2014年4月11日金曜日

努力の実らない風潮

 時期にして確か四年前の2010年、友人とスカイプで話をしている最中にふと向こうから、「今の日本の世の中はニヒリズム(虚無主義)に満ちているから、誰もが何かしたところで無駄だと考えるから現状を何も変えようとしないんだよ」ということを言いました。この言葉を聞いた当時に私は、「それは君がニヒリズムの信奉者だからだろう」なんてことを口には出さなかったものの考えてそれほど重要視してはおりませんでしたが、今となって思うと現在にまで続く日本の社会状況を喝破した一言だったのかもしれないと思いだすことが増えています。なおその友人は実際に、学生時代から「僕の思想はニヒリズム」と言って憚らない友人でした。

 私が何で今になって友人の言葉を信じるようになったかというと、端的に言って今の日本では努力すればするほどリターンが減るというか努力する価値がどんどん低くなっており、大方の日本人もそれを意識しないまでもなんとなく理解していて、頑張ったところで無駄だとして努力をしようとしなくなっているように思えるからです。

 こうした構造が最も大きくみられるのはいわゆる士業こと資格を必要とする職業においてで、細かい説明を省きますがかつては高級資格職としてもてはやされた弁護士や公認会計士は視覚の乱発によってその価値は薄れており、特に弁護士に至っては破綻しているロースクール制度によって司法試験合格者の平均借金額が約800万円に上るという、冗談みたいなマイナスからのスタートを要求されるようになっています。このほか税理士や行政書士なども同じような状況で、それ以外の資格でも何のための資格制度なのかと問いたくなる状況です。
 同じく学問という分野では大学教育にも同じことが言えそうです。仮に学者職を目指すというのなら話は別ですが、そうでなく普通に就職する人間からすれば大学での勉強は全く無価値に近く、企業側も断言してもいいですが文系については全く評価しません。まぁ自分みたいに大学でマルクス主義や毛沢東主義についてたくさん勉強したとか言う人間を危険人物とみなすのはまだ理解できるが……。最近友人によく言われるが、まるで過激派だな自分は。

 話は戻りますが就職後においても、先にも書いた通りにどうせ頑張った所で待遇が代わるわけがないと割り切っている節があり、むしろ現状を変えようとする人間をあざ笑うかのような風潮すら覚えます。実際に現代の日本の企業では残業代を支払うところの方が珍しいように思え、間違ったみなし残業代制度を堂々と社員に課す企業も少なくありません。また実績を上げて昇進したとしても給与は増えずに責任だけ増えるのもよくあることで、むしろ課せられる責任の増大から忌避するために適当にその場をつくろうような働き方が一般的にすら見えてきます。

 まだ大学入試の段階までは本人の努力が如実に結果に反映されますが、それ以降に関しては積み重ねるという行為が本人の降伏にとって逆にマイナスへと働くことが現代社会の特徴に思えます。積み重ねるよりもむしろ、就活シーズンにおいて瞬間風速的にうまく立ち回って待遇のいい企業に就職することがその後の人生を左右させやすく、それだけに努力の価値というものが年々落ちてきているようなと、中国での勤務を経験してみてからそのようなことを強く感じるようになってきました。
 最初に挙げたニヒリズムに満ちた友人に言わせるならばそれが人間社会なんだし、それで世の中成り立っているのだから是認するべきだとまたニヒリズムに満ちたセリフを言われそうですが、本当にそれで社会が上手く回るのかというと私にはやはり疑問です。いろいろ反論もあるでしょうが日本なんかよりずっと多くの課題を抱えている中国の方が仕事をしている人のモチベーションも高く街歩いている人の表情も明るければ顎の角度も高いです。そしてなにより、今よりいい世の中、生活にしようという気概が感じられます。

 突き詰めると社会のモチベーションに大きく影響を与えることから、努力というものの価値を高めないといけないのではないかと私は思います。もちろん方向性の間違った努力の価値なんか認める必要はありませんが、何を以って人物を評価して見定めるか、場面場面に要領よく立ち回るのもいいけど積み重ねてきたものに対してももっと光を当てるべきではないかとこの頃思う次第です。

2 件のコメント:

  1. 返信
    1.  俺も最近、ミカサの「この世界は残酷だわ」ってセリフを使う機会増えてる(^_^;)

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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