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2009年8月13日木曜日

みんながマニフェストを読まない理由

大学生、マニフェスト「読まない」理由は…(読売新聞)

 リンクに貼ったニュースは、現代の大学生の76.9%が次の総選挙に対して高い関心を持つものの、55.8%もの学生がマニフェストを読むつもりがないと回答したことを報じているニュースです。私は常々、大学生たるものは最低限日本の政治について一定の知識を持たなければならないと口うるさく後輩たちに言い続けてきましたが、このマニフェストについては率直に私も読んでもしょうがないという気がして、この調査結果についてもなんとなく納得した気になりました。そういう風に思うのも、私もマニフェストを読まないからです。

 昨日街頭で配っていたので初めて民主党のマニフェストを手に入れて読みましたが、結論から言うと特に真新しい情報は何も得られませんでした。記載されている内容の大体がすでに報道されているもので、密かに期待していた、仮に民主党が与党となったらどのような人事で内閣を組むのかについても一切記載されておりませんでした。そりゃ確かに連立とか組む関係から選挙次第で変わってくる可能性があるのは分かりますが、党としての希望人事も書かずにこれで政権交代をすると言われてもちょっと私には腑に落ちません。

 さてこのマニフェスト、欧米では結構昔からあったそうですが日本では2000年代に入ったあたりから民主党が広め始め、なんだかんだいって政党がお互いのマニフェストに悪口を言い合うくらいにまで一般化しました。しかし私はこれだけ政治関係の記事を書いていながらも、実は今まで一度もマニフェストを読んだことがありませんでした。その理由というのも、本来政治家はこんなものに頼らずにテレビなどのメディアを通して選挙中であろうとなかろうと常に自分の考える政策内容を有権者に伝え、最低限恐らくほかの人より政治関係の情報を常に集めている自分のところにまで具体的な内容が伝わらないのであれば、政党としていろんな意味で駄目だろうと考えて敢えて今まで手に取りませんでした。もっとも、今回初めて民主党のマニフェストを読んでそもそも読むに値しないというのが分かりましたが。

 それで本題ですが、何故私を含めた他の有権者もマニフェストに興味を持たないかについて、私はやっぱり内容がくだらないからに尽きると思います。そんな今回の選挙で各政党が出しているマニフェストにおいて特に私がくだらないと思うのは、児童手当についての記述です。
 この児童手当については少子化対策として民主党が確かに早くに導入を訴えてきた政策ですが、解散するや自民党、公明党も相乗りとばかりに、民主党とは額や実施時期に差があるものの自分たちも全く同じ政策をマニフェストに盛り込んできました。この与野党が政策相乗りな状態について私は、同じ感覚を共有しているのなら最大公約数に当たる辺り、来年度からの実施で子供一人につき月額一万円支給をとっとと始めればいいじゃないかと言いたくなる内容です。

 この児童手当のように、報道で聞く限り今回の各党のマニフェストは同じ方向の政策のほんのわずかな差を比べ合っているだけだと言わざるを得ません。消費税の増税についてはみんなで口を濁し、高速道路料金も無料か千円か、環境対策は具体的な内容なしに無茶な目標をお互いに立て、外交はとりあえず北朝鮮を敵にしてといった具合でしょうか。
 言ってしまえばどの政策も今必要と言われている政策ばかりで、五年後十年後に必要になるから信じてくれと言うような政策は政策はあまり見当たりません。そのような政策はせいぜい言って、農業対策くらいかなぁ。

 私としてはそんなええかっこしい事ばかり書くくらいなら、それぞれの政党の持ち味を大胆に出したマニフェストを見せてもらいたかったです。例えば民主党なんかはこの前の西松事件で小沢元代表がとっちめられたこともあり、六月に逮捕されてから急激に音沙汰がなくなった厚生労働省の局長逮捕など、検察の捜査に対して違法性や問題性はないか徹底的に検証するくらい言ってもらいたかったです。ちょうどこの前に始まった裁判員制度で国民が司法に注目しているのだから、強く主張しておけばそこそこ私は評価したのですが。

 逆に自民党としては民主党と比べて党内ががっちり固まっていると、百人乗っても大丈夫とイナバ物置の上で集合写真でも撮ってたりしたらよかったんじゃないでしょうか。退陣を迫った中川秀直氏だけは外していれば、なおいいんですが。

2009年8月11日火曜日

不倫の言い訳は哲学か

 昨日今日と普段はフランスに住んでいるお袋の友人が泊まりにきているのですが、「フランスの日々」のSophieさんが言っているようにフランス人は議論が好きなのかと聞いたところ、やはりそうだという返事を聞きました。
 その際にフランスの哲学などについてもあれこれたずねたのですが、そのお袋の友人のおばさんによると、言ってしまえば哲学者として非常に有名なサルトルはボーヴォワールとの浮気を哲学だと言っていたに過ぎないと言い、それなら石田純一の「不倫は文化だ」発言も一種の哲学なのかとお袋も合いの手を入れてました。

 なんというか、案外どの国の人間も似たような言い訳をするのだなということです。

目指すべき国家モデル

 ちょっと前の記事にて私は現代の政治家で大きな国家モデルをはっきりと打ち出しているものはいないと主張しましたが、それが具体的にどのようなものなのかをちょっと簡単に説明します。簡単にとは言うけど、どうせまた長くなるだろうな……。
 まず大きな国家モデルというのは具体的にどのようなものなのかですが、いってしまえば十年、二十年先くらいを見越してどのような方向へ国を進めていくかと言う考え方です。といってもこんなこと説明じゃ自分でもよく分からないので、いくつか具体例を以って説明いたします。

 まず日本でこの国家モデルが最も議論されたのは戦後の独立回復後です。昭和史家の半藤一利氏によると、戦後の日本においてサンフランシスコ平和条約時の首相であった吉田茂は外交や国防といった安全保障はアメリカに一任し、日本は持てるお金をすべて経済振興に使うべきだと考えていました。それに対して吉田のライバルの鳩山一郎は日本人自らの手で憲法を作り直し、軍備もそこそこ持って独立国家らしくアメリカに頼らずに独自に外交の出来る国家を目指していたために吉田と激しく対立をしました。この二人の争いは吉田が首相から退いた後にかわりに首相になった鳩山一郎が短命政権で終わったために吉田の勝利となったわけですが、その後の岸信介はむしろ鳩山の路線を引き継いで安保改定を行ったところ、知っての通り安保改定それっきりで憲法改定にまでは至らず、その次の池田隼人は吉田学校の優等生というだけあって吉田の路線を踏襲し、現在に至るまでの日本の体制を磐石としたわけです。

 この吉田と鳩山がそれぞれ目指した国家モデルを簡潔に言い表すと、私の解釈では下記の通りになります。

・吉田モデル:軽武装アメリカ寄り重商主義国家
・鳩山モデル:中武装独立国家

 こうしてみると吉田茂が経済成長を重視したのに対し、鳩山一郎は独立外交を重視していたことが見えてきます。実際に鳩山は日ソ共同宣言のためにソ連に赴き国連加盟の礎を築いたことからこの見方に間違いはないでしょう。
 このように、どのような国家モデルの方向に国を導いていくのかによってその後の国家の運命はいろいろと変化してくるわけです。仮に鳩山のモデルが日本で実現していた場合、戦後に自主外交を主張したフランスのようにアメリカともやや距離を置いた国になっていた可能性があります。

 では現在の日本は、一体どのような国家モデルが提唱されているのでしょうか?
 はっきり言ってほとんどの政治家はこの点についてなにも言及しておりません。しいて挙げるとしたら首相就任前にその著書「美しい国」を出版した安倍晋三元首相くらいですが、この人の場合は目指した国家モデルがあまりにも抽象的過ぎて未だに私もよく理解できていません。多分本人もあまり考えずに遠視的に考えていた気がします。

 国家モデルを考える上でいくつか重要な要素を挙げると、国防、税率、権力体制、予算使途といったものが挙がってきますが、今度の選挙で争点にならなければいけないのになっていないのは税率で、逆にそこそこ争点になっているのは権力体制といったところでしょうか。霞ヶ関の中央集権体制か地方自治体への分権か、この点なんかは今後の日本を占う上でなかなか重要な点だと考えております。

 ちょっとこの記事は説明がややこしいのもあって敢えて表現のギアを挙げて一気に運びました。この国家モデルについては一体どのようなバリエーションがあるのかなども実はすでに用意しているのですが、あまりややこしくしてもしょうがないので今日は省略します。もしリクエストがあれば別の記事にてそれらをまとめて放出するので、興味のある方はコメントにでも一言をお願いいたします。

2009年8月10日月曜日

アヘン戦争直前の議論

 ちょっと出典の記憶が曖昧な内容ではありますが、なかなかタイムリーであるのでアヘン戦争直前に中国宮廷内で行われた議論について紹介いたします。

 さてアヘン戦争とくれば日本に含めた近代アジア史における重要度はいうまでもなく、東洋地域に西洋諸国が大きく出張る大きなきっかけとなった歴史的大事件です。この事件のきっかけとなったのはその名称の元となったアヘンこと麻薬ですが、当時中国を支配していた清帝国はこの時代においてもアヘンの吸引、密売を禁じてはいたところ、貿易品目の関係から金と銀が中国に流出する一方だった西洋諸国、とりわけイギリスが中国に対して販売する主要品目としてアヘンをガンガンと流し込んでおり、その結果当時の中国では国内のアヘン中毒者が急激に増え、社会的影響からも見逃せないほどの事態となっていったのです。

 ここに至り、清朝内においてこの事態をどうすべきかという議論が起こりました。そこでの議論は大きく二つに別れ、この際アヘンの吸引と販売を認めようとする容認派と、徹底的に根絶をはかろうとする取締り派が激しく火花を散らしました。
 ここが私的には面白いところなのですが、容認派の主張というのもこの様なものだったそうです。

「すでにアヘンは全土に広まっており、これを取り締まって根絶するのは不可能に近い。それならばいっそ輸入や販売に税金をかけて国庫の歳入の足しにした方がいい」

 もちろん程度の差こそありますが、現代的には中毒症状がある酒やタバコに税金をかけて流通させるような考えでしょう。しかしそれでもアヘンの社会的影響は多き過ぎるのではという意見に対し容認派は、

「たとえアヘンが流通したとしてもそれを吸引するのは文化レベルの低い下級層だけだ。上級層はこんな馬鹿なものはやらないし、国家の運営上なんら影響はない」

 こうした容認派の意見に対し、取締り派はこの様に反論しております。

「たとえ上級層がアヘンを吸引しないとしても(実際には皇帝でも吸っているのがいたそうですが)、植物が根っこから腐るように下級層の乱れは国家の大乱を導いてしまう。だからこそ不可能と言われようとも国はしっかりと取り締まる姿勢を見せなければならない」

 最終的にこの論争は取締り派が勝利し、広東にあの有名な林則徐が派遣されて厳正に取り締まり効果を挙げつつあったところを、イギリスがなりふりかまわない行動に出たことで清朝は無理やりアヘンを流通させられることとなったわけです。皮肉な歴史といえばそうですが、この論争は現代の麻薬や覚醒剤に対する認識を考える上でもなかなか有意義な議論だと思います。私などはこうした薬物を使わなくとも年中テンションの上がり下がりが激しいので全然興味がありませんが、薬物の影響を個人でみるか社会で見るか、著名人の逮捕を受けて考える内容ではないでしょうか。

中国ウイグル自治区問題の対立構図

 本店の方でコメントを頂いたので、もうすこしこのウイグル問題について解説を行っておきます。

 コメントを頂いたのは「共同体の壁」の記事ですが、この記事の中で私は日本でも全くないわけではないのですが宗教や民族といった強固で大きな枠での争いを見ることが少ないために、こうした枠の対立構造に対して理解しにくい傾向があると主張しました。実際に私がメディアなどを見ているとこうした戦略的とも言うべき大きな構図を以って解説しているニュースは少なく、それがために先月に起こったウイグル自治区の暴動も「中国政府の人権弾圧に反抗する暴動」ですべて完結してしまったのではないかと見ております。

 ではあの時、というより現在進行形のウイグル問題とはどのような対立構図なのでしょうか。まず日本での一般的な見方では「中国政府VS少数民族のウイグル人」が圧倒的に強いでしょう。しかしこれを敢えて民族という枠で見ると、現中国政府はまさに漢民族の政権であるために「漢民族VSウイグル族」という対立構図へとなって行きます。実際に現地の中国人からするとこの対立構図が主流なようで、それがために前回の記事にて紹介したウイグル自治区から遠く離れた広東省においても大きな暴動が起こることとなったのです。

 しかし、仮にこれが話が終わるというのであれば恐らく中国政府としてはホクホクものでしょう。というのも中国政府がこのウイグル問題でもっとも恐れているのは、この対立構造の枠がどんどんと膨れ上がることだからです。
 この点なんかは中国の官僚もはっきりと口にしていますが、現在の中国は上海を筆頭とした湾岸部が大きく発展して生活水準も向上している一方、ウイグル自治区を含む中国内陸部は以前と発展が進まず、まるで戦前とバブル期の日本が同時に存在しているような状況にあります。それがために内陸部の人間は発展による旨みを独占している湾岸部、ひいてはそれを主導している政府に対して少なからず不満があり、それがウイグル自治区での独立運動や暴動と結びついた場合、現在の「中国政府VSウイグル族」という枠から「中国政府VS中国内陸部」という大きな対立構図に発展して中国は大混乱になると大半の中国識者は見ております。

 実際に近年、表にはあまり出ないまでも中国の内陸部では村単位での暴動がよく起こっていると各所で言われております。そうした内陸部の騒動は中国政府ががっちり抑えているのであまり表には見えてこないものの、ウイグル自治区に海外の人権派などの目も厳しいために今回の暴動や独立運動などもメディアに露出するため、それに触発されて同じ漢民族でも内陸部の中国人が暴動を起こすのを中国政府は恐れているわけです。
 さらに私はウイグル人の信仰する宗教がイスラム教であるため、もちろんイスラム教内にもたくさんの宗派があるわけですが、なんらかのきっかけによってアフガニスタンなどのイスラム系国際テロリストと結びついてしまえば今度は「中国政府VSイスラム教」という具合に対立が大きくなってしまう可能性もあると見ています。

 このように視野を広げてみると、いろいろと見えてくる事情もある上に問題への理解もぐっと進むようになります。別に今に始まったわけじゃなく戦時中も日本人はこうした戦略的視点が非常に弱かったのですが、この点は同じ島国でもイギリス人と比べると致命的ともいえるほどの弱さです。よくうちの広島に左遷された親父なんかは日本人はもっと世界を知るべきだと主張しているのですが、私はこうした戦略的な視点を持つことが親父の言う世界を知るということになると考えております。

 最後に補足しておくと、現在の自民と民主の政権争いはいわば手段の争いであって目的の争いではないと私は見ています。ではどの党が戦略的視点を持っているかですが、私は現時点ではほとんどの政治家はそのような視点を持っておらず、また日本人の中でもその議論が理解できる人間は少ないのではないかと思っております。今日はなんだか元気がないので書きませんが、また明日にでもその辺をご紹介します。

2009年8月9日日曜日

外国人が見る広島と長崎

 先日に書いた「日本の若者に知ってもらいたい、ベトナム戦争の歴史」の記事にて原爆について言及のあるコメントを頂いたので、今日が日本人にとって忘れてならない八月九日という日であることも考え、愚考ながらこのあたりの内容を記事に書かせていただきます。

 これは私が中国留学中の話ですが、ある日に日本人の友人が私の部屋に遊びに来て、その友人が部屋を出た後にルームメイトのルーマニア人に「今の彼は広島から来たんだよ」と話したところ、こんな風に聞かれました。

「俺たち、体は大丈夫かな?」

 そのルームメイトはルーマニア本国で物理学を専攻しており、本国の原子力発電所にも何度か見学に行ったことのある人間でした。ちなみにその彼によると、ルーマニアの原発職員はみんな顔色が悪かったそうです。
 そんな彼がこんなことを聞いたのは言うまでもなく、かつて広島に落とされた原爆の放射能に自分たちも被爆するのではないかと思ったからでしょう。こんな風に彼が考えたのも、かつてウクライナで起こった「チェルノブイリ原発事故」がルーマニアにも影響を与えたことが原因だったと今は思えます。

 そこで私は、現在の広島は百万人以上の人口を持つ大都市であって、その広島から来た人間と接触したからといって自分たちが二次被爆することはないと説明しました。これは言ってしまえば日本人にとっては当たり前の知識ですが、たまたまかもしれませんが物理学を専攻していた私のルームメイトですら知らずに、それどころか広島と長崎は未だに現在のチェルノブイリのような荒涼とした不毛地帯だと誤解していたのです。
 この様に日本では当たり前とされる原爆、放射能についての知識も、あくまでたまたまだったのかもしれませんが私は日本以外の外国人はほとんど知らないのではないかとこの時に感じました。それは言い返せば原爆の恐ろしさがどれほどのものかや、被爆者の子供も影響を受けるという二次被爆についても十分に把握していないかもしれないということになります。

 それこそ日本人だと間違いなくこの原爆の歴史や恐ろしさについて公教育の間にしっかりと教えられますが、他国では一体どんな教育がなされているのか私には全くわかりません。まだ日本と交流の多い国であるならともかく、ルーマニアのような取り立てて交流の多くない国ともなればこうした誤解が起こるのも不思議ではない気がします。

 先日アメリカで行われた調査によると、「二次大戦末期の日本への原爆の使用は正当であった」という回答が全体の六割に達したそうで、それについて私が見る限り、「なんてひどい」というような反応を新聞などのメディアは行っていたような気がします。しかし私は現在のアメリカが原爆についてどのような教育を行っているかがわからず、日本と違って被爆体験者がいない状況下で恐らく日本ほど教育が行われていないことを考えると、むしろ無回答を含めて四割ものアメリカ人が「正当でなかった」と答えたことの方が意外でした。

 そんな外国の人たちに対して唯一の被爆国である日本が何をするべきかといったら、それはやはり原爆についての事実と知識を広く正しく啓蒙することに尽きると思います。恐らくあと数十年も経てば原爆を直接的に体験したことのある世代が寿命の関係からすべて亡くなられるでしょう。その後に日本を含め外国に対しても啓蒙を続けられるかどうかにおいて、私は被爆国としての日本の責任が問われると考えております。
 そしてそんな時代において、私くらいの世代というのは「原爆被爆者から直接話を聞いたことのある世代」として重要な役割を持つことになると思います。私は長崎への修学旅行中に原爆被爆者から直接お話を伺う機会がありましたが、この時に聞いた話を直接的な体験者が亡き時代においても一般化し、後の世に永劫伝えきれるかは自分たちの世代にかかっていると、勝手ながら使命感に燃えているわけです。

  おまけ
 ルームメイトには今は広島に行っても何も問題はないと教えはしましたが、うちの親父は去年に広島へ左遷されてしまい、ストレスから背中にブツブツが出来てしまいました。

共同体の壁

 先週の「テレビタックル」において面白い議論があったので、ここで紹介させていただきます。

 先週は主に中国や北朝鮮関係の議論が行われ、ゲストも三宅久之氏を初めとしたいつもの面々に加えて韓国人ジャーナリストの方、漢族系中国人学者の方、朝鮮系中国人ジャーナリストといった三者三様の出自を持つゲストが出演していました。
 そこでウイグルの暴動について話題が及んだ際に、漢族系中国人学者の方が以下のように述べました。

「仮に私と隣の朝鮮系中国人ジャーナリストの方が喧嘩をした場合、(中国)国内の目線で見れば同じ中国人同士の喧嘩で終わるのですが、これを民族で見たら漢族と朝鮮族の争いになってしまうのです」

 この方がこの様に話したのも去年に中国広東省で起こったウイグル人を中心とした暴動のきっかけというのが、出稼ぎに来ているウイグル人女性が漢族の男性に暴行されたという真偽がわからない噂によるものだったことからです。それこそ同じ中国人個人同士の争いであればその間で済む話が、民族や宗教といった枠で以って語られてしまうとどんどんと直接的に関与しない人間も争いに加わっていき、争いの度合いもそれに比例するかのように大きくなっていきます。

 本来共同体というものはばらばらな個人を文化や習慣、地域の距離といった一定の枠内に収める事で無用な争いや犯罪を抑える目的で作られてきました。しかし今に始まるわけではなく、この枠が出来上がることで別枠同士の個人の争いが発展して枠同士の争いにまで発展する可能性もこの結果生まれてしまいます。いくつか例を挙げるとすれば現代のイラク戦争が「イラク対アメリカ」から「イスラム対アメリカ」になってしまったものなど好例です。
 日本にいると民族や宗教といった大きくて強固な枠がないために、国単位でほとんどの物事を考えてしまうところが少なからずある気がします。もちろん中国の一部少数民族への弾圧は非難されてもやむを得ないものもありますが、彼らがどの枠でどう争っているのか、この様な視点を持たなければ見えてこない事情もあり、日本人としては意識的にこうした視点を持つことが私は重要だと思います。