・第三者委員会調査報告書の受領に関するお知らせ(小学館)
平日はマジで仕事でずっと忙しく、夜もそのストレス抜くために必死でゲームし続けているため、例の小学館が出したマンガワン問題の報告書を読むのも今日まで遅れてしまいました。この報告書ですがてっきり、作者が性犯罪者だった「常人仮面」問題だけ取り扱っているのかと思っていましたが、同時期に連鎖的に暴露されたマツキタツヤの別ペンネームによる連載問題、週刊ポスト編集者のセクハラ問題も一緒に調査報告されていました。
はっきり言えばあまりいい報告書だとは思えません。編集上では既述内容を引用する際にしょっちゅう「上記(1)イ(イ)c」などとどこやねんと言いたくなるような章付けをしていて単純に読みづらいです。自分ならこれ「2-4(A)」などとハイフンつなぎの数字+アルファベット、または「2-2-3-1」などすべてハイフンつなぎの数字で章の構成を表示します。また小学館組織や関係者の在任期間などをまとめた第2章も、自分なら別添または付録形式で末尾にもっていきます。日本語文章自体はまだ読みやすさはあるものの、まとめ方がやたら下手だと強く感じました。
あと評価結論に関してもやたら「人権」という言葉を使って人権教育や意識が足りないなどと指摘していますが、私は今回の問題の根本的原因は人権意識ではなく統制ことガバナンスにあると考えています。そもそも人権意識なんてものはいくら教育機会を設けようが全社員に徹底させるのは不可能だと思うし、社内よりも社会の意識程度に左右される幅が大きく、人権講座を社内で設けても何の対策にもならないと思っています。
それで話を本題に戻すと、問題の詳細は割愛しますがまず「常人仮面」問題に関しては当初の見込み通り、性犯罪を犯した漫画家の直接の担当編集者(報告書中の「G」)が一番問題と責任があると感じます。問題発覚時の編集長に関して敬意を見る限りこの漫画家がどんな問題を抱えていたかを知っていたとは思えず、起用に関しては前編集長、前々編集長にこそ責任があるように見えました。
問題発覚時の小学館及びその編集部門の対応は比較的迅速だったし常識的だったと思え、逆を言えば末端の人間であるGに問題があり過ぎて、こいつさえこの世にいなければ小学館は何も失うことはなかったと断言できます。
以前から主張していますが、問題の根本的原因をなくして再発を防ぐにはやはりこのGを切ることが最善手で間違いありません。一応「人権侵害等に関する再発防止策」にて「従業員の責任に関しては、就業規則に基づき厳格な対応をとります。」と書いてはいますが、このGに関しては問題発覚直後にも果断に解雇するのが普通の企業の対応である気がします。確実を期すとしても、一旦は謹慎処分とし報告書の完成後に解雇するのが常道だと思うのですが、Gの処分内容を未だ発表していない点で小学館はやはりちょっとおかしい組織だと思わざるを得ません。
その上で先ほどこの問題の根幹は人権とかではなくガバナンスだと言いましたが、その根拠は連載起用の判断を下した責任者がはっきりしないし、性犯罪という問題を抱えていることがきちんと法務や役員まで報告されていなかったからです。報告書によると問題の漫画家がペンネームを変えて別の連載を立ち上げる際、当時のマンガワン編集部では編集長の交代引継ぎ中で、現在からみて前編集長、前々編集長がどちらも、
「起用の最終判断を下したのは自分ではない」
「向こうが起用を決めたと思っていた」
などと、如何にも現場猫的な無責任な証言を調査に対して行っています。もしかしたらどっちかが保身のため嘘をついている可能性がありますが、少なくとも起用の最終判断を裏付ける証跡なり文書が残されておらず、また上位部門である編集部門も作家の起用や連載開始の決定は担当編集部に一任しているとのことで、承認システムや報告ライン、そして記録管理の面でこの組織は本当に杜撰だという印象を受けました。
また担当編集であったGは問題の漫画家が性犯罪事件を起こし、訴訟も抱え、その行為の内容について被害者からの訴えも直接受けていたにもかかわらず法務部などへ積極的に報告しておらず、むしろその行動経緯を見ている限りだと、なるべく連載開始にもっていこうと敢えて詳細を隠していた節すら感じました。調査での証言も保身に走った内容が多く、こうした人間が混ざりこんでも承認システムでカバーするシステムがなかったということが本件の最大の問題点であると私には思います。
以上が「常人仮面」問題の感想で、もう一つのマツキタツヤの別ペンネームでの連載問題についても以下に書きます。
報告書によるとマツキタツヤに関しては本人も編集部も過去の性犯罪については被害者と示談が済み、執行猶予も終えたことから禊は済んだと思い、ずっと追放し続けるのもよくないとの判断から新連載を開始したとのことです。また「常人仮面」の件とは異なり、作画担当には原作を担当するマツキタツヤがどういう人物であるかをあらかじめ説明していたとのことで、ここまでの対応や判断に関しては私も理解できなくもなく、特段問題もない気がします。
ただマツキタツヤが連載開始に当たり、ペンネームを変更した判断に関しては正直理解に苦しみます。連載開始前に小学館側が「マツキタツヤ」名義で連載してはと提案したのに対しマツキタツヤ本人が、「自分が元のペンネームで再び連載をしているのを見たら被害者を精神的に苦しめることになるのでは」ということを理由に、ペンネーム変更を決めたとしています。問題はこの後で、「仮に改名後のペンネームでもその正体がマツキタツヤだと指摘する声が出たとしても、自らは認めず、しらばっくれてれば特に問題はない」と考えていたそうです。
個人的意見ですが、仮に自分が被害者だったとした場合、自分を傷つけた人間が何の連絡もなく(実際、マツキタツヤも編集部も被害者に連載開始を伝えていない)別名でまた連載していることを知ったら、ちゃんと謝罪文を出しながら元のペンネームで連載をするよりも余計気分が悪い気がします。また本人がいくら反省したと言っていても別人の振りして同じ仕事していたら疑うのが当然で、被害者を傷つけないためのペンネーム変更という主張も本気かどうかわからないし、むしろ保身に走っているようにしか見えません。
少なくとも言えることとしては、マツキタツヤのこのペンネーム変更は、被害者と読者を明確に欺く行為であったことは揺るがぬ事実でしょう。
その上でマツキタツヤの被害者を慮っての判断という主張を信じるとしても、前述の通り「この原作者はマツキタツヤではないか?」という指摘が出ても認めなければ問題はないとした彼の判断は私には理解できません。
というのも身バレした場合に小学館、作画担当が受ける評判への影響(レピュテーションリスク)は計り知れないと簡単に予想できるからです。実際に、「常人仮面」の問題と重なった点もありますが、このペンネームを変更して連載していたという事実がバレて大事となってなり、連載も打ち切られる結果となっています。
そのためマツキタツヤのこの「しらばっくれてればいい」という判断は、そのリスクや影響度合いを考えるとあまりにも浅いし幼過ぎるように思え、またそれを認めて連載開始を決めた小学館側もリスク予測がザル過ぎて「仕事舐めてない?」と問いたくなるレベルです。言い方悪いが、関係者全員があまりにも幼稚過ぎる。
以上から、なんか調査報告書は初めから「人権ガー」っていう結論にもっていこうとしているようにみえ、実際にその通りに報告してきていますが、私に言わせれば意思決定、承認システムの不備こそが小学館の最大の問題点で、人権どうこうを議論してもなんも意味ない気がします。この報告書を受けて再発防止策とか人権委員会を立ち上げると小学館言っていますが、なんか対策が的外れに見え、そう遠くない内にまた何か統制問題を引き起こす気がしてなりません。
人権に対する意識を否定するつもりはないですが、私は人権という概念は組織に何の改善ももたらさないと考えています。前述の通り、人権に対する考え方は組織風土や制度以上に社会の認識に左右されることが多く、時代によってセクハラが問題となるかも簡単に変わるからです。
今回のマンガワンの問題に関しては爆弾抱えた人物の連載開始に対する事前リスク予測が的外れだったのと、また実際に開始するまでの意思決定、審査、承認システムがきちんと働かなかったことが原因であるようにしか見えず、この点に報告書はあまりフォーカスしているように見えないため、冒頭にも書いたようにあまり質のいい報告書に見えないと思えました。
