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2019年10月6日日曜日

中国における日本式銭湯施設の現況




 連休終盤。たまには戦闘施設でも行こうかと思ってたらいつも行く極楽湯がWebクーポンを売らなくなったのでさてどうしたものかと考えていたところ、以前に取材した漣泉大江戸が近く、っていうか歩いていけるところに新しい店舗を出していることがわかりました。っていうかすぐ近くなのにどうして今まで気づかなかったのだろうかと少し悩むくらいの距離です。
 こちらはWebクーポンで98元(約1500円)で入れるので朝11時から朝風呂浴びて、50元のカツとじ定食を食べて、夕方5時まで中でゲームし続けましたが、ちょうどこの店が建っていた場所は昔蘭州ラーメン屋があり、金のなかった頃にほぼ毎日6元の蘭州ラーメンを食べてたことを昼食中に思い出し、なんか色んな思いからむせび泣きそうになりました。



 ちなみに中にある軽食屋のメニューがこれですが、下から三番目の担々麺がえらいことになっています。中国語に素養があればすぐわかりますが、本来「麻醤」(一番上の品名にある漢字)とすべきところを「麻将」と下記間違えており、どんな担々麺が来るんだろうかと思いつつ写真撮りました。

 話は本題に戻しますが、なんだかんだいいつつこうした日本式銭湯施設は中国でそれなりに受け入れられており、ビジネスとして成立しているように思えます。というのも極楽湯も年々店舗数を広げており、この前も武漢でもオープンさせたと発表していました。この漣泉大江戸もこのように荷店舗目(ある意味では三店舗目)をオープンさせている当たりは、儲かっている証拠でしょう。

 実際に今日ゲームしながら周りの様子も見ていましたが、午前中こそまだまばらで風呂内部も浴槽を独占できるくらい空いていましたが、夕方になるにつれてどんどん客は増えていき、特に子供向け設備が充実していることもあって親子連れの客が見られました。この店はまだオープンから間もないとは思うものの、それでもこれだけ客が来ることはやはり受けているのでしょう。
 ちなみに帰り際に駐車場を見ましたが、ほぼ満杯でした。

 あと付け加えると、確か漣泉大江戸の従業員に対する接客教育は東急がやっていると思いますが、格段に以前と比べて良くなっている印象を受けました。ある意味、アップデートの少ない極楽湯よりも良いんじゃないかと思うくらいです。
 内装に関しても上海郊外にある1号店と比べるとやや劣るものの、これは1号店がすごすぎるだけで今回行った2号店もなかなか見事な内装でした。もっともそれ以上に、かなり和服を着こなしている女性客に少しビビりましたが。

 それにしても歩いていける距離にこういう施設できるなんて、10年前は考えられなかったな。何気に今住んでいるところは新聞記者時代もほぼ同じ場所に住んでただけに、滞在期間だけでもかれこれ6年位住んでます。

2019年10月5日土曜日

秦が何故悪者扱いされるのか?

 先日見ていた掲示板で、中国初の統一王朝である秦はどうしてこれほどまで悪く言われるのかというコメントを見ました。というのも最初に統一した事自体が偉大な功績であり、またその諸制度は次代の漢王朝でも流用されており、非難される理由が言われているほど見当たらないとのことでした。
 その後出てきた意見としては、始皇帝陵造営をはじめとする多大な労役などで恨みを買ったのではなどとありましたが、結論から言うと焚書坑儒が最大の理由でしょう。

焚書坑儒(Wikipedia)

 焚書坑儒とは主に法家の人間によって行われた儒家への弾圧行為で。儒家を生き埋めにしてその文書を燃やしたことから文字通りとなっています。一体これが何故秦が批判される理由になったのかと言うと、後の時代の歴史は儒教を基本思想として評価が行われており、ある意味で評価裁定を下す儒家に嫌われた時点で悪く書かれてしまう傾向があります。
 同様の理由で、道教の経典なども儒家目線から批判されることも少なくありません。要するに秦王朝で儒家への弾圧が行われた一点で以って後の時代、政権からは非難されるようになったと私は見ています。

 もっともその儒家というか儒教も、共産党中国の成立時においては「古き悪習」として批判されており、魯迅や毛沢東に至っては焚書坑儒を「ええこった」と評価していたそうです。その逆に、秦王朝に関しては力こそ正義的な価値観と初の統一を行ったという点で再評価が進められたそうですが。

 なお日本においては儒教的価値観からくる批判や言論闘争は中国ほどには多くありませんが、天皇史観による足利尊氏などへの偏った批判など、天皇制フィルターが働くことのほうが多いです。以前と比べればだいぶ中立的な視点で歴史評価がなされるようになってきてはいますが、未だ古代史におけるこの手の阻害要因は少なくないだけに、早くそうしたものから脱却すべきだと個人的には思います。

2019年10月3日木曜日

GDB型インプレッサ


 連休三日目。やることはないわけではなく次のJBpressの記事とか書かなきゃいけないけど、昨日から今朝にかけてはずっと上のGDB型インプレッサのプラモ作ってました。


真横

 今回作ったのは2001年WRC優勝モデル(タミヤ)で、初代のGC型から二代目にモデルチェンジしたばかりのGDB型インプレッサです。初代モデルはほとんど外見が変わらなかったのに対し(2ドアの22B型を除く)、二代目インプレッサはこのGDB型からしょっちゅう変わり、その変化の過程は「丸目→涙目→鷹目」と言われ、ヘッドライトが次々変わるなどフェイスリフトの激しいモデルでした。

真上 

 なんでそんなにフェイスリフトが激しかったのかと言うと、このGDB型の評判が悪かったからだと思います。実際に出た当初は、「出目金」とか「ボスボロット」と呼ばれ、精悍な顔つきだった初代からの変化の激しさに批判が少なくありませんでした。
 また熟成された初代と比べ、二代目にモデルチェンジしたばかりという事もあって市販版を買ったドライバーからは初代との感覚の違いもあって酷評されるなど、WRCで優勝するなど実力は十分ながら色んな要素から不遇なモデルとなりました。

 なおこのキットではフロントにアップライトと呼ばれる追加のランプがついていますが、ごてごてしたのが嫌いなので今回自分はつけませんでした。また最も特徴的な丸目ランプは本来は普通の金属色したランプですが、このキットではラリー仕様ということで黒目になってます。

リア 

 タミヤ製とあってパーツの寸法はきちんと合ってて組立自体は非常に楽でしたが、ラリー車であることからシールことデカールの量が多い上に、サイドドアのスバルの流星エンブレムに至ってはクソでかくて貼るのに非常に苦労しました。右サイドに至っては角度が少しずれたものの、修正してたら破れることが目に見えたのでそのままにしています。
 なおデカールは既にかなり派手ですが実際にはもっといっぱい用意されており、これ以上貼ると派手すぎると思って一部省略しています。ピレリのロゴは外せないと思って全部つけたけど。


 ガチでプロ入っている同僚に写真送ったら、「塗装したの?」と聞かれましたが、塗装は一切していません。他のモデルと違ってインプはベース色がメタリックブルーではっきりしており、プラ素材できちんと反映できるので、このラリー仕様キットのようにたくさんデカールあるとそれだけで見栄えがすごく良くなるのは素人に優しいです。


 私の中でスポーツカーの最高なデザインは先代のGC型インプレッサと、マッシブデザインの究極系とも言えるR34型GTR(あと三菱FTOとストーリアX4)ですが、それだけにこのGDB型については当初、先代が好きだった分その落差からなんじゃこりゃと思ったデザインでした。
 ただうちの名古屋に左遷された親父は、「戦闘機っぽい見た目で悪くない」と当初から評しており、何いってんだかと当時私は思ってましたが、なんか年取ってから改めて見直すと、「戦闘機っぽい見た目で悪くない」と私も思うようになり、数年くらい前からこのGDB型のプラモを作りたいと熱望していました。

 GC型は以前に作ったことがありましたがその頃は技術的にまだ未熟であったことからデカールが破けたり、ガラスパーツに接着剤後がついたりしてあんまいい出来ではなかったです。それだけにGDB型を作る時はもっと技術を積んでからと自分に言い聞かせており、先月に割とよく商品が入れ替えられる店頭でこれを目撃した、「時は今……」と明智光秀っぽく呟いて購入しました。ってか115元(1,725円)で、古いモデルにしては高いなと思いましたが。
 もうちょっときれいに作れたかもなと思う箇所もありましたが、先程のガチプロな同僚(サンバーを日常的に赤帽仕様に塗り上げる)からも仕上げがいいと褒められ、かなり高い満足感を今得ています。にしてもやっぱインプはいいと思う、この時期までは。

2019年10月2日水曜日

チベット仏教の個人崇拝について


 先日の記事にも書きましたが先々週に中国西部の青海省と甘粛省を旅行してきて、その際に複数のチベット教寺院を参観してきました。これまでチベット仏教についてはあまり興味がなかったことから勉強してこず、ダライ・ラマが亡命しているということくらいしか知らず教義についても全くわからないまま訪れました。
 そうしたまっさらな状態で訪れた感想としては、「ああ、これは中国政府が危険視するのもわかるな」というのが率直な意見です。というのも、個人崇拝の意識が極端に強い宗教だと感じたからです。

 一体何故このように感じたのかと言うと、各寺院にはそれぞれ複数の伽藍というか建物が設けられているのですが、仏像なども置かれてはいますがそれ以上に、どの建物にもチベット仏教ナンバー2に当たる先代、先々代のパンチェン・ラマの遺影が飾られていました。それでいて、参観者や修行している僧たちはそれらの遺影に対して強く祈りを捧げていたからです。
 日本の仏教に慣れている身からすれば、如来や観音、あとブッダとかに祈るのなら理解できるものの、どうしてこれほど過去のパンチェン・ラマに対して強く祈るのかが不思議に思えました。無論、当代や先代の教祖に祈ることは日本の仏教においても珍しくはないものの、あくまで主役は如来や観音様であり、教祖の遺影を祭壇のど真ん中に置いて激しく祈るのは日本だとあまりないでしょう。

 ただ、チベット仏教がこのような形態を取ることはその背景を考えるとそれほどおかしいわけではありません。というのもチベット仏教では神が人間に転生して降りてくるという考えがあり、そのため当代のダライ・ラマやパンチェン・ラマが逝去すると、逝去同時期に生まれた子どもたちの中から次代のダライ・ラマやパンチェン・ラマを選び、教育を施した上で生き神として祀るからです。
 つまり、チベット仏教においては教祖自身が神性を備え、一般信徒の崇拝対象となるわけです。そしてその程度については、如来や観音といった仏教界の神属らよりも強く、現代世界に生きる個人への崇拝が圧倒的に強い宗教であるように感じました。これはいわば個人崇拝と換言してもよく、実際に信徒らはダライ・ラマの指示であれば何にでも従うとされており、現代のダライ・ラマ本人の人格や価値観、思想を置いとくとしても、この個人崇拝ぶりには中国政府が危険視するのも理解できなくありません。

 仏教でも、たとえば浄土真宗だと開祖の親鸞や中興の祖である蓮如といった人物へ祈るということは確かに行われているものの、何代にも渡る教祖の遺影に対し、非常に長い時間と読経を込めて祈るチベット仏教の僧らの姿は個人的には強く衝撃的でした。
 なおその他の点では、寺院内には地獄絵図や曼荼羅などがよく飾られており、やはりこうした図画的なイメージから空想を練ったり、読経に独特の音響をつけたりする点では密教らしい雰囲気が感じられます。ただ日本の密教と違って、祭壇には香はあまり焚かず、代わりに独特の匂いを出す蝋燭をよく灯していて、この点で日本の仏教とは違うなと感じながら見ていました。

2019年10月1日火曜日

関西電力裏金事件の背景と仮説

 連休初日だけど外ずっと雨降ってて昼寝しかしませんでした。

元助役、関電子会社の顧問 30年以上にわたり報酬も受領(産経新聞)

 それで本題ですが、既に各所で報じられている関電裏金事件です。ちなみに初報を見てすぐ、「マジかよ、なんでんかんでん最低だな」と呟きましたが、なんでんかんでんが関電と無関係なのは言うまでもありません。

 さてこの事件、三億円超の裏金という金額もさることながら、ザル過ぎる関電の対応と未だに辞任を否定している経営陣のアホな態度のほうが見ものでしょう。とはいえ事件の背景はどうなのかも気になるところで、ポイントとしては裏金の原資がどこから来ているのかさえわかればある程度の流れや構造が見えてくるように思えます。そこで私なりに立てた仮説は、以下の三つです。

1、助役のポケットマネー
 自分で言っててなんですがこれはありえません。個人で会社を経営しているにしても送った金額を毎年調達するのは非常に困難でしょう。

2、高浜町への交付金
 真っ先に疑ったのはこのケースで、原発受入によって国から舞台となった福井県高浜町への原発関連交付金の一部が、今回の主役である元助役の森山(故人であるため敬称略)の支配が及ぶ地元企業などを介して森山個人へとプールされ、関電幹部に渡っていたという仮説です。これはいうなれば、国が高浜町へ支払った交付金が関電幹部の懐へ渡っていたという説で、税金を着服していたということとなります。

3、関電が高浜町へ支払った原発対策費用
 最も可能性が高いのはやはりこちらの説で、原発工事費やら整備費などで高浜町の森山が支配する会社へ工事を必要以上の金額で発注し、一部費用は例によって森山個人へとプールされて改めて関電幹部へとキックバックされるという構造です。このケースだと、関電は不要な費用を支払う上に経営幹部だけが肥える仕組みとなっており、長年に渡り続けられてきたということを考慮すると、関電幹部への裏ボーナス的な資金還流だと言えそうです。

関電子会社顧問に高浜町元助役=約30年間、報酬も支払い(時事通信)

 日にちが経ったことからある程度続報も出てきており、上の時事通信の報道を見るとやはり3のケースが濃厚のように思います。ただ実際的には2と3の複合も十分ありえ、この場合関電は消費者のみならず国に対しても詐称していたこととなり、そうした背景もあってかガースーこと菅官房長官も徹底調査するよう発言しています。

関西電力3億2千万円“裏金” 今年3月に出回った告発文書【独占入手】(AERA)

 一連のニュースの中で最も注目したのはこちらのニュースですが、仮にこの報道が真実であれば告発リスクが高まっていたにもかかわらず関電は無視、放置して、火の手を広げたこととなります。また報じられている裏金金額は3.2億円ですが、過去の経営陣を含め第第続けられてきたことを考えると実際にはもっと上に行く可能性もあり、関連者も多いことからも一大疑獄事件へと発展する可能性は十分高いでしょう。ある意味、令和初の疑獄事件になるかもしれません。

 なお友人にも話しましたが、関電ははっきりいえばこういう会社です。以前からも強引な営業手法などが問題となっており、コンプライアンスリスクというものをまるで考えず、かねてから問題のある会社だと私は見ていました。多分叩けばまだまだ埃は出てくるでしょう。

2019年9月30日月曜日

甲斐宗運の記事

 最近赴任してきた新しい同僚が登山が趣味だと言うので、「埼玉の山は道迷いが多いそうですね」と話しかけたら、「なんで登山してないのにそんなに山に詳しいの?」と言われました。そしたらすかさず別の同僚が、「この人は何にでも詳しい」とフォロー入れてくれました。

主君のために息子も殺す!甲斐宗運の忠烈無比な生涯(JBpress)

 そんなわけで今日出たこの記事ですが甲斐宗運です。熊本の人は地元に甲斐神社などもあって知ってる人も多いですが、そうじゃない人は信長の野望やってないとまず知らないでしょう。逆に、信長の野望やってたら阿蘇家という弱小勢力の中で極端に高いパフォーマンス発揮する人がいて妙に印象に残ってるはずでしょう。

 今回この人の評伝書こうと思ったのはいくつか理由があり、まず他にあまり取り上げる人がいなかったからです。執筆前に知識つけようとなにか解説本の類がないか探しましたがそれすら見つからず、完全に郷土の英雄に甘んじていたので、それなら素人の自分が紹介してもありかと思いました。
 次に、戦国時代の九州自体があまり取り上げられない傾向にあるため、島津、大友、龍造寺からなる三強のパワーバランスを書く上でも丁度いい位置にいる人物だと思ったからです。本文にも書いていますが、阿蘇こと熊本県はちょうどこの三強に取り囲まれた位置にあり、実際に各豪族はこの三強に時には協力し、時には誘いに乗ったりと激しい外交が繰り広げられていたそうで、そこらへんが面白いと思いました。
 最後に、実質的に島津ストッパーの役割を果たしてその九州統一を阻んだという功績も、もっと知られていいかなと思いました。

 なお最初は甲斐宗運と阿蘇家の浮沈をテーマに書きましたが、友人から流れが分かりづらいと言われ、自分も反省して甲斐宗運によりテーマを絞って書き直しました。結果的には文章はこれでだいぶ良くなりました。

 明日から中国は一週間の連休(その代わり昨日は出勤日)に入るので、また家でプラモ作る日々が始まりそうです。

2019年9月29日日曜日

深夜の格闘

 一昨日の出来事を書いた昨日の記事について後輩から「おぞましい」という論評を受けましたが、一昨日ほどじゃないけど昨夜も一波乱ありました。

 それは私がシャワー浴びようと服脱いで浴室に入った時でした。シャワー室を隔てるガラス戸を引いたところ突然「ガタンッ!」と大きな音がして、何かと思ったらなんかガラス戸が引きづらくなりました。ガラス自体はひび割れとか一切なく割れたわけではないのになんでとか思っていたら、ガラス戸をレールに吊る金具が外れていることに気が付きました。

 日本の浴室におけるガラス戸は底部に滑車のついた引き戸、若しくは同じく底部滑車で折れ曲がりながらスライドするものが一般的だと思いますが、中国だとガラス戸の上部を金具でレールにつなぎ、底部がやや浮いたガラス戸が多い気がします。今まで住んだ家は大体これだったし。
 上部を金具で吊るとはどういうことかと言うと、頭よりやや高い位置にレールがあり、このレールの上を滑る滑車が備えられています。この滑車に対応しガラス戸の上部両端にもボルトを通す穴が空けられており、この穴にボルトを通して、90度に折り曲げられた鉤括弧型(「のような形)の鉄でできた金具を介して滑車とつなぎます。接続方法を図持すると以下の通りです。

       滑車(レールの上)
          ↑
ガラス戸(下に吊る)→「

 滑車と金具はネジで繋がれており、このネジをどれだけ巻くかで吊る高さが変わってきます。今回はこの滑車をつなぐネジが緩み、ガラス戸片側で金具から外れたことが原因で外れた事がわかりました。となるともう一度金具と滑車をネジでつなげればいいわけですが、ネジの位置上、一旦ガラス戸から金具を外さないと繋げられなさそうでした。
 仕方ないのでまずガラス戸からボルトを抜いて金具を鉤括弧上の金具を外すことにしましたが、よく見るとボルトはナットによって固定されており、これを外すためにはどうみてもレンチが必要です。しかしレンチなんて自宅に置いておらず、何かで代替効かないかと思って探したところ、ハサミの柄をとりあえず使うことにしました。意外といけた。

 こうしてナット、ボルトを外してガラス戸の片側から一旦金具を外し、緩んだネジを金具で滑車につなぎ直してまたガラス戸を金具につけようとしましたが、先ほどから書いているようにガラス戸は金具によって吊られます。つまり、金具につけるに当たってはガラス戸を持ち上げて浮かせながら繋げる必要があるわけです

 ガラス戸は両サイドで金具に繋ぎ止められるため、片側は外れているもののもう片側は固定されているため重さは半分です。とは言え、ガラス戸を持ち上げつつボルトを挿してナットをつけなければならないため必然的に、片腕でガラス戸を持ち上げつつボルトを回してナットを取り付けるという作業が要求されました。片側で固定されているとは言えガラス戸は結構重量あり、それを持ち上げつつボルトを正確に通してナットを付けるなんて、普通二人がかりでやる作業です。しょうがないからやったけど。

 ちなみにこの間、既に服を脱いでいたので全裸で30分くらい格闘し続けました。ガラス戸は案の定重たくて片手で持っててプルプル震えてボルト通らないから、床側にスポンジ置くことで高さを固定し、片腕で微調整しながらボルト通しました。でもって滑車につなぐネジも割とすんなり固定できて、前と比べても安定性増した気がします。
 なおその夜、左脇の背中部分がなんか痛みだしてきました。多分左手一本でガラス戸を持ち上げたりしたせいで、普段使わない筋肉使ったなと思いながら夜寝ました。