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2014年4月21日月曜日

中国当局による商船三井所有船舶の差押さえについて

 ここ数ヶ月はとんと中国関連の記事を書いておりませんでしたが、今日は久々に大きな話題ということもあって頑張って調べて書くことにします。ま、どうせ来月になればまた量産体制に入るのでしょうけど。

商船三井の船舶差し押さえ=戦時中の賃借訴訟敗訴で-対日圧力の一環か・中国(時事通信)

 すでに各所でも報道されているので知っている方も多いでしょうが、中国の海運関連の裁判所に当たる上海海事法院は19日、日本の海運会社大手の商船三井が所有する大型船舶「BAOSTEEL EMOTION」を戦前の傭船契約違反に対し賠償支払いを命じる判決不履行を理由に、差し押さえたことを発表しました。中国政府は今回の判決についてあくまで民事上の訴訟の結果に伴うもので、日中間における戦前の賠償問題について取り決められた日中共同宣言とは関係なく、同条約の内容は今後も堅持する方針だと主張。ただ戦前の問題に対する賠償を現代に遡求して求めるという非常識としか言いようのない内容であることから、私個人としては今回のこの中国当局の行動は日中双方にとって悪影響しか与えないものだと考えます。

 まず問題の背景を一から簡単に説明しますが、事の起こりは1988年に中国の海運会社二社の関係者が商船三井を契約違反で訴えたことに始まります。中国側の原告の主張によると、二社は戦前に商船三井の前身となった会社(中国の記事によると「日本大同海運株式会社」)に対して傭船契約を結んで船を貸し出したものの、傭船費の支払いを受けられなかったどころか貸した船をおしゃかにされ、現在までの補償費用を請求する訴訟を起こしたというわけです。
 こうした背景から始まった裁判は長期間続いたものの2010年に中国の最高裁判所に当たる所で商船三井の敗訴が決まり、同社に対して約29億円の賠償費用を原告へ支払うよう求められました。この判決に対して商船三井側は原告への支払いを拒否した上で反論を行い、原告側と新たな和解案を作ろうと交渉を続けていましたが、支払い命令の不履行が続いていたことを理由に中国当局が商船三井の船舶を差し押さえたというわけです。

 中国当局側は改めて商船三井に対して賠償金を支払うよう求め、もし今後も支払わないというのであれば差し押さえた船を売却することを示唆しています。日本政府は菅官房長官が今回の中国側の行動に対して批判した上で、戦前の賠償問題については日中共同宣言で解決済みという立場を取っております。

 そんなわけで日本と中国で見事に議論は平行線が続いているわけなのですが、では中国側の報道はどんな具合なのか久々に特技を使って調べてみました。まずどっか論説でも書いてないかなと思って探したら中国で最も国粋主義的な新聞の環球時報が「扣押日本货轮,中国法律彰显正义
」という論説書いてて、じっくり読んだ後にほかの関連記事捜したら和訳記事が中国網日本語版にのってやがりました。

日本輸送船を差し押さえ、中国の法が正義を示す(中国網日本語版)

 内容は読んでもらえばわかりますが端的に言って「やってぜベイビー」って死語を使いたくなるくらい今回の判決を歓迎していて、日本国内で同様の訴訟を行っても賠償を勝ち取るどころか勝訴することも難しいが中国国内なら今回の判決をきっかけに勝訴する可能性が生まれたとした上で、

「日本の航空機や客船・輸送船などの交通ツールも中日の間を頻繁に行き来している。これは中国の司法機関による強制執行に、現実的かつ便利な条件を提供した。」

 という文言が入っております。こういってはなんですがこの主張はちょっと危険なもので、解釈によっては日本の企業が保有する船舶や航空機を今後も差し押さえるぞと言っていると受け取れます。

 もっとも環球時報は最も過激な論説を書くので他ではどうか、もとい和訳のある記事を引用してるだけだとまるで自分が中国語が読めない人間に見えるので他にも探してみたところ、「中国扣押日本28万吨轮船 因三井株式会赔偿问题(新華日報)」の記事が見つかりました。書かれている内容としてはやはり今回の中国当局の判決と差し押さえを支持した上で、強制労働、慰安婦、毒物化学兵器を始めとした日本の戦前に対する補償問題の数々は、中国国内で訴えることで解決の道筋が出来たなどと、まぁ簡単に言ってくれるなということが書かれてます。

 私の主張をこっから書いていくと、今回の判決は日本のみならず中国にとっても悪い結果しか生まないと断言できます。訴訟を起こしている当事者にとってはカチンとくるでしょうがいくら何でも戦前の補償を現代に求めるというのはナンセンス以外なんでもなく、むしろ国交回復以降に日本が行ってきたODAを中国人はもう少し評価してくれと言いたいです。その上で今回の判決によって確実に日本企業は中国への警戒心を深め、対中投資も控える動きがまず現れるでしょう。それは日中双方にとって儲かる話が儲からなくなるだけでいいことなんて何もありません。
 そして今回の差し押さえによって、確実に中国国内で同様の訴訟は増えるでしょう。そうすれば今後も日系企業の工場といった資産の差し押さえを片っ端からやってくのか、仮に中国当局がその通りに実行したら日本のみならず他国の企業も中国政府への不信を持ち、中国への投資を控える恐れがあります。かといって今後訴訟と強制執行を中国当局が控えるのであれば、なんで当局は前は実行したのに今度は実行しないんだ、生ぬるいなどと国内から激しい批判が来るでしょう。一言で言って、パンドラの箱を開けちゃったようなもんです。

 私個人は生まれてきた時代を間違えてしまったとリアルに言われるほど現代の日本社会に適合して生きられないためやや中国贔屓ですが、そんな自分でも今回の中国当局の行動はかえって中国の利益を損ないかねないものとして支持できません。一体何故中国はこんな行動を取ったのか、やはり第一に思い浮かぶのは習近平政権に変わってから露骨に日本批判が増えており、こんな時に前の胡錦濤だったらどう処理してくれたのかとやや懐かしむ気持ちを覚える限りです。

2014年4月20日日曜日

魂を切り売りする記事

 今日はちょっとネタ切れというかあんま長い記事書く気分じゃないので短いものをと考えていたところ、前回に書いた「人材派遣企業各社の平均マージン率」についてちょこっと感想を書くのがベターかという結論に至りました。

 率直に言って、この記事はこの1~2年で稀に見るほど良い傑作になったと思います。内容のテーマ性といいマージン率のデータ、そしてそれら数値に対する解説と派遣労働に関する問題点の指摘といい、どの面でもバランスよく意義深い文章に仕上げられた気がします。ただ良い記事に仕上がった分、書き上げた際の疲労感がほかの記事より明らかに高く、昨日なんか一昨日の夜に泊まりに来た大学の先輩と一緒に朝食食べた後はほぼずっとフリーだったにもかかわらずなんか記事を書く気分にはなりませんでした。

 今回の記事に限らず、手のかかる記事というのはどれも書き上げた際の疲れというものがほかの一般的な記事より大きく、敢えて比喩的な表現を使うと自分の魂を文章に切り分けているような心象を覚えます。実際にブログの文章というのは大なり小なり自分の思想を読者に与えるようなものでありそういう意味では自分が切り分けた魂を拡散して読者に伝えると言っても過言ではなく、この魂を切り売りするという行為というのは言い得て妙な気がします。

 自分は文章で単純に読者を楽しませたという思いから執筆技術の向上に取り組みましたが、それと同時に自分の思想を理解してもらうため、言い換えるなら他人を自分の思想に取り込むためにも文章をうまくなろうと鍛えてきました。もちろん自分の思想の悪い部分を引き渡してはならないということは十分注意しておりますが、気合の入った記事だとどうもその辺が制御利かないというか、想定以上に自分の魂をカットしている節があります。その辺、まだまだ自分も修行が足りないかってところです。

2014年4月18日金曜日

人材派遣業界のマージン率(2014年予備調査)

  追記
 サンプル対象を大幅に増やした2015年1月時の調査データを下記記事にアップロードしました。

人材派遣業界のマージン率 2015年版


  記事本文
 今週は一昨日の水曜日にこのブログの更新をサボりましたが、サボった理由は「真・三國無双7」で関銀屏を使い遊んでいたからではなく(むしろ王元姫)、ちょっと仕込みというか孤独に取材を行っておりました。その取材内容というのも見出しに掲げた、派遣企業各社のマージン率についてです。

 2008年のリーマンショック直前は日本の全体景気も上向いていた頃で格差議論もかまびすしく、人材派遣会社のマージン率を欧米の様にきちんと公開するよう義務付けるべきだという主張が派遣労働者による団体などによって叫ばれていました。もっともその後にリーマンショックが起こって派遣もへったくれもないほど雇用が減ったことから降雨言った格差議論は急速にしぼんだわけなのですが、結局あの議論はどうなったのかと、「全共闘の時代であれば大活躍していた」と、リアクションに困る誉められ方をリアルにされた私なだけに、先週のあるに日ふとこの件がどうなったのかと気になったわけです。

 気になったが最後、大人しそうな見た目と裏腹に行動力とバイタリティが半端ない自分なだけに早速調査に入ったのですが、調べてみたところ下記のサイトで説明されているように一応公開が義務付けられていたようです。

派遣労働者・労働者の皆様(厚生労働省)

 上記サイトの情報によると派遣労働法が改正されて、人材派遣企業各社は事業年度ごと、各事業所別にその年の派遣マージン率の合計平均を算出、公開するよう定められております。この場合の派遣マージン率の定義は下記の通りです。

・派遣料金:人材派遣を受ける企業が人材派遣会社に支払う額
・賃金:人材派遣会社が派遣社員に支払う額(=派遣社員の実質受取額)
・マージン額:派遣料金から賃金を差し引いた額(=派遣会社の受け取り分)
・マージン率:マージン額÷派遣料金

 この中で注意が必要なのは「マージン額」で、イコールで派遣会社の受け取り分と説明こそしていますが、派遣会社はこの中から派遣社員の有給取得費用や研修費といった経費を捻出するため丸々派遣会社の粗利となるわけではありません。
 以上を踏まえてモデルケースを出すと、派遣料金が月額30万円でマージン率が30%だとこうなります。

・派遣料金:30万円
・マージン率:30%
・マージン額:9万円
・賃金:21万円

 我ながらくどい気もするけど、一応こういうことも説明しておかないとフェアなじゃない気がするので簡単にまとめました。まぁ後述する皮肉の為でもあるんだけど。

 というわけで本題に戻りますが、じゃあ人材派遣のマージン率は具体的にどのくらいで行われているのか、実際に調べてみました。調査方法はランダムサンプリングも兼ねてネットでマージン率を公開している人材派遣会社を片っ端から調べて記録し、その結果を下記のリストにまとめました。
 サンプル数は50件。テンプスタッフとインテリジェンスの2社は大手であるため全国各地に営業所を構えており、ぶっちゃけ全部調べるのが面倒だったので首都圏の事業所のみをピックアップして調べました。それでは。早速その結果をお見せしましょう。


<事業所別マージン率調査結果>
派遣事業所 マージン率 派遣人数
(1日平均)
派遣先
宇部情報システム 50.4% 23 3
ビット 49.4% 19 5
インフォテック 46.6% 3 5
セゾン情報システム 45.5% 非公開 非公開
富士通エフサス・クリエ 35.3% 427 376
AGS 34.1% 7 3
インテリジェンス新宿第二オフィス 33.5% 459 33
インテリジェンス新宿オフィス 33.0% 3401 2205
エスエス産業 31.6% 50 25
クレスコ 30.9% 非公開 非公開
NCI 30.7% 102 14
富士ソフト 30.2% 345 122
ガレネット 29.9% 144 11
APAユアーズ 29.8% 非公開 非公開
インテリジェンス横浜オフィス 29.4% 238 237
テンプスタッフ西新宿オフィス 29.0% 43 37
スタッフクリエイティブ東京営業所 28.6% 99 42
スタッフブレーン 28.6% 非公開 非公開
ケービックス大阪支社 28.4% 115 26
日本アシスト 28.3% 165 37
ブライズ 27.9% 391 151
三井住友トラスト・ビジネスサービス 27.1% 1205 227
ジョブコム本社 26.4% 519 360
ATアクト 26.1% 非公開 非公開
テンプスタッフ昭島オフィス 26.1% 137 79
テンプスタッフ吉祥寺オフィス 25.5% 270 128
テンプスタッフ調布オフィス 25.0% 646 495
スタッフクリエイティブ野田営業所 24.8% 63 24
ケービックス本社 24.8% 347 256
テンプスタッフ町田オフィス 24.8% 152 106
テンプスタッフ立川オフィス 24.7% 499 238
ジョブコム東京支社 24.7% 430 281
ジョブコム福岡支社 24.6% 58 35
テンプスタッフ八王子オフィス 24.1% 203 114
テンプスタッフ自由が丘オフィス 24.1% 171 120
テンプスタッフ新宿オフィス 23.6% 3555 3402
テンプスタッフ北千住オフィス 23.6% 78 59
テンプスタッフ板橋オフィス 23.5% 162 89
テンプスタッフ池袋オフィス 23.5% 1199 627
テンプスタッフ渋谷オフィス 22.8% 1823 1024
テンプスタッフ上野オフィス 22.5% 505 322
テンプスタッフ大森オフィス 22.5% 235 136
テンプスタッフ錦糸町オフィス 22.6% 283 163
テンプスタッフ品川オフィス 22.4% 2189 1107
テンプスタッフ丸の内オフィス 22.2% 4492 2560
テンプスタッフ世田谷オフィス 22.2% 107 39
スタッフクリエイティブ京葉センター 20.9% 105 25
スタッフクリエイティブ新松戸営業所 19.4% 10 4
キャリアコントラクト 18.8% 34 8
ケービックス東京支店 18.6% 238 74
       
インテリジェンス丸の内本社 0.0% 59 1
インテリジェンス八重洲三義ビルオフィス 0.0% 35 49

・最大マージン率:50.4%(宇部情報システム)
・最低マージン率:18.6%(ケービックス東京支店)
・マージン率平均値:27.9%

注1:各社が公開しているデータは最新のものであるものの、各事業年度ごとに公開しているため統計時期に関しては各社で異なっている

注2:末尾のインテリジェンス系列の2事業所はマージン率が「0%」と発表していた。恐らく社内とかグループ内での派遣などではないかと思うが、今回の調査目的上からして例外的な対象と考え、平均値などには含めず別枠に置いてある。サンプル数はこの2つを除いて合計50件。


<解説>
 以上が今回の簡単な調査結果です。姉妹サイトの「企業居点」を見てもらえば感じ取ってもらえるでしょうが、この手のデータ調査や収集に関して私は文字通り鬼のような執念と集中力を発揮するものの、今回はちょっと思うところがあってサンプル数は幾分控え目です。本気でやれば最低でも200件は集めたでしょう。

<マージン率の平均値>
 データの解説に移りますがまず一番重要な指標と言えるのはほかでもなくマージン率の平均値で、これは27.9%という結果が出ました。実際に自分でも調べていた実感では20%代に数値が集中しており、派遣会社や派遣業種によってばらつきはあるものの20%代であればまだ一般的な水準にあると言え、大まかに言って逆に30%を超えるとなるとややマージンが高く、20%未満だと良心的と言えるかと思えます。ちなみに今回調べた大手2社ことテンプスタッフとインテリジェンスでは、前者がすべての営業所で22.2~29.0%内の範囲に収まったのに対し、後者の3営業所は29.4%、33.0%、33.5と前者を上回る結果となりました。ここまで有意に差が出てくれると比較のしようもある。

<事業所別のマージン率の差>
 次に気になるのはマージン率の最大値と最低値と言いたいところですが、実際はあんま比較する価値はないと見ています。既にそれぞれの数値は上に記してありますが、マージン率が上位の派遣事業所は企業名からしてどこもITエンジニアを専門としてそうな業者が多く、こうした業種だと派遣社員への研修に金と時間がかりそうなのでマージン率もほかよりやや高めとなるのもまだ理解できます。更に言えば、派遣業種別にマージン率を細かく見なければこの手の実態というのはあんま見えてこないでしょう。私の勘ではITエンジニア、介護系、工場作業の三業種でそれぞれ比較できたら楽しくなる気がします。
  あと事業所の規模の大きさはマージン率に影響するかどうかですが、1日当たりの平均派遣人数を比較する限りだと大きかろうが小さかろうがそんなに相関してなさそうです。それよりもやっぱり派遣業種と派遣する地域の方が影響がありそうで、さすがにそこまでの細かいデータはどこも公開していないのでまた法改正でもしてくれないかななどと内心思ってます。

<雑感>
 以上が簡単ではあるものの私の調べた派遣マージン率に関する調査結果です。今回調べてていくつか気になった点を述べると、どことは書きませんがリストに載せたある1社がマージン率と賃金率を逆にして書いており、「マージン率:71%」みたいな書き方をしていました。最低限の国語力すらもっていない人間にこういう資料を作らせた上に公開するなんて、まぁあまり見られた会社ではありませんね。

 次にこれは真面目な話ですが、今回の調査では人材派遣会社大手としてテンプスタッフとインテリジェンスの2社のデータを引用しておりますが、これは逆を言えば大手ではこの2社しかまともなデータの公開をしていなかったということです。ここは遠慮なく書いてくと、具体的には以下の大手企業は少なくとも私が調べた限りだとネット上でマージン率を公開しておりません。

<マージン率を公開していない大手企業>
・フルキャスト
・メイテック
・ニチイ学館
・リクルートスタッフィング
・毎日コミュニケーションズ
・アデコ
・パソナ
・スタッフサービス

 こういってはなんですが、小さい派遣会社なんかはまだこの手のデータを公開しない不手際も多少は許されると私は思います。しかし実際には上記リストにあるように割と小さい会社もちゃんと公開してますし、そもそもマージン率の公開は法律できちんと定められた義務であるし厚生労働省の指針でも「ネット上で誰でも閲覧できるように」と書かれてあります。にもかかわらず、ここに挙げた大手企業はその責任を果たさずにマージン率を公開せず、私の様に調査をする人間の妨害をするなど非常に腹立たしく無礼極まりないことを平気でやらかしてています。ご丁寧なことに、スタッフサービスに至っては「最寄りの営業所に電話でご確認ください」なんて書いててネット上で公開する気なんてまるでないし。
  マージン率の公開は業界の競争を促す上でも、派遣労働者の保護の観点からも重要極まりない情報公開だと私は考えます。しかしこのように大手企業ほど公開しないという姿勢は不自然極まりなく、本気で言いますがここに挙げた企業は恥を知るべきでしょうし、グッドウィルみたいにこの際政府は潰した方がいいと本気で思います。逆に、ネットで検索したらすぐに引っかかるなどきちんと情報を細かいところまで出しているテンプスタッフとインテリジェンスの2社に関しては素直に誉めてあげたいですし、派遣労働者の方々ももし使うとしたらこの2社を経由することを企業姿勢から言ってお勧めしたいです。

 最後となりますが、今回この調査をしていて非常に不愉快というか、何故自分がこんなことをしなければならないのかという点で強く疑問に感じました。正直に言うと、「派遣 マージン率」で検索したら大手企業を含め大概の企業をまとめたリストみたいなのがすぐ出てくるべきだと思ってて、何故どこもやってないのか不思議でしょうがありません。

 私は、あくまで一個人であってこのブログも労働組合とかそっち系の団体から支援を受けてるわけでもなく、中国共産党からの指令を受けて書いてるわけでもありません。今日の記事もただ単に興味を持って、実際のマージン率はどの程度なのかを知りたいから調べて書いただけです。
 恐らく、派遣労働者を対象とした労働組合とかユニオン、そういう団体は少なからず存在するでしょう。では何故そうした団体の職員、運動員らはこの手の重要となるデータをまとめないのか。このマージン率は最重要と言ってもいいデータであって派遣労働者の保護や団体交渉をする上では絶対に欠かすことのできないデータだと私は思うにもかかわらず、最低限の統計すらどこも取らず、一体その手の団体は何を活動しているのか、本気でやる気あるのかとこの点で強く問いたいです。同時に派遣労働者の方々に対しても、自らの待遇改善のために何か活動をしているのか、聞くだけ無駄かなとは思いますが。

 自分はこのブログを始めた当初、それなりに熱意を持って派遣労働の問題性とか待遇の改善案とかをいろいろ書いてきたつもりです。しかしそれらが何になったのか、また当の派遣労働者たちはなにか格差改善のために動いたか、というか日本の労働組合は正社員ばかり相手して一体何やってるんだとこのところ疑問に感じてきております。また非常に攻撃的な文章となってしまいましたが、もういい加減こういうことはやめようかなと考えており、この記事もそうした考え方の変化を受けて派遣労働者保護というよりは情報公開という点に軸足を置いて書いた次第です。

2014年4月17日木曜日

韓国旅客船沈没事故に見る現場プロ意識

 記事リンクは貼りませんが、昨日早朝に起きた韓国の旅客船沈没事故について各メディアはどこも最大限の報道を続けております。事故内容についてはその他の報道に任せますが今回の事故の詳細が次第に報じられるにつけ、2003年に同じ韓国で起きた鉄の地下鉄火災事件を思い出しました。

大邱の地下鉄火災(失敗知識データベース)

 もうだいぶ古い事故なので覚えている方も少ないと思うので軽く説明すると、この事故では大邱市を走っていた地下鉄で火災が起こり、最終的に死者が192人、負傷者が146人にも上る大事故となりました。これほどまでに被害が拡大した原因として車両のシートなどに難燃性ではなく普通に燃える素材が使われていたため炎症が広がったことと、現場の地下鉄関係者らが乗客の安全のために必要な措置を取らなかったことが大きいと指摘されています。
 具体的にどのような対応だったのかというと、運行を管理するオペレーターが既に駅構内で火災が起きているにもかかわらず後続の車両をそのまま通過させずに駅に停車させたことや、列車の運転士が車両のドアを閉じたまま、しかも電源を切った上で脱出した点などが挙げられています。この辺は上記リンク先よりもウィキペディアの方が詳しいかな。かいてて思うけど、どうしてこんなこと妙に詳しいのか自分でもわかりません。

 話は戻りますが今回の旅客船沈没事故でも、あくまで現時点の報道に基づいていますが船長を始めとした乗員が乗客を置いて真っ先に沈没する船から脱出したとされております。仮に事実だとしたら、自分の命を優先したくなるという人間の性は理解できなくはありませんが、乗客の命の安全を預かる乗員の立場からするとプロ意識に欠けた行動だと言わざるを得ません。何も船と共に死ねとまでは言いませんが、船が傾いた状態にあっても救命ボートに誘導したという報道はまだ一度も聞いていない限り、あの状況下でやれたことはまだあった気がします。

 と、仮にここで終えたら大邱の地下鉄火災と合わせて「これだから韓国人は」っていう記事になってしまいますが、そのように捉えられることは私の本意ではありません。私が今日ここで言いたいのはこのような事故が起きた状況下、現場の人間がどれだけプロ意識を持って、言うなれば自分の安全を犠牲にして被害を食い止める行動をとることが難しいか、またそれを実行するためにはどうすればいいのかを読者の方に考えてもらいたいということです。
 さっきにも少し書きましたが、誰だって他人の命より自分の命の方が大事で、自分を犠牲にして他人の命を優先するなんて一種気違いな感情だと私は真面目に考えています。しかし危機的な状況だからこそそういう気違いな人間の一人や二人は必要で、立場によってはそうなれるプロ意識を持つことが危機管理で重要だと思います。

 回りくどく言わずに単刀直入に言うと、今回の沈没事故を他山の石と捉えるのではなく、もし自分が同じ状況下にあったら必要な行動を取れるのか、またそういうプロ意識を社会全体ではぐくんでいるのかということを少しでもいいから再考してほしいです。逃げ出した人間を批判するだけでなくどう逃げ出さずに義務を果たせるか、そして自分は何をすべきか、実際に実行できるかどうかはともかくとして事故の起きていない平常時だからこそそうしたことをたまに意識することが肝要な気がします。

 最後にというか自分は妙な民族主義は持ち合わせておらず逆に変なフェア精神をやけに持っているので、日本での不適切な現場の事例も紹介しておきます。

東海村JCO臨界事故(Wikipedia)

 この事件についても年々記憶が薄まっているかと思いますが、冗談抜きで日本人が忘れてはならない事故の一つだと私は考えております。詳細はリンク先の記事、または昔に私が書いた記事を覗いてもらえばわかるので省略しますが、この事故では核燃料が臨界を引き起こし、一時周辺で放射能が放出されるという恐ろしい事態にまで発展しました。
 この事故が起きた際、燃料施設を運営していた住友金属鉱山(現新日鐵住金)系列のJCOは当時の東海村村長であった村上達也氏に対する説明で、すぐに事態は収束する、周辺は安全で心配はないなどという言葉を繰り返していたそうなのですが、不審に感じた村上氏はこう尋ねたそうです。

「(JCOの)従業員の家族たちはどうしている?」
「すでに非難させました」
「自分たちだけ先に逃げて、まるで関東軍だな!」

 というやり取りを経て、村上氏は県や国に何も伺いを立てず独断で村民に避難指示を打ち出しました。のちに村上氏も賠償や辞職を覚悟で行った行動だと述べていますが、仮に村上氏の英断が無ければ少なからぬ被爆者を出していたことは間違いないでしょう。
 このJCOのケースは現場プロ意識の好例というか、果たすべき役割を果たそうとしなかったJCO、そして本来の権限を越えてでも守るべき対象を守った村上氏の二つの差がくっきりと分かれております。

 最後の最後ですが、未だに私はこのJCO事故で亡くなられた従業員の方の死に際を忘れることが出来ません。実際にその場にいたわけではなくネットなどで知った情報でしかありませんが、弾に撃たれて死のうが自殺して死のうが病気で死のうが人一人の死は所詮は一人分などと淡白なことを常日頃口にしておりますが、このJCO事故の被害者に関しては一介の人間の死ではないという気がしてなりません。それこそ、生きながら何度も殺されたようなものだったし。

2014年4月15日火曜日

ミズノの統一球問題について

 時間がないので短くまとめられる社会批評ネタとして、昨年に引き続きまたも起きた日本プロ野球、というよりミズノの統一球問題について一言書きます。結論から述べると二年に渡って統一球で問題を犯したことはもとより、問題発覚後の対応に強い疑問を覚えるので来年からはもう別メーカーにしろというのが個人的な意見です。

 簡単に問題の背景をまとめると、日本プロ野球で使われるボールには飛距離を決める反発係数という数値があらかじめ指定してあり、指定数値に従って製造を委託されるミズノはボールを作ることとなっております。この数値ですが統一球が導入されてから二年前まではかなり低く抑えられていたところ、昨年は日本プロ野球機構側からの依頼を受け、指定された反発係数の数値範囲内だったとはいえそれ以前と比べて格段に高い数値へと秘密裏に変更されておりました。この問題は日本プロ野球機構とミズノが内緒で、しかも公言しないように口裏を合わせてやっていたため選手やファンから大きな反発を受けたことを読者の方も覚えているかと思います。

 そんな大問題があった翌年の今年にもかかわらず、それ以前と比べて格段に飛びやすくなった去年のボール以上に飛びやすいボールを今年に出荷していたことが判明しました。しかも飛びやすくなったとはいえ反発係数がまだ指定数値内だった去年とは違い、今年は指定数値を上回る反発係数を計測したとのことで、実際にホームラン数が去年の同時期と比べて今年は多くなっています。

 ボールを作っているミズノは本日会見を開き、ボールを形作るウールを多く巻いたことが原因ではないかという見解を明らかにしました。一体どんな言い訳をするのか注意深く調べましたが、なんでも製造を行っている中国の工場で空気が乾燥し、ウールが含む水分量が減ったためにボールの重量、体積がともに小さくなったため、両者を補うためにウールの巻き数を増やしたらボールが硬くなり飛びやすくなったという説明をし、さらに社内検査では計測機器を移動したため計測数値がおかしくなり、検査で見抜けなかったのではと付け加えておりました。


 自分も品質保証部で働いたこともあるので計測機器はちょっと動かすだけで数値が代わるほど非常にセンシティブということはまだ理解できるものの、今回の調査では各球場から回収した大半のボールが基準を上回っていたというのだから、そりゃいくら何でも検査がザル過ぎると言わざるを得ません。100個中5、6個ならまだ同情するが。

 その上というかこの問題で気になったのは会見前の原因に関する報道です。もしかしたら各新聞の飛ばし記事だったのかもしれませんが一昨日に見た新聞だと、「球場の空気が乾燥していたため飛びやすくなった」と書かれてあり、昨日読んだ記事だと「中国の工場が乾燥していたため飛びやすくなった」と書かれてあり、今日になって、「中国の工場が乾燥してたからウールの巻き数を増やしたので飛びやすくなった」と、まるで伝言ゲームの様に原因が小さく変わってきています。
 面倒くさいこと言っていることは百も承知ですが、こういう不祥事を起こした際は中途半端な経過報告などせずにバシッと原因を追究して発表しなければならないのにこの体たらくというのは危機意識が低すぎるとしか言わざるを得ません。しかも一昨日の報道だと急なボールの変更はできないため今後もプロ野球の試合では7月まで同じ飛びやすいボールを使い続けなければならないという報道があったにもかかわらず、今日になって来週には基準にあったボールを提供すると、またも報道と食い違う発表が出てきました。

 何よりも昨年にあれほど問題になったというのにまた今度もしょうもない問題を引き起こして、こういってはなんですがミズノのプロ意識に対して強い疑問を感じます。本来なら昨年の時点で黙ってボールの仕様を変えていた点から発注先を変えるべきだったのでしょうが、今度の今度はもう余計な温情は抜きで別メーカー製に、何だったら今シーズン中にも変えたっていいでしょう。再来年以降だったらまたトライアルしてもいいですが、こうも危機意識に欠けるところのボールなんてファンも見たくはないんじゃないかな、という個人的な意見でまとめます。

2014年4月14日月曜日

私が覚えているバラエティーのトーク

 私が周囲から一番誉められる長所と言ったらほかの何を差し置いても図抜けた記憶力で間違いないでしょう。正確には「覚える能力」というより「忘れない能力」に近いのですが、そんなに自分では評価はしてないけど一般的な水準よりは確かに知識量が膨大で、絶対的な知識量では誇張ではなくただ一人を除いて自分が劣っていると感じたことがありません。
 そんな自分を評して学生時代にある友人が、「花園君の凄い所は芸人のコントを丸ごと暗記して、そらでセリフを全部言ってしまうことだ」とある日言われたことがありました。確かにコント系なんかはセリフに繋がりがあるので覚えやすく、またちょっとした笑い話をする時に便利なのでストックを増やそうと一回見て暗記することが多いのですが、まだ緩い記事を書いていたい時期なので、折角なので今日は今までに見たバラエティーの中でもひときわ記憶に残るほど面白かったトークの内容を書き綴ってこうと思います。それにしても我ながら、よくわからない記事の書き方をするものです。

1、南海キャンディーズの山里氏の兄
  これは今年一月に「踊る!さんま御殿」に出演したお笑いコンビ「南海キャンディーズ」の山里氏の話ですが、この日の放送では「芸能人の兄弟特集」とばかりに各芸能人が兄弟とともに出演し、山里氏も実の兄と共に出演していました。この時に出演した山里氏のお兄さんですが、なんでも若い頃は地元じゃ知らぬ者はいないと言われたほどの伝説的なヤンキーだったそうで(何気に母親もそうだったらしい)、山里氏もその威光をかさにして中学時代は周りをいびっていたと話していました。
 そんなヤンキーだった山里氏のお兄さんですが何故かヤンキーなのに人見知りが激しかったそうで、よく山里氏をアーケード街に連れて行っては隅にたむろしているヤンキーを見つけると、「おいお前、あのヤンキーの近くに行ってじっと見てろ」と山里氏を送り込み、言われた通りに山里氏がちらちら目線をヤンキーに送ると大抵そのヤンキーは怒り、「おいてめぇ、何こっちちらちら見てんだよ」と凄んでくるわけです。そこへ隠れていたお兄さんが現れて、「おいてめぇ、俺の弟をなんだと思ってんだよ」と逆に凄んでケンカを売っていたそうなのですが、山里氏に言わせると「(弟をケンカのダシに使って)お前が一番弟をなんだと思ってるんだよ!」といった感じだったそうです。それにしても、人見知りで自分からケンカが売れないヤンキーっていうのも面白いな。

2、高橋英樹氏の顔面マッサージ
 これも「踊る!さんま御殿」の中での話ですが、ゲストとして出演した高橋英樹氏が「後から考えて納得いかなかったこと」というテーマでのトークで、ある日顔面マッサージを受けにお店へ訪れたところ店員から、「高橋さんは顔が大きいので、通常料金の2倍をいただきます」と言われ、その場では「ああ洗顔剤とかいっぱい使っちゃうもんね」なんて思い納得して支払ったものの、後から考える度になんかおかしいと思うようになった体験を話しました。するとすかさず明石家さんま氏がツッコミを入れ、高橋氏が「桃太郎侍」という時代劇で主演をしていたことにかけて、「あかんがな高橋さん。そこでポンポンポンポンって太鼓鳴らしながら登場して、一つ人の世の悪を切り……なんて言わな」と、テンポのいいトークを放ってました。
 その後にテーマが切り替わって今度は「過去にやった失敗体験」のテーマで同じ高橋氏が、撮影で地方を訪れて旅館に泊まった際、時間によって浴場に入れる時間が男女で切り替わることを知らずに間違えて女性しか入れない時間帯に入ってしまったという体験を話しました。女湯と言っても地方の旅館だったのでその時いたのはお婆さんばかりだったと言い訳してましたがそこでもまたさんま氏が、「あかんがな高橋さん。お婆さんばかりやったらそこでポンポンポンポンって桶で股間隠しながら、一つ人の世の悪を切り……なんて登場してやらな」と、またも鋭いツッコミを見せてりました。

3、小林麻耶氏とゲルマン民族
 またさんま氏の番組が続きますが、今もフリーアナウンサーとして活躍している小林麻耶氏が「恋のから騒ぎ」に出ていた頃のお話です。この話をしたのは小林氏とは別のレギュラーだった(さすがに名前は忘れた)のですが、なんでもから騒ぎのメンバーで合コンを行ったところ、当時からそのルックスの高さが抜きんでていた小林氏に合コンにやってきた男が全員くっついて、小林氏が用があるからと先に合コン会場を出ると男たちも全員ぞろぞろと一緒に出て行ったそうです。一体何なんだよと残った女性メンバーで愚痴っていたら小林氏が忘れ物があったからと男たちを引き連れながら戻ってきて、そしてそのまま男たちをぞろぞろ引き連れて去っていったとのことで、これを聞くやまたさんま氏が、「そんなぞろぞろ男引き連れて移動して、お前はゲルマン民族か!」というツッコミをしていました。よく「ぞろぞろ」という単語から「ゲルマン民族」を引き出せるなと、聞いてて心底感心させられた一言でした。

4、高木豊氏の受難
 これはなんかのプロスポーツ選手が出演したバラエティ番組での話ですが、元プロ野球選手の高木豊氏が現役時代の話として語ったものです。高木氏が試合中にセカンドを守っていたところ、相手チームの外人選手が特に送球がきわどくなかったにもかかわらず危険なスライディングをかましてきたので「ちょっと危ないじゃないか」と塁上で軽く言ったところ、何故かその外人選手にボコボコに殴られたことがあったそうです。実際にその時の映像が残っていて私も見ましたが、本当に高木氏が何もしてないにもかかわらずいきなり殴りかかられ、抵抗することも出来ず高木選手がうずくまっても執拗に殴られ続ける理不尽な暴力を体現したかのような映像で、こういってはなんですが見ていてかなり笑えました。
 肝心なのはこの番組にプロサッカー選手をしている高木氏の息子(確か長男)も出演していて、この映像について、「珍プレ好プレーの番組が放映されるたびにこの父親の映像が流れ、子供心に来るものがありました……」と語り、有名人の親父を持つと大変だなと見ていて感じました。

2014年4月13日日曜日

猫の見る世界

 昨夜、最近リニューアルしたので近くにある「松戸ラドン温泉」に行って入浴してきましたが、男子の浴場で服を着た従業員が自分が入浴している間ずっとスマートフォンを弄っているのを見て、就業中に浴場という場所で、なおかつこんだけ水分の多い場所で何故弄ると二重の意味ででドン引きしました。ちょっとクレーマーっぽいかなと思いつつも念のためフロントに、「男の裸はあんま金にはならないけどさ」と踏まえた上でそんな従業員がいたということを伝えたところ、「そうですか。はいわかりました」と軽く流されて三重の意味でドン引きしました。ちょっと潔癖過ぎるかもと思いつつ浴場に撮影のできる機器を従業員が持ち歩いているのだから、さすがにもう二度と行くことはないな。

 このところ真面目な話ばかり書いていたので今日は砕けた話をと思い、前から孤独に考えていることというか猫の視界に関する話を描こうと思います。



 このブログを見ている方ならわかるでしょうが、結構自分は猫好きです。なもんだからよくYoutubeでも猫動画を長時間見ていることが多いのですが、上記の動画はその中でも割と目を引いたというか妙な行動をとるなと思った動画です。
 内容は見てくれた方が早いですが、テーブルの上にある魚をおどおどしながら猫が盗み食いするシーンを映したものなのですが、不思議なのは猫が皿の上にある魚を取ろうとすると、何故か目を細めてチラッ、チラッと見ながら手を伸ばすという点です。はっきりと魚の場所を見ないもんだから伸ばした手がしっかり届かず皿をカシカシ叩いたりもするのですが、だったらちゃんと眼を開いてみればいいのにと思わずにはいられません。



 続く二つ目の動画ですが、これも見てもらえばわかりますがある猫の妙な行動です。ミーミーという名前の割と体の大きい、ロシアンブルーの猫が頭からザルを被り、近づくほかの子猫が油断していると突然攻撃するという説明していて自分でよくもわからない動画です。何故この猫はザルを被るのかと言ったらザルだからとしか説明しようがないのですが、肝心なのは被っているのは頭だけで体の部分はまる見えということです。にもかかわらずこの猫はまるで自分はうまく隠れていると思い込んでいるのかじっと息をひそめ、ちょっと呆れ顔のほかの猫に対してヒュッと攻撃を仕掛けております。

 この二つの動画から何が言いたいのかというと、猫というのは目をつぶったりなど自分の視界が狭まるとほかの生物も自分の姿が見えなくなると思い込むのでは、と推測しているわけです。だからなんだと言ったらそれまでですが、如何に猫が自己中心的な考え方をしているかを裏付ける一つの根拠だとして書き残しておこうと思った次第です。

2014年4月11日金曜日

努力の実らない風潮

 時期にして確か四年前の2010年、友人とスカイプで話をしている最中にふと向こうから、「今の日本の世の中はニヒリズム(虚無主義)に満ちているから、誰もが何かしたところで無駄だと考えるから現状を何も変えようとしないんだよ」ということを言いました。この言葉を聞いた当時に私は、「それは君がニヒリズムの信奉者だからだろう」なんてことを口には出さなかったものの考えてそれほど重要視してはおりませんでしたが、今となって思うと現在にまで続く日本の社会状況を喝破した一言だったのかもしれないと思いだすことが増えています。なおその友人は実際に、学生時代から「僕の思想はニヒリズム」と言って憚らない友人でした。

 私が何で今になって友人の言葉を信じるようになったかというと、端的に言って今の日本では努力すればするほどリターンが減るというか努力する価値がどんどん低くなっており、大方の日本人もそれを意識しないまでもなんとなく理解していて、頑張ったところで無駄だとして努力をしようとしなくなっているように思えるからです。

 こうした構造が最も大きくみられるのはいわゆる士業こと資格を必要とする職業においてで、細かい説明を省きますがかつては高級資格職としてもてはやされた弁護士や公認会計士は視覚の乱発によってその価値は薄れており、特に弁護士に至っては破綻しているロースクール制度によって司法試験合格者の平均借金額が約800万円に上るという、冗談みたいなマイナスからのスタートを要求されるようになっています。このほか税理士や行政書士なども同じような状況で、それ以外の資格でも何のための資格制度なのかと問いたくなる状況です。
 同じく学問という分野では大学教育にも同じことが言えそうです。仮に学者職を目指すというのなら話は別ですが、そうでなく普通に就職する人間からすれば大学での勉強は全く無価値に近く、企業側も断言してもいいですが文系については全く評価しません。まぁ自分みたいに大学でマルクス主義や毛沢東主義についてたくさん勉強したとか言う人間を危険人物とみなすのはまだ理解できるが……。最近友人によく言われるが、まるで過激派だな自分は。

 話は戻りますが就職後においても、先にも書いた通りにどうせ頑張った所で待遇が代わるわけがないと割り切っている節があり、むしろ現状を変えようとする人間をあざ笑うかのような風潮すら覚えます。実際に現代の日本の企業では残業代を支払うところの方が珍しいように思え、間違ったみなし残業代制度を堂々と社員に課す企業も少なくありません。また実績を上げて昇進したとしても給与は増えずに責任だけ増えるのもよくあることで、むしろ課せられる責任の増大から忌避するために適当にその場をつくろうような働き方が一般的にすら見えてきます。

 まだ大学入試の段階までは本人の努力が如実に結果に反映されますが、それ以降に関しては積み重ねるという行為が本人の降伏にとって逆にマイナスへと働くことが現代社会の特徴に思えます。積み重ねるよりもむしろ、就活シーズンにおいて瞬間風速的にうまく立ち回って待遇のいい企業に就職することがその後の人生を左右させやすく、それだけに努力の価値というものが年々落ちてきているようなと、中国での勤務を経験してみてからそのようなことを強く感じるようになってきました。
 最初に挙げたニヒリズムに満ちた友人に言わせるならばそれが人間社会なんだし、それで世の中成り立っているのだから是認するべきだとまたニヒリズムに満ちたセリフを言われそうですが、本当にそれで社会が上手く回るのかというと私にはやはり疑問です。いろいろ反論もあるでしょうが日本なんかよりずっと多くの課題を抱えている中国の方が仕事をしている人のモチベーションも高く街歩いている人の表情も明るければ顎の角度も高いです。そしてなにより、今よりいい世の中、生活にしようという気概が感じられます。

 突き詰めると社会のモチベーションに大きく影響を与えることから、努力というものの価値を高めないといけないのではないかと私は思います。もちろん方向性の間違った努力の価値なんか認める必要はありませんが、何を以って人物を評価して見定めるか、場面場面に要領よく立ち回るのもいいけど積み重ねてきたものに対してももっと光を当てるべきではないかとこの頃思う次第です。

2014年4月10日木曜日

専門が就職に活かせない風潮

彡(゚)(゚)(15)「進路について考えるで」(アルファルファモザイク)

 上のリンク先はちょっと古い記事ですが自分がよく見に行くまとめサイトの記事でひときわ目を引いたもので、案外今の世の中を象徴するような話じゃないかと思って記憶にとどめておりました。内容を簡単に私の方から説明すると、高校時代にバイオ系の研究に興味を持って専門的な研究を行っている大学を自ら調べて進学して大学院にも通ったものの、就職活動の段階で専門の研究が活かせられるような企業の採用募集に応じたところ悉くお断りされ、やむにやまれず専門とは関係ないものの公務員に応募したところ面接官は、「こんだけ専門的にバイオ勉強してきたんだからもっと専門的な職についたら」などと言われ落とされ、何のために8年間もバイオ領域の研究を志してきたのだろうという体験が書かれています。意外と一言でまとめられるもんだ。

  こういってはなんですが、こういった例は今の世の中で珍しくないのではないかと私は考えています。こういった例とはどういった例かというとある職業を志して専門的に学んだり訓練を受けてきたにもかかわらずその職業を得ることは叶わず、やむなく経歴とは何の関係もない仕事についたり、下手したらかえって付きすぎてしまった専門性の高さが他の職業への就職に足かせになったりするということで、私自身も少なからずそういう体験をしてきたしそういう人間を目の前に見てきました。

 先に私の体験を述べると、私の場合は中学生時代に記者職を志してから飽きっぽい癖にずっと文章を書き続けるという訓練は続け、大学での専攻も新聞学科もあったけど敢えてそれはスルーして、より幅広い分野を相手にできる社会学を選んでやってきましたが新卒では悉く全滅。その後、中国で紆余曲折を経て経済紙の記者になることが出来てその際にずっと続けてきた文章を書く訓練は確実に実ったのでまだよかったと思えますが、強く出ると現段階においても私は並の記者より経済也政治なりをずっと勉強している上に文章も上手に書く自信があります。経済紙の記者をした際、案外記者って勉強してないなってことがよくわかりましたし。

 この私の例はやや極端なものですがもう少し平たいレベルの話をすると、私の強みの一つである中国語も新卒時、何故かほとんど仕事に繋がりませんでした。当時はまさに中国進出絶頂期で記者職は難しいというから何かしら中国語でひとまず生計を立てようと思い中国に進出している企業を中心に結構受けてきましたがどこも相手にされず、中国に渡った後で中国語が使えない駐在員が大量にいるのを見て正直、なんじゃこりゃと思いました。更に衝撃的だったのが中国留学時代の友人から聞かされた話で、自分たちと同じ時期に留学していた日本人仲間の中で中国語を使用する仕事についているのは当時、私とその友人の二人だけしかいないと言われた時でした。
 こうした現象は中国語に限らずほかの言語にも起きているようで、前にも同じような記事を書きましたが英語を専門に学んでいたにも関わらず海外と関わる仕事は、実際にはうなるほどあるはずなのですが何故か得られず、やむなく海外へ直接渡って現地採用を選ぶ人間が増えているという記事を前に見受けました。割と応用性の高い言語でこれなのだからほかの分野ではどうなのか、例えば金融とかマーケティング、社会調査とかを専門的に勉強していた人たちはどうなのだろうかと他人事ながら気になります。

 あとこれはこの前友人から聞いた話なのですが、理系の薬学部というのは学問としてある意味破綻している分野だそうです。というのも薬学部を出なければ薬剤師の資格は基本得られないのですが、薬学部を出なくても薬品の研究は理学部卒でも出来てしまう、というかむしろそっちのルートの方が多いそうです。そりゃただ単に薬剤師になって薬局とかで働きたいってんなら別にいいのですが、社会に貢献しようと医薬というものを真剣に研究したいという人が薬学部に入ってもあまり大きなプラスにならず、理学部出身ならほかの細胞や工業化学品の研究にも手が出せることをを考えるとむしろ専門幅を狭めてしまいかねません。

 以上の様につらつら書いてきましたが根本的な問題点を書くと、現在の日本企業はその分野を専門的に学んできた人間を優先的に採用するようなことをしないのが一番大きい気がします。たとえば銀行とか証券業界の企業なら経済学部卒が一番専門に近いと大多数の人間は言うでしょうが私に言わせると商学部こそが最も専門に近いと思います。あとメーカーの営業職でも、何故文系が優先されるのかよく考えるとおかしいような気もします。
 グダグダ書いてますが言いたいことを書くと、各分野の教育内容とそれが活かせる職業のルートというのが全くマッチしていないのが今の日本の状況だと思います。なんでマッチしないのかというとその職業の椅子が限られていることとか大学の定員が多すぎることもありますが、それ以上に各企業の採用方針が「人物本位」なんて妙な基準を立ててほかに条件を設けていないことが何よりも大きく、弊害もまた大きいと私は考えます。

 私個人の考え方としてはこのところはもう日本の社会をいい方向にだなんて以前ほど考えられなくなってきているのですが、この件に関して言うと専門的にやってきた人の方がまだ熱意も高いと思うんだけど、そういう熱意ほどなんか敢えて無視しようとする人多いななんて思うと書いて今日は筆を置き、また今度努力が実らない日本の社会事情についてまとめてみようと思います。

2014年4月9日水曜日

小保方氏の会見について

 以前に書いた記事で言いたいことは大体言ったしもうこの話題で書く必要はないかなと思うものの、むしろ以前にも記事を書いているのだから最後まで追うべき、仮にこのブログが日記だとしたらここで終わってしまったら後から読み返して不自然に思うとも感じるので今日の小保方氏の会見についても書いてくことにします。

小保方氏「STAPある」=論文撤回を否定―「別の人が成功」証拠示さず(時事通信)

 かねてから追ってきているように、今年一月に理研の小保方氏が新たな再生細胞としてSTAP細胞の存在と培養の成功を科学雑誌ネイチャーに発表しましたが、発表後から論文の画像などに不適切さが指摘された上に論文の執筆者からも疑義が呈され、今月一日には所属する理研によって捏造などと言った不正があったとという調査結果が発表されました。今日の小保方氏の会見はこの理研の調査結果に対する反論として開かれたもので、昨夜の段階、いや今日午前の段階でも各メディアが午後一時から始まる会見を今か今かと待ち受けるかのような大きな扱いがされておりました。

 そんな注目の中で開かれた会見で実に数カ月ぶりに公の前に現れた小保方氏ですが、私の印象を素直に述べるとやはりやつれたというか頬がこけて非常に疲れているような顔に見えました。そして会見の中身ですが、非常に下手だったというか自らの不手際によって各方面に迷惑をかけたと謝罪を繰り返していたのは逃げずにちゃんと出てきたことと相まって評価できますが、「それでもSTAP細胞は存在する」と、ガリレオみたいに自分の説を曲げない主張をしたというのはさすがにどうかと思いました。もっとも、ガリレオの裁判自体が本当にあったのか最近疑問視されてますがそんなことはどうでもいいか。

 小保方氏は会見中で、「STAP細胞の作製はこれまで200回成功した」とか、「別の人も作製に成功した」などと述べましたが、ならなんで作成した画像の写真を出さないのか、作成に成功した別の人の名前を挙げないのか、突っ込みどころが多すぎる呆れた主張としか言いようがありません。第一、私自身が文系の学士止まりですが、出来る出来ないは自分の口から言うものではなくはっきりとしたデータで示してなんぼです。この期に及んで抽象的な主張ばかり繰り返して反論の根拠となるデータを示さない様子を見る限り、私からするとやはり小保方氏は研究者として問題のある人物だと言わざるを得ません。本当に研究者としてあるのであれば、きちんとした証拠が示せない今は一旦論文を撤回して、その後できちんとした論文を作り直せばいいのですし。

 それにしても不思議なのはどうしてこの段階においても自分の研究は正しいと主張するのか、この点が実はちょっとよくわかりません。この前の佐村河内みたいに詐欺自体が商売となっているのであれば既にバレバレとなっても頑なに主張するのはわかりますが、今日の小保方氏の会見を見ているとそういったものとは違うような、まだ本気でSTAP細胞があると信じ込んでいるような言い方で違和感があります。
 しかしそれでも今の状況を見る限りSTAP細胞が存在するとは私にはとても思えず、やはり小保方氏が捏造をしたのだと思わざるを得ません。こうした疑念を吹っ飛ばすほどの研究結果を小保方氏が出すなら文字通り逆転ホームランですが、ま、そんな日は今日の会見を見る限りだと来ることはないでしょう。

2014年4月8日火曜日

通信サービスの今後の展開予測

 このところ非常に多くの人から、「花園さんの使っている通信サービスはどういうの?」という質問をリアルに受けるので今日はちょっと自分の使っている携帯電話を含む通信サービス契約内容と、今後のこの通信業界に起こる変動予測について短くまとめようと思います。

 そういうわけでちゃっちゃと書き始めますが、まず私が昨年日本に帰国してから一連の通信契約を結ぶに当たって念頭に置いたのは「コストパフォーマンスの高さ」でした。今でもなく現在の携帯電話の主流はスマートフォンですがこれだとパケット通信料を無制限とするオプションを付けないとあまり有効に使えないため初めから除外し、それであればガラケーとWIFI無線機を併用するサービスにすればタブレットPCでスマートフォンの機能を代替できると考え、以下のような契約を結びました。

携帯電話:ウィルコムのPHS 月額約2800円
WIFI無線:UQ WIMAX 月額約3800円(税込)

 携帯電話はそれこそメールと通話が出来ればいいと前から割り切っていたので、一回十分間までの会話であれば無料のウィルコムを使うことで最初からほぼ決めておりました。なお上記の2800円という価格は本体の割賦購入費が含まれており、仮に本体代を全部支払い終えたら月額は2000円くらいだと思います。
 もうひとつのWIFI無線ことWIMAXですが、新たに部屋を借りることとなった際にまた固定回線引くのも面倒だなと考え、だったら外でも使えるし前からNexus7が欲しかったのもあってニフティ―と契約してこちらを使うこととしました。上記の様な理由から現在自宅にはインターネットをするための固定回線を引いておらず、すべてこのWIFI無線機を使いこのブログもアップしております。

 恐らく一般的な家では、BフレッツやADSLなどといった自宅用固定回線を引いた上でスマートフォンを持ち、場合によってはさらにWIFI無線の契約もしているかと思います。しかし自宅用固定回線とスマートフォンの契約はそれぞれ結構な金額になりそうで、さっきそれぞれで代表的なサービスを見てみましたがBフレッツだと月額3150円、ソフトバンクのi-Phoneの契約もパケット通信料無制限オプションを入れると月額6000円以上はほぼ確実で、少なく見積もってもこの二つだけで1万円弱に上りそうです。

 そういう意味では今現在の自分のプランは安く抑えているという自信があり、実際に周囲からも「そんな安いんだ」と褒めてもらってます(∀`*ゞ)テヘッ
 こういってはなんですがスマートフォンの機能はタブレットPCで8割方カバーできるし、タブレットの方が画面も大きくて地図とか見やすくていい気がします。もっともそれ以上にWIFI無線機だと電波さえ届けばどこでもすぐ通信が出来て、旅行先にノートパソコンを持ち込んでもすぐ使えるというのはほんとに便利です。逆を言えば、固定回線は今現在だと通信速度が速いというだけしかメリットはなくそれ以外ではむしろデメリットが多いです。

 今日のもう一つの本題がまさにこの固定回線についてで、結論から述べるとあと十年もしたら日々の通信量が膨大な法人を除き、一般家庭では無線によって固定回線が淘汰されてしまうことはほぼ確実でしょう。理由は先ほども話した通りですが、以前はWIFI無線の速度がそれほど高くなかったものの近年は通常のネット利用程度であればほぼ全くないレベルにまで高まっており、料金の差もWIMAXとBフレッツでわずか500円というところまで来ています。この500円の差で無線は開線に当たっての工事が不要、自宅以外でも使えるメリットが享受でき、あと国内の転勤族であれば引越しをしたとしてもいちいち契約を更新し直したりする必要もありません。国外となったら幅氏は別だが。

 実際にこうした状況を受けてNTT側も危機感を持っているようで、このところBフレッツの契約料を引き下げて来ているそうです。しかし時すでに遅しというか契約の煩雑さもありますし、今後もWIFIの通信速度は技術向上によってますます高まっていくことが予想されていることを考えると固定回線がWIFIにとって変わられていくのは必定です。今後も固定回線を使うとしたら証券取引などを膨大に行う金融企業とかトレーダー、あとIT系とかインフラ系企業に限られてくると思います。
 ただ、無線だと通信する情報が盗まれる可能性もあるので企業はやっぱり固定回線を使い続けるのではと、慎重な友人が指摘してくれました。この意見はもっともですが、仮にデータ暗号技術が向上したらこうした課題も解消されることとなるだけに、お手軽で且つ防御力の高い暗号化技術が案外需要を増してくるかもしれません。

 以上のような予測を現在私は立てているのですが、最後にもう一点だけ付け加えると固定電話も法人は使い続けるとしても、一般家庭ではなくなる可能性が高いと私は考えています。国際電話なんかはスカイプなどが使われて普段の生活は全部携帯電話で済ます、こういう未来がもうすぐ来るんじゃないかと思ってて、となると困るのはファクシミリだけどこれもデジカメで撮影してメールで送った方が早いと思うとカーナビ専用端末同様に枯れて行く技術なのかもしれません。本当にこのところ、技術革新が速いなぁ。

2014年4月6日日曜日

ゲームにおける「面白味」

 今現在、日本で一番勢いのあるゲームとくればガンホー擁する「パズル&ドラゴンズ」で間違いなく、ご多分に漏れず自分もよくこのゲームを遊んでおります。現在ランクは110ちょっとで、パーティは望月千代女というリーダースキルが「バランスタイプのHPが2倍、攻撃力が2.5倍」というモンスターを使い、サブメンバーには「ヴァーチェ」などいわゆる「魔剣士」と呼ばれるカテゴリー(どれもバランスタイプ)のモンスターで組んでます。進化形態はほとんどが究極進化を遂げていますが、ここまでの道のりは結構長かったなぁ。
  そんな私のパーティ自慢はここまでにしておきますが、私がいわゆるソーシャルゲームというスマホ向けゲームを遊ぶのは実はこの「パズドラ」が初めてでした。それとともに今回こうやって遊んでいて普通のPS3などに代表される据え置きゲームと異なっている点、共通している点というのにいくらか気が付き、特に後者の共通している点こと「ゲームの面白味」についていくらか思考し、友人らとも議論を重ねてそこそこ手ごたえを得る内容が練り上げられたので、今日はこのテーマについて書いてきます。

 まず前提論として述べると各ゲームはRPGやシミュレーション、パズルなど様々なジャンルに分かれますが、どのジャンルにも共通する面白さを決定づける要素というものがあると私は考えております。それぞれのジャンルによってそれらの面白さを決める要素がどのように盛り込まれるかはもちろん異なっておりますが、旧曲亭にはこれらの要素をどのように組み合わせてどれだけ多く含めるか、それがユーザーに対して「面白い!」と思わせる決定要因になるのではないかと見ているわけです。ではそれら面白さの要素は具体的にはどんなものがあるのか早速並べて解説していきます。

1、成長要素
 この要素が含まれるゲームジャンルとしてはRPGがある意味代表的かと思いますが、要するにユーザーが遊んでいて成長したと実感できる要素があるかないかです。ドラクエやファイナルファンタジーであればわかりやすく各キャラクターにレベルという設定が付与されており、スタート当初がレベル1だったキャラが高レベルになるにつ入れて高い攻撃力や強力な魔法が使えるようになると否応にも成長を実感し、少なからぬ優越感を覚えるかと思います。またかつては苦戦した敵キャラを一撃で楽々に倒せるようになると、こういっては何ですが言いようのないカタルシスがあるように思え、昔コメント欄にこのような内容を一度書いてもらいましたが、かつては倒すのが難しかったボス敵に対して圧倒的と言えるほど強くなってから挑み、じわじわとなぶり殺しにして楽しんだという遊び方をした人は私以外にも多分いるでしょう。傍から見ると酷い倒し方ですがこれがすごい爽快で、この時ばかりはフリーザ様の気持ちもわかる。
 RPG以外のどのジャンルにもこの成長要素はほとんど含まれており、マリオなどのアクションゲームでは要領よくキャラを動かせたり、レースゲームでも過去のタイムより早く走れるようになると気持ちがいいものです。最近のゲームだと「モンスターハンターシリーズ」がこの成長要素をある意味で最も含んでおり、純粋にプレイヤーのキャラの動かし方次第でどんな強敵にも勝てるだけに成長が強く実感でき、それが評価されてヒットしたのではないかと密かに見ております。

2、コレクション要素
 これもRPGだと説明しやすいですが、要するにレアアイテムなどの貴重なアイテムを集める楽しみです。最近だとアイテムに限らず「スーパーロボット大戦シリーズ」などであるように条件次第で仲間になるレアキャラとか、ステージクリア後に手に入れられるレア画像、ムービーなど幅広く広がっているため、「何かの条件達成によって得られるご褒美」というものがあると面白味が増すのではというのがこの要素です。
 さっきの成長要素同様にこれも「モンスターハンターシリーズ」が持っている要素で、このゲームは素材となるレアアイテムをステージクリア、または特定条件達成によって集め、一定量集めることによってレアな武器や防具を作っていく過程が重要です。私ももちろん遊んでいますがこうしたレアなものを集める過程というのはなかなか思い通りにはいかないですが、うまく目的のアイテムがドロップした際は文字通りジャンプしそうな位にうれしく、それまでの苦労が報われるようなカタルシスが得られます。
 今私がやっている「パズドラ」も同じで、レアな進化素材をかき集め、進化させるモンスターのレベルを進化させて新たなモンスターを作るという過程が重要なのですが、これなんかさっきの成長要素とこのコレクション要素の集合みたいな作業と言えます。まぁ源流を辿れば「ポケットモンスターシリーズ」に行きつくのですが。

3、難易度
 当たり前と言えば当たり前ですが、地味に面白さを決める上で深く考えなければならない上に調整が難しい要素としてこの難易度が挙がってきます。まず私の「パズドラ」の体験で述べると、難しいステージに挑むにつれてやはり詰まるというか簡単にはクリアできず、途中で負けてやり直しとなる場面が増えていきます。もちろんサクサク進めばそれはそれで楽しいのでしょうが、ゲームを進められなくて詰まる瞬間というのは「じゃあどうすれば攻略できるのか」ということを結構真剣に考えられ、こういってはなんですがこの考えている瞬間というのは案外楽しいです。手早いもので言えば攻略サイトを眺めることですが、それ以外にも自分のパーティ編成を弄ったりして攻略の糸口を探り、そうした試行錯誤の末にリトライして攻略が出来ると最初の成長要素にもつながりますが、苦労した分だけの気持ち良さが待っていてくれます。
 ただ極端に難易度が高いゲーム、具体的にはやっている人だけわかればいいですが「ニンジャガイデンΣ」とかあまりのハードっぷりに私も最初はプレイしていて不快感しか覚えませんでした。 それ以外にも「パワフルプロ野球シリーズ」でも難易度が最大だともはやクリアさせるつもりがないほど難しいというか投げる傍から片っ端にホームラン運ばれるので、コントローラを強く握りしめた回数はもはや数えきれません。
 このように難易度というのは調整が難しいですが、ユーザーに対して場面ごとに「壁」を作ることによって面白さというか気持ちよさをググッと高める要素だと思います。改めて考えると難易度の高いと言われるゲームほどそのゲームを深く愛するコアなユーザーというのがいるように思え、初期の「バイオハザードシリーズ」なんかはこの点で成功したんじゃないかな。

4、交流要素
 これは言わばほかのプレイヤーと一緒にプレイできるか否かという要素です。格闘ゲームの対戦よろしくリアルなほかの人間と協力プレイなり対戦なり、果てにはポケモンの様にモンスターの交換といった交流が出来るかどうかというのも面白さを決定づける重要な要素でしょう。スーパーファミコン時代なんかはこの交流要素が最も重要視されてたように思え、「ボンバーマン」や「桃太郎電鉄」、そして「マリオカート」なんかは私も友人と時には笑い、時にはつかみ合ったりするほど一緒にプレイしました。本来ゲームというのは対人で行うのが基本で、将棋や囲碁、麻雀などを考えると一緒に遊べるからこそゲームと呼べるのかもしれません。

5、ワンプレイ時間
 最後のこの要素はちょっと特別というか、現代の事情が深く絡んでおります。現代人はネット、インフラの発達に伴って自由な時間が明らかに減っており、十年前と比べれば小学生から大人に至るまで連続して娯楽に費やせる時間は確実に少なくなっているかと思います。それだけにゲームする時間もとり辛く、空いた時間にそのゲームを少しでもいいから遊べるかどうかというのが大きなファクターになってきたと考えています。また「パズドラ」 を持ってきますが、このゲームに代表されるソーシャルゲームが何故はやるのかというと一番大きいのは「ワンプレイが十分以下」という、電車の乗り換え時間とかほんのちょっと空いた時間でも区切りをつけて遊べるということが大きいでしょう。
 このワンプレイ時間で言えば現代は据え置き機が圧倒的に不利で、遊べる時間は自宅にいる間かつ暇であることが条件で、なおかつセーブなど一区切りつけるのに30分以上かかるゲームだと気軽にとはなかなか手に取り辛いです。長いRPGとかでもクリアまでに合計50時間以上かかるなんて言われた日には社会人なら手に取ることすらためらいかねず、クリアまでとは言わずとも起動して終わらせるまでの一回のプレイで1時間はノンストップにならざるを得ないとなると私ももう手に取らないかもしれません。昔の「スーパーロボット大戦F」なんて絶対にやらないだろうな。
 この要素に関しては結論を述べるとワンプレイ30分以下というのが現代のゲームにおける絶対的な条件で、この条件を満たすか否かは売り上げに大きく影響すると思います。昔はゲームは一日一時間とかいったが、むしろ作る側が時間に縛られるっていうのも皮肉なもんです。


 以上がざっと私が考える、ジャンルにとらわれずゲームをユーザーに面白いと思わせるのに必要な要素の数々です。これらの要素をどう組み合わせ、またどれだけ多く盛り込むかが重要なように思え、逆を言えばグラフィックやムービーにこだわるのもいいけど、これらの要素をきちんと含まないとあんま売れないのではと言いたいわけです。
 自分の主観ですが、ここに挙げた要素をバランスよく取り入れているゲームとして最高峰に挙がるのは既に挙げているように「ポケットモンスター」で、遊びの要素としては完璧に近い気がします。次点に同じく名前を挙げている「モンスターハンターシリーズ」で、これもどの要素も過不足なく含まれていて意図的かどうかはわからないにしろバランスの良さが際立っています。改めてこれらの要素に注目してヒットしているゲームを見ると違った視点も見えてくるので、ゲーム選びをする前にこうした点を考えることをちょっとおすすめして筆を終えます。

2014年4月5日土曜日

メールでのブログ投稿機能を試してみる

 さっき家の近くの車の下に野良猫が寝ていたので写真を撮ろうとカメラ向けたらすぐに逃げられました。警戒心が強い上にサービス精神の少ない猫だと思う一方、人間でもカメラ向けられたらやっぱり避けると思って納得することにしました。折角だからこのブログに載せようと思ったのに(ーー;)

 そういうどうでもいいことは置いといて本題ですが、実はここ最近、このブログでメール投稿機能を人知れず試しておりました。このブログはGoogle社のBloggerというソフトを使用して運営しておりますが、このBloggerではあらかじめ設定でメールアドレスを指定しておくとそのアドレスにメールを送るだけで記事が投稿できる機能が備え付けられております。くだらないことですがそのメール投稿用の指定アドレスに何故か「baniku」という単語を指定しており、どうしてこんな単語を指定したのか我ながら理解に苦しみます。

 このメール投稿ですがやり方は簡単で先ほども言ったように記事をメールで書いて送るだけです。メールのタイトルがそのまま記事の見出しとなり、メール本文はそのまま記事本文となり、太字にしたりリンクアドレスもメール文で指定しておけばそのまま反映してくれます。ただ試してみたところどうもメールソフトによって本文の書式は変わるようで、実際に書いた記事とメールソフトの組み合わせは下記の通りです。

  Yahooメール
みんなの党・渡辺代表の献金疑惑について
勉強のできる奴は仕事が出来ないのか?

  Windows liveメール
 ・漫画レビュー「激マン!」

 実際に書いた記事を見比べてみればわかりますが、Windows liveメールで書いた記事は何故だか行間、文字間がやけに広いです。実はこれでも直した方で最初は一行空けた空間が三行くらい空いてたりしていて、お世辞にもまともな仕上がりにはなっておりませんでした。またAmazonの広告バナーも実験的に敢えて突っこんでみましたが、リッチテキスト形式にそのままバナー広告のHTMLを入れてみたものの反映されず、しょうがないから後でBloggerの編集機能でバナー広告を追加せざるを得ませんでした。
 一方というかYahooメールでの投稿はほぼパーフェクトで、普段の投稿と同じような書式で記事が掲載できております。バナー広告に関してはWindows liveメールと同じように上手くいきませんでしたが 、画像に関しては添付ファイルに入れるだけでちゃんと一番上に表示してくれてるし、同じ機能を使いたいという方はYahooメールを優先することをお勧めします。

 ただやっぱりというか、きちんと記事を書くならBlogger本体で書くのが一番楽です。たとえば先ほどの画像の表示も一番上にしか置けず、好きな位置に置いたり真ん中寄りとか右寄りとかは指定出来なさそうです。そのほか、多分テキスト形式で書いて送れればバナー広告とか、リンクアドレスも別ページで開くとか指定できそうなのですが、Yahooメールだとリッチテキスト形式からテキスト形式に変えると書式が全部リセットされるので、まぁぶっちゃけ面倒くさいです。あと記事ラベルの指定もどうやら絶対に出来なさそうだし。

 もう少しこの機能に関しては実験を続けてみるつもりですが、使わないなら使わないで越したものの、ちょっとやむにやまれぬ理由で今後使ってく必要があるだけに今のうちに試せることは試しておかないとといったところです。

PSVitaの付属品に伴う懊悩( 一一)

 少し前の記事でソニーの携帯ゲーム機、PSVitaを購入したことをちょこっと書きました。私はこれ以前に同じソニーの携帯ゲーム機でPSVitaの前身にあたるPSPを持ってて、中国での生活中は文字通り苦楽を共にしたゲーム機だっただけに大事にしていたのですが、残念なことに恐らくリフォーム中に入り込んだ業者の人間に盗まれて紛失してしまいました。今回PSVitaを購入したのもこうした背景があったのと、新しい携帯ゲームが必要になる時期が迫ってきたためです。

 そんなわけで購入して早速いろいろ昨日とか確かめたり以前のPSPの時に購入したゲームアーカイブスのゲームを再びダウンロードしたりしていますが、ちょこっとだけ感想を述べるとタッチパネルなだけにタブレットPCとなんかそれほど差のないようなインターフェース画面で、もう少しVitaならでは要素が欲しいななんて思いました。あくまで個人的意見ですが。
 それと本体と同時に「忍道弐」という忍者ステルスゲームを買いましたがそこそこ面白く、中でもゲーム中のプレゼントグッズとして「暗殺は晩餐の後で」という、「謎解きはディナーの後で」を中途半端にパクったアイテムが出てきたときは素直に笑いました。

 と、順風満帆にVitaを楽しんでいるかのような記述をしましたが、実はちょっと附属品でトラブルがありました。トラブルは二つあってそのうち一つは液晶を保護するフィルムで、結論から言うと貼るのに失敗して買い直す羽目となりました。私が購入したのはサイバーガジェット社の保護フィルムでしたがいざ貼ろうとして何に驚いたかというと、フィルムのどちらの面を液晶に張り付けるか説明書に書かれていなかったという点です。フィルムを見ると片側だけになにやら引きはがすための白いシールが付いておりますが、果たしてこれは液晶に貼りつける側なのか、外面側なのかが全く書かれておらず、しょうがないからフィルムの両面を覆うシートをそーっと引きはがして確かめたりしましたがそうしている間に埃がやたらついて、結局使い物にならなくなりました。これまで保護フィルムを色んなものに貼ってきましたが失敗したのはこれが初めてで、最終的にほかのフィルムを買い直してそちらを貼りつけることとなりました。今度は一発できちんと決められたし貼り方も書かれていたからよかったものの、なんだったんだ最初のフィルムは。

 このフィルムだけでトラブルはもうこりごりという感じでしたが、 もう一つ別の附属品でもトラブルに見舞われました。
 フィルムを貼り直してようやくVitaで遊べるようになったのですが、なんだか遊んでて妙な臭いがずっとして、まだ買ったばかりだからプラスチックに臭いがついているのかなと思ってしばらく使い続けたものの全く解消されずくさいまま。敢えて言うなら砂利をまぶしたかのような臭いで一体何なのかといい加減原因を探り始めたところ、本体を収納するために買ったポーチが臭いの発生源であることを突き止めました。

 からくりはこうです。ポーチは文字通りVitaの本体を収納するケースなのですが、このポーチの臭いが凄まじく 、Vita本体を入れているとその臭いが移って遊んでて不快感を煽ってくれていたのです。原因に気が付いたところでどうにか対策出来ないかと思い、まず消臭剤ファブリーズをまるでゾンビの頭めがけてガンガン弾丸を撃ち込むようにガスガス噴霧してやりましたがまるで効果がなく、だったら丸洗いだとばかりに石鹸や洗剤で本気でゴシゴシ洗いましたが乾くと元通りに砂利の臭いしかせず、ならばと数日間空気ににさらして臭いが無くなるのを待ちましたが、臭いが無くなるどころか気が付いたら部屋の中にこのポーチの砂利っぽい臭いが立ち込めてて愕然としました。

 先ほどのフィルムの顛末と同じくこのポーチの問題は多分このブログを開設して以来初めて、私が体調不良から予告なしに一週間更新を休止した時期に起こっており、ただでさえ神経病んでて自分でも危なかったと思う状態だったというのに激しく神経を擦り減らしてくれて腹立たしいことこの上ありませんでした。

 ただフィルムはともかくとしてポーチに関しては多少体調が戻って正常な判断が出来るようになってから販売会社のデイテルジャパンに直接相談した所、臭いに関するクレームはこれまでないもののひとまず現品を送ってくれないかとすぐに返信が来ました。指示通りに現品のポーチを着払いで郵送したら数日経ってデイテルジャパンより荷物が送られ、中には「確かに通常の製品とはまた異なる匂いであるように思われました(原文そのまま)と書かれた手紙と共に、交換品として同じ色のポーチが同封されておりました。送られてきた交換品は受け取ってすぐマタタビを吸う猫の如く臭いをかぎましたが変な臭いは一切なく、この一件に関するデイテルジャパンの対応には満足していて今後も倍プッシュしてこうと考えてます。

  それにしても悪いことは重なるというか本気で体調悪い時に面倒な問題が立て続けに起こり、かなり神経がやられて文字通り頭が変な風になってました。また明日記事にしようかと思いますがこの時期の平均睡眠時間は5時間で、自宅に帰ってからもブログ書いたりサイト作ったりとかなり追い込んで作業していたため本気で辛かった時期でした。今週からは平日の睡眠時間がガチで+2時間となり、余裕綽々でブログも作業もかければ気持ちに余裕もあり、恐らく人より数倍は頭を回転させている気がするだけに自分にとって睡眠は本当に重要だと感じた体験でした。

2014年4月4日金曜日

勉強のできる奴は仕事が出来ないのか?

 本当に本題と全く関係がないですが、こちらの画像はさっきネットで見つけた物でツボにはまったのでここにも貼り付けることにしました。それにしてもよく似てる。
 ちなみにグーグルの画像検索で「陽月秘話」と検索すると今まで貼り付けたわけのわからない画像がドバっと出てきて、自分のブログながらカオスな印象を覚えます。きっとこの画像もこれからヒットするんだろうな。

 というわけで本題に入りますが、たまにネット、時にはリアル社会で見出しに掲げたような「勉強が出来る奴はあまり仕事が出来ない」というような意見を見受けます。使い方としては「一流大の奴は〜」とか「東大卒の癖に〜」なんていう使われ方が多く、仕事が出来ない理由としては「教科書に書いてあ ることしかできないから言われたこと以外出来ない」など、パターン通りにしか動けない頭でっかちみたいな言われ方をよく見ます。

 結論から述べると、私自身はこういう意見はあまり賛同できないというか、勉強が出来る出来ない以前にもっと見るべき特徴があるような気がしてなりません。

 まず私の視点で述べると、確かに高学歴の人間でもいい加減で果たしてどんなものかと思う人間がいないことはありませんが、それを言ったら学歴の低い人も同じようなもんで、学歴が高かろうが低かろうが頼りになる人は頼りになるし当てにならない人間は全く当てになりません。強いて言えば、仕事で指示を仰ぐ際だと学歴の高い人の方が指示がはっきりしていてわかりやすく、こっちも動きやすいって ところはある気がします。
 きつい言い方をするとこのような意見が出回るのは少なからず嫉妬の感情があるせいでしょう。自分もそんないい大学を出ているわけじゃありませんが最初の職場にいた同僚に変に嫉妬され、今でも呆れますが会社に請われて休日出勤して引っ越し作業を手伝うことになったら「花園は会社を舐めている」などと意味の分からないことを言われ、さすがに黙っているのはおかしいと思って抗議したら喚き立てられ、入社年次が下だったことから周囲も私に謝れというのでついてられないと思い退職しましたが。

 ここで話を終えてもいいですがもう少し続けると、そもそもなんでこういう「頭のいいやつは使えない」なんて意見が出てきたのか、ちょっと考えてみようと思います 。あくまで個人的な意見なのですが、私が子供だった頃にこうした意見の代表格として使われていたのは国家官僚で、どことなく官僚に対する批判意見として生まれてきたような気がしないでもありません。私が子供だった頃はちょうど大蔵官僚がノーパンしゃぶしゃぶとか官官接待を受けていた頃で批判が激しく、そうした空気が影響していたのかもしれません。もっとも、農水省と元社保庁の人たちは私は今でも馬鹿ばかりだと思うけど。

 同じく官僚への批判としてちょっと思い当たるのは、戦前の軍部こと陸大出身者に対しても同じような批判のされ方がされてて、出所はもしかしてこっちが本命かななんて勝手に推量しています。戦前の軍部はほぼ全員が陸軍のエリート選抜校である陸大の出身者で 占められていて実際に呆れた戦況予測をしたり無茶な作戦立てたりして正気を疑う軍人も少なくありませんでした。
 その中でもよく槍玉に挙げられるのが東条英機で、私の予備校の講師も「こいつはカミソリと呼ばれるほど頭の切れる奴だったのだが総大将には向いていなかったんだろうな」などと説明してましたが事実は差に非ず、陸大の受験では二回落っこちており、確かに受かるだけでも大したものですが「エリートの中のエリート」と言えるほど頭がよかったわけではないと私は見ています。むしろ当時の軍人で言えば、東條が陸大卒業時成績が11位だったのに対し同期で首席だった今村均とか、暇だからという理由で中国語をマスターした永田鉄山とかが際限知らずに頭がよかった人だったんじゃな いかと思えます。

2014年4月3日木曜日

何故、帝国は強いのか

 アメリカではなんでも「ポーランド人は馬鹿だ」という内容のジョークがあると聞きます。また二次大戦前に何度も国土が分割され、二次大戦中もユダヤ人を始めとした死者数が500万人以上も出すという(国別死者数では4位という説も)悲劇的な歴史を持ちながらも何故か同じヨーロッパの国々からポーランドはそれほど同情されず、それどころかそのような歴史を歩んだのもやや自業自得みたいに言われているなどとも聞きます。
 なんでポーランドがこんな風に馬鹿にされるのか理由はわかりませんが、以前にちょっとこの辺で気になったのでポーランドの歴史をこの前ネットで調べました。西欧史については一通りやっていて大まかな流れはわかっているものの個別の国々の歴史となるとまだまだ勉強不足であることを痛感したのですが、改めてポーランドの歴史を見てみると意外に面白く、さすがにブログでまとめることはしませんけどドイツ騎士団とプロイセンの歴史くらいなら一つのテーマでまとめてもありかもしれません。

 折角なのでポーランドの歴史について簡単に触れると、あまり知られていませんが中世、具体的には13~16世紀くらいまでは間違いなく欧州最強国家と読んでいいほどの繁栄ぶりをみせております。当時のポーランドはヤゲウォ朝と呼ばれる国家体制で他のヨーロッパ諸国に先駆けて絶対王権を確立し、軍事力においてもポーランド騎士団と呼ばれる軍勢を保有して文字通りに現在のロシア地域にいたスラブ民族、並びにオスマントルコを筆頭としたイスラム勢力との抗争でキリスト教勢力の最前線を担う役割を果たしておりました。
 残念ながらというか16世紀以降はロシアやプロイセン、オーストリアが勢力を拡大した上に内戦もやらかしてしまったことからポーランドは国力を落としてしまうわけですが、それ以前のポーランドがまさに帝国と呼ぶほどの繁栄を誇った理由については様々な要素が挙げられており、私の視点で述べるとそれらは「寛容性」という言葉にまとめられるように思えます。

 当時のポーランドは一応はキリスト教を国教とする国であったのですが他のヨーロッパ諸国と比べてその強制性は非常に弱く、むしろ他の宗教や民族に対して非常に寛容であったことはほぼ意見が一致します。一番代表的なのはユダヤ人に対する態度で、13世紀の時点でユダヤ人の人権並びに政治的自治を認める法令を出しており、それを聞きつけたことによって他のヨーロッパ諸国で弾圧を受けたユダヤ人が移民してきたことによって学術的にも文化的にも発展したそうです。
 そのほか現在のリトアニアに存在した、ギリシャ正教を国教とするリトアニア大公国と14世紀に連合を結び「ポーランド=リトアニア連合」という国家連合を作ってポーランド王家は領土や権力を大きく高めたのですが、この際にポーランド王国にやられてばっかだったドイツ騎士団が「異教徒と手を組んでいる」などとバチカンに訴えてきます。この際にポーランドは、「異教徒とはいえリトアニアの人間も同じ人間で我々と同じ人権を持つ」なんてかっこいいことを語ってバチカンにもその正当性を認めることに成功します。にしてもドイツ騎士団はカッコ悪いな。

 このように異教徒、異文化、異民族に対してとにもかくにも寛容に受け入れていったことがポーランドの躍進に買ったと現在では評価されているのですが、こうした寛容性は何もポーランドに限らなくてもほかの歴史でも同じ傾向がある気がします。

 一番卑近な例は現代の米国で、20世紀には黒人差別問題が大きく残っておりましたがそれでもほかの国々に比べればそうした民族的差別はまだ小さいように私には思え、黒人のオバマ氏が大統領になれたり、有色人種の人口が白人を追い抜いたりなどとしている状況を見るにつけ帝国と呼ばれるだけの多文化性、多様性を孕んだ国と言っていいでしょう。同じく帝国とくれば「テルマエ・ロマエ」で同じものローマ帝国も同じで、奴隷制によって成り立った経済構造でしたが植民州出身の人間でも兵役を終えればローマ市民権を与えたりして、いわば異質な文化の地域を取り込むような政策を実施しております。

 私は帝国と呼ばれる国というのは歴史的に、異質な文化や民族を取り込むから帝国であって単独の文化を保持し続けハイ手的な主義を取る国は帝国とはなり得ないと前々から考えております。その上でさらに続けると、やはり発展性という意味では帝国の方が圧倒的な強さを持ち得ます。
 現代の米国がいろいろな意見があるもののそれでも最強国として君臨し続けているのは毎年大量の移民を受け入れ、また学術や文化面で多くのものを取り込みつつ変化しているからだと思います。もちろんこんな帝国性を持つのは生半可な努力じゃ出来るわけなく日本なんて島国という特徴からもまず慣れるわけありませんが、それでももっと寛容性というものを意識し、異質な文化や概念を取り込むことで国家として民族として強くなれるということを少しは考えてほしいと陰ながら思います。

2014年4月1日火曜日

STAP細胞問題の最終報告について

<STAP細胞>「小保方さんに不正行為」認定 失望大きく(毎日新聞)

 これまでに何度もこの問題で記事を書いておりますが、以前の記事に書いた通りにようやく理研も小保方氏の論文に捏造や不正があると認めました。肝心の小保方氏は今回も記者会見には出てこず、報道では理研側の発表に対して反論を述べ不服申し立てをする予定だなどとされて本当に懲りない奴だなとか思います。今回の発表に対する私の感想は、当初でこそ妙なかばいだてこそしたものの途中からは理研は割ときちんと対応したかなと思え、これまで同様に小保方氏は確信犯で捏造をしていたのだろうという考えに変わりありません。

 理研の発表内容に関してはもう細かく感想を述べませんが小保方氏がメディアへ配布したコメントについていくつか意見を述べると、 画像を切り貼りしたのは見やすくするための処置だったとか、自分の卒論と同じ画像が論文に使われていたのは単純ミスで悪意はなかったと主張しているようですが、そんなたわごとを信じる奴はマジで精神病ものだと呆れるレベルの反論としか言いようがありません。そして最も重要な、共同研究者の依頼で作成したSTAP細胞とされるマウスの細胞が、共同研究者が送ったマウスとは別系統の遺伝子を持つ細胞だったことに関して触れていないという時点で、まぁ色んな意味で確信犯なことがわかります。

 この事件において第一義的に重要な論点は言うまでもなSTAP細胞論文は捏造だったのかそうでないのかということに間違いありませんが、第二の論点として何故これほどまで人格的に明らかな問題のある人物を理研が採用したのか、この点についてもっとみんなで考えるべきじゃないかと私は思います。私がこのように考えるのもいわゆるポストドクター問題こと、日本で博士号を取得した研究者が研究職に就職できず、大半が培った知識や技術を活かせないまま苦しい生活を送っているとよく聞くからです。
 報道によると理研の研究職の待遇はほかの研究機関と比べて非常に良いらしいのですがそれは置いといて、何故ほかにもたくさん博士号取得者がいるにも関わらず平気でコピペ論文を出すような人間を理研は採用したのか、そして研究リーダーにまでして捏造を見過ごしたのか。別に研究職に限るわけじゃないですけど日本は人材採用のプロセス、そして昇進プロセスがどこかおかしい気がしてならず、政治家に白企業経営者にしろ、「よりによってなんでこんな人間が」と言いたくなるほど人格疑う人間が上に上ってくることがやけに多いです。何故こんなことが起きたのかその原因についてこれを機にもっと考えるべきじゃないか、なんてちょっと言いたくなります。

 さっきから私は文字通りに人格否定発言を繰り返しておりますが、今回の捏造によって日本が世界に対してリードしている再生医療研究に大きな不信感を招いたという点で、本気で小保方氏には強い怒りを覚えます。日本がこの分野で何故リードしているのかと言えばノーベル賞も受賞した京都大学の山中伸弥教授がIPS細胞の作製に成功したためですが、そんな山中教授と小保方氏を比較したいい社説が先日、産経新聞に載せられておりました。

推敲が足りない? 3月13日(産経新聞)

 この社説では同じくノーベル賞受賞者の益川敏英氏と山中氏の業績を引用し、下記の様に小保方氏と比較しています。

「冒頭の2人の業績を振り返れば、ノーベル賞級の発見は、一人の天才の力だけではなし得ないことがわかる。益川さんは、ノーベル賞を同時に受賞し た小林誠さんとの議論の末に、新理論を打ち立てた。山中さんは、受賞記念講演のなかで、ともにiPS細胞開発に取り組んできた仲間の名前を挙げてたたえて いる。
 STAP細胞の論文の共同執筆者の間では、論文の撤回をめぐって、意見の対立もあるようだ。一連の騒動のニュースに接していて、小保方さんにとって、「同志」と呼べる研究者の姿が見えないことも気にかかる。」

 この問題は突き詰めると、結局この一言に尽きるような気がします。この社説に書かれている通りに山中氏はIPS細胞発表後の会見、そしてノーベル賞の授賞式やそのほかのあらゆる場面で、自分の研究室にいる研究員が奮闘してくれた結果で自分だけの力ではないとこれでもかと言わんばかりに褒め称えていました。
 それに対して小保方氏ですが、ネイチャー掲載後の会見では自分の研究を認めない科学界への腹立たしさばかり主張し、共同研究者たちに関してはほぼ全く触れられていなかったように私は記憶しております。今となってしまえばやはり自己主張が間違った方向に発展してしまった人だったということと、こんなイカサマばかりやっているから周りは認めなかったんだよと吐き捨てて言いたくなるような感情しか覚えませんが。

 私は昨日の記事で漫画家の永井豪氏が若かりし頃の自分を追った「激マン!」という漫画のレビューを書きましたが、永井氏はこの漫画の中で当時の自分のアシスタントたちに対して非常に事細かくかつ好意的に紹介していて、実際に彼らなくして当時の仕事はこなせなかったという風に述懐していることを指摘しました。山中氏にしろ永井氏にしろ真に世の中に功績を残し評価されるべきはこういう人たちであり、にもかかわらず何故こんな採用前からいろいろと問題を抱えてそうな人間を理研が採用してしまったのか、そうしたてんについてくどいようですがもっとかんがえるべきでしょう。

2014年3月31日月曜日

漫画レビュー「激マン!」

 このブログについてよく、「どうして記事にするネタが切れないの?」と不思議そうに知人から尋ねられることが多いのですが、実体は逆で書きたいネタ外たくさんあるにもかかわらずほとんど書き切れていないのが実情です。今日書く子のレビューも約一ヶ月前に書こうと企画しておきながらずるずると遅れ、明日のタイミングに合わせるために今日この日に書くこととしました。

激マン!(Wikipedia)

 本題に入る前に簡単に永井氏について紹介しますが、永井氏は大学受験中に漫画家になることを志し、確かどっかの出版社に持ち込みしたところすぐに才能が認められてひとまず誰かのアシスタントにならないかと言われ、「じゃあ手塚先生」と言ったところその時に手塚治虫の職場に空きがなく、そのかわりとして石ノ森章太郎のアシスタントなり漫画家生活をスタートします。アシスタントとして多忙な生活を送る中でひとまずデビューしようと自分の作品を作ることを考え、すぐにストーリが組めるという理由からギャグ漫画を作りはじめ、それらの作品が後にチャンピオン編集長となり「ブラックジャック」などを連載させる名物編集者、壁村耐三によって見出されてプロ漫画家としてデビューします。

 こうして永井氏はギャグ漫画家としてデビューしてすぐに人気作家となり、続けざまに少年ジャンプで連載を始めた「ハレンチ学園」でその人気を不動のものとしますが、本人としてはギャグ漫画よりもストーリー漫画を以前から書きたいと考えており、そうした本人の願いからテレビアニメの企画と同時進行で始められたのが「デビルマン」でした。

 デビルマンについてこのままネタバレ覚悟で解説を続けますが、ある意味で観世懲悪に終わらないダークヒーローストーリーの作品として嚆矢となるような作品で、連載期間が短くそれほど長編ではないものの、逆に長編ではないからこそその話のインパクトは凄まじく、まだ読んでない人には強く一読することをお勧めします。この作品は「週刊少年マガジン」においてテレビアニメと同時並行で漫画が連載されたのですが、その時の状況についてこの「激マン!」は事細かに描写しています。それにしてもこのタイトル、漫画家を目指す少年二人と漫画編集の裏側を描いた「バクマン。」を露骨にパクってるな。

 話は戻りますが当初、デビルマンは普通のヒーロー物として企画が立てられたそうで実際に漫画の連載より先に放送されたテレビアニメ版はそうした描かれ方がされています。ただ漫画版において永井氏は深いテーマ性、具体的には戦争というものを暗喩させる作品として描き始め、テレビアニメ版の企画になかった飛鳥了というキャラクターを勝手に作ったりして徐々に別の方向へと突き進んでいきます。
 このデビルマンを執筆していた状況についてもこの「激マン!」の中では詳しく描かれているのですが、その中でひときわ目を引いたのは当時の永井氏の多忙ぶりです。なんでも週刊連載を三本も抱えていて一週間に執筆する原稿枚数はなんと100ページも超えていたそうです。もちろんこんなページ数を一人で書けるわけがなく自身のプロダクションで多くのアシスタントを抱え、日程を管理するため兄弟を始めとしたマネージャーも多く雇っておりました。そんな状況について永井氏は担当編集者に対して、「実は僕の今の手取り収入は同世代のサラリーマンよりも少ないんですよ」と語るシーンがあります。

 漫画の中のセリフによると、連載なんて一本か二本くらい抱える方が一番収入に良く、当時の連載本数だと執筆を維持するためのスタッフの人件費がかかりすぎて実質マイナスに近い作業量だったそうです。それでも連載を抱えたのは収入以上に漫画作品を残したいという永井氏の信念からで、また当時は体力にも自信があって二、三日の徹夜も苦にせずやれたと描かれてあります。まあなんというか、恐ろしい執念だと読んでて感じました。
 ただそんなタフな永井氏であっても、それまでのギャグ路線からシリアスなストーリーのデビルマンは執筆していて苦労が多かったらしく、その執筆にかかる労力はこれまでの漫画作品の数倍だったとしています。ただそれでもこの作品にかけたいという思いは強かったらしく、なんとデビルマンに心血を注ぐために人気絶頂だった「ハレンチ学園」を始めとした主だった当時の連載作品を終了させることにしたそうです。これには各漫画雑誌の担当も驚いて何とか連載を続けるように説得したものの永井氏は譲らず、実際に次回作を書くことを条件にして複数作品の連載を切りました。

 そうやってデビルマンの執筆態勢を整えた永井氏でしたが、徐々に作品が独り歩きし始めたというか、自分の想定とは勝手にストーリーが変わっていったと作品中で述懐しています。その動きに拍車をかけたのは漫画雑誌からの連載打ち切り連絡で、連動企画だったテレビアニメが終了することから漫画版のデビルマンもすぐに終了させるように通告されたことからでした。

 この時の状況について「激マン!」では非常に詳しく描かれており、マネージャーをしていた兄と共に編集部を訪れて何度も連載を続けるように交渉し、実際に読者人気も上がっていったことから当初の予定より終了までの連載回数を増やすことに何度か成功させます。とはいえ執筆できるページ数は限られていることからそれまで以上に展開を早めてなんとか結末へ落そうと努力するわけなのですが、漫画の中の展開がハイスペースなのと同様に当時の永井氏の近況もなんと慌ただしかったことかと思わせられるばかりでした。 

 このような背景があったことから実際にデビルマンの後半部は非常にハイスピードで展開が進んでいくのですが、その中で異色を放つのは主人公の不動明を悪魔と戦うために悪魔と合体することを提案する、飛鳥了というキャラクターです。このキャラについて永井氏は当初、不動明をデビルマンへ導く役割を終えたら死亡して途中退場するキャラクターとして用意したらしいですが、登場させたところ人気が出たためそのまま生存フラグを歩み続投し、折々でキーポイントとなっていくキャラになってくのですが、後半に至って「一体何故この飛鳥了がここにいるのか」などと、作者の思惑を外れた活躍をするようになったと描かれています。彼の正体についてはぜひ原作の「デビルマン」を読んでもらいたいのですが、彼の役割が意図したものではなくストーリーの展開から独り歩きして出来上がったものだったという事実には私自身非常に驚き、同時に永井氏は本当に勢いでストーリーを進めていく人なんだなぁなどと感じました。 

 という具合で「激マン!」の解説なのか「デビルマン」の解説なのかよくわからない記事となりましたが、当時の漫画界と永井氏の近況、そして編集部と漫画家の作品にこだわる余りの深い交渉は見ていてなかなか面白いです。ただ敢えて苦言を呈せば、作者自身が自分の伝記的作品を書くことが恥ずかしくてこの「激マン!」について、「ノンフィクションに限りなく近いフィクション」と紹介しており、作中ではややオーバーな表現も目立ちます。そのため冷静かつ怜悧な目線に欠け、その面でこの「激マン!」はその価値をやや落としているようにも見えます。恥ずかしいとは思うものの、恥を忍んで淡々と当時の状況を追っておけばよかったのにとちょっと残念な点です。 

 最後に読んでてほかに気になった点として二つ挙げると、「デビルマン」でヒロインの母親が同じ人間によって拷問されて殺されて、その死体が出てくるシーンで永井氏は最初、逆さ吊りにされた上に体が左右に真っ二つに引き裂かれた死体を描いたところ、「逆さ吊りはいいけど真っ二つは駄目」と編集部に駄目だしされてしぶしぶ修正したシーンがあります。そのシーンで永井氏は、「どうせ残酷な描写なんだからあんまり変わらないような」と書いてますが私も同感です。

 もう一つの気になるシーンですが、当時の永井氏の状況説明としてこ「激マン!」の中では数多くの彼のアシスタント作家の名前が出てきます。それも名前だけでなく各人の特徴や経歴、そして後の活躍まで事細かに書いており、本当に仲間思いの人なんだなぁと素直に感じました。その中でもひときわ高い評価をされているのが「ゲッターロボ」で主軸を担う石川賢で、彼に対して永井氏はアシスタントというよりまさに相棒と言っていいような最大級の評価がされております。 

 永井氏のプロダクションは「ダイナミック企画」という名で、ここは通常の漫画プロダクションとは明らかに趣が異なり永井氏自身も自分の作品の制作機関というよりは気の合う漫画家同士の製作集団だと述べており、実に数多くの漫画家がここから巣立っております。こうした目的を同じく行動する集団というかチームが案外二本にはないと日系アメリカ人が書いた本をこの前友人から借りて読んだのですが、明日最終報告する理研にはそうしたチームがあったのかなと思うわけで、何も問題なければこのテーマで明日記事を書く予定です。




2014年3月30日日曜日

みんなの党・渡辺代表の献金疑惑について

 体調不良ですっかりまいっている最中にまたぞろ記事化すべき政治事件が多発しているのでこれから徐々に片づけていく所存ですが、真っ先に今日取り上げるのはみんなの党の代表である渡辺善美氏の政治献金疑惑についてです。結論からパパッと書いちゃうとまず間違いなく渡辺代表は年内にも政治資金規正法違反で議員辞職することとなり、分裂したばかりでもあるのでみんなの党も解党し、残った議員は無所属となるか結の党に合流することになるとここで断言します。

 今回の渡辺氏の疑惑、ってかもうほぼ事実として確定されつつありますがそれについて簡単に説明すると、2010年と2012年の選挙の直前にDHCの吉田会長から計8億円もの融資を受けていたにもかかわらず政治資金の収支報告書に記載、報告していなかったという、構造的にはこの前会った猪瀬前都知事の事件とほぼ同じ事件です。この疑惑は吉田会 長が週刊新潮に寄せた手記から明るみに出て、その手記によると現時点で5億円超がまだ返済されていないとのことです。
 こうした報道に対して渡辺氏自身は融資を受けていたことを認めた上で、政治資金ではなくあくまで個人的な借り入れであると主張し、収支報告書に記載していなくても違法ではないとの主張を行いました。その上でではどういった用途に使ったのかという質問に対しては曖昧な回答に終始し、果てには用途の具体例として「酉の市で熊手を買った」という、小学生みたいな言い訳をする始末でああやっぱりこの人って頭悪いんだなと再認識できました。

 会見を見るだけでも渡辺氏が嘘をついていて政治資金として使っていたのだなということは十分わかるのですが、この会見に対 し吉田会長はすぐ反応し、「選挙で金が要るから金銭的な支援(具体的には3億円)をお願い」なんていう内容の携帯メールが残っているということを明らかにしました。これはテレビでコメンテーターが述べていた内容ですが、そのメールによると借り入れた資金は選挙後、当選した人数によって税金から政党へと配られる政党助成金から返済するような内容も書かれてあり、仮にそれが事実だとしたら税金である政党助成金を質にして資金を借り入れたこととなりその悪性性は非常に高いと指摘され、私もこの意見に深く同意できます。

 そもそも渡辺氏の裏金問題は今回が初めてというわけでなく、過去にはある意味で日本の政治形態を変えたリクルート事件でしっかり未公開株を受け取っており、父親 の故渡辺美智雄も「息子のおかげで総理になり損ねた」なんて述べてます。あくまで私の印象ですがこういった裏金問題を何度も起こしているのと普段の言動から見て渡辺氏は、どっかの這いよる混沌と同じで、ばれなければ犯罪じゃないと確信犯で考えている気がして、もしかしたら叩けばまだ埃が出てくるかもしれません。

 それにしても気になるのは今回の疑惑がどうしてこのタイミングでてきたのかということです。こういってはなんですがタイミングがいいというか、ちょうどこれまで幹事長を務めてきた江田憲司氏が離党して結いの党を作り分裂した直後なだけに、政治に偶然はないというだけあってどっから出てきたのかなぁと邪推したくなります。
 もっともそうやって煽りつつも、今回の一件に関しては江田氏は関与してないのではと私は見ています。根拠としては融資元である吉田会長が割とノリノリに取材に答えている様子で、単純に渡辺氏と吉田会長の仲が悪くなったというか関係悪化したことからばらされただけではないかと思えます。

 それにしても今回の融資額というか献金額は8億円で、猪瀬前都知事の実に16倍と規模だけはでかいです。重要なのはやったかどうかで金額自体は関係ないのですが、8億借りて熊手を買ったって どんだけ熊手好きなんだよとツッコみたくなる迷回答ぶりです。

2014年3月29日土曜日

何のために歴史を学ぶのか

 このブログを長く見続けている方なら言うまでもないでしょうが私は歴史が非常に好きで、大きく出るとトップとまではいかないまでも歴史の知識量が同学年で上位1%には確実に入る自信もあります。特に自分の強みとしては日本史、世界史の両方を受験勉強している上に中国史では文革を始めとした近現代史に異常なほど造詣が深く、一連の流れをそらで説明できる人物なんてそう相違ないでしょう。
 そんな歴史自慢をする私に対してよく、「なんでそんなに歴史を勉強するの?」という質問が飛んできます。そこで今日は何のため歴史を勉強するのか、歴史を勉強する価値について私の考えを述べていくことにします。リハビリ中の身なのに、変則テーマを選んでくるな自分も。かいてて一番楽な政治記事にしとけばいいのに……。

 ここで突然昔話をしますが、今からちょうど十一年くらい前に同じテーマで物を考えたことがあります。現在もそうですが私は実学志向で学問は何かしら世の中の役に立たなければ意味がないという意識があり、歴史科目についても何かしら実際に、精神面上でもいいから使える要素を取り出して体系化するべきだと考え、そこで目を付けたのが哲学的要素でした。
 歴史を学ばないものは愚かな失敗をする、なんていう文句は昔からありますが、ここまで極端でなくても教訓めいた内容や繰り返される事実を取りまとめ、人生を考察するような学問に昇華できないかと当時の私は考え、この方面で本気で体系化しようと試みたわけですが、結果的に言うとこれは失敗に終わりました。というのも歴史的事実から哲学的要素を取り出していろいろ議論するよりも、本家本元の哲学を学んだ方がずっと手っ取り早かったからです。私が無理矢理哲学めいたテーマを歴史から見出そうとしても、既に哲学が同じテーマで議論し終えており、しかもしっかりと体系化していて変に教訓めいたことを議論したいなら哲学を学んだ方が早いという結論に至りました。

 そういうわけで歴史に哲学的要素を求めることはあきらめ、じゃあどういう風に解釈すればいいのかと再考しました。回りくどい言い方はよして結論を述べると、歴史というのは単純にストーリーという娯楽で、その歴史を学ぶということは娯楽の幅を広げるということ、ではないかと思います。

 そもそもなんで私が歴史が好きなのかというと、それこそ学んでて面白いと感じるということ以外ありません。なんで面白いと思うのかというとそれは小説や漫画などと同じく歴史というのは一つの流れを持ったストーリーで、根本的に文学や絵画といった芸術と領域を同じくするものではないかと考えています。そもそも、小説などと言った架空のお話しである文学の原初を辿れば人の営みというか歴史に行きつくように思え、歴史=ストーリーと解釈してしまった方が自然なのかもしれません。
 更にもう一歩踏み込むと、歴史の価値を哲学めいた言い方したり歴史を学ばないと過ちを繰り返すなどと高所めいた言い方をする人もいますが、私に言わせるとそんな深く考えず素直に娯楽と割り切って楽しんだ方がいいように思えます。更に続けると、日中韓の様に国家間で歴史解釈を巡って深刻そうに議論となったりしますが、私に言わせるとこの議論自体も見て楽しむ娯楽の一つで、各国の代表は我々に娯楽を提供するため真剣に頑張っていると解釈しています。

 歴史議論が何故娯楽なのかともう少し書くと、最近はすっかり収まりましたが一昔前の日本最大の歴史議論となると「邪馬台国論争」で間違いないでしょう。これは邪馬台国が北九州にあったのか、近畿にあったのかという位置を巡る論争なのですが、東大や京大の学者たちは真剣に資料を調査し、論拠を挙げるなどして議論し続けましたが、そうやって議論し続ける様は多分見ている一般人としては面白いものだったのではないかと思います。たとえて言うならボクシングの試合を観戦しているようなもので、片っ方が右ストレートとばかりに土器を出土させてくると、もう片っ方がカウンターとばかりに中国の古代資料を繰り出すという応酬で、ほかの人は知りませんが私にとっては見ていて面白い対戦な気がします。
 また見ているだけでなく自らリングに上がるというか、自分自身も歴史議論をすると素直に面白いです。あの時あの武将はどうすればあの戦争に勝てたのか、あの政治家はこういう経験があったからこういう決断を下したのではなどと、学生時代は歴史好きの友人に恵まれこのような非常に楽しい議論を何度も出来ました。さすがに文革について議論できる相手はいなかったが……。

 このように歴史というのは人生に教訓を与える学問ではなく、むしろ人生を豊かにさせてくれる娯楽だと単純に割り切るべきだというのが私の考えです。となると歴史学者というのはお金をもらいながら必死で我々に提供するべき娯楽を探したり、確認しているということになりますが、私はまさにその通りで、そしてそれらは価値ある行為だとも考えてます。さすがに正面切って歴史学者にこんな風には言えんが。

 ここで最初の問いこと「何のために歴史を学ぶのか」に戻ると、私から贈れる回答としては「歴史という娯楽を楽しむための下地作りのため」に学ぶ価値があると言えるかと思います。先程の様に人の議論を見て楽しむため、自分で議論に加わるためには最低限の歴史知識が必要となり、これらを娯楽としてみるために必要な準備が歴史の勉強だと思います。また歴史を学ぶことによって小汚い茶碗や腕が六本ある仏像をありがたく感じられるようにもなり、それまで娯楽として感じられなかった対象に対しても娯楽として感じられる効果が歴史を学ぶことで得られると考えられ、そういう意味で私は歴史を学ぶことで娯楽の幅が広がるのではないかと言いたいわけです。最近太字をよく使うなぁ我ながら。

 上記のような考え方から私は、歴史を学ぶと楽しみの幅が増えるという意味で他人に対しても学ぶことを進めるわけです。あとこれはまだ未検証ですが私個人の実感として、歴史好きの人間は好奇心が強いというか自分と関わりのない分野に対しても比較的積極的に踏み込んだり、興味を持てる人が多い気がします。なお今、「好奇心」という言葉を使いましたが、どっちかっていうと日本語的には「数寄」という言葉が、本来価値無き物に対して価値を見出すという意味合いで歴史に対してはより適しているような気がします。

 最後に歴史問題について一言意見を述べると、これは完全な娯楽に過ぎないと私は割り切っています。現代の問題に対処する上で過去の歴史を全く無視することはさすがに言語道断ですが、過去の歴史にこだわるあまり現状と、そして未来を軽視することは本末転倒でしょう。この辺について続いて書きたいところですがさすがに体力がいる内容なので、余裕が出来たらまた書きます。

2014年3月28日金曜日

一週間ぶりの投稿

 いろいろと不審に思っていた方もいるかと思いますが、実に一週間ぶりにこのブログを更新します。

 以前に私はこのブログで、「このブログはほぼ毎日更新でしかも毎日長文を書いているだけに何の予告もなしに一週間くらい更新が無かったらみんな不気味に思うんじゃないかな」と書いたことありますが、今回がまさにそのような休載となってしまい、こういってはなんですが書く側の自分ですら不気味に感じました。実際に何人かの読者の方から「どうしちゃったの?(;゚Д゚)」と心配の声をかけていただき、なんか申し訳ないなと思うのと同時にいい読者に囲まれていることを再確認しました。

 今回更新が空いた理由はごく単純に疲労からで、先週、というよりそれ以前からあまり調子が良くなく、更新が止まった先週金曜の夜から急激に持ち崩しました。その先週の金曜日に私は既に記事にもしてますが、朝方は元気で昼には友人と一緒に池袋にある文革レストランに行ってきたほどなのですが、多分三連休に入って緊張感がすっと抜けたせいもあるでしょうが、夕方からだるくて動けなくなり、よく日曜日も家からほとんど出ず漫画喫茶にだけしか外出しませんでしたがそれでも体調はあまり復調しませんでした。でもって体力が戻らないだけでなく精神的にも常にイライラしていて、敢えて芸能人にたとえると常に沢尻エリカ氏(失礼な気もするが)みたいな具合で、言葉遣いとかもやけに荒くなってました。そして今のような感じに文章も歯切れ悪く、全部「でした」などの「た止め」が続いたりとか……。

 特に致命的だったのは日曜日で、出来るだけ長く寝ていたかったのに人が来るから朝早くに起きて対応し、しょうがないから寝れなかった分を昼寝で補填しようと別れてから昼寝に入ったらその人物から本当にくだらない理由で電話かけられ起こされて、おまけに来るなと言ってるのに家にまで来られて、これで本当に立ち直り効かないくらいに気力も体力も悪化しました。次の月曜日の出勤なんか文字通り死にそうな顔で(「死ね、死ね……」って呟きながらドアオープンだった)家を出て行きましたが、なんか職場でも「疲れてない?」ってよく聞かれました。ああ、「た止め」が終わらない……。

 そんな理由もあって意識的に休もうとしたというより、このところは素直に疲労でブログが書けなかったというのが真情で、しばらくブログを休むという告知記事すら書く気が起きませんでした。このブログで同時進行で進めている「企業居点」というサイトの構築作業も完全ストップで休むことに集中しましたが、今週は水曜日に部内の飲み会、昨日の木曜日は今年医学部に受かった友人と二人で牛角パーティをやるなどこういう時にとばかりにイベントが目白押しでした。いやどっちも楽しかったけどさ。
  しかしブログ更新を完全にサボった甲斐もあってやや持ち直したのと、明日土曜日は出勤日ですが思い切って有給を取得して休むことにしたので、今日久々の更新と相成りました。

 ここで自分の苦労自慢からやや話の方向を変えますが、今回ブログの更新をサボってみていくつか気づいたことがあります。一つは先ほどにも書いた通りにわざわざ心配してくれる読者がいることで、もう一つはやはり更新が途絶えると心配されるほど普段の更新量が異常だということ、そして三つ目に、自分がこのブログに相当な時間をかけていることです。三つ目に関してもう少し続けると、ブログを敢えて書かないで少し過ごしてみたら自分でも驚くほど一日の時間が余りました。それこそ睡眠時間もとれるし、ゲームをする時間、読書をする時間も余裕があり、言っちゃなんですがかなり楽でした。

 たまに自分でもなんでこんなに毎日記事を書くんだと、「誰のため?なんのため?5W1H?」っていう歌詞でラップが歌えるんじゃないかと思う時もあったのですが、実際に書かなくなってみるとかなり自由な時間が持てて、たまっているゲームもみんな片づけられるしまだ納得いっていない科目の勉強も出来そうで、どれだけの時間と労力、熱意をこのブログにかけているんだと我ながら少し呆れました。ちなみにこのブログの記事は一本当たり大体一時間弱をかけており、記事によっては事前に勉強したり資料を整理するので平均すると大体一時間強になると計算してます。仮にこの計算だと、私は年間で400時間くらいこのブログに費やしていることとなります。もしこの400時間を別の方面に使えば……。なんて考えもよぎらなくもありません。

 しかし、それでもやっぱり私はブログを書き続けなければならない人間でしょう。先程にも書いた通りにこの一週間は一日の時間が余ったりしましたが、この余った時間は正直に言って何をすればいいのかわかりませんでした。それだけこのブログの執筆が習慣になっているのと同時に、私個人の考えとしても折角自分が蓄えた知識や視点を世に出さないのは惜しいという気持ちが強かったです。
 このブログは自分の知識と文章力をひけらかしてちやほやされたいという下心もありますが、それ以上に自分の持っている知識を求めている人がいるなら、役に立つのなら出来るだけわかりやすく解説して届けたいという妙なボランティア精神で成り立っています。ブログを始めて間もない記事にも書いていますが究極的にこのブログは私が大学一回生の頃に、「こんなのあったらいいな(*´∀`)」と思ったものを具現化させたものです。現時点でそこそこ手ごたえも掴んでいるしいい読者にも囲まれているという点である程度この目標は達成できている気がします。

 あと、ちょっと本筋からずれますがこのところ意識している作家として松本清張と山田風太郎がおります。どちらも小説家として名を成した人物ですが、松本清張は生前、後進の育成は全くせず新人賞のパーティも嫌々そうに出ていたそうなのですが、同時代の作家によると松本清張はまだ形にしていないアイデアをたくさん抱えていて後進の育成とかやる暇あったら原稿を書いていたいというような人物だったためとされています。次に山田風太郎ですが、彼は戦前から日記を書いていてその時期ごとの事件について彼の視点で鋭い寸評が書かれてあり、当時の状況を知る一つの資料となり得ています。
 自分が何を言いたいのか詳述はしませんが、自分の一つの理想は具現化したのだから、これ以前からも意識はしていましたがそろそろまた別の概念を以ってこのブログを続けてこうかと考えてるわけです。そんなわけで明日からまた普段のペースで更新していきます。

2014年3月21日金曜日

直近一ヶ月間で閲覧数の多いページ

 最近になって友人からGoogle Analiticsで閲覧数の多いページのタイトルを表示して順位を見られることを初めて教えてもらい、密かに見ていて楽しんでいます。というのもこれまで閲覧数の多いページはアドレスでしか表示されないと思い込んでおり、検索ワードとかなら以前から見ていましたがページタイトル別ではこれまで把握しておらず、どういう傾向があるのか測りかねていたからです。
 そこで折角なので、多分興味を持っている人も多いかと思うので今日は直近一か月間における上位50位くらいまでの閲覧数が多いページを一覧にして初公開します。早速ですが以下がその順位と閲覧数です。

1 トップページ 2391
2 地下鉄サリン事件、医療現場での奮闘と奇跡 609
3 足利事件の真犯人について 473
4 漫画レビュー「実は私は」 398
5 ホンダ・フィットHVのリコール多発について 349
6 漫画レビュー「シドニアの騎士」 340
7 奈良ドリームランドを偲ぶ 296
8 近年の漫画雑誌印刷部数の推移 198
9 HSK5級、6級の試験対策 190
10 平成史考察~玄倉川水難事故(1999年) 187
11 ヒトラーが溺愛した姪 157
12 自販機業界の便乗値上げについて(#゚Д゚) プンスコ! 152
13 石川啄木と金田一京助 143
14 スピリチュアル体験録 140
15 猛将列伝~今村均~ 137
16 中国人の好きな男性のタイプ 132
17 中川元財務相の泥酔会見の裏側 130
18 ソチ五輪の報道を見て感じること 118
19 中小企業は本当に人手不足なのか 116
20 猛将列伝 ~宮崎繁三郎~ 112
21 埼玉県三郷市、千葉県松戸市通り魔事件の犯人逮捕を受けて 97
22 理研の会見、そしてSTAP細胞捏造疑惑について 94
23 PM2.5を排出しているのは誰か 87
24 「シドニアの騎士」の11巻について 86
25 漫画レビュー「レッド」 83
26 さようならOpera 76
27 三菱地所の欠陥マンション事件について 75
28 素顔同盟の思い出 74
29 ウクライナを巡る国際情勢 72
30 ソニータイマーの真実 72
31 こんなに上がった漫画の価格 69
32 水木しげる伝説 69
33 スズキの会長の鈴木修について 68
34 豊臣政権が崩壊した原因とは 68
35 「極黒のブリュンヒルデ」のアニメ化について 67
36 平成史考察~磯野カツオの声優交替(1998年) 66
37 このブログのアフィリエイト収入額 63
38 疲労のためしばらくお休み(ヽ´ω`) 63
39 猛将列伝~木村昌福~ 62
40 暗殺者列伝~山口二矢 58
41 房総半島自転車一周地獄の旅 58
42 漫画レビュー:怨み屋本舗シリーズ 58
43 最近なくなったコールドスリープの話 57
44 本当に強い剣客は誰なのか? 57
45 このところの朝日新聞のスクープ連発について 55
46 湾岸戦争直前における人質事件 52
47 高齢者層は本当に金融資産を蓄えているのか? 50
48 犯罪者の家族への社会的制裁について 50
49 パソコン本体価格の高騰(;´Д`) 49
50 上越新幹線「とき325号」脱線事故を振り返る 49
51 中華料理の名前とその意味たち 49
52 家族関係が異常に希薄な日本民族 48
53 楽しい楽しい帰宅難民体験(;´Д`) 47


  <解説>
 まず一位は普通にトップページが着ましたが、2位の「地下鉄サリン事件、医療現場での奮闘と奇跡」に関しては時期的要素が強いです。というのもこの記事は地下鉄サリン事件が起きた日である昨日にアクセス数が急増した記事で、事件を振り返る方が大量に訪れたことが原因でしょう。3位の「足利事件の真犯人について」も同じような要素を含んでおり、この記事で紹介している清水潔記者がまさにこの内容で近日新たに本を出されたとのことで、それに付随して閲覧数が増えたのでしょう。
 もっとも地下鉄サリン事件の記事に関しては事件全体ではなく医療現場の状況に限定してスポットを当てており、 なおかつ短いテキスト量で割とよくまとめられたという自負があります。この記事を嚆矢として、今後もこの事件に関してはいい記事をかけられたらとも内心考えてます。
 
 上記を踏まえ、そうなると外部的要素なしに一番人気の記事は4位の「漫画レビュー『実は私は』」 ということになってしまいます。6位の「漫画レビュー『シドニアの騎士』」にも言えますが、こういうサブカル関連の記事は検索されやすく地味にアクセスが稼ぎやすいです。特に「実は私は」に関してはまだマイナーさの残る漫画作品でレビューも少なく、このタイトルで検索かけるとレビュー記事として一番上に自分の記事が出た時は本気で焦りました。

 このほか際立っているタイトルとしては、やはり7位の「奈良ドリームランドを偲ぶ」でしょう。この記事自体は割と自己満足というかこんなん書いたってそんな反応はないだろうと思っていたら意外や意外にコンスタントに閲覧数が現在に至るまで伸び続けており、地味にこのブログのキラーコンテンツとなり得ました。うちの親戚を始めドリームランドを懐かしい世代が大量にいたのだなと再認識させられるとともに、ある意味でそういった世代にいい記事を提供できたのかなと割と満足しています。

 あと今回この順位を見て思ったのは、ブログ開設当初にアクセスゲッターだった「猛将列伝 ~宮崎繁三郎~」の記事を始め、歴史系記事がだいぶ落ちてきたなという感があります。歴史記事は社会ものと比べて時期に関係なくアクセスが来るのでブログ開設当初は意識的に多く書いておりましたが、最近だと自分でも自覚するくらい書く機会も減っており、それらが影響しているのかもしれません。


 最後に全体の特徴として述べると、本当に同じ一人の人間が書いているとは思えないほど記事内容がばらけている、と我ながら思います。漫画のレビューを書いているかと思ったらウクライナ情勢とか中国事情、スピリチュアル体験なども書いてあり、その一方で房総半島に自転車乗った話とか日本人の家族関係に関する考察も書いてあって、見る人が見たら複数人で書いているブログではと思うのが自然な気がします。もっとも私の文章は特徴がはっきりしているから途中でやはり一人が書いているとしか思えなくなるでしょうが。

 最後にこの中で自身が気に入っている記事をいくつかピックアップしておきます。ほかのはともかく最後のは書いた時期が新しいのと、記憶が鮮明というか生々しいことが影響してます。

・地下鉄サリン事件、医療現場での奮闘と奇跡
上越新幹線「とき325号」脱線事故を振り返る
楽しい楽しい帰宅難民体験(;´Д`)

琴欧州の引退について(ノД`)・゚・。

 本日、前から興味があったので池袋にある「東方紅」という文革レストランに友人と一緒に行ってきました。このお店はリンク先のぐるナビの店舗内写真の通り、文化大革命期の中国をイメージした内装となっており何故か24時間営業です。私と友人はランチとしてお昼に赴いたのですが店内は自分たち以外客はおらず、出て行くまで他に人は入ってこない貸切状態でいい気分でした。
 ウェイトレスはちゃんと緑色の人民服を着ていて、ランチメニューは宮爆鶏丁や木須肉など一般的な中国の家庭料理が並んでおり、中華料理らしく料理量が多くて夜になっても私はお腹がほとんど減りませんでした。店員は全員中国人のようで(恐らく常連客も)、最初は日本語で我々に対応してくれましたが私が中国語でオーダー取ってからは中国語に切り替えてくる有能ぶり。料理はおいしく量も多く、ランチメニューの価格は500~800円とお得なので割とお勧めです。ただ今回残念だったのは、羊肉の串焼きがメニューには入っているもの材料がなく食べられなかったことです。また今度食べに行こう。

琴欧洲「体ボロボロ」涙の引退!悔いなし大関在位47場所(スポーツ報知)

 話は本題に入りますが、昨日大相撲の琴欧洲関(本名:安藤カロヤン)が引退することを発表しました。琴欧洲関に関して説明は不要でしょうが、欧州出身の力士としては初めて、しかも19場所という史上最速で大関に昇進し、2メートル超の長身を生かした懐の深い特徴的な相撲で観客を沸かせてきました。私はこの琴欧洲関が上位に昇進して来た頃にちょうど相撲を見始めたこともあり、今回の引退発表にはこみ上げ来るものがあります。実際、昨日のテレビ放送を見て本気で泣いてました(ノД`)

 琴欧洲関といったらやはりその長身が最大の特徴でもあり武器で、全盛期であれば四つに組んで後ろ回しを掴めたら反射神経が尋常でなかったあの元朝青竜関ですらねじ伏せるほどの地力を持ち合わせていました。ただそのかわりに長身というか足が長すぎるせいもあってどうしても重心が高くなりがちで突き相撲には弱く、自身も突出しなどの手がどうしても腰が入らず終生弱点として付きまとっておりました。
 とはいえ実力は高く、なんだかんだ言いながら長期間に渡って大関の地位を保っていたというのは立派な力士の証です。優勝こそ一回しかなかったものの、これは同世代に多くのライバルに恵まれた、というより白鵬関という不世出と言ってもいいほど異常に調子が安定した横綱が立ちふさがったことも大きいのではないかと私は考えます。

 そんな琴欧洲関に対してですがここだけの話、ちょっとNHKの解説は酷かったなぁとつくづく思います。琴欧洲関は先ほども書いたように長きにわたって大関の地位を守りましたが二桁勝利することは少なく、九勝六敗くらいで場所を終えることが非常に多い力士でした。この点についてNHK解説は大関なんだから優勝争いに絡むことはもとより、最低でも二桁勝利(十勝以上)をしなければと度々苦言を呈しておりました。言ってることはもっともだし、琴欧洲関へ期待を込めての発言だと思うのですが、同時期に同じ大関の元魁皇関が毎回八勝七敗という奇跡的な勝ち越しターンを一年にもわたって続けていたことに関してはスルーしてたことを見るにつけ、外国人と日本人でなんだこの温度差はと内心いい気分しませんでした。まぁ誰かとは書かないけどさ。

 話は引退の件に戻りますが、会見にて「相撲をやれてよかった」と話した上で、「白鵬関と相撲を取れたことが幸せだった」という発言をしている最中に琴欧洲関は涙を流しましたが、自分もこの時に一気にブワーって涙してました。記事にも書かれている通りこのところは大型力士の宿命とも言えますが怪我も多く、見ていて苦しそうなのがはっきりわかるのに大関から陥落しても相撲を取り続けていた姿には深く感銘を覚えていました。また彼がここまで頑張ってくれたことから同時期の黒海関、把瑠都関といった他の欧州出身力士も続き、現役のエジプト出身である大砂嵐関も続けたのだと思えます。、

 大相撲の外国出身者の参加は私見だと、「ハワイ→モンゴル→東欧→アフリカ」と徐々に広がっており、モンゴル勢に続く流れを作ったという意味では琴欧洲関の功績は非常に高かったと言えるでしょう。相撲というのはルールが非常にシンプルであるだけでなく力士の体が大きいだけに初見でもどの国、どの文化の人間でも楽しむことが出来るスポーツです。それだけに私は忍者と並んで日本が世界に放つキラーコンテンツにしたいと前から考えており、そのためには外国出身の力士をもっと増やしていくべきだと考えています。そのような観点から、琴欧洲関は今後も親方として後進の指導に当たるとのことですが、是非ともその経験を活かして新たなニューカマーの育成を担ってくれればと思うのと同時に、これまで本当にご苦労でしたとこの場で以って伝えさせてもらいます。

  おまけ
 今日「東方紅」で友人とこの話をしている際、大相撲協会はこのところ問題を起こしているから外部の元プロスポーツ出身者、具体的にはプロ野球の桑田氏などを招いてもっと改革を進めたらいいんじゃないかという話題になったのですが、

「サッカーだったら誰かいるかな?」
「ザッケローニとか呼んでみろよ。あの人歯に衣着せぬ人だからすごいことになるぞ」

 なんて話してました。ってかわざわざ休日に中華料理食うのに付き合ってくれてマジありがと。今日買ったPSVitaはまだ開封してない。