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2009年1月23日金曜日

失われた十年とは~最終回、この時代に変化したもの~

 とうとうこの連載も最終回です。本当は一ヶ月以内に終わらせるつもりだったのに途中で中だるみして、気がついたら三ヶ月も長々と書く羽目となりました。
 自分で言うのもなんですが、連載全体で見るとあまりないようにまとまりがなくあまりいい連載記事だとは思いませんが、元々この連載自体この失われた十年について「言われてみると思い出すけど、ぱっと出てこない記憶」を呼び覚まし、あの時代は具体的になんだったのかを読者の方に考えてもらう機会を作る思いで書いてあり、そのため記事の内容も個々のトピックに絞ったものになったためにまとまりがなくなったというのはまぁ自然の成り行きかと思います。

 なおこの時代に起きた大きな変化でありながら敢えて取り上げなかった項目に、「インターネットの発達」があります。何故取り上げなかったかというと、一つにこのIT革命による社会変化については解説本が数多く出ていること、二つにもしこれをやろうとしたら膨大な量の記事をこの項目に割かなければいけないことが予想されたため、やるんだったらあまり他の人が取り上げないことを取り上げようとして敬遠することにしました。書き終わった現在の段階で、やっぱりその判断は正しかった気がします。

 それでこの記事は前々回にボーナスステージと書いただけあり、この時代で変化したものを思いつく限りリストアップしようと思います。案外こういうリストって見ないので、そこそこいいものになる自信はあります。なおあらかじめ断っておきますが、個々でリストするものは私の主観で当てはまるもので、決して絶対的なものではありません。
 それではまず、前回の記事で書いた権威が変化したものを挙げると、

  権威が失墜したもの
・護憲派 ・左翼政党 ・医師 ・警察 ・教師 ・官僚 ・マスコミ ・自動車 ・初等教育 ・大学生 ・銀行 ・松下

  権威が向上したもの
・自衛隊 ・改憲派 ・地方公務員 ・独身 ・メーカー ・ソニー

 少し解説しておくと、自衛隊が阪神大震災によって大きく見方が変わったことにより憲法意識が球九条維持ではありながらも自衛隊の存在認定に国民の多数派が賛同するようになったのは非常に大きな変化でしょう。あと教育問題で初等教育が大きく信用を損ない、大学生も遊んでばかりと言われるようになり、自動車については「持っているとモテる」から「持っていると金がかかる」に変わったことを反映させました。最後の松下とソニーについては当時の家電業界の勢いです。90年代末期は本当にソニーの時代だったし。

 さてこうした権威関係に対し、今度は各項目ごとに失われた十年の以前と以後で変化したものをリストアップして見ます。

・社会指標:学歴社会→職歴社会
・雇用制度:終身雇用→中途半端な流動化
・アニメの対象視聴者層:子供→大人
・日本人は:集団主義(フェミニズム)→個人主義(自己責任)
・小売業:ダイエー→イオン
・治安:安全→危険
・死刑は今後:廃立→維持
・経済学の潮流:ケインズ(介入主義)→フリードマン(自由主義)
  若者は……
・政治姿勢:左翼的→右翼的
・物事に:情熱的→しらけ気味
・会社では:出世したい→責任忌避
・雇用は:正社員→フリーターが増加
・娯楽は:スキー→インターネット
・女性は:おとなしい→たくましい

 最後のはちょっと冗談入ってます。ただ女性の社会進出は以前と以後で全然変わってきており、なおかつ私の目から見ても最近の女性はとてもたくましく見えます。
 とまぁ、ちょっと考えて思いつくものは大体こんなもんです。十年という長い間とはいえ、やっぱりいろいろ変わっているんだなぁと思います。

 最後に対象とした失われた十年の期間から現在でもう五年以上経っていますが、あの時に日本人が必死で投げ捨てた「経済大国」や「安全と平和」といった概念のかわりに何が入ってきたか、どんなものが概念として確立されているのかというと、実はまだ全然確立できていないのではないかと私は思います。まずそれまでの終身雇用制にかわって入ってきた成果主義ですが、これについては現在反動が強く起きており、日本人にはやはり合わないといった反発が生まれてきていますし、また国際社会に対しても今後日本はどのような国としてやっていこうかという意識が生まれていませんし、個人の生き方に対しても家族を大事にするのか会社を大事にするのか、はたまた自分自身を大事にしていくのかどうもまだ中途半端で足を引っ張り合っている状態のような気がします。

 こうした動きに対して藤原正彦氏のように、武士道を復活させて日本人としての文化と教養を誇りにするべきという新たな概念を提唱するものもいますが、こうした動きはどうにもまだ確立できていません。
 しかし逆転した発想で言うと、この時代を貫いても変わらなかった日本人の概念は何かといったら、一つの例として天皇制への意識が挙がってきます。かつてマッカーサーらGHQも日本人は天皇制において不動だと分析しており、他の概念ががたがたになっておきながら天皇は象徴でいいという意識だけはビクともしませんでした。
 別に今しばらくは天皇制を軸にせよというわけじゃありませんが、もし天皇制がなかったらあの時どうなっていたのかと思うあたり、自分も日本人なんだなぁと思います。

 この失った概念のかわりに何を柱に立てるかですが、友人などはこの際徹底的に日本人は個人主義に走るべきだと主張していますが、私としてはちょっと古い人間ということもありかつて程ではないにしろもうすこし集団主義を強化するべきなのではないかと思います。まぁこの手の議論はやりだすと長くなるのでまた別の記事でやりますが、とにもかくにもようやくこれで連載終了です。また補足があれば追加しますが、ひとまずこの時代については書きたいことは書ききることが出来てほっとします。

失われた十年とは~その二三、権威の失墜~

 次で終わりと言って結論まで書いておきながら、書きそびれていた内容があったのでぱぱっと書いちゃいます。
 まず前回に書いた結論ですが、私はあの失われた十年は前提としてノストラダムスの予言から来る漠然とした終末思想のようなものが薄く広く日本人の中にあり、そして実際に阪神大震災やオウム事件といった社会を震撼させる事件が起きただけでなくこれまで上昇一辺倒だった日本経済が大きく傾いたことにより、今までの概念を捨てなければこれからについていけない、今のままじゃ駄目だという意識が強まったために、とにかく以前の意識や概念とみなされるものを片っ端から捨てていき、さらにそれら以前の概念を否定するものほど新たな概念として迎え入れようと躍起になるという、一種のモラルパニックが起きていたのではないかというのが私の結論です。

 私がこの結論にたどり着くためにまず最初に「経済大国」という自負のあった経済力の崩壊の過程から書き始め、そのあとなんだかわけのわからないものが流行りだしたということを紹介し、社会を震撼させる大事件が起きるに至ってそれまでの概念が崩壊するに至ったという風にこの連載を進めてきました。実はこの過程で一つ抜けていたのが、今回の題となっている「権威の失墜」に当たる箇所です。具体的にどの箇所になるかと言うと、「社会を震撼させる大事件」とほぼ同時期にこれが来て、年代的には大体97~99年くらいの間です。

 では具体的にどんな権威が失墜したのかと言うと、十二回目に「左翼の失墜」で説明したように左翼政党を始めとして、警察、医師、教師、官僚、マスコミなどと、それまで強い権威を持っていた集団がこの時期に一挙にその権威を落としてしまっています。
 一つ一つ説明していくとまず警察ですが、これは新潟県警神奈川県警で起きた警察内部の不祥事に始まり、桶川ストーカー殺人事件栃木リンチ殺人事件、そしてこれは私も過去に取り上げた松本サリン事件での河野義行氏の例などと、ありありとわかるほどの警察の捜査怠慢が次々と明るみに出たことによります。我ながら、よくもこんなに細かい例を覚えているもんだ。

 次に医師ですが、先ほどの警察と比べてこれは本当に極一部で行われてしまった問題行動がマスコミによって過大に取り上げられ過ぎていわば無理やりに権威を落とされてしまっただけで、前の警察については確かに問題があるもののこちらの医師については私は非常に同情します。で、そのきっかけとなったのは東京女子医科大学で起きた医療事故で、この事件を皮切りに、現場で頑張っている医師はおざなりにされてマスコミから激しい取材バッシングが行われてしまいました。

 でもって今度は教師。これは教育問題が表面化していくとともに一時期流行った(?)教師の盗撮事件がきっかけだと思います。まぁ教師についてはそれまで問題のある教師をほっといたのが最大の原因だろうけど。
 そして官僚ですが、こちらは決定的に権威を失墜させたのがあの厚生省の「薬害エイズ事件」と大蔵省で起きた「ノーパンしゃぶしゃぶ」で有名な「官官接待事件」が原因で、社会保険庁の問題などでこちらは現在進行で駄目になっていってます。

 最後が、これまた結構皮肉ですが散々よその権威を落としていったマスコミも、決定的に権威が駄目になるのは失われた十年の後からですがこの間ではオウム真理教による「坂本弁護士一家殺人事件」のきっかけとなった「TBSビデオ問題」が明らかになり、その後も私が先ほどの河野義行氏のリンクに張った自分の記事でも書いているように報道被害について世間の理解が進んだことにより、徐々に権威を落としていきました。
 あとこれは蛇足かもしれませんが、それまで嘘八百並び立てても売れれば許された芸能関係のゴシップ記事も、この時期くらいから段々と報道される芸能人らに損害賠償請求が行われて敗訴するようになり、徐々に勢いをなくしていきました。なおそういった動きが起きた初期に元巨人のプロ野球選手である清原選手が根拠のない記事を書かれたとして週刊誌を訴え見事に勝訴しましたが、その際に提訴される記事を書いたのはあの永田の偽メールを書いた人物だと以前に聞いたことがあります。問題のある人間はいつまでたっても問題があり続けますね。

 一気にまくし立てて書きましたがここで私が何を言いたいのかと言うと、こうしたそれまで尊敬と羨望のまなざしをもたれていた職業や集団が次々と不祥事を起こした挙句に権威を落としたことが、「このままじゃ駄目なんだ」というようなモラルパニックを助長させた一因になっているのではないかということです。
 この時期に権威を失った集団は医師を除けば未だにその権威を回復しているとはとても言い切れない状態で、中には官僚のように余計に信用を落としているのまでいます。そのせいか以前に後輩から、「今の時代、何を信じていけばいいんでしょうか」と聞かれたことがありましたが、その後輩の気持ちもわからないでもありません。なおその際には、「難しいかもしれないけど、自分で考えて行動するしかない。そのせいで不利益を被ることとなってもね」と、ちょっと厳しいことを言ってあげたのをよく覚えています。実際、今権威ある集団や職業って何なのかといったらピンと来ないですね。

 そういうことで、今度こそ最終回です。それにしても、この記事はウィキペディアのリンクのオンパレードですね。とてもウィキには足を向いて眠れない。

2009年1月22日木曜日

失われた十年とは~その二二、モラルパニック~

 とうとう結論部です。思えばここまで長かったもんだ。
 それでいきなり結論ですが、私がこの連載の最初の記事にて、「私はこの失われた十年とはモラルパニックの十年と言い換えられる」と言ったように、この時代に日本は一種のモラルパニックが起こっていたのではないかと言いたいのです。そもそもこの「モラルパニック」というのは一体どういう意味の語なのかですが、リンクに貼ったウィキペディアの記事に書いてあるのがきちんとした定義だと、どうも私の言いたい意味とは少し違うような気がします。実を言うとこのモラルパニックという言葉自体を私はあんまりよくわかっていないのに、何故だかこの失われた十年を考えた際にひょいと私の頭に浮かんできたから使っているだけで、実際の意味とは少し隔たりがあるのも当然かもしれません。なんで浮かんできたのかって言うと、そりゃやっぱ「私のゴーストが囁くのよ」としか言えないのですが。

 それで具体的な私の定義こと失われた十年についての見解を述べると、それまで戦後一貫して歩んできた高度経済成長の下で作られた、出来上がった日本人の概念というものが一挙に崩壊、または否定されて、根本からとまでは言いませんが様々な概念が引っくり返された時代なのではないかと思います。
 まずこの時期にひっくり返った概念で最も代表的なのは、日本は経済大国だという自信と誇りです。バブル崩壊以後の長期不況と就職氷河期によって、「一生懸命働けば必ず報われる」というような、もっと言うなら残業した分だけ報酬がもらえる、期待できるというような概念が崩壊したため、今もなお労働の意義や価値については迷走を続けております。更には就職氷河期の影響を受けて、それまでの「いい大学からいい就職先で定年まで一直線に一安心」という規定されたエリートコースも大きく変わって雇用の流動化が起こっています。

 そしてもう一つの大きな概念の変化がちょっと前まで書いていた治安への意識です。「水と安全はタダの国」と言われてきた日本ですが、度重なる大規模災害や犯罪事件によってすっかりこの意識は低下し、ひいては「日本は国際平和のためにある」というような意識にも影響を及ぼしたのではないかと思います。
 なにもこれらの基本的な概念に限らず、細かいところでも十年の間とはいえいろいろ変わっており、その中には戦後一貫して持たれてきて発言することすら許されなかった改憲についての意識などもあり、こういった点から私は失われた十年は戦後初めて起きた大きな曲がり角に当たるのではないかと考えるのです。

 では何故このような意識の変化が起きたかですが、一つの契機はバブル崩壊です。しかしこれ自体はまだそれほど日本人の意識に強い影響を与えませんでしたが、その後延々と不況が続いただけでなく、阪神大震災やオウム事件など社会を揺るがす大事件が連続しておき、97年の山一證券破綻によってこれまでの日本はもう別物なのだという風に強く意識されたのではないかと思います。

 その結果何が起きたかと言うと、ここからが一番私が伝えたい内容ですが、私が思うに当時の日本はそれこそ明治の頃の廃仏毀釈のように、以前から持っていた概念をとにかく捨てなければ、という風に社会全体で躍起になっていたのではないかと思います。
 過程はこうです。それまで日本は戦後一貫として固定した概念を持って成長し続けそれに対して強い自信と自負がありましたが、長引く不況や社会不安によって今起きている問題の原因はそれらの固定した概念だと考え、それらはもう古い、使えないといったように意識するようになり、本当にそれまでの概念が正しいのか間違っているのか、効率的なのか非効率なのかというようなことを考えずただ単に、「それまで持っていた概念だから」という理由でひたすら投げ捨てようとしたばかりか、それらの以前からの概念と対極を為す概念、それこそ経済概念だと欧米を中途半端に真似た成果主義のようなものを好んで取り入れるようになっていったのではないかという具合です。逆を言えば、それまでの概念を否定するものなら何も考えずにどんどんと取り入れようとした節すらあるのではないかと思います。

 この例で一番代表的なものは今挙げた成果主義で、そのほかには憲法意識、そして一番大きいものはそれまでの概念をすべて覆して破壊して見せると主張して誕生した小泉政権でしょう。このように過去を断絶させるものにこそ未来があると日本人は考えたのではないかと思い、その一方でそれまでの概念を捨てたものの代わりの概念が今しばらくないため、よくわからないオカルトや文物がヒットしたりしたのではないかとも考えられます。
 そしてもう一つ大きく変化したものとして、先が見えない、わからないと強く認識することによって、人生とか生き方に対して刹那的になっていったようにも思えます。未来をどうするかよりも現在をどうするかに強く意識が向かうようになり、女子高生の援助交際が大きく取り上げられたり変な小説が芥川賞に選ばれたりとしたのではないかと思います。更に言えばこれは「カーニヴァル化する社会」の作者の鈴木謙介氏が言っていたことですが、現代に至ると「以前までの自分とはもう関係がない」というように、過去と現在にも意識の断絶が起きているのではないかという主張もあります。

 あまり自分でもまとめていないのでわかりにくい記事となっていますが、改めて要約して述べると、要するに失われた十年によって日本人は社会不安を感じ、なんだかよくわからないけど今のままじゃ駄目なんだとばかりに自己否定をやりだした、というのが私の意見で、その自己否定こそがモラルパニックなのではないかということです。
 もう何度も変わった変わったと言っていますが、この失われた十年における日本人の意識変化は戦後としては大きな変化ではあるものの、60年前の戦前から戦後への変化に比べればちっぽけなものだと私は思います。それでも一つの歴史の曲がり角としては捉えてもよいのではないかということで、このようなわけのわからない考えを連載記事にまとめたというわけです。

 これにてこの連載の主要な解説は終えますが、明日はボーナスステージとばかりにじゃあ一体どんなものが変化したのかを一覧にしてみようと思います。ゲームの「サイレン」も終わっているので後顧の憂いはないし……何気にここ二週間は「サイレン」がやりたくてしょうがなくてブログを書く時間とどう区切るかでやきもきしてました。

「サイレン」完全クリア

 前の記事にも書きましたが、ようやくあの「サイレン」というゲームをクリアしました。なんというか終わってみて、凄い虚脱感があります。久々に短期間にはまったゲームなのでそういう風な気になるのだと思いますが、それにしても古今稀に見る恐いゲームでした。操作性が悪いのも恐さを増していると思いますが、それ以上に敵に対して一切反撃が出来ず、見つかったらもうやられるだけという内容は非常によく出来ています。

 このゲームで何が一番よかったかといえば、やっぱりよく練られたシナリオと設定でしょう。この辺は他のホームページでもよく書かれていますが、複雑な人間関係と一見すると何のつながりも見えないループ性は申し分のない出来です。ただ「サイレン2」の方はあまりシナリオもよくなく、そんなに恐くないっていうんで現時点であまりやる気はおきませんね。

 折角だし、また余裕が出来たらサイレンを含む、アドベンチャーゲームのレビューでも書こうかな。サウンドのベルは大抵やりこんでいるし。

2009年1月21日水曜日

琴電のことちゃんについて

 日本でいわゆる「ゆるキャラ」という言葉が定着したのは2006年で、あの彦根城百年祭のひこにゃんが大ブレイクしてからだと私は思います。その後それこそ全国で、果てには法務省まで「裁判インコ」というのを鳩山法務大臣自ら着ぐるみを着るまで日本では持てはやされていますが、そんな数あるゆるキャラの中で何が一番好きかと問われるなら、私は迷うことなく琴電こと琴平電鉄の「ことちゃん」を挙げます。そのことちゃんって誰かと言うと、


 これです。

 なんかいい具合の画像が琴電のホームページになかったので、琴電が出している磁気乗車券の「IruCa」から引っ張ってきましたが検索をかければいろんな画像を出しているサイトもあるので、是非「琴電 ことちゃん」で検索をかけてみてください。

 まずそもそも琴電自体なんなのかという人もいるかもしれないので説明しますが、琴電こと琴平電鉄は四国香川県で運営される電車、バス、タクシーすべての交通機関で業務を行っている交通会社のことです。この会社は一度民事再生法の元で倒産しているのですが地元企業の応援もあり再建活動を行い、現在もなお高松市内を中心に観光地の金毘羅山と結ぶ路線で運行されています。
 このことちゃん自体もそうした再建計画の下で作られたキャラクターですが、私とことちゃんの出会いはまさに突然でした。

 今から約二年前、私の祖父が私の家系は元々宇和島藩(現愛媛県宇和島市)の藩士だったということを聞き、一つ自分のルーツの地を辿るついでに四国を旅行しようと思い立ちました。それでまず大阪から宇和島市へ夜行バスで行き、宇和島市を見て周った後にそのまま京都へ向かうルートで香川に立ち寄りました。実は香川の志度市は前にも書いた平賀源内の故郷ということもあり子供の頃から尋ねてみたかった地だったので、現地にてアクセス情報を収集しているとこの志度と金毘羅山を結ぶ路線に「琴電」があるのに気がつき、物は試しと琴電の駅に向かった時でした。

「ええやん、これ」

 多分知っている人はわかるでしょうが、本当にこの琴電の駅はことちゃん一色です。冗談に思うかもしれませんけど駅のゴミ箱から車両の外装、内装、果てには駅前のタクシーとかバスにまでことちゃんのイラストが描かれています。車内の中吊りも年末年始の忘年会向け特別ダイヤの知らせにもことちゃんがかかれており、駅でグッズも売っているというので当時は買えませんでしたが、後で通販でことちゃんマグネットを購入するほど一気にハマりました。

 それ以降私は四国に行ったことはありませんが、今でも折に触れてあのことちゃん一色の琴電の駅をよく思い出します。ゆるキャラとしていい味出していると思うから、もうちょっと人気が出てもいいと思うので、一つ私も紹介してみることにしました。

2009年1月20日火曜日

失われた十年とは~その二一、酒鬼薔薇事件~

 今回の題材とする事件は本来なら「神戸連続自動殺傷事件」とするべきでしょうが、私の仲間内で使っている呼び方から「酒鬼薔薇事件」と表することにします。事件の詳細についてはここでは特に解説せず、この連載の本来の目的の社会に与えた影響についてのみ考察しようと思います。

 結論から言えば私は、この事件こそが当時の日本社会が持っていた概念を最終的に崩壊させるに至らせた、言わば止めのような役割を果たした事件だと考えております。まず時期こそこの事件の後ではあるものの、同じ97年に山一證券が破綻したことによってそれまで日本人の自尊心の拠り所であった「経済大国」という意識が崩れたということはこの連載の最初の方で述べました。ではこの酒鬼薔薇事件で何が崩れたかというと、それは「平和」こと「安全神話」です。

 やっぱり2009年になった今に考えてみると昔はよく日本は「水と安全はタダの国」と言われていましたが、どうもここ数年はこのフレーズは全く聞かなくなったように思えます。では一体いつくらいから聞かなくなったかと言うと、95年のオウム事件でもすでに相当この概念は揺るがされてはいましたが、やはり徹底的に覆されたのではこの酒鬼薔薇事件からではないかという気がします。

 この事件はその猟奇性もさることながら犯人が中学生だったこともあり、事件解決後には少年法の厳罰化など様々な方面に大きな影響とショックを与えました。特にその後の無差別殺傷犯罪については専門家や評論家は多かれ少なかれこの事件から影響を受けていると指摘しており、確か奥野秀司氏だったと思いますが去年に起きた秋葉原での通り魔事件はこの酒鬼薔薇事件を明らかに意識していると主張し、私もその説になんとなく納得してしまいます。97年からの直近でいえば翌年に起きた西鉄バスジャック事件などは私も明確に酒鬼薔薇事件が影響しているとしか思えないほど犯人の手段や行動に似ている点が多くあると思い、奥野氏が言うようにその後の犯罪者は皆酒鬼薔薇の背中を見ているという言葉には考えさせられてしまいます。
 なお当の酒鬼薔薇事件の犯人はオウム事件を見て、あれだけのことをしても犯人らはすぐに死刑にならないのかと思ったそうで、このように目立つ犯罪事件というのは悲しいことですが後の犯罪者に影響を与えてしまう傾向があるようです。

 話は戻りますがそれだけ社会に大きな影響を与え、それこそ事件発生当初は激しい報道合戦が繰り広げられ、以前に私が「犯罪被害者への報道被害について」の記事で書いたように事件に巻き込まれたがゆえに事件後にもさい悩まされる被害者を出してしまい、この問題が大きく取り上げられるきっかけにもなっています。
 そのほか犯人が中学生ということから教育についても当時あれこれ議論されましたが、思い返すとその時の議論はあまり価値あるものではなく、どちらかと言うとくだらないものだったように思えます。多分、その時に出た意見で実際に反映されたものも少ないでしょう。

 だがそれ以上にくだらなかったのは当時の評論家による犯人分析です。何故本来こんな犯罪を起こさないとされる中学生がこんな事件を起こしたのかという前提の元に、少年を殺人に駆り立てた原因を何かしら作ろうと躍起になっていました。これは現在の結論ですが事件を起こす以前から動物をやたらと殺していたように、犯人の少年は単純に殺害行為に対して喜びを感じる特殊な性癖があったゆえに起こした、言わば犯人自身の特殊性ゆえの事件という説が最も強くなっております。
 しかし中にはとんでもない主張をするものが多く特に社会学者の宮台真司に至っては、犯人が住んでいた街が整備され過ぎているがゆえにストレスなど吐き出す箇所がなかったことが原因だったという、あまりにもふざけた主張をしたことは未だに私は許すことが出来ません。普通に考えて、もし宮台の言う通りならば整備された街ではこの事件と類似した事件が起こっているはずですし。
 なおこの話を私の中学の国語教師が授業中に取り上げた際、宮台真司を知っているかという質問を教師がしたら私の友人一人だけが手を挙げてしまい、「あなたはちゃんと見ているのね」と誉められたそうですが、中途半端にクラスのさらし者になってしまったと友人は言ってました。

 正直、ここまで書いて非常に疲労しました。内容が内容だけに書いている側としてもどのように話をつなげればいいかでいろいろ戸惑いがあります。結論は先にも述べた通りにこの事件によって本格的に日本の安全神話が崩れたということで、これによって「経済」、「平和」、「安全」という戦後日本人の自尊心の拠り所であった三本柱のうち二本がみんな崩れてしまったのが97年だというのが私の主張です。ついでに言うと残った最後の「平和」も、98年の北朝鮮のテポドン発射事件によって崩れたとまでは行かないまでも大きく揺らいだように思えます。
 何度もいいますが、先ほどの三本柱は日本人の概念の中核をなすものでした。それらが揺らいだ、なくなったことによって日本人に何が起こったかと言うと、私がこの連載の第一回目に述べた「モラルパニック」が起きたのだと私は言いたいのです。次回はその辺の現象としてのモラルパニックを例を挙げつつ解説します。

 もうすぐこの連載も終われるなぁ(´Д`)フゥ

  補足
 コメントにて猟奇的な少年犯罪自体はこれ以前から数多くあり、この事件がマスコミに大きく騒がれたことによって日本人の概念が揺らいだのではないのかという指摘を受けましたが、まさにその通りだと私も考えています。統計上でも60年代や70年代の方が明らかに少年犯罪の発生件数は多かったにも関わらず、この事件が象徴的に扱われているのは当時のマスコミの過剰な報道によるものでしょう。結果的に治安に対する概念が揺らいだことに変わりはありませんが、主犯はマスコミだと言うことを改めて補足させていただきます。

2009年1月19日月曜日

ドラクエとファイナルファンタジーのⅢからⅣへの変遷

 頭痛を起こしたせいか、今日は微妙に気分が乗らないので軽い記事で流そうと思います。さすがに今の状態じゃ失われた十年の続きは書けないや。

 話のネタはドラゴンクエストとファイナルファンタジーについての話です。どちらも説明が要らないくらい日本でポピュラーなRPGゲームで、未だにシリーズが続いているという息の長いゴルゴ13もびっくりな長寿タイトルですが、この両シリーズの今に続くような原型が出来たのは何も初めからではありません。
 確かに両シリーズ共にシリーズ初タイトルのⅠの時点で相当な完成度を持っていたことは間違いありませんが、やはり両作品とも名実共にビッグタイトルとなって基本が完成したと言えるのはⅢからでしょう。

 ドラゴンクエストはⅢから「転職システム」が生まれ、また主だった呪文はこの時期に出来上がっていますし、またファイナルファンタジーでもその後のシリーズでシステム上大きな役割を担う「ジョブシステム」が完成し、また召喚魔法やジョブごとのアビリティもそれまでと比べて大きく幅を広げています。
 そうして基本が完成した両シリーズですが、奇しくもこのⅢからⅣに至る変遷が日本のRPG史上革命的かつ大きな変革が為されているのではないかと、何故か今日エクセルをいじりながら思いつきました。

 その大きな変革というのはもったいぶらずに言うと、キャラクターの個性化です。それまでドラクエもファイナルファンタジーも各キャラクターに明確な個性というものは存在せず、両シリーズとも使用キャラクターの名前は自由に選択でき、ⅢではドラクエⅢの勇者を除いて好きな職業に転職できたり、ファイナルファンタジーⅢに至ってはジョブチェンジをすることによって誰でもどんなものにでもなれました。
 もっとも例外的にファイナルファンタジーⅡはキャラクターごとに名前があり独自の設定が付与されていましたが、こっちはファイナルファンタジーというよりもサガシリーズの原型と言われており、実際にキャラクターの能力も戦闘時の行動次第で上下するという別な意味で自由なシステムでした。

 そんな両シリーズが大きく変革されたのがⅣからです。具体的にどのように変わったかと言うと、どちらも能力や職業、名前が固定された固有キャラクターが登場し、また明確な人格が付与されたことによってそれぞれが自分の言葉をゲーム中で話すようになった点です。ドラクエⅣではまだ主人公は自分からしゃべることはありませんでしたが、ファイナルファンタジーⅣの主人公のセシルはもうしゃべるの何の、ゴルベーザなんて「いいですとも」と、お昼のワイドショー張りなことを突然言い出すし。
 このキャラクターの個性化がどのような影響を与えたかと言うと、それまでは私はあまり詳しくないですがテーブルトークRPGのように使用キャラを敢えて没個性な設定を付してプレイヤーが感情移入しやすく作られていたのが、キャラクターが個性化することによってゲーム中で展開されるストーリーを、それこそ映画の観客のようにプレイヤーに強く見せるようになったと言えます。

 やっぱりファミコン時代から両シリーズをやりこんでいる私としても、昔は使用するキャラに自分を投影させて言わばゲームに参加するようにプレイしていたのが、いつしかキャラと自分は違った存在だと意識させられ、ゲーム中で展開されるストーリーを見る側に回っていったように思えます。
 まだドラクエの方では主人公には独自のセリフを言わせないなど感情移入させる余地を残しているものの、ファイナルファンタジーではこのストーリーを見せる映画のような手法が、シリーズを重ねるごとに強くなっていったように思えます。

 そんなだから普段からゲームをやっている私は今まであまりこの変化に気がつきませんでしたが、今日改めて気がついてみると、あの任天堂が出したMOTHERシリーズが懐かしくて面白いと感じたのはこういうところにあったのかなと思いました。前はよく言われていたけど、最近は感情移入を考慮されてゲームって作られているのかな。私なんかは信長の野望なんかが感情移入がしやすくて使っている大名によって、「お前は俺を裏切ったな!」と、ゲーム中では裏切ってないのに史実で使用大名を裏切った武将を問答無用で斬首しちゃったりします。これがまた楽しいんだよなぁ。