2014年1月5日日曜日

監視し合う民族

 昨日の記事で年末の北京旅行で気づいた点というかインスピレーションを個別に紹介していきましたが、最後の最後に気付いた大きなトピックについて今日は紹介しようと思います。先に書いておくと恐らくここで書く内容は書かなければ書かずに置いた方がよく、書くことによって少なからぬ人間を敵に回してしまう内容です。

 その事実に気が付いたのは、日本に到着して自宅に帰る途中の電車の中でした。帰路が同行した友人と同じ方向なので電車でも隣り合って座り、話しをしながら乗っていたのですが、途中の駅で特急待ちとなったことからそこで停車する時間がありました。その停車中、自分の携帯電話が鳴ったので着信元を見ると上海にいる中国人の友人からだったので、電車も停車しているのだしまぁいいかとばかりに電話を取って、「喂,你好啊!」って具合で景気よく中国語を口にしました。
 その瞬間、それほど多くはいませんでしたが車内にいる乗客の目が一斉に自分へと向けられました。こういう体験は何もこれが初めてでなく、これまでにも中国語を電車で移動中に使うと日本語にない発音の珍しさからなのか、乗客が一斉にこっちを見つめてくることを何度も経験しています。なので今回も「よくあること」で片づけられたのかもしれませんが、この直前にあった出来事とリンクして咄嗟にある仮説が思い浮かんだのです。

 私が中国からの電話を受け取る直前、具体的には特急待ちで電車が駅に停車をした際、一旦車内のドアを閉めて空調の電源が落とされたのですが、空調の電源が落とされた瞬間は一時的にそれまであった空調特有の騒音がなくなり会話をする自分たちの声が急にクリアに聞こえるようになりました。ただクリアになったとは言ってもそれは本当にごく一瞬で、そのすぐ後には「シーン」という擬音が似合うほどの静寂が車内を包みます。何故かというと、それまで会話をしていた乗客が一斉に会話をやめたからです。
 日本人である皆さんならこのような体験を一度や二度、ひょっとすれば何度も経験してはいないでしょうか。室内にいる人間全員がそれまで会話をし続けていたのに、突然騒音がなくなったりBGMが中断されたり、誰かが部屋に入ってきたりすると一斉に黙ったり、声を小さくしたりなどと。もしくは、誰かが近づいて来たりしただけでも会話を中断してしまうこともあるのでは。

 まどろっこしい言い方はこれまでにして私が導き出した仮説を述べると、日本人というのは無意識に周囲の会話を盗み聞きしようとする一方、自分の会話を盗み聞きされないように気を配っているように見えます。嫌らしい言い方をすると、常に相互監視し合っているのが日本人社会だと言いたいわけです。誇張ではなく日本人は周囲で会話があると無意識にその内容を把握しようとするし、周囲に人がいれば自分たちの会話を聞かれていないかどうかを意識するところがあります。

 私がこのように考える根拠はいくつかあり、一つ目は上記の私の中国語の発音に対して乗客全員が反応を見せたこと、二つ目は私自身も電車に一人で乗っていたりすると知らず知らずのうちに周囲の会話に聞き耳を立てていること、三つ目は中国人は全く他人の会話に興味を持たないことからです。
 ちょっと長くなりますが三つ目について自分の体験を話すと、中国人は電車で移動中、本当にやかましいくらいの大声で常にみんな話をし合っています。なもんだから私が日本人の友人と一緒に電車に乗りながら日本語で会話していると中国人のおばさんが、「ねぇねぇこの駅に行くのはどう乗り換えたらいいの?」って中国語で尋ねてくることがありました。なんでよりによって日本人の自分に聞いてくるんだよと思いつつ中国語で路線の説明をしましたがどうもなかなか通じず、終いには我々を見かねた別の中国人のおばさんが、「この子たちは日本人よ。私が教えてあげるからあなたたちは無理しなくていいわ」と助け舟に入ってきてくれました。電車を出た後には一緒にいた友人に、「俺ら結構大声で日本語話してたんだけど、あのおばさんは全く聞いてなかったようだ」と言い合いました。

 この自分の例に限らず中国人は全く以って他人の話を聞かず(やや仕事でも)、かつ自分の会話が他人に聞かれることについて全く恐れを抱いていません。それに対して日本人は自分の会話を聞かれることに強い恐れを抱くし、盗み聞きした会話をよく話のネタに使います。先程やってみましたがGoogleで「電車 会話」と検索するとまさに盗み聞きした内容が書かれたサイトが出るわ出るわで、こんなの見ている電車の中で会話すること自体がタブーなのではないかとすら思えてきます。
 ただ同じ日本人でもこの傾向には地域差があり、関東よりは関西の方が聞き耳を立てないというか中国的な印象を覚えます。とはいえ関西人が全く聞き耳を立てないかというとそれはなく、というのも非常に嫌らしいことですが私はこの日本人の盗み聞きしようとする傾向に気付いてはいなかったものの、自分の会話の内容に何かしらの反応を示すことは知っていてそれを逆手に取ってしょっちゅう実験をしていたからです。

 その実験をしていたのは関西で過ごした学生時代ですが、友人と一緒に電車に乗るとやおら日本の統計データ、具体的には日本人の平均年収や自殺率、国債残高や首相支持率などといった数字をやや大きな声で口にして、それに対して周囲の乗客がどんな顔をするのかじーっと観察してました。日本人の世代別平均年収を話すと若い女の子は大抵意外そうな顔します。
 そんな私の本当に厭味ったらしい学生だった過去は置いといて話を戻しますが、まぁこれだけグダグダ説明しなくても同じ日本人なら最初の方の説明ですぐに理解してるんじゃないかと思います。何せ普段からやっていることなんだし。

 では何故日本人はそのように盗み聞きしようとして、またそれに対して盗み聞きされないように気を配るのか、これは結論から述べると単純に教育が悪いせいだと思います。ここ数日、この仮説に気が付いてから街中を歩く時や電車に乗っている最中はずっと観察してましたが、やはり小学生くらいの子供だとこの傾向が全く当てはまらないことに気が付きました。日本人の大人は電車が駅に到着して騒音が減ると露骨に会話の音量が小さくなったり下手すれば中断したりしますが、小学生はそんなのなんのそのとばかりにそれまで通りの音量でしゃべり続けています。また大人がみせる盗み聞きされているのではないかとばかりに周囲に向ける警戒感らしきものも全く見せず、まぁ無邪気に話し続けます。
 ターニングポイントとなる年齢層はやっぱりというか中学生くらいで、この層あたりから気にせず話し続けるのと周囲を気にするようなのに分かれてきます。友人にこの仮説を説明した所、やはり思春期に当たる世代で色々と気にし始めることが影響しているのと、日本人の場合その思春期特有の感覚が成人になっても変に続いているのではないかという面白いコメントが得られました。

 今回、ここで書いた内容はあくまで仮説であり実態としてはもしかしたら間違っているかもしれません。しかしそれを推しても自分としてはそこそこ自信のある仮説であり、日本人の民族性において意外な盲点によく気が付いたという自負があります。もっともこれまでなんで気が付かなかったのか、自分もやはり日本人の一人だったのかという妙な敗北感も覚えますが。

 率直に言って、このように盗み聞きをしようとするような、まるで密告社会であるかのようなこの特性を持つ自分を含めた日本人というのは非常に気味悪く感じます。また古来よりこのように相互監視し合うかのような陰湿な民族が栄えたという試しは聞いたことはなく、むしろ衰退していくというのが自然の流れの様にも思います。メディアも去年は個人情報保護法案関連で日本が監視社会になるだのなんだの散々に煽りましたが、同じ日本人同士で日常茶飯事みたくしていることを今更何言ってるんだよという気がしてなりません。

 冒頭から非常に挑発的な文章を綴っておりますが、自分は日本人がこのような行為をそうそう簡単にやめるとは思えず、この記事で改善を促すなぞ以ての外でしょう。ならなんで記事にしたのかというと、このブログの読者であればこうした日本人の傾向を意識することでいい意味で見えてくるものがあるだろうと確信していることが大きいですがそれ以上に、書かなくてもいいことを書くと「俺はお前たちとは違う」ということを鮮明に宣言したいというのが本音かもしれません。

4 件のコメント:

  1. 遅ればせながら、あけましておめでとうございます。
    今年も、陽月秘話を楽しみに読んでいきます。
    お体に気をつけて、花園さんにとって素晴らしい一年でありますように♪

    監視か、、そんな風に思ったことなかったけど、そうかもしれない、とも言える、、。
    小さい子連れで電車に乗ると、周りに迷惑かけないか、すごく気になりますね。
    実際、横須賀線の指定席で、子供がすごくはしゃいでたら、おじさんに目くじらたてて、怒られたことがありました。電車内は静かにするところ、という暗黙の決まりがあり、小さいときから、「電車はみんなが乗るところだよ。静かにしなさい。」と言い聞かせられているから、子供のときは、傍若無人でも、成長するにつけ、自分の会話も聞こえないように気をつけるし、その分、人の会話も気になってしまうのかも、と思いました。さかもと未明さんという漫画家が、飛行機に搭乗中、ずっと赤ちゃんが泣いていたことにキレて、赤ちゃんを乗せないようにしてほしい、と苦情を出していたそうですが、赤ちゃんは泣くし、子供ははしゃぐものですからね。http://shuchi.php.co.jp/article/1229
    「人に迷惑をかけない」という教育が徹底して、中国よりも、私語を慎む電車内なのでしょうかね。
    当たり前のことでも、外国と比べると、いろいろな発見があり、面白いですね。

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    1.  今日も電車の中にベビーカーを乗せるかどうかというテーマで記事が出てましたが、昔はこんな議論がなかったのになぜ今頃になってかと思うと、以前より社会の目が厳しくなっている気がします。ただこの記事で批判的に書いているように私はこの流れに反対で、「中国人みたいに気にしない奴が強いんだ」ってのをこれからも標榜してこうと思います。

       こちらこそあけましておめでとうございます。
       なんかしょっぱなから今年は大波乱というかあまり幸先のいいスタートを切れておらず不安げですが、昨年12月から記事の質が自分で見てても、この記事を始めとして格段に良くなっているので、そうしたことを励みに頑張ろうと思います。

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  2. その通りです。東京の電車に乗ると、ストレスを感じていますわ。
    一方、大阪の電車雰囲気はフラットやねん。

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    1.  電車を見るだけでも大阪と中国が相性がいいってのがわかるよ。なんでもかんでも関西びいきではないけど、電車という空間に関しては関西の方が関東に勝っていると断言できる。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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