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2026年3月15日日曜日

気になっていたユーゴスラビア紛争

 子供の頃、見ていて全く背景がわからず非常に印象に残った出来事として、1999年に起きたドラガンん・ストイコビッチ氏(和名:須藤彦一)のシャツアピール事件があります。この事件はJリーグのピッチ上でストイコビッチ氏が「NATOは空爆を止めよ」という文字の書かれたシャツを見せ機構から厳重注意を受けた事件なのですが、NATOが何故空爆をしているのか、そしてストイコビッチ氏はどの国に対してこんなことをアピールしているのかが当時全く分かりませんでした。
 その後、ストイコビッチ氏はJリーグで監督としても活躍するなど長く携わり続けるのですが、彼の名前をニュースで見るたびにあの時の事件は何だったのかが常に頭で気になっていました。ユーゴスラビアが絡んでいるとはわかってはいたものの、それがどう関わっているのかに関してはちんぷんかんぷんでした。

 そのまま時を経た現在、ふとしたことからまたこの事件を思い出す機会ができました。それは傭兵の 子供の頃、見ていて全く背景がわからず非常に印象に残った出来事として、1999年に起きたドラガンん・ストイコビッチ氏(和名:須藤彦一)のシャツアピール事件があります。この事件はJリーグのピッチ上でストイコビッチ氏が「NATOは空爆を止めよ」という文字の書かれたシャツを見せ機構から厳重注意を受けた事件なのですが、NATOが何故空爆をしているのか、そしてストイコビッチ氏はどの国に対してこんなことをアピールしているのかが当時全く分かりませんでした。
 その後、ストイコビッチ氏はJリーグで監督としても活躍するなど長く携わり続けるのですが、彼の名前をニュースで見るたびにあの時の事件は何だったのかが常に頭で気になっていました。ユーゴスラビアが絡んでいるとはわかってはいたものの、それがどう関わっているのかに関してはちんぷんかんぷんでした。

 そのまま時を経た現在、ふとしたことからまたこの事件を思い出す機会ができました。それは傭兵の高部正樹氏のインタビューマンガで、傭兵時代のユーゴスラビアで活動していた時のエピソード見たからでした。
 なお高部氏はクロアチアの傭兵部隊に所属していたようで、そのエピソードでは占領した村の井戸に鹿の死体が投げ込まれていて「ファッキン敵軍!(# ゚Д゚)」とみんな罵り合っていた中、知り合いのクロアチア正規兵が、「実はあの鹿、俺が投げ込んでたんだ(;´・ω・)ナイショダヨ」と話すという内容でした。


 この漫画を読んで改めて当時のユーゴスラビア内戦を学ぼうとみていたのが、上の動画です。ややハイテンポながら独裁者チトー亡き後にユーゴスラビアがどう分裂していき、どのような経緯でスロバキアやクロアチアなどの旧ユーゴ諸国が独立していったのかが解説されており、非常に参考になりました。

 恥ずかしながらこれまで「ユーゴスラビア」というのが「南のスラブ人連合」という意味の言葉であることすら知らずにいました。というか、あの地域の民族系統がスラブ系だったというのも初耳でした。音から察するに、「セルビア」も「スラブ人」という意味だろうし、「スロバキア」、「スレバニア」というのも「スラブの」といった意味の単語なのではないかと類推しています。
 またこのユーゴ紛争を主導した現セルビアの大統領であったミロシェビッチについても訴追、拘束されいたという事実も知りませんでした。またこれによりストイコビッチ氏はセルビア側に立ってああした主張行っていたということもようやく理解できました。

 最低限当時の段階で持っていた知識としては、コソボでは特に激しい虐殺が行われていたというものでした。これについても地理的要因からやや孤立無援な状況で、セルビアの激しい弾圧と攻撃を受けたこともやっと理解できました。当時、世界にほとんど戦争はないと誤解していましたが、この時代のユーゴはまさに内戦に次ぐ内戦でひどい状況にあったことをいまさらながら知りました。
 逆を言えば当時、あまり学校やニュースとかでこのユーゴの状況を詳しく解説したり教えてくれる人は皆無だったという気がします。日本からすれば遠くの地域の戦争でしかなかったのかもしれませんが、いま世界はこうなっているという一例としてもっと教えてくれる人がいてもよかったのではないかと思います。今のイラン情勢についても、教育現場なんか過去の経緯を含め、現代の子供たちにちゃんと教えてくれるのかが見ていて不安です。

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