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2026年3月28日土曜日

作画最強の漫画家は誰だ?

 昨日につげ義春の逝去記事を書いたので、前から温めていた漫画家ネタで今日も記事を書くことにします。

 さてマンガとは何かというとストーリーと絵の共同芸術だとも言えます。音楽もつく映画ほどには総合芸術でないにしろ、本来は別々の表現であるストーリと絵の組み合わせであることから、漫画家には両方向でのセンスが求められてきます。ただ実際に両立させるとなると難しく、そこで作画と原作を分けたりするような展開もこれまでに数多く行われてきていますが、仮に作画だけに絞った場合、どの漫画家が最高峰と言えるのでしょうか。敢えてここで三人候補を選ぶと、私の中では池上遼一氏、三浦建太郎、小畑健氏はこの議論に必ず入ってくると思います。


1、池上遼一氏
 まず池上遼一氏については言わずもがなの劇画界の超大物で、つい最近までも原作付きで「トリリオンゲーム」の連載を行っているなど大御所でありながら現役でもある人です。ほかの多くの著名漫画家から憧れの対象として名を挙げられているだけでなく、原作者の間でも「あの人に描いてもらいたい」というオファーが絶えないと聞きます。
 そのうち実際に描いてもらったのが、「北斗の拳」の原作もやった武論尊氏です。かねてから池上氏を熱望していてついに「サンクチュアリ」という作品でコラボしたものの、武論尊氏曰く「不完全燃焼」だったとし、引き続いて描いてもらった「HEAT 灼熱」では見事漫画賞を受賞して、「池上氏に報いることができた」と以前インタビューで話していました。

 池上氏の作画能力の高さは若いころから有名で、ガロの編集者から矢口高雄に「あいつを見ておけ、きっと大物になる」と言われ、その他多くの人間がその才能の高さを認めていました。アシスタントにかなり条件を課す水木しげるですらも、池上氏を指名してアシスタントにしていますし。
 そんな若いころから嘱望されながらも、田中圭一氏の取材マンガでも触れられていましたが、池上氏は年齢を重ねて大御所となってもその絵が進化しているというか、これまでになかったタッチで描いてくる点が何よりも凄いと感じます。実際、「トリリオンゲーム」なんかかなり砕けたタッチで描かれており、これまでの池上氏には見られない作風でした。一体いつまで進化するんだこの人と思うくらい、底知れぬ作画能力です。

2、三浦建太郎
 すでに故人ですがこの手の議論では必ず出てくるのがこちらの三浦建太郎でしょう。実際私も、単純な作画能力としてだけ見るなら間違いなく日本漫画家史上最強と言えると思います。
 その細密画のような綿密な描写のみならず、大剣やクリーチャーと言ったデザイン能力も突出しており、三浦と同級生だった森恒二氏が一時漫画家の夢をあきらめたというのも、この人が空いてだったらしょうがないでしょう。イチローの横でバット振るようなもんですし。

 この三浦のエピソードとしてちょっと前にYoutubeで聞いた話によると、「はじめの一歩」の森川ジョージ氏が若い頃に三浦に一度アシスタントに来てもらったことがあったそうです。その時、まだ漫画を描きはめたばかりの美大生でしたが、作業をやらせてもてんでお粗末で役に立たなかったそうです。仕方ないので森川氏が描き方を教えてみたらものすごい勢いで吸収していくので、普段何書いているのかスケッチブックを見せてもらったらものすごい絵が描かれていて、「君はこんなところにいるべきじゃない」的に1日で帰したそうです。
 以上のように池上氏同様エピソードに事欠かない人ですが、そのこだわり故に連載ペースが遅く、代表作の「ベルセルク」も未完で終わることとなってしまいました。この点はややマイナス評価とせざるを得ないのですが、それを推しても作画最強という評価に行き着く可能性が十分あると感じます。

3、小畑健氏
 言わずと知れた「デスノート」の作者で、何気にデビュー作の「サイボーグじいちゃんG」を「あやつり左近」が連載されていた当たりに読んでいました。原作付きで漫画を描く作家としては現代最高のヒットメーカーで、「ヒカルの碁」、「バクマン」などどれも歴史的な大ヒットをかましています。
 ただ小畑氏についていえば、そのヒット打率もさることながら以上の作品を全て週間連載で対応しているという点で、ほかの作画エリートマンガ家と比べると作業速度の高さが抜きんでています。それ以上に週間連載であれほどのクオリティを維持しているという点でも驚愕に値し、漫画家としての生産性込みでの評価で言えば小畑氏も作画最強と言われる価値を十分持っていると考えています。

 この小畑氏ですが、つい最近セールだったので小説が原作の「オールユーニードイズキル」の漫画版を読んだのですが、これ見てはっと思ったこととして近年一大ジャンルとなっている「なろう系」の漫画の多くが、小畑氏の絵の特徴が色濃くあるような気がしました。具体的には人物の顔の輪郭を濃い線ではっきり描くなどです。
 実際そうなのかは別として、現在漫画家を目指そうとする人のうち小畑氏の絵を参考にしている人は間違いなく少なくはないでしょう。それほどまでに「上手な絵」のスタンダードとなっているし、さらには漫画家を目指す少年を描いた「バクマン」を見ていない漫画家志望者はいないと思え、ひょっとしたら現代少年漫画界で最も強い影響力を残しているのかもしれません。

 まぁぶっちゃけ、自分としては「アラビアンランプランプ」をもうちょっと長く読みたかったな。あれはリアルタイムでジャンプで読んでた。

2026年3月27日金曜日

つげ義春の逝去

【訃報】漫画家のつげ義春さんが逝去 88歳

 ストーカー殺人に猟銃許可取消裁判の判決といい気になるニュースが今日もたくさん出てきていますが、やはり一番インパクトあったのはこちらの漫画家のつげ義春の逝去です。かねてから大分お年を召されていることからいつかこういう日が来るとは思っていたものの、水木しげるの時と同様にとうとう……という感傷を覚えました。

 私自身はつげ義春の作品をそれほど読んではいないのですが、水木しげるを含め多くの漫画家がその漫画の中で彼を登場させているのを見ています。恐らく実在の人物として自伝マンガなどで登場する回数で言えば手塚治虫に次いで多いのではないかと思うくらいあちこちに頻出しており、そのどれもで「憧れの漫画家に会えた」というような感じで登場しています。
 一般読者の間でも高い人気を得ていましたが、どちらかと言えばつげ義春は同業者である漫画家にこそ最も高く評価された漫画家であった気がします。水木しげるは自らアシスタントとして指名しており、水木のアシスタントにやってきた池上遼一氏からは水木以上になつき、水木邸を訪れた矢口高雄からは「あのつげ義春がいる!?」みたいに見られたりと、とにもかくにもいろんな漫画家が彼のことを口にし、その偉大さを物語っていました。

 それ以上にすごいと言えるのは、つげ義春の場合は日本国内以上に海外での評価が高いという点でしょう。フランスでも熱心なファンがいて国から賞をもらっており、時代と文化を飛び越えてその価値が認められる点でほかの同時代の作家を大きく凌駕しています。ついでに言えば、いまだにパロディ作品がつくられるなど、その世界間の独自さでも突き抜けているでしょう。

 上に引用したまとめ記事でも書かれてましたが、日本漫画史に大きな影響を残した漫画雑誌ガロの主役級の作家が本当にいなくなってしまったというのを、今回のつげ義春の逝去で感じました。つげ義春の場合はちょうど活動期間がガロがあったころに被っていて主要作品もここで発表されていたことから、尚更ガロを代表する人物であったように思え、彼が亡くなって本当にガロの姿形が薄くなってしまった気がします。

 私見ながら、現在の日本漫画界の最高大御所はちばてつや氏だとかねてから考えており、それに同格または次ぐ存在がつげ義春とみていました。その一つ下が、本宮ひろ志氏と永井豪氏で。
 そんなつげ義春が亡くなり、本当に昭和を代表する、というよりジャンプ、マガジン、サンデーの三大少年漫画誌体制が固まる前の漫画雑誌群雄割拠時代の人がいなくなり、完全に歴史の時代へと入った気がします。元号も昭和から平成、令和と移っているので当然ですが、展開していく時代の流れを大きく感じさせる人物であったと改めて思えます。

2026年3月12日木曜日

悪魔城ドラキュラにあの人は出てこないの?

 悪魔城ドラキュラと言ったらメトロイドヴァニアというジャンル名の由来にもなった名作横スクロールアクションRPGです。最近、Steamでこの悪魔城シリーズのGBA三作品をまとめたコレクションを購入して結構楽しんでおり、既にサークルオブムーン、白夜のコンチェルトをクリアして、今は暁のメヌエットを遊んでいます。
 ちなみにクリアしたら満足するのでクリア後の別キャラプレイとかはやっていません。「ムッムッホァイ」とか少し興味あるけど。

 で、この作品をプレイしていて思ったことというか妄想というか、「デミトリとか出てこないかな?」というのをこの前よぎりました。デミトリというのはデミトリ・マキシモフこと、カプコンの名作格闘ゲームのヴァンパイアシリーズに出てくるキャラクターのことです。ご多分に漏れずこいつも吸血鬼で、主役級ということから波動昇竜系の使いやすいキャラとなっており、ヴァンパイアハンターで自分はこいつとサスカッチをメインで使っていました。

 このデミトリですがカプコンの2D格闘ゲームキャラということでグリグリ動くしゲーム上の表示もすごくいいキャラで、何となく悪魔城遊んでいるうちにこいつも敵の吸血鬼として出てきたらいいんじゃね、コラボとかしたらいいんじゃねなどと思うようになってきました。衣装もなんか悪魔城シリーズとも合っている気がするし。
 もっともヴァンパイアから悪魔城にゲストキャラ出すなら、デミトリよりもお色気キャラとして未だに圧倒的人気を誇るモリガン・アーンスランドの方が盛り上がること間違いないでしょう。こっちは吸血鬼じゃなくてサキュバスだけどその衰えぬ人気ぶりには一目置くとともに、過去にガンバードをはじめいろんなゲームのコラボ出演果たしており、令和のこの時代においてもまたコラボ作品を見てみたかったりします。

2026年3月9日月曜日

何故日本でロボットアニメが発達したのか?

 なんか最近「何故~」から始まる見出しが多い気がする。直近はインド人スパイ映画ですが。

 話は本題ですが先日漫画家の山田怜司氏のガンダム、というか富野御大に関してトークする動画を視聴したのですが、その中で何故ガンダムというかロボットアニメが日本で発達したのかについて言及する場面がありました。
 私の理解で要約すると、基本的に男の子は力というものに憧れるものであり、ほかの国では必然的に最大の暴力装置である軍隊に対しある年齢まで憧れを持ちやすい傾向があります。ところが日本は憲法などの制約で自衛隊を公然と持ち上げることができず、特に昭和期においては尚更その傾向が強かったため、子供たちが憧れる力の象徴としてロボットアニメが入り込み、大きな支持を得たからではないかという見方でした。

 上記の見方について私も全く以って同感というか、私自身も「強い」ことからガンダムなどのロボットアニメを子供の頃に追っかけていた気がします。ウルトラマンやドラゴンボールについても同様ですし。さらにロボットの場合はその大きさから拡張的要素、つまりパイロットがもやしでも大暴れできるという要素があり、これが余計に子供心に刺さったというか支持される要因だったのではとも思えます。

 ただこれは逆を言えば、自衛隊が子供から憧れる存在になればなるほど日本ではロボットアニメが指示されなくなる可能性も示唆しています。実際、平成期に日本の自衛隊アレルギーは徐々に収まっていきましたが、それに合わせるかの如くロボットアニメやゲームも徐々に人気が盛り下がり、ガンダムシリーズこそ売れ続けていますがバーチャロンとかもう見なくなりました。
 そうした観点を含めると、「女の子だって暴れたい」というコンセプトの下でいまだにシリーズが量産されるプリキュアシリーズのように、女性にとっての力の象徴の方が今後も人気が拡大し続けるかもしれません。もしくは中高年向けに「おっさんだって殴りたい」というコンセプトでおっさんが暴れ回る作品とか出たら、コンプラの厳しい今の世の中だと逆に売れるかもしれません。何が言いたいかっていうと、欲望というのは抑えられればられるほど爆発するということで、こうした抑え込まれた欲求を解消するコンセプトほど売れる要素が詰まっているのかもしれないってことです。もはやロボット関係ねぇな(´・ω・)

2026年2月5日木曜日

あの時代だからこそ売れた作品


 本題と関係ないけど冒頭の高速で布団を引っぺがす猫のダイナミックさにやたら感銘を受けました。


 それで話は本題ですが、なにやらリメイクでアニメが放映されている奇面組があんま調子よくないそうです。その点について上の記事では時代背景の違いなどに触れて報じているのですが、私は実際の作品を見ていないものの、正直放映前から売れるとは到底思えませんでした。
 というのも上の記事にも書かれているようにこの作品は昭和のあの時代だからこそ売れた作品としか思えず、時代を経た現代で同じようなキャラやノリで見せても響く読者は少ないと考えていたからです。そもそも論でいうと、連載終了から10年以上経ってから何故かガンガンで連載された「フラッシュ奇面組」の時点でかなりきつかった気がしたし。

 奇面組に限らずギャグマンガは割と時代背景が色濃く影響するため、一定の時間を経過すると途端に面白くなくなる傾向があります。「幕張」などのように時事ネタが多ければなおのことです。逆を言えばギャグマンガに限らず、時代を経ても評価を得ている作品ほどその価値は高いと言え、「ブラックジャック」など現代にも読み継がれる手塚作品やリメイクアニメが作られ続けている「ゲゲゲの鬼太郎」なんかはそういう意味でも価値の高い作品だと言えるでしょう。

 なおギャグマンガに関して言えば、「魔法陣グルグル」なんかは世界観がファンタジーでネタも時事ネタがなくため現代の子供たちにも受け入れられるのではないかという気がします。また「エンジェル伝説」も、「主人公の顔が怖い」という一点突破型のギャグマンガなため、贔屓もありますが現代でも通用すると考えています。友人と自分が好きだったギャグ王伝説の作品の「うめぼしの謎」は平成初期に流行ったシュールギャグが強いため、現代だと通用しない気がしますが。

 話を戻すと最近はアニメ制作が多すぎて原作が足りないとされており、奇面組に限らず昔人気だった作品のリメイクアニメがよく作られています。「ダイの大冒険」のように通用した作品もありますが大抵は話題にもならず消えていく作品が多く、そこら辺の時代による影響というものを企画者がちゃんと考えているのかやや疑問に覚えることが多いです。
 奇面組も、企画者に思い入れがあるのかもしれませんがこれなんか「時代に愛された」典型的作品にしか思えないだけに、正直止める人がいなかったのかと思えてなりません。これアニメ化するくらいならもっと別の作品とかもあると思えてならないのですが。

 なお同じ時代で言うなら、「北斗の拳」も現代で再アニメ化してもあまり受けないような気がします。尾崎豊の曲が現代で通用しないように、むやみやたらに暴力的何用は現代だと忌避されるようにも思え、こうした時代背景というか時代の影響を関係者がどれだけ把握しているかがリメイク作品の成否を分けるでしょう。
 まぁ端的に言えば、時代背景に左右されづらいファンタジーとかSFとかがリメイクと相性いいってことになりますが。

2026年1月22日木曜日

1995年はサブカルでも異常な豊作年だった

 自分はかねてより、平成期において1995年は非常に重要な1年だったと主張してきました。というのもこの年、阪神大震災やオウム事件という社会的に後の日本に大きな影響を与えた大事件が立て続けに起きたほか、兵庫銀行、木津信金で戦後初めて金融機関の経営破綻が起き、労働生産年齢人口もこの年をピークに下がるなど、経済方面でも大きな曲がり角を迎えているからです。
 私自身の実感で、ちょうどこの年辺りから本格的に「バブル崩壊」という言葉が一般にも認知され、日本が本格的な不況期に入ってきていることを日本人自身がはっきり気づくようになった気がします。その一方、個人消費自体はバラマキ政策もあって非常に活発で、確かCDのミリオンヒットもこの年が史上最も多かった気がします。

 以上の通り平成期の日本は95年以前と以後に分けられるくらい分水嶺になった年だと思っていたのですが、最近ふとしたきっかけから、この年はアニメやゲームのサブカル方面でもちょっと特殊というか異様な豊作年だったということを知りました。
 具体的に挙げていくと、アニメにおいては「新世紀エヴァンゲリオン」がこの年にテレビ放映されています。文字通り「AKIRA」などと並んで日本のアニメ史を変えた一本であり、アニメ市場のターゲット視聴者層を少年層から青年層へと大きく引き上げた一本でもあります。

 またゲームにおいても、「クロノトリガー」、「ドラクエ6」、「ロマンシングサガ3」、「聖剣伝説3」、「ダビスタ3」、「テイルズオブファンタジア」、「タクティクスオウガ」、あと今日逝去報道が出た「朝日新聞連載 加藤一二三九段将棋 心技流」など、後にリメイク作がたくさん作られるスーパーファミコンの名作が多数出ています。ひふみん(´;ω;`)ウッ…
 ちょうどこの年はスーパーファミコンの円熟期で、メーカーの開発ノウハウが成熟し、ユーザーもたくさんいて市場が非常に活発だった頃でした。なお発売自体は1994年末ですが、1995年からはセガサターン、プレイステーションなどの次世代機も徐々に普及してきた時期でもありました。また前述の通りCDもミリオンヒットが史上最も多く出た年で、音楽業界としても非常に盛り上がっていて関連雑誌とかも今と比べてもたくさんあった気がします。

 このように振り返ってみるとほんとこの年はサブカル業界でも異様な豊作年だったように思え、もちろんこれ以降も漫画やアニメとかで名作はどんどん生まれていますが、後年に影響を与えた作品が出たという意味では1995年は影響力が強い年だったように見えます。では何故この年にこれほど革命的な作品があちこちから出たのかと言えば、やはりそれは経済的な影響が大きかったのではないかと推測しています。
 前述の通り、この時期の日本は景気浮揚のため無駄な公共工事を繰り返してやたら金をばらまいていました。しかし不況は不況のままで先行きが見えなかったためか、多くの消費者は住宅は自動車などの高額な耐久消費財の購入は控えた一方、その分浮いたお金で個人消費こと娯楽への消費を増やしていたような気がします。実際、主要企業の業績が悪化しながらも個人消費は増え続ける時期でもあったし。

 また前述の通り、労働生産年齢人口もこの年が統計上で日本史上最高の年でもありました。この一点で持っても当時の個人消費は非常に勢いがあったと言え、先ほどの景気要素も加わって消費が向かったサブカル分野で多くの名作が雨後のたけのこの里の如く次々と現れたのではないかとみています。
 なおこうした動きですが、去年の中国がまさにこんな感じでした。社会全体が不況で給与も伸び悩み、失業者も増え続ける中、何故か個人消費は増え続けていました。これは日本と同じく、景気が悪化したことで先行き不安から住宅や自動車などの購入を控え、浮いたお金を個人の楽しみとしてご楽に使うようになったためじゃないかとみています。ラブブのブームとかも、まさにこの流れだと思っています。

 なお自分のこの年の記憶としては、なんか中学受験するために予備校に通わされ毎日ゲボ吐きそうな陰鬱な気分のままで過ごしてた記憶が強いです。あと成長痛とかも早く発症していてこの時期はなんか病院とかにもよく通ってて、ほんといい記憶がありません。日曜日は西日暮里に予備校のテストを毎週受けに行ってたため、誇張ではなく今の方が自由時間も多いです。
 遊んだゲームでは、発売は1995年だけど実際に購入したのは1996年だった「天地創造」が一番思い出深い気がします。「桃太郎電鉄DX」とどっち買うかで確か悩んだ覚えがあります。

2026年1月16日金曜日

まとめ買いした中で再読している漫画

 昨夜帰宅途中でお腹が痛くなり家路を急ぐため走ったところ、今日足首付近が筋肉痛となって二重に痛い思いをしました。

 話は本題ですが年末年始に電子書籍のセールでいろんな本をまとめ買いしましたが、期待通りの作品もあればそうでないのも多く、まさに玉石混交でした。ただ中には一回読み終わった後でまたもう一回読んでみようと再読する漫画もあり、やはりそうした再読したくなる漫画というのはそのまますぐれた作品であると個人的に思います。

<忍者と極道>
 そんな再読し続けている漫画の中に、近藤信介氏の「忍者と極道」があります。何気にこの作者の近藤氏についてはそのデビュー作の「烈!!!伊達先パイ」の頃から注目しており、この漫画の2巻は発売日に即ゲットしてたりします。読んだ印象としては若干古い時代のジャンプのギャグマンガという印象でしたが、ギャグに妙な切れがあるのとストーリーテーリングに見るものがあり、続きを楽しみにしていたもののあっさり2巻で打ち切りとなって密かに残念がっていました。
 その後、同じジャンプで「ジュウドウズ」という作品が連載されましたが、こちらはあらすじを読むだけで正直面白くなさそうだと感じて、結局一読もせずスルーすることとなりました。でもってこっちの作品もすぐ打ち切りとなり、2作連続で結果を出せずもう今後作品を見ることはないかもなと勝手に残念がっていました。

 それからかなり時間が経ってちょうど去年くらい、「そういえばあの作家どうしているんだろう?」と思って検索をかけたらこちらの「忍者と極道」の連載を始めていて、しかもアニメ化に至るほどのヒットを飛ばしていたことに気が付きかなりびっくりしました。でもってイラスト見たら伊達先パイの頃と全く同じ画風で二度びっくりしました。
 そんなわけで興味津々で買ってみて読んだのですが、この作品を一言で言えば北斗の拳と男塾を同時連載しているようなノリで、ゴア描写が激しいのは当然ながら一人一人のキャラクターが非常に濃く、それでいて展開がものすごく早いという印象を覚えました。特に最後の展開の速さに関しては、キングダムなら単行本10冊かけるような戦闘を1冊くらいで瞬殺し、すぐ次の大規模な戦闘へと一瞬で移るという感じで話がどんどん進んでいきます。

 そうした特徴に加え、作者自身がインタビューで答えていますが連載前の構成に凄い時間と労力をかけたと言っているだけあり、瞬殺されるようなモブキャラであっても一人として手抜きで作られていないと思うくらい、キャラクターが深く掘り下げられています。しかもそれが主人公キャラだけでなく敵役にも当てはまり、そのディテールには毎回読んでいて驚かされます。
 にもかかわらずどのキャラもその心情が読み取りやすくなっており、漫画としての見せ方も非常に上手かったりします。全体ストーリーも良く練られているうえ一人一人のキャラクターもセリフも研ぎ澄まされており、こりゃ間違いなく売れるわと大いに納得させられました。

 なお個人的には絶望して麻薬に走ろうとするキャラクターに対し、「苦しみから逃げるなとは言わない。耐えきれないなら逃げていい。でも破滅にだけは逃げないで」と全力で諭すセリフが一番心がかされきました。しかもこれ、敵役のキャラが言うのだから本当に凄い。あと作者、プリキュア好きすぎるだろう。

<みいちゃんと山田さん>
 友人にプッシュされてウェブで第1話を見て、残りの巻を一気に買って読んだのがこの作品でした。今かなり注目されているので読んでいる人も多いのではと思いますが、簡単にあらすじを書くとキャバクラで働く主人公の同僚となったみいちゃんという女の子は知的障碍者で、トラブルを起こしまくり、翌年には殺される運命を明示された上で話が進められます。
 あらすじだけでは歌舞伎町系作品としてそこまで突飛であるわけではないのですが、とにもかくにも漫画としての見せ方がうまい作品だと感じます。ほかの一流作品と比べて作画も特段うまいわけではなく、大ゴマが多くて1ページ当たりのセリフ文字数とかも少ない方なんですが、ここぞというシーンを読者に印象深く見せるのが非常にうまく、一読したらなかなか記憶から離れない漫画である気がします。

 なお自分が一番印象に残ったのは、みいちゃんがDV彼氏に殺虫剤ぶっかけられて「ぎゃああああ」と悲鳴を上げるシーンだったりします。見返すたびに爆笑する。

 たまたまでしょうが一緒にまとめ買いしたほかの漫画では、作画はこの漫画に比べて遥かに上回っており、書き込みも多く緻密な絵である作品もありましたが、逆に漫画としては無駄な情報量が多く、正直言って読みづらいと感じました。絵がうまけりゃ漫画作品として優れているというわけじゃないというのを、この漫画を通して強く感じさせられます。
 っていうかはっきり挙げると「幼女戦記」が見づらい漫画代表です。まだ1巻しか読んでないけど、なんでこれ売れたのか全く分からないくらい面白さをひとかけらも感じられませんでした。


 話を戻してみいちゃんについて批評を見ていたところ、上のブログの方の批評が一番納得感がありました。その批評に書かれていますが、この作品の最大のテーマはやはり「偽善」と「露悪」であり、知的障碍者のみいちゃんをみてかわいそうと思うか、周りに迷惑かける嫌な人間だと思うか、その捉え方次第で作品の見え方がかなり変わってきます。でもって作品内でそれぞれの視点を持つキャラクターを登場させており、こうした知的障碍者の人たちへの対応についていろいろ考えさせてきます。

 あとどうでもいいですが作者の亜月ねね氏については経歴とかあんま知らないけど、インタビューで「憧れの弐瓶勉氏と同じ雑誌で連載できてハッピー(*'ω'*)」と言ってて、好印象を持ちました。
 自分の中で最高の漫画作品とくれば「水木しげる伝」(ハードコピーでも持っているがいつでも読めるよう電子書籍版も購入済み)ですが、こちらはもはや経典であるため漫画の枠に入っていません。では次にあげる漫画作品ときたら奥浩哉氏の「GANTZ」か弐瓶勉氏の「BLAME」なほど自分も弐瓶信者なため、上記のセリフを言っただけで亜月氏については「ええ子やんけ(´・ω・)」と思うようになりました。

2026年1月2日金曜日

みんなで歌おうゲゲゲのゲ


 昨夜、何故か知らないですが上の鬼太郎3期のOP動画がYotubeでおすすめに上がってきたため見てしまい、今日上海の街中でこの歌を歌いながら無駄に練り歩く羽目となりました。改めて聞くと本当に胸にしみる歌で、もう日本は君が代やめてこっちを国歌にすべきなんじゃないかとすら思えてきました。
 ちなみ見出しに掲げている「みんなで歌おう♪」という歌詞を見ると、「サイレントヒルのうた」が真っ先に浮かんできます。こっちも胸にしみるいい歌です。

 それで恐らくたまたまですが、年末に電子書籍のセールで買った本の中に水木しげる全集の「沖田総司」の収録巻が入っていました。この本には表題の「沖田総司」のほかにいくつかの短編や四コマ漫画も入っていますが、半分以上は沖田総司の漫画で占められています。ちなみに総編集者は京極夏彦氏で、収録してる漫画の一部は貸本時代に出回った書籍のうち京極氏が持っていたものをスキャンしたものらしいです。

 何故この本をいくつかある全集の中から選んだのかというと、これ以前に同じ新選組の近藤勇を主人公とした「星をつかみそこねる男」を読んでいたためです。水木作品の中でそこまで極端に面白いとは思わなかったものの、同じ新選組を取り扱い、しかも主人公が沖田だからどうなっているんだろうという興味で買ってみたのですが、想像以上にアダルトな描写が多くてややびっくりしました。
 これについて生前に水木しげるは、掲載紙が週刊実話だからその手の描写がないと連載が切られるからだと説明していたそうです。っていうか週刊実話で水木しげるが連載していたという事実の方が驚きです。

 それで内容はというと、正直言えば「星をつかみそこねる男」よりは面白いと感じました。話のスポットが新選組ではなく沖田本人に向かっていることと、その沖田と関係が良かったとされる芹沢鴨の話が多く盛り込まれていて話に抑揚があるように感じました。まぁ水木作品全体で面白いかと言えば中ほどという感じですが。
 水木作品で言うと、個人的には90年代くらいに出されていたオカルト関係者の伝記漫画が全体として面白かった気がします。本人も自由に仕事できる立場から好きなものを題材にしていた節があり、あの時期がある意味で水木しげるの真のピークだったという気がします。

2025年12月29日月曜日

ハンチョウの誕生日とサンジャシントの戦いの日と……

 例のDMMの電子書籍セール3週目ということもあって昨日また本を一気買いしたのですが、今回はひょんなことで知った山田芳裕氏の「大正野郎」が入ってたりします。このほかに「1日外出録ハンチョウ」の最新刊にあたる21巻も入っているのですが、この漫画は以前の方がギャグに切れ味もあったしややマンネリ化を感じるため最新刊が出てもすぐに買わず、よっぽどほかに読む漫画ない時や、こうしたセールの時にたまに買うくらいのペースになっており、この時期の購入となりました。

 それでこの巻に入ってる話ですが、主人公の班長こと大槻の誕生日を祝うためその取り巻きがサプライズを仕掛ける話が入っており、この話によると大槻の誕生日は4月21日とされており、この日付にちょっと驚きました。というのも自分の誕生日と丸被りしており、「え、俺って同じ誕生日なの(;´・ω・)」という具合に素直に喜べないサプライズを受ける羽目となりました。
 ちなみにこれまでこの誕生日を紹介するといはよく「エリザベス2世と同じ誕生日」と紹介してましたが、当人が物故されたため最近はこの文句が使えなくなっています。

 こんな具合に思わぬ偶然に驚いた後、その後一緒に買った「ナポレオン」でおなじみの長谷川哲也氏の最新作にあたる「ドッグ・タイムズ」という漫画を読んでました。この漫画は作者も「なんか『時の行者』っぽい」と自分で言うほどですが、一次大戦時の人物である主人公がフランスの第一帝政期(ナポレオン支配期)以降のいろんな時代にタイムリープしながら、各時代の歴史を捻じ曲げる怪物と戦い合う話となっています。
 その中の一話にテキサス州がメキシコからの独立戦争における有名なアラモの戦いが出てきます。このアラモの戦いは要塞に立て籠もった独立軍が敗北後、全員虐殺されたという戦いで、当時のテキサス州はまだ米国とは無関係であるもの現在の米国における自由のための偉大な戦いと悲劇として語られています。こんなこと言いながらその後米国人はインディアンの独立を否定してを迫害したりするのですが。

 このアラモの戦いでメキシコ軍は勝利するのですが、この勝利に浮かれているところをテキサス軍に突かれれる形で大敗北を喫し、当時のメキシコ大統領であるサンタ・アナも捕虜になるほど追い込まれ、テキサスの独立を許すこととなります。この戦いのことをサンジャシントの戦い言うのですが、なんとこの戦いの日というのが1836年4月21日で、何故か私と大槻の誕生日と丸被りでした。

 本当にただの偶然でしょうが、今日初めて買って読んだ二冊の漫画で自分の誕生日が揃って出てくるなんてちょっとどころではないサプライズです。そんなサプライズな今日はなんか右目があまりよく見えず、左右で視力差が出たためか軽い癲癇めいた頭痛が起きており、夕食のラーメン食った後さっきまでベッドで横になっていました。原因はきっと、昨日ほぼ1日中遊んでいた「地球防衛軍6」のせいでしょう。
 あらかじめ中毒性はすごいことがわかってはいたものの、やはり遊び始めると終わりが見えないくらいこのシリーズは遊び続けてしまいます。正月もずっと遊んでいる気がします。

2025年12月22日月曜日

20年ぶりに読んだ冬目景の「黒鉄」

中国の救急車「前の車どけ!こっちは緊急走行中だ」 →前の車「道を譲るのは気に入らない」(痛いニュース)

 上のリンク先にある動画ですが、こんなの中国だと話題にもならないんじゃないかと思います。というのも自分の周りでは、緊急走行中の救急車に対し逆に追い抜きをかける一般車をよく見ます。

 話は本題ですが今週、ちょっと出費がヤバいです。というのもあちこちで年末セールやってるため電子書籍やらSteamのゲームやらやたら買い込んでます。DMMの電子書籍なんか1週間ごとに1回の購入が1万円以上なら追加割引するので先週と今週でこれを2回やり、日本円のクレジット購入額が前月比で急増しています。
 そうして購入した電子書籍の中には、先日言及した「FX戦士くるみちゃん」と「あいちゃんと山田さん」という萌え系鬱漫画2作品が入っているほか、冬目景氏の「黒鉄・改 KUROGANE-KAI」という漫画も入っていました。

黒鉄(Wikipedia)

 この「黒鉄」という漫画は、恐らくは手塚治虫の「どろろ」のオマージュと思われる冬目景氏の漫画です。簡単にあらすじを説明すると、江戸後期に仇討を果たしたものの半死半生となった主人公の少年に対し得体のしれない医者が改造手術を行い、半機械ともいうべき状態で蘇生させ、その後少年は腕の立つ無宿の渡世人となって北関東を旅していくという内容です。
 基本的に数話ごとに話が終了する短編形式で進む漫画なのですが、元々鉛筆で書いたデッサン画のような描き方をする作者なだけに、時代劇形式を取っているこの作品は画風とのマッチが非常に高く、最初読んだときはかなり感銘を受けました。

 そんな「黒鉄」を私が最初に読んだのは学生時代、古本屋で1冊100円で売っていたのを購入したことからでした。冬目景氏についてはその代表作の「イエスタデイをうたって」はかねてから知っており、こんな漫画も描いていたんだというのが最初の印象でした。
 なお「イエスタデイをうたって」というタイトルを見るたびに「王様はロバ」という漫画で「イエスタデイのトゥモローはトゥデイ」というタイトルの歌が出てくるのを思い出します。

 話を戻すと、最初に「黒鉄」を読んだのはマジで20年以上前で、連載されていた時期に至っては30年以上も前だったりします。そんな昔の作品を何故今回電子書籍で購入したのかというと、この漫画がつい最近になって完結したと聞いていたからです。というのもこの作品、不定期連載で行われていたものの途中で掲載が途絶え、明確な完結を迎えないまま初期シリーズは5巻で打ち止めとなっていました。
 こうしたことはこの作者には非常によくあることで、先のアニメ化もされた「イエスタデイをうたって」も途中で連載が中断して長期間ほったらかしにされていました。こんな具合に冬目景氏は、次々と新連載を立ち上げては途中でほっぽりだす悪い癖があり、この「黒鉄」についてもまさにそんなほっぽり出された作品のひとつでした。

 ただ作者本人もそういう指摘を気にしてたのかこの10年くらいの間は過去作品の幕引きを積極的に図るようになり、この「黒鉄」もタイトルを「黒鉄・改 KUROGANE-KAI」に改め、2017年から定期的な連載が行われ、2020年に無事に完結に至ったそうです。この事実をつい最近まで知らなかったのですがひょんなことからネットの情報で耳にし、完結したのだったらと安心して今回の購入にリストにいれていました。
 なお年末セールがそろそろ行われるという予感はあったので、先月から買ってる漫画に新刊が出てもすぐ購入せず、ずっとストックしておりました。

 それで約20年の時を経て連載再開された「黒鉄」を今回一気に読んだのですが、個人的に驚いたのは20年前の画風がきちんと維持されており、大きな抵抗なく新装版も読むことができました。またその特徴的な画風もさることながら各話のストーリーもつなぎがいいというか先が気になるような展開と終わり方を毎回維持されており、単行本一冊だけ読むつもりが二冊、三冊とどんどん続いていって、こうした読者を引っ張るうまさは熟練したものを感じました。
 また今回は昔と違ってちゃんと完結まで持っていっており、変な消化不良もなく最後まで安心して読めて、読者として長い間待たされた感がありましたが非常に満足いく内容となっていました。

 なお久々に読んで感じたこととしては、今作のヒロインの紅雀の丹というキャラについて、えらく丸顔のキャラだなぁという感想を持ちました。このキャラは男勝りに腕が立つし気が強い少女なのですが、丸顔の上に髪型がおかっぱなのでその丸さがさらに際立つようになっており、少年っぽい少女という造形が強く反映されているように思えました。

 最後に蛇足でしょうが、先に挙げた「イエスタデイをうたって」はアニメ化されましたが、実際中身は見ていないもののそんなに話題になったとは思えず、そもそもアニメ化しようという企画自体間違ってたのではという気がしてなりません。この作者の漫画はアニメにするには非常に相性が悪い画風だし、さらに「イエスタデイをうたって」は90年代の時代間だからこそ評価されるのであって、現代であんなストーリやっても見る奴いるのかよと問いたくなります。
 なおこの漫画、大学時代に単行本を購読していて部屋の中においていたら後輩が「あ、この漫画新巻出てたんですね」というので、

「なんやその新巻出たのかなり前やで。出とるの気づかんかったんか?」
「(後輩の実家がある)島根にはこんな漫画、売ってるところありません。広島までいかないと買えません!」

 と言われ、これ以降、「島根ってヤバい僻地なんやな(´・ω・)」と無駄に島根に対して舐めた感情を持つようになりました。

2025年11月7日金曜日

日本より海外の方が受けた日本のアニメ

 先週まで好調だったVPNが今週から調子悪くなり速度が200kb/bpsくらいまで落ちました。先週まで1mb/bps超えてましたが先週までが異常で、先月以前はずっと200kb/bpsでしたが、一度高い速度に慣れちゃうとまた戻った後は結構辛いです。
 そんなわけで本題ですが、個人的に日本よりも海外の方で受けた日本のアニメ作品をちょっとまとめます。

1、ボルテスV

 このテーマで言ったら絶対に外せないのがこのボルテスVでしょう。日本では人気ロボットアニメ作品の一つに過ぎませんが、フィリピンではこうして現地の人が日本語の歌詞で高らかに歌うなど国民的人気作品となり、主題歌を歌った堀江美都子氏に至っては国賓待遇で呼ばれたそうです。ワンピースのエースじゃないけど、フィリピンの人には「愛してくれてありがとう」と無関係なのに言いたくなってきます。
 私自身もこのボルテスVは直接見たわけじゃなくスパロボでプレイしたに過ぎませんが、そのストーリー性は引かれるところがあり長浜三部作の中で一番好きな作品です。それは多分フィリピンの人にも同様で、ただのロボット作品ではなくその高いストーリー性が国境を越えて響くものがあったからこそこれほどの人気を得たのだと思います。


2、グレンダイザー

 恐らく初代マジンガー、グレートマジンガーと並ぶマジンガー3部作のうち日本国内では最も印象が薄い(スパロボにもあんま出ないし)作品だと思いますが、このグレンダイザーは何故かフランスでは異常なほど人気を博し、視聴率も100%を記録したなどと本当か嘘かと疑いたくなるような伝説すらあります。同じくイラク、イタリアでも同様に日本を上回るほどの人気ぶりだったそうで、決して悪い作品ではないもの、どうしてこんなに受けるのかと不思議に感じます。
 その人気の背景について以前見た記事では、「地球に亡命してきたほかの星の王子という設定が、あの地域の人には刺さる」というのを見たことがあります。裏付けは取っていないですが確かに欧州辺りは王室に対する感覚が日本とは違って、その辺がヒットしやすい要因なのかなと勝手に納得しています。

3、エルフェンリート

 もはやこの作品も古典というくらい古くなっていますが、日本では好事家(マニア)の間で知られる作品にとどまった一方、なんか聞くところによると米国では非常に高い人気を博して一時期は主人公が日本アニメのアイコン的に扱われたとも聞きます。
 知らない人向けに簡単に説明すると、この作品のジャンルはエログロホラーに属すのですが、それまでにも同様のジャンルのアニメ作品はあったものの何故これが米国で非常に受けたのか。個人的意見として述べると、エログロ系な絵じゃないのにこのジャンルだったことが最大の理由じゃないかと思います。

 今や押しも押されぬ大御所となった作者の岡本倫氏ですが、デビュー作のこの作品の開始当初はそんなに作画も良かったわけじゃありませんでした。ただ、キャラクターは少女漫画のように目を大きく描くなどかなり特徴的な絵だったのですが、これがそれまでのホラー系作品とは大きく異なり、かわいいキャラクターで凄惨な場面が描かれるという点ではかなり早かったように思います。でもって、それがかえって米国のアニメファンに響いて、日本国内を超える人気を得たのだと思います。
 このように思ったのもこの前日本にいる間に「メイドインアビス」を読んだせいで、あれ見てかわいい絵柄で凄惨な場面を描くという点でエルフェンリートの系譜に属すと感じたとともに、こうした手法の嚆矢はやはりエルフェンリートだったと思うに至りました。

 なんでこんな記事を書いたのかというと、やはり自分の趣味の文化比較というかある文化圏では受けて、別の文化圏では受けない作品の原因というか要素が急に気になったからです。実際には時代性、特にテレビ放映期間や他の競争娯楽が最も大きなファクターだと思いますが、こうして比較することで何かしら傾向が見つけたら話のタネになるのかなと考えています。
 逆方面から書いても面白いと思っていますが、今のところそれで浮かぶのは「攻殻機動隊」くらいなものです。あの作品ほど日本で評価されながら海外ではそこまで浸透していないのは珍しい気がします。

  追記
 書き終わった後で気づいたけど、岡本倫氏も「メイドインアビス」のつくしあきひと氏もゲーム業界出身の漫画家という点で共通してました。なんで二人とも似たような経歴で似たようなグロテスクな作品描くんだろう(;´・ω・)

2025年11月6日木曜日

実は好きだったギャグマンガ家

病院・介護施設の賃上げや経営改善、補正予算で支援…報酬改定前に首相「スピード感をもって」(読売新聞)

 本題と関係ないですが以前にも医療業界の孤立無援さを懸念していただけに、上記の高市総理の方針は非常にありがたいと医療関係者でもないのに感じました。これはマジで国が補助するしか手がないだけに、速やかに実施してもらいたいものです。

 それで本題ですが、密かに昔好きだった漫画家の中に岩村俊哉氏がいたりします。比較的目に触れられる機会が多かったと思う作品はコミック本ボンボンで連載されたF91とVガンダムのコミカライズ作品だと思いますが、どちらも正直そんな評価は高くない気がします。私自身もリアルタイムでVガンダムの方は読んでましたが、肝心要のカテジナさんが一切登場しないなど構成に無理があったような気がします。
 一方、最も代表作として見られているのはガンガンで連載されていた「電撃ドクターモアイくん」かと思え、私自身もこの作品はかなり好きでした。どういう漫画かというと主人公が小学生ながら医師免許を持つホモというキャラで、基本的にハイテンションなノリでドタバタやる系のギャグマンガでした。当時のガンガンの作家の中では比較的作画がしっかりしており、ギャグもテンポ良くて単行本も買おうかと思ったけど、あんま身近な書店で売ってなかったためあきらめました。

 もう一つ連載をリアルタイムで読んでいたのが、ギャグ王で連載されていた「大ボケ超人ウッカリマン」でした。ただこの漫画は当初はギャグ漫画として出発したものの連載が進むにつれてシリアスな展開となっていき、ギャグ王の部数が減少していくに伴ってなんか面白さも落ち込んでいったような気がしました。
 っていうかあの頃のギャグ王は三笠山出月氏の「うめぼしの謎」が抜きんでたのに、これの連載が終わってから急激に雑誌としてつまらなくなっていきました。ただギャグ王後期は坂本太郎氏が描く「最後の楽園」とかの緩急効いたギャグはかなり好きでした。

 話を岩村氏に戻すと、確か90年代後半だった気がしますがジャンプに二度ほど読み切り漫画が掲載されていたことをよく覚えています。内容はどちらも天才小学生コックの料理漫画なのですが、この手のギャグマンガの読み切りが二回載るというのは大体本連載前の準備段階とみなすことができ、ジャンプでの連載開始がかなり秒読みだったんじゃないかと当時思いました。
 ただ二度目の読み切り漫画を読んだとき、贔屓にしていた作家ながら「あ、こりゃだめだ」とはっきり思いました。というのもその二度目の読み切り、話の内容が子供の給食に辛すぎるカレーを出してはダメという、一度目の読み切りと全く同じオチだったからです。

 これ見て私は、私以外も一度目の読み切りの内容を覚えている読者はたくさんいてみんなマンネリ間を感じるだろうし、そもそも同じネタを連投するってギャグマンガかとしてどうなのという風に思い、「本連載にはもう行かないだろうな」というのをはっきり直感しました。実際その通りというか、その後ジャンプに岩村氏の漫画が載ることはありませんでした。
 逆を言えばあの時、二度目の読み切りで主人公とかのキャラが同じなのはまだ良くても、オチをもう少しひねっていればまた違ったんじゃないかというのを今でも思います。

2025年10月9日木曜日

トレパクが疑われる漫画家


 このところ高市総裁以上に熱くホットなニュースと言えばこれかと思いますが、漫画家の江口寿史氏がかつて自分で批判していたトレパクこと実際の写真をトレースして構図を取り、それを商業イラストに使ってた問題が未だ炎上し続けています。
 江口氏の「ストップひばり君」は自分も年代は違いますが中学の頃に何故かゴミ捨て場で拾って読んでおり、面白い作品だと思って強く記憶に残っています。ただ作品としては「パーフェクトブルー」のキャラデザの方が好み、というかこの映画作品の方がめちゃ好きだったりします。それだけに今回の騒動で、金もらって描く商業イラストでああいう行為していたというのは非常に残念に思います。トレス行為についていろいろ意見がありますが、これだけ検証が進む中で「トレスが悪いとは思いません」と堂々と言えない時点でもはや終わってるでしょう。

 このトレパク問題ですが、何かの記事で詳しく解説されていましたが近くは同じイラストレーターの古塔つみ氏の事件で大騒ぎになりましたが、個人的には漫画「ちはやふる」の末次ゆき氏の騒動の方がでかかったなぁという気がします。
 末次氏は2005年に連載中の漫画で他の漫画からのトレパクが指摘されるとこれを認め、潔く連載を中止して活動も一時停止しました。ただその後は謹慎を経て「ちはやふる」の連載を開始して大ヒットを記録しており、「あの騒動がなければこの名作は生まれなかった」などという声もあります。もっともそれ以上に潔く指摘を認めて謹慎するなど本人の反省態度がきちんと行動に出ていることから、現在この件で末次氏をなおも批判する声は見受けられず、私自身もすがすがしい態度だったと感じます。

 恐らくこのトレパク問題ですが、画像取り込みに至るまでの行為は恐らくほかにもばれていないだけでやっている作家はいるんじゃないかと思います。実際私も過去に「これはトレパクなのでは?」と感じる漫画家というかイラストを何度か見たことがあります。そのうち、今手元にその疑念を感じた画像が1枚だけあるので、実際にここで紹介します。
 そのイラストとは、以下の画像です。


























 そう、ギャグマンガ界の天下の巨匠こと漫画太郎先生のこのイラストです。
 一目見て「え、実在の人物相手にこんな似顔絵マジで出してくんの!?:(;゙゚''ω゚''):」と思うと同時に、ところどころのパーツがアッキーナこと南明奈氏の特徴をきちんと捉えてあるように見えて、無駄に作画テクニックの妙が光るイラストだと衝撃を受けました。っていうかこれ、20年くらい前の画像だけど何故未だに保存しているのか自分でも不思議です。

 私はこの画像を見て、その妙に骨格などが捉えられていることから画太郎先生がトレパクしたんじゃないかと1分近くも疑いました。っていうか、今回江口寿史氏がトレパクした金井球氏のあの横顔の写真を画太郎先生がトレパクしてイラスト描いたら一体どんな風になるのか、逆に見てみたいです。っていうかこれだけ個性のはっきりした画風なら、構図パクったとしても十分にお金取れる独創性溢れるイラストとなることでしょう。

 マジな話をすると、ギャグマンガは他の漫画ジャンルと比べても流行り廃りがはっきりするジャンルで長く売れ続けることは非常に難しいのですが、画太郎先生は新人時代から一貫してそのスタイルを崩さず、それでいて誰も真似できない圧倒的な独創性を維持している点で本当に凄い作家だと子供の頃から思っています。
 一般受けする作家でないことは百も承知であるものの、独創性だけならマジで日本一だと思える人なだけに、また「ババアゾーン」の続編作ってくんねぇかなと密かに期待してます。

2025年10月7日火曜日

実写版の「ヒカルの碁」について

ヒカルの碁 (中国ネットドラマ版)(Wikipedia)

 今日、なんか急に食べたくなってすき家で牛丼食べてたら中国人の友人から「これ見て!」と、2020年に中国で制作されたヒカルの碁の実写版ドラマのリンクが送られてきました。時間に余裕あるし物は試しとまず一話を見てみましたが、返還前の香港(1997年)を舞台にし、各キャラクターも香港人という設定で作られていました。また準主人公の佐為に関しては南梁の棋士という設定にされていましたが、衣装は原作に近い日本の平安貴族風が維持されていました。

 このドラマは配信当初は原作との差が指摘されたりしたものの徐々に人気を高めていき、最終回を迎えるころにはものすごい人気を得ていたと聞きます。実際、一話を見ただけでも制作陣は原作を大事にして作っているという気概を私も感じられ、役者も原作の各キャラのイメージに近いキャスティングがなされているように思えました。またエンディング曲も、さすがに歌詞は中国語になっていたものの原作アニメ版の初代ED曲の「ボクらの冒険」が使われており、これ聞いたときはさすがに自分も懐かしく感じました。
 まぁこのアニメで一番好きだった曲は「I'll be the one」だったりしますが。この曲はマジで一時期ずっと聞いてた。

 そんなわけでこのドラマは二話以降も見るかはまだちょっと悩んでいるのですが(テレビドラマを見るのは昔から苦手)、改めてヒカルの碁が囲碁というかなりニッチなテーマにもかかわらず、日本以外の国で高い評価を得ていたのかを改めて感じました。中国に限らず韓国でも人気を得ていたと聞いており、実際日本での連載中に自分もジャンプで購読してましたが、囲碁のルールがわからなくてもその面白さを感じるとともに、作画の小畑健氏も「昔はサイボーグGさん書いてたのになぁ」と言いつつその描写表現に舌を巻いてました。
 真面目な話、この作品はストーリーテーリングに関しては平成期において一、二を争うくらいの完成度だった気がします。前述の通り囲碁のルールがわからない読者でも楽しめ、中国や韓国でも人気を得て、連載終了が10年以上経ってドラマ化される辺りがこの辺の根拠ですが、改めて思い起こすとすごい作品をリアルタイムで読んでいたなという気がします。

 同時に、この作品の原作を担当したほったゆみ氏が次作の「ユート」が短期で打ち切られ、その後作品を出さなくなったのも改めて惜しかったという気持ちも芽生えました。私個人としても「ユート」の打ち切りはやや早すぎるのではないか、実績ある作家なのだからもう少し続けさせてくれればと思ったほどでした。いまさら言うのもなんですが。

 なお平成期にストーリーテーリングで優れるジャンプ作品としてはもう一つ、「ドラゴンボール」歴史的名作が全部入ってたジャンプ黄金期にほぼ一話完結型で連載を続け独自さを見せつけていた「アウターゾーン」を私は挙げますが、この前見た解説動画で「アウターゾーンは実写化されなかったが、そのオマージュ作品の『ババアゾーン』は実写化された」という締めの一言にめちゃ爆笑しました。

2025年9月27日土曜日

タクティクスシリーズのリメイクは信用できない

新生FFT──ファブル過ぎると────話題に──(ガハろぐ)

 ゲーム記事連投となりますが、先日発売されたファイナルファンタジータクティクスのリメイクが評判悪いようです。上のまとめ記事にもありますが無意味な長線こと「――」がセリフのそこかしこに加えられ、まるで殺し屋のファブルがしゃべっているようだと揶揄されています。元々この作品、味のあるセリフ回しが人気の源泉だったというのに、確かにこれでは一言一言が間延びしている感じに見えて読んでてテンポ悪く感じます。何考えてこんな改悪を許したのか見ていて不思議に感じるほどですが、その一方で「ああやっぱり……」と思う節もありました。
 というのも、FFタクティクスを含めタクティクスシリーズはリメイクする度に改悪作品と呼ばれるからです。

 実際に遊んだことはないのですが、これまでに出ているFFタクティクス、タクティクスオウガのリメイクはどれも評判が悪いです。初出の作品は高く評価されており、だからこそこうしてリメイクも出されるのでしょうが、PSPでFFタクティクスのリメイクが出た際には遊びやすくなってそうだしやってみようかなと思ったところ、なんかシステム周りが無駄に弄られて面白さが半減と書かれていたので止めました。
 同じくタクティクスオウガも、遊んだことはないけどストーリーが面白そうなのでリメイクやってみようかと思ったところ、レベル管理周りでこちらも派手におかしくなってゲーム自体が若干破綻していると聞きやめました。

 こんな具合に両作品ともにリメイクでは、ただUIとかを良くしてくれるだけでいいというのに、余計な要素を付け加えて無駄に評判を落としています。だからこそ今回のFFタクティクスのリメイクも、またなんかやらなくていい作業して評価下げるのではと思っていたら案の定という結果で、ぶっちゃけ子のリメイク担当した人はどうかしてんじゃないかとすら思います。


 などと思っていたらドラクエ7の次出るリメイクでなんと、この作品のアイデンティをなしていると言ってもいいレブレサックのイベントを削除したとのことです。これも正気を疑うような判断だと思え、なんかスクエニのリメイクはロマサガ2では大いに名を挙げたものの、やはり信用できないなと思えてきます。

ドラクエは外伝を作ればよかったのでは?


 上のまとめ記事で近年プレイヤーの高齢化、新規層未加入が取りざたされているドラクエシリーズについて、その世代交代がうまくいなかった以下の三つの理由を挙げています。

・開発期間の長さ(続編リリーズまで長い)
・リメイクの微妙さ(スーパーファミコン時代はよかった気がする(´・ω・))
・デザインの固定ぶり(鳥山明デザイン)

 リメイクに関してはPS以降に出たものは遊んでないため口を挟む立場ではないものの、ほか二つについては全く同感です。特にキャラデザが鳥山明風の作画で統一されていたのはドラクエのアイデンティティとなってはいたものの、新規層の取り込みでは明らかに障害になっていたと思います。その鳥山明も、後年のシリーズでは主要キャラだけ描いてほかはモンスターを含めデザインしていなかったとされており、この点は初期のシリーズと比べるとかなりマイナスであった気がします。

 私個人の見方としては、ドラクエは「ホイミで回復する」、「ラーの鏡で正体を現す」などお約束要素をきちんと残すことで旧来のユーザーを大きく保護できたと考えており、この点はすごく賢かった気がします。しかしFFシリーズと比べるとゲームデザイン面で革新性が低く、キャラクターも前述の通り鳥山風デザインを維持し続けたことで、新規ユーザーを取り込めず、いわゆる「あらゆるジャンルはマニアが潰す」の通りに間口を自ら狭めてしまっていたとも感じます。

 であれば一部のFFシリーズのように、FFの要素を持っているけどやや毛色の違った外伝作品とかを出してみればよかったのではと思う節があります。一つの例と言えるのはサガシリーズで、これなんかレベル制でないなどFF2のデザインが色濃く残され、FFから派生してその後独立した人気シリーズとなっていきました。
 ドラクエでもこんな感じで、ドラクエの要素を一部利用して、特にデザインを一新させた本シリーズとは別の外伝シリーズを出して、ゲームデザインも大胆に変えた実験作とかを出せばどうだったのだろうかという気がします。こうした実験作が人気を得れば別にシリーズを立てればいいし、だめでも本シリーズに接触する新規ユーザーを取り込むきっかけにしていたらと素人っぽく思います。

 もっともドラクエも「モンスターズ」シリーズをはじめ派生作は作ってるしそこそこ人気も得ています。しかしそれら派生作品もやはり鳥山デザインの呪縛を受けているように思え、FFが7で天野絵から脱却したように、新進のデザイナーに思い切って任せてみる冒険をやらなかったのは大きなマイナスであった気がしてなりません。今からでも遅くないし、鳥山明も亡くなっているので、キャラデザを大きく変えて一本出してみたらどうかっていう気もするのですが。
 なら具体的に誰がいいか。自分だったらニビンベンこと弐瓶勉氏が出てきたら即買います。もっとも弐瓶氏がデザインしたらそれはもはやドラクエとは言えないような、東亜重工とケイ素生物が出てくるハードコアな作品となってるでしょうが。

2025年9月23日火曜日

少年漫画界の生きる伝説

 確か夏目房之介氏だったと思いますが、「らんま1/2」などの作品でおなじみの高橋留美子氏について、「あの手塚治虫でさえキャリア中期には少年漫画ではあまりヒットを飛ばせなくなっていたのに対し、何十年にもわたり少年漫画作品でヒットを飛ばし続ける高橋留美子氏は異常すぎる」と言った評論を昔見て、至極至言だなと思ったことがありました。

 漫画界ではまぐれでヒット作が1本出ることあっても、2本以上ヒット作を出すのはかなり稀で、2本出た時点で大物とみなされるようです。言うまでもなく高橋氏はこの基準をとっくにクリアしていますが、それ以上にこの人が異常なのは少年漫画というフィールドで常に売れ続けている点でしょう。
 基本的に少年漫画というのは、いくら大物漫画家と言えどもずっと売れ続けることは非常に難しい分野です。何故かというと主な読者層が小中学生であり、彼らは年とともに成長し、価値観が変わっていくため、以前の作品で虜にしても後年の作品でもファンで居続けるとは限らないからです。加えて、漫画家自身も年齢を重ねることで感性が変わっていき、かつては子供に受け入れられた作風が時代の変化により子供に受け入れられなくなり、人気が出づらくなる傾向ははっきりあります。

 先に挙げた手塚治虫も然りで、キャリア中期におけるスランプ期には当時流行っていたスポ根物が理解できず、また旧来の作風も古いとみられて深刻なくらいに売れなかったそうです。そこから「ブラックジャック」などターゲット年齢層を従来からやや引き上げた作品を出すようになり再びヒットを飛ばすようになりましたが、漫画の神様ですら少年漫画界では第一線に居続けることはできませんでした。
 また「ドラゴンボール」の鳥山明についても、「ドラゴンボール」連載終了後に出した短編作品はそれまでの作品と比べるとあまり売れませんでした。私個人の目から見てもそれら短編作品は世間の評価もあまり高いように思えず、いくつか映像化されたものもありましたがほとんど話題にならなかった気すらします。

 このようにかつて少年漫画作品で売れた作家も後年では売れなくなり、大体ほとんどの作家が再起を期して青年漫画分野へ移行するのが常です。ジャンプの作家なんか「思い出補正」を狙ってか、「キン肉マン」や「マキバオー」をはじめとして、かつて人気だった少年漫画作品の続編を、年齢が上がった当時の読者向けとばかりに青年誌で連載するパターンが多いです。商業戦略的には間違っていないし実際それで売り上げも得られているようですが、もはや新しいヒット作品を作れないことを暗に示しているようなので見ていて物悲しくなることが多いです(´;ω;`)ウッ…

 それなのにと言っては何ですが、冒頭でも語ったように高橋留美子氏はもはや半世紀近くも少年漫画の第一線で人気作を飛ばし続けています。っていうかこち亀は別格として半世紀近くも少年漫画界に身を置いていること自体が脅威以外の何物でもなく、それでいてヤバいくらいヒットも出し続けているのですから、もはや生きた伝説みたいなもんでしょう。
 しかもこの人、むしろキャリア初期に青年誌で「めぞん一刻」も連載しており、こちらでもヒットを生んでいるあたり底知れないものがあります。個人的には「人魚シリーズ」が昔から好きだったので、むしろ青年誌でメインに書いていたらどんな作品を作っていたのかというのが気になるくらいです。

 そんな具合で急に高橋氏に浮いて気になりだしたのでこの前さっき上げた「めぞん一刻」と「人魚シリーズ」を買って読んでたりしたのですが、一読して感じたことはどちらも30~40年前の作品にもかかわらず、一切古臭さを感じなかったという点です。むしろ比較的最近書かれた「主任 島耕作」の方が絵柄や表現が少し古いなと感じたほどでした。
 私が思うに高橋氏が持つパワーの源泉はここにあるというか、あまり時代や社会の価値観変化の影響を受けずどの世代、時代においても普遍的に読みやすい絵柄や作風をしているような気がします。実際にというか英語圏でも高橋氏の作品は受け入れられやすいそうで、こういった「どこでも誰にでも受け入れられる」普遍性をかなり初期の段階で確立していたというのが大きかったのではないかと思います。こんな人、恐らく今後はもう出てこない気すらしますし、歴代漫画家で十傑を選ぶとしたら確実に入ってくる人でしょう。

 関係ないけど十傑と書くとやっぱ例の十傑衆が真っ先に浮かんでくる……。

2025年9月14日日曜日

「島耕作」シリーズが何故評価されるのか

逢いたくて、島耕作(コミックDAYS)

 上のリンク先は島耕作シリーズのスピンオフ作品で、島耕作世界に転生したZ世代で島耕作マニアの主人公が初芝社員となって、ミッション形式で島耕作の偉業を陰ながら支えるという内容です。以前から作品について興味を持っており、完結していたこともあって先日の電子書籍のセール時に大人買いして読んだのですが、期待に違わず面白くて一気に読めました。
 元々、島耕作シリーズについては運転免許の合宿中の宿舎に読んではいたものの、当時置いてあったのは課長全巻と部長シリーズの前半だけで、私自身は島耕作マニアとはとても言えない存在です。ただこの漫画では課長以前の話が割とメインだったためそんなに影響はなく、また恐らく島耕作を知らなくてもある程度内容が理解できるよう把握されており、構成の妙が光る作品な気がします。

 それでこの作品を読んで感じたこととして、改めて島耕作シリーズの偉大さというか面白さに気が付いたような気がしました。現代においても比較的珍しいビジネス現場をメインとした漫画であることもさることながら、こうしてスピンオフが出るほど濃いキャラクターが多いというのも強みでしょう。
 特に「逢いたくて、島耕作」で出てくる今野輝常というキャラに関しては自分もかなり記憶しているというか印象の強いキャラクターでいかにもな人の足を引っ張ろうとするだけのヒール役として登場しながら、その後も何度も登場しては動静が描かれてたりします。なおこのキャラに限らず、関西弁を使うキャラは島耕作シリーズの中で大体嫌味なキャラクターになっており、読んでて自分は「なんかこの作者、関西人に恨みでもあるのだろうか(;´・ω・)」と思ってたりしました。

 その今野を含めてですが、今回このスピンオフ漫画を読んで気づいた点として作者の弘兼憲史氏はどのキャラクターも大事にする人だという印象を覚えました。前述の通り、いかにもぽっと出の嫌味なキャラクターですらその後何度も登場させるなど、使い捨てにすることがほとんどありません。後年に描かれた課長以前の話(平から係長までの時代)では、何年も前の課長連載時に出てきた上司系のキャラクターが再び登場したりしてそのキャラクターがより掘り起こされています。

 意外とこういう風にキャラクターを間隔を置いて再登板させるというのはほかの漫画では見られず、ひどいのになると「タフ」シリーズをはじめ、途中でいなかったことにされることも少なくありません。そうした作品と比べると島耕作シリーズはメインストーリーを進めつつ一人一人のキャラクターを大事に使っているように思え、この点がほかの漫画と一線を画しているから現代においても評価されているのだろうという風に感じました。

 もっともキャラクターを大事にする一方、退場(=死亡)させるときはすげぇ雑だという気もします。某キャラなんか自宅に飛行機を突っ込ませたりしており、最初読んだときはマジで笑ってしまったとともに、「もっと他に描き方あったんじゃないの?」という風にも思いました。

2025年9月3日水曜日

あの声優は20年前から凄かった(;゚Д゚)

 先日急に、かつて存在したゲームシリーズの「グローランサー」シリーズについて調べなおしていました。一体なんでそんな白鵬の相撲協会辞職みたく突然やり始めたのかというと、その直前にYotubeでグローランサーシリーズを振り返る動画を見ていたからです。言わずもがなですがこのゲームシリーズは私の遊んでおり、全部で6作ある中で1~4までは遊んでいます。
 そもそもこのゲームを作ったスタッフたちはそれ以前にセガサターンなどで展開されていた「ラングリッサー」シリーズも製作しており、私はこのラングリッサーシリーズを先に遊んでいたことからグローランサーも手に取るようになりました。もっとも最初に手に取ったのは発売からそこそこ年数経過した後でしたが。

 簡単にシリーズの感想を述べると世間で名作と呼び声高いのは1と4ですが、1に関しては確かに文句なしに名作だと思うものの、4は序盤でフラグ(結構複雑)立てをミスると、ヒロインの個別エンディングがその時点で見られなくなるシステムになっていました。
 プレイ時間がそこそこ長いのにあとからの救済策も一切なく、その結果として私がプレイした際、ラストバトル直前に「話がある」と主人公に声かけてきたのは剣豪の爺さんだけとなってしまって、「なんやねんこれ!(# ゚Д゚)」と納得いかず、2週目もプレイする気も起きなくなったので、4が名作と言われてもあんまピンときません。っていうか長すぎてダレる印象しかない。

 それに対し、個人的に一番面白かったのは3(2001年発売)でした。1や4と比べて1週がそこまで長くなく、且つ「太陽の光が徐々に失われていき、北側の国から飢饉が広がって食料を奪い合う戦乱が起こっている」という妙に現実味のある世界観となっており、ゲーム内容もさることながら各キャラクターも個性があって非常に楽しめました。貸した友人も評価してたし。

 その3に出てくるキャラクターに、ヒューイという男性キャラクターがいます。このシリーズはキャラデザがあの有名なうるしはら智志氏という人なため、美少女キャラばかり目立つ傾向があるのですが、このヒューイというキャラクターは例外的に男性キャラなのに強く印象に残るキャラでした。
 このキャラはゲームにおいて前衛も後衛もこなすことができ、尚且つ魔法もそこそこ使える万能キャラであり、4人パーティで主人公にこのヒューイをつけると、残り二人は特性を気にせず自由に選べるようになるため、文字通りパーティ構成で軸になるキャラクターでした。また性格も普段は関西弁でおちゃらけたような態度を取るものの、実際は思慮深い上に責任感が強く、ストーリー上でも頼りになる奴でした。

 話を現在に戻すと、今回グローランサーを調べなおしている最中に20年以上前に発売された3がやはり気になり、ヒューイという頼もしいキャラがいたことを思い出しました。このヒューイに関してはゲームでの性能もさることながら演じた声優の演技も非常に素晴らしく、ふざけた態度と真面目な態度を場面ごとにしっかり演じ分けていて強く記憶に残っていました。遊んでいた当時にあまり有名でなかったように思え名前も覚えていなかったのですが、「あの声優は今でもこの仕事を続けているのだろうか」と改めて名前を調べなおして検索かけたところ、「えっ!?(;゚Д゚)」という感じでかなりデカい声出して面喰らいました。

川田紳司(ニコニコ大百科)

 上記リンク先にある通り、かつてグローランサー3でヒューイ役を演じたのは川田紳司氏で、つい最近に「ジークアクス」でシャリア・ブルを演じたあの人でした。現在のキャリアはどうなっているのか調べたら、ちょっと前に出演作を見ていた当人だったとは思わずマジびっくりしました。

 先に放送されて非常に高い評価を得たガンダム最新作にあたる「ジークアクス」ですが、私は本作品で主演を演じた黒沢ともよ氏をかねてから贔屓にしていて期待してはいたものの、各種インタビューで本人が「役を掴み切れなかった」と話している通り、ジークアクスではこれはと思う演技はほとんどありませんでした。
 一方、シャリア・ブルを演じた川田氏に関してはこの作品で最も演技がうまいと当初より感じており、先日も友人へのメールで「シャリアの人だけ飛びぬけてうまかった」という感想を書いて送っています。年齢が高く落ち着いた話し方ながら策謀家めいた影も感じさせるいい演技で、そのキャラクターの設定とこれ以上ないくらいマッチしており、「今まで知らなかったけどこんないい声優がいたんだなぁ」と放映中は思ってみていました。そしたら20年前の時点でその声を聴いてるし、当時もうまいと感じていた人だったことが今回わかり、二重にびっくりしました。

 こう言っては何ですが、20年前の時点でやはり川田氏の演技は一際群を抜いていました。二面性のあるキャラを矛盾なく演じていて、それでいて耳に残る声の出し方や演技で印象を持たせ、何より演じるキャラクターに溶け込むというか違和感のない演じ方をするので、ただただ演技が上手いと感じさせられていました。今回のシャリア・ブル役もまさにそんな感じで演じられており、あのヒューイの声の声優だったらさもありなんだと深く納得させられるとともに、凄い人は昔からやはり凄いということをまざまざと見せつけられた感じがします。
 っていうか評価してんならちゃんと名前覚えろよと自分に言いたいです。

2025年8月23日土曜日

歴史に残るような漫画の一コマ

 私がここで語るまでもなく日本の漫画の中にはその後長く読み継がれ、伝説的とされる作品が数多く存在します。ただ数多くある漫画の中で、「この一コマはヤバい」などと、漫画内の特定の一コマを取り上げて評価するということはあんま聞かないので、ここでいくつか自分がすごいと思う一コマを切り取って紹介します。

・「あしたのジョー」のラストシーン

 ボクシング漫画の金字塔こと「あしたのジョー」ですが、いわゆる真っ白に燃え尽きちまったなラスト一コマはその後、多くの作品で模倣されていることから、原作を読んでいなくともこのシーンについては知っている人も多いと思います。超人気作品のラストシーンであることもさることながら、当時の時代背景なども踏まえてみると含蓄の深い一コマであると自分も感じます。

 なおこのラストシーンですが、原作に口を出されることを極度に嫌っていた原作者の梶原一騎に対し、作画のちばてつや氏は例外的に「あしたのジョー」の展開に口を出すことを許されていたそうです。もっとも力石を殺すかどうかで梶原一騎は一歩も譲らず、「力石は俺が殺す!必ず殺す!」と喫茶店で叫んだら警察呼ばれたそうです。
 話を戻すと、最後の締めをどうするかに関してちばてつや氏から「自分に任せてほしい」と言って、このようなラストにしたそうです。梶原一騎も何も言わず任せたとのことで、こうした背景を知って読むとまた見えてくるものがあります。

・「ブラックジャック」の本間先生逝去シーン

 これは正確には一コマというより名言に入るのかもしれませんが、ブラックジャックが師の本間丈太郎が老衰で亡くなろうという時、あらゆる手段を使って治療を試みるも叶わず逝去した後、打ちひしがれるブラックジャックに霊体となった本間丈太郎が「人間が生きものの生き死にを自由にしようなんておこがましいとは思わんかね」という言葉をかけるシーンがあります。
 医療の限界そのものにも向けられた名言で引用する人も多いのですが、それ以上に「ブラックジャック」はこの回以外でもラスト一コマが印象的なものが多く、そうしたドラマの見せ方における手塚治虫の上手さが感じ取れます。

・「げぇっ関羽!」

 もはや説明不要でしょうが、横山光輝版「三国志」で関羽に遭遇した際に曹操が叫んだこのセリフのシーンも非常に多くパロディに使われています。下手すりゃ同作品の中で一番有名なコマじゃないかとすら思え、セリフの妙な絶望感と小気味よさ、そして関羽の恐ろしさが一言でわかる名シーンじゃないかという気がします。

・「ジョジョの奇妙な冒険」のスタープラチナ初登場シーン

 これもほかの多くの人も指摘していますが、「ジョジョの奇妙な冒険」の第3部から「スタンド」という超能力が具現化した状態で描かれるようになります。これはそれまで目に見えない超能力を初めて絵で表現するという画期的手法とされており、その意味を踏まえてみるとスタープラチナが初めてその姿を現すシーンは文字通り歴史的なワンシーンであるかのように思えます。

・「俺が鎧の巨人で、こいつが超大型巨人ってやつだ」

 ぶっちゃけこれ書くためだけにこの記事仕込んだわけなのですが、「進撃の巨人」でライナーがエレンに対しこのセリフを言うあのシーンは、まじめに歴代漫画の中でも最も衝撃的な一コマとして認定してもいい気がします。二度見しない読者はいないとすらされるほどの衝撃的な展開が、さほど大きくないコマで通常のセリフのように物語の核心に迫る真実がぽんと投入されたこのコマは、文字通り「進撃の巨人」を代表する一コマである気がします。

 このほか挙げるとしたら、「ドラゴンボール」のスーパーサイヤ人覚醒シーンとか、「デビルマン」のヒロイン死亡シーンなんかも十分歴史的と言える気がします。ミクロに見すぎな気もしますが、本当に優れたワンシーンを選ぶこともたまにはありなんじゃないかと思います。