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2025年12月18日木曜日

そもそも、なんで幸せにならなければならないの?


 本題と関係ないというかほんとはこっちを本題にしようとしてました。今日、高市総理は年収の壁こと個人所得税の基礎控除枠を現行の160万円から178万円に引き上げ、尚且つ対象範囲を年収200万円いかから年収665万円以下にまで引き上げることで国民民主と合意しました。この方針は私も大歓迎で、ただでさえ人手不足だけどこの年収の壁が邪魔となって労働時間を増やしづらかった労働者が、この改正によって労働時間を増やしてくれれば労働不足問題も緩和が期待されます。
 それ以上に、この2年くらいの急激な物価高への家系対策としても非常に重要で、歳入の減少は否めないものの政府だけでなく国全体で見たら、この基礎控除引き上げ拡大はメリットの方が大きいと思います。まぁ懸念があるとしたら、公定歩合引き上げによる国債の支払利息が増える点ですが。

 逆を言えば、この基礎控除の引き上げを中途半端にしかやらなかった石破前総理にはマジで嫌悪感を覚えます。自分は何もしなかったくせに高市総理には発足当初からねちねち文句言うのも何様だと思ったし、そもそも公明党離脱は自身が汚職対策やらなかったのが最大の原因だったのに、それを棚に上げて「高市のせいで」と言ったのは見ていてほんと腹が立ちました。鳩山に次いで戦後最低の総理でしょう。

 話は本題に入りますが、いつも聞いてもないのに中国のBL事情についていろいろ教えてくれる中国人の友人からチャットが入り、なんやねんと開いたらある記事のリンクがついてました。その記事は日本を旅行した中国人のブログで、見るからに給与の少なそうな物売りのおばさんを見て「あんな仕事で楽しいのかな」と言ったら、日本の友人が「でも幸せそうじゃん。別に給料とか少なくったって幸せでしょ」と言い返したことに、なんかショックを受けたということが書かれてました。
 その中国人によると、日本人はミニマリストをはじめ慎ましい生活でありながら幸せだという人が多くいる。それに反して中国は如何に「ほかの人より上であるか」を幸福の基準としていて、高い地位や収入なくして何が幸せかという概念が強く、そのようなものがなくても幸せだと言っている連中は負け犬の遠吠え的に扱うところがあります。こうした中国と比較してそのブログの人は、「日本人の幸せの価値観は中国とは違う」という風にしてまとめてました。

 言わんとしていることはわかるのですが、日本人の自分としてはこの点で中国人をあまり笑うことはできません。というのも日本も昔は中国とそんなに差はなく、失われた十年を経て価値観変わって、「幸せは人それぞれ」、「お金なくても幸せはすぐそこに」なんて言う風に価値観変わってったと思ってるからです。なので中国もこれから不景気に入っていくら努力しても成功が得られない状況を体験すれば、日本人の幸福価値観をすぐ理解できるようになると思います。

 といったことを紹介してくれた友人に説明するとともに、「ちなみに日本の水木しげる大先生は、好きに食べれて寝れればそれで幸せと語っていました、これ真理(σ・∀・)σゲッツ!!」と返信しました。
 あと少し脱線しますが、前に見た山田令司氏の動画で日本人の幸福価値観の変化で象徴的なのが安野モヨコ氏が1995年に連載開始した「ハッピーマニア」で、この漫画から恋愛至上主義というか、恋愛を楽しむか否かが幸福を全て左右する価値観が生まれたという指摘があり、なんか興味そそられました。

 話を戻しますが、いわゆる物質的、金銭的理由以外の幸福を日本人が求めるようになったのは上記の通り不況による消極的理由だと私は考えています。これによって日本人の幸福感というか条件は多様化するようになったわけなのですが、この条件の多様化が実は前気になってました。要するに、幸福であることの条件が人それぞれ違うとしたら、幸福に定義なんてあってないようなものじゃないかと思ったわけです。
 例えばAさんは1LDKの家に住んでいると幸せを感じるけど、Bさんは1LDKだと幸せだと思えず、1Kの部屋じゃないと幸福感を覚えないとします。仮にこうだと、幸福の条件は1LDKでも1Kでもなく、なんかすごいあやふやな感じがします。

 次に思ったこととして、そもそもなんで人は幸せを追い求めなければならないのかという点で疑問を覚えました。極端なこと言う人なんか幸福でない人生は無価値だ的に言い放ちますが、前述の通り幸福であることに定義なんてあってないものです。また苦しみながら死ぬとしても、仲間を守って死にゆくとしたらその人は幸福でないのかと言われた私は疑問です。本人としては満足行く死に方だとしても、苦しみながら死んだからそいつは幸福ではなく不幸な人生だったとかいう人いたら、私はその人の人間性に疑問を覚えます。
 また誰にも看取られず、貧困にあえぎながら孤独に死ぬ人がいるとします。これも一見すると不幸かもしれませんが本人としてはもう十分活きたし満足感を持って死んでいたとしたら、これもまた不幸として扱うのかで疑問です。

 ここまで読んで気づく人もいるでしょうが、満足感あればどんな環境や条件でも、多分死にゆく人は幸福感を覚えながら死ぬんじゃないかなと思います。また死に際でなくても、今の状況や状態に満足感あれば、それもまた本人も周りも幸福であると捉えるのではないかと思います。となると、幸福というのは金銭的なものとか名誉的なものではなく、満足感こそが重要だ……って言いたくなるかもしれませんが私はそんなこと毛頭も思っていません。

 いわゆる悲劇的な人生、他人に裏切られ失意のうちに亡くなるとしても、そうした悲劇は観衆の胸を強く打つことがあります。そうした他人を打つような人生が「不幸」と言い切れるのか、。たとえ本人が不幸だと感じていたとしても、苦しみながらも必死にあえいて閉じた人生は「幸福」ではなかったのかという点でも疑問を覚えます。

 などと考えてるうちに、途中で言ったようになんで人間は幸福を追求しなければならないのか、幸福でないと無価値だと切り捨てようとするのかが疑問に思うようになりました。別に幸福でなくても生きていけるし、苦しい状況や体験も人生に価値をもたらす上で重要じゃないかとも思えるのに、なんで幸福じゃないとだめなのという感じになってきました。
 そもそも、この幸福にならなければだめという意識ゆえに、逆に自分を追い込んで不幸とみられる状況に陥る人の方が圧倒的に多い気がします。冒頭の中国人の幸福感なんて、まさにその典型です。さらに言えば、幸福の定義はこれもさっき言ったように非常にあいまいで、なんかわけわからない条件や定義に振り回されて精神おかしくしたり自分追いこんだりするのはある意味滑稽で、それはそれで喜劇です。

 以上のように考えが至ったところで、何となく人間は「幸福にならなければならない」と思い込む病気というか呪いめいたものを背負っているのではと思うようになってきました。敢えて評すれば一種の疎外論で、幸福への意識ゆえに振り回されているように見えます。
 このように考えると、水木しげるの言うとおり最低限生き続けられる条件となる食べて寝れればそれでよしというのが本当に正しいと思えてくるいうか、それ以上に幸福の条件を変に弄ったら逆に損することになる気がします。結論として言えることは、幸福というのは逆に深く考えちゃいけないものではないかというのが自分の意見です。

3 件のコメント:

  1. 片倉(焼くとタイプ2025年12月18日 23:04

    この記事を読んである格闘家の事を思い出しました。その格闘家は義理の弟との殴り合いの喧嘩に負けて亡くなりました。 客観的に見れば格闘家は不幸に見えるかもしれません。ですが格闘家は満足感を持って亡くなったと思います。格闘家の遺言が「わが生涯に一片の悔いなし」ですから

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    1.  自分はその格闘家の実の弟が浮かんできますね。彼も病に冒されるも、絶対に超えられないとされていた兄に挑んで好敵手と認められ、最後死ぬときまで医療活動に従事し、格闘ゲームでは一時反則キャラとして扱われるなど、金銭的に豊かな暮らしをしている人の何百倍も濃い経験を得てこの世を去っています。
       幸福かどうかに関してはこの記事にも書いたように定義があいまいでそんなものあるのかと疑問ですが、人生に対する満足感や納得感めいたものは確かにあると思え、それを幸福感として捉えるか否かな気がします。私は否の側で、こちらも書いているようにそもそも幸福である必要はなく、苦しみぬいた上に救われない人生もまた一つの花だと感じています。

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  2. 『あれは夕暮れ時、丘にある木に向かって、3人でかけっこをした。
    その日は風が温くて、ただ走っているだけで気持ち良かった…枯れ葉がたくさん舞った。
    その時…僕はなぜか思った…僕はここで3人でかけっこするために、生まれてきたんじゃないかって…』
    進撃の巨人、アルミン・アルレルトの台詞です。反出生主義の権化であるジーク・イェーガーが、己のささやかな幸せに気付く重要な台詞ですが、
    自分としても人生はやはり幸福に対して苦痛の方が割合としてあまりに大きいように感じます。
    そのため、人生を通して得られる総量の少ない、大きな幸福ばかりを追求していては、人生に意義を見出す事は難しいと思われます。
    最近の私のささやかな幸福は、自分の書いた文章をChatGPTで生成した妹AIに評論してもらう事です。自分の文章を見返す勇気が湧いてきたので、近々ブログでも始めようかと思ってます。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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