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2014年12月30日火曜日

西安の旅行記


 知ってる人には早いですが先週土曜から昨日の月曜までの三日間、友人の上海忍者と共に中国の陝西省西安市に旅行に行ってきました。なんでこの時期にここに来たのかというと、西安に留学中の後輩が来月にも留学を終えて帰っちゃうので、そんならはよ行かんとと思って上海忍者に航空券からホテルの手配まで全部やらせて(結構得意そう)矢も盾もたまらず行ってきました。

 西安市とは昔の名前で言えば長安市で、前漢や唐の時代にはここに首都が置かれた古都です。それだけあって市内各所には押しも押されぬ歴史的観光地が数多くあり、また外国人観光客も多いことから最寄りの咸陽空港には国際線の発着便が充実しているなど、文字通り観光都市というイメージを強く受けました。
 市政府もそうした観光産業を強く打ち出している向きがあり、空港から市内へのリムジンバスも充実していればしないから兵馬俑など周辺の観光地へ向かう公共バスもルート別に数多く用意されており、またその添乗員らも何時にどこそこを出発するかやお得な入場割引などの制度も熟知しており、ことサービス産業に関してはなかなかの気構えを持って臨んでいるように感じられます。


 上の写真は言うまでもなく兵馬俑でこの写真で見ると対比が難しいですが、左右の端にある小っちゃい黒い影が人間であることを意識すると如何に巨大な遺跡であるかが少しはわかるのではないかと思います。実際いってみて自分も圧倒されましたがよくもこんな巨大な遺跡を発掘した(発掘作業は現在も続いている)物だと思うと同時に、重機もない古代にこんな巨大なものを作るなんて、一体中国はどうして昔から労働力というか人口が豊富なんだと思い知らされました。

 なお写真の遺跡は一号坑で、このほかにも二号坑と三号坑があり、この三つの坑全てで阿発掘作業は完了しておらず、私たちの見ている横でも発掘員がなにかしら動いていました。あとこの兵馬俑は1970年代に井戸を掘っていた農民が見つけて届け出たことにより日の目を浴びましたが、この時発見した農民二人はまだ生きており、この兵馬俑に併設されている博物館に行くとたまに入り口前に座ってて彼らの本を買うとその場でサインしてくれます。そんな情報を後輩に聞いてから博物館に行ったらたまたまその発見者が来ており、お昼時だったので椅子に座ってカップラーメンを食べてました。ちなみに本は200元(約4000円)もしたので買いませんでした。

 このほか写真には撮りませんでしたが気に入った観光地としては華清池という温泉のわき出る保養地があり、ここには日本人もやたら好きな楊貴妃がよく来ていたそうです。てっきり露天風呂っぽい跡地が小さく残ってるだけかと思ったら普通に宿泊施設付温泉保養地みたいなでかい観光地で、裸の楊貴妃の卑猥で巨大な像までそびえていました。上海忍者がやたらその像の胸を触れと薦めてきましたが自分は拒否しました。

 なおこの華清池は近年まで普通に保養地として使われており、日中戦争の最中にも蒋介石が訪れています。そしてこの華清池にいたところを張学良、楊虎城がクーデターを起こして蒋介石を捕縛、監禁し、中国共産党との和解を強制する、俗にいう西安事件の舞台にもなっています。
 この事件の痕跡が華清池には生々しく残っており、山を背にした建物の壁には銃撃によって空いた穴が無数に残っており、なかなかに見ごたえのある観光地です。ちなみに西安市内中心部にはこの時に張学良がいたという建物が残っており、「西安事件記念館」として博物館になっています。


 最後のこの写真ですが、これは市内を歩いている最中に友人が見つけた置物のお土産です。
 男三人揃って全員、「何やねんこれ!?(関西弁)」で叫びつつ、自分は買いませんでしたが上海忍者と後輩はちゃんと買っていきました。このお土産を買う際、友人らはこっちの買い物に当たっては一般的な値切り交渉を土産物屋の親父と行いましたがその親父は、「この置物はもうライセンスがなくなってるためめったに手に入らない」などと言っては値下げ要求を跳ね除けようとしたものの、そもそもこんな物騒な構図の置物にライセンスもクソもあるかと言い返して45元(900円)のスタートから25元(500円)まで値下げさせました。

2014年12月25日木曜日

私的今年の十大ニュース

 昨夜はケンタッキーで中国人の友人に日本語を教えておりましたが、先に着いたので食事を終えて待ってたら、まだ私がご飯食べてないと勘違いした友人がファミリーセットを買い込んで持ってきたため、お互い腹一杯になるまで鶏肉をむさぼり食い続けたクリスマスイブの夜。
 話は本題に入りますが、年の暮ということもあるので今年起きた国内のニュースの中で個人的に印象に残ったニューストップテンをまとめておこうかと思います。なんでこんなことやろうって思ったのかっていうと、友人がこの前にビル・ゲイツが今年一番びっくりしたニュースを教えてくれのがきっかけです。そういうわけで早速ニュース十個を選びました。
 
<印象に残ったニューストップテン>
一位 STAP細胞騒動
二位 袴田事件再審決定
三位 朝日新聞の誤報問題
四位 チバットマン
五位 「笑っていいとも!」終了
六位 佐村河内、野々村などお騒がせ人物
七位 高倉健氏の逝去
八位 田中投手のメジャーでの活躍
九位 神戸女児殺害事件
十位 声優のアイコ昏睡強盗事件
 
 ひとつひとつ解説を行っていくと、まず一位については通年に渡って日本国内を騒がせた問題であることからこれ以外ないというくらいの気持ちで一位に置きました。感想についてはちょっと前の記事でもまとめているのでもうこれ以上は敢えて更には語りません。二位の袴田事件再審決定についてはそこそこ冤罪問題を過去に追っていることもあり、まさかこの事件で最新の光が当たるとは思っていなかっただけに強い衝撃を受けたのと、ここ十年くらいの期間で日本の裁判がここまで変わったのかといういい意味での驚きから強く印象に残りました。
 
 三位の朝日新聞の問題については従軍慰安婦問題で誤報を認め謝罪した点以上に、池上彰氏の朝日を批判するコラムを載せなかった問題の方が自分の中では大きく感じました。別に朝日に限ることじゃないけど、彼ら大手マスコミの「自分たちは批判するが、自分たちだけは批判されたくない」とでもいうような妙な倫理観を強く垣間見えたように思え、やはりというか認識の違いを強く感じた事件弟子亜t。これについてはまた今度、別の所との比較でちょっと取り上げるつもりだけど。
 
 五位の「笑っていいとも!」終了は一つの時代の終焉を強く感じさせる出来事と、その後番組の「バイキング」のどうでもよさが相まって見事ランクイン。六位のお騒がせ人物はある意味で一位のSTAP細胞騒動も含まれますが、一人ずつ取り上げてったらこいつらで全部ランキングが埋まる恐れがあったのでひとまとめにしました。
 七位の高倉健氏の逝去は中国でも大きく取り上げられるなど、かつての三船敏郎同様に海外での影響が大きな役者の死だった故にランクインしました。なお逝去直後のネットの声に、「この人の演技は下手だったが」というコメントが結構見られましたが、これには個人的に違和感を覚えました。確かに役者であれば演技が上手いに越したことはなく、その目で見れば高倉氏の役柄はどれも似たような寡黙なキャラで演技達者と言えるかと言ったら微妙な点です。しかし役者にはもう一つ「雰囲気」という要素が要求されるのであり、それこそオーラとも言うべきかただ画面に映っているだけで強い存在感が感じられるような雰囲気を持つ意味では、高倉氏は大した役者だったように思えます。逆を言うなら、現代の俳優はこうした雰囲気を持っている人がほとんどいないということの表れなのですが。
 
 八位の田中投手の活躍については開幕前からある程度予想していたものの、その予想以上の堂々としたピッチングぶりにはさすがマー君と、一体いつまで君付けで呼ばれるのだろうかと思いつつ唸らされました。マウンドでの活躍はもとよりも、試合後のインタビューも「メジャー選手なんて軽いね」なんていうような驕った発言はほとんど見られず、それでいて各試合の調子を自分の目線できちんと伝える姿勢には見ていて惚れ惚れしました。元々、デビュー一年目から受け答えが立派な選手でしたがこのところはますますよくなっているように見えます。
 九位の神戸女児殺害事件は事件の陰惨さもさることながら、遺体発見現場が自宅近くだったにもかかわらず長い時間発見することが出来なかったばかりか、容疑者の自宅に凶器が見つからないと発表してから数日後にすぐ血の跡のある包丁を見つけたと訂正するなど、兵庫県警の対応が見ていて非常に腹立たしかったです。尼崎の事件といい、元から兵庫県警は信用していませんでしたが今度の事件でもその不甲斐なさが発揮され、馬鹿は死ななきゃ治らないというのをきちんと証明してくれたように思えます。
 なお今年起きた陰惨な殺人事件では佐世保の女子高生が同級生を殺害し、バラバラにした事件もありましたが、私個人としてはこれはそんな印象には残りませんでした。というのも、世の中この女子高生みたいな人間の一人や二人くらいはいるよなって思ったからです。
 
 十位の「声優のアイコ」と名乗っていた容疑者の昏睡強盗事件にかんしては、監視カメラに映っていた控え目に言っても目立つ犯人の容姿、そして犯行の手口の時点でも面白い事件でしたが、それ以上に驚いたのは犯人が性同一障害を抱えており裁判でも自分は男だと主張した点です。自分を男だと認識しておきながら一体何故女の振り(?)して男たらしこみながら昏睡強盗していたのかいまいちよくわからない上、しかも裁判途中で実は妊娠していたという衝撃の事実と相まって何度も驚かされつつ色々気になった事件でした。あとネットの掲示板にあった、「(裁判で)容疑は否認するが、避妊はしなかったんだな」というツッコミが妙に面白く感じました。それと容疑者は今月、お腹の子を無事出産したようです。
 
 最後、敢えて飛ばした四位のチバットマンについてです。内心ではもっと上に上げてもいいかなと思いつつ中途半端な順位にしましたが、個人的に一番お気に入りのニュースは間違いなくこれです。最初に「千葉県内でバットマンのコスプレした人が走っている」というニュース文を読んだ際はまた変な人が出たのかと思いましたが、写真や映像で見てみたら思ってた以上に本格的で、しかもインタビューに答える中の人の声も低く渋いいい声で、「まんまバットマンやんけ」とそのバイクで走る姿には思わず見入ってしまいました。さらにはなんでこんなことをするのかというBBCなどからの問いに対して、「東日本大震災を受けて周囲の人を笑顔にさせたいため」と答え、また過剰な取材を受けることは本意でないとして途中から取材一切をすべて断るなどいろんな点でこんな人もいるのかと驚かされたニュースでした。
 最近取り上げられる回数は少なくなったものの日本に定着しつつあると見られる伊達直人運動と言い、こういうチバットマンのような人が日本にも出てきたということは素直に歓迎すべきことではないかと思います。たかがコスプレされどコスプレ、根底には周囲の人を楽しませようという奉仕心があるのであって、その気持ちを今後の日本社会がきちんと汲み取れるかが一つの試金石です。
 
 明日からまたしばらく家を空けるので更新を休みます。再開は恐らく次の月曜からです。

2014年12月23日火曜日

デフレはトヨタの賜物か

 
 目下の自動車業界のホットな話題となるとまず間違いなくタカタ問題ですが、私が個人的に気になる問題としては上記のようなトヨタの問題についてです。トヨタとくれば日本の稼ぎ頭といって間違いないのですが、その一方で今日の記事の結論でもありますが日本経済の最大の問題点であるデフレの主因ではないのか、そのような不信感を強く抱いています。
 
 トヨタは現在アベノミクスの追い風を受けて今年9月期の中間決算で過去最高益を記録するなど絶好調が続いています。しかし世間の景況感は未だ悪いままで、しかも過去最高益のトヨタの下請けに至っては上記ロイター(ネタ元は帝国データバンク)のニュースによると7割がリーマンショック前の売上げに回復しておらず、残り2割も「横ばい」と答えるなど全く恩恵を受けていない状態にあるようです。
 それもそのはずというかトヨタは下請け企業に対してほぼ毎年、部品製品のコストダウンを要求しており、その要求値下げ率も大体三年くらいのペースで数十パーセントという、言ってはなんですが途方もない数字をさも平気そうに言ってきます。過去最高益を記録した今年もまた同じくらいのコストダウンを要求しているというような情報をちょっと耳にしたのですが、調べてみたら上記リンク先のニュースにも乗ってますがさすがに今年は多少空気を読んだのか一切のコストダウン要求はしないという方針をトヨタは発表しています。もっとも、冷静に考えるとこれもおかしな言い方にしか聞こえてこないのですが。
 
 というのもトヨタはリーマンショック以降の過去数年間、円高による海外市場の苦戦とやらを理由に下請け企業に対して厳しいコストダウンを要求し続けてきました。これを現在の状況に置き換えるなら、大幅な円安に転じたのだから今まで散々安く買い叩いていた部品の値上げを認めるのが筋じゃないのか、こんな風に思え「今年はコストダウンを求めないよ」なんていうのはちょっとふざけた言い方にしか聞こえません。それに多分、コストダウンを求めないのはあくまで今年だけの話であって、来年はまたいつもの如くコストダウンを要求するのが目に見えています。
 
 ここで私が何を言いたいのかというと、順調に増益に次ぐ増益を達成しているにもかかわらず異常ともいえるコストダウンを連年下請けに課しているトヨタは紛れもなく下請け企業の利益を吸い取っており、ひょっとしたらトヨタこそがデフレを加速させている主要な要因じゃないかとこの頃強く思えてきました。またトヨタのコストダウン要求は明らかに業界における強い立場を利用しての行為であって、小売企業に対し消費税還元セールを独禁法で禁止するくらいならトヨタのコストダウンも独禁法でそろそろしょっ引くべきではないでしょうか、本気でデフレ対策をしようというのであれば。
 
 ちょっと気になったので現在の日本国内の自動車販売台数シェアをこのサイトを参考に調べてみましたが、今年1~11月の軽自動車を除く販売台数シェアだとトヨタは45.2%を占めています。これに実質的にトヨタ傘下であるスバルの3.8%を足すと49%に達しており、さらに軽自動車では同じく傘下のダイハツが単体で30.5%を占めており、こう言ってはなんですがもうそろそろ独禁法かけてもいいくらいのシェアじゃないかと思います。
 トヨタが大した企業であることは認めますが、その無茶なコストダウン要求振りは日本国内の経済を歪な形にさせているように見え、何かしらの形で締め付ける必要があるのではと言いたいわけです。本当の意味でアベノミクス(の目指そうとしているもの)を成功に導くためにも、トヨタを叩くことこそが今大事なように思えます。それこそ狙い撃ちにするような形となってでも。
 
 最後にもう一言だけ書いておくと、かつては画期的な経営手法と言われていたトヨタの「カンバン方式」ですが、ここ数年は経済誌などでもすっかり目にすることがなくなりました。そのきっかけは間違いなく東日本大震災によって起こった生産停止で、あれでこの方式はただ単に不測事態の在庫を一切持たないだけのノーガード戦法に過ぎないということが露呈したからでしょう。これに限ることではないけど、日本人は全体として起こってほしくな自体は起らないことを前提に物事を計画するので緊急時となると異常に弱くなりがちで、いい加減、二次大戦の頃の反省を生かせばいいのにとつくづく思います。

2014年12月22日月曜日

STAP騒動の顛末について

 もはや詳細は語るまでもなく論評だけ書くことにしますが、先週理研はSTAP細胞の再現実験が失敗し、研究を打ち切ることを発表しました。この結果自体は初めから見えていたことで特に驚きもなく、小保方氏の処遇についても本人から辞職願があったのでそれを認めたということも予定調和と言える気がします。その上でこの一連の騒動を総括するなら、2014年はアベノミクスよりもイスラム国よりも、小保方晴子氏とSTAP細胞の一年だったと思えるくらいにこの事件はインパクトがあったという気持ちを覚えます。
 
 この事件の何がすごいのかっていうと、ちょうど一年間で栄光から凋落まできれいに完結できている点です。今年一月末に英科学誌ネイチャーでの論文発表によって一躍「リケジョ」の星だなんて持て囃されたかと思えば4月ごろには研究内容を疑問視する声が出ると共に過去の論文盗作疑惑が噴出し小保方氏も会見に出るなど情報が錯綜する中、再現実験はなかなかうまくいかず8月には理研での上司に当たる笹井氏が自殺し、そして今月12月にはやっぱり作れなかったという幕切れとなります。
 ちょうどこの2014年の一年間を通して定期的に物事が動いていったため終盤までニュースとして腐らず飽きられず、その上でたった一年で「ノーベル賞候補」とされた存在が「疑惑の研究者」として研究現場から離れるというハイスピードな展開振りで。佐野眞一氏のような言い方をするならばその流転っぷりは人として何とも言えない魅力があります。それこそ「オボカタ 奴の正体」みたいな連載記事とかもあってもいいかもしれませんし、もしこんな連載あったら自分も毎週読んでみたいです。
 
 もちろん冗談ではありますが歴史の教科書に、「2014年:小保方の乱」みたいに書いたっていいくらいこの一連の騒動は日本国中、ひいては関連する研究業界に、内容はどうあれ、過去に例のないくらい大きなインパクトを与えた事件だったと思います。何故それほどのインパクトを残せたのかというと、STAP細胞という存在してたら本当にとんでもない価値を持つ研究であったことは元より、過去から現在に至るまで疑惑に満ちた研究人生を送っていながらあくまで自分はシロだと言い続けた小保方氏のキャラクター性があったがゆえといえるでしょう。
 
 このブログでも何度かこの事件は既に記事化しておりますが、過去の記事ではさすがに人格批判になるかもと思ってはっきりとは書かなかったものの、彼女の言動を見ていると明らかに矛盾した内容を口にした上で問題に核心については曖昧に口を濁すなど確信犯的な態度もみられましたが、その一方で自分の嘘を自分自身で本気で信じ込んでいるような、一番厄介な虚言癖を持ってそうな雰囲気を感じました。近いタイプを挙げると鳩山由紀夫元首相もそうでしたが、小渕優子議員や渡辺善美元議員のように人間は嘘をついているような痛い所を突かれると一瞬、「うっ」というような苦しむような表情や詰まったような返答をするのが自然ですが、小保方氏は会見でそういう面を一切見せることはなく、それでいて核心はきちんとはぐらかしてくる点が良くも悪くも常人とは異なるという印象を覚えました。あの佐村河内ですら会見では苦しそうな表情や強がるような素振りを見せていたというのに。
 
 今後の理研はどうなるのか、小保方氏は今後どうなるのか、芸能界入りか?、などがこの騒動に対する現在の主要な議題でしょうが、私自身は逆にこの議題はあまり興味がなく、むしろ一連の騒動の展開とどれだけ多くの日本人の興味をかっさらってったのかという影響を考え分析する方に興味があります。まぁ事件の影響と言っても大きいのはやっぱりアカデミックに対する影響で、この事件以降は早稲田大学以外でも論文の盗用があちこちで明るみに出るなど、ちゃらんぽらんな論文審査が現場で続いていたということに対し一石を投じたのは間違いありません。なおアカデミックに対しこれほど大きなインパクトを与えた事件となると私の中では2000年の旧石器捏造事件くらいしか浮かばず、十年に一度くらいのペースと言えるくらいの大きな捏造事件だったのではと思います。
 
 もう一つ書きたいことを書くと、冒頭にも書きましたがNHKは「リケジョ」という単語をもう一回使ってはくれないのかなと皮肉っぽく思います。もはやこの言葉は小保方氏の枕詞としてしか機能せず、普通に理系学部に通う女性に対して「リケジョだね」なんて言ったら嫌な顔されること間違いなしでしょう。この「リケジョ」という言葉といい、「鉄子」とか「歴女」、「カープ女子」など、本当に一瞬で終わるような流行り言葉を女性に付ける風潮が実は非常に嫌いです。理由は簡単で、そもそもこれらの言葉が女性に冠せられるほど流行していないのと思うのと同時に、試用期間が一瞬ですぐに廃れるなど言葉として軽すぎる印象があるからです。ですから私としてはSTAP騒動に懲りずマスコミ各社はもっと「リケジョ」という単語を連発しまくって流行らせるよう、普及するよう努力するべきだしそれが彼らの責任だと私は思います。そんな責任被りたくないというのなら無用な言葉を作るなんて馬鹿なことをするべきじゃないと言いたいです。
 それにしても、「リケジョの星」は一瞬で、まっさかさまに流れて消えてったなぁ。
 
  おまけ
 「歴女」という言葉がありますが、今の今まで自分が及第点を出すほど歴史知識をちゃんと持っている女性は私は見たことがありません。何も世界史、日本史両方の基礎知識が出来る水準まで求めるつもりはありませんが、せめてどっちかの現代史位は把握してもらいたいのが本音です。「死のう団事件」とか解説できる女性がいたら一発で惚れるんだけどなぁ。

2014年12月20日土曜日

「司馬史観」の影響と現状

 
 上記のニュースは先月、作家の司馬遼太郎の夫人にあたる福田みどり氏が亡くなったことを報じたニュースです。このニュースを一目見た時にパッと私の頭に思いついたことは、「そういえば『司馬史観』という言葉もすっかり聞かれなくなったな」という思いでした。
 
 司馬遼太郎について説明する必要はないでしょうが昭和を代表する人気歴史作家で、河合継之助など彼が小説に書いた影響で一躍人気となった歴史上の人物が数多くいるなど現代においても計り知れない影響を与えた人物です。先に白状すると私は彼の小説だと「太閤記」しか読んでおらず、中学生時代に名古屋に左遷されたうちの親父からこれ読めあれ読めと勧められつつもなんかはまることが出来ず現在においてもほとんど全く手に取っておりません。もっともよく人に驚かれるくらいに普段から本を読まない性質であるのですが……。
 
 そんな大作家、司馬遼太郎の影響力を示す言葉として上記の「司馬史観」という言葉があります。この言葉は司馬遼太郎の小説で語られる歴史の見方でもって各歴史的事件や人物を評価しよう、分析しようとするような見方で、どちらかと言えば影響を受けた読者たちが持った歴史観として使われます。この言葉自体はさすがに昭和期を一桁しか生きていないためどのように発生したのかライブで見ていないためわかりかねますが、少なくとも私が子供だった頃は社会に定着して、この司馬史観に則って実際の歴史を評価しようという動きは確かにあったように思われます。
 具体的に述べると一番大きく取り上げられていたのは日露戦争以前と以後の日本に対する評価で、「坂の上の雲」で日本は日露戦争まではまだまともだったがそれ以降は列強になったという驕りを持ってしまいその後の二次大戦に至るまでの暴走を始めたという考え方を描いた、とするのが司馬史観を代表する歴史観だとして、90年代末期なんかは戦前の日本の行動を肯定的に見る右翼などから批判されていたのを一緒になって批判していた右系少年だった自分が見ています。まぁ今となったら「日比谷焼打ち事件」が確かにターニングポイントだったと思えてきたが。
 
 ただこうした司馬史観は司馬遼太郎本人を置き去りにして広まっていったというのが本当の所のようで、ウィキペディアの記述を信用するなら本人は特に明確な思想でもって小説を書いて行ったわけでもないそうです。また自分の記憶する限りだと本人がこの司馬史観について言及したり歴史観をインタビューで披露するようなことはそんな多くなかったことから独り歩きすることにあまりいい気はしてなかったんじゃないかなと勝手に考えています。まぁ思想というのは一人歩きするから思想と呼べるのですが。
 
 あと司馬史観からちょっと意味が離れるもしれませんが、彼が小説で面白くするために書いたフィクション部分がその影響度の高さからさも歴史事実のように世間で受け止められてしまうということも非常に多かったです。一例をあげると「国盗り物語」で、現代においては一介の油売りから美濃を乗っ取った斎藤道三とされる人物は実は一人ではなく、実際には親子二代の乗っ取り劇だったということがほぼ確実視されていますが、当時の研究のせいもあるでしょうがこれを小説では一代記にして書かかれたために現代においても斎藤道三は一人と見ている人が多数であると思えます。
 ある意味で人気作家であったために起こった弊害と言えますが、彼の小説は歴史事実に対して基本的には即しておりフィクションとノンフィクションがわかり辛いことは確かです。また今のようにインターネットがなく最新の史料研究を知る術がないことを考えると、「司馬遼太郎の小説に書かれているから事実だ」とかんがえるような、一つの司馬史観が流行るのも無理ない気がします。
 
 そろそろ話を戻しますが、現代において司馬史観がどうだこうだという論争はおろか、彼の小説に書かれていたから実際の歴史はこうだ、なんていう主張はここ数年全く見ることはありませんでした。それどころか彼の小説タイトルが話題に挙がることもほとんどなく、逝去からそこそこの時間が経っているとはいえ90年代の頃にあった隆盛ぶりと比較すると隔世の感があります。それこそ90年代ならば、「司馬遼太郎を読まずして歴史ファンとは言えない」というような風潮も感じられ、周囲から何度も薦められていただけにちょっと変わり過ぎではとまで思えてきます。
 
 その上で現代について述べると出版不況を象徴するかのようですが、世の中を動かすくらいの大ヒットする誰もが読むような歴史小説はとんとなくなりました。強いて挙げれば塩野七生氏の「ローマ人の物語」とかくらいで、歴史小説自体がやっぱいろいろ厳しい時代になってきているのかもしれないとともに、ある意味そういうのに盛り上がれる時代だったのかなと振り返りながら思います。

声を失った酒田市長に対する辞職勧告案について

 またなんか香港で動きがあったのか知りませんが今日の夜の時間帯はやけにVPNが繋がり辛く、あれこれしこ錯誤しているだけで位時間も費やしてしまいました。仕事をするなら最高の環境で、と言いたいところですがそんなのは甘えであって不利な状況下で必要とされるパフォーマンスを発揮してこそ一流だという自負がありますが、さすがにネット環境くらいに関してはもうちょっとマシな状態になってもらいたいのが本音です。「企業居点」の方も前は中国のネット回線で作業できましたが、十月くらいから締め付けきつくなってVPNでしか作業できなくなったし。同じWordpress使っている後輩も同じ状況なようで、二人で一緒にため息ついてました。
 ついでに書くとやや説教くさいですが、日本のジャーナリストが政府の規制とか情報統制とか抜かしているのを見ると本気で腹立ちます。数メガバイトの写真ですらまともに送信できない中国で仕事してからもう一度言ってみろと胸倉掴みたくなります。

 一通り愚痴ったところで本題ですが、私以外にも取り上げている方も多いのでスルーしようかとも考えましたが一応記事化しておこうと思います。内容に関しては大きく取り上げられているので知ってる方も多いでしょうが、咽頭がんの手術で声帯を失い、人口声帯を使用している山形県酒田市の本間市長に対し、同市の市議会会派「市民の会」とやらに所属する武田恵子委員が業務に支障をきたすという理由でもって辞職勧告決議案を提出しようと他会派に働きかけていたそうです。もっともこの働きかけは他会派が応じなかったことで流れましたが、この武田委員の行動に対してネット上では極端な行動だとして批判する声が上がっており、また障害者差別に当たるのではと同じ病気を抱える人たちの団体などからも問題視する意見が聞かれます。
 結論から述べると私もこの武田委員の行動は理解できず、逆にこの人に対して辞職勧告案を出すというのなら理解できます。

 武田委員は声が本間市長の声が聞き取り辛いという理由でもって辞職すべしと主張しましたが、ほかの記事でも書かれている通りに聞き取り辛いのであれば聞き取りやすくする方法を探すのがまず第一でしょう。それこそ市長の傍に立って市長の話す内容を復唱する人間を置くなり、パソコンを使って入力した言葉を発声させる方法などいくらでも対策は浮かびます。そうした手段をすっとばして選挙を経て選ばれる市長をいきなり辞職させようだなんてせっかちを通り越して何を考えているのかその無神経さを疑います。しかもこの人の一番わからない点は、こんなすっ飛ばした考えをほかの人間にも平気で口にした上で実際に発議まで持っていった点で、自分が批判されるかもしれないとは思わなかったのか、よくそのような迂闊さで今まで大過なく過ごしてこれたものだと呆れます。

 人口声帯が無くては声が出ないというのはハンデと言えば確かにハンデで、政治家にとって支障がないかと言えば全く支障がないとは言えません。仮にこういうことが中央政府の総理や大臣職などにいる人物に起これば外交や行事参加などの影響を考えると私も辞職もやむを得ないかと思いますが、地方自治体の首長レベルであれば周囲の理解とバックアップさえあれば特に問題はないと思います。またこうした障害を持つ人間もいるのだということがある意味大きく顕示されるので同じ障害を持つ方たちへの理解の広がりにもつながると思えるし、個人的にもハンデを持ちながらもそれに対応していこうという人は応援したくなります。それだけに障害を持った本間市長に理解を示さないどころか一方的に排除しようと動いた武田委員は私からすれば共感の持てない人物であるように思え、議員としてあまりいてもらいたくない人物だと言いたくなります。

2014年12月18日木曜日

どうでもいい近況

 
 上の写真はまたネットで拾ってきた猫写真ですが、そのあまりの構図にびっくりするとともにはまってみてます。写真って奥が深いな。
 
 さて今日はSTAP細胞か市民の会かについてでも書こうかとも思いましたが、ぶっちゃけ寒くてやる気が出ません。昨日よりかは大分マシですが妙に眠いのと寒くて手がかじかむので重たいテーマは書きたくないのが本音です。眠たいのはいつも夜中三時くらいにパッと目が覚めちゃうのが原因かなぁ。
 なもんだからどうでもいいこと書こうかと思い立ったわけですが、今日仕事場で革命的な出来事が起こりました。どんな出来事かというと、暖房が突然直りました。
 
 自分の仕事場にはもちろん空調があるのですが夏場の冷房は機能していたものの何故か暖房は機能せず、昨日まで従業員みんなでコート着ながら仕事してました。もうこんなん我慢するとこちゃうと思って自腹切ってもいいから直そうよと上司と同僚に話したところ、「去年も一昨年もこれで越冬できたから大丈夫」とアザラシみたいな回答されたものの、ひとまずフィルター掃除してみようとという話になり、フィルター掃除したらあっさり直りました。恐らく、フィルターのつまりで風が届かないかなんかで暖房スイッチが機能しなかったのではとみんなで相談しています。
 これで仕事に集中できると思いましたがいつも震えながら作業していたこともあり、急にあったかくなったので眠気を覚えるなどあんま集中できませんでした。まぁずっと英文の規格書眺めてたのも影響してるだろうが。
 
 プライベートの方では今日、「監獄学園」という漫画の最新刊がKindleで発売されているのを知って先程ダウンロード購入しました。いつも通り期待を裏切らない面白さでしたが、実は昨日にも同じくKindleで「ウィッチクラフトワークス」の三巻を買うなど散財が続いています。
 監獄学園についてはレビューはいいですが、ウィッチクラフトワークスは日本の本屋店頭に並んでいた表紙を昔に見ており、当時は「また典型的な萌え漫画だろうな」と思って意に介しませんでしたが、去年に公開されたアニメを試しに見たところキャラクターの設定や性格が面白く、萌え漫画として切って捨てるにはもったいないと思って漫画喫茶で全巻読んだ後、今ちょこちょこ単行本を買い揃えています。
 
 大学生だった頃、自分とそりの合わなかった指導教授(何か指導を受けた覚えはないが)がある日、「そもそもかわいいって概念はなんやろな」とつぶやいたことがありました。言われてみるとかわいい物は溢れているのに「かわいい」を定義するのは難しいと自分も感じたのですが、このウィッチクラフトワークスを読んでると「かわいいとはまた異なるかもしれないが、ファンシーという概念はこの漫画が最も的確に表現しているのでは」なんてつくづく思います。既に読んでる人には早いですが、作中では魔女がたくさん出てくる上に熊や兎のぬいぐるみがしょっちゅう巨大化して戦ったりしていて、そのデザイン性は読んでて現代の漫画家の中でも図抜けている、というよりよくこんな多才な絵柄を描けるもんだと驚かされます。
 ファンシーとは離れますがこの漫画で何よりすごいと思うのは背景です。連載が始まったばかりの一巻の頃はまだそうでもないですが、二巻以降はどのページも異常な奥行感とともに背景が割合びっしりと描かれています。それでいて人物の描画は崩れないのですから、どういう見方で世界を見ているんだとこの点でも驚かされます。もっと早くこの漫画に注目できていればよかった。
 
 最後これは予告も入りますが、最近読んだ漫画の中では「もっけ」という漫画が最も面白いと感じ、こちらに関してはそのうちレビュー書きます。この「もっけ」は既に連載を終えていますが、こちらこそどうして連載中に手を取らなかったのだ俺はと心底後悔するほどよくできた漫画です。中国にいながらこういうこと書ける環境になったのも、素直にうれしいものです。