本店の方でリクエストをもらったので、前から自分もネタを集めていたので今日はこのテーマで解説を行います。
「日本女性は家庭に喜び」=中山政務官の発言に批判(時事通信)
なぜ、20代高学歴女子は「専業主婦」狙いなのか(プレジデント)
上記二つのサイトはリクエストを頂いた方から紹介されたのですが、最初の中山政務官の発言は今日も一部ニュースにて取り上げられ他の政治家からもやや不用意な発言ではないのかなどというコメントが相次ぎました。確かに不用意っちゃ不用意だろうけど。
二番目のプレジメントの記事は中山政務官の発言に準じているというか、最近の傾向として日本の若者、特に女性の間では専業主婦を望む人間が増えているなど保守化の傾向があるという記事です。
まずこの二つのサイトを見比べて私が注目したのは、プレジメントの記事を書いた記者のプロフィールでした。執筆記者は白川桃子氏で私はこの方の記事をこれまで見たことはなかったのですが、プロフィール欄にある「山田昌弘中央大学教授とともに」という記述を見てああなるほどという気がしました。というのも、この日本人女性の専業主婦志向を始めとした若者の保守化傾向を最初に言い出したのは他でもなくこの山田昌弘氏だからです。
何気に山田昌弘氏の名前は昨日にアップした「私の信頼度リスト(評論家編)」にて<半信半疑>の欄に入っています。この人の略歴を簡単に話すと、「パラサイトシングル」や「婚活」といったそこそこ長く使われる言葉を最初に提唱した人で、世の中一般に知られている社会学者の中でも有名な方です。山田氏の調査手法については一部で批判などもありますが私としては調査がどうであれ社会分析や予測がきちんとその後に当たっていれば問題ないと考えており、「パラサイトシングル」については見事にその後のフリーター、ニート問題を先読みしたと高く評価しております。
話は戻ってその山田氏がその著書「なぜ若者は保守化するのか」で最近になって提唱し始めた若者の保守化についてですが、結論から言えば私も現実はそのようになっていると考えています。それは女性の未婚化、専業主婦志望の高まりといった現象に限らず、各種調査で現れている男性の職業観の変化などでも明確に窺えます。
ここで先に保守化という言葉の意味を明確にしておくと、これは政治思想の「保守」とは全く関係なくただ単純に、「物事があれこれ変化するよりも今のまま、もしくは以前のままである方がいい」という価値観です。日本でこの保守という言葉が使われる場合は大体は昭和後期に一般的とされたモデルこと「終身雇用」、「専業主婦」、「年功序列」といった概念が適用される事が多いです。
それで若者の保守化傾向ですが、いちいち細かくサイトの引用までは行いませんがリクルートなど人材系企業の調査によると近年の新卒就職者はそれ以前に比べて就職した企業で定年まで一生を終えたいと回答する率が増えており、また出世や昇進などといったものに興味を示さなくなっているようです。
その上で私が個人的にショックを受けたのは産業能率大学により行われた「新入社員のグローバル意識調査」の結果で、今年行われたこの第四回の調査によるとなんと49%の新入社員が「海外では働きたくない」と答えており、参考までに2007年に行われた第三回の調査と見比べてみると当時は36.2%と、有意に海外勤務忌避傾向が高まっております。私としては会社から給料もらって海外で働ければ語学や経験上有意義ですし、その上で語学学校の金も会社からせしめればしめたものだと思ってしまうのですが、どうもこういう考え方をするのは少数派になりつつあるそうです。
一体何故このように若者に保守化の傾向が現れてきたのか、私が考える理由としては第一に不況による影響が大きいと思います。具体的にどういうことかというと、好景気であれば就職や転職など人生に変化を起こす事で収入を上げ、生活水準も高める事が出来ますが、不況真っ只中の現在であれば今の生活水準を維持するだけでも大変です。
私はこういうときによく、「今日より明日はもっといい日であるように」ではなく「今日も昨日と同じでいられますように」と表現しますが、まさに時代は後者で攻めよりも守りを重視して社会的変動の少ない保守的な性格を帯びるようになったのではないかと思います。山田昌弘氏の雑誌に寄稿している記事を読む限りだと、大体これと似たような考え方じゃないかな。
こうした不況による影響もさることながら私が二番目に睨んでいる保守化した理由としては、本来新奇のものを好む若者自体が変化に対応する事に疲れを感じているのではないかと考えています。
基本的にどの社会でも新しいメディアや技術が現れると偏見や既存知識が少ない若者ほど飛びつく傾向があり、日本においても90年代にインターネットや携帯電話が登場した際は高校生や大学生が真っ先に飛びついて行きました。
しかし最近の日本では、私が強く注目したのは先日発売されたi-padやスマートフォンなどの発売でしたが、どうもここ最近は新しいメディアやツールが出ても真っ先に飛びつくのは若者というより30歳前後の大人たちのが多かったような気がします。人口比や値段の問題といえばそれまでですが、どうも高校生から大学生くらいの若者が何かに飛びつくというのがこのところ想像がし辛くなっている気がします。
またそうやって飛びついているように見える30歳前後の大人たちもこれまでのブーム現象と比べるとやっぱり人数は少ないように思え、そもそもブーム自体がこのところ減っているような気までしてきます。
一体これはどうしてなのかとあくまで私の主観で語らせてもらうと、近年はあまりにも技術革新などが激しすぎるために変化に追いつくだけでも一苦労です。自分なんかは比較的早くにブラインドタッチに慣れたのでインターネットやブログに対応するのはそれほど苦ではありませんでしたが、音楽機器についてはMDプレーヤー以降はMP3プレーヤーに移行することが出来なかったり、スマートフォンなんてiモードすら使いこなしてないのにこんなのもう結構ヾ(゚д゚;)とリアルに考えてます。
要約すると、あまりにも社会や機器の進化や変化が激し過ぎて若者は追いつくどころか懐古的に勝手知ったものに固執するようになってきているんじゃないかということです。レトロゲームブームもこの延長だったのかな。
あと補足としてたまに「若者が保守化してきたのは日本の保守的な教育の影響だ」という人もいますが、私はこの線はないと思います。その理由として以前はもっと女性の社会進出などに否定的な教育がなされていたのに、近年になってこの保守化傾向が強く見られてきたからです。
最後にこの保守化についてちょこっと思うこととして、保守化する若者をいいとか悪いとか言うよりも、保守化している中で保守化しない若者を今後どう扱うかが非常に重要になるかと思います。ちょっと意味深ですけど。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2010年10月4日月曜日
2010年10月3日日曜日
週刊現代と週刊新潮の相撲関係の報道について
信頼度リストに週刊現代と週刊新潮のことを書いたばかりなので、せっかくだからこの二誌の相撲報道を見ていて感じた事をちょっと紹介します。
ここ数年、相撲界はまさに波乱というほどの不祥事の連続でした。それ以前にも不祥事は全くなかったわけじゃありませんがそれらの大体は今日断髪式を行った朝青龍関連のもので、これに限って言えば朝青龍個人の問題であって相撲界として考えればそれほど大きな不祥事にはなりませんでした。
そんな相撲界が全体で大きく揺れる事となった最初の不祥事は時津風部屋で起きた力士暴行死事件で、この事件を機に旧態依然とした相撲界へ厳しい目が注がれる事となったのですが、この事件を逸早く報道したのはほかでもなく週刊現代でした。
当初暴行されて殺された力士は病院での検死後にけいこ中の事故で死んだと愛知県警犬山署は発表したのですが、この検死結果を不審に思った力士の両親の依頼により新潟大学医学部で再検死を行った所、暴行死の疑いが強いと初めて伝えられたそうです。
この事件は私自身が注目していたのもあって大まかに時系列も覚えていますが、当初力士の死亡が報じられた際はその遺体の凄惨さからなにかしらの暴行が疑われたものの、当初の事故死という発表からは大きな進展がありませんでした。
自体が急展開したのは事件から約二ヶ月後、恐らくこの間に愛知県警などで詳しい鑑定が進められていたのでしょうが週刊現代が暴行の疑いを大々的に報じたのをきっかけに場相撲協会への批判が集まり、最終的には暴行を指示したとされる元親方の逮捕にまで事件は発展することとなりました。
当時に私は週刊誌をいろいろと読み比べていたのですが週刊現代はそれまで毎号に載せていた女性のヌード写真を廃止し、誌面を作り変えるなどして傍目にもいい改革を続けていました。そこへきてこの力士暴行死事件のスクープで、こりゃ週刊現代は大したものだと目を見張ったのを覚えています。
しかしこれで週刊現代は調子に乗ってしまったというべきでしょうか、続けて報じられた大相撲八百長疑惑は、私も見ていてちょっと呆れました。
週刊現代による大相撲八百長疑惑の報道は実際には暴行死事件の報道より以前ですが、相撲協会から刑事告訴されたのが後だったので、私の記憶としては暴行死事件以降にこの問題が各方面で取り上げられるようになった気がします。
それでこの報道の中身はというと朝青龍が対戦力士に金を渡して負けるように仕向けていたという内容なのですが、はっきり言ってこれはないと私は思いました。そう思う理由としては朝青龍の現役時代の取組は他の力士と比べて圧倒的に立合いが早く、どう見たって手を抜いているように見えない、というより「そこまでしなくとも(;´Д`)」と思うくらいの激しい立合いが多かったからです。相手力士も同様で、確かに朝青龍には負けますが八百長とはとても思えないほどの激しい取組がいくつもありました。
更に言うと当時には、「朝青龍を疑う前にこいつを疑えよ( ゚Д゚)」と思う大関力士が何人か存在していました。その大関力士は大関の癖にしょっちゅう負け越したり怪我で休んだりを繰り返す割に、大関陥落のかかる角番の場所では何故か判で押したかのようにいつも8勝7敗で場所を終えていました。
現在も活躍されている琴欧州は大関昇進後、事あるごとに評論家から優勝争いに絡むほど勝ち星を伸ばせないことに苦言を呈されていましたが、それでも場所によっては二桁勝利の実績をきちんと残していました。ですがその私が疑ってやまないある大関力士は、直近の数年間で一度も二桁勝利に達していないにもかかわらず誰からも苦言を呈されず、この点について週間現代の八百長報道は全くノータッチだったので多分この報道は偽だろうと判断しました。
ちょっと話が横にそれましたが、この大相撲八百長疑惑の後に今度は力士の大麻吸引事件が起き、この事件で相撲協会から解雇された若ノ鵬が週刊現代にて、「八百長を強要された」という証言をしたと一時報じられたものの、後になって若ノ鵬は「証言をすれば相撲界に戻れると騙されてやってしまった」とこの証言を撤回し、ますますこの週刊現代の報道が疑わしく思えるようになりました。ちなみに若ノ鵬の証言撤回後、週間現代は「支離滅裂で、事実とは考えられない」と、お前は何を言っているんだと言いたくなるような訳の分からないコメントをしています。
そんなわけで一時高めた週刊現代への私の評価はまた下がることとなったわけですが、その一方でまた別の相撲報道を機に評価を高めたのは週刊新潮でした。
週刊新潮が報じたのは今も残火がくすぶっている相撲界の野球賭博の問題でした。最初の報道はこの問題で解雇されることとなる琴光喜が野球賭博の勝ち金を巡って恐喝を受けているという報道からでしたが、この報道をきっかけに芋づる式に親方を含めた力士らの野球賭博、並びに暴力団との関係が報じられることとなり相撲界はそれまでのどの不祥事よりも苦境に、また厳しい対応に追い込まれることとなりました。
言ってはなんですが、この相撲界の人間らが野球賭博をやっていたと言うのは相撲関係を取材するジャーナリスト達にとっては皆知っていて当たり前だったと思います。普通に報道でも支度部屋などで賭け花札に興じる力士の写真が出てましたし、相撲部屋に出入りしていれば野球賭博の事実などすぐ分かったことでしょう。
週刊新潮は琴光喜の恐喝事件があったからこそある意味タブーに近かったこの野球賭博を報じたのであって、肝心なのはどうして他の報道機関がそれまで野球賭博について誰も報じなかったということです。報じるまでもないほど報道関係者にとっても一般化していたといえばそれまでですが、私はあれだけ相撲界の不祥事報道に取り組んでいた週刊現代が野球賭博だけは報じなかったことを考えると、なんとなく週間現代は馬鹿やったなぁという気がします。
とはいえ私は週刊新潮については以前の赤報隊事件の犯人でっち上げ報道があったことから現時点でも全く信用しておりません。当時この記事を載せた編集長は更迭されたそうですが、犯人だと偽の自白をした方はその後自殺した遺体で見つかっています。人間一人自殺に追いやってどれだけ稼いだのか、是非とも更迭された元編集長に聞いてみたいものです。
補足
時津風部屋の力士暴行死事件についての補足ですが、この事件で見逃してならないのは当初の愛知県犬山署の発表です。すでに書いたように犬山署は当初運ばれた病院医師の鑑定を受けて事故死と発表しましたが殺された力士の遺体は親族が目を覆うほど凄惨な姿をしていたらしく、それにもかかわらず事件性を当初疑わなかった愛知県警の検死というか捜査の仕方には不審さを感じずにはいられません。
なんか調べてみると愛知県警絡みでは事件性が疑われるにもかかわらず自殺として遺体が処理されるケースが多いと言われているようで、昨今海堂尊氏が取り上げている「死因不明社会問題」と合わせて考えると問題の深刻さが窺えます。
あと蛇足ですが別に愛知県に恨みを持っているわけじゃないけど前から思っていることとして、どうして愛知県は通り魔事件が多いのかがすごい気になります。愛知県に恨みは持ってないけど、愛知県のある大きな会社に大しては激しい逆恨みはしているけど。
ここ数年、相撲界はまさに波乱というほどの不祥事の連続でした。それ以前にも不祥事は全くなかったわけじゃありませんがそれらの大体は今日断髪式を行った朝青龍関連のもので、これに限って言えば朝青龍個人の問題であって相撲界として考えればそれほど大きな不祥事にはなりませんでした。
そんな相撲界が全体で大きく揺れる事となった最初の不祥事は時津風部屋で起きた力士暴行死事件で、この事件を機に旧態依然とした相撲界へ厳しい目が注がれる事となったのですが、この事件を逸早く報道したのはほかでもなく週刊現代でした。
当初暴行されて殺された力士は病院での検死後にけいこ中の事故で死んだと愛知県警犬山署は発表したのですが、この検死結果を不審に思った力士の両親の依頼により新潟大学医学部で再検死を行った所、暴行死の疑いが強いと初めて伝えられたそうです。
この事件は私自身が注目していたのもあって大まかに時系列も覚えていますが、当初力士の死亡が報じられた際はその遺体の凄惨さからなにかしらの暴行が疑われたものの、当初の事故死という発表からは大きな進展がありませんでした。
自体が急展開したのは事件から約二ヶ月後、恐らくこの間に愛知県警などで詳しい鑑定が進められていたのでしょうが週刊現代が暴行の疑いを大々的に報じたのをきっかけに場相撲協会への批判が集まり、最終的には暴行を指示したとされる元親方の逮捕にまで事件は発展することとなりました。
当時に私は週刊誌をいろいろと読み比べていたのですが週刊現代はそれまで毎号に載せていた女性のヌード写真を廃止し、誌面を作り変えるなどして傍目にもいい改革を続けていました。そこへきてこの力士暴行死事件のスクープで、こりゃ週刊現代は大したものだと目を見張ったのを覚えています。
しかしこれで週刊現代は調子に乗ってしまったというべきでしょうか、続けて報じられた大相撲八百長疑惑は、私も見ていてちょっと呆れました。
週刊現代による大相撲八百長疑惑の報道は実際には暴行死事件の報道より以前ですが、相撲協会から刑事告訴されたのが後だったので、私の記憶としては暴行死事件以降にこの問題が各方面で取り上げられるようになった気がします。
それでこの報道の中身はというと朝青龍が対戦力士に金を渡して負けるように仕向けていたという内容なのですが、はっきり言ってこれはないと私は思いました。そう思う理由としては朝青龍の現役時代の取組は他の力士と比べて圧倒的に立合いが早く、どう見たって手を抜いているように見えない、というより「そこまでしなくとも(;´Д`)」と思うくらいの激しい立合いが多かったからです。相手力士も同様で、確かに朝青龍には負けますが八百長とはとても思えないほどの激しい取組がいくつもありました。
更に言うと当時には、「朝青龍を疑う前にこいつを疑えよ( ゚Д゚)」と思う大関力士が何人か存在していました。その大関力士は大関の癖にしょっちゅう負け越したり怪我で休んだりを繰り返す割に、大関陥落のかかる角番の場所では何故か判で押したかのようにいつも8勝7敗で場所を終えていました。
現在も活躍されている琴欧州は大関昇進後、事あるごとに評論家から優勝争いに絡むほど勝ち星を伸ばせないことに苦言を呈されていましたが、それでも場所によっては二桁勝利の実績をきちんと残していました。ですがその私が疑ってやまないある大関力士は、直近の数年間で一度も二桁勝利に達していないにもかかわらず誰からも苦言を呈されず、この点について週間現代の八百長報道は全くノータッチだったので多分この報道は偽だろうと判断しました。
ちょっと話が横にそれましたが、この大相撲八百長疑惑の後に今度は力士の大麻吸引事件が起き、この事件で相撲協会から解雇された若ノ鵬が週刊現代にて、「八百長を強要された」という証言をしたと一時報じられたものの、後になって若ノ鵬は「証言をすれば相撲界に戻れると騙されてやってしまった」とこの証言を撤回し、ますますこの週刊現代の報道が疑わしく思えるようになりました。ちなみに若ノ鵬の証言撤回後、週間現代は「支離滅裂で、事実とは考えられない」と、お前は何を言っているんだと言いたくなるような訳の分からないコメントをしています。
そんなわけで一時高めた週刊現代への私の評価はまた下がることとなったわけですが、その一方でまた別の相撲報道を機に評価を高めたのは週刊新潮でした。
週刊新潮が報じたのは今も残火がくすぶっている相撲界の野球賭博の問題でした。最初の報道はこの問題で解雇されることとなる琴光喜が野球賭博の勝ち金を巡って恐喝を受けているという報道からでしたが、この報道をきっかけに芋づる式に親方を含めた力士らの野球賭博、並びに暴力団との関係が報じられることとなり相撲界はそれまでのどの不祥事よりも苦境に、また厳しい対応に追い込まれることとなりました。
言ってはなんですが、この相撲界の人間らが野球賭博をやっていたと言うのは相撲関係を取材するジャーナリスト達にとっては皆知っていて当たり前だったと思います。普通に報道でも支度部屋などで賭け花札に興じる力士の写真が出てましたし、相撲部屋に出入りしていれば野球賭博の事実などすぐ分かったことでしょう。
週刊新潮は琴光喜の恐喝事件があったからこそある意味タブーに近かったこの野球賭博を報じたのであって、肝心なのはどうして他の報道機関がそれまで野球賭博について誰も報じなかったということです。報じるまでもないほど報道関係者にとっても一般化していたといえばそれまでですが、私はあれだけ相撲界の不祥事報道に取り組んでいた週刊現代が野球賭博だけは報じなかったことを考えると、なんとなく週間現代は馬鹿やったなぁという気がします。
とはいえ私は週刊新潮については以前の赤報隊事件の犯人でっち上げ報道があったことから現時点でも全く信用しておりません。当時この記事を載せた編集長は更迭されたそうですが、犯人だと偽の自白をした方はその後自殺した遺体で見つかっています。人間一人自殺に追いやってどれだけ稼いだのか、是非とも更迭された元編集長に聞いてみたいものです。
補足
時津風部屋の力士暴行死事件についての補足ですが、この事件で見逃してならないのは当初の愛知県犬山署の発表です。すでに書いたように犬山署は当初運ばれた病院医師の鑑定を受けて事故死と発表しましたが殺された力士の遺体は親族が目を覆うほど凄惨な姿をしていたらしく、それにもかかわらず事件性を当初疑わなかった愛知県警の検死というか捜査の仕方には不審さを感じずにはいられません。
なんか調べてみると愛知県警絡みでは事件性が疑われるにもかかわらず自殺として遺体が処理されるケースが多いと言われているようで、昨今海堂尊氏が取り上げている「死因不明社会問題」と合わせて考えると問題の深刻さが窺えます。
あと蛇足ですが別に愛知県に恨みを持っているわけじゃないけど前から思っていることとして、どうして愛知県は通り魔事件が多いのかがすごい気になります。愛知県に恨みは持ってないけど、愛知県のある大きな会社に大しては激しい逆恨みはしているけど。
私の信頼度リスト(評論家編)
昨日に引き続き私の信頼度リストです。今回はちょっと気合入れて最近特に増えている各方面の評論家のリストです。くれぐれも申しておきますが、この信頼度リストというのはあくまで現時点での私の見方であって決して客観性に基づいて作成されているわけじゃありません。そういうことで早速行って見ましょう。
<信頼している>
田原総一郎(政治評論家)
屋山太郎(政治評論家)
赤坂太郎(政治評論家)
荻原博子(経済評論家)
浜矩子(経済評論家)
内橋克人(経済評論家)
武田邦彦(環境問題評論家)
富坂聰(中国評論家)
宮崎正弘(中国評論家)
与田剛(野球評論家)
池上彰(全方面評論家)
宮崎哲弥(全方面評論家)
内田樹(社会評論家)
半藤一利(歴史評論家)
保坂正康(歴史評論家)
<半信半疑>
上杉隆(政治評論家)
三宅久之(政治評論家)
佐藤優(政治評論家)
堺屋太一(経済評論家)
榊原英資(経済評論家)
竹中平蔵(経済評論家)
デーモン小暮(相撲評論家)
山田昌弘(社会評論家)
立花隆(全方面評論家)
<信頼していない>
宮台真司(社会評論家)
福田和也(社会評論家?)
田母神俊雄(軍事評論家)
浜村弘一(ゲーム評論家)
植草一秀(経済評論家)
勝間和代(経済評論家)
森永卓郎(経済評論家)
張本勲(野球評論家)
石平(中国評論家)
疑り深い性格の自分なのに、意外に信頼している評論家が多かったのがびっくりです。
さすがに前回みたいに一人一人細かい理由を説明しませんが、コメント欄に「この人がなんで?」と寄せてくれれば書いていくつもりです。
ちなみに自分もこのブログを見てくれればわかる通りに情報を扱う幅が比較的広く、友人らから何か事が起こるたびにコメントを求められることが多かったのでこうしてブログで回答するようになりましたが、私が理想とする評論家は幅の広さで言えば宮崎哲也氏、専門の中国関係では富坂聰です。逆にこうはなりたくないと思うし最低だと考えている評論家は宮台真司です。
<信頼している>
田原総一郎(政治評論家)
屋山太郎(政治評論家)
赤坂太郎(政治評論家)
荻原博子(経済評論家)
浜矩子(経済評論家)
内橋克人(経済評論家)
武田邦彦(環境問題評論家)
富坂聰(中国評論家)
宮崎正弘(中国評論家)
与田剛(野球評論家)
池上彰(全方面評論家)
宮崎哲弥(全方面評論家)
内田樹(社会評論家)
半藤一利(歴史評論家)
保坂正康(歴史評論家)
<半信半疑>
上杉隆(政治評論家)
三宅久之(政治評論家)
佐藤優(政治評論家)
堺屋太一(経済評論家)
榊原英資(経済評論家)
竹中平蔵(経済評論家)
デーモン小暮(相撲評論家)
山田昌弘(社会評論家)
立花隆(全方面評論家)
<信頼していない>
宮台真司(社会評論家)
福田和也(社会評論家?)
田母神俊雄(軍事評論家)
浜村弘一(ゲーム評論家)
植草一秀(経済評論家)
勝間和代(経済評論家)
森永卓郎(経済評論家)
張本勲(野球評論家)
石平(中国評論家)
疑り深い性格の自分なのに、意外に信頼している評論家が多かったのがびっくりです。
さすがに前回みたいに一人一人細かい理由を説明しませんが、コメント欄に「この人がなんで?」と寄せてくれれば書いていくつもりです。
ちなみに自分もこのブログを見てくれればわかる通りに情報を扱う幅が比較的広く、友人らから何か事が起こるたびにコメントを求められることが多かったのでこうしてブログで回答するようになりましたが、私が理想とする評論家は幅の広さで言えば宮崎哲也氏、専門の中国関係では富坂聰です。逆にこうはなりたくないと思うし最低だと考えている評論家は宮台真司です。
2010年10月2日土曜日
私の信頼度リスト(メディア編)
友人には一ヶ月くらい前にこんなのブログでやってみたいと行っておきながら、今日ここで書くまでにえらく時間がかかりました。
近年の日本の大きな特徴となると、かつてあった権威がどの分野においても失墜して信頼という物が各所で大きく揺らいでいる事もその一つとして挙げられるかと思います。私自身周囲の人間から不祥事発覚のニュースが報じられるたびに一体何を信頼すればいいのかという言葉を嘆息と共によく聞くことがあり、評価の基準を持つことが出来ず何を信じればいいのかと実際に相談を受けた事もありました。
私に言わせてもらうと何を信じるか、相手の意見が正しいかどうかは自分で判断すべきで何か一つに自分の判断を丸ごと預けようというのはちょっと甘いのではという気もしないでもないのですが、誰もかもが一つ一つのニュースや商品の性能などに精通しているわけでもなく、なにか信頼できる情報発信元をあらかじめ決めておきたいと思うのは自然な感情なのかもしれません。
そこで一つ今回やってみようと思ったのは、私自身が一つの指標となって各分野において信頼するものをそれぞれ、「信頼している」、「半信半疑」、「信頼していない」の三つにおおまかに分けてリストアップしてみようと考えてみました。
あらかじめ申しておきますがここで紹介する信頼度リストはあくまで私がどの程度その対象を信頼しているかであって、必ずしも客観性に基づいたリストではなく、たとえ私のリストの中で信頼度が高かったとしても実際にその対象が信頼に基づく行動を行っているか、性能を有しているかどうかは保証しかねます。
それにもかかわらず何故ここでこうしてリストアップしようとするのかというと、こうして皆で意見を言い合って議論を高める事がそれぞれの中で信頼度の指標を作る一助になるからではないかと考えたからです。
そういうわけで一発目は、恐らく信頼という意味では一番肝心なメディアに対するリストです。百聞は一見に如かずというのでさっそくご覧下さい。
<信頼している>
NHK(テレビ局)
MBS(テレビ局)
文芸春秋(雑誌)
朝日新聞(新聞)
<半信半疑>
テレビ朝日(テレビ局)
テレビ東京(テレビ局)
読売新聞(新聞)
日経新聞(新聞)
週刊文春(週刊誌)
<信頼していない>
TBS(テレビ局)
毎日新聞(新聞)
産経新聞(新聞)
週刊現代(週刊誌)
週刊新潮(週刊誌)
バンキシャ(テレビ番組)
<論外>
アサヒ芸能(週刊誌)
<別格>
東スポ(新聞)
一つ一つ詳しく説明すると、まず信頼しているリストに挙げた中でもNHKを私は特に強く信用しています。ここも過去に何度か不祥事を起こしていますがそれを補って余りある報道力に、ニュース番組でも民放と比べて余計でくだらない情報を流さない姿勢は高く評価しています。同じくテレビ局では関西放送局のMBSこと毎日放送もそのスクープを取り上げる取材力は群を抜いていることから高く評価しております。京都、大坂、神戸市役所の不祥事を全部暴いたのはほかならぬこの毎日放送だったし。
次に雑誌メディアからは文芸春秋が入っていますが、分厚いだけあってなかなか硬派な情報が多く、なおかつ遠距離を見渡す上で重宝しております。ライバルの中央公論についてはただ単に私が購読していないだけなので信頼度は未定なだけです。
最後の朝日新聞については「なにをっ(# ゚Д゚) ムッ!」と思われる方もいるかもしれませんが、今回の大阪地検特捜部検事の証拠偽装のスクープなどなんだかんだ言って世の中を動かす報道をよくしており、日々のニュースも最低限きちんと取り上げているので私は新聞メディアの中では朝日を評価しています。社説がくだらないのは仕方ないので、この点については見てみぬ振りしてますが。
次の半信半疑のリストに挙げたリストについてですが、テレビ朝日については報道ステーションは嫌いだけど朝のニュースが好きなので入れて、その次のテレビ東京は同じくリストに入っている日経新聞同様、予算が少ないので事後報道が多くなりそれゆえに変な誤報が少ないということを評価しての事です。
なお日経新聞は日本経済紙トップの意地から経済面のスクープには走りとも言われかねない報道が多かれ少なかれあり、それゆえに「日経は経済面以外がいい」と言われております。私自身もそう感じており、テレビ東京でよくやっている企業家の特集番組もええかっこしく映しており、意地の張ってない政治や文化面では逆にニュートラルに報道しているので半信半疑としております。
読売新聞については対して特に何か強い報道姿勢を持っていないことからで、週刊文春については週刊誌の中ではまだマシと思うから入れました。実際は文春はほとんど信用してないけど。
最後の信頼していないリストについては、TBS、毎日新聞についてはその不祥事の多さと頓珍漢な意見の連発から真っ先に入れました。次の産経新聞については政治に対する報道姿勢が異様に自民党支持に偏っており、ちょっと呆れるような意見も平気で載せてくる事から信頼していません。産経は日々のニュース報道も書き方下手だし。
週刊現代は折角相撲界の大麻問題をスクープしたかと思ったら次に報道した八百長問題はどうも誤報の線が強まってきており、週刊新潮については以前の赤報隊事件犯人のでっち上げ記事から評価を落としました。こういうことばっかりやっているから、所詮は週刊誌と呼ばれというのに。
最後のバンキシャについては敢えて日テレと書かずに番組名にしました。ここも異常な量の不祥事を起こしており、私はこの番組が存続しているという事実それだけで日テレに対して強い疑いを持ちます。
あとおまけとして<別格>と<論外>を設けていますが、論外に入れたアサヒ芸能は直接手に取ることはないのですが電車の中の中吊り広告を見ると的外れもいいようなふざけた見出ししか書いておらず、以前にネットの掲示板でアサヒ芸能を情報ソースとしてスレ立てしてる人を見ましたがその際は本気で神経を疑いました。あとなんでこのアサヒ芸能はいつも暴力団内部の人事移動について詳しく取り上げるのかもよくわかりません。そういう広報誌なのだろうか?
別格の東スポについてはちょっと理由があり、ここも「日付と天気予報以外は全部ウソ」とまで言われるほどとんでもない記事(UFOが電線に止まって盗電していた等)をよく載せてますが、この東スポのいいところはウソと分かる記事ははっきりウソだと分かる点で、娯楽として読む分には非常に出来のいい新聞だと評価しているからです。
ちなみに東スポは変なところで硬派というか、以前に聞いた話だと昭和天皇の崩御の際にも一面の見出しは「ブッチャー、流血」だったそうです。すごい新聞だ。
近年の日本の大きな特徴となると、かつてあった権威がどの分野においても失墜して信頼という物が各所で大きく揺らいでいる事もその一つとして挙げられるかと思います。私自身周囲の人間から不祥事発覚のニュースが報じられるたびに一体何を信頼すればいいのかという言葉を嘆息と共によく聞くことがあり、評価の基準を持つことが出来ず何を信じればいいのかと実際に相談を受けた事もありました。
私に言わせてもらうと何を信じるか、相手の意見が正しいかどうかは自分で判断すべきで何か一つに自分の判断を丸ごと預けようというのはちょっと甘いのではという気もしないでもないのですが、誰もかもが一つ一つのニュースや商品の性能などに精通しているわけでもなく、なにか信頼できる情報発信元をあらかじめ決めておきたいと思うのは自然な感情なのかもしれません。
そこで一つ今回やってみようと思ったのは、私自身が一つの指標となって各分野において信頼するものをそれぞれ、「信頼している」、「半信半疑」、「信頼していない」の三つにおおまかに分けてリストアップしてみようと考えてみました。
あらかじめ申しておきますがここで紹介する信頼度リストはあくまで私がどの程度その対象を信頼しているかであって、必ずしも客観性に基づいたリストではなく、たとえ私のリストの中で信頼度が高かったとしても実際にその対象が信頼に基づく行動を行っているか、性能を有しているかどうかは保証しかねます。
それにもかかわらず何故ここでこうしてリストアップしようとするのかというと、こうして皆で意見を言い合って議論を高める事がそれぞれの中で信頼度の指標を作る一助になるからではないかと考えたからです。
そういうわけで一発目は、恐らく信頼という意味では一番肝心なメディアに対するリストです。百聞は一見に如かずというのでさっそくご覧下さい。
<信頼している>
NHK(テレビ局)
MBS(テレビ局)
文芸春秋(雑誌)
朝日新聞(新聞)
<半信半疑>
テレビ朝日(テレビ局)
テレビ東京(テレビ局)
読売新聞(新聞)
日経新聞(新聞)
週刊文春(週刊誌)
<信頼していない>
TBS(テレビ局)
毎日新聞(新聞)
産経新聞(新聞)
週刊現代(週刊誌)
週刊新潮(週刊誌)
バンキシャ(テレビ番組)
<論外>
アサヒ芸能(週刊誌)
<別格>
東スポ(新聞)
一つ一つ詳しく説明すると、まず信頼しているリストに挙げた中でもNHKを私は特に強く信用しています。ここも過去に何度か不祥事を起こしていますがそれを補って余りある報道力に、ニュース番組でも民放と比べて余計でくだらない情報を流さない姿勢は高く評価しています。同じくテレビ局では関西放送局のMBSこと毎日放送もそのスクープを取り上げる取材力は群を抜いていることから高く評価しております。京都、大坂、神戸市役所の不祥事を全部暴いたのはほかならぬこの毎日放送だったし。
次に雑誌メディアからは文芸春秋が入っていますが、分厚いだけあってなかなか硬派な情報が多く、なおかつ遠距離を見渡す上で重宝しております。ライバルの中央公論についてはただ単に私が購読していないだけなので信頼度は未定なだけです。
最後の朝日新聞については「なにをっ(# ゚Д゚) ムッ!」と思われる方もいるかもしれませんが、今回の大阪地検特捜部検事の証拠偽装のスクープなどなんだかんだ言って世の中を動かす報道をよくしており、日々のニュースも最低限きちんと取り上げているので私は新聞メディアの中では朝日を評価しています。社説がくだらないのは仕方ないので、この点については見てみぬ振りしてますが。
次の半信半疑のリストに挙げたリストについてですが、テレビ朝日については報道ステーションは嫌いだけど朝のニュースが好きなので入れて、その次のテレビ東京は同じくリストに入っている日経新聞同様、予算が少ないので事後報道が多くなりそれゆえに変な誤報が少ないということを評価しての事です。
なお日経新聞は日本経済紙トップの意地から経済面のスクープには走りとも言われかねない報道が多かれ少なかれあり、それゆえに「日経は経済面以外がいい」と言われております。私自身もそう感じており、テレビ東京でよくやっている企業家の特集番組もええかっこしく映しており、意地の張ってない政治や文化面では逆にニュートラルに報道しているので半信半疑としております。
読売新聞については対して特に何か強い報道姿勢を持っていないことからで、週刊文春については週刊誌の中ではまだマシと思うから入れました。実際は文春はほとんど信用してないけど。
最後の信頼していないリストについては、TBS、毎日新聞についてはその不祥事の多さと頓珍漢な意見の連発から真っ先に入れました。次の産経新聞については政治に対する報道姿勢が異様に自民党支持に偏っており、ちょっと呆れるような意見も平気で載せてくる事から信頼していません。産経は日々のニュース報道も書き方下手だし。
週刊現代は折角相撲界の大麻問題をスクープしたかと思ったら次に報道した八百長問題はどうも誤報の線が強まってきており、週刊新潮については以前の赤報隊事件犯人のでっち上げ記事から評価を落としました。こういうことばっかりやっているから、所詮は週刊誌と呼ばれというのに。
最後のバンキシャについては敢えて日テレと書かずに番組名にしました。ここも異常な量の不祥事を起こしており、私はこの番組が存続しているという事実それだけで日テレに対して強い疑いを持ちます。
あとおまけとして<別格>と<論外>を設けていますが、論外に入れたアサヒ芸能は直接手に取ることはないのですが電車の中の中吊り広告を見ると的外れもいいようなふざけた見出ししか書いておらず、以前にネットの掲示板でアサヒ芸能を情報ソースとしてスレ立てしてる人を見ましたがその際は本気で神経を疑いました。あとなんでこのアサヒ芸能はいつも暴力団内部の人事移動について詳しく取り上げるのかもよくわかりません。そういう広報誌なのだろうか?
別格の東スポについてはちょっと理由があり、ここも「日付と天気予報以外は全部ウソ」とまで言われるほどとんでもない記事(UFOが電線に止まって盗電していた等)をよく載せてますが、この東スポのいいところはウソと分かる記事ははっきりウソだと分かる点で、娯楽として読む分には非常に出来のいい新聞だと評価しているからです。
ちなみに東スポは変なところで硬派というか、以前に聞いた話だと昭和天皇の崩御の際にも一面の見出しは「ブッチャー、流血」だったそうです。すごい新聞だ。
2010年10月1日金曜日
特攻作戦の価値は
特攻作戦というと二次大戦時に旧日本軍が行った作戦として日本人なら誰でも知っているかと思いますが、二次大戦時であればその決死性と共に特殊さが際立っていたものの現代ではイスラム過激派などの自爆テロが横行し、以前よりはこういった面の特殊性は薄れているかもしれません。
そうした特殊性は置いておいて、この特攻作戦の価値や意義については未だに議論が強くなされております。戦後から60年以上経ったことでようやく感情的な議論は少なくなってきておりますが、それでも一部の前大戦賛美者からは日本の優れた精神性から生まれた作戦であったなどと反吐が出るような意見が出てくる事もあります。
結論から言えば、私は特攻作戦は人間性と効率性を無視しただけの意味のない自己破滅的作戦であったと考えております。
特攻が作戦としての戦術的価値がなかったことについては現在でも一般的な意見になりつつありますがこれについては調べれば調べるほど呆れた事実が出てきて、まず数百キロの爆弾を機体に括りつけて敵艦隊に対して胴体突撃を敢行すること自体が無茶もいい加減にしろというような内容です。これなんか私の後輩が昔に言っていましたが、二次大戦当時に日本は他国と比べて「弾幕」という無数の銃弾で壁を作る事によって攻防一体となす概念が薄かったといわれ、事実当時の日本陸軍参謀の堀栄三がパイロットらの意見を聞いた上で実際の戦闘を視察した際、上層部よりの敵艦に接近した上で攻撃せよという命令が現場ではほぼ実行不可能な意見であるものだと断じた上で報告しております。
そんな銃弾の雨の中をただでさえ重たい爆弾を持って突っ込むなんて冗談もいいところなのですが、そんな無茶な作戦に対してただでさえ戦争後半に少なくなっていた訓練されたパイロットの命を消費するという発想自体も非常に馬鹿げております。
通説、というより一部の礼賛者の意見では特攻作戦はすべて志願者によって行われたと言われておりますが、文芸春秋10月号の記事によると特攻隊の生き残り、または特攻隊員を指名した下士官らの意見を聞くと、実際の現場では志願を強制されたというのが実態だったようです。また私個人の意見としても、今も残る特攻隊員の遺書を見るととても自発的に特攻隊員が集められたとはとても思えません。
その上で自分がこの作戦に腹立たしさを感じる点として、この作戦を指導した軍上層部自体がそもそもこの作戦に戦術的価値を見出していなかったという点です。はっきり言いますが、太平洋戦争は日本がサイパンをアメリカに奪取された時点でほぼ勝敗は決していました。ドイツもドイツで国土が蹂躙されるまで最後まで降伏しませんでしたが、賢明な指導者であれば、開戦はともかくサイパン陥落の時点で日本が降伏すべきだという事を十分に理解できたはずです。
そんな劣勢下の中、特攻作戦は終戦の最後の最後の日まで実行されました。聞くところによると玉音放送のあった8/15に降伏宣言を知らずに出撃した特攻隊は、目標の沖縄上空に現れるや米軍基地へは突入せず次々と岩礁地帯へ突っ込んだそうです。好意的解釈を行うならば、上空から見下ろした米軍の様子を見た特攻隊員らは日本の降伏を察知し、自分達の攻撃が後に影響を及ぼさないように自決したとされています。
さらにこの特攻作戦は終盤ともなると、通常戦闘使用機だけでなく性能の劣る訓練用機でも行われるようになります。ただでさえ正規機より突入が難しいと言われていながら訓練機も作戦に導入されたのは、一説では米軍の本土上陸時に特攻作戦がどれほど有効であるかを試すためだけであったとも言われています。
これは太平洋戦争全般、特に沖縄戦において言えることですが、本来国民の生命や財産を守るべき軍隊が国民の生命や財産をないがしろにしてでも軍という組織を守ろうとしたのがあの戦争だったと私は考えています。因みに天皇制についてはポツダム宣言受諾を巡って争点となったと言われておりますが、私が見ている限りだとどうもそれはうそ臭い気がします。陸軍の過激派などはもし昭和天皇が降伏を受け入れようとする素振りを見せようならば強制的に退位させ、別の皇族を天皇を立てればいいと主張していたグループもありました。
そういった意味ではこの特攻作戦も、国家が国民の命を弄んだ愚行以外の何者でもないと思います。なお今回ちょっと調べなおしていて意外だったのは、通説では特攻の生みの親とされている大西瀧治郎海軍中将は実際には特攻作戦を起案していないという意見が現代では強まっていたという事です。まだはっきりしないのでこの点については今後の研究を期待します。
そうした特殊性は置いておいて、この特攻作戦の価値や意義については未だに議論が強くなされております。戦後から60年以上経ったことでようやく感情的な議論は少なくなってきておりますが、それでも一部の前大戦賛美者からは日本の優れた精神性から生まれた作戦であったなどと反吐が出るような意見が出てくる事もあります。
結論から言えば、私は特攻作戦は人間性と効率性を無視しただけの意味のない自己破滅的作戦であったと考えております。
特攻が作戦としての戦術的価値がなかったことについては現在でも一般的な意見になりつつありますがこれについては調べれば調べるほど呆れた事実が出てきて、まず数百キロの爆弾を機体に括りつけて敵艦隊に対して胴体突撃を敢行すること自体が無茶もいい加減にしろというような内容です。これなんか私の後輩が昔に言っていましたが、二次大戦当時に日本は他国と比べて「弾幕」という無数の銃弾で壁を作る事によって攻防一体となす概念が薄かったといわれ、事実当時の日本陸軍参謀の堀栄三がパイロットらの意見を聞いた上で実際の戦闘を視察した際、上層部よりの敵艦に接近した上で攻撃せよという命令が現場ではほぼ実行不可能な意見であるものだと断じた上で報告しております。
そんな銃弾の雨の中をただでさえ重たい爆弾を持って突っ込むなんて冗談もいいところなのですが、そんな無茶な作戦に対してただでさえ戦争後半に少なくなっていた訓練されたパイロットの命を消費するという発想自体も非常に馬鹿げております。
通説、というより一部の礼賛者の意見では特攻作戦はすべて志願者によって行われたと言われておりますが、文芸春秋10月号の記事によると特攻隊の生き残り、または特攻隊員を指名した下士官らの意見を聞くと、実際の現場では志願を強制されたというのが実態だったようです。また私個人の意見としても、今も残る特攻隊員の遺書を見るととても自発的に特攻隊員が集められたとはとても思えません。
その上で自分がこの作戦に腹立たしさを感じる点として、この作戦を指導した軍上層部自体がそもそもこの作戦に戦術的価値を見出していなかったという点です。はっきり言いますが、太平洋戦争は日本がサイパンをアメリカに奪取された時点でほぼ勝敗は決していました。ドイツもドイツで国土が蹂躙されるまで最後まで降伏しませんでしたが、賢明な指導者であれば、開戦はともかくサイパン陥落の時点で日本が降伏すべきだという事を十分に理解できたはずです。
そんな劣勢下の中、特攻作戦は終戦の最後の最後の日まで実行されました。聞くところによると玉音放送のあった8/15に降伏宣言を知らずに出撃した特攻隊は、目標の沖縄上空に現れるや米軍基地へは突入せず次々と岩礁地帯へ突っ込んだそうです。好意的解釈を行うならば、上空から見下ろした米軍の様子を見た特攻隊員らは日本の降伏を察知し、自分達の攻撃が後に影響を及ぼさないように自決したとされています。
さらにこの特攻作戦は終盤ともなると、通常戦闘使用機だけでなく性能の劣る訓練用機でも行われるようになります。ただでさえ正規機より突入が難しいと言われていながら訓練機も作戦に導入されたのは、一説では米軍の本土上陸時に特攻作戦がどれほど有効であるかを試すためだけであったとも言われています。
これは太平洋戦争全般、特に沖縄戦において言えることですが、本来国民の生命や財産を守るべき軍隊が国民の生命や財産をないがしろにしてでも軍という組織を守ろうとしたのがあの戦争だったと私は考えています。因みに天皇制についてはポツダム宣言受諾を巡って争点となったと言われておりますが、私が見ている限りだとどうもそれはうそ臭い気がします。陸軍の過激派などはもし昭和天皇が降伏を受け入れようとする素振りを見せようならば強制的に退位させ、別の皇族を天皇を立てればいいと主張していたグループもありました。
そういった意味ではこの特攻作戦も、国家が国民の命を弄んだ愚行以外の何者でもないと思います。なお今回ちょっと調べなおしていて意外だったのは、通説では特攻の生みの親とされている大西瀧治郎海軍中将は実際には特攻作戦を起案していないという意見が現代では強まっていたという事です。まだはっきりしないのでこの点については今後の研究を期待します。
2010年9月28日火曜日
日本は外国人に死刑を行えるか
どうでもいいですが今、以前に放映していた「ガンダムSEED」というアニメ番組の主題歌を聴いて懐かしんでいますが、この番組を見てた頃の私はボブ・サップにボコボコにされたアケボノの如く打ちひしがれていた時期だっただけにいろいろと胸に去来する物があります。これに限るわけじゃないですが、やっぱり辛い時に聴いていた音楽は良し悪しに関わらず後年も飽きずに聞き続けるものです。
そういった前置きは置いといて、前回「社会的報復としての死刑の価値」の記事にて外国人犯罪者に対しても死刑は適用されるのかどうかという質問コメントを受けました。私自身も全く見落としていた問題ですが非常に重要な課題なので、本日一つの記事にしてまた私の考えを紹介しようと思います。
まずこの問題に対して私が言えることは、死刑が下りてもおかしくない外国人による猟奇事件はそう遠くない未来の内に起こっておかしくないということです。ただでさえ人的移動が激しくなっているこの世の中、日本人ですらこのところ通り魔事件を起こす者が増えているのですから今後外国人が起こす事も十分にありえますし、実際にはもう起こっているかもしれません。そしてその際、日本は事件を起こした外国人犯罪者に対して果たして日本人同様に死刑判決を下せるかどうか、やや気が早いという気もしますが起こってから議論してはいろいろと問題なので、そういう意味ではこの課題は今のうちに議論を深めておくべきものかもしれません。
これまでの記事でも私は何度か死刑を取り上げてきましたが、それらはあくまで日本人に適用すると仮定したものであって外国人に適用するという事は全く論外で話を進めてきております。というのも外国人への死刑適用ともなるとただでさえ西欧諸国や人権派団体などから日本は死刑が未だにあると叩かれているだけに、幕末の生麦事件じゃないですが外交問題に発展する事は必定です。
実際にお隣の死刑大国中国では去年、中国法で死刑とはっきりと定められている麻薬密売を行っていたとされるイギリス人男性に死刑を執行した際にイギリスから激しい抗議を受け、すわ第三次アヘン戦争に発展するかと思うくらいに外交問題化しました。まぁもちろん戦争にはならなかったけど
ちなみに中国は今年四月に同じく麻薬密売に関わっていたとして日本人男性数名に対しても死刑を執行しております。この死刑執行前に中国は日本側に事前連絡をした上、受刑者の家族に対して面会を許可するなど一定の配慮を見せましたが、当時の福島瑞穂消費者行政担当相はイギリス同様に執行中止をしてほしいと発言しました。福島氏の場合は政治的スタンスから発言しなきゃ党内支持が落ちるからしたのであって私はあまり気にしませんでしたが、一般世論はどんなものかと報道をチェックしていた限りでは日本人はそれほどこの死刑執行に対して特別な感情を持たなかったような気がします。
報道によると死刑が執行された日本人男性らは皆日本の暴力団関係者でもあり、なおかつ所有していた麻薬の量も半端な量でなかったことからどちらかといえば冷淡というか、死刑になっても仕方ないのではという意見が多かった気がします。
と、中国は現在も議論紛糾している日本との漁船衝突事件でも全く譲らず外交問題が何だってんだとばかりに外国人に対しても死刑を執行していますが、これが日本の場合だとどうなるかという事かです。結論を言えば、日本はあまり外交で揉めたがらないので外国人がいくら猟奇殺人事件を起こしたところで、国民から反発が起ころうとも死刑判決を下す事はないと思います。司法権の独立も始めからないし。
ただ例外というか気になるケースが一つありまして、先に言ってしまうと「東電OL殺人事件」における容疑者の取り扱い方を見ていると、波風の立たない国の外国人に対してはありうるのではないかと見ております。この事件についてはもう大分古いですが佐野眞一氏の著作「東電OL殺人事件」を詳しく読んでもらうのが早いのですが、一体何が問題なのかというと犯人とされた容疑者がネパール人だったことで冤罪の線が極めて強く、事実一身では証拠不十分で無罪判決が下りております。
通常、一審で無罪判決が下りた容疑者はたとえその後に検察から控訴されたとしても拘置所から身柄を解放されることになっているのですが、「拘置所から出したら国外逃亡する恐れがある」として、このネパール人容疑者はその後も身柄を拘束され続けました。恐らくこのような処置が行われたのは未だかつて彼だけでしょう。
仮にこの容疑者が中国やアメリカといった強国、というよりかはうるさい国の人間であれば、母国から激しい非難を受けておいそれとこのような法を曲げるような身柄の拘束は行えなかったでしょう。彼が無罪判決を受けたにもかかわらずその後も身柄を拘束され続けたのは、ただ単に彼がネパールという発言力の弱い国出身であったことに限ります。
この時の例を考えると、強国出身の外国人はいくら猟奇事件を起こしてもせいぜい懲役刑止まりでしょうが、弱小国出身の外国人に対しては日本は死刑を執行する可能性があるんじゃないかと私は思います。もちろんこんなのは最低な差別で、外国人犯罪者に対して死刑をやるならやる、やらないならやらないとはっきりと分けておく方がいいと思います。
最後に仮に本当に外国人犯罪者が猟奇殺人事件を起こしたらどうするべきかというのであれば、今時治外法権じゃないのだから私は他の日本人と同様に裁くべきだと考えております。ただその前に正当な裁判をきちんと踏んであるという証拠を作るために、取調べの可視化と録画、並びにきちんとした裁判翻訳員の整備をしておくべきだと思います。外国人犯罪者に限る事ではないが。
そういった前置きは置いといて、前回「社会的報復としての死刑の価値」の記事にて外国人犯罪者に対しても死刑は適用されるのかどうかという質問コメントを受けました。私自身も全く見落としていた問題ですが非常に重要な課題なので、本日一つの記事にしてまた私の考えを紹介しようと思います。
まずこの問題に対して私が言えることは、死刑が下りてもおかしくない外国人による猟奇事件はそう遠くない未来の内に起こっておかしくないということです。ただでさえ人的移動が激しくなっているこの世の中、日本人ですらこのところ通り魔事件を起こす者が増えているのですから今後外国人が起こす事も十分にありえますし、実際にはもう起こっているかもしれません。そしてその際、日本は事件を起こした外国人犯罪者に対して果たして日本人同様に死刑判決を下せるかどうか、やや気が早いという気もしますが起こってから議論してはいろいろと問題なので、そういう意味ではこの課題は今のうちに議論を深めておくべきものかもしれません。
これまでの記事でも私は何度か死刑を取り上げてきましたが、それらはあくまで日本人に適用すると仮定したものであって外国人に適用するという事は全く論外で話を進めてきております。というのも外国人への死刑適用ともなるとただでさえ西欧諸国や人権派団体などから日本は死刑が未だにあると叩かれているだけに、幕末の生麦事件じゃないですが外交問題に発展する事は必定です。
実際にお隣の死刑大国中国では去年、中国法で死刑とはっきりと定められている麻薬密売を行っていたとされるイギリス人男性に死刑を執行した際にイギリスから激しい抗議を受け、すわ第三次アヘン戦争に発展するかと思うくらいに外交問題化しました。まぁもちろん戦争にはならなかったけど
ちなみに中国は今年四月に同じく麻薬密売に関わっていたとして日本人男性数名に対しても死刑を執行しております。この死刑執行前に中国は日本側に事前連絡をした上、受刑者の家族に対して面会を許可するなど一定の配慮を見せましたが、当時の福島瑞穂消費者行政担当相はイギリス同様に執行中止をしてほしいと発言しました。福島氏の場合は政治的スタンスから発言しなきゃ党内支持が落ちるからしたのであって私はあまり気にしませんでしたが、一般世論はどんなものかと報道をチェックしていた限りでは日本人はそれほどこの死刑執行に対して特別な感情を持たなかったような気がします。
報道によると死刑が執行された日本人男性らは皆日本の暴力団関係者でもあり、なおかつ所有していた麻薬の量も半端な量でなかったことからどちらかといえば冷淡というか、死刑になっても仕方ないのではという意見が多かった気がします。
と、中国は現在も議論紛糾している日本との漁船衝突事件でも全く譲らず外交問題が何だってんだとばかりに外国人に対しても死刑を執行していますが、これが日本の場合だとどうなるかという事かです。結論を言えば、日本はあまり外交で揉めたがらないので外国人がいくら猟奇殺人事件を起こしたところで、国民から反発が起ころうとも死刑判決を下す事はないと思います。司法権の独立も始めからないし。
ただ例外というか気になるケースが一つありまして、先に言ってしまうと「東電OL殺人事件」における容疑者の取り扱い方を見ていると、波風の立たない国の外国人に対してはありうるのではないかと見ております。この事件についてはもう大分古いですが佐野眞一氏の著作「東電OL殺人事件」を詳しく読んでもらうのが早いのですが、一体何が問題なのかというと犯人とされた容疑者がネパール人だったことで冤罪の線が極めて強く、事実一身では証拠不十分で無罪判決が下りております。
通常、一審で無罪判決が下りた容疑者はたとえその後に検察から控訴されたとしても拘置所から身柄を解放されることになっているのですが、「拘置所から出したら国外逃亡する恐れがある」として、このネパール人容疑者はその後も身柄を拘束され続けました。恐らくこのような処置が行われたのは未だかつて彼だけでしょう。
仮にこの容疑者が中国やアメリカといった強国、というよりかはうるさい国の人間であれば、母国から激しい非難を受けておいそれとこのような法を曲げるような身柄の拘束は行えなかったでしょう。彼が無罪判決を受けたにもかかわらずその後も身柄を拘束され続けたのは、ただ単に彼がネパールという発言力の弱い国出身であったことに限ります。
この時の例を考えると、強国出身の外国人はいくら猟奇事件を起こしてもせいぜい懲役刑止まりでしょうが、弱小国出身の外国人に対しては日本は死刑を執行する可能性があるんじゃないかと私は思います。もちろんこんなのは最低な差別で、外国人犯罪者に対して死刑をやるならやる、やらないならやらないとはっきりと分けておく方がいいと思います。
最後に仮に本当に外国人犯罪者が猟奇殺人事件を起こしたらどうするべきかというのであれば、今時治外法権じゃないのだから私は他の日本人と同様に裁くべきだと考えております。ただその前に正当な裁判をきちんと踏んであるという証拠を作るために、取調べの可視化と録画、並びにきちんとした裁判翻訳員の整備をしておくべきだと思います。外国人犯罪者に限る事ではないが。
2010年9月26日日曜日
マリー・アントワネットについて
出張所のほうでリクエストがあったので、フランス革命で処刑されたマリー・アントワネットについて自分なりに軽くまとめてみようと思います。
あまり歴史に興味がない人でもこのマリー・アントワネットについては「ベルサイユの薔薇」(うちのお袋は「ベルサイユのババア」と呼んでいた)などの影響で知っている方も多いことでしょうが、簡単な出自を説明するとこの人は今もゲルマン人女性の鏡と呼ばれるマリア・テレジアの末娘で、ハプスブルグ家とブルボン家の歴史的和解のために14歳でフランスのルイ16世に嫁いでその後フランス革命にて処刑された女性です。流転といえばまさにその通りと呼べるほどの上がり下がりの激しい人生で、それゆえに後世の批評家からは評価が大きく分かれて現代においても未だ定まっていないという有様です。
さてそんなマリー・アントワネットですが、先にも触れたとおりに14歳で故国オーストリアから国も言葉も文化も違うフランス王宮へと嫁いでおります。心理学の研究だと大体14歳か15歳くらいまでであれば移住先の国にすんなり馴染む確率が高いとされていますが、果たしてアントワネットがフランスに定着することが出来たかとなるとやっぱり当初はいろいろと気苦労が多かったようです。
まず私が話を聞いてて呆れてくるのは当時のフランス王宮の文化で、なんでも「王族はその私生活を広く公開すべし」という妙な概念がまかり通っていたらしく、なんとアントワネットはルイ16世との新婚初夜を他のフランス貴族からの衆人環視の元で行わなければならなかったそうです。14歳の身空でいきなりこんなことされるだけでも十分トラウマ物ですが、それ以外にも朝食のテーブルマナーから何から何までゴシップ好きの貴族たちに見られ続けていたそうです。
その上当時のフランス社交界における女の争いも激しく、この辺は割愛しますが対立していたグループの抗争に巻き込まれて本人にその気はないのにいつの間にか片方のグループの頭目扱いされてしまうなど、普通の主婦なら卒倒せんばかりの荒波にもまれる事となります。
そのストレスの反動からかアントワネットはフランスに来た当初、賭け事にはまっていたらしく実母のマリア・テレジアからその事を諌める手紙もまだ現存しています。このほか夜な夜な仮面舞踏会といって皆で仮面かぶって身分を隠して踊る舞踏会(声とか背格好でわかりそうなもんだが)に出没し、そこで気のあったスウェーデン貴族のフェルセンと知り合い後に愛人関係とまでなったと言われております。なおこのフェルセンとの出会いの際にはアントワネット自ら仮面を取って素顔を出したといわれ、この行為は「礼儀知らず」とか「革新的だ」などと評価が分かれたそうです。こういうところで言い合いをするあたりフランス人はよくわからない。
そんなこんだで慣れない外国生活でいろいろと騒動を引き起こしていたアントワネットですが、もはや彼女の座右の銘とまでされている「パンがなければお菓子をお食べ」というセリフについてはこれは彼女の発言ではないと現在ではほぼ否定されております。このセリフは日々の生活すらままならない庶民の生活を省みず浪費を行っていたお馬鹿なアントワネットを表す言葉として伝えられていますが彼女がこのような発言を行ったという記録は全くと言っていいほどなく、また普通に考えてもルイ16世にならばともかく王妃に対して庶民の窮状を報告するというシチュエーション自体が不自然です。
その上、確かに当時のフランスの国家財政は破綻していてアントワネットがファッションに力を入れて浪費していたというのは事実ですが王室の経費なんて所詮はたかが知れた程度で、当時のフランス財政が破綻した直接の原因は先代のルイ15世がでかい建物を次々と建築しては戦費のかかる戦争を次々と起こしていたことが真の理由であるため、上記の発言はアントワネットを貶めるために後世に作られたものだろうとされています。
ただ当時のフランス人のアントワネットへの憎悪はやはり激しかったらしく、目の敵にし易い外国出身でもあり「首飾り事件」という妙な事件もあり、ルイ16世を贔屓目に「悪い人ではなかった」とするために半ばスケープゴート的に悪役とされた節があります。
それが最後に爆発したとされるのがフランス革命であり、彼女への処刑でした。フランス革命が起きた当初は国王一家はまだ国民から強い支持があって軟禁される以上は何も追求されずにいましたが、王権奪回を図ってアントワネットの故国オーストリアへ先のフェルセンの助けを借りて逃亡しようとして失敗した「ヴァレンヌ逃亡事件」によって一挙にこの流れが変わることになり、国王一家は明確に国民から国家を裏切ったと言われ、特にアントワネットに対しては「国王を惑わした」、「オーストリアにフランスの情報を漏らしている」とも言われました。まぁあながち間違ってないけど。
こうした国民の声を受けて、国王支持者はそれでも多かったとされますが階級廃止を強く訴えていたジャコバン派のロベスピエールによってルイ16世は断頭台へ送られます。その後アントワネットの処遇については議論が行われ、道義的には処刑したいものの仮に処刑すれば隣国オーストリアと全面戦争になるとして慎重論も出ていたようですが、最終的には革命裁判で死刑判決を受け、夫同様に断頭台へ送られる事となりました。
その後、オーストリアとフランスの戦争は案の定激化し、一時オーストリアがフランスに侵入することになりましたがそれを撃退して講和条約まで持っていったのがナポレオン・ボナパルトという、次にフランスで主役となる男でした。
結論を言えば、アントワネットは確かに一女性としてやや問題な部分を持っていましたがそれは平時であれば特段問題となるほどではなく、厄介な時期にフランス王室に嫁いでしまったがためにその名前を後世に大きく残してしまった運の悪い女性だったと私は評価しています。ただ全部が全部同情するわけでなく、「ヴァレンヌ逃亡事件」については彼女とフェルセンの主導で実行された事を考えると如何なものかと思う節があり、この事件があったかどうかでブルボン家の存亡が変わったであろう事を思うと批判を受ける事となっても仕方のない気がします。
なおこの時代にルイ16世、マリー・アントワネット、果てにはこの二人を断頭台へ送ったロベスピエールをも直接断頭台にかけたのは、以前にも私が紹介したシャルル=アンリ・サンソンという人物です。この時代のフランスの人物はやはり面白い人が多く、このほかにも風呂入っている最中に刺されたということで日本の高校生から「おいおい」と突っ込まれたであろうジャン=ポール・マラーを刺した張本人であるシャルロット・コルデーなど、評伝書いてて中々飽きない時代です。
個人的にもっと知名度があっていいと思うのはちょっと時代が下がるけど、ジョセフ・フーシェだけど。
あまり歴史に興味がない人でもこのマリー・アントワネットについては「ベルサイユの薔薇」(うちのお袋は「ベルサイユのババア」と呼んでいた)などの影響で知っている方も多いことでしょうが、簡単な出自を説明するとこの人は今もゲルマン人女性の鏡と呼ばれるマリア・テレジアの末娘で、ハプスブルグ家とブルボン家の歴史的和解のために14歳でフランスのルイ16世に嫁いでその後フランス革命にて処刑された女性です。流転といえばまさにその通りと呼べるほどの上がり下がりの激しい人生で、それゆえに後世の批評家からは評価が大きく分かれて現代においても未だ定まっていないという有様です。
さてそんなマリー・アントワネットですが、先にも触れたとおりに14歳で故国オーストリアから国も言葉も文化も違うフランス王宮へと嫁いでおります。心理学の研究だと大体14歳か15歳くらいまでであれば移住先の国にすんなり馴染む確率が高いとされていますが、果たしてアントワネットがフランスに定着することが出来たかとなるとやっぱり当初はいろいろと気苦労が多かったようです。
まず私が話を聞いてて呆れてくるのは当時のフランス王宮の文化で、なんでも「王族はその私生活を広く公開すべし」という妙な概念がまかり通っていたらしく、なんとアントワネットはルイ16世との新婚初夜を他のフランス貴族からの衆人環視の元で行わなければならなかったそうです。14歳の身空でいきなりこんなことされるだけでも十分トラウマ物ですが、それ以外にも朝食のテーブルマナーから何から何までゴシップ好きの貴族たちに見られ続けていたそうです。
その上当時のフランス社交界における女の争いも激しく、この辺は割愛しますが対立していたグループの抗争に巻き込まれて本人にその気はないのにいつの間にか片方のグループの頭目扱いされてしまうなど、普通の主婦なら卒倒せんばかりの荒波にもまれる事となります。
そのストレスの反動からかアントワネットはフランスに来た当初、賭け事にはまっていたらしく実母のマリア・テレジアからその事を諌める手紙もまだ現存しています。このほか夜な夜な仮面舞踏会といって皆で仮面かぶって身分を隠して踊る舞踏会(声とか背格好でわかりそうなもんだが)に出没し、そこで気のあったスウェーデン貴族のフェルセンと知り合い後に愛人関係とまでなったと言われております。なおこのフェルセンとの出会いの際にはアントワネット自ら仮面を取って素顔を出したといわれ、この行為は「礼儀知らず」とか「革新的だ」などと評価が分かれたそうです。こういうところで言い合いをするあたりフランス人はよくわからない。
そんなこんだで慣れない外国生活でいろいろと騒動を引き起こしていたアントワネットですが、もはや彼女の座右の銘とまでされている「パンがなければお菓子をお食べ」というセリフについてはこれは彼女の発言ではないと現在ではほぼ否定されております。このセリフは日々の生活すらままならない庶民の生活を省みず浪費を行っていたお馬鹿なアントワネットを表す言葉として伝えられていますが彼女がこのような発言を行ったという記録は全くと言っていいほどなく、また普通に考えてもルイ16世にならばともかく王妃に対して庶民の窮状を報告するというシチュエーション自体が不自然です。
その上、確かに当時のフランスの国家財政は破綻していてアントワネットがファッションに力を入れて浪費していたというのは事実ですが王室の経費なんて所詮はたかが知れた程度で、当時のフランス財政が破綻した直接の原因は先代のルイ15世がでかい建物を次々と建築しては戦費のかかる戦争を次々と起こしていたことが真の理由であるため、上記の発言はアントワネットを貶めるために後世に作られたものだろうとされています。
ただ当時のフランス人のアントワネットへの憎悪はやはり激しかったらしく、目の敵にし易い外国出身でもあり「首飾り事件」という妙な事件もあり、ルイ16世を贔屓目に「悪い人ではなかった」とするために半ばスケープゴート的に悪役とされた節があります。
それが最後に爆発したとされるのがフランス革命であり、彼女への処刑でした。フランス革命が起きた当初は国王一家はまだ国民から強い支持があって軟禁される以上は何も追求されずにいましたが、王権奪回を図ってアントワネットの故国オーストリアへ先のフェルセンの助けを借りて逃亡しようとして失敗した「ヴァレンヌ逃亡事件」によって一挙にこの流れが変わることになり、国王一家は明確に国民から国家を裏切ったと言われ、特にアントワネットに対しては「国王を惑わした」、「オーストリアにフランスの情報を漏らしている」とも言われました。まぁあながち間違ってないけど。
こうした国民の声を受けて、国王支持者はそれでも多かったとされますが階級廃止を強く訴えていたジャコバン派のロベスピエールによってルイ16世は断頭台へ送られます。その後アントワネットの処遇については議論が行われ、道義的には処刑したいものの仮に処刑すれば隣国オーストリアと全面戦争になるとして慎重論も出ていたようですが、最終的には革命裁判で死刑判決を受け、夫同様に断頭台へ送られる事となりました。
その後、オーストリアとフランスの戦争は案の定激化し、一時オーストリアがフランスに侵入することになりましたがそれを撃退して講和条約まで持っていったのがナポレオン・ボナパルトという、次にフランスで主役となる男でした。
結論を言えば、アントワネットは確かに一女性としてやや問題な部分を持っていましたがそれは平時であれば特段問題となるほどではなく、厄介な時期にフランス王室に嫁いでしまったがためにその名前を後世に大きく残してしまった運の悪い女性だったと私は評価しています。ただ全部が全部同情するわけでなく、「ヴァレンヌ逃亡事件」については彼女とフェルセンの主導で実行された事を考えると如何なものかと思う節があり、この事件があったかどうかでブルボン家の存亡が変わったであろう事を思うと批判を受ける事となっても仕方のない気がします。
なおこの時代にルイ16世、マリー・アントワネット、果てにはこの二人を断頭台へ送ったロベスピエールをも直接断頭台にかけたのは、以前にも私が紹介したシャルル=アンリ・サンソンという人物です。この時代のフランスの人物はやはり面白い人が多く、このほかにも風呂入っている最中に刺されたということで日本の高校生から「おいおい」と突っ込まれたであろうジャン=ポール・マラーを刺した張本人であるシャルロット・コルデーなど、評伝書いてて中々飽きない時代です。
個人的にもっと知名度があっていいと思うのはちょっと時代が下がるけど、ジョセフ・フーシェだけど。
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