2017年9月18日月曜日

課題を少しずつ、確実に克服し続ける中国


 上の写真は先週天気が良かったので上海市内で撮影した写真です。さすがにこれほどの晴天が毎日続いているというわけではないものの、今年の夏は暑い日が続いたのでこの日に準じるほどきれいな青空が広がる日が多かったです。
 「中国の空」と言えば、恐らく日本人はPM2.5や汚い空、灰色の空を想像するかと思います。もちろん内陸部に行けばまだまだそのような空が広がっていることでしょうが、こと上海に限ればここ1~2年で空気をはじめ空は確実にきれいになっており、それこそ4~5年前であれば上の写真のような空は奇跡だと感じたかもしれませんが、今だとそれほど珍しくもなく特に感動もありません。

 一体何故上海、というより恐らくは中国全体で空気が良くなってきたのでしょうか。ちょっと専門的になりますが理由はいくつかあり、一つは大気汚染の主犯であった鉄鋼業が大不況のためあまり生産活動をしなくなったこと、次に単純に街中を走る車のエンジンやガソリンが良くなり排ガスの汚染度が低下したためです。後者に関しては先日同僚とも、「最近排ガス臭わなくなったよね」と二人して納得するくらい劇的なくらい改善しています。

 しかし、と言っては何ですが、恐らくここで私が書いているような内容は日本では誰も報じていないと思います。また同時に、数年前と比べて「PM2.5がー」といって中国の汚い空を映した報道もほとんどなくなっているのではないかとも思います。聞いてる限りだと、北京も上海ほどではないものの以前と比べれば大分空がきれいになったと聞きます。
 忌憚なく意見を言えば、数年前の報道が刷り込まれているせいで「中国=大気汚染」の構図から抜け出ていない人が多いのではないかと思います。さらに続けば、現在の中国の姿を全く認識できず、ありもしない世界を想像しながら中国について語る人も少なくないでしょう。

 実際にと言っては何ですが、去年から何度か初めて中国を訪れた人を案内していますが皆異口同音に、「上海がこれほど都会だとは思わなかった」という感想を判で押したかのように口にします。上海が現在の姿となったのは何もつい最近ではないことを考えると、やはり日本の報道を通して中国はもっと田舎な風景をイメージしてしまうことが原因でしょう。
 また中国の訪問経験がある人間でも、中国がわずか数年でその光景を一変させているという事実に気が付かず、ついつい昔の光景のまま語ってしまうことによって無意識に誤った認識を広げている可能性もあります。それこそ私が10年前の北京の光景を語ったら、聞く人はどんな国なんだ中国はという印象しか持たないでしょう。

 なお、10年前の北京では壁のないトイレの方が当たり前でしたが、今現在ではそのようなトイレはもはや存在しません。これくらい今と昔で中国は違います。
 逆に私が10年前の東京や大阪を中国人に語ったとしても、恐らく大きな誤解を招くことはないと思います。せいぜい梅田駅前にヨドバシができていろいろ変わったくらいしか浮かびませんが、それくらい日本は変化がないのに対し、中国はリアルに1年ごとに光景が変わっています。1年前にはなかったシェアサイクルサービス「モバイク」は、今現在ない場所はないくらい普及しています。

 その上で、中国には確かに現在においても課題となる社会問題がたくさんあります。しかし少しずつとはいえ、先ほどの大気汚染問題をはじめ徐々にですが確実に改善されてきています。
 一方、日本は年金問題をはじめとして、克服すべき課題が20年前から存在しながら何も解決しておらず、先日の加算分の年金が未支給だった件といい、問題が拡大しているところすらあります。

 課題は少ないが何も解決されない国、課題は多いがちょっとずつ改善へ向かっている国。どちらに未来があるかと聞かれたらどのように思うのか、少なくとも私は中国の方がまだ希望を感じます。まぁそこまで大きなことを口しなくても、中国が変化しているということに気が付かずにいるというのは認識面で大きなマイナスにつながる恐れがあるだけに、私個人としては注意した方がいいというのがアドバイスとしてあります。

2017年9月16日土曜日

上海高島屋のかつ蔵にて……

 本日、取材量が半端ない原稿をようやく仕上げたので、気分的にも打ち上げをしたく上海高島屋に入っているとんかつ屋の「かつ蔵」に行ってきました。結論から言うと、オーダーを忘れられる憂き目に遭いました。

 入店当時、店内は込んでいたためちょうどひとつ前にいた親子と一緒に入って、この親子より先にオーダーしたにもかかわらず向こうの方が先に品物が運ばれてきました(オーダーメニューも一緒)。まぁ忙しいんだろうし待ってりゃ自分の方も来るだろうと、先に配膳されたご飯とみそ汁を前にただひたすら待ちましたが、それから30分経っても物は来ず、隣の親子も食べ終わってしまう有様でした。
 個人的に奇妙だったのは、待ってる私の横をお茶汲みする店員が何度も通っているにもかかわらず、ご飯とみそ汁だけしか置かれていないテーブルを見て誰も不自然に感じないのかなという点が不思議でした。しかも自分の湯飲みのお茶飲みほしてるのに、何故か汲みに来ないし。

 さすがに隣の親子が食べ終えたところで、「メニューまだ?」と店員に声をかけて、ついでに完全に冷め切ったご飯とみそ汁も取り換えるように頼んだら、「おかわりでしょうか?」と日本人の店員が聞いてきましたが、「とんかつが来なくて冷めたから交換頼んだ」と伝えました。それから約2分ぐらいでとんかつが来ましたが今度は交換を頼んだご飯が遅れ、ようやくおひつが来たら「茶碗は?」と聞かなきゃなりませんでした。

 こんなこと書いていますが私自身は自分のことを、飲食店側のトラブルに対してかなり寛容な人間だと思っています。別に今回の一件もこの後の件がなければネタにすることもなければ水に流すつもりだったし、友人と一緒に行ったときに何かこういうトラブルがあってもいつも自分が「まぁまぁ」となだめる立場に回ります。

 それで話を続けると、おひつだけ持ってきて茶碗を忘れてきたのでもっかいとってきてもらった際に、「やっぱ忘れられてました?」と聞いたところ、「すいません」とだけ返事されました。ああ多分絶対に認める発言はしないよう言われてるのかなと思いながら40分くらい待って来た飯を10分以内に食べて出ようとする際、何故か店員らは全員して私に目を合わせようとしませんでした。
 普段ならこの店は退店の際に「ありがとうございましたー」と言ってくるのですがこの日に限ってはそれもなし。店内はピークは終わってやや落ち着きを取り戻してきているのに、みんな目を合わさないどころか自分が正面に立つや視線を下におろし、目をそらして普段はある見送りの声もなく、ひいきにしてきた店なだけにちょっとハートが痛みました。

 レジの方も淡々と「会員カードは?」と聞いて会計するだけで、もうちょっと対応の仕方あるんじゃないかなぁと、あんま気分良くなく退店しました。普通にオーダー忘れたことを認めて謝罪してくれた方がこっちとしては気分いいんですが。
 さすがにこれきりでもう絶対ここにはいかないなんてことはしませんが、しばらくは通うのはやめようと思います。それにしても、しんどい記事仕上げた後でこれ来ると精神的にくるもんで、当初予定していたケーキ類の購入も見送って今コーヒーだけ飲んでます。

太平洋戦争における決戦はどれなのか?

 決戦とは一言では言うものの、全戦役やその後のパワーバランスを決定的に決めるようなものとなると実際には限られてきます。
 私は世界史上ではナポレオン戦役におけるワーテルローの戦いこそがまさに決戦と呼ぶにふさわしいと考えており、英仏両軍ともにどちらも一手のミスで勝利がどうなったかわからないくらいの拮抗ぶりはもとより、この戦闘の結果によってその後のヨーロッパ秩序はまず間違いなく大きく変わったでしょう。

 では我らが日本の太平洋戦争というか戦役における決戦とは何になるのか。真っ先に浮かぶのはミッドウェー海戦でこの戦闘によって日米両国の攻守が逆転したと紹介されることが多いですが、攻守逆転どころか、結果論ではありますが実質的にこの戦闘結果によって日本の勝利は事実上なくなったと判断してもいいくらいの敗戦ぶりです。大雑把に見ても工業力的に再生産することが事実上不可能な主力空母(赤木、加賀など)を一度に喪失し、それに付随して戦闘経験の豊かなパイロットもいなくなり、尚且つ活動制海権まで奪われる始末だったのですから、実行することは不可能だったとしてもあの時点で降伏するという判断が最適解だったでしょう。

 一応、その後も太平洋戦争における決戦としては、兵器投入量では史上最大の海戦に当たるレイテ沖海戦などもありますが、影響力といい、またワーテルロー同様に米軍側も一手間違えれば大敗する可能性もはらんでいた博打的要素の面から言っても、ミッドウェーこそが太平洋戦争最大の決戦とするべきが私の見方です。まぁ米軍としては、負けたところで最悪ハワイが陥落したとしても、本土まで攻撃する能力は日本にはなかったのではありますが、米海軍としては負けていたら立つ瀬はなかったでしょうね。

 こうして書いていて思うこととしては、陸上での決戦は事実上、太平洋戦争にはなかったんだなぁということです。太平洋戦争における陸戦は陸軍と海軍のグダグダな絡み合いもあって必要性の低い戦いも多く、インパール作戦といいそもそも何故始めたのかという点で疑問な戦闘も少なくありません。強いて言えばサイパン、硫黄島の戦いは防御上で非常に大きな陸上戦となり、硫黄島における栗林忠道の奮戦ぶりに関しては日本陸軍最高の戦いぶりだったと思えてなりません。

インパール作戦に抗命した将軍(陽月秘話)

 なお余談ですが、上記のインパール作戦について先日NHKでなにやら特集番組が組まれていたそうなのですがこの番組ついて立花隆氏が今月の文芸春秋にて、「蛆のたかる死体など当時の映像をよく取り入れており戦場の生々しさをよく伝えている」としながら、「インパール作戦を語る上で、佐藤幸徳将軍の抗命(命令拒否)事件を取り上げないのはあり得ない」という批判をしていました。
 この意見には私も同様なのですがさすがは立花隆氏というべきか、昨今の北朝鮮問題と絡めて「現地部隊が命令に反する事態にどう対応するのが」ということを考える重要性を訴えるとともに、自衛隊では先の抗命事件について熱心に研究しているということを書かれていました。

 最近また疲労が激しいもんだからなんかやたらと二次大戦絡みの話ばかり書いている気がします。今日も取材で2時間くらい電話かけてましたが、つくづく思いますが広報によって当たりはずれあって、当たり引かないと本当に苦労するって気がします。

2017年9月13日水曜日

とある陸軍大将と海軍大将

「灘高校1979年卒」の神童は、大人になってどうなったのか?勝谷誠彦、和田秀樹、中田考は新・警視総監と同級生(文春オンライン)

 本題と関係ありませんが面白かったので紹介します。それにしてもすごい濃いメンツが集まってたもんだ。

 話は本題ですが、昔あった「提督の決断」というゲームについてあるふざけた紹介記事では、「海軍を率いて自国の陸軍と必死で戦い、ついでに相手の海軍とも戦うゲーム」と書かれてありましたが、あながち間違ってるわけでもありません。ちなみにこのゲーム、軍艦とか作ろうとしたら会議で悉く陸軍が反対してくるというのはリアルに設定されています。
 太平洋戦争時、日本に限らず米国でも陸軍と海軍の仲は非常に悪く、日米両国で両軍は足を引っ張り合ったというのは有名な話です。この仲の悪さは昭和天皇も苦悩したことを周囲に吐露していたほどで、仲の悪い嫁と姑が一緒に同居している旦那のような立場だったのではないかと推察します。自分で書いといてなんですが、上手い喩えな気がします。

 そんな陸軍と海軍だったもんだから戦後も基本的にお互いが悪口合戦で、「向こうのせいで負けたんだ」というような主張を双方で行い、最終的には「海軍善玉論」に代表されるように海軍側が世論を制しましたが、双方の幹部同士で全く交流がなかったわけでもありません。
 ひとつ例を挙げると、陸軍の今村均と海軍の山本五十六は博打好きという趣味が共通していて普段から仲が良かったそうです。特に山本五十六が戦死する直前、たまたま現地付近に今村も赴任していたため挨拶を交わしており、二人とも今後の戦争の行く末についてやや暗い見通しを語り合ったと言われています。

 この二人とはまた趣が違いますが、陸軍の畑俊六と海軍の米内光正にもあるエピソードがあります。

 畑俊六は陸軍切ってのエリート幹部で、昭和天皇の侍従武官となったことから信任も非常に高かったそうです。そうした信頼関係から、暴走し始める陸軍を抑える目的で米内内閣の組閣時には陸軍大臣に据えるよう、昭和天皇から直接推薦されています。
 しかしそれほどの信頼を集めた畑も、米内内閣が陸軍に抵抗姿勢を見せるや陸軍上層部の意向を受け、自ら単独辞任することで米内内閣を崩壊へと導きました。なおこの米内内閣を崩壊に導いたことが遠因してか、終戦前の内閣組閣時に東条英機は総理大臣に畑を推薦したものの、過去に期待を裏切られた天皇はやや冷淡に拒否し、無事に鈴木貫太郎内閣が誕生したことが伝わっています。

 時代は移って終戦後、極東国際軍事裁判で先の米内内閣を崩壊させた点について畑は追及され、軍事独裁化を招いた張本人の一人として起訴されました。この際に証人に呼ばれたのは内閣を崩壊させられた本人である米内だったわけですが、判事からの質問に対して米内は徹底して知らぬ存ぜぬを貫き通し、畑をかばい続けました。終いには判事からも米内は「なんて愚か者だお前は!」と言われたそうですが、その甲斐あって畑の判決は終身刑に留まりました。
 米内内閣を崩壊に導いたことを考えると死刑であってもおかしくなく、そうしたことから畑は出所後も米内への感謝を度々口にし、1960年に米内の故郷である盛岡に銅像が作られた際にはすでに80歳の高齢に至っていたにもかかわらず、除幕式の傍らで黙々と雑草をむしる姿が目撃されたそうです。

 私個人としては、畑に対しやや同情的な立場を取ります。彼自身の思想よりも陸軍という組織の思想によって行動を強制され、その結果死刑にかけられそうになった点は運命にもてあそばされた結果にしか思えません。ただ運命は彼を見捨てなかったというか、犬猿の仲である海軍の大将である米内によって命脈をつなぎ、また畑もその米内への恩を忘れなかったというのは美談であると言っても過言ではないでしょう。
 何も畑に限らずほんの些細な運命のいたずらで死刑となった戦犯はB、C級を中心にたくさんいます。今日紹介したのはその中でも、運良く助かった例の一つです。

2017年9月12日火曜日

社民党が滅んだから民進党はダメになった?

 いきなり結論からですが、私は今民進党がどんどん弱っている原因を辿れば社民党が滅んだことも大きいのではないかと思っています。

 説明するまでもなく、かつて日本の野党第一党として55年体制(これも死語になってきたな)の一角に位置してきた社会党の系譜を継ぐ社民党はこの10数年、主に党首の指導力不足と元々の思想的問題からどんどんと衰退していき、現在は衆参合わせても5人に達さず単独では党派すら組めない状態で、事実上もうないものとして扱ってもいいくらいな存在です。ではかつて社民党を支持してきた支持層は現在どうしているのかというと、恐らく自民嫌いの支持層も多いことから、旧社会党を含め社民党からの移籍組が多くいる民進党へ支持を変えていると思われ、その民進党自体もこちらは確実にこうした支持層の取り込みに力を入れています。

 しかし、結果的には旧社民党支持層を取り込もうとしたことから民進党も衰退してきているのではというのが私の見方です。

 そもそも今回なぜこう考えたのかというと、かつての民主党と現在の民進党を比較したときにその思想や主張がだいぶ変わってきているように思えたからです。それこそ00年代前半は与党自民党に次ぐ野党第一党が民主党だったという状況について私の中国語の恩師が、「民主も結局右派だから、右派対右派の構図でしかない」と話していました。
 今でこそ民進党はリベラルなことしか言わず主張も理想論ばかりしかありませんが、確かにまだ00年代は、相変わらず自民党議員のどうでもいいスキャンダルや対案を出さないところは今と変わりがないものの、まだ憲法改正や国防について意見が出たり、政府歳出の無駄遣いに切り込んだりと今ほどのリベラルさはなく、右か左かでいえばやはり右でした。

 政府歳出については民主党が与党時代にたくさん無駄遣いをした負い目もあるのかここ数年は全く指摘する声すら耳にしなくなりましたが、まだ00年代は年金問題をはじめ傾聴に値する意見を発したり調査していたりで、評価できる点も少なくありませんでした。しかしここ数年、特に民進党に改組して以降は目も当てられず、主張も極端なリベラルに特化して先ほど挙げた憲法快晴や国防に関しては旧社会党の如く「発言すること自体がタブー」な雰囲気すら感じます。

 何故このように変化を遂げたのかその理由を推測すると、いろいろ複数あるでしょうがその中の大きなものの一つに、社民党の支持層を取り込もうとした、もしくは取り込んだことで思想が極端にリベラルに触れて、本人らも知らず知らずのうちに左旋回してしまったからではないかというのが私の考えです。現在の前原党首で、「言うだけ番長」なのは昔からですがそれでも以前と比べると発言内容が毒も外連味も味もないものに変わっており、政党全体を見回しても10年前とは大きく変わっているような印象を覚えます。まぁ自民党も、「抵抗勢力」が存在しなくなったという点で以前とは変わっていますが民進ほどではありません。

 そうして出た結論というのが見出しに掲げた、社民党が滅んだから民進党はダメになったで、極端なことを言えば支持層を取り込むためウイングを広げた、リベラルに走ったから民進党はダメになったというのが結論です。実際、党是なんてあって無きが如しですし、このままいけば社民党の後を追うことになるでしょう。
 受け皿となるのは維新か国ファーか。仮に石破氏が自民を出てどちらかの政党に移籍するとなったら面白いのですが。

2017年9月11日月曜日

中国の対日工作デマ文章について

ギルバート氏も騙された?中国の日本侵略計画ヨタ話
小池都知事も騙された?中国の日本解放工作ヨタ話(JBpress)

 上のリンク先記事はJBpressで投稿ライターとしては同僚(?)となる安田峰俊氏の記事ですが、こういうデマ文章が出回っていたとは知らなかっただけになかなか興味深く読ませてもらいました。
 簡単に記事内容を紹介すると、日中国交回復直後の1972年に得体のしれない雑誌に掲載された中国の「日本侵略計画書」とされるものが何故か現代になってネットを中心に出回っており、小池都知事もリツイートしてしまったとのことです。

 実際には中国が何らかの対日工作計画を練ってはいると考えられはするものの、出回っている「日本解放第二期工作要綱」については眉唾物の偽文書であることを安田氏は多角的に分析した上で結論を出しています。私もこの安田氏の分析を支持しており、特に中国語の表記に関する矛盾は非常に理路整然としていて説得力があります。
 具体的にその個所を引用すると、

『また、訳文に不自然な表現が多すぎる点も怪しい。中国語を直訳したとは思えない文章構造が多々見られる点はもちろんだが、ここではより分かりやすい例を端的に示そう。たとえば前出の田中内閣について記載した一文も、よく読むとヘンな部分がある。

“田中内閣成立以降の日本解放(第二期)工作組の任務は、右の第二項、すなわち『民主連合政府の形勢』の準備工作を完成することにある”(前出)

 お気付きだろうか? 実は中国本土の中国語はほぼ「横書き」なので、「右の第二項」という表現は通常ありえないのである(「上の」「下の如く」といった書き方にしかならない)。』

 安田氏も指摘している通り、現代中国語に「右記」という表現は絶対に存在しません。というのも中国語は日本語と違って現在は横書きしかなく、前文を引用する際には「上述(=上記)」か「前述」が使われます。いくら日本語に翻訳されたからと言って「右の~」とか「右記の~」という表現は出てくるはずがありません。
 他にも安田氏が指摘しているように「中共」、「シナ大陸」という表現も中国政府が使うことは決してあり得ず、使った時点で当時であれば執筆者は逮捕されてもおかしくないレベルでのきわどい表現です。安田氏も書いていますが、このデマ文を書いた人間はそもそも中国語に習熟していないのが私から見てもわかります。

 しかし何故そんなデマ文章が現代になって再流行したのか。理由をいくつか挙げると一応の出典というか掲載誌が実在していることと、メディアの検証能力が落ちていること、そもそも真偽なんてどうでもいい風潮が強くなってきていることなどがあるのではと思います。

 最後の審議なんてどうでもいいという風潮についてもう少し下記加えると、私のブログでも「いかりや長介から志村けんへ最後の手紙、というデマ」の記事でネットで流行っていた文章がデマであると検証したことがありますが、未だにこの記事がコンスタントにアクセスを得ていることを考えるとまだデマだということが浸透しきっていない節があります。こうした風潮は単純にネットが普及したためと言い切るのは簡単ですがもう少し私の推測を述べると、既存メディアへの信用が落ちていることも側面としては大きいような気がします。
 例えば私が子供の頃は「テレビで言ってた」と言えば誰も反論できない説得力がありましたが、現代においてこのような主張したら鼻で笑われて終わりでしょう。同様に新聞や雑誌についても世間の信用は明らかに昔と比べ落ちており、「誰(どこ)が言っていたから」というのは真実性を証明する根拠としては今や非常に脆いです。だからこそネットの情報も決して信用度が高いとは言えないものの、相対的なレベルで見たら「他に信用するものもない」という背景からかあまり検証もされなければ疑いも持たれなくなってきているのではないかと思います。

 とはいえ、あからさまにデマだと思われる情報を真に受ける方も方でしょう。巧妙な工作をした文章とかならまだ同情の余地がありますが、今回のこの対日工作計画についてはあまり擁護できないレベルではないかというのが私の感想です。

2017年9月10日日曜日

学生時代における空前の食パンブーム

 先週も友人と後輩とともにまた上海にある温泉施設の「極楽湯」へ行ってきました。なお後輩とは度々言っていますが何故か彼は、関西人だからかもしれませんが服を脱ぐのがやけに早く、ついでに風呂を出るのもやけに早く一度も勝ったことがありません。まぁそもそも競争しているわけではありませんが。

 その後輩が私に、「花園さんの貧乏エピソードはいつも面白い」とこの前言ってきました。そんな自慢するような話ではありませんが、実際に私が学生だった頃は学費面などではなにも苦労することはなかったものの、やけに生活をケチって今思うと貧乏な生活を送っていました。そのころのエピソードと言っても正確には私というよりは私と特定の友人間で行われた奇妙な取り組みなのですが、確かに今思うとわけのわからない努力を投じ繰り返していました。具体的には、

・100円で買えるお菓子の中で一番腹持ちのいいものの研究(最終的にはビスケット)
・「きのこの山」を買うのにリアルで10分くらい立ちながら悩む
・鍋がないのでやかんでパスタを茹でる(これは友人)
・コスパを考えたスイーツとしてホットケーキを大量生産

 などなどあるのですが、今思うと不思議だったのは見出しに掲げた空前の食パンブームでした。
 当時、私たちは友人間で相手の部屋を訪問する際はどんだけ安くてもいいから何かしらお土産を持ち合うという暗黙の了解があり、その過程で上記にビスケットが考案されたりもしたわけですが、ある日私の友人が何を思ったのかお土産に食パン一斤を持ってきたことがありました。
 「なんで食パンやねん」と聞いたところ、「安売りしてたから」などとうまくキャッチボールできない会話をした後、せっかく持ってきてもらったのだからとその場で焼いてトーストにして、バターやジャムとか塗って二人で一緒に食べながらその日の晩も議論しました。この時気が付いたのですが食パンだとめちゃくちゃ腹持ちが良く、なおかつ余った分はそのままホスト側が総取りして以降の食生活にも活用できるというメリットがありました。やはり食パンの備蓄があると心にも余裕が出てきて、夜中とか小腹すいた時でも気にせず焼いて食べられるため、下手なお菓子とかよりずっと有用性に富んでいて下手なお菓子をもらうよりずっとありがたいお土産だったということが分かりました。

 それ以降、私も別の友人宅へ訪問する際には食パンを持っていくようになり、やはり相手から「なんで食パンやねん?」と言われると、「何も言わず受け取れ。そうすればわかる」と言いながら配っていましたが、しばらくたってから送った相手からはほぼ毎回、「この前の食パンほんま助かったよ」などと言われるなど常に好評でした。こうしていつの間にか、私の周りでは「訪問時には食パンを買っていく」という暗黙のルールが生まれ、空前の食パンブームが起こっていました。

 そんな食パンのやり取りの中で一番思い出深いのは、このブームを最初に作った友人をある日自分の部屋に招くこととなった夜でした。その日は夕方にも友人が来る予定だったので一緒に食べようと夕飯用にカレーを作って待っていたら、何故か待てど暮らせど来ず、大分時間に遅れてから夜になってからようやくやってきました。
 遅刻の理由は忘れましたがとりあえず夕飯を振舞おうとカレーをよそおうとしたら、「ごめん、昼間に食べたすき家のハンバーグ丼がものすごくまずくて今気持ち悪く、カレー食べられない」とまさかの拒否に始まり、「あ、しまった。お土産の食パン買ってくるの忘れた。今ちょっと買ってくる」と言い出したのですが、遅刻はするわ用意しておいたカレーは食べないわで私もこの時かなり不機嫌になり、「もう夜遅いし、食パンなんてもういいから」と止めました。

 その後、友人にはお茶を振舞い、また政治や社会問題について議論し始め、始めでこそ不機嫌だった私も議論に興が乗ってくるとそうしたことも忘れ、いつも通りに議論に明け暮れて機嫌も戻ってきました。また途中で友人も、「ごめん、やっぱりなんかおなかすいてきたから、カレーもらっていい?」と考え直してきたので、これには私もにっこりしてカレーをよそってあげました。
 なんてことはない一夜でしたがこの時の記憶がやけに印象的なのは、友人が食パンを買ってくるのを忘れたことを謝ってきたことで、それに対し私も「食パンなんてもういいから」と、後から考えるとよくわからないやり取りしていてなんかあとからじわじわと来たからでした。実際、別の友人にこのこと話したら、「なんかよくわからない展開だね」と言われました。

くそ汚いリリース文

イトーキ、中国新本社を設立し台湾家具メーカーとの業務提携や中国チェアメーカーの子会社化など海外戦略を推進 (イトーキ)

 上のプレスリリース文はたまたま見つけたものなのですが一読してその文章の汚さに呆れるとともに、こんなものを平気で公に出してしまうイトーキのガバナンス体制に疑念を持ちました。直接見てもらえばわかりやすいですが、一読しただけでは一体何が言いたいのか全く分からないくらいの意味不明さで、二、三回読んでも資本構成が全く読み取れない上、ようやく理解したかなと思って資本構成図を見たら全然内容が違う、っていうかリリース文に出てくる会社名(優美股份有限公司など)が入っていないという恐ろしい構造となっています。
 っていうか文章中にある、「このたび子会社化したAllbestを統合し生産ベースとし、UBとの戦略的業務提携により獲得する営業資源・営業ネットワークを営業ベースとし」の下線箇所についても、普通に「生産拠点」、「営業拠点」と書けばいいのに、何故妙な横文字を使うのだろうか?

 リリース文がひどい会社というのは何もここまでひどいレベルは少ないにしても決して少なくはありません。特にIT系の会社が新たなサービス等を発表した際は読む人に理解させる気が全くないと感じさせるくらい専門用語を連発するものとかありますが、個人的には多くの人間に読ませること前提の文章なのですからもっとこだわった方がいいように思えます。一番無難なのは元記者とかのライターに書かせることで、彼らからすればマスコミがどういう文章に反応するのか、あらかじめ聞かれやすい箇所など把握しているのでツボを抑えた文章が期待できます。
 一見すると文章をかける人間というのはあまり社会に必要とされていないように見えますが、事広報関係の業務に関しては電話対応や企業PR戦略立案に限らず、こうした分野で文章力も要求されます。そういう意味で、もう少しこの方面にも社会は目を向けてもらいたいなというのが割とマジな本音です。

2017年9月9日土曜日

お茶を少々……



 外部に出す記事を先週書いていましたがその記事の中で、「最近趣味はと聞かれて、『お茶を少々……』という女の子はリアルで見なくなった」というようなことを書きましたが、実際こういう女の子ってまだ現存しているのか書いてて不安になってきました。かつては女の子がやってると高評価される(男から)趣味と言ったら茶道や華道、舞踊とかでしたけど、こういう古式芸能をアピールする人もいなくなれば、創作などにおけるテンプレパターンとして上記の「お茶を少々……」という言葉すらも絶滅危惧な感じがします。

 むしろというか、私の勘違いかもしれませんがこういう趣味はむしろ男の方が最近やっているような気がします。茶道や華道は見たことないですけど、なんか最近やたらとピアノを昔やっていたという男をよく見て、女の子でもやっている人はもちろんいますがどちらかというとあまりアピールしたがらないというか、むしろそっとしておいてほしいような態度すら見せるのに対し、「いや昔ピアノやっていたからこういうの見ると弾きたくなって」と言って弾き出すのは決まって男の側です。

 では最近の女の子はどんな趣味をしているのか。ぶっちゃけそこまで詳しく聞いてないので分かりませんが、ちょっと変わった子で「火曜サスペンスが好き」というのがいましたがこれは例外として、それ以外だとあんまり浮かびません。っていうかそもそも、趣味や稽古事やっている女の子自体減ってるのでしょうか?まだ自分の頃はバレエとかピアノを筆頭として女の子らしい趣味に勤しむ子がいたのですが、最近はマジどうなんだろう?ぶっちゃけカープ女子とか歴女とかはメディアが作り出した幻影だと思うし。

 なおこの「趣味は?」という質問をされると、地味に私も困ることが多いです。というのも自分の中で趣味と呼べるものがかなり幅広く、どれをどの程度上げればいいのかをいつも迷うからです。
 比較的安全な回答として用意しているのが「サイクリング」ですが、これ以外で趣味として挙げられるものを片っ端から上げていくと、相撲観戦、野球観戦、ゲーム(ほぼオールジャンル)、ブログ、政治、歴史、猫画像収集、デーモン閣下画像収集、派遣マージン率収集、茶碗収集といったのがあります。

 ちなみに他人の趣味で聞いてて一番興が乗らないのは「酒」という回答です。そもそもアルコール自体が私はあまり飲めず、第一それって嗜好であって趣味じゃないだろうと言いたくなります。もしそれが趣味として通るなら私だって飲む方の「お茶」が来ます。あんまうるさいこと言うべきではないとはわかってはいるんですが……。

2017年9月7日木曜日

不倫大国ニッポン

 もう説明不要でしょうがまた不倫関係のニュースが巷に溢れています。昨年のベッキーらによるゲス不倫騒動以降、日本では不倫のニュースがずっと事欠かず、何気に前の私の歴史記事にも「不倫ばっかじゃなくたまにはこういう記事が読みたい」というコメントがありましたが、真面目に年がら年中誰か氏らの不倫ニュースを見ているような気がします。ある意味、石田純一氏の「不倫は文化だ」というのは間違いではありません。

 さて現在お騒がせの政治家三人の不倫騒動ですが、橋本健元神戸市議のニュースについてはもう一言というべきか、今井絵理子議員と付き合ったのが運の尽きだったなとしか言いようがありません。なお百条委員会に呼び出されたら何でも話すと言っているようですが、私としては最初の不倫疑惑が持ち上がった際に不倫を否定した上で、「(ホテルに一緒に入ったが)一線は超えていない」という発言について、「一線とは何ぞや?」という点を追求したいです。っていうかいい歳こいた大人が子供じみた言い訳なぞせず、もっと面白いことを言えってんだ。

山尾氏「男女の関係はない」釈明 離党届提出(産経新聞)

 で、今一番ホットなこっちの山尾志桜里議員については、なんか一言では言い表せないものがあります。順々に語っていけばまずこんなとんでもない人間を幹事長に据えようとした民進党の前原代表は頭大丈夫かと本気で思います。いわゆる「永田の偽メール騒動」でもそうでしたが、前原代表は致命的なまでに議員というか人としての能力に欠けている節があるのですが、どうもその事実に本人自身が築いていないように思え、私の言葉でいえば「やる気のある無能」というのが一番しっくりきます。っていか誰か、「あんた無能だよ」って教えてやれよな。

 次に言いたいこととしては、一連のニュースを見ていて私が一番驚いたのはこの山尾議員を「評価していたのに」と述べる著名人がやたら多くいたことです。地球を何周もできる分のガソリン代を費用請求していたり、やや気違いじみた追求ばかりで具体的な対策については何一つ言及しない態度などからやばい人だなというのが私の印象で、案の定自民党議員が不倫がばれた際はここぞとばかりに罵詈雑言を浴びせていたのにこの有様です。「他人には許さないけど自分には許す」という態度を取る人間にまともなのはいませんし、ましてやそれが不倫というのなら人格に問題があるとしか私には思えません。

 上記二つの件に限りませんが一連の不倫騒動で見ていて私が不満なのは、当事者たちのコメントがどれもつまらないことです。上の山尾議員のコメントもそうですが、「じゃあ男女を超越した関係なのかよ」と突っ込みたくなるし、そして何よりそっけない態度で不倫相手に対し失礼じゃないのかと言いたくなります。はっきりと写真まででいるし週四で同伯しといて何もないと言って誰が信じるのか、だったらもっとひねった言い訳なりして聴衆をうならせる工夫をしないのかとつくづく思います。特に芸人の宮迫氏に関しては、「ホテルは一緒に入ったが何もしてない」というクッソつまらないコメントでは芸人失格でしょう。

 あともう一つ気になる点として、なんで誰も純愛路線に走らず否定してしまうのかです。「いけないことだとはわかっていたがそれでも相手を心の底から愛している!」なんて宣言されたらまだいくらか見ているこっちも心が動きますが、ベッキーに始まり誰もそのように交際を認める発言をせず、むしろ「相手とはないもない」と否定してばっかりです。
 と、言いながらも、唯一一人だけその感情を否定しなかった人物として矢口真里氏がいました。もっともこの人の場合は旦那に三行半つけられて帰る島がなくなっただけかもしれませんが、発覚当社はまだしも、このところの不倫相手につれない連中どもを見ていたらまだ彼女はその後も不倫相手との関係というかヒモとして飼っていただけマシだったのかとすら思えてきました。

【伝説の92】浮気が旦那にバレたんですけど 女性でも慰謝料払うんですか ...(浮気ちゃんねる)

 ちなみに私が一番すごいと思った不倫劇は上の例です。登場人物というか展開が笑えて仕方ないです。

2017年9月6日水曜日

「職場受け取り運動」について

「再配達地獄」を解決するシンプルで効果的な方法(JBpress)

 もしかしたら覚えている人もいるかもしれませんが上の記事は今年3月に私が書いた記事で、再配達に伴う過重労働が問題だというのなら中国みたいに職場受け取りすればいいじゃんという具合で紹介したものです。この記事は当初、内容に価値があるとは思えずJBpressでは出す気はさらさらなかったのですが友人から絶対出した方がいいと言われて出したところ、そこそこ反応よく2ちゃんねるでも結構スレが立てられていました。なんていうか、中国での感覚が当たり前になって何が日本人からして珍しいのかがよくわからなくなっている気もします。

職場受け取り運動(株式会社カルテットコミュニケーションズ)

 話は本題に入りますが、私の記事が配信されたのとほぼ同時期(3月)に上記の「職場受け取り運動」を推進するサイトも立ち上げられていることに気が付きました。提唱されている内容は私の記事とほぼ同じで、職場受け取りを普及させることで配達業界を救い、労働効率を社会全体で高めようというものですが、こちらはコラム記事とかではなく、リスティング広告を手がけるカルテットコミュニケーションズという会社が独自に発信、展開しているものです。
 私はこのサイトをつい先月に知り、今年3月から始めたと書かれてあったので、「3月ってことは、もしかして自分の記事に触発されて始めたのかな?」などと思い、そのまま直接カルテットコミュニケーションズに尋ねてみました。すると私の追及をガン無視した東海テレビとは違って即日返信をくれ、私の記事が配信(3/13)されるのとタッチの差で早くサイトは立ち上げられており(3/10)、立ち上げに関しては全く関係ないと親切にも教えてくれました。真面目に、調子に乗って変な質問した自分が恥ずかしいです……。

 ただ、カルテッドコミュニケーションズの方でも私の出した記事は読んでいてくれたとのことで、以前から興味を持っていてくれていたようです。そうした背景もあってかしばらくメールで往信し、同じ目的を持つ者同士ということもあって職場受け取りをもっと社会に広めていこうという点で同意できました。
 手始めにとばかりにさっそくこうしてこのブログで記事を書いてるわけですが、いくつか素直な心情を述べると、一企業がこうした草の根運動を展開しているということと、物流業界団体の元理事などからも推薦文を得ているということに驚きました。

 こう言っては何ですが物流業界とはかかわりのない広告企業がこうした運動を展開しても稼ぎに直結するわけではないのに、またどうしてここまで熱心にやろうとするのか、その情熱が不思議であるとともに頼もしいです。次にリンク先のページにも出ていますが、物流団体の理事から推薦文を得ていて、よくこんな業界側からも応援を得たなという点で私にとっては意外でした。
 何故意外だというのかというと、私はこの再配達問題が報じられ始めた当初から物流企業らは本気でこの問題を解決する気はないとみていたからです。

 内閣府の審議会資料や各物流企業大手の意見などをつぶさに見てきましたが、何故かどいつもこいつも対策にはコンビニ受け取りか宅配ボックスしか挙げず、中国やベトナムなど海外の事情を少し調べればわかるはずのこの職場受け取りについては誰も言及しない、むしろ言及を避けるような雰囲気すら感じました。そもそもこの再配達問題も短期間で急に持ち上げられた点で不自然さを感じており、はっきり言えば何か裏があるなと当初から見込んでいましたが、方々から話を聞く限りだとさも配達現場が大変だと主張して配達料の値上げの口実に使うという配達大手の目論見があったと言われています。
 もちろんこの主張には何も確固たる証拠はないのですが、今年1~3月はあれだけ大騒ぎしたのに4月以降から急激に関連報道がトーンダウンしてきたと私には思え、これが一種の状況証拠ではないかと見ています。また同時に、4月に宅配ボックスの設置購入に際して国から補助金支給が決まったことも影響したのではないかと思います。あくまで私個人の目線ですが、以前頻繁に出ていた宅配ボックス関連の報道において、名前こそ敢えて出しませんが宅配ボックスメーカーとして挙げられる会社は決まってある特定の一つの会社だけでした。

 何が言いたいのかというと、再配達自体は確かに座視できない労働問題であるものの、宅配業界や政府は初めからこの問題を本気で解決する気はなく、むしろこの問題を口実に配達料値上げと補助金ばらまき及び受け取りを狙っていたのではないかと思え、その目的がほぼ達成されたからこそこの問題についてはもう主張しなくなり、報道も減っていったのではないかと言いたいわけです。
 ならばもうこの問題は放っておいてもいいのではと開き直ることもできますが、配達会社は既に得していても、配達現場の過重労働は今のままでは解決されないまま今後も続く可能性があります。そういう意味では、本当にこの再配達問題を解決へと導く正しい対策を普及させることは、宅配ボックスメーカーを儲けさせることよりもずっと重要であるように思えてくるわけです。

 こうした視点や価値観は話を聞く限りカルテットコミュニケーションズとも共有できているように思え、再配達への対策として真に実効性の高い「職場受け取り」をもっと普及させようとして上記運動を展開されています。私としてもこうした姿勢は応援する立場にあり、ブログならば書ける私の推察とともにこうして紹介するに至りました。もっとも例の宅配ボックスメーカーに関しては、怖いもの知らずで鳴らす私ですら喧嘩するにはやや尻込む相手なので名前は伏せたわけですが、マジな話、あそこの広報はトヨタと並んで手強いしやり辛いと感じます。

 最後となりますが現在、職場受け取り運動のサイトでは賛同企業を募集しており、興味のある方は自分の会社や知り合いの経営者とかに紹介いただけると助かります。それにしても、見たところ運送業系企業の名前が賛同企業に入っていないというのも因果なものです。
 念のため書いておきますが、別に賛同企業が増えても私のところにはお金は入ってこないし、この記事も完全無償で書いてます。あくまで私はこの運動を応援する立場で推薦しているのであって、打算的なものは何もありません。自分が望むのは過酷な配達労働環境の改善と、従事者側へ消費者が歩み寄る形での労働効率の改善だけです。

2017年9月5日火曜日

返信してこなかった東海テレビ( ゚皿゚)

 昨日の記事で東海テレビの報道で「全国初」と書くのは間違いではないかと指摘しましたが、同じ指摘をあらかじめ東海テレビにも送っておいたにもかかわらず何も返事よこしてきませんでした。自分は記者時代、こういう指摘来たらきちんと受け取った直後に返信していたというのに、中日新聞と言い名古屋のメディアはカスぞろいだ。

残業80時間超の名古屋「大宝運輸」 厚労省が企業名公表、働き方改革で初(産経新聞)
トラック運転手84人に違法残業 新基準で初の社名公表(朝日新聞)

 上記は全く同じニュースを取り上げた全国紙二紙のニュース記事ですが、さすがは新聞メディアというべきかきちんと「わかっている」記事を書いています。具体的には今回のブラック企業社名公表は「今年1月以降の新基準で初」ということが強調され、「全国初」という言葉は一切使っていません。

違法長時間労働に是正指導 名古屋の大宝運輸(読売新聞)
違法な長時間労働 名古屋の運送会社名を公表 愛知労働局(NHK)

 一方、読売とNHKは「新基準ができてからは全国初の公表」という表現で紹介しています。個人的には社名公表自体は既に何度も行われているのでいくら新基準以降とはいえ「全国初」という言葉を入れるのはいかがなものかと思いますが、それでもきちんと背景を書いているだけマシでしょう。
 東海テレビのニュース原稿の場合は第一段落で「全国初の社名公表」とぶちあげた後、最終段落末尾で「新しい基準が適用されたのは全国で初めてです」と書いてあり、「全国初」が最初に強調されているため誤解を招きやすく、私からしたらこれはあり得ない書き方です。というよりそもそも、このニュースでの政界はやはり「新基準初」であり「全国初」ではなく、この言葉自体入れるべきではないでしょう。

 では何故東海テレビを含めた三社はこの無用で誤解を招くような言葉を入れたのか。恐らく愛知労働局が記者会見で「全国初」という言葉を使ったからに他ならないでしょう。割と駆け出しの記者に多いですが、記者会見や取材で言われた通りの言葉をそのまま内容考えずに使ってしまうという、あまり褒められない行為をやってしまったのだと思います。私もあんま人のこと言えませんが、基本的に取材される側は自分たちをよく見せようと大きくものを言ったり、不要な言葉で修飾しがちとなりますが、事実を適切に伝える場合はそうした言葉を排除することが必要です。ただ言われたことを右から左に流すだけなら、リリース文をコピペしているも同然です。

 まぁ今回の件は自分もかみつき過ぎかなと思いますが、やはりわかってるメディアはわかった書き方をしているというか、産経と朝日はちゃんとよく見て記事出しているなということがわかったのは個人的に収穫です。逆を言えば、東海テレビとNHKが二つやらかしたことをみると、テレビメディアはやはり新聞メディアと比べると言われるがままに垂れ流しがちなのかなとも思います。まぁこう言ったら読売の立つ瀬ないけど。

2017年9月4日月曜日

ニュース雑感

プロポーズ成功直後…男性が橋から転落死(日テレ)

 一見して、「逆じゃね?」と思いました。何かとは言いませんが。

月197時間残業も…運送会社「大宝運輸」で違法残業 全国初の社名公表 名古屋(東海テレビ)

 一見して、「全国初?」と思いました。というのも厚生労働省は昨年に過労自殺を招いたに電通を差し置いて私もバイトしたことのある「エイジス」という会社を筆頭に、これまでに何度もブラック企業を公表しているからです。限定表現として「名古屋初」という言葉もなければ「運送業界初」という言葉もなく、何を以って「全国初」という見出しを付けたのか理解に苦しみます。
 テレビ局の記者とは直接関わったことはありませんが、ブラック企業の社名公表が何度も行われている現状を知らずにこんなニュース原稿書いたとしたら、言っては悪いですがお粗末すぎるにもほどがあるでしょう。私が尊敬する清水潔氏は日テレ所属なので人によるのかもしれませんが。

 ただこのニュースに関してはさすがに捨ておくことができないと感じたので、先ほど東海テレビに「ほんまかいな」と尋ねるメールを送りました。いくつか罠はったメールにしておいたので、素直に認めない限りどんな回答が来ても追い打ちかけられるようにしているので、一つ遊んでみようかなと考えています。
 それにしても、最近忙しいにもほどがあるのにこんなニュースにもいちいち反応していて自分でもやや馬鹿々々しさを感じます。昨日も散々友人らに、「本気で今会社休みたい」と洩らすほどの状態ですが、休んだら休んだで周りに負担来るため休めないという状況ってのが笑えてきます。弱音ばかりで情けないですが、早く体調戻してまたバリバリ記事書きたいです。

  おまけ
 昨夜友人と夕食した際に向こうがふざけて、「悪い、財布忘れたからお金払って」と言ってきましたが、「てめぇ携帯持ってるだろ。中国なら携帯で何でも払えるから財布なんて不要!」と言い返し、「財布忘れた」という言い訳が通じないほど中国の電子決済化は進んでいるのだなと二人(プラスワン)してしみじみ思いました。なお夕食代は結局三人でワリカンです。

2017年9月1日金曜日

異常な記事投稿数

 表立って言いませんでしたが、実は先月の時点でこのブログの投稿件数が3000件の大台を突破していました。突破したとはいっても過去にいくつか、私が記憶する限りだと一桁に留まっていますがいくらか削除した記事もあるので実際投稿数量とはやや差があり、それもあってか3000件目の記事を出した際も特にアピールしようという気にはなりませんでした。
 もっともこのブログ自体も今年12月で10周年を迎えるので長くやってれば投稿数もそれだけ増えるのでそこまで自慢するような数量だとは思いません。ただ、記事一つ一つの分量は明らかに他のブロガーと比べても私のは異常な量で、尚且つこのハイペースな投稿数を維持するのは我ながら凄いとかそういうのではなく、ただただ異常だと思います。

 先日にJBpressの編集長と会って話をした際にも向こうから、「どうしてもっと外部から執筆オファーが来ないのですか?」と言われましたが、正直私もなんでもっと来ないのか内心不思議です。メディア業界というのは内容以上にともかく記事を大量に書ける人間が重宝されやすく、それこそ私の場合だと中国、歴史、政治、マンガ・ゲームなどであれば、内容の深さを問わないのであれば時間が許す限りほぼ無限に書くことができると自負しており、このブログがそれを証明しているとも考えています。
 実際にというか、一回あまりにも体調おかしくなった際にブログの投稿を不意に一週間ほど停止したことがありましたが、その時期は夜の時間が有り余って仕方なく、いったい自分はどれだけの時間をこのブログ執筆に費やしているのだと我が事ながら意外な事実に気が付いたものです。

 それでもかつては勤務先の仕事が割かし暇すぎるものが多くてそれほど負担にはなっていませんでしたが、現在就いている本業の仕事(最近何が自分の本業かなにかわからなくなってきたが)は繁忙期になるとリアルで忙しく、こっちのブログ書くのも素直に負担に感じるようになってきました。現実に今も準繁忙期で尚且つ自宅でどうもダニなのかどうなのかわからないですが変な虫が湧いてて、突然腕に数センチの切り傷ができるなど夜中の睡眠がえらく妨害されてふらふらな日々が続いてて、対策に布団乾燥機買ったら数分で電源が切れる不良品で、しかもタイミング悪く自分者修理できない部屋の特殊な電灯がぶっ壊れて、神経がガリガリ削られる状態でもこうして書いています。三日前に至っては、リアルに一睡もできなかった……。

 そうした状況もあって最近やたらと周りに愚痴を述べる機会が多く、「俺と同じ生活、最低でも同じ投稿数でブログを運営し続ける奴なんているのか?」などとぼやいては自分がどれだけバイタリティに溢れているのかを遠回しに自慢することが増えてきました。自分でいうのもなんですが体力に関してはそんなに自信がなく、土日に平気で10時間以上寝続けるなど割と打ち込まれやすい方です。にもかかわらず負担の大きい活動を繰り返しているように見えるのは、単純に無鉄砲さがひどいからであるように思え、また土日でJBpress用の記事を一から取材して執筆しなければならないというのに、日用に100㎞サイクリングの予定を組むなど我ながらいい加減にしろと思えてきます。
 そんな自分の無鉄砲さに、このブログは支えられてます。