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2013年10月15日火曜日

ヘイトスピーチに対する私の所感

 先日、京都地裁にて在特会こと在日特権を許さない市民の会による朝鮮学校に向けた、ヘイトスピーチなどと呼ばれる抗議・宣伝活動が違法だとの判決が下りました。この判決では在特会に対し賠償金の支払いが命じられ、このところ各地で増えている同様のヘイトスピーチに対する初めての司法判断として大きく報じられました。今日はこのヘイトスピーチに対する私の意見を描いてみようと思うのですが、書く前にほかの報道ではどうかなと調べてみたら下記の記事に自分も知っている韓国社会を専門とする社会学者、板垣先生の意見書が載っててちょっとびっくりしました。M先生はまだ生きてるのかな?

「ヘイトスピーチ断罪判決」が触れなかったもの(朝日新聞)

 まず結論から言うと、私はこうした民族(=人種)や出身を理由とした抗議・批判をするヘイトスピーチに対して否定的な立場を取ります。やってる人間からしたらいろいろ理由を挙げてくるでしょうが私が見る限り、在特会のデモは制度の不公平を是正するという事よりも在日の人を糾弾することが目的の様にしか見えず、ただ憎しみや不満を吐きだしているようにしか見えないからです。こうした点については普段は厳しい産経新聞もこの記事で、

「批判すべきなら、普通の言葉で、堂々とすればいい。ことさらに憎しみをあおるような発言は、批判や意見とは、まったく異なる。」
「だが繰り返されたシュプレヒコールは、判決で言及されたものだけでも「朝鮮人を保健所で処分しろ」「日本からたたき出せ」など聞くに堪えない言葉が並んでいた。」

 などと批判しており、基本的に私もこの意見に同感です。

 自分のこのブログもあれこれなにかを批判することが多いですが、その際にいつも気を付けているのはそれが自分自身の愚痴に成り下がってないかという点です。基本的に批判する対象に対して私が不満を持っていることは間違いないですが、それが私個人の感情に起因するものではなく、またその不満が解消されることによって社会の改善にもつながるものだけをブログで展開するようにしています。ただ憎しみだけを周りに吐き散らすというのは社会を悪い方向にしか向かわせません。
 ましてやこのヘイトスピーチは堂々と差別を主張するもので、当局などはもう少し規制をしてもいいのではないかとすら思います。しかもデモを行う場所も朝鮮学校など制度の改善とは全く関係のない所ばかりで、言ってしまえば弱い者いじめをしているようにしか見えません。

 私自身、差別感情を持つことに対しては否定しません。誰でも聖人になれるわけじゃないし恨んだりなど負の感情を持つのはごく自然なことだと思います。しかし思うだけと、それを主張し周りにも賛同を促すというのは別問題です。これらのヘイトスピーチは弱い者いじめを肯定するようなものにしか見えず、社会上、百害あって一利なしではないかと私は考えます。

 ただ敢えてここで問題提起をしますが、在日韓国人・朝鮮人に対する法制度はそろそろ見直すべき時期に来ているのではないかともこのところよく思います。というのも在日の方々に対する法制度は戦前・戦後の混乱、また朝鮮戦争の余波などがあって特別法のような形で組まれて、それが現在に至るまでずっと続いております。しかし既に終戦から70年近く経過し、特別法のような制度で他の外国人とは異なる制度を維持するべきかどうかと言ったらやっぱりなにか違うような気がします。具体的に言うと、他の国・地域出身で永住権を保有する外国人と扱いを同じくする制度にするべきでしょう。

 さらに具体的な一点にツッコミを入れると、いわゆる「通名」と呼ばれる日本人名を名乗ることに関しては廃止すべきじゃないかと提案します。実際はどうだかわかりませんがネット上などでは在日出身の方が犯罪を犯した際、報道では本名ではなく通名によって報じられ、在日出身であることがわからないように保護されているなどという意見が出ています。
 繰り返しますが果たして実態はどうなのかわかりかねますが、こういう疑いを晴らすためにも、またほかの国・地域出身の外国人がそんな通名を日本で使用していないことを考えるともうこういう習慣はやめてしまうべきです。こういう余計な所こそ平等にするべきでしょう。

  おまけ
 最後に蛇足ですが通名ネタで語ると、中国人は英語名といって「レスリー・チャン」とか「シンディ・ワン」などと好き勝手に欧米人っぽい名前を名乗ってきますし、貿易事務書類もこの名前でサインしてくることも多いです。これらの名前は別に洗礼名とかそういうものではなく、中学校で英語を習い始めるタイミングで勝手に自分で決めるそうですが、ご大層な名前の割に英語が出来ない中国人だったりすると「何がシンディだよ」とかちょっと言いたくなります。

  おまけ2
 自分が貿易事務職を務めていた時に上記の話題が同僚の間で上がり、「花園は自転車が好きなんだからチャーリー花園って名乗れよ」と言わrました。

2013年10月14日月曜日

戦艦三笠を見てきた

 ブログを二日も休んでおきながら今日もなんかまとまらないので、親父と一緒に今日行ってきた、横須賀にある戦艦三笠の見学について簡単にまとめます。

 横須賀に日露戦争に旗艦として使われた三笠が記念艦として残っているということを知ったのはつい先月のことで、それほど軍艦マニアというわけじゃないけど近くにあるのだからと思って親父を連れ立って一緒に京急に乗り行ってきました。
 三笠は横須賀中央駅の近くで歩いて行ける三笠公園においてあり、大人1人500円で中に入れて見学できます。三笠に対する私の第一印象ですが、正直に言って非常に小さく感じました。やはり現代、ひいては二次大戦時に使われた軍艦と比べて明治の軍艦はまだ技術的な差があったのでしょうけど戦艦というにはあまりに小さく、よくこんな船に数百人の船員が乗っかって戦ってたなと思えました。

 それで中身ですが、砲塔とかはレプリカですが一応それらしい雰囲気はあり、あと館内には海上自衛隊の活動をまとめた展示とか、日露戦争について説明するパネルなどがあり最低限の展示物はそろってます。あとちょっと気になった点を挙げると、常にZ旗が翻ってて「常に戦時体制なのかよ」等と突っ込んでいました。

2013年10月11日金曜日

中国における日系企業の苦境関連ニュースについて

 今日は記事を書くつもりはなかったのですが、ちょっとひどい記事を見つけたのでさすがに黙ってはおられず一筆書くことにします。

ヤマダ電機撤退 「社名が日本兵を連想」消費者が拒否反応(産経新聞)

 上記リンク先は産経新聞の記事で、中国で苦戦する日系企業について取り上げています。詳しくは直接中身の記事を見てもらえばいいのですが、見出しにも書いている通りに家電小売り大手のヤマダ電機が中国での店舗を閉鎖していることについて、「山田という日本を連想する名前だったからよくない」と書いています。同じく去年12月に上海に中国第1号店を出店した高島屋(自分もオープン初日に取材に行った。はっきり言ってメディア対応は悪かった)も、日本名丸出しだったから苦戦が続いている、けど「優衣庫」という中国っぽい名前にしたユニクロは成功していると続いています。

 はっきり言わせてもらうと、この記事を書いた記者は中国に来たことあるのと聞きたくなるくらいお門違いな内容です。たまに中国語も出来ないのに中国に来たばっかりで、聞きかじりで適当な記事を書く記者がいますがその類じゃないでしょうか。

 一つ一つポイントを絞って解説しますが、まずヤマダ電機の中国事業が上手くいっていないのは事実で、オープンした店舗も次々と占めています。もっともヤマダ電機についていえばこのところ日本国内の事業もうまくいっていませんが、なんで中国事業が上手くいってないのかというと実は日本と全く同じ構造というか、補助金制度の終了が大きく響いています。
 日本はリーマンショックの後にエコポイント制度を始めたことから家電小売業は一時期、わが世の春を謳歌しましたが、2011年にこれが打ち切られると特需の反動から業界全体で大きく売り上げが減少することとなりました。実は中国も全く同じで、景気対策として「家電下郷」や「以旧換新」などという家電買換え補助策を打ち出し、これらが打ち切られるやガクンと売上げが大きく減少することとなりました。

 さらにこの辺は割と自分でもしっかり勉強して追っていたので詳しいのですが、中国では2~3年前くらいからオンラインショッピングで家電を買う習慣が急劇に広がっています。日本では去年あたりから段々ブームが広がっていますが、ことネットで家電を買うことについては中国の方がずっと普及しており、それを受けて中国の家電小売り大手である蘇寧電器や国美電器はどちらも自社のオンラインショッピングサイトに力を入れており、実態店舗の売り上げが減少する一方でこれらサイトでの売り上げは増加し続けています。
 以上のような観点から言うと、ヤマダ電機が中国でうまくいかなかったのは尖閣問題による日本イメージの悪化が全くないというつもりはありませんが、それ以上に中国での家電小売業界が大きく変化していることの方が大きいように思えます。

 あともうひとつ情報を付け加えると、これは私の聞きかじりですがどうも先程の中国の家電小売り大手2社が嫌がらせというか、中国メーカーに対してヤマダ電機に商品を卸さないようにプレッシャーをかけているといううわさを聞いたことがあります。その情報くれた人自体が中国メディアとして私なんかより全然プロで人脈も広い人だったので真実だと私は考えていますが、そうした嫌がらせを受けて中国のヤマダ電機では日系メーカー製しか商品が並ばず、価格帯が高級品に偏っていてそれが客足を遠ざける要因にもなっているそうです。さもありなんな話です。

 ここで話は変わってようやく上海高島屋。ここに関してはしつこく取材(広報部に1週間くらい連続で電話した)したこともあることからこだわりがあり、今年5月にも「中国で苦戦する日系デパート」の記事で分析を行っていますが、苦戦の理由は日本のイメージなんて全く関係なく、一にも二にも立地のまずさにしかありません。
 前の記事でも書いていますが上海高島屋があるのは上海の繁華街である南京路ではなく新興開発のオフィス街である古北地区です。出店前からセオリーに外れたこの立地に対して吉と出るか凶と出るか、オフィス街の需要を開拓できるかどうかが上海の一部ビジネスマン(+メディア)の間で噂になっていましたが、現在の様子からすると見事に凶と出た感じです。

 産経の記事ではこの立地について全く触れられておらず、言ってはなんですが書いた人は明らかに上海事情について素人でしょう。その点、ダイヤモンドの記者はよくわかっており、下記の記事の中で立地のまずさからで必ずしも反日が原因ではないと指摘しています。

高島屋、ヤマダ電機……中国進出失敗の原因は本当に「反日」か(ダイヤモンド)

 最後に、産経の記事ではユニクロは中国でのブランド名を「優衣庫」と中国名にしたことから日本のイメージが少なく、中国人も国内ブランドだと信じ込んでいるから成功していると書いてますが、なわけねーよと言いたいです。大体、中国人にちゃんと聞いた上での記述かこれ?
 自分が中国の友人から聞く限りだとユニクロが日系企業であることは中国人もわかっておりますが、単純に価格に比して品質が格段に優れているからよく利用するということを聞きます。結局は価値、価格に対して商品やサービスがどれだけ優れているかこの一点です。

 日系企業が海外でうまくやっていけない理由をなんでもかんでも反日で片づけようとするのは友人の言葉を借りるなら思考停止も同然です。少なくとも中国ではユニクロやヤクルト、あと隠れてYKKみたいに絶好調の日系企業もあるのだから、きちんとそれぞれの成功要因と失敗要因を分析して記者も記事くらい書けと、素人になった気分で言ってみた次第です。

2013年10月10日木曜日

水木しげるのおすすめ伝記漫画

 私が漫画家の水木しげる氏の熱心なフリークであることはこのブログの定期読者なら言うまでもないですが、実は水木氏の最大人気作と言っていい「ゲゲゲの鬼太郎」の単行本はそれほど持っておりません。鬼太郎は鬼太郎で面白いのですが、私個人として一番にお勧めできるのは水木氏の時点である「水木しげる伝(上中下)」で、そのほかだと水木氏が壮年になってから手掛けた伝記漫画が気に入っており、今日はいくつか抜粋して紹介しようと思います。

 あまり知られてないと思いますが、水木氏は1990年前後からビッグゴールドなどに実在の人物に題材を取った伝記っぽい漫画を数多く仕立ててます。対象は日本国内にとどまらず世界中のいわゆる奇人たちで、自分も読むまで知らなかった人物が数多く取り上げられております。

 まずシリーズとしておすすめできるのは「神秘家列伝」というシリーズで、こちらは現在文庫版で4巻まで出ております。タイトルの通りに神秘家、つまりオカルト関連の歴史上の有名人物を取り上げており、1巻に出てくるスウェーデンボルグなどは「こんな面白い人物がいたのか」と素直にため息が出てくるほど面白い描かれ方がされています。このほかにもコナン・ドイルや井上円了などの人物が独特なタッチで紹介されており、あと個人的に印象深いのは大本教の実質的な創始者である出口王仁三郎について非常に綿密に描かれています。社会学やっている人間は是非読むべしです。

 その次におすすめできるというか、恐らく水木氏の一連の伝記作品の中で白眉ともいえるのが「猫楠」です。これはタイトルからはわかりませんが南方熊楠を題材に取った作品で、わかる人ならわかるでしょうが、とんでもない内容になっています
 何がとんでもないのかというと南方熊楠という人物が史実上でも色々とアレな人で、この人は粘菌学者で十数ヶ国語を自在に操り、現在も続く科学雑誌の最高権威「ネイチャー」の記事投稿本数が日本人として最も多いという、私が考えるに明治以降の人物としてはもっとも「天才」という言葉がぴったりくる人です。
 しかし、天才にはありがちですが一般人としての感覚が全くない人で、カビやダニを培養するため不潔な環境で生活し、酒飲むと大暴れし、ケンカになると全裸で自在に嘔吐したりなどと自分で書いてて何書いてるんだかわからなくなってきます。ただ、そういった破天荒ぶりが水木氏の漫画にあっているというか、多分水木氏も南方熊楠みたいなめちゃくちゃな人間が大好きなんだろうなと思えるくらいにすごく、生き生きと描かれています。

 最後にもう二冊紹介しますが、「東西奇ッ怪紳士録」という短編集があります。私はこの短編集に平賀源内が収録されていると聞いたので買って読んでみたのですが、平賀源内の話も面白かった一方、「国家をもて遊ぶ男」という短編の方に強く引き寄せられました。この短編には冒頭で、

「東条英機がいなくても(代わりがいるから)太平洋戦争は起こっただろう。しかしヒトラーがいなければ太平洋戦争は起こらなかったに違いない」

 という、山田風太郎の日記を引用しています。もうわかるでしょうが、この短編はヒトラーを題材に取っています。この短編ももちろん面白いのですが水木氏はこれ以前にも「劇画ヒットラー」という作品を書いていると知り、こちらも慌てて仕入れました(Amazonから)。
 ヒトラーの漫画というと手塚治虫の「アドルフに告ぐ」が有名ですが、こちらはヒトラー自身が実はユダヤ人だったなどと数多くのフィクションを盛り込んだ作品であるのに対し、水木氏の「劇画ヒットラー」は対照的に、徹頭徹尾当時にみられていた歴史的事実に即して描かれており、ミュンヘン一揆などについても丁寧に描いてあります。

 これらの伝記漫画は水木氏自身がかなりハチャメチャな人物であることからどれも独特の視点でもって描かれていることが多く、ほかの伝記漫画などと比べて読んでいる印象が全く違います。また取り上げられる人物もヒトラーはともかくとして他は本当にマイナーな人ばかりで、単純にストーリーを追っていくだけでも面白いのでこの場でも紹介しようと思い立ったわけです。 

   

2013年10月9日水曜日

父性意識の強い所にオカマは多いのか?

 また関係ない所から話を始めますが、先程シャワー浴びている最中に郵便が来ました。私がシャワーを浴びる際はまず最初に体を石鹸で洗い、そしてそのまま髪をシャンプーで洗い、最後に一気に水を浴びて頭も体も一緒に流すことで水代とガス代をケチっています。でもって、さっき郵便が来た時はちょうど髪洗って水を流そうとする直前の満身創痍という状態でした。しょうがないから腰にタオル巻いて玄関先出ましたけど、頭も体も全身泡だらけの姿の登場に配達員も驚いただろうな。まだおじさんの配達員で本当によかった。

 それでは本題に入りますが、まず個人的な意見ですが「男とはこうあるべき!」っていう具合で父性意識の強い地域ほど、オカマ系タレントをよく輩出しているのではないかという仮説を前から持っています。日本の地域で具体的にそれはどこかというと北海道と九州で、両方とも「男は黙ってサッポロビール」みたいに口数少なく亭主関白であるほうがいいという文化が強い地域です。
 それで早速、この二つの地域出身のオカマタレントを調べてみたので下記に列記します。

・KABAちゃん(福岡)
・IKKO(福岡)
・IKKO(福岡県)
・美輪明宏(長崎)
・カルーセル麻紀(北海道)


 正直に言って、思ってたより少なかったというのが本音でです。それにしても芸能人輩出率が高いだけあって福岡は多いな……。

 一体なんで私がこんな仮説を持ったのかというと、かなり昔に笑っていいともで、「○○なのに××」という企画があり、経歴に比してギャップの強い素人を募集する企画がありました。その規格である日、「九州男児なのに××」というテーマで募集があったところ、スタジオに出てきたのは全員オカマで、「こういう企画だったのかよ!」ってタモリも吠えておりました。
 この番組を見ている際に思いついたのが先ほども言った通り、「父性意識の強いところほどオカマが生まれるのでは」という概念で、要するに「男はこうであれ!」と強く言い過ぎると逆コース(オネエ)に発展していく可能性もあるのではということです。

 考えてみればサブカルチャーにも同じようなネタが数多くある気がします。ヤクザの家でただ一人の男の子だから厳しく育てようとしたところ逆にオカマになるとか(「ストップ!!ひばり君」)、資産家の家に生まれた娘をレディにしようと教育したらお転婆になっちゃったっていう展開は少女漫画では鉄板です。まぁ「ベルサイユの薔薇」ではオスカルは初めから男として育てられて見事に期待に応えたけどさ。

 実際にあるかどうかわからないしあくまで仮説であることに変わりはありませんが、教育において一方向の方針を指し示すと、その方向に成長する(順コース)一方で逆方向にも成長する(逆コース)要素があるんじゃないかという気がします。それこそたとえば勉強を強制させすぎたら逆に大嫌いになったり、警官の家なのに息子はグレてたりとか。
 じゃあどんな風に教育すればいいのかですが、そこらへんは教育専門家に聞いてと投げたいところですが敢えて私の口から言わせてもらうと、「北風と太陽」じゃないですけど直接的にではなく間接的に方向を指し示すくらいがベターじゃないかという気がします。たとえばなってもらいたい人物像に近い偉人の伝記をさりげなく読ませるなどという方法がありますが、タレントの中川翔子氏のお父さんは幼児だったしょこたんにいきなり楳図かずおの漫画を読ませたらしく、実際に娘がそっち方向に行ったことを考えるとやっぱ効果あるんじゃないかな。

2013年10月8日火曜日

日本の建築法に対する個人的な意見

 日本に帰ってきてからこのテーマで書こう書こうと何度も思っていましたが、何故だか今日になってようやく書くことに至りました。我ながら珍しいなこれほど期間を作るというのも。
 いきなりですが、日本に帰国して生活してみて疑問に思ったこととして、なんで日本の建物はこんな小さく中途半端な大きさが多いんだろうっていう事でした。そりゃ国土だけだったら馬鹿みたいに広い中国なんかと比較するのもいろいろと問題ですが、建物の構造や立地に関しても素人の目から見ておかしいのではと思うので、今日はそう言った私個人の疑問点についてあれこれ書きます。

 まず先ほども書いたように、日本の建物は少なくとも中国の建物と比べて非常に小さいです。たとえばビルの高さ一つとっても横浜ランドマークタワーを見て真面目に「ちっちゃ!Σ(゚Д゚;)」といったこともありますが、上海の高層ビルなどと比べると日本のビルは広さ的にも高さ的にも著しくショートサイズです。
 もちろん地震大国日本という背景があることから中国みたいにバカスカ高層ビルを作れない事情があるとは思うのですが、それにしても腑に落ちないのは高層ビルの構造面、広さです。私の目から見て日本のビルはやけに細長いものが多く、しかも隣接するビルとの空間が人間が入り込むことが出来ないほど狭いという立地が多いです。こういってはなんですが、そんな狭い空間しか開けずに同じようなビルつくるんだったら、土地を共同管理して一つの幅の広いビルつくればよかったんじゃないのという気がします。

 何故そんなようなビルが日本に多いかですが、どうも調べてみると建物の容積率や高さが厳しく制限されているからだそうです。高さはともかく容積率というのはわからない人もいるかと思うので少し説明すると、要するにその土地に対して延べ床面積で広い建物を作っていいかという基準で、たとえば100平方メートルの土地の容積率が200%である場合、その土地には延べ床面積が200平方メートルまでの建物が建てられるわけで、仮に4階建てのビルを作るとしたら1階当たり平均50平方メートル(50×4=200)のビルであればギリギリ建てられるという計算です。
 この容積率は周辺環境などによって変わるのですが、日本だとこれが厳しく制限されているために土地の広さに比して小さい建物ばかり出来上がってしまうというわけです。しかも高さ制限もあるせいでその土地目一杯に建ててしまうため、先ほどの様に空余地の少ないビルの谷間が生まれることになる、というのが私の解釈です。

 余計なお世話かもしれませんが日本の建物はもう少し空余地を設けた方が火事の延焼は防げますし、風も通って都市環境もよくなるんじゃないかという気がします。そのためにも容積率を緩和して高くて多くのテナントが入る建物が作れるようにすればっていうのが私の個人的な意見です。

 しかし容積率を高めれば地震など災害に対して弱くなるのでは、という意見もあると思いますし、まさにその通りだと私も思います。にもかかわらずなんでこんな意見を書くのかというと、現時点で日本の耐震基準は異常過ぎるほど高いという話も聞くからです。

 たとえば先の東日本大震災。津波での被害が大きかったものの、都内も長く、大きく揺れたものの大きな建物の損壊はそれほど報告されておりません。また阪神大震災でも被害の中心は手抜き工事がされていた物件や、耐震基準が作られる以前の古い家屋などでした。更に言えば、既に耐震対策が施されていたのかもしれませんが一時期騒がれた耐震基準未満のマンション群も、東日本大震災によって倒壊したという話は聞きません。

 防災に対して念には念を入れることは重要です。しかし日本の耐震基準は異常過ぎるほどに高いがゆえに費用も高く、基準未満の建物もその費用の高さから建て替えがなされないという話を聞きます。現時点でもかなり巨大な地震に耐えれることは証明されているのだし、もう少し効率を優先して敷地面積が広く、まとめて入る大きなビルが日本でも増えればと個人的に思います。

  おまけ
 桃缶買ってきたのに缶切りないの忘れてました。(・ω・)シット

2013年10月6日日曜日

韓国の近現代史~その二十七、まとめ

 唐突ですが、今回を以って長く続いたこの韓国の近現代史に関する連載をいったん終了させようかと思います。前回ではいろいろとダメダメだった盧武鉉政権について書きましたが、次の李明博政権だとまだ評価も定まっていないし、別枠で資料読み込んで書いた方がいいと思うのでそろそろ切りがいいのではと思うに至りました。そこで最終回(また続き書くかもしれないけど)の今回は、これまで折ってきた韓国の近現代史をみて私が感じたことをありのままに書こうかと思いおます。

 まず最初に言いたいことは、これは連載を始める前からも意識しておりましたが韓国人と日本人の絶対的な意識の違いです。これは文化とかそういうのではなく政治弾圧に絡む民主主義意識、ひいては政治意識に対するもので、この辺のギャップが両国間で誤解を生む要因の一つになっているように思います。

 率直に言って韓国人の政治意識は非常に高いと言わざるを得ません。というのも盧泰愚政権までの韓国は実質的な軍事政権下にあり、自由な政治活動はおろか夜間の外出までも厳しく制限されておりました。そして選挙においては政権側の猛烈な弾圧があり、自由主義者の暗殺はおろかデモ隊への発砲すらも日常茶飯事だったこともありました。そんな時期がわずか30年くらい前、つまり1980年代まで韓国は続いております。
 それに対して日本はというと、そのような強烈な政治弾圧は二次大戦の時期までで終戦後はあくまで一応は自由な政治活動が許されてます。この間、1945年からだから約70年で、韓国とは40年くらいのギャップがあります。言ってしまえば、韓国の人はまだ自由を求めて政治闘争をした熱が冷めておらず、それ故に国民全体でまつりごとに対して熱くなりやすいのではないかという気がします。それに対して日本はどこか冷めているという態度を持つのでこの辺の感覚が互いに理解しきれていないのではないかというのが私の意見なのですが、長期的には韓国も今後は冷めてくるように思えるので、徐々にこのギャップは埋まるのではないかという楽観的な見方を立ててます。

 同じく政治に関する意見ですが、やはりこうして韓国の近現代史を追ってみると朴正煕の影響力が未だに強いというか、韓国におけるすべての政治軸になっているのではないかと思います。言うなれば韓国の政治史というのはある時期を境に「朴正煕的」か「非朴正煕的」の二者択一になっており、未だに朴正煕を超えるグランドデザインを示す政治家が出ていないのではないかと思います。
 もうちょっと解説すると朴正煕的なものは親米反北朝鮮、そして国家主導の経済運営であり、反朴正煕的なものはこれらと真逆な方向軸です。もっとも日本もあれこれ言う人がいますが、突き詰めれば親米か反米かで全部峻別できてしまうのですが、国家の具体像に関しては「東洋の経済大国」から脱して「モノづくり大国」、「ポップカルチャーの国」、「反中国」などとそこそこ幅広くなってきた気がします。
 一方、韓国ですが、単に私が不勉強なだけかもしれませんが朴正煕の頃からまだ動いていないというか、「日本の経済に追いつけ」、「米国とは微妙な距離感」、「北朝鮮とは戦争にならないように」で未だにずっと続いている気がします。先程にも書いたように、韓国をどんな国にするのかそういうグランドイメージを作れる政治家が致命的なまでに不足しているのではないかという気がしてなりません。

 最後にもう一点だけ付け加えますが、韓国は恐らく日本よりも民主主義が浸透している国だという気がします。ただ民主主義というのは完全無欠のシステムではなくほかの独裁制や王制に比べてマシだからみんな使うだけのシステムにほかなりません。そのため民主主義が浸透し過ぎているが故の弊害もあり、言ってしまうと盧武鉉政権なんかその典型でしょう。
 今現在は朴槿恵政権ですが、正直に言って私は彼女の言動などを見ていると資質的にいかがなものかとよく思います。特に存命時の金正日と直接会って会談した事実などは看過できない失点のように思え、それでも大統領になれる韓国の民主主義は立派なものだと思うのと同時に、先行きに一抹の不安を覚える次第です。