2019年6月30日日曜日

大和ハウスの大連法人不正事件報告書を読んで

 今日は午後一時から途中夕食とゴミ出し、バナナ買い出しを除いてほぼずっとパソコンに座って記事書き続け、気がついた十時前になっていました。好きなジャンルだからこうやって集中力も続くけど、明日とかどうなってるかわからない。あとこれで八月分の記事も用意出来たので、たとえ自分が今月死んでも再来月まで記事は出続けると思えば感慨深いものがあります。

【悲報】なろう作者さん、とんでもないラノベを出版社に提出してしまう(暇人速報)

 あと本題と関係ないですが、上のリンク先で取り上げられている、「俺、桑田真澄。親友の清原和博を救うために何度も野球人生をループしているが、どうやってもバッドエンドを回避することができない」という応募小説はマジで読んでみたいです。っていうか桑田がタイムリープ能力を持つという設定からして神がかっている気がします。

中華人民共和国の関連会社における不正行為に関する「第三者委員会報告書」受領のお知らせ(大和ハウス工業)

 ようやく本題ですが、今日は午前中はまだ時間があった、というかもうこのあと時間が取れないと思って先日に上記リンク先からダウンロードしていた、大連法人で約200億円が持ち逃げされた大和ハウス工業の第三者調査報告書を読んでいました。ちなみにダウンロードしておいたファイル名は「ダイワ、ダイワ♪」というファイル名にしており、これは90年代末期に流れていた「サンワ、サンワ、サンワファーイナンス♪」というCMソングを連想したからです。

 事件概要について簡単に書くと、大和ハウス工業と中国現地デベロッパーのジョイントベンチャー(合弁会社)で、提携先の中国デベロッパーから来ていた、というかデベロッパーのオーナーであり合弁会社の総経理(日本の「社長」に相当)に、合弁会社の現金200億円と一部物件資産が持ち逃げされてたという内容です。総経理とその取り巻きと言うか関係親類は既に中国国外へ逃亡しており、まだ捕まっていません。息子はまだ中国にいるようですが、第三者委員会の調査を拒否しているあたりは間違いなく一味でしょう。

 報告書には事件の詳細、犯行の手口など、この手の報告書にしては最初のあまり意味があるとは思えない略称一覧を除き、比較的よくまとまっていて読みやすかったです。不正調査とかに興味ある人間にはおすすめです。
 それでその中身ですが、事件詳細なども興味はあったものの、私個人の興味のあるところとしては何故大和ハウスは気づかなかったのかという点でした。この点についても報告書はきちんと取り上げられており、ある程度は意向が働いてはいるとは思うものの、「非常に巧妙な隠蔽工作が行われていた」という説明には納得できる点もいくらかあります。

 まず監査段階で何故気づかなかったのかという点については、不正の現場は合弁会社で、大和ハウス工業グループの監査法人ではなく、現地の監査法人がこれまで監査をやっていたそうです。恐らくその現地監査法人も提携先の中国デベロッパーが選定したと思われ、そうなると確かに監査段階で指摘を受ける可能性は低くなると私にも思います。
 もっとも、今回の不正は現金の不正利用であったことから、期末などの監査時にしっかり銀行との取引照合を行っていれば確実に気づけた不正です。不正をやった現地デベロッパーは取引一覧なども精密に偽造していたようですが、監査時に監査会社がきちんと銀行から証憑を得て確認していれば意味はなく、ここの監査会社に関しては言い逃れできないくらいに無能でしょう。

 次に、これは他人事には出来ないなと思った点として、大和ハウス内の意思疎通の問題も指摘されていました。合弁会社に派遣されていた大和ハウス側の役員は不正を行った総経理には問題考動が多く、不正リスクもあるとみてかねてから排除できないかと考えていたそうです。しかし合弁会社という建前と、会社定款や契約上の問題から実際に排除するには本人の同意が必要になると考え、実現は不可能だと考えていたそうです。
 一方、大連法人で問題があると見ていた大和ハウスの日本本社側では、法務部が既にシミュレーションを行っており、本人の同意なくとも総経理を役員から追放できるという結論を出していたそうです。今から数年前の時点で

 そのため、不正が発覚して総経理が逃走したあとで大和ハウス側派遣役員は総経理を追放する手段があったと聞いて、「なんで早く言ってくれなかったの?」というように思ったとヒアリングで答えているそうです。一方日本側はこの派遣役員に対し、怪しいと思っていたのなら何故これまで追放考動を取らなかったのかと思っていたそうで、思惑が一致しながら情報共有がなされず、ともに実行すべきと考えていた手段が実行されていなかったことに初めて気がついたそうです。

 先日の株主総会でも大和ハウス工業は、社内の風通しが悪く報告が上に上がらないのではと追求を受けたそうですが、この報告書を見る限りだとそうとしか言いようがないと私も思います。もっともこの大連法人に関しては、中国側が予め決められた出資額を出資できず、実質的に大和ハウス側が肩代わりしてお金を出していたにもかかわらず出資比率、役員比率は契約通りに50:50を維持して中国側(総経理)に好き勝手やらせていた点も問題ですが。

 また、これは個人的な同情心ですが、やはり大和ハウス側派遣役員については許してあげてよといいたくなります。というのも私も中国で長年働いていますが、現地でたくさん問題が起きても日本の本社は他人事みたいに扱って誰も助けてくれず、損害が発生したら現地側の人間のせいにされるという状況を何度も見ているからです。今回のケースでも上記の追放手段が共有されていなかった点からしても、やっぱり派遣されてた役員がかわいそうに思えました。
 そういう意味でも、今回のこの事例は他山の石とは出来ないなと思える報告書で、最近読んだ中ではベストな内容です。それにしても、自分もこの方面に強くなってきたもんだ。

2019年6月29日土曜日

日本の解雇給付制度

 日本もそうでしょうが上海も今年は梅雨が遅く6月中はとんと雨が降らず、むしろ冬の方がずっと雨が多かったです。気温も低く秋のような爽やかな天気が多かったのですが、今日になってようやく梅雨っぽい雨が降って気温と湿気も上がり、今日になって私も初めて冷房を入れました。ちなみに冬の間は一切エアコンは使わないので、エアコン動かすのは実に1年ぶりです。

損保ジャパン4000人削減「介護へ転属」の深層と、この社会のバグ(現代ビジネス)

 話は本題に移りますが、最近話題な上記のニュースについて議論すべき内容はそこそこ議論されているので私の方からは特に付け加えることはありません。強いて言えば、これの何が問題なのかといったところで、本来戦力外として解雇されるべき従業員らに対し損保ジャパンはわざわざ異業種企業を買収してまで雇用を維持しようと努力しているあたりは逆に褒められるべきじゃないかと思います。まぁ日本の法制度からすれば合理的な方法です。

 上記ニュースについては以上の通りなのですが、日本には解雇給付に関する基準はないのか、という点が前から実は気になっていました。

経済補償金(多田国際社会保険労務士事務所)

 一番わかりやすく紹介していると思うのが上のサイトですが、中国では会社都合による整理解雇の場合に支払う解雇給付(解雇手当、解雇補償金など呼び方は様々)の基準が定められています。具体的には「勤続年数✕直近の月額給与」で計算し、その会社での勤続年数が5年の人は5ヶ月分、10年の人なら10ヶ月分の一時給付金を解雇時に支払うよう定められています。
 なお退職金制度については中国では設置していない会社が多いので解雇給付とは別に考えます。また何らかの規定違反などによる懲戒解雇の場合は、複数回の指導履歴やはっきりとした損害額の証明があれば上記の解雇給付の支払いは不要です。

 実際に解雇する場合、中国の法律上で企業側が支払う一時金の金額は上記の規定通りですが、この金額で実際に収まるかどうかはまた話は違います。中国の場合は労働裁定といって労働者側が労働監督局に訴えることで無料で企業側との仲裁や交渉に行政を挟む事も可能で、上記の解雇給付を支払うとしても解雇されたくない場合は労働裁定に持ち込まれます。
 そのため労使間の解雇交渉では、上記の解雇給付基準にどれだけ上乗せするのかが、交渉のポイントとなります。この手の交渉では企業側が先にカードを切ることが多く、素直に解雇勧告を受け入れるのならば上記解雇給付に月額賃料2ヶ月分を、他の従業員の説得にも回るなら3ヶ月分を上乗せするなど、実際にはこのようにプレミアムをつけて交渉を円滑にすることがよく見られます。それでも労働者側がごねる場合は、「じゃあもう何も上乗せなんてしない。労使裁定でも何でもどうぞ」といって突き放し、解雇給付基準の最低額の提示に留めるわけです。

 既に勤続年数で言えば中国での勤務の方が日本の倍以上いっている私にとって、上記の解雇給付基準というのはごく当たり前の制度で、最近までてっきり日本でも似たような基準が法律で定められているものだと思っていました。しかし先程軽く調べたところ、どうもそれらしい基準というものは見当たらず、最初の整理解雇に関するようなニュースでも一切言及されていないことからも、恐らくはないんじゃないかと今考えています。
 間違えていたら誰か詳しく教えてください(´・ω・`)

 仮にないとしたら、なんでないのか逆に不思議です。やはり上記基準があるのとないのとでは整理解雇交渉の円滑さが大きく変わるだろうし、何より解雇される人間の解雇後の生活保障という意味でも最低限支払われるべき一時金は、失業保険とは別枠で用意するべきでしょう。
 なによりも、企業側のどうにもならない人材の斬り方として、こうした選択肢も設ける必要があると私には思います。逆にこういう精度基準がないからこそ、損保ジャパンみたいなやり方が使われるのだとも言えますし。

 中国に慣れているかもしれませんが、ことこういう人員整理に関しては日本は就活同様にルールがあってないようなもので、退職代行サービスなどといい、本来定めるべきルールがないからこそ労使ともに混乱している節が見られます。真面目に中国見習って、こういった一時金基準くらいは作ったほうがいいでしょう。

2019年6月27日木曜日

信越シリコーン

 少し古い話ですが、台湾出身のトップモデルのリン・チーリン氏が先日EXILEのAKIRA氏との結婚を発表した際は私の周りでも少し盛り上がりました。日本ではあまり報じられていませんが中国だと「格差婚」とよく取り上げられましたが、リン・チーリン氏の知名度などを考慮すると実際その通りでしょう。

 それで本題なのですが、この結婚発表の際に周りで、「あの人の胸はシリコン入りだよ」と友人がSNSで呟いたので、そいつが化学業界で働いていることもあるので私はとっさに「信越シリコーン?」とリツイートして、そこそこいい反応を得られました。
 実際どうなのかわかりませんが、豊胸手術の際に入れるシリコンは具体的にはどのメーカーが供給しているのか、またメーカーによって質や値段が変わってくるのかガチで気になっています。その化学業界の友人にも聞きましたが「俺シリコン担当じゃねぇし」とか言うのでわからずじまいです。

 信越シリコーンは知る人ぞ知る化学系名門メーカーです。かく言う私も以前このメーカーとの取引を少し担当したり、会社訪問に行ったりしたこともありますが、一つだけ言えることは、この会社が配るボールペンはグリップ部分のシリコンの感触がよくめちゃくちゃ使いやすかったということです。真面目にあのボールペン、買えるなら500円位ぽんと出してもいいくらい記憶に残っています。
 そんな会社であるだけに、仮にリン・チーリン氏の胸の中に信越シリコーン入ってるなら、高い金積んだとしても納得できます。他にも化学品メーカーはBASFとかダウコーニングとか三菱ケミカルとかいっぱいありますが、社名に「シリコーン」と入っているだけに、信越シリコーン製の豊胸手術だったらなんか一味違う気がしてなりません。実際この手の手術した人も、シリコン原材料メーカーとかで競い合ったりするのかな。

 それにしても、信越シリコーンが入ってるかどうかって、なんとなく、「インテル、入ってる?」みたいな感じがします。まぁインテルと違ってこっちは確実にシリコン入っているのですが。

2019年6月26日水曜日

上海高島屋の閉店について

 既に各所で報じられていますが、上海高島屋が今年八月をもって閉店することとなったようです。売上が上がらなかったということは聞いており、また二年くらい前は私も訪れていてそこそこ客も増えている実感があったものの、去年辺りから人が明らかに減って、厳しいのではないかと思っていた事もあって残念ではあるものの驚きはありません。
 なお確か今年からだったと思いますが、館内のテナントに100円ショップのダイソーが入っているのを見た瞬間、「ああ、潰れるかも」とはっきり感じました。流石に百貨店で100円ショップというのは異常でしょう。

 この上海高島屋は2012年12月のオープン当日に取材に行き、その後もよく訪れていた場所なだけに感慨深いものがあります。2013年にこのブログで書いた記事にも載せましたが、初めて訪れてみて一番に気になったのは天井の高さで、他の中国の百貨店やショッピングモールと比べ明らかに低い天井は中国人にとっては空間の狭苦しさを感じさせるだけに、「誰か注意する人間はいなかったのだろうか?」と強く疑問に感じました。この点は他の方もよく指摘しており、中国系企業と提携しなかった弱みがはっきり出た部分だったでしょう。

 この他色々上げるとキリがないですが、私自身はそこそこお世話になってた店だけに今回の件は残念この上ありません。ただ高島屋カード作ったけど一体どうやって使えばいいのかが最初から最後までわからず、レジするたびに差し出してただけで終わりそうです。元々こういうポイントカードの類はすごい嫌いなのですが、もっと目に見えるメリットをなんで出さないのかなという点は疑問です。

2019年6月24日月曜日

アイドル記事の苦労話

中国のアイドルはどこが「惜しい」のか(JBpress)

 というわけで今日出た記事がこちらですが、正直言って非常に苦労しました。その割にはアクセス伸びないし(ヽ´ω`)

 この記事は中国のアイドルは素材は良いがプライドが高い人が多く垢抜けないと話したところ、編集部からどうかと言われて書いた記事です。執筆にあたり上記内容を盛り込むとして全体としてどんな構成にするかリサーチを始めたものの、そもそもアイドルマスターはわかるがアイドル業界なんてこれまで何も関わったことがなく、何をとっかかりにして書けばいいのかで当初は非常に苦労しました。

 あれこれ調べた結果、中国ではアイドル業界が盛り上がっていることと、海外タレントだけでなく国産タレントも人気を得てきたという事実を掴んで「国産化」という表現をキーワードに持ってきましたが、どうしても盛り込めなかったのは金額というか市場規模でした。
 これは日本もそうですが、芸能業界というのは他の業界と違ってあまり研究対象とはならず、市場規模などの金額も一部の良からぬ連中が根拠なく勝手な金額を主張することが多く、どれも当てになりません。本来ならば「市場規模は日本の○倍」みたいな数字比較が経済記事には必要なのですが、日中ともに信頼に足るデータがなく、この方面の金額を入れることは諦めました。

 また昨日の記事にも書きましたが、通常は消費者目線で書かれることの多いコンテンツ業界において、かなり例外と言えるくらいにこの記事では供給側、つまりアイドルを育成する側の目線を貫いています。昨日の記事でも突き詰めればコンテンツとは無形資産であり、その売り出すまでの投資は無形資産投資と見ることが可能です。ただアイドルに関しては、漫画やゲーム、あとシステムソフトウェアや特許技術と大きく違う点として、未完成であっても価値を持つというか、キャッシュインフローを作るという特徴があります。
 記事中にも書いていますが、中国でも日韓同様にアイドルの育成過程をみせるというか、レッスン風景を出すことで視聴者やファンを作るようになっているそうです。このようにアイドルというのは必ずしも完璧さを求められる商品ではなく、むしろ発展途上の段階から徐々に上達する過程をファンは楽しむという一面もあり、そういう風に考えると当たり外れは大きいものの、未完成であっても収益が得られるという意味では投資しやすい分野と言えるかもしれません。

 こうした見方をこの記事では一番訴えたかったのですが、そもそもの反応も悪いこともあって多分ここまで受け取れた方はいないでしょう。なにげに結構真理を突いていると私自身は考えており、先程のアイドルマスターにアイカツといったアイドル育成ゲームも、未熟なアイドルだからこそその育成過程がゲームとして楽しめるのであって、完璧なアイドルというのは逆に欠点になる可能性すらあります。広末涼子だって、あんまり歌がうまくなかったからこそ売れたのでしょうし、上戸彩も映画「あずみ」が凄すぎたからのし上がってきたと思ってます。にしても「あずみ」は本当にやばかったと言うか、見ていてなんかその場にいてはいけないような居心地の悪さすら私は覚えました。

 それにしても数ある業界をほとんど苦にせず何でも書いてきた私ですが、このアイドル業界は上記の通り取っ掛かりが掴めず本当に苦労しました。まぁそれでも書き上げるだけすごいと言うべきか。

2019年6月23日日曜日

経済記事における二大視点

 新聞社に入って仕事を始めた頃、上司によく言われたのはどのような視点でニュースを書くかという点でした。
 具体例を出して説明すると、「携帯電話会社がどこも大幅増益」というニュースについては、この通りそのまま書くこともできますが、一味工夫するならばどの会社が増益幅が大きいのか、またその原動力というか他社との差は何だったのかを主題に据えて記事を書くこともできます。記事内容で言えば後者の方が間違いなく鋭く、同じ事実であってもどの部分に着目して紹介できるかが貴社としての腕前が問われるところです。

 なお上記の例は私が入社三日目くらいで実際にやった例で、これやってから上司も少し認めてくれるようになりました。

 話は戻りますが、このように良い記事を書くにはどの視点でニュースを切り出すかが肝心なのですが、こと経済記事に関しては大前提となる二つの大きな視点があります。それは何かと言うと、生産側で書くのか、消費側で書くのかという点です。

 経済記事というのは突き詰めれば金勘定の話であり、どれだけのお金がどのように動くのかがニュースです。ただそのお金の動きですが、供給側と消費側の双方で動く金額に関しては同一ですが、付加価値の動きを追う上では全く異なる属性というか流れを持ち合わせています。
 こちらでも具体例を出すと、例えばトヨタ車について生産側の視点で書くとなるとカンバン方式を始めとしたコスト削減や、研究開発投資といったテーマが主となってきます。一方、消費側の視点で書くとしたらまずは単純に実際販売台数、そして人気車種の傾向やデザイン、価格、このほか消費者に選ばれる技術的特徴といったものがテーマとなるでしょう。

 もちろん双方の視点を同時に取り入れた記事もあるでしょうが、私は経済記事においては供給側なのか消費側なのかで大きく二分できるかと思います。ただ単純な記事量で言えば、需要分析の観点から消費側の記事の方が量的には多くなり、業界によっては取材の難しさもあって供給側観点の記事がほとんど見られないという業界もあります。
 そういった業界の代表として私が考えるのはコンテンツ業界です。例えば漫画家の作品で稼ぐまでもコストや損益分岐点、編集者の関与度が作品に与える影響に関する考察はほとんど見られませんが、これはやはり当たるか当たらないかのインパクトが大きいことと、時間や労力に比例して作品の質が向上するとは限らないという特徴もあって分析し辛いことが原因でしょう。そのため結果的には、今流行の作品はなんなのか、そうした流行作品の特徴はどうかなど、ほぼ消費側の視点限定で語られることがコンテンツ業界には多いです。

 そういった背景もあることから、明日JBpressで出す記事ではあるコンテンツ業界について徹底して供給側目線で記事を書いており、個人的にはすごく楽しく書けました。多分こうした目線であの業界書くのは、ないわけじゃないけどかなり珍しいと思います。
 テクニック的にはコンテンツを「無形資産」と捉え、どのような研究開発投資の仕方が当たりとなる結果を引き寄せるのかという見方で分析を行いました。先程コンテンツ業界の供給側分析は難しいと書きましたが、製造業ではこうした無形資産投資に関する分析手法が確立されていることを考えると、こうした手法を援用することでもっといろんな分析ができるのではないかと思っているだけに、もっとこうした研究や分析が広がるといいなと考えています。

2019年6月20日木曜日

虫殺し八兵衛

 いきなりなんですが、先月あたりからほぼ毎日ゴキブリを1日4~5匹を殺し続ける日々を送っています。

 これまで私の自宅ではゴキブリなんて一切見なかったのに、何故か先月から大量に発生して、コンバット置いてもなかなか追っつかないからもう手ずから直接殺すようにしています。当初は殺虫剤を使いましたがこれだとなかなか死なないし、臭いもキツイことから、以前に洗剤を掛けるとすぐ殺せると聞いていたので自宅にあるママレモン(中国語だと「妈妈柠檬」)を使い始めたらこれがめちゃ強力で、ぶっかけて数秒もすると息ができなくなるからか急に暴れ始めてすぐ死にます。
 ただ、ママレモンだとノズルの形状からぶっかけづらく、同じ洗剤ならどうかと思って今度はスプレ噴射のできるバスマジックリンを使い始めました。これだとぶっかけやすく、ママレモンほど即死性には劣るものの、小さいやつなら問題なく殺せるので今や浴室の洗浄よりもゴキブリ殺すのに使う機会のが多いです。

 そもそも何故今年になってゴキブリが大量に出始めたのか。想像するに、最近私の住むアパートの同じ棟でリフォームが行われ、騒音なんて民族総ぐるみで気にしない中国人とあって土日も朝から大きな音でドリルとか掛けたりされてたのですが、どうもその辺りから急に増えたように思え、リフォームによってその部屋にいたゴキブリが散らばったのではないかと推測しています。だとしたら本当にいい迷惑だし、なおかつ撲滅しづらい。

 幸いというか、中国のゴキブリは日本のと比べると断然サイズが小さいと言うか、大きいゴキブリはほぼ見ません。具体的にはコクゾウムシくらいのサイズで、大きいのだとコオロギくらいにはなります。コオロギサイズだと流石にマジックリンを数回掛けないと死にませんが、ママレモンだと本当にサクッと殺せるので、「これまで使ってきた殺虫剤って何だったんだろう?」と深い疑問に感じるくらい強力です。

 とはいえ毎日毎日殺しまくる日々が続き、今日なんかまだマシだけど仕事忙しくて神経すだれきっていた先週なんかは、「何故こんな殺し続ける毎日を……」などと荒んだ心情を覚えましたが、慣れてくると逆にあまり殺せなかった日は、「殺し足りないな」などと思って念入りに台所付近を探すようになってきて、自分でもその変化にびっくりです。まぁ何が大きいかって、ママレモンとバスマジックリンが強すぎて楽に殺せるという点でしょうが。

 最後に、今日の記事見出しはゲームでキャラクターの名前を入力する際に漢字も入力できる際によく使う名称です。キャラクターではなくチームや団体名を好きに決められる際はほぼ間違いなく「回し下痢」と命名し、あと今やっている「オペレーションアビス」というゲームではキャラの性格も事由に決められることから、「カープファンな」としたら、敵殴るたびに「カープファンな一撃」とか表示されて赤ヘル感が強いです。

2019年6月19日水曜日

日系メディアの権力監視について

 この前なんかのまとめ掲示板で見たのですが、「メディアは権力を監視していると思いますか?」という問いに対して、メディア関係者の回答と、一般人の回答の乖離が最も大きかったのは他ならぬ日本だったようです。具体的には、メディア側が「はい」と答える人が90%超だったのに対し、一般人は10数%しかなく、どちらも他の国々と比較して最極端な数値でした。
 細かい調査方法とかまでは検証していませんが、私の肌感覚でも何となくこの結果は正しい気がします。というのもメディア側にいて、「俺が正義だ」と最近ハマっている「モンキーピーク」という漫画に出てくる安斎さんみたいな感覚もった人が実際多かったからです。ちなみに姉妹作品の「モンキーサークル」は今日1巻が発売。

 また一般人がメディアは権力を監視していないと答える率についても、10数%はやや極端な数字で、質問の仕方によっては30%くらいは行くのではとも思いますが、それでも日本人の大半はメディアに対してそのような権力監視機能を備えていないと考える人のほうが多数だとも思います。根拠としては年を追うごとにと言うか、年々メディアへの信頼が落ちているように見え、またメディア側もそうした自分たちへの信頼の低下をわかっていながら敢えて見て見ぬふりし、襟を正そうとしないと言うかむしろ前以前に横暴に振る舞う素振りが見えるからです。
 それこそ、かつてのメディアの横暴王と言ったらナベツネですが、いま他のテレビ局重役も多かれ少なかれかつてのナベツネに負けないくらい無責任でわがままな行為を見せるようになり、またそうした風潮を正そうとする人も減ってきている気がします。

 私自身、信頼できる日系メディアはどこと聞かれたら正直答えに困ります。ジャーナリストに関しても以前と比べたらすごいと感じる人は日テレのあの人と日経のあの人くらいで、政治方面に関しては解説とか分析読んでても物足りなさを感じることのほうが多い状態です。

 なんかオチがつかないのでもう少し書くと、やはりメディアは自分たちへの信頼が低下しているということをもっと自覚すべきでしょう。その上で、自分たちが「権力を監視している」と答えた人間はすべからず排除するべきです。このような質問に自分はきちんとやっていると答える人間は正直私は信用できず、ましてやメディアの側にいながら、よくもいけしゃあしゃあと自分を持ち上げるような事言えるなとすら感じます。自らの至らなさを自覚するところから学は始まるとも言いますが、まずそういう言ってて恥ずかしくなる基本から日系メディアは立ち返るべきでしょう。

2019年6月17日月曜日

思わず長生き

 以前はよくこのブログにも書いていましたが、十代の頃は喧嘩っ早いことから(今でもだが)二十歳になる前に何かで死ぬと思ってましたが。それが思わず二十歳まで生存してしまったのでじゃあ次は三十歳で死ぬ前提でそれまでにやることをやろうと中国渡ったりしましたが、現状三十を超えてもまだ生きており、絶対に見ることはないだろうと思ってた2020年代にも突入しそうで、未知すぎてなんかいろいろ怖いです。

 自分が死ななかった理由としては第一に、死なずに済むほど甘い世の中だからではないかと案外本気で信じています。つい先日にも会社の上司に「君は何でもはっきり言い切る」と言われましたが私としては別に言い切るつもりはなく普段どおり話しているつもりなのですが、周りからすると言い辛い内容とかもサクサク口にするようです。
 仮に世の中が世の中であれば、私なんかはまず真っ先に粛清の対象に遭っていたと思うし、私自身もそういうのをやや意図して周囲を気にせず発言することがあります。実際に、まぁ相手が明らかに問題のある人間だったというのもありますが、無駄に目をつけられ妨害を食らうことはあったものの、いきなり暗殺みたいな目には流石にまだ遭っていません。

 というかこんだけ長生きしてしまうと人生設計が狂ってしまうというか、別に収入に困っているわけではないもののこのあとどうやって生きてきゃいいのかという点でよく悩みます。一応周りから頼まれるのでJBpressで記事書いたりしていますが、私自身が何が何でもやりたいということは最近ホント少なく、戦闘機プラモもグリペンとF15、F14を除けば比較的新しい世代の機体はほぼ作り終えたので、次は戦車かとは少しよぎるもののあんまこっちには魅力感じません。

 私のような死生観はまず間違いなくレアだとは思いますが、逆に私の目から見て普通の人は一体いつまで生きれば満足するのか、その点でよく疑問です。現時点でもはっきり言えば、たとえ普通の人が70年位の人生でどれだけ努力したところで追いつけるはずもないほどの知識を私は溜め込んでおり、相手の見ている風景は私も見れないものの、私が見ている風景は普通の人には絶対に見れないと言い切れるくらいの境地に自分は立っています。
 年令をいくら重ねてもどうせこの境地には来れないのだし、また何らかの願望があるにしても、マスターピースのような芸術作品を一生かけて作るならまだ理解できるものの、そういうものや願望なしに何歳まで生きれば満足とか、なんかその基準のあやふやな姿にいつも疑問を覚えます。

 ここでまたはっきり言えば、恐らく多くの人にとっては平均寿命以上までは死なないというのが一つの目標となっている節が見えます。無論、平均寿命というのはただの統計であり、これを超え雨ようが下回ろうがそこに大した意味はありませんが、それでも多くの人は平均寿命を一つの目標として捉えて年金などの資金計画を立てているように見えます。
 それはそれで一つの願望ではあるので否定はしませんが、どうせだったらもっとはっきりとしたもの、今すぐにでも取り組まないと間に合わないようなものを追いかける方が人生的にはいいのではないかと勝手ながら思います。もっとも私は前述の通り、三十歳までに一通り果たすべきことは果たし済みなので、今更やることはなくとりあえず周りに求められる仕事を淡々とこなしつつ、早く車とかに撥ねられて死なないかなといつも考えてます。

2019年6月15日土曜日

リサイクルされていなかったプラスチックのお話

 今年はじめに中国で去年から一部都市でゴミの分別が始まったということをこのブログ、あとJBpressで報じましたが、今度七月一日からは試行ではなく義務化され、違反者には罰則も課すなど強制的な措置に変更されます。これにビビっているのが私の友人で、「分別なんてできないよ」というのですが、

「いやでも君、日本に住んでたじゃん。埼玉とかは分別厳しいじゃん」
「いや、あのときは何も考えず全部一緒にして捨ててたし(´・ω・`)」

 という、中国人らしい回答を受けました。まぁ見方を考えると、別に間違っているわけでもないのですが。

中国「もう廃プラスチックいらねえ」日本&アメリカ「マジ?これからどうすりゃいいの?」(はちま起稿)

 先日に上の記事とそれに付随するネットの掲示板をいくつか見ましたが、ちょうど十年くらい前はプラスチック、特にペットボトルの再利用ことリサイクルとリユースが叫ばれ、協力しない奴は非国民だとばかりに大きくプッシュされました。
 この時期について以前に私は、「景気が良かったからではないか。景気が良いときほど環境問題がピックアップされやすい」と指摘し、ちょうど2008年のリーマンショック直前が最盛期で、それからは徐々にすぼんでいきました。

 ブームがすぼんでいった理由としては、ペットボトルキャップリサイクルなど誰がどう考えても不合理なリサイクル方法がプッシュされて疑問に呈されたこと、リサイクルを行うほうが地球環境にとってはマイナスなどと武田邦彦氏が主張してそれが受け入れられたことなどがあります。あれから十年たった今、やはりリサイクル反対派の主張が正しかったと伺えるのが上記のリンク先です。

 読んでみてもらえればわかりますが、これまでリサイクルすると言って分別が強制され、回収されていたプラスチックごみはほぼ全て、中国など第三国へ輸出されていただけでした。この点については武田邦彦氏も廃棄物を第三国へ輸出してはならないバーゼル条約に真っ向から違反しているなどとかつて指摘していましたが、これまでは日本においては「ゴミ」なのに「資源」と称して中国へ輸出されていました。
 中国ではこれらの廃プラスチックを使って二次加工などをしていましたが、普通に考えてあまり環境や衛生にいいものではありません。そうした背景もあって中国が2017年末にこうした廃プラスチックの輸入を規制したところ、日本のペットボトルゴミに代表される廃プラスチックは行き場を失いました。それでどうすることにしたかと言うと、中国以外の東南アジア諸国へ輸出したり、この際だからもう燃やしちゃおうぜとかいい出しているのが現状です。

 実際、これは武田氏が特に強く主張した点ですが、プラスチックを燃やした際に生じるダイオキシンの毒性はそれほどでもないとされています。そもそも、ダイオキシン対策に日本のごみ処理炉は高い火力を備えるようになったので、現状でそのまま他のゴミと一緒にくべても特に支障がない、というか第三国へ輸出するよりはずっとマシでしょう。
 そもそも、回収されたプラスチックゴミは国内でリサイクルされているという建前でした。しかし現実はリサイクルは行われておらず、回収した自治体などは恐らく仲介業者などを通して中国への輸出により小銭を稼いできたのが実態だったようです。私としては別に隠す必要があると思える事実ではないのですが、回収や輸出を行っていた側からすると「リサイクルに回します」という嘘をつかざるを得ない事情があったのでしょう。

 このように考えると、ペットボトルはむしろ今は直で燃やす方が地球環境的にも、対外関係的にもプラスだと言えます。中国に来て自分も気が付きましたが、日本の分別方法は細かすぎてかえって効率を悪くさせているとみえるところがあり、この際だから有識者を交えて抜本的に合理的な方法へ変えるべきでしょう。
 もっとも、変える能力すらもはや今の日本の自治体にはないと分かって言っているのですが。

2019年6月13日木曜日

小説などによる誤った歴史の流布について

 最近仕事忙しくて寝る時に奈落に落ちるような感覚がして目覚め方も非常に悪く、昼食後に昼寝するけど起きた後しばらく正気に戻れず「これ逆効果じゃね?」と思いつつも、昼寝せずにはいられない生活を続けています。
 ちなみに正気でいられない間は無駄にホームズで奈良の賃貸物件とか眺めています。近鉄奈良駅近くで検索しているのに、「近鉄奈良駅までバス18分」とかの物件が表示されるのは内心どうかと思います。

「俗流歴史本」の何が問題か、歴史学者・呉座勇一が語る(現代ビジネス)

 奈良なんてどうでもいいから本題に切り替えますが、今日読んでて気になったのが上の記事です。記事中では「逆説の日本史」でお馴染みの井沢元彦氏が名指しで批判されていますがそれは置いとくとして、この記事で言われている、「面白いから」という理由だけで特に根拠のない歴史上の推論や説が漫画や小説などで大きく取り上げられ、それがさも事実であるかのように流布するという事実については私も前から懸念していました。
 それこそ、疎開時代の上海で北斗神拳を操る男が大暴れするようなフィクション上等な歴史ファンタジー漫画とかであればこういった「怪しい説」を取り上げるのは別に問題ありません。しかし中にはさも史実に沿っているかのように展開、説明しつつ、所々でトンデモ論を注釈無しで出し、読者にそれが史実であるかのように誤解させてしまう作品はすくなくありません。

 また執筆、発行当時に有力視されていた説であっても、その後の新資料発掘によって事実関係が否定されてしまうというケースも多々見られます。具体的には司馬遼太郎作品にこの手のパターンが多く、司馬遼太郎は一切悪くはないのですが、なまじっか作品が有名過ぎてその後もかつて正しいと見られた誤った説が正しいと信じ続けられてしまうということも見られます。

 なお私の生きた時代で言うのなら、資料でいうと「武功夜話」がひっくり返りの代表格です。出た当初はなんかやたらもてはやす人がいて画期的資料と言われましたが、現代は年号などの記述の誤りなどから資料的価値はほとんどないと見られ、私も正直信用していません。第一、内容が面白すぎると言うか、世間に阿り過ぎな点で怪しかったというべきでしょう。

 話を戻すと、記事ネタに困るそばから歴史ネタを引っ張り出す私もこの点についてはいつも憂慮しており、ブログならまだしも、JBpressで出す記事に関してはいつも注意するようにしています。具体的には、「史実かどうか曖昧な内容は絶対に書かない」、「異説のある内容については注釈をつける」などという対処をしています。
 特に後者に関しては、先程も書いたように現代では正しいと信じられていながらも、将来的にひっくり返る可能性のある内容と言えるだけに、逃げ道を作っておくように(異説あり)という風に記述するようにしています。

 またその事実がごく一部の証言者によって支えられている場合、その証言者名を敢えて出すようにしています。こうすることで、証言者が嘘をついていた場合は自動的に自分の記述も修正される事となるよう図っています。もっともどれだけ努力したところで後年に事実がひっくり返ることは多々あるため、限界はあるのですが。

 ただこうした配慮を全くしない、というよりむしろ怪しい説をさも真実であるかのように取り上げる文物は少なくありません。それはやっぱり娯楽性が高いからというのが最大の原因で、トンデモ論とかそういったものは容易に人の興味を引くからでしょう。その上というか、歴史学者も自らの功名心のために敢えて目立つようトンデモ論を主張することが少なくなく、古事記と邪馬台国を結びつけようという主張はすべてこの手のトンデモ論だと私は考えています。

 もちろん正しいだけの歴史を語るのは野暮で、いくつか怪しい説もフィクションとしてなら取り上げたりするのは大賛成です。ただやはりそれはフィクションと断らなければならず、そうした配慮というか自制を自分を含め強く意識しなければとよく思います。

 ちなみに誰がどう見てもフィクションとわかるけど、宮下あきら氏の「天下無双 江田島平八伝」にはマッカーサーとか毛沢東、溥儀とか出てきますが、フィクションの度合いが凄すぎて、「よくこんなに想像膨らませられるな(・_・;)」と逆に感動しました。あそこまで無茶苦茶に史実の人物を動かしてくると、むしろ史実ってなんだっけと逆に疑問を感じてしまうからすごい。

2019年6月12日水曜日

打ち切られるWebサービスについて

 先日、Google+がサービスが打ち切られ終了しましたが、Yahooブログも確か今年年末で打ち切りになると発表されてました。これらに限らずWebサービスが打ち切られると利用者は一気に放り捨てられることとなり、まぁダメージはそこそこ大きいです。
 もっとも、Google+についてはあまりにも使い勝手悪くて利用者いなかったから、誰も損しなかったような気がするけど。地味に私は少し影響受けてて、このブログのプロフィール写真をいつの間にかGoogle+と連動されていたため、こちらのサービス打ち切りに合わせてイメージ画像を切り替える羽目となりました。

 今まで打ち切られたWebサービスの中で個人的に強く記憶に残っているのは、ほかならぬYahooツールバーでした。何故かと言うとこれ、サービス開始当初にはしつこいくらい、「使ってみませんか?」とポップアップ広告が出てきて、間違えてクリックしてしまってインストールされてしまったことも何度かあり、とにかくそのしつこさに我慢ならないというか苛立った代物だったからです。
 結局、2017年にサービスが終了しましたが、「あんだけしつこく人に使え使えと言ってた癖に、何勝手にサービス終了してんだよこいつは!」と、使ってもいないのにサービス終了発表を見て殴り込みかけようかと思うくらい激怒していました。

 しかもその時期、なんかやたらとRSSリーダーサービスが次々と終了されました。複数のブログを見るため私も利用していたのですが、終了するそばから新しいのを見つけなくてはならずで、非常に嫌な時期を一時期過ごしてました。現在はFeed Watcherを使っていますが、なんとなく見ていて運営もこのサービスやめたそうにしか見えないため、将来はわかりません。

 そういうことを言えば現在つかっているこのBloggerことブログサービスも、さっきのYahooサービスのように打ち切られる可能性もなくもないです。ブログ自体00年代中盤に流行って以降はその後はずっと右肩下がりで、芸能人とかのブログは人気ですがそうでない個人間のブログに関しては実質SNSに代替されきっています。一応老舗のブログサービスは今でも続けられていますが、やはり連動性の面で他のWebサービスとうまく合わせられないところがあるように見え、今後淘汰が始まるのではないかと勝手に予期しています。
 私の場合はその場合、サーバー借りて個人ブログを運営することもできますが、そんなサイトにはこだわるつもりはないためできることならこのBloggerを使っていきたいものです。でもこれも見るからに、Googleは機能とか充実させようというやる気が全く見えず、Google+と同じ末路になるのかもしれません。

2019年6月11日火曜日

老後は2000万円必要な報告について

 前略、報告書の中身については省略していいたいことを書くと、一体何が今議論になっているのかよくわからない感じです。このほど出た金融庁の報告書によると、今後年金を65歳から毎月21万円もらえる夫婦が95歳まで生きてく上では、年金の他にも2000万円の貯蓄(一ヶ月辺り5万円)が必要だそうです。ただ、そもそもの前提として夫婦で毎月年金を21万円もらえる世帯は実際にはそんな多くないと既に指摘されており、また2000万円の貯蓄も言うは易いが実際貯めるとなると大変で、なかったらどないすんねんという対策については何も書かない放置ぶりで、ある意味すごい報告書です。

 この報告書で疑問な点はいくつかあり、一つは30年期におけるインフレ率などは考慮されているのかということです。まぁ日本はずっとデフレだから気にしなくていいと言われたらそうかもって気になりますが。
 次に、2000万円という数字を出して何がいいたかったのかという点です。国民に2000万円貯蓄して自己防衛しろと促しているのか、ためた貯金に資産運用がつ必要だと言って国債買わせようというのか、政府に2000万円分の老後補填をしろと促しているのか、どれもはっきりしません。

 なお報告内容を事実として受け取って政策に活かすとしたら断然三番目で、2000万円分の老後世帯への収入補填を政府が考えるべきだと思います。何故かと言うとこれをしないとあらゆる面で弊害が出て、一つは誰もが貯蓄に走ってキャッシュ・フローが悪化すること、二つは金の切れ目が命の切れ目とばかりに老後に生活破綻者が続出して社会問題化すること、三つは政府画は老人を切り捨てると受け取られ国民の不信を招くことといったところです。

 しかし仮に補填するとしたら当然原資が必要であり、となると税金を上げるか資産没収をするしかありません。そうなると現役世代の負担は大きくなるわけで、特定世代が赤い彗星みたく人身御供になるしかないでしょう。そういった方針で国が一致団結するのなら私は別にいいと思いますが、そのような覚悟は国民にも政府にもないと思えるだけに、ならなんでこんな報告書出てくるんだって言う話になるわけです。
 手っ取り早い解決方法としては前にも少し話しましたが平均寿命を縮めることで、極端なことを言えば60歳あたりでみんな死ぬようになればあらゆる高齢者問題は解決しますが、もちろんそんなことは現実不可能です。そもそも95歳まで生きる前提で試算されていますが、目下の平均年齢は80歳前後と考えると、実際には平均的に必要な貯蓄額は約半分の1000万円という風になるわけですが、こちらも現実には80歳でピタリと死ぬとは限らないため、予見不能リスクは半端なく高いでしょう。

 そういう意味ではどれだけやはり年金が一番頼りになる制度のはずなのですが、目下の日本の年金ほど頼りないものはなく、更に今回の報告書は年金の信頼性をある意味で根本的に自己否定しているだけに、繰り返していいますが方針が全く見えません。そういう風に考えるだに、今回の報告書は金融庁の自爆テロのようにすら思えます。

2019年6月10日月曜日

引きこもりの息子殺害事件について

 昨日の記事に書き忘れましたがこの前のサイクリング中、前を走る50代、60代の古参メンバーの足の筋肉がめちゃすごいレベルで発達している事に気が付きました。というか数年前と比べて明らかに巡航速度が上がっており、別の古参メンバーとともに、「絶対前より速くなってる」、「知らないうちにメンバーがパワーアップしている」などと、付いていくのが辛くなった気持ちを共有し合いました。
 あとこの日170キロ走ったけど、筋肉痛とか一切ないのに自分でもびっくりでした。

 話は本題に入りますが、やはりネガティブワードは流行が早いなと思うというか「子どもおじさん」という言葉がすごく流行ってきました。またこの言葉の流行に合わせたかのように、川崎での通り魔事件と、元事務次官の息子殺害事件が相次いで発生し、年齢の高い引きこもり対象者への関心が非常に高まってきています。
 上記の二つの事件のうち、川崎の通り魔事件については非常に痛ましい事件であったものの、以前にも同じような通り魔事件が発生していることからそれほど犯人について興味はいだきませんでした。「無敵の人」とか、「一人で死ねとか言うな」などというキーワードが議論となっていましたが、どちらも議論が浅くで終わる上にあまり事件の実態を貫いていないように思え、正直つまらない議論だと感じます。

 一方、元事務次官の息子殺害事件についてはその後のドラクエザオラル騒動が皮肉っぽい結末でちょっと面白いと感じましたが、それ以上に同類と言っていいものか少し悩むものの、私が見て似ていると感じた事件が過去にありました。

浦和・高校教師夫妻による息子刺殺事件(オワリナキアクム)

 四の五の言う前にリンク先を読んでもらうのが一番早いですが、かいつまんで言うと1992年に起きた両親による23歳のフリーターの息子殺害事件です。死人を悪く言うのもなんですが、説明されている事件内容を読む限りだと殺されても仕方のない奴だなと正直思え、司法もそのように判断したか両親に対して執行猶予付き判決を下しています。
 この殺された息子は高校、大学を中退した上、家庭内暴力を繰り返し、母親に「ラーメン作れ!」と命令して一口食べるや「まずい!」と言って丼ごと投げ捨てたり、親の金で遊び回ったりと、もし自分が親であっても殺すだろうとはっきり思えるくらいのクズです。ただ今回の事件と違うのは普段から外出はしており、焼肉店でアルバイトなどはしていたなど、引きこもりであったわけではありません。

 この事件で私がとみに興味を感じるた点は、殺された息子の危機管理意識についてです。引用した記事によると両親がまさに殺害を決意した夜、アルバイト先のマネージャーに対して息子は、「家がまずい。出ないとまずい」と話していたいそうです。にもかかわらず彼は深夜バイト後に帰宅した後は呑気に寝始め、頃合いを見計らっていた両親によって包丁で一突きされています。
 この際、不運というか包丁は心臓を外れた上、刃先が折れてしまいました。母親が代わりの包丁を取ってくる間にこの息子は父親に対し、「許してくれ。俺が悪かった。お願いだから殺さないでくれ」と言ったそうですが、これまで度重なる家庭内暴力に我慢していた父親には通じず、止めを刺されています。

 自分が不思議に思うのは、なんでこのバカ息子は「やばい」と感じていながら家を出るなりといった防衛手段を取らなかったのかということです。危機意識は割と正常に、というか殺される前夜にピタリと的中する発言している辺りは鋭いとすら思うのに、実際の退避アクションを何故取らなかったのか。そんなんじゃ危機管理終了だよといいたくなるようながっかりぶりです。
 また殺される直前の発言からも、自らの愚行が両親を殺害行動に駆り立てたということをほぼ自覚していながら、どうしてそれを改めなかったのかということです。命乞いをしなかったのならまだ理解できるものの、殺されたくないのであれば殺されまいとする態度を取るべきでしょう。しかし「このままじゃやばい」と思っていながらそうした対応すら取らなかったということは、殺されたくはないけど殺害されるリスクを自ら引き上げているような状況を作り出しているように見えます。

 極端な話、破滅願望があって自らの被殺害リスクを自ら引き上げるのなら理解できますが、殺されたくないのに自ら引き上げる、具体的には両親を煽る行為を取るというのは、生存本能的に生物として終わっているように見えてなりません。それだけにこの殺された息子について私は、わがままで両親に対する一連の無作法な行為より、生存本能を無視する行為というべきか、「どうせ何やったって殺されるまではないだろう」という高をくくった態度の方が癇に障ります。人生というのはいいか悪いかではなく生きるか死ぬかだと普段から考えているだけに、この生き死にに対する舐め腐った態度の一点でもっても死ぬべき人間だったろうという点で、この事件は強く印象に残っていました。

 締めに入ると、報道を見る限りだと今回の元事務次官に殺害された息子も家庭内暴力を繰り返していたとされ、1992年の事件の息子と私の中で非常に被ります。どちらも、親に対してどんだけ辛く当たっても殺されることはないだろうという甘えの入った高をくくった態度が見え、案の定というかその甘い想定が崩れたことで逆襲を受け身の破滅を招いています。どちらも生存本能が破綻というかおかしくなっているように見え、たとえ両親の手によるものでなくても、自然界の法則的に処分される結末のほうが自然の原理に則しているように私には思えます。

 引きこもりであっても、死にたくないと思うのなら死なない、殺されないような態度や手段を取るべきでしょう。無論、そうした努力を取ったとしても世間や庇護者が認める基準に達せず何らかの原因によって死んだり殺されたりすることは十分ありえるしそれも現実だと思いますが、そうした者たちについてはまだ理解できるし、如何なる死に方にも同情が湧きます。しかし、「やれるもんならやってみろ」と言わんばかりに限度の外れた行動や、庇護者への挑発行為を繰り返す者というのは、飛んで火にいる夏の虫というべきか、その時点で生物としては本能的にある意味死んでいる生物だと私には思え、どのような死に方をしたところで全く感情を覚えません。強いて言えば、死体処理がやや面倒だろうなってくらいでしょう。

 何がいいたいのかと言うと、死ぬべき人間がただ死んだだけなので騒ぐことかと言われたらそうではないものの、それなりにニュースになっている辺りは、「そうそう簡単には殺されない」という意識がまだ社会で強いのだろうなというのが私の見方です。

2019年6月9日日曜日

また170キロ

 昨日またサイクリング部の活動があったので、隣の昆山市まで行って、サイクリングして、でもって上海まで帰ってくる往復170キロ耐久レースをやってきました。あとで歩数計見たら1日で47000歩行ってて、実際朝6時に起きてから昼食、休憩するときを除きほぼずっと自転車漕いでました。

 漕いでる最中、大体130キロくらい走っていたところで、「俺の生命保険証書誰に預けてたっけ?」とリアルで死がよぎりました。まぁその後から頭痛とか鳴りやんだのでずっと楽になりましたが。

2019年6月7日金曜日

会社組織にとって有害な人材

やる気のある無能

 上の記事は昔に書いたものですがサラリーマンにこの内容を解説すると毎回受けがいいです。うちの名古屋に左遷された親父も左遷先の名古屋でこの記事を同僚に紹介したそうですが、「こういう奴、いますよね」という意見でみんな一致したそうです。
 この「やる気のある無能」に当てはまる人材も会社組織にとって十分有害ですが、仮に有害さで比較を取るとしたら、もっと有害なタイプの人材がいます。さくっと言ってしまうとそれは「派閥を作る人材」で、時と状況によっては全力で排除すべき人材ではないかと私は考えています。

 派閥を作る人材とはどんな人かというと文字通り、自分を頂点とした取り巻きを率先して作ろうとする人間です。とはいっても、人間は社会的な生物であることから集団が一定数に達した時点で自然と集団内部のサブ集団こと派閥というものが自然と出来上がってきます。問題はその発生要因が、集団内の方針や部署の違いなどであれば弊害がまったくないわけではないもののまだ許容できるものの、派閥主の単純な自らの権益、発言力の拡大のみを目的としてできたものだとやや危険です。

 具体的にこの手の派閥を作る人材がどのように派閥を作るかというと、中には自分より格上の人間との距離を詰めて、その人物を旗頭とすることもありますが、大抵は自分より格下、具体的には後輩に当たる人物を世話するなどして取り込み、舎弟関係を作って派閥を作ります。こうやって舎弟数を増やして一定規模に達すると、ほぼ間違いなくこの手の派閥を作る人材は自らの影響力を社内(組織内)における駆け引きに使い始めます。具体的にはサボタージュや、地位待遇の保障、です。
 実際にこういった例と言えるか微妙ですが、あるプロ野球チームの有名元選手がまさにこのような人間だったらしく、スタメン入りメンバーである舎弟を従えて、自分もスタメンに入れなければ舎弟ともども試合にでないなどボイコットすると監督を脅していたそうです。実際そう見える節があり、堀内氏も苦労してたんだろうなと思えてなりません。

 話は戻りますが単純に派閥が出来上がる、それも自分の権益拡大のみを目的とした集団だとすれば組織にとっては非常に不都合なことこの上ありません。またこのような派閥を作る人材は概して権力欲が強く、自らの実力以上にこうした自派閥を背景とした影響力によって権力奪取を図ろうとする傾向があるだけに、やる気のある無能以上に組織にとっては非常に危険な人材だと思えてなりません。
 その一方、こうした派閥を作る人材は後輩を取り込むという目的もありますが、基本的には世話焼きで、下の人間に慕われやすいという特徴を備えていることも多いです。なので一見すると面倒見がよくしっかりした先輩型人材に見えて、上の人間は評価してしまい、そして最後裏切られるという結末も実際あったりします。

 何が難しいかというと、こうした派閥を作る人材と、実際にただ面倒見がいいだけの人材を区別することです。後者は紛れもなく組織にとっては好都合な人材で大事にする価値もあるのですが、前者は一定規模の自派閥を持ったところで反乱を起こす可能性があるだけに、あまりにも地位を引き上げてしまうと後々問題となる危険性があるのですが、両者を見分けられるかとそこら辺の人に聞いてもすぐ回答できる人は多分少ないでしょう。
 私が考える見分け方としては、自派閥ではない人間に対する態度である程度見えてくると思います。やはり派閥を作る人材ほどウチ・ソトの概念が強く、ソトこと他派閥の人間に対しては理由もなく攻撃的な態度を取ることが非常に多いです。一方、権力欲が低く派閥を自ら作らず(派閥に属すことは充分ある)、ただ面倒見のいい人材はというと、ソトの人間に対する当たりがまだ柔らかく、中立的な距離を保つ人が多いと思えます。この当たりの態度の違いで、「面倒見のいい」という特徴を持つ人材の危険性がある程度測れるでしょう。

 最後に、恐らく日系企業は理由もなく嫌って絶対に会社組織に入れまいとするでしょうが、派閥に属さず、誰にも阿らずに距離を保つ独立心の強い人材は、数人程度いると組織は締まると思います。まぁこんな発想は日系企業はしないでしょうが。

2019年6月6日木曜日

カネカの育休嫌がらせ事件について

 最近友人に勧められて「モンキーピーク」という漫画を読んでますが、あらすじを説明すると山登りの得意なお猿さんが、時に団体登山客を驚かしたりしながら六ツ倉連峰の名所と難所を丁寧に紹介してく漫画です。嘘は書いていません。
 それで本題ですがカネカです。さっきも同僚と、「馬鹿だよなあいつら」と言ってましたが、狙ってやってもなかなかできるレベルじゃないくらいに次々と墓穴掘っています。

 事件内容については各所でも報じられている通り、育休を取得した男性社員に対して復帰直後にいきなり転勤を命じて、未就学児や幼児もいることから時期を少し待ってほしいと言ったら拒否し、ならやめるから有給消化させてと言ったら拒否したという典型的なパワハラ事案です。
 この件で何がおかしいかと言ったら、「会社として育児を応援します」と喧伝して国からもその手の認定受けてるのに、真逆の行動をとっているということです。それどころか事件が表沙汰になるやホームページから育休関連制度の紹介ページをいきなり削除して、翌日に突っ込まれると、「サーバーのエラーと、前回更新時に削除すべきだったページが残ってただけ」という見ていて痛々しい言い訳までかましています。

 おまけに今日は弁護士とも確認して違法性はなかったとえらく長々としたリリースを出して来ましたが、有給取得を拒否した件についてはちゃっかり言及せず、自分の都合のいいことだけ書いて、「うちに全く非はなく、育休明け直後に転勤させるのは我が社のポリシー」と開き直ってきました。っていうかただ単に短くさらっとかけばいいのに、長々と書くから余計に突っ込みどころが増えてるあたり笑えます。あとこんなくだらない内容を出す会社も会社ですが、そうするよう指示した弁護士がいるとしたら、そいつもそいつですごいレベルのアホでしょう。

 企業人事に詳しい友人は早速カネカの広報関連責任者を調べてきて、「彼らの人事異動情報が出るのはいつかな」とまで言い出してきました。ちなみに彼こそがモンキーピーク勧めてきた友人です、どうでもいいけど。
 友人から二人いる責任者の名前を早速見せてもらいましたが、どちらも名字に「石」という名前がついてて、友人と二人で「ツインストーン」とか「ツイストコンビ」といって笑ってました。まぁこれまで多くの企業広報相手に取材してきた私の立場から言わせてもらえれば、広報担当者としては紛れもなく無能でこの仕事には向いていないと断言できます。

 その逆というか、広報の凄まじさを最近感じたのはパナソニックです。やはりブレがないと言うか、一度決めたらガチッとその方針に向かって突き進み、日本のマスコミを黙らせたのは見ているこっちが唸らされます。実際私もかつて取材しましたが、ネガティブな情報を出す時と、出さない時の見極めが抜群にうまい会社だったと記憶しています。

2019年6月4日火曜日

中国のシャワー事情

 先日、シャワーヘッドの柄の部分が割れ、水を出すたびにノズルだけでなく柄の部分からも水が吹き出すようになったので、新しいシャワーヘッドを購入することにしました。ニトリで買ってきたのはサンエイのシャワーヘッドで、塩素除去フィルターがついているものではないものの、水圧が増して節水になると書かれたや120元(約2000円)もする代物を買ってきました。
 2000円なんて高くないじゃんとか思うでしょうが、中国製のシャワーヘッドなら40元(約640円)くらいなので、相対的に私の中では超高級シャワーヘッドです。

 さてそんな買ってきたシャワーヘッドですが、外観は白色の柔らかそうなプラスチックで、一般的なシャワーヘッドと比べると小さく華奢な印象でしたが、説明の通り水を出したら明らかに水圧が良くなり、更に付属の水圧マシマシノズルに交換したらもっとパワーアップしてきました。
 しかも水圧が強くなって遠くに飛ぶのに、体に当たる感触としては前より柔らかく感じる様になりました。一体どういう原理かはよくわからないけど、やっぱ高いものなだけあってしっかりしたシャワーヘッドだと感じ入り、このところシャワー浴びるのがマジで楽しみになっています。

 なお中国の一般住宅ではシャワー室しかなく浴槽はありません。日本人向け高級住宅とかなら話は別ですが、私は中国生活が長いのと、日本にいた頃から水代がもったいないので普段からシャワーしか浴びてなかったので、あまり不都合を感じることはありません。それだけに今回のシャワーヘッド交換は大きい(;゚∀゚)=3ムッハー

 さて今回シャワーの水圧が改善されたことに喜んでいるわけですが、もともと自分の部屋のシャワー水圧が弱かったということが感動を大きくさせています。温度の調節も割といい加減で、夏場はどんだけ設定温度下げてもやばいくらい熱いのに、冬場はどんだけ上げてもぬるいお湯しか出てこなかったりします。
 ただ、私なんかはまだマシな方で、他の中国の住宅のシャワーとなるともっとひどいという話をよく聞きます。具体的にはやはり水圧で、本当に全然水が出てこないという話もよく聞きます。しかもでかい高級マンションでも頻発しているようで、家にかけるお金が大きくても、シャワーに関しては無駄に平等なのが中国クオリティです。

 ただ流石にずっとそんな状態だと困るわけで、知人などに聞くとシャワーの水圧を上げるためにわざわざ自宅に追加の真空ポンプを増設する対策がよく取られているようです。取り付けたポンプで自宅シャワーに流れ込む水圧を高めるという手段なのですが、こうした手段ははじめは効いても、しばらく経ったらまた水圧が弱くなるということもあるそうです。何故かと言うと、他の部屋もポンプを取り付けるからです。
 理屈はこうです。要するに、ポンプを付けた部屋のシャワー水圧は強くなるものの、その代償として他の部屋、具体的には同じ列の上下階層の部屋のシャワー水圧はポンプを付けた部屋に圧力を取られて、水圧が弱くなるのです。流石にこれでは困ると感じた人からポンプを付けるため、同じマンション内でまさに水圧の奪い合いともいうべきポンプ増設合戦が始まり、最終的にはポンプ増設の恩恵が誰も得られなくなるそうです。

 っていうかそもそも、最初にポンプを付けた奴のせいで水圧が弱くなっているのでは、と思う節があります。まぁ最初の段階で水圧の設計をきちんと高めに設定して施工しておけば、何も問題はないのでしょうが。

2019年6月1日土曜日

老人ホームの預り金制度について

老人ホーム孤独死、安否確認怠る 91歳、元気で自立(共同通信)

 死ぬほど忙しくて更新が空きましたが、やたら短期間に死にまくる老人ホームが最近やけに話題となっていますが、個人的にはこっちのほうがピンときたら110番な感じがするので少し触れます。

 ニュース内容についてはリンク先を見ての通り、老人ホームに入居していながら死亡していたことに気づかれず放置され、いわゆる孤独死状態となっていたとのことです。別の報道によると家族からは調子が悪そうだからこまめに見ておいてほしいと連絡されていたとのことですが、老人ホーム側はこの要求を完全無視し、死後10日以上も気づかなかったということで、言うまでもなく明らかに老人ホーム側に過失があるでしょう。
 ただ、上記の事件内容以上に私が驚いたのは、この老人ホームの預り金の金額です。その額なんと2000万円だったとのことで、ネットでも書かれていましたが、これだけの金額を積んでおきながら寂しい最後とならざるを得なかったのかと、逆の意味で世の中お金じゃないというような嘆息めいたコメントが見られました。私個人としても同感で、金額が多かろうともこの業界ではサービスの質は一切担保されないのだなという気がします。

 それでこの老人ホームの預り金ですが、なにげに私も理不尽な扱いを目の当たりにしたことがあります。それは私の祖母の例なのですが、老人ホームへ入居する際に300万円の預り金を取られたのですが、この預り金は一定期間(確か3年)過ぎた場合、退去したとしても返還されないという制度になっていました。無論、その期間を過ぎても入居者は入居を続けられるのですが、端的に言って、自発的に退去するよう嫌がらせを受けました。
 具体的には入居期間が指定期間を過ぎたあと、ほんの些細なことでホーム側によって祖母が何度も病院へ送られるようになりました。あくまで祖母の状態を見て判断したとホーム側は主張しますが、祖母を診察した医師からしてもはっきり異常だと言われた上、「あのホームの基準では……」などと漏らしていました。

 しかも病院へ送ったあとホーム側は祖母の引き取りを一切行わず、家族に引き取りに来るよう毎回要求してきました。そのため老人ホームから遠隔地にいたうちの名古屋に左遷された親父が、具体的地名を上げると兵庫県まで毎回行く羽目になり、当時私も何度かそれに同行していました。
 あまりにもこういった事が多いので親父も老人ホーム側に、病院へ連れて行く前にかならず連絡を入れ状態を確かめさせるようにと伝えたのですが、老人ホーム側は親父の申し出を完全に無視し、その後も勝手に祖母を病院へ何度も搬送し続けました。こうした行為はまさに上記の預り金返金期間を過ぎた直後から始まり、今後も続く可能性が高かったことから、最終的には祖母を別の老人ホームに転院させる羽目となりました。

 私営の老人ホームが全部が全部こういうではないと思うし思いたくもありませんが、中にはこういう老人ホームも少なからず存在すると考えられます。そういう意味で少なくとも預り金については、「一定期間を過ぎたら問題なく退去したとしても返金しない」という条件があるところは注意すべきでしょう。まず間違いなく、返金可能期間を過ぎたあとは私の祖母がされたような嫌がらせを受けると断言できます。

 その上で少し話はずれますが、やはり今の日本においてはもっと本格的に安楽死の可能性について議論すべきでしょう。昨年に西部邁もかねてから主張していたように自死を選びましたが、高齢者のクオリティ・オブ・ライフを考えた場合、必ずしも長寿でいることが幸福であるかというと、医療の発達した現代においては限らなくなってきているように見えます。無論、強制はあってはなりませんが、安楽死を選択でき、それをいくつかの過程で検証した上で認める制度こそ今日本において非常に求められている気がしてなりません。