今日のお題になっているこの「KY式日本語」という本ですが、それなりに売れているそうですね。中身は読んだことはないのですが、テレビなどで紹介されているのを見ると、どうも現実とはかけ離れているような気がします。 というのも、どれを見ても聞いたことも見たことのない言葉ばかりで、それこそ一部の人間が使っているのをさも一般性を持たせようとしているだけなのではないかと、この本自体の存在意義を疑います。
これは余談なのですが、以前にロシア語を習っているときに先生が、この前の企業の契約書を翻訳した歳に、「BL」という単語が出てきたといってました。早速先生はこの意味、あんたらわかるのと私たちに聞いてきたのですが、一緒に授業を受けていた奴がすぐさま「えっ、ボーイズラブでしょ?」と答えたのに、先生は「?」と、うまく反応してくれませんでした。先生が言うにはこの「BL」、何でもレアメタルの素材らしいのですが、正直、私もすぐボーイズラブ、つまりやおい系だと思いました
この意味に先生はもちろん驚き、じゃあ他には何かあるのと聞いたら、また別の奴が今度は「JK」とか言い出して、あわててまた別の奴がそれはまずいと口止めていました。この「JK」は「女子高生」のことですが、一般的に使われるのはアダルトビデオのジャンル分けの際の名称として使われていることが多いような気がします。
と、こんな感じでいくつかの言葉は確かに私自身も使っているのですが、この二つも本の中に入っているのかな。まだ一般性のある言葉だとは思うけど。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2008年3月3日月曜日
2008年3月2日日曜日
続、成人年齢の引き下げ議論について
どうでもいいですが、今度のバキがえらいことになっているそうです。烈……(ノД`)。
それはともかく、以前の投稿で今の日本国憲法において最も重要なのは、成人年齢を現行の20歳から18歳に引き下げることだと私は主張しましたが、タイムリーに今、国会内でもこの件が審議され始めました。なかなかに時代を先取りした感があり、一人でいい気分に浸ってます。
それで早速新鮮ほやほやのニュースですが、何でも毎日新聞がアンケートを取った所、回答者のなんと六割が18歳への引き下げに反対したそうです。そのうち、「精神的に未熟だから」が69%で反対理由の中で最も多かったらしいのですが、なんというかあほらしい回答だと思います。
というのも、そんなことを言ったら現在の日本の20歳は精神的に成熟しているのでしょうか。私なんかもまだ20台ですが、まだまだ我ながらひよっこだと思うことのほうが断然多いです。それに同じ18歳でも、大人びた奴もいれば子供っぽい連中もごろごろいます。精神的な成熟度で成人かどうかを考えてたら、話がえらくとんでもない方向に行きかねないのではないかと思います。
前回でも少し書きましたが、すでに現行法の少年法では、凶悪犯罪について18歳と20歳で全く差はなく、その他軽犯罪でも保護はほぼ有名無実化しているのではないかと思います。そして成人式も、私などは大学が実家と離れた場所にあったのでわざわざ実家へ戻ってやりましたが、高校卒業時に一緒にやってくれれば、みんな地元で何も問題なく挙げられるのではないかと思います。都会ならまだしも、地方などは若者がみんな地元を高校卒業時に出て行くというので、その後の成人式の集まりが悪いと聞いています。実際に、アメリカでは高校卒業時のダンスパーティーが成人式の代わりになっているらしいですし、こっちの方が効率的でもあり、これまでとは違った世代になるという儀式的な意味合いが強まるでしょう。
それとこれは今日考えたのですが、毎日新聞の反対理由で16%も挙がったというのが、「18歳から飲酒・喫煙が認められるのが心配だから」だったらしいですが、これも冷静に考えるとちょっとおかしいような気がします。いや、言ってることがおかしいのではないのですが、ほかの規制、その、まぁ、なんというか例のポルノですが、これは18歳以降が解禁です。
「18歳は酒やタバコはだめだが、ポルノはいい」
こんなことを言う国、日本以外にあるのでしょうか。なんというか、自分で書いてて恥ずかしいです。
さらにさらに言うと、日本で18歳からは自動車免許も取得できますし、男性は結婚もできるようになります。でも日本じゃ18歳はそれでも酒やタバコは禁止らしいです。ほんと、馬鹿馬鹿しい。
で、最後にそのアンケートの賛成理由の中にあった回答で、「18歳成人が、欧米各国の主流だから」(9%)というのがありますが、私なんかはこの理由だけで引き下げるのに十分な理由になると思います。だって、世間体を大事にする日本人なんですし。
それはともかく、以前の投稿で今の日本国憲法において最も重要なのは、成人年齢を現行の20歳から18歳に引き下げることだと私は主張しましたが、タイムリーに今、国会内でもこの件が審議され始めました。なかなかに時代を先取りした感があり、一人でいい気分に浸ってます。
それで早速新鮮ほやほやのニュースですが、何でも毎日新聞がアンケートを取った所、回答者のなんと六割が18歳への引き下げに反対したそうです。そのうち、「精神的に未熟だから」が69%で反対理由の中で最も多かったらしいのですが、なんというかあほらしい回答だと思います。
というのも、そんなことを言ったら現在の日本の20歳は精神的に成熟しているのでしょうか。私なんかもまだ20台ですが、まだまだ我ながらひよっこだと思うことのほうが断然多いです。それに同じ18歳でも、大人びた奴もいれば子供っぽい連中もごろごろいます。精神的な成熟度で成人かどうかを考えてたら、話がえらくとんでもない方向に行きかねないのではないかと思います。
前回でも少し書きましたが、すでに現行法の少年法では、凶悪犯罪について18歳と20歳で全く差はなく、その他軽犯罪でも保護はほぼ有名無実化しているのではないかと思います。そして成人式も、私などは大学が実家と離れた場所にあったのでわざわざ実家へ戻ってやりましたが、高校卒業時に一緒にやってくれれば、みんな地元で何も問題なく挙げられるのではないかと思います。都会ならまだしも、地方などは若者がみんな地元を高校卒業時に出て行くというので、その後の成人式の集まりが悪いと聞いています。実際に、アメリカでは高校卒業時のダンスパーティーが成人式の代わりになっているらしいですし、こっちの方が効率的でもあり、これまでとは違った世代になるという儀式的な意味合いが強まるでしょう。
それとこれは今日考えたのですが、毎日新聞の反対理由で16%も挙がったというのが、「18歳から飲酒・喫煙が認められるのが心配だから」だったらしいですが、これも冷静に考えるとちょっとおかしいような気がします。いや、言ってることがおかしいのではないのですが、ほかの規制、その、まぁ、なんというか例のポルノですが、これは18歳以降が解禁です。
「18歳は酒やタバコはだめだが、ポルノはいい」
こんなことを言う国、日本以外にあるのでしょうか。なんというか、自分で書いてて恥ずかしいです。
さらにさらに言うと、日本で18歳からは自動車免許も取得できますし、男性は結婚もできるようになります。でも日本じゃ18歳はそれでも酒やタバコは禁止らしいです。ほんと、馬鹿馬鹿しい。
で、最後にそのアンケートの賛成理由の中にあった回答で、「18歳成人が、欧米各国の主流だから」(9%)というのがありますが、私なんかはこの理由だけで引き下げるのに十分な理由になると思います。だって、世間体を大事にする日本人なんですし。
2008年3月1日土曜日
日本の宇宙開発の影にあるもの
多分今日のネタは超がつくほどのレアなネタだと思います。少なくとも、私もワンソースでしか確認できていない話で確証という点では信憑性にかけるのですが、それでも敢えて書いておきます。
さて宇宙開発というと、最も最近ではアメリカが制御に失敗した廃棄衛星をミサイルで破壊したのが大きいニュースですが、それ以前だと中国も同様に廃棄衛星をミサイルで破壊しています。このミサイル破壊自体はアメリカやロシアはバンバンやっており、来るべき戦争に備えて相手のレーダー破壊の実験をしているというのが真実でしょう。近年はその争いに中国も加わったと見るべきなのですが、それ以上に中国も自力で国産ロケット「神舟」にて有人宇宙飛行に成功し、かなり宇宙戦を重要視しているのがわかります。
ここで今回の本題ですが、この中国の「神舟」が打ち上げ成功した際に石原慎太郎東京都知事は、「日本だってやろうと思えばできるんだ」と、子供みたいなことを言っていましたが、どうやらこれはただの負け惜しみと取れない理由があるのではないかと言われています。
話は変わりますが、90年頃かな、確かその辺りにあった日米半導体交渉をご存知でしょうか。当時、絶好調だった日本のメーカーが世界中のコンピューターに使われる半導体のほとんどを造っていて、そのせいでアメリカとの貿易摩擦が起こり、問題の妥協案を探るための話し合いがこの日米半導体交渉です。
具体的な中身は私はほとんど知りません。ただある場所で、この交渉の際にアメリカ側が譲歩するかわりに、日本政府はどうも日本の宇宙開発を停止するということを約束してしまったということを、耳に挟みました。もちろん今までにそんな話を聞いたこともないし、一般に出ている情報にも出てきません。しかしながら、確かにそう言われれば、そうともとれるような動きはあるように思えます。
それこそ先ほどの石原知事の発言もそうですし、実質日本の宇宙開発は偵察衛星、それもアメリカのお墨付きをもらったものを打ち上げる程度で、どうも独自の動きというものは見えません。また、今度に三菱重工が企業ながらロケットを自作して打ち上げるとか言ってますが、これも政府の枠の外で敢えてやっているのではないかと疑っています。
この情報を話してくれた人は、政府の人間は目先の利益にとらわれて大きなチャンスを逃してしまったとまとめていましたが、もし真実ならば私も同感です。たまには中国を見習って、「昔の約束? でもそんなの関係ねぇ」とでも言って勝手に開発すればいいのに。
ついでに書いておくと、中国は以前にロケット発射に失敗して、見事に変な方向に飛んだロケットが発射台の近くにあった村落に落ちて、住民のほとんどが死ぬという大事故を起こしています。意外と知らない人も多いので、動画付きで置いときます。
http://www.youtube.com/watch?v=NomU8t_nqXE&feature=related
さて宇宙開発というと、最も最近ではアメリカが制御に失敗した廃棄衛星をミサイルで破壊したのが大きいニュースですが、それ以前だと中国も同様に廃棄衛星をミサイルで破壊しています。このミサイル破壊自体はアメリカやロシアはバンバンやっており、来るべき戦争に備えて相手のレーダー破壊の実験をしているというのが真実でしょう。近年はその争いに中国も加わったと見るべきなのですが、それ以上に中国も自力で国産ロケット「神舟」にて有人宇宙飛行に成功し、かなり宇宙戦を重要視しているのがわかります。
ここで今回の本題ですが、この中国の「神舟」が打ち上げ成功した際に石原慎太郎東京都知事は、「日本だってやろうと思えばできるんだ」と、子供みたいなことを言っていましたが、どうやらこれはただの負け惜しみと取れない理由があるのではないかと言われています。
話は変わりますが、90年頃かな、確かその辺りにあった日米半導体交渉をご存知でしょうか。当時、絶好調だった日本のメーカーが世界中のコンピューターに使われる半導体のほとんどを造っていて、そのせいでアメリカとの貿易摩擦が起こり、問題の妥協案を探るための話し合いがこの日米半導体交渉です。
具体的な中身は私はほとんど知りません。ただある場所で、この交渉の際にアメリカ側が譲歩するかわりに、日本政府はどうも日本の宇宙開発を停止するということを約束してしまったということを、耳に挟みました。もちろん今までにそんな話を聞いたこともないし、一般に出ている情報にも出てきません。しかしながら、確かにそう言われれば、そうともとれるような動きはあるように思えます。
それこそ先ほどの石原知事の発言もそうですし、実質日本の宇宙開発は偵察衛星、それもアメリカのお墨付きをもらったものを打ち上げる程度で、どうも独自の動きというものは見えません。また、今度に三菱重工が企業ながらロケットを自作して打ち上げるとか言ってますが、これも政府の枠の外で敢えてやっているのではないかと疑っています。
この情報を話してくれた人は、政府の人間は目先の利益にとらわれて大きなチャンスを逃してしまったとまとめていましたが、もし真実ならば私も同感です。たまには中国を見習って、「昔の約束? でもそんなの関係ねぇ」とでも言って勝手に開発すればいいのに。
ついでに書いておくと、中国は以前にロケット発射に失敗して、見事に変な方向に飛んだロケットが発射台の近くにあった村落に落ちて、住民のほとんどが死ぬという大事故を起こしています。意外と知らない人も多いので、動画付きで置いときます。
http://www.youtube.com/watch?v=NomU8t_nqXE&feature=related
近況
最近になってパワプロのマイライフモードを再開。投手でプレイしていて見事試合を完封してヒーローインタビューのお立ち台に上がったが、表彰理由が投手ながら打ち取った打点五点だったのに笑いがこみ上げてきた。
あと今日になってようやく教習所に自動二輪の申し込みをやってきた。前から取ろうかとは思っていたが、金の面で悩んでいたがようやく踏ん切りがついた。でも、今なら普通に自転車でも時速40キロくらいは出せるんだけどなぁ。
またゲームだが英雄伝説Ⅵの「空の軌跡」というパソコンソフトのRPGも購入。内容がオーソドックスな昔ながらのRPGで好感が持てるが、肝心の戦闘シーンがやや面倒くさい。これはすべてのRPGに言える事だが、基本的にザコ戦闘は短ければ短いほどよいと思う。ドラクエなどはほぼ一分以内に終わり、昔のFFも同様。逆にボス戦は短すぎてはいかず、やはり白熱するくらいの時間がほしい。ボス戦で今まで一番盛り上がったのはロマンシングサガ3かな。そう考えてみると、本当にドラクエシリーズはすごいと思う。
日記なので、常体で書いてみた。ま、たまにはいいかな。
あと今日になってようやく教習所に自動二輪の申し込みをやってきた。前から取ろうかとは思っていたが、金の面で悩んでいたがようやく踏ん切りがついた。でも、今なら普通に自転車でも時速40キロくらいは出せるんだけどなぁ。
またゲームだが英雄伝説Ⅵの「空の軌跡」というパソコンソフトのRPGも購入。内容がオーソドックスな昔ながらのRPGで好感が持てるが、肝心の戦闘シーンがやや面倒くさい。これはすべてのRPGに言える事だが、基本的にザコ戦闘は短ければ短いほどよいと思う。ドラクエなどはほぼ一分以内に終わり、昔のFFも同様。逆にボス戦は短すぎてはいかず、やはり白熱するくらいの時間がほしい。ボス戦で今まで一番盛り上がったのはロマンシングサガ3かな。そう考えてみると、本当にドラクエシリーズはすごいと思う。
日記なので、常体で書いてみた。ま、たまにはいいかな。
2008年2月29日金曜日
生きる気力が湧かないのは その二
昨日の続き。前回はただ自分の趣味を語っただけで終わっちゃいましたが、今回はちゃんとまとめます。
それでいきなり結論ですが、現代の子供から若者まで生きる気力が少ないのは、どうも生死の生の部分しか説明されてないからだと、個人的に思います。
これは自分が一番よく使う持論ですが、基本的に人間は比較対象がなければ対象を認知することは出来ません。たとえば今回の例だと、子供にひたすら生きることの楽しさ、素晴らしさだけを教えても、素晴らしいという「生きる」ことと比較する何かが語られないため、結局は理解に至らないということです。
もひとつ例を出すと、たとえばおいしいりんごとまずいりんごがあるとします。今まで一度もりんごを食べたことのない人にこのうち片方だけ食べさせても、そのりんごがりんごとしておいしいかどうかは解らないでしょう。先においしいりんごを食べていたとしたら、もう一つのまずいりんごを食べて初めて、先に食べたりんごはおいしいりんごなのだとわかるはずです。私なんか実際に、毎回バカ高い紅茶を友人に飲ませていてもその味がわからないというから、わざわざ市販されている安物の紅茶を飲ませて普段の紅茶が如何に良い物かを教えたことがあります。
とまぁこんな感じで、片っ方に偏って物事を教えても結局はわからないんじゃないのかというのが私の意見です。それこそ昔の人なんかは戦争の体験や、今ほど医療技術のなかった時代で、今の時代よりは死がまだ身近にあったのだと思います。実際に昭和中期のエッセイなどを読むと、病死した死体を野焼きしてその匂いに辟易するという話や、急な落盤で炭坑夫が一度に多くなくなる話など、今と比べるとサバイバルな時代だったように思えます。それが一転して飢えがなくなり寿命も長くなり、平和になった日本で生きることの理由だけを話して、死ぬことについてはまるで忌避するかのように誰も触れたがらない世界じゃ、生きてるありがたみなんて誰もわかりっこないでしょう。それが生きる気力のない状態を作っている主要因だと、私は考えています。
じゃあどうすればいいかというと、言っては何ですが人が死ぬエピソードをバンバン教えるのが手っ取り早いんじゃないかと思います。もしくは二日くらいメシを抜いて、ただ食べて生きることがどれだけ大変なことかを教えたりするのが効果的だとは思いますが、まぁ本気でやる人はほとんどいないでしょうね。
唯一、子供相手にも出来るのは怪談だと思います。あれなら人が死んだり苦しんだりする話でも問題ないし、なかなかにリアルな話なんかはいい教育になると思います。というよりも、私自身怪談話が小学生の自分から好きな性質でしたが、それはやっぱりこういったことが関係していたのかもしれないとも思います。
以前に友人がこんなことを話していたのですが、子供時代、どんな美辞麗句を並べ立てた美しい物語よりも、誰かが死ぬような悲劇的な話の方が今も強く心に残っていると言ってましたが、私も同感です、今の時代、喜劇よりも悲劇の方が価値は重要なのかもしれません。
それでいきなり結論ですが、現代の子供から若者まで生きる気力が少ないのは、どうも生死の生の部分しか説明されてないからだと、個人的に思います。
これは自分が一番よく使う持論ですが、基本的に人間は比較対象がなければ対象を認知することは出来ません。たとえば今回の例だと、子供にひたすら生きることの楽しさ、素晴らしさだけを教えても、素晴らしいという「生きる」ことと比較する何かが語られないため、結局は理解に至らないということです。
もひとつ例を出すと、たとえばおいしいりんごとまずいりんごがあるとします。今まで一度もりんごを食べたことのない人にこのうち片方だけ食べさせても、そのりんごがりんごとしておいしいかどうかは解らないでしょう。先においしいりんごを食べていたとしたら、もう一つのまずいりんごを食べて初めて、先に食べたりんごはおいしいりんごなのだとわかるはずです。私なんか実際に、毎回バカ高い紅茶を友人に飲ませていてもその味がわからないというから、わざわざ市販されている安物の紅茶を飲ませて普段の紅茶が如何に良い物かを教えたことがあります。
とまぁこんな感じで、片っ方に偏って物事を教えても結局はわからないんじゃないのかというのが私の意見です。それこそ昔の人なんかは戦争の体験や、今ほど医療技術のなかった時代で、今の時代よりは死がまだ身近にあったのだと思います。実際に昭和中期のエッセイなどを読むと、病死した死体を野焼きしてその匂いに辟易するという話や、急な落盤で炭坑夫が一度に多くなくなる話など、今と比べるとサバイバルな時代だったように思えます。それが一転して飢えがなくなり寿命も長くなり、平和になった日本で生きることの理由だけを話して、死ぬことについてはまるで忌避するかのように誰も触れたがらない世界じゃ、生きてるありがたみなんて誰もわかりっこないでしょう。それが生きる気力のない状態を作っている主要因だと、私は考えています。
じゃあどうすればいいかというと、言っては何ですが人が死ぬエピソードをバンバン教えるのが手っ取り早いんじゃないかと思います。もしくは二日くらいメシを抜いて、ただ食べて生きることがどれだけ大変なことかを教えたりするのが効果的だとは思いますが、まぁ本気でやる人はほとんどいないでしょうね。
唯一、子供相手にも出来るのは怪談だと思います。あれなら人が死んだり苦しんだりする話でも問題ないし、なかなかにリアルな話なんかはいい教育になると思います。というよりも、私自身怪談話が小学生の自分から好きな性質でしたが、それはやっぱりこういったことが関係していたのかもしれないとも思います。
以前に友人がこんなことを話していたのですが、子供時代、どんな美辞麗句を並べ立てた美しい物語よりも、誰かが死ぬような悲劇的な話の方が今も強く心に残っていると言ってましたが、私も同感です、今の時代、喜劇よりも悲劇の方が価値は重要なのかもしれません。
2008年2月28日木曜日
生きる気力が湧かないのは その一
近年、日本の義務教育家では自立して生きる力を養うために「総合学習」という科目まで設けてやっていますが、それにも関わらず自殺してしまう若い子はなくなってません。それどころか、このところは「ゆとり世代」と一部の若者のあほな行動がよく取り上げられるようになり、本当に教育の効果が現れているのか疑問視されています。
またそれと同様にいわゆるニートやひきこもりなど社会に適合できない若者も増加し、今回のお題のように近頃の若者は生きる気力が少ないと一部の専門家に言われてます。
私自身、この意見には賛成です。やはり昔の世代と比べて歯を食いしばってでも生きようとする人間は減ったように思えます。それも、ここ十年くらいで。では、一体なぜこのようになってしまったのでしょうか。
実はここで明らかにしますが、自分はごく普通に尋ねられた際に趣味は散歩だとかサイクリングだとか答えていますが、その裏で一部、ネクロフィリアな所もあります。どうも昔っから虫や動物の死骸がおっかなくて怖いくせに、やけに興味を持ってしげしげ見る癖があり、大抵眺めたその晩は夢にうなされていました。これはちょっと後付なのかもしれませんが、今思うとなぜあんなに興味を持ってみていたのかというと、世界中のどの世界よりリアルな描写がそこにあったからだと思います。
あまり外来語に頼りたくはないのですが、どうも現実と仮想というよりはリアルとヴァーチャルの方が今回の意味に近いと思うので敢えて使いますが、私から見て一般に社会や言論の中で言われていることは、そのほとんどがヴァーチャルな内容だと思います。ニュースなどでとりあげらる世界も、それこそ上位階級の関心事だけで、実際に下々の苦しい生活をしている人々などはほとんど取り上げられず、視聴率が取れるということだけでホームレス特集を定期的に組むなど、リアルな世界からは乖離しているように私は思います。私が思うに、現実は生よりも死に満ち溢れているのに、社会の中では死はタブー視されて、ほとんど表に出てきません。それゆえに、死の中に私はリアルを感じたのだといまさらながら思います。まぁ死骸はリアルというか、グロテスクだけど。ちなみにグロテスクの和訳は「生々しい」です。
ちょっと時間がないので、続きはまた明日。
またそれと同様にいわゆるニートやひきこもりなど社会に適合できない若者も増加し、今回のお題のように近頃の若者は生きる気力が少ないと一部の専門家に言われてます。
私自身、この意見には賛成です。やはり昔の世代と比べて歯を食いしばってでも生きようとする人間は減ったように思えます。それも、ここ十年くらいで。では、一体なぜこのようになってしまったのでしょうか。
実はここで明らかにしますが、自分はごく普通に尋ねられた際に趣味は散歩だとかサイクリングだとか答えていますが、その裏で一部、ネクロフィリアな所もあります。どうも昔っから虫や動物の死骸がおっかなくて怖いくせに、やけに興味を持ってしげしげ見る癖があり、大抵眺めたその晩は夢にうなされていました。これはちょっと後付なのかもしれませんが、今思うとなぜあんなに興味を持ってみていたのかというと、世界中のどの世界よりリアルな描写がそこにあったからだと思います。
あまり外来語に頼りたくはないのですが、どうも現実と仮想というよりはリアルとヴァーチャルの方が今回の意味に近いと思うので敢えて使いますが、私から見て一般に社会や言論の中で言われていることは、そのほとんどがヴァーチャルな内容だと思います。ニュースなどでとりあげらる世界も、それこそ上位階級の関心事だけで、実際に下々の苦しい生活をしている人々などはほとんど取り上げられず、視聴率が取れるということだけでホームレス特集を定期的に組むなど、リアルな世界からは乖離しているように私は思います。私が思うに、現実は生よりも死に満ち溢れているのに、社会の中では死はタブー視されて、ほとんど表に出てきません。それゆえに、死の中に私はリアルを感じたのだといまさらながら思います。まぁ死骸はリアルというか、グロテスクだけど。ちなみにグロテスクの和訳は「生々しい」です。
ちょっと時間がないので、続きはまた明日。
今日のお買い物
古本屋にてケロロ軍曹の4巻を350円で、あと中古ゲーム屋で、前からほしかったいまさらながらプレイステーションソフトの「ダブルキャスト」を300円で。値段の差に少しさびしさを感じたよう。
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