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2021年6月12日土曜日

ゴルゴ13の資産は大丈夫なのか?

 先日、同僚に「経済小説とか好きならば」と薦められたことから、「清武の乱」の首謀者こと清武氏の「プライベートバンカー」という本を読んでみました。この本はタイトルの通りプライベートバンカー、つまり金がうなるほど有り余っている個人の富裕層客に対し相続対策を含めた様々な資産運用サービスを提供する金融関係者を取り上げた内容となっています。
 舞台となるのは、近年富裕層優遇政策を採りその誘致に成功したシンガポールで、シンガポール内の銀行の日本人客担当部署に勤めることとなった元証券屋の日本人が主人公です。時期的には311前後、つまり2010年前後の話ですが、文庫版の「完結版」にはその後的なエピソードも加筆されています。

 この本は一見すると小説仕立てなのですが、実はノンフィクションで、登場人物もごく一部を除いてほぼ全員が実名というかなりとんがった内容となっています。特に後半にかけては警察が介入することとなったある事件も取り上げており、本当に小説じゃないのかと見まごうような展開を見せます。読後感としては非常によく、同僚同様に自分もこの本を薦められます。

 ここで話は変わりますが、この本の肝は富裕層の資産もろともの国外脱出、作中では「オフショア」
と呼ぶ行為が中心なのですが、割と自分もこの方面では知識があり、そういった面からも興味が持てました。ただその資産の国外移転ですが、実はここ数年で急激にハードルが高くなってきており、前ほど気軽には行えなくなってきています。
 その理由は何故かというと、タックスヘイブン対策としてOECD参加国が推進している反租税回避運動によります。近年、企業を含め事業などで得た所得を所得税の低い国(タックスヘイブン)に移すことによる課税逃れが深刻化してきたことにより、お互いフェアに自国民から税金を取ろうぜ的なノリで始まったのがこの運動です。

 ポイントとしては、税率競争の回避と、情報共有が主な内容となっています。前者は、それこそさっきのシンガポールのように、企業や富裕層を誘致するために国同士で税率を引き下げ合っていると結局必要な税収が得られなくなって、企業や富裕層だけ漁夫の利を得ることになるから、もうそういうのはやめようぜという合意です。先日のG7の税率15%下限案などはまさにこの流れのものでしょう。
 次の情報共有ですが、CRS(共通報告基準)と呼ばれる制度で、口座金額が一定額以上の非居住者情報を、その非居住者の国籍のある国の税務当局に毎年1回通知し合うという制度です。2018年くらいに合意されて、直近の報告は2月に行われたことが日経新聞も報じています

 このCRSで相続税などの租税逃れを図っていた富裕層はかなりダメージを受けるとみられ、先の「プライベートバンカー」でも「最初の執筆時とかなり状況が変わってきており、対策が強まっている」と言った言及がなされています。
 この辺に関し、インターネットの普及による国際送金の手軽化によって2000年くらいからタックスヘイブンの存在が段々と一般化してきましたが、実は今、若しくは過去がピークだったのかもと思うようになってきました。前述の通り、国際間で租税回避に対する取り組みや条約はどんどん強まってきており、現時点においても前ほど楽々には行えなくなってきています。個人資産のグローバル化という意味では、今後はやや狭まるのではという風に見ています。

 以上を踏まえて言うと、ゴルゴ13の資産はどうなのかというのが気になってくるわけです。言うまでもなくゴルゴの暗殺依頼の1件当たり報酬は莫大で、案件ごとに巨額の現金が毎回スイス銀行に送られていきます。各国の税務当局関係者からすれば、伝票に記載されないこれらのお金は、マネーロンダリングにしか見えないでしょう
 おまけに、かつては顧客情報は一切外部に漏らさず、プライベートバンクの中のプライべートバンクと言われたスイス銀行(=スイス銀行連盟に加盟している全部の銀行でどこか一つの銀行というわけじゃない)ですが、近年は上記のような国際的圧力の高まりを受け、結構顧客情報を政府関連部門など外部にも出すようになってきています。まぁだからこそ、ケイマンなどのタックスヘイブンが躍進するきっかけにもなったのですが。

 そのように考えると、ゴルゴのスイス銀行にあるゴルゴ資金ことG資金の保全は大丈夫なのかと見ているこっちが不安になってきます。それこそ不正な送金と判断されたら送金元の国の税務当局によって没収される可能性も十分あるわけです。もっとも、暗殺費用が不正なのか公正なのかは倫理的な議論が必要になりそうです。一応、仕事に対する正当な報酬であることには間違いないけど。

 その上で、あんまゴルゴの話は細かく読んでるわけじゃないのですが、ゴルゴにはこのG資金を保全、運用するパートナー、つまりプライベートバンカーはいるのだろうかと気になりました。まさかゴルゴ自身がやってるとは思えないし。
 このように考えると、富裕層への租税回避の取り締まり強化によって暗殺もおちおち依頼できなくなってきており、世知辛い世の中になってきたなぁという感じもします。暗殺が頻繁な世の中が世知辛くないかどうかはこの際置いといて。

  追記
 やはり税務専従者もゴルゴの税対策について気になるのか、以下のコラムを書いてる人がいました。このコラムの通り、ゴルゴは確定申告とか絶対してないから国税庁とか怒り心頭だろうなぁ。


2021年6月10日木曜日

進撃の巨人の完結について

 時事ネタというか漫画「進撃の巨人」の最終巻が昨日発売されて自分も読んだので軽く感想を書きます。

 ネットで見るとその結末に不満を感じたなどとするコメントも多く、作者も作者でそれを自虐ネタにして巻末おまけ漫画にまでしています。私自身の感想はさにあらず、一応伏線はすべて回収していて、尚且つ改めて連載初期の場面を見返すと実はそうだった的な解釈をすることができるだけに、結末も非常によくできているという印象を覚えます。
 ただ、盛り上がりで言えば前半から中盤にかけて、それがために上記の不満のような声が出て切るのだと思います。というのもこの漫画、世間的にはジャンルはファンタジーとして認知されているようですが、私自身はむしろミステリーに属すと考えており、そのジャンル属性故に上記評価につながったのだと思います。

 あらすじが分かっている人には説明するまでもありませんが、この漫画冒頭から正体不明の巨人と意味が分からないまま戦っていくことになり、その戦いの過程で世界の真実が徐々に明らかになっていくという筋道になっています。そのため、後半になればなるほど世界の真実が分かった状態に近づいていき、最終巻に至っては残された謎はもはや主人公の意図くらいしか残んなくなり、謎が解けることによるカタルシスがどんどん薄まっていったというのは否めません。
 そういう意味で、一番盛り上がったと思われる中盤における最大のネタバレと言うか、ライナーというキャラクターのある告白の場面こそがこの漫画のミステリーとしての最大の見せ場だったと思います。なおそのシーンは日本漫画史上において歴史に残る1コマと言っても過言じゃなく、多分リアルタイムで見ていた人は誰もが二度見したことでしょう。

 一応、後半はミステリー色がやや薄まったものの人類の普遍的テーマをストーリーに織り込むことによって文学性的な面白さはどんどん増していったと思うのですが、やはり前半から中盤にかけてのミステリー要素を好む読者からしたら何か物足りなさを感じるのも自然でしょう。私自身は後半の話も好きで、主人公とライナーの対話シーンなんかはほんとよくできたと思うのですが。

 繰り返しになりますが、私はこの漫画のジャンルは究極的にはミステリーだと思っています。その上で、これまでの日本のミステリー漫画というと「MONSTER」が最高傑作とよく言われてきましたが、私自身は「進撃の巨人」の方が上だと考えています。それだけこの漫画の伏線の張り方やプロットは見事この上なく、10年代を代表する漫画として歴史に残るでしょう。

2021年6月8日火曜日

一方通行でしか暴力が報じられない世界

20代の看護師、胸ぐらつかむ 病院で暴行、患者軽傷(神戸新聞NEXT)

 上記事読んですぐ思ったのは、「逆パターンで患者が看護師に暴行しても、絶対に報じられないよな」ということでした。でもってそうだからこそ、調子に乗る人もいるよなぁと内心思います。

 なんか最近の日本はSUICA並になんでも間で非接触型な社会で、一部でも報じられましたが何をやってもパワハラになるというか、「次から気をつけようね」という優しい感じで言っても部下から訴えられたらいろいろ終わるとかいう話を聞くだに、いろんな意味で社会がおかしくなってるなという感じがします。
 それこそ恋愛においても、最近は告白メールを送るだけでも相手の意にそぐわなければセクハラ認定されるという、ほんとかどうかよくわからない話すら聞きます。そりゃ確かに断ってるのに何度も付き合えとかいうメールを送ってきたらセクハラというかストーカーとして扱ってもいいと思いますが、1回送るだけでもアウトと言うのならそんな国で少子化対策とかしても無意味でしょう。

 話を戻すと、上記のように暴力に関して一方通行でした報じられない、処罰されない例はほかにも多いでしょう。代表格は駅員で、このほかコンビニ店員とかもそこそこ暴力を受けているのではないかと思います。また仮に駅員が乗客に殴られて、反撃で殴り返したら、乗客に殴り返した事実のみが報じられるでしょう。これが現実。
 このほか警官が同じく、市民に向かって殴ったらもうえらいこっちゃでしょう。駅員同様、殴られたので制圧ではなく殴り返したりしたら、それが正統な公務であっても悪く報じられる可能性は十分あり得ます。そう考えるとフェアじゃないです。

 そう思うと、こち亀の世界はめちゃくちゃフェアと言うか、警官同士もさることながら主人公の両さんが市民だろうが老人だろうが気にせず殴り合ったりしていて、大人になって読み返すと別な意味で笑えるかもしれません。ただ昔作者が破天荒な警官を描いているつもりだったが段々と変な警官が増えてきて、前ほど破天荒にならなくなったと言ってたことがあったように覚え、そう思うと世の中なかなか因果なものです。

 私個人の印象を書くと、人間いろいろあるんだから多少はお互い致命的な怪我を与えない程度に殴り合う社会の方が健全だと思います。冒頭でも書きましたが今の日本は非接触型SUICA社会(PASMOも可)で、恐らくこの流れは今後さらに進展していき、対面すら互いに拒否し合う時代が来るのではと想定しています。果たしてそれでいいのか、この辺をもうちょっとみんなで考えてもらいたいトピックです。

2021年6月7日月曜日

ハード信仰記事の反省会

成功体験が足かせに、日本のDXを妨げる罪深き「ハード信仰」(JBpress)

 ハイというわけでヤンマガ風の自分の記事紹介ですが、今回は残念ながら反省会で、アクセスは振るいませんでした。記事内容については見てもらえばわかる通り、近年露呈してきた日本のIT開発力不足問題の根底は、日本社会のソフトウェア軽視の風潮、言い換えればハードウェアにこだわるハード信仰にあるという主張をまとめましたが、結果はご覧の有様だよ的になりました。
 自分で言っててなんですが、古い言葉を使うもんです。

 失敗した理由としては、見出しに「中国」が入ってないことが大きいかなと思うのと、やはり読み返してみて、記事全体でまとまりがやや薄いという印象を覚えます。とはいえ、前半で具体例を出さないとこの辺の主張ってのは実感が持ちづらいこともあるので、言い訳じみてますがこのようにまとまりを欠くことになったのもいくらか仕方ないのではと思う節があります。
 この記事の主張自体は前から自分が言いたかった内容で、こうして世に出せたこと自体は個人的にはうれしいのですが、世間の耳目を引けなかったのは自分の技量不足として重ね重ね情けなさを感じます。おにぎりの具材なんかよりこういう内容のが発表したいところですが、やっぱアクセス稼げるのはおにぎりだったりするので、この辺の塩梅は本当に難しいです。

 ただ、今回全く収穫がなかったというわけでもないです。ヤフコメはアクセスの悪さを反映してそんな伸びなかったのですが、その中の一つのコメントにハード信仰について、「日立に富士通、NECといったハードウエア企業がソフトウェアをやってるから仕方ないよ。」というコメントがあり、ああなるほどと手を打ちました。
 実際にその通りで、さらに付け加えるとNTTも元インフラ屋です。日本の代表的ソフトウェア、というかシステム開発企業は確かに母体というか源流がガチガチのハードウェアメーカーであり、そうした背景がハード話絵振興につながっているという意見は個人的に感銘を受けました。

 逆を言えば、生まれながらのソフトウェア企業がシステム開発にまで行きつかない点が、日本のシステム開発のウィークポイントなのかもしれません。一応、ソフトバンク、楽天などのほか、ゲームソフトウェアメーカーが生まれながらのソフトウェア企業ですが、国の大手システムを受注するなんて話は聞きません。
 一方、中国ではネット通販大手のアリババ、ゲームパブリッシャー出身のテンセントが、産業向けではなく個人向けが主とは言え、国家レベルのアプリを開発、運営したりしています。さっきゲームソフトウェアメーカーと私が書いて、「ゲーム屋はシステムなんて作らないだろう」と思った方もいるでしょうが、実際にはテンセントのように作ってるところもあります。

 そういう意味では、生まれてこの方ソフト屋さんこそ日本は強化すべきなのかもしれません。この点に気が付いただけでも、この記事は出してよかったと負け惜しみ的に考えるようにしてます。

2021年6月6日日曜日

ミツカンの相続問題について

ミツカンのトップ交代と相続問題 創業家・中埜家から初の女性社長(日刊ゲンダイ)

 大手メディアは広告費惜しさにほぼ全く報じませんが、ミツカンの相続問題はある意味現代において希少な、それこそ皇族くらいにしか見られなくなった古い価値観を見せててかなり面白いことになっています。

 詳細については他に開設されているサイトもあるのでそちらを見た方がいいでしょうが、簡単に説明すると、今回ミツカンは創業家一族の中埜家出身で長女の裕子氏が社長に就任しましたが、肝心な人事はその次の副社長に就任した次女の聖子氏の方です。というのも聖子氏とその夫の間には2019年に男児が生まれたのですが、生まれた直後、聖子氏の父親で現会長の中埜和英氏がいきなり「この子は私の養子にする」といって、海外赴任中だった聖子氏の旦那に何の相談もなくいきなり引き離したことが伝えられています。
 この件について聖子氏の旦那は裁判を起こしており、現在も係争中です。

 何故おじいちゃんに当たる中埜和英氏が娘の長男、つまり孫を養子に取ったのか。想像するに昔の武家的価値観で養子であっても男系を継続させるという目的と、外戚をこの際排除するという目的があると思われます。

 このような「何時代?」と聞きたくなるような事件もありながら、巣ごもり需要でミツカンの業績は好調のようで、友人と一緒にこの前もビビってました。とはいえこんなやり方は人道的にもあまり好ましくなく、ミツカンの製品はしばらくボイコットしようと思い立ったものの、中国だとあんま身近にミツカン製品がなくてやりようがないということに後から気が付きました。

 上記の相続問題について、いまいちこれまでの報道だと子供と引き離された夫婦の母親側、つまり中埜聖子氏の立場はどうなのかが見えてこなかったのですが、今回の副社長就任を見ると父親の中埜和英氏の立場にあるのかと思われます。別にどっちにつこうが個人の勝手でしょうが、せめてお子さんのために配慮ある鼓動を取ってもらいたいと個人的には見ています。

2021年6月4日金曜日

台与は誰?

 先日、DMMの電子書籍セール時に、前からちょっと興味あった「雷火」という藤原カムイ氏の漫画を1巻だけ購入しました。この漫画の舞台は邪馬台国で、ヒロインは台与(壱与)という、中国の歴史書において卑弥呼の後を継いだ巫女です。

台与(Wikipedia)

 卑弥呼に関しても謎は少なくないですが、それ以上に謎の多いのがこの台与です。中国の歴史書に日本の統治者として名前は出るものの、若干13歳で卑弥呼の後を継いだという事実以外はほぼなにも紹介がなく、そうしたファンタジーを感じさせる経歴から先ほどの「雷火」を始めそこそこ漫画に登場する機会も少なくない気がします。
 なおその場合、大抵卑弥呼はクソババアみたいな描かれ方するけど。

 一部で古事記に出てくる皇后を台与に当てはめようとする歴史学者も少なくないですが、大分昔にも書いた通り、同じように類推しようとする卑弥呼同様にそうした行為は無意味だと私は考えています。まだ関連記述資料のある倭王武を雄略天皇に比定することはもっともであるものの、卑弥呼や台与に至っては資料がないことをいいことに無理やりなこじつけ論ばかりしかなく、正直言ってその手の議論は嫌いです。そういう意味では卑弥呼も台与もファンタジーな存在としてあるべきでしょう。

 しかしそれでも気になるのは台与はその後どうなったのかです。前述の通り、中国の資料では13歳で女王となったそうですが、そんな若さで大丈夫かとやたら心配になってきます。また何故古代日本で二代続けて女王が出たのか、この辺も興味が尽きません。女性に相続権があったのかもしれませんが。

2021年6月1日火曜日

ダンバインのようなラリーカー

 なんか急に思い出して先ほどからアニメ「聖戦士ダンバイン」関連の動画を見まくってます。なおこの手の動画だと「農耕士コンバイン」が珠玉です。

 ダンバイン自体はスパロボ経由で知りアニメは初めて地上に出るところまではビデオ借りてみてましたが、なんか途中で見なくなってそれきりとなってしまいました。そういうわけで知識はかなり中途半端な作品なのですが、この作品というか設定の上手いところは前半の主役機である「ダンバイン」に関する設定だと思います。
 そのダンバインはごく初期に作られたロボット兵器(オーラバトラー)なのですが、初期型なためにエンジンというか動力が搭乗者のオーラ力に大きく左右されるという特徴があります。そのためオーラ力が半端なかった主人公のショウ・ザマが乗ると無双の活躍をする一方、オーラ力がない搭乗者だったらてんで動かず、下手すりゃ起動すらできないという代物でした。

 この設定の妙は何かというと、最初から登場する初期の機体ながら続々と出てくる新型機にも性能で負けないという根拠となる点です。逆に他のロボットアニメだと、初期型の機体が新型機に負けないくらい互角に戦えるというのは普通におかしく、パイロットの腕がいいといっても限度があります。
 実際この辺は非常に残酷というか、どんだけ腕のいいパイロットでも機体性能で劣れば実際の空戦でもほぼ全く勝てないと言われます。逆を言えば、性能で劣る機体で撃ち落とすことが優秀なパイロットの証明となるのですが。

 なおオーラバトラーの話に戻ると、初期のダンバインがそうした特徴から一般兵だと乗りこなせない代物だったため、後に出てくる新型機には搭乗者のオーラ力を引き上げるオーラコンバーターが搭載されます。しかしその結果、搭乗者のオーラ力にあまり左右されなくなり、オーラ力の高い搭乗者が乗っても飛躍的に性能が高まるということもなくなり、先のダンバイン無双にまたつながってきます。

 さてこのダンバインの設定ですが、これを見ていて地味に「ランチアかな」と少し思いました。ランチアというのは言うまでもありませんがイタリアの自動車メーカーで、初期のWRCではまだ一般的でなかった4WD仕様のラリーカーを投入し、圧倒的実力で他車をねじ伏せ続けたラリーカーにおける名門ブランドです。
 ただ当時の4WDは技術的にも低く、高いトラクションによる加速力を確保できた一方、カーブ時に動力をタイヤごとに分散させて回頭をアシストするLSDのような装備はつけられていませんでした。その結果、他のFRやFF車と比べて直線ではバリ早い一方でカーブ性能が極端に低く、直線ですっ飛ばして曲がりかごで大きく減速して曲がり、また直線でぶっ飛ばすというイノシシみたいな車になってました。

 そうした走行性能であったことから、もうカーブの曲がりの良さはあきらめて、直線を一気に飛ばすだけのパワーだけ追い詰めた結果、出来上がったのがランチア・デルタS4です。
 この車がどういう車かというと、馬力が456~650PSに対し、車重はわずか890kgしかないという恐ろしいスペックの車です。
 一体これがどれほど恐ろしいのか比較対象として現行のR-35GTRと比べると、こっちは馬力が480~600PSであるのに対し、車重は大体1700kg前後です。つまり、GTRの約半分の重量で馬力はほぼ同等がその上を行くというのがデルタS4でした。ちなみに他の車種の車重は

アルト:610~740kg
ヤリス:940~1180kg
N-BOX:890~1030kg

 と言ったところで、イメージ的には軽自動車の車重でGTR並のパワーといったところでしょう。

 はっきり言ってスペック見るだけでも恐ろしさこの上ない車ですが、実際に扱いの非常に難しい車だったと言われ、レースにおいてドライバーが事故死するなど重大事故を何度も起こしています。ただ実際の戦闘力は非常に高かったとされ、文字通り乗り手によっては無双してのけることも可能だったそうです。
 そうした経歴を見るにつけ、乗り手によっては無双もするがまともに動かなくもなるというダンバインを見るにつけ、このデルタS4のことが頭をよぎります。じゃあダンバインの後継機であるビルバイン的なものは何かってなると、4WDの完全熟成という意味ではやはりインプレッサWRX STIが来ると思います。ランエボだと、オーラコンバーター(AYC-アクティブヨーコントロール)的にやはり敵役のオーラバトラーでしょう。