なんか先週より2009年に亡くなった中川昭一に対するネット上の言及が増えていると思ったら、昨夜に読売新聞がネット上の噂は事実無根だとするこのような発表を出してきました。これ見て読売さんも、くだらないデマに惑わされる人達相手するなど大変だなと同情を覚えたとともに、当時の状況について覚えている人がこんなにも減っているのかとげんなりする思いがしました。でもってこんな幼稚なデマに引っかかる人間の多いこと、なんか日本の教育についても考えさせられます。
今回の中川昭一に対するネット上の噂というかデマは私が見る限りいくつかパターンがありますが、彼が失脚するきっかけとなったイタリア・ローマでの酩酊会見は仕組まれたもので、罠にかかる形で失脚してしまったという論法は共通しています。具体的にどう仕組まれたとしているのかというと、会見前に何か薬を飲まされたため人事不省に陥った、酒は飲んでいなかったのに酒を飲んで泥酔していたことにされたというようなもので、その薬を飲ませたのが読売の記者だとネットに書かれ、今回読売はそれを否定したというわけです。
はっきり言って上の段落のくだりだけで一発でこれはデマだと言い切ることが可能で、まず当時中川が酒をんでいなかったという主張は大間違いです。騒動の直後に泥酔の背景を問われて「飲んだか飲んでないかと言えば、ごっくんはしていない」という風に言葉を入れ替えてごまかしてましたが、アルコールを摂取していたということは完全否定せず、むしろ風当たりがきつくなるにつれこの曖昧な表現についても叩かれて仕方なく飲んでた事実ははっきり認めていました。
また仮に普段酒を飲まない人間とかだったらまだ考慮の余地がありますが、はっきり言えばかねてから中川はこういうことをしでかす、酒に対するだらしなさで前科が数多くありました。
・中川昭一(Wikipedia)
上のWikiの記事内に詳しく書かれていますが、ローマの酩酊会計以前からしょっちゅう酔ったまま会見に出てきています。実際、赤ら顔で会見に出てきたことを私自身も覚えていますし、2009年に酔ったまま国会演説に出て読み間違いを連発したときも酒のことを隠そうと「風邪で……」と、ローマの時と同じ言い訳をしています。
このように酒による不覚の前科が明らかに多かっただけに、あのローマの時は実は泥酔じゃなかったと考える方がむしろ不自然です。しかも会見の後に訪れた美術館でも禁止エリアに勝手に入って警報機鳴らすなどいかにもな酔っ払いムーブをかましており、本当にこの方面ではだらしのない人間だったとしか言いようがありません。
なおこの直後の衆院選で中川は落選し、その後急死しますが、選挙前に田原総一郎氏が講演で、「中川の飲んだくれも確実に落ちる」と断言していたのを覚えています。
その上で、今回のネット上のデマではさもマスコミや周辺の官僚が中川を追い落とすために仕組んだと言われていますが、事実はむしろ逆だったと言い切れます。というのも、日本のマスコミはむしろ中川を守ろうというこれまた妙なムーブを起こしていました。これについて誰も言及していないのが、自分にとっては不愉快でした。
これは一体どういうこと言うと、日系メディアがローマの酩酊会見を報じたのは事件発生から丸1日以上経ってからでした。何故かどのメディアもすぐ報じようとはせず、むしろ隠蔽しようとするような動きを当時見せていました。そのためこの会見を最初に報じたのは海外メディアで、海外メディアが報じたのを見てから日系メディアも「じゃあやるか」的なノリで後から報じるようになりました。テレビカメラとかも来ていたのに。
自分も一回目の当たりにしたことがありますが、日系メディアの記者はやたらお付きの役人に「あくしろよ」、「なにいってっかわかんねーんだよ!」みたいに無駄に激しく当たり散らすのですが、実際に大臣が来ると急にかしこまって慇懃無礼に取材する人が多かった、っていうかほぼ全員そうでした。単純に取材源として重要な相手であることもさることながら、権力持ちの相手には普段は批判的なくせにいざ目の前にすると急に弱くなる傾向があるように見え、上記の酩酊会見についても「下手に怒らせないようにしよう」という保身が先に動いていたように見えます。
当時もこうした日系メディアの態度を批判する声が出ていましたが、今回のデマではそうした昔の声は語られず、中川かばっていた日系メディアを逆に悪者に仕立てようとする主張が出ていることに私は違和感を覚えました。この点一つとっても、誰も当時のことをちゃんと覚えていないんだなという気がします。
最後に中川について、彼の急死直後に「バランスシートを一度も見たことがない時分のような人間を役員にしてはならない」と自分で言ってた元毎日新聞常務の河内孝氏が、文芸春秋に寄せていたコラムを今でもよく覚えています。その内容は政治記者として中川の父親である中川一郎の取材のために自宅を訪れていたところ、東大に入るため慶応に仮面浪人していた昭一との会話でした。
河内氏が「慶応もいい学校じゃないか。なんで東大にこだわるの?」と聞いたら、「慶応の奴らはあまり勉強しないんで」という風に返事したという内容だったのですが、何となくこれ読んで「ああかなりプライド高く、自分の弱みを人に見せられないタイプだ」という風に私は思いました。それだけにあの落選後の急死も特別なものというよりは自然の成り行きであったように思え、不審さはむしろなさすぎると考えるに至りました。この点で、骨肉の争いの相手とされた鈴木宗男とは本当に真逆だったなという印象を覚えました。
っていうかムネオの場合、前回選挙のラストワン賞といい不死身過ぎる。主張には共感できないところが多いですが、あのしぶとさは本当に見習うべきものでしょう。



