2026年5月16日土曜日

「オタク」という単語を見聞きしなくなった( ゚Д゚)マジ

 ただ単に自分が日本に住んでいないからかもしれませんが、ふと気が付いてみたらこの数年か、「オタク」という単語をマジで見聞きすることが亡くなった気がします。かつてはそれこそ毎日どこかで聞きしていたのになんか気がづくと死語になっているかのように使われる機会が減っているように思います。

 そもそもこの「オタク」という言葉ですが、90年代までは完全に侮蔑語でした。アニメや漫画ファンを指して陰気な人たちといったようなネガティブな意味で使われており、漫画家の山田怜司氏の番組に出演したオタクの帝王こと岡田斗司夫氏もはっきりと「受難の時代」といったように表現していました。
 なお岡田氏は新作アニメ映画が公開されるたび、当時のオタク界隈で伝統となっていたのでコスプレして映画館に繰り出していたそうです。ある時は大魔神のコスプレで顔にもしっかりペイントしていったところ、「お前らのような奴が来るからまともな客が来なくなるんじゃねーか!」と映画館の人にマジ怒られそうです。これは映画館の人が確かに正しいでしょう。

 話を戻すとオタクという言葉の価値が明確に変わってきたのは00年代に入ってきた辺りです。段々と日本産アニメが海外でも高い評価を得ているということが伝わり始めたことと、オタク男性を主役においた「電車男」がヒットしたことで徐々に市民権を得るようになり、それまではやや日陰者でアピールの少なかったアニメファンなどが「オタクで何が悪い」という大上段を切れるようになっていきました。
 10年代に入るともはやオタクという言葉でアニメ、漫画ファンを馬鹿にすることは逆批判されるようにもなっていき、この辺りで侮蔑語としてのオタクという言葉は完全になくなり、率先していう言葉とまではなってなかった気がしますが普通にアニメ、漫画ファンを指すようになったほか、その他の趣味にも「〇〇オタク」みたいな具合に気軽に使いやすくなっていったように感じます。まぁ本来の使い方がそのはずなんですが。

 ところがこの3、4年間を振り返ると、マジでこのオタクという言葉を全く目にも耳にもしなくなったように思います。そもそもこの事実に気が付いたのは先ほど挙げた山田氏の番組の岡田氏出演回をみたためで、この時を除くとマジで全くオタクという単語を見聞きしていません。実際のところはどうかははっきり言えませんが、少なくとも使用頻度はかつてと比べると劇的に落ちていると言ってもいいでしょう。

 ではなぜオタクという単語は使われなくなったのか。一番の理由はアニメ、漫画を趣味とすることに周囲の目を気にしなくなったことが大きいでしょう。子供だけでなく大人もアニメ好きと言ってもそんなキモがられることもなくなり、さらには侮蔑的な意味も消え去って侮蔑語としての価値も失いました。そのため使用者、使用場面自体がなくなり、死語化しつつあるのではないかと思います。
 次に、代替語ができたことも大きいと思います。具体的には「陰キャ」、「チー牛」の二つで、あまり積極的にコミュニケーションとりたがらず風采の上がらないナイーブな人物に対するこの二つの侮蔑語がそっくりそのままオタクに取って代わり、オタクという単語を使わなくなりました。このポイントはかなり自信があるというか非常に大きな要素だと考えています。

 このほか深読みすると、オタクという言葉を侮蔑語として使ってきた層、またはオタクとは対照的な人物像とされていた、欧米風に言うなら「ジョック」こと体育会系の権威低下も要素として挙げられる気がします。かつてのスポ根的な風土は現代ではとうに昔となり、それどころか日大の体育会をはじめ、かつては握りつぶされていたであるものの、世間にも大きく注目される事件が報じられるようになり、以前ほど体育会の人間が偉そうにする空気が今の日本にはない気がします。
 そもそもオタク自体が若干文化部とかに所属する男子を揶揄するような意味合いもあったように思え、体育系との比較として使われることが多かった気がします。しかし対抗馬たる体育系が弱まったことでこの比較もあまり意味をなさなくなり、結果的にオタクという単語自体も埋もれていったのではないかと思うわけです。

 ちなみに自分は漫画はともかくそんな言うほどアニメとか見ていないのですが、メガネかけた見た目からなんかやたらと周りからオタク扱い(侮蔑語としての意味)されていた気がします。周囲の評価をあまり気にしないためか否定したりすることもなかったですが、当時自分をオタク扱いしていた連中の誰よりも積極性、行動力、ポジティブさで当時も今も上回っていると信じて疑いません。
 ぶっちゃけ自分を構成する要素の中で最も目立つのは圧倒的な記憶力(知識量)と暴力性だと思え、もし当時自分を見てこの二つの要素を見いだせなかったとしたら、その時点で人を見る目がないとしか言いようがないと勝手に思っています。

2026年5月14日木曜日

ガンダムに出てくる一部機体の中国語表記について

 相変わらず「崩壊スターレイル」やっていますが、なんかプレイしていてやたら目が痛くなります。俺だけ?σ(゚Д゚;)
 それで本題ですがコメント欄に問い合わせ来たので、ガンダムに出てくる一部機体の中国語表記について今日は紹介、解説します。

 まずガンダムの中国語は「高達(ガオタァ)」に統一されており「〇〇ガンダム」ときたら間違いなく「〇〇高達」と表記されます。ただその詳細な機体名に関しては大まかに意訳と音訳に分かれており、前者は文字通り元々の日本語表記の意味に近い漢字が発音を無視して当てはめられます。後者については日本国内の「武者頑駄無」のように、意味よりも発音に合わせて漢字を当てはめる訳し方で、この意訳と音訳が入り混じって各機体名が中国語表記されています。
 そもそも論でいうと、同じ機体でも中国語表記が異なるというか複数あることも珍しくなく、これは海賊版ごとに字幕の表記が異なっていることが原因です。かつては非公式に中国語表記が勝手に決められており、先ほどの意訳と音訳の二種類あることもあってややこしい時期がかつてありました。最近はバンダイとかが公式声明を出すようになって大分統一されてきていますが。

 それではさっそくコメント欄で質問が来たガンダムWに登場する機体の中国語表記を引っ張ってきます。今回参照したのはビリビリゲーム内の「高達WIKI」というページです。

・ウィングガンダム:飛翼高達
・ガンダムデスサイズ:死神高達
・ガンダムヘビーアームズ:重装高達
・ガンダムサンドロック:砂漠高達
・シェンロンガンダム:神龍高達
・ガンダムデスサイズヘル:地獄死神高達
・アルトロンガンダム:双頭龍高達
・ウイングガンダムゼロ:飛翼零式高達

 上記表記を見てやはり気になるのはサンドロックでしょう、「砂漠ガンダム」ってなんやねんとか思います。あと字面的にはデスサイズヘルの「地獄死神ガンダム」はかなりインパクトあるのですが、死神じゃなくて死鎌じゃねという気もしないでもないです。

 続いてSEEDに出てくる機体をまとめるとこんなんになります。

・ストライクガンダム:強襲高達
・フリーダムガンダム:自由高達
・デュエルガンダム:決闘高達
・バスターガンダム:暴風高達
・ブリッツガンダム:迅雷高達
・イージスガンダム:聖盾高達
・プロヴィデンスガンダム:神意高達
・モビル・ジン:金
・インパルスガンダム:脈衝高達
・セイバーガンダム:救世主高達
・デスティニーガンダム:命運高達
・レジェンドガンダム:伝説高達
・アカツキガンダム:払暁高達

 こうしてみるとガンダムの表記は基本的に意訳で統一されているんだなと思います。個人的にツボったのはジンが発音から取られて「金」になってるのと、質問されてたアカツキガンダムが「払暁ガンダム」になってて、なんか仏教系キャラに見えてくることです。

 このほかで個人的に好きなのはサイコガンダムで、表記は「精神感応高達」となっています。意味的にあってはいるけどなんか違う気がします。またガンダム以外はやはり音訳されることが多く、アッシマーも「亜希瑪」、ジ・オも「鉄奥」など日本人からしたらぱっと見分からない表記が多いです。まぁ百式はそのまんま「百式」で、発音も「パイシィ」なので意味的にも音的にも近いというかそのままです。
 あとターンエーガンダムは「逆A高達」と「倒A高達」と二種類用意されてます。どっちもなんか弱そう。さらにGガンダム系は「曼荼羅高達」など割とそのまんまなキャラが多い中、マスターガンダムは「尊者高達」と分かりやすい表記になっています。部隊も香港がメインだし、やっぱ親和性高いんだろうな(´・ω・)

2026年5月13日水曜日

外より内に敵を求める中国

 先週末、中国のゲーム会社であるmiHoYoがリリースする「崩壊 スターレイル」をプレイ開始しました。このゲーム、というより会社は前から興味があり、崩壊シリーズのデザインの高さに注目していた矢先、先日ふとスターレイルに出てくる阮・梅のデザインが日本人には絶対に出来ないデザインだと思うようになってから俄然興味が湧いてきました。
 また昨今のスマホゲー業界ではもはや中国勢に支配され日本勢がウマ娘やブルアカなどを除けばほぼ撤退状態になっていることからも、中国製ゲームやらないとこの業界もうわかんないなという懸念もあり、プレイ開始を決意しました。

 そんなかんだで早速遊んでみたところ、前評判通りにデザインや音楽などの作りこみがすごく、またテキスト量も豊富で世界観にもかなり力を入れているという印象を受けました。ただまだプレイ開始から間もないこともあるかもしれませんが、明確に気にある点がありました。それは何かというと、戦闘目的です。
 このゲームは何もわからぬまま宇宙ステーションに主人公が放り出されてそこに現れる反物質と呼ばれる敵と戦うのですが、具体的に戦う理由が明確でないように感じました。一応、ステーションがこの反物質によって壊され研究者たちも逃げ出すのですが、何故襲われるのかも分からないし、また逃げ出す人たちも機材が壊れて大変だとは抜かすものの、なんかあまり切迫感がないというか、具体的に思想の対立や戦う理由がないのに主人公は戦わされているような感じがしました。でもってこれは何もスターレイルに限らず、中国製コンテンツにおいてほぼ共通の問題点であるように感じました。


 上の以前の記事にも書いていますが中国のアニメ作品のおいてはほぼ全て、最初は仲良くしてたりした味方っぽい奴が実は黒幕だたっというストーリーがワンパターンなくらいに共通しています。またスターレイルをはじめ、ほかの戦闘を伴う中国製ゲームでもなんかよくわからないまま敵と戦わせられて、結末を迎えてもなんで戦っていたのかはっきりしないで終わることが非常に多かったです。
 今回改めてスターレイルを初めて見て、この「よくわからないまま戦う」というのはつまり、単に魅力的な敵キャラを作ることができないのではと思うようになってきました。

 この魅力的な敵キャラですが、はっきり言えば作るのは難しいです。成功しているのだとスターウォーズのダースベイダー(実は主人この父親)、ガンダムのシャア(敵勢力にいるが実は敵勢力への復讐をたくらむプリンス)、ラピュタのムスカ(三分待ってやろう)などがいますが、セリフなどの性格異常に主人公らと敵対する動機なり背景、思想信条が人気を左右すると思います。ただそうした魅力ある敵キャラがいてこそ主人公らの立ち位置もはっきりするわけで、いい作品こそこういう魅力的な敵役がいるものです。

 それが前述の通り中国系コンテンツにはこれが全くおらず、味方の振りした黒幕がワンパターンなくらいに量産され続けています。なんで味方の振りした黒幕ばかり作られるのかというと、起承転結の転こと視聴者に意外性を与えられる展開パターンがこれしか持っていないからだと思います。
 その上で更に深読みすると、敵キャラというより敵との対立軸を作れないのかなというところまで至ったところで、なんか中国は外よりも内に敵を見出そうとする傾向があるような気がしてきました。

 というのも、中国の実写映画というとそのほとんどがスパイ映画で、多分恋愛映画よりも確実にスパイ映画の方が多いです。そうしたスパイ映画で出てくる敵役も基本的に外国(米国など)の内通者が多いのですが、機密情報盗んだり破壊工作したりしますが、そもそも何故敵対するのかという思想や価値観の衝突はまず描かれません。なんせ手引きする外国勢力があんまり表に出てこないのだから、対立軸自体が実はなかったりします。
 ではなぜそんな状態でもバトルするのかというと、これまた深読みすると「中国政府の方針に逆らう」というのが根本的戦闘理由になっていきます。

 ここらへんで浮かんできたのが日本の極左を含む社会主義勢力です。古今東西国籍問わず、何故か社会主義勢力は内ゲバが激しく、思想の異なる外部勢力よりも内部で殺し合った人数の方がどこも多いです。かねてから社会主義勢力は内部抗争が激しくなりやすいという見解は持っていたのですが、以上の中国系コンテンツの「思想や価値観で対立する明確な敵が実は存在しない」という傾向を見て、なんか外よりも内に敵を求めようとする社会主義の影響がコンテンツにも出ているのではないかと思うようになってきました。

 なぜ社会主義勢力がこのように内向きに対立を起こそうとするのかと言えば端的に、綱領絶対主義こと異論や議論を許そうとしない体制が最大原因です。そのため資本主義をはじめとする外部勢力以上に内部勢力の異論を潰そうとする方に神経を尖らせ、外部よりも味方内の異分子を締め出そうとするなど強く敵視する傾向が強く、抗争も外部以上に内部で激しくなりがちです。いわば、「大きな違いよりも小さな違いにこだわる」といったところでしょうか。

 こうした中国の社会主義的価値観はコンテンツ作品にも明らかに影響しているように思え、前述の通りスパイ映画では内通者や、味方の振りした黒幕とばかり戦い、資本主義の権化的な敵役は見られません。まぁ中国も資本主義だから対立要素内だけかもしれませんが。
 映画だけならまだしもゲームやアニメでもこうした傾向が強いというのははっきり言ってウィークポイントでしょう。前述の通り、この思想に囚われ明らかに対立軸を作るのがうまくなく、魅力的な敵役を作るのを苦手そうに見えます。

 とはいえスターレイルの主要キャラの作りこみや世界観はかなりしっかりしており、主人公キャラに関しては自前でも魅力的なキャラを作れるようには至っています。この点もかつては中国系コンテンツの弱点と言われていたところですが見事克服してきているので、対立軸も将来的には克服してくる可能性があると思います。

 なお日本の敵役に関して最後に少し触れると、「思想信条は正しいが手段が暴力的で焦りがち」系なキャラがやや多い気がします。まぁ戦うんだから暴力性を持たせなきゃならないんでしょうが。
 個人的に評価している敵役を上げるとラングリッサー4に出てくるギザロフで、斎藤道三のように徹底して国を乗っ取ろうとする野心だけで主人公の家族を殺害し足り虐殺したり、他国と戦争起こしたり、自国の将軍を死に追いやったりというゲス行為を繰り返しますが、野心と実力は本物で実際に国の乗っ取りに成功するという首尾一貫ぶりがよかったと評価しています。

中国のよくわからないガンダムグッズ

 昨日までやや重めの案件にずっと取り掛かっていたのですが、無事決着した直後から急に体が重く感じたので今日は有休を取得して昼寝していたら、夢の中で北京留学中にルームメイトだったルーマニア人の前で姉貴に怒鳴り続ける妙な夢見ました。意識はなかったけどストレス抱えてたのだろうか。


 話は本題ですが上の写真は淘宝の商品説明ページですが、たまたまこれ見て「ガンキャノン」は中国語で「鋼加濃」と書くことを知りました。なかなかうまいネーミングというかセンスに納得いくものでまた一つ発見したのですが、中国でもガンダムは人気で、こんな感じでよくプラモとかグッズが売られています。
 ただ中にはよくわからないグッズもあり、


 これなんか誰が買うんだよと本気で疑問に思います。わからない人向けに説明すると、これはZガンダムでコロニー住人を皆殺しにするために使われたG3ガスのガスタンクで、なか3Dプリンタで作ったとか書かれてあります。ジオラマ用だとは思うけど需要のわからないものに手を出す当たりはチャレンジ精神を存分に感じます。

2026年5月12日火曜日

高市政権の目立たぬ凄い閣僚たち

 発足当初と比べるとやや減った感じはするものの、それでも過去の政権と比べ現高市政権、というより高市総理へのメディアの批判の仕方は自分からみて異常なくらい激しく感じます。内容を伴っていれば話は別ですが、中傷動画の配信にしてもなんか聞いてて確とした根拠に欠けるように見えるし、その他の批判も政策内容ではなく高市総理の人間性批判に終始している感じがします。
 断わっておくと私自身もどちらかと言えば高市氏に対しそこまで応援していないというか、なるべくなら総理やらないでいてほしいと思う立場です。そんな自分ですら大手メディアの政権批判は目に余ると感じるほどで、この辺の見方が一般大衆がどんなのを持っているかが今後徐々に出てくる気がします。

 さらに付け加えると、今の日系メディアが完全に公平を欠いていると思うのは高市政権の閣僚たちについての評価です。はっきり言って現政権の閣僚たちはどれも優秀で、近年稀にみる布陣だと密かに評価しています。
 その筆頭は外務大臣をやっている茂木氏で、米国やイランとの交渉やフィリピン、オーストラリアなどとの中国を念頭に置いた外交展開など、功多くして失敗なしともいうべき成果を果たしています。正直言って、賢そうだけど頭でっかちな人なのではと思っていましたが、これほど実務に長けているとはいい意味で驚きでした。何より、イラン戦争でメディアの目が厳しい中でも失言一つしないのは大したものでしょう。

 同様に一目置くのは経済再生担当大臣をしている赤澤氏です。赤澤氏については石破政権での対米交渉の時点から評価していましたが、今ナフサ問題で騒がれていますが、それでも原油懸念が強まる中で日本国内をこれだけ落ち着かせた状態を維持しているのは彼の功績でしょう。原油備蓄放出のタイミングもブレがないというかしっかりした判断で行っているように見え、もし彼がいなければ今どれだけ混乱が広がっていたのだろうかとも思えます。

 その他の大臣もお約束の失言が一切見られず、これまたメディアの集中攻撃を受けやすい小泉防衛大臣も様々な批判をうまく返し、反対に政権の方針をメディアを通して上手く伝えているように見えます。総じて各大臣がそれぞれの分野でしっかりと仕事を果たしており、高市総理ばかり取り上げられがちですが、この政権で真に評価すべきは閣僚の布陣にある気がします。
 逆を言えば高市総理はそうした閣僚らに支えられているとも言え、誰かが抜けたら急に力をなくす可能性があります。この辺を意識しつつ、今の難局をこのまま持ちこたえていってもらいたいものです。

2026年5月10日日曜日

映画レビュー:モータルコンバット ネクストラウンド

モータルコンバット ネクストラウンド(公式サイト)

 なんも見る映画がなくとりあえずアクションだから時間潰しにはなるだろうと思って見に行ったのですが、意外や意外に結構面白かったのがこちらの「モータルコンバット ネクストラウンド」です。日本では6月公開のようですが、なんで中国だと前の「リターン・トゥ・サイレントヒル」のように日本よりも早く公開されるんだろう(。´・ω・)?

 このモータルコンバットの映画ですが、知ってる人には早いですが格闘ゲームが原作です。「米国のスト2」というくらい米国でヒットしたゲームなのですが、ゴア表現が激しくてあまり日本では普及せず、スーパーファミコンなどに移植された2を除けばシリーズ作品はほとんど出回っていなかった気がします。
 自分は何故か姉がこのゲームをやりたがって買ってきたので遊びましたが、スト2と比べるとキャラの動きがごてごてしていたのであんま楽しめず、怪鳥の鳴き声のようなキャラ音声聞いて笑ってたくらいです。世界観的にもゲーム中でも今日からの雷電のミサイルアタックはなんかツボにはまってました。

 そんなわけで世界観にある程度理解をもってこの映画を見てきたのですが、主人公はアクション俳優という設定のジョニー・ケイジだったりします。このキャラはほかが竜の生まれ変わりとか絶対零度忍者とか化物揃いの中で普通のまっとうな人間として登場してくるので場違い感が強いキャラであり、実際そうした特徴からか2021年公開の前作では登場させられなかったそうです。
 それが今回は主役として登場してくるのですが、なんとその役柄は「売れなくなったアクション俳優」で、ゲーム内の設定以上に一般人要素が強められており、実際に俳優も若干年取ったおっさんっぽい外見で、無理やりモータルコンバットに参加させられめちゃ焦る様子を見せています。結果的にはこの演出は見事だったと思え、このキャラの素人っぽさがモータルコンバットの異常性を際立たせていた気がします。

 映画全体に話を戻すと、一応ハリウッド映画に属すでしょうが俳優のアジア人比率が異常に高く、中国系俳優のみならず浅野忠信氏、真田広之氏が前作からそのまま続投していて、彼らを含め格闘ゲーム原作なだけあってアクションは申し分ない出来でした。
 ちなみにここだけの話、また姉貴がビデオ借りてきたので1995年に作られた映画も見ているのですが、あっちの方はそんなアクションよくなかった気がします。

 俳優の中で一際抜きんでていたのは、クン・ラオ役の黄又亮(マックス・ホアン)氏です。明らかに彼だけ動きが違っており、刃の付いた帽子を投げつける特殊なアクションと相まって彼がリュウ・カンと戦うシーンは一見の価値があると断言できます。傍目にも強そうだと感じる動きぶりを見せており、こんないいアクション俳優がいたのかと仰天させられました。
 ちなみに特徴的な顎と演じたキャラの近さからか、何となく帝都物語で加藤保憲を演じた嶋田久作氏が浮かんできました。

 最近だと本当に見に行く映画が少なく、先日もともかく時間潰しタイから「我、許可!」という口コミがいい中国映画を見に行ったものの、ウーマンリブ的な話で男の自分からみてあんま楽しめませんでした。来週以降もこれという映画はないためしばらくお休みになりそうで、スパイダーマンの公開が待ち遠しいです。

Yahooこそ通信詐欺の加担者

Yahoo!メールさん、やっと最近届きまくる迷惑メールについての注意喚起を出す(ガハろぐ)

 いやこれほんと同感というか、なんで国や警察は福生市のハンマーおじさん逮捕してYahooの責任者逮捕しないのかと前から疑問に思っていました。

 複数のメールを使っていますが、詐欺メールの受信数で言えばYahooがぶっちぎりです。このブログにアドレスを公開しているGmailと比較したら1:1000くらいの割合でYahooの方が詐欺メールをどんどん受信し、騙されたことはないものの、ほかの正規メールと区別して処理するのが非常にめんどくさいです。っていうかYahooのアドレス公開してないのにな。
 しかもこのYahooメール、上のまとめ記事に書いていますが詐欺メールのフィルタリングサービスを有料しているのが見ていて腹立ちます。自分が知る限りフィルタリングで金とるのはYahooくらいなもので、こんな企業姿勢だから詐欺メールに騙される被害者が生まれているようにしか見えず、通信詐欺事件の流行と拡大の一翼をYahooが担っていると信じて疑っていません。

2026年5月8日金曜日

地域によって差のある地元大名への意識

 このGW中はなんか電子書籍をはじめやたらと金を使い過ぎました。どうする(;´・ω・)

 話は本題ですが以前に福岡市を訪れた際、この地を長く治めた黒田家に対するお土産なりグッズなりがあんま見当たらないなと感じました。実際に福岡出身の人に黒田家の話を聞くと、「あんま意識してない(´・ω・)」と返事され、そんなに地元に浸透していないなという印象を覚えました。
 反対にというか同じ九州の熊本県では、現在に至っても加藤清正を神の如く崇めており、関連グッズもくまモンには負けるけどたくさんあります。まぁ加藤家が熊本治めてた期間は実は短く、逆に長く治めた細川家に対する意識は低かったりもするのですが。

 こんな具合に江戸時代までその地を支配したり輩出した各地元大名への意識は地域によってかなり変わります。千葉や埼玉のように主に旗本が支配して支配者も変わりやすかった地域に関してはこの手の意識は全くないのですが、熊本以外にも石川県なんかは今でも加賀百万石を強い誇りとしており、何かにつけて百万という単語をお土産につけてきますし、前だけに対する意識も外から見る限り強そうに感じます。
 また江戸時代に佐竹家が支配した秋田県でも、こちらも外から見る限り佐竹家当主が県知事になったりと今でも現地には強い影響力が残っているように見えます。あと岐阜県は江戸時代は天領だったところも多いですが、戦国時代にこの地を支配した信長への関心が高く、お土産も信長グッズが中心です。

 マムシの道三も輩出してんだから、マムシ酒も出せばいいのに……。

 このほか九州に戻ると、鹿児島県の島津家に対する意識も高いものがあります。何気に鎌倉時代からの守護大名で最後まで生き残ったのは島津、伊達、佐竹の三家のみで、このうち伊達、佐竹は江戸時代初期にお国替えで出身地から動いているため、鎌倉時代からずっと同じ場所を支配し続けたという意味では島津が一番長かったりします。
 ただ鹿児島の場合、西郷隆盛が島津家を上回るほどの尊敬を集めているため、島津家に対する意識もその分弱まっている感があります。まさか身内に追いやられるとは……。

 一方、徳川家が支配した水戸や紀伊はなんか外から見ている限りだとそれほど地元民の意識が強くない気がします。明治維新で徳川家が追放されたということが大きいように思えるのですが、名古屋のみ尾張徳川家に対する意識や信頼が例外的に未だ強いと感じ、実際関連グッズもよく見ます。
 この辺、熊本もそうですがお城が残っているというのが地味に大きな要素である気がします。名古屋も徳川家への意識の半分以上は名古屋城というシンボルの影響であるように思え、やはり城が残っているとそれが街のシンボルとなり、そのまま地元大名への意識向上につながっている気がします。まぁ和歌山城も残っているんですがね。

 最後に山口県に関しては、毛利家よりも幕末に輩出した維新志士の方が数も多くて有名で、現代にも直接影響を残しているため、鹿児島同様に若干割食っている気がします。こうしたライバルの存在やお城などのシンボリックな遺産の有無が、地元大名への意識を決定づけていると言っていいでしょう。

2026年5月6日水曜日

贅沢を人目につかないところで行う日本人

 本題と関係ないですが一昨日に自転車で遠乗りして帰宅した後、なんかメガネが臭くて石鹸で洗いました。何故だ(。´・ω・)?

 話は本題ですが昨日の記事で私は日本人は江戸時代から続く清貧思想が強いため贅沢行為にやや負い目を感じる人が多いと書き、割とこの主張は自信を持っています。その一方、気晴らしとしての贅沢行為自体は日本人もやっているのですが、そのやり方というのも人目につかないところで贅沢するという形が結構根強い気がします。

  歴史を辿れば江戸時代からこの手の「隠れ贅沢」行為は盛んだったというか、幕府が倹約令を出して派手な着物を着てはならないとお触れが出た後、町娘の間では外からは見えない裏地に豪華な反物をあしらった着物を着る人がいたそうです。また神社仏閣でも、何故か普通には見えない天井の奥とか柱の一部に金をかけた装飾を施したりするところがあるほか、現代でも「プチ贅沢」という単語とともに見えないところにお金をかけて贅沢欲求を満たす行為が見られます。
 こうした行為は単純に贅沢欲求と清貧思想を両立させるための手法だと思いますが、中国人的思想が強くなっている自分に言わせると、他人に贅沢を見せつけないで何がいいのかという感想を持ちます。まぁこれも一種の日本人のメンタリティと言えばそれまでですが。

 実際、一見そうと見えなくても、実は価値があるものにこそ日本人は飛びつきやすい気がします。でもってそういうものをあからさまに見せびらかさず、さりげなく見せることこそ醍醐味的な人は確実にいる、っというか確実に多いです。
 そう考えると、日本人も贅沢が嫌いというわけじゃなく贅沢の仕方が凝っているという風に見るべきかもしれません。この辺の贅沢行為に対する特徴や傾向を詳しく調べてみたらなんか面白い結果が出てくる気がしてきました。

2026年5月5日火曜日

贅沢に負い目を感じる日本人

 感覚的に2024年ごろからそれまで猛威を振るっていた日本人礼賛記事が減ってきたような気がします。若干妙な自意識過剰が減ったのは何よりなのですがそれに伴い「外国人と比べて日本人は?」という日本人的な話題が減り、これはこれで少し寂しい思いがします。
 そんな思いが募ったのか先日チャットで日本の友人とこの手の話題になり、その際に「日本人って贅沢に負い目感じるよね(´・ω・)」という意見が出てきて、私もこれに全肯定しましたし、多分否定する日本人はイケイケ系を装っている人以外ほぼいないという気がします。

 一例を挙げると、「バブル文化」という単語一つとっても若干悪趣味な時代や行為という意味を現代では持っているように見え、金に飽かした贅を尽くす行為に対して若干低めに見て、高尚な行為や文化とはまず見ていないでしょう。やりたい人がやる分には否定しないものの、やってる人もやっぱり負い目があるのか自分をでっかく見せたいとき以外は隠すという人も少なくない気がします。
 ではなぜ日本人は贅沢に負い目を感じるのか。結論から言うと侘び寂びこと千利休の影響がやはりでかいのではないかという気がします。

 戦国、というより安土桃山時代においては安土城や大阪城といった 絢爛豪華で華美なスタイルが非常に流行しており、傾奇者文化もこれらに通ずるように感じます。しかし秀吉の時代に千利休が詫び寂びの概念を打ち出し、素朴で質素な茶碗に価値を見出して自らプロデュースしていくのに伴い、華美とは対照的なものにこそ価値を見出すスタイルが日本を支配するようになっていきます。
 この傾向は江戸時代も続いた、というか続かざるを得なかったと私は考えています。というのも江戸時代の武士は大名を含めて基本貧乏で、派手に金を使うことができませんでした。そのため質素な家屋や調度品とかを「こういうのがええんや(^ω^)」とひたすらセルフフォローし、余計な出費を抑えつつも自己満足感と権威を守っていくスタイルがそのまま続くことになった、というか華美な美術品や工芸品を生み出す資本がなかったとみています。

 なお日本文化史に残る最大の華美美術品とくればやはり金閣寺がトップで、その次に出てきた銀閣寺は詫び寂びを代表する存在として好対照であるというのはなかなか趣深い所です。そのほか思い浮かぶのを上げると平家納経、日光東照宮が自分の中で浮かんできて、江戸中期以降はマジでゼロである気がします。
 もっとも江戸中期においては資本力が最も高い豪商を中心に華美な行為や創作が行われ、確かどっかの豪商では床下に金魚の水槽を張ったとかいうのを聞いたことがあります。

 話を戻すと、まじめに江戸時代の特権階級である武士層は世界的に見ても実権を持ちながらも異常なほど貧しく、これが日本の贅沢に負い目を感じる清貧思想の固定化につながったと思います。質素な権力者は清廉であるというイメージは世界共通ながらも、実際にそれをきちんと体現できていた日本はかなり珍しい部類にあると言っても過言ではないでしょう。
 なんせ将軍家でも吉宗が率先して倹約に励み、天皇家に至っては天皇自ら和歌を売ったりしなきゃならないほどだったそうですし。まぁ大奥にはかなり金かかってたとは聞くけど(´・ω・)

 この清貧思想は明治以降も若干弱まったとはいえ生き残ったというか、やはりというか金持ちは「いけ好かない」という価値観が今でも根強い気がします。金持ちでも篤志家にはもちろん尊敬が集まりますが、頑張って働いて金持ちになったとしても、その富裕ぶりを誇示するようなライフスタイルをしたらまずもって日本では「よくがんばったねぇ( ;∀;)」という感じで評価されることはまずなく、「成金が( ゚д゚)、ペッ」みたいに反感しか買いません。むしろたくさんの資産がありながらも、慎ましい生活をしている人にこそ尊敬が集まります。

 プラスかマイナスかで言えば、この日本を包む清貧思想(西欧と比べて強いという意味で)は社会にとってはプラスだと私は思います。やはり米国を見ていると富裕層と貧困層の分断と対立が年々激化しているように思え、それと比べると日本も以前よりは収入格差が広がっているとはいえ、「奴らは別世界の人間だ」などと言う人はいません。
 なお松戸戦士こと千葉県北西部を出身とする自分にとって、木更津市をはじめ房総半島方面の千葉県民は別世界の住民だと考えています。はっきり言って仮想敵国の埼玉県民の方が自分らにまだ近いとすら思う(´・ω・)

 話を戻すと、清貧思想が強いゆえに日本では収入による社会の分断が抑えられていると思う節があるとともに、資産家や政治家の腐敗行為も抑えられているのではないかという気がします。やる奴はやりますが、それでも諸外国、特に中国と比べると権力者が自らの贅を尽くすために腐敗行為に手を染める人の数や比率は圧倒的に少ないし、また政治家をはじめ日本の権力者の多くはそれほど資産を蓄えておらず、能力はともかくクリーンなライフスタイルをしている人が多いです。
 これらは自然の結果というより、清貧思想があるゆえに当事者も贅をあまり求めない傾向があるとともに、市民をはじめとする社会の贅を尽くす行為への厳しい目というか監視が効いているおかげであるように思えます。

 この辺、繰り返しになりますが中国と比較すると本当に歴然です。中国は資産が増えたらそこで満足せずに「もっと欲しい!(; ・`д・´)」とほとんどの人が考え、さらなる利殖を追求します。でもって稼いだお金を日本人みたく貯金だけするのではなく、これでもかっていうくらいでかい家買ったり、無駄にラグジュアリーカー買ったり、わけのわかんない仏像とか買ったりと、欲望のままに自らの富裕を誇示してきます。社会主義国なのに……(´・ω・)
 もちろん中国の一般庶民も、「そんな無駄に使う金あるなら俺にくれよ(´・ω・)クレ」とばかりにこうした金持ちの贅を尽くす行為に反感を覚えたり眉をひそめますが、それでも日本と比べるとその反発ぶりは非常に小さい気がします。少なからず、「金持ってる奴がえらいんだ」という前提観念が中国人にはあるように見え、ひがむ暇あったら自分も稼げるよう努力しろ的な個人主義的価値観も影響している気がします。

 以上のようにつらつらと日本の清貧思想について書いてきましたが、冒頭にも書いた通りにバブル時代は日本近代史において例外的に贅を尽くす行為が社会で奨励されていた特殊な時代でした。ただ今現在においてこれらが悪趣味な文化として扱われているのを見ると、当時の日本人たちも内心、罪悪感を感じつつもそうした行為に明け暮れていたのではと思う節があります。
 江戸時代から続いてきた強固な価値観がほんの数年で一気に転換するとは思えず、やってた人たちも疑問を感じていたのではと、今現在の評価からみていて少し思います。まぁ当時バブルに乗れなかった層が現代で否定的に言っているだけかもしれませんが。

 オチを付けると、前述の通り日本の清貧思想は社会にとって有益な要素が強いように思え、贅を尽くしたいって人には若干申し訳ないですが、そうした行為はなるべく見えないところでやってもらい、日本全体としてはこの清貧思想を守っていく方がプラスだと私は考えています。

 最後に、ちょっと誰かは忘れましたが幕末か明治のころに来た外国人が日本人の暮らしぶりを見て、「彼らはお金をかけずに人生を楽しむ方法に長けている。我々は日本に文明をもたらしてやろうとやってきたが、果たして今の彼らのライフスタイルを壊すことが正しいのかわからなくなってきた」というコメントを残している人がいました。実際今のネットカルチャーを見ていても、余計なお金や資本をかけずに楽しむコンテンツをみんなで作って共有し合っており、この点はもっと日本人も自覚して誇ってもいい気がします。

2026年5月4日月曜日

ライトノベル作家の意外な正体(;゚Д゚)

 またすごい古い話となるのですが、今から約30年ほど前に「ブリザードプリンセス」シリーズというライトノベルを当時読んでいました。作者は矢神涼氏で、作品作家ともにWikipediaなんてものはないのですがAmazonに当時の本が中古品として出品されています。一体なぜ自分がこの本を手に取ったのかというと、特にさしたる動機もなくたまたま本屋で見かけて表紙が目に入ったことから1冊目を買い、その後も続巻が出るたびになんか惰性で購入して読んでました。

 シリーズを通してのあらすじを書くと、雪女の霊を生まれながらに宿して常人離れした体力を持つこととなった女子高生の主人公が、あれやこれやとトラブルに巻き込まれつつ解決していくという、如何にも90年代にありがちなライトノベルでした。またこの作品では作者自身が登場することもあり、「きょうと、「さがの……」というダイイングメッセージから京都市の嵯峨を訪れて捜査する主人公に対し、「嵯峨と嵯峨野は別々にあるんやで」と教える京都市内の医者として登場してきます。このくだりはなんか妙に印象に残り、自分が大学進学で京都に行ったときに「嵯峨と嵯峨野は違うんやな」などとこの本のことを思い出したりしていました。
 なおこの自分の作品にわざわざ自分を登場させる当たり、子供心に「出たがりなんやなぁ(´・ω・)」などと当時から思っていました。

 そんな30年くらい前の作品を何故急に言及するのかというと、先日ふと上記の嵯峨と嵯峨野のくだりを思い出し、「せや、あの作家はその後ほかに本出しとったんかなぁ」という点が気になり、検索をかけて調べてみたからです。割とライトノベル作家は一時期作品が売れてもその後フェードアウトして、行方知らずになることも多いからどうせ検索してもなんも出てこないだろうと大した期待もしていなかったのですが、想定外なことに作者名の「矢神涼」で調べたら一発でヒットしてきました。


 一目見て「(;゚Д゚)?」という気になりました。でもってリンク先のページを探っていったところ、この松本クリニックの院長である松本浩彦氏が、あの本の作者だったということがわかりました。小説内での立場同様、マジで医者やってたという事実にかなりビビったわけです。
 っていうかプロフィール欄を見るとそれ以外にも、

・2種免許を6つ所持する日本稀有の再生医療認定医
・大学時代は剣道三段の体育会主将
・同時期にジャズピアニストとしてプロ活動
・日本推理作家協会会員の小説家

 というお腹いっぱいになりそうな経歴載せているし、病院に金本来てるし、自分の想定以上に現在も活躍されていたという事実に二度びっくりさせられました。っていうか医者しながら小説書いてたのかよ(;´・ω・)
 といった具合で、行方知らずになっているだろうと思っていたら想定外な作家の正体に一人ビビる羽目となりました。にしても自分の作品内で本業としての姿で登場させているあたり、自分も将来小説を書くとしたら本業の松戸戦士として登場させなければならないのかと、妙なプレッシャーを覚えます。ちなみに一度でいいから松戸市の境界に立ってやって来る人に「やあ、ここは松戸の街だよ!」ってセリフを言ってみたいです。

上海の宝山寺


 昨夜たまたま地図を見てたら見つけたので、上海市内にある宝山寺に片道約30キロの道のりを自転車で走って行ってきました。


 
 ここは上海市内で唯一の唐風寺院とのことなのですが、実際見てみてほかの中国のお寺と違う印象がありました。この写真のように建物内装は基本的に漆塗りがベースで、余計な彩色が一切ありません。


 割と中国の寺院は柱や天井などに色塗る傾向があるのですがそういうのは一切なく、また境内のレイアウトもほかの寺院は奥へ奥へと細長いのに対し、宝山寺は横幅が広く正方形な敷地してました。

狙ったつもりじゃないが自分が撮影しているような形になってしまった

近くの道路から目立っていた唐風の塔


 上の写真のように境内両端を石畳の回廊が通っており、この辺は見ていて京都や奈良の寺っぽいなと感じました。ほかの中国のお寺にはこういう回廊は見ません。

真下からみた唐風の塔

敷地内には整備された庭園も




 こちらの猫は境内の中で寝ていたので撫でていたところ、起き上がって自分の靴の上に寝転んできました。しばらく撫でていましたが起きる気配なかったので、そっと足を移動させて去りました。


 その後、昼食を食べた後にスーパー銭湯に寄っていきましたが、運動後に風呂入って血圧上げたせいかまた頭痛起こして吐きそうになってました。片道30キロで往復60キロ程度だからそんな大した運動しているつもりないのですが。

2026年5月3日日曜日

ゲームレビュー:パラノマサイト FILE38 伊勢人魚物語


 結論から書くと、超面白かったです。ここ数年遊んだ中で最高の出来だと思えるアドベンチャーゲームで、興味ある人は迷わず遊ぶことをお勧めします。

 このパラノマサイトですが、シリーズ第1作目で前作に当たる「パラノマサイト FILE23 本所七不思議」も当然遊んでおり、こちらも非常に楽しめたのですが、それが故に2作目のFile38を購入する際は実は結構悩んでいました。というのも前作が面白過ぎたので自分の中で勝手に期待値を上げてしまい、2作目をつまらなく感じてしまうのではないかと懸念してました。
 これは同じアドベンチャーの「AIソムニウムファイル」で起きた現象で、1作目が非常に気に入っていたため2作目もうきうきで買ったところ、「なんやこれ(# ゚Д゚)」と思うくら面白さを感じられず、めっちゃ買って後悔したことがありました。まぁ実際、ソムニウムファイルの2作目は続編物として失敗していたように思え、次の3作目で主人公を1作目のキャラに戻しているし。

 そんなわけでパラノマサイトも続編購入を悩んだものの、元々の定価が三千円以下と安く抑えられているし、ネットの評判見ると前作に負けない高いものであったため連休前に購入して休み入ってから遊び始めましたが、本当に前作に負けない面白いゲームで、一気にエンディングまで突き進みました。アドベンチャーゲームの肝心要となるシナリオはもちろん、デザイン、音楽、演出のあらゆる面でハイレベルであり、UIもよくできててプレイ中に不満を覚えることはありませんでした。最後の方の謎解きはやけに難しくて自分も攻略サイトに頼りましたが、途中の謎解きはカタルシスを得るのにちょうどいい塩梅でした。

 でもってシナリオに関してですが、「伊勢」、「人魚」、「平家」の脈絡のない三単語が見事に組み合わさって九鬼水軍など歴史事実を絡めながら重厚な内容に仕上げられており、バラバラだった要素が終盤に行くにつれて一気に統合されていく展開はマジ鳥肌ものでした。基本的に読み進めるだけで攻略できるのですが、展開の運び方がうまいもんだから推理小説を読んでいるような謎解きをなしたかのような満足感があります。
 キャラクターに関しては前作同様、複数いる各主要キャラにパートナーキャラが一人つくツーマンセル体制を維持しており、これが話の運びというかボケツッコミをよくしているように見えました。特に外国人作家とエクソシスト少女の組み合わせは前者が常にオーバーアクションで反応して後者がすぐツッコむ掛け合いが非常によく、前作同様顔芸が生きるキャラでした。

 ファミ通による製作者へのインタビューによると、続編ながら前作キャラクターは一人も続投させず、システムや世界観だけ流用する並行的な続編にしたそうですが、この措置は英断だったという気がします。前作を遊んだことのない人も入りやすいし、また設定の齟齬を意識しなくてもよく、特に東京都三重県と舞台が異なっていることからお互いに独立したシナリオにするのがやはり正解だったでしょう。
 まぁ前作の人気キャラである黒鈴ミヲの再登場に若干期待してはいたんですが……。

 これ以上書いてもほとんど蛇足にしかならないのでここで切りますが、いや本当に楽しめるアドベンチャーゲームを作ってくれたものだと感心しました。あと一つだけ付け加えると、アドベンチャーゲームにもはやおなじみの声優による音声がこの作品にはついていないのですが、逆にパラノマサイト遊んでみて、この手のゲームに音声ってかえって蛇足ではないかと思うようになってきました。
 やはり音声が入ってしまうとそのキャラクターの特徴が少し固められ、プレイヤーのイメージから外れてしまう可能性がある気がします。今作も全く目立たないキャラが実は重要キャラだったりすることもあり、そうした予断を防ぐ上でも音声なしの方が意外と正解だという気がしてきました。

2026年5月2日土曜日

自分の祖父、父が会った歴史人物

 連休二日目の今日のスケジュールは以下の通りでした。

・8時半:起床、その後ゲーム
・12時:昨夜作ったカレーを食べる
・13時:ゲーム
・14時:お昼寝
・17時:ゲーム
・19時:カレー、その後スタバ
・今に至る

 昼寝しすぎたせいか若干肩こりと頭痛がするのですが先ほどスタバで「松吉伝」という漫画を読んできました。この漫画は「風雲児たち」の作者のみなもと太郎がその祖父について書いた漫画で、その本によると祖父は甘粕正彦と憲兵時代に交友があり、甘粕が満州に連れてきた溥儀を最初に匿ったのもこの祖父だったなどということが書かれていました。それ以外にも面白い話がたくさん書かれていたので興味ある人は手に取ることを勧めます。

 これ読んで思ったこととして、「うちは児玉誉士夫くらいやな」という感想でした。これは何かというと、自分の祖父が直接会ったというか見たことのある歴史人物だからです。児玉誉士夫の来歴についてはここで細かく語りませんが、戦前に朝日新聞の駐在社員として祖父は今自分が住んでいる上海に来ており、ここで毎日中国人と麻雀売ったり、牛肉食べたりと楽しく過ごしていたそうです。
 そんな楽しい上海ライフを送っていた祖父が朝日新聞上海支局内で、「よく児玉誉士夫が来ていた」と話していたそうです。この時期、児玉は大陸浪人として自らの組織(児玉機関)と人脈を活用し、軍の請負を受けて中国国内での物資や人員の調達を請け負っていたとされるのですが、そんな人物が朝日新聞内をうろついていた当たり、当時の新聞社と軍の癒着ぶりが垣間見えます。

 残念ながら祖父は自分とあまり話をする間もなく亡くなっており、もしまだ存命なら現在の上海と比較を含め色々聞きたかったものの、父を通して聴いた話はこれくらいしかありません。でもってその父に関しては、何でもなんかの仕事で伊藤忠の役員をしていた瀬島龍三と話す機会があったそうです。その際に父は、

「終戦時とのソ連との密約の話は本当なのか?」

 という質問が喉まででかかったそうですが、さすがにこれ言うとマジギレさせるという懸念から飲み込み、当たり障りのない会話で終えたそうです。瀬島の死後も父は度々、「あの時聞かなかったことをいまだに惜しんでいる」とよく自分に言ってきますが、身内贔屓かもしれないけどこれは聞かなくて正解でしょう。記者や学者ならまだしも取引先としての立場なら、さすがに分を過ぎている。

 これ以外で自分の父と祖父があった歴史上の人物は特になく、私に至っては一人もいません。将来歴史に残りそうな人もおらず、歴史好きなのになんかそういう機会に恵まれません。私自身、子供の頃は歴史の教科書に載るような業績を作ってやろうと息巻いた時代もありましたが、最近は分をわかってか、あとむやみやたらに責任を負いたくない気持ちが強くなりそういった青雲の志も失いつつあります。どっかでこのブログが再評価されたりすればいいけど、まずそれはないだろうな。

2026年5月1日金曜日

苦しみから逃れようとするのが人の本質

 二ヶ月くらい前に何かの記事で読んだのですが、あるお坊さんが「人間はお腹がすくと食べ物を求め、お腹がいっぱいになって苦しくなると食べなくなる。このように人の行動は苦しみから逃れようとすることがすべての基本となっている」という法話が書かれてあり、なるほどなぁと深く納得しました。

 これまであまり仏教の苦に対する概念に気を払ってこなかったのですが、「四苦八苦」をはじめ、仏教にはこの手の苦に対する解釈が確かに多く、私はこの苦をどう克服するかという風に仏教は考えていると思っていました。
 ただ上の法話を読んだ後、そもそも釈迦が正式に布教を始める前のジャイナ教では苦行に耐えることを重要な修行としていたものの、釈迦は「苦行を積んだからと言って悟りを開けるわけじゃない」とこれを否定したと言います。このエピソードも改めて考えると、苦に対し「耐える」のではなく「避ける」という方針に根差しているかのように思え、ちょっと仏教の見方が変わってきました。

 さしたるオチもないですが、「将来の苦しみを避けるために今努力する」などという論法ならこの苦から逃れようとするのが人のあらゆる行動の本質という風に解釈できる気がします。逆を言えば、今努力しても将来の苦しみから逃れられない場合はどうなのか、この辺をなんか仏教に詳しい人いたら今度聞いてみようかと思います。

サンバー作った(´・ω・)


 例によってまたアオシマの楽プラでサンバーを作ってました。これ作る決め手はやはり、このインプレッサをほうふつとさせるWRカラーがバージョンに入っていたからです。


 自分も全く把握していなかったのですが、サンバーの最終バージョンが出された際にこの色がオプションに入っていたそうで、実車でもマジで存在するカラーバージョンだったそうです。実際に中古車で検索してみたらマジで流通していて、こんなんも農道のポルシェじゃなくて田舎のWRXじゃん。


 なんかガレージのペーパークラフトもついていて、最初はその気はなかったけどなんか創作意欲が続いたのでそのまま作ってしまいました。

 
 あと軽トラという形状から、色々物載せて写真撮りやすかったです。


 このようにドイツ戦車兵ともマッチします。


 こっちはソ連戦車兵。


 これだけ見ると農家のおっさんにしかマジ見えない。なおこのサンバーは実寸の1/32、戦車は1/35なので寸法的にも割と近いというか体格の誤差として十分無視できます。

2026年4月30日木曜日

熊と戦ったプロレスラー

「いいお嫁さん」論が波紋...周庭さんが訴え「怖いですね」 「多様性」の意味「改めて考えて」(JCASTニュース)

 本題と関係ないですが上の記事見て確かに悪意はないんだろうけど時代の変化によって不快に感じる人もいる言葉だろうなと感じました。でもってじゃあどんな風に言ったら失礼にならないんだろうと考えて何故か、「いい半魚人になれますね」というフレーズが真っ先に浮かんできました。多分「パラノマサイト」を今遊んでいるせいでしょう。でも海女さん相手なら誉め言葉になるような気がする。


 それで本題ですが最近組長こと藤原喜明氏のコラムがよく見かけるようになりました。藤原氏はゲームの「龍が如く」にも初期から出演するなど露出の多い人で自分も昔から好きな人ですが、これらコラムを見るにつけ非常にユーモアがありプロレス関係なしに面白い人なんだろうなと密かに感じています。

 そんな藤原氏のエピソードの中でも特に出色のあるものとして、上のコラムにも書かれてある熊との対決でしょう。詳細は記事本文を読んでもらいたいのですが、昔テリー伊藤氏の企画でテレビ番組で熊と戦う羽目になったそうです。テリー伊藤氏には相手の熊は飼われていて人に慣れている安全な熊だと聞いていたそうですが、実際に現場に行ったら飼い主が血だらけで熊を連れてきており、話が違うじゃねーかと思ったそうです。
 そしていざ実際に対決するとやはり猛獣との力の差は歴然であり、数発タックルを食らって負傷し、続行不可能ということで終了しました。ただ藤原氏によると日本で再戦する予定だったそうですが、


 その舞台は、なんと千葉マリンスタジアム(現・ZOZOマリンスタジアム)。特番で話が進んでいたが、結局は企画自体がお蔵入りとなった。

 「日本でもう一度やるって決まったあと、準備を進めている途中で動物愛護団体からクレームが来てな。それで中止になったんだ。

 『クマをいじめちゃいけません』っていう抗議だったんだけど、馬鹿野郎、俺のほうが殺されかけてるんだよ!って(笑)。

 クマの心配だけして、人間の心配はしないんだからな。俺もなんとか死なずにすんだけど、クマとの闘いは、どんなプロレスラーとのケンカマッチより怖い。これだけは間違いないよ!(笑)」


 とのことで、昔も今もちょっとずれたこと言う愛護団体がいたということが示唆されています。っていうか藤原氏はマジキレていいと思う。
 なんてことを今日記事に書こうと思っていたら……



 なんと当時の映像がアップロードされていました。何気にこの対決、当時子供でしたが私も見ていて、藤原氏が「うおー!」っていうのをはっきり覚えていました。それだけに上のコラムも「あの時戦っていたプロレスラーは組長だったのか」という感慨を覚えていたのですが、改めてこの映像を見ると企画自体相当おかしいというかやばいとしか思えず、数百年後に「昔の人は人間とクマが戦うのを見せものにする気が狂ったことをやっていたんだよ」と語り継がれそうな映像に思えてきました。つうかマジでローマの剣闘士とか笑えない。

2026年4月28日火曜日

国旗損壊罪については岩屋氏の意見に完全賛成


 いま議論されている国旗損壊罪についてですが、結論から述べると上の記事で語られている岩谷氏の意見に自分も賛成で、日本国旗の損壊については一切の刑罰を設けず、外国の国旗損壊には設けるのが一番いいと考えています。余計な前置き抜きでその理由をつらつらと書いていくと以下の通りとなります。

 まず国旗というのはそもそも国籍の所属を示すマークの描かれた布に過ぎないというのが自分の根本的意見です。これが破かれようが燃やされようが誰かを物理的に傷つけるわけではなく、むしろこのような行為で国の埃や誉れが汚されたと考える方が逆におかしい気がします。言い方変えるとそう考える人はただの布に国体やらなんやら余計なものを勝手に重ねているように見え、ちょっと無駄に意識を高め過ぎているのではないかというのが私見です。
 さらに述べるとたかが旗如きにむやみやたらと感情を上乗せして過剰に反応するからこそ、実際に国旗損壊行為を行う人間たちの思う壺となっているのが現実でしょう。損壊行為を行う人たちはそうした行為にいちいち反応したり嫌がったりする人がいるからこそやるわけで、皮肉な言い方をすると国旗損壊行為に刑罰をつけようとする人がいればいるほど、そうした行為を助長させている節すらあります。

 逆にというか国旗が燃やされたりしても「だからなんやねん(´・ω・)」というような白けた態度をみんなで取っていれば、やってる方も馬鹿らしくなって段々損壊行為を続けなくなっていくと思います。大体こういうことする連中は怒ったり嫌がる反応する人間をわざと煽るためにやるわけで、刑罰なんてつけたりしたら逆に「俺は日本が禁止している行為を敢えてやるぜぇσ(゚∀゚ )オレ」みたいに余計にそういう連中を増やしてしまう気すらします。

 その上で外国の国旗に関しては、何らかの意図をもって日本国内で損壊行為が行われているのに日本人が誰も止めなければ、当事国の人の中には「なんやねん日本人は(# ゚Д゚)」と思う人も出てくると思います。そもそも他国の紛争とかを日本に持ち込ませるべきではないし、そういうことは第三国ではなく自国でやれという意味合いも込め、岩谷氏の言う通りこちらには罰則を設けてもいいと思います。
 中には前述の日本国旗との対応の違いに矛盾があるという人もいますが、日本国旗の場合には日本人は当事者となるのに対し、外国国旗の損壊ならば第三者という立場になります。その第三者の立場で外交や融和を推進するということを考慮するなら、やはりこっちには罰則を設けるべきでしょう。

 さらに話を進めるなら私は日本国旗の損壊を禁止する法律なんて作ったら、逆に日本の国家体制を弱めてしまうとすら考えています。これは何故かというと恐らく中国にいるからだと思いますが、自国に対する批判を制限する国というのは制限しない国に比べ国家体制が弱いことを逆に示すことになると考えているからです。

 先日、米国在住の中国人の方が「中国にも言論の自由はあるよ、但し一回だけどね」というブラックジョークを言っていましたが、あながち間違いではありません。中国は自国政府に対する批判は基本認めず、汚職が発表された者以外の政権幹部への批判はマジで収監するくらい平気でやってのけますし、国の制度や体制への批判にも敏感です。
 これは逆を言えば、こうした言論統制を取らなければ国家体制が維持できないことの顕れでもあります。逆に日本は政治家だろうと国家体制だろうと、果てには天皇制についても批判したところで罰されることはないし、そうした批判が表に出ても国家体制が揺らぐことはまずありません。こうした批判に対する日本と中国の態度を比べてみて、どっちの国家体制の方が盤石であるかと問われるなら答えは一目瞭然でしょう。

 今回話題の国旗損壊は民族ヘイトの手段として用いることが大半だと思いますが、国や政府に対する批判として行われることも考えられます。そうした政府批判とかの手段をいちいち刑罰つけて制限しようというのなら、そうした制限がない国と比べると国家体制が弱いのではと思えてしまうし、こうした法律を追加する時点で揺らいでいるのではと逆に思えてきます。むしろ国旗を燃やそうが破こうが「やりたいなら勝手にやれば、無駄なことが好きなんだねぇ(´・ω・)」という風に大衆が鷹揚に構えていられる国の方が、敵としてみたら国家体制が固くて手ごわいと相手国も覚えるように見えます。

 さらに言えば、戦前の軍部政権のように常に政府が正しい方針であり続けるとは限りません。そうした状況に至らぬためにも政権批判の手段を制限してはならないし、一定の批判手段の余地を残す方が国としてはより安定すると私は考えます。もちろん無関係の人を傷つけたり殺害するテロ行為のような批判手段は絶対に認めてはなりませんが、旗を燃やす程度なら失火に気を付ける規定さえ付けておけば認めておいてもいいんじゃないかと思います。まぁ下品だし全く生産的じゃないからやらない方がいいと思うけど。

 以上のような自分の考え方は岩谷氏に非常に近いと思え、実際上のインタビューを見て我が意を得たような感覚を持ちました。そのため日本国旗の損壊には刑罰なし、外国国旗の損壊には刑罰ありにすべきというのが私のこの議論における結論です。途中でも述べていますが、刑罰なんてつけると余計にやる連中を増やしてかえって逆効果にしかならないだろうし。

2026年4月27日月曜日

Meizuのスマホ市場撤退報道に触れて


 本題と関係ないですが上のイラン人が質問に答える動画で、

「日本での暮らしは辛くないですか?」
「この時期は花粉症が辛いんやで」

「イランの人たちは今何をしているんですか?」
「解体屋たちは自分たちが解体を請け負った建物を政府幹部の家だと嘘ついて米軍にリークし、米軍にミサイル撃たせて破壊させとるで」

 というやり取りが妙に面白かったです。


 本題に入りますが上の記事を見て、色々思うところがありました。というのもこの記事で特集されている中国スマートフォンブランドのMeizu(魅族)なのですが、自分も4年くらい使っていました。

 このMeizuは中国代表的な山塞メーカー、つまりiPhoneを模倣したスマートフォンを生産するメーカーから始まり、比較的お手頃な値段でそこそこの品質を保っていたことから中国市場で一定のシェアを獲得していました。確か2015年とか2016年くらいならアップル、サムスン、ファーウェイ、小米に続く形でシェアで4位とか5位とかに入っていた気がします。自分が使用していたのもまさにこの頃でした。
 使い心地は悪くなく、この記事でも触れられていますがOSが今使っているvivoよりも確実にわかりやすく、痒い所に手が届く使用でした。またメーカーが運営するサイトでは着信メロディとかでそこそこいいコンテンツが配信されており、多分ライセンス払ってないだろうけど何故か「恋愛サーキュレーション」とかも入手できました。まぁさすがに着メロにしなかったけど。

 そんなMeizuですが何故購入を続けなかったのかというと、単純にもうこれ以上買うことができなかったからです。確か2020年くらいだったと思いますが、上海市内の中心部から一切の販売店舗がなくなり、実質的にネットでしか購入できなくなりました。
 2018年くらいに機種交換した際はまだ専門店舗もあったのでそこで買い替えましたが、その際に店員に「景気はどうだい?」と尋ねたら「悪くない、と言わなきゃいけない」と正直な答え方してきたのをよく覚えてます。

 というのも2016年くらいから今も中国シェアで4位か5位くらいに常連のvivoやOPPOが猛烈なマーケティングを展開し、Meizuのシェアをどんどん奪い始めていたからです。よく覚えていますが、この両者はほんと街中のいたるところで販促活動を常に展開していて、それほどこの業界に興味なかった自分も一瞬でブランド名覚えるくらい激しくやっていました。
 またこの頃より中国の消費者でもコスパより品質、高級感を重視するトレンドが始まり、多くのスマホメーカーがそうしたやや値段高いモデルを用意していったのに対し、Meizuのみ安価なコスパモデルがラインナップの中心のままであり、明確に安っぽく見える存在となっていました。ここらへん、大体2018年ごろに勝負あった感があります。

 私自身も上海市内に店舗がマジでなくなりいざという時のサポートが受けられないという懸念からvivoに鞍替えし、現在も機種交換しつつ使い続けています。もしMeizuがまだ店舗を残していたら、レアなマイノリティブランド好きもあるため多分使い続けていた気がします。

 そんなMeizuについて上の記事では自動車ブランドの吉利傘下に入ったもののその後も経営は改善せず、スマホ事業から完全撤退が噂されていることを報じています。一時は愛着を持ったブランドだけに寂しい限りですが今後は車載OS事業に集中するとも書かれてあり、Yahooの記事ではそちらではそこそこ評価されているというコメントも見られるので、そっちの事業で今後も活躍し続けてほしいと密かに祈る次第です。
 Meizuを初めて使う前はサムスンの安いスマホを使ってましたが、決して悪くなかったものの、Meizuに切り替えたら電池がえらい長持ちだしOSも使い勝手よいことにビビり、中華スマホの威力を初めて体感した機種でした。その点に気づかせてくれた点でも深く感謝しており、値段も確か700元(当時で10500円くらい)と超安く、本当にいい思い出しかないブランドでした。

2026年4月25日土曜日

初等教育の重要性、特に国語

 昔友人が、「米国は初等教育に金をかけず、大学などの研究機関の高等教育に金をかける。何故なら世界から優秀な青年が米国の大学に留学するからだ。初等教育を外国政府に負担させ、自分たちはおいしいとこだけをいただいている」と評しましたが、実際その通りだと思いました。ただその結果として、今のトランプ政権が生まれたのではないかと思う節があります。
 偏見かもしれませんが、今「トランプに裏切られた」と言っている米国民はただのアホでしかないと内心思っています。トランプ大統領が耳障りのいいことを口先だけしか言わないことは彼の経歴からも明らかで、また単純に政治実務能力がなく、関税をはじめ余計なことばかりに実行力を発揮するのは目に見えていました。それでも彼を支持して投票したというのは単純に人を見る目、未来を見る目がなかったとしか言いようがなく、アホでしかない結論に至ります。

 まぁあの選挙当時、相手がカマラ・ハリス氏だったことから自分も米国民ならトランプに票入れたかもしれませんけど。

 そもそも彼のような人間が党内の予備選挙に勝つこと自体が色々あれだと思うのですが、その背景として米国の初等教育の低さがあるのではないかと勝手に思っています。初等教育に金をかけてこなかったからこそああした人を担ぎ上げてしまい、尚且つその結果がどうなるのかを見れなかったのではないかという気がします。
 少なくとも庶民層とエリート層の分断はかなり激しくなっていると聞き、この初等教育に金をかけず高等教育にのみ注力することで、米国は選挙方面でかなりおかしな状態に至ってきているように見えます。

 ただこれは米国だけを笑っていられるかというとそうでもない気がします。日本もこのところ闇バイトなどの犯罪犯した若者が「これで捕まるとは思わなかった」、「懲役期間は半年くらいだと思った」などというコメントをよく残しており、どことなく、何をしたらこうなるという想像力に欠けた人が増えているような気がしてきています。その想像力の減少ですが、突き詰めると初等教育、特に国語教育の劣化が原因ではと疑っています。

 昔の記事にも書きましたが、実際に現在の日本の小学校では英語などの科目を増やしたせいで国語の時間が減らされており、その影響から国語や日本語能力が劇的に落ちてきていることが各所より指摘されています。教育関係の仕事をしている友人も同じことを言っており、国語力の低下による想像力の低下が地味に大きくなっているように見え、米国みたく投票した結果がどうなるかがわからず勝手に「裏切られた」という人が今後出てくるのではないかと懸念しており、マジこの辺の初等教育をどうにかしてほしいと思っています。
 結論を言えば初等教育は大事で、高等教育のように目に見える国への恩恵はないものの、ベースラインを維持するためにももっと日本全体で初等教育の充実を図っていくべきな気がします。

アオシマの楽プラはマジいい




 例によってまたプラモの話ですが、このところ量産している接着剤不要のアオシマの楽プラにはまっています。価格が安く(大体2000円以下)1時間程度の空き時間でサクッと作れて、着色済みなので見栄えもいいし小さいので置き場所にも困らないというのもありがたいです。
 上の三枚の写真は先週作ったVWのビートルで、なんかやたら女性受けが良かったです。



 でこっちが今日作ったトヨタのC-HRです。先日誕生日を迎えたので自分へのご褒美としてサクッと買いました。まぁ誕生日関係なく買いまくってますが。
 このキットを買うきっかけにもなったのですが、リアのライト部分の表現は本当に見事だと思います。これ、二つのクリアパーツとシールだけでこの赤色の立体感を出しており、アオシマのこうした技術にはマジで舌を巻きます。また車の模型で白だとあまり映えないのですが、このC-HRはシールが就くとちょうど黒との対比が目立つようになるので、敢えてこの白色を選択して購入しました。

 真面目にプラモに興味ない人も楽プラは1回作ってみるのをお勧めします。安くて短時間で組み立ての達成感が得られるし、インテリアとしても部屋の中にこの手のプラモが1個だけあるとなかなか様になります。これが二桁行くとやばい奴の部屋になるのですが……。

2026年4月24日金曜日

自分が見た大人の発達障碍者

 多分今一番話題になっている漫画だと思う「みいちゃんと山田さん」ですが、先日発売された最新刊によると次巻で完結予定とのことで、フルスロットルのまま一気に幕引きまで突っ走る模様です。この漫画の内容は知ってる人には早いですが知的障碍者の女の子が普通平凡を目指すも叶わず、本人の特性以上に家族を含む周囲の人間に恵まれずに死んでいくというお話です。
 個人的にはこのあらすじ以上に作者の亜月ねね氏の漫画表現の上手さを自分は評価しており、主人公が前を向いて話す→振り向いて話す→また前を向いて話すというたった1ページ3コマのシーンながらキャラクターの動きをすごく感じ取れるシーンがあり、余計なコマを挟まず描写を描くのが本当に上手いと考えています。


 話を戻すと、そんなみいちゃんの中でも一番印象に残ったのが上のニナというキャラクターが出てくる話です。このキャラは大学を卒業して一般企業にも勤めたことがあったものの長続きせず、再び夜職ことキャバクラに戻ってくるのですがここでもうまくいかず、遅刻や忘れ物を繰り返し、最終的には店側に叱責されたことをきっかけに連絡もせず勝手に退職してしまうキャラクターです。
 このキャラについてははっきりと大人の発達障碍者であることが作中で語られており、知能こそ健常者並みにあるものの、他人の気持ちをうまく理解できなかったり、指示された行為を指示通りにできない、集中が続かない、ストレスにさらされるとすぐ逃げてしまう、部屋の片づけができないなどといった特徴を持たされています。本人も自分が並の人よりも劣っているという自覚があり、何もわからない人と比べ自分が無能であることが理解できてしまうことに悩むように描かれていました。

 ただ作中で10年後は一般企業に勤め、理解者にも恵まれ、相変わらずミスすることが多いもののおおむね幸せに生きている結末が描かれており、この作品の中では読後感の良い結末が用意されていました。

 この大人の発達障害ですが、ADHDや境界性知能などいくつか種類があるものの、作中でも言われている通り2012年頃はまだあまり認知が広がっておらず、自分の感覚でも2015年くらいから徐々に社会で認知されてきたように思います。逆を言えばそれまでこの手の人は迂闊だとか責任感がないなどと批判され、当事者たちも肩身の狭い思いしつつ自らの特徴とうまく付き合えない社会生活を送っていたと言われています。現在も世間の目は決してやさしくはないですが、以前と比べれば診断が下りていればその特性に合わせた働き方などを用意してくれる職場も出てきており、以前よりは改善していると思われます。

 なんでこんな大人の発達障害を急に語りだしたというかニナちゃんが気になったのかというと、見出しにも掲げている通り明らかに「きっとこれだったんだなぁ」という人間を自分が以前見たことがあったからです。具体的には同じ大学のゼミ仲間でしたが、そこそこいい大学に通ってはいるものの一番重要な授業であるゼミに何故か毎回遅刻してきて、最初は許していた講師もさすがに途中で怒り教室に入れなかったことがありました。それからは遅刻癖は少し収まったものの、その後も何度かやらかしていました。
 こんな具合なので大学卒業に必要な単位もかなりギリギリだったのですが無事卒業し、卒業直前に何とか得た内定先に就職もしたのですが、伝え聞く話によるとその後もかなりヤバかったそうです。自分も一度彼のSNSを見たのですが、何でも入社から1週間くらいで3回くらい遅刻したほか、勤務先が自動車部品メーカーだったので会社からお金を借りて車を買うもすぐに事故って廃車させ、その後なんと自ら借金してまたもう一台買っていたそうです。本人も借金で首が回らないと言っていたそうですが、なら何故買うと言いたくなります。

 それから数年して結局その勤務先を辞めるのですが、彼を支援する目的もあり簡単なデータ入力作業の仕事を私から回したことがあったのですが、最初はノリノリでやる気を見せる返事をしていたものの、何故か途中から一切連絡をせずに勝手に仕事を放棄していました。こちらが進捗を尋ねてもうんともすんとも言わず、学生時代を見ていただけに私も「まぁ彼だからな」と深く追求せずにそのままなかったことにして処理しました。
 その後何度かあったものの付き合いは薄れ、共通の知人から話を聞くに再就職した会社もすぐに辞め、その後うつ病になりなんか今は保育士をしているという噂を聞きました。何となくその仕事も大丈夫なのかなと思うと同時に、自分の特性を理解した上でそれとうまく付き合う生き方をもっと早く模索できなかったのかなという気持ちを覚えました。悪い奴ではないのですが、正直私も背中を預けられないというか一緒に仕事したくはない奴でした。

 はっきり言ってしまえば彼もニナちゃん同様、大人の発達障害を明確に抱えた人間だったと考えています。知能こそ平均水準より上であるものの、普通の人が「これ以上言ったらまずい」と考えるボーダーをあっさり超えてしまうというか、むしろ重要度が高くプレッシャーが上がると逆に放棄しようとする傾向が強くなり、言うなれば重要度の高いタスクほど実行、実現をあきらめる人間でした。でもってニナちゃん同様、本人も先ほどの遅刻を含めこうした逃避行為にいくらか負い目を感じてこういうことはよくないと自覚はしているものの、それを直そうとする実行力には乏しく、友達付き合いならともかく業務付き合いとなるとまるで信用がなくなるところがありました。

 私としてはあくまで友人関係で、前述の作業も代替がきくものだったために深く咎めませんでしたが、仮に雇用側や上司として接するとなるとどんな風な態度になったかわかりません。学生時代の時点で「ちょっとこの人は普通の人とは違う」とは感覚的に理解してはいたものの、正しい付き合い方となると正直今でもわかりません。
 などとグダグダ書いたうえで何が言いたいのかというと、冒頭のニナちゃんのような人間は決して漫画の中だけではなく普通に存在しているというのを自分自身、はっきり経験しているということです。だからこそニナちゃんの話が一番印象に残っているとともに、こうした人たちを社会でどう活用するか、付き合っていくかを少しは考えるべきだし、排除だけはしてならないという実感も持っています。

 もっともここでは綺麗事をいくらでも言えますが、いざその立場になったら私も良識的な行動を取れるか自信がないです。ぶっちゃけSNSマナーが病的に悪く、何度も拒否しているにもかかわらず不快なメッセージや画像を送り続けてくる友人に公衆の面前で罵倒したことが何度かあり、若干その友人にも何かしらの心理的起因があるのではないかと疑っています。中国だと街中で大声で怒鳴っても誰も気にしないからやってしまえるというのもありますが。

2026年4月23日木曜日

イラン戦争で完全に打つ手がなくなったトランプ政権

生かされた原点を見つめ糧に 最後の生存者と救った医師が再会 尼崎JR脱線事故21年(神戸新聞)

 本題とは関係ないですが上の記事で取り上げられている尼崎脱線事故の生存者の方については、事故当時の報道で見たのをはっきり覚えていました。ネタバレすると当時同じ大学に通っており、スポーツをしていたもののこの事故で両足を切断する羽目となった顛末に深い同情心を当時覚えていました。その方がこうして頑張っておられる近況をこうして見られたことは素直にうれしく感じます。

トランプ氏の威嚇発言が裏目に出てイラン優位に ボルトン元大統領補佐官の見解 停戦延長の背景(飯塚真紀子)

 それで本題ですが上の記事で飯塚氏などが指摘してる通り、もう完全にトランプ政権はイラン戦争について打つ手を失っているように見えます。これは言い換えるとイラン側からすれば粘れば粘るほど有利になる状況で、ホルムズ湾通過については今後妥協案が出てくるかもしれませんが、米国にとってはベトナムに次ぐ敗戦という結果になっていくのではないかと思えてきました。

 私自身、先日にトランプ大統領が「停戦延長はない」と発表したのを見て、「ああつまり停戦延長するってことね」と判断していました。というのもここ数週間の彼の発言は事実と真逆の結果にしかならず、具体的には、

・イラン軍は既に壊滅している
・米国は最良の結果を得ている
・ホルムズ湾はもう解放されている
・バンスは既にパキスタンへ出発している

 などと、どれも現実とは異なる発言を繰り返しています。こうした発言については飯塚氏の言う通り、有効な手段がないからこけおどしを言うより仕方ない状態だと私にも思え、今後も近い未来について彼が何か述べるとしたら現実には8割がた真逆の結果になると思っていい気がします。さらに言えばこんな風に現実から乖離した発言を繰り返していることから米政権内で方針が定まることはなく、対イラン交渉でも今後何度も話がひっくりかわり何もまとまらない状態が続くように思えます。
 イラン側もこうした米政権内の混乱、そして追加の攻撃を含め何ら有力な手段を持ち合わせていないことを見抜いているように見え、粘れば確実に有利になると見越していることから、ホルムズ湾でプレッシャーをかけつつ停戦を延長し続けたり、周辺国への攻撃を続けることでしょう。トランプだけにポーカーで言えば、何の役もないカードを常に見せているような状態です。

 皮肉なことを言えば、この戦争が終わるとしたらイラン側がイスラエル側に手痛い打撃を与えたときになるような気がしてきました。この戦争を始めて主導しているのはイスラエルであり、そのイスラエルがこれ以上の継戦を望まなくなった時に初めて終わるような気がするからです。そう考えると関係国は、イスラエルに圧力をかけることが一番この戦争を終わらせる手っ取り早い手段になる可能性があり、まじめにこの方針をもっと検討してもらいたいものです。

2026年4月22日水曜日

浅井長政は何故信長を裏切ったのか

 先日の朝倉義景の記事は最近の大河から浅井長政が何故信長を裏切ったのかという特集を見ることが増えたことで気になったため書きましたが、改めて長政は何で信長裏切ったのか気になり、ここ数日色々調べてました。これまでは単純に朝倉家との関係を重視したこと、特に長政の父である浅井久政の意思が大きいと思っていたのですが、今回改めて調べてみて少し考え方が変わりました。結論から言うと長政と信長の価値観の違い、言い換えれば戦国性のすれ違いが原因なんじゃないかと思えてきました。


 この考えに至るきっかけとなったのは上の記事なのですが、ちょっと長いですが織田家と浅井家の関係、特に浅井家の成り立ちについてかなり深くまとめられています。これを読んで一番感じた点としては、浅井家は領土拡大に対しあまり積極的ではなかったのではという疑念です。

 浅井家は元々近江にいた六角家から下克上するような形で独立した家なのですが、大名というよりかは有力国人という立場に近く、単独で生き残ることは難しいことから背後の朝倉家をよりどころにして独立していました。ただずっと六角家と対立していたわけではなく、浅井久政の代には従属的な立場を取ることで友好関係を結んだ時代もありました。ただこうした久政の態度は浅井家家臣の反発を受け、引きずり降ろされる形で長政に家督を譲る羽目となっていますが。

 異常のように浅井家は独立元である六角家とは対立していたものの、隣り合う朝倉家、あと美濃の斎藤家とは誼を結んでいましたが、その外交方針を見ると領地拡大よりもお家安泰、つまり自領の維持が最大目的であったように見えます。実際、浅井家の領土的野心が低かったと思える行動はほかにもあり、織田家と結んだあとの行動なんかかなり顕著な気がします。
 信長が足利義昭を奉じて上洛を開始した際、真っ先に敵対したのはほかならぬ六角家でした。しかし浅井家は信長の上洛作戦にあまり協力していたように見えず、進軍ルートこそ自国領を素通りさせたものの、徳川家などのように援軍を出すわけでもなく積極的に支援していません。自分の感覚ならこれまで対立してきた相手なだけに、織田家も出向いてくれるというのならアタックチャンスとばかりに一緒に出陣して領土拡大を図るものだと思うのですが、この時の浅井家を見るとそのような行動は見られません。

 ついでに書くと、浅井家は信長を裏切った後もその本拠地であり距離的にも近い岐阜に攻撃を仕掛ける素振りすら見せていません。さすがに国境の防衛は強化していますが、全体的に軍事行動に関しては朝倉家同様に鈍重である印象があります。

 話を戻すと、浅井家としては小谷城を中心としたこれまでの領土のみを維持さえできればそれでいいという方針だったのではないかというように見えます。自分たちの食い扶持を荒らされるには困るけど、かといってそこまで拡大意欲はなく、本領安堵さえされればそれで良し的な考えだったのではないかと思ったわけです。
 実際に近江こと滋賀県は戦国時代の当時においても物流などが盛り上がり、行商などでそこそこ豊かな地域だったそうです。領土を奪わなければ生きていけないような地域ではなく、現状維持の方に考えが傾くのも考えらえると思います。

 そもそも戦国時代を見ると、領土拡大よりもこうした現状維持を優先する大名の方がむしろ多かった気がします。信長や信玄、あと後年の伊達政宗のように領土拡大に積極的だった大名の方がむしろ異端で、現状で食っていけるのならそれでいいという大名の方が多数派であったと思います。そしてそんな考えだったからこそ、長政は異端な信長の行動についていけず裏切ったんじゃないかというわけです。

 浅井家からすれば織田家の領土拡大意欲と速度は理解を超えたものだったように思え、敢えて現代企業で例えるなら商売敵(六角家)を牽制るため提携したところ、その提携先(織田家)はあっという間に商売敵を追い込んで潰してしまったどころか、これまで共存共栄関係にあった別の提携先(朝倉家)も「生意気だから」という理由で潰しにかかってきたような感じなんじゃないかと思います。浅井家としては今の商売で十分食っていけるから商権さえ維持できればいいのに、織田家と組んでみたら拡大にやたら熱心で、周辺の商圏を全部取ってしまいそうで、このままだと浅井家も取り込まれるのではないかという風に懸念するのも無理ない気がします。
 そもそも六角家を下し、朝倉家も下したとなると、東は信長の本拠地である美濃にあたり、浅井家が領土拡大のために進出する方向は完全になくなります。となるとその後は大名とはいえ行動の自由はなくなり、信長にいいように使われてしまう可能性も高いわけで、この辺の懸念も影響したかもしれません。

 以上の通り、長政と信長で領土拡大に対する意識で大きな隔たりがあったからこそ、織田家の急激な躍進や軍事行動に懸念を覚えたというかついていけないと思い、あのタイミングで長政は裏切ったのではないかという結論に至りました。浅井家からすれば、あそこで朝倉家を見捨てたとしてもその後に口実をつけられて潰されるかもしれないという風に思ったかもしれず、実際この辺の浅井家側の懸念をほぐすような行動を信長は取っておらず、その危機感を煽っていた節があります。
 敢えて例えるなら、織田家は領土拡大に積極的な中国だとすると、現状維持できればいいけど中国が何してくるかわからないと懸念している日本の立場が浅井家に近かったように思えます。実際、浅井家の領土は安土や岐阜といった信長の本拠地に近過ぎており、あのまま織田家に従ったとしても最低でも転封で飛ばされていたでしょう。

 ただやはり腑に落ちないのは裏切り後の浅井家の行動で、もっと信長の本拠地の岐阜に迫るなど牽制してもよかったのではないかと思います。そう考えると軍事面でもあまり才能がなかったのかもしれません。

2026年4月21日火曜日

気になるはどっちの事故?

 今日はアクション対魔忍で新キャラ解禁なため時間が取られたことにより、短くまとめる記事ネタとして10式戦車の事故について簡単に触れます。この事故、やはり兵器の暴発事故ということで最初の報道から大きく注目されていますが、個人的には確かに気になるもののやや反応がデカすぎるという印象があります。確かに珍しい事故とはいえあまり公になっていないだけでこの手の事故はかねてより遭ったと思われるし、F-35の墜落事故も含めあり得ない事故という風には思えません。
 もっとも、こういう事故がロシアやウクライナでは今日常的に起きているということを考えると心が痛みますが。


 それよりも自分が気になるのはこちらの先日起きた川崎クレーン事故です。工法の問題性などが現在追求されていますが、そもそも一部報道によると、当日は強風で施工基準によると本来なら作業をストップしなければならない水準にもかかわらず、現場に風速計がないばかりか誰も管理しようとせず、作業を続行したことで事故が起きたともいわれています。
 上記の読売の報道のように今回行われた工法は初めて行うものだったということですが、それにもかかわらずあの風速環境で続行したということ一つとっても、まともな施工会社でなかったのではという疑念がもたげてなりません。そもそも5トンもする重りに重機を載せて作業していたという点も、素人ながら正気を疑う工法であるように思え、であれば海上に突き出した状態でカッターで切り落とす方がなんぼもマシだったのではと思えてなりません。

 この事故ではいまだに遺体が見つからない行方不明者もおりますが、事故内容から考えると遺体はバラバラになって海中で流された可能性が高いように思え、その不憫さにはこれまた心が痛みます。個人的にはこの事故の方が反省や対策すべき点が10式の事故より多いように思え、関係者側の次の発表を心待ちにしています。

2026年4月19日日曜日

急に朝倉義景が気になってきた



 先週遊びに行った天津の公園に何故か戦車が置かれていたので写真撮りましたが、二枚目の写真の看板には「軍用機械危険 立入禁止」と書いてますが大人も子供もガン無視していて誰もとがめません。This is 中国。

 話は本題ですが先日ふと、朝倉義景が気になりました。朝倉義景というと浅井長政とともに北陸方面で信長と長く戦った勢力の一角で、事実上、信長包囲網の最前線を担った人物であり、彼らの敗北によって信長は中部から近畿の覇権を確立して事実上天下を射止めたとも言えます。
 そんな朝倉義景ですが世間一般の評価は高くない、というよりほぼ無能という評価で一致しており、信長包囲網が失敗に終わったのは朝倉義景の戦略ミスや判断ミスに起因するとまで言われています。実際に武田信玄をはじめ、「なんでお前肝心な時にばかり撤退すんの?(# ゚Д゚)」と、冬が来るたびに越前こと福井県に引き返すことに詰問した大名は数知れません。そもそもそれ以前に信長が上洛するきっかけとなった足利義昭を最初に保護していたのは朝倉義景でありながら、上洛する意思を見せようとしなかったことから信長の元へ走らせてしまっており、信長と戦うきっかけはここに起因するというのもなかなか味なものがあります。

 どうして朝倉義景が気になったのかというと、少なくとも上記の通り足利義昭が最初に亡命先に選ぶなど、当時としては一定の勢力を持っていたという点です。実際、浅井長政も朝倉家との同盟関係を頼りに六角家と戦っていたともいわれ、当時の滋賀、福井においては大きな勢力を保っていたと考えられます。
 その上で、一体何故浅井長政が信長を裏切り朝倉家についたのかという点でも気になりました。従来は朝倉家寄りである長政の父親の久政によるゴリ押しという説が強かったものの、近年になって長政自身が旗印を変えたともいわれるようになり、この辺の外交というか浅井家にとって朝倉家はどんな存在だったのかという点でも興味を持ちました。

 改めて調べてみたところ前述の通り軍事行動については弁護の余地がなく、姉川の合戦をはじめ戦場ではさしたる戦績は見せず、また牽制として信長に圧力をかけるための軍事行動も本当に肝心な時で勝手に抜け出して包囲網の崩壊を招いています。ただ内政に関してはかなり評価されているようで、当時の敦賀市周辺は京都よりも栄えていたという声もあり、義昭が亡命してきた点からもその通りだったという気がします。
 また失敗の多い軍事行動に関しても、朝倉家家中があまり統一されていなかったという負い目もあったという分析がされています。従兄であり最後に裏切って義景に引導を渡している朝倉景鏡をはじめ、分家筋の勢力の独立心が強く命令にもあまり応じなかったり、義景自身に跡取りとなる息子が夭折しておらず、家中の統制が弱かったことが軍事面の弱点であったと指摘されています。まぁ同じ条件の上杉家では謙信ががっちり統制していたのと比較するとやっぱ義景は無能ってことになりますが。

 あともう一つ弁護するなら、義景の敵勢力であったのが一向一揆だったということでしょう。いまの福井県、石川県に跨るエリアには一向一揆の総本山である本願寺があり、そもそも一向一揆自体が越前から始まっています。この勢力には朝倉義景もかなり手を焼いており、上杉家と組んで挟撃を仕掛けたりもしていますが鎮静化できず、宿敵である信長同様にかなり手を焼いています。もっとも信長包囲網の時に足利義昭の仲介によって和睦していたそうですが。

 以上をまとめると、確かに軍事面での失敗が目に付くものの家中が統一されていなかったなど負い目もあり、また内政に関しては文句なしに大した指導者であった節があります。そう考えると乱世ではなく治世であればそこそこ功績を残せたかもしれない人物で、実際に義景自身も文化振興に対する意識の方が強かったそうです。そういう意味では生まれた時代をやや間違えてきてしまった不幸を彼に対して同情的に覚えます。
 最後に関係ないけど、同じクラスに浅井、朝倉という名字の二人がいたらいいコンビになるような気がしてなりません。音読み順でもかなり近いし。

2026年4月18日土曜日

ロボットに「顔」は必要か?

交換式がカギ?ロボット用マニピュレーターの将来価値

 最近アップロードされた自分の記事が上のリンク先ですが、そこそこロボット関連記事を書いて長くなってきたことでこの業界に対する知見も日経平均並みに上がってきました。とはいえ記事を書く上で意識しているのは素人臭さで、素人でも興味が持てるとか内容が理解できるようなロボット関連記事を書くようにしています。
 これはこの業界の記事がやたら専門的なのが多く、一般読者にとって敷居が高すぎると前から思っているからです。上の記事なんかもかなり素人臭く「手首取り換えられたらめっちゃ便利やん(´・ω・)」という発想から書いただけで、こういう視点が地味に自分の強みだなと感じています。

 それで話は本題に入りますが、人型ロボットなんかも大分出てきていますが現在のところその顔の造形はメカメカしいものばかりで、これはというくらい特徴があったり一発で覚えられるような顔のロボットはまだ見かけません。このロボットの顔ですが、そもそも必要なのかという意見もあるでしょうが、結論から言えばやはり必要だと私は考えます。その理由というのも、


 最近上の、ホビー用ロボットにトーマスの顔をつけた動画を見まくっているせいです。

 仮に戦場で、こんな顔した巨大ロボットに出くわしたら一発で戦意失う気がします。それほどまでに顔の造形というのは人間の心理に深く刻み込むものがあり、この顔のあるなしではロボットも性能以上に印象が変わってくるかと思います。
 なおこのシリーズで地味に好きなのは、


 この英国を代表するキャラクターのトーマスと、英国面を代表する兵器のパンジャンドラムのコラボした奴です。この造形といい発想といい、これ以上なく英国というものを表現した見事な逸品であるように思えてなりません。
 ちなみにマジになって書くと、二次大戦期と違って今では姿勢制御とか段違いに性能上がってきているから現代でパンジャンドラムを作ったら意外と活躍するのではという妙な期待が持ち上げてきています。まぁボビン状にするより、普通にカートに爆薬載せて走らせるほうがいいでしょうが。

2026年4月16日木曜日

再審における検察の抗告禁止案について

袴田さん姉「検察抗告なし、に」 再審制度見直し、修正案を批判(共同通信)

 現在改正案が審議されている再審における抗告の取り扱いについて上記リンクの通り、冤罪を負いながら無罪が認められ釈放された袴田さんの姉が抗告を完全禁止すべきという意見を出しました。自分も全く同感であり、このごに及んで抗告制度を残そうとする検察及び法務省には逆に不信感すら覚えます。

 抗告制度について自分の理解でかいつまんで説明すると、一度判決が確定した案件について冤罪や事実誤認があるという受刑者らの申請によって、三審後にも再び審理を開くことが再審制度であると考えています。この再審の請求に対し検察側は抗告をすることで、再審の開廷を止めることができます。最終的には裁判所側が判断することで抗告があったとしても再審を開くことは可能であるものの、抗告があることで開廷までのハードルは確実に引き上げられることとなり、実際に抗告が出されたことで袴田さんの事件をはじめ、再審開始まで何年もの月日を無為に浪費することとなった冤罪案件が数多く存在しています。

 そもそも検察としては自分たちが起訴した案件に再審、つまり疑義を呈されることから、そんな反論を認めるはずがなく再審請求があれば抗告を出すに決まっています。それこそ勝ち目が薄ければ尚のこと遅延戦術に出るだろうし、受刑者が寿命で死ぬことを期待して延々抗告を出し続けることも十分考えられます。こうした運用というか制度はどう見たって公平とは言えず、検察が自らの不正や失敗を覆い隠すのに有利な制度であるようにしか見えません。
 そもそもこの抗告が制度として、社会にプラスとなる恩恵をもたらした例があるのか疑問です。主だった冤罪案件にはほぼ確実にこの抗告が用いられており、自分が見る限りでは冤罪解明を遅らせるだけしか機能を果たしてないような気がします。今回法務省は抗告の審理期間を1年以内にするという妥協案を出してきていますが、こんなくそみたいな主張をする以前には抗告が社会に対しプラスとなった事例を出してみろと言いたいものです。

 さらに言えば大川原化工機事件や北海道ハンター免許剥奪事件をはじめ、近年の日本の検察に関しては明らかに判断がおかしく、国から与えられた権力を使って社会へ無為に混乱を招いているケースが目につきます。仕事舐めてるんじゃないかと思いたくなるような無能ぶりであり、この抗告制度の廃止を含めその権力を剥ぎ取る必要があると思えるのですが、どうも本人たちは反省がないのか、いまだにこうして抵抗しているのを見るとほとほと呆れてきます。
 以前にも主張しましたが、意図的であることがほぼ明らかな冤罪を引き起こした検察官らに対する刑事罰制度も必要であるように思え、抗告禁止にとどまらず検察に対する規制や制限をもっと増やしていくべきでしょう。

2026年4月15日水曜日

特定キャラに肩入れして台無しとなった作品

 先日「特定キャラへの肩入れはよくない」という見出しで、特定キャラを愛するあまり偏った贔屓とかを作品で見せると作品そのものの価値を損なってしまう危険性について触れました。そこで今回は、個人的にまさにそうなってしまった作品と、贔屓にされたキャラクターを具体的に挙げて冷笑じゃなく例証していきます。

高遠遥一(金田一少年の事件簿)
 このキャラは金田一少年の事件簿に出てくる犯人の一人なのですが、ほかの犯人は基本シリーズごとの使い捨てで、一回登場したら自決するか捕まるかしてその後は出てこないのが定番です。しかしこの高遠は数少ない例外で警察の捜査から逃れ、ほかのシリーズにも登場しては犯人となる人物を唆して殺人を行わせるトリックスター的なキャラクターにされています。
 数ヶ国語を扱う(言語舐めるな)上に犯罪トリックをいくらでも指導するなど滅茶苦茶な天才として描かれ、私に限らず多くの人から原作者などにやたら愛されていると指摘されています。ただその溺愛ぶりについては一読者である自分からみると正直白けるものがあり、話の展開に詰まったからとりあえずなんでもできる天才キャラを配置して、無理やり話し作ってるようにしか見えませんでした。

 それ以前に、この高遠というキャラクター個人に対して私は全く魅了を感じませんでした。いつもなんでもわかっているようなセリフを吐きながら悉く金田一に悪だくみを見抜かれ、警察には捕まるけどすぐ脱獄するなど展開がお決まり過ぎてざらであり、シリーズによっては過去と矛盾することを平気で口にするなど作者にとって「都合のいいキャラ」にしか見えませんでした。
 私の周りでも高遠を評価する人は見たことがなく、またシリーズもこいつが出てくると大体つまらなくなるように見え、むしろいない方がよかったキャラではと思っていました。


 こちらはゲームのキャラクターですが、一時はこのキャラの評価を巡って滅茶苦茶掲示板が荒れていました。詳細は上のゲーム解説に詳しく書かれていますがかいつまんで話すと、作中でこのキャラだけ異常に持ち上げられており、また人を殺そうとすると呪われるような世界観設定に反して殺し屋稼業を営みながら全く呪いを受けなかったり、とにもかくにも特別扱いが極端になされていたことから批判の的となっています。
 そもそもこのゲーム、明らかに当初の発表ではこのロゼではなく別のキャラがヒロインとして紹介されていたにもかかわらず、途中から過去の発表はなかったことにされ、ロゼが作中メインヒロインとしていつの間にか変更されていました。プロデューサーは頑なにこの事実を認めなかったもののさすがにそれを信じるには無理がある状況で、むしろ否定していることからこのロゼの異様なゴリ押しはプロデューサーの意向によるものだったとみられています。

 この見ていて不快に感じるほどの贔屓ぶりにゲームそのもの内容の拙さからゼスティリアの評判は非常に悪く、実際この作品以降、それまでは雨後の筍の如くシリーズ作品が連発されていたテイルズシリーズのリリースが急に止まるようになり、テイルズシリーズそのものに大きな打撃を与えてしまったようにすら見えます。かつてはドラクエ、FFに並ぶ日本三大RPGシリーズとも言われましたが、今やその地位はペルソナシリーズに完全に取って代わられているように見え、ゲームそのものではなくシリーズそのものを貶めたある意味凄いキャラでした。
 なおこのゼスティリア、ゲームは前述の通り評判は悪かったのですが、アニメ版は原作完全無視ともいうくらい内容改変が行われたそうなのですが、その結果がめちゃくちゃ高い評価となっており、「あのガタガタな原作をどうしてここまで立て直せるのか(;゚Д゚)」という妙な評価のされ方されていました。そのゼスティリアのアニメ版監督ってのが「鬼滅の刃」の監督というあたり、大ヒット作を作る片鱗をこの作品で見せていたと言えるでしょう。


 またゲームのキャラクターですが、この夜鳥子(ぬえこ)というキャラクターは「俺の屍を越えて行け2」に出てくるNPCキャラクターです。この作品はとがった作りしていてプレイヤーが使用するキャラクターはすぐ寿命で死んで、死ぬ前に作った子供のキャラクターを次々と切り替えて戦っていかなくてはならないのですが、夜鳥子だけは半永久的に登場し続け、しかも一部のボス戦で必ず使わなければならず、攻略する上で使いたくなくても使わなければならないキャラクターだったそうです。
 このようなゲームシステム面だけでなくシナリオにも食い込む、というかプレイヤーキャラクター以上にストーリーの中心に据えられており、発端となる事件からラスボスとの因縁も全部夜鳥子が担っており、エンディングにおいてはむしろ主人公であるはずのプレイヤーキャラが置いてきぼりで話が進められるような始末でした。

 それほど贔屓にされながらこの夜鳥子というキャラの人気はそれほど高いとは言えず、むしろ必ずしゃしゃりこんでくることからウザいとみられ、「このキャラがいい!」と評価する声はマジで一つも目にしない一方、「こいつさえいなければ……」という怨嗟の声はこのゲームのレビューで必ず入っていました。
 そもそもこのキャラ、このゲームのプロデューサーである桝田省治氏の小説に出てくる登場人物が元となっています。設定はいくらか変えられてはいるものの、自作の小説キャラクターを縁もゆかりもない別のゲーム作品に流用するのはさすがに無理があったのではと思え、またそんな無茶をやらかすくらいこのキャラに入れ込み過ぎた結果、桝田氏の思いとは裏腹に不評を買うだけのキャラとなったのは皮肉な結果でしょう。

 ちなみに自分は前作の1は非常にやりこんでいて2も遊ぼうとしていたものの、あまりの不評ぶりから手を出すのを控え、中古で安くなっているのをみて(確か千円)ようやく手に取りましたが、オープニングを一目見て「あ、これ違うな」と思ってそこで遊ぶのを止めてしまいました。何となく、ゲーム内の美術が前作と根本的に入れ替わっており、趣味の悪いものになってしまっていると直感で感じました。


  番外編
 以上までで特定キャラを贔屓にし過ぎて失敗した作品を紹介してきましたが、それらとは真逆の結果となったのがこのライナー・ブラウンが出てくる「進撃の巨人」じゃないかと思います。

 このライナーは超人気作の「進撃の巨人」で裏主人公ともいえるほど序盤から終盤まで常に登場し続け、物語の核心に居続けたキャラクターです。作者自身も一番のお気に入りキャラクターであることを公言しており、自分が尊敬する先輩をモデルにしていることをはじめ、インタビューで聞かれてもないのにライナーについて語りだす(しかも延々と……)など、ライナーに対する入れ込みぶりは常軌を逸するほどのものとなっています。
 しかしそんな作者の入れ込みようとは裏腹に、作中におけるライナーの扱いは悲惨そのものとしか言いようがありません。蹴ったり殴られたりするのは当たり前なうえ、時折発するストーカーじみたセリフから作中のキャラクターはおろか読者からも気味悪がられるほか、しょっちゅう手足を切られたり拷問されたり殺されかけたりしています。挙句には良心の呵責に悩まされて深刻な精神分裂症らしき症状を起こしたり、自殺を図ったりするなど精神的にも作中で追い詰められています。なお自殺未遂シーンに関して作者は、そのコマを拡大印刷して壁に貼っていたそうです。

 こうしたひどい扱われようから、ライナーについてネットでも「サディスト(作者)に愛された」、「悲しきラブドール」など、その愛着に反した仕打ちぶりに同情する声が非常に根強いです。ただ読者からの評価は決して引くなく、むしろ明らかに人気キャラ(ネタ的な意味でも)に入っており、実際私もこの作品の中で一番好きなキャラクターだったりします。
 前述の良心の呵責に悩むシーンは強いリアリティを感じられ、虐殺と戦争の渦中にある人物の姿を非常に良く描いているとすら感じました。やってることは確実にクズな行為ですが、そのクズぶりを自ら自覚して悩む姿はこの作品のテーマに深く合致するものである気がします。

 何が言いたいのかというと、突き詰めると作者が特定キャラに入れ込むかどうかではなく、明らかに不自然に感じられるほど持ち上げてしまうことの方が作品を損なってしまう行為なのでしょう。作者のライナーへの溺愛ぶりはかなり異常な部類ですが、決してライナーを作中で持ち上げることはなく、その行為の肯定や否定といった評価は理に適っており、読者の共感を得るものだったからこそ彼は人気キャラになったのだと思います。これがきちんとできなかったのが最初の3キャラクターで、単純に作り手の腕が未熟だったゆえに入れ込むキャラクターどころか作品そのものも不人気にさせてしまったと言えるでしょう。
 まぁそれはそうとして、改めてライナーの扱い見ているとマジ泣けてくる。普通に早く死ねた方が多分幸せだったろうな(´;ω;`)ウッ…

2026年4月14日火曜日

北海道のハンター猟銃の検察による廃棄事件

勝訴ハンターの猟銃、返還されず 検察「適正に廃棄」(時事通信)

 他人事ながら見ていて本気でむかっ腹が立つニュースです。詳細はリンク先の記事にありますが、かねてから各方面で注目されていた熊猟に駆り出されたら違法な発砲だったとして猟銃免許を取り上げられたハンターの方が、この度最高裁で処分が違法ということで猟銃の返還を求めたところ、検察が勝手に廃棄していたそうです。
 証拠品として押収しておきながら勝手に廃棄するというこの行為は理解しがたい上に、本来なら最高裁判決後にすぐ持っていく、または廃棄してたなら謝罪に行くべきものを、今日この日まで黙っていつつ、「適正に廃棄した」というこの言い分はなんだ、人を馬鹿にし過ぎじゃないかと思えてなりません。自分が当事者だったら間違いなく椅子で検察殴ってると思うくらい失礼な対応だと思え、勝訴されたハンターの方はよく堪えたものだと感心します。

 というか証拠品として押収していたものを勝手に処分していたとなれば、法律には詳しくないですが証拠の隠滅行為に当たるのではないかと素人目に思います。そもそもこの事件で猟銃の押収が必要だったのかという時点で怪しく、また指摘されているようにこの事件で全国の熊猟ハンターが委縮することとなり、熊対策の上でも大いにマイナスとなっていて、あらゆる方面で北海道の公安、検察はみんなの足を引っ張っているようにしか見えません。

 なお証拠の偽造や隠蔽に定評のある前田恒彦は京都の小学生行方不明事件の記事にはせっせとコメント残しておきながら、本来の自分の専門分野であるこの件に関してはなんもコメント残さないのが見ていて苛つきます。お前の専門性を生かすとしたらまさにここだろと思うのに、一体何をやっているんだか。まぁそういう期待を無視できるくらいずぶとい奴だから、あんな事件起こしておきながら偉そうに法律語ってるんだろうが( ゚д゚)、ペッ

2026年4月12日日曜日

特定キャラへの肩入れはよくない

28年NHK大河ドラマは「ジョン万」 主演は山﨑賢人に決定 ジョン万次郎を描く(ガハろぐ)

 ちょっと日が経ちましたが先日、再来年の大河にジョン万次郎が採用されたことが発表されました。彼については自分も長年あまり把握していませんでしたが、その波乱万丈の人生に日本に対する大きな貢献ぶりにしてあまりにも世間の認知が低いと感じていただけに、今回の採用を歓迎するとともにこれをきっかけにもっと評価が高まればという期待があります。
 上のまとめ記事でもおおむねこうした見方というか歓迎する声が多いのですが、人目に泊まったコメントがありました。


◇ 94: 名無し 2026/04/09(木) 14:38:34.50 ID:IamTIIQY0
幕末は風雲児たち読めば大体把握できるわ
なお未完の模様

◇ 97: 名無し 2026/04/09(木) 14:40:39.05 ID:E/4jPaAE0
>>94
幕末編になるまで面白いけど龍馬でてくると糞なのは草なんだ


 これ見て、「ああ、俺以外もそう思う人いるんだな(;´・ω・)」という感想を持ちました。

 ご多分に漏れずというか、自分もジョン万次郎について詳しく知るしっかけは上のコメントに出てくる「風雲児たち」というみなもと太郎の漫画からでした。これまであまり触れられてこなかった江戸時代の数多くの人物たちにスポットを当てていて文字通り目からうろこの作品で、最上徳内をはじめとしてこれまであまり把握していなかった人物について自分が詳しく知るきっかけにもなりました。
 そうした経緯から個人的にも高く評価している作品なのですが、上のコメントと全く同感というか、何故か龍馬が出てくるシーンは毎回、ヤバいほどつまらなかったりします。作品冒頭でも登場させるなど、明らかに作者は龍馬を贔屓にしていて恐らく幕末の人物の中で最もお気に入りであったのだと感じるのですが、何故か龍馬がこの漫画に出てくるシーンはつまらないというか、正直に言えば吐き気すら催すほど読みたくなくなる仕上がりになっています。

 具体的に説明するのがちょっと難しいのですが、ほかの人物に関してはギャグを挟みつつもわかりやすくその行動や業績を描いているのに対し、何故か龍馬だけは子供向けストーリー漫画のように幼稚な演出とともにしょうもない描かれ方していて、龍馬が出てくるシーンだけまるで別マンガのように見えました。龍馬自身のキャラクターも無駄に、必要以上に幼稚な性格として描かれていてキャラクター的魅力は皆無に等しく、むしろ見ていてイラつくようなキャラとなっています。
 前述の通り、作者は龍馬が一番のお気に入りであるとことあるごとに言っているのですが、この漫画の描かれ方を見る限り、「むしろ、本当は龍馬が嫌いでわざと悪く書いてるんじゃねぇの?(;´・ω・)」とすら思えてきました。ただ実際はそんなことはなく、単純に好きすぎるが故の暴走の結果としてひどい描き方になってしまったのだと思います。

 この漫画に限らず、作者がお気に入りだと公言するキャラクターほど意外と人気が取れないというか読者に嫌われる例はほかにもたくさんあるように見えます。作者が明らかに贔屓に際立たせて描こうとしているのですが、逆にそれが透けて見え、「なんでこいつばかりよさそうに描こうとするんだよ」的に余計に読者から反感を買う結果となるようなパターンです。
 端的に言えば見出しに掲げたように、漫画家や小説家が特定キャラに肩入れすると逆にそのキャラは読者にとって見栄えが悪くなる確率は高くなるように思えます。古典的なメアリー・スーじゃないですがそうしたキャラが出てくると劇中の描写が狂うようになり、創作においてはほぼマイナスにしかならないでしょう。「風雲児たち」に関しては龍馬が完全にそんなキャラとなっており、自分もこの漫画を見返すときは龍馬が出てくるたびにページを飛ばすようになっており、もし生前に作者に会うことがあればこの点をはっきり伝えたかったなとすら思っています。

2026年4月9日木曜日

小学生の時の方が時間なかった(´;ω;`)

ラサール議員、議場を沸かせる「芸能界の人間は住宅ローンをなかなか組めません。だけど“どこでも断られたらスルガ銀行に行け”と言われておりました」(ABEMA TIMES)

 本題と関係ないもののラサール石井氏についてはあまり評価していませんでしたが、芸能界出身という出自から強い納得感のあるコメントだと思いました。これに限らずアベマタイムスは国会内の議論をわかりやすく切り取ってこのところ記事を出しており、政治への国民の関心を高めるうえでよく頑張っていると陰ながら評価しています。


 それで本題ですが、上の記事見て最初に思ったのが「俺も……(´;ω;`)ウッ」でした。自分は小4から塾通いさせられましたが、小5では火曜木曜に授業があり、日曜日にはテストがあってこの時点で週三で塾でした。でもって小6になると月下水に授業、日曜日もテストで週四塾通いとなり、今更ながらまぁよく耐えたもんだという気がします。
 しかも夏休みとかGWなどの長期連休になると特別講習が組まれ、この間の休みの日もほとんど塾通いでした。マジで当時は自由に使える時間がなく、成人した今の方がガチで自由な時間が多いと断言できます。というより、自分の人生の中で最も自由な時間が少なかったのがこの時の小学生時代でした(´;ω;`)ウッ…

 なお今日は仕事少ないから有休使って休み、朝起きてゲームして昼ごはん食べた後は横になり、そのまま夕方まで眠り続ける贅沢な過ごし方しています。記事書こうと思ってたけど書けねぇじゃんこれじゃ(´;ω;`)ウッ…

 話を戻すとたまたまですが、この記事を読むちょっと前から上記の通り「意外と自分の自由時間が一番少なかったのは小学生時代だったのでは?」という疑問を持ち始めていました。そんな矢先に上の記事読んで「わかりみ」などとギャル用語使いながら相槌打ってたのですが、マジで一番問題なのはこの記事の見出しにあるように、「二度と戻ってこない小学生の時間を潰す」ということにある気がします。
 実際、私自身も小6の夏休みなんかほとんど塾通いで、合間合間に友達とも遊んでましたが、もし塾通いがなければもっといろいろできただろうなという後悔が募っています。自分が大学生の頃に金がなかったころ、親に「大学生の自由な時間はこの後ないんだから、金貸してやるから海外とか行け」と言われ、「だったら小学生の時間だってそうだろ、あの時間潰しといて何言ってんだ」という気持ちを当時覚えたりもしていました。

 あくまで自分の実感ですが、塾に通わせようが勉強する奴はするし、しない奴はしない気がします。する奴はほっといても中学などに進学すると自然と勉強するので、小学生の頃に無理強いしなくてもという気がしてなりません。っていうかいい大学に行こうというのなら、変にいい中学や高校に通わせずに浪人とかさせた方が効率いい気がします。
 単純に人生経験の観点でも、小学生の頃の時間を奪うくらいなら勉強を強制させない方がずっと実り多い気がします。小学生の頃にしかできない遊びや体験は意外と多く、逆に中学以降にしかできない体験はそれほどでもなく、成人したあとでもいくらでもできる気がします。極端な話、自分みたいに海外に行けば学歴なんて完全に意味をなさなくなるので、無理してつけなくてもどうとでも生きていけます。

 若干ひがみも入っていますが、受験業界情報で稼ぐAERAらしからぬ上の記事にはすごく共感するとともに、「過剰な自己投影はよくない」というセリフも出てくる「ジェイエム」の各ページがかなりちらつきました。

2026年4月8日水曜日

中国のガソリン価格情勢

 本日、米国とイランが一時停戦することに合意したことが双方より発表され、これを受けて高騰していた原油価格は一時下がり、日経平均株価も急回復しました。とはいえ情勢は落ち着いたとは言い切れず、今後の展開もまだ読めない状況です。

 報道で見る限り、日本国内の情勢は消費者方面に関してはまだ落ち着いているというかガソリン価格が高騰している程度で大きな混乱は見られません。最もB2B方面では燃料価格高騰の直撃をはじめ、メディアがあまり報じないだけで既に大きな混乱が起きて負担も強いられているのではと思うものの、それでもオイルショックの反省が生きてかまだマシな状況じゃないかというきがします。
 個人的に気になっているのはあまり備蓄をしていなかった東南アジア諸国の情勢なのですが、これがとんと情報が入ってこないというかあまり日系メディアは報じようとしていません。ベトナムとかカンボジアなんかかなり影響を受けているのではと思うもののその状況が見えず、またドイツをはじめとする欧州諸国もどうなっているのかわかりません。

 そうしたあまり報道が出ないせいか、先々週辺りに「中国ではガソリン価格が数倍に跳ね上がって混乱している」というデマを流しているメディアも見られました。結論から言うとこれは完全なデマで、地域情報を発信する「本地宝」というサイトで上海市内のレギュラーガソリンにあたる92号ガソリンの改選前と直近の価格を比較すると、


・上海市内の92号ガソリン価格(本地宝

2/24:7.04元/リットル(162.2円/リットル)
4/7:8.86元/リットル(204.2円/リットル)


 というデータとなっており、開戦前後の変動率では25.9%となっています。中国も数ヶ月分の石油備蓄を取ってあるだけに、さすがに高騰までは抑えられなかったもののそこまで日常生活が不安定化するほどには不足しておらず、比較的混乱を抑えている方でしょう。
 そもそも都市部では自動車はもはやEVの方が多数派となっていて電気価格がまだ引き上げられていないことから、電力会社は負担を被ってるものの一般自動車ユーザーは石油価格の高騰による影響をほぼ受けていないとも言えます。ここら辺は中国の戦略通りというか、石油依存から脱却して原子力やソーラー、風力発電などの電力でエネルギーを完結させる電力国家構想が比較的当たっていると評価してもいい気がします。もっとも化学系を中心に石油を消費する産業はいまだ多いだけに、産業界はかなりダメージを負っているのも間違いないでしょうが。

 敢えてここで長期的な観点に立つと、今回のホルムズ湾封鎖危機で最も大きな影響を述べるなら、将来の投資意欲の鈍化じゃないかという気がします。今回の結果を受けて多くの企業は将来投資よりも現状存在するリスクヘッジに意識が回り、今あるリスクへの対策によりお金をかけるようになる気がします。その結果、生産能力の拡大計画はストップされ、サプライチェーンの再編とかに動くようになり、結果的に世界経済の成長率も数年単位で鈍化させたのではないかと考えています。
 もちろんリスクヘッジをすることによって儲かる産業もあるでしょうが、基本的には攻めより守りに経営がシフトされ、全体消費はやや落ち込むような気がします。まぁ去年からずっと日本を含めやや景気が過熱気味だったので、冷ますにはかえって好都合という気もしないでもないですが。

2026年4月6日月曜日

春の上海植物園


 一昨日、時期も時期だったので上海植物園まで自転車で30分くらい乗って行って桜見てきました。


 ちょうど散り際というか花が落ち始めて見頃となっており、いいタイミングで行けた気がします。



 自分以外にもこのビッグウェーブに乗るしかないと思ったのか、ほかにもたくさんの人が来ていました。もっとも花見会場ではないため、酒盛りするような人はいませんでしたが。


 前回に上海植物園に来たのは去年の冬で、植物園というのに花一つ咲いていない寂しい状況であったことから、今度はちゃんとした時期に来ようと前から思っていました。案の定というか春なら無駄に寂しい思いもせず回ることができます。




 最後におまけというか、日系スーパー近くで撮った写真です。上の看板の文字を訳すと、「立ち入り禁止、観賞のみ。協力ありがとうございます」となっています。

そらしど


 今日は中国のお盆にあたる清明節でお休みなため、例によってソラシドエアーのプラモ作ってました。


 個人的にはこのところ荒れに荒れているボーイングよりエアバスのが好きですが、737-800の機体です。作ってみた感じ、やっぱりエアバスのがいいと感じます。


 スカイマークとこのソラシドのどちらを作ろうかときっと購入時に迷いましたが、黄緑色の塗装が珍しいと思いこっちにしました。



 これで民間旅客機作るのも3機目ですが、デカールの貼り方もかなり慣れた気がします。最初のANAでは苦戦しましたが、今回のソラシドはほぼパーフェクトに貼ることができてこの通り裏面もバッチリです。

 今回のこのキットはハセガワので全体としては不満がないものの、スタンドがついていながらそのスタンドを使うには上の写真の胴体中心部に錐で穴を空ける必要があります。過去に作ったANA機では初めからスタンド用の穴が開いていたのと比べると余計な手間を作ってるし、また錐を持ち合わせてないためスタンドは今回諦めました。こういうところのハセガワの謎ムーブはあまり好きじゃないです。

 なお肝心要の点というか、ソラシド機には一度も乗ったことがないです。今度機会があれば考えてみようかな。

2026年4月5日日曜日

ただただ気持ち悪かった

ヤクルトがスゲー!七回一挙7得点で大逆転に成功!1死も奪われない圧巻猛攻 池山監督がベンチで狂喜乱舞 神宮球場も大盛り上がりの大逆転勝利!(デイリースポーツ)

 開幕前の評論家の予測ではヤバすぎるくらい不動の6位だったヤクルトが、開幕よりこの1週間で八区の連勝と首位を維持しています。今日の試合も7回まで0-5から1アウトも取られずに一挙7-5へとひっくり返す展開で、打線の勢いというか負ける気がしない雰囲気が凄いです。
 ちなみに日ハムもそうですが、なんか今年はやけにホームランが出まくる試合が多い気がします。去年まで飛ばないボールとか言われてて私自身はそんな変わってないのではと思っていましたが、今年に関してはなんかボール変えたのではないかと思うくらいの変貌ぶりです。

 話は本題ですが、ちょっと日が経ってはいるものの2月に漫画の「だんドーン」10巻が発売されました。購読していることから自分もすぐ買って読んだのですが、読み終わった後にすぐデータを消去しました。なんでかというと見出しにも書いている通り、読んだ後にただただ気持ち悪く感じたからです。
 この間では薩英戦争の場面が描かれているのですが、これの何が気に入らなかったのかというと主人公の奥さんを含め何故か女性キャラをやたら前面に出してヒロイックに書いていたからです。これらの女性キャラの場面は作者の創作で史実ではないもの、明らかに誇張されて描かれており、その誇張ぶりが異常だとはっきり感じました。

 歴史物の作品だからと言って必ずしも史実通りに書く必要はないし、合間合間に創作を入れることもどんどんやるべきだと普段から思っているのですが、そんな自分からしてもこの「だんドーン」10巻に関しては度し難いものを覚えました。明らかに作者の贔屓というか好みで特定の女性キャラをさも英雄っぽく描こうとしているように見え、なんでそこまでして目立たせようとするのか意図が全く読み取れませんでした。しかもその度を超えた扱い方から史実部分も捻じ曲げるようなものすら感じられ、これまでそんな風に思ったことはなかったものの、なんかこの作者は女性の立場とかそういうものを強く引き立てたいと思っているのという疑問を覚えました。
 そもそも根本的なところを突っ込めば、そうまでして描かれた女性キャラの活躍ぶりが単純に読んでてつまらないというか白ける内容でした。「だからなんなの?」と言いたくなるような展開ぶりで、重しさを感じるわけもなく、意図の読めない描き方に吐き気を感じるだけでした。

 これまで私はだんドーンを発売前に予約して買ってはいましたが、ちょっとこの10巻読んでものすごい気持ち悪さを覚えたことから、今後はもう購読を止めようと思っています。一つ前の巻でも若干そういう気配を感じていましたが、徐々に贔屓のキャラを史実を捻じ曲げてでも際立たせたい、活躍させたいというような描き方になってきており、多分今後読み続けても面白いと感じられないと思うからです。こんな感情覚えたの、マジで今までなかったかもしれないともくらいこの10巻は別な意味で衝撃的でした。

2026年4月4日土曜日

評価の逆転した徳川親子

 昨日書いた記事と内容が重なるのでついでに書くと、この20年間で徳川秀忠とと徳川家光の評価も大きく逆転してきている気がします。

 徳川秀忠は昔、大体90年代くらいまでは関ケ原の遅参などの影響もあり「典型的に無能な二台目」、「親の意向で将軍になれただけ」という評価が非常に強かった気がします。特に春日局が家康に直訴して家光を後継者に据えたという偽エピソードがまだ真実だと根強く認識されていたこともあり、後継車もまともに選べない人物のようにも描かれていました。また「影武者徳川家康」や「あずみ」をはじめ、権力奪取のために実の父である家康すらも暗殺しようとするギレン・ザビみたいな描かれ方も多くなされていました。

 しかし00年代に入ってきた辺りから、それまで家光の功績とされてきた事業のほとんどが秀忠時代に確立されていたという見方が広がり、その治世能力、特に幕藩体制を固めた点について評価が当たるようになってきます。反対に家光に関してはその業績が実は秀忠のものであり、家光自身はそれほど何か主導して達成した業績はほとんどないばかりか、あるとしてもそれは当時の幕閣がなしたもので家光としてのリーダーシップはあまりなかったという評価へとどんどん下がっていきました。
 また家光時代の幕閣に関しても、土井利勝をはじめ秀忠時代に育てられた遺臣が多く、知恵伊豆こと島原の乱を鎮圧した松平信綱こそ家光の小姓出身ですが、家光時代の側近に関しても秀忠の功績とみる向きが広がっています。

 逆を言えば後藤新平じゃないですが、人材を残したという点で秀忠の功績は素晴らしいと私自身も感じます。

 こんな感じで株が下がりっぱなしの家光ですが、この10年くらいに別な意味で評価が高まってきています。

兎図(Wikipedia)

 近年公開され始めてきましたが、家光自身は意外と絵が趣味で結構残しているものの、その公開される絵がどれも「(;´・ω・)?」というようなものが多かったりします。いわゆる「ヘタウマ」系と評価されており、このところ呼ばれるあだ名も「画伯」で、将軍としてよりもヘタウマ画家としてなんか評価が爆上がりしています。
 っていうか「画伯」って最近、もはや蔑称として使われることのが多い……。

 自分の目から見ると、何となくヘタウマ系の代表とされる吉田戦車氏っぽい雰囲気を感じます。カワウソの絵とか残っていたらめっちゃそっくりかもしれません。