2014年12月31日水曜日

今年書いた記事について

 年も瀬ですがこっちの本番は旧正月なのでいまいち盛り上がれない状態で今パソコンに向かっています。何気に旅行から帰ってきたばかりのため約二週間分の洗濯物をさっきまとめて洗濯機に放り込んだら途中でエラー出て止まったりと、相変わらずの運の悪さが年末にも来ています。
 さて年末を締めくくる今日のこの記事ですが、差し当たって急いで書く記事もないので一年を振り返る意味合いも兼ねて2014年に自分が書いた記事の中で印象に残ったものをいくつかピックアップして紹介しようと思います。そんなわけで改めて右にある過去記事の履歴ツリーをちらちら見ましたが、我がブログながらその膨大な記事数には一目見てげんなりしました。

 まず今年一番傑作だと自負する記事に関しては全く迷いがなく、「人材派遣企業各社の平均的マージン率」を挙げます。アップ当時から周りに、「この記事は大手新聞の一面を飾っても恥ずかしくない」と豪語し続け、現在においても確実にアクセス数が伸びていることを考慮すると非常に良いテーマに手を付けたなという達成感を覚えます。この記事に関しては近々にも続編を書いてみようと考えており、現在の時点でも非常にワクワクしています。

 次にこのブログに恐らく一番期待されているであろう歴史記事に関して言うと、「二次大戦下のフィンランド前編 後編」の記事が個人的に一番納得する出来でした。アップ直後から複数の読者から、「当時、フィンランドがあんな風になっていたなんて知らなかった」などという言葉と共に賞賛を受け、私自身も大国に挟まれてしまった小国がどのようにして国家の危機を切り抜けたのか、その外交や戦争におけるギリギリの駆け引きを拙い文章ながらこうしてまとめられたのは非常に幸福に感じました。
 同じく歴史記事だと、ちょっと主旨が違いますが「何のために歴史を学ぶのか」が歴史を学ぶ意味についてそこそこいい感じに書けた気がします。案外こういう問いに対する回答案というのが見つからないだけに、未踏のテーマに手を付けたなとも思えます。

 読者からの反響が一番大きかった記事であれば、「やる気のある無能」の記事が自分の想定以上にあちこちからコメントが来ました。友人からは、「あれ見てほんま納得したわ」と言われるし、親父からはこの記事を見せた会社の同僚全員が、「こういう奴っていますよね」と全肯定したなどと、サラリーマンであればあるほど共感が得られた記事だったように思えます。書いた本人としてはほかにもこういうテーマの記事書いてる人はいるだろうと思っててそんな反響ないかなと思ってただけに、想定外の反応に非常に驚きました。

 経済関連の記事だとそれほど多く書いてはいないものの、「中国のビジネスホテル市場2014年版」と「九州丸ごと特区化の提案」がなかなか内容もまとまっていて納得しています。ただ経済系の記事はほかのと比べて反応がやや薄い傾向があるのですが、九州丸ごと特区化の話は多分四年後くらいに同じ内容の話がどこからか出てくるんじゃないかと期待しています。
 このほか単純に読み物として面白い記事だと「不死身の弁護士」が小話として内容もあり、また文章も飛んだり跳ねたりしていてなかなかグッドです。そのまんまどっかの雑誌のコラムにもこれは使えるような。

 最後に、基本毎年大暴れというかおかしな行動を何かしら起こす自分ですが、そんな自分の身の回りで起きた出来事を書いた記事が案外読み返して面白かったです。どれもこれも今年前半に集中していますが、夜中に猫同士のケンカの声で起こされた「深夜の決闘」、買ったポーチが異常に砂利臭くて交換してもらった「PSVitaの付属品に伴う懊悩( 一一)」、そして何よりも雪降る深夜に外で長時間待たされ死ぬ思いした「楽しい楽しい帰宅難民体験(;´Д`)」が今思い起こしても強烈な体験でした。
 それにしてもどれも「普通こんなのってあんの?」と思う妙な体験ばかりで、書いてる本人ながら「お前適当に話作ってね?」と疑いたくなるものばかりです。今年に限るわけじゃないけど、なんかトラブルに巻き込まれやすい体質してるのかもしれません。

2014年12月30日火曜日

中国でのGメール遮断について

Gメール遮断で中国批判 米国務省(産経新聞)

 Yahooニュースにも上記のようなニュースが出ているので知っている方も多いのではないかと思いますが、どうも先週末くらいからGoogle社のフリーメールサービス、Gメールが中国で遮断されたようです。ちょうど自分は先週金曜から家を空けて西安に行ってたのでこれまで気づかず、昨夜自宅に帰ってきてようやく事の事態を知り、実際に自分のアカウントで送受信を試してみたところやっぱりアクセスできず怒りに震えていました。

 先に情報を整理しておくと、今回のような事態に至るまで「予兆」というものは確かにありました。2013年の年初までは全く問題なくアクセス出来たGoogleのアプリストア、Google Playが2014年には全くアクセスが出来なくなり、同時にこれまではほぼ問題なく使えたGoogle検索も極端に速度が遅くなっていました。そして今年10月頃には私もよく遊んでいたアプリゲームの「パズル&ドラゴンズ」もGoogleアカウントによる接続認証が出来なくなったためある日突然遊べなくなり、なんとなく落ち武者のような気分にさせられました。なおこれまでこのゲームに費やしていた時間がこれ以降はほかの余暇に使われるようになり、その影響からか10月以降はこのブログの記事の質が若干良くなっているような気がします。

 話は戻りますがこうした予兆の末についに最後の牙城というか、切ってはならないインフラといってもいいGメールにまで中国政府の魔の手が及ぶこととなりました。元々、中国ではブラウザからGメールにアクセスするには非常に時間がかかっていたのでこれまで私はメールソフトのWindows live mailを使ってGメールを複数アカウントで利用していました。しかし今回の遮断を受けてかこのメールソフトを使ってもアクセスすることが出来ず、これまでGメールを使って行ってきたこのブログへの投稿も一夜でできなくなり、仕方ないのでこういうこともあろうかと用意していたVPNを使って今この瞬間もブログを書いております。朝日新聞よ、これが検閲だ。でもってこれが自由を求める戦いだ。

 こう言ってはなんですが自分はかなりの中国贔屓で日本人皆に嫌われていると思うから日本人を批判することを数多く書いている傍で中国を持ち上げる記事をこれまでに数多く書いております。そんな自分からしても今回の子の暴挙に関しては激しい怒りを覚え、やってることは北朝鮮と一緒だと強く中国を罵りたい思いがします。
 私などはGメールの依存度は少なく、どちらかというとYahooメールをメインで使用している上にVPNを経由すればまだアクセスできるからいいものの、中には一夜にして連絡手段を断たれた外国人もいるのではないかと思います。そういう人たちの中には家族との連絡に使っている人もいたかもしれませんし、またビジネス上で重要な情報のやり取りをしていた人もいるかもしれません。そのような人と人のコミュニケーションを繋げる電子メールはいわばインフラも同然で、有史以来脈々と続けられてきた文書によるつながりを断つなぞ言語道断と言うよりほかなく、人と人のつながりを断つような人間は真に排除されるべき人種でしょう。

 中国外交部の報道官はこのGメールのアクセス障害について原因は不明で担当部署が確認をしているとした上で、中国は海外からのどんな商業活動も妨害はしないと発言しておりますが、この嘘つき八百太郎が、中国政府は嘘しか言えないのかと面と向かって言ってやりたいです。まだパズドラだけを規制するならともかくこのGメールを規制することはどんな理由があれ納得することはできず、ソニーピクチャーズも折角だから北朝鮮に続いて中国を舞台にした映画を作ったらどうかと密かに思います。

 本日ブログ記事二本、あとあちこちに手紙書いてて、書いた文字数は合計5000字強。執筆時間は実質一時間半でした。自分も手ぬるくなったもんだ。

西安の旅行記


 知ってる人には早いですが先週土曜から昨日の月曜までの三日間、友人の上海忍者と共に中国の陝西省西安市に旅行に行ってきました。なんでこの時期にここに来たのかというと、西安に留学中の後輩が来月にも留学を終えて帰っちゃうので、そんならはよ行かんとと思って上海忍者に航空券からホテルの手配まで全部やらせて(結構得意そう)矢も盾もたまらず行ってきました。

 西安市とは昔の名前で言えば長安市で、前漢や唐の時代にはここに首都が置かれた古都です。それだけあって市内各所には押しも押されぬ歴史的観光地が数多くあり、また外国人観光客も多いことから最寄りの咸陽空港には国際線の発着便が充実しているなど、文字通り観光都市というイメージを強く受けました。
 市政府もそうした観光産業を強く打ち出している向きがあり、空港から市内へのリムジンバスも充実していればしないから兵馬俑など周辺の観光地へ向かう公共バスもルート別に数多く用意されており、またその添乗員らも何時にどこそこを出発するかやお得な入場割引などの制度も熟知しており、ことサービス産業に関してはなかなかの気構えを持って臨んでいるように感じられます。


 上の写真は言うまでもなく兵馬俑でこの写真で見ると対比が難しいですが、左右の端にある小っちゃい黒い影が人間であることを意識すると如何に巨大な遺跡であるかが少しはわかるのではないかと思います。実際いってみて自分も圧倒されましたがよくもこんな巨大な遺跡を発掘した(発掘作業は現在も続いている)物だと思うと同時に、重機もない古代にこんな巨大なものを作るなんて、一体中国はどうして昔から労働力というか人口が豊富なんだと思い知らされました。

 なお写真の遺跡は一号坑で、このほかにも二号坑と三号坑があり、この三つの坑全てで阿発掘作業は完了しておらず、私たちの見ている横でも発掘員がなにかしら動いていました。あとこの兵馬俑は1970年代に井戸を掘っていた農民が見つけて届け出たことにより日の目を浴びましたが、この時発見した農民二人はまだ生きており、この兵馬俑に併設されている博物館に行くとたまに入り口前に座ってて彼らの本を買うとその場でサインしてくれます。そんな情報を後輩に聞いてから博物館に行ったらたまたまその発見者が来ており、お昼時だったので椅子に座ってカップラーメンを食べてました。ちなみに本は200元(約4000円)もしたので買いませんでした。

 このほか写真には撮りませんでしたが気に入った観光地としては華清池という温泉のわき出る保養地があり、ここには日本人もやたら好きな楊貴妃がよく来ていたそうです。てっきり露天風呂っぽい跡地が小さく残ってるだけかと思ったら普通に宿泊施設付温泉保養地みたいなでかい観光地で、裸の楊貴妃の卑猥で巨大な像までそびえていました。上海忍者がやたらその像の胸を触れと薦めてきましたが自分は拒否しました。

 なおこの華清池は近年まで普通に保養地として使われており、日中戦争の最中にも蒋介石が訪れています。そしてこの華清池にいたところを張学良、楊虎城がクーデターを起こして蒋介石を捕縛、監禁し、中国共産党との和解を強制する、俗にいう西安事件の舞台にもなっています。
 この事件の痕跡が華清池には生々しく残っており、山を背にした建物の壁には銃撃によって空いた穴が無数に残っており、なかなかに見ごたえのある観光地です。ちなみに西安市内中心部にはこの時に張学良がいたという建物が残っており、「西安事件記念館」として博物館になっています。


 最後のこの写真ですが、これは市内を歩いている最中に友人が見つけた置物のお土産です。
 男三人揃って全員、「何やねんこれ!?(関西弁)」で叫びつつ、自分は買いませんでしたが上海忍者と後輩はちゃんと買っていきました。このお土産を買う際、友人らはこっちの買い物に当たっては一般的な値切り交渉を土産物屋の親父と行いましたがその親父は、「この置物はもうライセンスがなくなってるためめったに手に入らない」などと言っては値下げ要求を跳ね除けようとしたものの、そもそもこんな物騒な構図の置物にライセンスもクソもあるかと言い返して45元(900円)のスタートから25元(500円)まで値下げさせました。

2014年12月25日木曜日

私的今年の十大ニュース

 昨夜はケンタッキーで中国人の友人に日本語を教えておりましたが、先に着いたので食事を終えて待ってたら、まだ私がご飯食べてないと勘違いした友人がファミリーセットを買い込んで持ってきたため、お互い腹一杯になるまで鶏肉をむさぼり食い続けたクリスマスイブの夜。
 話は本題に入りますが、年の暮ということもあるので今年起きた国内のニュースの中で個人的に印象に残ったニューストップテンをまとめておこうかと思います。なんでこんなことやろうって思ったのかっていうと、友人がこの前にビル・ゲイツが今年一番びっくりしたニュースを教えてくれのがきっかけです。そういうわけで早速ニュース十個を選びました。
 
<印象に残ったニューストップテン>
一位 STAP細胞騒動
二位 袴田事件再審決定
三位 朝日新聞の誤報問題
四位 チバットマン
五位 「笑っていいとも!」終了
六位 佐村河内、野々村などお騒がせ人物
七位 高倉健氏の逝去
八位 田中投手のメジャーでの活躍
九位 神戸女児殺害事件
十位 声優のアイコ昏睡強盗事件
 
 ひとつひとつ解説を行っていくと、まず一位については通年に渡って日本国内を騒がせた問題であることからこれ以外ないというくらいの気持ちで一位に置きました。感想についてはちょっと前の記事でもまとめているのでもうこれ以上は敢えて更には語りません。二位の袴田事件再審決定についてはそこそこ冤罪問題を過去に追っていることもあり、まさかこの事件で最新の光が当たるとは思っていなかっただけに強い衝撃を受けたのと、ここ十年くらいの期間で日本の裁判がここまで変わったのかといういい意味での驚きから強く印象に残りました。
 
 三位の朝日新聞の問題については従軍慰安婦問題で誤報を認め謝罪した点以上に、池上彰氏の朝日を批判するコラムを載せなかった問題の方が自分の中では大きく感じました。別に朝日に限ることじゃないけど、彼ら大手マスコミの「自分たちは批判するが、自分たちだけは批判されたくない」とでもいうような妙な倫理観を強く垣間見えたように思え、やはりというか認識の違いを強く感じた事件弟子亜t。これについてはまた今度、別の所との比較でちょっと取り上げるつもりだけど。
 
 五位の「笑っていいとも!」終了は一つの時代の終焉を強く感じさせる出来事と、その後番組の「バイキング」のどうでもよさが相まって見事ランクイン。六位のお騒がせ人物はある意味で一位のSTAP細胞騒動も含まれますが、一人ずつ取り上げてったらこいつらで全部ランキングが埋まる恐れがあったのでひとまとめにしました。
 七位の高倉健氏の逝去は中国でも大きく取り上げられるなど、かつての三船敏郎同様に海外での影響が大きな役者の死だった故にランクインしました。なお逝去直後のネットの声に、「この人の演技は下手だったが」というコメントが結構見られましたが、これには個人的に違和感を覚えました。確かに役者であれば演技が上手いに越したことはなく、その目で見れば高倉氏の役柄はどれも似たような寡黙なキャラで演技達者と言えるかと言ったら微妙な点です。しかし役者にはもう一つ「雰囲気」という要素が要求されるのであり、それこそオーラとも言うべきかただ画面に映っているだけで強い存在感が感じられるような雰囲気を持つ意味では、高倉氏は大した役者だったように思えます。逆を言うなら、現代の俳優はこうした雰囲気を持っている人がほとんどいないということの表れなのですが。
 
 八位の田中投手の活躍については開幕前からある程度予想していたものの、その予想以上の堂々としたピッチングぶりにはさすがマー君と、一体いつまで君付けで呼ばれるのだろうかと思いつつ唸らされました。マウンドでの活躍はもとよりも、試合後のインタビューも「メジャー選手なんて軽いね」なんていうような驕った発言はほとんど見られず、それでいて各試合の調子を自分の目線できちんと伝える姿勢には見ていて惚れ惚れしました。元々、デビュー一年目から受け答えが立派な選手でしたがこのところはますますよくなっているように見えます。
 九位の神戸女児殺害事件は事件の陰惨さもさることながら、遺体発見現場が自宅近くだったにもかかわらず長い時間発見することが出来なかったばかりか、容疑者の自宅に凶器が見つからないと発表してから数日後にすぐ血の跡のある包丁を見つけたと訂正するなど、兵庫県警の対応が見ていて非常に腹立たしかったです。尼崎の事件といい、元から兵庫県警は信用していませんでしたが今度の事件でもその不甲斐なさが発揮され、馬鹿は死ななきゃ治らないというのをきちんと証明してくれたように思えます。
 なお今年起きた陰惨な殺人事件では佐世保の女子高生が同級生を殺害し、バラバラにした事件もありましたが、私個人としてはこれはそんな印象には残りませんでした。というのも、世の中この女子高生みたいな人間の一人や二人くらいはいるよなって思ったからです。
 
 十位の「声優のアイコ」と名乗っていた容疑者の昏睡強盗事件にかんしては、監視カメラに映っていた控え目に言っても目立つ犯人の容姿、そして犯行の手口の時点でも面白い事件でしたが、それ以上に驚いたのは犯人が性同一障害を抱えており裁判でも自分は男だと主張した点です。自分を男だと認識しておきながら一体何故女の振り(?)して男たらしこみながら昏睡強盗していたのかいまいちよくわからない上、しかも裁判途中で実は妊娠していたという衝撃の事実と相まって何度も驚かされつつ色々気になった事件でした。あとネットの掲示板にあった、「(裁判で)容疑は否認するが、避妊はしなかったんだな」というツッコミが妙に面白く感じました。それと容疑者は今月、お腹の子を無事出産したようです。
 
 最後、敢えて飛ばした四位のチバットマンについてです。内心ではもっと上に上げてもいいかなと思いつつ中途半端な順位にしましたが、個人的に一番お気に入りのニュースは間違いなくこれです。最初に「千葉県内でバットマンのコスプレした人が走っている」というニュース文を読んだ際はまた変な人が出たのかと思いましたが、写真や映像で見てみたら思ってた以上に本格的で、しかもインタビューに答える中の人の声も低く渋いいい声で、「まんまバットマンやんけ」とそのバイクで走る姿には思わず見入ってしまいました。さらにはなんでこんなことをするのかというBBCなどからの問いに対して、「東日本大震災を受けて周囲の人を笑顔にさせたいため」と答え、また過剰な取材を受けることは本意でないとして途中から取材一切をすべて断るなどいろんな点でこんな人もいるのかと驚かされたニュースでした。
 最近取り上げられる回数は少なくなったものの日本に定着しつつあると見られる伊達直人運動と言い、こういうチバットマンのような人が日本にも出てきたということは素直に歓迎すべきことではないかと思います。たかがコスプレされどコスプレ、根底には周囲の人を楽しませようという奉仕心があるのであって、その気持ちを今後の日本社会がきちんと汲み取れるかが一つの試金石です。
 
 明日からまたしばらく家を空けるので更新を休みます。再開は恐らく次の月曜からです。

2014年12月23日火曜日

デフレはトヨタの賜物か

 
 目下の自動車業界のホットな話題となるとまず間違いなくタカタ問題ですが、私が個人的に気になる問題としては上記のようなトヨタの問題についてです。トヨタとくれば日本の稼ぎ頭といって間違いないのですが、その一方で今日の記事の結論でもありますが日本経済の最大の問題点であるデフレの主因ではないのか、そのような不信感を強く抱いています。
 
 トヨタは現在アベノミクスの追い風を受けて今年9月期の中間決算で過去最高益を記録するなど絶好調が続いています。しかし世間の景況感は未だ悪いままで、しかも過去最高益のトヨタの下請けに至っては上記ロイター(ネタ元は帝国データバンク)のニュースによると7割がリーマンショック前の売上げに回復しておらず、残り2割も「横ばい」と答えるなど全く恩恵を受けていない状態にあるようです。
 それもそのはずというかトヨタは下請け企業に対してほぼ毎年、部品製品のコストダウンを要求しており、その要求値下げ率も大体三年くらいのペースで数十パーセントという、言ってはなんですが途方もない数字をさも平気そうに言ってきます。過去最高益を記録した今年もまた同じくらいのコストダウンを要求しているというような情報をちょっと耳にしたのですが、調べてみたら上記リンク先のニュースにも乗ってますがさすがに今年は多少空気を読んだのか一切のコストダウン要求はしないという方針をトヨタは発表しています。もっとも、冷静に考えるとこれもおかしな言い方にしか聞こえてこないのですが。
 
 というのもトヨタはリーマンショック以降の過去数年間、円高による海外市場の苦戦とやらを理由に下請け企業に対して厳しいコストダウンを要求し続けてきました。これを現在の状況に置き換えるなら、大幅な円安に転じたのだから今まで散々安く買い叩いていた部品の値上げを認めるのが筋じゃないのか、こんな風に思え「今年はコストダウンを求めないよ」なんていうのはちょっとふざけた言い方にしか聞こえません。それに多分、コストダウンを求めないのはあくまで今年だけの話であって、来年はまたいつもの如くコストダウンを要求するのが目に見えています。
 
 ここで私が何を言いたいのかというと、順調に増益に次ぐ増益を達成しているにもかかわらず異常ともいえるコストダウンを連年下請けに課しているトヨタは紛れもなく下請け企業の利益を吸い取っており、ひょっとしたらトヨタこそがデフレを加速させている主要な要因じゃないかとこの頃強く思えてきました。またトヨタのコストダウン要求は明らかに業界における強い立場を利用しての行為であって、小売企業に対し消費税還元セールを独禁法で禁止するくらいならトヨタのコストダウンも独禁法でそろそろしょっ引くべきではないでしょうか、本気でデフレ対策をしようというのであれば。
 
 ちょっと気になったので現在の日本国内の自動車販売台数シェアをこのサイトを参考に調べてみましたが、今年1~11月の軽自動車を除く販売台数シェアだとトヨタは45.2%を占めています。これに実質的にトヨタ傘下であるスバルの3.8%を足すと49%に達しており、さらに軽自動車では同じく傘下のダイハツが単体で30.5%を占めており、こう言ってはなんですがもうそろそろ独禁法かけてもいいくらいのシェアじゃないかと思います。
 トヨタが大した企業であることは認めますが、その無茶なコストダウン要求振りは日本国内の経済を歪な形にさせているように見え、何かしらの形で締め付ける必要があるのではと言いたいわけです。本当の意味でアベノミクス(の目指そうとしているもの)を成功に導くためにも、トヨタを叩くことこそが今大事なように思えます。それこそ狙い撃ちにするような形となってでも。
 
 最後にもう一言だけ書いておくと、かつては画期的な経営手法と言われていたトヨタの「カンバン方式」ですが、ここ数年は経済誌などでもすっかり目にすることがなくなりました。そのきっかけは間違いなく東日本大震災によって起こった生産停止で、あれでこの方式はただ単に不測事態の在庫を一切持たないだけのノーガード戦法に過ぎないということが露呈したからでしょう。これに限ることではないけど、日本人は全体として起こってほしくな自体は起らないことを前提に物事を計画するので緊急時となると異常に弱くなりがちで、いい加減、二次大戦の頃の反省を生かせばいいのにとつくづく思います。

2014年12月22日月曜日

STAP騒動の顛末について

 もはや詳細は語るまでもなく論評だけ書くことにしますが、先週理研はSTAP細胞の再現実験が失敗し、研究を打ち切ることを発表しました。この結果自体は初めから見えていたことで特に驚きもなく、小保方氏の処遇についても本人から辞職願があったのでそれを認めたということも予定調和と言える気がします。その上でこの一連の騒動を総括するなら、2014年はアベノミクスよりもイスラム国よりも、小保方晴子氏とSTAP細胞の一年だったと思えるくらいにこの事件はインパクトがあったという気持ちを覚えます。
 
 この事件の何がすごいのかっていうと、ちょうど一年間で栄光から凋落まできれいに完結できている点です。今年一月末に英科学誌ネイチャーでの論文発表によって一躍「リケジョ」の星だなんて持て囃されたかと思えば4月ごろには研究内容を疑問視する声が出ると共に過去の論文盗作疑惑が噴出し小保方氏も会見に出るなど情報が錯綜する中、再現実験はなかなかうまくいかず8月には理研での上司に当たる笹井氏が自殺し、そして今月12月にはやっぱり作れなかったという幕切れとなります。
 ちょうどこの2014年の一年間を通して定期的に物事が動いていったため終盤までニュースとして腐らず飽きられず、その上でたった一年で「ノーベル賞候補」とされた存在が「疑惑の研究者」として研究現場から離れるというハイスピードな展開振りで。佐野眞一氏のような言い方をするならばその流転っぷりは人として何とも言えない魅力があります。それこそ「オボカタ 奴の正体」みたいな連載記事とかもあってもいいかもしれませんし、もしこんな連載あったら自分も毎週読んでみたいです。
 
 もちろん冗談ではありますが歴史の教科書に、「2014年:小保方の乱」みたいに書いたっていいくらいこの一連の騒動は日本国中、ひいては関連する研究業界に、内容はどうあれ、過去に例のないくらい大きなインパクトを与えた事件だったと思います。何故それほどのインパクトを残せたのかというと、STAP細胞という存在してたら本当にとんでもない価値を持つ研究であったことは元より、過去から現在に至るまで疑惑に満ちた研究人生を送っていながらあくまで自分はシロだと言い続けた小保方氏のキャラクター性があったがゆえといえるでしょう。
 
 このブログでも何度かこの事件は既に記事化しておりますが、過去の記事ではさすがに人格批判になるかもと思ってはっきりとは書かなかったものの、彼女の言動を見ていると明らかに矛盾した内容を口にした上で問題に核心については曖昧に口を濁すなど確信犯的な態度もみられましたが、その一方で自分の嘘を自分自身で本気で信じ込んでいるような、一番厄介な虚言癖を持ってそうな雰囲気を感じました。近いタイプを挙げると鳩山由紀夫元首相もそうでしたが、小渕優子議員や渡辺善美元議員のように人間は嘘をついているような痛い所を突かれると一瞬、「うっ」というような苦しむような表情や詰まったような返答をするのが自然ですが、小保方氏は会見でそういう面を一切見せることはなく、それでいて核心はきちんとはぐらかしてくる点が良くも悪くも常人とは異なるという印象を覚えました。あの佐村河内ですら会見では苦しそうな表情や強がるような素振りを見せていたというのに。
 
 今後の理研はどうなるのか、小保方氏は今後どうなるのか、芸能界入りか?、などがこの騒動に対する現在の主要な議題でしょうが、私自身は逆にこの議題はあまり興味がなく、むしろ一連の騒動の展開とどれだけ多くの日本人の興味をかっさらってったのかという影響を考え分析する方に興味があります。まぁ事件の影響と言っても大きいのはやっぱりアカデミックに対する影響で、この事件以降は早稲田大学以外でも論文の盗用があちこちで明るみに出るなど、ちゃらんぽらんな論文審査が現場で続いていたということに対し一石を投じたのは間違いありません。なおアカデミックに対しこれほど大きなインパクトを与えた事件となると私の中では2000年の旧石器捏造事件くらいしか浮かばず、十年に一度くらいのペースと言えるくらいの大きな捏造事件だったのではと思います。
 
 もう一つ書きたいことを書くと、冒頭にも書きましたがNHKは「リケジョ」という単語をもう一回使ってはくれないのかなと皮肉っぽく思います。もはやこの言葉は小保方氏の枕詞としてしか機能せず、普通に理系学部に通う女性に対して「リケジョだね」なんて言ったら嫌な顔されること間違いなしでしょう。この「リケジョ」という言葉といい、「鉄子」とか「歴女」、「カープ女子」など、本当に一瞬で終わるような流行り言葉を女性に付ける風潮が実は非常に嫌いです。理由は簡単で、そもそもこれらの言葉が女性に冠せられるほど流行していないのと思うのと同時に、試用期間が一瞬ですぐに廃れるなど言葉として軽すぎる印象があるからです。ですから私としてはSTAP騒動に懲りずマスコミ各社はもっと「リケジョ」という単語を連発しまくって流行らせるよう、普及するよう努力するべきだしそれが彼らの責任だと私は思います。そんな責任被りたくないというのなら無用な言葉を作るなんて馬鹿なことをするべきじゃないと言いたいです。
 それにしても、「リケジョの星」は一瞬で、まっさかさまに流れて消えてったなぁ。
 
  おまけ
 「歴女」という言葉がありますが、今の今まで自分が及第点を出すほど歴史知識をちゃんと持っている女性は私は見たことがありません。何も世界史、日本史両方の基礎知識が出来る水準まで求めるつもりはありませんが、せめてどっちかの現代史位は把握してもらいたいのが本音です。「死のう団事件」とか解説できる女性がいたら一発で惚れるんだけどなぁ。

2014年12月20日土曜日

「司馬史観」の影響と現状

 
 上記のニュースは先月、作家の司馬遼太郎の夫人にあたる福田みどり氏が亡くなったことを報じたニュースです。このニュースを一目見た時にパッと私の頭に思いついたことは、「そういえば『司馬史観』という言葉もすっかり聞かれなくなったな」という思いでした。
 
 司馬遼太郎について説明する必要はないでしょうが昭和を代表する人気歴史作家で、河合継之助など彼が小説に書いた影響で一躍人気となった歴史上の人物が数多くいるなど現代においても計り知れない影響を与えた人物です。先に白状すると私は彼の小説だと「太閤記」しか読んでおらず、中学生時代に名古屋に左遷されたうちの親父からこれ読めあれ読めと勧められつつもなんかはまることが出来ず現在においてもほとんど全く手に取っておりません。もっともよく人に驚かれるくらいに普段から本を読まない性質であるのですが……。
 
 そんな大作家、司馬遼太郎の影響力を示す言葉として上記の「司馬史観」という言葉があります。この言葉は司馬遼太郎の小説で語られる歴史の見方でもって各歴史的事件や人物を評価しよう、分析しようとするような見方で、どちらかと言えば影響を受けた読者たちが持った歴史観として使われます。この言葉自体はさすがに昭和期を一桁しか生きていないためどのように発生したのかライブで見ていないためわかりかねますが、少なくとも私が子供だった頃は社会に定着して、この司馬史観に則って実際の歴史を評価しようという動きは確かにあったように思われます。
 具体的に述べると一番大きく取り上げられていたのは日露戦争以前と以後の日本に対する評価で、「坂の上の雲」で日本は日露戦争まではまだまともだったがそれ以降は列強になったという驕りを持ってしまいその後の二次大戦に至るまでの暴走を始めたという考え方を描いた、とするのが司馬史観を代表する歴史観だとして、90年代末期なんかは戦前の日本の行動を肯定的に見る右翼などから批判されていたのを一緒になって批判していた右系少年だった自分が見ています。まぁ今となったら「日比谷焼打ち事件」が確かにターニングポイントだったと思えてきたが。
 
 ただこうした司馬史観は司馬遼太郎本人を置き去りにして広まっていったというのが本当の所のようで、ウィキペディアの記述を信用するなら本人は特に明確な思想でもって小説を書いて行ったわけでもないそうです。また自分の記憶する限りだと本人がこの司馬史観について言及したり歴史観をインタビューで披露するようなことはそんな多くなかったことから独り歩きすることにあまりいい気はしてなかったんじゃないかなと勝手に考えています。まぁ思想というのは一人歩きするから思想と呼べるのですが。
 
 あと司馬史観からちょっと意味が離れるもしれませんが、彼が小説で面白くするために書いたフィクション部分がその影響度の高さからさも歴史事実のように世間で受け止められてしまうということも非常に多かったです。一例をあげると「国盗り物語」で、現代においては一介の油売りから美濃を乗っ取った斎藤道三とされる人物は実は一人ではなく、実際には親子二代の乗っ取り劇だったということがほぼ確実視されていますが、当時の研究のせいもあるでしょうがこれを小説では一代記にして書かかれたために現代においても斎藤道三は一人と見ている人が多数であると思えます。
 ある意味で人気作家であったために起こった弊害と言えますが、彼の小説は歴史事実に対して基本的には即しておりフィクションとノンフィクションがわかり辛いことは確かです。また今のようにインターネットがなく最新の史料研究を知る術がないことを考えると、「司馬遼太郎の小説に書かれているから事実だ」とかんがえるような、一つの司馬史観が流行るのも無理ない気がします。
 
 そろそろ話を戻しますが、現代において司馬史観がどうだこうだという論争はおろか、彼の小説に書かれていたから実際の歴史はこうだ、なんていう主張はここ数年全く見ることはありませんでした。それどころか彼の小説タイトルが話題に挙がることもほとんどなく、逝去からそこそこの時間が経っているとはいえ90年代の頃にあった隆盛ぶりと比較すると隔世の感があります。それこそ90年代ならば、「司馬遼太郎を読まずして歴史ファンとは言えない」というような風潮も感じられ、周囲から何度も薦められていただけにちょっと変わり過ぎではとまで思えてきます。
 
 その上で現代について述べると出版不況を象徴するかのようですが、世の中を動かすくらいの大ヒットする誰もが読むような歴史小説はとんとなくなりました。強いて挙げれば塩野七生氏の「ローマ人の物語」とかくらいで、歴史小説自体がやっぱいろいろ厳しい時代になってきているのかもしれないとともに、ある意味そういうのに盛り上がれる時代だったのかなと振り返りながら思います。

声を失った酒田市長に対する辞職勧告案について

 またなんか香港で動きがあったのか知りませんが今日の夜の時間帯はやけにVPNが繋がり辛く、あれこれしこ錯誤しているだけで位時間も費やしてしまいました。仕事をするなら最高の環境で、と言いたいところですがそんなのは甘えであって不利な状況下で必要とされるパフォーマンスを発揮してこそ一流だという自負がありますが、さすがにネット環境くらいに関してはもうちょっとマシな状態になってもらいたいのが本音です。「企業居点」の方も前は中国のネット回線で作業できましたが、十月くらいから締め付けきつくなってVPNでしか作業できなくなったし。同じWordpress使っている後輩も同じ状況なようで、二人で一緒にため息ついてました。
 ついでに書くとやや説教くさいですが、日本のジャーナリストが政府の規制とか情報統制とか抜かしているのを見ると本気で腹立ちます。数メガバイトの写真ですらまともに送信できない中国で仕事してからもう一度言ってみろと胸倉掴みたくなります。

 一通り愚痴ったところで本題ですが、私以外にも取り上げている方も多いのでスルーしようかとも考えましたが一応記事化しておこうと思います。内容に関しては大きく取り上げられているので知ってる方も多いでしょうが、咽頭がんの手術で声帯を失い、人口声帯を使用している山形県酒田市の本間市長に対し、同市の市議会会派「市民の会」とやらに所属する武田恵子委員が業務に支障をきたすという理由でもって辞職勧告決議案を提出しようと他会派に働きかけていたそうです。もっともこの働きかけは他会派が応じなかったことで流れましたが、この武田委員の行動に対してネット上では極端な行動だとして批判する声が上がっており、また障害者差別に当たるのではと同じ病気を抱える人たちの団体などからも問題視する意見が聞かれます。
 結論から述べると私もこの武田委員の行動は理解できず、逆にこの人に対して辞職勧告案を出すというのなら理解できます。

 武田委員は声が本間市長の声が聞き取り辛いという理由でもって辞職すべしと主張しましたが、ほかの記事でも書かれている通りに聞き取り辛いのであれば聞き取りやすくする方法を探すのがまず第一でしょう。それこそ市長の傍に立って市長の話す内容を復唱する人間を置くなり、パソコンを使って入力した言葉を発声させる方法などいくらでも対策は浮かびます。そうした手段をすっとばして選挙を経て選ばれる市長をいきなり辞職させようだなんてせっかちを通り越して何を考えているのかその無神経さを疑います。しかもこの人の一番わからない点は、こんなすっ飛ばした考えをほかの人間にも平気で口にした上で実際に発議まで持っていった点で、自分が批判されるかもしれないとは思わなかったのか、よくそのような迂闊さで今まで大過なく過ごしてこれたものだと呆れます。

 人口声帯が無くては声が出ないというのはハンデと言えば確かにハンデで、政治家にとって支障がないかと言えば全く支障がないとは言えません。仮にこういうことが中央政府の総理や大臣職などにいる人物に起これば外交や行事参加などの影響を考えると私も辞職もやむを得ないかと思いますが、地方自治体の首長レベルであれば周囲の理解とバックアップさえあれば特に問題はないと思います。またこうした障害を持つ人間もいるのだということがある意味大きく顕示されるので同じ障害を持つ方たちへの理解の広がりにもつながると思えるし、個人的にもハンデを持ちながらもそれに対応していこうという人は応援したくなります。それだけに障害を持った本間市長に理解を示さないどころか一方的に排除しようと動いた武田委員は私からすれば共感の持てない人物であるように思え、議員としてあまりいてもらいたくない人物だと言いたくなります。

2014年12月18日木曜日

どうでもいい近況

 
 上の写真はまたネットで拾ってきた猫写真ですが、そのあまりの構図にびっくりするとともにはまってみてます。写真って奥が深いな。
 
 さて今日はSTAP細胞か市民の会かについてでも書こうかとも思いましたが、ぶっちゃけ寒くてやる気が出ません。昨日よりかは大分マシですが妙に眠いのと寒くて手がかじかむので重たいテーマは書きたくないのが本音です。眠たいのはいつも夜中三時くらいにパッと目が覚めちゃうのが原因かなぁ。
 なもんだからどうでもいいこと書こうかと思い立ったわけですが、今日仕事場で革命的な出来事が起こりました。どんな出来事かというと、暖房が突然直りました。
 
 自分の仕事場にはもちろん空調があるのですが夏場の冷房は機能していたものの何故か暖房は機能せず、昨日まで従業員みんなでコート着ながら仕事してました。もうこんなん我慢するとこちゃうと思って自腹切ってもいいから直そうよと上司と同僚に話したところ、「去年も一昨年もこれで越冬できたから大丈夫」とアザラシみたいな回答されたものの、ひとまずフィルター掃除してみようとという話になり、フィルター掃除したらあっさり直りました。恐らく、フィルターのつまりで風が届かないかなんかで暖房スイッチが機能しなかったのではとみんなで相談しています。
 これで仕事に集中できると思いましたがいつも震えながら作業していたこともあり、急にあったかくなったので眠気を覚えるなどあんま集中できませんでした。まぁずっと英文の規格書眺めてたのも影響してるだろうが。
 
 プライベートの方では今日、「監獄学園」という漫画の最新刊がKindleで発売されているのを知って先程ダウンロード購入しました。いつも通り期待を裏切らない面白さでしたが、実は昨日にも同じくKindleで「ウィッチクラフトワークス」の三巻を買うなど散財が続いています。
 監獄学園についてはレビューはいいですが、ウィッチクラフトワークスは日本の本屋店頭に並んでいた表紙を昔に見ており、当時は「また典型的な萌え漫画だろうな」と思って意に介しませんでしたが、去年に公開されたアニメを試しに見たところキャラクターの設定や性格が面白く、萌え漫画として切って捨てるにはもったいないと思って漫画喫茶で全巻読んだ後、今ちょこちょこ単行本を買い揃えています。
 
 大学生だった頃、自分とそりの合わなかった指導教授(何か指導を受けた覚えはないが)がある日、「そもそもかわいいって概念はなんやろな」とつぶやいたことがありました。言われてみるとかわいい物は溢れているのに「かわいい」を定義するのは難しいと自分も感じたのですが、このウィッチクラフトワークスを読んでると「かわいいとはまた異なるかもしれないが、ファンシーという概念はこの漫画が最も的確に表現しているのでは」なんてつくづく思います。既に読んでる人には早いですが、作中では魔女がたくさん出てくる上に熊や兎のぬいぐるみがしょっちゅう巨大化して戦ったりしていて、そのデザイン性は読んでて現代の漫画家の中でも図抜けている、というよりよくこんな多才な絵柄を描けるもんだと驚かされます。
 ファンシーとは離れますがこの漫画で何よりすごいと思うのは背景です。連載が始まったばかりの一巻の頃はまだそうでもないですが、二巻以降はどのページも異常な奥行感とともに背景が割合びっしりと描かれています。それでいて人物の描画は崩れないのですから、どういう見方で世界を見ているんだとこの点でも驚かされます。もっと早くこの漫画に注目できていればよかった。
 
 最後これは予告も入りますが、最近読んだ漫画の中では「もっけ」という漫画が最も面白いと感じ、こちらに関してはそのうちレビュー書きます。この「もっけ」は既に連載を終えていますが、こちらこそどうして連載中に手を取らなかったのだ俺はと心底後悔するほどよくできた漫画です。中国にいながらこういうこと書ける環境になったのも、素直にうれしいものです。

2014年12月17日水曜日

日本と中国の妙なコーヒー事情

 今日また知り合いの中国人に日本語を教えるためケンタッキーに長居しましたが、日本人はクリスマスにケンタッキーを食べる習慣があるのだよと教えたら中国人はどんな反応するのかちょっと気になりました。ちなみに先日同僚に、「クリスマス近いけど、このハイトゲージに取り付けられるダイヤルゲージをサンタさん持ってきてくんないかな……」と、製品検査しながら妙な愚痴をこぼしました。あと望むらくならキーエンスの最新式ビッカース硬度計も欲しい。
 
 そういうわけで本題ですが、今日はケンタッキーでコーヒー飲んできたのでコーヒーの話か来ます。コーヒーというと日本では最近だと100円払えばコンビニでもそこそこいいコーヒーが飲めるようになり非常に身近な飲み物となっていますが、中国では大都市を除いてまだまだコーヒーを飲む習慣自体がありません。上海なんかだと日本同様に各コンビニチェーンがコーヒーをそれこそ一杯100円くらいで販売をしてますが喫茶店とか行くと20~30元(400~600円)くらいして、ほかの物価と比較すると何となく高い買い物している気がします。
 とはいっても以前と比べるなら物価水準に比してコーヒーの価格は下がってきており、たとえば私が北京に留学していた2005年などはチャーハンが一皿5元だったのに対してコーヒーは今と同じ30元くらいで、「この一杯がチャーハン六皿分か……」と思うといたたまれなくなりました。今だとチャーハンも7元はするようになって、以前に比べれば差は確実に縮まってきています。
 
 話は戻って中国のコーヒーについてですが、日本では一般的なコーヒーを頼む際は「ブレンドコーヒー」とオーダーします。しかし中国には「ブレンドコーヒー」という呼称は存在せず、「普通のコーヒー」といってもちょっと通じ辛いです。ではどのような呼ばれ方をしているのかですが大まかに二種類あり、一つは「経典珈琲」という、敢えて日本語訳するなら「クラシックコーヒー」という呼び方があります。これに対してもう一つの呼称は「美式珈琲」で、この「美式」というはどういう意味かと敢えて言うなら「アメリカン」、そう「アメリカンコーヒー」と言うと中国ではブレンドコーヒーが出てきます。なおアメリカの中国語は「美国」です。
 
 日本人からしたら「アメリカンコーヒー」というと通常のコーヒーをお湯でやや薄めたコーヒーを指しますが、中国では何故か普通のコーヒーを指します。ただそもそもの話、アメリカに「アメリカンコーヒー」なんてものはなく、この言葉自体が日本の造語でもあります。一体何故かこの日本人は薄めたコーヒーのことをアメリカンなんて言い出したんだろう。
 昔喫茶店でアルバイトしていた時にこの話題が出てきて、折角だから対になる言葉を作ってはどうか、たとえばめちゃくちゃ濃いコーヒーを「アフリカン」と呼んではどうかと私は提案してみましたが、「それ普通にエスプレッソやん」とツッコまれました。むしろエスプレッソをこれから「アフリカン」と呼ぶべきだなんて思うのはきっと私だけでしょう。ブラックな感じが如何にもアフリカっぽいイメージなんだけど。
 
 最後ほんとどうでもいいことですが、中国ではスターバックスが進出してからまともなコーヒー需要が出てきたこともあってスタバが主力とするエスプレッソやカプチーノの方が人気高いように思います。そのカプチーノですが中国語の発音だと「カァプチィルォ」みたいな発音になるため、発音する度に物凄い違和感を感じるので敢えてオーダーせずいっつも「美式珈琲」を頼んで飲んでます。なおマクドナルド、ケンタッキーのコーヒーは日本も中国もほぼ同じです。

2014年12月15日月曜日

浜口雄幸にまつわるエピソード

 またどうでもいいですが前髪が長くなってきたせいで非常に気になります。基本自分は髪型に一切のこだわりがなく「伸びたら切る」の精神でもってきっかり三ヶ月ごとに一回、年四回だけ理髪店に行きますが、中国の床屋だと頼みもしないのに勝手にパーマをかけ始めたり、田舎出身の理髪師が多くて自分の標準的な中国語が通じなかったりするのであまり行きたくありませんが、来週あたり腹くくっていかないとなぁ。海外生活で困るのは一に食事、二に床屋、三にカレーだと思う。
 そういうわけで本題に入りますが、このところ日本史ネタをほとんど取り扱ってないのでパッと書ける浜口雄幸に関する話でも紹介します。
 
浜口雄幸(Wikipedia)
 
 浜口雄幸とは大正から昭和初期にかけて活躍した政治家で、政党政治を徹底して貫いた上で総理にも昇りつめた人物です。名前が「雄幸(おさち)」と一回聞いたら大体一発で覚えられそうな特徴的な名前をしていますがこれには実はわけがあり、生まれた当初に両親は彼の名前を「幸雄」と名付けようと思ってたところ父親が出生届を出しに行く時に酔っぱらったまんま出かけちゃったもんだから、届けに書く名前をあべこべに書いて「幸雄→雄幸」となってしまったそうです。いい加減にしろよこのクソ親父と思いたくなるエピソードですが、こんな親の下でも総理になれるんだから親は無くとも子は育つもんだなぁ。
 
 浜口雄幸は幼少時から秀才であったことは間違いなく、地元高知の学校を卒業した後は東大に進学してそのまま大蔵官僚になります。その官僚時代に割と人材コレクターな気のある後藤新平に目をつけられて引っ張られる形で政界入りし、所属する憲政会の中でもその謹厳実直な性格が周囲に受け入れられていき徐々に有力議員として周囲からも目されるようになります。
 昭和四年(1929年)に起こった張作霖爆殺事件について天皇から叱責を受けた田中義一内閣が退陣すると、その後継として当時憲政党の総裁であった浜口雄幸に組閣の命が下ります。こうして発足した浜口内閣はやっぱり浜口自身の人望が高かったこともあり高い人気でありましたが、時は昭和恐慌の時代であったため民衆が彼に求めたのは現代同様に経済の立て直しでした。
 
 経済を立て直すに当たって浜口は蔵相(この言葉を使うのに懐かしさを覚える)に任命した井上準之助と共に金本位制の復帰を強行し、そこへニューヨーク発の大恐慌が襲ったことから景気はそれ以前よりも一層厳しい状態を迎え、文字通りデフレスパイラルに入ってしまいました。この金本位制の復帰は実施当時であっても経済政策として間違っているなど批判にさらされており、現代の分析においても逆行させる悪手であるとの評価が多いです。私自身の考えも同様で、浜口、井上の人格はともにしっかりしたものだし信頼に足るような人物ではあったものの、経済政策に関しては弁解のしようがありません。特に井上の後を引き継いだ高橋是清が全く逆の政策でもって一気に金融を立て直した実績と比べると尚更です。
 
 その後の浜口ですが大方の人間も歴史の時間で学んだ通り、最終的に右翼青年によって暗殺されます。この暗殺劇ですが銃撃されて即死亡したわけではなく、襲撃直後の浜口は一命を取り留めておりました。しかし当時は政党政治が悪い意味で発達し始めた時代で、野党の立憲政友会はこれこそ政権奪回のチャンスとばかりに総理の浜口のいない間に散々あることないこと批判を行った挙句、「総理、怪我したとか言い訳してないで出てこい」とばかりに攻撃し、これに応える形で治療中の浜口は無理をして国会に出席する日もありました。しかしその代償は大きく、出席してからというもの浜口の容体は悪化して総理の職からも引きましたが時すでに遅く、襲撃から9か月後の1931年8月に逝去します。
 
 なおこの時に激しく浜口の登壇を求めたのはほかならぬ鳩山一郎でした。また浜口を襲った人物は襲撃理由を浜口内閣が統帥権の干犯を犯したからだと主張しましたが、「統帥権の干犯とはなんだ?」という警官の質問については何も答えられなかったそうです。
 これも知ってる人からしたら有名ですが、「統帥権の干犯」という言葉を生みだしたのはほかならぬ鳩山一郎でした。ぶっちゃけいこいつさえいなければ浜口雄幸も死なずに済んで、その後の軍部の暴走も起こらなかったんじゃないかなと思えてきます。また浜口を襲った襲撃犯についても、いつの時代も下らない人間ほどどうしようもないことをしでかすものだと、現代にありながらこの人物に対して見下げた感情を覚えます。

2014年12月14日日曜日

今回の総選挙について

 今日は朝から右目の奥が痛いと思って目薬さしてましたが昼過ぎに眼球というより頭が痛いことがようやくわかり、おかゆ食べてから頭痛薬のんでほぼずっと寝てました。体調悪くなるのも久々だなぁ、パーカーだけという薄着で走り回ってるせいかな……。
 
 話は本題に入って選挙の話。今回の選挙ほど評論や解説のしようのない選挙はかつてないと思いますが結論から述べるとなるべくしてなった結果で、自公大勝というのは当然と言えます。むしろ逆に何故民主党は負けたのか、敗因があまりにも多すぎて何が一番重かったのか順位付けするのがかえって難しいです。
 それでも敢えて一番大きな敗因を挙げるならば、海江田党首を早くに下ろさなかったことが根本的な原因ではないかと思います。民主党内にはほかにまともな人材がいないのもよくわかりますがそれにしたってこの人の無能ぶりは際立ってて(中国語はそこそこうまいけど)、今回の選挙同様に前回選挙でも小選挙区では落選してたんだし、資格なしということで早くに貴って別の人立てていたらまだ違ったんじゃないかという気がします。その民主党ですが選挙中、というより選挙前からもそうですが何も政策討論というか政策対案を出さず、こう言ってはなんですが政策で争うのではなく失言などのスキャンダルで与党と争っていたようにしか見えません。有権者もさすがに馬鹿じゃないんだからその点をちゃんと見ていて今回のような結果を生んだ気がします。
 
 むしろ今回の選挙結果で注目するのは、昨日の時点で敗北宣言をしていましたが橋下大阪府知事率いる維新の会の低迷でしょう。一時期はあれほど勢いがあったというのにわずか二年程度でこれほどまで力をなくすというのは際立っており、その要因を探ることは絞殺の価値がある気がします。まぁこの問いに答えるのは簡単で、橋下府知事自身が迷走をというか迷言をやりだした上に維新の会メンバーに普通の感覚すら持ち合わせていないおかしな人材が選出されて徐々に支持を失っていった結果であるのですが。
 
 選挙後の展開ですが解説するのもばかばかしいくらいにこれまで通りと言えるでしょう。せいぜい言えば自公で三分の二の議席を握れるのだから国会運営がこれまで以上にスピーディに捗るようになる程度です。しかし政治運営に関してアベノミクスはほぼ完全に行き詰っているので景気が好転する可能性はほとんどなく、安倍首相の支持率が劇的に下がることはないでしょうがかといって大きな進展は期待できないでしょう。
 それに付随して言えるのは、そろそろ安倍首相の後継者について考え始めなければいけない時期です。特に2020年の東京五輪を控えているだけにどの首相がこれを担当するのかはよくよく吟味して選部必要がありますが、目下の所で世代的にこれという有力候補がいないというのが今の自民のお寒い所です。知名度で言えば小泉進次郎議員が圧倒的ですがさすがに彼の年齢だとまだ若すぎるきらいがあり、彼より一世代上の世代で安倍首相は後継者を作る必要があると言えます。まぁ私の中には意中の候補は既にいますが、石破議員なんかは年齢的にも能力的にももう厳しいのだからそろそろ控えたらと促したくなります。
 
 
 最後に上記のニュースについて、「お前はもう黙ってろ」と言いたくなりました。

2014年12月13日土曜日

死ぬ覚悟のない人と

 見る人が見れば一発で出典がわかるでしょうがある漫画のセリフにこんな物があります。
 
「人はみんな自分は死なないと思っている。いつか命が尽きることを頭では理解していても、それは今日や明日じゃないと思っている。だけど死ぬ。今日も死ぬし明日も死ぬ。事件で事故で病で偶然で寿命で不注意で裏切りで信条で愚かさで賢さでいつだってみんな死んでいく」
 
 ここだけ引用すると陰気感いっぱいな内容で終わってしまいますが一応この続きには、「そんな中、女の子のために死ねる僕は残念ながら幸せだ」と続いて漫画の中ではいつも通りの少年漫画な展開が続きます。もともとこのセリフをしゃべるキャラクターは名言の多いキャラクターでありますが、背景なしで理解できるセリフとしてはこのセリフが最もよく出来ているのではと個人的に思います。
 というのも私自身、このセリフの通りに普通の人はまさか明日死ぬなんてまず考えないどころか、1ヶ月後、1年後、5年後、10年後、100年後に死ぬかもしれないという可能性を全く考えることはなく、直接死が差し迫る病気なり怪我なりしない限りは死を意識しない、と思うからです。その一方で他人が死ぬ可能性については意識というか考えることができ、敢えて表現するとしたら「他人の死は認識できても自分の死は認識できない」、というのが圧倒的大多数の人間に共通する特徴だと思います。
 
 またサブカル媒体からの引用となりますが、ホラー(?)映画の「SAW(ソウ)」という映画なんかまさにこの概念をテーマにした作品と言えます。「超映画批評」の前田有一氏をして「世界一おせっかいな殺人鬼」と呼ばせたこの映画に出てくる殺人鬼「ジグソウ」は、自殺を企図して実行したものの未遂に終わって生き延びるのですが、この自殺未遂によって死を覚悟してから世界の見方や価値観が変わり、かつての自分の中にはなかった生きることへの喜びを知ります。そしてこの生きる喜びをほかの人にもぜひ伝えたいと考え、麻薬使ってたり不倫してたり詐欺してたりなどと生を冒涜するような行為をしている人間を片っ端からとっ捕まえては、制限時間内に腕とか足とかの人体パーツを切断しないと死んでしまうゲームにかけたりします。やり方はどうあれ、死を意識することによって生きることの大切さがよくわかるようになるという考えは理解できないわけではありません。
 
 実際に癌などの不治の病にかかった人たちの証言を聞いても同じように、終わり(=死)を意識してから生きていることそれだけに感謝できるようになった、世界の見方が変わったなどという話が多くあるようにみえます。では何故、死の間際というかおおよその死期がわかってからこのように価値観が変わってくるのか、答えは最初に書いたように普段生きている間は死ぬことなんてまるで考えないからです。死ぬと言ってもそれは自分以外の他人に起こることで、頭では自分もいつかは死ぬとわかっていてもその事実に直接目を向けることはなく、むしろそむけることによって一種、自分が不死であるように考えて普通の人は普段生活をしているのではないかと思います。逆を言えば、差し迫った理由もなく常に死を意識している人間は確実にマイノリティであり言ってしまえば上記の殺人鬼ジグソウ同様に異常者と言ってもいいと思います。
 
 そんな私に言わせるならば、ジグソウほどではないにしろみんなも死というものから目をそむけず、ほんの少しでもいいから意識をした方がただ生きているだけの日常にも張りが出るのではないかと考えています。普段から死を意識するなんて日本社会で公言したら陰気だとか暗いとか言われるでしょうが、私に言わせれば全く目を向けないのは陽気を通り越した能天気ではないかと言い返したいわけです。それほどまでに死を覚悟しているか否かというのは人間性にとって大きな差になると思えます。
 
 私の体験談で話すと、さすがに明日死ぬかもという水準にまでは達しませんでしたが、このブログを見ていればわかるしょうが昔からやたらと攻撃的な性格をしていてケンカも多かっただけに十代の頃は二十歳になる前にくだらないケンカで死ぬだろうと考えて、それまでに積み込めるだけ知識を積み込もうと思って自分が興味を持つ対象をひたすら追っかけました。そしたら予想に反して二十歳を越えちゃって、しょうがないからこれからはボーナスゲームだと思ってとりあえず次の目標を三十に設定した上で、それまでにやりたいと思うことを全部やろうと思って中国行ったり記者になったり会社作ったりしました。そしたらまた予想に反して三十歳越えちゃったので、この頃は早くお迎え来ないかなと思いつつとりあえず支援の必要な友人に出来る限りの支援をしながら、さしたる目標もないまま培った知識の記録をつける日々を送っています。
 
 自分と普通の人を比べるならば、最も特徴的な点として行動力と決断力の違いが確実に挙がって来ると思います。実際に周囲の人からも、「何故手持ちの安全パイを切らない」としょっちゅう言われますが、「どうせミスっても死ぬだけ」というか多少は死んでもいいという妙な覚悟があるからこそこの二点においては図抜けた水準に至ったのではないかと自分も思います。何も自分のような生き方をしろとまでは言うつもりは全く有りませんが、今日と同じような明日が来るとは限らないのだしやりたいと思うことを今すぐやろうとする姿勢があった方が生きてて面白いし、失敗しても何もしなかった時ほど後悔はしないような気がします。
 
 こうした死を意識することの重要性を現代社会で比較的訴えていると思うのは言うまでもなく仏教ですが、宗派によっていろいろ考え方は変わって来るように思えます。さすがに自分の価値観がどの宗派に近いかまではわかりませんが、中国の陰陽論の如く光があるから影があり影があるから光があるように、生があるから死があり死があるから生があるといってもよく、生にばかり固執しても駄目だし死にばかり考えをとらわれても駄目で、両者をバランスよく見るような姿勢こそが一番大事であると高校生くらいの頃からずっと考えてきました。
 その私からして現代人は生に対する固執がやや強過ぎるように見え、死に対する意識を喚起する必要があるのではと思えてくることから、こういう一見すると根暗な記事をわざわざ書こうとするわけです。

2014年12月12日金曜日

しっくりこない今年の漢字一字

 今日は上司が日本帰国中ということもあり、普段はローカルスタッフの車に便乗して出勤している所を自転車に乗っていきました。朝早く(午前7時台)だとやっぱ寒かった、でもって昼飯までの間は腹減ってきつかったってところです。ちなみに運転時間は片道30分。
 
 
 そんな私の個人的事情は置いといて本題に移りますが、例年京都の清水寺で行われている今年の漢字一字が今日発表され、揮毫された漢字はなんと「税」でした。この結果について正直な感想を述べると、「あれ、『嘘』じゃないの!?」と違和感を覚えました。
 一応、「嘘」という漢字も三位には入っていますが、それにしたって「税」という漢字が一位に入ってくるのはなんとなく腑に落ちません。票が集まった背景としては消費税が上がった影響ではと言われていますが、そんなん言ったらこれからほぼ毎年「税」って字が来るように思えるし、第一そこまで税金上がったことを一年の象徴と感じてる人間が本当にいるのか、妙な組織票とか裏工作とかあったのではなんていう疑いすら覚えます。そもそも、二位に「熱」という漢字が入ってくるのもいまいちピンとこない、というか全く理解できないし。
 
 と、ここまで書いておきながらですが、今年はそもそも私が日本にいた期間は半年にも満たないのによくもまぁ偉そうに言うもんだと今更ながら気が付きました。まぁこういうことくらいは言ってもいいとは思うけど。
 ついでに書くとネット上の反応を見ても今回のこの漢字一字については疑問視する声が多いように思えます。発表前には「捏造」としたいところだけど「捏」でも「造」でも意味が分からないから「嘘」になるだろうなんて予想する声も多く、それだけに今回のこの結果は予想外というか日のないところに煙を見たような印象です。
 
 もっともそれを言ったらこのイベントはここ数年で何故だか私にとって全く共感できないイベントになりつつあり、去年の「輪」という字もストレスたまってた頃だから「なんでやねん!」って言って机叩いていました。このイベントは漢字検定協会が主催するイベントですが、この協会自体が以前にオーナー親子が不正経理やらかしたり、誤った漢字の使い方を平気で試験に載せてたりするので個人的にもあまりいい印象を覚えていません。ほかのひとはそうでもないかもしれませんが少なくとも私にとっては全く共感が得られないイベントであるため、無理して継続することもないし廃止となるのならそれでもいいようなすてっぱちな考えを持たされます。
 
  おまけ
 なお2006年のこのイベントの際、梅田駅前の陸橋を歩いていたらMBSの取材班に捕まり、今年はどんな感じだと思うかと聞かれて悠仁様も生まれたことだし「誕」の字を挙げましたが、本放送でもしっかり使われたようで、その次の日に学校行ったら、「テレビ出てたよね」と知人に指摘されました。しかも二人も。そのうち一人は自宅で夕食の準備していたらテレビから漏れ聞く自分の声を聴いて、「あ、花園さんだ」と一発でわかりすぐに画面を見たと語っていました。
 現在も全く自覚がないのですがこの時まで、自分の声がやけに特徴的に聞かれていることを知らずにいました。知人によると、自分の声は芸能人への追いかけ取材で聞かれる、「〇〇さん、あの件は一体どうなんでしょうかー!?」っていう声の感じに近いそうです。

2014年12月10日水曜日

このブログの過激表現について

 
 上記の画像はまた例によってネットで拾ってきたものですがこれまた個人的にツボにはまったのでここにも記念に紹介しておきます。ちょうど時期も近いことだし。
 
 話は本題に入りますが最近知り合いなどからこのブログの表現が過激すぎやしないか、特に批判する時の罵言はキツ過ぎるなんてお言葉をいただいており、プライベートをよく知る友人からしたら、「ブログより普段の物言いの方がキツ過ぎる」とまで言われ、無駄に敵作るからもうちょい控えた方が良いよなんて教えてくれました。私本人からしたら一日一回は「死ね」とか「ぶっ殺す」と必ずつぶやくし、高校時代は逆にほぼ毎日「死ね」って言われていたこともあって自分の表現があまり過激だとは思っておらず、むしろ比較的抑えて書いているつもりだから真面目に最近まで周囲にそこまできつい表現だと思われていることに気が付きませんでした。もっとも一昨日書いたレビュー記事で、「どーでもいいことをぐだぐだぐだぐだ延々と続けているだけで、何のストーリー発展もないし読んでて正直苦痛でした」と書いたのはちょっと自分でもどうかななんて思いましたが。
 
 ではなんでこのブログはそこまで過激表現で満ち溢れているのかですが、一つの理由は上記の通りに私自身が普段の物言いというか性格も含めてかなり過激な方なのでほとんど自覚がなかったということと、もう一つの理由としてはブログで取り上げる内容について、「どうしてみんな気づかない、怒らないんだ」という具合で主張したいがために感情がこもるのと、最後に自分が政治的主張をする際、自分の意見に対する批判者に対して「来るなら来い!」とばかりに強い対決姿勢を示して余計な批判をさせないよう軽く脅すような文言に仕立てているためであります。
 
 普段から見ている人にはお馴染みでしょうがこのブログでは政治、外交問題はおろか部落問題や沖縄問題、日本人の民族性などかなり機微な内容を取り扱うことが多いです。さすがに生半可な知識で触れてはいけない部分だと考えるところについては一切取り上げませんが、現状持てる知識でもってかなりきわどいところまで意見したり批判したりすることも多く、大体そういう時はどういう批判が起こり得るかを想定してその際にどう返すかまである程度考えています。その上でそもそも妙な批判がコメント欄に書かれないよう、あらかじめ釘を刺すかのように記事中でもややきつめに書いています。
 こうした表現は読者の方もある程度認識しているようで、個人的に連絡を取り合った方からは「しょうもないコメントをかいたら物凄い剣幕で言い返されそうで最初は怖かった」なんていう言葉をかなり多くの人から聞いています。念のため書いておきますが、明らかに見当違いでなおかつ論理を無視したような意見であれば強く出ますが、疑問に思った点や逆にこう思うというような意見であればむしろ大歓迎で、コメントの返信でも上海忍者向け以外であればそうした姿勢を出しているつもりです、これでも。
 
 また日本は週刊誌を除くと特に大手新聞などは政治意見などに対して曖昧な言い方をすることが多く、見ていてじゃあお前は何を言いたいんだよと聞き返したくなるような文言が多いです。個人的にこういう曖昧な表現が気に入らないのと、政治意見を言う場合であれば明確に姿勢を強調すべきだとも思え、そのため自分のこのブログでの主張は直接的なものにしようとして、実際そうなっているんだと思います。もっとも、日本人事態が姿勢を明確にするということ自体が少ないこともあって逆に自分の表現が目立ってしまっているような気もしますが。
 
 最後にこれは後輩から言われた言葉ですが、「花園さんの主張の仕方は小泉元首相に近いですね」という言葉が結構ドキッと来ました。その理由はと尋ねると、何か一つの対象を敵に仕立て上げて、その敵を過激に批判することで自分の意見や立場を明確にしようとするような言い方が多いと感じたからだそうです。この手法はまさに「自民党をぶっ壊す」といった小泉元首相のやり方そのまんまで、なおかつ私もこういう手法でもって自己正当化を図ろうとしている自覚が確かにあります。言われてみるまで意識しませんでしたが言われてみるとまさにその通りで、自分の意識していなかった特徴をよく見抜いたなと後輩の慧眼に驚くとともに将来頼りになりそうだなこいつと思った始末でした。

2014年12月9日火曜日

大阪都構想を検証する

 どうでもいいですが今の私のパソコンの壁紙は「ミグ29」です。これ見てると昔大学で後輩と、「日本人ならやっぱミグだよなぁ」、「初音ミグとかでないのかなぁ」なんて濃い会話していたのをあの日のことのように思い出されます。
 
 ほんとにくだらないそういう話は置いといて本題に入りますが、このところ九州丸ごと特区化案とか美濃加茂市など地方自治ネタを取り上げることが多いですが、別に狙っているつもりではないものの今日もまたその類の記事というか大阪都構想について自分の見解をまとめてみようと思います。結論から言うと、現時点でこの構想は既に破綻しているように思え議論するだけ時間の無駄なのではと考えています。
 
大阪都構想(Wikipedia)
 
 大阪都構想とは維新の会の橋下市長が府知事時代から提唱している政策案で現在も大阪市議会で主要な議題として議論が続いており、今年三月に至ってはなかなか議会で同意が得られないことから橋下市長が民意を問うとして辞職し、選挙を経てまた市長に就任するなどやや混乱した状況が見られます。その大阪都構想なのですが具体的にどういう中身というか政策案なのかというと、極論すれば「大阪府と大阪市という二つの自治体を合併して二重行政をなくす」という内容です。
 ちなみに二重行政の解消というと私の中で真っ先に挙がってくるのはマーガレット・サッチャーです。
 
 現在、大阪市内の公共サービスは大阪市が管理するもの、大阪府が管理するものが入り乱れており、しかもその範囲も公共バスとか道路補修、水道などと、府と市で同じ場所に構えているとはいえ別々に管理する必要があるのかと疑わしい物が数多くあります。この二重となっている行政サービスを府と市が合併し、一元管理することによって無駄をなくそうというのがこの構想の基本概念になります。
 橋下市長がまだ大阪府知事だった当初はこの二重行政を府と市の担当部門同士で協議、整理して無駄をなくすという方針ではありましたが、両自治体の関係が悪いこともあってなかなか進まなかったことに加え、当時の大阪市長と橋下府知事(当時)もケンカし始める始末であったため、今後の禍根を断つためにもこの際合併しなければならないと構想が発展してきた背景があります。
 このほか橋下市長は大阪都構想というか大阪市と大阪府が合併することによって、東京都みたいに各行政サービスを再編・新設する区が担うようになるため住民に近い目線で対応でき、無駄をなくして効率的になるといった点や、大阪という大きな枠組みで政策が組めることから大規模な経済政策も打てるなどというメリットを強調しております。
 
 しかしこうした大阪都構想、当初でこそ自民や公明といった各市議会会派も賛成する立場を示していたものの、構想内容が具体化するにつれて逆に反対の立場を取る人間も増えてきました。そうした反乱の嚆矢となったのは兵庫県内にある大阪よりの各市からでした。維新の会はそれ以前からも暗に匂わせておりましたが2013年になるとこの大阪都構想の対象範囲を大阪市だけでなく、大阪府内はおろか兵庫県を含む関西経済圏内の市町村をまるごと大阪都に組み入れるという政策を打ち出し、これに対し神戸市を始めとした兵庫県の各市が明確に反対する姿勢を打ち出します。そうしたこともあってか、2013年四月に行われた宝塚市長選挙では維新の会の公認候補は落選しています。
 ちなみにどうでもいいですが以前に、「うちの親父は宝塚出身だ」と人に話したら、「えっ、お父さんなのに歌って踊ってたの?」と聞き返されたことが本当にあります。そっちの宝塚じゃないってのに。
 
 その後も維新の会に反抗する勢力はドミノ倒しのように増えていき、元々維新の会の公認を受けて堺市長に当選した竹山修身氏も反論した上で維新の会そのものからも離脱しています。竹山氏曰く、堺市は堺市なりに独自の文化や歴史を持っているというのに大阪市に飲み込まれるような政策は受けられないとして主張し、2013年の市長選挙では対立候補として擁立された維新の会公認の対抗馬を大差で下しています。
 
 敢えて比較表現をすると、「大阪市以外の市町村も大阪都に組み入れる」という構想を「大・大阪都案」、「大阪市と大阪府のみで合併を行う」という構想を「小・大阪都案」と表現した方がわかりやすいかもしれません。上記の様に「大・大阪都案」は周辺自治体から住民を含めて総スカンを喰らっていることもありこのところは維新の会も鳴りを潜め始め、従来の様に「小・大阪都案」に絞って政策主張をし始めてきたように見えます。
 
 では「小・大阪都案」なら実現できるのか、メリットはあるのかですが、はっきり言ってどっちもNOとしか言いようがありません。まず実現性についてですが大阪、というか関西は東京と違ってそこそこの歴史や文化がある(京都の連中はせせら笑うだろうが)ため、そこに住む住民もその地域に対して強い執着と共に高いプライドを持っています。維新の会の大阪都構想では現在23区ある大阪市内の区割りを5、もしくは7区に合併・再編する方針を示していますが、現時点でも「自分の住んでいる区がなくなるのが嫌だ」という声が上がっており、民意はまず得られないでしょう。
 そしてメリットについても、確かに二重行政が解消されることによってコストカットの効果は得られるでしょうが、その一方で新設する各区の役所にこれまで府や市がになっていた行政サービスの担当部署を新設することによって行政コストは増し、果てには市議会の代わりに区議会を新たに設置するとなると行政コストは今より確実に増えることでしょう。同時に、自治体再編に当たって住所なども全部洗い直す必要もあり、役所はおろか住民、運送業者が受ける社会的負担も無視できません。それだったらいっそ合併なんか始めからせず、府と市で行政サービスの整理、棲み分けを進める方が現実的で効果あるように思えるわけです。
 
 以上が大阪都構想に関する私の見解で、上記のような見方からこの構想は旨味は小さくデメリットの方が明らかに大きいと思えるため反対の立場を取らせてもらいます。最後にもう一つだけ苦言を呈すと、大阪府と大阪市が一体化すればいろんな経済政策を打てるなどと維新の会は主張していますが、お前らごときがまともな経済振興策を練れるだなんと本気で自惚れているのか、なーんて思ったりしちゃいます。もしそういうまともな経済感覚があるなら、どうして「あべのハルカス」の建設を始める前に止めなかったんだと言いたいです。第一、府と市が一体で打てる振興策なんてたかが知れているし、やるんだったらもっとスケールの大きい案を練ったらどうかと個人的に思います。

2014年12月8日月曜日

漫画レビュー「富士山さんは思春期」

 さっき一本記事を書き終えたばかりだけどまたもう一本漫画レビュー。これでスランプだなんてどの口が言うと自分でも思います。
 
富士山さんは思春期(Wikipedia)
 
 私がこの漫画を手に取ったというか買って読もうと思ったのは、なんか最近やたらとあちこちのサイトに貼られている広告バナーでこの漫画が猛プッシュされていたからです。そんなわけで前から気にしていたところKindleのサイトでこの漫画の第一巻が99円というセールをやってたので、玉ねぎ1ネット買うより安いななんて思ったことから買って読んでみることにしました。結論から述べると、何故こんな漫画が猛プッシュされるのか激しく理解に苦しみました。
 
 あらすじを簡単に説明すると、中学男子二年生の主人公(160cm)はふとしたきっかけから女子バレー部エースで幼馴染の高身長ヒロイン(181cm)のことが気になりはじめ付き合わないかと交際を申し込んだところあっさりOKをもらい、本人らもなんで付き合っているのか、付き合うというのはどういう事なのかよくわからないまま恋愛をしていくと言ったどーでもいいような内容です。一巻だけしか読んでいないでここまで言うのもなんですがその後の話もどーでもいいことをぐだぐだぐだぐだ延々と続けているだけで、何のストーリー発展もないし読んでて正直苦痛でした。
 括弧書きで書いているようにこの漫画は主人公とヒロインの身長差を一つのテーマとして置いているような気がしますが、少なくとも一巻に納められているエピソードに限っては第一話を除き「ヒロインの方が20cmも背が高い」という設定は存在しなくても話は成立してしまいます。むしろ何故身長差がこれほどある必要があるのかが疑問に思え、絵的に差をつけるという以外の効果はないようにすら思います。
 
 その絵に関しても文句、というか私が感じる最大の問題点なのですが、この漫画の作者のオジロマコト氏の漫画はこれが初めてですが、コマとコマの間の展開が全く読めないほど連続性が感じられません。一つのコマから次のコマへ移ると不自然なくらいに視点や場面が切り替わり、また同じ人物の表情も変な風に切り変わるから感情が読み取れないどころか不自然さを感じずにはいられません。しかもこの漫画、やたらと変な切り方した大コマ(しかもアップ)が頻繁に使われ、先程にも書いたように読んでて単純に読み辛くて仕方ありませんでした。あのコマ割り、本当にどうにかならないのか?
 
 他の人のレビューを見ていると学生時代を思い出すとか甘酸っぱい恋愛模様だとかカルピスは青春の味なんていうようなコメントが並んでいますが、はっきり言って私に言わせるなら「それが何?」ってところです。というのも、そういう甘酸っぱい青春恋愛ものだったら何もこの漫画に限らなくても豊富にあり、先ほどのコマ割りの見辛さを考えるとほかの漫画を手に取った方がよっぽど読みやすくて面白いんじゃないかと思えるからです。更に言えばこれについても既述ですが、結局のところ大半の話が主人公とヒロインの身長差設定がなくても成立してしまうというのはかなり致命的な気がします。一応ところどころヒロインがコンプレックスを感じていたり、主人公と並んで歩いていると周囲に比べられるような描写はありますが、この設定が中心になって回るような話は一巻の中には見られず、厳しいことを言うとコマの連続性がない上に何の個性もない恋愛漫画に成り下がっているのではなんて思えてくるわけです。
 
 毒舌を吐くことには定評のある自分ですがこの記事に関しては割と厳しい言葉で批評しているなという自覚はややあります。ただなんでここまできつく書くのかというとそれは単純にほかの人が同じことを言っていないからで、特にコマ割りの見辛さに関しては明らかに際立っていると感じるほどなのに何故誰も挙げないんだ、だったら俺が挙げようじゃないかなんて妙な使命感持ってしまったのが運の尽きでしょう。まぁこんなクソブログを見に来る人間なんてそうそういないんだし、作者に対して一巻しか読んでいないにもかかわらずここまで批判するのは悪いかなとは思いつつも、自分のスランプ脱出の一手になればと思って何も考えずにだーって書きました。手応えはまぁまぁです。

漫画レビュー「実は私は」の9巻

 知ってる人間には何人か話していますが実はこのところブログ書くのがスランプで、毎日パソコンに向かう度に「書きたくないなぁ」なんて思いがしていました。昨日の記事も引用元のリンク先アドレスを間違えてアップロードしてしまいましたが、自分の後輩が微信という露骨という言葉じゃ表現しきれないほど堂々とLINEをパクッた中国製アプリで知らせてくれたので事なきを得ました。
 そんなわけで今日はリハビリがてらに自分の書きたいもの(いつも好き勝手書いているが)を好きに書こうと思うので、ちょうど昨日に9巻が発売した「実は私は」という漫画があるのでこれについて書いてくことにします。

 「実は私は」については今年一月にもレビュー記事を書いておりますがあれから連載は続いているものの面白さで言えば全くペースは落ちておらず、むしろ各キャラクターが個性をどんどん発揮していて回を増すごとに面白さを増しております。
 知らない人向けにも簡単にこの漫画のあらすじを説明すると、「実は私は」は少年チャンピオンで連載しているラブコメ漫画で、メインヒロインが吸血鬼とのハーフであることを始めとして女性キャラクターがみんな何かしら秘密を持っているという設定で、高校男子の主人公を中心にドタバタ系のコメディ色が強い漫画です。なおメインヒロインに関しては先ほどにも書いたように吸血鬼とのハーフですが、回を増すごとにこの設定があまり生かされず、むしろアホの子としての性格がどんどん強まってきています。まぁこれはこれでキャラ立っているから全く問題ないけど。

 ただ前回の記事にも書いた通りメインヒロイン以上に結構多いサブヒロインらの方が圧倒的にキャラが濃く、癖の強いキャラが多い割には話が破綻せず、ちゃんと各回でそれぞれの個性を発揮しながらストーリーが進んでいくというのはなかなか見事な手腕だといつも唸らされます。ちなみに各キャラの秘密というか正体を列記すると、

・ヒロインキャラ:実は吸血鬼と人間のハーフ
・委員長キャラ:実は手の平サイズの宇宙人
・幼馴染キャラ:実は疫病神が乗り移ったメガネを持っている
・ヒロインの友達キャラ:実はというかあからさまな露出狂の痴女
・主人公の後輩:実は未来人で主人公の孫
・学校の校長:実は悪魔
・生徒会長キャラ:実は天使
・主人公の担任:元ヤンキー

 何度も書いているようにこの漫画はラブコメであるものの全体的にはドタバタコメディ色が強く、青春的な場面も少なくはないですが一話完結ということもあって読んでて笑えることの方が多いです。特にギャグシーンにおいては主人公の行うツッコミが非常に鋭く、これほど毎回的確な突っこみいれるギャグ漫画の主人公って過去にいたのかなどと思えるくらいキレキレにやっています。なおその主人公がボケに加わる際は先ほど挙げたサブヒロインの痴女がツッコミ役をこなし、ほかの人のレビューでも書かれていますがその特徴からは想像し辛いもののこのキャラがこの漫画の中で一番の常識人なのではないかと私にも思えてきます。

 そんなわけで昨日発売して電子書籍で夜中速攻ダウンロードして読みだした9巻についてですが、ストーリーも大分終盤に来ているのか主人公もヒロインもかなり明確に相手を意識していてそろそろ告白エンドなのかな、アニメ化まで頑張ってもらいたいのになと思いながら読み開きましたが、正直言って今までの単行本の中で一番笑える単行本でした。メインのストーリーは修学旅行なのですが主人公に好意を持つ上記の委員長キャラと幼馴染キャラが互いに相手を妨害しつつしのぎを削る回が多かったのと、自分もイチオシの委員長キャラが勇気を持っていざ主人公への告白へと臨もうとするところで終わっています。

 その委員長キャラ(9巻表紙の青い髪の子)ですがプライドが高い上に真面目過ぎてしょっちゅう暴走することが多いキャラで、この巻でもその性格でもってまさに縦横無尽ともいえる活躍を見せており、特に最後に載せられた回では「恋とは戦いだ」という妙な誤解から主人公への告白に臨むに当たって白装束に薙刀持って乗り込もうとしたら「やる気が出過ぎている」と痴女にツッコまれ、それならばと今度は気配を完全になくそうと迷彩服にライフル片手に持って乗り込もうとしたら「かわいげがない」と痴女にツッコまれ、それならばと今度は全身猫の着ぐるみ着て乗り込もうとしたら「夜中にそれじゃ逆に怖すぎる」と痴女にツッコまれ、「もう制服着ていけば無難だよ」と言われて最終的に猫の着ぐるみの上に制服着て部屋を出て行きました。この一連の着替えは2ページごとに切り替わっており、構成の妙というかギャグの何たるかをよくわかっているとここでも唸らされました。

 先日友人ともちょっとこの辺で話をしたのですが、かつてはたくさんあった一話完結のこういうギャグなりラブコメ漫画がこのところのストーリー漫画の氾濫によって減ってきており、そういう意味でも「実は私は」は当初から貴重なタイプの漫画だと考えていました。その期待に違わずよくここまでクオリティを落とさずに続けてきたと思うのと同時に、もうちょい増えないかなぁこの手の漫画などと密かに思う次第です。

   

2014年12月7日日曜日

秀逸な日本経済分析記事

 先日、経済分野における私の知恵袋的な友人が下記の記事を薦めてきました。


 記事内容は長くないの是非読んでもらいたいのですが、現在の日本経済の状況、そして東京五輪に至るまでの未来について簡潔かつ冷静に、それでいて含蓄深く非常によくまとまっています。普段は自分の表現力を自慢する自分ですが、インタビュー物ですがこの記事ほど中身のある内容をこれほどまで簡潔に表現する自信は全くなく、文字通りおみそれする記事です。
 この記事のポイントを敢えて箇条書きにして示すと、以下のような点が挙げられます。

・アベノミクスの成功、失敗それぞれのパターンで予測を書いている
・最重要の政治課題として日中関係を挙げている
・安倍首相の人気を自民総裁二期六年と前提して2018年と予想
・しかし安倍首相の後継者が現在40代の政治家に目下いないのが大きな不安要素と指摘
・今後の日本は良くも悪くもこのまま現状維持。高度経済成長に転じることはないと断言

 この記事を書いたのはアメリカ人の大学教授、ジェラルド・カーティス氏ですが、外国人でありながらこれほどまで見事な分析をやってのけてしまうなんてただただ頭が下がります。その上で、日本国内にどうしてこのような分析が出来る人間がいないのかと思うのと同時に、経済予測ではアベノミクスが成功する、失敗するという2パターン予測をする人間が皆無に近いというのは考えるだに頭が痛くなります。

 話は変わりますが同じく経済ネタで言うと、例のエアバッグ問題で揺れているタカタですが、かつての騒動時のオリンパスなどと比べると見ていて不気味なくらいに株価が落ちていません。原因もまだ判明できていないし、ぶっちゃけこの後立て直し聞かないのではと思うくらいに今回のリコール問題は根深いのにどうして株価がまだそこそこの価格を保っているのか不思議でしょうがないのですが、昨日その友人と話をした際、「恐らくこの後に政治決着することが内々に決まっていて、それをわかっている奴が買い増しているんじゃないか」という結論に至りました。もちろん勝手な予測ですが、通常では説明できない価格変動をしており、疑わない方がおかしいのではないかと密かに思います。

2014年12月6日土曜日

笑うという根源的な感情

 何度もこのブログで書いてきているように私は漫画家の水木しげる氏の大ファンで、リアルに人生の師みたいな具合に崇拝しています。水木氏の作品で何が好きかとなると主題歌だったら「悪魔くん」でたまに一人で、「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム♪」なんて口ずさんだりしていますが、作品単体となるとうちの名古屋に左遷された親父も好みの「猫楠」が割とお気に入りです。この漫画は南方熊楠の伝記に近い漫画ですが、破天荒な性格や行動など水木氏と熊楠には共通する点も多いようにみられることから本人もノリノリで書いているようにみられるし、たまたま熊楠と自分とでも共通する病気を抱えてただけに妙な親近感を覚えています。
 しかし作品という枠を超えるなら、水木氏の自伝とも言うべき「水木しげる伝」という漫画こそが私の中で彼の最高傑作だと思います。境港市での少年時代からラバウルでの戦地生活、「ゲゲゲの女房」にて描かれた戦後の極貧生活からスター漫画家に至る過程などドラマチックそのもので、また作者特有のユーモアのある視点で描かれているため何度読んでも飽き足りません。

 その「水木しげる伝」の中巻こと戦争編に描かれている話なのですが、戦地で片腕を失いながら無事に復員し、境港に戻った直後の話で非常に印象に残るものがありました。復員後に水木氏が実家で暮らしていた時期、近所に住んでいて水木氏と同じ戦場に息子が派兵されていた母親が水木氏を訪ねてきました。生憎その息子は戦死していたのですがせめてどのような場所で、どのような環境で息子が戦死したのかを知ろうとして水木氏に聞きに来たそうです。
 水木氏はその母親と自分の母親の三人で会い、ラバウルの戦場と息子さんがいたと思われる部隊の最後について話し聞かせたところ、途中で尋ねてきた母親が感極まって泣き出したそうです。泣き出す母親を見た水木氏はどうしたかというと、何故だか「はっはっは」と大笑いし始めたと描いています。

 亡くなった息子を偲んで泣き出す母親を前にして大笑いするなんて普通に考えたら失礼極まりなく、実際に水木氏の母親は息子を咎めたそうですが、それでも水木氏は笑いを止めることが出来なかったそうです。この水木氏の行動について恐らく反感を覚える方もおられるのではないかと思いますが、私は何故だか、きっと自分も同じ立場なら笑い出したのでは、なんて思うのと同時に表現できないような感情が持ち上げてきました。
 一体何故このように思ったのかというと、一つは水木氏も戦死された息子同様に自分の命が明日をも知れぬような戦場を潜り抜けており、決して戦死者を冒涜するような行為はできないと思うからです。それとともに、漫画中にも書いていますがこの時に、「自分が戦場から生還したことを実感してきた」と思ったらしく、これは戦争に実際参加した人間にしか感じ得ない特別な感慨があったのではないかという気がしてなりません。

 また人の死を「笑う」という行為ですが、私は決して特別な感情ではないと思います。たとえば大きな悲しみに遭遇した際、「何故だか笑しか出てこなかった」という表現は過去の文芸作品にも数多く出ています、私も実際に同じような感情を持ったことがあると共に周囲にも、特に人の死に接した人間がまさに同じ感情を持ったという話をよく聞きます。またあまりの怒りに「もはや笑いがこみ上げてくるほどの怒りだ」という表現もあれば、「恐怖のあまりに笑い出す」という言葉も比較的一般的です。

 こうした点を踏まえるにつけ、喜怒哀楽とは言いますが笑いというのは喜びもあれば怒りもあり、悲しみもあり、恐怖にも表れる特別な感情表現、言うなれば根源的な感情名のではないかと思います。漫画「シグルイ」によれば「本来笑いというのは獣が牙を向く行為に端を発し」とやらで威嚇する行為から発展した感情表現という説もありますが、獣を観察していても威嚇する際だったり餌をねだる際、風呂に無理やり入れられる際(主に猫)などによく鳴きます。そうした点を入れても、笑うというのは楽しい時にだけ見られる感情表現と言い切るのは早計ではないかと思えてくるわけです。

 ただそれにしたって上記の水木氏のエピソードは非常に深く考えさせられます。勝手な推察をすると、人の死に対する悲しみ、自分が生きて帰ってきたという喜び、息子を偲ぶ母親への憐憫など、複数の感情が一挙まとめて含まれた笑いだったのではないかと思え、考えるにつけ自分もなんだか悲しいような、どうしようもないような感情が持ち上がってきます。戦争だからこうというわけではなく、悲しい笑いというのも案外世の中には溢れているのかもしれません。

  おまけ
 来年PSVitaで「艦隊これくしょん」が移植、発売されると聞いて、現在のブラウザ版は一度も遊んだことがありませんが艦娘こと各キャラクターを調べるのが地味にマイブームになっています。そうやって調べている最中でふと目に入ったものの中に駆逐艦「雪風」が目に入り、二次大戦中の主要な海戦ほぼすべてに参加しておきながらほぼ無傷で戦い抜いて戦後まで生き残り、しかも戦後に中国国民党に引き渡され中国共産党との戦争でも使われたにもかかわらずそこでも戦い抜いたという、文字通り「不沈艦」とも言うべき恐るべき戦歴を知り目を見張りました。
 そしてこの船によって、ラバウルにいた水木氏が本土に復員したという話も今更ながら知り、戦中を有り得ないほどの強運で生き残った船が最後まで生き残った兵士たちを無事に本国へ連れ帰ったのだと思い、変に感極まってこれ書きながらも涙が出てきます(ノД`)

2014年12月4日木曜日

美濃加茂市長の公判について

 私はこのブログで七月に「美濃加茂市長の逮捕・起訴について」という記事を書き、現在汚職の疑いで公判が進められている美濃加茂市の藤井浩人市長事件について取り上げました。この記事を書いた時点でこの事件は非常に冤罪の線が濃厚だと書きましたがその後どうなったのかふと気になって調べてみたところ既に公判が始まっており、ちょっと自分の予想を超えた事態に発展していて笑えるので、一度乗った船だし最後まで取り上げようという妙な責任感から今日も頑張ってこの記事を描こうと思います。


 上記リンク先はそれぞれ10/1~2、11/19に行われた公判を取り上げた記事です。
 この事件の概要を簡単に説明すると、藤井市長が市長に就任する前だった昨年の3~4月に水供給設備会社社長から中学校に取りつける雨水濾過機の件で便宜を図るよう依頼され、二回に分けて現金を約30万円授受したとして、今年6月に藤井市長は警察に逮捕されました。しかもその逮捕期間は一ヶ月以上にもおよび、この間市議会も市長不在とあって混乱し、全国ニュースでも取り上げられるような事件に発展しました。

 私は前回の記事の段階で警察や検察が出して来た供述が非常にあやふやであるばかりか確固とした証拠もなく、さらには現金30万円ぽっちという通常では逮捕されるにまでは発展できない金額レベルの事件で一ヶ月以上の拘留が続くというのは警察(前回記事で「国家の犬」とまで書いたが)と検察に負い目があるためと見え、この事件は冤罪の線が非常に濃いという意見を提示しました。先に結論を書いてしまうと、もうこの事件は冤罪であると断定してもよさそうで、次のステップこと足利事件、障害者郵便割引制度に続く第三の大型でっち上げ事件として捜査するべき頃かなと考えています。

 まず10月の公判についてですが、今回の事件の発端となった藤井市長に現金を渡したと自ら証言した水供給会社「水源」の中林正善社長の過去の経歴が明かされ、その経歴を見るにつけどうしたらこんな人物の証言をまともに受け取れるのかと思うようなひどい経歴でした。それはどんな経歴かというと、以前に事務員として勤めていた病院で長年にわたり横領を働き、使い込んだ額はなんと1億5000万円にも上ったそうです。しかも一回発覚していながらもこりずにまたやって、またばれて、結局返済義務を課された挙句に辞めさせられたそうです。
 病院を辞めた後に現在の水供給会社を作ったそうですが、こっちも経営実態は借金まみれて文字通りの自転車操業でした。にもかかわらず経営が順調であるかのように見せかけて中林社長は金融機関に対して融資詐欺を繰り返し不正に得た金額は資本金5000万円の会社に対して数億円にも上るそうで、藤井市長の弁護団は「中林社長が融資詐欺で立件されている件数は不自然に少ない」と指摘しています。
 このように経歴からして真っ黒な中林社長ですが証言もあやふやそのもので公判の最中も、「藤井市長から金に困っていると聞いた」という発言を弁護団からの指摘を受けて、「実は藤井市長の知人から聞いた」とその場で翻す始末で、見ていてなんですが「何がしたいんだこのおっさん?」という気がしてなりません。

 このような怪しい原告側の証言者が特に真新しい証拠や証言を出さずにこれまでの供述を繰り返したのに対し、藤井市長を弁護する被告側は公判で何をしたのかというと、書いてて笑えますがなんと暴力団員を証言者として出してきました。この暴力団員はたまたま留置所で拘留中だった中林社長と房、というか牢屋が隣同士だったため話し込み、仲良くなっていろいろ話し込むうちにこの藤井市長の事件についても本音とも取れる話を聞いたとして、わざわざ証言しに来てくれたそうです。その暴力団員が中林社長から聞いた話というのも、

・藤井社長に贈収賄をしたことにすれば融資詐欺事件の捜査を警察はストップしてくれる
・藤井市長とは二人きりの時に現金を渡したと話したが、警察からその場にはもう一人同席者がいたと言われ怒られた

 などなど警察や検察とさも癒着して藤井市長を敢えて追い落とそうとするような内容を事を話した上で、この証言者に対して中林社長はわざわざ手紙を書いて同じことを伝えていたそうで、この手紙については中林社長も実際に書いた出したことをすでに認めています。この暴力団員の証言者が何故わざわざ弁護側の証言台にたったのかについては、中林社長は出所したら韓国人を相手とする人材派遣業を始めようと考えたそうで、証言者の身内に対して事業に協力するよう勝手に動いてたことに強く不満を感じたためだと本人が説明しています。

 このほかにも内容を追って行ったらまだまだ証言と捜査のボロがどんどん出てきますが、これ以上何を探ろうってんだという気持ちが私にはあります。そもそもこの事件は中林社長の証言以外に事件を立証するものは何もなく、しかも中林社長が自ら現金を渡したと告白したことに端を発します。何故こんな怪しい親父の証言を警察と検察は信じたのか、いやそもそも何故岐阜県警、愛知県警、検察の三者は藤井市長を追い落とそうとしたのか、そろそろこの点について考えるべきポイントに達してきたように思えます。藤井市長は全国最年少で市長に当選しており、こういってはなんですが妬むような人間は確かに多そうで、そうした人間と上記の三者がタッグ組んでチンケな詐欺者の訴追を見逃す代わりに事件をでっちあげた、なんて考えたくなってきます。

 最後に極め付けと言ってはなんですが、11月の公判の最後でこんな間抜けなやり取りがあったそうです。該当箇所を弁護士ドットコムの記事からそのまま引用します。

「最後に郷原弁護士が『今回の尋問のために何度も検事と打ち合わせしたのではないか』と問うと、2人の検事が『異議あり』と声をそろえ、『何度も、ではない』と主張。『では何回か』とあらためて聞かれた中林社長が『6、7回』と答えると、傍聴席から思わず笑いが漏れた。」

  追記
 コメント欄から指摘を受け、アップロード時に「警察」と書いた箇所をほぼ全部「警察と検察」に変え、「岐阜県警」と書いたところを「岐阜県警、愛知県警、検察」と修正しました。この事件、岐阜県の事件なのになぜか最初から愛知県警が捜査に加わっててなんか妙だなと感じたことをすっかり忘れてたよ……。
 あと同じ方からの指摘で末尾の、「傍聴席から思わず笑いが漏れた」というところは実際の現場では大爆笑だったそうです。そりゃまぁ検察との密会した回数を聞かれて、「6、7回」と正直に答えられたら面白いに決まってますし、普通のギャグセンス持ってたら爆笑すること間違いなしでしょう。それにしてもこのおっさん、傍から見ている分には凄い面白いな。

2014年12月2日火曜日

京大の公安トラブル事件について

 ちょっと時間が経っていますが思うところがあるので先月起こった京大での公安トラブル事件について書きます。なおこの事件の名将については「京大ポポロ事件」という呼ばれ方もありますがこの名称だとネーミングセンスが感じられないので私は拒否します。ちなみにこの名称を聞いて真っ先に思い浮かべた言葉は「アバンチポポロ」というイタリアの歌ですが、こんなの想像するのは間違いなく私一人だけでしょう。
 
 話は本題に入りますが事件のあらましを簡単に説明すると、11月2日に行われた中核派のデモで逮捕された学生三人のうちに二人が京大の学生だったことを受けてかその二日後の11月4日、京大に公安の捜査員が潜入捜査をしていたところ学生に身分がばれ、持ち物を奪われた挙句にしばらく学生によって拘束される事態となりました。この事件の評価に関しては各方面からいろいろ声が上がっていますが、中でも捜査官を捕まえた学生側こと全学連はまるで勝利宣言をしているかのように捕まえた事実を大きく持て囃しております。
 
 まず捜査官に対する私の意見を述べると、すべてにおいて稚拙であるような印象を覚えます。元々京大側と公安との間では捜査官が学内に入って捜査を行う場合は公安側が事前に通知するという取り決めがあったようですが今回の事件ではそうした通知がなかったばかりか、あっさりと学生に身分が見破られて捕まるというちょっと見ていてもかっこ悪い結末に陥ってます。学内は治外法権で公安や警察はみだりに入るべきではないという主張をするつもりは全く有りませんが、取り決めがあったにもかかわらずそれを無視して約束破りをするというのは法の番人として如何なものかと思います。まぁぶっちゃけ交通違反などをみていると私も警察は嫌いで、ゲーム中(「逃走ハイウェイ」とか「セインツロウザサード」)なんかはよく、「国家の犬め……」なんて呟きますが。
 
 次に学生側について意見を述べると、まぁ向こうも逃げようとしたんだから捕まえたくなるというのは人情としてわかるししばらく拘束するというのも理解できなくはありませんが、この一件を持ってさも大勝利であるとか国家の介入がどうだこうだと大騒ぎするのは見ていて正直、「ちっちぇなぁ」なんていう感想を思わずにはいません。言ってしまえばウサギ一匹捕まえた程度でこんだけ大喜びする事かと言えばそうでもないし、逆を言えばそうやって大騒ぎせず(=功績を過大に宣伝せず)には組織が保てないのかと疑います。
 またその後の京大学生寮への家宅捜査においても激しく公安を批判してここでも学問の自由やら大学自治がどうこう言ってましたが、少なくとも中核派という過去に大規模なテロ事件を起こした団体の関係者が捕まっているのだから、自治もクソもなくどうして単純な治安活動として受け取れない、やましい腹でもあるのかと勘繰りたくなります。まぁあるんだろうけどさ。
 
 以上が事件に対する主な感想ですが、少し論を発展して関西の学生、特に寮生の妙な思想についてもう少し触れます。まずいきなり断言しますが基本的に関西の学生寮はほぼすべて左寄りで、社会主義勢力の肩を持つ一方で無意味に警察や政府を敵視しています。繰り返しますが彼らの敵視は本当に無意味で理由はなく、特に理論立ったものもなければ特別な怨恨も何もありません。
 何故関西の学生寮にいる学生はそういう思想を持つのか、一つは私が前に書いた「『弾圧』を自己正当化理由にする人々」で書いたように自分たちが大きな勢力(=権力)に弾圧されていると主張することでしか自己正当化できなくなっているのと、やや外界と隔絶されたインナーでカビ生えた妙な文化を育んでいるためではないかと考えています。
 
 何故私が知ったかぶりでこのように語るのかというと、ほんのちょっとですが関西の学生寮と接触を持ったことがあるからです。私は世にも珍しく箱根の関所を越えて関西の大学に進学しましたが、なるべく生活費を抑えたいがために学生寮に入ろうと当初は入寮を希望しました。てっきり私は入寮者は大学事務所での抽選か何かで決まるのかと思ってたら寮生が面接で決めると言うのでただでさえ出費が苦しいというのに入学前に新幹線往復台を払って京都まで面接を受けに行きましたが、面接前に行われた寮の説明を聞いて「何こいつら?」と強い違和感を覚えました。
 どの点に違和感を覚えたのかというと、寮生が語る寮の歴史とやらです。どういう内容かというと、「〇年 大学側との交渉の末、電気代を大学側の負担にさせることに成功した」、「×年 備品代を大学側の負担にさせることに成功した」、「△年 ガス代を……」という具合で、まるでさも自分たちが大学運営側との交渉で実績を残して来たかのように書いてありますが、中身を見る限りだとむしろ大学側に脛をかじるというかたかるというか、不必要なまでに依存していることを自慢げに語ってました。にもかかわらず、「これは学生自治の成果だ!」と主張していて、自治だの自立だの言うのなら電気代くらい自分で負担したらどうかと素直に感じました。同時に、大学側に色々負担させているのだから感謝の気持ちを持つのならともかく、むしろ敵視するかのような発言を繰り返すという点を取っても人情のなさを覚えました。
 
 結局面接には落ちて私の新幹線往復代は空費することとなったわけですが、その後の学生生活で何度か寮生と会って話す機会があり、彼らもああいう妙な主張を自分自身で胡散臭いと理解しつつもなんか伝統となっているから受け入れてるみたいなことを話していました。もっとも寮生だった後輩からは、「きっと花園さんなら寮の文化にすぐ溶け込めますよ」なんて言われてちょっと不安に感じましたが。
 
 最後にまとめると、関西の学生寮は決して思想的なバックボーンがあって学生自治だの公安敵視だのをやっているわけでなく、思考を停止した上で妙な伝統だと思いつつも受け入れてやっているのが大半ではないかと私は考えているわけです。その上で述べると、書類選考でやればいいのに無駄に面接をやって金の少ない入寮希望者にムダ金使わせるようなことはとっととやめろと言いたいのと、今回もこういう事件あったのだし、恩を売っても仇で返すような連中も多いのだから大学運営側はこの際寮を廃止した方が良いのではとお勧めしたいです。
 実際、中核派とかは完全に活動の根拠を失っているし、そんなのに惑わされる時点で学生どころか人間にとって必要な最低限の自我がないのではと内心思います。まぁそれを言ったら魂持ってる日本人は自分を含めてどれくらいいるのかだけど。

2014年12月1日月曜日

民主党・枝野幹事長の解散に対する発言

 今日出勤中、「三途の川って英語で言うとSons river?息子の川?今でも脱衣婆が河渡ししてるのかな、それとも時代も変わったし今頃は橋が掛けられたりフェリーが運航されてたりするかも。それどころか青函トンネルみたいに川底をトンネル通ってるかもなぁ。考えてみれば臨死体験者がよくトンネルくぐったとか言ってるけど、それってやっぱり三途の川底トンネルかも……」なんていうことを割と真剣に考えていました。
 なお臨死体験については私は記憶の混濁であるとして少なくとも死後の世界を垣間見たとかそういうのじゃないと考えています。根拠は単純に、三途の川を見るのは日本人だけで、逆に光に包まれるという欧米人がよく見るイメージを非キリスト教国の日本人はみないなど文化的要素があまりにも強すぎるからです。
 
 話は本題に入りますが今回の解散が決まる前の9月に、民主党の枝野幹事長はこんな発言をしていました。
 
 
 このニュースを9月の時点で見た私は何を馬鹿なことを言っているのだと思ってましたが、本当に安倍首相はこの後の臨時国会で解散を決議しちゃって意外に枝野幹事長の予測は侮れない、けど実際に解散されて今頃逆に困ってるのではとも思いました。そしたら解散が確定的となった11月には、
 
 
 案の定というか、急な解散は身勝手だと決断した安倍首相を批判する始末です。ってか私は枝野幹事長は、「我が意を得たり!」なんて言って安倍首相を誉めてあげてもいいんじゃないかと過去の発言から思っていましたがやはりというかいつも通りの変節振りで、何も私だけじゃなくほかの多くの人も同じように「何言ってるんだこいつ」というばかりにこの二つの発言を取り上げています。
 逆を言えば民主党の上層部は解散を要求するだけで何の論点も持っていなかったばかりか候補者も策定できていないような状態で、こうした点を考慮するにつけ私個人としてはやっぱり政権は任せられないなぁというのが本音です。まだ自民の方が大人だ。
 
 もっともこういう民主党関係者の変節は今に始まったことではなく、そもそも論で話すとこういう一般人としてみてもかなり危ない人間が議員としてそこそこキャリアを積めてしまう日本社会の方に問題があるのじゃないかとすら思えてきます。なお選挙予想に関しては大体方向性が見えてきましたが、恐らく自民が圧勝で野党各党はほぼすべて議席を減らし、自民・公明は今以上に議席を大幅に増やすことでしょう。ポイントとしてはさしたる論点がなく投票率が下がって創価学会票が威力を増すことと、アベノミクスに対する評価は決して上場ではないものの民主党の政策よりはマシだと考えている層が多そうに見えることと、維新の会が内部分裂激しく勢いがなくなっているなどという点からの結論です。

2014年11月30日日曜日

中国の衝突安全性に対する意識

 昨日の記事で書いたド底辺の中国人労働者が味千ラーメンをおごられたことに気負いがあったのか、「今度は中国ラーメン屋に行かない?」と誘ってきたので、お昼ごろに彼の仕事場近くにあるラーメン屋に行っておごられてきました。そのラーメン屋まで私は自転車に乗っていったのですが、自らの公道最速理論に則って飛ばしてたら(時速40kmは出した)雨上りの路面だっただけに車体やら靴やらがやけに泥だらけになってちょっとしょげたわけです。
 なもんだったから帰りは比較的ゆったりとした速度でもって走ってたのですが、なんか前の方から「ドーン」という音がして、またどっかの馬鹿が昼間っから爆竹鳴らしてるのかとムッとしながら走り続けると、上記の写真のような場面に出くわし、「あっ、交通事故だったんだ」とわかりちょっとうきうきしてしまいました。

 上の写真がまさにこの時の事故直後ともいえる写真で、さすがに当事者であるドライバーには悪いかなと思って伏し目がちに携帯カメラを構えて撮影してきました。あんまり歩行者が多くない道路だったのもあって写真撮ったのも自分だけだったし。
 
 この写真で注目してもらいたいのは二台の事故車の破損具合です。位置から察するに左の車(中国ローカルメーカー車)が右の車(ドイツ車)に後ろから追突したと推察されますが、破損具合は明らかに中国車の方が大きいです。中国車のフロント下部にある外部プラスチックパーツがひしゃげるのはまだ理解できますが鋼鉄製なはずのボンネットが大きく曲がっているのに対し、ドイツ車の方はトランクの蓋がやや曲がるだけにとどまっているのを見るにつけ、「ここまで強度に差があるのか(;゚д゚)ゴクリ…」なんて思ってしまいます。明らかにぶつかった方がぶつけられた方より破損がひどいというのもなぁ。
 
 
 上記リンク先のニュースは先週出たニュースですが、サーチナさんにケンカ売るのもどうかと思うけどあまり見られる記事ではありません。先に言っておくと何故トンチンカンなのか根拠に乏しく、見ようによっては妙な反発をしてるだけにしか見えない記事です。
 この記事では中国の自動車ユーザーは日本車は燃費や構成部品の価格バランスが良く実用的だがそのかわりに強度を犠牲にしているとして、基準に適合する必要最低限度の水準しか強度がないなどと中国メディアが書いていると紹介しています。その為に本社は米国社に対して安全性に劣るとしてこの記事のライターは「的外れな主張」と書いていますが、何故的外れなのかという理由は書かかれておらず、読んだ後にちょっとストレスを感じる文章です。
 
 私の意見を述べると、上記の中国メディアの主張は半分当たりで半分外れといったところで、決して「的外れ」だと言い切る文章ではないと考えています。私も自動車の安全性については素人ですが素人なりに聞きかじった知識で述べると、日本車は何よりも乗車している人間が死なないように、次にぶつかった人間が死なないように安全性を設計するそうです。それはどのような設計かというと、具体的に言えば衝突時にボディ板金が敢えて曲がるようになっており、曲がることによって衝撃をボディ自体が吸収するようになってるそうです。
 たとえば曲げやすい金属と曲げにくい金属の板をそれぞれ叩くと、叩いた手が痛むのは恐らく後者だと思います。これは曲がる金属の方が叩いた際にひしゃげることによって衝撃を吸収するのに対して曲がらないとそのままの衝撃が反対方向、それと手に直接伝わるため衝撃が大きくなるわけです。
 
 こんな具合で日本車には靱性が高く曲がりやすい板金ことハイテン板が多く使われているため、ぶつかった時にドイツ車やアメ車と比べてへこんだりすることが多くともドライバー、ひいては轢いた相手の死傷率というか安全性は高いとされます。実際に米国などで行われる衝突安全性テストでは日本車が高い評価を受けていて、最初のサーチナの記事に関してはこうした理由に触れずやれトンチンカンやらやれ的外れやら書いているのでちょっとどうかなと感じたわけです。
 
 ただこうしたドライバーの安全性を確保するため、先程書いたように日本車はドイツ車やアメ車と比べて少しの衝撃でへこんだり、ひしゃげたりする傾向が高いそうで、そうした姿を見るにつけ中国のカーユーザーからは「日本車は脆い(中国車はもっと脆いけど)」という印象を覚えるようです。これを中国のユーザーが安全性に対する知識がないためと割り切るのは簡単ですが、私からすれば中国ではドライバーみんなが強引な運転をするのが当たり前で軽微な接触や衝突がガチで多いことを考えると、生か死かを分けるような重大な事故は頭から眼中になく、接触程度の事故でどれだけボディがへこまないかを重視するのは決して的外れではない気がします。言ってしまえば、彼らにとって交通事故というのはそういった水準の事故で、大事故が起きたらなんてことはあまり考えてないように見えます。
 
 まとめとしては所によって自動車の安全性に対する意識は確実に変わるということと、日系自動車メーカーは単なる衝突安全性というのではなく「命の安全性」という観点で自社の車を宣伝すべきかと言いたいのと、ドイツ車は中国車に比べてやっぱり硬いんだなということがよくわかったってことです。

2014年11月29日土曜日

ある中国人労働者の記録

 私は現在の勤務地までんの出退勤は中国人従業員の車にいつも上司と共に乗せてもらっているのですが、今月初めのある日、たまたまその従業員が早退きしたので私と上司はバスで帰宅しました。バスの中で日本語でどうでもいいことを話していたら若い中国人の男の子が近づいてきて、「貴方たちは日本人?」と中国語で聞いてきました。そのまま少し話をするとなんでも来年日本に留学するそうで日本人に興味があるというので、念のため私の名刺を渡し、帰宅後に少しメールのやり取りを行いました。折角の機会でもあるし一回くらいは腰据えてあってみようと思い、自分の方から「日本語を教えてほしければ教えるよ」と伝えて夕食に誘いましたが、これにはちょっとした下心がありました。その下心というのも、私の元記者として、というよりかはアングラな社会学士としての嗅覚で、「きっとこいつはド底辺の若年労働者だ。取材相手としてこれ以上ない人物になるだろう」という確信めいた予感です。
 
 某日、私が指定したバス停にやってきた彼を近くのケンタッキーに連れて早速話をしてみました。聞いてみると彼の年齢は22歳で、なんでもYMCAの選考を受けて来年七月からの日本への留学切符を手に入れたそうです。話してみると意外と日本語の単語をたくさん覚えており、また日本語の教科書もそこそこ自習しているようで聞き取りにはまだ難があるものの片言での要求や自己紹介といった会話は日本語でもある程度こなしてきました。
 割と語学の筋が良いと思いつつ学歴を尋ねると、「高校二年」という回答が返ってきました。それ以上は深くは聞かなかったが大学には通っていないことはもちろんのこと、もしかしたらきちんと高校も卒業していないのかもしれません。この時点で大体想像ついていましたが出身地を訪ねると安徽省の農村(地名聞いてもさっぱりわからんかった)で、高校を出てからは都市部に出稼ぎに来て働いているとのことでした。
 
 では現在の仕事は何かと聞いたところフォークリフトの操縦と答え、より詳しく聞いてみたところ鉄スクラップの集積・販売業者みたいなところで働いているようで、「凄く汚れる」などと言いながら油被ったジーンズを見せてきました。その次に勤務日はと聞いたのですが、実はこの日会ったのは土曜日の夕方で、私はてっきり土日は休みだろうと思ってお昼くらいの時間を最初に指定したら「その時間は勤務中でいけない」と返ってきたので夕方になったわけです。なもんだから平日の何曜日が休みなのかを確認したかったのですが、「休みはない。毎日仕事がある」という、ちょっと想定外の回答が来て私も困っちゃいました。ちなみに曜日感覚は全くなく、「今日って土曜日なんだっけ。花園さんは土日が休みなの?」なんても聞いてきました。
 
 念のため書いておくと、彼の様に全日仕事がある中国人労働者は決して多くはないと思いますが存在することは確かに存在しており、ホテルの従業員や不動産屋なんかには多いものの、面と向かって知り合いになった人物では彼が最初だったのでさすがに私も面喰らいました。しかもその仕事、短期の契約制なもんだから今年の12月で雇止めになるらしく、「1月以降はまた新しい仕事探さないと」だなんて言い出し、「花園さんの所で働けない?そこなら日本語も学べて一石二鳥なんだけど」と、中国人らしくストレートな物言いをしてきましたが、「うちの会社儲かってないから無理」とここはやんわりと断りました。
 この時点で私の中にもかなり同情心も芽生えて来たので、「ひとまず毎週一回のペースで会おう。その度に色々教えるよ」と約束しました。無論向こうとしても歓迎する提案だったようですが、多分毎日でも構わないような雰囲気だったもののさすがにそれだと自分がきついと感じたので敢えて触れませんでした。
 
 一通り相手の現況について聞き終えると今度は向こうから、日本の大学について教えてほしいと切り出してきました。なんでも、日本に留学して日本語を学んだらそのまま日本の大学に入りたいとのことで、どの大学がいいかを聞きたかったようです。しかもかなり自分でしらべており、国立は東大京大、私立は早慶上智がトップで、ほかにもMARCHや関関同立なんていう言葉まで知っているなど非常に細かいところまで把握していました。もっとも最初の留学というか日本語学校は福岡県だそうなので九州内で探すか、あとは生活費が比較的安く済むのとアルバイト先も確保しやすいという点で関西の方が良いとは薦めましたが、「東京の大学じゃないと就職きつくない?」なんて言い出してきて、これには私も苦笑しました。
 なお彼との会話はほぼすべて中国語で行いましたが、私からすれば綺麗な中国語の標準語を向こうは話してくれるので非常に聞き取りやすいです。その点を彼に伝えたら、「僕だってこっち(昆山市)の人の言葉は聞いててよくわかんないよ」とホッとさせてくれること言ってきてくれました。あとケンタッキーであれこれ話してたら掃除のおばさんが寄ってきて、「なに?あんたら起業でもすんの?」と話し掛けてきて、「あたしも昔会計士目指して勉強してたんだけどさー」なんて大阪のおばちゃんみたいにいきなり苦労話をしてきました。
 
 こんな具合でほぼ私の予測通りのステイタスを持ったいい取材相手だし、近年の中国の若者はどんな生活をしているのか、何に関心を持っているのか、でもって最底辺に近い労働者はどういう生活水準なのかを知る上でいいパートナーを見つけたと考えています。同時に私の中国語も少なからず上達が見込めるだけに、なるべく彼には自分からもいい刺激を与えようと考えてその後も会い続けています。今週に至っては彼が「味千ラーメン」という中国で一番有名な日系ラーメンチェーンのラーメンを食べたことがないというので、待ち合わせ場所からタクシーに乗って連れて行ってあげましたが、「昆山に来てこんな遠くまで来たの初めてだよ。普段は家と勤務地の往復で休みなんてないし」と話しだし、まぁ引っ張ってきてよかったと思いました。もちろんタクシー代とラーメン代は私の負担。
 
 以上までが観察日記でこっからが私の論評ですが、まず彼のようなタイプの日本人は確実に存在しないでしょう。一週間毎日休みもなく働き詰めにもかかわらず日本への留学を企図し、備えるため勉強し、さらには日本の大学への入学を目指す。一言で言えば非常にやる気があり応援したくなるような人物ですが、ここまでガッツある日本人を捜すとなると割とハードワークな気がします。もちろん彼のような中国人もレアと言えばレアだし、上海人の友人にも話したところそんな人間は周りにはいないし、同じ中国人ながら同情するし応援したいと話していました。
 しかし、一言で言うならやはり中国はまだまだ発展途上国であるということに尽き、親のお金で何不自由なく大学に通う上に車を乗り回す人間もいれば、故郷を離れ毎日働きながら勉強、そして立身出世への意欲を強く燃やす若者も同時に存在する。これこそが中国の縮図であって日本には存在しない世界のように思えます。
 
 私個人としては先ほどにも書いたように取材相手としてほぼ最高の材料であるとともに強い同情心を覚える相手で、また彼のような中国人にこそ日本に来てもらい、学問を修め世に出るべきだと思えるだけに出来る範囲で今後も応援していきたいと考えています。また最近は日中の関係が密になって中国人を取材する本もたくさん出ておりますが、それらの本は主に元から裕福な中国人が主な取材相手であるのに対し、ド底辺な中国人、しかも若者となると実際に取材するのも難しいこともあってそんなには出ていない気がします。そういう意味で彼のエピソードというかライフヒストリーを書くことはブログレベルでも価値あることだと思え、多少なりともライターとして燃え立つ気持ちを覚えます。
 なお、日本でも就職戦線や労働状況に関する話題は基本的に世代間約50%の大卒しか取り上げられず高卒者の話はほとんどなく、中卒者に至っては皆無に近いでしょう。しかしド底辺こそ地に足がついており、本当に目を向けるべき場所というのはここにあると私は常々考えており、彼から聞ける話はそこそこ価値があると思えるのと同時に日本でもこうはならないものかと、ちょっとやるせなさを覚えます。
 
  おまけ
 味千ラーメンを食べた帰り、同じショッピングセンター内にあって前から匂いが気になっていたチーズケーキ屋に寄りました。看板を見てみると「RIKURO」という文字とコック帽のヒゲ親父の絵が書いてあって後で調べてみましたがどうやら大阪にある「りくろーおじさんの店。」のフランチャイズか何かだったようです。
 この店で私はチーズケーキを自分用に買うのと同時に連れてきた彼にも買ってあげようとしたら向こうが遠慮して、「いや、僕はそんなに甘いのが好きじゃないから」と言ったところ、「甘くないっ!( ゚Д゚)」と、すかさず女の子の店員が否定してきたので、それならばと二つ買って一つは彼に持たせました。その次の日に彼から来たメールには、「あの店の女の子かわいかったね。けどケーキはめちゃくちゃ甘かったよ(´・ω・`)ダマサレチッタ」と、書かれてありました。

2014年11月28日金曜日

生贄の牛を羊に取り換えるとな

 これは昔々、中国戦国時代のお話です。戦国時代に現在の山東省は斉という国で、この国は「封神演義」でおなじみの太公望を祖とする国でしたが、内紛によって戦国時代には田氏に乗っ取られ、田一族が王となって治めておりました。この田氏斉の四代目は宣王という人物(紀元前4世紀)なのですがこの宣王がある日、宮殿を歩いているとひどくおびえた牛を従者が引いているのを目撃しました。そこでおもむろに宣王はおもむろに、「この牛をどうするの?」と聞いたところ従者は、「はい、煮込んだ鐘に血を塗る儀式に使うので、これから生贄に殺すところです」と答えました。
 この従者の答えに宣王は、「やめなさい。ひどく怖がっているし何の罪もない牛だ。殺すに忍びない」というので、なら血塗りの儀式は中止ですねと従者が確認すると、「いや、儀式はやる必要がある。そうだ、代わりに羊を使えばいい(・∀・)」と閃いたので、その時の儀式は牛の代わりに羊を殺してつつがなく終えたそうです。
 
 私はこの話を大学三回生の頃の中国語の授業で習ったのですが一読して、「これって、羊とばっちりじゃん(;゚Д゚)エエー」と思うのと同時に、牛がかわいそうだからって羊殺してちゃ意味ないんじゃないかと心の中で突っこみました。恐らく、この記事読んでる人たちもみんな同じような感想だと思いますが、出典によると当時の斉の人間ですら「牛をケチって羊を使った」などと揶揄していたと書かれてあります。
 その出典ですがこれは何かというと実は「孟子」からです。「孟子」の説明は省きますが斉の国を訪れていた孟子に対して宣王が民を安んじて治めるにはどうしたらいいかと説いたところ、孟子は「宣王は過去にこんなことやりましたよね」と自分からこのエピソードを切り出します。確かにそんなことがあったと頷く宣王に孟子は、「それこそ仁です」と言わんばかりに激賞し、世間はアホな王やと言っているがこのような心持ちを持つことこそが大事で、王たる資格がある証拠だとまで言います。
 
 正直に白状するとこのくだりまで読んだところで、「孟子もちょっと持ち上げ過ぎじゃないかな?」、「頭のいい人の考えてることはよくわからない」、「もうちょっと単純に事実を見た方がいいのでは」なんていう感想を当時の私は持ちました。しかし牛や羊の肉を食べる時にふとこのエピソードを思い出すことがあり、しかも年数が経つにつれて段々とあの話は含蓄の深い話なのではなどと何故だか熟考することが増えていきました。
 
梁惠王章句上(孟子を読む)
 
 このエピソードについて上記サイトでは原文と共に詳しい解説が載っております。非常に詳しく載っていて、読んでて自分も見入りました。
 直接上記サイトを読んでもらうのが一番なのですが自分の方からここの解説をかみ砕いて説明すると、孟子はこの時宣王に対して、目の前にある生き物に憐憫の感情を持つことが大事だと言いたかったようです。憐憫の心を持つことは仁の心にまで発展させるためのスタートに当たり、結果的には目の前にいない羊を代わりに殺すことになったものの、目の前にいる怯える牛の命を助けたという情けの精神をきちんと実行した宣王の心根は悪くないと孟子は伝えたと解説されています。
 その上で上記サイトの執筆者は補足として、人間は目の前で起こっていることしか関心がなく、目の前にないものにまでは気が回らないのは自然なことであるとして、下記のような例を持ってきています。
 
- どこかの隣国の独裁政治に始終憤激しているのならば、どうして旧ソ連で同様に独裁体制を取っている諸国に激怒しないのか?
- 自分の子には勉強させて高学歴を与えるのに必死なのに、どうして一般論になると「ゆとりある教育を」などといまだにのたまうのか?
 
 どちらも自分の胸にグッときました。実際、日本国内で虐待で子供一人が殺されるというニュースを聞くのとアフリカで今日何百人の子供が死んだというニュースでは、感じ方は後者の方が他人事です。同様に、北朝鮮や中国の政治弾圧の方が中東やアフリカの政治弾圧より気になります。上記のサイト執筆者によるとこうした距離感に伴う感じ方の違いは人間にとって当たり前で、誰にでも平等にだなんて言わずにしかるべき距離のしかるべき対象に愛情や憐憫の情を持ち、発展させていくことが大事だと孟子は人生を通して主張しているそうです。
 
 ここからが私の個人的意見になりますが、解釈にもよりますが上記の孟子の考え方はキリスト教の隣人愛とも通じるように思えました。隣人愛の解釈は人によっても変わりますが、私の解釈だとまずは何よりも身近な人を大事にすることに尽きます。身近な人を大事にすることが出来ればもう一つ先の距離の人も大事にすることが出来るようになり、こうして範囲を徐々に拡大していくことによって良好な共同体を作り上げられるというような具合です。
 こうした考え方のほかにもう一つ最近できてきて、たとえばNGOとかNPOみたいに世界中の人々を助けようとして活動する集団が結構ありますが、そうした集団の方々の活動は確かに尊敬できますが果たしてそれで本当に世界はよくなっていくのだろうかという疑問がよくもたげます。単純な話、日本人が地球の反対側のブラジルで活動するにしてもお金も費用も文化的障壁もあります。それであれば日本人は同じ日本にいる困っている日本人を助けることによって、その助けられた日本人が今度はほかの人を助けていくような状態に持っていく方が結果的には効率がいいのでは、しかもこっちの方が外国語能力とか変なバイタリティが無くてもすぐできるのではなどとも思います。
 
 無論、海外に行って救援活動などをされている方は確かに必要とされているし、尊敬もします。しかしみんながみんなそこまで強くはなれないし、それであれば、「貧困の国に井戸を掘るため募金しよう!でもって砒素いっぱいの水飲ませて村の人を病気にしよう」なんて某テレビ番組みたいな主張はほっといて、もっと距離的にも身近な人同士で助け合おうという精神を持つことの方が人間として正しいのではという結論に至りました。マザー・テレサも、「自国の困っている人を無視して他国の人を助けようとするのはちょっと違う」なんて言ってたそうで、この辺は孟子もキリストも一致しているのではなんて思った限りです。
 
  おまけ
 終戦間際の山田風太郎の日記に、「右の頬を叩かれたら左の頬を差し出すのがキリスト、右の頬を叩いたら左の頬も叩いてくるのがキリスト教徒」と書いてあって吹き出しました。あと自分の大学はミッション系だったのに、「キリスト教は虐殺を繰り返して信者を増やしてったような宗教だ」なんて授業中に言い出す講師がいて、フリーダム過ぎるにもほどがあるずこの大学なんて思いました。

2014年11月25日火曜日

どうして成りすましするんですか?

 また我ながら挑発的な見出しですが、案外ほかの人が使ってないのでこんなの浮かぶのってもしかして自分だけってちょっと悦に入っています。この見出しから恐らく連想がつくかと思いますが、NPOをやってるという二十歳の大学生が先日、小学四年生が作ったように見せかけ、「どうして解散するんですか?」と暗に安倍首相を批判するようなサイトを公開していたことがバレ、ネットを中心に批判が起こり炎上しています。しかも安倍首相までフェイスブックで「卑怯な行為だ」として槍玉に挙げたことからさらなる盛り上がりを見せており、逆に攻め過ぎなのではないかという逆批判も起こる等そこそこ議論としてみていて面白い感じになってきました。自分もこの事件では少し気になる点があり、今の所その点を誰も追及してくれていないので議論に参戦する形で、今日はこの事件について言いたいこと書きたいこと書いてきます。
 それにしても非常に驚いたのは、さぁこれから記事を書こうとパソコンに向かった矢先、読者の方からまさにこの事件について意見をとリクエストを受け取ったことです。
 
 結論から書くとこの大学生はしょうもないやっちゃなぁと思うのと同時に、そもそもどうして子供に成りすまそうとしたのかという点が個人的に興味あります。三度の飯より政治論議は好きだけど、やっぱ自分は社会学士だなぁ……。
 
<事件の経緯>
 事の経緯から簡単に追って行きますが、先日の衆議院解散後にどうして解散をするのかと解散理由を問うサイトが公開されました。そのサイトの製作者と名乗る人物は自分が小学四年生で周囲の友人とこのサイトを作った、子供の自分から見ても解散する理由、特に約700億円というやけに具体的な選挙にかかる費用を挙げてこんな無駄遣いをする価値があるのかわからない、自分たちから見てもおかしいなどと、暗にというかあからさまに安倍首相を批判する論調でもって世に訴えるような内容でした。
 しかし公開直後から小学生が作ったというにはやけに凝ったサイトで、年齢を詐称しているのではないのかという疑惑が持たれていました。案の定というか公式ツイッターで、
 
「妖怪ウォッチ真打はもう買いましたか?」
「もちろん買いました」
「まだ発売してないんだなぁ」
 
 というようなやり取りが交わされるなどボロがどんどん出てきて、証拠もほぼほぼ揃って人物の特定も済んだ段階でようやく件の大学生が小学四年生だと詐称した事実を認め謝罪をしました。このサイトについては公開直後から、主に民主党関係者が取り上げては賞賛しており、またサイトを制作した大学生が所属していたNPO団体に民主党関係者の親類が所属しており、マッチポンプだったのでは、民主党は初めからわかっていたのではなどという疑いも出ています。まぁ政治上における疑惑とは事実という言葉と何ら変わりはないのですが。
 
<大学生に対する私の見方>
 余計なことは置いといてこの事件に対する私の意見を述べると、まず名探偵コナンとは逆にサイトを作った大学生の頭が小学四年生以下だということはよくわかりました。どうでもいい冗談やゲームの攻略情報とかならともかく、政治に対する意見というのは主張したが最後、言った本人が責任を持たなくてはなりません。自分はこのブログでもその点を特に注意を払って書いており、具体的には、「誰々さんがこう言ってた」なんて伝聞系で終わらせず、それに対して自分は賛成か反対か立場を必ず明示させるようにしています。
 にもかかわらずこの大学生は、要するに安倍首相の解散の決断が気に食わなかったのでしょうがその不満を自分自身ではなく架空の小学四年生が言ったことにしようとしました。私に言わせるならば自分自身が自身の人格でもって意見を主張できないなど政治議論においては言語道断もいい所で、匿名としての発信ならまだしも子供を装っていう言い方は安倍首相同様に卑怯としか思えず、そんな生半可な覚悟でしか意見を言えないのなら始めから黙ってるか、そもそも発言する資格すらないように感じます。もっともこんな無意味なことしているあたり、政治議論の場はおろか一般社会においてもいなくていい存在に見えますが。
 
 ただここで話題を変えますが、そもそも何故彼は子供に成りすまそうとしたのでしょうか?理由は簡単で、二十歳の大学生が言うよりも小学四年生が言った事にした方が注目されやすいなどメリットが多いからに尽きるでしょう。じゃあなんで子供が言った方が注目されるのか、改めて考えるとここがこの事件の奇妙な所だなと私は思いました。
 
<何故子供の意見は尊重される?>
 最初に言っておくと、こと政治の話題に関して私は小学生及び中学生、高校生の意見は頭から一切耳を貸しません。一応聞くだけ聞いた後にやんわりと指摘をかけ修正を促したりはしますが、やはり子供の時分だと政治を語るにはまだ周辺知識が絶対的に不足していて狭い了見の中で考えるから、「お金がないならお金を刷ればいい」というような意見になりがちです。また子供の場合、特に注意しなければならないのは「誰かに言わせられているのでは」という点で、周囲の影響を受けやすいこともあって無自覚に、無理解に意見を言うことがあるので場合によってはその意見を操る背後を探る姿勢も必要となります。
 ある意味で今回の事件も「誰かに言わせられている」といった類の事件と言え、上記のような注意点もあるため私は子供の政治や社会に対する意見はそもそも聞くに値しない、取り上げるまでもない、むしろ耳を貸すなと考えているのですが、恐らくこんな価値観の持ち主は日本じゃ少数派でしょう。少なくとも今回の事件の張本人である大学生は子供を装った方がメリットがあると考え、また民主党の関係者らも子供ながら大した意見だなどと持ち上げていました。また日頃の報道を見ている限りだと、40歳のおっさんの意見はあまり取り上げられなくても10歳の子供の意見だったら、しかも政治などといった高尚な話題であれば率先して取り上げられる気がします。
 
<仮説一、毛沢東思想>
 どうしてこのように子供の意見だったらみんな注目しがちなのか、この点が私にとっては凄い不思議です。この理由をいくつか考えてみましたがまず民主党関係者については地味に毛沢東思想が影響してるんじゃないかと最初は冗談っぽく、途中からは割と真剣に考え始めました。毛沢東思想には「余計な知識のない無垢な状態の意見こそが最良」みたいな考え方があり、言ってた毛沢東本人ですら本気で信じてたわけじゃないのに元社会党の系譜を受け継ぐ現代の民主党はまだ毛沢東に踊らされ、子供や女性といった社会的弱者(とみなす存在)の意見ほど貴重で価値があると信じているのではないかと思えてきました。ある意味これは逆差別な気もしますが。
 
<仮説二、子供礼賛なマスコミ>
 では民主党以外の日本人ではどうか。私の目から見ても普通の日本人もやっぱりハゲたおっさんの意見よりは子供の意見を大事にするように見えますが、これは毛沢東思想というよりはマスコミの影響のが強いかなと考えています。マスコミ関係者が上記の毛沢東思想の影響を受けたかどうかはこの際置いておきますが、マスコミは確信犯的に子供や女性、障害者などといった社会的弱者の意見に価値があるかのような報道を行い、彼らを利用しております。何故このように断言するのかというと自分も記者時代に少なからず経験があるからで、記事に書きたい主張したい意見を自分の考えとしてではなく、取材対象に敢えて言わせる、もしくは言ってくれる人間に取材することによってメディアは報道しているからです。
 さすがに自分はこういった社会的弱者をダシに使ったインタビュー記事はさすがに書きませんでしたが、自分の言わせたいように言ってくれる存在として子供なんかは本当に使いやすいような気がします。実際に「あるある発掘大辞典」とかではないですが最近の街頭インタビューなどでは劇団員が多く使われており、市井の生の声というよりはシナリオ上のセリフが現在の報道では主要となりつつあり、こうした報道をやりやすくするため日本のマスメディアは子供の意見は大事で価値があるように見せかけていったのでは、なんて思ったりします。
 
 最後に大まとめに意見をまとめると、そもそも論として政治や社会といったやや小難しい領域において子供の意見なんて始めから聞く耳を持つなと言いたいわけです。内容がやけに通っているとしてもそれは悪い大人が言わせている確率が高く、ちゃんと子供に自分の頭で考えるよう指導してあげるのが大人の役割です。その上で、自分で堂々と意見を言えずに子供をダシに使って言うような人間は間違いなくクズで、そうしたクズを如何にこの社会というかマスコミ業界から追い出していくかが今後の日本の課題なのかもしれません。
 
  おまけ
 政治や社会問題に関しては私は子供の意見を始めから聞きませんが、かといって子供の意見全てを無視する気は毛頭ありません。一つ例を出すと、小学生の女の子二人が並み居る大人たちに対し言い放った、「盲導犬は人間を助けてくれるのに、どうして人間は目の見えない犬を助けてあげないの?」という意見には文字通りドキッとさせられ、自分にはこういう意見を言い出す少年の心はまだありやなどと考えさせられました。

2014年11月23日日曜日

論文盗用での早稲田の准教授解任について

 
 なんか話題にする人も少ないので私の方から一言突っこんでおこうと思います。
 上記リンク先のニュースによると、早稲田大学が商学学術院の准教授が過去に論文を盗用していたとして解雇処分を行ったと発表したそうです。記事によると問題の論文は該当の准教授が2001年と2003年に発表した英文論文で、ほかの記事によると他人の未発表論文をベースにしていて八割方同じ記述となっていましたが、元となった論文が今年公表されたことからばれてしまったようです。解雇処分を受けたその純教授は盗用を認めておりますが、読売新聞の記事によると手続きに対して公正ではないとして不服を申し立てたそうです。
 
 この事件になんで私が注目したのかというと、大体察しが付くでしょうが「小保方氏は?」というのが正直な感想です。説明するまでもないでしょうが小保方氏は早稲田大学の理工学部大学院時代に提出した博士論文で英語サイトの記述を一部コピペした論文を提出していたことが今年明るみになりましたが、これに対して早稲田大学の教授会は悪意があって行ったことではなく参考にした記事を誤って載せてしまったとして、修正した論文を提出することを条件に処分は行わないと発表しています。もっとも一部の早稲田大学の教授からはこの問題に対する処分としては適当ではないと声が上がったそうですが。
 
 まぁ小保方氏の論文は今回の事件の様に「八割方」をパクッたというわけではないものの、片っ方は悪意がないとして不問とされたのに対しもう片っ方は盗用を認めたということで懲戒解雇とするのはなんか温度差があるような気がしないでもありません。というよりその前に、どうして早稲田はこんなに盗用問題が頻繁に起こるのか、理工学部だけじゃなかったのかという点も気になります。
 盗用が問題であることは小学生でも十分に理解できるでしょうし妙な弁解の余地など私はないと思います。それゆえ小保方氏への処分は今でも手ぬるいと思いますし、そうした過程を経ているだけに今回の准教授が処分に対して不服を申し立てたというのも行為としてはどうかと思うものの文句の一つも言いたくなる気持ちは理解できなくもありません。
 
 私が言うまでもなく今年は数年に一人でるか出ないかというような世間を騒がせる人物が数多く輩出した異常な一年でありましたが、MVPは誰かというのならば私の中では「号泣議員」かこの小保方氏だと思います。正直言って甲乙つけがたいところがありますがどちらも大きな問題点(政務費の着服と論文盗用)を浮き彫りにして世間に認知を広めたという点では一部の功ありといったところです。

2014年11月22日土曜日

漫画レビュー:惡の華

 このブログ書いてて一番受ける質問ときたら何よりも「どうしてネタが尽きないの?」という質問です。私本人からするとなんでネタが尽きないのかというよりは書きたいと思う内容を思いついてもなかなか全部書き切れないというのが今の状態でして、この数日書いた記事も原案は大体二週間くらい前に思いついた話ばかりです。中には時間が経ち過ぎてネタごと没にすることも多いのですが、今日書く久々の漫画レビューはネタが腐らないということもあって先延ばしにされ続けた上での執筆です。書こうと考えたのは確か9月頃だし。
 
惡の華(Wikipedia)
 
 私がこの漫画を手に取ったのはなんかネットでやたら見るタイトルだったことと、巻数が少ないから漫画喫茶で余った時間を消化するのにちょうどいいからと思ったことからでした。そんな軽い気持ちで手に取ったのですが一読してなかなかに凄い衝撃を受け、過去にこれだけ衝撃を受けた漫画を上げるとしたらパッと思いつく限りですと「エルフェンリート」くらいしか思い浮かびません。
 
 この「惡の華」がどんな漫画なのか簡単にあらすじを書くと、主人公はどこにでもいるような中学生の男子生徒(春日高男)なのですがお年頃もあってか中二病がやや入っており、タイトルにもなっているボードレールの「惡の華」を始めとした海外の文豪の小説を父親に勧められるままに読み耽り、「俺はほかの男子とは違う」などと気弱な性格ながらに考えています。そんな春日君ですがある日、ふとしたきっかけからクラスで密かに憧れていた女子生徒の体操着を盗んでしまうのですが、そこは気弱な春日君のことだからすぐさま後悔し、誰かにばれないうちにどこかへ捨てに行こうとして自転車に乗りながら捨て場所を探している最中、ばったり会ったクラスメートの女子生徒こと仲村佐和に、私見てたんだよ 。春日くんが佐伯さんの体操着盗んだところ」 と、めっちゃいい笑顔で言われてしまいます。
 この仲村佐和こと仲村さんがこの漫画のヒロインに当たるのですが実質こっちが主人公と言ってもよく、「惡の華=仲村さん」みたいな感じで世間にも認知されている気がします。そんな仲村さんですがどんな女の子なのかというと、テストを白紙で出した挙句に教師に咎められると「うっせークソ虫」と吐き捨てるという、非常にエキセントリックな性格しています。ちなみにこのシーンがこの漫画の冒頭です。
 
 話はあらすじに戻りますが、仲村さんは春日君に対して体操服の件を黙っていてあげる代わりに自分の言うことを聞くようにと要求します。さっきも書いたように仲村さんは非常にエキセントリックな性格をしているだけにどんな要求を出すのかというと、一言で言えばドS極まりない要求ばかりで、最初でこそ河原に来いとか面白い話をしろとか大人しいものでしたが、ひょんなことから春日君が盗んだ体操着の持ち主であるクラスのマドンナとデートすることになると、「お前、今着ている服の下に盗んだ体操着着てデートしろ」と命令してきます。しかも何とかばれずにうまいことデート出来ていたら、突然後ろからバケツの水ぶっかけてスケスケにさせてくる始末です。春日君はすぐ逃げ出したので相手にはばれなかったけど。
 
 こんな具合でこの漫画の前半は仲村さんのドSっぷりを楽しむ漫画ですが、中盤からやにわに趣が変わり、徐々に世間体にどうして甘んじなければならないのかというような疑問を投げかけてきます。先程にも書いたように仲村さんは全く周りを気にせず自分の言いたいことを言うしやりたくないことははっきりと拒否しますが、そんな仲村さんがどうして春日君に執着するようになったかというと「もしかしたら自分を理解してくれるのでは」という期待があったからだという風に見えます。作中でも仲村さんは度々、春日君に本心をもっとさらけ出せ、周りのカスどもに同調する必要はないなどということを繰り返し述べ、その上で「春日君は変態の豆野郎だが自分もきっと同じ変態なのだろう」ということを口にします。
 この辺りが自分も凄い共感したのですが、小学生の頃ならまだともかく、中学生くらいから本心ではやりたくなくても周りに合わせて興味がないこともさもあるように話を合わせたり、周りがやってるからという理由で自分も同じ行動を取ったりなどと、本心を押し殺して実体のない空気に身も心を合わせるようになります。それこそ周囲に置いてかれないよう必死になって。
 
 私自身、同じような疑問を中学生頃に持ち始め、周囲と同じ行動を取ることに価値があるのか、それが本当に自分自身の幸福につながるのだろうかと仲村さんほど過激ではないものの疑問を覚えました。その挙句、自分のやりたいこと、なりたいものに対して一直線に進むべきだと思って高校には行かずに小説家目指して修行したい、同時にプロレタリアートみたいに現場で働きながら大検受けて大学行きたいと申し出ましたが、親に拒否されたので親の顔を立てて黙って学校に通い続けました。今現在も中学生の自分が考えた通りに無理して通うほど高校に価値はなかったなと考えてますが、上記の申し出をただの一度しか言ってないにもかかわらず「あの時高校に行きたくないとか抜かしやがって」と、その後ずっと親が自分を責める口実にさせられたことは失敗であったと思うと同時に今でも強い憎悪を覚えます。
 
 話は戻りますが仲村さんはこういった思春期における周囲の同調圧力に対してはっきりとノー、関西弁で言うならええかっこしいと拒否しており、そんな自分を理解してくれるかもしれない存在として春日君に執着したのではないかと自分は解釈しています。もっとも話の途中で仲村さんは春日君はやっぱり普通人間だと述べ一旦は見放しますが、距離を置かれたことで何故仲村さんが自分に執着していたのか気が付いた春日君が逆に歩み寄り、仲村さんを理解するため変態的な行為に手を染めていくことになります。
 以上までが中盤までの内容ですが、後半は中学生から高校生へ年代ジャンプすると共に登場人物が一新して、なんか普通の青春ラブコメのような展開が続きます。作者はこっちの後半こそメインだと考えているようですが他の人のレビュー同様、私も読んでてあまり面白くなかったし印象に残るようなシーンもほとんどありませんでした。唯一、満を持して数年ぶりに春日君と仲村さんが再会するところは読んでてこっちもドキドキしてくるほど面白かったですが。
 
 私の評価としては先ほどにも書いた通り、思春期特有の悩みとともに何故本心を押し殺さなければならないのかという疑問を呈示をする点が良く描けており、一読に値する漫画だと見ております。特に、よくもまぁこれほど暴力的な言葉を次から次へと浮かぶものだと思えるくらいに過激な仲村さんを通してそういったものを描いているので強い印象を残すと共に、思想というのは一種の暴力性を含んでいるのだなと再認識させられました。
 
 しかし漫画としてみる上では見逃せない欠点もあり、レビューを書いているほかの人が誰も指摘していないので今回自分が書こうと思った点なのですが、致命的なまでに主人公の春日君に魅力が感じられません。優柔不断な性格の持ち主として描かれているため情けなく見えることは仕方ないにしても、ほかの人は知りませんが自分はこのキャラに何にも共感できませんでした。優柔不断なキャラでも描き方によってはいくらでも魅力的に描くことはでき、いい例としてはまさに冒頭で挙げた「エルフェンリート」の主人公で、優柔不断であることは共通しながらも中盤で明かされる裏設定によって一気に印象が変わり非常に生き生きとしたキャラクターに化けています。
 作者の押見修造氏に対して苦言を呈すと、私はこれまで押見氏の漫画をほかにも「ぼくは麻里のなか」、「漂流ネットカフェ」の二作を読んでおりますが、「惡の華」を含む三作とも魅力あふれるヒロインにやや優柔不断な男主人公が引っ張り回されるというストーリーで共通しています。しかもどれも男主人公は見ていて全く魅力がなく、ヒロインを引き立てるためとはいえこれだけ傾向が共通するのは後々飽きられるなど致命的になるのではないかと他人事ながら心配しています。まぁ人のやり方にあれこれケチ付けるのはよくはないと思いますが。
 
  おまけ
 「惡の華」の前半部の終わり間際で春日君と仲村さんと体操服盗まれたクラスのマドンナ三人が対峙する場面がありますが、この場面にて仲村さんが言い放った、「春日君はオメーとゴミデートしてたときもカス告白したときも、匂い嗅ぎまくり擦りつけまくりのオメーのクソ体操着体にまとわりつかせてズクンズクンしてたんだよ!」というセリフが個人的に一番お気に入りです。

2014年11月21日金曜日

いかりや長介から志村けんへ最後の手紙、というデマ

 いつも通り本題と関係ありませんが、上記のパワプロの新垣投手の能力値評価はちょっとひどいと思いつつも校としか設定できないというのもちょっと理解できちゃいます。真面目な話、過去最低の能力値なんじゃないかなこれ……。
 
 そういうわけで本題に入りますが最近ネット上で、「いかりや長介さんから志村けんさんへの最後の手紙」という話があることを知りました。これはいわゆるコピペの一つで、ある定型の文章があちこちの記事に引用され回っているのですが該当のテキストをそのまま下記に引用します。(芸名であることを考慮して敬称はこの記事では省略します)
 
*************************
志村へ

この手紙をもって俺のコメディアンとしての最後の仕事とする。
まず、俺がこの世からいなくなるという悲しい事実を笑いへと昇華ために
葬式をコントのネタにするようお願いしたい。
以下に、コントについての愚見を述べる。
コントを考える際、第一選択はあくまで「笑いを取れば勝ち」という考えは今も変わらない。
しかしながら、現実には若手芸人の多くがそうであるように、他人をバカにして笑いを取ったり、
素人にツッコミを入れるだけで内輪受けに走っている事例がしばしば見受けられる。
その場合には、企画段階から綿密な計算と準備が必要となるが、残念ながら未だ満足のいくコントには至っていない。
これからのコントの復活は、綿密な企画立案、それとライブの復活にかかっている。
俺は、志村がその一翼を担える数少ない芸人であると信じている。
能力を持った者には、それを正しく行使する責務がある。
志村にはコントの発展に挑んでもらいたい。
遠くない未来に、素人いじりや他人をこき下ろすコメディがこの世からなくなることを信じている。
ひいては、俺の葬式をコントにした後、計算された笑いの一石として役立てて欲しい。
リーダーは活ける師なり。
なお、最後に、 お笑い芸人でありながら、多数の人を泣かせて旅立ったことを、心より恥じる。
 
いかりや長介
*************************
 
 この文章ですがさすがに晒しちゃうとかわいそうなのでリンクとか貼ったりしませんが、あちこちのブログやFacebook、果てにはYoutubeに動画まで作られていて結構な数の人間が感動話として取り上げています。しかし私はこの文章を一読してすぐ違和感を覚え、果たして本物だろうかと疑問に感じました。
 
 違和感を覚えた点を挙げていくとまず一つ目は、「他人をバカにして笑いを取ったり、素人にツッコミを入れるだけで内輪受けに走っている事例がしばしば見受けられる」と書かれたテキストで、こうした「弄り芸」が流行った時期といかりや長介が逝去した時期は微妙にずれるのではと感じました。次にいかりや長介は医者から家族には余命が宣告されていたものの本人には知らされていなかったようで、そんな状態で果たしてこのような遺書をきちんと書くことが出来たのか。そして何よりも、逝去した2004年当時にこのような手紙があったなどという報道を私本人が全く記憶していないということです。逝去当時は各メディアがこぞって大きく取り上げており、他のドリフメンバーに対してもたくさん取材がされていたにもかかわらずこの手紙について全く記憶にないというのは私に限っては有り得ないのではと考えました。
 
 そんなわけでこの手紙が本物かどうか確かめようとざらっと調べ、まず最初にどこが初出なのかを探りました。初出を探るに当たっては引用しているブログなりの更新日を追って行くのが一番なのですが、調べていくとどうも2014年の今年に入ってから引用される回数が増えていることがわかり、それ以前となると2012年に引用している記事が一件あった後はほぼ皆無であった中、2004年に掲示板の書き込みらしいものを引用しているサイトが見つかりました。
 この時点でうすうす勘付いてきましたが続けて調べていると、あっさり答えが出ました。
 
 
 結論から言うとこの手紙はダウトことデマで、偽物です。上記リンク先を見れば一目瞭然ですがこの手紙は「白い巨塔」のラストシーンで主人公の財前が同僚に送った手紙文を下地に、さもいかりや長介が志村けんに送ったように改編するという言葉遊びの一種だったようです。しかもこの元となった財前の手紙ですが、このサイトを見るとほかにも多種多様に改編されているようでそこそこ有名なベーステキストの様で、面白がって探してみたらマツダ地獄について書かれたこちらの知恵袋がなかなかツボにはまりました。
 恐らく年代などから察するに、こちらの引用しているサイトに書かれている日付の2004年が初出ではないかと思います。書かれた当時はそれほど脚光を浴びなかったものの10年経った2014年にレトリックであることがわからないまま、というより財前先生の手紙文が忘れ去られたため引用され始めたのが今の実体でしょう。確信犯かどうかまでは詮索しませんが……。
 
 こんなわけで自分の予感が当たって一安心。明日は土曜日だしゆっくり眠れると言いたいわけですがもうちょっとだけオチをつけると、2004年に作られたコピペが10年の年月を経てあちこちに引用されるようになるというのはなかなか稀有なことのように見えます。何故このような稀有な事態が起こったのかと推察するにやはりいかりや長介に対して思い入れを持つ人間が、その死から10年経った現代においても数多くいたからだと思えます。無理矢理いい感じに話をまとめるならば、こうしたデマがそこそこ拡散すること一つとっても彼が偉大なコメディアンだったことが偲ばれます。

2014年11月20日木曜日

九州丸ごと特区化の提案

 またどうでもいい内容をほざきますが、女性の忍者は「くのいち」と呼ばれますがオカマの忍者は「くのいち」と呼んでいいのか今日ずっと悩んでいました。ちなみに忍者ゲームだと「忍道2」が一番好きで、遊んでた頃は食べると爆発する寿司を投げつけては拾い食いする敵忍者を見て大笑いしてました。
 話は本題に入りますが、先日Yahooニュースに載った下記ニュースがちょっと目に留まりました。
 
 
 この記事を一読して感じたのは変わった信号があるということではなく、神奈川県内に「さがみロボット産業特区」という特区があったのかという驚きでした。そこそこ経済ニュースは人並み以上に呼んではいると自認しておりますがこの特区の存在は今の今まで知らず、なんで知らなかったのだろうと思うと同時にこの特区の広報は何やってるんだと疑問にも思いました。控え目に言ってもこの特区の存在は一般人は地元民でなければまず知らないでしょう、ましてや外国人は確実に知らないと思います。
 特区というのは定義にもよりますが、基本的には国内外を問わず特定業種の企業を集積し、発展を図る地区を指すと思います。中国などはまさにこの特区方式で世界中から投資金を集めることに成功した代表例ですが、そうした中国にある数多くの特区を見ている私からすると同じ日本人にすらほとんど認知されていないこの神奈川県のロボット産業特区は意味があるのか、そもそも進出企業にはどのような恩恵があるのかとか全く分からず、やるんだったらアトムの信号なんてどうでもいいからもうちょっと真面目にやれよと言いたくなります。
 
 このように私がマジになって怒るのも日本国内の各都市は国内企業はおろか外資系企業の誘致に対してあまりにも不熱心だからです。広報戦略はもとよりどのような業種の企業を集めようとするのか、どんな優遇措置を用意するのかすべてにおいて中途半端で、こういってはなんですが中身を伴わずポーズだけとって「はいやりましたよ」と言い逃れしてるようにしか見えません。構想倒れで終わったものの非常に期待していた最低賃金特区は結局流れちゃうし、同じ神奈川県の川崎市に去年出来た医療機器の産業特区の存在なんて普通の人は知らないでしょうし、やるんだったらもっと本気でやってもらいたいものです。
 
 そうした私の不満をつらつら述べた上で敢えてここで提案しますが、現在のこうした日本国内の特区は結局都市単位の狭い範囲でしか行われていません。そのような狭い範囲こそがすべてにおいて中途半端になってしまう要因を生んでいるように思え、やるんだったらもっとでっかく、大規模に、猿でもわかるような単純な構造にして内外に訴えかけるべきであって、それだったらいっそのこと九州地方を丸ごと経済特区にしてしまってはどうかとこの頃友人と話しています。
 
 何故九州地方を丸ごと特区化しようと主張するのかというと大きく分けて三つ理由があります。一つ目は私が記者だった時代、九州地方の数多くの中小企業関係者らが海外進出、海外販路の開拓に向けて非常に熱心な姿勢であったことを見ているからです。やはり距離的な近さもあってか中国や香港、韓国、台湾などといったアジア各国に対する視野は東京の人間より格段に強く、ほとんど人材も資本もないにもかかわらず徒手空拳で挑もうとする姿勢には強く感銘を受けました。何気に長崎県は昔から出島があっただけに現代でもパスポート所持率が全国ナンバーワンな国際的な県民性があり、国際取引を推進する特区としてはうってつけだと考えております。
 知らない人もいると思うので書いておくと、長崎県は自治体自身が独自に動いて上海へ毎日鮮魚を輸送する航路を開拓しています。ほかの九州各県の自治体も、割と自分たちで率先して動いてきます。
 
 二つ目は一つ目の理由にもあげていますがアジア各国との絶対的な距離の近さです。特に中国からだと飛行機での移動時間が短いこともさることながらフェリー便も出ており、商取引などの面で有利な点がいくつもあります。中国に限らなくてもタイやシンガポール、カンボジアなどにも距離的に近い上に、外国人がやけに喜ぶ温泉地も豊富にあることから接待関連でもやりやすい環境にあるのではないかと見ています。
 
 三つ目。これが一番大事なのですが、地元民からしたらそうでもないかもしれませんが私の目から見て九州在住者はまだ「同じ九州人」という共通するアイデンティティを持っているのではないかと感じます。各県によって県民性はもちろんあって考え方にも相違はあるでしょうが、本州とは陸続きでないことに加え文化的な共通性もいくつか見られることから、県の垣根を越えて一地方一丸になってまとまるという方針の下では九州が現状で一番適しているのではないかと思えます。
 こっからがある意味私の真骨頂ですが、私は九州全体で丸ごと経済特区となるついでに、ほかの地方に先駆けて道州制の導入を吸収単独でやってもらいたいという考えを持っております。
 
 道州制の議論はこのところさっぱりで、特に維新の会の橋下市長が大阪都構想を出して以来は明確に後退しつつあります。しかし兵庫県の号泣県議を始めとして日本の地方議会の腐敗は国会の汚職事件など霞んで見えるほど深刻でなおかつ議員になる連中も文字通りカス揃いです。
 こうした現状を打破するにはどうすればいいか。各地方の議会の現況をマスコミが徹底的に報じたとしても有権者がそれに反応できるかと言ったらはっきり言って無理です。ならとばかりに私は一気に粉砕した上で新しいものを作ろうと考えがちなのですが、この際県議会とかは全部廃止した上で、九州議会のように道州制の導入によって範囲の大きい自治体を新設した上で政治浄化を図る方が手っ取り早いと言いたいわけです。仮に九州単独でも道州制を導入できればより大きな予算枠で政策が決められる上、必要な人材も集めやすい上に海外への広報も福岡県などが単独でやるより「九州」という大きな地方名で宣伝した方が進めやすいでしょう。
 
 先程にも言った通りに道州制の議論は現在凍結に近い状態です。しかし私としては導入するに価値ある政策案だと考えているのですが、この道州制がいまいち盛り上がらない理由として大きいのは区割りをどうするかでいっつも揉めてしまい、具体的には中部地方をどこからどこまでを東海、北陸に分けるのか、長野県はどっちなのか、三重県は近畿なのか東海なのかという点で暗礁に乗り上げてしまうからです。
 それに対して九州は本州と陸続きでないこともあって道州制の区割りでは何の問題点もなく、恐らく争おうという人間もいないでしょう。それであればこの際、ほかの地方は置いといて九州だけ先に道州制を導入し、この政策のメリットやデメリット、改善点を測る上での試金石になってもらった方が九州にとってもほかの地方にとってもいいような気がします。こういってはなんだけど、九州の人の方が危機感強いからこうした案に対しても肯定的になって割と賛成してくれるような。
 
 なお仮に九州だけ単独で道州制を導入するとしても、沖縄県は九州には入れず別枠に置いた方が良いと個人的に思います。理由は二つあり、一つは距離的にも文化的にも九州と沖縄では離れており同じ枠内で動いてもあまりメリットが見えないということ。二つ目はさすがにこのブログ上では書けないような内容のため、興味のある方は個人的に私にメール送ってくれれば答えます。
 今日調子悪いからあまりいい文章になりませんでしたね。内容もやや描き辛い内容ですが、かといって短くまとめたらしょうもない完成度になっちゃうしなぁ。

2014年11月18日火曜日

トヨタの燃料電池車とそれに関わる雑多な報道

 今日はラーメン屋で晩飯食べてましたが、店内で猫が座ってたので手招きしたらすぐやってきて、撫でてたらすぐ膝の上に載ってきて、結局ラーメン食べ終わるまでずっと膝の上で寝てました。えらく人懐っこい猫だったなぁ。
 話は本題に入りますが、本日トヨタが新開発した燃料電池車「MIRAI」を正式発表しました。この件について先日、友人に簡単な講義を行ったのと今日出た報道を見ていて物足りなさを覚えるので、素人ながら生意気にも報道関係者にちょこっと苦言を呈そうかと思います。
 
 
 まず燃料電池車とはそもそも何なのかというと、何らかの化学反応を起こすことによって電気を発生させ稼働する充電する電池を搭載し、その電力で走る車を指します。名称を英語にすると「Fuel Cell Vehicle」となり、頭文字を取って「FCV」と表記することがマスコミの間でもう出来上がっており、友人にはこの略称と由来を確実に覚えるようにと伝えています。
 今回トヨタが出したミライは水素を外部燃料としていて空気中の酸素と化学反応を起こすことによって電力を発生させる仕組みで、この過程で二酸化炭素(CO2)は生まれず後に残るのは酸素と水素が結合してできる水だけです。
 なお先に注意しておくと、水素を燃料とする車としては過去にマツダがRX-8をベースに「水素自動車」というものを出しておりますが、これはミライとは異なり水素をそのまま燃やして走るという全く異なる車で、技術的にもエコ的にも何も残らない車だったらしく完全に消え去っています。間違って同系列で語ると恥ずかしいので注意しましょう。
 
 話は戻りますがトヨタのミライは走行中、排出するのは理論上は水だけです。その水から再び水素を取り出せれば完璧なエコ循環が出来て素晴らしい車だ、なんて書く記者もいますが、そんなうまい話有るわけねぇだろと突っこむ記者は私が見る限り少ないようです。
 まず現時点で言えることとしては、燃料電池車のコストは非常に高いです。原因は燃料電池を作るのにレアメタルが結構いるためで、今回トヨタが出すミライの車両価格は税込で約720万円、購入に際して国から200万円の補助金が出ますがそれでも500万円以上で、これだけあればプリウスは二台買えます。コストが高いのは販売価格だけではなく、環境負荷も決して低くありません。
 
 私が今日いくつかの記事を見ていて非常に気になった点として、どこも燃料となる水素の生産方法を熟知していない点があります。水素というのは空気にも含まれているためメジャーな作り方としては空気を極低温にまで下げる過程で蒸留するというやり方なのですが、これだと温度を下げる過程で電力をバンバン使うため、最終的なCO2排出量で見たらFCVは間違いなく電気自動車はおろかハイブリッド自動車にすら劣ると見られています。一応、水素を作るにはほかにもやり方があって重油などといった化石燃料の精製過程に発生する水素を集めるというやり方だとコストも比較的抑えられますが、これだと実質化石燃料の量によって取れる量が決まるため、完全循環型とは言い切れないのかあまりトヨタも紹介してません。
 
 あと肝心なこととして、事故った時はどうなるのかという不安が私の中にはあります。水素というのは言うまでもなく簡単に爆発するアセチレンに次ぐくらい危険な気体でもしも車体に搭載する容器から洩れたりしたらどうなるのか、そういった事故対策についての言及が今日までの発表に少ないのは残念です。
 それとともに、今回ミライに搭載される水素貯蔵容器には700気圧分の水素を入れられるのですが、参考までに日本で使われる一般的なガスボンベの貯蔵容量を述べると、こちらは大体500気圧です。500気圧のガスボンベでもほんの少し穴が空いたら百キロくらいあるボンベは内部気体の噴出で確実に吹っ飛び、数十メートル先にまで飛ぶことがあります。もし走行中にミライの貯蔵容器に穴でも開いたら、確実に車両ごと宙に舞うでしょう。もっとも、ミライの貯蔵容器はマグネシウム合金使ってるかと思ったらFRPなので穴空くことは確かに少なく丈夫ってことは間違いありません。
 
 以上まではミライの悪口ばかり書いてきましたがフォローポイントを書くと、航続距離などの面においては先行の電気自動車を確実に凌駕する性能を持っております。以下に簡単にまとめたのでご覧ください。
 
  車種/航続距離/充電(充填)時間
トヨタ・ミライ/650km/約3分
日産・リーフ/228km/約8時間(200Vで)
三菱・i-MIEV/120~180km/4.5~7時間(200Vで)
 
 この表をどっかのメディアは作ってくるかなと思ったらどこも作ってないので自分でまとめました。これで見ると新型エネルギー車の中でミライは利便性が頭一段抜けていることがわかります。もっとも電気自動車も急速充電器使えば数十分程度で満タンにできますが、そういう設備が街中では少ないことに加え、ユーザーのレビューを見ていると航続距離は上記のカタログスペックの約半分くらいが実情だというのであまりフォローになりません。
 
 今後の展望として述べると、恐らくFCVは流行らないと思います。トヨタも国に要請されて一応やってるような態度に見えますし、環境負荷や生産コストと見比べると現行のエコカーに対して不利な点が多すぎる気がします。何気に新型デミオが燃費でアクアに肉薄する上、燃料が軽油だから距離当たりの燃料費ではアクアを上回るという事実をもっとメディアは取り上げるべきだと思います。
 
 
 最後に気になった記事として、上記のニュースがいろいろとツッコみたくなります。今日日の内容から言ってトヨタの話かと思ったらホンダのFCVの取組についてまとめた記事で、
 
「『ホンダはFCVのリーディングカンパニー。水素社会の一翼を担う技術開発にチャレンジし続ける』。伊東孝紳社長は15年度発売予定のコンセプトカーを前に力強く語った。」
 
 というホンダの発言に対して、トヨタが今日から販売を開始するというのに何を以って「FCVのリーディングカンパニー」などとほざくと、どうして記者はツッコミを入れないのか不思議に感じます。更におかしな点を突くと、
 
「FCV普及のハードルは価格だ。高価なプラチナを使う燃料電池の製造にコストがかかり、販売価格は700万円程度。政府は約200万円の補助金を出す方針だが、それでも消費者には手が届きにくい。」
 
 この引用に出ている700万円という販売価格についてなのですが、ホンダは現時点で来年発売するとしている(どうせ延期するだろう)FCVの予定価格を一切明らかにしていません。にもかかわらずどうして700万円という具体的な数字を出せるのか、ってかこれトヨタの販売価格だよねと言いたくなりますがこの記事ではトヨタの名前は一切出てきません。折角FCVの特集なのにホンダより先行しているトヨタの現況について何故触れないのか、触れないくせに参考価格だけは黙って引っ張ってくるのはどういう心境なのかと問い詰めたくなります。
 仮に自分が前の会社でこんな記事書いて出してしまったら、確実に上司から「この数字の根拠はどこだ、てめぇぶっ殺すぞ!」と怒鳴られていたと思いますし、怒鳴られても仕方ない記事だと私には思えます。第一、ホンダはこういう提灯記事を書かせる暇あったらリコール減らせという気になります。ハイブリッド技術でもプリウスが出る直前まで、「うちがリーディングカンパニー」とか抜かしてたけど。

高倉健に対する中国の反応

 今日は安倍首相の解散宣言といい介助犬はフォークで刺されたのではなく皮膚病だったのではなどとビッグニュースが目白押しな日ですが、何よりも国民にとって大きな衝撃と共に受け止められたのは俳優の高倉健氏の逝去報道で省。すでに各所で報じられているのでニュースリンクは貼りませんが、昼ごろには中国でも大きく報じられて友人なんかは真っ先にメールを送ってきたくらいでした。
 
 中国に高倉氏の人気と知名度については過去にも記事にしておりますが、さすがに若い世代くらいになると知らない人が増えているものの一定の年齢以上の層には未だに圧倒的な認知度を誇ります。高倉氏が主演した映画は改革開放政策に移った中国で初めて公開された海外映画で(確か「幸せの黄色いハンカチ」)、当時の中国の状況を考えると農村部にいた人間からすれば生まれて初めて見る動く映像に映った主演男優が彼だったようで、その影響もあってか私もこれまで中国人が「男の中の男」と呼ぶ人間として高倉健氏の名前が挙げられるのを何度も聞いています。
 ちなみにもうひとり「男の中の男」として挙げられた人物には何故か「聖闘士星矢」の「フェニックス一輝」がいます。基本的に男臭いのが中国人の好みっぽい。
 
 そんな高倉氏の逝去報道は日本の報道開始とほぼ同時に中国でも流れ、今日帰りに立ち寄ったラーメン屋のテレビで見た夕方のニュースでも過去の出演映画の映像と共に長い時間、かなり大きな扱いでもって報じられていました。ではネットではどうかと見てみたところ、ちょっと自分でも驚くくらい大きく取り扱うメディアが多いです。
 たとえばこちらのサイトは東方網というサイトの一ページですが、なんと高倉氏の死去に合わせてわざわざ特集ページを独自に組んでおり、これまでの経歴や主要な出演作品、国内外の評価などについて細かくまとめられており、アクセス数も相当高いようで関連する記事複数本がランキング上位に入ってます。
 
 
 またこちらの記事では高倉氏の結婚と離婚、そして離婚後に再婚をしなかったという経歴についていい具合で記事にまとめています。またマニアックな内容と思いつつもこれに対する閲覧者のコメントも、「再婚しなかったなんてなんて清廉な人だったんだ」とか、「どうか安らかにお眠りください」などと、読んでるこちらも感情を感じるような内容が数多く並んでいます。
 
 かつて三船敏郎が逝去した際、日本国内以上に欧米メディアが大きく取り上げ一部のテレビニュースに至ってはトップニュースで報じられたと聞いております。さすがに高倉氏の場合は日本国内の圧倒的な人気から海外報道が勝ることはないと思いますが、それでもこうして中国メディアが大きく報じる点を見るにつけその影響力の大きさを改めて覚えます。それと同時に、本当に偉大な人が亡くなってしまったのだという強い喪失感も覚えます。果たして今後、彼のような俳優が日本に現れるのか、そもそも映画の中とは言え彼のような日本人が出てくるのか、考えは尽きません。
 
 最後に、先ほど「映画の中とは言え」という表現を用いましたが、映画の外ことプライベートでも高倉氏は非常に生真面目で誰からも親しまれる人物だったと聞いております。かなり昔に坂東英二氏がテレビ番組で語っておりましたが、男やもめの高倉氏に坂東氏が冗談で、「何だったらうちの娘でももらってくれませんか」と言ったら後日、非常に丁寧な言葉でもって坂東氏の申し出をお断りするという直筆の手紙が送られてきてびっくりしたそうです。また同じ番組で、ある晩に突然高倉氏が坂東氏の自宅に一人で現れ、映画か何かで共演した記念として腕時計のプレゼントを持ってきたそうです(高倉氏は度々共演者にこうしたプレゼントをしていた)。
 坂東氏からしたら高倉氏ほどの大物がこうも真剣に接してくれることにひたすら恐縮だったようで、「心臓に悪いのでどうかやめてください。お心遣い、本当に感謝していますから」とテレビを通して伝えていましたが、本当に映画の中の様に生真面目だったという人柄うかがえるエピソードです。

2014年11月17日月曜日

シベリア出兵とイワノフカ事件

 前回記事に続いてシベリア出兵中のある事件を取り上げますが、その前にロシアの村で起こったある出来事を紹介します。その年、日本の代表団がシベリア抑留者の慰霊碑を建立しようとその村へ訪れたのですが、その村の住人らはやってきた日本人代表団らに対して、「昔、日本人がこの村で行ったことを知らないのですか」と尋ねたそうです。その村こそが今日の見出しに掲げたイワノフカ村です。
 
イワノフカ事件(Wikipedia)
 
 シベリア出兵の概要については前回記事に書いた通りで、日本は明確な領土的野心の下に他の参加国が繰り出した数倍の兵力をシベリア地域に送りこの地で傀儡政権の樹立などを企てたものの、結果としては何も得ることがなく列強各国にその野心を疑われたことと兵力の損失だけを生みました。このシベリア出兵中に日本はモスクワを占領したレーニン率いるボリシェビキ政権(社会主義政権)と対立していた白軍を支援しておりましたが、シベリア出兵中における最大の敵は赤軍本軍ではなくパルチザンでした。
 
 一体どうして社会主義というか左巻きの人は同じ意味で一般的にも認知されている語があるのにわざと小難しい単語に置き換えようとするのか気がしれませんが、この「パルチザン」というのは言うなればゲリラです。政権が直接命令、指示する軍隊ではなく一般市民(多くは農民)が自発的に赤軍に協力したり、武器を取って敵軍と戦う兵士、集団、軍隊を指すのですが、日本にとってシベリア出兵はこのゲリラ(もうパルチザンなんて言葉は使わないぞ)との戦いだったと言っても間違いないでしょう。
 社会主義革命戦争中のロシアでは都市部はともかく農村部ではボリシェビキへの支持がきわめて高く、白軍が占領したとしてもすぐにゲリラが活動を行って妨害するので占領地を放棄することも頻繁にありました。また一般市民との区別も難しいことから、簡単な例えを用いるならベトナム戦争下の米軍などの様にいつどこで襲われるのか、現地の兵士たちにとっては非常にナーバスにさせられる存在だったのだと思います。
 
 そうした「見えない敵」であるゲリラに対し白軍や日本軍は神経を尖らし、ゲリラを匿った、協力したとみた村落を頻繁に襲撃し焼き尽くしていたそうです。これは当時の軍内部の報告書にもしっかり記されている事実で、件のイワノフカ村の事件も海外の調査隊が生存者の証言をまとめていることから否定はできないでしょう。言ってしまうなら、ベトナムで米軍や韓国軍がやったことを日本軍はシベリアでやっていたというわけです。
 
 話はイワノフカ事件に焦点を絞ります。このイワノフカ村もボリシェビキの影響力が強かったことから日本軍は村民から武器の押収やゲリラと見られる人物の処刑を行っていたところ、思わぬゲリラの反撃を受けて一個大隊が全滅するという被害を受けました。このゲリラに対する攻撃の報復として日本軍は村を包囲した上で、集中砲火を浴びせた上に家々をもやし、老若男女の区別なく殺害したわけです。殺害者数は約300人と見られていますが、この村が現代にまで存続していることを考えると皆殺しまでには行かなかったようです。
 その後日本軍はこの虐殺の事実を隠すどころか宣伝にも使っていたようで、「抵抗すればイワノフカ村の二の舞になるぞ」という脅しをほかの村にもかけていったそうです。
 
 こうした行為はイワノフカ村に限らずほかの多くの村落においても程度の差こそあれ行われていたとみられます。というのも当時の日本軍内の報告書には著しい軍記の乱れが内外から日本の司令部に報告されており、指揮官幹部らは安全なウラジオストックで砲塔を繰り返しているのに対し現場では何の攻略目的や作戦計画のないまま零下何十度という厳しい環境下に放り込まれ、略奪や強姦、虐殺が日常的に行われているなどと生々しい証言が残っています。
 また私個人にとってちょっと面白いと感じる報告として、当時出兵していた部隊では「歩兵隊式」という、末端の兵士による士官へのリンチが頻繁に起こっていたそうです。士官が少しでも横柄な態度や妙な要求でもしようものなら兵士同士が結託し、前線であることをこれ幸いにとばかりに暴行して服従させていたというもので、中には、「殴られるくらいはまだいい。戦場だったらどこから弾が飛んでくるのかもわからんのだし」という証言を残した帰還兵までもいたそうです。こうした状態であったことから前線の指揮官は略奪や暴行する兵士を止められなかったばかりか、彼らに気兼ねして期限を取るといった行動も見られたことが報告されています。
 
 このような事態を招いた理由はいくらでも挙げられるし中には戦場では仕方のないことだという人もいますが、私としてはやはり無計画な派兵こそが最大要因だと見ます。前回記事でも述べたように日本は明らかに下心を持ってシベリア出兵を行っており、しかも出兵の大義名分であるチェコ軍団が無事に帰還しても、白軍が完全に粉砕されても、明確な攻略目標などないまま長期間大兵力を派兵し続けました。戦うべき理由もなければ目的もなく極寒の地に派遣され続ければそりゃ現場もおかしくなるのは当たり前で、何故ほかの国と同時期にすぐ撤兵しなかったのか強く理解に苦しみます。
 
 その上で今回のイワノフカ村事件について述べると、恐らく私と同世代であればこの事件を知らない人間の比率はフォーナイン(=99.99%)を確実に超えるでしょう。一方で、前回記事で紹介した「尼港事件」は認知度はこちらも確実に低いでしょうが一応高校レベルの日本史の教科書には確実に載っています。何が言いたいのかって、殺られた事実だけ教えて殺った事実には触れないってのはアンフェアじゃないか、この一点に尽きます。
 別に朝日新聞みたいに「日本人はもっと他国に謝罪し、反省すべきなのかもしれない(いつも末尾は推量系)」なんていうつもりは全くないしことさら大きく取り上げようというつもりは全く有りませんが、同じ「朝日」繋がりで言うと歴史というのはスーパードライなくらいに感情を全く持たず、淡々と事実のみを直視する視点こそが大事だと私は思います。私なりのこうした視点で述べると、片一方側の事実は取り上げておきながら同じ傾向を持つ事実は無視するなんて以ての外だし、そもそもこのシベリア出兵自体を日本の教育界はあまり教えたがらないなと内心思います。
 
 私自身、大学受験時にシベリア出兵という単語と概要は覚えましたが、そもそもチェコ軍団って何、現地でどんな活動したのといったことは全く以ってちんぷんかんぷんでした。日本史科目に関しては今も昔も並外れた成績だったことを考えると、私以外の人間に至っては全く理解せず「シベリア出兵→米騒動」という脊椎反射的なワード繋がりを覚えられれば御の字だったでしょう。
 しかし成人になってから改めて一次大戦を勉強し直したついでに勉強し直すと、やってることはまるきり米軍のベトナム戦争と変わりがないように思えてきました。ベトナム戦争についてはその悲惨さを学校では学びましたが、もっと身近な日本がやった例については細かく教えずにスルーするってのはちょっともったいないと思うついでに何らかの意図があるのではないかと勘繰りたくなります。中には規模が同たらこ歌らという人もいるかもしれませんが、人が何人死のうが自分は全く興味がありません。やったかやらないか、何やったか、これだけが重要です。
 
 繰り返して述べると、シベリア出兵と関連して尼港事件だけ取り上げてこっちのイワノフカ事件を始めとする現場の乱れをスルーするというのは、あれこれ理由を述べるまでもなく私個人として気に入らないというか癪に障ります。朝日新聞みたいに、ってか従軍慰安婦や南京大虐殺は取り上げるがこっちをスルーする朝日をちょっとどうかとも思うけど、参考書位には一言書いた方が良いのではというのが私からの提言です。
 あと最後に蛇足ですが、明確な目的がないまま戦争に兵を派遣して無駄に浪費するという構図、なんかどっかの国で見たようなとデジャビュを覚えます。思えばこの時から日本の軍隊はいかれてたのかもしれません。

2014年11月16日日曜日

シベリア出兵と尼港事件

 尼港(にこう)事件と聞いて何のことかすぐに言えるような人は私と同じで恐らくどこか頭のおかしい人でしょう。私自身ですら復習しなければすぐに記憶から飛ぶような事件だし、一応大学受験の参考書にはちょこっとだけ書かれているけど実際の入試に出題された例は見受けません。
 
尼港事件(どちらもWikipediaより)
 
 尼港事件とは、第一次大戦期に日本が行ったシベリア出兵中に起きた虐殺事件のことを指します。この事件について解説する前にまず、シベリア出兵について話をしましょう。シベリア出兵とは何か端的に述べるなら、一次大戦の末期に社会主義革命が起きたロシア(ソ連)に対する列強による干渉戦争、いわば社会主義革命を潰すために行われた侵略と言ってもいいでしょう。
 
<ロシア国内の革命戦争>
 一次大戦末期の1917年、ロシアでは十月革命が起こりレーニン率いるボリシェビキこと共産主義勢力が政権を握りました。こうした動きを懸念したのはほかでもなくイギリス、フランスをはじめとした列強各国というか連合国側で、彼らは対戦中のドイツとボリシェビキ政権が単独講和して東部戦線が解消されたことと、社会主義革命が他国に広がるのを恐れ、まだロシア領内でボリシェビキと主導権争いを続けていた勢力こと白軍を支援しようと企図しました。
 ここでまた二度説明ですがレーニン率いるボリシェビキ勢力は「赤軍」と呼ばれ、これに対しボリシェビキに抵抗していたロシア国内の勢力をまとめて「白軍」と呼んでました。何故この白軍は「まとめて」というのかですが、実態としては「反ボリシェビキ」を掲げていた勢力を一括してこう呼んでいたため実体としては同床異夢な民主党のような存在だったらしく、共和制主義者、王政復古主義者、反レーニンな社会主義者などごった煮な状態で、説明するまでもなくまとまった行動が取れず歴史では結局赤軍に敗北することとなります。もっとも、勢いに乗じた赤軍が何故かフィンランドに攻め込んできたのですが、それに対して祖国防衛のために動いたフィンランド軍も白軍に数えられ、この中には二次大戦で活躍するマンネルハイムも指揮官として参加しており、一時は首都ヘルシンキを奪われたものの最終的には見事赤軍の撃退に成功しています。
 
<チェコ軍団>
 話は本題に入りますが、このシベリア出兵が行われた理由は一に連合国による対戦国ドイツへの牽制、二にロシアの社会主義革命の粉砕でしたが、さすがにこんな理由を正直に出しては大義名分が立ちません。そこで取られたのが、ロシア領内で孤立していた「チェコ軍団」の保護、救出でした。
 当時のチェコ(スロバキアを含む)はオーストリアによって統治されていて独立を果たせていませんでした。そこに目をつけたロシアは国内にチェコ独立を目指す義勇兵組織を起ち上げ、主に戦時中にオーストリアとの戦闘で捕まえたチェコ人、スロバキア人の捕虜を組み入れ、オーストリア軍との戦闘に出兵させていました。しかし十月革命の後、このチェコ軍団は所属先はおろか行先も決まらず、そもそも祖国もまだなかったことから行き場に困りシベリア地方で孤立することとなりました。
 
 モスクワのボリシェビキ政権はこのチェコ軍団の取り扱いについて当初、武装解除の上でウラジオストクからアメリカへ移動することを認めますが、チェコ軍団の兵士が移動の過程でハンガリー兵と乱闘事件を起こしたことによりボリシェビキ政権は態度を硬化させチェコ軍団の移動を一時中止させます。これに対してチェコ軍団も現地に指揮官、最高責任者がが存在していなかったこともあって苛立ち、ボリシェビキ政権に対して蜂起し、再武装を始め、結果的に赤軍との戦闘を始めることとなりました。
 このようにシベリア地方で孤立しながら赤軍と戦うチェコ軍団を英仏は「連合国の一員」であり救助の対象でもあるとし、ボリシェビキ政権へ干渉戦争を起こすいい口実になるとして兵士の派遣を決断します。しかしチェコ軍団のいるシベリアは欧州からみれば地球の反対側にあり、なおかつドイツとの戦争もまだ続いていたことから、地理的にシベリアに派兵しやすい位置にある日本と米国に対して出兵を要請します。
 
<日本の出兵と狙い>
 日本は英仏からの要請に対して当初、「アメリカが出兵するのであれば兵を派遣する」と、アメリカの顔を立てる形で答え、その後アメリカが派兵を決定すると約束通り、1918年に出兵を内外に発表します。しかし遠慮がちな態度と裏腹に日本側は当初からやる気は満々だったと言われ、狙いとしては満州、シベリア地域で新たな領土を獲得するとともに現地に傀儡政権を立てて日本本土の防衛、領土拡張を最初から狙っていました。
 事実、英仏の派兵規模が1000人前後、日本に次いで規模の大きかったアメリカが約8000人だったのに対し、日本は最終的に約7万3000人という異常な量の兵員を派遣しております。またその行動もエキセントリックというよりほかなく、当初はウラジオストックより先には進軍しないという規約があったにもかかわらず平気で破り、北樺太や満州地域はおろか、バイカル湖周辺にまで占領地域を拡大します。
 
 こうした日本の行動に派遣国はほぼすべて懸念を示します。というのも派遣をしたその年の1918年11月に連合国と戦っていたドイツで革命が起こり一次大戦が終結し、背後(東部戦線)からドイツを牽制するという目的が無意味と化していたからです。しかもチェコスロバキアもこの際に独立を果たし、英米仏はしばらくは駐留を続けてましたがチェコ軍団もロシア領内から出た1920年にはみんな撤兵したのに対し、日本は上記のような目的もあって1922年まで一人で延々と残り続けました。
 しかも日本国内ではシベリア出兵を機に需要が高まると見られた米が商人によって買占めが行われ、それ以前から高騰していた米価がさらなら高騰を見せたことによって「米騒動」が起こります。結局、日本軍はシベリア地域で動き回りましたが領土を獲得する大義も得られなければ傀儡政権の樹立も果たせず、兵員や物資の損害を生むだけ生んで何も得ることなく撤退することとなります。
 
<尼港事件>
 上記が高校で教えられる範囲のシベリア出兵の中身、と言ってもこんなに詳しくやる教師はいないでしょうが、大体が米騒動とセットで教えられます。米騒動のほかにもう一つしべリサ出兵と共に一緒に関連付けられるキーワードとしてもう一つの本題であるこの「尼港事件」があるのですが、この事件はシベリア出兵中の1920年にアムール川河口の港湾都市、ニコラエフスクで赤軍パルチザンによって起こされた虐殺事件を指します。
 
 非常にきわどい内容なので簡潔に説明することに努めますが、当時ニコラエフスクには多数の日本人居留民とユダヤ人、白ロシア人が住んでおり、ボリシェビキ政権に抵抗する白軍の部隊とシベリア出兵によって派遣された日本軍守備隊も合わせて駐屯しておりました。当時漁業事業を営む日系企業がこの町に進出しており日本人居留民(約700人)も数多く居住していたことから、日本の領事館も設置されていました。
 この街にロシア人を中心として中国系、朝鮮系を内包した赤軍パルチザン部隊約4000人が白軍を追って1920年1月に進撃してきたのですが、日本軍守備隊(約300人)は日本人居留民保護を目的に駐屯していたものの白軍司令官とともに赤軍と交渉に当たり、居留民の安全、白軍関係者に対する不当な処罰をしないこと、一定期間の移動の自由を条件にニコラエフスクを赤軍パルチザンに明け渡しました。なお開城時に白軍の最高指揮官三名が自決していますが彼らについてこの事件をまとめた記者、グートマンは「彼らは、仲間の将校や、ニコラエフスクの市民より幸福であった」と書き残しています。
 
 こうしてニコラエフスクに赤軍パルチザンが入城しますが、残っている証言によると彼らは当初の約束を守らず市民への略奪や暴行、白軍兵士への迫害や投獄、殺害を繰り返したため日本守備隊と対立を深めます。そうした最中、パルチザンの司令官は日本軍に対して武器弾薬の引き渡し(武装解除)を要求し、事態悪化を恐れた日本守備隊は引き渡す前にパルチザンに対して決起を行ったものの兵力の差は埋められず敗北し、全滅します。
 日本軍の決起後にパルチザンは日本軍に協力したとして日本領事館を攻撃しただけでなく日本人居留民を一方的に殺害し、その後事態を知った日本軍がニコラエフスクへの派兵準備を始めると日本軍の報復を恐れたのか、証拠隠滅と日本軍への進軍妨害を兼ねて今度は日本人だけでなく、中国系を除いたロシア人やユダヤ人などあらゆる街の人間の殺害を始め、被虐殺者数は街の全人口の半分に当たる6000人以上に上ったと言われています。なおこの時にパルチザン内部でも虐殺を批判する幹部がいたものの、ほかの居留民殺害に紛れて一緒に殺されたようです。
 
 この事態に日本軍は救援隊を派遣しますが、アムール河の解氷を待って到着した頃にはパルチザンは逃げ出しており、既にニコラエフスクは焦土と化していました。またソ連側でもこの時のパルチザンを監督していたハバロフスク革命員会が事態を知り、パルチザン兵士への聞き取りを行っています。唯一溜飲が下がることとしては、ハバロフスクの革命員会はパルチザン兵士と接触した上で指令をだし、虐殺時のパルチザン指揮官であるトリャピーツィン以下幹部全員を捕縛した上で処刑している点でしょう。この時の容疑は「同士、同胞に対する虐殺」だったそうです。
 
 
 以上がシベリア出兵と尼港事件に関する顛末ですが、この事件は当時の日本国内においても衝撃と共に受け止められ、時の原敬政権が部隊を派遣しながらみすみす居留民を見殺しにしたと強く批判されています。また日本側はこの事件の報復としてその後しばらく北樺太を占領し続ける行動に出ています。
 という具合でいつものようにロシアは恐ろしあという結論で片づけたいところなのですが、そうは言いきれない点がこのシベリア出兵にはまだ隠されています。この記事だけでも非常にしんどかったですが、続きはまた次回にて頑張って書きます。我ながら、歴史学者でも文化部記者でもないのによくやるよ。