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2018年9月8日土曜日

スルガ銀行の調査報告書に関する疑問

第三者委員会調査報告書(要約)
第三者委員会調査報告書(全文)(スルガ銀行)

 シェアハウスローン問題を引き起こしたスルガ銀行は昨日、この問題に関して弁護士らによる第三者委員会が手掛けた調査報告書を発表しました。同時に会長、社長を含む一部経営陣の退任と新任の人事異動も発表され文字通り体制を一新しましたが、わざわざそんな七面倒くさいことをしなくてもよかったのではという印象をぬぐえません。
 昨日の時点でどのメディアもこの件について報道を行っていますが、正直言ってどれもありきたりな内容、下手すれば人事異動と既報を繰り返すだけでほとんど中身のない報道ばかりでした。そして私が一番関心のあった内容については、下記の佐賀新聞しか報じていません。

スルガ銀、不正融資の総額や件数の推定困難(佐賀新聞)

 やはりこの問題で一番肝心なのは、「不正の規模が今どれくらい大きいのか?」であって、どのように不正が行われたかじゃないでしょう。その点で私が確認する限り、この佐賀新聞だけが不正融資総額と件数について何も公表がなかった点を指摘していますが、他のメディアは「パワハラがあった」とか「審査が杜撰だった」とかわかりきったことをくどくど長々としか述べていません。
 っていうかパワハラについては新聞社がどうこう言うことかよと、「てめぇ殺すぞ!」という言葉が日常の挨拶みたいに飛び交う職場を見ている自分からしたら奇異に感じます。

 また発表がなかったことはもとよりどのメディアも質問しなかったのか全く触れられていませんが、既に日経などが報じている創業家への不正融資や融資額の三分の一に当たる1兆円にリスクがあるということについては完全スルーです。スルガ銀行はどちらについても「うちが発表したわけじゃない」と否定も肯定もしておらず、折角報告書発表日を1週間も延期したというのにスルーするのはどうかと個人的に思います。はっきり言えば、今回これらについて全く触れなかったということは事実ではないのかという疑念が私の中で強まりました。

 それで肝心の調査報告書ですが、昨夜精読というわけではありませんが一通り眺めてみていくらか疑問が出てきたのでまとめます。まず今回の調査報告書は先ほども述べたとおりに弁護士らによって構成されていますが、メールデータの復元などの不正調査作業において四大監査法人のKPMG(日本ファームは「あずさ監査法人」)の子会社が入っています。これは後から重要になってくるので覚えておいてください。

・要約版の問題
 結論から言うと要約版はあまり内容が整理されておらず、しかも箇条書きで雑多に内容を列記しているので非常に読みづらいです。一方で各役員の不正に対する責任についてはこの要約版でも非常に細かく羅列して書かれており、何らかの意図を感じます。

・役員責任の枕詞
>個別の不正を具体的に知り又は知り得た証拠はない。
>一方で、本件問題発覚後の諸行動に関しては、善管注意義務違反(一部法令違反)が認められる。

 要約版の各役員の責任について、ほぼすべての役員に対して上記の枕詞がついています。要するに、「はっきり不正したかは証拠なくてわかんない。問題発覚後の対応や少し悪かったよ」ということがやけに強調されています。

・死んだ一人、現役一人の役員にだけ厳しい表現
 前者は今回辞任した会長の兄弟であり、2016年に逝去した故岡野副社長(原文ママ)で、彼が利益第一な企業風土を作り不正がはびこる舞台を整えたみたいに書かれています。後者は、その故岡野副社長に引きたてられたとされる元専務執行役員の麻生氏で、まるで彼一人がすべての問題の元凶みたいかのように厳しくその責任が追及されています。
 先に書いておくと、営業サイドの麻生氏がシェアハウスローン問題を引き起こし炎上させた最大の責任者であることはほぼ間違いないとは思われますが、他の役員らとの記述の温度差が激しく、なんかこの人に全責任を押し付けているのではと思う節があります。もちろん糾弾されて然るべき人物と思われますが、その他の疑問点と合わせて、この報告書は鵜呑みにしていいものかという懸念があります。

・何故役員だけが不正を知らなかったのか?
 全文版に載っているアンケート結果よると、自己資金資料の偽装について個人融資に係る行員の四分の一(26.7%)が認識しながら融資を行っていたとのことです。また融資審査に至っては担当部署のほぼ全員が規定を無視した融資が行われていると認識していたことでした。
 にもかかわらず何故か役員は上記の通り「証拠がないから不正を知らなかった」ということになっています。関係業務に携わる行員の大半が不正を認識していたというのに、何故か役員に関してはスケープゴートの麻生氏を除き、「発覚後の対応はまずかったけど、発覚前は知らなかったかもしれないね」という結論で納得できるかと言ったら、そんなわけないでしょう。

 また役員が出そろった会議中、「かぼちゃの馬車」でおなじみのスマートデイズは取引停止したにもかかわらず、別会社を経由して迂回融資している事実が報告されたことが事実認定されています。この件については「他の役員まで報告しなかった」とされていますが、「聞かなかったことにした」と見るべきでしょう。ここまできて不正を知らなかったという風にするのは無理があり、やはり「証拠はないにしてもその不正認識、隠蔽については非常に疑わしい」というくらいの表現が必要だったのではないかと思います。この報告書を見せる相手とその目的性の観点に立つならば。

 このほか融資審査を行う審査部に関しても、大半の行員が正規の手続き通りに審査が行われていない事実を把握していたと報告されています。繰り返しになりますが、これだけ多くの行員が不正を認識していて、何故役員だけが知らなかったかのように書いているのか。ついでに書くと、営業からの強い圧力があったとはいえ不正融資を黙認してきた審査部が、今後も融資審査を行うということに関する問題点については特に触れられていません。嘘でもいいから外部のコンプライアンス研修などを受けさせるくらい書いとけよな。

・実績考課、パワハラについて
 不正融資が蔓延した理由について異常なまでの実績主義や実績を出さない行員へのパワハラがあったせいと指摘してますが、内心こういう文言は必要ないかなと思います。というのも証券会社を筆頭にこの手のはどこにもあることだし、逆にこういうのないとこでも不正ってのは起こるからです。第一、そんなこと言ったら実績主義=不正の温床の構図になるわけですが、それはやはり暴論でしょう。過度な実績主義やパワハラはどこでもあり(特に地銀では)、これらが他と一線を画す今回のスルガ銀の事件を引き起こした原因かと言えばその貢献は些末なものでしょう。
 なおパワハラの実例として「天然パーマを怒られる」ってのが挙げられててちょい笑えました。あと「空のカフェ飲料のカップを投げつけられたことがある」については、中身ないだけまだいいじゃんと率直に思いました。あと「いすの背面をキックされた。」については、蹴り返すか、窓から放り投げ返せばいいのにと私は思います。こういう価値観こそ、新聞社ならでは。

・外部監査法人の責任
 恐らくこの点については他のメディアは書けず、誇張ではなく私にしか指摘できないでしょうが、スルガ銀行の2018年3月31日期監査報告書には以下の記述があります。

監査意見
 当監査法人は、上記の財務諸表が、我が国において一般に公正妥当と認められる企業会計の基準に準拠して、スルガ銀行株式会社の2018年3月31日現在の財政状態及び同日をもって終了する事業年度の経営成績をすべての重要な点において適正に表示しているものと認める。

強調事項
 追加情報「シェアハウス関連融資等」に記載されているとおり、会社は「第三者委員会」を設置しており、その調査は継続している。今後、その調査により、新たな事実が判明した場合には、会社の将来の業績に影響を与える可能性がある。
 当該事項は、当監査法人の意見に影響を及ぼすものではない。

一応シェアハウス問題について触れてはいますが、「この監査報告書で報告している財務内容は正しいよ」という監査意見が出されています。その後、貸倒引当金がガンガン積まれているというのに。
 自分はこのシェアハウス問題が発覚した当初に真っ先に監査法人を調べましたが、やはりというか東芝を筆頭にこれまで何度も不正会計を手掛けてきた新日本有限責任監査法人でした。そして上記の監査意見も言うまでもなく、新日本が出しています。

 今回の調査報告書では内部統制が完全に欠如していたことが不正融資を蔓延させ問題を拡大したとはっきり言明しています。それに対し監査報告書では、

強調事項
 内部統制報告書に記載のとおり、シェアハウス関連融資等に関連する全社的な内部統制並びに決算・財務報告プロセスに係る内部統制に開示すべき重要な不備が存在しているが、会社は開示すべき重要な不備に起因する必要な修正はすべて財務諸表及び連結財務諸表に反映している。これによる財務諸表監査に及ぼす影響はない。

 一応は内部統制上の懸念を指摘していますが、今回の報告書を見る限り、「適正意見」が出せるレベルなのかというと疑問で、やはり「限定付意見」として出すべきだったのではないかというのが私の見方です。
 同時に、なぜ昨年の発覚まで銀行業務統治の基本の基本たるべき融資審査の不備について監査法人が気付かなかったのか。監査法人というのは財務状況の数字が正しいかだけでなく内部統制についても毎期チェックするのが仕事ですが、なぜ気づかなかったのかというこの点について、やはり何か指摘する必要があるのではと思います。特にシェアハウス問題は去年の段階で発覚しており、その段階で過去の融資取引のコンプライアンス性を調べていたら、もっと早くわかることがあったのではという風にも見えます。

 そして最後の指摘となりますが、何故調査報告書ではこの監査法人による外部監査での見逃しについて全く触れられていないのかが気になります。外部監査を出し抜く隠蔽工作があったのか、それとも外部監査に問題があったのか、こうした杜撰な内部統制実態が何故外部監査で指摘を受けなかったのかについては全く書かれていません。ぶっちゃけ、怪しいくらい急拡大しているシェアハウス融資取引はたくさんあったというのに。
 何故外部の監査法人について触れないのか。はっきり言えば何かしら意図があると思え、他の諸々の指摘事項と合わせ、今回の調査報告書はそうした意図に立って書かれている気がします。そのような視点に立つと、まだまだ掘ればいろいろ出てくるような気がするというのが私の結論です。

2018年9月6日木曜日

台風、地震に対する中国の報道

 最近仕事は楽になった分、というか8月が異常に忙しかった一方、夏風邪で体力落ちてて趣味のことばかり書いてたので、たまには真面目な話書きます。
 先日の関西地方を中心に大きな爪痕を残した台風に続き、本日北海道でも震度七という大地震が発生しました。弱り目に祟り目というか大災害が重なっただけに影響も大きく、被災者に置かれては深くお悔やみ申し上げます。

25年来登陆日本最强台风正横扫日本全境 领馆:在日中国公民务必小心
日本北海道地区发生6.9级地震 山体滑坡房屋倒塌(東方網)

 これら災害については中国でも報じられており、上記リンク先のように取り上げ方も小さくありません。なお今回自分もようやく気が付いたのですが、中国のウェブ記事の方が日本のウェブ記事に比べgifや大サイズの写真をふんだんに使っており、映像的な視野効果で言えば地味に日本のウェブ記事より優れているような気がします。むしろなんで日本のウェブ記事の写真はどれもあんな小さいのか、圧縮技術も発達しているというのに逆に不思議です。

 話は戻りますが中国の報道の焦点としてはやはり日本滞在中の中国人に関してです。私が読んだ記事によると関西空港では領事館職員が駆けつけて閉じ込められた中国人旅行者への対応を行ったとのことですが、その数なんと1044人もいたそうです。関空においては日本人ですら参る人が多数出たというのですから、見知らぬ異国の地で留め置かれた彼ら外国人のことを考えると私個人としてはやはり不憫に感じます。
 幸いというか以前欠航となって中国人団体が騒いだ時とは違って今回はそうした騒動は起きなかったようですが、やはり関空のリスク管理のまずさに関しては、非常食や毛布を備蓄している成田や羽田との比較も出ているだけに、今後の反省点として捉えるべきでしょう。

 特に観光立国を掲げる場合、今後もこうした大災害に巻き込まれる外国人への対策は今のうちにしっかり作るべきだと思います。非難や誘導の案内を多国語化することはもとより、食事や宿泊に関しても、かえって言葉もわからない人たちだからこそ手厚い対応が必要だと考えます。
 人間、苦しい時に殴られた恨みを忘れないように、苦しい時に助けられた恩も意外と忘れないものです。旅行中にこうした災害に巻き込まれた場合、どうしてもマイナスイメージがついて二度と足を運んでくれなくなる可能性もありますが、逆に手厚い対応をすることでリピータを生む可能性もあると思えるだけに、各大都市や空港など公共施設は、外国人観光客向けの災害対応を充実化させるべきでしょう。

 北海道の地震に関しては今のところまだ情報が集まっていないのか、現地の中国人に関する目立った報道は見受けられません。とはいえ、仮に自分が外国を旅行中にこんな災害に遭遇したと考えると、なまじっか外国で暮らしているだけにやはり気が気ではない感覚があります。また日本国内への影響についても、既に観光方面の影響が触れられていますが、それ以上に収穫期を控えたこの時期の立て続けの災害ということを考えると、今後食糧価格の高騰が予想されます。また中国地方の豪雨被害も冷めやらぬ中でのさらなる復旧活動の展開も、オリンピック準備にも影響してくるかもしれません。

 今さらっと書きましたが、なんか災害被害の内容ばかり報じられてて、こういった社会への影響に関する報道や解説が、ネットだけしか見ていないからかもしれませんがやけに少ないのが実は気になっています。関空も、乗客以上に航空貨物や通関への影響の方がダメージとしては大きいと思うのに、物流会社への取材記事などはとんと見ません。今日同僚が聞きに行ってくれたからいいものの、今に始まるわけじゃないですが目にはっきり見える切り傷の方が、目にははっきり見えない内臓の病より大きく取り扱われるような報道状況に対してこれでいいのかという疑問を覚えます。

2018年9月5日水曜日

苦手な怖い話パターン

 ミステリーにもいろいろパターンがあるように、怪談話にもいくつかの典型というか定番パターンがあります。具体的には、人形が動いたりしゃべったりするとか、置かれていたものを動かしたために封印が解けたとか、地縛霊に触れて人格が豹変するとか、約束を守らなかったばかりに呪われるとかです。

 そういった数ある怖い話の典型パターンのうち、地味に私が一番苦手とするのは「絵が変わる」という奴です。一番多い形態では教室のモナリザの絵が変わりモナリザの表情が動くという奴ですが、これ自体はそんな怖くはありません。この手のパターンで私のトラウマとなっているのは「学校であった怖い話」という昔のゲームに出てくる話で、コンクールでも入賞するある女子高生が作品制作途中に殺害されたものの、何故かその後も勝手に絵が加筆されていき完成するというお話です。
 この話は絵が完成したところで終わるわけじゃありません。出来上がった絵は殺された女子高生の自画像で普段は変哲もないのですが、見る人や時間によってはその絵が変わるとされ、もし普段と異なる絵を見てしまったらもうすぐ死ぬというのですが、死ぬこと以前にその変わったバージョンの絵が怖くて仕方ありませんでした。具体的に言うと、その女子高生が殺害された際の顔に変わるとされ、ヒュッと変わるその絵柄がゲーム内でも非常におどろおどろしく、今でもたまに夢に出ます。

 このところこのブログでも言及している「死人の声をきくがよい」という漫画でも、こうした時間とともに絵の内容が変わるという話が出てくるのですが、これを見て真っ先に上記の話を思い出すとともに、「ああ、この手のパターンが一番怖い」ということを自覚しました。基本、ホラーやスプラッターには比較的耐性があり今じゃジェイソンを見ても笑いながら鑑賞できますが、なんというかこの手の絵の内容が変わる話に関してはどうしても見る度に寒気を感じます。絵画系の芸術とは縁もゆかりも興味もないのですが、何故かこんなところで接点を持つ当たり自分でも不思議です。

 なお怖い話の典型、特に学校の怪談系で最もポピュラーなパターンは言うまでもなくトイレ関連で、トイレで幽霊に殺されるとか、便器に吸い込まれるとか、用を足すまでドアが開かないとか一言でトイレと言ってもたくさんバリエーションがあります。
 でもトイレで一番怖いのは、用を足した後で水が流れないという状況で間違いないと思います。前も少し書きましたが会社のトイレで真ん中のトイレだけ何故か水を流した後、タンクの水蓋がカチっと閉まらないのか音姫が如く音を出しながら水を流し続け、うかつにそのトイレに入ってしまうとタンクに水がたまらないものだから用を足した後に水を流せなかったりします。

 攻略方法としてはタンクの開閉レバーを少し動かすことで水蓋が動くのかカチっと閉まり、あとは水がたまった後でもう一回レバーを押せばいいのですが、知らない人が入ってしまった後は何度もレバーを引く音が聞こえたりします。社内の誰も口にすることはないまでも、私はひそかにそのトイレのことを「魔の二番トイレ」と呼んでいます。

2018年9月4日火曜日

日本の史観

 冷房のかけ過ぎで風邪ひいたのか昨日は左顎、今日は右顎がやけに痛く、昼食時に口空けたら泣きそうなくらい痛かったです(´;ω;`)ウッ…
 そういうわけで日本の史観をざらっとまとめます。

・徳川史観
 江戸時代における歴史価値観で、基本徳川家を中心に、それ以外を外に下にー、下にーって感じ落とし込むのが特徴。その影響で関ヶ原の西軍面々は基本的にボロカス扱いされ、特に石田三成に関しては「つけあがったアホ」と切って捨てられ再評価まで時間がかかりました。またその延長からか豊臣秀吉についてもやや批判的な視線が見られます。
 唯一の例外として徳川家を破った武田と真田に関しては、「アイツらとんでもなく凄かったから、負けたのも仕方ないんだよね(´・ω・`)」みたいな具合でやたら持ち上げられ、武田家に関しては江戸時代を通してもヒーロー的な講談が多く作られています。

・皇国史観
 明治以降の天皇集権制に合わせて、基本天皇を中心に、逆らったやつらは下にー、下にーって感じで落とし込むのが特徴。その影響で足利尊氏と義満に関しては徹底的に貶められた上、南朝に与した楠木正成や新田義貞が極端に持ち上げられました。あと平清盛、源頼朝に関しても冷たく扱い、その一方で義経には判官贔屓、といいたいですが判官贔屓はいつの時代も同じか。
 あまりにも天皇家中心で語るもんだからそれ以外の史実は軽視する傾向があり、織田信長に対しても「天皇家を保護した武将で、彼の活動が後の秀吉の統一につながった」というくらいしか見ていなかったそうです。

・自虐史観
 戦後の第二次大戦への反省から軍国化につながった人物、特に陸軍関係者を徹底的に批判し、一方で軍国主義に抵抗した人たちは大きく持ち上げるのが特徴。前者は山縣有朋や東条英機らで、後者は幣原喜十郎や石橋湛山と社会主義者、そして何より海軍の面々。
 いわゆる「海軍善玉論」もここから出ており、また戦争に関する行為や事績は強く貶められ、特攻の解釈もなんか一部で変な主張が出回っていました。

・司馬史観
 小説家の司馬遼太郎が展開、影響を及ぼして普及した見方で、基本的には自虐史観と方向性が近く、海軍善玉論を補強した上で「明治まではOK、日露以降は日本の暴走」とした解釈が現代における大正、昭和期の研究不足を招いている可能性があるように思います。
 河合継之助など日の当たらない人物に脚光を当てるなどして研究範囲を広げた一方、歴史人物の好き嫌いがはっきりしていてそれをそのまま出すもんだから、一部人物への評価の公平性については個人的に疑問視しています。

・大東亜史観
 前述の自虐史観への反発から90年代後半に生まれた史観で、所謂ネット右翼的な価値観。「大東亜史観」としたのは、太平洋戦争のことを必ず「大東亜戦争」と呼びなおすのが特徴だと思えたため造語したものです。
 基本は自虐史観へのアンチテーゼのため、自虐史観が戦前の否定に立つなら大東亜史観は自虐史観の否定に立ち、どちらも自説展開のため都合のいい事実を喧伝し、都合の悪い事実には黙る特徴が強いです。感情的なためか史実研究にはどちらも向いておらず、私自身はどちらにも与しない立場をとります。

・半藤史観
 これも造語ですが半藤一利氏の見方に立った視点で、上記の自虐・大東亜史観とは違った見方に立った上で、その後の昭和後期の変動を含めて評価しているのが特徴。根拠資料がとにかく膨大なのと、A級戦犯本人から見聞きした情報をダイレクトに伝えているのが大きな特徴なのと、各人物というより組織単位で物事の時系列が追われています。「戦争責任は国民にこそある」というのが立場としては一番大きいところな気がします。

2018年9月2日日曜日

ぶっ飛んだ人が多いホラー漫画家

 前にも少し触れましたが「死人の声をきくがよい」という漫画にはまって全巻を一気に購入しました。内容はホラー漫画ですが、第一話でいきなり腐乱死体となって出てくるヒロインが背後霊となって、異常なくらい巻き込まれた異質の主人公に対して悉くピンチからの脱出方法をジェスチャーのみで伝えるというコンセプトが面白いです。
 単行本のあとがきを見ていると作者のひよどり祥子氏もはっちゃけた性格しているようで、「ホラー漫画書いているけど心霊体験はほとんどなく、蝋人形館で日本語でジャッキー・チェンに話しかけられただけ」と書いています。

 よくネットなどでは「ギャグ漫画家は精神を病みやすい」という主張を見かけますが、病んだ人も確かにいるけどむしろセカイ系の漫画家の方が病む率が高い気がします。一方、ホラー漫画家については精神を病んだという話はついぞ聞いたことなく、むしろ逆に若干躁入ってるんじゃないかというくらいはっちゃけた人が多いように思います。
 大体どのホラー漫画も発想がぶっ飛んだ内容が多く、またモブキャラが男女子供関係なくむごたらしく殺されるのは当たり前です。ですが上記のひよどり祥子氏も、「ああ、今回もたくさんの人間殺しちゃった。まいっか」とあまり気にせず毎回確実に死人が出る話を書き続けています。

 また現役最強のホラー漫画家と言えば間違いなく伊藤潤二氏ですが、この人の漫画はどれもその発想のぶっ飛び具合が半端じゃなく、生首が風船になって飛んできたり、えらい入れ子構造の狭い勉強部屋が出たり、扉を開けたら真っ白い丸い顔した女性がでてきたりと、まともな精神の人間が描いたとは思えないものばかりでてきますが、インタビューなど見ていると伊藤氏は非常に落ち着いた感のある人物をしています。
 っていうかどのホラー漫画もちょっと見方を変えるとギャグ漫画のようにも受け取れる描写が多く、実際に「死人の声をきくがよい」は爆笑しながらいつも読んでます。伊藤潤二氏も、「伊藤潤二の猫日記 よん&むー」というギャグの激しい猫漫画書いてますし。

 話を戻しますが、一番病んでそうな漫画書いているホラー漫画家で病んだ人はいるのかって点では、むしろ人生楽しそうな人が多い気がします。あと地味にさっきから書いているようにぶっ飛んだ発送する人が多く、芸術家としてみればすごい人が粒ぞろいなのではないかと思うとともに、他の国にこういうジャンルの芸術はあるのかと少し気になりました。
 中国人なんか結構ホラーが苦手な人多いから見せてみたらどんな反応するのか少し気になるので、今度機会があったら友人にも見せてみよう。

サマータイムに関する安倍首相の反応

 次回の自民党総裁選は野田聖子が出馬を断念したことから実質的に石破氏と安倍首相の一騎打ちが決まりましたが、まず間違いなく安倍首相が再選を果たすでしょう。傍目にも今回の石破氏の選挙戦は呆れるほどに手際が悪く、最初に「正直」という言葉を掲げて安倍首相の人格批判をしたところ評判が悪くすぐに取り下げたことはもとより、提唱している政策案も基本的に都合のいい内容ばかりな上に曖昧模糊とした構想ばかりで、具体的政策内容には一切触れておらず実現可能性は皆無と言っていいでしょう。何よりも、構想レベルの内容でもこれはと思うものが何もないというのはひどすぎるとしか言いようがありません。

 こうした状況から、それだったら動かさない方が無難とばかりに安倍首相が再選されると思うわけですが、その安倍首相について実は先日、「Σ(゚Д゚)」と思うことがありました。てっきりほかのメディアとかが指摘すると思ってたらどこも指摘しないのでここに書きますが、それはオリンピック期間限定のサマータイム導入に対する反応です。

自民が夏時間検討へ=安倍首相指示、政府なお慎重論-東京五輪の猛暑対策(時事通信)

 上の記事の通り、サマータイム導入案が官僚から出されるや他の与党政治家とは議論せずにすぐに検討する会議などを起ち上げるよう安倍首相は指示しています。あらかじめ決められていた手順かもしれませんがこの動きを見て、私個人は奇妙に感じました。
 安倍首相はこれまで、どちらかというと世間の反応を確かめてから動いたり発言したりすることが多かったです。特に第一期で失敗してからはより顕著となり、第二期政権では各政策案や野党への反論について世論の反応を見てそれに合わせて明らかに発言の仕方も変えている節が見られ、だからこそ高い支持率を保てたのだと思います。

 自分の記憶が正しければ、サマータイム案が出てから上記の安倍首相の検討指示まで1日くらいタイムラグがあり、世論の否定的な反応も確認できたはずなのですが、今回に限っては「前向き」な検討を指示しています。これについて私は、かつてならこんな対応は取らなかっただろうし、検討指示をさせるにしてももっと密にやっていたのではと思いました。つまり何が言いたいのかというと、以前と比べて安倍首相が世論を見なくなっているのではと思ったわけです。
 思い当たる節はあり、具体的にはモリカケ問題が起こってから世間の反応を追い風にしたり逆手に取った反論や主張が鳴りを控え、「真相究明のため確認している」をはじめとしたむしろ実態とはかけ離れた発言がどんどん増えていきました。今年に至ってもその傾向は顕著で、何か世間で注目されている話題に言及することが以前と比べ極端に減っているように感じます。

 言い方を変えると、明らかにピークをもう越しており、戻ることもないのではと私は見ています。その上で、毎夜自宅で祝詞を唱えているということは前からですが、以前に増して夢想に走って現実を見なくなってきているのではと思う節があり、「国民が望んでいる」と主張して憲法改正を出すのではと予想します。私個人は改憲に賛成の立場でありますが、今後詰めていくべき具体的改憲内容について今の安倍首相の言動を見ているとやや不安を覚えるほどです。さらについでに言えば、諌止する人間も周りに見えませんし。
 今回のサマータイムについては検討すること自体馬鹿々々しい内容で、提唱や提案した人間は理由の如何を問わず左遷すべきだと思うほどの愚策ですが、このサマータイム案に対する安倍首相の反応こそがむしろもっと注目すべきニュースではないかと見ています。その上で、今後もびっくりするような発言を平気そうな安倍首相から突然飛び出してくるのではないかというのが私の見方です。

2018年9月1日土曜日

ホームワークが終わらない

 別に隠しているわけではないのですがこれまでの生涯で私は卒業論文を4本書きました。1本は自分ので、残り日本はゼミ同期3人の代行で、大学4回の時に計4本を書き上げました。一体何故こんなことをしたのかというと当時のゼミの教授とTAが全くやる気のない人物で卒論についても全く指導なんかせず、自分ならともかく文章トレーニングを受けていない他のゼミ生はこのままだとまずいだろうと判断したためです。
 なお3人とも女子学生でしたが、このうち1人は私に相談するタイミングが遅く提出前日までもつれ込み、自分が執筆しているそばで寝始めたので「起きろっ!(; ・`д・´)」とガチで叱りました。後日、他の人に「あんないい人はいない!」と私のことを言っていたそうですが、そりゃそうだよとこの点に関しては謙遜とかそういうことする気にはなれませんでした。

夏休みの宿題は何処へ向かうのか?(笑う蜘蛛の糸)

 相互リンク相手の潮風太子さんに便乗しようというのが今回のネタですが、やはりご多分にも漏れずこの時期はどの家も子供の夏休みの宿題の対応で大変だそうです。この夏休みの宿題の内、大分昔にも書きましたが読書感想文に関しては基本的に読んだ本の内容を批判したりはせず持ち上げなければならない点や、「我が闘争」とかそっち系の本は選んじゃいけない点など若干思想統制が入っているだけにさっさと廃止すべきだという立場をとります。
 ちなみにこれも前に書いた気がしますが、高三の夏になんでもいいから提出してくれと言われた友人は「機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ」を選んだら、これまで以上に力の入った傑作が出来てしまったと話してました。

 話は戻りますがこの読書感想文にしろ自由工作や研究にしろ、結構親の影響が強く、それによって中身が変わってくる面が大きい気がします。中には自分一人で片づけちゃうのもいますが、自由研究テーマなんかガイドブックも出回っているし、読書感想文については潮風太子さんも書いているようにネット上でテキストが販売されていますし、親が代わりに書いて提出した表彰されたという話も実際に聞いたことがあります。中には稀代の劇画漫画家に代筆させた例も
 なお一回、「やらないか?」と読書感想文テンプレート執筆について打診を受けたことがありますが、めんどいので断りました。

 何が言いたいのかというと、親がどれだけ子供の夏休みの宿題に介入するかによって出来合いが大きく変わってきてしまう面があり、それだったら変に創意創作なんかさせずにドリルなどを処理するようにした方が夏休みの宿題としてはベターなのではないかと思います。こちらも潮風太子さんのところに書かれているように、片親だったり、仕事で普段家にいない家庭は単純に夏休みの宿題では不利です。またこうした親の介入の強い宿題に教育的価値があるのかといったら、ないとは言いませんがもっと他に効率的な案はあると思います。
 それこそ自由応募の懸賞形式にして、出したら成績面で色を付けるとか、企業などを巻き込んでそういう形にするのがいい気がします。あともっともやる気の出る、たとえば夏休み明けに誰が最速マシンを作ってきたかを確かめる「ミニ四駆大会」を開いたりしたほうが、先ほどの私の友人のように無駄に力入れてくる人間も出てくるかもしれません。

 結論をまとめると、現状の夏休みの宿題は親の介入による影響が強く教育的影響からしてもどうかと思うので、もう少し形を変えてみては同かっていうことです。その上で創意工夫面ではある程度自由参加形式にさせて、子供らがやる気を出すテーマを作ってみてはというのが提案です。

 最後に、中学の夏休みに自分はどんなゲームをしていたのかなと少し思い出してみたところ、確か中一の頃は「新スーパーロボット大戦」、中二の頃は「ジージェネレーション」、中三時は「ラングリッサートリビュート」をやっており、中三の九月には現在プレミアムの付いている「Serial Experiments Lain」を発売日に購入して遊んでいました。もっとも中三の夏休みは小説を投稿するため書いており、当時は手書きだったのでやたら時間がかかるのに親にユニクロ連れていかれてはよ帰って続きかきたいと言ってました。確か毎日2時間以上は執筆に使ってましたが、内容は今思い出すと大したレベルではないものの、ああして自ら取り組むモチベーションに関しては見るべきところがあったでしょう。