゲッツ!!」と再び推理を見せたところ、「違うよ、留年がきっかけで振られたわけじゃないよ(´・ω・)」とまたも否定してきました。

 じゃあ一体どうなったんだよと改めて聞いたところ、「留年したのがきっかけとなって、その人は医学の道をあきらめラーメン屋になったんだよ(´・ω・)」と、かなり想定外な展開を明かしてきました。でもって、ラーメン屋になったところで彼女に愛想突かれて、結局別れたそうです。
 友人曰く、「医学生からラーメン屋への転向はすごいよね(´・ω・)」だそうですが、すごいとは思うけど、なんとなく自分が聞きたかった話とは違ったような思いを感じました。まぁその友人はマジでどっかピントのずれた答え方ばっかする友人で、医学生時代も教授に「お前よく彼女に誤解とかされね?」と言われたそうですが、「いえ、彼女いません(´・ω・)」とまたずれた答え方してたそうです。