2017年8月21日月曜日

その声は毎日聞いて

 先日、プレイステーションネットワーク内で夏休みセールしてたので、コーエーテクモの「影牢~もう一人のプリンセス」というゲームを購入しました。
 なお余談ですが、中国からネット経由でゲームソフトを購入、ダウンロードについて最近気が付いたこととして、そのソフトやデータを配信するメーカーによってダウンロードできるかどうかが変わってきます。例えば先ほどのコーエーテクモなら恐らくこちらにサーバーを置いているのかスムーズにダウンロードでき、ゲームのアップデートも滞りなく行えるのですが、バンダイナムコは接続すらできず、「ガンダムブレイカー3」を起動するたびに「アップデートがあります→接続できませんでした」と表示されなめとんのかこのアホみたいな気持ちにさせられます。

 話は戻りますが私は「影牢」とその系統のゲームはプレステ2以外の「影牢」以外は全部やってて、そこそここのゲームは熟知している方だと思います。つい最近までこのゲームはアクションかと考えていましたが、今回改めて考えてみたところパズルゲームだなーと思えてきました。というのもこのゲーム、罠を作ってハメて殺すゲームだからです
 最初こそにじり寄る敵キャラに右往左往して一つの罠を当てるのにも四苦八苦しますが、慣れてくると如何にうまく複数の罠を順番にかけて効率的に殺すかという方向に発展していき、終いにはどうやって無限コンボかけて死ぬことも許さないまま延々といたぶるか、通称「ヒトコロスイッチ」を考え始めるようになります。ちなみに自分が一番これでよくやったのは第2作目の「蒼魔灯」で、ハンマーでアイアンメイデンに放り込み、針で刺されてから押し出されたところを今度は爆弾使ってもう一回放り込み、また出てきたら最初のハンマーで以下エンドレスでした。

 そんなワナゲー談義は置いといて今回の「ダークプリンセス」やってて気が付いたのですが、主人公の声優が斉藤佑圭氏だったりします。別に贔屓にしている声優でもなく、正直な感想を言えば決して演技も際立って上手くはない(下手ではない)人だと思っているのですが、何故かこの人、コーエーテクモのゲームに必ずといっていいほど出てきます。でもって偶然ですが昨年から現在にかけてコーエーテクモのゲームで遊ぶことが私には多く、具体的には、

<斉藤氏の出演作と配役>
・戦国無双4:井伊直虎
・討鬼伝 極:木綿
・影牢~もう一人のプリンセス:レグリア

 以上のゲームで準主役級の役回りで出ることが多く、実質的にほぼ毎日この人の声を自分は聞いているということに気が付きました。だから何だと言えばそこまでですが、そもそもなんで自分の買うゲームに毎回この人出てくるんだということが不思議で奇妙です。
 ちなみに同じくコーエーテクモのゲームでよく出てきて、尚且つ上記の三作にもばっちり出ている前田愛氏という声優もいますが、私はこの人のことを20年前の「ラングリッサー4、5」の頃から名前を憶えていて、現在の出世した姿を見るとかなり胸が熱くなります。前田氏についてはその演技も評価しており陰ながら応援しているというか……冷静に考えたら、この人の声もほぼ毎日聞いてますね私

 別に毎日声聞いてるからなんだってんだで、意識することも変わることも何もありゃしませんが、昨今の声優ブームで雨後の竹の子の如く新人が次々と出てくる中、同じ人の声を聴き続けるというのもまた珍しいのかなと思います。
 それにしても最近は、特に男性声優でそうですが「笑ゥせぇるすまん」をやっていた故大平透のような個性のある声を出す人が減り、型通りの演技しかしない人が増えているのはやや残念です。アニメなんだから多少大げさで特徴的な演技を求めたいところですが、多分そういう人は今だと人気でないでしょう。最後に真面目な話で締めると、今の日本は個性があればあるだけ損しやすい社会だと声優界見てても思います。

2017年8月20日日曜日

また追跡型のスタンドかよ……

 昨夜、集英社のコミックのKindle配信開始を受けて一挙に3冊購入しました。買ったのは「ジョジョの奇妙な冒険」第8部こと「ジョジョリオン」と、「怨み屋本舗」、「かぐや様は告らせたい」の各最新刊です。このうち一番楽しめたのは「かぐや様」で、読み終えるとそのまままた最初から読み返すほど面白かったです。「怨み屋本舗」は現在の「Evil Heart」シリーズの最終巻であるため購入しましたが、ドッキリするような大展開はなかったもののまぁ面白く、可もなく不可もなくといった感じでした。
 一方、「ジョジョリオン」の15巻については正直言ってげんなり残念ガッカリ失望させられました。初めて使う表現だけど、元ネタわかる人はいるかな?

 具体的に何が不満だったのかというと、見出しに掲げた通りに「また追跡型のスタンドかよ……」と思ったことに尽きます。この最新刊でまた新手のスタンド使いが出てきますが、そのスタンド能力というのが追跡型なのですが、私の印象で述べるとこの第8部に出てくるスタンドは追跡型が異常に多い気がします。
 ジョジョが分からない人向けに少し解説しますが、この漫画でキャラクターが戦闘に使う能力(=スタンド)はいくらか大別されており、代表格としては「近接戦闘型」、「サポート型」、「特殊能力型」みたいなのがあり、「(自動)追跡型」はこれまでにも何度か出てきていて数あるスタンドの中でもやや特殊な特徴を持ちます。具体的にその特徴を挙げると、

・射程距離が無限
・スタンドへの攻撃が本体に伝わらない
・自動で永遠と攻撃し続ける

 と、いったところです。ぶっちゃけて言えばかなり強い部類に入り、使い方によっては一方的にハメ倒すことができるためか味方キャラにはほぼ使い手はおらず、敵役にしか使われません(でもって必ず攻略される)。
 そんな追跡型のスタンドですが、私が把握する限り第8部だけでもうこんなにも登場しています、

・虹村京(ボーン・ディス・ウェイ)
・大年寺山愛唱(ドゥービー・ワゥ!)
・15巻に出てくる新手のスタンド使い

 このほかにも、こちらは射程距離は限られているものの八木山夜露(アイ・アム・ア・ロック)の能力も追跡型に近いような気が私にはします。

 はっきり言えば、能力や攻撃方法がどれも似通っていて、展開がワンパターンです。大体どれも「知らないうちに敵から攻撃を受けて、自動追跡してくるスタンド能力から逃げつつ、本体の居場所を探し、探し出した本体へ一発食らわせてハイ終了」という展開に終わります。
 これまでも追跡型のスタンドは何度か出てきてはいるものの、これほどまでに頻繁に連続して出てくることはなかったと思います。それが今回の第8部では短い間隔で、それも同じキャラクターに対して同じような攻撃をしてくるので、この最新刊に至ってはデジャビュがひどくなんでまた同じ展開を見せられるのかと不満しか湧いてきませんでした。しかもそこそこ引っ張って、この巻で決着つかないし。

 逆に、と言っては何ですが、このひとつ前に出てきた田最環(ダモさん)という敵キャラはその特徴的な容姿といい、脅迫する際の言葉遣いといい、反則なまでに強力な能力からかなり衝撃を受け、読んでて感銘というか登場中は素直に面白かったです。その後なだけに、今度の新手のスタンド使いにはがっかり感がはげしく、「こんなの出すならダモさん復活させろよ!」とマジで思いました。あまりこういう不平は言うべきかどうか悩むものの、明らかに追跡型に偏っていると感じたため、今回に限っては敢えてこういう記事を書いてみたわけです。
 ……ダモさんマジ復活しねぇかな。

2017年8月17日木曜日

歴史解説記事の裏側

「応仁の乱」よりも前から鎌倉は戦国時代だった
かつて湘南ビーチは合戦の舞台だった!(どちらもJBpress)

 昨日今日とまたJBpressで自分の書いた歴史記事を配信してもらいました。普段中国ネタの記事ばかり書いているのになんで今回歴史ネタなのかというと、先週の安倍内閣改造の記事をそのニュースとしての鮮度を考慮し、定期ペースから一週間繰り上げて掲載してもらったところ、「来週も行ける?」と聞かれて、「密かに準備していたこれなら出せる」といって出したところ使うことになりました。そんな感じで、実はこの記事は7月くらいから準備していた物でした。
 なんで準備していたのかというと、急病や帰省などで記事が出せなかった時の保険として用意していて、歴史ネタなためもし向こうで使えないと言われたらブログに使おうとも考えていました。

 このブログの読者なら私が歴史ネタの記事を書くのに慣れているのはご存知でしょうが、今回戦国時代初期の関東を何故選んだのかというと、ちょっと理由があります。一つは最近応仁の乱ブームでこの時代にスポットが浴びていること、二つ目としては全く手垢がついておらず日本史におけるエアスポットみたいな時代と場所だったからです。
 戦国時代、それも初期の関東は太田道灌を始め面白い武将が数多く登場して戦乱も多分当時としては全国一なくらい激しくて面白い時代ですが、この時代について知識なり理解がある人は極端に少ないでしょう。何故面白い時代のに少ないのかというと理由はごく単純に理解し辛いからで、この時代を学ぼうと興味持った人を悉く挫折させてしまうことはおろか、ある程度理解している人でさえその複雑さから解説にあぐねるような特徴があり、いわば「登り甲斐はあるけど険しすぎるし、説明し辛い山」みたいなもんでした。そうした背景からざっとみたところ誰もまだきちんと解説できてないように思え、「俺の腕ならなんとかなるだろう」という妙な自信と勝算とともに手を付けたわけです。

 真面目に今回の一連の記事は、自分の「複雑な内容をわかりやすく解説する」という職人技が光った記事だと思います。Yahooの記事コメントでもわかりやすいとしてくれる人が存外多く、そこそこ苦労しただけあっていくらか報われました。

 そもそも何故この時代の関東が複雑で理解が難しいのかというと、まずやたらと登場人物が多いのと、その登場人物の名前がみんなに通っているからです。この時代は「偏諱」といって、有力者の名前から一字をみんなもらうため、例えば足利義満の時代であればみんな「満」の字が入ってたりして紛らわしいです。その上、利害関係というか対立構図も複雑で、前まで一緒に戦っていたもの同士が争い合ったり、遠くの同じ苗字の一族が突然出てきたり、挙句には下剋上も起こってもう何が何だかだんだんわからなくなってきます。
 そうした背景から、今回の記事では何よりもまずわかりやすさを追求し、いろいろと小細工を弄しています。

 具体的にはまず焦点を絞りました。前編では鎌倉府の成り立ちと、足利幕府と鎌倉府の対立のみにスポットを当て、本筋と関係ない話はなるべく排除しています。こうした考えから「上杉禅秀の乱」は当時の関東においてそこそこ争乱の規模が大きい事件ではあるものの、本筋からは外れるし理解を妨げる恐れがあることからバッサリカットしました。この判断は間違いなく正しいでしょう。
 次にやった小細工としては、登場人物を極力抑えたことです。一番この時代でやらしいのは上杉家の人物が何度も、多数出てきて、一体どこの上杉さんか途中で分からなくなってしまうところがあります。そこで前編、後編ともに登場する上杉さんは原則一人に抑え、後編では当初は享徳の乱まで入って解説しようかと思いましたが、そしたら上杉さんを量産せざるを得なくなるため、本筋をあくまで「足利成氏の生い立ちとその立場」に据え、享徳の乱直前でストップをかけました。当初は意識してませんでしたが、成氏についてその存在を強調したので今後においてイメージを植えるのには役立つ気がします。

 それこそ、文字数の制限がなければいくらでも詳しく書ける時代ではありますが、詳しく書けばわかりやすくなるかといったらそうではありません。割とこの辺、歴史マニアが良くやらかすのですが、自分はわかっているからといって詳細に書いてしまうと初心者があまりついてこれず、誰も得しない解説記事になってしまいがちです。かといって短くまとめてしまって内容が薄くなってしまえば元も子もありません。
 突き詰めれば解説記事は「内容の深さ」と「文章の簡潔さ」のバランスをいかにうまく取れるかが重要であり、このバランスをいい方向へ誘導させるのが上記に挙げた「焦点を絞る」という作業だと思います。文章全体で中心線を常に意識して書き、場合によっては余計なものは排除するというのが重要となってくるわけです。その上で、簡潔にとはいっても結果だけを羅列するのではなく、何故その結果に至ったのかという過程をしっかり捉え因果関係を強く明示するのもテクニックでしょう。

 以前にも何度も自慢していますが、こういう複雑で難しい内容を解説するのを私は得意としており、内容が複雑であればあるほど真価を発揮するライターだと考えています。ただ今回の記事について友人は、「とても上海在住の人間が書く内容とは思えない」といってて、ちょっと前にも書いた通り脈絡のなさでも自分はライターとして無駄に高い位置にいる気がします。

2017年8月16日水曜日

ガンダムブレイカーの使用機体

 昨日の記事で散々疲れたしんどいと言いながら、ブログ書いた後はまたゲームして遊んでました。先ほど友人にも、「今日はもうすぐ休むの?」と聞かれましたが、「いや、ブログ書いてゲームする」といったら向こう黙ってしまいました。
 そんな私が今遊んでるのは「ガンダムブレイカー3」ですが、つい昨日に噂には聞いていたあるイベントシーンをようやく拝めました。そのシーンというのもウイルスに感染したロボットがヒロインを煽る場面で、

ロボット「アップルパイにはリンゴが入ってるけど、ペチャパイには何が入ってるの?」
ヒロイン(#;Д;)<何も入ってねーよ!!」(ガチ絶叫)

 見ていてマジ凄い煽り方だなと感心しました。

 そんなガンダムブレイカーですが、このゲームはガンダムに出てくるモビルスーツのパーツを自由に組み合わせて戦うゲームで、私が現在使用している機体の期待名、組み合わせは以下の通りです。

機体名:セカンドV
頭部、胴体、アーム部:Vガンダム
バックパック:V2ガンダム
脚部:V2アサルトガンダム
シールド:ビームシールド
武器:その日の気分によって

 見てわかる通り、V(ビクトリー)ガンダムをベースにして作ってます。知ってる人には早いですが「セカンドV」というのは原作の「Vガンダム」のアニメには出てこず、小説版にしか出てこない機体で、アニメ版では後半の主役機に当たる「V2ガンダム」の役割を果たしています。
 こんな機体名と構成にしたのはそこそこVガンダムが好きなのと、映像には出てこなかった機体を敢えてゲーム上で再現しようと考えたからです。もっとも本来のセカンドVならバックパックにV2ガンダムのいわゆる「光の翼」だけでなくメガビーム砲などもの兵装ついているのですが、ごてごてしたのは嫌いなのでシンプルに「光の翼」だけの外観にしました。
 あと脚部をV2アサルト版にしたのは、推力的に考えたらこの構成だと脚部がもっと強化されていて然るべきだと思ったためです。まぁ戦略的にもこのパーツなら副武装にヴェスバーが使えるようになるので、そうした戦闘でのメリット面も考慮してのことですが。

 なおなんでVガンダムが好きなのかというと、外観的にとにかくシンプルな機体だからです。配色もこれでもかというくらいシンプルで、見方によっては初代ガンダムよりもシンプルかと思えます。それでいてこの機体は劇中でもそうですが、兵器として「強さ」は追い求められず、主要パーツが交換、共用できるなど「効率」が徹底的に追及された機体であり、そうした設計思想が自分の価値観にものすごいハマって気に入るようになったわけです。
 大分昔にも書きましたが、無駄な要素を徹底的にそぎ落としシンプルに機能のみを追求した姿にこそ美は宿ると考えており、割とシンプルなデザインを好む傾向があります。自動車でもダイハツのストーリア(初期型)がデザイン的には一番好きですが、改めて考えるとかなり独特な美的感覚を持っているような気がします。

2017年8月15日火曜日

加計学園系列大学の偏差値

 今日はまだ元気ですが最近くそ忙しくて目が回ってます。っていうか中国で働くようになってから8月にやたらと休みを取る日本人が休み過ぎなように見えてなりません。ブログの更新がこのところ滞っているのは単純に疲れているのと、明日明後日JBpressで配信する記事の準備で忙しかったからですが、真面目に誰か自分と同じような生活をやってみて、自分がどれだけ馬鹿みたいに記事書いて疲労しているかを理解してもらいたいものです。
 ってわけで本題ですが、結論から言えばやっぱ加計学園はまずいなぁというのが私の本音です。

 ここしばらくノンフィクション本を読み漁って手を付けてこなかった文芸春秋を久々に買ったところ今回の加計学園について報じられていて、ネットニュースだけじゃいまいち理解していなかった事実というか構造がようやく理解できました。箇条書きで示すと以下の通りです。

・獣医学部を設置しようとしているのは加計学園系列の岡山理科大
・キャンパスはもちろん特区を設置する愛媛県今治市で、岡山理科大からすればリモートキャンパスとなる
・特区設置を図る今治市、獣医学部設置を図る岡山理科大の二つの思惑

 まず今治市について少し書くと、文芸春秋の記事によれば新しく特区法ができたから当時の記事が何かしら申請しようと考え、最初は造船所があったかあ海事特区みたいなのを案として出したら「ふざけるな!」と返され、ならニーズを考え獣医学部も置ける獣医特区で出そうとしたのがきっかけだそうです。この時2007年で、当時の市長によると報道では獣医特区を出して賛同する学校法人を募集したところ加計学園しか名乗らなかったと言われてますが、実際は募集を出す前に加計学園の方から「うちにやらせてくれ」と自ら売り込んできたそうです。

 そして加計学園理事長の加計孝太郎氏と接触した今治市職員によると、ものすごい酒飲む人で、なんていうか商魂たくましそうな人で金の話ばかりされたそうです。なんとなくですが、この辺読んでてもう一つの学園理事長が浮かんできました。ネットの情報によると安倍総理とは米国留学中に出会った頃からの仲で、まぁマブダチなんでしょう。

 私が今回何故加計学園ではまずいと思ったのかというと、率直に言ってこの学校法人、ひいては加計理事長に対し教育熱心であるとは思えず、完全にビジネスとして大学を経営し、今回の話にも噛んできたと思うからです。というのも加計学園には前科があり、千葉県銚子市に設置された千葉科学大学がやばい大学なんだなということを知ったからです。
 書いててなんか辛くてもうやめたいですが、頑張って最後まで書こう( ^ω^)・・・

千葉科学大学(Wikipedia)

 千葉科学大学は2004年に開校した大学で、運営はみんなお馴染みの学校法人加計学園です。この大学の何が問題なのかというとまず設立段階でキャンパスに使う土地の八割が銚子市から無償で譲渡され、さらに約92.15億円の助成金が加計学園に振り込まれました。当時からこの出費はその効果を疑問視した市民から反発されたこともあり助成金額は一部減額され約77.5億円になりましたが、銚子市が見込んだ経済効果は年間約69億円だったのに対し、実際は年間約23億円にとどまり捕らぬ狸の皮算用となったそうです。
 普通、経済効果って多めに見積もられることが多いのですがそれでも想定の半分以下って当時の銚子市の議員や市長はどれだけ質が低いんだと呆れる以外他ありませんが、それ以上に注目したのはこれです。

千葉科学大偏差値一覧(大学偏差値.biz)

 上記リンク先は千葉科学大学の偏差値一覧で、見てもらえばわかる通り偏差値40のEランクの看護学部を除きすべて堂々のFランクで、偏差値30台が主となっていてどこも定員割れしていると思われます。実際、文部科学省からも千葉科学大については、「大学レベルとは思えない低レベルな講義が展開されている」という調査報告書が出されており、また今年3月に行われた薬剤師国家試験の合格率は国立大が84.38%、私大が70.64%だったのに対し、千葉科学大薬学部は48.62%という驚異の数値を叩き出しています。

岡山理科大学偏差値一覧
倉敷芸術科大学偏差値一覧(どちらも大学偏差値.biz)

 となると気になるのは残りの加計学園系列の大学偏差値です。岡山理科大はさすがに本拠地なだけあって生物地球学部こそ50前後ですが、その下を見るとまた30台のFランクとされる学部がずらりと並んでおり、ぶっちゃけその存在価値を疑います。倉敷芸術科大学に至っては夢のオールFランクで、もはや大学単体というより学校法人まるごと取り潰した方がいいのではとはっきり思いました。言うまでもなくこんな大学にも助成金は毎年振り込まれており、銚子市に至っては何十億円を供出してFランク大学を誘致したのだと思うといろんな思いがこみ上げてきます。

 敢えてこの記事では獣医学部設置認可の手続き問題には触れず加計学園の大学運営だけに焦点を絞って書いていますが、種々のエピソードから察するに加計学園に至っては教育よりもビジネスとして大学を経営しているとしか思えず、且つその経営している大学の現状が上記のように惨憺たる有様であることから、こんなところが新たに獣医学部を設置するという行為について不安しか覚えません。
 そんなんだったらこの際、手続き上の疑惑もあることだしもっと別の、まともな学校法人に今治来てもらって獣医学部設置させた方がいいのではと私は思います。まぁそれだったら、既存の獣医学部がある大学に助成金入れて定員増やさせる方が確実ですが。っていうか底辺ランク大学については統廃合なり、助成金支給停止などをやってもっと教育資本を有効かつ効率的に集中させるべきだと思います日本は。

 あーしんど。ってわけでゲームして寝ます。

2017年8月12日土曜日

源氏方に与した平家武将

 この前の記事に続きというわけではありませんが、源氏でありながら平家武将と一緒に戦った源頼政がいたように、平家でありながら源氏方に与した武将もまたいます。その名も平頼盛といい、「頼朝」の「頼」という字がついているだけに名前からして源氏方っぽい武将です。

平頼盛(Wikipedia)

<清盛の弟>
 平頼盛とは誰かというと、平清盛の年の離れた異母弟です。その年齢差は15歳も離れており、清盛の長男である重盛の方が頼盛より5歳下でほぼ同年代という有様でした。そうした状況もあってか清盛が平家の棟梁として着々と権力を固めていくとその両脇を重盛と頼盛が支えるような立場となり、両者は官位昇進でもほぼ同時期になるなど「平家のナンバー3」としての役割を果たします。
 そんな頼盛が最も活躍したのは平治の乱で、平家物語上の記述ではありますが重盛とともに平家軍の大将として前線で戦い、大いに敵軍を打ち破るなどの活躍が記述されます。こうした記述と後にも軍勢を率いる場面が多く、軍事指揮官として平家内でも一目置かれていたのではないかと思われます。

<清盛からの警戒>
 しかし平治の乱後、重盛を後継者としたい清盛から頼盛は「その地位を脅かすもの」として警戒されたのか、これ以降も順調に官位昇進を果たす重盛に対し頼盛は抑えられ続けました。そうした兄・清盛との隙間風もあってか太宰大仁に任命されると、通常は代理人を現地に送るのが慣例なのにわざわざ頼盛本人が太宰府に赴任するなど距離を置き始めます。
 さらには念願かなって参議に昇進を果たすものの、その一ヶ月後には突然解任された上、軍事指揮権なども取り上げられます。表向きは役目を果たさず後白河法皇の怒りを買ったとされていますが、重盛へのレールを引く清盛の意向が左右したとも言われ、私もこの説を支持します。

 こうして一旦は頼盛を排除しようとした清盛でしたが、やはりその地位と立場、そして実力を買っていたのか、またすぐに頼盛を現場に復帰させ政務を行わせています。この政界復帰には頼盛の妻が昔仕えていた八条院(暲子内親王、鳥羽天皇の娘)との結びつきがうまく作用したとされ、この関係は後々にも頼盛の立場を大いに助けています。

<清盛からの更なる警戒>
 平家の春が謳歌されていたころ、平氏打倒の謀議こと「鹿ケ谷の陰謀」が発覚して関係者一同が処分されるのですが、この謀議に頼盛も加わっていたのではないかと清盛は疑い、政界復帰をさせていながらまたも頼盛へプレッシャーをかけていきます。一時は「頼盛追討の兵が興された」という噂まで出たそうですが、これほどまでに頼盛が疑われていた背景には彼が平氏一門より八条院、ひいては後白河法皇との関係の方が強く、あっち側につくのではないかと警戒されていたためだと言われます。
 そのため、八条院に支援を受けて挙兵したことがほぼ確実視されていた以仁王の挙兵でも、裏切りがないかを証明させるために頼盛は追討軍の大将に指名されています。もっともこちらでは頼盛は淡々と仕事をこなしてかわしてはいましたが。

<まさかの前線置き去り>
 以仁王の挙兵以降、源頼朝を始め各地で反平氏の兵が興る中、清盛が突如病死してその後継には清盛の息子であり、先に病死した重盛の弟にあたる宗盛が継ぎます。大黒柱の清盛の逝去は平家側にとっては大きな打撃となりその後の源氏との戦いでも敗戦が続き、源義仲の軍勢が京都に近づく中、頼盛は京都山科に陣取って京都防衛の最前線を守るよう命令されます。
 しかしこの命令に従って頼盛が山科に陣取るや、なんと宗盛らは平氏の都落ちを決め、六原の邸宅に火を放って続々と京都を離れて行ってしまいました。これに慌てた頼盛は洛中に使者を送って事の子細を宗盛に尋ねるも要領は得られず、結果的には戦場に置き去りにされる仕打ちを受けます。

 この後頼盛は他の平家一門を追って西国へ落ち延びることはせず、むしろ彼らと離れるような形で単独行動をとるようになり洛中にて身を潜めます。この頼盛の行動について当時の日記などからは非難するような声はほとんどなかったようで、むしろ「彼がこうするのも当然」という形で同情視されていたとのことです。
 また京都で隠遁中はまた後白河法皇や八条院から支援があり匿われたとされますが、そうまでして京都に残った判断はその後すぐに生きてきます。

<頼朝からのスカウト>
 源義仲が京都を占領する中、頼盛は密かに頼朝と連絡を取り合い当時の京都の状況について細かく報告していました。特に頼盛からの「京都周辺は不作で兵糧難」という報告が頼朝自身の上洛を中止し、代わりに義経が派遣される判断の上で大きく影響したとされます。
 それほどまでに頻繁に連絡を取り合っただけでなく、なんと頼盛自身が息子ともどもわざわざ鎌倉くんだりまで行ってきて頼朝とも直接対面まで果たしています。頼朝もまた頼盛をこれ以上ないくらいの勢いで激しくもてなしたとされ、源氏と平氏でありながら仲良くやっていたそうです。

 何故頼朝が頼盛を厚遇したのかというと、彼が持つ後白河法皇周辺の人脈とパイプに期待していたとされ、実際にこれ以降の頼盛の活動や頼朝の京都工作において大いに貢献します。それに応える形で頼朝も頼盛の所領を安堵するなど、Win-Winの関係を築いていたと言えるでしょう。

<壇ノ浦後も生き残った平氏>
 その後、1185年に平氏は滅亡しますが、頼盛は生き残り続けました。彼がどのような気持ちで平家の滅亡を眺めたかについては特に記録は見当たりませんが、一方で彼が源氏の側で活動していたことについて非難するような声も見当たらず、私としてもこんな立場ならと同情する気持ちの方が大きいです。
 頼盛自身はその翌年の1186年に自宅で病死していますが、源氏方として平家の滅亡を眺めたという意味でこの人物は面白いと思い、今回紹介することとしました。

2017年8月8日火曜日

ジョジョ3部から4部へのリアルタイムでの移行

「ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章」70点(100点満点中)(超映画批評)

 上記は「また漫画の実写映画化よ!」と方々で言われている「ジョジョの奇妙な冒険」の映画に対する前田有一氏の批評記事です。「言われているほどひどくはないし見られるところも多い」というのが大まかな内容ですが、個人的に気になったのは末尾近くの以下の箇所です。

「私は週刊少年ジャンプ連載中のジョジョをリアルタイムで第一部から読んでいた、年季の入ったジョジョ読者であるが、ファンには申し訳ないのだが第四部についてそれほど高く評価はしていない。

 あの当時毎週読んでいた人なら同意してくれると思うが、ジョナサンの物語から始まるDIOとの因縁に決着がつく第三部の最終盤の展開のハイテンションたるや、本当にすさまじいものがあったのである。

 それはまさにページをめくる手が震えるような緊張感と衝撃の連続で、とくにヴァニラ・アイス戦以降はもう毎日ジョジョのことしか考えられない、そんな状況であった。

 だからあの、パーフェクトなエンディングのあとにやってきた第四部のテンションの低さには、たとえ吉良戦にいたっても没頭するまでには至らなかったのである。」

 この前田氏の言葉には私も深く同感します。私もちょうど第三部の終盤からジョジョを読み始め、そのまま第四部もリアルタイムで雑誌にて読み続けた世代ですが、第四部を読んでいたころは第三部と比べるとスケールダウンした話という印象を強く持っていました。そう思うほど、恐らく現在でも最も人気が高いであろう第三部のインパクトが強かったのです。

 当時の記憶を遡ると、最後の最後までその姿が影に包まれ現わされなかったラスボスのディオの迫力は凄まじく、またそのディオ戦直前におけるヴァニラ・アイス戦の激しい攻防と打倒される仲間達の姿には子供心に打ち震えるような感動がありました。
 そしてようやくベールが剥がされその姿を見せたディオですが、その圧倒的強さから、「どうやってこんなの勝てるの?」と当時真面目に思いました。案の定というか次々と仲間が倒され、主人公の丈太郎も同じ「時を止める」能力を身につけ抵抗を見せるものの全く歯が立たず、万事休すと誰もが思ったその瞬間にあの「俺が止めた」のセリフに始まる逆転劇は前田氏だけでなく自分も指が震えました。

 そんな激戦を見せられた後、日常、それもエジプトでなく日本の街中を舞台にした第四部はスケールといい戦闘といい、なんていうか物凄い物足りなさを感じました。唯一面白いと思ったのは漫画家の岸部露伴が出てくるところで、現在では当たり前ですが当時としては漫画の中に漫画家のキャラクターが出てくるのが珍しかったのもあって岸部露伴が出てきた辺りから少しは見直すようになりました。
 とはいえ第四部の連載中、ひいては第五部の連載中にあっても私の中では第三部が「至高にして究極のジョジョ」であり続けました。そして現在、第八部まで続くジョジョのエピソードでランクをつけるとしたらトップは第七部になりましたが、第二位はなんと第四部が来るようになっています。

 連載当時でこそ第三部と比較して物足りなさを感じた第四部でしたが、年月が経ち改めて読み直すとオムニバス形式の話が続く中で徐々に「おかしくなっていく日常の真相」が見えていく展開と、岸部露伴に限らずラスボスの吉良吉影をはじめとする各キャラクターがものすごい魅力を持つことに気が付くようになり、最高評価でこそ「ありがとう、ジャイロ」から続く怒涛のラストバトルが展開する第七部となりますが、それを除くとしたらこの第四部が私は一番好きで、特にラストシーン近くのある別れのシーンを見るたびにリアルで泣き出し、今こうして書いている最中も涙腺が緩んできます。
 こういう風に思うだに、自分の加齢によって見方が変わったのかと思うのと、年月を経てから価値が見えてくる作品なのだなとこの第四部については思います。特に吉良吉影の、「植物の心のように穏やかな生活を送りたい」という願望が年とともに深く胸に突き刺さるようになってきました。そう思うと作者の荒木氏は、あの激しい展開の第三部の後によくもこの第四部を描いたものだと改めて驚嘆します。

 最後、蛇足かもしれませんが最近「読者、視聴者が思い通りの展開でないと批判される」というクリエーター側の愚痴が波紋を広げていますが、私に言わせればこれは甘えに過ぎません。どんな展開が評価されるのか一言でいえば、「予想を超えた展開」こそが最も評価されるのであって、ある程度先が読まれる展開になってる時点でそれはもう駄作です。
 そういう意味でジョジョの展開はまさしく読者の予想を遥かに超えた、先が見えない展開が非常に多く、だからこそこの作品評価されているのだと思います。

平家側に与した源氏武将

何故保存したのかわからない画像第三段

 先日の記事で明智光秀が裏切った理由を三つ上げられないようでは歴女として認めないと私は書きましたが、もし仮に「げんさんみにゅうどう」と私が言ったら即、「頼政!」と言える人であればその実力を認めざるを得ません。といってもそんな人、男女問わず見たことないけど。

源頼政(Wikipedia)

 先の「げんさんみにゅうどう」とは漢字で書くと「源三位入道」となり、この言葉が指す人物とは上記の源頼政です。何故このような異名が付いたのかというと、「源氏で従三位の官位に就いたおじいちゃん」だったからです。この人がどんな人物だったかというと、源氏で唯一平家側に就いたとされる人物です。正確には多分違うでしょうが。

 源氏と平家と言ったら和田アキ子と小林幸子並みに因縁の相手同士であることは日本の常識で、中国でいえば「呉越同舟」の呉と越並に仲の悪い同士に取られがちです。しかし源氏も平家も実際は分家がたくさんあり、中には相手方に協力した武将も少なくないのですが、この源頼政はその中でも際立った存在であり平家側で活躍した源氏の第一人者であることには間違いありません。
 一般に源氏と呼ばれるのは頼朝、義経の家系に当たる「河内源氏」です。これに対し頼政は「摂津源氏」の家系で、この家系には「平安朝のゴーストバスター」であり土蜘蛛や酒呑童子とも戦ったとされる源頼光も含まれていて、恐らくそうした縁からか後年の講談では頼政も鵺退治を行ったという逸話が作られています。

 この摂津源氏というか頼光についてですが、鬼退治のエピソードもあるからさぞや武辺者だろうとみられているものの、実際には武家でありながら摂関家をはじめとする貴族らにべったりとくっつき、特に藤原道長については腰巾着も同然だったようです。ただその甲斐あって武家でありながら貴族高家とも交流のある一族で、そうした背景もあって頼政も天皇家との結びつきも強く、その延長から源氏ではなく平家、言い換えれば平清盛についたところもあるでしょう。

 頼政が歴史の表舞台に出てくるのは言うまでもなく保元・平治の乱で、天皇家や摂関家の主導権争いの中でどちらも勝者の側につき、特に後ろの平治の乱では頼朝の父である源義朝にではなく平清盛につき、戦後処理でも高く評価されたことからも相当活躍したものとみられます。
 平治の乱を経て平家が我が世の春を謳歌した時代も頼政は重用され続け、実質この時代においては源氏の中で最大の出世頭であったことから源氏長者にあったと言ってもいいかもしれません。官位も武家としては異例の従三位まで上り詰め、任命時は「ありえへん」などと当時の帰属の日記にまで書かれています。

 そんな頼政ですが、彼を有名たらしめているのは間違いなく平家物語の活躍でしょう。というのも頼政は従三位に昇進させるほど重用した清盛を裏切り、所謂「以仁王の反乱」に与して平家打倒の最初の反乱を起こした人物でもあります。

 平家政権で唯一と言っていいほど源氏で重用された頼政が何故裏切ったのか。理由について平家物語では清盛の馬鹿息子と言われ放題な平宗盛が頼政の息子に対し嫌がらせをした上に激しく罵倒したため、既に70を超える老齢でありながら息子の恥を雪がんと以仁王に対して積極的に働きかけ、反乱を起こしたと書かれてあります。
 ただこの理由は平家物語の創作と言われ、史実としてはやや疑問視されています。かといってほかに明確な反乱理由が記録されているわけではなく、明智光秀同様に裏切りの理由がはっきりしません。

 私の推測を述べるとすれば、頼政は源氏や武士以前に天皇家など貴族社会との結びつきが強く、清盛が孫の安徳天皇を即位させたことに対し、鳥羽天皇以来の直系こそが皇位を継ぐべきだと思い反感を覚えたことから、その系譜に当たる以仁王と手を組んだのではないかと思います。こうした「鳥羽直系」を主張する人物は当時の逸話を見ていると結構多かったように見えるし。

 ただこうして起こされた頼政の反乱ですが、実際に事を起こす前に清盛側に以仁王の謀議が感知され、当初は頼政もこの謀議に加わっているとは思われていなかったことから以仁王討伐隊に指名されます。この清盛からの命令に対し頼政は自邸を焼いた上で一族郎党を率いて以仁王と合流し、明確に反旗を翻します。
 しかしこの時期は腐っても平家、というよりまだ清盛が存命していたこともあり、改めて差し向けられた平家の軍勢に頼政軍は敗退し、頼政自身も御年77歳で戦場に立ちながらも息子らが次々と打たれ、本人も最終的に敗死してしまいます。しかしこの反乱を受けて各地で頼朝を含め平家打倒の兵が次々と立ち、中国でいえば「陳勝・呉広の乱」みたいな意味合いでその歴史的価値は非常に高いと言えるでしょう。

 といったのが頼政の一連の流れですが、平家物語を読んでいれば最初のげんさんみにゅうどうとは誰かと聞けばほぼわかるはずなので、あの質問で平家物語を扱った経験も一緒に確認できるというわけです。まぁ言うほど、私も古典はそんな強くはないのですがね。

2017年8月7日月曜日

経営者の質こそ日本の課題?

何故保存したのかよくわからない画像第二段

 知り合いに自家用車を決める際に何が決め手になるかと聞いたら、「ディーラ店員のイケメン度(母ちゃん基準)」と言われ、「そうか、そんな選び方もあったんだ」と妙に感心しました。

 話は本題に入りますが以前に「正常な判断の利かない経営者」という記事を私は書きましたが、そこそこアクセスが伸びているのと、書き終えてから私もやはりこの問題は根深いと思うようになり、そもそも日本経済の一番の癌は雇用慣行や過重労働とか以前にこれに尽きるんじゃないかなと最近思えてきました。言い換えれば経営者の質を高めれば日本経済は復興するかもという期待です。

 このように思う根拠としてはこのところの大企業の業績低迷はその大半が明らかに経営者の判断ミスにあり、もし経営者がまともであればそもそも何も問題がなかったと言えるものばかりだからです。それともう一つ大きいこととして、かねてから私の持論ですが「日本人は外国人に支配(マネジメント)された方が効率いい」というものがあり、実例としては自動車の日産……と言いたいところですが自動車での一番の成功例は実はマツダで、フォードから社長が来ていた時は最悪期から見事に脱しています。
 ついでに言えば今のシャープもある意味そうで、戦時中もそうですが一般兵は優秀ながらも弛緩が無能すぎるせいで米軍からも、「日本の将官こそ最大の味方だ」と言われたのもあながち間違いではありません。悲しい加奈子の現況は未だに続いており、企業経営者の質でいえば断言してもいいですが欧米はもとより中国や韓国にすら日本は劣っています。

 じゃあどうすればいいかですが、プロ経営者と呼べるのは意外と昭和期には多かったものの現代だと稲森和夫氏くらいしかビッグネームだとおらず、あと批判は多いものの個人的に私は評価している原田泳幸氏くらいです。そうした狭い選択肢の中から選ぶくらいならこの際外国から優秀な経営者を引っ張ってきた方がいいとすら思えるのですが、大手はともかく中小企業でそんなことはできないものの、実態としては中小企業ほど働かない年寄りが一番給与が高かったり、何故か頑張っている社員が陰口叩かれたりするほどマネジメントがおかしくこの方面の改革が必要だったりします。
 となればどうするかですが、第一にやることは見える化で、経営判断力の指標というか評価をもっと世間一般で議論すべきで、まともな人間とトチ狂った人間を比較し合うことです。日本だとどんな会社がブラックかそうでないかで議論することが多いですが、会社名ではなく経営者の名前でもっと議論すべきで、そうした情報をもっと共有するべきでしょう。

 その次に経営者の質を高める努力を国を挙げてやるべきで、優秀な経営者の表彰はもとより、頭のおかしい経営者というか違反例のある会社ではなく違反を行った経営者の名前を堂々と公開し、社会から排除するかにもっと力を入れるべきです。
 繰り返しになりますが会社名ではなく経営者の名前でもっと社会は判断するべきで、それこそ必要であれば社員がダメな経営者を排除できるような制度なり慣例を設けることも必要だと思います。日本人従業員が果たして本当に優秀かどうかは私にはわかりませんが、日本人経営者は平均的に無能であることは確実だと思うので、この辺にしっかりとメスを入れることが何よりも重要となってくでしょう。

2017年8月5日土曜日

特養によって介護市場は歪む?


 自分が何故保存してしまったのか理解に苦しむ画像第一弾。こうしてみると結構モデルチェンジしてるんだなこの人。

実質賃金、3カ月ぶり減少=6月の毎月勤労統計(ロイター)
『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』:書評と考察(富士通総研)

 昨日出た上の記事について後追いしようと下のリンク先を見せましたが、書いてる人は結構なお年なのに割とポップな文章書いてて読みやすかったです。本題とはずれますが、前の記事でも書いたように有効求人倍率が向上してるし景気は良くなってるなどと主張して私の記事を批判した連中は、この賃金動向を頭に入れてるのかとガチで疑問です。真面目にこのトピックこそが今一番議論すべき内容で、将来的に「雇用のミスマッチ」で糊塗されるでしょうが、現実の問題点はそこにはありません。敢えてぼかした言い方するなら、透明人間の問題でしょう。

 ここでようやく話は本題ですが、下の富士通総研の記事の中で労働集約型産業として介護業界が挙げられ、社会的需要も高く成長の期待できる業界でありながらも賃金は伸び悩んでいる元所を指摘し、労働生産性の向上が求められてるようなことが書かれてあります。
 書いてある内容はまさにその通りで至極まっとうな意見なのですが、ふとこの記述を見て、「そもそも介護市場がおかしな状態になっているのは、特養が根本的原因では?」と、思った瞬間とんでもないことを考えると冷や汗かきました。自分が何を考えたのか想像つく人はこれより先を読む必要はありません。

 説明するまでもなく日本の介護市場はいわゆる二極化が問題で、高級老人ホームと費用の安い公的な特別養護老人ホーム(特養)に需要が集中し、一番ボリュームゾーンがあるミドルクラスの市営老人ホームが伸び悩むという状態が長年続いています。逆に特養に関しては応募が集中しすぎて、入所できる空きを待つ時間が昇天してしまうくらいに長いなどと笑えない事態にも陥っているのですが、何故それほど応募が集中するのかというと単純に費用が安いからで、私営老人ホームに入れるほど余裕のない家庭も多いことから最後の一手とばかりに頼られているわけです。
 でもって何故特養の費用が安いかって、言うまでもなく公的施設であることから税金が投入されているからです。

 私が何を言いたいのかというと、特養の存在自体が介護市場を歪ませているからこの市場がおかしくなっている、といったところです。普通に考えて特養の料金体系は明らかに市場適正価格を逸脱したもので、また入所希望者が殺到するなど社会の需要を吸収しすぎている点も指摘できます。仮に特養が存在せず私営老人ホームしかなかったら、まぁどうなるかっていうところですが普通に彼らとしては助かるでしょうし、場合によっては事業拡大に乗り出すかもしれません。
 もしかしたらこの見方は介護業界従事者の間では当たり前かも知れませんが、自分は今回初めて気が付きました。市場という観点から特養を見るとその存在は歪以外の何物でもなく、こうした施設が存在していればそりゃ普通の経営者はやっていくにも障害が多いでしょう。となるとどうすればいいのかですが、単純に是正するためには道は二つあり、特養をすべてぶっ潰すか、私営老人ホームにも特養並の税金を投入するか、ここに行きつくのではないでしょうか。もちろんどっちもできるわけありませんが。

 何もこの問題に限るわけじゃないですが、最近の日本人の経済分野の意見や議論を見ていると、こうした市場単位でみる視点というのが不気味なくらいかけているような気がしてなりません。そもそも統計データなんてほとんど見ないし言わないし取り上げないし、景気がいいか悪いかを含めた経済分析をすべて個人消費だけに着目して語ろうとするように見え、なんていうか金の流れを排水口しかみていないように私には見えます。
 冒頭の求人倍率と賃金の関係性についても言及する人が少ないのではと思っていましたが、調べてみたら富士通総研を始めいくつかのシンクタンクや、富士通総研が引用した慶応大教授の本などまだこちらについては見ている人がいて少しホッとしました。

2017年8月3日木曜日

安倍内閣改造について

 今思うと7月は普通に毎日最低気温が30度、最高気温が40度超す日が連日続いていたので自律神経がやられたのかブログ書くのも非常に辛かったです。今週に入ってようやく最低気温が30度切るようになって体力的にも余裕が出てきたのですが、そしたら今度は普段の仕事の負担が大きくなり、っていうか短納期の仕事多すぎです。
 昔にも主張していますが、メーカーを中心に日本が全体でもう少し納期スケジュールに余裕を持てば、経済効率は下がるどころか上がると真面目に思います。ちなみに以前、電機大手(かつて)に勤めていた友人が「日本を支えているのは僕らメーカーだ」と言ったのに対し、「お前らが下請けいじめまくっているから日本の総幸福度は下がってるんだよ!」とマジ切れしたことがあります。

 さて本題ですがまだ完全に体力が戻ってないので余計な前置きは差っ引き、今回の改造安倍内閣について思ったことをつらつら述べると、なんで日本のメディアはこうした視点が持てないのかが気になりました。結論から言えば今更改造したところで支持率なんて上がるわけじゃないのだし、だったら初めから改造なんてせず、稲田元防衛相だけ更迭して一人誰かを入閣させればよかったように思え、私の見方としては人事内容以前、ここで改造を行ったこと自体が失敗だとか見ています。
 仮に内閣改造を行わなければ岸田氏を閣内に留められてその動きを牽制できた上、内閣改造を今行わないことで将来の切り札としてまだ使えたように思えます。恐らく今回の改造が次期総裁選までの間で最後の改造になると思え、ちょっとカード切るの早過ぎるんじゃないかという気がします。

 その上でもしどうしても改造がやりたかったというのなら、やはり人事構成をもっと考えるべきでしょう。本人は今回の内閣を「仕事人内閣」と称していますが仕事人とは程遠い野田聖子を入れておきながら何をか言わんやです。でもってなぜ野田聖子を入れたのかというと、ほかに女性閣僚に使えそうな人間が誰もおらず、女性を入れて女性票を狙うという腹積もりだと思いますがむしろ減るだろこの人だと。
 またほかでも指摘されている通りにロートルが多いのとあまり積極的に政策提言せず目立たない議員の入閣が多いように思え、サプライズがないにしてもなさすぎる陣容です。これでは支持率が上がるどころか追い詰められてカードを切ったようにしか見えないことから、多分次回の世論調査ではさらに支持率が低下すると予想します。というのも、受け皿が徐々に準備進めてきてるし。

 もし本気で改造で支持率回復を狙うのだったら、やはりある程度サプライズを入れるというか注目されている人の人事を動かすべきだったでしょう。具体的には小泉進次郎氏で、今回筆頭副幹事長にはなっていますが、筆頭なのに何故か二人いるあたり安倍首相はなめているでしょう。どうせやるなら、依然と比べ権力も落ちた役職なのだしここで幹事長に持ってくるべきだったと私は思います。
 同じく幹事長候補としては頭を下げてでも石破氏に来てもらうべきだったと思います。確執から内閣入りは難しくとも党役職であればまだ目はありそうだし、一番理想はまた防衛大臣やってもらうことでしたが、何かしら石破氏との友好アピールすることが大きなサプライズになったし次の総裁を狙う石破氏にも悪くない話だったんじゃないかなぁという気がします。

 最後に本気で安倍首相が支持率回復を狙うのであれば、今一番いい手段は次期総裁選の不出馬を宣言することだと私には思います。いうなれば総理職からの引退時期を区切ることであり、これを宣言されれば最後の花道というか同情票も沸くし、党内も次期総裁選を考慮して成果を出すため安倍政権への協力を引き出すこともできたのではないかと思います。まぁ本人は三選を狙っているから無理でしょうが、その三選を狙うという行為は私の目から見て、かなり国民の反感を買っているのではと思えてならないのですが、本人はそういうのに気が付いているのか否やというのが今回の感想です。

 っていうかやはり政治記事を書くのは早いです。これ書くの10分くらいで終わりました。

2017年8月2日水曜日

書評「『鬼畜』の家―わが子を殺す親たち―」

 前回に「アホガール」を取り上げて書いておきながら今日はこの内容を書く当たり、いつもながらその記事のまとまりのなさに自分で驚きます。記事ジャンルのまとまりのなさでいえばこのブログは日本一かもしれません。

 さて本題ですが、恐らく「でっちあげ」、「モンスターマザー」などノンフィクション系の本を買いあさっていたことからおすすめに表示されたのだと思いますが、あらすじを読んで興味を持ったことからこの「鬼畜の家」を読むこととしました。内容を簡単に説明すると、実際に幼児を虐待死させた三組の親たちについて、その事件詳細と関係者らに対し取材した内容となっています。正直、書評を書くべきかどうか少し悩んだというか、非常に書きづらい内容です。

 この本の中で紹介されている三件の虐待事例を書き出すと以下の通りです。

1、幼児を室内にテープで目張りするなど監禁し餓死させ、7年間にわたり死体を放置した父親
2、生まれたばかりの赤ん坊を出産直後に殺害し、死体を隠蔽というのを2回やった母親
3、うさぎ用ケージの中に幼児を監禁し、衰弱死した子供を山に埋めた父親と母親

 どれも本当にあったのかと疑いたくなる内容で事件発覚当時はメディアでも大きく報じられていたそうですが、自分にしては珍しくどの事件も記憶にありませんでした。それだけ幼児虐待死の事件が世の中に溢れているというか、今日も一件報じられていましたけど印象に残らないほど日常的なものになってきているのかもしれません。

 さて通常の虐待死関連報道では如何に両親がひどい人間で子供達がかわいそうだったかを軸に報じられることが多いのですが、この「鬼畜の家」ではいい意味で視点がやや異なっているというか、偏見なく事件や虐待をした親を平等に見ており、取材して得た事実を淡々と書き綴っています。その上で作者の石井光太氏は、どの事件の親も子供のことを真剣にかわいがっていた、そして異常なまでに幼稚だったという点が強調されています。
 虐待事件というと私もそうでしたが、ややもすると虐待を行った親たちは残虐な性格で、それこそ子供のことを児童手当の金づるみたいにしか考えていない奴らだと思いがちですが、石井氏はそうした点について児童手当はすべて特定人物に巻き上げられていたことなどを根拠に否定し、信じ難いことだが彼らなりに子供を愛そうとしていたということを何度も書いています。では何故かわいがっていた子供を自ら虐待死に至らしめたのかというと、それはひとえに彼らが幼稚な性格だったということが何よりも原因だとして、そのような幼稚な性格に至った背景についても、具体的には親たちの幼児期の家庭環境などを挙げつつ説明しています。

 仮に作者が取材した内容が本当に事実だとすれば、私はこうした石井氏の主張を信じます。それだけこの本で取り上げられている取材内容は説得力があり、また石井氏の丹念な取材努力には頭が下がるというか、読んでいて「よくこんな所に取材に行ったな」と思うような描写も書かれてあります。その丹念に行われた取材では虐待を行った親たちの幼少期も辿っており、案の定というか彼らは明らかに一般的な家庭で育ってはおらず、その親たちから常識では考えられない仕打ちを受けながら育ってきたことが書かれてあり、いわゆる虐待を受けた子が長じて虐待をする負の連鎖が存在していることを指摘しています。
 個人的に印象に残ったのは、彼ら虐待を行った親たちは確かに幼少期不幸な家庭環境にはあるものの、普通科の高校を卒業したり、勤務先では真面目でA評定を受けたりなどと、知能的には一般レベルにあると書かれてあったことです。特に勤務態度に関しては1番目、2番目の例などはきわめて真面目で職場での評価も高かったことはもとより、2番目の親に至っては秘密裏に出産、殺害をした前日と翌日も朝から晩までファミレスなどのバイトに出勤しているなど、どうしてこんな人がこんなことをと読んでて目を疑いました。

 ただ、既に上にも書いている通り知能的にはまともで且つ勤務態度は真面目でありながら、三例とも虐待を行った親は共通して性格が幼稚で、目の前の状況をただ受け入れるだけで現状を変えようとする努力をほとんど見せないどころか、やることなすこと小学生みたいに場当たり的な行動を取ってしまうほど幼稚であることが書かれてあります。一時期アダルトチルドレンという言葉がありましたが字面から判断すればまさにその典型と思うような人ばかりで、言い方は悪いですが何故こんな幼稚な人たちが知的障碍者とはならないのかとすら私は覚えました。
 それだけにというか、私はこの本を読んでいろいろと分からなくなってしまいました。かつて私はこのブログで虐待対策としては子殺しの親にはもっと厳罰を科すべきだと主張したものの、今現在に至ってはそれは何の解決にも至らないのでないのかという疑念が強くなっています。言い方を変えると、何が間違っていてこのような虐待死事件が起きたのかがわからず、恐らくこの本で紹介されている親たちは「彼らなり」に子供を愛していたと信じ切っており、罪の意識が全くないように思えるからです。そんな人間に厳罰を科したところで反省など起きると思えず、現在進行で虐待を行っている親の抑止力になるとも思えなくなったわけです。
 個人的な推量ですが、恐らく虐待を行って懲役を受けた親が、出所後に再び子供を作って虐待をするという事件が今後起きると思うし、すでに起きているとすら思えます。何故なら子供を愛しているし、虐待について何の呵責もないからです。

 結構だらだらと書いてまとまりがない文章で申し訳ないのですが、この本を読んだ感想として私が伝えたいこととしては、虐待への対策とは一体何なのかがこの本を読むと本当に見えなくなるということです。行政の介入とか引き離しとか事後対策手段はまだ確かに存在するものの、事前対策としての虐待を行わないようにする教育なんてのはハナから無理があるのではと、正直思います。それだけに、虐待をしてしまう人が親になってしまったらもうどうにもならないように思えてしまうわけです。

 通常、書評記事にはAmazonの広告を貼ってますが、この本に関しては読後はほぼ確実にストレスを受けるので今回はありません。自分も読了後は軽い倦怠感を覚えたほどで、その内容の価値の高さ、面白さについては太鼓判を押しますが、真面目に生半可な気持ちでは読むべきではない本なので手に取ろうとする方はその辺をよく考えた上でお取りください。

2017年7月31日月曜日

アホは明るくなきゃダメ

アホガール 1巻(ebook japan)

 試し読みができると友人に教えてもらって上のアドレスの「アホガール」1巻を読みましたが、なかなか楽しめました。内容は文字通り自慢気に「私は掛け算もできないぞ」というアホな高校生の女の子を中心としたドタバタギャグですが、アホの子以外はみんな常識持ったまともな人間で構成されるためメリハリが聞いてて面白いです。
 あとこの漫画を見て思ったこととしては、やっぱアホの子は明るくなきゃダメだということです。どんだけ周りから馬鹿にされても明るささえ失わなければ不思議とかわいく見えてくるので、学力がおっつかないと思ったらとにかくいつどこでも明るく振舞えるようになるよう心掛けるもの手でしょう。

 と、ありきたりなことを書いた上で真面目な話に移ると、アホの子でかわいいと思えるのはある意味女性だけの特権かもしれません。というよりはっきり現実を言えばアホな女の子の方が確実に持てますし、男からはそういう子が求められています。
 有名なのは慶応大の女子学生と、慶応女子の女子学生の比較です。言うまでもなく後者の方がランクは上とされ、私の通ってた大学も女子大が付属していましたが、やはり女子大の方がランクは上でした。理由ははっきりしており、男からしたら自分より学力や偏差値で上回る女の子とは付き合いたくないという感情が少なからずあり、やはりこの方面で一段低い子の方がモテてしまうわけです。

 これが逆ならどうかというか男ならどうか。言うまでもなくアホな男子はモテません。アホなヤンキー男子は思ったことをすぐ口に言う癖があるので逆にモテると聞きますが、出身大学でいえば学力順にランクが組まれ、特に医学部の男子なんか半端ない人気になります。こうなるのはもちろん、女性がそういう風に求めるためというか需要と供給バランスです。
 なので冒頭のアホガールも、アホボーイというタイトルと内容なら全く受けなかったでしょう。そしてそれは世論が反映したものです。っていうかそう考えるとなんか世知辛い気がする。

 なお最近同僚相手に、「歴女って言葉が最近あるけど、男の歴史オタがモテるって話は聞きませんよね」ということをこの前つぶやきました。普通共通の趣味があれば惹かれ合うことは数々の論文で指摘、証明されていますが、歴女と歴史オタが結ばれたなんて話はついぞ一度たりとも聞いたことがありません。
 なんて書きながら思いますが、私が今まで見てきた女性の中で自分が舌を巻くほど歴史の知識や興味が強い人間は一人たりともいません。うちの親父とその従弟(奈良在住)も、奈良県内各所の史跡を回りながら、「嫁さん連れてきても全くこの良さを理解しない」といい、「これだから九州の女は……」と愚痴ってました。まぁ関西女も同じだと思いますが。

 私の実感で述べれば、歴史への興味は相対的に男性が女性を大きく上回る傾向がある気がします。その上で言えば、歴女と名乗る女性は多分水準的にはそれほど高くはないでしょう。先ほどはアホの女の子はモテると言いましたがこと歴史に関しては歴女と名乗るくらいなら相応の知識を私としては持ってもらいたいもので、最低でも本能寺の変における明智光秀の動機候補を3つは挙げてもらわないと私は認めません。ちなみに先ほどの同僚の前で私は即興で8つくらい挙げました。

2017年7月30日日曜日

稲田騒動総括

 書こうか書くまいか少し悩みましたが、メディアがきちんと追及していないようにも感じるため私が感じた稲田元防衛相問題について書いてきます。

 結論から言えば、大臣以前に議員、っていうよりまともな社会人としてもやばい人だったのだなというのが私の見方です。安倍首相に気に入られるようになった靖国神社をやたら持ち上げる発言や、問題となった防衛相を私物化するような発言といい、恐らくこの人はあまり言葉の意味を考えずに口にしてしまう人で、靖国神社を持ち上げるような発言についてもただそれが「ウケがいい」から言っているだけで、実際はその意味や背景についてあまり考えていないのではとすら疑っています。

 続いて日報問題について、先日発表された外部調査報告書によると稲田元防衛相が隠蔽を指示したかどうかについてはわからないとしながらも、防衛省幹部から日報が存在する事が報告されていたという点については「ほぼ間違いない」とされており、稲田元防衛相もこの点についてははっきりと否定しなかったので事実でしょう。これが何を意味するかというと、国会で日報に関する報告は受けていないとした発言は紛れもない虚偽答弁だったことを示しています。
 それ以前にこの人、森友学園問題においても籠池前理事長と会ったことがないと言っておきながら記録が出てくるやあっさり発言をひっくり返すなど、ばれるとわかってる嘘を平気でつくようなところがあります。この一件があったからこそ私は初めから稲田元防衛相の発言は真実性が低いと思ってあまり信じていませんでしたが、日報報告についてこうやって虚偽答弁であることがはっきりと示されておきながら未だ国民に謝罪をせず、「党がこういう時に申し訳ない」などと言い出して一体どっち向いて仕事してるんだと、はっきり言えば殴りたくなりました。誰も言わないから私が言いますが、私は正直この人には早く死んでもらいたいとすら思いますし、死んだところで誰も損しないしむしろ余計な混乱招く人一人減って世の中は少し平和になると思います。

「陸自が情報リーク」の見方 「これではクーデターだ!」 日報問題で文民統制に深刻な懸念(産経新聞)

 日報問題に絡んで上記のような報道も出ていますが、確かに今回の「報告書は実は確認されていた」、「大臣に報告もしていた」といった情報は陸自、それも制服組あたりからリークされたものだと状況的に考えられます。これについて政権寄りの産経新聞は軍が自分らに不都合な大臣をリークによって追い出した、文民統制の危機だなどと書いているわけなのですが、産経は稲田元防衛相にそのまま留任していて欲しかったのでしょうか。だとすれば私は正気を疑います。
 またこのリークについても、仮に内容が事実と異なっていなり本来秘密を守るべきものが世に出たのであれば私も眉をしかめますが、今回出てきた情報、特に戦闘行為が周辺で発生したとする日報は本来公開されるべき情報だと思います。それが何故公開されなかったのかと言えば、はっきり言えば、「隠蔽を指示した」とする証拠はないもののわざわざ虚偽答弁をしてまでその存在を隠そうとした防衛大臣がいたからで、いわば政権側によって秘匿されたと私は考えています。

 一昨年、安保関連法案が通過して軍事機密などの情報の秘匿を行うに当たり安倍首相は「必要な情報は必ず公開する」としていましたが、現実にはそれが今回守られていなかったとこれまた私は考えます。あの安保関連法の情報秘匿は「必要最低限」である前提だからこそ認められたものでありその前提が破られたというのであれば私はやはり問題だと思いますし、法律を残そうというのなら今回本来不必要な秘匿を行った人間は最低でも処分されなければならないはずだと思います。
 その上で述べると、今回の事件は陸自側がリークしたとは思われるもののリークされた情報は本来国民に広く公開されるべき情報であり、それを隠した政権側にこそ私は問題があると思います。産経は防衛省からリークされた事実一つ取って「文民統制の危機」と書いていますが構造は逆で、公開すべき情報を隠した政権に対し防衛相が公開へ持っていくよう仕向けたというのが今回の事件であり、糾弾すべきはどっちだということじゃないでしょうか。私はもちろん、情報を暴露することがある意味仕事なのでつくべき立場は暴露側に決まっていますが。

 またそのリークによって大臣職を追われたとされる稲田防衛相ですが、別にリークがなくともこの人に未来がないのは防衛相を私物化する発言の時に決まっており、またこのリークで追われたというのもある意味自業自得です。虚偽の扇動に載せられたのではなく、嘘ついていたのがばれてこうなったというのに何を産経はとぼけたこと抜かしているのか。今回の場合、暴走していたのは軍人ではなく文民側で、産経は尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件で映像をリークした海上保安官を擁護してたというのに相手を見て言い方を変えています。

 それにしてもというか安倍首相の人を見る目の無さは毎度ながら呆れるレベルです。この際だから人事にはもう一切かかわらない方がこの人のためになるとすら思いますが、なんとなく昔「KY」と呼ばれていたころに戻りつつあるようにも見えるので、多分今年の秋には「改憲を行う」と主張して国民から大反発を買うこととなるでしょう。
 私自身は改憲には賛成ですが、上記の通り公開すべき情報を握り潰した安倍政権には改憲は任せられないように思うため、仮に安倍首相が主張したら反対側に回るつもりです。

2017年7月29日土曜日

続・ 地下鉄サリン事件、医療現場での奮闘と奇跡

 先月当たりのブログ記事で村上春樹氏の「アンダーグラウンド」という本を読んでいると書きました。この本は1995年の地下鉄サリン事件で直接被害に遭った、というより事件のあった地下鉄駅ないし車両に居合わせた人々へのインタビュー集で、事件のおおよそ1年半くらい経過した時期に取材が行われています。
 私がこの本を手に取るのはこれが初めてでしたがまさに私が求めていた、「オウム事件」ではなく「地下鉄サリン事件」の被害者の直接証言が集められており、また前後関係や他の証言者の話などから、恐らくは事実とは異なっている内容の証言についても証言者が話した通りにそのまま掲載されており、余計な修正等はされておらず非常に行き届いた配慮がなされています。なおこうした、「証言をそのまま載せる」というのは社会学においても重要視されており、村上氏のこうした取材の仕方にはため息が出るほど感心させられました。

 仮に今現在、同じ証言者に当時の内容について聞いたとしても、この本に書かれている内容通りの証言はまず得られないでしょう。内容が断片的になるくらいならまだマシで、人によっては証言内容がそっくりひっくり変わってしまっているということすらあり得ます。具体的には、症状の程度について「自分は大した影響を受けなかった」という証言が、「物凄い影響を受けて後遺症も出てきた」などという感じに変わる可能性があり、私自身も周囲を見ていて感じますが、時間経過に伴う記憶の最適化こと都合のいい解釈へと切り替わっていくのは現実です。
 それだけにこの「アンダーグラウンド」は唯一無二と言っていいくらいの貴重な資料で、サリン事件からもう20年超も経過した今だからこそ読まれるべき内容であると太鼓判を押します。

 ここで話を変わりますが、「地下鉄サリン事件、医療現場での奮闘と奇跡」という記事をこのブログで2010年(7年前か……)に書いています。私自身も魂を込めてというか気合入れて書いた記事でありましたが、毎年3月のサリン事件の時期にもなると検索されるためかアクセスが急上昇する傾向があり、年月を問わず長く読まれる記事をうまく作れた気がします。この記事はサリン事件当時の医療現場について書き、その中では先日逝去された日野原重明氏の陣頭指揮とともに、信州大学医学部の柳沢信夫教授の咄嗟の機転を紹介しました。その機転というのも、テレビニュースで事件が報道されるのを見るやすぐさま原因はサリン散布だと見抜いた上で、東京の各病院へサリン中毒者への治療法、対応をFAXで送信したというものです。

 その柳沢信夫氏について、実は「アンダーグラウンド」の中でも取材が行われており、恐らく上記エピソードが流布される出典はこれではないかと思います。その取材内容によると事件当時(1995年3月20日)、柳沢氏は知り合いの記者から「東京でサリン被害者のような症状の人間が出ている」という連絡を受けたのが第一報で、その後みたテレビニュースである被害者が、「鏡を見たら瞳が小さくなっている(縮瞳)」という内容を口にしたのを見て、原因はサリンだと断定したそうです。
 柳沢氏は前年の松本サリン事件で被害者を診ていたことからすぐに気が付いたのですが、この時のことについて、「もし違う日であれば対応はできなかった」と話していました。というのもその日は所属する信州大学の卒業式で、普段であれば診察作業のためテレビなんて見ている余裕はなく、偶然卒業式があったからこそ事件に気付き対応できたそうです。

 また偶然は重なるというか、ちょうどこの時に松本サリン事件対応の報告書を作成したばかりでそのゲラも自分の机の上にあったため、職員らにそれをFAXさせたそうです。偶然に偶然は重なるというかまさに不幸中の幸いともいえる背景があったからこそ、上記の柳沢氏の行動が実現したと言えるでしょう。なお柳沢氏によると、松本サリン事件で死亡した7人の中には信州大学医学の学生が一人含まれ、もし生きていればこの日に卒業式を迎えていたことから柳沢氏も事件への思い入れは強かったそうです。
 ちなみにこの時のFAXは各病院へ直接FAXしているものの、消防庁にはしなかったそうです。一応は試してみたものの電話自体がつながらず、また消防庁から各病院へ一斉に送信されるのが理想であっても実際にはそうはいかないだろうと思っていたことも口にしています。実際、その柳沢氏の予感は的中していました。

 同じく「アンダーグラウンド」では東邦大学医学部付属大森病院救命救急センターに勤務する(当時)斉藤徹氏にも取材がなされています。専門柄、多種多様な急患を相手にする医師なだけあって午前8時ごろの事件に関する最初の報道を見るや、「有毒ガスというにはサリンかシアンかどっちかだ」と即判断したそうです。斉藤氏はサリン被害と同じ有機リン中毒者も、シアン中毒者も過去に治療したことがあり対応をあらかじめ把握しており、また以前に行った松本サリン事件の講義の際に当時の報道などを調べていたこともあって、最初の患者が運び込まれる以前に院内の医師たちに準備を行っておくよう指示していたことが明かされています。

 その後、午前9時ごろに実際に患者が運び込まれてきたところ、ここで少し小さな障害が起こります。直前に現場から「アセトニトリル」が検出されたとの報道をみたことからシアン中毒だとほぼ断定していたものの、実際の患者の症状を見るとサリン中毒としか思えなかったからです。
 これは当時の報道が間違っていたわけではなく、犯人らは散布者が自爆しないよう、サリンの純度を下げるために溶剤を混ぜており、その溶剤にアセトニトリルが入っていたと推測されており、それを裏付けるようにほかの被害者の臓器から大量のアセトニトリルが検出されています。

 話は戻りますがこうした事態に対し斉藤氏は慌てず、シアン中毒の場合は緊急で治療しなければ間に合わないことからまずはシアン中毒向けの治療薬を投与し、症状が改善しなければサリン中毒向け治療薬を投与することを決めました。警視庁は午前11時頃に原因はサリンであると特定して発表しましたが、既にそのころには斉藤氏の現場では被害者はサリン中毒であると断定し、それに対応した治療も行われたと言います。またほぼ同時期に信州大学から対応に関する資料がFAXで送られてきたそうで、この資料の中でも特に「足切りのラインがわかったのがありがたかった」と述べています。

 これはどういうことかというと、症状が出てはいるものの時間経過とともに自然治癒する患者と、入院させてその後の経過を観察する必要がある患者を区別するラインのことで、具体的には筋肉を収縮後、弛緩させる際に分泌される「コリンエステラーゼ」の値がどれだけあるかで判断します。サリン中毒の場合、このコリンエステラーゼが低下するため筋肉が収縮したまま弛緩しなくなり、瞳が収縮したままとなって目が見えなくなるというのが代表的な症状です。
 斉藤氏によると、大量の患者を一人一人細かく診断するのは労力的に不可能であり、また多くの人に構うあたり重症患者へのケアが遅れてしまうという問題が当時起きており、いわゆる「トリアージ」こと患者の分別をする上で柳沢氏の資料が役立ったそうです。

 一方、消防庁からは当日の4時半ごろになってようやくサリン関係の資料が送られてきたそうです。しかし現場ではすでに治療法や対策がすべて固まっており、今更的な資料として終わったそうです。その上で事件途中で送ってこられた資料は柳沢氏のFAXだけで、先ほどの足切りのラインと言い大いに役立ったと証言しています。

 ここから個人的な感想ですが、地下鉄サリン事件の医療現場で一番役に立ったとされる情報が上記の「足切りのライン」だったというのは私にとって意外でした。てっきり治療法や経過観察などの情報化と思っていましたが、こうした大量に患者が出現する現場では如何に現場を回すか、治療の不要な患者を如何に切り落とすかという作業の重要性が垣間見え、サリン事件に限らず災害やテロ現場の治療においても恐らく同様に大事なのだと思えます。だからこそ柳沢氏も、わかっていてこの情報をきちんと盛り込んだのでしょう。
 その上で当時の現場では中央からの指示や支援以上に、現場での判断や対応によって治療が行われていたのだということも見えてきます。はっきり言えばこれはあまりよくないと言える内容で、こうした緊急事態に対し中央がどれだけ適切に動けるか、あれから時間は経過していますが現在はどうなのかという点で気になるところです。現場の努力は賞賛されるべきですが、だからと言ってそれに甘えていくというのは危険この上ないでしょう。

 まとめとなりますが改めて地下鉄サリン事件の医療現場では多大な努力と適した、というより理想的な現場判断がなされており、それによって多くの患者が救われたということが「アンダーグラウンド」を読んでわかりました。それだけに中央の遅れがちとなった対応には不安を感じますが、当時の医師や看護師たちがどれだけ献身的に活動をしていたことには間違いなく、まさにこれこそ今更的ですが、この場ながら当時医療現場にいた方々に対し尊敬の念を覚えます。
 それにしても今回取り上げた斉藤氏の現場判断力にはまこと恐れ入ります。あのわずかな情報だけで中毒症状を判断し、また実際の治療前に準備まで整えておくなどとさすが緊急医療のスペシャリストと思わせられ、中島みゆきじゃないですが「地上の星」を私は見失っていたのかもしれません。この斉藤氏は事件後も、PTSDに悩む被害者へのカウンセリング体制も組織するなどその後も活動されていますが、ネットで検索する限りだとあまりヒットしないだけに、こうした称賛されるべき人たちを紹介するというのはライター冥利に尽きます。

  おまけ
 「地上の星」の歌詞の「草原のペガサス」が「その辺のペガサス」に聞こえるという誰かの話を聞いて以来、私もそうとしか聞こえなくなってきました。その辺にペガサスがいる状況想像したらちょい笑えますが、ある意味現実もそうなのかもなと思うと笑えなくなります。

2017年7月28日金曜日

被害者証言に偏る報道

 またちょっとブログデザインをいろいろ弄って背景を変えました。これまではデフォルトでブログソフト側が用意した背景を使ってましたが、今回新たに自分で探した画像を使って、なるべく和風系で探してみましたが、背景的には文字が見やすくなり案外悪くない気がします。と言っても明日もまた探していろいろ付け替えを試してみるつもりですが。

教師「今すぐ窓から飛び降りろ」「このクラスは34人だが明日から33人だ」 小4児童に暴言や暴行
【埼玉】 「飛び降りろ」発言教諭の「処分見送りを」 保護者や卒業生ら署名活動
(どちらも「痛いニュース」より)

 少し日が経ったニュースの紹介ですが、上記はどちらも今月中旬に報じられた内容です。知ってる方には早いですが第一報は7月16日に出され、埼玉県所沢市の小学校教師がクラスの児童に対し「窓から飛び降りろ」、「明日からクラスの人数は34人から33人だ」というようなことを口にしたと報じられました。一見して私はこの報道に奇妙さを感じたのですがそれは後述するとして、案の定というか最初の報道からわずか数日後の7月22日には、最初の報道内容を否定する報道が出てきました。

 後発の報道によると、暴言を吐かれたとされる児童は問題行動が多い問題児で、新聞を破るという行動について「やれと言われたからやった」と言い訳したのに対し教師が、「飛び降りろと言われたら飛び降りるのか?」と諭しただけで、またクラス人数についても問題行動をやめないとクラスの一員にはなれないという意味で言ったとされており、実際周りの人間もわかってるから担任を擁護するための署名活動が行われているそうです。
 そして現在、この件に関する続報はピタリと止まっており、恐らく後発の報道が真実だったのではないかと私は考えます。そもそも初報の時点で何かおかしな報道だと感じていただけに、予想が当たってやったラッキーってとこです。

 なぜ初報の段階で私がおかしいと感じたのかというと、一つは暴言の内容が断片的で後発報道でも指摘されている通り、「どういう前後関係でこうした発言が出たのか」について全く触れられていなかったからです。次に、取り上げられた二つの暴言内容に脈絡がないというか関連性がなく、同じ人間が言ったとは思えなかったからです。
 最初の「今すぐ飛び降りろ」は直接的な暴言で、私だったら次に言うなら、「飛び降りないなら今すぐ首つって死ねボケが来ます。それに対しもう一つの「クラスの人数が33人になります」はどちらかというと間接的且つ陰険な暴言で、これに続くとしたら、「なんでまだ学校に来ているの?」とか、どっちかっていうとネチネチ系の発言があるはずだと思えました。はっきり言って推察の域を出ない予想でしたが、直接的と間接的の二つの暴言が混ざってて、ほんまかいなと疑ったわけです。

 では、そもそも何故実態とは異なる最初の報道が出てしまったのか。言うまでもなく理由は暴言を言われたとされる児童側の関係者が被害者の立場で一方的にしゃべり、それをほかの周辺関係者に確認しないままメディアが報じたためでしょう。それが分かっているから後続の報道がピタリと止まってしまったのです。
 この構造ですが、先月私も書評で取り上げた福田ますみ氏による「でっちあげ」、「モンスターマザー」の本で紹介された事例と全く同じです。というかこれらの本を読んでいたから、私も初報を見ておかしいと感じたのでしょうが

 被害者、と主張する側の意見が何故こうも一方的に報じらえるのか。実際に「埼玉 教師 飛び降り」と検索したらこの事件の初報のニュースばかりがヒットし、この教師の名前を晒せなどと激しい言葉が並ぶサイトが上位に来ます。というより、初報を出したメディアはまだ記事を引っ込めておらず、言い方は悪いですが未だ絶賛拡散中であります。
 いろいろほかにも言いたいことはありますが、こういう例でよく思うこととしては大学時代の倫理の授業で言われた、「被害者と加害者は対立項目ではなく、むしろ似た属性を持つ」という言葉です。一例を挙げるなら、911テロの被害者である米国はイラクに対する加害者でもあり、また「被害を受けたから」という理由は加害を行う理由となりうるということです。何が言いたいのかというと、被害者加害者の観点や構造を下手に当てはめようとすると事実が歪む可能性があり、一体その場で何があったのかというその事実だけを追うという姿勢こそが報道に必要じゃないのかなと言いたいわけです。清水潔氏も、ある意味こうした立場で南京事件を追っているからこの人は本物だと思うのだし。

2017年7月27日木曜日

経済記事の神髄

 最近上海では気温が30度を切るようになって涼しくなってきました、つっても最低気温の話ですが。なお最高気温も昨日今日は40度を切ったので、なんとはなくピークは乗り越えたかなって気がします。
 それだけに、日本で最高気温35度前後で大騒ぎしているのが見ていてちょっと腹立たしいです。

 話は本題ですが、この前JBpressの次回記事用の取材をしてきましたがその後で記事を編集している最中、撮影してきた写真の映りがやけによくて自分でビビりました。っていうか私は写真の良し悪しは八割方カメラの性能で決まると考えていますが、自慢の富士フイルム製デジカメではなく携帯カメラで撮ったというのにここまできれいに撮れるものかと呆れ半分感心半分でした。
 あまり知らない方も多いのではないかと思いますが、報道写真というのは専属のカメラマンではなく案外記者が自分で撮影していることが多いです。なので私の記事に使われる写真も、特に撮影する内容がないものは冒頭に適当な画像をはっつけてもらっていますが、基本的にはすべて自分で撮影しています。それどころか、写真だけでなくグラフもまた全部自分で作っています。

 私は元々は社会部系の報道記者になりたかったのですが生憎新卒時ではどこからも門前払いを受け、仕方なく商社に勤務した後で中国にわたり経済系の新聞社に入社しました。今思うと社会や政治部系の報道だったら思想信条で社とぶつかる可能性が私にはあり、そうした思想とは関係なく「仕事だから」と割り切れる経済記事をメインで書く新聞社というのは案外相性が良かったと今更ながら思います。もっとも思想や信条と関係ないと言いつつも経済系の内容は学生時代から不得手ではなく、分析や知識なら当時から経済学部の学生を遥かに凌駕する水準は持っていましたが。

 そんなかんだで経済紙記者として一時期を過ごした私に、経済記事とはどのように書くのか、どうあるべきかという問いに答えるとしたら、突き詰めれば文字こと地の文はいらないと考えています。一番理想的なのは参考に足るグラフだけを見せて、あとの内容は読者に判断させるというのが経済記事としてあるべき姿だと思います。それだけにグラフのない経済記事というのはこの一点をとっても価値は低くなり、もちろんすべての経済記事にグラフつけるのは骨なので無理でしょうが、なるべくグラフは多くつけるべきだというのが私の考えです。

 経済記事というのは突き詰めれば数字データがすべてベースになっており、売上なり経済指標なり、それらの数値がどれだけ且つどのように変動したのかを通して社会の変動を分析します。新規投資の話も投資額や建設する工場の敷地面積や予想生産量、稼働率などの数字が何よりも物を言い、なおかつほかの事例の投資と比べて何が違うのかを図表にまとめて比較すればなおよいでしょう。
 無論、実際にはそのようなグラフだけの経済記事など存在せず文章も付け加えられますが、基本的にそうした文章は発表された数字の紹介、そして変動を解説するものです。前者はグラフをつけない場合に使うもの(企業の業績発表データ)でとやかく言いませんが、後者については基本的に記者自身やコメンテーターの視点を通した分析で、少なくない主観が入っており必ずしも毎回事実を表すものではありません。

 一例を書くと、前期と比べ増益減収し、その理由が市場に問題があるのか単純に当該企業の経営に問題があるのかといった一言コメントなどがそれに当たります。もちろん読者からしたらどっちが理由なのかを推察でもいいので付け加えてくれた方が詠んでて楽しいでしょうが、私としてはやはりデータだけ見せてそれらも含めて読者が考えるような記事が一番いいのではないかと思います。というのも、百人いれば百通りの答えがあるのだし、現実は非常に寛容で、どのような解釈も自己責任であれば許されると思うからです。

 もっとも本気でそんな記事書いたら、例えば私が先週出した日銀の金融緩和に関する記事で暦年の設備投資額と対外投資額データグラフだけ出して見せて、「これが答えだ!」と言っても、記事としては成立しないでしょう。逆を言えば、見るだけで記者が言いたいこと、主張したいことが誰にでもわかるようなグラフを用意できるのであれば、それこそが経済記事の完成形と言えるでしょう。
 実際にそのようなグラフを作るのは非常に困難であるものの、そうしたグラフを作ろうとする心意気こそが経済記事を書く上で最も重要で、どれだけ価値ある数字の比較グラフを作れるか、経済記者としての腕はここにかかってくると考えているわけです。

 それだけに、最近ブログでは経済記事はあまり書かなくなっていますが、JBpressで経済記事を書く場合はとにもかくにもたくさんグラフを作ろうと意識して取り組んでいます。もっともこう言いながら、「このデータはよほど勘のいい人じゃなければ価値が分からない」と判断したら容赦なく見せないということもやったりするのですが。
 まとめとして何が言いたいのかというと、経済記事、もしくはそのようなレポートを書こうというのならまず第一にどのようなグラフを作るかについて考え、その上でグラフの意味を解説する文章を考えるのがベターだということです。また解説文については短ければ短いほどよく、説明が要らないほどはっきりわかるグラフを心がければモアベター(この言葉は80年代産?)というわけです。

2017年7月24日月曜日

足利尊氏は躁鬱なのか?

 時期にすれば大体2000年代後半あたりからだったと思いますが、室町幕府の開祖に当たる足利尊氏について、躁鬱症を持っていておかしな判断を繰り返していたというような主張が見えるようになりました。無論、14世紀に躁鬱かどうか判断するカウンセラーなぞ存在するわけではなく彼の事績や記録などからこういう風に言われ始めたわけですが、根拠としているのは急に突拍子もない行動を取ったりしたというだけで、これだけで躁鬱だと判断するのはやや早計な気が私にはします。それこそ愛人に死なれたショックで出家した天皇もいますが、これも躁鬱かと言ったらやはり違うでしょう。
 私自身は尊氏は躁鬱かと言われればそれはやはり違うように思え、どちらかと言えば責任感が非常に強い性格だったからああした行動になってしまったのではないかと考えています。その辺について久々にオリジナルな歴史コラムとして書いていきますが、こういうのを普通に夜中書いてて、最近何が本業なのかよくわからなくなってきました。

 具体的に尊氏が躁鬱だと言われる根拠としてよく挙げられるのは、以下のような行動です。

・鎌倉幕府を裏切り、救援先の六波羅探題を逆に攻撃した。
・後醍醐天皇の指図を聞かず弟の直義を助けるために関東へ出陣した。
・後醍醐天皇から討伐軍が差し向けられたのに、本人は戦準備もせず出家しようとした。
・後醍醐天皇軍に直義が負けてると聞いて出陣し、打ち破る。
・そうまでして助けた直義を、観応の擾乱の時には全力で殺しにかかる。
・おまけに直義を討伐するため、北朝を差し出して何故か南朝に降る。

 大体ざっと上記のような行動が躁鬱だと言われる具体的な事例じゃないかと思います。特に三番目の、敵軍が差し迫る中にも拘わらず出家しようとするなど、何故か緊急事態に追い込まれると逃げ出そうというか出家しようとする癖は何度か記録されており、これが躁鬱だと言われる一番の根拠でしょう。
 しかし私の見方は違います。尊氏の人生全体を見ていて思うこととして、その性格は以下のような特徴であったのではと考えています。

・鎌倉幕府(=北条家)に対する忠誠心はかねてから薄かった。
・後醍醐天皇に対しては非常に強い尊敬心を持っていた。
・一方で武家の棟梁として武士の立場や権利を守らなければという意識も強かった。
・足利幕府を主導するという式はやや薄かった。
・後醍醐天皇のいない天皇家に対する意識は低く、守る気もそんなになかった。

 最初の鎌倉幕府に対する忠誠心ですが、そもそも尊氏の爺さんが「子孫が天下取れますように」といって自殺したくらいの一家であり、源氏一族なのに北条家に敷かれるという立場に対してかねてから不満が高かったように思えます。次の後醍醐天皇関連ですが、これが一番のキーポイントであり彼の不自然な行動はこれによって説明できるでしょう。
 後醍醐天皇への尊氏の意識は崇拝に近いです。反乱を起こす前も起こした後も全く変わらず、後醍醐天皇を京都で一時軟禁しておきながら、京都を脱出して吉野へ逃れた際も特に追手を出すこともなくみすみす見逃し、結果的に南北朝の戦乱を招いたほどです。さらにその後醍醐天皇が吉野で崩御した際も嘆き悲しみ、怨念対策もあるでしょうがわざわざ元(当時の中国)と交易してまでして後醍醐天皇を弔う天龍寺を建立しています。

 なら何故尊氏は後醍醐天皇に歯向かったのか。理由はその次の武家の棟梁としての立場を優先したからでしょう。
 周りからの支持もさることながら本人自身もこの方面の意識が強く、恐らく尊氏本人は武家の棟梁として後醍醐天皇を守る皇室の藩屏みたいな存在になりたがっていたように見えますが、建武新政下では武家は徹底的にこき下ろされ、実質的に天皇・公家側との共存はできなくなりました。尊氏自身は建武新政下でも厚遇されてはいたものの、彼以外の武士が弾圧されるのを見て放っておくことはできず、後醍醐天皇への忠誠と板挟みになりながら武家の棟梁としての立場を取ったのが反乱の背景じゃないかと思えます。

 それだけに後醍醐天皇が崩御した後の尊氏はやや方向軸がなくなったように見えます。幕府自体は弟の直義が主導して実質的に組織や体制を整えたのは彼ですが、その直義が執事の高師直と対立するや尊氏は仲裁を仕切れず、結果的に両者の血で血を争う争いに自らも介入して、最終的には諸説あるものの直義を毒殺するに至りました。
 なお直義との争いは観応の擾乱と言われ、後醍醐天皇が亡くなって存亡の危機にあった南朝はこの混乱に乗じて勢力を盛り返し、その後も南北朝の戦乱が長く続くこととなりました。それだけに尊氏と直義の争いを「日本史上最大の兄弟喧嘩」という人もいますが、私もこの説を支持し、壬申の乱なんて目じゃない規模だったと考えています。

 話は戻りこの観応の擾乱の際、直義は南朝側について尊氏征討の綸旨を得ましたが、これに対して尊氏は自分も南朝に降伏して、南朝側から直義追討の綸旨を得て争うなど、全力で弟を殺しにかかってきています。この尊氏というか足利幕府の一時的とはいえ南朝に降伏した際、降伏条件として「北朝の三種の神器を譲渡」、「天皇家は南朝側が継いでいく」などと、これまで味方していた北朝の天皇家を投げ捨てるかのような条件を飲んでしまっています。この尊氏の降伏を受け、実際に南朝の天皇家は一時京都に戻ってきました。戦乱にあってまたすぐ吉野に戻ってきましたが。
 なお先ほどの降伏条件のうち三種の神器の譲渡という条件は、明治維新後の南朝北朝正当論争の中で南朝側が正当とする有力な根拠にもなっています。

 何故尊氏はこのような無茶苦茶ともみえる行動をとったのかですが、やはり彼にとっては後醍醐天皇がいる天皇家こそ守るべき存在で、いなくなった後の天皇家はただ単に幕府が利用する権威組織としか思っていなかったのかもしれません。その上で筋を通して世の中の安定を図るより、目前の敵を倒すために敵の権威を支える存在を引き込もうとしたのかもしれません。

 総じていえば、尊氏は後醍醐天皇の崇拝者であり、武家の棟梁であり、この二つのアイデンティティで揺れていたからこそ躁鬱だなんだと言われることになったのだと思います。ただ私はこの二つのアイデンティティに照らせば決して不自然な行動を取っているとは思えず、まぁ変に責任感が強いからこそ妙な戦乱の人生送ったんだろうなというふうに考えています。

 最後に、尊氏は責任感が強かったとは書いていますがそれは立場としての話で、家庭内では全く別です。というのも、尊氏をその人生の中で最も苦しめたのは誰かとなるならば、一人は上記にも上がっている弟の直義で、もう一人は若い頃ヤンチャして作った隠し子の足利直冬でしょう。
 この直冬は尊氏の長男である義詮よりも年上とみられていますが成人後も尊氏にはなかなか認知してもらえず、一門の頭数が足りないくらい忙しい時期になってようやく認知してもらえたものの、家督から外れるようにわざわざ当時は子供のいなかった弟・直義の養子にさせています。

 ただ尊氏の息子の中で、軍事的才能に最も秀でていたのはほかならぬこの直冬でした。尊氏と直義が争いだすや直義側についた直冬は各所で尊氏側の軍を打ち破り、特に九州・中国の西国では獅子奮迅の働きで何度も尊氏側を追い詰めています。尊氏としては何が何でも直冬が嫌いだったようで終生和解することはありませんでしたが、結果的に最大の敵を自ら、しかもヤンチャして作ってしまった辺りは皮肉な結果であり、若い頃のヤンチャは良くないものだという教訓になります。

2017年7月22日土曜日

ブログデザインの小幅変更

 前々から変えようかなと思っていたのですが、このブログのデザインを少しだけ弄りました。当初はもっと激しい変更を考えて最初なんか真っ青ブルースカイな背景を使ってみたりもしましたが、やはり発色が強く明るい背景だと目が疲れるというか文字が読みづらい印象を覚え、結局前とほとんど変わらず閲覧済みリンクテキストの色を少し変えたりした程度に留まりました。

 以前はそれほど意識しませんでしたが、きゆづきさとこ氏の漫画「GA 芸術科アートデザインクラス」では高校の芸術科クラスを舞台に様々な色の効果や印象について紹介しているのを読んでからというもの、前よりはこの方面に対して概念めいたものができてきました。さきほどの拝啓だとビビッドカラーは遠目にははっきり映るものの至近距離だとややきつく、またテキストを読む作業との相性も悪いため、比較的落ち着いた色を意識して選択しました。
 落ち着いた色としては茶色が割とベターですが、自分はやや錆がかったような朱色も悪くないと思え、これらの色に近い背景をまず選びました。この背景はあらかじめBloggerで用意されたものですが、なんていうかもっといいのなかったのかなという気がします。

 その後でテキストも、と言ってもこっちは基本的に以前のをほぼ踏襲する形で使ってますが、閲覧済みリンクが前だとやや区別しづらかったので、色をオレンジにすることでよりはっきりわかるようにしています。
 あとは地味に投稿記事部分、サイドバーの幅をほんのちょっと広げていますが、これはパソコンのモニター解像度が年々横に広がっているのに合わせただけで特に思想はありません。サイドバーはもうチョイ広げようかと思いましたが、実際広げてみると投稿記事部分を食うように目立ってしまったので結局わずかながらの広がりに留まりました。

 それにしても今日はほとんど家の中で過ごしましたが、リアルに最近の上海は外出るのが危険です。日中は40度にも達してますし、数年ぶりに猛暑というか夏らしい夏になっています。

2017年7月21日金曜日

求人倍率上昇に対する違和感

日銀の金融政策が景気拡大につながらなかった理由 企業マインドは国内投資より海外投資へ(NEWS PICKS)

 二度にわたって自分の記事の論評をやるのもどうかと思いますが、少し気になるというか激しい違和感が感じる点があるため語らざるを得ないでしょう。

 上のNEWS PICKSではなんかえらそうな先生方が私の記事についてあれこれ論評していますが、一見して私が感じたこととしてはなんか論点がずれたことを言う人が多いということでした。そもそも私は元の記事でアベノミクスについては一切触れておらず、あくまで金融緩和による投資促進効果はほとんどなく、むしろ資金の海外流出を招いている要素があるとだけ指摘したつもりでしたが、なんか記事を批判する方々は、「こいつはアベノミクスが失敗だと言っている!」という論調が多く、設備投資については何で触れないのかなというのが不思議に感じました。
 っていうか、真面目に全部読んでないのでは?「金融緩和」、「失敗」という見出しの単語だけ見て文句言われてるような気がしてなりません。

 その上で、現行の日銀政策とアベノミクスが成功していると主張する方々はその根拠をいろいろ挙げている中、強く違和感を感じたのは「アベノミクスで求人倍率は上昇し続けている」という意見でした。前々からこの求人倍率についてはどうして誰も指摘しないのか不思議でしたが、誇張ではなく本気で真面目に、この数字が上昇しているという意味について誰も違和感を感じないのでしょうか。自分だけがおかしいのか、日本にはまともな分析人材がいないのか、あまりうれしくない二者択一な気すらします。

求人倍率 バブル期超え 4月1.48倍、43年ぶり水準 (日経新聞)

 上のJBpressでは丁寧に書いたから上記のような反応が来たのかもしれず、中途半端に相手するのが良くないのかと思うので必要最低限で書くと、求人倍率がバブル期越えだというがなら何故バブル期並みに賃金は上昇しないのかと考えないのはおかしくないかと言いたいわけです。理由は言うのも馬鹿馬鹿しいですがで事業拡大に当たって人が足りないのではなく、今ある現状を維持するのにすら人(労働力)が足りていないからで、今の状態は景気がいいというより崖っぷちで労働力不足が経済の足を引っ張っていることを示すデータでしょう。
 もちろん失業者が世の中にあぶれるよりかは社会的にはいいでしょうが、この状態が続いても景気や経済や賃金は良くならず、むしろ求人倍率は今後も高まり続けて結構笑える事態になると予言します。多分その頃には、「雇用のミスマッチ」という単語で現状が糊塗されていることでしょう。このデータを見て経済が良くなっているとみるのは、まぁあれというか危険じゃないかってことです。

 皮肉な言い方をすると、狂人は一人でいいでしょう。今の日本が日本なら、自分はそれで構いません。

2017年7月19日水曜日

金融緩和記事に関するコメントについて

日銀の金融政策が景気拡大につながらなかった理由(JBpress)

 前回は面倒くさくてやらなかった、また自分が書いた記事へのコメントです。この記事は以前にもこのブログで理論だけ紹介した日銀の金融緩和は海外への資金流出を招いている恐れがあるという内容について、国内投資と海外投資を比較して具体的な論証を行った記事です。友人からも、「金融の記事だからアクセスは上がらないよ」と言われていた通りあんまアクセス数がよくなければ、Yahoo記事へのコメントもそんなに伸びていません。こっちもわかっていたことなので特に問題ありませんが、そこまで難しい内容を書いているわけではないのにちょっとハードルを挙げるとこうなる世間ってのが問題な気が。

 そんでもって恒例のYahoo記事へのコメントについてですが、結論から言えば読者とのずれを感じました。全体的にきちんと内容読んでないなと思う印象を覚え、金融政策、次いで現金についてメインで語っているにもかかわらずやたらと景気の話に触れるコメントが多く、特に違和感を覚えたのは「労働分配が悪いから景気が悪い」というような主張でした。
 全体的に一般従業員の賃金上昇が起こらない、ないから景気が悪いままという風に述べているのですが、私個人の率直な意見を申し上げると何故賃金が上がると景気が良くなるのかが結びつきません。私はこの記事で特に強調したのは国内投資、特に新産業への投資で、既存の従業員の給与上昇ではなく新規雇用こと雇用の拡大の重要性を訴えたつもりです。もちろん雇用拡大が後々賃金上昇につながるのですが、どうも普通の日本人と私とで投資に対する意味合いが違うのではないかという奇妙な違和感を感じました。なんていうか、日本人は「消費」でしか金の流れ、経済を見れないのかなと思いました。

 とはいえ内容が内容だけにとんちんかんなコメントは今回少なかったのは事実です。そんななか、目についたコメントは以下のものでした・

「要約すると、結論は、観光業以外先行きがない、何をやっても日本の経済はダメだ、もちろん金融緩和も、という記事。」

 この記事の結論は日銀の金融緩和は景気拡大にはつながらないであり、観光業についてではありません。観光業については末尾に書いていますがこれは結論ではなく補足で、また何やっても日本経済はダメだなんてことは一言も言っていません。知ったふりして記事を要約しているようですが、まともに文章を読めてないというのを露呈しているだけのコメントに見えます。
 ちなみにこのコメントで触れられている「観光業」という言葉ですが、これは末尾にて文字数が余ったのと、この言葉に触れた人間を一撃で殺すためのキラーワードとして敢えて入れました。どういう意味かというと、何故金融緩和や投資の話で観光業を持ち出したのか、その関連性に気付けるかどうかです。

 私はこの記事で日本には投資先がなく、また日系企業は海外投資を優先するが海外で得た投資リターンが日本になかなか還元されないという事態を指摘しています。その上で観光業くらいしか期待できるものはないと書いているのですが、この意味はというと観光業への投資は海外に一切漏れないからです。
 想像してみてください。日本の観光業を盛り立てる、成長させるための投資は一体どんなものになるかというと、国内の宿泊施設や土産物、飲食店など、すべて日本国内で完結する投資です。海外旅行客へのPRのためパンプレットなどを作るというのもある意味投資ですが、どちらかと言えばこれらは販促費であって、純粋な投資という意味では資金はすべて日本国内で流通します。

 またこうして行った日本観光業への投資によって海外旅行客が来た場合、基本的には日本国内で現金が消費され、とりっぱぐれなく日本に現金が落ちてきます。つまり観光業は投資からリターンに至るまで全部日本国内にお金が回り、なおかつ落ちてくるお金は外国の現金という地味に珍しい産業であり、意外とおいしい面が大きい産業だったりします。うまくいけばの話ですが。
 だからこそ海外流出の恐れがない投資先として観光業を挙げたのですが、ここまで読み込めている人は果たしているのか、ハードルを上げ過ぎているのか期待しすぎなのかいろいろと考えがこみ上げてきます。

2017年7月18日火曜日

日野原重明氏の逝去について

 既に各所で報じられているように、聖路加国際病院名誉院長である日野原重明氏が御年105歳に手逝去されたとのことです。
 「生涯現役」をリアルで貫き、90歳を超えて医療の現場で常に立ってこられるなど有言実行の徒であるだけでなく、ユニークな人生観の持ち主であったことから、大往生とはいえその逝去には私も一抹の寂しさを感じさせられます。私の中でタフな人とくれば水木しげるとこの日野原氏でしたが、いつか来るとは言え両名ともがこの世を去る時代に至ったことにはいろんな思いが浮かんできます。

 日野原氏についてはこれまでもこのブログで何度も取り上げており、特に文字通り魂を込めて書いた「地下鉄サリン事件、医療現場の奮闘」の記事(今見たらものすごいアクセスが上がってきてます)では、老人の心配性だと揶揄されつつも治療したくともできなかった戦時中の体験から、チャペル内にすら酸素吸入器を導入するなど聖路加国際病院内のあちこちに医療用設備を配備していたことが功を奏し、地下鉄サリン事件で出た大量の急患を受け入れた話を紹介しています。
 世の中、いざって時の対応がなかったり、していてもあまり役に立たなかったという例も少なくありませんが、この日野原氏と聖路加国際病院の取り組みはまさにいざって時に備え、いざって時に機能を見事果たした例だったと言え、このような事態を想定していた日野原氏はまさに慧眼の持ち主だったと言えるでしょう。

 日野原氏を語る上でもう一つ忘れちゃならないのがよど号ハイジャック事件です。今回の訃報と合わせてこの時のことについても取り上げている記事がありますが、それら記事でも報じられている通りに日野原氏はこの事件に遭遇し、犯人らが乗客へ暇潰し用に本の貸し出しを行ったところ怖がって誰も求めない中、日野原氏だけが「カラマーゾフの兄弟」を借りて読んで「面白かった」という感想を後に述べるなど往時から面白いエピソードに溢れています。

 このよど号ハイジャック事件について私の方からやや特別な内容を書くと、本当に昔ですが文芸春秋でこの時の体験について自ら語っていたことがありました。その記事によると、ハイジャック犯の中には東大医学部に通っていた小西隆裕がおり、日野原氏は当時東大医学部で講義を持っていたことから、「なんか見たことあるな」と思って本人に、「東大にいなかったっけ?」と実際聞いたりしたそうです。小西の方でも、「うわ、日野原先生じゃん」とわかってたそうで、本人に聞かれても、「いや、初対面っすよ」とごまかしていたと書かれてありました。

 またメンバーの中に関西弁を使う人間がいたことから、「なにお前、同志社なの?」と、こちらも本人に聞いたそうです。何故関西弁を使うから同志社だと判断したのか不思議ですが、不思議に感じる一方で当時からそうだったのかなと妙に納得する面もあります。実際、よど号メンバーにいる若林盛亮が同志社の学生でしたが、日野原氏が尋ねた相手は若林ではなく確か大阪市大出身の赤木志郎だったようなことが書かれていました。

 日野原氏については他にも紹介するべき内容に溢れているものの、恐らく他の執筆者も書くであろうから、敢えて自分にしかなかなか紹介できないように限ると上記の通りとなります。その価値観、実績、生き方のどれをとっても模範となるべき人間で、亡くなったことは非常に惜しく感じるとともに余計な延命治療をせず大往生を遂げられたことはまさに有言実行であったと称えるべき人生でしょう。改めて、この場にてご冥福をお祈り申し上げます。

2017年7月16日日曜日

正常な判断の利かない経営者

 結論から書けば、日本の中小企業にはもはや正常とは言えないレベルで判断力がおかしい経営者が多にも関わらず、変な感じで会社が生き残ってしまうから社会全体で効率悪いと私は考えています。

 経営者が頭おかしいといえば、多分一定のサラリーマン層は「そらそうや」と思うかもしれませんが、ブラック企業を見ているか否かでその言葉の重みは変わってくるでしょう。一例を挙げると、昨日元同僚と会って食事をしていましたが、なんでも中国の駐在手当てが何故か国内の単身赴任手当より低くなっていたと言っていました。またその人がすべて交渉して取りまとめた実績が何故かその人の実績とはならずに貿易事務をやっている人の功績になり、月間売上を就任前と後で1000万円くらい増やしたにもかかわらず何故かボーナスまで減らされたそうです。早く辞めて別の会社行けと言ってはいるものの、「家から近いし」というのでまだしばらくは続けるそうです。

 こうした例はなにもこれだけに限るわけではありません。私も夢想家ではないの世の中不条理と悲劇に満ち溢れていることは重々承知ですが、意識してか知らずか明らかに会社を誤った方向へ導く判断を繰り返す経営者が日本の場合は特に多く、何故この手の人間が淘汰されずに生き残ってしまうのかが不思議な上に、逆を言えば淘汰される仕組みがないから日本の景気も悪いままなのかもなと思えてきました。
 本当に些細な点でもやるとやらないとでは全然違うのに、どうして売り上げを増やそうとすることに努力しないのかと思う会社が多くてなりません。具体名を挙げるとニトリはこの前上海でベストバイがあった大型店舗を使って新規オープンしましたが、以前テーブルを購入したところ組立説明書が日本語しか書いて無く、本気でこいつら中国で売る気あるのかと疑問を覚えました。これならぎこちなく誤字も多いが、頑張って日本語でメニュー書いている飲食店の方が努力しています。

 このほか例を挙げて言ったら切りがないですが、東芝や三菱自動車、日本郵政、シャープの元経営者らはわざと会社を潰そうとしているのかと思うくらい頭のおかしい判断を繰り返していました。シャープに至っては最終的に鴻海に買われてよかったよかったですが、仮に最初の交渉時に素直に当時の株価で身売りしていれば、シャープに入ってくる現金は最終的な投資額の3倍だったともいわれ、無駄に時間をかけて価値を落として売ったようなもんです。まぁそれが狙いだったというのなら何も言いませんが。
 三菱自動車についても、燃費不正発覚時の社長は技術畑出身ということもあって待望された社長でしたが、過去に上司の命令を聞く振りして極秘で電気自動車「アイ・ミーヴ」の開発をやっていて「我々技術者の努力の賜物だ」と自慢していましたが、見方を変えれば現場が経営陣に従っていないのが常態で、さらにそれを自慢するような内部統制がまるで聞いていない風土であったことが見て取れます。しかもその「アイ・ミーヴ」自体がセールスとしては失敗作と言わざるを得ず、さらにこんなことやらかす人が社長に就いてしまうというのも私としてはあり得ません。

 「プロ経営者」という言葉が「ユビキタス」などの言葉同様に一時期出て、そして今はあまり聞かれませんが、真面目に日本はもっと経営者の能力を比較し、ダメな経営者と優秀な経営者をしっかり見分けられるようにしなきゃダメでしょう。はっきり言いますがダメな経営者がいればいるほど社会的にはマイナスで、この手の輩を如何に社会から追放するか、敢えて過激に言えば抹殺するかというくらいの勢いで潰さないと、真面目に日本の未来はないと思います。多分この問題を軽く考えている人は多いと思いますが、労働組合制度が全く機能しない今の日本の現状ではせっかくある資産をダメな経営者がヒアリの如く食い潰していくだけです。
 自然淘汰されないというのなら、直接間引くしかない。JALは破綻して初めて改革が行われ、ある意味で「プロ経営者」と言える稲森和夫氏の手腕で再生されましたが、稲森氏なくても自然に再生される、自然に経営陣が淘汰される仕組みこそ日本が作らなければならない課題でしょう。

2017年7月14日金曜日

このところ急上昇してる記事

何故戸籍制度はいらないのか
他人事ではない欠陥住宅訴訟

 どっちも自分の過去記事ですが、何故か今になってアクセス数が急上昇しています。上の戸籍制度の記事に関しては2009年の、自分がまだ髀肉の嘆をかこってた頃の記事だというのに。
 急上昇している理由は簡単に想像できます。戸籍制度は「R4」、「脱法ハーフ」こと蓮舫代表の無責任な発言によるもので、下の記事はこのところ猛威を振るっている松居一代氏の影響でしょう。

 松居一代氏については自分もなんか怖いのであまり記事とか発表を追っていませんが、蓮舫代表については最初に「戸籍を見せる」と言わなければそれまでだったのに、いったん見せると言ってからやっぱ見せないと発言を翻すなど、わざと民進党の支持を落とそうとしているようにしか見えません。そもそも戸籍公開が差別につながるとかいう発言も意味不明だし、政治家であればプライバシーはほぼ存在しなくなるということを考慮すると身勝手な物言いとしか言いようがないでしょう。
 そもそも論を言えば、戸籍じゃなく公開が求められているのは国籍変更時期です。戸籍謄本の国籍変更時期の箇所だけ見せればいいだけで、ここまで抵抗するということはやはりすねに傷があるというかクロなんでしょう。

 ちなみに戸籍と言えば実は今週、パスポートの更新のために上海領事館に行って手続きをしてきました。この時申請書に本籍地を書かなきゃいけないのですが、私の場合は祖父の遺言で何故か大阪市梅田に本籍が残っているため詳細な住所がわからず、わざわざ左遷先の名古屋から岐阜に旅立った親父に確認して聞き出しました。
 それにしても、パスポート更新を海外でするほど海外に定住するなんて10年前には全く思いもしませんでした。上記の2009年も日本で就職した会社で正直燻ぶっていましたが、よくもまぁ現在の自分の立ち位置にまでこぎつけたものだと我が身ながらその波乱ぶりには呆れてきます。っていうか最近、自分の本業ってなんだっけとマジでわかんなくなるから怖いです。

2017年7月13日木曜日

伝説の女性飛行士にまつわる報道について

伝説の女性飛行士イアハート、日本軍の捕虜に? 新たな証拠写真
女性飛行士イアハート「生存写真」、消息絶つ数年前に撮影 専門家(AFP=時事通信)

 少し目についた報道だったので触れておきますが、正直言ってどうしてこんな内容を時事もわざわざ報じるのか理解に苦しみました。記事内容は米国で伝説的な女性飛行士であるイアハートが1937年に消息不明となった事実について、遭難ではなく日本軍に捕虜にされていたのではないか、この写真がその証拠だ、と報じているものです。結論からいうと裏取り取材をするまでもなく事実としてはあり得ず、AFPが報じたからと言ってそれをそのまま和訳して報じる時事通信は何を考えているのだと呆れました。

 この報道が明らかに事実でない根拠は行方不明となった時期が1937年であるという点です。この時点で日本は米国はおろか、中国とも戦争を開始しておらず(行方不明から数日後に盧溝橋事件)、わざわざ著名な米国人女性飛行士を捕虜にして監禁する理由なぞ全くないからです。保護したのだったら普通に米国まで送り届けるに決まっており、一体何故捕虜にしたという説が流れたのかまったくもって理解に苦しみます。
 上のリンク先は初期報道、下のリンク先はその報道に疑義を呈すもので、案の定というか写真自体も1937年より以前に撮影されたものであるとほぼ確定のようです。っていうかなんでこんないい加減な主張の裏取りまでしなきゃならないのか、あほみたいな話ですしそんなあほみたいな話を何の注釈もなしに報じる時事も時事でしょう。ここはたまに呆れた報道をすると思っていましたが未だ変わりなくて何よりです。

 ちなみに少し言及した裏取り取材ですが、これは「発表、報じられた内容が本当に真実であるか」を確かめるための取材です。その裏取り取材について今、「『南京事件』を調査せよ」という本を読んでいますが、この本の作者である清水潔氏こそこの方面の第一人者で、まさに取材の鬼だと私は思います。同じく取材が非常に執拗であることに定評ある方として佐野眞一氏もいますが、程度でいえばやはり清水氏の方が明らかに上回っているように思え、その取材に欠ける執念たるや誇張ではなく異常者と言っていいレベルでしょう。
 これまでの経歴からもそうした徹底した取材ぶりの片鱗が見えますが、今読んでる本でも南京攻略戦に従軍した兵士の書いたスケッチ、事件前後の南京周辺を映したとされる写真を手に取るや、その背景に写っている地形や山の尾根が一致する場所を現地で探しだしてしまうという相変わらずの執拗さを見せています。

 ただ清水氏もこの件の取材については正式開始前、その想定される困難さから「こりゃ難しそうですね」と漏らして暗に中止を訴えかけたものの、横でそれを聞いていた上司が翌日ほかのメンバーを前に、「清水君がやる気を出しているからみんなで頑張ろう」的なことを言って梯子を外すどころか補強されてしまったというエピソードが載せられてました。思うに、この上司は清水氏の性格と能力をしっかり把握しているんだろうなという気がします。

2017年7月12日水曜日

自分に記者になるよう勧めた塾講師

新手の新興宗教

 私が学生だった頃、帰省中の私に対しお袋が、「(私の姉が)早く公務員になればいいのにと言っていたよ」と、暗に公務員を目指すよう勧めてきました。これを聞いたとき私は口には出しませんでしたが、(そこそこ長く自分と関わっているのに、自分の本質を何一つ理解してないんだな)というあきらめに近い感情を覚えました。
 直接私を知っている人間なら話は早いですが、リアルに公務員のことを「公僕」といえば警察官に対しても「国家の狗」と言って憚らないくらいに公務員に対するアレルギーめいた反感が強く、なおかつ型にはまった仕事を明らかに苦手としている私に公務員を勧めるなんてちゃんちゃらおかしい話です。実際周囲の友人も、「花園君は公務員だけは絶対になってはダメだ」とおくびもなくいってきました。まぁ中には、「まぁ性格的に大企業も絶対無理だろうけど」という奴までいましたが……。

 そういう意味では記者職、特に今やってるような半ばフリーで活動するような形が自分にはフィットしているのでしょう。この記者というかジャーナリストになろうと思ったのは中学二年の頃で、当時の塾講師に勧められたことがきっかけでした。
 当時から小説を書き始めた私は漠然と会社勤めよりフリーな立場で仕事したいと思い、小説家を目指そうと中一の時点で認識していました。そのことをマンツーマン教室で教えてもらっていた当時の講師に話したところ、「小説家は売れなければ食えないから、文章で書く仕事であり小説を書く機会もあるから記者になれ」と言われてから記者という職を意識するようになりました。。

 当時はまだ中学生で将来やりたい仕事があるとはっきり言えば格好いいというようなイメージもあって周りにも将来は記者になると言って憚りませんでしたが、高校時代も小説を書いて小説家を目指しており、どっちかっていうと妥協的な職業という認識でいた気がします。ただ高校時代から小説の傍ら評論文を書くようになり、やはり小説書くよりも物事をわかりやすく説明する、分析する方面で自分の能力は優れているかもという実感を持ち始め、大学に入ったころには小説家へのあこがれはもうほとんどなくなって記者以外になろうという考えはあまりありませんでした。

 こうして考えると、あの塾講師が記者になれと言わなかったら自分はマジでどうなっていたのかと思えてならず、地味に大きなアドバイスだったと今更ながら思えてきます。それにしてもまさか当時は本当に記者になれるとは思わず、新卒でマスコミ業界に入れてもらえず一度はあきらめたものの、中国で裏技的に編集職を得て経験を積み、環球時報にまで記事が引用されるようにまでなるとは物事というのはわからないものです。
 なおその恩人ともいうべき講師は当時早稲田大学に通う学生で、第一印象は当時流行の茶髪ロン毛だったことからチャラい人かなという感じでしたが、根は割とクソ真面目な人で、実際に自分の将来を考えてああしたアドバイスくれたのだと思います。また早稲田出身はジャーナリストが多いということも教えてもらったのと単純にその講師の後輩になりたかったことから一時は私も早稲田進学を志望しましたが、それからすぐに広末涼子氏の早稲田大学入学事件が起こり、その講師自身が私に、「早稲田には来るな。そんな価値はない」と言って止めるようになりました。本当に変なところでクソ真面目な人だった。

 その講師とは別ですが、高校時代に通った予備校の講師に一回原稿を見せたところ、この講師は小説家をそのまま目指すようにと期待されました。曰く、「坂口安吾の系統だなお前は」で、当時は何とも思いませんでしたが年取るにつれて白痴論が正しいように思えてくるあたり、この講師も私のことをよく理解してくれていたのだと思えてなりません。

2017年7月11日火曜日

冷やし中華はいつ始まったのか

 昨日同僚と一緒に近くのラーメン屋に行ったところ、「冷やし中華、はじめました」という言葉がメニューの上に踊ってたので頼んで食べました。麺を太麺にしたのがやや失敗でしたが一応はおいしかったです。
 その際に同僚と話をしたのですが、一体いつからこの「冷やし中華、はじめました」というキャッチコピーが使われるようになったのかが少し気になったわけです。ちなみに中国で冷やし中華は「冷中華麺」と書きますが、そもそも冷やし中華は日本発祥で中国には存在しなかったのを考えるとこの訳もいろいろ思うところがあります。

 話は戻りますが上記のキャッチコピーは何もこの店に限らず日本全国どこでも使われており、地味に浸透力の高いキャッチコピーの一つとしてみることができます。例えるなら「土用丑の日のウナギ」に匹敵するレベルで、冷やし中華を始めることと本格的な夏シーズンが到来したことを浮かばせるコピーとなっており、誰が言い出したかは知りませんがここまで広まるのだったらついでに自分の名前も平賀源内みたく売り出しておけばよかったのにという気がします。
 このコピーについて同僚とも少し話しましたが、「始まるのはいいんだけど、冷やし中華終わりましたってコピーはねぇよな」などと、始まりがあるものには必ず終わりがあるという自然原則に反しているのが私としては気になります。毎年夏が来るたびに始まってばっかで誰に知られることもなく終わってはまた夏になって始まるという無限のループが、冷やし中華を取り巻いていると思うとなかなかに因果なものを感じます。

 それにしてもやはり食品についてはキャッチコピーが付くと強くなるものだとも覚えます。先ほどのウナギにしろ、季節と絡めればシーズンごとの大幅な出荷が見込めるわけで、そうしたものを促すコピーを作るというのはなかなかに偉大な仕事でしょう。
 なお以前にも少し書きましたが、近年はこうした世間に浸透するようなキャッチコピーが減りつつあるというかほぼ聞きません。昔はゲームソフトなどでいろんな名キャッチコピーが生まれましたが最近だとゲームでもそういうものは聞かれず、一時期は人気職だったキャッチコピーライターも最近は存在しているのかと疑うくらい目にしません。

 なおコピーとは違いますが記者の腕が問われるのは記事文章はもとより見出しのつけ方です。特にネット記事については見出しでアクセス数が決まると言っても過言ではなく、如何に限られた文字数でドキッとしたり目を引くような言葉を盛り込めるかは実力が左右するところです。
 私が書いているJBプレスの記事ではまずは「中国」という単語を入れるようにしていますが、やはり「中国」と書いているだけで間違いなくアクセス数は上がります。その上で比較的刺激的且つ挑発的な言葉を入れるとさらに上がるわけですが、実は最近見出しつけるのが下手になってきてJBプレスの編集部にちょくちょく直してもらってたりします。

 また話が変に戻りますが以前はゲームソフトで名キャッチコピーが良く生まれてました。敢えて自分もこれに乗っかるというか最近非常にはまった「ルフランの地下迷宮と魔女の旅団」にキャッチコピーをつけるとするならば、「魔女と幼女と迷宮と、エロス溢れる人形兵たち」かなぁ。既存のキャッチコピーで一番うまいなと思うのは「サイレン」の「どうあがいても絶望」ですが。

2017年7月9日日曜日

昨日書きそびれた内容

 昨日の記事で小泉進次郎氏を取り上げた際、オチに持ってこようとしていた話を書きそびれていたことに今気が付きました。

 どんなオチを考えていたのかというと、進次郎氏は割とイケメンながらそこそこ年齢も上がってきたこともあって、なんとなくスーツ姿を見ていると「売れずに年齢重ねてしまった芸人」っぽく見える時がたまにあり、演説の際に聴衆を弄る(=客弄り)のも得意なんだからなんかの機会に漫談でもやってくれないかと密かに期待しています。
 漫談の内容は折角議員なのだから身内ネタことやはり政界を茶化す風刺ネタをやってもらいたいところです。それこそ何かにつけて「忖度忖度……」と言い続けて、ツッコミをする際は「違うだろ、このハゲ!」みたいな形で相方を叩いたりしてくれればいうことなしで、真面目に一回でいいからこれ見たら安心して成仏できるような気がします。

 ちなみに政治ネタのコントに関して、最近一部のお笑い芸人がえらく真面目に政治や社会について意見を発信することが増えていますが、個人的に私は非常に不満です。というのも芸人だったら茶化すように風刺し、聴衆に別の観点を見せてなんぼであって、政治や社会について真面目に語るなんて言うのは仕事放棄もいいところではないかと勝手に考えています。如何に真面目な問題について面白いことを言うのが芸人の仕事だというのに、真面目に答えることに違和感ないのかと非常に疑問です。
 そういう意味で昔から政治お笑いコントグループのザ・ニュースペーパーが気に入ってたりします。最近は日本のテレビ見てないから知りませんが、もっと地上波で取り上げられるべき存在なのではないかと思うのですが是如何に。


2017年7月8日土曜日

次の総裁選のキーマン


 市内でシビックType Rを見つけたので撮影。左下に指入ったの撮影当時は気づかなかった。
 微妙にフロントグリルが今度日本で発売するバージョンと異なっていて果たして本物かやや疑念はあるものの、車体やサイズなどは明らかにレースカーです。どちらにしろ、既にこうして中国で納車されているというのがちょっと驚きです。

 話は本題に入りますが、来年行われる自民党総裁選がこれまで通りとはいかない状況になってきました。説明するまでもなく安倍首相への支持率が下がっているだけでなく党内求心力もダダ下がりの状態で、前回は向かうところ敵なしの状態で再選を果たしましたが果たして次回はどうかといえば前回ほど楽にはいかないことは必定です。
 目下のところ総裁選に出馬してきそうな候補としては石破議員と岸田外務大臣で、特に岸田外務大臣は明確安倍首相からも後継候補として目されているものの、安倍首相からの禅譲を待たずに今回打って出るかが注目されています。私個人としては年齢もそこそこだし多少関係を悪くするにしても岸田大臣は一回は出てみた方がいいのではないかと思ってはいますが。

 仮に誰かしら候補が出て投票にもつれ込む場合ですが、その際に地味にキーマンとなるのは私が見る限り小泉進次郎氏です。言うまでもなく彼は党内外を問わず非常に人気があり、特に一般市民からは大人も子供もおねーさんもと言わんばかりに男女問わず幅広い年齢層から指示されていて、仮に彼が特定候補の応援に回るとしたら総得票の2~3割は動くのではないかとすら私は考えています。そしれ彼が応援に回るとした場合、彼が何を要求するのかも重要で、具体的には大臣ポストを狙うのかでしょう。
 そこそこ在任期間もついてきたので私としてはここで進次郎氏が閣僚入りするのもいいと思っています。自民党は恐らく、特に長老連中は彼を次の次の首相にすることを一つの切り札としてみているところがあり、このスケジュールに載せるのであればそろそろ大臣経験を積むべき時期です。速成させるなら官房長官ですが、さすがにこれは任が重いと思うのでその他の大臣で何かやるべきでしょう。

 こうした大臣ポストを総裁選での応援の代わりに要求するか、その逆に候補のどれかがこうしたポストで彼に応援を依頼するか、こう考えると必然的に彼が次の総裁選のキーマンことキングメーカーに近い立場を演じるのではないかと考えるわけです。もっとも、敢えてここで特定候補の応援に回らず中立を保つというのも一つの選択で、この場合ですと大臣ポストがいきなり得られるわけではないものの下手に特定候補につかず政策で選ぶなどという姿勢を示すことで市民からの人気はさらに高まる可能性があるでしょう。まぁこの辺は本人の選択次第なので私がとやかく言うべきものではないのですが。

 敢えて進次郎氏が誰かの応援を行うという前提で話を進めると、安倍首相が取り込みに成功した場合は十中八九で三選が決定でしょう。逆に岸田大臣が取り込んだ場合、真面目にどうなるかわからず、総裁選前後のスキャンダル状況によっては一気に安倍政権が終わる可能性もあるのではと思います。まぁ私としてはそこそこ長くやったのだし、制度疲労も起こしていて、なおかつそろそろ次代の政治家を育成する時期であることを勘がるとここで安倍首相は引くべきだと個人的には考えているのですが。

2017年7月6日木曜日

両足のマメと私の歩き方

 先週、既に革靴の底部と上乗部の一部がはがれるくらいに酷使していたので、古い革靴を捨てて新しい革靴を購入しました。なお中国の革靴についてですが友人曰く、「高くても安くても耐久性は同じ」とのことなので、その友人は安いのを買ってはすぐ履き潰しています。
 私もこれに倣ったというか、前回は200元(約3200円)の革靴でしたが今回は100元(約1600円)のを購入して今秋から履いていますが、何もこの革靴に限るわけじゃないものの新品でなじんでないことから今両足に半端ないマメができて歩行が苦しいです。

 私に限らず新しい革靴だと靴擦れなどで同じようにマメとか擦過傷ができる人もいるでしょうが、私の場合は多分人と違うというか何故か前足、それも足指の付け根辺りに大きなマメができます。こうなる理由というのも歩き方がおかしいせいで、具体的に言えばあまり膝を曲げずに腿も上げず、どちらかといえば足首を左右に動かすことですり足のようにして歩くからで、体重をかけた地面との接触面はかかとよりも前足にかかることが多いです。そのせいか靴下も爪先やかかとが破れることはほぼなく、上記の前足部にしか穴は空きません。

 一体何故こんな妙な歩き方しているのかというと、単純に早いからです。中学時代に様々な歩き方を通学路で研究して最終的にこの歩き方へと至り、その甲斐あって日本人相手に歩行で抜かれることはまずなく、っていうか一緒に歩いた人は悉く、「足が痛いんだけど……」と途中で私の速さについてこれずギブアップします。
 また中国人は平均的に日本人よりも歩行速度が高いですが、ここ上海でも後ろから歩いてきた人間に抜かれることはほぼ皆無です。昔は中国人は足が速いなと思いつつよく抜かれてましたが、今や自分の方が早くなってしまいました。

 ただそんな私でも、香港人にはリアルでガンガン抜かれます。真面目に歩行世界最速は香港人だと思え、次元の違う歩き方で異常なスピードを彼らは維持しています。

 もっとも両足にマメのある今の私の状態ではリアルに歩くことすらおぼつかず、今日なんか通勤中に杖が欲しくてたまりませんでした。オフィスで水をコップに入れに行くのすら辛かったし。
 最後に余談ですが、この前何の気なしにスニーカーの靴底を見たら、何故か前足の一点部だけ深く掘りぬかれており、一体どういう歩き方したらこんな靴底できるんだよと自分で呆れました。

2017年7月5日水曜日

今思うと理不尽だった陸上部顧問

 以前にも書きましたがまた今度書いてもいいなと思うネタとして、日本の教育は突き詰めれば子供の自我を徹底的に破壊した上で従順にさせるところに狙いがあるというものがあります。真面目な話、私は大半の日本人には自我なぞなく、その思考から行動まで自分がどうしたいかよりも周りと同じであるように振舞おうとするところがあり、だからこそ戦前もあんなむちゃくちゃな戦争ムードに流されたと考えています。

 その話にもつながりますが日本では上記の通り自我を取り除くという意識が強いことから、教師の指示には疑うな、ただ従えしかありません。ご多分に漏れず私も子供の頃は「あれ、変だぞ?」と思いながらも渋々従ったことが何度もあるのですが、今思い返すと小学校の頃の陸上部顧問は正常であるかどうか以前に非常にやばい指導してたなと思えてなりません。

 具体的にどんな指導したのかというと、全体練習で何故か片足ケンケンで数十メートル走らせ足りするなど、運動量はともかくとして体のバランスを崩させるような動作を何故か定期練習に組み込んでいました。また当時私は選択種目としてハードルを選んでいましたが、4月生まれとあって人より早く成長痛が来るようになり、ある日あまりの痛みからジャンプすることもままならなくなって顧問に「足が痛いのですが」と伝えたところ、「ハードルやってる人の宿命です」といってそのまま練習を続行させられました。
 今思うと、詳しい痛みの症状も聞かなかったばかりか成長痛起こしている子供にただでさえ足を痛めやすいハードルの練習を続けさせるなど、よくこんな了見で部活の顧問やってたなと甚だ呆れます。ちなみに結構症状ひどかったのでこの時期は病院に通って赤外線治療とか受けていました。

 この私の顧問に限らず、熱中症対策など明らかに把握しておくべき内容を把握していない運動部の顧問は世の中に多いと思います。しかし最近は顧問に対してもいろいろクレーム就くことが増えているは言え基本的に日本の教育は指導者への絶対服従を是とするところがあり、あからさまに間違った、具体的に言えば体を壊すような指導をする人間は本人の自覚もないまま指導を続けてるんだと思います。
 あまり反逆的なことを言うべきではないものの、やはり指導に関しておかしいと感じたらその気持ちは簡単には捨てず、自分の体を守ることを第一に考えて指導者を疑うべきでしょう。どうしてもそのスポーツを続けたければ外部のクラブに入るといった選択肢も入れるべきで、唯々諾々と従うべきではないと主張したいです。

2017年7月3日月曜日

皆殺しの百合子

 昨日の都議会選挙は小池新党こと「都民ファーストの会(トファー)」が案の定大勝するという結果に終わりました。もっとも選挙前にこの結果は十分予想されており、むしろ予想できなければやばいというレベルなくらいに確実な結果だったので何の驚きもなく、勝因敗因分析とかもあらかじめなされているので私の方からは特にこれといって何か言うことはありません。
 強いて言えば、そもそも都議会選挙は公明党を除けばそこまで重要度の高い選挙戦ではないにもかかわらず、自民党が小池潰しのためにやたらと力を入れ過ぎて準国政選挙並みに注目度や重要度を高めてしまい失敗した感があります。やるんだったら「都議会選挙は都議連に一任してます」と言い切って、安倍首相も応援演説とか一切しなければよかったし、いわんや稲田防衛大臣といったところでしょうか。

 そんなわけでこの都議会選挙についてはブログで書くことはないなと内心思っていたのですが、今日ふと観点を変えてみたところとんでもない事実に気が付きました。その事実というのも、小池百合子都知事と対立した政敵はほぼ例外なく返り討ちに遭い、辞任が引退に追い込まれているという事実です。
 百聞は一見に如かずなので、これまで小池都知事が切り伏せて来た面々は以下の通りです。

小林興起(郵政族議員):。2005年郵政選挙で刺客候補としてきた小池氏に敗北し議員落選。
守屋武昌(防衛事務次官):2007年に小池防衛大臣と刺し違え退官。後に収賄罪で逮捕。
石原伸晃(自民都連会長):2016年都知事選敗北の責任を取り都連会長を辞任。
内田茂(都議会のドン):2017年に小池都知事と対立し都議引退。
下村博文(自民):2017年都知事選敗北の責任を取り都連会長を辞任。
松原仁(民進都連会長):2017年都知事選敗北の責任を取り都連会長を辞任。
川井重勇(都議引退):元都議会議長、2017年都知事選で落選。

 自分が知る限り上記の面々は皆すべて小池都知事と明確に対立し、その結果として役員辞任や議員落選、果てには引退まで追い込まれています。もしかしたらほかにもまだまだいるかもしれませんが、総理総裁や党首の地位ならまだしも都知事クラスでこれほどまで多くの政敵と渡り合い、なおかつすべて斬り伏せてきたいう戦績はどう考えても異常です。
 そもそも小池都知事が全国的に脚光を浴びたのは2005年の郵政選挙で落下傘候補、いわゆる刺客候補として立てられた時からで、そう考えると彼女はこの時から「政界の殺し屋」としてのキャラを確立させていたのかもしれません。なお今回の記事見出しを考えた時は「皆殺しの百合子」のほかに、「殺し屋百合子」「スナイパー・リリー」などの言葉も浮かんでどれにするか少し悩みました。

 個人的に小池都知事の上記抹殺リストの中でとりわけ印象深いのは守屋事務次官との対立です。この時に小池都知事は防衛大臣をしていてその大臣職を辞職する代わりに無理矢理と言っていいくらい強引に守屋事務次官を辞めさせたことから当初は「強引な手法」、「自分勝手」、「ケンカしすぎ」などと批判されていましたが、退官直後に山田洋行事件で守屋元次官が逮捕されるや早めに対処しようとした小池氏の判断、並びに自腹を切る行動は評価され、私としても胆力のある人だと感心させられました。
 なおこの山田洋行事件について平沢勝栄議員が、「この事件で一番わからないのは、(守屋元次官が)嫁と一緒に接待ゴルフに行っていたことだ。ストレス解消どころかストレス溜めるだけだってのに……」と言っていたのが印象深いです。

 私見ですが、小池都知事は政治家としての地力やメディア対応力などそこそこ見られる能力を持っているとは思うものの、一番恐ろしいのは強運とはまた少し異なる、一旦波に乗ったらもう手が付けられなくなるくらいの実力を発揮する点だと思います。野球に例えればヤンキースの田中のマー君みたいなもので、普段もそこそこ実力があるものの、エンジンがかかりだすやもうどうやっても止められないような突破力こそがこの人の最大の武器でしょう。
 そう考えると、前回の都知事選でわざわざ推薦を求めてきたにもかかわらず無碍に扱い敵にしてしまった自民党都連、並びに自民本部はつくづく馬鹿な判断をしたものです。都連が推薦をどうしてもしないとしても本部だけでもパイプ作っておけば全然状況は違ったというのに。

 それにしても小池都知事は残りの政治家人生であと何人を政界から葬るのか、最低でも二桁は乗っけてほしいなと密かに期待しています。

2017年7月2日日曜日

第二次長州征伐の取り扱いについて

 今日まで「ラーメン大好き小泉さん」の1巻が10円というセールがされていたのでマルクス主義的に(=意味なく、空虚な)購入しました。同じ作者の鳴見なる氏による「渡くんの××が崩壊寸前」は以前にも読んでいましたが、この作者は表情の描き分けが別格と言っていいほど優れており、実質的に表情の描き分けが最重要なグルメ漫画とはやっぱ相性がいいなと感じました。なお「渡くん~」については巻末の予告が毎回詐欺もいいくらいに一致せず、話づくりに関しては下手だと評価してます。
 さてさて梅雨の期間一ヶ月を経て久々に自転車で1時間走行したら脱水症状で死にかけ昨日はブログ更新できなかったのですがそれは置いといて、ちょっと真面目な歴史解説をしようとネタを探った結果で思い当たったのが第二次長州征伐でした。

長州征討(Wikipedia)

 長州征伐というのは幕末に禁門の変を起こした長州藩に対し、幕府が朝廷の命を受ける形で諸藩に動員号令をかけて行った征伐です。もしかしたら小さいものとかでほかにも存在するかもしれませんが、私が知る限り幕府がこの時動員をかけて兵を起こしたのは1637年の島原の乱以来で、実に200年ぶりとなる戦争行動であったと考えられます。
 歴史の授業でもきちんと解説されているので知っている方も多いでしょうが長州征伐には二回実施されており、一回目となる1864年の第一次長州征伐においては諸藩の兵が動員されて実際に長州藩の目の前まで進軍したものの、禁門の変の活躍から最高軍事指揮権を委ねられた参謀の西郷隆盛自身が長州藩の実力を惜しみ、斡旋活動を行ったことによって実際の開戦前に藩主の毛利敬親が謝罪、並びに三家老の斬首をすることによって攻撃は取りやめになりました。

 今回この記事で取り上げたいのは1866年の第二次長州征伐です。一度は謝罪したものの依然と幕府の要求に応じない長州藩を叩くため二度目の動員がかけられたのですが、この時既に薩長同盟が成立していたことから薩摩藩箱の動員に拒否したばかりか、外国との取引を禁じられていた長州藩へ密かに名義を貸して大量の武器を購入させるなど暗に支援する有様でした。
 開戦前に話し合いで決着した第一次とは異なり、こちらの第二次では実際に火蓋が切られ、中国、北九州地方で諸藩連合と長州藩が激突しましたが、兵力で圧倒的に劣る長州藩が各戦場で悉く勝利し、また一向に勝機が見えない状況で14代将軍徳川家茂が逝去したこともあり、幕府軍はこれを口実に撤退したことで長州藩の圧勝に終わります。

 以上が主な歴史的事実ですが、私がこの第二次長州征伐についてこのところ思うこととしてはやはり歴史上での扱いが小さすぎやしないか。戊辰戦争は鳥羽・伏見の戦いから始まったということになっているが、明治維新にかけての革命戦争はこの第二次長州征伐からと始まったと考えるべきではないかと思うわけです。
 確かに朝廷の勅許を得てからの討幕戦争という意味では鳥羽・伏見の戦いからですが、徳川幕府VS長州(+薩摩)という構図は既にこの第二次長州征伐の時点でできており、なおかつそれまで日本を支配してきた徳川幕府が圧倒的兵力差で攻め込んだにもかかわらず惨敗するという結果はインパクトがあり、恐らく当時の人々の間でも「幕府の力はここまで衰えたのか……」とはっきり認識するに至った大事件であったように思われます。
 敢えて例えるなら、現代の米国軍がアーカンソー州軍に撃退されるような事態だったと言えるでしょう。何故ここでアーカンソー州がでてくるのかは私にもわかりません。

 このように考えると、一連の討幕戦争はこの第二次長州征伐から始まったと考える方が筋であるように思われ、同時にその歴史的意義も、騎兵隊という農民中心の部隊が武士の部隊相手に勝って見せたという事実も相まって、その重要度は今の日本史における扱いでは小さすぎやしないかと言いたいわけです。

 なおこれは私の勝手な推察ですが、恐らく薩摩藩もこの第二次長州征伐を見てそれまでの公武合体から本気での討幕に意識を変えたのではないかと思います。薩摩藩はこの長州征伐において陰で長州を支援するものの傍観者の立場で、恐らくはある程度戦況が込み入ったところで再び和解斡旋に動いてその発言力や地位を高めようとしていたのではと考えられますが、思ってた以上に幕府が惨敗し、もうこれなら長州と組んで幕府に取って代わろうと、ここで考えたのではないかという気がしてなりません。仮にそうだとすると、薩摩藩は非常に強かな外交戦略を作り実行していたということになります。

 まとめますと、鳥羽・伏見から始まる戊辰戦争はその時系列的な意義から考えると第二次長州征伐からカウントすべきではないかというのが私の意見です。もっともそうなると年号がずれるため「戊辰戦争」とは言えなくなってしまうのですが、討幕戦争、明治維新の始まりという意味ではやはりここがスタートであるべきではないでしょう。

2017年6月29日木曜日

稲田防衛大臣の「防衛省として応援」発言について

 昨日は疲労から記事書けなかったので報道から1日遅れですが、例の稲田防衛大臣の発言をみて思ったこととしては、「これサッカーなら値千金のオウンゴールだな」ってところです。よくもまぁ都議選を直前にしてこれほどまで自勢力を苦しませる目も眩むような一手を打てるものだと感心するレベルです。

 話をまじめに戻すと、やはりこの発言は見過ごせません。稲田氏については元々資質もなくただ戦前回顧という趣味(趣味であって思想ではない)が安倍首相に気に入られているだけで政治家、というより公人としては相応しくない人物だと私は見ており、森友学園問題や日報問題で案の定ぼろを出していました。しかし先の問題と比べて今回の発言は明らかに防衛相を私物としてみているとしか思えない発言で、実際にそう思っているのでしょうが、非常に危険な思想であることはもとよりそうしたことをうかつに口に出す節操のなさは、自覚していないのであれば本当にどうしようもないレベルでしょう。
 それにしてもここで麻生財務大臣が豊田真由子議員に向け先に言った、「あれ女性ですよ」という発言を稲田大臣にも言えたら、凄い説得力感じるとともにマジリスペクトするところなのですが。

 話をもっかい戻すと、やはり今回の発言で一番割を食ったというかダメージがでかいのは安倍首相で間違いありません。このところの自民党議員の不祥事、ひいては自身の森友、加計問題も相まって国民の支持率はおろか党内の求心力すら落ち込み、実際に現時点においても稲田議員の処遇について、ほかの不祥事を起こした議員は離党させたり降格させたりしているのに何故かばう上に留任させるのかと、党内からも公然と非難する声が出てきています。
 前々から思っていますが、安倍首相はびっくりするくらい人を見る目がないというか問題を起こしそうなやばい奴ほど引き立てようとするのが理解に苦しみます。稲田議員なんて普段の発言からみても戦前を礼賛するように見えその実、何も中身が伴っていないというか口先だけの上っ面だけなのが分かるというのに、どうも安倍首相はそうではないとみていたようです。

 また女性という点についても、世の中には優秀な女性はたくさんいるというのに野田聖子議員(総裁選に出馬しようとしてからは極端に冷たくなったが)やドリル小渕議員など、明らかに異常者と思えるようなレベルの女性ばかりを引き立て、私が非常に頼りになると考えている小池都知事にはそっけなくしたため今脅かされるような始末になり、重ね重ねになりますが何故こうも人を見る目がないのか不思議でしょうがありません。

 ただ今回の稲田議員の鮮烈オウンゴールについては時期的にやや同情します。言うまでもなく現在は都議選の直前であり、仮に本気で安倍首相も問題だと感じたとしても、ここで大臣職を更迭させれば選挙にマイナスイメージが出るのは必至で、かといって留任させても非難の材料となってしまいます。選挙のことを考えれば即更迭は確かに難しいと私は思いますが、それだけに稲田議員のこの狙いすましたかのようなタイミングには逆にほれぼれしてしまいます。
 なお自分はこのタイミングについて、2009年時の選挙戦における赤城徳彦農水大臣(当時)の再来ではないかと思い出しました。この人もまぁ「狙って自爆してるんじゃないか?」と思うくらいに不祥事のオンパレードで当時自民党を大敗させた一因というか主犯でしたが、この赤城元大臣同様に稲田大臣も都議選後は多分降ろされるでしょう。本当に降ろすべきだったのは先の日報や森友学園問題の時であっただけに今更ですが、さすがに今度降ろさなければダメージがますます広がるのは確実です。
 まぁここだけの話、稲田大臣を更迭させずとも今回の一件のダメージを回避する方法は全くないわけじゃないのですが、稲田大臣本人がそれを選択することはないでしょう。

 今後の展望ですが、都議選は間違いなく小池新党が圧勝し、これによってオリンピックに関する準備や運営で都側の発言権が増すだろうと考えられます。これまでとは発言権がないにもかかわらず責任ばかり膨らんでいたので、少なくとも現況よりは状況は好転します。
 問題はその後で、都議選にとどまらず国政選挙でも小池新党は余勢をかって候補者を送れるかです。維新はこの間、候補者の質を維持できず自滅しましたが、小池新党もこうした問題に今後さらされるでしょう。仮にこの問題をクリアして国政にも候補者を送れるならば、今回の都議選で公明党は小池新党と歩を合わせているだけに、なかなか大きな勢力となっていくのではと思えてきます。

2017年6月27日火曜日

嵐の中で( ;∀;)

 日本も今、毎日雨が降り続ける天気ではないかと思います。中国も今年は非常に梅雨らしい梅雨でずっと雨が降っており、水不足に悩む北京など華北地域でも今年は降りすぎて逆に水害が起こっているとまで聞きます。
 しかしこれで困るのは言うまでもなく洗濯。私の方も先週一週間ずっと雨が降りっぱなしだったため全く洗濯できず、ついには通勤用靴下が弾切れを起こしてリアルに「アパームッ!」と「プライベート・ライアン」みたいなセリフを言いたくなるような状況にまで追い込まれました。関係ないけど、上記のアパムシーンでは靴下に爆薬詰めたくっつき爆弾使ってたな。

 さすがに裸足で会社行くわけにもいかないので一か八かのかけで昨夜思い切って選択し、夜中ずっと干しておきました。幸いというか夜半に雨が降ることはなく朝起きた時点でそこそこ乾いていたものの、天気もやや良かったのとまだ乾き切ってないためそのまま干したままにして出勤しました。
 相変わらず納期のきつい仕事を会社でこなしながら昼食後、これまたいつものように30分ほどの仮眠を取ろうと12時半に腕組んで昼寝していたところ、わずか10分で耳を突く音で目が覚めました。私のオフィスは7階にあってちょっとやそっとの雨くらいでは窓ガラスに水滴はつかないというのに、思いっきりガラスを叩くかのような水滴音がするくらいの豪雨が上海の街の空を埋め尽くしていました。ほんのちょっと前までマシな天気だったのに……。

 こりゃあ干してた洗濯物も全滅で、下手すりゃ雨に叩き落され階下のベランダに落ちてるかもなとやや沈鬱な気持ちのままカレー食べて帰宅したところ、玄関開けるなり隣の大家一家から、「昼に大雨になったから、あんたの洗濯物取り込んでおいたわよ」とファイインプレーをかましてくれていたことを明かしてくれました。以前にも布団を干していた時に合鍵使って取り込んでくれていたこともありましたがその時は小雨程度で、今日に関しては間違いなくやばいくらい、外に突っ立っていたら雨に叩かれマジであざできそうな降りっぷりだったので、合掌しながら何度もお礼言いました。明日何かお礼持ってかないとなぁ。

 なお昔の記事に書いたと思いますが学生時代は立場が逆で、下宿の後輩の布団を夕立の前に部屋の中に放り込んでおいたことがありました。この時は隣の別の後輩の部屋からベランダを伝って渡り入れたのですが、勝手な行動ながらその部屋の後輩からは後でお礼言われました。
 問題ったのは隣の別の後輩です。彼は私と同じ学科(専攻も同じ)だったのでこの時の出来事を学科内に広め、「花園君と知り合いになっておけば洗濯物を取り込んでくれる」と一時期噂されました。ちなみにその前は私が短パンにTシャツをインせずに登校したら学科内でいちいちニュースになったそうです。

2017年6月26日月曜日

出版社のルーズな内部統制

とある新人漫画家に、本当に起こったコワイ話【試し読み】(マンガハック)

 上記ページで試し読みできるマンガを私は冷凍たこ焼き好き(あと納豆も)の友人から紹介を受けたのですが、一見して読んだ後の私の感想はというと、「ダボって言葉使ってるから作者は岡山辺りの人だろうね」でした。
 そんな私の感想を横目にこの漫画はよく売れており、ついこの間までAmazonのKindleコミックのランキングでずっと3位につけていました。もっとも当時の1位と2位は作者が同じ、「中間管理職トネガワ」と「1日外出録ハンチョウ」でワンツーフィニッシュだったというのがもっとすごかったけど。トネガワは私も買いました。

 そろそろ真面目な話題に移すと、この本の中身は言ってしまえば杜撰な漫画編集者に振り回された作者がその内実を暴露するという内容です。見る人によって感想は異なるでしょうが、私の感想は上記の通り作者の岡山弁が気になったのと、「進撃の巨人」作者に対し「漫画じゃなくてジャンプ持ってこい」といった少年ジャンプの編集者を思い出したのと、まあこの業界なら珍しくもないなという感想でした。先二つに関してはそうでもないでしょうが最後の三つ目の感想は一時期とはいえメディア業界に所属した、っていうかいまでも実質付き合いのある身であるが故の感想で、多分一般的ではないでしょう。

 結論から言うと、出版会社を含むメディア業界は契約や業務執行など諸々の面で内部統制が非常にルーズです。特に原稿の外部発注に関しては基本的に正式な契約書を交わさず、メールや口頭で述べた原稿料を源泉徴収して向こうへ振り込むのが普通で、ライターに関してはまだしも漫画家さんについては企業に勤めた経験がない人も多いだけに結構喰われている(カイジ風に)人も多いのではと思います。
 また業務に関しても規範化はほとんどなされておらず、個人情報の取り扱いなどについてもいろいろ緩いです。いくつかその一端をうかがわせる事件を挙げると以前にあった「少年チャンピオン」の懸賞品未送付問題とか、「テルマエ・ロマエ」の映画原作契約を作者へ一切の説明なしに出版社が締結したなど、これらの問題は多分多かれ少なかれどこの出版社でもよくあることでしょう。

 最近この方面の企業統制に関わることが多いので気になってしまうのですが、出版社の内部統制は一体どうなっているのか疑問に感じることが多いです。上記漫画の相手となったKADOKAWAグループは一応上場して監査も受けてるはずなんですが、それでもあんま従業員の業務統制はしっかりできてなさそうです。
 いわんやと言っては何ですが、ほかの出版社はどうなのか。基本的に出版社は大手でも上場していないのが当たり前ですが、きちんとした監査を受けず内部統制もしっかりやってないから案外自分たちの危機的状況もわかっていなければ、何のために給料もらってるんだかわからない編集スタッフも数多く抱えたりしているのではと密かに疑っています。もっともこの分野、内部統制がしっかりしているからと言って立派な編集が育つかと言ったらまた別で、ある程度偶然に頼らざるを得ないというのもわかってはいるんですが。

 なお今回記事を書くにあたって前情報とかないのかなと思いネットで「出版社 内部統制」などで検索をかけましたが、出版社が出版している内部統制関連の本しかヒットしませんでした。こういう本出してる連中がいい加減な契約とか業務をしているのかと思うとなんか複雑な気分となります。

2017年6月25日日曜日

加計学園問題における特区の問題点

 わざわざ自分が書くほどの内容とは思わないもののあまり論点としてまだ軸になっていないため一応記事にします。

 さてこのところ世間を騒がせている加計学園問題ですが、この問題の焦点となるのはそもそも何故「獣医特区」が設けられたかに尽きると思います。細かく調べてはいませんが、なんでも愛媛県今治市に獣医学部を新設するに当たって先に今治市を獣医特区として認定し、その上で加計学園に獣医学部を新設することとなったわけですが、改めてこの過程を見ると疑問点が多すぎます。

 まず、なんで獣医学部を設置するのにいちいち特区を設ける必要があるのか。学部新設は文科省の権限範囲で行うべきであって、「特区にするから獣医学部が必要」というのはむしろ順番が逆です。
 次に、そもそも獣医特区は何なのかです。多分政府としては獣医研究、臨床の拠点としてうんぬんかんぬんいうでしょうが、獣医学を特区でやるから何のメリットがあるのか私には見えません。医療機器特区とかならまだしも、学術研究や臨床で、しかもこう言っては何ですが今治市でやることに必然性はなくむしろ疑問点しか浮かびません。
 最後、何故今治市なのかです。これの答えはいたって簡単で加計学園が今治市にあるからで、京都産業大学などほかの新設候補を蹴落とすために今治市を特区にして加計学園に新設を認めるという算段だったからでしょう。

 このように考えると、加計学園に獣医学部を新設させるために今治市をいちいち獣医特区にしようとしたというのがこの問題の枠組みです。誰が何というと「加計ありき」というのは間違いなく、またこの誘導のためにわざわざ国家戦略特区制度まで利用されたということで、皮肉を言えば非常に豪華な布陣です。
 私個人として一番不満なのは、まともな特区は作らないでおいてこういうわけのわからない利益誘導のために特区制度が利用されているという点です。それこそ審議にも上がった最低賃金特区や外国人雇用特区などは悉く無視されておきながらこういう無意味な特区が作られるだなんて、順序として明らかにおかしく本当に怒るべきはこの点でしょう。一応、獣医学会が学部新設に反対していたのでそれを突破するための特区設置と言い訳は立ちますが、だからと言って手続き順序がおかしく、なおかつ本当に価値のある特区が設置されない点は見過ごせません。

 それにしても前の記事でも書きましたが、安倍首相はどうしてこうも変な連中ばかりと付き合おうとするのか不思議でしょうがありません。金と権力のある所にはすり寄ってくるものがあるとはいえ、人を見る目こそもっと鍛えるべきだったでしょう。

2017年6月24日土曜日

真夜中の怪音

 昨夜、後輩とともに極楽湯に行ってきて、「花園さん、背中やばいっすね」と、ダニに噛まれまくった背中を見た後輩に言われました。これでも大分治ってきたのに……( ;∀;)
 入浴後、あんまおいしくなかった食堂でのご飯を食べた後、いい感じにダラダラしてから自宅に戻ったところ、何やら入り口付近で数分ごとに「ピー」という機械音が聞こえてきました。ちょうど何かドアを挟んだかのような音で外でなっていると思いましたが、あまりにも何度もなるのと、やはり玄関付近で聞こえるのでよく調べてみたところ、ガス給湯器が音を出していることに気が付きました。

 現在の自宅のガス給湯器は戸棚の中に入っているので、そのせいで音がくぐもって気が付くのが遅れました。改めて戸棚の戸を開いて確認したところ、給湯設定温度が何故か70度となっていておかしいと思い、さらに調べてみたところ、どうも「温度アップ」のボタンが触ってもいないのに押されているような状態であることが分かりました。そのため「温度ダウン」ボタンを押しても70度から全く下がらず、試しにお湯出してみたら70度かどうかはわかりませんがやばいくらい熱いお湯が垂れ流されました。

 そして音の正体ですが、給湯器の温度設定ボタンをいじると「ピー」となるわけで、要するに「温度アップ」ボタンがほぼオン状態でありながら、ごくたまにオフになってまたオンになるとともに音を鳴らしていたというわけです。原因はわかったものの、ボタンはどう押しても反応がなく、このままの状態が続いたらシャワーも浴びれなくなるぞとやきもきするものの、既に深夜を回っていたためもう何もせずに寝ましたが、その後もしょっちゅう「ピー」となってうるさかったです。

 開けて翌日の今朝8時から試しに外枠の金属板を外して温度設定パネル部分を取り出し中を見てみると、どこもおかしなところはありません。ただなかの基盤を出しスイッチ部の端子を少し触ってみると、心なしか「温度アップ」のやや左側を強く押したところオン状態からオフに切り替わりました。その後しばらく左側を強く押し続けスイッチ端子をやや左に傾かせたところ、うまいことというかオン状態が止まり、通常通りに操作できるようになりました。
 もっともここに至るまで、外枠外してから約一時間半かかりました。この間、何故か朝飯も食べなかったし。

 今回こうして作業してて思ったこととしては、最近はこういうことするの減ったなという感想でした。というのも中国は住宅設備、建材ともに非常にもろく、トイレをはじめやたら目ったら壊れるのが当たり前です。そのたびに大家と交渉したりしますが直せるものは自分で直すように自然となっていき、実際に私も水が染み出るトイレやガス漏れゴムホースの修理を過去に何度もやってるのですが、今の借りている部屋は比較的環境が良くこれまでそういった問題に悩まされることはありませんでした。
 現時点で今の部屋は約1年半住み続けていますが、2010年以降は2年と同じ部屋に住んだことはなく、あまりにも引っ越すことが多いため家具や家電(電子レンジが常にない)もあまり買わないようにしていますが、割と今の部屋は親切な大家ともども気に入っているのでなるべく長くいたい、というかもうそんな転職とか引っ越しと化したくないのが本音です。

  おまけ
 住宅に関してはこのところ2年以内に引っ越していますが、会社に関しては3年以上同じ会社にいたことがありません。周りの同僚にも冗談で、「今回は3年の壁を越えたい」と話していますが、「いや、ハードル低すぎるだろ」と突っ込んでくれる辺りいい同僚に囲まれています。

2017年6月22日木曜日

文科省と安倍政権

景気判断、半年ぶり上方修正=消費持ち直し―6月の月例報告(時事通信)

 なんで上の記事はCPIもPMIも産業別投資額も書かれていないのに成立するのか自分にはわかりません。シャレや冗談ではなく、根拠とするデータもなく政府が発表する情報をただ垂れ流すだけだなんていつから日本のメディアは大本営発表するようになったのか。そして誰もそれを疑わないのが自分には理解できません。

 話は本題に入りますが、加計学園問題や豊田議員の暴言問題(いじめ、かっこ悪い)といい安倍政権から身の問題が続いています。にしても後者は久々にあんな「ハゲーー!」って絶叫聞いたよ。
 前者の加計学園問題はその前の森友学園問題ともいくらか重なりますが、この両事件を見ていて断言できることとしては文科省は安倍政権に対しはっきりと対立姿勢を持ったというか牙をむいています。内部文書や萩生田官房副長官のメモなどこれ以上ないタイミングで突然出され、それもほぼリークに近い形で明るみとなったことから、政権へのダメージを期待して文科省が流したものと思っていいでしょう。問題なのは何故文科省は安倍政権と反目したのかというきっかけで、結論を言えばあくまで私自身の推察によるもので支持根拠の類は一切ありませんが、今年初めに発覚した文科省OBの早稲田大学への天下り事件だったのではと考えています。

 この事件、100%悪いのは文科省です。天下りは禁止して職員の再就職は人事院を通すようにって言われてんのに平気で無視してやったわけですから。まぁそれ以上に、それらをわかっていながら受け入れた早稲田って大学の方に私は呆れますがね。
 ただ文科省としてはこの件を槍玉に挙げられた挙句、OBの省庁建物への出入りもこれで禁止となったことから、逆恨みと言っては何ですが安倍政権に対する意識がこれで変わったんじゃないかという風に私は見ています。これ以降から森友学園問題がマスコミに、それこそ彗星の如く突然騒がれ始め、元事務次官や現職の匿名職員などが次々と不利な証言や文書公開に動き始めたような気がします。

 恐らくは上のタイミングで間違いないかと思うものの、もう一つ候補を挙げるとしたら森友学園問題も入っています。この事件の主犯は誰かと言えば用地を破格の値段で売却した財務省ですが、政権側はその財務省よりも学校開設を認可した文科省をどちらかと言えば叩くようなスタンスを取り、現時点において土地売却に関してはもうすっかり話題にもならなくなりました。しかしこの件でやはりまた槍玉に挙げられた文科省としては多分あまりいい気分しなかったことでしょう。

 あとこれはタイミングとは別の話になりますが、一連の齟齬についてキーマンとしてみるべき人物は菅官房長官でしょう。かつて田原総一郎氏をして「今の政界で唯一官僚に睨みを利かせ手綱を取れる男」とまで激賞され、言葉だけでなくリアルに完了を殴る蹴るして従わせられると言われただだけあってこれまでの官房長官としての仕事には卒がなく、実質彼あっての安倍政権を作り上げていましたが、ここにきて例の「怪文書」発言などからするに、文科省の反乱を食い止めきれていない印象を覚えます。この状況を菅長官のパワーダウンとみるべきか、それとも官僚側が力を盛り返してきたのかどちらであるかによって見方は大きく変わってきます。

 その上で述べると、恐らく今後も官僚の反乱は文科省を超えて広がると思います。こう思う理由としては抑え続けられた期間が長かったのと、やはり第一次の頃といい安倍政権に対してあまりよく思っていない省庁が多いのではないかと思う節があるからです。安倍政権側に立つとしたら原発村の経産省と防衛省くらいなもので、TPP問題の農水省や消費税増税延期を飲まされた財務省辺りなんかはスキがあらばという感じじゃないでしょうか。次の総裁候補がはっきりすればするほどに。

 最後にこのところ安倍政権にまつわる問題について私から言わせてもらうと、はっきり言って安倍首相の教育概念は狂ってておかしいと思っています。理由は籠池氏のような詐欺師と親しく交際を続けたり、現在の加計問題もほぼ言われている通り真実だとするなら頭のおかしい連中による教育をやけにプッシュしているようにしか見えず、私としては安倍首相が教育にコミットするのは、自分には関係はありませんが見ていて楽しくないし、むしろむかつきます。
 逆を言えば、もう今後一切教育関連にコミットしないというのであれば安心して支持し続けられますが、教育に関して妙な信念があって何が何でも関わろうとするのは目に見えていることから、代わりがいるならそろそろ変えた方がいいと思う心境です。経済政策に関しても黒田総裁に丸投げで何もやってないし。っていうか本人が任期を意識しなくなってから明らかに綻びが見え始めるようになっただけに、明確に引退時期を決めた方が本人のためにも自民党のためにもいいのではというのが私の意見です。

2017年6月20日火曜日

中国都市部における地方出身者への差別事情

 先日、コメント欄にて以下の質問を受けましたので今日は中国の都市部における地方出身者への差別事情について紹介します。結論から言うと、差別は確かに存在するものの、日本人が想像するよりはひどくはないといったところです。

<質問>
「中国都市部の他民族性(注:恐らく「多民族性」)について、ちょっとお伺いしたいと思います。
『中華』の称号を持たない出稼ぎ組との、極端な差別は本当にあるのでしょうか?
彼らは「国歌」を歌わないというウワサなど、今さらながらの愚問ですが、
改めてお伺いしたいと思います。機会ありましたら一筆お願いいたしたく存じます。」
<終了>

 まず都市部で差別される対象についてその定義をはっきりしますが、これは都市部へ出稼ぎにやってきた地方出身者であって少数民族ではありません。中国では満州族、朝鮮族、回族、苗族をはじめとして非常に多くの少数民族が存在しその系統については戸籍ではっきりと管理されており彼ら自身も自覚がありますが、こうした少数民族への直接的な差別というのは些細なものはあれども社会問題となるようなレベルではなく、米国の黒人差別に比べれば取るに足らないレベルです。むしろ少数民族は民族維持のため前まで続いていた一人っ子政策の対象外となるなど社会的な優遇策も受けており、貧富の差でいえばそりゃ漢族の方が圧倒的に豊かですが、その間族同士でも貧富の差が大きいので少数民族が特別差別されているようには私には思えません。

 唯一例外と言えるのはウイグル人で、彼らに関しては都市部に住む漢族は明確に差別意識を持っております。実際の統計を見たわけではないのでわかりませんが漢族はウイグル人には犯罪者が多いと考える人間が多いというかほぼ全員信じ切っており、街中で歩いていてウイグル人を見つけるや大げさに鞄を抱えたりして盗まれないような仕草を見せます。
 ただこうして差別されているウイグル人ですが、都市部ではラーメン屋を経営するなど常住している人も少なくなく、料理はものすごい安いものの店内は非常に汚く如何にも貧しそうなのですが、店の裏に回るとマジでベンツがおいてあったりすることもあり、薄利多売ながらも意外に金持ちが多いという話もよく聞きます。こういうところが中国はいつもながら不思議だ。

 話は戻りますが少数民族に関しては上記のウイグル人を除きそれほど目立った差別はありませんが、定義を「地方出身者」とするなら差別は確実にあります。子供の教育や年金、医療といった行政サービスが都市部では受けられないということはもちろんのこと、地方出身者が多く集まる場所にはあまり近づかなかったり、彼らのことを汚いとか臭いなどと陰口を言います。
 ただ、都市部住民がこのように地方出身者を差別することについて、いくらかは仕方ないと私には思います。

 というのも地方出身者は基本的に都市部の人たちと比べて洗練されていないというか基本的なマナー意識が欠如していることが多く、大勢でぞろぞろ歩きながら路上に平気でごみやたばこを捨てたり、場所や時間をわきまえず非常に大きな声でしゃべったり、夜中に騒いだりなんていうのは日常茶飯事です。また部屋の賃貸に関しても、中国人全体で日本人と比べると借りた部屋を粗末に扱いますが、地方出身者の場合は特にその程度が激しく家具や壁などを破壊したりなんていうことすらままあるそうです。そのため大家としては、同じ家賃なら割とマナーのいい日本人とかに貸したがるということがあり、実際に私の友人は私の部屋探しの際に、「日本人が借りるんだからもっと家賃をまけろ」という交渉をしました。

 こうした地方出身者のマナーや振る舞いの悪さは我々日本人から見ても怪訝なものに映り、以前に地方出身者も多くやってくる上海の観光地に後輩を連れてきたところ、粗暴なふるまいを続ける地方出身者たち(方言ですぐわかる)を見てその後輩は、「別に僕は上海人じゃないけど、あいつらに街を汚されているような気がして腹立ちますね」という感想を述べ、私も全く同じ感想でした。
 なおその後輩は当時中国の地方に留学していたところ上海へ初めてやってきたもんだから、朝ホテルを出る時に、「花園さん、さっきホテルのボーイに荷物預けたら僕にニコっと笑ってくれましたよ!」とマジで驚いていました。変な話ですが、それだけ地方と都市部でマナーや価値観、サービス精神で差があるということです。

 こうした中国の都市部住民が見る地方出身者への見方は、言い換えるなら日本人が日本にやってくる中国人旅行者を見る目とほぼ同じだと思います。さらに言えば、バブル期に欧米人が見ていた自国に旅行へやってくる日本人を見ていた目も同じだったことでしょう。要は価値観や意識のレベル差であり、属性による差別ではなく文化度の差であるというのが私の見方です。なので地方出身者であってもマナーが良い人には、最初は警戒されるかもしれないものの、それほど差別されたりすることはないんじゃないかと思います。

 もう一つ付け加えておくと、都市と地方(農村)の収入格差は未だに大きいものの、十年前と比べれば確実にその差は縮まってきているように思います。ちょうど明日JBpressに掲載される私の記事でも収入差についてグラフを引用していますが、昔は貴族と奴隷くらいな差があったものの、今だと地方でも仕事が見つかるようになってきており、無理して沿岸部の大都市に出ず近くの都市への近距離出稼ぎ者も増えていると聞きます。

 最後に「国歌」に関してですが、そもそも中国人自体がそれほど国歌を意識せず歌うこともほとんどないため、たぶん中国人に聞いても「何それ?」という感じで関心ないと思います。国家への帰属意識については多分韓国、下手すりゃ日本よりも低く、むしろ中国が嫌いだから(地方出身者に多い)といって国外へ留学する人もいるくらいです。自分も大体わかってきましたが、中国人で愛国を叫ぶ人間は大抵は面従腹背で、国家のことなんて何にも意識ないからこそ国を言い訳にして破壊活動をしてるような奴ばっかです。

2017年6月19日月曜日

国会閉会すれば逃げられると思ってる自民党の勘違い

首相「国民に説明」具体性なく 森友・加計・「共謀罪」(朝日新聞)

 なんか誰もこの点に突っ込まないので要点だけ書くと、どうも自民党と安倍首相は森友学園や加計学園の問題について国会を閉会すれば逃げ切れると思ったのか会期延長もせず、共謀罪を通過させたところで閉会に持ってきましたが、断言しますがこれは大きな勘違いで、閉会したからこそ問題の追及は深まり支持率も今後30%台で推移することになるでしょう。

 何故このように私が判断するのかというと、国会が開会している方が野党がまたわけのわからないことを言って逆に支持率上がるからです。ほかの評論家も述べている通りに安倍政権を一番支えているのは自民党支持者でもなく一般有権者でもなくほかでもなく野党の連中であり、何かある度に明後日の方向のとんちんかんな意見や批判をするので、それによって安倍政権は続けられるのです。
 然るに国会を閉会してしまえばそういった野党の応援演説(?)もなくなり、メディアによって疑惑について報道だけが続いてしまいます。多くのメディアがそもそも安倍政権に懐疑的であり、また今回の問題は上記リンク先で朝日新聞が言っている通りに説明に具体性を欠くなどしていることからクリティカルな問題であることはほぼ間違いなく、野党の支援なくしては支持率は下がっていき、自民党内でも反安倍勢力がちょっとずつ活動を始めてくるかもしれません。

 真面目な話、今からでも遅くないから臨時国会を開いた方が政権延命のためにはプラスだと私は思います。我ながらまた凄い意見を言うなという気もしますが、案外共感してくれる人は多いんじゃないかな。

ゲームレビュー「ブレイズ・ユニオン」

 なんか自分のブラウザだと下記リンク先のフラッシュが起動しませんがそれは置いといて、前回記事で取り上げた「ユグドラ・ユニオン」というゲームの事実上の続編である「ブレイズ・ユニオン」というゲームについて今日は取り上げます。

ブレイズ・ユニオン(STING)

 先にも述べたとおりにこのゲームは「ユグドラ・ユニオン」の続編にあたる作品で、ゲームの基本的なシステムは共通しています。もっともシミュレーションRPGとして「変態的」とまで言われるほど複雑なシステムしてるんですが、やってるうちに慣れるけど。
 ゲームの流れは面クリア型のシミュレーションRPGで、ゲームとしての骨格は前作のユグドラ・ユニオン同様に非常によくできてて弄りがいがあり、また明らかに難しすぎると思うくらいの難易度だったユグドラ・ユニオンに比べればやや抑えられててユーザーフレンドリーに作られており、実際ゲームで遊ぶとアイテムコンプリートなどこだわりさえなければサクサク進むような内容になっています。

 そんなブレイズ・ユニオンですが、私の中の評価は他の人にも是非お勧めしたい前作のユグドラ・ユニオンと比べると悪い、というよりむしろユグドラ・ユニオンを遊んだことのある人にはあんま勧めたくないような出来で、結論から言えば「失敗した続編」という評価を下さざるを得ません。何がダメなのかというと、ゲームシステムと難易度に関しては既に述べた通りにやりこみ性も高く文句はないのですが、それらをすべて台無しにするくらいストーリーが悪いです。

 何度も繰り返す通りブレイズ・ユニオンはユグドラ・ユニオンの続編ですが、ストーリーとしてはユグドラ・ユニオンの前日譚に当たり、ユグドラ・ユニオンにて敵役となりユグドラの王国を攻め滅ぼした皇帝ガルガーサが一傭兵から皇帝となるまでの活躍を描いた作品です。
 ちなみにやったことがある人には早いですが、ユグドラ・ユニオンにて敵キャラとして出てくるガルガーサは半端なく強く、真面目に初回プレイした際は「あれ、これ強制負けイベント?」と思ったくらいの無双っぷりで、そのあまりの強さに恐怖を覚えた人間は多数いたようです。っていうか初回は必ずこいつ一人にゲームオーバーへ追い込まれる。

 このガルガーサ自体はやはりその強さなどから前作でも印象に残っていただけにこのブレイズ・ユニオンで主役を張ると聞いて結構楽しみにしていたのですが、皇帝になる以前の話ということもありますが、この作品におけるガルガーサはユグドラ・ユニオンのガルガーサとはまるで重ならず、はっきり言って別人としか思えないキャラになっています。またそのガルガーサの部下達についても、前作ユグドラ・ユニオンで敵ながら印象に残るキャラが多数出ていただけに実際にプレイヤーキャラとなるならどんな活躍するのだろうと思って期待していましたが、前作キャラは出るには出るもののアイギナとネシアというキャラクターを除きその大半がチョイ役程度の出演にとどまり、ストーリーにもそれほど絡んできません。
 おまけに一部キャラクターに至っては、途中にあるステージセレクトで特定の面を選ばないと登場すらしない冷遇ぶりです。一方、主軸となるのはブレイズ・ユニオンで始めて出演するキャラクターたちで、決してこうしたキャラがつまらないというわけではないものの、せっかくの続編なのだからもう少し前作に出たキャラクターを活躍させてほしかったというのが私の本音です。

 こうしたキャラクターの出演だけでなく、途中にあるステージセレクトもどうしてこの仕様にしたのかと疑問に感じる内容です。ある程度ゲームを進めると次の戦闘に出るステージを複数から選ぶのですが、実はどのステージを選ぶかによって仲間になるキャラクターが変わってきて、さらには最終的なシナリオ分岐にも影響してそれによってエンディングが変わります。ただ、そのステージを選ぶとどのシナリオに進むかは明示されていないというかマスクデータで管理されており、はっきり言って攻略サイトを見ない限りは進みたいシナリオには思った通りいけないというやや不満を感じる仕様になっています。

 最後に、私が最も不満だったのはメインシナリオのストーリー展開とラスボスの描き方です。先に述べた通りにこのゲームは主人公のガルガーサが荒廃した帝国の一傭兵から皇帝になるまでの活躍を描いた作品なのですが、後半のシナリオ展開はものすごいハイピッチで、直前までパトロンとなる貴族配下の一傭兵だったのが突然反乱軍の盟主となり、そのまま皇帝も殺害して帝国を乗っ取るという異様な展開へと進みます。
 しかもこの時に倒される皇帝ですが、暴政を尽くしたことから国内が荒廃しそれによって反乱が各地で相次いでいるというストーリ背景にはなっているものの、ゲーム中では彼が何か暴政を犯していたり国民を虐げるような描写は一切なく、それどころか周囲からは深く尊敬されて最後まで忠実に付き従う忠臣も多くいることから、ゲームをプレイしている側からすると、「なんでこの人は下剋上されなきゃいけないの?」という疑問すら湧いてきます。そもそも、皇帝という立場の敵役にしては一昔前のビジュアル系みたいにピッチリ系タイツ履いた優男という外見をしており、なんというか威厳にも欠けるし攻略していて複雑な気持ちにさせられました。

 聞くところによると、このブレイズ・ユニオンはシナリオに関してはメーカーのスティング社内ではなく外注によって制作されたそうですが、はっきり言って「こんなクソみたいなシナリオを外注してどうする?」と私は思いました。真面目に、こんな内容に金払っちゃだめだと思う。

 誉められる点としては前作同様にBGMは文句のつけようがないくらいにどれも素晴らしいのと、声優陣がやたら豪華でどれもイメージに合うといったところです。シミュレーションとしての攻略の楽しみも悪くはありませんが、やっぱユグドラ・ユニオンと比べると劣ってしまうというのが残念なところです。

 なおこのブレイズ・ユニオンの後、同じシステムを使った「グロリア・ユニオン」というゲームも発売されておりますが、現在私は既に購入済みであるもののまだ遊んでいません。理由はつい先月に購入したものの、まず「ルフランの地下迷宮と魔女の旅団」を遊び(裏ボス、隠しボスも撃破済み)、現在は「討鬼伝 極」を必死で遊んでいるからで、手が回らないからです。聞くところによるとグロリア・ユニオンはどうも味方キャラが強すぎるのとシナリオが明るすぎるという点が批判されているようです。
 ブレイズ・ユニオンについては決して駄作ではないものの、やはり前作のユグドラ・ユニオンが名作過ぎるため、どうしても見劣りしてしまうというのが私の評価です。システム面でも上記の通りやや問題があり、もう少し煮詰められればと思うと惜しい作品に思えます。

  おまけ
 ちらっと書きましたが、「ルフランの地下迷宮と魔女の旅団」は真面目に凄い名作だと思うので興味ある方はぜひ遊んでほしい作品です。ジャンルはダンジョンRPGで、最大で40人のパーティを組めるという構成ながら戦闘を含めゲームテンポは非常にスピーディであり、厄災の魔女フルーラ、夕闇の魔女ドロニア、ドロニアの見習い魔女ルカという三人の魔女がそれぞれ主役となって広げられるストーリーはショッキング且つ感動的で、二周してようやく内容が分かってくる深いシナリオになっています。
 なおルカというキャラの「ギャー」という声は非常に癖になります。

2017年6月17日土曜日

ゲームレビュー「ユグドラ・ユニオン」

 あんまゲームのことばっか書いちゃだめだと思いつつも、好きなこと書いてストレス減らしたいので個人的にイチオシな「ユグドラ・ユニオン」というゲームについて書きます。

ユグドラ・ユニオン(STING)

 ユグドラ・ユニオンとは2006年にゲームボーイアドバンス向けに発売され、2008年にPSPへ移植されたシミュレーションRPGゲームです。私がこのゲームをやってみようと思ったきっかけは、制作したのがかつて遊んだ(でもって印象に残った)ことのある「バロック」というゲームを作ったSTINGであったことと、批評サイトで変態的システムRPGだと書かれていたためです。実際、この批評は間違っていません。

 簡単にゲーム概要を説明すると、ストーリーは亡国の王女が国家再興を期して生き残り(+山賊)と協力して戦うというシミュレーションRPGの祖たる「ファイアーエンブレム」並みにオーソドックスなものです。ただシステムが上記にも挙げた通りに変態的というか他の同ジャンルのゲームと一線を画す内容で、初見で見てみた人は多分ビビると思います。
通常のシミュレーションRPGではターンごとに出撃しているユニットキャラを動かし、攻撃を指定し、その結果によって味方がやられたり敵を倒したりします。然るにこのユグドラ・ユニオンでは、ユニットキャラを動かして攻撃するという点でこそ共通しているものの、攻撃できるのは1ターンにつき全キャラ含めて1回こっきりで、しかも1ターンに移動できるマスの数はターン冒頭に選んだカードによって決まり、それを出撃している全キャラで共有します。

 具体的に説明すると、冒頭で選んだカードの移動距離が4マスだったとしたら、出撃しているユニットキャラが5体いる場合、どれか一つのキャラを4マス動かすか、4体のキャラを1マスずつしか動かすことができません。もちろん2体のキャラを2マスずつ動かすこともできますが、このようにユニットキャラ個別に移動距離が決まってるわけじゃなく、その気になれば単騎で突出させることも可能で戦術がかなり広く設計されています。
 また上記に書いた通り攻撃できる機会も1回だけで、あるユニットキャラで隣接する敵ユニットを攻撃したらそれでそのターンの攻撃は終わりで、ほかのユニットは一切攻撃できません。もっとも、攻撃を仕掛ける際にその当事者であるユニットキャラの周囲に別の仲間ユニットがいれば、二戦目、三戦目、四戦目とばかりに連戦が発生して攻撃に加わることができますが。

 このように文字で説明していても一切意味が分からないようなやたら面倒くさいシステムしていますが、実際にはゲームの進行とともに徐々に機能が解放され、ゲーム内でのチュートリアルも丁寧であるためシステムが分からず困るようなことはありませんでした。ただ全部分かった上でも複雑かつ奥の深いシステムで、何故こんなものを作ったのか誇張ではなく理解に苦しみます。

 こうした戦闘システムもさることながらこのゲームの別の大きな特徴として、漫画家のきゆづきさとこ氏による丸っこくて非常にかわいらしいキャラクターによって、血生臭く情け容赦一切ないスパルタンなストーリが展開されるという点です。簡単にその概要を明かすと、主人公の王女ことユグドラは国の再興を目指して戦い、ストーリーの途中で見事に元の領土や首都を奪還します。そしたら今度は、「攻めてきた国を叩き潰さないと平和は来ない」と述べ、今度は逆に攻め込むという展開になります。
 その結果、エンディング時には敵軍のキャラクターは民間人を含めほぼ例外なく死亡し、味方キャラも自爆特攻したりするなどして死屍累々たる有様が広がります。しかも選択によっては、下界でもう必要ないから聖剣を返せという天使に対し、「聖剣の振るうところに正義あり」と言って神界にすら牙を剥きます。一体何故こうなった。

 なんか書いてていろいろあれですが、ゲームとしての骨格は非常によくできており、難易度もシミュレーションRPGとしては非常に難しくできてて歯応えがあります。なお私がプレイしたのはPSP版ですが、ゲームボーイアドバンス版はもっと難しかったようで、クリアさせる気あるのかよと思うくらいです。またやりこみ要素も半端じゃなく、特にアイテムに関してはマップ上にノーヒントで埋まっており、1週目でコンプリートした人は恐らくエスパーでしょう。

 最後にこのゲームの主人公というかヒロインである王女ユグドラは非常に高い人気を得て、メーカーのスティングもこのキャラをよく前面に出してコラボ企画に乗っています。そんなユグドラですが序盤はやたらと弱く下手すりゃ二軍行きレベルなのですが、後半にクラスチェンジするやすぐステータスがカンストするなどあり得ないほど強くなり、決め台詞の「寄らば斬ります」は「寄ってこなくても叩っ斬ってるじゃん」と誰もが思っただろうし、公式でも「寄ってこなけりゃ寄って斬るだけですけどね」というセリフを続編で言わせています。
 なおこのユグドラはあるステージに限ってバトル勝利台詞がいつもの「みんなの勝利です!」ではなく、「絶対に、許さない……」に変わるのですが、正直このセリフを音声で聞いたときはぞっとしました。それもそのはずというか演じる声優は中原麻衣氏で、「ひぐらしのなく頃に」の竜宮レナをはじめとして数多くのヤンデレキャラを演じてきたヤンデレ声優の代名詞というべき人であり、普段はすごくお嬢様っぽくかわいらしい声してるのに突然人間変わったかのような暗く沈んだ冷たい声に切り替わるため、中原氏の声聞くのは何気にこのゲームが初めてでしたがこの声マジこえぇと心の底から思いました。

 次回はこの続編の「ブレイズ・ユニオン」を取り上げます。こっちは先に書いておくと、私の中で評価めっちゃ低いです。

2017年6月16日金曜日

戦国時代はなぜ起こった?


 なんか笑えたので紹介。なおこの画像は「クレイモア」という漫画のワンシーンですが、同じ作者である八木教広氏のひとつ前の作品の「エンジェル伝説」は多分自分が生涯で一番笑ったギャグマンガだと思います。それだけに「クレイモア」でシリアス路線貫いたのは意外だった。

 さて私の知らないところで日本では空前の応仁の乱ブームらしいですが、以前親父の知人にも話しましたが何故応仁の乱がこれまで手つかずというかあまり話題にならなかったのかという理由ついて私は以下の原因があると考えています。

・応仁の乱を舞台にした有名な小説作品が出てこなかった(司馬遼太郎とかが書かなかった)
・対立構図や背景が複雑過ぎて理解するのが困難

 おそらく上記の理由に反対する人はいないかと思います。その上で、一体何故応仁の乱がおこったのかという問いにすぐ答える人なんてそんな多くはいないと思います。なので私が答えるとすれば、単一相続がまだ定着せず分割相続が相次いだ上、分家がやたら力を持ったという点に尽きると思います。

 日本語で「たわけ」というのは「阿呆」という意味ですが、この言葉の由来は「田分け」こと農家の分割相続を指しています。田んぼを分割相続してしまうことで生産力が大きくそがれ、結局別れた二つの家ともども没落するということを指しており、要するにこの言葉が生まれた背景としては分割相続の弊害を指摘することにあると言えるでしょう。

 江戸時代でこそ嫡男による単一相続が徹底されごく一部の例外を除いて大名、一般武士ともども単一相続が行われましたが、鎌倉時代においては分割相続することが当たり前だったそうで、当時には女性の地頭もいたことから女性にも相続権が存在したことが確認されています。室町時代前半に至ってようやく単一相続が定式化していきますがそれでもまだ後継者は嫡男とは限らず、また元から存在していた分家の存在もあり、いわばまだ制度が未整備の段階で単一相続時代へと突入してしまったことから本家跡取りの後継者争いが物凄く激しくなり、応仁の乱に参戦した武将、並びに関わった人間はすべてこの後継者争いが絡んでいます。
 そもそも一番大きな戦争理由は足利幕府九代目将軍が義政の弟か息子かという点でも後継者争いですし、そしてそれにのっかった細川家も山名家も、そしてそれぞれの側についた各家も後継者争いに端を発しています。

 また中央の京都だけでなく関東では足利家は古河公方と堀越公方に分かれ、それを補佐する関東管領の上杉家も本家と分家で争っており、いわば日本全国で後継者争いが勃発したのが戦国時代だったと言っていいと思います。さらに言えば、戦国時代のひとつ前の南北朝時代は天皇家の後継者争いとも言えますし。

 古来からやはり後継者争いほど争いの種はなく、欧州の百年戦争や薔薇戦争など枚挙に暇がありません。それだけに相続という制度がどれだけ社会不安の要素となるのか結構重要な概念だと常々私は思っているのですが、最近の日本だとみんな財産なくなってきたのか前ほど相続でこじれるような話が聞かなくなってきており、相続そのものの概念が危うくなってきたなとも思います。

  おまけ
 以前税理士の方に聞いた話で、ある資産家から相続へ向けて生前に遺書を作成するという依頼を受けてほかの税理士仲間ともどもいろいろ計算した上で作成し終え、ようやく内容がまとまりみんなで打ち上げ会をやっている最中、「いやー実はさ、若い頃遊んで隠し子いるんだよね♪」と資産家が口走ったため、全員宴会どころではなく真っ青となり、ある人に至っては宴会場で電卓叩き始めたということ聞きました。

2017年6月15日木曜日

オウム事件を分析する上で必要な三つの視点

 家の近くのあるお店のドアに、「当店は観賞用の魚販売店であってレストランではありません」と書いてあってなんか笑えました。さすが中国。

 それで本題ですがちょこっと前に書きましたが1997年発行の村上春樹氏による「アンダーグラウンド」という本を先日購入しました。この本は前から興味を持っていながらなかなか手を出さなかったもののようやく購入する決断ができたのですが、一体どういう本かというと小説ではなくルポルタージュで、その内容というのも地下鉄サリン事件被害者への直接インタビューしたものです。まだ読み途中ですが冒頭にて村上氏は、「事件後に様々な報道がなされたが、どれも自分が見たい内容の報道ではなかった」と述べ、自身が見たかった、聞きたかった内容こと事件の直接の被害者へのインタビューをわざわざ行って書いた本であると述べています。

 この村上氏の心境ですが実は私も全く同じ考えを持っており、むしろ私の場合はオウム事件の被害者報道には偏りがあるという風に見ていました。どのように偏りがあるのかというと、オウム関連報道では地下鉄サリン事件以前のオウム事件の被害者ばかりがしょっちゅう取り上げられ、地下鉄サリン事件の被害者については全くないとは言わないもののその比重が極端に軽いという風な印象を覚えました。具体的に言えば坂本弁護士一家殺人事件をはじめとした、サリン事件以前の教団が関わった拉致殺害事件が中心です。
 一体何故このような報道の偏りがあったのかというと理由は単純に、オウムの被害者団体がこれら事件の遺族らが中心となり、またオウム関連のジャーナリストや支援者たちもこれらの被害者団体と行動を共にすることが多かったためで、恐らく報道側にはそれほど意識はなかったものの結果的に被害者報道ではこちらへの比重が大きくなってしまったのではないかと思います。

 その上で地下鉄サリン事件に関しては、この事件が発生して以降は一連のオウム事件がようやく明るみに出たため徐々に地下鉄サリン事件自体がフェードアウトし、またこの地下鉄サリン事件で被害者となった方々もあまり取材に応じなかったなどの要因も考えられます。この取材対応については「アンダーグラウンド」の中でも、メディアに誤った報じ方をされて警戒心を持つ被害者が多かったことなどが書かれてあります。
 こうした前提があるだけに、この「アンダーグラウンド」は事件発生から約1年半後に当事者たちへ直接インタビューした、しかも余計なバイアスや質問をかけずに自由に被害者へ語らせているため、資料的な価値としては非常によくできた本だと思え、よくぞこうした記録を残してくれたと村上氏には感服させられるような内容です。実際そのインタビュー内容も同じ場面にいながら証言者によって内容が変わったり(駅員の対応や反応など)、各者の視点で語られてあって微妙な違いが事件当時の現場の状況について考えさせられます。

 さてこのまま「アンダーグラウンド」について語り続けてもよいのですが、この本を手に取って自分がようやく手にしたものの紹介について話は移らせてもらいます。その手にしたものというのも、オウム事件を語るには複数、最低でも三つの視点が必要だということです。
 本を取る前からなんとなくはイメージできていたものの、先ほど挙げた同じ現場にいながら微妙に異なった状況を証言するという個所を見てようやく文字化できるほど意識するようになったのですが、単純にオウム真理教と言ってもその構造や経歴、そして性格と犯罪は非常に複雑であり、現実に今の今に至るまでこの事件を総括したというか分析しきった解説はまだ出ていません。何故エリートたちがオウムに走ったのか、何故国家転覆を企てたのか等々、納得のいく説明や分析があったら私が教えてもらいたいです。

 どうしてオウムの分析が難しいのかというと既に述べた通りに内包する要素が非常に多く且つ複雑であるからです。またその要素によっては、互いに相反する内容も含まれてあって理解や分析を妨げるものになりうるもの少なくありません。
 グダグダ説明してもしょうがないのでもう述べますが、私はオウムを分析する上では少なくとも以下の三つの視点、それぞれで見る必要があるのではないかと思います。三つの視点と、それに含まれるキーワードのまとめは以下の通りです。

(視点:キーワード)
宗教:ヒンズー教、キリスト教、救世、創価学会、選挙立候補、終末論
カルト:土地取引、マインドコントロール、マハポーシャ、個人崇拝
テロリスト:国家転覆、毒ガス、犯罪、指名手配、教団省庁制、ロシア

(視点:被害者)
宗教:修行中の事故死者
カルト:坂本弁護士一家など非教団関係者
テロリスト:サリン事件被害者

(視点:その視点でオウムを語る記者や著名人)
宗教:島田裕巳、吉本隆明
カルト:江川紹子、小林よしのり
テロリスト:佐藤優、田原総一郎

 上記はあくまで暫定的な分類ですが、このように一口でオウム事件とは言ってもその見方や分析の仕方は上記のように三つの視点で分かれており、その三つの視点で語るべき内容を無理やり一つの「オウム事件」として語るから訳が分からなくなるのではないかというのが私の仮説です。もっともこれを見る方には「宗教とカルトは一緒ではないか?」と思われる人もいるかもしれませんが、それを敢えて分けて見る試みが必要なのではないかと主張したいわけです。
 例えば実際に、この三つの視点をごちゃまぜにして上記キーワードを当て込むとこうなります。

「オウム真理教はヒンズー教を柱に終末論を掲げた新興宗教で、次第に信者のマインドコントロールや個人崇拝を進めて土地取引に絡む事件を起こし、さらに国家転覆も企みサリンなどの毒ガスを使って都内で大規模な無差別殺人事件を起こした」

 これを見てオウム真理教がどんな団体か、事件をあまり知らない世代の人に見せたらどんな反応を示すでしょうか。これを敢えて三つの視点で分割するとそれぞれこうなります。

「宗教としてのオウム真理教はヒンズー教を柱に終末論を掲げた新興宗教である」
「カルトとしてのオウム真理教は信者のマインドコントロールや個人崇拝を進め、土地取引に絡む事件を起こした」
「テロリストとしてのオウム真理教は国家転覆を企み、サリンなどの毒ガスを使って都内で大規模な無差別殺人事件を起こした」

 こうなるわけですが、やはり視点を分割して各事件、特に被害者や実行犯を見なければ見えるものも見えなくなるのではと思います。そしてさらに言えば、それぞれの視点でそれぞれの結論も必要ではないかと思え、一緒くたにした結論というのは本当は存在しないのではないか、あってももう訳が分からないものになるのではと言いたいわけです。そして地下鉄サリン事件の実行犯に関しても、「宗教」と「テロリスト」の間に横たわるズレを見ることで、今までにないものが見えてくるような気がします。逆を言えば、視点を分けなかったことがこれまでのオウム分析における最大の躓きだったのではというのがこの記事の結論です。

 最後に、もし私がこの三つの視点の中からどの視点を中心に据えるのかと、自分の属性に最も近いものをやはり選ぶことになるでしょう。

2017年6月12日月曜日

根本的にいじめをなくす方法

 「うみねこのなく頃に」の漫画版エピソード5~8、計30冊を読破しました。個人的にはエピソード8の6巻に出てくるサヨトリーチェの姿が一番美しいと感じたけど、ほかの部分は一気読みならまだしも連載や単行本を追っかけていたらグダグダした展開に音を上げてたかも。

 最近自分でも本業が何なのかわからなくなってきていますがまだやり残した仕事があるのでまたすぐに書ける内容ですが、大分以前に私は日本の教育現場からいじめはなくならない、何故なら誰も発生頻度や地域に発生しやすい環境についてきちんと統計を取って調べることはおろか印象論だけのいじめ対策しか出さないからだと指摘しました。我ながらいいところをついているというか、現時点においても地域別、学校別いじめ発生件数の統計がほとんど出回っていない状況を見ると間違った指摘ではないと自負しています。
 そんな自分に言わせると、日本のいじめ問題は「ある仕組み」を利用することで一瞬で根本的にかつ完全に排除できるのではないのかなという案が一つだけあります。長く書くつもりないので(「うみねこ」については書いたが)単刀直入に言えば、いじめを行ったと認定された生徒の内申点は大きく減点されるという制度にすれば一発で万事解決行くのではと主張したいです。

 こんなことを書いていますが私は中学から私立校だったためいまいち中学校の内申点についてきちんと理解してないのですが、やはり公立中学出身者から話を聞くとその威力は絶大で、生徒らの常に気にしていたと話すなど意識も非常に高いと感じました。実際これは千葉県の一地域における話ですが、公立高校受験時において仮に内申点がほぼ満点だった場合、受験テストにおいてほぼ半分の点をはじめから取得しているという状態になると聞きます。無論成績のいい生徒は内申点も高い方が多いと思いますが、それでもこのハンデはあるとないとでは受験で大きく変わってきます。
 あまり大人は意識しませんが、子供というのは基本的に「打算」で行動する傾向が非常に強く、何をすると自分が特になるのか損得勘定がその行動を大いに左右します。実際に上記の内申点についても比較的教師の成績裁量権が強い美術や書道や家庭科などの科目においていい評定をもらおうと媚びていたという人間にも会ったことがあり、いじめをしたら内申点が大きく下がる、具体的には半減化するという処置をつけると言ったら大半の中学生は震え上がり、いじめと疑われるような行動すら避けるのではないかなと勝手に考えています。

 もっともこの意見に対する反論はいくらでも作れるし実際に私からいくつか述べると、中学校はそれでよくても小学校と高校の場合ではどうなのかというのがあります。小学校に関してはそこは教育現場でどうにかしてもらうしかないですが、やはりいじめ認知件数が最も高まるのは中学校の現場であるため、この時期に楔を打ち込むという意味では上記案は悪くないのではないかと考えます。この間に楔を打ち込んでおけば高校時代の行動にも影響すると思えますし。
 また高校でのいじめに関しては、果たしてそこまで対策を行う必要があるのかなという疑念が少しあります。高校生ともなれば自ら逃げることも可能な年齢と思え、災いをただ受けるだけで避けようとしないのであればどの道といったところでしょう。まぁその点については、日本の教育はストレスの堪え方ばかり教えて避け方や流し方をあまり教えないので求めるのはやや酷かなという気もしますが。

2017年6月11日日曜日

Kindleのダウンロードエラー回避方法を発見!

 クソ忙しい時期を乗り越えてこのところ平穏となってきたこともあってか、このところ頭の回りがいい上に視力も心なしかよくなっているというか回復している気がします。先月までやはり疲労が目にも来ていたのか買い換えたパソコンの画面がやけに見づらく、「フルHDはあんまよくない」などとレビューに書こうとまでしていましたが、書かずにおいてよかった。ただまじめな話、解像度がやや低い画面の方が線がはっきり出るのでテキスト作業が多い人にはそっちの方がいいのかも。

 さて話は本題ですが、今Amazonでスクウェア・エニックス発行の漫画に対し全品価格の半分にAmazonポイントが付くという、実質的な半額セールが行われています。スクウェア・エニックスの漫画作品はそんなに興味ない上に漫画雑誌としてもあまり評価してないためそのままスルーと思いきや、実は前からサウンドノベルゲーム「うみねこのなく頃に」のここから出ている漫画版は読んでみたいと思いつつも、巻数の多さから我慢しつつ見送ってきていたのですが、半額とくれば迷っている場合じゃないと思い一気に大人買いしました。
 「うみねこのなく頃に」はエピソード1から8までそれぞれやや独立しており、全部買うとほんとに果てしない量となるため、アニメ版で見たエピソード1から4は試しで購入したエピソード2を除いて見送り、エピソード5~8をまとめ買いで購入したのですが、それでも購入冊数は約30冊にも及び、現時点においてもまだ全部読み切っていません。

 そんな大人買い自慢は置いといて、実は購入する際に少し懸念がありました。その懸念というのもダウンロードです。
 日本国内ならいざ知らず中国だとKindleコンテンツのダウンロード速度が遅く、途中でしょっちゅうエラーも起こるため、これだけの量を読みたいときに読められるほどダウンロードしておけるのかという不安がありました。幸い今使っている華為のメディアパッドは通信部品がいいのか前のASUSのメモパッドより比較的安定しており、ダウンロード速度も割と高く出ます。その甲斐あって通信状況のいい午前中などは割とご機嫌にダウンロードできていたのですが、それでも30冊超のダウンロードとあって途中で厄介な問題が起こりました。その問題というの、「ダウンロードできなくなる」というエラーです。

 具体的にどういう症状かというと、ダウンロード中にエラーが発生してそのままダウンロードができなくなり、再度一からダウンロードしなおそうとしてもダウンロードを開始してくれなくなるというエラーです。この状態にはまるとコンテンツのダウンロードを要求しても一瞬だけ「ダウンロード準備中」という表示に切り替わった後、すぐそんな要求なかったかのように「ダウンロード中」の表示が消え、その後何度試みても同じような繰り返しで一切ダウンロードができなくなります。
 この現象は通常のノートPCでは起こらずタブレットPCでしか起こらないため、どうしてもコンテンツを楽しみたいというのならばノートPC用(別にデスクトップでもいいが)Kindleでダウンロードを行えばこうしたエラーも起こらず普通にみられます。

 ノートPCで見ればいいだけの話ですが、やはり移動中とかに漫画とかを読みたいことを考えるとあまり起こってほしくないエラーでした。特に今回はまとめ買いということもあって、読んでる途中で1冊だけタブレットからノートPCに切り替えて見るというのも非常に面倒だと感じ、このエラーが目の前で起こった際は怒りよりも寒気を覚えたほどです。
 しかし再ダウンロードしようにも既にエラーは発生済みで再ダウンロードは全く行えず、これまでもこのような症状は何度も見て煮え湯を飲んできていただけに、仕方ないからこの本だけはノートPCで見ようかと思って、この日は通常とは異なる操作を行いました

 通常、私はノートPCにコンテンツをダウンロードする際はノートPCにインストールしたKindleのソフトを立ち上げ、購入済みコンテンツの中から選んでダウンロードするという方法を取っています。ただ今回はエラーが発生した時点でまだノートPCを起動しておらずタブレットでダウンロード済みのコンテンツを読んでいた最中だったので、そのままタブレットからノートPCのKindleにコンテンツのダウンロードを行うよう指示することにしたのです。
 具体的にはAmazonのウェブサイトをブラウザで開き、アカウント登録を済ませた上で「アカウントサービス」メニューの中の「コンテンツと端末の管理」を選びます。すると開いたページではこれまでに購入したコンテンツ一覧が表示され、その中から端末にダウンロードさせたいコンテンツを選び、「配信」というコマンドを選びダウンロードさせる端末(この場合、登録済みのノートPCかタブレットPC)を指定してGOさせます。

 私はこの時、タブレットPCでブラウザを開き、あらかじめノートPCへのダウンロードを指示させようと考えていました。こうしておけばノートPCでKindleのソフトを開いた時点でダウンロードが始まるので、どのコンテンツがタブレットPCにダウンロードできなかったのかをいちいち調べなおしてダウンロード指示させる必要がないと考えたからです。
 ただこの時、ノートPC同様に登録してある手元のタブレットPCもダウンロード先の候補として表示されていました。そこで何の気なしに、あとほんのちょっとの期待とともにタブレットPCもダウンロード先として指定したところ、なんとエラー起こしてうんともすんともダウンロードを始めなかったコンテンツが再びダウンロードし始め、そのまま完了してタブレットPCでも見ることができるようになりました。

 今回のまとめ買いで上記のダウンロードエラーは2冊で起こりましたが、2冊とも同じようにブラウザからダウンロード指定することで無事ダウンロードできるようになり、エラーとともにダウンロードできなくなるというこれまでのKindleにおける最大の不満点を克服することに成功しました。なんとなくこの問題はサーバー上のコンテンツ管理、具体的にはダウンロードを終えているか否かの判定にあるのではないかと思っていただけに、もしやと思ったひらめきでうまくいって正直ビビりました。
 とはいえこれで無事に「うみねこのなく頃に」を楽しむことができ、また今後の海外における書籍購入でも実質最大の懸念を払しょくしたこととなります。冒頭の体調回復と言い、なんとなく自分に向かって風が吹いてきたなと思え、無駄にテンション上がってきました。

 なお今回うみねこと同時期に、前から読みたかった村上春樹氏の「アンダーグラウンド」も購入していますが、購入する際に「アンダーグラウンド」と入力して検索したところ検索範囲が「コミック」であったため引っかからず、かわりに「レッする!ジ・アンダーグラウンド」というなんかえっちそうな漫画が引っかかって、「なんやねん!」とリアルに声上げてびっくりしました。レビューを見る限りだと、この漫画は4巻で打ち切りにあったようです。