2014年6月29日日曜日

ダブルヒロイン考察

 私はまだ見ていないのですが、ディズニー映画の「アナと雪の女王」が大ヒットのロングランを続けているようです。あまりのロングランとなったせいで同時期に公開されたほかの映画が割を食ってどれも興行収入が伸び悩んでいるとも聞区だけにその影響力は絶大で、世界での興行収入も未だ伸び続けているというから驚異的です。
 なお主題歌に関しては多少申し訳ないのですが、このサイトにある替え歌の歌詞がえらく笑えました。
 
 この「アナと雪の女王」ですが、何故これほどまでの大ヒットを記録したのかという分析に、主題歌などと共に「ダブルヒロイン」という要素が受け入れられたからではないかという話を耳にしました。ダブルヒロインとは文字通りそのまま、主役となる女性を二人配置するという手法なのですが、なんでもこの作品では当初はアナ一人にスポットを当てようと考えていたものの、途中で雪の女王ことエルサも主役級に話をからめようって変わり、結果的にはそれが大当たりだったという裏話を聞きました(本当化までは確認してないが)。実際にこれらのワードで検索をかけると、「あなたはアナ派?エルサ派?」とか「アナとエルサのどっちに共感した?」などという言葉がヒットし、作品のファンの間では楽しく議論する一つの題材となっているように見えます。
 
 ところでこのダブルヒロインという手法ですが、改めて考えてみると明確にダブルヒロイン路線と打ち出されていないものの、それに準ずるようなヒット作が多いように思えました。いくつか例を出すと、日本のサブカルチャー市場で恐らく最も早くかつ明確にダブルヒロインが打ち出されたのはアニメの「超時空要塞マクロス」という作品で、この作品だと戦闘機パイロットの主人公は当初、アイドルの女性と恋愛関係であったものの自身の戦闘やヒロインのアイドル生活によって徐々に疎遠となり、逆に戦闘中にあれこれ助言してくれるオペレーターの女性と段々親密になっていって最終的にそっちとくっつく結末なのですが、このアニメの放映中は先ほどの「アナ雪」同様にそれぞれのヒロインで派閥が出来てどちらに優劣があるかという議論が大いに盛り上がったそうです。そうした経緯もあり、このマクロスの続編の俗に言う「マクロスシリーズ」ではダブルヒロインとなる作品が多いです。
 ここまで書いておきながらだけど、私はマクロスはスパロボでしかやったことがなくアニメは「マクロス+」という作品しか見たことないんだけどね。
 
 実際に私が直接触れたことのあるダブルヒロイン作品というと、同じ世代なら共感してくれると思いますがゲームの「ファイナルファンタジー�」です。この作品もヒロインと呼べる女性キャラクターが二人おり、ネタバレしちゃうとそのうち一人はゲーム途中で退場というかお星さまになっちゃうのですが、現代に至るまでどっちが正当なヒロインかで議論が続いています。なお去年に大阪で会った友人とこの話が出た時に自分はティファ派だと言ったら、「やっぱ胸か……」とぼそっと呟かれました。逆にその友人はエアリス派だと言い、二人の間に鋭い空気が一瞬流れました。
 同時期のゲームだとこのFF�のほかに「ドラゴンクエスト�」もダブルヒロインといえ、主人公は途中で二人のヒロインのうちどちらを選ぶかを迫られます。もっともこのゲームだとその後の展開はほとんど一緒だからほかのと比べるとダブルヒロインというにはちょっと物足りない気がしますが。
 
 最後にもう一つ。恐らく誰もこの作品がダブルヒロイン路線であると明確に認識してないまでも作品としてみればダブルヒロインものだと断言できる脅威のヒット作品が存在します。もったいぶらずに言うとそれはアニメの「新世紀エヴァンゲリオン」で、知ってる人には早いですがこの作品では一人の男主人公(シンジ君、香川選手とは関係ない)に対し綾波レイ、惣流アスカの二人の女性ヒロインが同時に存在しており、なおかつこの二人のキャラクターは最初に挙げたマクロス同様に見た目、性格などの点で真逆と言っていい個性を持っています。私もこのエヴァがヒットした90年代中盤にアニメや映画を見ており、周りもそこそこ盛り上がっていたのを肌で感じておりますが、当時もやはりレイ派とアスカ派に分かれてどっちがいいか等という議論はありましたし、またそれぞれを贔屓にする理由というものが明確に分かれておりました。
 
 このダブルヒロインという手法の肝はなんといっても、ファンの間口を二面に渡って広げるという効果に尽きます。どの作品でも二人のヒロインは「控え目VSゴージャス」、「前に引っ張るタイプVS後ろから押してくれるタイプ」などのように真逆の個性を持ち、言ってしまえば片方のヒロインがタイプでなくてももう片方のヒロインはタイプとなりうるため、複数の系統のファンを同時に獲得することが可能となるわけです。いわば銃と剣の二刀流、遠距離でも近距離でも同時に戦えるようなイメージですかね。
 
 総じて言うと、このダブルヒロインという手法はそれほどメジャーな手法と言えないまでもそこそこヒットを促す優秀な要素なのではないかという気がします。エヴァの様に明確に「この作品はダブルヒロイン物です」とはっきり打ち出されていないものの事実上ダブルヒロインになっているヒット作品は多いように思え、逆にダブルヒロインもので大失敗した作品というのはあまり浮かんできません。もっともヒロインが多すぎて失敗した作品なら山の様にあるが。
 逆に「ダブル主人公」の作品はどうかとなると、ヒット作もありますが明らかに失敗している作品も多いように内心思えます。なんで失敗するのかというと簡単な推測ですが、主人公が二人いると肩入れし辛いというか感情移入が出来なくなり、またストーリー展開も一人の主人公を二人のヒロインが取り合うのと比べて二人の主人公が別々の道を歩みがちで分散化してしまう傾向があって盛り上がりをわざわざ落としてしまうためではないかという気がします。パッと挙げられるのだと、「ジョジョの奇妙な冒険」の第七部こと「スティール・ボール・ラン」は二人の主人公が同じレースに勝つという目的で協力し合うという非常に上手いストーリー構成で、この手のダブル主人公ものとしては傑作と言っていいほど面白く、最後の方なんか文字通り神がかった出来だったけど。
 
 以上までがざっと書きたかったことすべてですが、途中で挙げた「新世紀エヴァンゲリオン」は改めてみるとダブルヒロインだと気が付いたのは我ながらなかなか衝撃的でした。同時にこの作品は最近になってまた劇場版が作られて大ヒットするなどそのコンテンツ力を凄まじいの一言に尽き、またあの大ブームの時代に直接触れた人間として何か解説でも書いてこうと思い立ったので次回では久々に平成史の一イベントとしてこの作品を取り上げてみようと思います。

4 件のコメント:

  1. ダブルヒロインは見ると、ダブルベッドを連想しますわ(笑)。

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  2. 片倉(焼くとタイプ)2014年7月2日 22:22

    ダブルヒロインというと 私はおねがいツインズを思い出します。 主人公の元に二人の少女が現れる
    のですが、そのうちのどちらかが主人公の妹です。(当初はどちらが肉親か不明 DNA鑑定は主人公
     が一人暮らしの高校生で資金面で不可)
    これは主人公と少女が同居し、かつ物語の後半まで、ヒロインを選択しなくてもいい理由になります。
    また、ダブルヒロインにつきものの、選択されなかった側の「悲劇」もある程度回避できます。
    もし肉親ではなかったら主人公の恋人になれます。  もし肉親だったら家族として主人公の側に
    いられます。 恋愛に決着が付いた後も主人公の元に2人のヒロインがいてもいいのです。

    おねがいツインズはダブルヒロインものにおける恋愛の一つの決着点を示しました。

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    1.  おねがいツインズは情けないながら自分は未体験です(>_<)
       ただ仰る通り、ダブルヒロインの最大の宿命は最終的に選ばれなかった側が不幸になる結末になりやすく、かといって一夫多妻制なハーレムエンドだとまた齟齬が出るという結末のまとめ方が難しい手法です。書かれている内容の通りだと確かにおねがいツインズは一つの終着点で、なおかつエンディング後も三人で暮らすというのがベターかもしれませんね。
       リアルなツインズのマナカナ姉妹なんかは、結婚した妹のふりして姉が妹の旦那の電話に出るなどしばしば妨害しているそうですが……。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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