山上氏についてはその反省は同情にあまりあり、もし同じ境遇にあれば自分が同じようなことをしないかと言ったらしないと言い切る自信はありません。それゆえに殺害という手段に出たことは非難されても仕方ないものの、闇バイトの殺人事件と比べるならまだ理解できる面が多くありました。
またターゲットが安倍元総理だった点についても、実際安倍氏というか岸家が統一教会のタニマチであったことは周知の事実であり、安倍総理自身も統一教会のPVに出るなどその影響力を統一教会に施していた点からも山上氏のターゲットとなるに足る理由があり、決して自暴自棄に無差別な行為であったとも思えません。
そうした感情から内心比較的軽い刑であってほしい、具体的には無期懲役未満であってほしいという願望めいたものを私も持っていました。ただ殺人という行為は行為であり、またその凶器に銃砲を使ったという点も日本の刑法からすると処罰度合いを高める事由がはっきりとあり、それらを踏まえるならこの無期懲役という判決は致し方ないとも思えます。
また山上氏について、仮に満期出所なった場合にこれ以上殺人を犯さないかという点を考えると、必ずしも犯さないとは言い切れない点があります。具体的にはその思想からほかの統一教会関係者をまた狙う可能性も考えられ、こうした再犯可能性も考慮するならやはり無期懲役が妥当ということになってきます。
ただこの事件をきっかけに宗教二世という新たな日本語が生まれ、信仰の強制という虐待行為も一般に認知されその対策も行われるようになったことを考えれば、間違いなく日本を動かした事件だったと言えるでしょう。ある意味これ自体が山上氏が目指していた結果の一つであり、その目的に適った行動を取ったという点は否定できないし、こうした事件の再発を防ぐ上でも社会は対応していく必要があるでしょう。
私自身は何かしら信仰を強制されたことはないですが、それでもなまじっか自我がやたら強いあまり、思想を強制されたという意識や感覚はこれまで何度も持ったことがあるし、その嫌悪感も強く覚えたことがあります。ただ私の場合はあくまで思想というか社会観念の強制であり信仰と比べるとそこまで大きなものではなかったと思え、山上氏のように親がああして振り回されたということを考えるとその気持ちは察するに余りあります。
それだけにこの事件は本当に昭和の呪縛を令和になってようやく解き放つかのような象徴性も覚え、日本の宗教史どころか政治史においても今後刻まれる事件になるかもしれません。私自身はほかの日本人に比べ宗教に対し寛容な立場だと自認していますが、本人だけならいざ知らず、その周辺の人間も巻き込んで不幸にする宗教ははっきり邪宗と捉えて活動を制限していくべきだという立場を取ります。
そんな統一教会も皮肉なことに政権交代のあおりを受けて韓国でも摘発が進められており、楽観視し過ぎかもしれませんがこれで連中もくたばるとホッとする思いがあります。同時に韓国でのこうした摘発がもっと早ければ日本でこの事件も起きなかったかもと思うと、山上氏についてさらなる同情をまた覚えてしまいます。
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