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2021年10月27日水曜日

怒りの供給過多に対する捌け口不足

内田樹が語る「コロナ禍という大義名分で“暴力性をリリース”する人々」(文春オンライン)

 上の記事は内田樹氏のインタビュー記事ですが割と共感する点が多い内容でした。なお内田樹氏については陰で「タッツー」とあだ名呼びしています。理由はこの人とは別に「タッツー」と呼ぶ友人がいるからで、そいつからは「俺はポケモンじゃない」と過去に否定されました。

 それは別として前にもこのブログで少し触れましたが、このところやたらと話題になるネットバッシングについて、本質的にはそれぞれパッシングされる内容について怒るほど問題視しているというわけじゃなく、日頃のフラストレーションを発散するため批判したり槍玉にあげても問題のない対象をわざわざ探してぶつけているというのが実態である気がします。逆を言えば、バッシング対象の人物や団体が謝罪をしようが行動を改めようがあまり関係なく、叩いている人はその後も叩き続ける可能性が高いでしょう。
 もっとも、なんか爆発事故で和解に至ったというアパマンは和解について「ノーコメント」と答えたそうで、ここはああいう事故を起こした事実やスプレー缶で清掃とかいうぼったくりについてまるで反省していないようなので、もっと世間から叩かれるべきだと自分は思います。

 話を戻すと、結論から言えばこの手のネットにおける誹謗中傷とかを訴訟なりの対策で鎮めようというのは土台無理があると考えています。彼らがバッシングするのは前述の通り、本当にその対象に怒りを感じているのではなく、日頃のストレスなりフラストレーションをぶつけて解消することが目的であり、そうしたものを取り除かないと多分延々と別の対象を見つけてやり続けるでしょう。
 その上で言うと、最近この手のバッシングが問題化してきたのは、そうした日常で不満やストレスを感じる人が増えているからともいえると思います。

 何気にこの点については思い当たる節があり、自分自身も一時期、片道2時間の勤務地に意味のない研修で長々通わされた際、睡眠時間が極端に減って当時やたら怒りっぽくなっていたのを自覚しています。それこそ道で犬に吠えられたらその場で犬に向かって「うるせぇ!」と大声で怒鳴ったりしてて、前を自転車で走ってたおじさんがびっくりして振り向いたことも多々ありました。マジあの時のおじさん(m´・ω・`)m ゴメン…

 今思い返すとあの時期は明らかに精神が不安定であり、原因はやはり上記のように訳の分かんない無意味な事させられて睡眠時間が削られ、ストレス溜めてたせいだと思います。逆を言えば今はそんなストレス溜めることもないため、自宅で怒鳴って喉潰すこともめっきり減りました。あるとしても、整合の悪いプラモ組立ててる時くらいでしょう。

 別に今に始まるわけじゃないですが、本当に日本人はあらゆる面で精神的な余裕をなくしており、それが年々悪化してきているように見えます。数年前のブログ記事にも書いていますが、たまに日本帰って早朝の上野駅歩いていると、本当に見ていてびっくりするくらい暗い顔して歩く人ばかりで、なんでこんなに表情が沈んでいるんだと本気で驚いたことがありました。
 なお逆に明るい顔しているのは女子高生で、見た感じ日本で一番幸せそうなのは女子高生でした。

 話を最初に戻すと、単純に今の日本は閉塞感が強くてストレス過多で、その怒りの供給増大に対して捌け口が不足しているせいかバッシングが激しくなっているように見えます。捌け口を増やすのも手ですが、根本的にストレスの発生源をもっと叩き潰す、それこそ一時期盛り上がったけどこの1年くらいで全く見なくなったブラック企業叩きとかやれば、怒りの捌け口を増やすとともに社会のストレス源も減らせるので、みんなで仲良くブラック企業叩きするのが効率良いでしょう。

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