2026年8月31日月曜日

突き詰めると、自我とは何か?

 最近書くことは減っていますがこのブログではこれまで自我に関する記事をたくさん量産してきました。主に教育関連の内容で、エリートには膨大な知識だけでなくそれをどう運用するかという判断力こと自我も育成する必要があるとか、日本の教育の究極目的は個人の自我を叩き潰すことにあり組織に埋没する人間を育成することが大方針などと、やたら物騒なことも書いていました。
 なんでこんなに自分が自我について固執するのかというと単純に自分が日本人としては異様なほど自我が強いゆえです。子供のころからこの傾向ははっきりしており、異口同音に周囲の考えに染まることを良しとせず、自分が納得しないものには徹底的に拒否することが多くありました。そのためよく頑固だなとと指摘を受けることが多いですが、私個人としてはむしろ人の意見に耳を傾ける方であり、また自分の決断を変えないのも自分なりに変えない理由を確実に持っているため、そうした変えない理由が合理性を持たないことをきちんと説明できずに頑固だと批判する人間の方に問題があるといつも考えています。

 なお自分の自我が強く育ったのは先天的なものが強かったと思いますが、後天的な影響としては周囲に極端に理解者が少なく、周りから否定されることが多かったため防衛反応的に自我が強くならざるを得なかったせいだとも考えています。そういう意味ではいわゆる差別階級に属すグループほど自我を強く持ちやすいとも考えています。

 話を戻しますがそんな風に自我について長年考えてきましたが、そもそも自我とは何かということについても長く考えてきました。試しにネットでこの問いについて検索してみると自己認識とか欲求規範とかやたら難しく書く人が多く一見して理解し辛いものが多いのですが、私に言わせればその説明は一言で事足ります。もったいぶらずに述べると、自我とは究極的には「不文律」において他ならないと考えています。

 わかりやすいたとえを一つ出すと、自我のない子供は万引きなど盗む行為を悪いことだとは思わないとよく言われます。一方、自我が成熟して分別のある大人は盗みは悪いことだと認識して実際に窃盗行為を働く率で言えば万引きする子供に比べれば低くなるでしょう。この自我のない子供と自我のある大人を分けるものは何かといえば、「盗んではならない」という、ちょっとやそっとでは変わらない価値観や判断基準があるかないかという一点以外にないと思います。
 もちろん大人でも餓えや借金などのっぴきならない事情があれば窃盗を行う確率は高まります。ただそうでない場合に窃盗行為を抑えているのは「盗んではならない」という価値観や意識がそこに存在するからで、多少の欲求や周囲の誘いがあっても影響されずにこの価値観が守られ続けるという状態が「自我のある」状態と言えるでしょう。

 上記の例はわかりやすく社会倫理にもとった価値観を出しましたが、これに限らず「周囲が何と言おうと、どんな状況だろうと影響されずに貫かれる価値判断基準」となる各人における不文律こそが、その人が持つ自我を形成する構成要素であり、それらの集合体が自我だと私は考えています。言い換えるなら、こうした不文律が多ければ多いほど自我が発達している人と言え、逆に少ないほど自我が弱く、周りに流されやすい人になるということになります。

 もう少し自我と呼べる不文律の例を挙げると、目玉焼きにかける調味料について誰に何と言われようと醤油を選ぶ嗜好のような価値観も当てはまります。また仏像を粗末に扱ってはならない、地球は反時計方向に自転する(絶対的科学知識)、緊急時は弱い女性や子供の安全を優先するなど、周囲の意見に左右されずに一貫して持ち続ける嗜好や価値観、こういったものが多ければ多いほど個性というものははっきりしてきて、自我というのも形成されていきます。
 最も根源的な不文律はやはり生存欲求で、誰しも自分が死ぬような選択肢よりは生存につながる選択肢を選ぼうとします。こんな具合に、実際の選択や価値判断に際して優先する、または絶対に曲げようとしない不文律というものが自我の正体で、それがどのようなラインナップになっているかによって各人の個性も分かれ、個別の性格も生まれるるものだという風に考えています。

 以上の観点に立ったうえで述べると、一般的に自我が強い集団はなにかというなら、一番はっきりしているのは信仰者こと特定の宗教を信じている人です。宗教というのはいわば不文律のハッピーセットであり、神は正しいとか世界はどのようにできているかなどの不文律を信者にまとめて与え、また信者もそうした教えを周囲に否定されようがそうそう簡単には曲げないため、宗教をやっていない人に比べたら確実に多くの不文律を抱えていて自我が強い人が多い傾向があると言えます。
 この影響なのか、実際海外勤務において強いのも宗教やっている人だという統計結果がはっきり出ており、私の目から見ても中国で活発に活動する人はキリスト教徒の人が多い印象があります。不文律が多くて自我が強い分、周囲の環境や雑音に流されず自分を保っていられるため、これまでとは価値観の異なる環境においても自我の弱い人と比べあまりストレスを受けないのだと思います。
 なお日本人においては無宗教者だと自認する人が多く、だから他国と比べても自我が弱い傾向にあるのかなとも穿ってみています。

 注意として書いておくと、不文律が多くて自我が強い人間が必ずしも優れているとは限りません。男性に比べ女性は劣るとか陰謀論などの偏った価値観を持ち続けるのは周囲のみならず当人も不幸にすることが多く、また前述の通り不文律は価値判断基準とも言え、それが無数にあることで優先すべき基準を見失って誤った判断に至ることも十分考えられます。不文律がなさすぎるのも問題ですが多すぎるのもまた問題であり、優れた自我というのは優先すべき価値判断基準(不文律)を必要十分に持っている状態だと私は考えます。
 敢えて最重要となる不文律を挙げるなら、私はやはり合理性だと思います。自分にとっての合理性と集団のための合理性のどっちを優先するかでまた変わってきますが、個人か集団か内容が変わるものを除くと、単純にどっちが長期視点でプラスなのかという判断基準が一番安定的且つ害がないと考えます。

 具体例を挙げるとさっきの盗みで言えば、短期的にはノーコストで物を得られますが長期的には信用を無くす、前科がつく、賠償に迫られるなどでマイナスとなり、このプラスかマイナスかの計算をちゃんと長期視点で行うという不文律こそ一番重要な気がします。もちろん盗まなければ飢え死にするような状況においては短期的にも長期的にも盗む一択であり、盗んででも生きるべきだと考えますが。

2026年8月30日日曜日

日本であんま見ない日系日用品を上海で使っている件

 最近、家のトイレ内の自ら若干変なにおいがするので便器タンクに問題があるのかと思い小林製薬の定番商品であるブルーレットを買い求めようとしました。そこで早速家の近くにある店舗が大きめのドラッグストアにサイクリングの帰りによって探したところ、どうも自分の求めているブルーレットがなかなか見つからず無駄に時間食いました。かれこれ30分近くトイレ洗剤コーナーで探し続けたのですが、そこでようやく以下の商品が現在のブルーレットだということに気が付きました。


 マジで今の今まで知らなかったのですが、最近のブルーレットはこんなクラゲ型のパッケージしてトイレの水受け皿にセットするものだということを今日初めて知りました。自分が今までブルーレットだと思っていたのはこちらの「ブルーレット ドボン」で、トイレタンクの中に放り込むこちらしか存在しないと本気で信じていました。
 何故かというと、上海ではずっとこれ使ってたからです。

 割と掃除は細かくする方なのですが、上海でトイレタンクの黒ずみがある日気になってからトイレタンクには常にブルーレットをタンク内に放り込む習慣ができていました。ブルーレット自体は日本でもなじみがあり、また上海でもニトリとかに行くと確実に手に入るしネットでも類似品がよくあるので入手には困らないのですが、上記のトイレタンクの水受け皿に設置するタイプのは今日初めて見たというか上海では少なくとも見たことがありませんでした。
 ただその理由も若干わかるというか、トイレの形状が日中で異なるせいじゃないかと思います。日本の家庭用トイレでは基本的に便器タンク上部に水受け皿があり、その上にある蛇口からタンクへ水を流す形状を採っています。しかし中国の家庭用便器にはそのような水受け皿は見ないというかタンク上部は完全に陶器製の蓋となっており、密閉される形となっています。そのため置く方のブルーレットは中国ではそもそも市場に合わないから売られず、タンクにぶち込む形式のドボンしか流通していないのでしょう。

・SENKA パーフェクトホイップ(ファイントゥデイ)

 このブルーレットとちょっとジャンルが違うかもしれませんが、日本の日用品売り場を見ていてよく不思議に思うというか「なんでないの?」と思う商品として、上記のパーフェクトホイップがあります。これは上海で自分が愛用している洗顔クリームで、日本にいる間もこれがいいと思ってあちこちの日用品売り場を見て回っているのですが、現在に至るまで1個たりとも見つけたことがありません。
 仕方がないのでなめらか本舗の「豆乳イソフラボン」を今使っていますが、こっちも悪いわけではないもののやはり自分にはパーフェクトホイップがあっているような気がして、可能ならばあっちを使いたいです。でもどこにも売ってないです(´;ω;`)ウッ…

 このパーフェクトホイップも中国の日系スーパーでは定番商品のように確実にどこでも置いてあり、入手に困ることがありません。豆乳イソフラボンも同じように上海でも買えるのですが、自分はパーフェクトホイップを選んで買っています。上海であれだけどこでも見られることからてっきり日本でも簡単に手に入る商品だと思っていたのですが、想像とは異なりなんか手に入らないという事実に驚いているとともに、何故上海ではこのパーフェクトホイップがやたら売られているのかと気になり始めています。

2026年8月29日土曜日

中国の皇帝の正当性

 以前に歴史のわかる中国人の同僚と皇帝談義した際、日本では永楽通宝の影響とその事業の壮大さから明の永楽帝は認知されていると話したところ、「僕は彼嫌いですね(´・ω・)」といきなり否定してきました。なんでかと聞くと、彼には正当性がないからだと説明してくれました。

 永楽帝は明朝の二代目皇帝ですが、その継承は父の朱元璋(洪武帝)に指名されたものではありませんでした。元々、後継として指名されていたのは洪武帝の長男でしたが早世したため、洪武帝は長男の息子、つまり孫を二代目として指名していました。構図的には本能寺の変の後に信長の長男である信忠の息子である三法師が継いだような形です。
 にしても三法師は成人後の名前より幼名の方が通りがいいという稀有な存在な気がします。

 そして洪武帝の死後にその孫、永楽帝からみて甥っ子が継承したのですが(建文帝)、北京にいた永楽帝は反乱を起こしてこの甥っ子を追い出し(行方不明となったが殺害されたとみられる)、自らが帝位に就き、首都も南京から自分の本拠地である北京へ移しました。その後、明の最盛期を築くなど皇帝としての手腕は確かでしたが、以上の簒奪行為から中国人の同僚は正当性を欠くとしてあまり評価していませんでした。
 以上のやり取りを通じてたまたまその同僚だけなのかもしれませんが、意外と中国人は正当性というか大義を大事にするのだなという風に感じました。日本なんか明治維新をはじめ昔から「勝てば官軍」的なところがあり、天皇制も「南朝が正当」などと北朝系で続いた天皇家を自己否定するような主張を平気でする当たり、中国人と比べてこの辺の正当性に対する意識が緩いのかもしれません。ぶっちゃけ血筋さえつながっていれば「ヨシ!」としている気がする。

 興が乗ってきたこともありその後もその同僚と中国の皇帝について議論を重ねたのですが、その同僚が最も正当性が高くて且つ優秀だった皇帝として挙げたのは、後漢の光武帝(劉秀)でした。
 光武帝についても知ってる人には早いですが、ぶっちゃけ少年漫画の主人公みたいなキャラです。先祖は確かに漢室の皇帝の血筋ですが彼の代には完全に庶民に落とされており、三国志の劉備と同じような立場でした。それが兄貴とともに漢朝を簒奪した王莽に反旗を翻し、緑林軍という軍閥に加入したものの、実力と人気を兼ね備える兄が同じ緑林軍の幹部に謀殺されます。にもかかわらず光武帝は謀殺を非難せず黙々と働き、緑林軍で内部抗争が始まるやうまいこと出し抜いて中国を再び統一します。光武帝に関してはこのほか部下に締め出されるなど色々エピソードが多いのですが、確かに正当性という点では漢室の血筋を引き、誰も裏切ることなく世の中の混乱を正した点でピカイチでしょう。

 次に正当性が高いとして挙げたのは、先ほど出てきた洪武帝です。当時はモンゴル系による元朝が支配する時代で、政治がおかしく世の中が混乱しており、そうした悪政による支配を正して漢民族による支配を復活させたという点で評価されてました。この点について私も納得で、その同僚自身は支配層がモンゴル族でも満州族でも気にしないが、閥族政治による混乱の責任があるとして洪武帝に追いやられたのはいいことだと言ってました。
 このほか自分の方から宋朝を立てた趙匡胤はどうかと聞いたら、彼も先代皇帝の遺児から簒奪しているとしてきちんと非難していました。もっとも趙匡胤はその遺児を殺さず保護していた点はちゃんと評価していましたが。

 日本、中国に限らず歴史の移り変わりは突き詰めると簒奪の繰り返しですが、改めて上のやり取りを経て正当性というのをちゃんと意識するのは大事だなと当時思っています。現在の日本の政権は民主主義で主権在民であり、特定の一族や団体に支配されているわけではないため簒奪は起こりにくいですが、やはり簒奪を認めてしまうと世の中が不安定になるような気がします。そういう意味では日本ももっと正当性という観点で秀吉、家康の行為についてもう少し議論した方がいいかもしれません。

2026年8月26日水曜日

事故や災害報道に年齢情報は必要か?

 さっきニュースを見たら交通事故の報道があり、その中で「被害者は20代の女性と70代の女性で……」と読み上げられたのですが、正直なんでそこで年齢必要なのかと疑問に覚えました。普通に二人怪我したとだけ言えばいいものをいちいち年齢まで読み上げており、果たしてそれは必要な情報なのかという疑問を覚えました。

 例えば死亡者がおり、その人の身分確認ができないような状況だったらおおよその年齢情報を出す価値はあると思います。そうした情報がきっかけで本人確認につながると思いますし、何も出さないより出した方がいいでしょう。しかし今回の事故のように怪我して意識があるような被害者の場合は本人確認は必要ではなく、またどの年齢層の人が事故に遭ったなんて情報ははっきり言って無価値です。年間での被害者数の年齢層を統計に出すっていうのなら話は別ですが、個別の事故で年齢情報を出す必要なんて皆無でしょう。
 事故報道に限らず、日本は何でもかんでも年齢情報を出し過ぎではないかという気がします。例えば遭難から救助された人に関しても男性か女性か、あと未成年(子供)であるかどうかの情報はまだ報じる価値を覚えますが、いくつの年齢の人が救出されたとかは果たして必要かと言えばこれもどうかと思います。

 以前にも書きましたが、自分は中国にいるとよく自分の年齢がいくつであったかを忘れたりします。何故かというと日常で自分の年齢を意識することがないというか、何か書類に身分情報を書く時に年齢情報を求められることはほぼないからです。
 逆に日本はちょっとしたアンケートでも細かく実年齢を書かされ、中には生年月日を聞きながら「で、あんた何歳?」と二重に聞いてくることも多く、なんでそんなに人の年齢聞きたいんだよと逆にこっちが聞きたくなってきます。でもってこういうことするから日本人は社会の中で年齢数を異常に意識し、三十路やアラフォーなどと言う言葉で無駄に年齢で階層化し、ステレオタイプも作ろうとするのではないかとみています。

 そうした延長ゆえか上記の事故報道の年齢の読み上げも、若干過剰ではないかと思うわけです。プライバシーだなんだと言いながらこうしていちいち年齢を公共の電波で飛ばしてくるのはダブルスタンダードもいい所だと思います。

2026年8月24日月曜日

風呂のパイプはたまに掃除した方がいい(ヘドロトルネード)

 日本滞在中は実家にいますが、こっち来てから地味に気になっていたのは風呂のパイプでした。うちの風呂には大分一般的となった追い焚き機能がついているのですが、その追い焚きした湯が出入りする追い焚き口がいつも明らかに汚れていました。具体的には追い焚き口付近にぬめりがあり、3日くらい追い焚きして使った後に水を抜けば赤い斑点めいたものもはっきり目視でき、明らかに中のパイプが汚れきっていると感じていました。
 なので先月に400円くらいのパイプ洗浄剤を使ってみましたが、確かに使う前より効果はあったというか汚れは減ったもののそれでも完全になくなるには至っておらず、そもそもその洗浄剤も半年ごとに使うようなものであり、10年以上もパイプ洗浄したことないうちの風呂にはさすがに効果は薄いと感じていました。


 そこで前から芽をつけていたのがこちらの「ヘドロトルネード」という商品。強い洗剤におなじみの「まぜるな危険」という単語が妙に目を引くのと、小売店で3000円以上もする価格から、本気で洗うにはこれくらいの洗剤使わないと無理じゃないかと考えていました。
 しかしそれでも値段は3000円。Steamのセール期間ならゲーム2本、「探偵・癸生川凌介事件譚」なら6本は買えてしまう金額ゆえになかなか決断が付かなかったのですが、昨日のマッドシティの霊感穴場スポットこと相模台公園行った帰りにヨーカドー寄ったら、なんか「広告の品」という表示とともに2700円で売っていたので迷わず購入しました。

 早速家に帰って使ってみたのですが、結論から言うと凄かったです。洗剤放り込むや工場の廃水かってくらい濁った水がどっと溢れ、予想を超えるレベルでパイプの中が汚かったのを思い知りました。元々、上海でも配管は定期的に洗浄剤を放り込むほどメンテナンスを欠かさぬ私ですが、こんな汚れまくってた配管見るのは初めてでした。
 そんでもって翌日の今日、早速風呂を追い焚きして入ってみましたが追い焚き口のぬめりは全くなく、確実に以前よりも配管がキレイになっているという実感を覚えました。確かに高い洗浄剤ではあったもののその効果は認めざるを得ず、またこういう配管はちゃんと定期的に掃除しないと駄目だなと思い知らされました。

 それで本題なのですが……このヘドロトルネードを使ったときの写真もちゃんと残してあります。ただ明らかにグロ画像なので、見たい人だけこのままスクロールしてください。










































 マジこれ見て真っ先に浮かんできたのはバイオハザードという単語でした。ヘドロトルネードは時間をおいて二種類の洗浄剤を放り込むようになっていますが、1発目はまだそうでもなかったものの、本チャンの2発目を放り込むや緑色した廃液がドバっと溢れてマジ引きました。まぁそれだけ効果が実感できるんだけれども。
 ほかの人のレビュー見ていても大体同じというか、みんなそのあまりの汚れの噴出具合にビビっています。メントスコーラ並みだよこのバズり方。

2026年8月23日日曜日

千葉のマッドシティ~相模台公園


 以前にコメント欄で「相模台公園はヤバい」というコメントが来たのと、先月入り口前を通った時に「相模台公園はヤバい」と感じたので、今日昼過ぎにまた自転車で行ってきました。


 まず相模台公園の何がヤバいかっていうと、公園の入口から公園敷地内に入るまで物凄い高低差があり、見ての通り入口にはやたら長い階段しか映りません。でもってその入り口付近ももののけ姫かよと思うくらいやたら植物が氾濫していて、この一点で以ってもただの公園じゃないと判断できます。

時間帯によって木の幹が上下して出入りできなくなるトラップにしか見えない


 マジ心臓が少し痛くなるくらいの坂を上り詰めてようやく公園本体に入ることができました。この日公園にいたのは自分以外だと中国人の親子連れだけで、写真のように殺風景な廃墟っぽい場面を簡単に撮影できました。

なんかニーアオートマタの廃墟にありそうなブランコ

ニーアオートマタのゲーム画面にしか見えない

遊具の撤去後だろうけど古墳にしか見えない

 以上の通りどれをとっても廃墟アートにしか見えない公園で、この公園に訪れる人は1日にどれほどいるのだろうかと非常に疑問でした。でもって前述の通り入口付近は植物によって密閉されたような感じで、正直に言って夜中に廃墟行くよりこの公園に行く方が自分は怖い気がします。


 改めて敷地を眺めると、入ってきた入口とは別にまた下界へと続く出入口を見つけました。こちらは写真左の団地敷地へと直通する出入り口となっていました。

長い階段

トリックアートのようにも見える階段

階段を降り切った先

 こんな感じで相模台公園を見て回りましたが、そこまで不気味さを覚えなかったもののこの公園を利用する人はいるのかと思うくらい変な空間でした。そもそもこの近くには松戸中央公園がありあっちは常に人がいるのと比べると、こっちの公園に来る人はいないという気すらします。っていうか植物が育ち過ぎなので、もう少し整理した方がいいのではないかと思いました。
 まぁ怪談スポットとしてなら今のままの方がいいんだけれど。

2026年8月21日金曜日

拡大著しい中国のBL市場

・中国の人気BL小説、日本でのコミカライズ中止 漫画家の過去の発言が物議 出版社と本人が謝罪(スポニチ)

 上の記事をBL好きの中国人の友人にリンクつけて送ったところ、「私もこれ読んだことある(´・ω・)」とすぐ返事してきました。しかも「四度は読んだ(´・ω・)」と聞いてもないのに教えてくれた上に、推しキャラも画像付きで送ってきました。上の記事の詳細は把握しかねますが、漫画化が企画された原作は中国でもかなり人気の高いBL小説であるのは間違いなさそうです。

 真面目な話、今中国のBL市場はかなりヤバいくらいでかくなっている気がします。中国は同性愛について比較的厳しい国でBLなどのコンテンツ作品に対してもしょっちゅう規制をかけているのですが、網の目をかいくぐるかのようにして今もなお多数のBL作品が作られ(主に小説)、私の友人のように口を開けばBLについて語る女性も珍しくありません。

 なお「耽美」というと日本では優雅な美しさなどを表しますが、中国だとそのまま「BL」という意味になります。同じ単語で日本語と中国語で近年、急激に意味に差が出てきた単語です。

 話を戻すと、実際中国で暮らしていてBL市場が拡大しているという実感を強く覚えます。サブカル系のショップばかりを入居させる大悦城というショッピングモールが上海にもあるのですが、たまに別の男性の友人とここに飯食いに行くとそのBLショップの多さとコスプレして来店する女性客数によく驚かされています。
 なおその男性の友人はファンシーショップかと思って入居しているあるお店に入ったら、ファンシーな、女性向けの大人のおもちゃを売る店だったらしく赤っ恥をかいたと以前話していました。

 この中国のBL市場拡大の実際の市場規模データとか見ていませんが、表に出ないだけで実際かなりデカいように見えてならず、しかも今後も拡大を続ける超有望市場として密かに注視しています。こう思う理由としてはまず中国では女性も社会で働くことが一般的で、日本も働く女性が増えてきてはいるもののそれでも収入面で行ったら中国の女性の方が稼いでいる印象があり、成人女性の消費力がかなり高いです。その上、中国でも独身を続ける若者が増えており、金を持て余した独身女性が金を使うところと言ったらやはりBLはかなり有力候補になってきます。

 またこのところの発展ですが、若干思うところとして規制されているからこそ逆に燃え上がっている印象があります。前述したように中国では同性愛に対する規制が強くBL小説のライターとかも当局の命令で連載を中断することがよくあるのですが、そうした規制に「なんで規制すんねん(# ゚Д゚)」と怒りつつ、BLへの欲望をさらにたぎらせる中国人女性が見ている限りかなり多いように思えます。風俗とかもそうですが、規制すればするほど性犯罪が増えると言われているだけに中途半端な規制が中国のBLファンをより継投させているように見えます。

 もっとも市場が拡大しているのは中国だけでなく日本も同じでしょう。大きめの本屋に行けばかつてはなかったBL専門の本棚やコーナーが設けられており、中国人のBLファンも「さすが先進国日本(^ω^)」と無駄に誉めてくれてます。日中それぞれで作家同士の交流も今後増えるのではないかと思っており、国を跨いでBL市場が今後拡大し続けるのではないかという期待もあります。
 その上で中国が規制しているのならこのチャンスを独占するためにも、やる気のある中国のBL作家、漫画家をどんどん日本に呼び集め、日本で出版させてネットで中国語版を出すといった手段が考えられ、実際見ている限りだとそうした取り組みを日本の出版社もやり始めているそうです。BLのために規制だらけの中国を脱出する中国人を日本が支援し、匿うのは孫文以来なのではないかと思え、こうした思想持った人というのは本当に裏切らないだけに日本はBL特区でも作ってこの手の中国人クリエイターをどんどん呼び寄せるべきだと密かに思ってます。

2026年8月19日水曜日

中古ゲーム屋の今昔物語

 今日発売された「ブラック・ラグーン」の最新刊はいつもながら楽しめましたが、おまけ漫画のケモ子のインパクトが強すぎてそれしか覚えていません。っていうかなに、ケモミミ流行ってんのいま?

 話は本題ですが最近ネットでよく懐ゲー特集とか見ています。2000年ごろはファミコンソフトが懐ゲーと呼ばれていましたが今ではプレステのソフトもどれも20年以上前の作品となり、懐ゲーに分類されてよく特集されています。思えばちょうど自分の子供時代はゲーム技術が急発達した事態で、ドット絵からアニメーション、3Dとグラフィックがどんどん進化するとともに、ゲームデザインもそれまでになかった新たなジャンル、たとえば対戦格闘ゲームの草分けとなったスト2などが初めて世に出てくるなど、世代的にゲームの発達や開拓をリアルタイムで体験できたいい世代でした。

 そんな昔のゲームについて語るに外せないのが、地味に中古ゲーム屋です。先に現代の中古ゲーム屋について触れると、もはや絶滅危惧種でブックオフなど総合古物品販売店を除くと中古ゲームだけを取り扱う店はほぼないと言っていいでしょう。これは説明するまでもないですがゲームの販売方法がパッケージ販売からダウンロード販売が徐々に主流となり、中古品として出回るハード形態のソフトウェアが市場に前ほど出回らなくなったためだと断言できます。
 先日、ソニーが今後はソフトウェアのパッケージ販売をもうやめると発表したことから、恐らく今後中古ゲーム屋はますます減ることでしょう。ただゲームの制作販売会社にとっては非常に追い風になるとともに、ダウンロード販売でもしょっちゅうセールや価格改定が今では行われるようになっているので消費者にとってもプラスなんじゃないかという気がします。

 話を戻すと、ダウンロード販売なんて形式のなかった昔において中古ゲーム屋は小中学生が少ないお小遣いでゲームを買える唯一の手段でした。スーファミ時代なんか新品ソフトが1万円前後もしていただけに、中古ゲーム屋がなければ購入できるソフトは本当に限られていたことでしょう。また中古ゲーム屋にとっても、新品ゲームソフトがそれだけ高額であったことから利ザヤを得やすい価格設定を行うことができ、皮肉な言い方をすると中古ゲーム屋をのさばらせたのはゲーム価格高騰を許容した当時の任天堂だったと私は思います。サードパーティ製ソフトウェアに対し、当時の任天堂が取っていたマージン率はかなりえぐかったと聞くし。

 そのため、90年代においては本当に中古ゲーム専門店と言えるお店が各地にたくさんありました。私の近所でも山ほどあり、金のなかった小学生時代の私は各店舗を一つ一つ訪れては欲しいゲームソフトの価格を逐一比較して最安値の店を探すという、価格コムのようなことをよくやってました。また当時のゲーム屋では試遊台を設けていることもあり、ゲームセンターと違って金がなくても遊べることから夏休みでやることなく時間が余っている時なんかは無駄に入り浸っていました。
 比較的記憶に残っている試遊したゲームを挙げると、プレステで出たΖガンダムのゲームで、これは試遊で楽しかったからその後きちんと買って遊びました。このほか同じガンダムゲーなら「戦慄のブルー」をよく遊んでいたような。その影響からかガンダムブレイカー3では「先日のブルー」という機体名でブルー1号機使ってたな。

 そんな中古ゲーム屋に変化が起きだしたのは大体2000年前後だった気がします。この辺りからマジックザギャザリングや遊戯王などのカードゲームが普及するのに伴い、トレカも一緒に販売する店が増えていった気がします。店によっては鞍替えするようにトレカに注力するようになり、結果的にはトレカへの注力が遅れた中古ゲーム屋ほど早く潰れていった気がします。
 PS2辺りまではまだ中古ゲーム屋も元気してましたが、PS3の時代辺りから日本国内のゲーム市場の縮小が影響してかどんどん店が減るようになり、ダウンロード販売が一定のシェアを得るようになったPS4時代になるともはや冒頭にも書いたようにブックオフなどの総合古物販売店を除き中古ゲーム専門店は消え失せた気がします。トレカの店はまだ元気なの見ると、やはり2000年あたりから商売替えに踏み切ったかどうかが生き死にの分かれ目だったのかもしれません。

 実際、実家近くの中古ゲーム屋もほかの店と比べてトレカの取り扱いがやや遅く、2005年くらいからやり始めたもののもはや遅く、確か2013年に潰れました。家から近くて比較的安価だったためよく使ってましたが、PS3であのクソゲーとして名高い「機動戦士ガンダム戦記」を買ってからはとんと通わなくなってしまいました。
 まぁ通わなくなったのは中国に行ったからで、「機動戦士ガンダム戦記」が何か悪さしたわけじゃないですが。

 このほか中古ゲーム屋ときたら思い浮かぶのはワゴンセールで、箱や説明書がなくソフト本体のみで人気のないソフトはワゴンにひとまとめにして売られるのが常でした。一時期、大量に出荷されてモノ余りとなったロマサガ3もワゴンにびっしり敷き詰められていましたが、つまらなくて売れないゲームを「ワゴンゲー」と呼ぶなど、当時のワゴンには一種の呪いめいた雰囲気がありました。
 記憶している実際に購入したワゴンゲーでは「三国志3」があり、既に5も出ている時代だったので990円くらいで購入しましたが初めての三国志ゲーだったのでかなり遊び倒しました。確か新君主で初めて蘆江でスタートしてクリアまで行きましたが、まさか後年その近くの上海で暮らすことになるとは。

 このワゴンという言葉も、ただ聞いてないだけかもしれませんが一時期と比べるとめっきり耳にしなくなった気がします。ゲーム屋に限らず小売店ではワゴンセールという単語が使われますが、少なくともワゴンゲーという単語は今後消えゆく運命にある可能性が高く、文化の消失というものが今まさに目の前で起きている気がします。
 恐らく今後懐ゲーはコレクター向けの骨董品店みたいになり、小学生が少ない小遣いを手にしてやって来るお店ではなくなるだろうし、既にそうなっているのかもしれません。そう思うと、自分はまだそういうお店があった時代に子供時代を過ごせただけにまだ幸せだったのかもしれません。

 最後に急に思い出したけど、大学入って最初の夏休みにバイトでプレステ版の「真・女神転生1」を中古で購入し、面白かったから2もやろうとしたけど何故か買わずじまいでした。ただそのプレステ版の2はバグで有名だったので買わなくて正解でした。

2026年8月18日火曜日

択捉島に来るほど追い詰められているプーチン

 本題と関係ないですが今も続けている「崩壊スターレイル」(ピノコニー編のストーリは超クソ)には飛霄や停雲をはじめとした獣耳キャラが数多く登場しますが、今アニメ放送中の「ヤニねこ」の影響から、「こいつらも裏でタバコ吸いまくってんじゃねーのか?」などと、ケモミミに対しあらぬ偏見を持ち始めてきています。


 さて話は本題ですが先日から今日に至るまでまだ関連ニュースが出され続けているプーチンの択捉島訪問ですが、なんか見ていてメディアや知識人と呼ばれている人の見方がはっきり言っておかしいと思えて仕方ありません。みんな高市総理批判につなげたりロシア外交がどうこうとかいろいろ言っていますが、はっきり言えばこれらはどれもこれも全く意味のない議論としか言いようがありません。
 というのもプーチンが急に択捉島を訪問して日本批判をしたのは単純に自分が追い詰められてきているからで、ロシア国民の目をそらすために無駄に択捉島くんだりまで来て意味のない領土アピールをせざるを得なかっただけだと断言できます。なのでこれまでの日本の対露外交がどうだったかは全く関係なく、どれだけ日本がロシアに対し過去に協力的な態度を採っていたところで多分同じ結末を迎えていたことでしょう。

 そのプーチンが何故追い詰められているのかと言えば言うまでもなくウクライナ戦争です。これまではドンパス地方の掌握という目標こそ達成できずとも前線では優勢を維持していましたが、今年に入ってからば演習で米軍部隊を打ち負かしたほどドローン戦術が卓越してきたウクライナ軍にイニシアチブを握られるようになり、最前線こそ侵攻を続けているものの、南部地域では一部領土を奪還されているほかロシア本土にもほぼ毎日のように空襲を仕掛けられるなど明らかにロシアの劣勢へと転換してきています。
 またロシア国内の兵員不足も顕著となってもはやこれ以上補充できないところまで来ており、今後よほど革命的な戦術転換や新兵器が登場しない限りはもうロシアに勝ち目はないでしょう。クリミアも兵糧攻めがかなり効いていると聞くし、一度制圧した領土からも今後撤退する事態も起きるような気がします。

 そうしたわけだから今回遠く択捉島までプーチンも出ざるを得なかったのでしょうが、これに対しある意味ロシアの思う壺というかなんか日本は無駄に自虐的な大騒ぎをしている気がします。領土外交の失敗だとか対応ミスなどと、そうした理屈や過去の積み重ねはあの国には無価値だと私は思うのですが、何となくロシア批判より日本政府批判の方が多い気がします。
 その日本政府も一応ロシアに対し抗議や批判をしていますが、もっと上手に皮肉交じりに批判する人はいないのかと内心呆れています。具体的には、

「領有権が不確定で不安だからわざわざ来たってことでしょ?」
「プーチンがくればロシア領土になるというのなら、ウクライナの最前線こそプーチンはいくべきなのでは?」
「日本政府総理も過去に何度もモスクワを訪れている」
「北方領土問題に手を付けるより、ウクライナ戦争をもっとどうにかしたらどうか?」
「自国の領土をわざわざ声高に宣言する首脳はいない。わざわざ訪問して領土宣言をする時点で、ロシアは北方領土に対する領有権が完全にあると思っていない証拠だ」
「ウクライナが大変だから、こういう無駄なことでもやらなきゃいけないほどプーチンは追い詰められている」

 といったような皮肉交じりな批判の一つでもしたら、かえってロシアのその後どんな態度を採るのかが楽しみになるのですが、あいにくそういうことをする首脳はいませんでした。ユーモアないなぁみんな。

 ただ今回自分がちょっと気になったのは、中国の態度でした。かつて中国は中露対立から「北方領土は日本のもの」という立場を採っていたのですが、今回は思い切りロシアの立場に立ちました。これを吉とみるか凶とみるかで言えば断然吉で、台湾問題にいろいろ口出しするなと中国は何度も言いますが、今後はこの件を引っ張り出して「お前前に北方領土に口出ししたよな」という口実を日本は得たような気がします。
 また同時に、ロシアと日本の領土問題に中国が口出しするメリットなんてほとんどないのですが、わざわざこうして口出しする当たりロシアに対し中国が過剰なまでに外交的にコミットしているのではないかと思いました。言い方変えると何も考えずにともかくロシアの見方に回ろうとしているようにも見え、外交的な冷静さがもはや見られません。希望的観測ですがこうした異常な肩入れはどっかで大きなミスを招くのではと思え、他人事なら外交大丈夫かと中国のことが今回逆に心配になってきました。

2026年8月17日月曜日

「NHKスペシャル 硫黄島の白い旗」から続いた偶然

・水木しげる「白い旗」を「NHKスペシャル」内でアニメ化 硫黄島の軍人を描く(コミックナタリー)

 昨夜NHKでは水木しげるの「白い旗」を基軸に、この作品でモデルとなった海軍士官らを追うドキュメンタリー番組が放映され、自分を含む全国の水木しげるファンはテレビの前で座視したことでしょう。まぁぶっちゃけていうと、放映日間違えてて8/17の今日に放映すると自分は勘違いしており、親父に呼ばれなきゃ見そびれていました。
 この番組についても語ってもいいのですが、この番組を見た後に何気なくネットの掲示板を見ていると、お盆だから祖父母などに聞いた戦争のことをみんなで語ろうというスレッドがあり、興味深く見ていました。その中で「あしたのジョー」でおなじみのちばてつや氏が現在、ビッグコミックで「ひねもすのたり日記」という漫画を連載しており、その中で現在の日々に織り交ぜながら満州から引き揚げてきたときの苦労話が書いてあるということを目にしました。

 実はこの時、DMMのセールで1万円以上購入すると15%オフになるというクーポンがあり、あらかじめ購入を予定していた本を全部足しても8000円くらいであと2000円くらい足りない状態にありました。上記の説明から「ひねもすのたり日記」に興味を持ち、試すのを兼ねて2巻までを購入リストに加えて無事1万円を突破したので、ほかの本と一緒に購入しました。
 でもって今日この漫画を読んでみたのですが、上記の説明の通りに老後の穏やかな日常に織り交ぜる形で満州での日々や、引き上げ後の子供時代の話がふんだんに盛り込まれていました。ただそれ以上に驚いたのは冒頭の話で、この連載を始めるのを年齢も年齢だからと渋っていたら、親族から「水木先生だって書いてるじゃん」といって、「わたしの日々」という漫画を手渡されるシーンが入っていました。このシーンを見てびっくりしたというか、実は「わたしの日々」も今回の購入リストに入っていました。

 「わたしの日々」は水木しげるの遺作と言っていい作品で、その最終回は便秘のところ看護婦に浣腸を刺されるところで終わるというのは前々から知っていました。しかしこれまでなんか購入するところには至らず、ほかの水木作品を優先して買っていたのですが、今回たまたままとめ買いの購入リストにあらかじめ入れており、期せずして「ひねもすのたり日記」と一緒に購入していました。
 なお「ひねもすのたり日記」は連載開始のいきさつを書いた次の回で、水木が亡くなった当時の心境についてちばてつや氏も漫画化しています。さいとたかをのパーティでの元気そうな姿から突然の訃報に驚くさまが描かれてあって、この時点でなんか「白い旗」から色々続くなと感じていました。

 その後も読み進めていくと、満州引き上げの直前にちば四兄弟の末弟が混乱の中で生まれたエピソードが書かれてあるのですが、これを見て、「あれ、もしかして七三太郎?」という言葉が口をつきました。
 七三太郎はちばてつや氏の末弟で、クレジットには出ていないもののちばてつや氏の作品の脚本に大きくかかわっていたとされています。またちばてつや氏以外の作品でも漫画原作者として活動し、こちらははっきりとそのペンネームがクレジットに乗っているのですが、実はそんな七三太郎作品も今回の購入リストに入っていました。

 その作品は「担ぎ屋どおも」で、自分が高校時代くらいに週刊誌で連載していたゴルフ漫画です。作画が「風のシルフィード」の本島幸久氏で、床屋とかで週刊誌を手にとっては読んでて印象に残っていたものの通しで読んだことは一度もなく、前から大人買いして読んでみたいなと思っていた作品でした。
 そのため今回の購入リストにあらかじめ入れていたのですが、マジで気づかなかったのですが長兄のちばてつや氏のエッセイ漫画と今回一緒に購入していました。若干こじつけめいていますが、なんか漫画つながりの偶然が昨日今日で異様に重なったことに自分もマジビビっています(;´・ω・)

2026年8月15日土曜日

マジでセブンイレブンに行かなくなってきた


 上の記事は痛いニュースでも取り上げられていましたが、自分も至極同感というか納得感ある記事でした。実際にうちから一番近いのはセブンイレブンなのですが、敢えてセブンに行かずより離れたファミマに通うようになってきました。
 セブンを忌避する最大の理由はほかならぬレジで、説明不要でしょうがあの支払方法をいちいち押したうえで細かい操作が強要されるあのレジに触りたくないというのが偽らざる本心です。私自身が操作しなくても前に決済する人がいたらあのレジのせいで流れが悪く、決済時に待つことも多くなるように思えます。

 このレジ問題が一番というのは変わりありませんが、もう一つ大きな理由としてセブンイレブンの食品の味に辟易しているというのもあります。以前から書いていますが今回日本で滞在していて一番マジビビっているのはその食品の味の濃さで、関西地方なんかは元々薄味がベースなので自分の舌にも会っていたのですが、関東地方においてはどの飲食店に行っても味が濃すぎてびっくりしています。なんていうか、舌だけでしか味わっておらず香りというか鼻の嗅覚による味わいを忘れているように見えます。
 この濃い味問題はセブンにも当てはまっており、おにぎりやサンドイッチなどでもまずくはないけど味が濃すぎて、素直においしいと感じられない食品が多いように思います。まぁこれはコンビニという業態を考えたらどこも同じでそんな大差はないだろうと思っていたのですが、先日ファミマでサンドイッチ食べたらそうでもなく、濃いっちゃ濃いけどセブンほどではなくてこっちはおいしいと感じられました。

 元々、コンビニの食品ではかねてよりセブンが開発力で上とみられており、私の認識もその通りでした。しかし近年、上の記事にもある通りセブン初のヒット商品もなければ新規サービスもなく、シェアでは依然トップではあるもののやはりその勢いの低下ぶりは目に余ります。

 コンビニビッグ3の中で現況、やはり一番安定しているとみられるのはファミマです。商品ラインナップはそこそこで無駄なレジもありません。もう大分前ですがファミマ工法に電話取材掛けた時、こっちが聞きたかった回答を適切にくれる広報社員のあまりの優秀さにこれから伸びると感じましたが、実際その予想の通りになってきている気がします。
 もう一方のローソンに関しては、現在商品開発力で言えばここがトップだという気がします。中国では家から一番近く店長と仲が良くて一番通っているのですが、新商品の投入ペースが最も早く、また季節ごとのオリジナル商品も多くて飽きがこないです。ただ敢えてここの欠点を言えば、デザインセンスが絶望的であるという点です。


 同じジェイキャストの記事を引用すると、少し前ですがセルフで注ぐコーヒーカップの真ん中にでっかくLAWSONの「L」と記載し、Lサイズカップと誤解する人が続出した事件を起こしています。これ以前の2020年にも、ユニバーサルデザインを謳ったプライベートブランド商品のデザインの見分け辛さが問題となって差し替えられていたことがあり、なんかローソンに関しては定期的にパッケージデザインで問題を起こしている印象があります。
 こんな紛らわしいデザインを出すデザイナーもデザイナーですが、内部にこれで承認する人間が居るということが一番疑問です。まぁそれでもセブンより今はマシって気がしますが。

2026年8月14日金曜日

昨日の千葉県豪雨

 昨日、千葉県北西部を中心に史上初となるレベル5の大雨洪水警報が出ました。千葉県北西部というと松戸戦士である自分(本当は流山市民)がまさに住んでいるエリアで、昨日も一日中家で仕事してたからリアルタイムでその状況を見てたりしました。
 自分の目線で語ると、3時くらいまでは雨が降ったりやんだりを繰り返し、午前10時ごろなんかは強い日差しも出ていました。ただ一昨日に台風が通常とは逆コースで通過しており、本来なら台風一過で晴れ間が出やすいものの今回は逆コースであり、また関東から東側の太平洋には別の台風が発生していたことから、むしろ通常とは逆に天気が荒れるのではないかという見立ては立てていました。

 にもかかわらず何故か、「新松戸のイオンにあるバーガーキング食べに行こうぜ(・∀・)」とうちの親父を誘い、夕方5時ごろに新松戸のイオンへと向かいました。ちなみにこの時間帯は既にヤバいくらいの豪雨でした。
 早速街に出ると、全道路ではなかったものの起伏のある場所なんかではすでに冠水が始まっていました。とはいえ降ったりやんだりが続いていたのでこの豪雨も長くは続かないだろうと思ってそのまま新松戸に行きましたが、新松戸駅前の流山鉄道が通る高架下のトンネルは避けました。あそこはこの辺で一番冠水しやすいエリアで、確実に通行不能と予想していたからです。

 そんなかんだで途中で水をこぐように進みながらイオン(ダイエー)着いてバーガーキング食べてきましたが、本当の戦いはそれからでした。夕食中も予想と違って雨は降り続け、これ以上降らないうちに帰ろうとしましたが既に多くの道路は水が溢れ、最初通ってきた道も水かさが増していました。特に新松戸のけやき通りの流山寄りのところはかなり深くなっており、横で親父が車が止まらんか焦りながら運転してました。
 そうした状態でもあり行きとは違って江戸川方面にある県道に出てから帰宅するルートを取りましたが、結論から言えばこの判断は正解でした。県道では一切冠水しておらず、それまでの苦労とは打って変わって問題なく家までたどり着くことができました。逆に帰宅後にベランダから見たら、反対側のルートはかなり冠水してたので行きと同じルートだったらヤバかったかもしれません。

 そして今日、平日で少し安いので朝から漫画喫茶(馬橋の快活クラブ)へと出かけましたが、行きしなに道路上にたくさん動かぬ車を見かけました。恐らく昨日の冠水により故障した車とみられ、特に自分らも苦しんだけやき通りに沿いには4台も静止していました。自分たちが通った6時前後にはこうした止まった車を見なかったことを考えると、冠水のピークはそれ以降の時間帯だったのだとみられます。
 改めて昨日はかなり紙一重だったと思うと同時に、大雨の日にバーガーキング行くのはもうやめようと心に誓いました。まぁイオンの中にあるバーガーキング、ゴミ箱満杯なまま放置してたのも気になったし。

2026年8月12日水曜日

中華料理屋が増えてない?

 最近街中を歩いていてとみに思うこととして、なんかやたらあちこちで中華料理屋が増えている気がします。ここでいう中華料理屋とはラーメン屋ではなくラーメン以外に麻婆豆腐とかを提供するお店を指しますが、なんかどこ行っても比較的外装のきれいな中華料理屋があちこちにある気がします。

 増えている背景としては去年流行ったという麻辣湯ブームが一つの影響になったと思いますが、恐らくこれ以外にも要因があって増えているのではないかと思います。敢えて推測で言えば中華料理は日本にもかねてから普及していてほかのエスニック料理に比べ認知度が高く、またボリュームのある料理が多いのもこのところ人気を得ている要因に見えます。食材も、日本国内ならほとんど手に入るし。

 その上で予想として述べると、今後麻辣湯とは異なるまた別の中華料理が何かしらブームになるかもしれません。個人的には辣子鶏あたりが日本ではやや認知度が低いのと、つまみに食べるのにちょうどいいから何かきっかけがあれば一気に人気出る気がします。あと餃子も、日本の餃子と比べるとやっぱ中国の餃子の方が種類が圧倒的に多く、まだ認知されていない種類の餃子辺りが何かの拍子に流行るかもしれません。

 なお今朝見た記事では麻辣湯にかわりビャンビャン麺が流行りつつあるというニュースを見ましたが、自分は日本だと汁なしつけ麺はあんまり流行らない傾向があると考えており、ビャンビャン麺はそうは簡単には来ないとみています。自分もたまに食べたくなるけど、結構特徴的な味と食感しているから1週間おきには食べられないし。
 あと自分が中国で一番食べているものを挙げるとしたら、何気にマクドナルドだったりします。

2026年8月11日火曜日

レアアースよりも中国が禁輸してきたらヤバい物

・住宅業界、ナフサ不足で明暗 大手は戸数伸び・中小工務店は倒産増加(日経新聞)

 一時期は毎日のように報じられたナフサ不足油地獄ですが最近トンと耳にしなくなったので状況はどうなっているのか軽く調べたら、どうやらまだ不足状況が続いているようで、特に住宅建築業界で強く影響が残っている模様です。イラン戦争の開戦時、政府を含め日本は原油をどう確保するかが大きな焦点となってその調達に急ぎましたが、原油以上にその派生品のナフサの方が不足するという事態を恐らく誰も予想していなかったでしょう。
 ただ今回のナフサ不足を見て思ったこととして、仮に中国が日本に対し建材の輸出を止めたら、正直レアアースなんかよりも社会のダメージがでかいのではないかという気がしてきました。

 前述の通りナフサはプラスチックなどの原料として使われ、特にバスタブをはじめとする建材はナフサがないと全く仕事にならないそうです。そして建材が不足すると、たとえ一つの建材といえでも住宅工事が全部ストップすると言われ、たった一つの建材を止めるだけで最大の苦痛を与えられたりします。
 で、その建材ですが実のところ日本は中国にかなり依存しています。代表的なのは便器で、TOTOなんかももはや日本国内ではほぼ生産せず、中国で生産したものを日本に持ってきて供給しており、かつての上海ロックダウンの時なんかも調達できず各地で住宅工事を止めていたという報道を見ています。

 便器に限らず、聞いてる限りだとかなり多くの建材を日本は中国からの輸入に頼っていると聞きます。実際分かるというか、中国はこれまで不動産ブームで住宅や商業施設の建設がヤバいくらい活発で、建材メーカーの立場に立つなら中国現地で生産する方が原価も抑えられるうえに中国国内にも供給、販売できるのだから、日本で生産なんかしていられる場合じゃないでしょう。
 一例を出すと、建材とは違いますがエレベーターは一時期、中国だけで世界の供給量の半分を占めていた時期があったそうで、多分この比率は今もあんま変わらないと思います。

 ここで話を戻すと、仮に中国が環境問題とか国内供給を理由に日本への建材輸出を急に止めてきたらどうなるのか。恐らくガチで建設業界は一瞬でストップし、工事も何もかも止まる恐れがあります。誇張抜きで、日本の建設業界を一撃で潰しそうです。その影響はレアアースなんかよりでかくなるのではないかと思え、マジでレアアースなんかよりも大体供給先、または国内生産回帰を政府主導で進めた方がいいのではないかと今日ふと思いました。

2026年8月10日月曜日

人権教育に意味あるの?

 前回記事で小学館のマンガワン問題に関する報告書の感想を述べましたが、多分私だけだと思うけどあの報告書の「人権意識が足りなかった」という結論には正直疑問を持ちます。というのも人権意識といいますがこれは教育とかで高まるものではなくどちらかと言えば社会の価値観に左右されるものであり、組織として内部人員にあれこれ教育したところで、社会の常識がその基準に至っていなければ多分誰も守らないと思うからです。

 一例を挙げると、セクハラパワハラの概念は昭和時代になく、平成初期も非常に薄いものがありました。漫画とかの中でもおっさん社員が女性の尻をなでるシーンは当たり前のようにありましたが、今現在ではそのようなシーンは「ToLoveる」をはじめとするお色気漫画にしか存在しません。まぁ「ToLoveる」も大分古いけど。
 このような描写の減少は漫画出版社が人権教育を高めた結果というよりは、日本社会全体で女性に対する性的接触はよくないという概念の普及によるものだと断言できます。ここで重要な点は、社会の常識を上回るレベルまで人権意識を教育で高めることはできず、その逆もほぼ然りという点です。

 前述の通りセクハラパワハラの類は今ではやっちゃいけないし、やったら社会的制裁を受ける暗黙の了解が存在します。ではそれ以上の基準、セクハラパワハラ以上に高次な人権的対応や意識を持てるかと言ったら多分持つことはできません。逆に人権意識が低い所ではセクハラパワハラが横行しているかと言ったら、まぁぶっちゃけ横行している企業はたくさんあるっちゃありますが、そういう組織の人員に人権教育いたところで何か変わるかと言ったら多分何も変わらないと思います。
 なぜならそういった組織が置かれている環境ではそれらセクハラパワハラは悪いことではなく、何にもとがめられない一般的行為だからです。これがもし咎められる行為となる場合、具体的には事案があれば指名や取引停止にまで発展するのであれば改める可能性もあるでしょうが、そうじゃなければ多分辞めないでしょう。

 こんな具合で法律で明確に禁止して刑事罰などが設けられている場合を除けば、社会的制裁がなければ案外誰も高い人権意識をもって行動に移すことはないと私は考えています。そもそも人間は自らが自らを定義するのではなく、ほかの人を含む周囲の環境によって定義され、その性格や行動も変化させる存在です。確かに教育も外部からの働き掛けによるものですが、周辺環境がその教育が求める水準に達していなければすぐ周囲の基準に合わせてしまうでしょう。ましてや人権への配慮など面倒で手間のかかるものであれば尚更です。

 なので今回の小学館も「こういうことはだめですよー」と言っても、それが禁止を裏付ける罰が規定されていなければ多分誰も守ることはないというわけです。そもそも誰が問題ある原作者の連載開始を決定したのかという意思決定根拠すら残さず、責任忌避の余地が多大にある組織では人権意識なんてない物ねだりもいい所です。なので私はあの事件に関しては人権云々以前にガバナンスの問題で、意思決定プロセスや責任配分をはっきりさせなきゃだめだろうと言ったわけです。

 人権教育そのものが全く無価値ではないと私は思いますが、私は人権以上に経済的合理性を追求する方が従業員の不祥事リスクを下げ、経営安定に結びつくものだと思います。具体的には問題ある原作者を採用し、それがバレることによるリスクをきちんと計算出来ていたら、こんなことには小学館はならなかったでしょう。組織としての利益追求姿勢、そして従業員が保身のため逸脱しないかを見張る体制の欠如こそが、今回の問題の核心でしょう。

2026年8月8日土曜日

小学館のマンガワン問題の調査報告書を読んだ見解


 平日はマジで仕事でずっと忙しく、夜もそのストレス抜くために必死でゲームし続けているため、例の小学館が出したマンガワン問題の報告書を読むのも今日まで遅れてしまいました。この報告書ですがてっきり、作者が性犯罪者だった「常人仮面」問題だけ取り扱っているのかと思っていましたが、同時期に連鎖的に暴露されたマツキタツヤの別ペンネームによる連載問題、週刊ポスト編集者のセクハラ問題も一緒に調査報告されていました。

 はっきり言えばあまりいい報告書だとは思えません。編集上では既述内容を引用する際にしょっちゅう「上記(1)イ(イ)c」などとどこやねんと言いたくなるような章付けをしていて単純に読みづらいです。自分ならこれ「2-4(A)」などとハイフンつなぎの数字+アルファベット、または「2-2-3-1」などすべてハイフンつなぎの数字で章の構成を表示します。また小学館組織や関係者の在任期間などをまとめた第2章も、自分なら別添または付録形式で末尾にもっていきます。日本語文章自体はまだ読みやすさはあるものの、まとめ方がやたら下手だと強く感じました。
 あと評価結論に関してもやたら「人権」という言葉を使って人権教育や意識が足りないなどと指摘していますが、私は今回の問題の根本的原因は人権意識ではなく統制ことガバナンスにあると考えています。そもそも人権意識なんてものはいくら教育機会を設けようが全社員に徹底させるのは不可能だと思うし、社内よりも社会の意識程度に左右される幅が大きく、人権講座を社内で設けても何の対策にもならないと思っています。

 それで話を本題に戻すと、問題の詳細は割愛しますがまず「常人仮面」問題に関しては当初の見込み通り、性犯罪を犯した漫画家の直接の担当編集者(報告書中の「G」)が一番問題と責任があると感じます。問題発覚時の編集長に関して敬意を見る限りこの漫画家がどんな問題を抱えていたかを知っていたとは思えず、起用に関しては前編集長、前々編集長にこそ責任があるように見えました。
 問題発覚時の小学館及びその編集部門の対応は比較的迅速だったし常識的だったと思え、逆を言えば末端の人間であるGに問題があり過ぎて、こいつさえこの世にいなければ小学館は何も失うことはなかったと断言できます。

 以前から主張していますが、問題の根本的原因をなくして再発を防ぐにはやはりこのGを切ることが最善手で間違いありません。一応「人権侵害等に関する再発防止策」にて「従業員の責任に関しては、就業規則に基づき厳格な対応をとります。」と書いてはいますが、このGに関しては問題発覚直後にも果断に解雇するのが普通の企業の対応である気がします。確実を期すとしても、一旦は謹慎処分とし報告書の完成後に解雇するのが常道だと思うのですが、Gの処分内容を未だ発表していない点で小学館はやはりちょっとおかしい組織だと思わざるを得ません。

 その上で先ほどこの問題の根幹は人権とかではなくガバナンスだと言いましたが、その根拠は連載起用の判断を下した責任者がはっきりしないし、性犯罪という問題を抱えていることがきちんと法務や役員まで報告されていなかったからです。報告書によると問題の漫画家がペンネームを変えて別の連載を立ち上げる際、当時のマンガワン編集部では編集長の交代引継ぎ中で、現在からみて前編集長、前々編集長がどちらも、

「起用の最終判断を下したのは自分ではない」
「向こうが起用を決めたと思っていた」

 などと、如何にも現場猫的な無責任な証言を調査に対して行っています。もしかしたらどっちかが保身のため嘘をついている可能性がありますが、少なくとも起用の最終判断を裏付ける証跡なり文書が残されておらず、また上位部門である編集部門も作家の起用や連載開始の決定は担当編集部に一任しているとのことで、承認システムや報告ライン、そして記録管理の面でこの組織は本当に杜撰だという印象を受けました。
 また担当編集であったGは問題の漫画家が性犯罪事件を起こし、訴訟も抱え、その行為の内容について被害者からの訴えも直接受けていたにもかかわらず法務部などへ積極的に報告しておらず、むしろその行動経緯を見ている限りだと、なるべく連載開始にもっていこうと敢えて詳細を隠していた節すら感じました。調査での証言も保身に走った内容が多く、こうした人間が混ざりこんでも承認システムでカバーするシステムがなかったということが本件の最大の問題点であると私には思います。

 以上が「常人仮面」問題の感想で、もう一つのマツキタツヤの別ペンネームでの連載問題についても以下に書きます。

 報告書によるとマツキタツヤに関しては本人も編集部も過去の性犯罪については被害者と示談が済み、執行猶予も終えたことから禊は済んだと思い、ずっと追放し続けるのもよくないとの判断から新連載を開始したとのことです。また「常人仮面」の件とは異なり、作画担当には原作を担当するマツキタツヤがどういう人物であるかをあらかじめ説明していたとのことで、ここまでの対応や判断に関しては私も理解できなくもなく、特段問題もない気がします。

 ただマツキタツヤが連載開始に当たり、ペンネームを変更した判断に関しては正直理解に苦しみます。連載開始前に小学館側が「マツキタツヤ」名義で連載してはと提案したのに対しマツキタツヤ本人が、「自分が元のペンネームで再び連載をしているのを見たら被害者を精神的に苦しめることになるのでは」ということを理由に、ペンネーム変更を決めたとしています。問題はこの後で、「仮に改名後のペンネームでもその正体がマツキタツヤだと指摘する声が出たとしても、自らは認めず、しらばっくれてれば特に問題はない」と考えていたそうです。
 個人的意見ですが、仮に自分が被害者だったとした場合、自分を傷つけた人間が何の連絡もなく(実際、マツキタツヤも編集部も被害者に連載開始を伝えていない)別名でまた連載していることを知ったら、ちゃんと謝罪文を出しながら元のペンネームで連載をするよりも余計気分が悪い気がします。また本人がいくら反省したと言っていても別人の振りして同じ仕事していたら疑うのが当然で、被害者を傷つけないためのペンネーム変更という主張も本気かどうかわからないし、むしろ保身に走っているようにしか見えません。
 少なくとも言えることとしては、マツキタツヤのこのペンネーム変更は、被害者と読者を明確に欺く行為であったことは揺るがぬ事実でしょう。

 その上でマツキタツヤの被害者を慮っての判断という主張を信じるとしても、前述の通り「この原作者はマツキタツヤではないか?」という指摘が出ても認めなければ問題はないとした彼の判断は私には理解できません。
 というのも身バレした場合に小学館、作画担当が受ける評判への影響(レピュテーションリスク)は計り知れないと簡単に予想できるからです。実際に、「常人仮面」の問題と重なった点もありますが、このペンネームを変更して連載していたという事実がバレて大事となってなり、連載も打ち切られる結果となっています。
 そのためマツキタツヤのこの「しらばっくれてればいい」という判断は、そのリスクや影響度合いを考えるとあまりにも浅いし幼過ぎるように思え、またそれを認めて連載開始を決めた小学館側もリスク予測がザル過ぎて「仕事舐めてない?」と問いたくなるレベルです。言い方悪いが、関係者全員があまりにも幼稚過ぎる。

 以上から、なんか調査報告書は初めから「人権ガー」っていう結論にもっていこうとしているようにみえ、実際にその通りに報告してきていますが、私に言わせれば意思決定、承認システムの不備こそが小学館の最大の問題点で、人権どうこうを議論してもなんも意味ない気がします。この報告書を受けて再発防止策とか人権委員会を立ち上げると小学館言っていますが、なんか対策が的外れに見え、そう遠くない内にまた何か統制問題を引き起こす気がしてなりません。

 人権に対する意識を否定するつもりはないですが、私は人権という概念は組織に何の改善ももたらさないと考えています。前述の通り、人権に対する考え方は組織風土や制度以上に社会の認識に左右されることが多く、時代によってセクハラが問題となるかも簡単に変わるからです。
 今回のマンガワンの問題に関しては爆弾抱えた人物の連載開始に対する事前リスク予測が的外れだったのと、また実際に開始するまでの意思決定、審査、承認システムがきちんと働かなかったことが原因であるようにしか見えず、この点に報告書はあまりフォーカスしているように見えないため、冒頭にも書いたようにあまり質のいい報告書に見えないと思えました。

2026年8月7日金曜日

スパイダーマン・ブランニューデイを見てきた

 一昨日の話ですがスパイダーマンの最新作となる「ブランニューデイ」を見てきました。狙ったわけじゃなかったけど水曜なので映画料金が少し安くて得したのと、夕方5時からの回だったので割と席は空いてました。と言っても、自分が普段上海で朝一で見る映画の観客は自分を含めていつも二、三人なので、それと比べるとかなり混んでる印象ではありましたが。
 それで映画の感想ですが、結論から言うと前作の「ノーウェイホーム」を超えることはないものの面白いが、ぶっちゃけスパイダーマンというよりピーター・パーカーの映画に見えました。

・【レビュー】『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』歴代最高傑作か?あえて「描かない」ことで広げた世界観(Joshua Connolly)

 映画を見終わった後に見たのが上の批評でしたが、自分が思ったことを全部描いてくれていたのでこれで満足し、ほかの批評は一切見ず終わりました。それだけよく書けているので正直、上の記事見てくれた方が早いような気がするのですが、少しだけ補足することとします。

 まずアクションに関しては日本のしょっぱい映画と比べるとやはり段違いによく、特に終盤の忍者軍団との戦闘は見事なものでした。狭い空間でいかにもスパイダーマンらしい戦い方を見せてくれています。
 一方、ストーリーに関しては上にも書いた通り、正直スパイダーマンの映画というよりかはその中の人ことピーター・パーカーの物語であるように思え、スパイダーマンの映画を見た気があまりしませんでした。実際この作品はスパイダーマンとして悩むピーター・パーカーではなく、ピーター・パーカー自身が人として思い悩み行動する映画であるように見え、上の記事の人同様にあまりヒーロー物の映画であるように感じませんでした。むしろ、一緒に出てきたパニッシャーの方がヒーロー要素が強かった気すらします。

 もちろんそのような構成でも悪くはないのですが、前作の「ノーウェイホーム」が歴代スパイダーマン勢ぞろいという反則級の手段に出てきたせいもあり、日本で仮面ライダー大集合的なヒーロー物として異様な大作であったことからどうしても今作と比べることとなってしまい、さすがに前作を超えることは無理だろうと初めからわかってはいたものの、かといって次作に対する期待感を大きく持たせてもらえるような終わり方でもなかったため、見終わったときは「まぁこんなもんかな」的な満足感で終わりました。
 もっとも、本作の最大のカタルシスは多分自分以外の人にとっても最後の最後のラストシーンであると思います。あの最後のシーンは多分これまでトムホ版スパイダーマンを追いかけてきた人にとって一番待ち望んでいたシーンであり、あれを見るためだけにこの映画を見る価値があるでしょう。逆を言えば、あのシーンもあってヒロインが若干空気となっている気もします。

 あと、先ほどは次作に対する期待感は大きく持てないとは書きましたが、それはスパイダーマンに限る話で、マーブル映画全体で言えば「え、次は誰出してくんの?」という疑心暗鬼のような期待感は持たせられました。それというのもネタバレを回避して書くと、今回の悪役が名前を読み上げられるところで「え、マジ?(;´・ω・)」と思わざるを得ないビッグネームで、この人の参戦で今後どうなるか一気に読めなくなったからです。それだけインパクトあるキャラが本作ではいきなり登場してきます。
 ちなみに「V-Max」という単語を聞いてレイズナーを思い浮かべたのは自分以外にもきっといると信じています。

 なお中国人の友人も何故か日本より公開が早かったため先々週に既に見ていて、自分が見終わった後に感想を言い合ったのですが、「スパイダーマンはいいけどマーブル映画は最近ダメだよね。次の期待作は『オデュッセイ』かな(´・ω・)」と言っていたので、「話の元のオデッセイは中国で言えば『封神演義』だよね」と言ったら、「めっちゃ的確( ゚Д゚)」とやたら褒めてくれました。
 実際、オデッセイも封神演義も実際の史実をベースに神々や仙人が介入するというファンタジーとなっているので、とっさに出たとはいえいい例え方でした。っていうか映画の「オデュッセイ」にスパイダーマンの主人公とヒロインの夫婦が二人とも出演してくるの笑える。

2026年8月5日水曜日

奈良のコイン式日本酒試飲機

 今日あたりから少し暑くなりましたが、昨日一昨日と関東は冷房効かせているのかと思うくらい涼しく、よく眠れたことからなんか今元気です。土曜の朝は物凄い湿気で暑かったと記憶しているのですが、日曜の夕方に戻ってきたら新幹線の中より涼しいんじゃないかと思うくらいの気温でびっくりしました。
 そんなわけで土曜の朝から日曜の夕方まで、例によってまた関西地方に行っていました。日曜は例の奈良おじさんと合流して奈良公園を歩いたりしたのですが、当日の奈良の気温と湿気は半端じゃなく、普通に露天で歩いたらまずいと考え奈良公園の木陰道を歩いていました。

 なお木陰道を越えた先に志賀直哉が住んでいた屋敷があってみてきたのですが、途中で道教えてくれたおばあさんが聞いてもないのに「モンベルの社長の家はあそこですよ」と教えてくれました。そのおばあさんが教えてくれる前からも奈良おじさんが「モンベルの社長の家はこの近くや」と度々発言しており、なんか奈良の住民の自慢の種になっているような気がします。
 そんな具合で楽しく散策していたもののやはり暑く、お昼前に休憩がてらで「なら和み館」という施設に入ったのですが、そこでちょっと面白いものを見つけました。
 

 それがこの上の写真。なんとこれ、コインを入れることでボックスの中に入っている日本酒を一口試飲できる機械です。敢えてなづけるなら見出しに入れたコイン式日本酒試飲機といったところでしょう。

 仕組みを説明すると店員にお金払うとコインがもらえ、そのコイン1枚につきお猪口一杯分の日本酒がボタンを押すと出てくるという仕組みです。コインさえもらえばいちいち店員に言って酒を注いでもらう必要はなく、またいろんな銘柄を楽しめるということで唯一酒が飲める奈良おじさんが喜んで使っていました。
 なおその奈良おじさん曰く、お酒の販売所でも試飲はできるが何度ももらっていると段々お店に対して罪悪感を持つが、ここならお金払ってるので気兼ねなく試飲できると上機嫌でした。値段は確か200円で1コイン、550円で3コイン、1000円で6コインという風に設定されています。

 自分としてもこの機械の仕組みは面白く、それこそ値段を少し引き上げて試飲と言わずコップ一杯分で提供するのもありなのではないかと思います。いろんな銘柄のお酒をセルフで好きに飲める形なら面白がる人いっぱいいると思うし、また写真のように入れることでお酒も普通に次ぐより劣化し辛いようにも見えます。

 あと今回初めて気が付きましたが、奈良の日本酒はそれほど有名ではありませんが酒蔵は結構多く、銘柄も意外に多かったりします。奈良おじさん曰く、「日本酒は奈良が発祥なんや」と真偽の怪しい主張もしてましたが、供給力的には全国に流通させられる酒蔵はなく、奈良ではないと飲めない銘柄が多いそうです。酒が飲めないのでほかの地方の酒とどう違うかはわからないけど、この試飲機と銘柄の多さは将来武器になるのではないかと密かに見ています。

2026年8月3日月曜日

小学館のマンガワン問題報告書


 大分時間が経って風化しかけてた小学館の漫画ワン問題ですが、どうも今日第三者委員会の報告が出たそうです。ちょっと時間なくて報告書内容は読めてないのですが結論は小学館が悪いとのことで、こんな小学生でもわかる結論出すために安くない金額と長い時間かけてる時点で呆れます。
 まぁ小学館の狙いは、第三者委員会調査を入れることで時間を稼いで一時的に風化させることにあったので、目的はほぼ達成されていますが。

 この第三者委員会ですが成否がはっきりしない、例えばリュウとケンのどちらが強いかなど判定の難しい問題を担当させたりするのには大賛成ですが、今回の小学館のように結論がはっきりしている問題を調査、判定させるというのは茶番もいい所でしょう。はっきり言えば小学館の役員連中はこの程度の正邪すら判断できないというのであれば今後もトチ狂った決断を下すリスクが高いと言わざるを得ず、第三者に調査を依頼した事実をもって即刻退任すべきじゃないかと思います。こうはっきり言えるくらい、もはや一般的判断すら久我瀬ないほど人として劣ると私は思います。

 あとこの問題で一番肝心なのは、問題の漫画家を連載させた担当、そして編集長の処分はどうしたかという点です。編集長に関しては連載を決断をしたのは確か前任者だったというような報道があったと記憶していますが、組織としてみるなら直接的責任は負わずとも管理責任を問うのが当然で、最低でも降格、もし事実を知っていたというのなら更迭または解雇もやむを得ないのではないかと思います。共同通信なら間違いなく更迭してるでしょうし。
 この辺、明日辺り報告書読んで編集長は事実を知っていたかを読み込んでみようかと思いますが、これも逆を言えばこの点について第三者報告書がノータッチだったらこの調査そのものがいい加減だったということになるでしょう。

2026年8月2日日曜日

日米の円買い介入について

 すでに報じられている通り、先週金曜の日本での取引終了後辺りから日米が市場への共同介入を行い、円高方向へ誘導する円買い介入を行ったとみられています。それまでの1米ドル160円超は確かに異常な水準で、また以前に日本政府が単独で介入しても157円くらいまでしか上がらず、その後また戻ったことを考えると今回の共同介入は自分としても歓迎したいものです。
 内心、米国も共同で介入してくれるとは思っていたなかったのでうれしい誤算のようなものを感じています。やはり米国側も米ドル高が続くことを望んでいなかったようで、仮にそうだとしたらこの共同介入は日米双方にメリットのあるもので波風も立たず、またこれにより日銀の利上げにも追い風となり、このまま利上げを実施して不動産をはじめとする物価高騰に歯止めがかかることを期待しています。

 という風に優等生めいたコメントはいれましたが、個人的に一番気になるのは明日の列車です。なんか電車に飛び込むFXトレーダーが続出しそうで、フルリモートなので自分は影響ないですがもし通勤する立場ならいつもより早く出勤していた気がします。
 このほか個人的に思うこととして、かなり市場に影響を与える市場介入にもかかわらずネットの報道を見ているとあんまり解説なり分析する記事が出ておらず、なんじゃこりゃとかなり疑問を持ちました。もしかしたら自分が見ていない日経新聞なんかではいろいろ解説していたのかもしれませんが、これだけのインパクトあるニュースをどこも積極的に解説しないというのは日本の知性にかなり疑問を持つレベルであり、今後こうした議論を深めるような人がもっと出てほしいと願っています。