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2024年11月16日土曜日

Vガンダムがハブられる理由

 本題と関係ないけど昨日最終回を迎えた人気漫画の「推しの子」の最終回が炎上している件について、中国でも意図せずに記事を見つけるなど大きく報じられていることにビビりました(;´・ω・)

 話は本題ですが、ガンダムのゲームとかでよく「宇宙世紀機体、大集合!」などというキャッチコピーが使われるものの、そこに本来宇宙世紀シリーズに入るVガンダムの機体は入ってこないことが多いです。また宇宙世紀シリーズから世界観を一新したGガンダム、ガンダムW、ガンダムXの三作を「平成三部作」と呼ぶことも多いのですが、放映年数でGガンダムに連なっているVガンダムはここでもハブられ、「平成四部作」とも誰も呼びません。
 以上の通り、テレビ放映されたガンダムシリーズとしてはVガンダムは異例なくらいにハブられることが多く、ゲーム化や外伝作品の制作も他のシリーズと比べると極端に少ない傾向がある気がします。かといって作品として評価や人気が低いというわけではなく、エキセントリックな女性キャラクターが多いこともありファン層も自分を含め根強いと思うし、エヴァの庵野監督もVガンダムがあったからこそエヴァは作れたと話すなど影響力も大きいです。

 では何故それにもかかわらずVガンダムはハブられるのか。一つの仮説として、テレビ放映時のマーケティングの失敗によりファンの年齢層が歪になったからではないかとみています。

 まず放映当時の90年代前半について触れると、この時代のガンダムといったら基本的にBB戦士などの二頭身なガンダムでした。Vガンダムが放映されるまではテレビ放映のアニメ作品が一時中断しており、新たな機体が出ることもなかったため、新規のプラモ作品が作りづらい時代にありました。そのため当時は過去作品に使われた機体や、それら機体を二頭身にした上でリデザインしたナイトガンダムや武者ガンダムが多く出され、逆に背の高いリアルな造形のプラモは完全に旧来ファン向けと割り切られ、新規ファン向けには作られませんでした。

 そこへきてようやく待望のテレビシリーズとしてVガンダムが始まったのですが、上記の通り当時の、少なくとも小学生世代にとってガンダムといったらSDガンダムだけだったのですが、実はVガンダム放映当時はSDガンダムのプラモや他メディアへのコラボはほぼ一切行われていませんでした。放映中はリアルな造形のプラモデルしか販売されず、放映終了間際になってようやくSDガンダムのプラモが発売されるようになりました。
 実際私も、かねてからSDガンダムはよく作っていたことから放映中のVガンダムも早く作りたいと願っていたものの、なかなかSDガンダムでのプラモが発売されず、えらくやきもきしたことを覚えています。あまりにも出ないものだからそれまであまり作ったこととのないV2のリアルモデルキットを作り、SD版では放映終了間際に出たV2アサルトバスターのみ作ったことを今でもはっきり覚えています。

 なおこうした傾向はプラモデルに限りませんでした。当時はゲームの「ザ・グレイトバトル」シリーズをはじめ仮面ライダーやウルトラマンなどほかの版権キャラとコラボさせた、二頭身キャラのゲームで遊ぶコンパチヒーローシリーズというものが展開されていました。もちろんガンダムもこれらシリーズに登場するのですが、何故かVガンダムは採用されることはなく、初代のガンダムかVガンダムより1世代前のキャラに当たるF91がコンパチヒーローシリーズに使われ、現代だけじゃなく当時からもゲームなどでハブられていました。

 一体何故当時の子供の間で最も流行っていたSDガンダムでVガンダムのキットは作られなかったのか。自分が過去に聞いた話では、これは明確なマーケティングの方針によるものだったそうです。
 具体的には、SDガンダムで育ったファン層をリアルな造形のプラモデルのファンへと昇華させるため、敢えてVガンダムはSD化させていなかったそうです。実際上記の通りそうと思える節が多く、この方針が確かにあったのではと私も考えています。

 ただこの方針は成功したとは言い難いです。今もそうですがVガンダムに登場した機体の任期はそれほど高くなく、また当時を思い返してみてもリアル造形のプラモに移った子供は多くなく、SDガンダム自体が退潮的となったガンダムWの時代あたりでようやくファン層が転換したような気がします。むしろVガンダムでSD化キットの販売を出し渋ったことで、当時の小学生くらいのガンダムファン層にVガンダムがうまく浸透せず、またZガンダム以来の旧来ファンも思ったより入り込まず、ファン層がどっちつかずな作品になってしまったのではとみています。
 この結果、Vガンダムは確かに好きな人はいるっちゃいるけど、年齢層が余り固定されておらず、斑上にファン層が形成されてしまった感じがします。具体的には宇宙世紀シリーズファンの10%、当時小学生だった世代の10%、それ以外の層の10%というような感じで、Vガンダムとコラボした作品を作っても売り上げを立てづらい歪なファン層になっている気がします。

 私個人としては、以前にも書いたように「周り全体が狂っているから自分がおかしくなっていることにすら誰も気が付かない」ストーリーや、カテジナをはじめとするエキセントリックなキャラクターのオンパレード、あとシンプルイズベストを貫くV1のデザインなどでVガンダムのことが大好きですが、志を同じくするファンとはいまだ出会ったことがないです。それもこれも、上記の中途半端なマーケティングの失敗だと思うとなんか悔しさを覚えます。

2024年11月14日木曜日

年収103万円の壁議論の私見

 今一番ホットな政治話題といったら国民民主の玉木代表がぶち上げた、基礎控除と給与控除を掛け合わせた103万円という課税基準の引き上げでしょう。真面目に前の選挙でこの政策案をもっとアピールしていたら国民民主の議席数はもっと増えていたのではないかというくらいの盛り上がりようで、それもあってか先日の玉木代表の不倫報道もあまりダメージになっていない気がします。やはり不倫は文化だ。

 それでこの103万円の課税基準引き上げについてですが、私個人としても賛成です。賛成理由としては第一に、ようやくデフレから抜け出しつつあって物価も上昇傾向を見せており、課税基準も引き上げないと道理に合いません。またこの課税基準引き上げによって国内在住者の勤労意欲が高まれば、あちこちで問題化しつつある人手不足というか労働力問題も解決とまでいかずとも、ある程度の緩和を見込めます。

 もっとも政府としては税収が減ることを恐れており、実際に財務省はすぐに「こんだけ税収減るんだぞ」と頼んでもないのに試算してきました。ただあの試算については内心疑問視しており、というのも実際すでに年収が103万円を超えていながら複数の職場で働くなどしてごまかし、実際には申告していない人も少なくない気がするからです。単一の職場だったら源泉徴収とかで引っかかるでしょうが、複数のアルバイトを掛け持ちしている人ならこの辺どれだけ実際に納税しているかが疑問で、財務省の試算ほど税収が減るかといったらこちらもまた疑問です。

 ただ歳出が増える中で歳入が減ることに頭を悩ますのも理解できます。そこであえて折衷案を出すとしたら、この課税基準はこの際180万円(=15万×12ヶ月)くらいまで引き上げ、その分医療保険料を大きく引き上げてはどうかと考えています。こうすることでその用途を医療に絞り国民に納得してもらおうという話なのですが、そもそも今圧倒的に税源が足りないのはまさにこの分野なだけに、必要な分野に税金を集中させる意味でも悪くないかという気がします。

 そもそも最近はなんかめっきりメディアでも一切目にすることがなくなりましたが、日本の全歴史において最大の人口ボリュームゾーンに当たる1946~1948年生まれの団塊の世代が、今まさに後期高齢者層へ入ろうとしています。これは即ち、日本史上最も社会福祉費がかかる時代がの到来ともいえ、平均寿命から換算すると2035年くらいが医療費などのブースト期間になります。
 逆を言えばこの期間をやり過ごせば、人口減は続くものの医療支出のアンバランスさはやや解消される期待もあります。それだけにこの期間の医療費をどう埋めるかが問題で、今回の103万円議論と合わせて制度設計したらどうかなというのが個人的な意見です。

 まぁでもこれ、すでに年収が103万円以上の人からすれば医療費増税にしかならない可能性もあり、反発はきっと出るだろうなぁ。それでも労働力不足の解消を期待できるだけに、この政策は通してもらいたいものです。

2024年11月12日火曜日

日産の90%超減益報道はおかしいヽ(`Д´)ノプンプン


 さっき友人にも紹介したけど、ハイスピードな展開に妙に読ませられてしまう(;´・ω・)


 そんで本題ですが先週から今に至るまで後追い記事が続く上の日産の90%減益報道ですが、自分はこの記事を初めて見た際に疑問を覚えました。同時に、一体何故こんな報道をしたのか、記者もそうだし編集者も何故これを通したのかと、報道者のあまりのレベル低下ぶりに呆れました。
 では一体どういう点がおかしいのかというと、今回の日産の業績でニュースな点は90%の減益ではなく、何故日産がいまだに黒字なのかって点しかないでしょ、マジで。

 ほかの後追い記事でも触れられていますが、マジでこの10年間くらい、日産はニューモデルの新車はおろか、既存車種のマイナーチェンジすらほとんどやっていません。ディーラーの人からすれば弾を持たせずに戦場へ投入されるようなもので、これほど新車出さずにどうやって売上保っているのかそっとの方が前から不思議でしょうがありませんでした。
 またネットで自分が秀逸だと思ったものとして、「本来販売台数で稼ぐスポーツカーという位置づけのフェアレディZをほとんど作らず受注を打ち切っている」というコメントもありましたが、まさにその通りというか、作った分だけ確実に売れる見込みのあるフェアレディZを何故か日産はあまり作ろうとしません。先ほどの新車を出さない点といい、ゴーンが去って以降、というかそれ以前からも日産は自動車メーカーとしてかなりおかしな経営を繰り返しています。

 真面目に今、日産を支えているのはどの車種なのかがマジで聞きたくなるほど日産の車には魅力がありません。また新車も出てこず、こういっちゃひどいけど開発部門は何故給料をもらえるのかが不思議です。
 新車が出ない点について日産の開発力が落ちたという指摘も見えますが、上記のフェアレディZを注文数に対しあまり生産していない点も鑑みると、生産供給体制すらまともに維持できない状態に日産は陥っているのではという風にも見えます。っていうか多分、中の人も現状についてもあまり理解できていないのではない可能性すらあります。

 開発費高騰からほかのメーカーでも確かにニューモデルが最近あまりで亡くなってはいるものの、それを推しても日産のこの10年間は少なすぎます。ぶっちゃけもう自分で開発せず、他社の車を生産するだけのOEMメーカーにでもなり下がった方がこの会社にとってはいいのではないかと密かに見ています。

2024年11月10日日曜日

社畜車

 今日の上海は朝から雨が降っており、昨日の予報時点でもそうだったので晴耕雨読な一日を過ごそうと決めていました。そんなわけで午前九時に目を覚ますと「アクション対魔忍」して、「エースコンバット7」をして、お昼に昨日作り置きしていたカレーを食べ午後に入ってからは、





 こちらのトヨタ・プロボックスのプラモを作っていました。

 知ってる人には早いですがトヨタの影の稼ぎ頭こそ社用車でおなじみのこの車、何故かゴールド会員にしてもらってもいいくらい私が貢ぎまくっている上海のプラモ屋が先日入荷していました。こんなスポーツカーでもない日本の社用車のプラモを中国で一体誰が買うのか、何を考えてあの店はこんなキットを仕入れたのか深い疑問を覚えたものの、「今を逃すと中国でこれを仕入れる機会はない」と踏み、すぐさま発注しました。入荷数が少なかったのか、その後すぐにこのキットは売り切れとなっていました。
 

 さてこのプロボックスですが、実は前々から日本国内で購入を検討していたキットでした。前回日本にいたころも検討したものの、個人的にはひとつ前のモデルの方が好きだったのと、3000円くらい出してまで購入するほどかという迷いから結局見送りました。
 しかし今回は中国で手に入る、しかも前述のように恐らくもう次のチャンスはないという予感から、金に糸目をつけずにすぐ発注することとしました。


 こうして買ったキットですが、アオシマのキットだからパーツの整合性とかが若干不安だったのと、Amazonのレビューを見てもボディ周りの整合性に問題があるというコメントがあったことからうまく作れないかもという予感を感じていました。しかし実際作ってみたところ思っていた以上に整合性は良く、唯一リアバンパーが押し込みづらい形状となっていましたが、その代わりに隙間が小さいこともあって接着剤不要で嵌め込むことで済むようになってました。白と黒の対比が重要な車なだけに、この辺は上手く運べてよかったです。
 また説明書も、こういっちゃなんですがアオシマのキットにしては割と詳細に編集されており、迷いやすい部分とかも細かく補足図を入れたりしていて、迷うところもあったものの、総じて質のいいキットだと思いました。ちなみにリアシートは立てたり畳んだりさせることができます。

 もっともリアのトーションバーは慣れてない人からすればうまく作れない可能性があります。うまく作れない場合はバネを敢えて使わず、タイヤ高さ位置を固定するように接着剤でパーツを固めてしまった方がいいかもしれません。

 話を戻すとこの車、前述の通りトヨタの社用車として非常に流通しており、実際に乗車した経験のある人も多いと思います。評価も基本高く、社用車ではなくマイカーとして使う人もおり、そのシンプルなデザインと相まって玄人好みな車となっています。
 その一方、社用車でガソリン気にせず乗られることもあってか、首都高ではこの車で飛ばす人も多いと言われています。特に激務でおなじみのキーエンスのプロボックスが非常に有名で、「プロボックスに抜かれたと思ったらキーエンスのロゴ入りだった」とよく証言されており、首都高最速はキーエンスのプロボックスだとまことしやかにささやかれています。

 それだけにシールことデカールには、キーエンスのロゴを入れてほしいとマジで思っていました。さすがにこのキットにはそんなデカールは入っていませんが、もし入れてくれるならもう一個このキットを私も買うでしょう。っていうかこの車、トヨタの車というよりキーエンスの車というイメージの方が強いです。でもって社用車と呼ばれるより、社畜車って呼ばれることも多い気がする(;´・ω・)

2024年11月9日土曜日

大統領選でハリスが負けた理由

 今日は朝から「レッド・ワン」を見に行きましたが、中国語タイトルは「紅色一号」で共産党映画にしか見えなくなります。映画自体はやや中だるみがあったもののまぁまぁな内容でしたが、見に来ていたのは自分ともう一人だけでした(´;ω;`)ウッ…
 にしてもこの映画といい、クリスマス映画はマッチョと相性がいい気がする。あとクリス・エヴァンスは最近、藤原竜也氏のようにクズキャラばかり演じるようになったな。

 話は本題ですが先日の米国大統領選は開票前までは「非常に接戦」といわれながら、蓋を開けてみればスイングステートはトランプが総取りする圧勝ぶりで、8年前のトランプが当選した時と同様にメディアが赤っ恥こかす選挙結果となりました。
 この選挙について現地の状況や報道をあまり追ってこなかったこともあり、また8年前の反省を踏まえてなるべき偏見を持たずにいようと、このブログでは一切選挙について触れないこととしていました。ただ選挙直前において、もし自分が投票権を持つならトランプに投票すると考えていました。理由は何故かというと、ハリスはやばいなと感じていたからです。


 今回の選挙で一番得心した解説記事が上のリンク先ですが、ここでも書かれている通り選挙戦中のハリスの行動や発言は目に余るものがあったそうです。さすがにここまでの内容は私も知らなかったものの、ほかでもいわれている通り彼女が何故自分が大統領に相応しいのかを説明する際には「有色人種で女だから」しか理由を語ってこなかったことに、絶対権力持たせちゃならない奴だと感じました。
 また彼女はバイデン政権で副大統領という要所にありました。然るにこの選挙戦で、バイデン政権期において自分がどのような働きをしたか、どんな功績があるかについてほぼ全く語らず、それどころか当選後にウクライナやイスラエルなどの外交問題、経済政策方針についてすらもあまり語りませんでした。就任後の自分の政策選択肢を狭めまいとするための沈黙だったのかもしれませんが、施政方針を出さないだけに、就任後にどんなことをするのかが読めず、何するかわからない不確実性が高い人物のように私には見えました。

 逆い、トランプはあらゆる国に関税を課すなど言ってることはかなり無茶苦茶ではあったものの、自国産業育成のための貿易保護方針を取るスタンスや、非エリート層への雇用拡大やスポットを当てる方針などは読み取れます。確かにトランプも心変わりの激しい人間であるためその実際の政策には予測するに不確実性があるものの、何も語ろうとしないハリスに比べればまだトランプの方が予想できるとすら思えました。

 私自身、トランプについては議会襲撃事件をはじめあまりいい感情を持っていない政治家ではありますが、それでも政策の透明性ではハリスを上回っており、また「米国はこんなに国にしていこう」というリーダーシップは確かに持っていると思え、「ハリスよりは確実にマシ」だという評価からこの選挙ではトランプ推しとなりました。逆を言えば、民主党の候補がハリスではなくもう少しまともな人だったら、反トランプ感情から民主党候補を推していたと思います。

 この選挙戦においてハリスが落ちたのはガラスの天井だとか色々言われていますが、私はそうだとは思いません。むしろ反トランプ票を彼女は集めようとして選挙戦を展開していましたが、選挙戦が続くにつれ、トランプよりもハリスへのヘイトがどんどん高まり、「反ハリス票」が増えていったことが最大の落選原因だと思います。はっきり言えば彼女に投票した人たちは「民主党支持」、「反トランプ」しか動機がなかったようにも見えます。
 そもそも選挙というのは「くそったれの政治家どもの中からマシなくそったれを選ぶ」行為とも言え、そういう意味ではトランプのがハリスよりマシだったという点に今回の大統領選は集約できるように思います。

2024年11月8日金曜日

中国人の映画離れの原因は何なのか?

中国の若者はもう映画を観に行かないのか?(THR Japan)

 先日書いた記事で私は、中国人の同僚から最近中国人はあまり映画を見なくなったという話を聞いたことを書きました。この週末でも実際のところどうなのかと調べてみようと思った矢先、上記リンク先にある原文は英語の、恐らく米国発の記事でその詳しい実態が紹介されてました。
 その内容によると、今年これまでの中国における映画興行収入は前年比で22%減と大幅ダウンしており、さらにコロナ前のピーク時に当たる2019年比では38%減にもなっていたそうです。この数値一つだけとっても中国人が最近映画を見なくなったと言い切ることができるでしょう。

 この背景について記事では、長引く不況によって若者が失業するなどして所得が減り映画を見に行く機会が減った、中国当局による作品の検閲を主な理由として挙げています。また投資として見ても最近の不振ぶりから、二番目の検閲もあって中国国内制作のヒット作が不足しており、エイリアンとかクリーチャー系ばかり売れていることが書かれてあります。

 上記の分析については私も特に異議はなく、要因としては確かに入ってくると思います。もっとも中国当局の検閲に関しては想像されているよりかは緩いという風にも思っており、以前にも書きましたが「非科学的なもの」が検閲対象だと言われていますが、実際のところは「中国共産党批判があるかないか」が検閲のポイントで、先ほどのエイリアンとかも「宇宙人」というカテゴリーに入れるなら全く問題なく通してくれます。ポケモンとかもどうも宇宙人カテゴリーで通してるらしいし、宇宙人便利すぎ。

 その上で恐らく普通の人が指摘しない中国人の映画離れ理由を敢えて私の方から挙げると、一番大きいものとしてTikTokなどのネットでのショート動画の隆盛だと思います。またショート動画に限らず、中国人も映画を自宅でネット配信で見ることが増えており、映画館まで足を運ばなくなってきています。これは日本でも同じ傾向だと聞きますが、中国の方がその程度はさらに激しいとすら感じます。
 上記原因は比較的はっきりと関連性があると言い切れるまともな原因ですが、さらに敢えてほかの人間は指摘しないだろうけど、見えないところでじわじわと中国人を映画から遠ざけている背景理由として、海賊版DVDの摘発も大きいのではないかと私は睨んでいます。

 大体2018年くらいだったと思いますが、上海で国際映画祭が開かれるのに合わせて市内の海賊版DVD屋が一斉に摘発されました。当時は国際映画祭が終わればまた再開するだろうと思っていたのですが、その後も摘発は続き、当時摘発されて建物ごと破壊された海賊版DVD屋は今でもがれきがそのまま残されたままとなっており、その他の店も完全になくなっています。
 ネットでの海賊版配信は恐らくまだあるのではないかと思いますが、少なくともDVD形態の海賊版は今や中国から、地方都市ならまだあるかもしれないけど、大都市においてはもはや絶滅した状態にあります。かつては中国土産として一番重宝されていた海賊版DVDでしたが、叩き潰されるのは本当に一瞬でした。

 その海賊版ですがもちろん版権者からしたら噴飯物な行為だったでしょうけど、こと映画ファンの開拓という意味では見えないところで大きな役割を果たしていた気がします。最新作はまだしも、旧作品などはネットで意識して検索しなければまず目にかかることはないのに対し、DVDであれば棚にあれば目に入り、手に取り、視聴する機会も得られたでしょう。
 特にマーブル映画をはじめとする続き物では、前作を見ているかどうかが非常に重要となります。そうした草の根的な映画ファンや、旧作の開拓という点で海賊版は違法行為ではあるものの、映画産業全体で見たらファン層開拓という下支え的な役割を果たしていたと私は考えています。

 この点について実際に昔取材したバンダイとかソニーの人も、海賊版の動画やゲームについてソフトウェア部門ほど意外と寛容的な姿勢で、「無料で見られるからこそファンも作品に触れ、その後プラモや続編作品を買ってくれるようになる」と話していました。そのためバンダイなんかは、日本国内では無料配信しないガンダムのアニメを、中国ではあえて無料配信したりしていました。

 映画に関しても、というよりコンテンツ作品故にその入り口を開けるという点でも海賊版は意外と重要だったという気がします。もしそうだとしたら非常に皮肉ですが、海外の映画業界が散々批判してきた中国の海賊版がいざ実際に取り締まられるや、逆に彼らの食い扶持を減らすこととなってしまったのが今の状態かもしれません。

 無論、私は海賊版の氾濫を支持する立場ではないし、コンテンツに対してはやはりお金を払うべきだとも常々考えていますが、映画のように消費者に見る習慣をつけさせることが大事なコンテンツ作品においては、身を切るような感じでコンテンツをどこまで無料で開放するかが意外に重要だとも考えています。
 この点、漫画なんかは最近だとウェブで3話くらいまでは無料公開することが当たり前のようになっており、私もその姿勢が正しいと考えています。映画も難しいでしょうが、旧作に関しては画質を落としたバージョンとかでもっと無料で公開するのも手かもしれません。

 そういうわけで週末となる明日には、また朝から映画見に行く予定です。そろそろ受け付けのおばちゃんに顔覚えられてきたかもしれない。

2024年11月6日水曜日

ターゲット層をどんどん狭める現代のマーケティング


 先日書いたこちらの記事へのコメントで、アニメ監督の押井守氏の「100万人が観るより、1万人が100回観る」という言葉が引用され、今後の映画はターゲット層がますますニッチ化されていくのではという指摘を受けました。この指摘ですが私も感ずるところがあり、改めて考えてみると映画に限らず近年のマーケティングはあらゆるものがニッチ化、つまりターゲット層をどんどん狭めている傾向があるのではと思うに至りました。

 一例を挙げると映画のトム・ホランド版スパイダーマンの「ノーウェイホーム」なんか、確かに大ヒットした映画ではあったものの、過去のトビー版、アンドリュー版のスパイダーマンを見ていないとアンドリューが何度も「You are amazing!」と連呼される意味が分からないなど、楽しみが半減するような構成となっていました。いわば過去作を見ていない人はお断り的な内容となっており、この一手だけでもターゲット層はかなり狭められています。
 まぁ過去作見ている人はめちゃ楽しめるんだけど。

 この「新規お断り」的な映画はスパイダーマンに限らず、アベンジャーズを筆頭にマーブル映画で非常に顕著です。ただマーブル映画以外でもターゲット層が狭められている、というか極端に狭いと感じる作品は他にも多く、例えば日本でも時代劇を一つとってみても、かつてであればそこまでターゲット層は狭くなく、「時代劇ファン」向けに作られていたように思えます。
 しかし現在、あくまで私の目から見てですが時代劇作品でも男性向けか女性向けか、若者向けか高齢者向けか、歴史ガチ勢かニワカ勢向けかなど、かなり細かくターゲッティングが施され、対象外の層だとあまり楽しめない内容の作品が増えている気がします。これは大河ドラマでも顕著で、男性向けか女性向けかで作品のターゲット層をバッサリ分ける傾向がここ数年はっきりしているように思えます。

 アニメに関してはもはや言うまでもありません。オリジナル作品ならまだしも、原作付き作品ならこのところは原作ファン向けに作られることが多く、原作未読勢を振り落とすかのような作品も出てきている気がします。まぁ原作クラッシャー作品で、原作ファンも未読ファンも振り落とす厄介な作品もあるっちゃあリますが。

 工業製品においても、一例を挙げるとトヨタの「C-HR」という車がいい例だと思います。この車はかなり尖ったデザインしていて発売当初は売れ行きも良かったものの、3年目くらいでパタッと販売が停滞したそうです。背景原因としては「刺さる人には刺さる」デザインなため、欲しがる人は初年度にみんな買うものの、それ以外の人は一向に欲しがることもなく、販売が一巡したらそれで仕舞いになってしまったと言われていました。
 この「C-HR」に限らず近年のトヨタ車は尖ったデザインが増えており、かつての「誰からも好かれないが誰からも嫌われない」といった、ターゲットレンジを幅広くとる戦略の車を逆に見なくなりました。もっとも私自身、当時の無個性なトヨタ車のデザインを批判しており、もっとターゲッティングを狭めるべきだと車に限らず主張していた側なので、偉そうなことは言えません。

 話を本題に戻すとやはり各人の嗜好が多様化していることもあり、ビジネスにおけるターゲッティングも「100人に100円払わせるより1人に10000円を払わせる」といった方針が採用されやすくなっている気がします。その結果として、老若男女を問わず万人に受け入れられる商品やサービスが減ってきて、以前の「コミュ障は何故増えているのか?」の記事で書いたように、余計に共有体験を互いに持つことがなくなり、エンタメの孤独化というか孤立化、そして嗜好の多様化をさらに促進させているのではないかとも思えてきました。

 こうした動きはそれぞれにより突き刺さる作品やサービスの発掘にもつながるため一概に悪いと言い切れるものではないでしょうが、その一方で万人受け(マス)を目指す思考がどんどん薄れ、長い目で見るとエンタメなんかだと市場規模を縮小させる可能性もあるような気がします。工業製品においても、一応iPhoneなどアップル製品がまさに万人向け製品でしょうが、こうしたものが一つ二つあることで規格というものができ、社会全体の原価低減にもつながるため、分化し過ぎるとやっぱマイナスが大きくなる気がします。

 またマス向け作品だからといって「刺さる人がいない」とは限らず、マス向けでありながらすぐれた作品もある、というか本当に優れた作品はマスに受け容れられるものだと思います。漫画の「スパイファミリー」なんか、最初読んだ時にはっきりと「今時こんな老若男女問わず読める作品があるのか」と感心しましたが、ターゲット層が広いことで得られる優位もあるだけに、マーケティングでターゲット層を狭め続けるというのは若干間違いではないかと思うようになってきています。まぁ私はマーケティングをやる仕事には一切就いていないですが。

 言いたいことをまとめると、現代の日本社会は知らず知らずのうちに企画段階でターゲット層をどんどん狭めようとするようになっており、結果的に虻蜂取らずというかビジネスチャンスを失っているのではないかというのが私の意見です。そういう意味ではもう少し、ターゲット層を広げる意識をみんなで持った方がいいかもと思うわけです。共有体験にもつながって、コミュニケーションも高まるかもしれないし。