2026年7月31日金曜日

中国の対倭寇戦闘マニュアル

 最近ずっとブログに仕事の愚痴ばかり書いていますが、逆を言えばそれまでの仕事はかなり恵まれていたんだろうなとこのところ思います。まぁ日本の仕事もようやく要領分かって自分のペースで進められるようになってマシにはなってきてますが。

 それで話は本題ですが、数年前より個人的にまとめようと倭寇について密かに研究を続けています。その倭寇ですが知ってる人には早いですが室町時代前半の前期倭寇と、後半の後期倭寇でその系統や成り立ち、活動内容は大きく変わってきます。日本人が歴史の教科書で習うのは基本的に前期倭寇ですが、中国側の歴史で語られる倭寇としては後期倭寇の方が存在感が大きく、今でも後期倭寇との戦いをテーマにしたドラマとかも作られるくらいです。

 基本的に後期倭寇は中国人が主体だったと言われますが、頭目に関しては間違いなくそうです。ただ構成員に関しては中国沿岸部や日本の長崎県出身者などかなり混在していたのではないかと思え、具体的にどの国の人だったかと断定すること自体が間違っていると思っています。よく言われる境界人という言葉が一番合っているように思え、中国と九州の海の民の一部というくらいがいいと思います。
 ただ国籍は断定できないものの、その戦闘方法はほぼ日本式だったそうです。具体的には槍よりも刀をメインウェポンに使用し、特に日本刀は中国でも倭刀と呼ばれ、その切れ味の鋭さから戦闘の際には非常に警戒されたと言われています。
 なおちょっとここで突っ込んでおくと、明代でも中国は日本のことを倭と呼ぶ習慣が残っていたと倭刀という表現から伺えます。

 話を戻すとこの倭寇対策の責任者として中国で一番有名なのは威継光という将軍で、彼は中国沿岸部を荒らしまわっていた倭寇の討伐で大きく功績をあげ、今でも倭寇退治の英雄として中国でも知られています。といっても、多分歴史好きの間だけでしょうが。
 その威継光なのですが、彼が倭寇討伐で名を挙げたのは自らが訓練した部隊が活躍したため、その訓練では倭寇相手の戦闘対策がなされていたと言われています。具体的には狼筅という、枝葉が付いたままの竹を柄にした槍を集団で用い、倭刀で切りかかられないよう接近戦を避ける戦術を採用しています。この狼筅を使った陣形を「鴛鴦陣」と称して、大きな戦果を叩き出したと言われています。

 このエピソードからみても、当時の中国にとって日本刀はかなり脅威となる武器だったようです。もっとも日本国内での戦闘で日本刀はほとんど使われず、合戦のメインウェポンはやはり弓矢だったという声もあるので日本刀の凄さに関しては若干尾ひれがついているのではと思う節があるのですが、外国の目から見てこのような話があることもある程度考慮が必要でしょう。

2026年7月29日水曜日

今回あまり広がらなかった自粛ムード

 昨日夕方の熊本の地震、またその後のイオンの爆発事故で今日のニュースはほぼそれ一色でした。実際に視聴者も気になり注目するだけにメディアが関連ニュースの報道に集中することは問題なく、炎天下で避難を余儀なくされる被災者への支援を広げる意味でも集中的な災害報道は今後しばらくは続ける必要があるでしょう。

 ただ今回の報道や世論を見ていて思ったこととして、過去の大地震と比べると自粛を口にする人を全く見なかったし、自粛ムードも広がっていないような気がしました。以前は誰が言うまでもなくイベント事は中止や縮小され、またそうした自粛を暗に求めるような世論も大きかった気がします。
 ただ以前からも被災地はともかくその他の地域でも必要以上に自粛を行うべきかという逆批判も起こり、経済的にも心理的にもかえってほかの地域は日常を維持することこそが被災地のためにもなるという意見も出ていました。私自身もこの意見に賛成で、被災者に寄り添う気持ちは大事であるものの、予定されていたイベント事を中止にするなど必要以上な自粛は誰のためにもならない不要な自己満足に過ぎないと考えていました。

 それだけにプロ野球のオールスターをはじめ、大規模イベントに対して「自粛しろ」みたいな声がほとんど聞かれず、また勤務など勤めて日常を維持しようとする人が多いことは非常にプラスで、過去と比べると大きく前進しているような気すらします。むしろスポーツイベントなどで被災地への応援メッセージなどを発信する方が重要であるし、特に今回は熊本出身であるホワイトソックスの村上選手にはさらなる活躍を見せてぜひ勇気づけてもらいたいものです。
 何気に現地ホワイトソックスの実況が今回の熊本の地震に言及してくれたのは私としてもうれしく感じました。

 そんなわけで必要以上な自粛は避けるべきといった過去の主張というか反省が、しっかりと現在において実現していると感じた次第です。なお311の時に私は上海にいましたが、やはりあの時の上海の日本社会でも自粛ムードが広がって居酒屋とか人が少なくなっていたのを思い出します。ちょうど自分は311に杭州のくそみたいなハーネス工場やめて次の週から上海の新聞社に移ったからよく覚えていますが、無理に明るく振る舞う必要はなくても必要以上に暗くなるのはやはりよくないなと思います。

2026年7月27日月曜日

中国で好かれた東野圭吾作品

 既に各所で報じられていますが、日本の推理小説の第一人者である東野圭吾が亡くなられたそうです。その訃報は日本国内だけでなく中国でも速報で報じられ、実際ネットで見ると日本の作家の訃報に対するものとしては非常に多いと感じるほど多くの関連記事が出されています。

 その東野圭吾作品について、映像作品を含め実は私はあまり触れたことがないのですが、唯一強く印象に残っているものとして映画の「天空の蜂」があります。これは原発事故に関連する作品なのですが、昔見た解説によると原作は1995年に出され、その後の東日本大震災の福島原発の事故を見るに非常に先見の明のあった作品であったと評されていました。実際に映画が公開されたのは東日本大震災の後なのですが、よくこんな内容を90年代に出していたものだと強く感心させられた覚えがあります。

 話は戻りますが自分の友人の中国人も東野圭吾をよく讃えており、「ああしたミステリー作品は中国人には作れない」と感銘しっぱなしでした。東野圭吾に限らずコナンを含め日本のミステリー作品は中国で高く評価されているのですが、その要因はやはり中国人の手によるああしたロジカルなミステリー作品が少なく、需要に対し国内からの供給が圧倒的に不足しているためと断言できます。
 ネット小説なんかは中国でも多いのですが、ことミステリーとなるとトリックを作るのが苦手なのか、すぐ心霊に逃げてしまうためなのか日本のミステリー作家ほどの人気を得る人はまだあまり見ない気がします。

 そんな日本のミステリー作家の中でも東野圭吾は特に人気で、理由としてはやはり比較的多作であること、映像化も多くされてとっつきやすかったことが大きいような気がします。先ほどにも書いた通り私自身はあまり東野作品に触れていないためその内容の分析ができないのでありますが、何かしら中国人読者の琴線に触れるような内容的特徴ももしかしたらあるかもしれません。

 一方で近年、大ヒットと呼べるようなミステリー作品がやや減ってきている気がします。ただでさえ出版不況もあるのですが人気作家がやや出づらくなっていて余計悪循環となっている節があり、そこへきて東野圭吾が亡くなられたことでちょっとこの先の日本ミステリー業界への不安がややもたげます。
 なお既に潰れた分野としてはジャパンホラーことホラー小説業界が挙げられます。90年代から00年代初頭までは今年亡くなられた鈴木光司のリングをはじめ、多くの日本ホラー小説を原作とした映画が欧米などでヒットを飛ばしましたが、それももはや過去の話です。これら作品を輩出してきた角川ホラー文庫も往時ほどの勢いはなく、こっちの分野も前から色々と心配しています。

 何か盛り返すため、「魔の集う街、松戸」をキャッチフレーズに松戸を舞台にしたホラー小説でも書こうかな。延々と上りきることのできない松戸の坂とかリアルさあって怖い気がするし。

2026年7月25日土曜日

風水に対する疑念

 先日から書いていますが今中国から派遣されて日本で仕事していますが、この日本の仕事がともかくつまらなくてガチで転職を検討するようになりました。せっかくだからやってみたい仕事をこの際チャレンジしてみようかと思い、松戸戦士から松戸風水師へのジョブチェンジを図るべく、この前風水の通信講座を受けてみました。
 風水は自分よりも中学時代にクーロンズゲートにはまってた松戸フレンズの方が興味持っていたのですが、その彼から話を聞く傍らで自分も興味を持つようになり、大分前に中国の風水師事情についてわざわざ記事化しています。その後も興味を持ち続け、自分なら中国語もわかるしガチ中華な風水師として日本で風水師になってみるのも悪くないかもと思ったわけです。

 そんなわけで受けてみた風水師の通信講座(初級)でしたが、結論から言うと若干疑念を持つようになりました。講座自体はそこそこ楽しく学べはしたのですが、日本の風水でかなり重きをなす方位の概念に関して強い疑問を持ちました。
 風水は宋代に現代の骨格が出来上がったのですが、何故この時期にスタンダードが定まったのかというと羅針盤ことコンパスが発明されたからです。風水はこの羅針盤、もとい羅盤で方位を測定して吉凶を占うことが多いというかメインの業務とするのですが、中には枕を向ける方向なんかも生年ごとに振り分けています。

 はっきり言って、どっちの枕を向けるかどうかで吉凶が変わるという主張は受け入れられませんでした。中には家のつくり的に枕の向きが変えづらい人もいるであろうし、そもそも旅行先のビジネスホテルなんかだと変えようがありません。しかしそれで何か変わると言ったらまず変わることがないと思え、こんな生活の細かいところまでいちいち方角気にしてたらやってらんないだろうし、気にする方がかえって損であるように思えました。
 またそれ以外にも、いわゆる鬼門(北東)、裏鬼門(南西)などの方向に関しても中国では日本ほどには気にしません。中国の方の風水はまだ本格的に学んでいないのでわかりかねますが、日本の風水は果たしてそこまで気にしなければいけないほど方位を気にしなければいけないのかという点で、深い疑念を持つようになったわけです。


 そうした自分の疑問に関して、一番参考になったというか得心を得たのが上の動画の解説でした。見てもらえば早いですが私の方から解説すると、鬼門、裏鬼門というのは通常の風の通り道ではないため湿気がたまりやすく細菌が繁殖しやすかったため、日本で風水の理論が固まってきた江戸時代においては台所やトイレなどの水物の配置を避けるというのは理に適っていたそうです。
 しかし現代の住宅においては換気扇などの設備もあれば通風対策もなされており、こうした鬼門に避けるべき配置はもはや気にする必要はなく、そのほかの張りや欠けといった家の出っ張り部分も、現代住宅においては構造的にも問題にはなりません。

 要するに、江戸時代の住宅における管理維持面で日本の風水の学論、特に方位に関する対策はプラスであったものの、現代においては無視できるものとなっているということです。またそもそも論でいうと、方位磁針が指す磁北は現在地から北極点に結ぶ方角(真北)からは自転の影響で少しずれており、また磁北は毎年少しずつ移動するという特徴があります。そのような不均一な磁北を基準とした方位に普遍的価値はあるのかという点でも動画では疑問が呈されており、私も全く同感でした。

 さらに言えば現代日本において風水は私が見ている限り、どちらかといえば「この家は風水的に良くない」などと、ネガティブな方向に使用されることの方が多い気がします。風水的にプラスだなんていう人を見たことはあまりなく、むしろ他人の家や建物にケチをつける道具として使われるのを見る方が圧倒的に多いです。
 いわば概念が独り歩きして人を不幸にする道具として使われているようにもみえ、果たして風水を学び、運用することは単純にプラスなのかという点で疑問を持ちました。もちろんそんなに学んでいない立場で物言うのもよくないし、また本場中国の方では日本の風水とはかなり異なる学論となっているそうなので一緒ではないかもしれませんが、少なくとも前より風水に対する信頼は少し学んだことで逆に落ちています。

 そういうわけでFF5でもふうすいしはあんま強くなかったし、自分はやっぱりこのまま松戸戦士として戦い続けるべきかと再考しつつあります。ほかにジョブチェンジできそうな職業となると松戸竜騎士かなぁ、なったら毎週ジャンプを買わなきゃいけないのだろうか。

2026年7月24日金曜日

岡本公三の死

「狂信者」「人生台無しに」 イスラエル、空港乱射の犠牲者家族―岡本容疑者死亡(時事通信)

 既に数年前から意識混濁状態にあると聞いていたのでさしたる驚きではなかったですが、ようやく死んだのかというのが真っ先に覚えた感想です。彼の経歴についてはわざわざ説明しなくてもネットで見た方が早いので省略しますが、かつて日本はテロリスト輸出国であったことを示す承認みたいな人間で、半世紀くらい前の事件ですが今の若い世代もテルアビブ銃乱射事件については知っておいてもらいたいです。
 まぁ自分の年代からしても知っている人少ないんだけど。

 その岡本公三が参加していた日本赤軍は重信房子によって既に解散が発表されています。ただ日本赤軍に加入していたメンバーでダッカハイジャック事件により超法規的に国外逃亡が認められた人物は何人かまだ生存しているとされ、個人的に気になるのはやはりあさま山荘に立てこもった坂東国男です。死亡報道がないということは恐らくまだ生きていると思われますが、もし可能なら出てきてあさま山荘事件、山岳ベース事件の内幕についてその視点から語ってほしいというのが本音だったりします。

 このほか取り立てて書くようなことは残ってないのですが紙幅が余っているのでもう少し付け足すと、テロリストの概念も911からイラク戦争の間くらいの頃と比べると、現代においてはなんかイメージが変わってきた気がします。当時はイスラムテロリスト全盛期でしたが、現代においてはイスラエルによるパレスチナ侵攻、ロシアによるウクライナ侵攻、果てには米国によるイラク攻撃など国家軍隊による戦争が相次いで勃発し、テロリストによるテロ活動が目立たないというか911の時のような脅威とはあまりみなされなくなってきている気がします。

 もしかしたら実際にはいろんなテロ活動が計画されてはいたものの未然に鎮圧されているだけかもしれませんが、ガチな戦争が起きている中でテロリストたちもそういう活動をしている場合じゃないような気がします。そういう意味ではテロ活動というのは案外平和な時代にだからこそ起きて、注目されるようなものなのかもしれません。
 日本も赤軍派、そしてオウム真理教などの団体によるテロ活動が活発だったころと比べると最近はめっきりそういう事件も起きなくなっています。まぁこれは日本が物騒になってきたというよりは、世直しという概念そのものが変わってきたためじゃないかと思いますが。ああなんかラッキーマンに出てきた世直しマン思い出した。

2026年7月23日木曜日

最近、文豪は自殺しなくなった

 最近あまり自殺関連記事を書いてないけど、学生時代は社会学の一分野として結構自殺を調べていたこともあり、このブログの開設当初も自殺関連記事をよく書いていました。そんな密かな自殺マニアな自分にとって最近のホットトピックは、自殺する文豪がめっきりいなくなったという衝撃的事実です。

 かつて自殺は文豪のお家芸とばかりに、自殺が連想するワードには文豪もしっかり入っていたと思います。この文豪と自殺の組み合わせを強く印象付けたのはやはり芥川龍之介だと思いますが、浅薄な知識で語ると文豪の自殺は明治時代にまでさかのぼる気がします。
 というのも明治の頃に平塚雷鳥をはじめ文壇関係者の心中騒動が幾度か世間の関心を引き、この頃に心中という行為をやや持ち上げるような風潮があったように見えます。その後、芥川の前に有島武郎が心中で自殺していますが、何となくこれが芥川にも影響したように見えるほど当時は大騒ぎとなり、文豪の自殺がやたら箔をつけるようになっていったのではないかと疑っています。やや極端なことを言うと、文豪の自殺は当時としてはやたら持ち上げられる行為となりつつあったとみています。

 なお太宰治に関しては、周辺関係者の証言などを聞くに自殺ではなく心中未遂で終えるつもりが本当に死んでしまった事故死だと私は考えており、今回の文豪の自殺の範囲には入れません。同様に三島由紀夫の割腹自殺も国体思想が強く影響していてほかの文豪の自殺とは一線を画すと考えて、今回は別枠としています。

 話を戻すとそうした文豪の自殺も超大物級だと川端康成あたりが最後で、平成以降で純文学作家の自殺なんてほぼ全くなかったのではないかと思います。こうなったのは先に書いたように昭和期にかけて一種ステイタスと化していた文豪の自殺行為がそれほどステイタスとみられなくなったこと、そして文豪と呼ばれるほど作家が社会的権威を持ちづらくなったことが大きく影響している気がします。端的に言えば、以前と比べ純文学作家があまり世間に注目されなかったといったところでしょう。

 その上で更にもう一つ付け加えると、昭和期まで文豪は作家であるとともに思想家的な側面も強く帯びていたように思えます。人はどう生きるかや世界をどう捉えるか、こうした普遍的価値観を自ら持って社会に訴え、広げていくような役割も一部帯びており、その役割の性格上からも一人でどんどんと考え込むことになりやすかったという点も、かつて自殺が相次いだ原因じゃないかと思います。
 言い換えると、現代の純文学作家においては思想家的な側面はもはやほぼない気がします。何かしらの哲学なりを訴えることもないし、かつてはこの手の人の価値観の柱だった反戦、反抗も今では白眼視されるような始末ですし。まぁそもそも、現代において思想家的な人自体がいなくなっているのですが。

 無論、人が自殺しないに越したことはないのですが、現代の目から見ると逆になんで明治から昭和にかけてあれだけ文豪が悉く自殺したのか理解し辛くなっているような気がします。売れない小説家が生活苦から自殺する方がかえって理解しやすいくらいです。
 もちろん各文豪それぞれに自殺理由があったでしょうが、当時と今とで自殺した人数にこれほど差があることは前述の通り、社会における文豪の位置づけが影響していたという風にしか思えず、実際私も高校くらいまで自殺は文豪の専売特許的な見方を持ってました。しかしそうした価値観なり見方が薄れるとこうも自殺する人は減るものだということから、失恋すると自殺する、生活苦になると自殺するというイメージも薄れたらもっと日本で自殺が減るかもしれません。

2026年7月22日水曜日

何をもって生き辛いと感じるのか

 恐らく日本人相手なら、「今生き辛くありませんか?」と聞いたら八割方「イエス!」と答える気がします。ただこの生き辛いという単語、苦しいとかそういうのとは若干違うと思うしそもそも何をもって生き辛いと感じるのか、ちょっとこの辺がこの前気になりました。
 パッと浮かんだのは金銭的な生活の苦しさのことを生き辛いというのかということでしたが、何となくこれは違うような気がします。というのも比較的裕福な人も生き辛いというし、逆に金持ってなくても生き辛さをあまり覚えていないような人がいます。次にストレスが多い状態のことを言うのかとも考えましたが、これもちょっと違うと思ったというか鬱状態などのような言葉を言うような気がします。

 では人間は何をもって生き辛さを覚えるのか。個人的な解釈ですが選択の幅がなく生活とかのためにあまり望まない行動を取らざるを得ない状況において生き辛さを感じるのではないかという気がします。望まない仕事、望まない人間関係、望まない出費、こんな感じで主観に反した行為を迫られ続ける状態が生き辛いと感じるというか、行動が自発的でなく多発的な状態にあるときに生き辛い気がします。
 こう思うのも私が好き放題に生きてきて、逆に望まない状態に置かれることに物凄い抵抗感を感じるからだと思いますが、何となくほかの人にも上記の定義が当てはまるような気がします。人間が生きる活力を覚えるのはやはり自発性に端を発するように思え、その自発性を奪われた状態だと「生き辛い」とみんな言うようになるように見えます。

 その上で話を発展させれば、今の社会で個人が自発性を発揮できる余地は十分なのかという問いが出てきます。もう現代の中学生は学んでいるかわかりませんが、中国では70年代よりノルマ分の農作物を収めたら余った分は自由市場で好きに販売していいという生産責任制が導入され、それ以降は各自が自発性を持てるようになって積極的に生産活動に勤しみ、生産高が急拡大していきその後の改革開放へと続いていきます。
 この中国の生産責任制を引用するまでもなく、無理やりやらされる作業と、自発的に行う作業ではその効率は圧倒的に後者が勝ります。単純に嫌いな仕事よりも好きな仕事の方が熱入るというのは当たり前ですが、このように好きな仕事、自発性が持てる仕事を現代日本人は選べるのかということです。

 中には好きな仕事の種類なんてなく単純に賃金だけで仕事を選ぶ人もいるでしょうが、私のように記者志望でありながら新卒で記者になれなかった人もいるでしょう。また最初は好きだったけど段々と飽きてくるというパターンもあります。
 何が言いたいかというと、各人がその受け持つ仕事に自発性を持つことができたら効率は上がっていくはずです。出来高制にすれば上がるというわけでもないですが、報酬制度によってはこうした自発性は上がる可能性はあると思います。

 ここで話を戻すと、恐らく大半の日本人は現在生き辛さを覚えているのではないかと思います。そしてその生き辛さは自発性が足りない状態じゃないかと思うわけで、果たしてこのような状況で効率上がるのかといったら上がらないでしょう。たかが生き辛さですが、社会全体経済全体に地味に影響する要素じゃないかと思え、もっとみんなで生き辛さをなくす方策とか制度を議論して、生きやすい世の中を目指すことって大事なんじゃないかというのが言いたいことです。

2026年7月20日月曜日

トランプは次何するか?

 昨晩は寝つきが悪かったので布団の上で折角だからと「もし、自分がトランプだったら……(もしトラ)」というテーマで物思いに耽っていました。

 まず目下のイラン戦争については既に先日交わされた覚書は双方ともに無視する状態で効力を失っており、戦争終結への道のりはまた一からという状態です。この現状からトランプ大統領が納得する勝利という形に至ることはまずありえず、このままなし崩し的に応酬が続くだけでなく、場合によっては地上軍の投入もあり得るのではないかという気がしてきました。
 あまりメディアは書かないですがトランプ氏の場合、国益よりも自己利益を必ず優先します。これはつまり、米国が多大な損害を負うとしても彼自身は気にせず、自分のプライドを守るためなら米国にいくらでも負担を負わせる決断をすぐに採り得るということです。ある意味、プーチンや習近平と似たもの同士です。

 その上で当初はイラン戦争の抑止力として期待されていた11月の中間選挙ですが、上記のような状況ではかなり不利な戦いを強いられます。時間的にももう猶予はなく、勝利という決着も得られず、原油高はこのまま続きそうなことから共和党は敗北する……といいたいところですが、もし自分がトランプだったらここで露骨な選挙干渉をやるのではないかという気がしてきました。
 具体的には民主党候補を微罪で逮捕したり、選挙活動を妨害したり、デマを流したりなどと、ありとあらゆる方法で選挙干渉やって共和党勝利にもっていくという形です。もちろん、違法かどうかはあまり気にしません。っていうかこれしないともう勝てないくらいの状況に追い込まれているので、やるっきゃないような状況です。

 これらは全て前述の通り国益よりも自己利益という彼の根本的思想がなすものだと思え、やはりこういう人間は上に立たせてはならないんだなぁとみていてつくづく思います。また日本の高市総理は、彼女が考える国益の定義は自分とは少し異なるものの、少なくとも自己利益を優先するような人ではないことは確かで、この時代にあってはまだマシな首脳だなという気がしてきます。

2026年7月18日土曜日

ヒカルの碁の原画展


 今日は朝早くから池袋に行って、現在開催中のヒカルの碁の原画展に行ってきました。
 このヒカルの碁の原画展は昨年に全国各地で開かれておりその存在を知ってはいたのですが、開催期間中に日本に滞在しておらず行くことはありませんでした。そしたら今回自分が滞在しているこのタイミングでリバイバル開催といってまた池袋で開いていることを知り、それをヒカルの碁が大好きな友人の中国人に話したら「グッズのお使いお願いね(´・ω・)」と言ってきたので、こうして足を運ぶこととなりました。

 なお新松戸出身の友人にも「一緒に行こうぜ!(・∀・)」と誘っていたのですが、「俺はいい」と断られてしまったので、一人で行く羽目となりました(´;ω;`)ウッ…


 各原画はフラッシュなしなら撮影可ということでバンバン撮影してきたのですが、見ての通り写植を貼った後がそのまま残っているのが見ていてかなり新鮮でした。今だと漫画原稿はほとんどデジタル化されているので、こうした写植を貼る作業ももうほとんど行われていないのかもと思うとまた珍しく思えてきます。


 登場シーンは少ないのに一部で熱烈なファンの多かった三谷の姉ちゃんのシーンがあったので気づいたら撮影していました。今こうしてみても人気出そうなデザインと性格しています。


 会場には前の写真のシーンで出てくるインターネット碁で使われた端末の現物モデルが展示されていました。


 掲載版ではわからない絵の特殊効果の処理とかも原画だとこうして見られました。っていうかこの漫画、本当にキャラクターの描き方がどんどん変わっていくのも改めて見て取れます。


 上のベタのシーンも掲載版だと真っ黒ですが、原画だと上の写真のように濃淡が少し出ています。これも未だとPC上で一括処理だろうから、もう見られないのかも。


 改めて上の写真のコマを見ると、一本一本の線が本当にキレイに描かれていて思わず見入りました。なおこのキャラこと伊角さんは連載中の人気投票で1位も飾っただけあって、自作のデスノートの主役である夜神月と造形がかなり近いと指摘されています。それ知ってからは伊角さんが闇落ちして月になったように思えてきました。


 見開きのカラー画ですが、中央部は色が塗られていません。これは恐らく漫画で綴込みされる個所を考慮した処理なのではないかと思うのですが、こういうのも初めて見たので結構新鮮でした。

多分この作品で一番の名シーン

連載終了以降に描かれたと思われるカラー画もたくさんありました

 最初は30分くらいでさっと見終わるかなと思いましたが、出てきたときには1時間経っていました。元々作画力では現役作家の中でもトップクラスといわれる小畑健氏なだけにやはり見ていてその一つ一つの線に見入ったほか、連載開始から終わりまでの原画がダイジェストで並べられていて当時の思い出も色々浮かんできたことから、意外なほど時間かけてみていました。

 なおグッズ販売コーナーは撮影禁止なため写真は一切ないのですが、よくあるアクリルスタンドとかならともかく、それ以外にもこの原画展のためだけに作られたと思うグッズが大量に用意されていて、どれも値段がかなりえぐかったです。公式サイトにそれらグッズと値段が描かれていますが、友人に頼まれた日めくりカレンダーも2200円と入場料と同じ分だけ取ってきます。
 ちなみに会場で中国語を話す女の子二人組がいたので話しかけたら、やっぱり中国からわざわざ見に来たと言っていました。その二人組に自分は無駄に「俺も、天津の友人にお使い頼まれてきたんだよσ(゚∀゚ )我」とよくわからない自己紹介しました。

会場のある池袋サンシャインシティ

 たまたまでしたがこの日同じ展示会場で漫画雑誌アフタヌーンの展示会も今日からスタートしていました。原画展を出てきた直後が開場直前だったのですがそこそこ行列出来てて、さっきのグッズストアを見ていても思ったのですが、この手の作品ファンというのはかなり根強いし金払いも凄いなという気がします。

サンシャインシティ前

 あと普段自分は東京を出歩かない、っていうか日本にいないので今まで知りませんでしたが、このサンシャインシティ周辺は上の写真のようにちいかわ専門店やアニメイトの大型店などサブ関連ショップがやたら多く立ち並んでいて、この手の中心地なんだなという印象を覚えました。
 また1月に渋谷を歩いていますが、やっぱ渋谷と比べると池袋は歩きやすいというか街が整備されているように思え、駅前にヨドバシ出来てそこそこ客は言っている点からも、池袋の方が将来性も高いのではないかという気がしてきました。っていうか渋谷が再開発でいろいろこけてると聞くし、自分自身もあんま寄り付きたくない街です。

 そんなわけで今日この日はヒカルの碁原画展、新松戸まつり、イオンスタイル新松戸店と三つも一気に回る忙しい日でした。普段在宅ワークで家から一歩も出ない生活してたので、今日家帰った後は疲れて昼寝してました。まぁ上海でも土曜は毎週昼寝してるけど( ˘ω˘)スヤァ

新松戸ダイエーのリニューアルオープン(イオンスタイル新松戸)


 もう十年以上前にダイエー新松戸店について書きましたが、この店舗はその後イオンフードスタイルという名前に変わってしまいました。しかし松戸のDマート同様に頑なに新松戸の方もダイエーと呼び続けていたのですが、つい先日の7/15にリニューアルオープンし、名称は「イオンスタイル新松戸」に再び改称されました。
 今日7/18は新松戸まつりがあってこのすぐ近くまで取材に来ていたので、折角だからとこっちのリニューアルしたダイエーも一緒に見に行ってきました。

 なお新松戸出身の友人にも「一緒に行こうぜ!(・∀・)」と誘っていたのですが、「俺はいい」と断られてしまったので、一人で行く羽目となりました(´;ω;`)ウッ…

南流山駅改札前 

 こちらは自分の家から最寄りの南流山駅なのですが、見ての通りリニューアルを伝える垂れ幕が下がっていました。なおこの写真を撮った後は反対方向の府中本町行きに乗り、別の目的のとある場所へと向かいました。

カラオケうた王

 イオンと関係ないけどすぐ近くのけやき通りにやたら廃墟っぽいうた王あったので激写。類焼する可能性もあるし、さすがに蔦くらいは取れよと思います。

トレファクがすぐ近くに

 こっちもイオンと直接関係ないけど、店内の空気の暗さに定評のあるトレファクがイオンのすぐ向かいにありました。ぶっちゃけトレファクはあまり近くにあってほしくない。

イオンの真向かいの小ビル

 こちらはイオン入口の真正面にある建物で、知る人ぞ知る三菱UFJ銀行新松戸支店があった敷地です。何気に現在も続く自分のメイン口座はそこでよく給料日の後にここまで来てATMで金下ろしてました。最後に行ったのは海外在住のため更新されたクレジットカードを直接この店舗まで取りに来た時で、確か2017年くらいだった気がする。

1階ドラッグストア
 
 ようやく本題のイオンの話になりますが、結論から書くとリニューアルと言っていた割にはあまり変わり映えしないというのが正直な感想でした。相変わらず1階のドラッグストアがやたら広くて通路は狭く、入居しているテナントや内装も以前とあまり違いを感じられませんでした。せっかくリニューアルと銘打つのだからもっと一目で違いを感じるような意匠とかを期待していたのですが、あまりの変化のなさに逆に見ていて不安に感じました。
 しかも奥のエスカレーターなんか恐らく見落としじゃないかと思いますが、壁がやたら汚いまんまだったのが気になりました。建物自体が古いのは仕方ないにしろ、せっかくリニューアルするのだったらもう少し拭けば落ちるような汚れは落としておけばいいのにと思わざるを得ません。ちょっとひどい言い方となりますが、あんまりやる気ないのだろうか。


 3階の書店コーナーも特に変わりはありませんでした。まぁ書店の場合は今どんどん減る中、まだ続いているだけ立派なものです。
 なおここの書店で買った本の中で覚えているものは、「ガンドランダー」の1巻と「あずまんが大王」の1巻です。家の近くにも別の本屋があったのに、たまたまこの二冊はここの本屋で買うことになったのをよく覚えています。


 上の漫画はたまたま置いてあった本ですが、最近「ヤニねこ」のせいでケモミミ獣人キャラを見るとヤニねこを連想してしまい、この「生きづらいぼくら」というタイトル見てもヤニねこたち「ほんと生きづらいにゃー」などとぶつくさ文句言っている情景しか浮かびませんでした。

ノジマが来る

 同じく3階ですが改装中でパーテーション置かれたフロアにこんな標識が貼られていました。割と絶好調のノジマが来るというのでこれは悪くないかもと思えるのですが、今日初めてノジマは自前で店舗をこさえるより、こうしてショッピングモールや大型スーパーにテナント出店する戦略やっていることに気が付きました。誰か早く教えてくれよ。



 上二つの写真も改装中のフロアなのですが、二枚目の写真撮ったあたりはなんか3DダンジョンRPGっぽさを感じ、あの曲がり角を曲がったあたりで敵が待ち受けているのだろうと思い身構えたりしました。割とこの手の3DダンジョンRPG好きだから、こういう迷路みたいなフロアをどっかのモールとかで作ってほしい。

4階ゲームコーナー
 
 ここも子供時代を過ごした近隣の住民には思い出に残っているであろうゲームコーナーです。なんかクレーンゲームなどのプライズゲーが多く、昔のように格闘ゲームはあんま見なくなりました。


 こちらは1階の道路に面したフロアで、見ての通りバーガーキング、ケンタッキー、サイゼリヤという集客力の高いチェーン店で固められています。実際にリニューアル前の先月来た時もこの辺はやたら混んでてちょっとお茶飲んで休憩しようと思ったら満席だったためそのまま飲まず食わずで流山のヨーカドーまでチャリで走る羽目となりました。
 この日は近くで新松戸祭りがあり、リニューアル直後というのもあって見ての通りたくさん人が来ていました。大体10年くらい前はマジでこのダイエーには人がおらず、石を投げても誰にも当たらないくらいだったのですが、こうして人がまた戻ってきたことは個人的にうれしく思います。もうちょい通路広けりゃもっといいんだけど。

千葉のマッドシティ~新松戸まつり2026

 今日7/18と明日7/19では松戸市北部にある新松戸で、新松戸まつりが開かれていました。この新松戸祭りは結構大規模で、流山に住んでいた自分も子供の頃は毎年行っては流山のイベントとのスケールの違いに慄きつつ、祭りを楽しんでいました。
 ただ中学生になったあたりからこのお祭りにはいかなくなり、成人後も全くいかなくなったのですが、ふと懐かしさに囚われ、もとい、マッドシティネタのアクセスいいので記事書いたら読む人来るだろうという目算が立ったので、数十年ぶりにこの新松戸祭りに行ってきました。

 なお新松戸出身の友人にも「一緒に行こうぜ!(・∀・)」と誘っていたのですが、「俺はいい」と断られてしまったので、一人で行く羽目となりました(´;ω;`)ウッ…

会場の新松戸中央公園入口付近

 まず行って驚いたのが、開催場所がけやき通りではなかったことです。子供の頃はずっとけやき通りを歩行者天国にして行っていたのでてっきり同じ場所かと思っていたのですが、けやき通りを一つわき道にそれた新松戸中央公園で今年は開催していました。去年まで行っていないので詳細は分かりかねますが、祭り公式サイトに「※本年はけやき通り歩行者天国は有りません」と書いてあるので、もしかしたら今年からこういう形式になったのかもしれません。


 ぶっちゃけ普段のけやき通り周辺は人通りが全くないほど静けさに満ちた通りですが、さすがにこの新松戸祭りではたくさん人が来ていて、公園という限られた敷地で行われていたので結構混雑してました。ちょっとだけ文句つけると、ゴミ捨て場が一か所しかなかったため、祭りで買って食った焼きそばの空き箱を持ってかなりうろうろする羽目になっただけに、もう少しわかりやすい場所にもう一個用意してくれていたらありがたかったです。


 上の写真は見ての通りなんですが、なかなかうまい使い方だと感心しました。公園内にはこんな感じでやや背の高い切株が数本残されており、ちょうど立食用のテーブルみたいな感じでみんな使ってました。この再利用はかなりアリでセンスある気がします。


 上の写真は的当てゲームの屋台ですが、こんな具合に子供向けのくじとかの屋台はどこもかなり長蛇の列ができていました。普段は見ない新松戸の子供もこの日はたくさん外に出ており、正直「こんなにいたのか(´・ω・)」とか思いました。

自衛隊の屋台

 あとなんか市川の自衛隊もこんな感じで屋台出してて、子供の迷彩服体験などというちょっと不思議な活動をやってました。ぶっちゃけこういうのは子供にではなく、おっさん向けにやった方がさばげー好きとかもいるだろうし盛り上がるんじゃないかって気がします(´・ω・)

ミニSL乗車体験


 前述の通り、これまでのけやき通りと比べると敷地に割とぎっちり屋台出していたためかなり混雑していました。とはいえそれなりに盛り上がっていたことは確かで、新松戸祭りの盛り上がりは自分の子供時代から連綿と受け継がれてきたのだということを感じます。

 なお新松戸祭りの思い出を挙げるとすれば、ゲーム屋の「わんぱくこぞう」が中古ソフトをたくさん持ってきて出張販売した年があり、そこで前から欲しがってた「さんまの名探偵」を見つけたうちの姉が買おうとしたもののお金が足りず、自分の小遣いも使って買おうとしたところ自分は既に小遣いを使い切っていたので買うことができず、その後しばらくぶつくさ文句言ってました。ただ他人の金で買おうとして買えなかったのに文句言うなんて、何様のつもりなんだよと今でも思います(´・ω・)

2026年7月17日金曜日

これから中国経済はどうなるか?

邦人安全確保「訴えていく」 襲撃事件受け―在中日系企業団体トップ(時事通信)

 上記のニュースですが、先日知り合いも先のレアアース禁輸措置で富士電機の日本人社員二名が逮捕された一件を受け、中国にある日系企業の間で一気に事業の拡大や継続意欲が萎んだと話していました。もっとも日系企業に限らず中国は日系メディアが報じている以上に深刻な不景気に入っているので、中国市場への投資をためらうのは中国企業も一緒です。
 なんか今日はやる気湧かないので、思ったことをそのまま好きな風に書ける中国経済の今後について触れていきます。多分清少納言とかもこんな気分で枕草子とか書いてたんだろうな。

 まず一番言いたいこととしては、エレキ系の中国企業はかなりヤバくなるのではと前から思っています。日本も00年代に三洋をはじめ家電メーカーがどんどん萎んでいきましたが、これが今後中国でも起こると思います。既に中国の家電市場はほぼ飽和状態となっており、エアコンなら今欧州でバカ売れしてはいるものの、冷蔵庫や電子レンジなどはもう普及しつくして交換需要しかありません。その交換需要も中国人は割と粘り強く使ってくるので、今後一気に中国国内の出荷台数は減っていくでしょう。
 しばらくは東南アジア市場への輸出で中国系エレキ企業は持つでしょうが、東南アジアの中で実力ある家電メーカーが台頭してきた場合、一気に世界シェア奪われる可能性もあると思います。自動車系はまだ10年は持つと思いますが、エレキはこの10年で一気に消えていくのではないかというのが自分の予想です。

 次に、やはり個人破産の増加が大きな社会問題になってくると思います。中国はちょっと前まで個人破産の制度はなかったのですが、なんかうろ覚えだけど一部で個人破産の試行が始まっているそうです。破産原因はやはり住宅ローンが主でしょうが、地味に消費者ローンことサラ金もコロナ前辺りから急激に広がっており、学生をはじめえらい金額のローンを年利30%以上とかで借りる人も少なくないそうです。この個人破産も今後広がり、信用収縮も起きると思います。

 ネガティブなことばかり書くのも何なのでポジティブなことも書くと、AIやロボット産業は今度5年間は確実に中国が世界をリードしていくと思います。AIに関しては情報流出の懸念が双方にあることからあまり国外に輸出されず、外貨を稼ぐこともないでしょうが、それでも日本みたいに米国のテック大手にむやみに金を流さずに済む辺りは中国のがマシでしょう。
 ロボット産業については自分もコラム連載して大分詳しくなりましたが、もはや中国が優位にあるとかじゃなく実質的に覇権を握っています。この前記事書いて出しましたがロボットの輸出額が今年上半期で昨年通年の倍になるという急成長ぶりを見せており、今後人型ロボットがより応用が進む場合、ますますこの額は増えるでしょう。なので中国のロボット企業は安心して投資され、売り上げも拡大し続けると思います。

 このほか自分の好きなゲーム産業も伸びていくと思います。理由はひきこもりというか無職者が増え、その人たち向けの娯楽が必要になるからです。日本も97年が確か国内市場のピークだった気がしますが、こんな具合に不況になるとパチンコとかと並んでゲームって伸びるものです。

 そんなわけで自分も中国からの撤退、奈良への進出を真剣に考え始めていますが、単純に暮らすだけなら上海の方がやっぱりいいなという気はあります。実際やりませんが上半身裸で街中歩いても中国なら誰も通報しませんが日本だと不審者情報が一斉に飛び交うなど、やはり社会の寛容さで言えば中国の方がダントツ上で、周りを気にせずのびのび暮らすなら中国の方がいいです。
 ちなみにこの前飲み会で何気なく「北京ビキニを見ないと夏が来たって感じがしないんだけど、日本じゃまず見られないしそんな人いたら不審者扱いされるだろうね」ということを口にしたら、たまたま中国育ちの人が横にいて、めっちゃ爆笑していて我が意を得たりとか勝手に思いました。ちなみに自分はやろうと思っても腹が出ていないので、たくし上げたシャツがすぐ落ちるので無理です。

2026年7月16日木曜日

漫画レビュー:ミライライフライ(未来来不来)


 何かと話題のヤニ猫ですが、場面場面で見ていると切羽詰まったヤニ中とかヤク中の声優の演技がやたらうまいように思えて不思議と何度も同じ場面を見ています。でもってなんか中国でも流行ってるみたいな噂きいたので中国人の友人に周りで見ている人いるかと聞いたら、

「ヤニ猫は聞かないけど、スーパーの裏でヤニ吸う二人は流行ってるって聞くな(´・ω・)」

 と、何故か煙草つながりな別作品を上げてきたのでちょっと驚きました。まぁでもどっちの作品も中国で流行りそうな感じは自分も思います。

ミライライフライ(アフタヌーン公式)

 それで本題ですが、先日セールをしていたのとちょっと気になる絵柄していたので上記「ミライライフライ」という漫画を買って読んでみました。あらすじを簡単に説明すると、中国最高学府の北京大と清華大が合体したような北清大の学生たちの、不況でまともなところに就職できない事情を描いた漫画です。作者も中国人ということなので、かなりディープな中国ネタが多いです。

 最初に言っておくと漫画としては非常に拙いです。コマの動きでうまく説明できないためかセリフ量が非常に多く、単純に漫画的表現力が足りていません。自分も最初は単純に読みづらいと思ったほどでした。
 ただ作画は非常に精密というか、推薦している「無限の住人」の沙村広明氏のような細い線をいくつも重ねたような独特な絵柄を持っています。作画時間とかめちゃかかりそうだけど、この画風で連載続けてるようです。

 この漫画で描かれているように、マジで今の中国は就職難もひどい所で、漫画にも描かれていますが一時期はウーパーのような食品宅配サービスを行うバイク配達人に有名大学の学生がこぞって集まったほどです。ただこれまた漫画でも描かれているように、そのバイク配達人の給与もこのところ下がってきており、これまで以上に大卒の若者は追い詰められていると聞きます。
 こうした内容は中国ではほとんど報じられません。全くないわけじゃないですがやはり中国政府もあまり報じてもらいたくないようで、どちらかというと個人同士の伝聞で漏れ聞こえる程度です。それだけに報道をすっ飛ばしてこうした中国の若者事情を漫画化する試みには驚くとともに、中国人ならどう描くのかという点で興味を持っています。

 ただ上記の中国ではあまり報じられないという点ですが、これはあながち中国に限らないのかもと思うところがあります。というのも日本でも就職氷河期絶頂期だった00年前後、大卒の就職がないとは報じられていたものの、実際の衆力先のない若者の悲惨さに迫った報道はあまり多くなかったと思います。むしろ数十年経った現代の方が就職氷河期世代特集として、当時若者だった人があの時の苦労を語る場面を多く見るようになり、当時よりも今の方が報道が充実しているのではないかと思う節すらあります。
 そういった背景もあるためこの漫画(なお中国語名は「未来来不来」で「未来は来るの?」という意味)を読んでて、就職氷河期の日本の若者もこういう状況だったのかなどと言った気持ちが芽生えてきます。幸い自分は就職氷河期とリーマンショックの間の好況期に当たって無事に新卒で就職できましたが、やはり人生のスタートでつまづくとかなり精神に来ていたと思うだけに、改めて当時の若者だった人たちに強い同情を覚えます。そうした気持ちを芽生えさせただけでもこの漫画は読む価値がありました。

2026年7月14日火曜日

誰も口にしなくなった高市首相の中傷動画疑惑

 見出しにも掲げていますが時間にしてほんの一ヶ月前まであれほど騒がれ、国会では野党が秘書の証人喚問まで要求していた高市首相の中傷動画疑惑ですが、今現在でこの話題をする人間といったらこの私くらいかと思います。当時の大騒ぎがまるで嘘のような、それこそ疑惑自体がそもそも存在しなかったかのように誰も触れなくなっています。疑惑を追及していた野党はおろか、疑惑を発信して吠えていた文春ですらも、もうあまり触れてもらいたくないと言わんばかりにこの話題を避けているように見えます。

 こんな状況ですし、現時点においても中傷動画疑惑はデマであったとほぼほぼ確信してもいいかと思います。そもそも以前の記事にも書いた通り、この疑惑は最初の報道の時点で中傷動画そのものが出てきたのではなく、動画制作を依頼されたという証言から始まっている時点でおかしく、確たる証拠もなしに大騒ぎしたこと自体が大間違いだったわけでしょう。野党の連中はこの騒動で空転した時間分だけ、審議中の法案の審理短縮を受け入れてあげてもいいのではないかと私には思えます。

 ただこうした疑惑は、悲観的に言えば今後AIが発達するにつれてどんどん増えていくことでしょう。かつては証拠の決め手とされた写真も今やいくらでも偽造できるためポラロイドカメラのフィルムじゃないと信用されなくなっているように、音声とかもディープフェイクで作られるため誰それの声だという証明に使えなくなってくるかもしれません。ミステリー作家ならトリックの幅が狭められることにしかなりません。
 個人的にあまり好ましくないのは、今回のような騒動で黒海などが無駄に時間を浪費することになることです。そのためそれこそAI作成を見破るAIみたいな、デマを防ぐ手段や取り組み、方針が今後ますます重要になってくる気がします。記事報道に関しても、AIで作られるデマ情報に左右されずに事実情報をきちんと選別する編集者などがより価値を増してくるかもしれません。

 それにしても文春は今回の騒動で誤報を謝罪したりしないのでしょうか。デマ報道を刑罰で取り締まるということは情報統制になるため賛成しかねますが、そうならないようにするためにもデマを流したメディアは常日頃より率直に頭を垂れて謝罪すべきだと私は思うのですが、そうは思わないメディアの方が実際には多いと思っています。忘れてほしいと思っているのでしょうが、今後文春が何か怪しげな報道を報じたら「前にもこういうことあったな」と思い出して発信していく所存です。

2026年7月13日月曜日

千葉のマッドシティ~松戸粉もん三人衆

 昨日はヤマザキパン松戸工場について記事を書きましたが、こちらはコメント欄でリクエストもらって書いたのですが、リクエストをもらったときに「お、ちょうどええな(´・ω・)」とか実は思っていました。何故かというとそのすぐ前に、以下の記事を見ていたからです。

日本の食を支える松戸の粉もの企業を調査しました(松戸市)

 上の記事は松戸市公式サイトがまとめたもので、松戸市内の代表的粉もん企業3社を取り上げています。この中にはもちろんヤマザキパン松戸工場も入っており、松戸市内の食品企業という観点で記事化するのも面白いし発見があるなとか思ってました。なのでそのうち記事化しようと思っていたところにリクエストが来たので、昨日ヤマザキパンの工場を撮影するついでに、残りの松戸粉もん三人衆の二つについても撮影してきました。

・川光物産(玉三白玉粉)

 松戸の粉もんといって、自分が真っ先に思い浮かべたのはこの玉三白玉粉でおなじみ(?)の川満物産です。というのもこの川光物産の社屋、松戸駅西側にある線路を跨ぐ陸橋につながる交差点にあり、いやでも目に付くからです。なんで目に付くのかというとその陸橋前交差点が松戸屈指の渋滞ゾーンで、時間帯によってはここで長く待たされ、めちゃイライラした状態でこの川光物産の看板を見続けなければならないからです。
 まぁ実際のところ私が松戸駅前に行くときは基本自転車であるため渋滞でイライラすることはないのですが、その際もほぼ必ず交差点を通ります。でもっていつも通るたびに「俺がこの前食べた白玉も、ここの粉からできていたのかな……」などと毎回考えては振り払い、いつか機会あったらここの白玉粉で白玉自作してみたいなと思いつつ既に何十年も経過しています。

 実際、松戸の住民でこの看板を見たことがないという人はまずいないでしょう。ある意味それだけ目立つ好立地にあり、認知度なら松戸屈指の企業じゃないかと密かに思っています。逆を言えばこの川光物産の看板がなかったら、もはやそこが松戸だと認識できなくなるくらいのランドマークになっているような気すらします。

・高橋製粉

 ヤマザキパン松戸工場、川光物産と並び松戸粉もん三人衆に加えられているのがこの高橋製粉なのですが、実は上の松戸市の記事を見て「あったっけこんな会社(。´・ω・)?」とか思いました。さっきの川満物産と対照的に自分は全く記憶がなく、折角だから今度直接見に行こうと前から思ってました。
 そんなわけで昨日になって地図を開いてみたのですが、その位置をみて記憶にない理由がはっきり分かれました。というのもこの高橋製粉の工場、松戸駅から東南の位置にあるからです。

 知ってる人には早いですが松戸駅の東側は丘があってアップダウンが激しく、ヨーカドー前の通りなんか道路が細長く続いていて車も歩行者も通りづらい道となっています。さらにそっから南方面に行くとなるとどんどんと道が細くなり、またこれという商業施設もないため、そのあたりに住む人じゃないと松戸市内の人間でもほとんど立ち寄らないのではないかと思います。
 実際に生粋の松戸戦士である私も(本当は流山市民)、松戸駅東側では戸定邸までしか南下したことがなく、この高橋製粉のあるあたりに足を踏み入れたのは恐らく昨日が人生で初めてのことでした。

 なお反対に松戸駅の西南側は、江戸川沿いの土手をサイクリングして柴又に行ったりするときによく通っています。それだけに今回行った松戸駅東南側は自分にとって完全なミステリーゾーンでした。実際、線路沿いの道路はめちゃ細くて自転車でもすれ違うのきついんじゃないかと思う程なうえ、例によって勾配が激しい曲がりくねってて道間違えるしで、初めて踏み入れるとめちゃくちゃキツイ場所だと感じました。この時点でぶっちゃけ、高橋製粉なんてどうでもよくなってました
 まぁフォローすると、高橋製粉の工場は比較的綺麗で周辺敷地も雑草が刈られててよく整備されてました。


 そんな高橋製粉工場のすぐ近くにあったのがこちらの浅間神社です。比較的神社仏閣はよく回る自分ですら、こんなところに神社があったことを初めて知りました。せっかくなのでお参りしてきましたが、この神社に限らず周辺は人気が無く、物音一つすらしない環境で一人でこっそり参拝してきました。まさか松戸にこんなミステリーゾーンがあったとは本当に知りませんでした。

浅間神社境内にある池

2026年7月12日日曜日

千葉のマッドシティ~山崎製パン松戸工場


 今日午前中に自転車飛ばし、こちらの写真を撮影してきました。ここは言わずと知れた天下の山崎製パン松戸工場で、松戸粉もん三人衆(今勝手に作った)の一角です。

 私個人としてはこの工場とはあまり縁はないのですが、近隣の大学生の間では募集数が多いバイト先として知られているようです。実際、私の地元の友人もかつてここのバイトに応募していったそうですが、「かなりきつかった(ヽ''ω`)」と語っており、ネットで噂を聞く限りでも単調作業が精神に来るというのは本当のようです。
 なおこの工場ですが、山崎製パンの沿革を追ってみたところ1966年に稼働開始いているようです。ちょうど今年が60周年ということになるのですが、実際私自身も子供のころからずっと存在し続けており、松戸を代表する歴史ある工場といって間違いないでしょう。

 そんな松戸工場ですが、縁はないものの実はこの工場前は滅茶苦茶通る回数が多かったりします。何故かというとこの手前の川沿いの道路は新松戸から松戸中心部まで線路沿いに直線で一本でつながっており、密かに自分の超お気に入りのサイクリングコースだったりします。
 途中には宝酒造の工場や松戸競輪場があるだけでなく、春なんかは堀沿いに植えられた桜の木が花咲いて景観が非常にいいです。歩道が実質的になく、また工場が多いため大型トラックもよく入ってくるのが難点なのですが、それを差し置いても松戸屈指のサイクリングロードだと私は考えています。

 なわけで山崎製パンについてかけるのはマジこれくらいで、むしろ機会あったら中入って色々話聞いて追記したいという気すらします。ただその代わりに、今回ここの写真を撮るついでに先ほどの「松戸粉もん三人衆」のほかの二つについても撮影してきたので、そちらはまた後日に記事化します。

2026年7月11日土曜日

就職活動開始時期の一層の早期化

 このところ比較的若い年齢層の人たちと話す機会が多いのですが、色々話を聞くだに最近の学生の就職活動の悲惨さに心を痛めてたりします。自分が学生だった頃は三回生の秋ごろより始まり、春休み頃には大体決まっているという感じでした。しかし現代の学生は二回生の夏休み頃からインターン活動をしなければ大企業には受かりづらく、海外に留学を考える人はそのインターンの機会と海外留学を秤にかけ、どっちを取るかを選ばなければならないそうです。

 かねてから主張しているように、学生にとっての就職活動の長期化は何のメリットもありません。費やす時間が多ければ多いほど学業にマイナスですし、また学業以外に励みたいことがある人にとってもそうしたものに時間が取れなくなります。また企業側にとっても採用活動が長期化することで人事部の負担というか作業量は増え、いくら優秀な学生を早期に囲い込むという目的があるとしても、双方にとって徳にならないのではないかという気がします。
 ただ企業側の目線に立つと、ほかの企業の採用が早くなっているから自分たちも早くしないと出遅れるという考えがあるように見え、さながらチキンゲームのような様相で無辜の学生を巻き込んでいるようにも見えます。

 そもそもこうした新卒就活の早期化などの根本的な問題点を突き詰めるとしたら、四月に新卒一括入社するという日本の慣行にこそ問題があるような気がします。言うまでもないでしょうが大学卒業直後にすぐ職に就かなければその後の就活で「この間何してたの?」と聞かれるなど、マイナスに働きます。中国とかだとそんなことなく卒業後半年してから就活する人とかもいるのですが、日系企業は異常なほど新卒にこだわる傾向があり、その結果として学生の就活が半ば儀式化しており、そしてその儀式の影響を受けて学生の時間が奪われているように見えます。

 そのため根本的な解決を図るとしたら、この新卒一括入社の慣行こそ打破すべきである気がします。年中常に必要な部署に必要な人数のみ採用にかける、いわばジャストインタイムのようにあらかじめ募集職種などを示したうえで臨機応変に募集をかけることで、企業も学生もハッピーハッピーになると私は思っています。
 もちろん新卒一括入社なら研修などをまとめて行えるというメリットがありますが、ぶっちゃけそういうのもインターンでどうにかなるのではないかと思います。そもそも社会にまともな常識やマナーを持った人は敬語の使い方を含め少ないし。

 この辺もう一つ要素を挙げるとしたら、総合職採用という慣行もよくなく、上記のように職種別採用をもっと日系企業は行うべきでしょう。配属ガチャという言葉もあるように折角希望の会社に入ってもやりたい仕事につけないというのは雇用のミスマッチを生むだけに、もう少し理性的かつ合理的に日系企業は採用を行ってもらいたいものです。

2026年7月9日木曜日

れいわの山本氏の政界引退発表をみて


 本題と関係ないけどこの前の陶器市で買ってきた茶碗です。いい感じのサイズなのと独特な見栄えで気に入っていますが、その下の結城紬コースターが茶碗に負けないくらいの価格だったことの方が自分にとっては印象深いです。

 話は本題ですがかねてから速度違反による検挙が報じられてきたれいわ新選組代表の山本太郎氏が、病気を理由に先日退職した議員だけでなく政党代表も下り、完全に政界引退することを発表しました。この報道を見た一発目の感想としては、何故検挙を認めるのにこれほど時間がかかったのかという点です。

 今回の引退理由となっている速度違反ですが、149キロという高速でも捕まるレベルのかなりの速度でした。この速度違反自体は去年10月に行われたもので、具体的な時期はわかりませんが数ヶ月後には週刊誌で報じられていました。当時の記憶をたどると現場で検挙されたわけではなく、オービスか何かに引っかかってその後使用したレンタカーの履歴を頼りに捜査されて判明したという経緯だったと思いますが、普通の人ならここで違反の事実を認めて謝罪するでしょう。
 しかし山本氏は今日に至るまで一連の報道の事実を否定も肯定もせず、求められても病気を口実に記者会見を開くこともありませんでした。仮にも公党の代表という立場にあることを考慮するとこうした態度は不遜としか言いようがなく、また仮に同じ速度違反を高市総理がやっていたら鬼の首を掴んだかのように批判していたであろう姿がすぐに浮かびます。

 これは山本氏に限るわけじゃないのですがいわゆる左派勢力と呼ばれる人たちに共通する特徴として、「自分たちは大まかな方向で正しいのだから何をしたって許される」という価値観で行動する人が異常に多いです。言い方を変えると自分に甘くて他人に厳しく、自分は法律を破ってもいいけど敵対する右派勢力の人間は許されないとばかりに、傍から見ていても嫌な人間ムーブを堂々と行ってきます。
 こうした特徴が山本氏にはピタリと当てはまっており、はっきり言えば私は嫌いでした。彼の主張の一部は理解できるものの、大半の意見は我田引水なものにしか見えず、また手下の大西氏とともに品がなく中身のない批判を繰り返しては国会で無駄な時間を作り、いるかいないかでいえばいない方が世のためになる人間だと思っていました。

 そうした見方から今回の引退は私としては非常に歓迎すべき事態であるし、大西氏も一緒になってやめるということなので、恐らく次の選挙までにれいわ新選組も消滅することでしょう。言い方悪いですが「必ず悪は滅ぶ」という単語が思い浮かんできたほどでした。
 まぁ見方を変えるとこういう無節操で無価値な人間も生きていられるだけ日本は政治的に自由でいい国だとも言えるのですが。中国だったらこうもいかない┐(´∀`)┌ヤレヤレ

2026年7月8日水曜日

戸締りを忘れると吉沢亮が来る

 また本当にどうでもいい話ですが、家の鍵を締めて戸締りをする際にはいつも「吉沢亮が入ってくるかもしれん……」という懸念が頭をよぎるようになっています。
 これは覚えている人には早いですが、数年前に吉沢氏は酔っぱらって鍵の開いていた隣の家に入ってトイレをすますという事件を起こしており、これによってビール会社のCMを降板するなど一時期騒ぎになりました。幸いというかすぐに謝罪し、また先の降板などの社会的制裁を受けていたことから世間はそれほど吉沢氏を非難するには至らず、その後の国宝のヒットもあって今ではこの事件について覚えているのも私くらいのものでしょう。

 しかし私にとっては何故かこの事件が妙に印象深く、まるで戸締りを忘れると勝手に入ってくる妖怪のようなイメージを吉沢氏に対し抱くに至っています。元々、河童は子供が水に落ちないよう注意するために生まれたと言われるなど、多くの妖怪は日常における注意点に警鐘を促すために作られたともいわれています。そういう意味では戸締りに気を付けるよう吉沢氏という妖怪が生まれても、むしろ世の中のためになるわけです。

 そういう意味ではこの私の勝手なイメージはもっと広まった方が世のため人のためになるはずです。「戸締りを忘れると吉沢亮が勝手に入ってきてトイレをしてくる」というこの伝承は泥棒対策としてもっとみんなで認知すべきだと思い、またしょうもないと思いながらもこうして記事書いている次第です。

吉高由里子以外はよかった黒牢城

 先週末、日本に来てから一度も映画見ておらず、上海ではほぼ毎週見に行っていた習慣もあって何か見たくなり、たまたま上映しているからということで黒牢城を見に行きました。この映画はアラーキーこと荒木村重を主人公に、籠城中の有岡城内で起こるミステリーを幽閉中の黒田官兵衛にとかせる一種の胡坐椅子探偵物の作品ですが、それなりに良かったです。

 上映時間は二時間半とやや長く、家のソ連人民の敵である親父をはじめ、周囲の座席の人は上映中に何度もトイレに立ってたりしました。私は上映時間の長さからあらかじめ水分を取らなかったため立つことなかったですが、膀胱には注意が必要な映画です。

 それで内容に関してですが、まずこの上映時間の長さからみても制作側は原作の内容をなるべく詰め込んで一本の映画にしようという意思が感じられ、その影響もあって序盤から中盤にかけては早く展開させるためテンポよく進みます。やや終盤に間延びする展開が見られ正直ここ削って2時間に納めりゃいいじゃんと思いましたが、ミステリーというジャンルながら早い展開でも飽きずに見られます。
 俳優陣の演義も主演の本木雅弘氏をはじめみんな悪くなく、残念ながら時代劇風の発音がきちんとできているように見えたのは本木氏くらいでしたが、オダギリジョー氏をはじめそれぞれ存在感を演じる演技をしていて見栄えが良かったです。ヒロインの吉高由里子氏を除いて。

 見出しにも掲げていますがこの映画の最大の欠点は吉高氏でした。出演する場面がどれも見ていてなんやねんと思う場面にそぐわぬ演技で、特に終盤においては興ざめを覚えました。監督の演技指示によるものなのかもしれませんが、見ている側としては「何故出演させた?」と感じるような出番でした。
 なおその終盤の吉高氏のシーンに出てくるお寺は、上映中でも「む、これは万福寺……」だと撮影場所に気が付きました。床が石畳のお寺ってかなり限られるし。

2026年7月6日月曜日

薄味のレパートリーが日本にない


 昨日、友人と一緒に元栃ノ心がやってるジョージア料理店に行ってきました。この日食べたのは以前牛丼屋でも限定商品として出されていたジョージアの代表的料理であるシュクメルリでしたが、非常に濃厚な味でおいしかったです。値段もランチはまだリーズナブルなものでそこそこお勧めできます。
 なお寝坊して遅刻してきた友人は弁護士、公認会計士、行政書士、司法書士の業務範囲の違いについてなぜかやたらと聞いてました。本人の職業は医者なのに。

 そんなわけのわからない業務範囲の話は置いといてシュクメルリについてですが、前述の通り味はかなり濃く、ほかのスープなども濃いめの味が多かったです。そうした料理に触れたこともあったのですが私の方から友人に対し、「実は昨日気が付いたんだけど、日本の料理ってなんかどれも濃くなってない?」という話を持ち掛けました。
 マジな話でつい一昨日、リンガーハットでちゃんぽん食べながら気が付いたのですが、なんか日本の料理が前より濃くなっている気がします。それと同時に、薄味の料理のレパートリーがほぼ皆無というか見つからなくなった気がします。関西地方なら違うかもしれませんが比較的薄味とされるうどんですらなんか以前より味が濃くなっているような気がし、正直なんでこんなに味濃いんだろうと疑問に思うほどです。

 私が普段いる中国の中華料理も恐らく大多数の日本人は味が濃いと思うかもしれませんが、確かに濃い味の料理が多いものの、それに負けず劣らず薄味の料理も多く、味の幅はそれなりに広いです。それに対しなんか今の日本は薄味の料理が全く視界に入ってこず、またこの数年のグルメネタ記事とか読んでも、「薄味」という表現を見ることが皆無で、なんか日本全体で味覚が濃い味にしか反応しなくなっているのではないかという気がしてきました。
 なお中国のラーメンは日本と比べるとかなり薄味で、それに慣れた自分からするとマジで日本のラーメンは味が濃すぎて若干引きます。

 話を戻すと、単純に味が濃い方が印象には残り、多分まずいかうまいかで言えばうまいという人の方が多いと思います。ただ私の実感から申すと、薄味でなければ感じられない味は確実に存在し、そうした味を普段体験しなくなるのはやはりもったいない気がします。濃い味を全否定するつもりはないのですが、もう少し薄味に日本人は関心持った方がいいのではないかと言いたいわけです。
 はっきり言えば日本人は知らず知らずのうちに濃い味に慣れてしまい、若干薄味に対する味覚を喪失しつつあるのではないかと懸念しています。

2026年7月5日日曜日

賃金下がってない?


 上の写真は昨日作ったT-34です。やっぱ戦車と言ったらこれな気がします。

 話は本題ですが先日流山のショッピングセンターの求人掲示板を見たところ、なんか前より平均時給が下がっているような気がしました。2年くらい前なら時給1200円が最低ラインで、1400円台もそこそこみられたため「ああ日本の人件費は上がってんだな」と思ったのですが、なんか昨日見たら時給はどれも1200円程度に収まっており、中には最低賃金と思われる1156円という表記も数多く見られました。募集は飲食店などの小売店が主でしたが、何となく以前と比べて賃金が下がっている気配を感じました。

 最近は以前と比べて求フリーペーパーがないため前より分析し辛くなっているのですが、そのショッピングセンターに限らず、都内の居酒屋店舗前にある募集も1300円と、以前は1400円以下は見られなかったように思うとなんか下がっているような気がしてなりません。一方で上昇ペースこそ鈍化しているものの物価のインフレは続いており、物価の上昇に賃金が追い付いていないどころか、逆に下がっているのではとちょっと懸念しています。
 これらはあくまで自分が見た限りの話で詳しい検証と化していませんが、この辺の賃金動向、特に末端現場作業員の賃金はあんま大手メディアも追わないだけに、肌感覚で判断するのが重要だと思っています。私の感覚が正しいかどうか、今後もちょっと注意深く見ていく必要があるでしょう。

2026年7月3日金曜日

携帯電話料金は月3円( ゚Д゚)マジ

 先日、ヨーカドー店内にブースを開いていたYモバイルの前で料金表を眺めていたところ、営業に来ていたYモバイルの店員に「乗り換えかい?(´・ω・)」と声掛けられました。この点に対し私は、現在LINEモバイルを使っているのだけれどメールで何度もYモバイルに乗り換えろ、今なら色々お得だと言われているので料金表を見に来たが、これ見る限り絶対お得にならないことが分かったと返事しました。
 すると店員は「では今月々の料金はどの程度でしょうか?」と聞いてきたので、「聞いて驚くなよ(。-`ω-)」と含みを持たせてから、「3円(・∀・)」と答えました。そしたらやっぱり店員はびっくりしてました。


 ちょうど今日になって料金確定通知が来たのでその内訳を見てみると、以上の通りとなっています。これは何も今月だけでなく毎月こんなもので、普段中国にいて日本の携帯電話を使うことはないが番号は保持しておきたい自分にとって、マジ最高な契約となっています。
 値段のからくりを説明するとみればわかりますが「500MB以下でゼロキャンペーン」で実質的に基本料が無料となっており、ほかの存在する意味がよく分からない二つのオプションによって料金が月々の料金が3円となっています。6月中は日本に滞在していたので500MBいって1200円になるかと思ってましたが、今月も無事3円で乗り切れましたε-(´∀`*)ホッ

 この料金表を先ほどの店員に見せたところ、さすが業界人ゆえか「あ、なるほど。これなら納得です」と返事してました。その上でこうした料金体系、そして普段私が日本にいない条件を考慮すると、「こりゃ絶対乗り換えない方がいいですね」と、Yモバイル店員にもかかわらず言い切ってくれました。
 逆を言えば悪意がないとわかってはいるものの、お得だからとメールで乗り換えを勧めながら全くお得にならないプランを勧めてくるYモバイルは何様だと言いたくなってきます。「お得になるかも?」みたいな文句だったらまだわかるけど、不利な契約をさもお得そうに見せて勧めてくるのは個人的にかなり不快です。

 現在、LINEモバイルは既に新規契約受付を停止しており、恐らく今後遠くない内にサービスそのものが廃止される可能性があります。それだけに私ももし料金がそれほど変わらないのならほかのキャリアに日本にいるうちに移ろうかと考えていたのですが、さすがに今のプランに匹敵する料金体系はないことからまだまだ付き合いは続きそうです。その上で、仮にサービス停止になるとして上記の一件からYモバイルだけは使わないでおこうと心に難く決めています。

2026年7月1日水曜日

副首都構想には大反対

 細かくは見ていませんが報道によると、自民党は維新とともに副首都法案を出したそうです。内容は緊急事態に首都機能を移すことのできる副首都をつくるとかそういうのだと聞いていますが、要は既に終わっている大阪都構想を看板をつけかけてやり直そうとする法案と思って間違いないでしょう。
 私が説明するまでもなく大阪都構想は既に二度も市民投票で否定されており、この副首都構想を聞いたときはまだあきらめていなかったのかと呆れた思いをしました。そんな背景だからかこの副首都構想も中身もメリットもあまりないように思え、自民党、というか高市政権も維新の支持を取り付けるためだけのパフォーマンスに付き合ってやっているように見え、正直あまりやる気がなさそうに見えます。

 前述の通りこの副首都構想は大阪都構想の焼き直しで中身はほぼないと言っていいでしょう。それこそ法案だけ通して大阪を副首都の候補に入れれば御の字とされるだけの内容かもしれません。無論そんなことしたって大阪を含め何のメリットもなく、いざという時の首都機能を持たせることを口実に余計な箱物が作られるだけで終わるかもしれません。

 むしろこの副首都構想を見て思ったこととしては、この際思い切ってかつては何度も取り上げられた首都移転構想を真剣に議論してみてはどうかということでした。東京一極集中を是正し、地方の開発を一気に後押しするために90年代なんかにはよく議論されたこの首都移転構想ですが、東京をそのまま「副首都」とし、新たに首都をつくる方がスケールも大きいし、日本が得られるメリットも大きいような気がします。
 なおこの場合、新たに首都となる候補には自分の中で大阪は入っていません。ではどこがいいかというと、かつて自分は新幹線も既に通っているし、日本の中心ということで岐阜県大垣市辺りがいいんじゃないかなぁとこのブログに書いたことがありますが、今回改めて考えたところ北関東、即ち茨城、群馬、栃木のどれかがいいように思えてきました。

 なぜこの北関東三県をここで推すのかというといくつか理由があり、まず東京と同じく関東にあり、何か緊急事態とかあればすぐ東京と往復できる地の利があります。東京までの間には既に多くの鉄道や道路路線が整備されており、追加のインフラ整備はそこまで必要としません。
 次に、三県とも関東平野にあって平地が多いです。面積だけならほかの件でも十分ありますが、開発余地となる平地となると東北地方や中部地方は山地が多くて難しく、単純な将来都市計画を考えると平野のこの三県の方が有利です。

 そして最後に、この三県は東京までの鉄道インフラは充実しているのに対し、隣県へ向かうインフラは逆に全くないという特徴があります。下手すりゃ一回東京に出てから隣県に行く方が早いくらいで、東西にこの三県を結ぶ路線ができた場合、開発における相乗効果がかなり期待できるのではないかと密かに考えています。未整備だからこそ、整備後の期待値も持てるという話です。
 以上の三点から、この際副首都を飛び越して北関東への首都移転構想を大々的に展開してはどうかと思ったわけです。少なくとも維新の案よりずっと建設的でロマンあふれる案であると自負します。