またパワプロです。最近やっているのはマイライフという一人のプロ選手となって遊ぶモードですが、今私は投手でプレイしています。
で、その投手ですが、これまで難しい難易度だとやけに打ち込まれるので低く設定して遊んでおり、そこそこ楽しんでいるのですが、何故だか知りませんがやはり対戦打者によって得意不得意が自然に出てきました。まず不得意としている打者ですが、これは松中と阿部です。特に巨人の阿部には正直、打たれてもしょうがないなとあきらめがちにボールを放ることが多いです。その逆に、得意としているのは小久保、福留です。特に福留に関しては打たれる気が全くせず、目下の対戦成績でも八割方三振を奪っています。別に福留選手が嫌いなわけでもないですが(中日は全球団中、最も嫌いだが)、なんでこんなに相性がいいのか不思議に思います。
ちなみに、在籍球団は広島です。万年Bクラスでもがんばってやっています。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2008年3月9日日曜日
日本語の訓読みと音読みについて
前回からの続きです。さて前回では日本語も時間とともに結構換わると書きましたが、その変化の最たる一つとして音読みから訓読みへの変化があります。
たとえばこの前少し話題になったので、「豚汁」の読み方を「ぶたじる」と読むか「とんじる」で読むかがニュースになりました。私は後者の「とんじる」派ですが、私の意見を言うとどっちの読み方でも正直いいと思います。少なくともどちらもどんなものを指す言葉であるかは容易に想像できますし、それをわざわざ統一する必要はないと思います。
しかし、なんというかこのところはこういったあいまいな使用法を統一すべきだという声をよく聞きます。たとえば英語の「team」ですが、私なんかは「チーム」と普通に日本語の中で読みますが、最近ではなんかスクラムが組まれたのか、テレビなどのニュースでこの単語を読む際は「ティーム」というような感じで読まれるようになりました。はっきり言って、「ティーム」だとキーボードで打ちづらいからやめてほしいです。
同様に、地名などもここ最近で読み方を現地読みにすべきだとして大幅な変更が行われ始めています。これも例を挙げると、「高句麗」をこれまで「こうくり」と教科書で読みを教えていたのが「コグリョ」と、韓国語の発音に即した読みに一部の教科書で変更がなされています。
すでに外務省のビザ関連の紹介ホームページで、一部の国名を現地読みに変更したところ、わかりづらくなったと弊害が報告されています。それに、私の専門としている中国語なんか、これやったらえらいことになると思います。
たとえば「西安」は現地中国語に即した「シーアン」という発音がすでにかなりの部分まで浸透しているのでこのままでもいいと思いますが、「北京」なんか中国読みだと「ペイチン」です。知らない人も多いと思いますが、「ペキン」という読み方は実は英語読みです。同様に、「南京」も中国語だと「ナンチン」です。現地読みしても英語読みにしても日本語読みにしても、どれをとっても決め手にかける地名な気がします。
このような決めづらい言葉などはひとまずは両論併記みたいにしていて、徐々にイニシアチブを握っていった方をそれぞれ使っていくのがいいと思います。それを無理矢理短期間に統一しようとするのは間違いではないでしょうか。
たとえばこの前少し話題になったので、「豚汁」の読み方を「ぶたじる」と読むか「とんじる」で読むかがニュースになりました。私は後者の「とんじる」派ですが、私の意見を言うとどっちの読み方でも正直いいと思います。少なくともどちらもどんなものを指す言葉であるかは容易に想像できますし、それをわざわざ統一する必要はないと思います。
しかし、なんというかこのところはこういったあいまいな使用法を統一すべきだという声をよく聞きます。たとえば英語の「team」ですが、私なんかは「チーム」と普通に日本語の中で読みますが、最近ではなんかスクラムが組まれたのか、テレビなどのニュースでこの単語を読む際は「ティーム」というような感じで読まれるようになりました。はっきり言って、「ティーム」だとキーボードで打ちづらいからやめてほしいです。
同様に、地名などもここ最近で読み方を現地読みにすべきだとして大幅な変更が行われ始めています。これも例を挙げると、「高句麗」をこれまで「こうくり」と教科書で読みを教えていたのが「コグリョ」と、韓国語の発音に即した読みに一部の教科書で変更がなされています。
すでに外務省のビザ関連の紹介ホームページで、一部の国名を現地読みに変更したところ、わかりづらくなったと弊害が報告されています。それに、私の専門としている中国語なんか、これやったらえらいことになると思います。
たとえば「西安」は現地中国語に即した「シーアン」という発音がすでにかなりの部分まで浸透しているのでこのままでもいいと思いますが、「北京」なんか中国読みだと「ペイチン」です。知らない人も多いと思いますが、「ペキン」という読み方は実は英語読みです。同様に、「南京」も中国語だと「ナンチン」です。現地読みしても英語読みにしても日本語読みにしても、どれをとっても決め手にかける地名な気がします。
このような決めづらい言葉などはひとまずは両論併記みたいにしていて、徐々にイニシアチブを握っていった方をそれぞれ使っていくのがいいと思います。それを無理矢理短期間に統一しようとするのは間違いではないでしょうか。
2008年3月8日土曜日
伊達の読みとは是如何に?
歴史関係の記事が少ないので補給します。
さて皆さん、伊達政宗はご存知でしょうか。言わずと知れた東北の戦国大名で、ゲームの信長の野望は判官贔屓とばかりに能力値が高めに設定されています。その伊達氏でありますが、この「伊達」という漢字、なんて読んでいますか? 恐らく「だて」と読む方がほとんどと思いますが、どうもこの政宗がいた時代にはなんと、「いだて」と読まれていたそうです。
これは通説なのかなと私も思っていましたが、ネットで調べてみるとなんと政宗がローマ法王に遣った支倉常長が法王に渡した政宗直筆の書簡にも、「Idate Masamune」と書かれていたそうで、どうやらこっちの方がマジらしいです。「だて」という読み方はなんでも、近畿地方から広まって江戸時代に徐々に「いだて」と混在し、現在ではこの「だて」のが主流になったというのが真相だそうです。確か「伊達男」という言葉が流行だしたのも、江戸時代頃だった気がします。
それにしても不思議なものです。本来備わっていた読み方が時代を経ることによって変わってしまうという、漢字ならではなの変化です。実はこの音の変化は東洋言語学を探る上で大きな障害になっています。西洋の言語はアルファベットを用いているので、そのつづりの変遷を辿る事によって各時代の音や言葉の変遷が辿れるのですが、中国語や日本語では使っている漢字が同じなため、読み方が変わっても全くわからないそうです。それでも辿る方法があるのか、以前の教わった中国語の先生は李白の時代に彼らの詩はどういう風に読まれていたか、唐時代の発音を研究していました。
このような音の変化はなにも昔だけでなく、現在においても進んでいるといわれています。たとえば最も顕著なのは中国語です。向こうではこれまで各地方でそれぞれの方言でもって、それぞれの子女達に言葉を教えていたのですが、1958年に中国政府がそれぞれの漢字の正しい読み方として「拼音(ピンイン)」を作って言語の統一化を図ったために、年代によって地方では言語の隔絶があるそうです。実際に私も若い中国人となら中国語で討論もできますが、年配の中国人となるとそれも難しくなります。
日本語も同様で、たとえば「彼氏」という言葉もアクセントのポイントがここ十数年で変化しているそうです。と、ちょっと夕食の準備が出来たので続きはまた今度。
さて皆さん、伊達政宗はご存知でしょうか。言わずと知れた東北の戦国大名で、ゲームの信長の野望は判官贔屓とばかりに能力値が高めに設定されています。その伊達氏でありますが、この「伊達」という漢字、なんて読んでいますか? 恐らく「だて」と読む方がほとんどと思いますが、どうもこの政宗がいた時代にはなんと、「いだて」と読まれていたそうです。
これは通説なのかなと私も思っていましたが、ネットで調べてみるとなんと政宗がローマ法王に遣った支倉常長が法王に渡した政宗直筆の書簡にも、「Idate Masamune」と書かれていたそうで、どうやらこっちの方がマジらしいです。「だて」という読み方はなんでも、近畿地方から広まって江戸時代に徐々に「いだて」と混在し、現在ではこの「だて」のが主流になったというのが真相だそうです。確か「伊達男」という言葉が流行だしたのも、江戸時代頃だった気がします。
それにしても不思議なものです。本来備わっていた読み方が時代を経ることによって変わってしまうという、漢字ならではなの変化です。実はこの音の変化は東洋言語学を探る上で大きな障害になっています。西洋の言語はアルファベットを用いているので、そのつづりの変遷を辿る事によって各時代の音や言葉の変遷が辿れるのですが、中国語や日本語では使っている漢字が同じなため、読み方が変わっても全くわからないそうです。それでも辿る方法があるのか、以前の教わった中国語の先生は李白の時代に彼らの詩はどういう風に読まれていたか、唐時代の発音を研究していました。
このような音の変化はなにも昔だけでなく、現在においても進んでいるといわれています。たとえば最も顕著なのは中国語です。向こうではこれまで各地方でそれぞれの方言でもって、それぞれの子女達に言葉を教えていたのですが、1958年に中国政府がそれぞれの漢字の正しい読み方として「拼音(ピンイン)」を作って言語の統一化を図ったために、年代によって地方では言語の隔絶があるそうです。実際に私も若い中国人となら中国語で討論もできますが、年配の中国人となるとそれも難しくなります。
日本語も同様で、たとえば「彼氏」という言葉もアクセントのポイントがここ十数年で変化しているそうです。と、ちょっと夕食の準備が出来たので続きはまた今度。
2008年3月7日金曜日
刑事裁判について
本当は昨日くらいに書くべきだったのでしょうが、敢えてタイムラグを置いて忘れた頃に記憶を引っ張り出させる手法で今日の記事です。その内容は、おとといあたりに出た、兄の放火殺害容疑でつかまった女性が無罪になったというニュースです。
すでにこのブログ内で何度も書いていますが、目下の現在、日本国において最も改革を必要としている分野は裁判制度だと思います。今回の事件といい去年に判決が出た鹿児島県志布志市、富山県の冤罪事件といい、日本の刑事裁判制度及び、警察の捜査手法は以前より問題があると指摘されています。かつての明治時代、日本では裁判制度や刑罰制度が遅れているという理由で、欧米各国は自国の犯罪者に対して治外法権を認めさせていますが、今なら連中がそんなことやったのを理解できそうなくらいに、このところ一連の事件はあきれさせるような捜査、裁判ばかりです。
折り良くも先週の土曜日には痴漢冤罪を題に取った「それでもぼくはやってない」がテレビにて放映され、この映画自体は公開していた時に見ていたのですが、改めて日本の裁判制度の欠陥を思い知らされた作品でした。
そもそも、日本の刑事裁判は有罪ありきですべて進められるといいます。実際にこっちも何度も出てくる佐藤優氏は日本の司法制度を、「かつての旧ソ連ですらなしえなかった、有罪率九割以上という非常に優秀な結果を日本の刑事裁判は叩き出している」と皮肉っており(うまい皮肉だよなぁ)、もし裁判官が判決を無罪にしようとするものなら、有罪とするのに比べてその理由やら経過など資料を膨大に量で別に作らなければいけないらしく、無罪そのものがまず裁判において例外的ともいうべき扱いをしているそうです。その結果、映画のように明らかに警察側の証言に矛盾があったとしても、裁判官は有罪を押し通しやすいとも言います。
そして今回の事件で問題になった代用監獄、これの説明はどこか別のウィキペディアなり何なりで見てもらいたいですが、私が中学生くらいの頃からこの代用監獄は問題があると指摘されていたにもかかわらず、未だにあったのか、そしてまだこんな使い方をしているのかと私自身、ほとほと呆れました。何でも聞くところによると、国際人権団体アムネスティインターナショナルもこの代用監獄を非人道的だとして何度も非難しているにもかかわらず、日本の司法及び政府は聞く耳を持たなかったそうです。これはどっかからの受け売りですが、中国やらオーストラリアに対しては国際世論に耳を傾けろといいながら、日本政府自体も国際的非難に対して一切耳を貸さない、いい内弁慶だと批判されていましたが、非常に的確な批判でしょう。
それにしても、これほど杜撰な司法制度をみていると、かつて水と安全はタダの国と言われただけあって、80年代くらいには検挙率も九割にまで達していましたが、この数字にも疑問を覚えます。言ってしまえば、事件が起こるたびに目下のところの犯人をでっち上げて、無理やり検挙したという風に扱っていたのではないかと思います。それと同様に、まだまだ表に出ていない冤罪もたくさんあるのではないかとも思います。
最後に私の勝手な予想を書いておきますが、鹿児島の志布志市の事件、あれは検察、もしくは警察が報奨金目当てで起こした冤罪事件だと考えています。前回に紹介した田中森一氏の「反転」という本に書かれていましたが、年度末になるとホシを挙げた、つまり検挙した数によって報奨金が検事などにでるそうで、田中氏が四国に検事として赴任していた際、選挙が起こるたびに適当な人間を選挙違反で挙げていたそうです。四国などでは露骨に選挙違反ともいうべき金のばら撒きが日常的に行われており、これで一気に検挙数を増やせるので選挙のたびに狙ってやっていたというのですが、恐らくこういう理由で鹿児島の冤罪事件が起こったのではないかと思います。
すでに日弁連などから政府に対して、こうした捜査に関わる警察や検事、裁判官を逆に訴える訴訟法が提案されましたが、返事はなしのつぶてのようです。私自身、こうした冤罪を引き起こした人間ら、社会保険庁の役人も同じですが、彼らが一切罰されないということがなによりまず不公平だと思います。
自分で言って間違っているとは思いますが、このようなあからさまな捜査ミスを起こした人間らは路上で刺されて殺されても、私は一切同情しません。それどころか、そうなることを願うばかりです。
すでにこのブログ内で何度も書いていますが、目下の現在、日本国において最も改革を必要としている分野は裁判制度だと思います。今回の事件といい去年に判決が出た鹿児島県志布志市、富山県の冤罪事件といい、日本の刑事裁判制度及び、警察の捜査手法は以前より問題があると指摘されています。かつての明治時代、日本では裁判制度や刑罰制度が遅れているという理由で、欧米各国は自国の犯罪者に対して治外法権を認めさせていますが、今なら連中がそんなことやったのを理解できそうなくらいに、このところ一連の事件はあきれさせるような捜査、裁判ばかりです。
折り良くも先週の土曜日には痴漢冤罪を題に取った「それでもぼくはやってない」がテレビにて放映され、この映画自体は公開していた時に見ていたのですが、改めて日本の裁判制度の欠陥を思い知らされた作品でした。
そもそも、日本の刑事裁判は有罪ありきですべて進められるといいます。実際にこっちも何度も出てくる佐藤優氏は日本の司法制度を、「かつての旧ソ連ですらなしえなかった、有罪率九割以上という非常に優秀な結果を日本の刑事裁判は叩き出している」と皮肉っており(うまい皮肉だよなぁ)、もし裁判官が判決を無罪にしようとするものなら、有罪とするのに比べてその理由やら経過など資料を膨大に量で別に作らなければいけないらしく、無罪そのものがまず裁判において例外的ともいうべき扱いをしているそうです。その結果、映画のように明らかに警察側の証言に矛盾があったとしても、裁判官は有罪を押し通しやすいとも言います。
そして今回の事件で問題になった代用監獄、これの説明はどこか別のウィキペディアなり何なりで見てもらいたいですが、私が中学生くらいの頃からこの代用監獄は問題があると指摘されていたにもかかわらず、未だにあったのか、そしてまだこんな使い方をしているのかと私自身、ほとほと呆れました。何でも聞くところによると、国際人権団体アムネスティインターナショナルもこの代用監獄を非人道的だとして何度も非難しているにもかかわらず、日本の司法及び政府は聞く耳を持たなかったそうです。これはどっかからの受け売りですが、中国やらオーストラリアに対しては国際世論に耳を傾けろといいながら、日本政府自体も国際的非難に対して一切耳を貸さない、いい内弁慶だと批判されていましたが、非常に的確な批判でしょう。
それにしても、これほど杜撰な司法制度をみていると、かつて水と安全はタダの国と言われただけあって、80年代くらいには検挙率も九割にまで達していましたが、この数字にも疑問を覚えます。言ってしまえば、事件が起こるたびに目下のところの犯人をでっち上げて、無理やり検挙したという風に扱っていたのではないかと思います。それと同様に、まだまだ表に出ていない冤罪もたくさんあるのではないかとも思います。
最後に私の勝手な予想を書いておきますが、鹿児島の志布志市の事件、あれは検察、もしくは警察が報奨金目当てで起こした冤罪事件だと考えています。前回に紹介した田中森一氏の「反転」という本に書かれていましたが、年度末になるとホシを挙げた、つまり検挙した数によって報奨金が検事などにでるそうで、田中氏が四国に検事として赴任していた際、選挙が起こるたびに適当な人間を選挙違反で挙げていたそうです。四国などでは露骨に選挙違反ともいうべき金のばら撒きが日常的に行われており、これで一気に検挙数を増やせるので選挙のたびに狙ってやっていたというのですが、恐らくこういう理由で鹿児島の冤罪事件が起こったのではないかと思います。
すでに日弁連などから政府に対して、こうした捜査に関わる警察や検事、裁判官を逆に訴える訴訟法が提案されましたが、返事はなしのつぶてのようです。私自身、こうした冤罪を引き起こした人間ら、社会保険庁の役人も同じですが、彼らが一切罰されないということがなによりまず不公平だと思います。
自分で言って間違っているとは思いますが、このようなあからさまな捜査ミスを起こした人間らは路上で刺されて殺されても、私は一切同情しません。それどころか、そうなることを願うばかりです。
2008年3月6日木曜日
90年代末期のゲーム業界について
前回書いたプレイステーションソフトの「ダブルキャスト」をようやく一通りクリアしました。キャラクター原画は後藤圭二氏という、原作者以上に原作に近いアニメ画を作るという有名な人で、今作でもキャラの書き分けがうまくなされていました。最近のギャルゲーなんか顔で区別つかないし。
ちなみに、この人が担当したアニメ作品は「幽々白書」、「機動戦艦ナデシコ」、「ゲートキーパーズ」などです。なぜか高知出身の知り合いがこの後藤圭二氏を知っていて、前にびっくりしたことがあったなぁ。
そのほかヒロインの声優は平松晶子氏で、この人はある特定のキャラのイメージが強いのですが、なかなかホラー色の強い今作のキャラをきちんと演じていました。ウィキペディアで見ても、このゲームのヒロインは「ヤンデレの典型」とまで書かれていますし。
と、簡単にレビューしましたが、この「ダブルキャスト」及び、士郎正宗も関わった「やるドラ」シリーズ、基本はサウンドノベルなのですがこれらが出たのは98年で、いわゆるゲーム業界最盛期です。この業界はこの年をピークに年々規模が小さくなり、現在はかつてのようにゲーム会社が乱立することなく、合併や倒産が続き、RPGの代表格を作っていたスクウェアとエニックスも現在では同じ会社です。
このほか98年には、「ファイナルファンタジー8」、「パラサイト・イヴ」、「バイオハザード2」と人気タイトルも多く、名実ともにゲームが華やかなりし時代でした。
この時代について個人で勝手に分析しているのですが、一言で言うとCGとアニメ画が混在していた時代だと思います。まず前者のCGですが、この時期辺りからソフト開発で3Dの使用が主流になり始めてきました。先ほどに挙げたタイトルなどはどれもふんだんに高画質のCGを取り入れて注目されたタイトルですし、実際にこれ以後の現在はCG、というより3Dがゲームの基本とすらなっています。あのパワプロだってそうなんだし。
その一方でこの時代は、今回私がやったような2D画のゲームが消え始めた時代でもありました。サターン、プレイステーションが出始めた頃はまだ3Dのソフト開発環境がよくなかったのもあり、デジタルコミックともとられかねないような画像をよくつかったゲームが多かったのですが、この頃になるとそれも下火になっていました。そういう意味では、この時代が2Dゲームのいわゆる終末期にあたり、それなりに質のよいのも結構あった気がします。というより、最近はこの手のゲームってないしな。
聞くところによると現在では開発環境は逆転し、昔のように2Dとまではいかずとも、ドット絵を使ったゲームなどの方が開発に手間が掛かるようです。その手の専門のクリエイター(栗絵痛ーといきなり変換した)がいなくなり、また3Dならば開発を海外に下請けに出せるというのがその理由だそうです。
実を言うと、この背後でアニメ業界にもこの時期辺りから大きな変化が起こっています。それまではセル画を用いたアナログでアニメを作っていたのが、大体2000年に入ると大部分のところで最初からコンピューター上で絵を描いたり、編集したりするデジタル化が進み始めました。いわば、ゲーム業界でアニメ画が使われなくなってきた背景に、当のアニメ業界が影響しているのではないかと邪推し、今日のところはおしまいです。
ちなみに、この人が担当したアニメ作品は「幽々白書」、「機動戦艦ナデシコ」、「ゲートキーパーズ」などです。なぜか高知出身の知り合いがこの後藤圭二氏を知っていて、前にびっくりしたことがあったなぁ。
そのほかヒロインの声優は平松晶子氏で、この人はある特定のキャラのイメージが強いのですが、なかなかホラー色の強い今作のキャラをきちんと演じていました。ウィキペディアで見ても、このゲームのヒロインは「ヤンデレの典型」とまで書かれていますし。
と、簡単にレビューしましたが、この「ダブルキャスト」及び、士郎正宗も関わった「やるドラ」シリーズ、基本はサウンドノベルなのですがこれらが出たのは98年で、いわゆるゲーム業界最盛期です。この業界はこの年をピークに年々規模が小さくなり、現在はかつてのようにゲーム会社が乱立することなく、合併や倒産が続き、RPGの代表格を作っていたスクウェアとエニックスも現在では同じ会社です。
このほか98年には、「ファイナルファンタジー8」、「パラサイト・イヴ」、「バイオハザード2」と人気タイトルも多く、名実ともにゲームが華やかなりし時代でした。
この時代について個人で勝手に分析しているのですが、一言で言うとCGとアニメ画が混在していた時代だと思います。まず前者のCGですが、この時期辺りからソフト開発で3Dの使用が主流になり始めてきました。先ほどに挙げたタイトルなどはどれもふんだんに高画質のCGを取り入れて注目されたタイトルですし、実際にこれ以後の現在はCG、というより3Dがゲームの基本とすらなっています。あのパワプロだってそうなんだし。
その一方でこの時代は、今回私がやったような2D画のゲームが消え始めた時代でもありました。サターン、プレイステーションが出始めた頃はまだ3Dのソフト開発環境がよくなかったのもあり、デジタルコミックともとられかねないような画像をよくつかったゲームが多かったのですが、この頃になるとそれも下火になっていました。そういう意味では、この時代が2Dゲームのいわゆる終末期にあたり、それなりに質のよいのも結構あった気がします。というより、最近はこの手のゲームってないしな。
聞くところによると現在では開発環境は逆転し、昔のように2Dとまではいかずとも、ドット絵を使ったゲームなどの方が開発に手間が掛かるようです。その手の専門のクリエイター(栗絵痛ーといきなり変換した)がいなくなり、また3Dならば開発を海外に下請けに出せるというのがその理由だそうです。
実を言うと、この背後でアニメ業界にもこの時期辺りから大きな変化が起こっています。それまではセル画を用いたアナログでアニメを作っていたのが、大体2000年に入ると大部分のところで最初からコンピューター上で絵を描いたり、編集したりするデジタル化が進み始めました。いわば、ゲーム業界でアニメ画が使われなくなってきた背景に、当のアニメ業界が影響しているのではないかと邪推し、今日のところはおしまいです。
2008年3月5日水曜日
数字にまつわるエトセトラ
今日はちょっと息抜きに、各国ごとに数字に関する話をまとめようと思います。
まず数字とくれば忌み数とも言うべき、使用を避けられるような嫌われる数字というのがどこにでも存在します。日本の場合だとこれに真っ先に来るのは4で、これは音が「死」と一緒だからだと言われています。実はもう一つ、中国も4が忌み嫌われていて、理由も日本と同じく「死」と同じ発音、「スー」だからです。このスーは「四暗刻」や「四星球」の四の部分の発音です。
このほか日本だと、9も「苦しい」という言葉に近いことから嫌われており、二つあわせた49などはなかなか好んで使う人はいませんね。
では西洋世界ではどうでしょうか。最近は日本などでも西洋化の影響で同じくしますが、西洋ではやはり13が嫌われているようです。その理由も諸説あり、キリストが処刑されたのが13日の金曜日だったからだとか、キリストの十三使徒がうんたらかんたらとかありますが、多分これらは根も葉もないうわさだと思います。というのも、キリスト教の中では666は悪魔の数字ということから6という数字がまず嫌われており、先ほどの13にまつわるエピソードもオカルトの領域を出ていません。
ではなぜ13が嫌われるようになったのかというと、まず考えられるのはホラー映画の「13日の金曜日」の影響という説があります。これは確かに一般に大きく広めたという意味では当たりですが、そもそもなぜジェイソンが13日と関わるようになったかが疑問です。
実はこの13、白人世界ではなくてネイティブアメリカンの世界で忌み数であったと言われています。彼らの昔からの伝承で、13人が一緒に長いすに座るとみんな死んでしまうといった、13がよくない数字だというエピソードが数多いといわれ、それが殖民してきた白人層に広がったのが元じゃないかと言われています。実際に私自身もアメリカ人に聞いてみましたが、この話のことを知っていました。
と、ここまで忌み数について話してきましたが、今度は逆に好まれる数字についてもまとめておきます。まず、ここでも日本と西洋世界では7が最も好まれていますが、これの起源はよくわからないのですが、一般に言われているのは「ラッキー7だから」というのですが、これじゃ意味がわかりません。
この辺で私が詳しいのは中国で、向こうでは基本的に偶数がよいとされて、先の7は逆に忌み数として嫌われている方です。その逆にいいとされているのは6とか9で、これはそれぞれの発音が「留」と「久」という「長く続く」というような意味の言葉と一緒だからです。またもう一つ、8という数字も金離れがいい状態を表すとして非常に好まれています。ちょっと日本人からすると「金離れがいい?」とくるかもしれませんが、向こうではお金を使えば使うほどがいいという価値観があります。逆に日本人はお金は貯蓄する方がいい価値観なので、ちょっとこの辺は相容れないでしょうね。
このように中国語は発音が同じ言葉が多いため、数字の発音でそのまま文章にすら近い発音になることが多々あります。たとえば519という数字は「我要久」といって、「長生きしたい」というような意味の文章と発音が近いことから非常に好まれています。逆に514だと、察しのいい人ならわかると思いますが、「我要死」といって、「死にたい……」という意味の言葉になるので嫌われています。
実は以前に北京市にある軍関係の病院で名前が「514番解放軍病院」というのがあって、近隣住民総出で名づけた奴は馬鹿だと言っていたそうです。さすがにもう名前は変えましたが、今でもタクシー運転手によればわかる人もいるそうです。
このように数字のイメージは国によって千差万別ですが、自分が一番好きな数字は日本人らしくなく実は4です。これは誕生月であるというのもありますが、それ以上に「死を恐れない」という意味合いで好んでこの数字を使うことが多いです。
まず数字とくれば忌み数とも言うべき、使用を避けられるような嫌われる数字というのがどこにでも存在します。日本の場合だとこれに真っ先に来るのは4で、これは音が「死」と一緒だからだと言われています。実はもう一つ、中国も4が忌み嫌われていて、理由も日本と同じく「死」と同じ発音、「スー」だからです。このスーは「四暗刻」や「四星球」の四の部分の発音です。
このほか日本だと、9も「苦しい」という言葉に近いことから嫌われており、二つあわせた49などはなかなか好んで使う人はいませんね。
では西洋世界ではどうでしょうか。最近は日本などでも西洋化の影響で同じくしますが、西洋ではやはり13が嫌われているようです。その理由も諸説あり、キリストが処刑されたのが13日の金曜日だったからだとか、キリストの十三使徒がうんたらかんたらとかありますが、多分これらは根も葉もないうわさだと思います。というのも、キリスト教の中では666は悪魔の数字ということから6という数字がまず嫌われており、先ほどの13にまつわるエピソードもオカルトの領域を出ていません。
ではなぜ13が嫌われるようになったのかというと、まず考えられるのはホラー映画の「13日の金曜日」の影響という説があります。これは確かに一般に大きく広めたという意味では当たりですが、そもそもなぜジェイソンが13日と関わるようになったかが疑問です。
実はこの13、白人世界ではなくてネイティブアメリカンの世界で忌み数であったと言われています。彼らの昔からの伝承で、13人が一緒に長いすに座るとみんな死んでしまうといった、13がよくない数字だというエピソードが数多いといわれ、それが殖民してきた白人層に広がったのが元じゃないかと言われています。実際に私自身もアメリカ人に聞いてみましたが、この話のことを知っていました。
と、ここまで忌み数について話してきましたが、今度は逆に好まれる数字についてもまとめておきます。まず、ここでも日本と西洋世界では7が最も好まれていますが、これの起源はよくわからないのですが、一般に言われているのは「ラッキー7だから」というのですが、これじゃ意味がわかりません。
この辺で私が詳しいのは中国で、向こうでは基本的に偶数がよいとされて、先の7は逆に忌み数として嫌われている方です。その逆にいいとされているのは6とか9で、これはそれぞれの発音が「留」と「久」という「長く続く」というような意味の言葉と一緒だからです。またもう一つ、8という数字も金離れがいい状態を表すとして非常に好まれています。ちょっと日本人からすると「金離れがいい?」とくるかもしれませんが、向こうではお金を使えば使うほどがいいという価値観があります。逆に日本人はお金は貯蓄する方がいい価値観なので、ちょっとこの辺は相容れないでしょうね。
このように中国語は発音が同じ言葉が多いため、数字の発音でそのまま文章にすら近い発音になることが多々あります。たとえば519という数字は「我要久」といって、「長生きしたい」というような意味の文章と発音が近いことから非常に好まれています。逆に514だと、察しのいい人ならわかると思いますが、「我要死」といって、「死にたい……」という意味の言葉になるので嫌われています。
実は以前に北京市にある軍関係の病院で名前が「514番解放軍病院」というのがあって、近隣住民総出で名づけた奴は馬鹿だと言っていたそうです。さすがにもう名前は変えましたが、今でもタクシー運転手によればわかる人もいるそうです。
このように数字のイメージは国によって千差万別ですが、自分が一番好きな数字は日本人らしくなく実は4です。これは誕生月であるというのもありますが、それ以上に「死を恐れない」という意味合いで好んでこの数字を使うことが多いです。
2008年3月4日火曜日
武田騎馬軍団なんて存在しない?
今回の内容は以前から考えていたないようですが、調べてみるとどうやら他の人とかも結構主張していました。自分だけ特別じゃないんだね( ・A・)
で、その肝心の内容ですが、武田騎馬軍団ってのは実は嘘なんじゃないのかというのが私の意見です。一般に、武田信玄率いる武田騎馬軍団は戦国時代最強の軍団と呼ばれていてそれが日本人の常識にもなっていますが、よくよく検証してみると、微妙につじつまの合わないことが多く出てきます。
まず単純に、武田家の本拠地である甲斐、今の山梨県から長野県に当たる地域ですが、この辺りは傍目にも山地しかない地域で、今以上に当時は森林が生い茂っていることを考えると、騎馬隊の突撃などとてもかませないような急峻な傾斜地です。一般に、騎馬隊というのは平地でもってその力が発揮されます。平地を高い機動力を以って敵軍に回り込んで一撃を与える、もしくは体重の乗った重装騎馬隊で突撃を行うなどの戦術で、この点から言うと日本で騎馬隊の運用に最も適しているのは実は関東平野で、その真逆なのがまさに信玄のいた地域となるのです。
実際に、ゲームの信長の野望では関東地方の武将達の騎馬能力が割りと高く設定されています。で実際に、関東で騎馬隊を使うと実に面白いくらいに敵に勝てるの何の。まぁこのゲーム、山でもやけに馬は速いけどね。
確かに、甲斐は当時から馬の産地として有名だったようですが、以上の理由から私自身は武田騎馬軍団は講談での存在、つまり嘘だったんじゃないかと思います。それでてっきり、この偽話の元は武田家のデマを現代に至るまで数多く量産している江戸時代のトンデモ本「甲陽軍鑑」から来ているんじゃないかとも思いましたが、なんでも、この「甲陽軍鑑」にも武田騎馬軍団の記述は一切ないらしいのです。だとすると、いつ、どのようにこのデマが蔓延するようになったのか、多少なりとも気になります。
私が思うに、武田家は確かに馬を数多く運用していたのではないかと思います。というのも、軍隊というのは兵員の移動以上補給物資の移動速度の方が重要になってきます。どれだけ兵員が早く移動できるとしても、補給物資がそれに追いつかなければ結局軍隊は維持できず、必然的に兵糧や武具などの重いものをどれだけ早く運べるかが、軍隊の移動速度につながることになります。
なので武田家は兵員が騎馬に乗っていたのではなく、補給隊が馬を使っていたのではないかと思います。無論これだけでも軍隊の移動速度は飛躍的に上がり、結果的に強さは跳ね上がります。またこの説を支持する史実として、実際に武田信玄は軍道の整備に手をかけており、補給を重視していたとも取れる話があります。恐らくはこのような馬を多く運用したという話が曲解され、武田騎馬軍団というフィクションが作られたのではないかと思います。
で、その肝心の内容ですが、武田騎馬軍団ってのは実は嘘なんじゃないのかというのが私の意見です。一般に、武田信玄率いる武田騎馬軍団は戦国時代最強の軍団と呼ばれていてそれが日本人の常識にもなっていますが、よくよく検証してみると、微妙につじつまの合わないことが多く出てきます。
まず単純に、武田家の本拠地である甲斐、今の山梨県から長野県に当たる地域ですが、この辺りは傍目にも山地しかない地域で、今以上に当時は森林が生い茂っていることを考えると、騎馬隊の突撃などとてもかませないような急峻な傾斜地です。一般に、騎馬隊というのは平地でもってその力が発揮されます。平地を高い機動力を以って敵軍に回り込んで一撃を与える、もしくは体重の乗った重装騎馬隊で突撃を行うなどの戦術で、この点から言うと日本で騎馬隊の運用に最も適しているのは実は関東平野で、その真逆なのがまさに信玄のいた地域となるのです。
実際に、ゲームの信長の野望では関東地方の武将達の騎馬能力が割りと高く設定されています。で実際に、関東で騎馬隊を使うと実に面白いくらいに敵に勝てるの何の。まぁこのゲーム、山でもやけに馬は速いけどね。
確かに、甲斐は当時から馬の産地として有名だったようですが、以上の理由から私自身は武田騎馬軍団は講談での存在、つまり嘘だったんじゃないかと思います。それでてっきり、この偽話の元は武田家のデマを現代に至るまで数多く量産している江戸時代のトンデモ本「甲陽軍鑑」から来ているんじゃないかとも思いましたが、なんでも、この「甲陽軍鑑」にも武田騎馬軍団の記述は一切ないらしいのです。だとすると、いつ、どのようにこのデマが蔓延するようになったのか、多少なりとも気になります。
私が思うに、武田家は確かに馬を数多く運用していたのではないかと思います。というのも、軍隊というのは兵員の移動以上補給物資の移動速度の方が重要になってきます。どれだけ兵員が早く移動できるとしても、補給物資がそれに追いつかなければ結局軍隊は維持できず、必然的に兵糧や武具などの重いものをどれだけ早く運べるかが、軍隊の移動速度につながることになります。
なので武田家は兵員が騎馬に乗っていたのではなく、補給隊が馬を使っていたのではないかと思います。無論これだけでも軍隊の移動速度は飛躍的に上がり、結果的に強さは跳ね上がります。またこの説を支持する史実として、実際に武田信玄は軍道の整備に手をかけており、補給を重視していたとも取れる話があります。恐らくはこのような馬を多く運用したという話が曲解され、武田騎馬軍団というフィクションが作られたのではないかと思います。
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