あぁ、なんかやたらと今日はニュースが入ったからまた書かないと。この手のものって、二、三日したら本当に意味なくなるし。
今日も相変わらず暇人な生活をしていてニュースを細々チェックしてましたが、テレビ朝日が独占スクープを夕方に流してきました。その内容というのも、小泉純一郎前首相とその取り巻き(山崎拓とかだって)が、民主党の小沢一郎氏としっくりいかない前原誠二氏とその取り巻きたちと会食を持とうとしたらしいです。もっとも、この会食自体は情報がマスコミに漏れたことから前原側からキャンセルがあったらしいのですが、ことの事実を小泉氏にテレビ朝日がたずねると、いつものように笑うだけでかわしていきました。こりゃ多分、あたりでしょう。
まぁ小さいといえば小さい事件なので、これがこれから大きな動きになるかはまだわかりません。個人的にはなかったことになる可能性のが高いと思います。しかし一つの考え方として、これを自民党からの切り崩しと見るか、民主党からの切り崩しと見るかでなかなか判断が分かれるでしょう。やり方によれば、自民党、というより小泉氏の側にイニシアチブがあるように見えます。
でもって次のニュース。自分が大好きな北稜クリニック筋弛緩剤投入事件の最終判決が出ました。結果は守被告の無期懲役が決まって終わりです。
まぁ自分も細かく裁判を傍聴しているわけでもないしえらそうなことはいえないのですが、個人的にはこの事件も冤罪じゃないかと事件が起こった当初より思っています。というのも、この事件は証拠がないのです。今回の裁判でも争点に生ったらしいのですが、患者の体から筋弛緩剤が検出されたといいますが、弁護側はこの鑑定結果は捏造だといいます。実際にこの筋弛緩剤は検出が難しく、また使ったのならば一体どこから、病院内から使われたのか、その病院内で減った証拠はというと出てきませんし、もう少し煮詰める必要のある事件だと思うのですが、それにしても事件が起こってから八年です。ここで無罪となったとしても被告も報われないでしょう。
さー最後のニュース。なんでも女子高生がグラビアアイドルとして活動をしたら、卒業まで半年なのに高校を退学になってしまい、それを不服として裁判やったら高校側が勝っちゃったというニュースです。まぁ司法が正しい判決をしたんじゃないかな。
というのも、高校側は前もって芸能活動をやるなと生徒全員に言っていたらしく、それにもかかわらずやったんだから自業自得でしょう。更に更にプロモのビデオのサブタイトル、というより売り文句が「現役女子高生」なんだから、そりゃあ学校側もいい迷惑だ。本人は復学させてもらえるならすぐ芸能活動をやめるといっていますが、現時点でやめていないのならまだ反省が足りないんじゃないかと個人的には思ってます。
さらに言うと、自分の周りにはそれこそこんなのよりずっと深刻な理由で高校にいけなかったがきちんと自分で勉強して大検を受かって大学にまで上がってきたのが何人かおり、彼らのことを考えるとこのアイドルは自らがまいた種でこうなったのをさも被害者ぶるというのに腹が立ちます。マスコミもマスコミで、ほぼどの局もアイドル側を擁護するような報道が目立ちました。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2008年2月27日水曜日
受益者負担という言葉について
どうもこのところは中国の餃子報道やら自衛隊のイージス間衝突事件などで会期中の国会議論に関するニュースが減っていますが、言うまでもなく今国会の最大のテーマは道路特定財源です。
もっともこの議論は国会だけでなく各討論番組から宮崎県の東国原知事などがあれこれアピールしており、決して議論不足というわけではないのですがその議論の最中に必ず出てくる今日のお題の「受益者負担」という言葉についてほとんど誰も突っ込まないので、差し出がましいのですがまた今日も私が突っ込んでおきます。
この受益者負担という言葉は単純に言うと、税金を払っている人間がその集められた税金の使途対象となるべきという税金の使い道に対する一つの考え方です。たとえば現在の穴だらけの年金制度は厚生年金と国民年金で集められた税金に他の税金を加えることで支出を賄っております。このように支出する目的ごとに税金を集めて使用する、税金を払った人に税金の支出として返すというのが基本的な題目です。この方針だと集められる税金の使途があらかじめ定められているので、あまりむやみやたらな使われ方、言い換えるなら無駄遣いはされないだろうとされています。
しかし、のっけからですがこの説明には明らかな不備があります。というのも税金というのは本来みんなでお金を出し合い、優先順位の高い方面にお金を使うという目的が大前提のはずです。ところがこの受益者負担の考え方では使われ方が固定されるために、この優先順位、たとえば目下の所年金制度も相当火を噴いてはいますが、普通に考えるならより重要度の高い教育や医療分野といった方面には集められた年金が使われないどころか、「わたしの仕事館」みたいな変な方面に使われている始末です。
これがガソリン税から自動車重量税などで集められる道路特定財源の場合、自動車に乗る人間が払う税金ということなのでその使途も自動車に乗る人間に還元されるような使われ方にしなければならないと自民党議員に主張されてます。ですがこれは東大名誉教授の宇沢弘文氏も述べていますが、自動車は人をはねたり排気ガスで環境を汚染したり、便利さの一方で多方面に社会的コストを与える存在なのですが、この道路特定財源はそうした社会的コストの被害者に対しては一切使われていないようなのです。言い換えると、道路の近隣住民は一方的にコストを支払うだけで受益者となれません。
また報道もされているようにこの道路特定財源はマッサージチェアなど関係のない支出にも使われており、受益者負担とはかけ離れた使われ方もしており、未だにこの聖域を守ろうとする族議員が刺されないのか私自身は不思議でしょうがないです。
ここでとどめの一発というのもなんですが、そもそも受益者負担で税金の運用をすべて決めようものならば、税金を多く払っている金持ち優遇の政策ばかりとられかねなくなってしまいます。昔の年貢ならともかく、税金というのはやはり弱きを助け強気をくじくという前提なくして成り立たないもので、そういう意味で受益者負担という考えはたとえ一部の税金に限ろうとも、民主国家においてはあってはならない原則だと思います。
もっともこの議論は国会だけでなく各討論番組から宮崎県の東国原知事などがあれこれアピールしており、決して議論不足というわけではないのですがその議論の最中に必ず出てくる今日のお題の「受益者負担」という言葉についてほとんど誰も突っ込まないので、差し出がましいのですがまた今日も私が突っ込んでおきます。
この受益者負担という言葉は単純に言うと、税金を払っている人間がその集められた税金の使途対象となるべきという税金の使い道に対する一つの考え方です。たとえば現在の穴だらけの年金制度は厚生年金と国民年金で集められた税金に他の税金を加えることで支出を賄っております。このように支出する目的ごとに税金を集めて使用する、税金を払った人に税金の支出として返すというのが基本的な題目です。この方針だと集められる税金の使途があらかじめ定められているので、あまりむやみやたらな使われ方、言い換えるなら無駄遣いはされないだろうとされています。
しかし、のっけからですがこの説明には明らかな不備があります。というのも税金というのは本来みんなでお金を出し合い、優先順位の高い方面にお金を使うという目的が大前提のはずです。ところがこの受益者負担の考え方では使われ方が固定されるために、この優先順位、たとえば目下の所年金制度も相当火を噴いてはいますが、普通に考えるならより重要度の高い教育や医療分野といった方面には集められた年金が使われないどころか、「わたしの仕事館」みたいな変な方面に使われている始末です。
これがガソリン税から自動車重量税などで集められる道路特定財源の場合、自動車に乗る人間が払う税金ということなのでその使途も自動車に乗る人間に還元されるような使われ方にしなければならないと自民党議員に主張されてます。ですがこれは東大名誉教授の宇沢弘文氏も述べていますが、自動車は人をはねたり排気ガスで環境を汚染したり、便利さの一方で多方面に社会的コストを与える存在なのですが、この道路特定財源はそうした社会的コストの被害者に対しては一切使われていないようなのです。言い換えると、道路の近隣住民は一方的にコストを支払うだけで受益者となれません。
また報道もされているようにこの道路特定財源はマッサージチェアなど関係のない支出にも使われており、受益者負担とはかけ離れた使われ方もしており、未だにこの聖域を守ろうとする族議員が刺されないのか私自身は不思議でしょうがないです。
ここでとどめの一発というのもなんですが、そもそも受益者負担で税金の運用をすべて決めようものならば、税金を多く払っている金持ち優遇の政策ばかりとられかねなくなってしまいます。昔の年貢ならともかく、税金というのはやはり弱きを助け強気をくじくという前提なくして成り立たないもので、そういう意味で受益者負担という考えはたとえ一部の税金に限ろうとも、民主国家においてはあってはならない原則だと思います。
2008年2月26日火曜日
ミッシングリンク
いきなりなんですが、このミッシングリンクという言葉を知っていますか。単純な意味だと、本来あるべき中間を埋める輪がない状態の事を指していますが、生物学上では種類の分化の過程にあるはずの種を指しています。
たとえば犬と猫は同じ四足歩行の哺乳類ですが、ダーウィンの進化論に基づくならば、元々はある哺乳類動物から分化したはずです。それならば進化の過程で、犬とも猫ともとれる動物があるはずなのですが、恐竜の化石はいっぱいあるのに、この中間の動物がなぜかなかなか化石が見つからない。こういった、分化の過程を考えるならば、あるはずであるのにない、化石などの痕跡が見つからない生物をミッシングリンクと呼んでいます。でも、たしか犬猫の中間は見つかってるんだっけな?
このミッシングリンクが顕著なのは実は人間です。ダーウィン風に言うならば形状や特徴の近い猿から人間が進化したということになり、この人間と猿の間を類人猿としてまぁそこそこ研究が続けられていますが、不思議なことに確かにいくつか類人猿の痕跡、北京原人(日本軍がなくしちゃったけど)とかアウストラロピテクスなどは見つかって入るのですが、どうも両者の中間というには決め手に欠け、また予想される個体数に比べては発見される量が少ないとこれまでに指摘されています。はっきり言ってしまえば、猿が人間に徐々に進化したという証拠はまだないのです。
では、なぜこのようにミッシングリンクが発生するのか。いくつか説があるのですが、割と私が支持しているのがウィルス飛来説です。これは原始昆虫に顕著なのですが、大昔のある時期を境に、昆虫は急激に種類数が増加するそうです。なぜそうなったのかというと、隕石が原因なのではないかというのがこの節です。
まず、宇宙から放射線などを浴びた隕石が地球に落ち、その影響で周囲が放射線、または宇宙にある未知の遺伝子によって汚染し、その影響を受けた生物らは急激に進化を遂げる。そのため、進化というよりは突然変異が一気に起こり、種類は分化するが中間は存在しないという説です。
一般に、進化論の穴とも言ういくつかの問題点はこの説ならばある程度補足できます。そのためなかなかに説得力があるのですが、実はこれとはもう一つ、最近になって知った説があります。
元ネタから挙げると、「魔人探偵脳噛ネウロ」、例によって漫画からです。この作品について簡単に説明すると、まず作者も認めている荒唐無稽な推理漫画で、あらゆる設定を無視する漫画らしい漫画です。私がこのマンガの作者を評価している点を挙げるならば、現代のほかのどの漫画家よりも空間の配置がうまく、上下左右遠近を複雑に構築した絵柄が特徴的です。地味だけど、漫画家にとって意外に重要なポイントなんだよねこの能力。
それでミッシングリンクについてですが、今現在の最新刊の単行本の中でこの漫画のキャラクターが、「猿は愚かだから人間に生かされた。人間に近く、賢い類人猿はその知能の高さを恐れた人間によって抹殺されたのだ。言うなれば、自らに近い種ほど殺されるがためにミッシングリンクが生まれるのだ」的な内容の言葉を言っていました。
この台詞は私にとって、とても含蓄のある言葉でした。確かに、同じ人間という種についても「同属嫌悪」という言葉があるように、生物というのは自分からかけ離れた種よりも、意外に近い種に対して攻撃性を持つということはよく聞きます。そして進化論の根底にあるのは「淘汰」です。それこそ、自分らより一段低い種に対しては徹底的な弾圧を行うことが義務付けられています。そういう点で見るならば、この節にも一理あるかと思い、敢えて説明を簡略にしてお送りしました。
たとえば犬と猫は同じ四足歩行の哺乳類ですが、ダーウィンの進化論に基づくならば、元々はある哺乳類動物から分化したはずです。それならば進化の過程で、犬とも猫ともとれる動物があるはずなのですが、恐竜の化石はいっぱいあるのに、この中間の動物がなぜかなかなか化石が見つからない。こういった、分化の過程を考えるならば、あるはずであるのにない、化石などの痕跡が見つからない生物をミッシングリンクと呼んでいます。でも、たしか犬猫の中間は見つかってるんだっけな?
このミッシングリンクが顕著なのは実は人間です。ダーウィン風に言うならば形状や特徴の近い猿から人間が進化したということになり、この人間と猿の間を類人猿としてまぁそこそこ研究が続けられていますが、不思議なことに確かにいくつか類人猿の痕跡、北京原人(日本軍がなくしちゃったけど)とかアウストラロピテクスなどは見つかって入るのですが、どうも両者の中間というには決め手に欠け、また予想される個体数に比べては発見される量が少ないとこれまでに指摘されています。はっきり言ってしまえば、猿が人間に徐々に進化したという証拠はまだないのです。
では、なぜこのようにミッシングリンクが発生するのか。いくつか説があるのですが、割と私が支持しているのがウィルス飛来説です。これは原始昆虫に顕著なのですが、大昔のある時期を境に、昆虫は急激に種類数が増加するそうです。なぜそうなったのかというと、隕石が原因なのではないかというのがこの節です。
まず、宇宙から放射線などを浴びた隕石が地球に落ち、その影響で周囲が放射線、または宇宙にある未知の遺伝子によって汚染し、その影響を受けた生物らは急激に進化を遂げる。そのため、進化というよりは突然変異が一気に起こり、種類は分化するが中間は存在しないという説です。
一般に、進化論の穴とも言ういくつかの問題点はこの説ならばある程度補足できます。そのためなかなかに説得力があるのですが、実はこれとはもう一つ、最近になって知った説があります。
元ネタから挙げると、「魔人探偵脳噛ネウロ」、例によって漫画からです。この作品について簡単に説明すると、まず作者も認めている荒唐無稽な推理漫画で、あらゆる設定を無視する漫画らしい漫画です。私がこのマンガの作者を評価している点を挙げるならば、現代のほかのどの漫画家よりも空間の配置がうまく、上下左右遠近を複雑に構築した絵柄が特徴的です。地味だけど、漫画家にとって意外に重要なポイントなんだよねこの能力。
それでミッシングリンクについてですが、今現在の最新刊の単行本の中でこの漫画のキャラクターが、「猿は愚かだから人間に生かされた。人間に近く、賢い類人猿はその知能の高さを恐れた人間によって抹殺されたのだ。言うなれば、自らに近い種ほど殺されるがためにミッシングリンクが生まれるのだ」的な内容の言葉を言っていました。
この台詞は私にとって、とても含蓄のある言葉でした。確かに、同じ人間という種についても「同属嫌悪」という言葉があるように、生物というのは自分からかけ離れた種よりも、意外に近い種に対して攻撃性を持つということはよく聞きます。そして進化論の根底にあるのは「淘汰」です。それこそ、自分らより一段低い種に対しては徹底的な弾圧を行うことが義務付けられています。そういう点で見るならば、この節にも一理あるかと思い、敢えて説明を簡略にしてお送りしました。
最近読んだマンガの最新刊
ちょっと引越しのごたごたで投稿が滞ってしまいました。今日からまたバリバリ書かないと。
そんなのでまずは短いやつから一本ということで、最近読んだマンガについてです。読んだのは二冊で、一冊は今流行りの「もやしもん」。これは自分が買ってきたわけじゃなく、姉貴が買っていたので読んでみました。なにもこの最新刊に限るわけじゃないですが、この漫画の作者は最近の漫画家にしては珍しく、ベタとケズリなどの効果で非常にうまく絵を書いています。最近は萌え系ブームのせいでとにもかくにもトーンを貼り付ける作家が多く、その中でこれほど深く細かい書き込みを行っているこの作家はたいしたものでしょう。この手の絵柄の系列に属すのは、「ジャングルの王者ターちゃん」で有名な徳弘正也で、彼なんか髪の毛の一本一本まで細かく書く絵柄のせいで、アニメ化の際にはなかなか問題になったと聞きます。
しかしこの「もやしもん」、何も私に限るわけじゃないですが、非常に展開の悪いマンガといわざるを得ません。今回の話も本来ならば単行本半分程度に収まる話で、それをここまで引っ張るというのは個人的には残念です。またこれまでの話の中でも、明らかに話を削ったところで本筋に影響するわけでない話も多く、こういうところをこれから何とかしないと、次第に読者も離れていくのではないかと危惧しています。
と、一通り批評したところで二冊目、これはマイナーな出版社から出ている「ぼくらの」です、これは自分で買ってきました。なぜ自分で買ってきたのかというと、実は資金節約のために大抵のメジャーな漫画は漫画喫茶で済ませるのですが、この「ぼくらの」は作品自体はアニメ化もしたのでメジャーで素が、出版社がいかんせんコーナーを作るほど大きなものではないせいか、なんかどこ行っても置いてないのです。まぁいい作品なので新品で買っても惜しくないのですが、かえってこういったマイナーな作品ほど私のように新品を買う必要があるため、売上げ上ではいいのかもしれません。
で、肝心の中身ですが今回も期待を裏切らない面白さでした。最近、日本の漫画家はSF漫画をまともに書く人間が不足している中、このマンガの作者はなかなかに検討している方でしょう。それこそ昔は鉄腕アトムとか宇宙戦艦ヤマトなどえらく未来をよんだ漫画がたくさんあったのに、日本人の想像力は低下してしまったのかな。
それはともかくこのマンガについて簡単に評論すると、他のマンガと違い、主人公が話ごとに違うという点が評価できるでしょう。個人的に一番好きだったのはダイチでした、男だよ彼は。ついでに言うなら、これからはマチに気をつけなきゃいけません。
更に追加で補足です。近年は出版不況と呼ばれて久しいですが、前回にも書いたようにコミックスの売り上げは古本屋が増えているにもかかわらず増加傾向にあります。それにもかかわらず、各漫画出版社は苦しんでいるというのは、少し疑問に感じます。売り上げの低迷は言うまでもなく本体のマンガ雑誌の販売数の低下にありますが、私が小学生だった頃、「週刊少年ジャンプ」は一冊200円でした。それが現在では240円になるらしく、一ヶ月四週間で考えるならば160円も昔より余分に払わねばなりません。そのくせページ数は増えておらず(マガジンに至っては減っている)、それで漫画界の危機だといわれても、自業自得な気がしてなりません。2000年以降、国民全般の消費生活はデフレ傾向にあり、大抵の物価は下がっているにもかかわらず、マンガ雑誌をはじめとして書籍の値段はどれも上がっています。
先日に石油卸会社が石油価格を上げましたが、私は彼らがどれだけ苦労して価格安定に取り組んでいるかは前から聞いていたので、今回の値上げをしょうがないと判断し、むしろこれまでがんばってきた石油会社に敬意を抱きましたが、出版社についてはさしたる理由もなく、作家をこれまで使い捨てにしておきながらこれほどの価格アップを行ってきたという企業努力のなさに怒りすら覚えます。
短く終えるつもりだったのに(ノД`)
そんなのでまずは短いやつから一本ということで、最近読んだマンガについてです。読んだのは二冊で、一冊は今流行りの「もやしもん」。これは自分が買ってきたわけじゃなく、姉貴が買っていたので読んでみました。なにもこの最新刊に限るわけじゃないですが、この漫画の作者は最近の漫画家にしては珍しく、ベタとケズリなどの効果で非常にうまく絵を書いています。最近は萌え系ブームのせいでとにもかくにもトーンを貼り付ける作家が多く、その中でこれほど深く細かい書き込みを行っているこの作家はたいしたものでしょう。この手の絵柄の系列に属すのは、「ジャングルの王者ターちゃん」で有名な徳弘正也で、彼なんか髪の毛の一本一本まで細かく書く絵柄のせいで、アニメ化の際にはなかなか問題になったと聞きます。
しかしこの「もやしもん」、何も私に限るわけじゃないですが、非常に展開の悪いマンガといわざるを得ません。今回の話も本来ならば単行本半分程度に収まる話で、それをここまで引っ張るというのは個人的には残念です。またこれまでの話の中でも、明らかに話を削ったところで本筋に影響するわけでない話も多く、こういうところをこれから何とかしないと、次第に読者も離れていくのではないかと危惧しています。
と、一通り批評したところで二冊目、これはマイナーな出版社から出ている「ぼくらの」です、これは自分で買ってきました。なぜ自分で買ってきたのかというと、実は資金節約のために大抵のメジャーな漫画は漫画喫茶で済ませるのですが、この「ぼくらの」は作品自体はアニメ化もしたのでメジャーで素が、出版社がいかんせんコーナーを作るほど大きなものではないせいか、なんかどこ行っても置いてないのです。まぁいい作品なので新品で買っても惜しくないのですが、かえってこういったマイナーな作品ほど私のように新品を買う必要があるため、売上げ上ではいいのかもしれません。
で、肝心の中身ですが今回も期待を裏切らない面白さでした。最近、日本の漫画家はSF漫画をまともに書く人間が不足している中、このマンガの作者はなかなかに検討している方でしょう。それこそ昔は鉄腕アトムとか宇宙戦艦ヤマトなどえらく未来をよんだ漫画がたくさんあったのに、日本人の想像力は低下してしまったのかな。
それはともかくこのマンガについて簡単に評論すると、他のマンガと違い、主人公が話ごとに違うという点が評価できるでしょう。個人的に一番好きだったのはダイチでした、男だよ彼は。ついでに言うなら、これからはマチに気をつけなきゃいけません。
更に追加で補足です。近年は出版不況と呼ばれて久しいですが、前回にも書いたようにコミックスの売り上げは古本屋が増えているにもかかわらず増加傾向にあります。それにもかかわらず、各漫画出版社は苦しんでいるというのは、少し疑問に感じます。売り上げの低迷は言うまでもなく本体のマンガ雑誌の販売数の低下にありますが、私が小学生だった頃、「週刊少年ジャンプ」は一冊200円でした。それが現在では240円になるらしく、一ヶ月四週間で考えるならば160円も昔より余分に払わねばなりません。そのくせページ数は増えておらず(マガジンに至っては減っている)、それで漫画界の危機だといわれても、自業自得な気がしてなりません。2000年以降、国民全般の消費生活はデフレ傾向にあり、大抵の物価は下がっているにもかかわらず、マンガ雑誌をはじめとして書籍の値段はどれも上がっています。
先日に石油卸会社が石油価格を上げましたが、私は彼らがどれだけ苦労して価格安定に取り組んでいるかは前から聞いていたので、今回の値上げをしょうがないと判断し、むしろこれまでがんばってきた石油会社に敬意を抱きましたが、出版社についてはさしたる理由もなく、作家をこれまで使い捨てにしておきながらこれほどの価格アップを行ってきたという企業努力のなさに怒りすら覚えます。
短く終えるつもりだったのに(ノД`)
2008年2月20日水曜日
自衛隊艦船事故について
もうあちこちでも取り上げられていますが、昨日に自衛隊の艦船が漁船とぶつかった話です。まあぶっちゃけ今は風呂掃除に熱中しすぎて右手小指を深く切って、右手が使えない事の方が私にとって重要なんですけど。キーボードも左手一本で叩いてるし、にしても神経傷つけないでほんとよかった。
さてこの事件、マスコミはともかく現段階ではまだあれこれ詮索する事はしない方がいいでしょう。なんにしても情報が不足しています、自衛隊もまだなんか隠しているようですし。私の主な疑問点は一つ、衝突直後に救助活動が行われたか否かです。事故後すぐに海上保安庁が航海日誌などの資料を舟から押収していますし、供述が二転三転しているので、ここを結構怪しんでいます。
とまぁ、この程度ならわざわざ記事を書くことはないんですが、一部今回の事故と付随して語られている、二十年位前に起こった観光船と自衛隊潜水艦の事故について、自分が記憶している話を書きます。この事故を私は十年位前にやってた深夜番組で見たのですが、30人くらいの人がなくなられたそうです。
事故の経過を簡単に話すと、当初、両方の舟はお互いに接近しあっていると早くから認識していたそうです。ですが自衛隊の潜水艦が、今度の事故でも言われていますが、航海上、相手の舟を左手に見ている方を優先航路として、右手に見ている船は道を譲らなくてはいけないらしいです。今回の事故でも、過去の事故でも自衛隊の船は道を譲る立場にいますが、過去の事故の場合はこのままの速度ならぶつかる前に観光船の前を通り過ぎれると考えて譲りませんでした。実際、そのままなら衝突はなかったようですが、道を譲らないのに観光船が驚き、針路を確か変えたのだったと思います。そしたら潜水艦の方も驚き、速度を落とすとか針路を変えるとか互いにまごまごしているうちに衝突してしまったらしいです。
この潜水艦の事故を紹介したその番組内では、最後のルビコンとも言うべき場面をこう分析していました。
お互いの舟が異常に接近し合う中、潜水艦内では司令室で確か針路変更か運転停止を操舵室に伝えようと伝声管で命令をしたその瞬間、全く同時に操舵室側から伝声管を通して先の指示行動完了の報告が入ったようです。お互いの声が重なり合い、一瞬、はっと立ち止まってしまい、その際のタイムラグが最期の命取りになってしまったようです。
今回のはどうかはわかりませんが、潜水艦の方をなかなかにありうるヒューマンエラーの好例だと思ってこの事件を私は記憶していました。結果論から言えば、最初の優先航路の原則を守っていれば問題なく回避できた事例で、そういう意味ではそれを無視した自衛隊の風土に原因があったとも思える事件です。今回も優先航路の原則が守られていたか疑問な点があり、この点に着目して今後を見守っていこうと思います。
うわ、書くのに30分かかったよ。左手だけだと手書きで書いてるような気分だなぁ。
さてこの事件、マスコミはともかく現段階ではまだあれこれ詮索する事はしない方がいいでしょう。なんにしても情報が不足しています、自衛隊もまだなんか隠しているようですし。私の主な疑問点は一つ、衝突直後に救助活動が行われたか否かです。事故後すぐに海上保安庁が航海日誌などの資料を舟から押収していますし、供述が二転三転しているので、ここを結構怪しんでいます。
とまぁ、この程度ならわざわざ記事を書くことはないんですが、一部今回の事故と付随して語られている、二十年位前に起こった観光船と自衛隊潜水艦の事故について、自分が記憶している話を書きます。この事故を私は十年位前にやってた深夜番組で見たのですが、30人くらいの人がなくなられたそうです。
事故の経過を簡単に話すと、当初、両方の舟はお互いに接近しあっていると早くから認識していたそうです。ですが自衛隊の潜水艦が、今度の事故でも言われていますが、航海上、相手の舟を左手に見ている方を優先航路として、右手に見ている船は道を譲らなくてはいけないらしいです。今回の事故でも、過去の事故でも自衛隊の船は道を譲る立場にいますが、過去の事故の場合はこのままの速度ならぶつかる前に観光船の前を通り過ぎれると考えて譲りませんでした。実際、そのままなら衝突はなかったようですが、道を譲らないのに観光船が驚き、針路を確か変えたのだったと思います。そしたら潜水艦の方も驚き、速度を落とすとか針路を変えるとか互いにまごまごしているうちに衝突してしまったらしいです。
この潜水艦の事故を紹介したその番組内では、最後のルビコンとも言うべき場面をこう分析していました。
お互いの舟が異常に接近し合う中、潜水艦内では司令室で確か針路変更か運転停止を操舵室に伝えようと伝声管で命令をしたその瞬間、全く同時に操舵室側から伝声管を通して先の指示行動完了の報告が入ったようです。お互いの声が重なり合い、一瞬、はっと立ち止まってしまい、その際のタイムラグが最期の命取りになってしまったようです。
今回のはどうかはわかりませんが、潜水艦の方をなかなかにありうるヒューマンエラーの好例だと思ってこの事件を私は記憶していました。結果論から言えば、最初の優先航路の原則を守っていれば問題なく回避できた事例で、そういう意味ではそれを無視した自衛隊の風土に原因があったとも思える事件です。今回も優先航路の原則が守られていたか疑問な点があり、この点に着目して今後を見守っていこうと思います。
うわ、書くのに30分かかったよ。左手だけだと手書きで書いてるような気分だなぁ。
多神教としてのキリスト教の背景
以前の記事に書いた「多神教と一神教の違い」について友人から、
「でも、キリスト教も多神教的なところもあるよね」
と指摘されたので、今回はその辺のところをちょこっと扱います。ダビンチコードも読んだばっかだし。
実を言うと、私自身もキリスト教、ひいてはイスラム教は多神教と見ております。ただ教義としての分け方としては仏教やヒンドゥー教徒は一線を画すので、前回は一神教と書きましたが、厳密に言うならキリスト教は多神教でしょう。
たとえば、仏教では主神は一応のところ「大日如来」となっていますが、その下に千手観音やら不動明王、そしてそれに使える四天王、ひいては風神雷神様も日本人は神様として慕っていますが、これをキリスト教に当てはめるなら、「GOD」の下には聖ガブリエルから聖ラグエルなど数多の天使がおり、そして邪神とも言うべきサタンやベルゼブブなどもいます。これらを神性を持った天使らの存在を日本人らしく一つの神様と見るならば、やっぱり多神教になるんじゃないでしょうか。
と、ここまでの内容だったら世間話程度、せっかくの陽月秘話がこの程度で終わったら名が泣きます。そこで、今日はさらにキリスト教の吸収の歴史も紹介します。
さてさっきに挙げた「サタン」。それこそ悪魔信奉者を「サタニスト」と呼んだり、悪魔の代名詞となっていますが、この名には実は語元があります。それなにかと言うと、実はエジプト神話の中の「セト神」、例の海馬瀬人の元になった、確か洪水を引き起こす神様かな、これが元らしいです。
もう一度よく名前を見てみましょう、セトとサタン、よく見てみると似ているでしょう。詳しいつづりはわかりませんが、古代の中東で使われていた言葉には現代のアラブ語のように母音記号がなかったので、「マホメット」、「メフメト」、「マハマット」というように、呼び方に数種類あったようで、これもそのバリエーションの一つらしいです。
さてこのセトとサタン、この二つの神は名前が同じなだけでなく実はまんま同じ神様です。なぜかというと、当時の宗教というのはまさに作られる物語で、固定された話ではなかったのです。基本的には為政者が支配民に対してその支配の正当性を認めさせるために、利用されていたのが実情です。そのため、ある民族が他の民族、この際部族でもいいですがそれを征服した際、征服された民族の神様を邪神として、征服した民族の神が正義の神だったというように神話を作り、そしてそれを流布する事によって正当性を作っていたようです。そのため、言語学のように宗教上の神話は一つ一つに征服や習合の痕跡があり、それを辿る事によってその経過を探る事が出来ます。
このように、キリスト教の神話の中にも習合の歴史が垣間見えます。このサタンのみではなく、たとえばオリエント地方の神話上で豊穣の神である「バール」、これもちょっと言葉をつけて「ベル(バール)ゼブブ」と、多分後ろのゼブブは悪い意味でしょうね。これはオカルトマニアならすぐわかる、ハエの王で旱魃をもたらす悪魔とされています。もちろんキリスト教に限らず、日本の仏教やらにもこういった特徴は見受けられます。まぁ日本は仏教神話より古事記の中の「土蜘蛛」や「酒点童子」などがこういったものの代表ですが。
こういった点に着目し、様々な仮説を作るのがそれこそさっきのダビンチコードの作者のようなオカルトマニア達です。恐らく私もその部類に入ると思いますが、まぁ見ていて面白いし、話していても面白いないようだと思います。けどやっぱり本筋の人たちからすると相当頭に来る話もあるらしくて、先ほどのキリスト教だと、一つ一つの天子の名前や悪魔の名前をびっしり書いた「エノク書」という文献がバチカンから偽典と銘打たれています。しょうがないだろね。
ただこの話でわかってもらいたいのは、神話や物語は基本的には征服する側のお話であって、真実とは限らない事です。前回の日本古代史の話でも少し書きましたが、様々に想像を張り巡らせ、真実にのみ向き合うのが唯一にして正しい姿勢だと思います。そう言いつつ、現代の神話は民主主義なのかと思って今日はお終いです。
「でも、キリスト教も多神教的なところもあるよね」
と指摘されたので、今回はその辺のところをちょこっと扱います。ダビンチコードも読んだばっかだし。
実を言うと、私自身もキリスト教、ひいてはイスラム教は多神教と見ております。ただ教義としての分け方としては仏教やヒンドゥー教徒は一線を画すので、前回は一神教と書きましたが、厳密に言うならキリスト教は多神教でしょう。
たとえば、仏教では主神は一応のところ「大日如来」となっていますが、その下に千手観音やら不動明王、そしてそれに使える四天王、ひいては風神雷神様も日本人は神様として慕っていますが、これをキリスト教に当てはめるなら、「GOD」の下には聖ガブリエルから聖ラグエルなど数多の天使がおり、そして邪神とも言うべきサタンやベルゼブブなどもいます。これらを神性を持った天使らの存在を日本人らしく一つの神様と見るならば、やっぱり多神教になるんじゃないでしょうか。
と、ここまでの内容だったら世間話程度、せっかくの陽月秘話がこの程度で終わったら名が泣きます。そこで、今日はさらにキリスト教の吸収の歴史も紹介します。
さてさっきに挙げた「サタン」。それこそ悪魔信奉者を「サタニスト」と呼んだり、悪魔の代名詞となっていますが、この名には実は語元があります。それなにかと言うと、実はエジプト神話の中の「セト神」、例の海馬瀬人の元になった、確か洪水を引き起こす神様かな、これが元らしいです。
もう一度よく名前を見てみましょう、セトとサタン、よく見てみると似ているでしょう。詳しいつづりはわかりませんが、古代の中東で使われていた言葉には現代のアラブ語のように母音記号がなかったので、「マホメット」、「メフメト」、「マハマット」というように、呼び方に数種類あったようで、これもそのバリエーションの一つらしいです。
さてこのセトとサタン、この二つの神は名前が同じなだけでなく実はまんま同じ神様です。なぜかというと、当時の宗教というのはまさに作られる物語で、固定された話ではなかったのです。基本的には為政者が支配民に対してその支配の正当性を認めさせるために、利用されていたのが実情です。そのため、ある民族が他の民族、この際部族でもいいですがそれを征服した際、征服された民族の神様を邪神として、征服した民族の神が正義の神だったというように神話を作り、そしてそれを流布する事によって正当性を作っていたようです。そのため、言語学のように宗教上の神話は一つ一つに征服や習合の痕跡があり、それを辿る事によってその経過を探る事が出来ます。
このように、キリスト教の神話の中にも習合の歴史が垣間見えます。このサタンのみではなく、たとえばオリエント地方の神話上で豊穣の神である「バール」、これもちょっと言葉をつけて「ベル(バール)ゼブブ」と、多分後ろのゼブブは悪い意味でしょうね。これはオカルトマニアならすぐわかる、ハエの王で旱魃をもたらす悪魔とされています。もちろんキリスト教に限らず、日本の仏教やらにもこういった特徴は見受けられます。まぁ日本は仏教神話より古事記の中の「土蜘蛛」や「酒点童子」などがこういったものの代表ですが。
こういった点に着目し、様々な仮説を作るのがそれこそさっきのダビンチコードの作者のようなオカルトマニア達です。恐らく私もその部類に入ると思いますが、まぁ見ていて面白いし、話していても面白いないようだと思います。けどやっぱり本筋の人たちからすると相当頭に来る話もあるらしくて、先ほどのキリスト教だと、一つ一つの天子の名前や悪魔の名前をびっしり書いた「エノク書」という文献がバチカンから偽典と銘打たれています。しょうがないだろね。
ただこの話でわかってもらいたいのは、神話や物語は基本的には征服する側のお話であって、真実とは限らない事です。前回の日本古代史の話でも少し書きましたが、様々に想像を張り巡らせ、真実にのみ向き合うのが唯一にして正しい姿勢だと思います。そう言いつつ、現代の神話は民主主義なのかと思って今日はお終いです。
2008年2月19日火曜日
構成員の条件
前回に引き続き組織論の話で、今回は組織を構成する構成員の条件です。
条件なんかといっていますが、実際のところこれはあまり画一された基準はないと思います。むしろ、その調査対象の集団において、どのような役割が求められているのか、どのような人材が不足しているのかを検証するすることのほうが重要でしょう。
好例をだすなら、三国志の中の劉備と水鏡先生の中の会話があります。ある日水鏡先生と劉備が出会い、その際に水鏡先生から劉備の組織は力不足だと言われ、それに対して劉備は張飛や関羽といった武辺者に、孫乾やビジクといった文士と不足はないと反論しますが、張飛や関羽は非常に優秀な武将だが、彼らを上手く運用するような参謀に不足があると指摘され、これに劉備はドキッとします。そしてその指摘の通り、彼らを上手く運用する参謀こと、諸葛亮孔明を手に入れて劉備勢力は躍進する事になります。
このように、集団ごとに対症療法は違うのですが、それでもあえて小集団の中で見るとするならば、いくつか必要とされる役割を挙げていくと、まず必要なのは率先的に動く、行動力のある人材です。それこそ勇気と無謀をごっちゃに考えるような人間で、この手の人材がいると、たとえば決断が難しい局面や誰かがババを引く事になりそうな場面で状況が硬直することなく、集団の行動力がぐんと広がるので、私は非常に重視していると共に今の日本でかなり不足している人材だと思っています。
次に必要なのは、先ほどの人材に、「ちょっと待った」と言う、セーブ役です。歴史的な人物で挙げるなら、名筆家でも有名な唐の太宗の家臣、魏微がおり、この人は太宗の言う事にいちいち、「いや、それはダメです」と言ったそうですが、太宗はそれを聞き、本当にたった今決断した内容は正しかったのかと再考し、その上で採用する意見もあれば、却下した事もあったそうです。このように、一歩前に出た意見を押し止め、再考する機会を作る人材も一人は欲しいです。一見すると、この手の人材は日本人には多いように見えますが、実際には少ないと私は見ています。
この他、いくつか個人的に組織論をまとめていて必要な人材などまだまだいますが今回はそれは割愛して、最後に最も優秀な人材を挙げます。それは何かと言うと、何にでもなれる人材です。
前回の記事でも少し書いた官僚制ですが、基本的に強い組織というのは、構成員が何かの拍子で一人二人いなくなったとしても、すぐに代替できる事が前提にあります。そういう意味で何にでもなれる人材というのは、その時期その時期に組織が必要とする人材に自らを変化させられる人材という意味で、たとえばある時期には率先型の人材、ある時期にはそれを押し留める人材、またあるときには組織のリーダーにもなれるというような人材です。地味ですが、この手の人材ほど重宝する者はないでしょう。たとえそれぞれの人材としての能力が不足していても、いざというときのために一人は欲しい人材です。
条件なんかといっていますが、実際のところこれはあまり画一された基準はないと思います。むしろ、その調査対象の集団において、どのような役割が求められているのか、どのような人材が不足しているのかを検証するすることのほうが重要でしょう。
好例をだすなら、三国志の中の劉備と水鏡先生の中の会話があります。ある日水鏡先生と劉備が出会い、その際に水鏡先生から劉備の組織は力不足だと言われ、それに対して劉備は張飛や関羽といった武辺者に、孫乾やビジクといった文士と不足はないと反論しますが、張飛や関羽は非常に優秀な武将だが、彼らを上手く運用するような参謀に不足があると指摘され、これに劉備はドキッとします。そしてその指摘の通り、彼らを上手く運用する参謀こと、諸葛亮孔明を手に入れて劉備勢力は躍進する事になります。
このように、集団ごとに対症療法は違うのですが、それでもあえて小集団の中で見るとするならば、いくつか必要とされる役割を挙げていくと、まず必要なのは率先的に動く、行動力のある人材です。それこそ勇気と無謀をごっちゃに考えるような人間で、この手の人材がいると、たとえば決断が難しい局面や誰かがババを引く事になりそうな場面で状況が硬直することなく、集団の行動力がぐんと広がるので、私は非常に重視していると共に今の日本でかなり不足している人材だと思っています。
次に必要なのは、先ほどの人材に、「ちょっと待った」と言う、セーブ役です。歴史的な人物で挙げるなら、名筆家でも有名な唐の太宗の家臣、魏微がおり、この人は太宗の言う事にいちいち、「いや、それはダメです」と言ったそうですが、太宗はそれを聞き、本当にたった今決断した内容は正しかったのかと再考し、その上で採用する意見もあれば、却下した事もあったそうです。このように、一歩前に出た意見を押し止め、再考する機会を作る人材も一人は欲しいです。一見すると、この手の人材は日本人には多いように見えますが、実際には少ないと私は見ています。
この他、いくつか個人的に組織論をまとめていて必要な人材などまだまだいますが今回はそれは割愛して、最後に最も優秀な人材を挙げます。それは何かと言うと、何にでもなれる人材です。
前回の記事でも少し書いた官僚制ですが、基本的に強い組織というのは、構成員が何かの拍子で一人二人いなくなったとしても、すぐに代替できる事が前提にあります。そういう意味で何にでもなれる人材というのは、その時期その時期に組織が必要とする人材に自らを変化させられる人材という意味で、たとえばある時期には率先型の人材、ある時期にはそれを押し留める人材、またあるときには組織のリーダーにもなれるというような人材です。地味ですが、この手の人材ほど重宝する者はないでしょう。たとえそれぞれの人材としての能力が不足していても、いざというときのために一人は欲しい人材です。
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