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2015年1月30日金曜日

人材派遣業界のマージン率とそのデータ 2015年版

  追記
 最新の2017年版データとその解説はこちらへ。

 昨年四月に私はこのブログで「人材派遣業界のマージン率(2014年予備調査)」という記事を著し、この記事でマージン率を公開している人材派遣企業数十社の調査データを公開しました。私が何故自らマージン率を調べこの記事を書いたのかというと、平成24年施行の派遣労働法改正によってマージン率の公開が義務付けられるようになったにも関わらずその事実を知らない人間が多いと思ったこと、他にこのようなデータを作っている人がいないということ、そして何よりも実態的に平均的なマージン率はどの程度なのだろうという個人的な興味が一番の動機でした。
 そのような動機から調査を始めましたが記事を書く前にこの構想を友人に話したところ、社会的にも有意義なデータになるはずだと太鼓判を押され、自分自身も派遣労働者の方々に悪くないデータを提供できると思い完成時には意気揚々とアップロードしました。正直、アップ当初はそれほどアクセスは集まりませんでしたが、時間が経つにつれじりじりと閲覧者は増え続け、現在ではこのブログの人気記事の一角を占めるに至っています。

 ただ前回記事の調査をしている際に気になったこととして、そこそこ名の知れた派遣業界の大手企業のほとんどがこのマージン率を公開しておらず、その後もこうした情報を公開していない企業の存在が気になり続けていました。前回調査ではマージン率の平均値を探ることが主眼であったためマージン率を公開している派遣企業しか調べていなかっただけに、調査後はマージン率を公開している企業の割合はどの程度なのかという疑問が新たにもたげてきました。
 もちろん今を以ってしても派遣業界のマージン率を調査している人間はパッと見だと私以外にはおらず、公開率を知ろうったってそんな都合のいいデータがあるわけありません。となると、「なければ作る」が信条の私の出番かと、企業データ調査に関しては「企業居点」の調査で一定の自信があるだけに一つちょちょいとやってやろうかという妙なやる気が昨年末あたりからもたげていたわけです。

 そんなわけで前置きがいつもながら長くなりましたが、前回調査と比べてサンプル数が十倍以上と大幅にスケールアップしたマージン率調査を先日完了したので、その調査結果を下記に記すと共に全調査データをまとめたPDFファイルをその下のアドレスから惜しむことなく配信致します。
 なおこのブログでは画像ファイル以外のデータはアップロードできないので、調査データのPDFファイルはこのブログの生き別れの姉妹サイトこと「企業居点」のサーバーにアップしております。そのため下記の配信アドレスはこのブログのアドレスとは異なりますが、ブラクラとかではないので安心してください。それにしても、レンタルサーバーも借りておくといざって時に役に立つもんだ。

<調査概要>
・調査期間:2015年1月10日~1月25日
・調査対象企業:一般社団法人 日本人材派遣協会(JASSA)の登録企業全部
・調査サンプル企業数:560社
・リストアップ事業所数:841拠点
・調査方法:インターネットを使い該当情報の有無を各社ホームページ上で確認する

<調査結果>
・マージン率の公開率:19.1%(公開企業が107社、非公開企業が453社)
・全体平均マージン率:26.8%
・上位下位10%を除いた中間平均マージン率:26.6%
・マージン率最大値:50.0%(旭化成アミダス株式会社 IT事業グループ)
・マージン率最低値:11.6%(株式会社インテリジェンス 九州支社)

<調査データPDFファイル>
・アイウエオ順(オリジナルデータ)
・マージン率ランキング順
・地域別順
※2016年版調査データの公開に伴い公開停止。こちらのデータが欲しい方はメールでご連絡ください。

<データ注意事項>
1、マージン率は各社の公開値に対し少数点第二位を切り上げ。
2、マージン率0%の事業所は統計目的上、平均値などの計算では除外対象とした。
3、マージン率数値は各社が発表している直近年度のデータを引用。
4、「2012年12月~2013年12月末」より前のデータしか公開していない企業は「×(非公開)」評価として扱った。
5、公開データの事業年度が明らかでない会社は今回に限り、「○(公開)」評価として扱った。
6、本社で派遣事業を行っていない企業は便宜上、一番上に来る事業所を「本社」として表記した。
7、交通費を賃金に含めるマージン率の計算方法を優先的に掲載。
8、個人による調査のためデータの誤字脱字はもちろん、情報が公開されているにもかかわらず見落としている可能性もございます。この点に関しては予め了解の上、一つの調査データとして参考していただくと助かります。

<解説>
 本調査の主眼であったマージン率をネット上で公開している企業の割合は上記の通り19.1%で、きちんと法律通りに公開しているのは5社中1社だけという、事前にある程度予想していた通りの結果となりました。

 なおここでマージン率の公開について簡単に説明しておくと、平成24年に派遣労働法が改正され派遣企業は事業年度ごとにその年のマージン率を事業所別に公開することが義務付けられるようになりました。厚生労働省のサイトに書かれてある指針には、

「労働者や派遣先となる事業主がより適切な派遣会社を選択できるよう、インターネットなどにより派遣会社のマージン率や教育訓練に関する取り組み状況などの情報提供が義務化されます。」

 などと書かれてあり私個人による解釈では、「マージン率などの情報をホームページ上で誰もが見られるようにすることは派遣企業の義務であり、これを果たさないのは明確な法律違反である」と考えております。まぁ罰則がないもんだからそれをいいことにみんなして公開してないということが今回よくわかったのですが。

 ではそのマージン率とはどういう数字なのかですが、端的に述べると派遣先の企業が派遣元に支払う派遣料金に対する派遣社員の賃金の割合で、今回の調査対象企業のリスト元となった人材派遣協会のページでもきちんと解説されています。
 このマージン率は派遣企業の取り分とも言えますがこれ全部が派遣企業の売上げというか収入になるわけではなく、実態的には派遣社員に対する研修費や有給取得費用、福利厚生費も含まれるため、マージン率が高い企業ほど派遣社員に対する搾取がひどいと一概には言えません。調査していた実感では教育研修費がかかりそうなIT、不動産系が高い傾向にあり、あくまで一つの指針としてみるべきデータだと思います。

<マージン率数値>
 そのマージン率の数値ですが今回調査の全体平均は26.8%、外れ値を排除するため上位下位10%を除いた中間平均マージン率だと26.6%となり、去年四月調査時の平均である27.9%と案外近い数値に収まりました。平たく言えば20%台後半が一般的な水準で、30%以上だとやや高い、20%切るとかなり低いと考えればいいかと思えます。
 今回調査でマージン率が最も高かったのは「旭化成アミダス株式会社 IT事業グループ」の50.0%でしたがこれについてフォローというか補足しておくと、旭化成アミダスのほかの事業所のマージン率はどれも30%前後で標準的な範囲内に収まっています。「IT事業部グループ」という名称からしてこの事業所だけやや特殊な派遣の仕方をしているがため数値が高くなったのではと思え、こう言っては変ですが私としてはこの会社にそれほど敵意を感じません。逆を言えばどんだけ高くたってマージン率は50%を越えることはほぼないと言えるわけですし。

<交通費の取り扱い>
 なお調査をしている傍らで、派遣先へ派遣社員が通勤する際の交通費を賃金に含めて計算しているであろう会社が散見されました。この交通費を賃金に含めることでマージン率は見かけ上で低くなるのですが、私自身は交通費は経費であって賃金に入れて算出するべきではないと考えます。
 この点をしっかり考慮している派遣企業もあり、株式会社TJホスピタリティ株式会社ヨットの2社はわざわざ交通費を賃金に含めた場合、含めない場合のマージン率を算出して公開しております。両社のデータを見ると交通費を含めるか含めないかでマージン率はそれぞれ5ポイント、3ポイントも変動するなど小さくない数値で、この点に関しては当局も基準を明確にするはっきりとした指針を出すべきだとここで提案させていただきます。

<非公開企業の特徴>
 同じく調査中に気になった点として、派遣労働法改正直後の事業年度ではマージン率を公開していながら次年度以降は公開しなくなった企業も数多く見受けられました。この手の会社は恐らく同業他社があまり公開していないのを見て確信犯的に公開をやめてしまったのだと私は考えています。
 ちなみにマージン率は事業年度ごとに公開することが義務付けられていますが、事業年度(会計年度)の期間が1月から12月の会社だと直近の事業年度は「2014年1月~2014年12月」となりますが、さすがに締めてから1ヶ月もしないうちにデータを集計して公開しろってのは酷な話に思え、「2013年1月~2013年12月」のデータを公開していればきちんと公開義務に対応していると判断しています。逆を言えばこれ以前のデータしか公開していない会社は例外なく義務を放棄していると判断しました。

 このほか調査中にはホームページ上では公開せず、最寄りの事業所に来るかメールで問い合わせれば情報を公開するという会社もいくつか見られ、問い合わせに対応するという会社数社に対してメールを送っては見ましたが一社を除いたほかのすべてからは結局教えてもらえませんでした。特に、業界大手のスタッフサービスさんなんかは今回調査の裏MVPとも言うべき期待通りの対応を見せてもらっただけに、次回に書く続きの記事でしっかり特集させてもらおうと考えています。

<公開していない大手一同(*^^)v>
 今日の記事の最後として、調査対象リスト(作業途中から閻魔帳に見えてきた)に含む、含まないに関わらずマージン率をネット上で公開していない派遣業界大手企業を下記にリストアップします。

・ザ・アール
・フルキャスト
・メイテック
・スタッフサービスさん
・ジェイコムホールディングス
・ニチイ学館
・パソナ
・マイナビ
・マンパワーグループ
・リクルートスタッフィング(順不同)

書いてて思いますが、ここの会社の人たちも自分のこの記事を読んでくれるのかなと思うと何やら不思議な気持ちになってきます。
 見る人によっては悪ふざけが過ぎるているのではと思われるかもしれませんが、敢えて茶化すような表現で書いているのは本気でやったら絶対こんなもんじゃ済ませないという意思を表しているからです。もしまだ記者やっていたら自分は各社の広報部に電話取材をかけて、一言一句を録音した上でネット上に全部公開していることでしょう。必ず。

 なお全国区で誰もが知る業界大手にくくれば、同じグループ企業ですがテンプスタッフとインテリジェンスの二社のみがマージン率を含めたすべてのデータを公開しています。恐らく派遣会社にとってマージン率データを公開することは不利な条件だからこそほとんどの会社が対応していないのでしょうが、それにもかかわらず、大手であるにもかかわらずきちんと対応しているこの二社には強い敬意を覚えます。
 これは本調査、前回調査でデータを引用させていただいた公開企業各社も同じことが言え、特に中小規模であるにもかかわらず大手がガン無視決め込んでいる中で法律にきちんと従っているということはその一点だけとっても非常に素晴らしい行為だと思います。末筆ながらデータを引用させていただいた公開企業各社に対しここで厚くお礼を申し上げさせていただきます。

 このほか調査中に感じた事や派遣業界に対して提案したいことなどまだまだ書き切れていないので、続きはまた次回にまとめさせてもらいます。

2015年1月29日木曜日

後輩の声(宝塚イントネーション)について


 知ってる人は知ってるでしょうが、上記の動画は昔懐かしの「バイオハザード2」というゲームのクリア後で遊べるおまけゲームの動画です。どんなおまけゲームかというと、ゾンビなどが歩き回る危険地帯を何故か豆腐になって潜り抜けるというシュール極まりない展開っぷりです。もっとも上記の動画は多少プログラムを弄ってるようで、通常なら出てこない敵まで登場してますが。

 で、なんでこんな動画をわざわざリンクしてまで紹介するのかというと、この豆腐の声(悲鳴?)について言いたいことがあるからです。ほかのキャラクターはゾンビとかに噛まれると「アゥッ!」とかいう英語での悲鳴を上げますが何故かこの豆腐はえらく訛った関西弁で、噛まれると「イテッ」と言い、殴られると「なにすんねん!」と言い、刺されると「なんやねん!」と言い、断末魔には「もうあかーん」という声を上げます。
 当時の開発者インタビューによると特徴的な関西弁を操るスタッフの声を収録したとのことらしいですが以前からこの音声を聞く度に、「後輩の声にそっくりだなぁ」なんて密かに思っていました。

 その後輩、っていうかリンク結んでいる「ドラゴンブログ」の松竜介(いつの間にかハンドルネーム替えてやがった)ですが、言うまでもなく関西人です。ただ彼は関西人と言っても兵庫県の宝塚市出身なため、メジャーな大阪の関西弁とはやや異なるイントネーションでの関西弁を操ります。そう考えると上記の豆腐の声の持ち主もこの近辺の出身だったのかもしれません。

 なお紙幅も余っているので後輩についてもう少し書くと、出身大学こそ同じであるものの実は在学中には一度も会って話したことはなく、お互い社会人になってから知り合ってその時に先輩後輩関係にあるということがわかりました。在学期間は少しは被っているけど、一年か二年くらいだから擦れ違ったこともあったかないかってくらいです。
 彼は先にも書いているように宝塚市出身で何気に名古屋に永久左遷の身となったうちの親父とほぼ同じ出身地、ってか親父の実家から二駅くらい先で育っており、最初に会って話した際にそういう妙な共通点があったことに驚くと共に親近感を覚えました。出身的な背景だけでなく理由なく政府や権力者をやけに嫌う性格も共通していますが、それ以上に自分と彼との間にある最も大きな共通点として、お互いに「現地採用」を経験しているという事実があります。

 現地採用の説明については省きますが、日本の一般社会ではまず存在が認知されていない、そんな雇用形態なんてあることすら知られていない身分をお互い経験している身で、経験者でしかわからない事情や体験(主に苦しみ)を共有していることから他の友人とは一線を画した親近感を私も彼に持っていますし、向こうも持ってくれているのだと思います(多分)。逆を言えば日本国内での安定した職を捨てて現地採用で海外に飛び込むような不必要な無鉄砲さを持つという根本的な部分が共通しているともいえ、会話していても気が合うなという風に思っています。

 結果を恐れない行動力という点で私はそんじょそこらの日本人に劣るはずがないと強く自負しておりますが、英語も中国語もほとんどできなかったにもかかわらずいきなり海外に飛び込んだこの後輩に対しては唯一、「負けてるな」とみなしています。もっともほかの私の数少ない友人と比べると、一般的な水準は確実に上回っているものの、この分野を話させたら他の追随を許さないといえるような教養ではやや見劣りするところがあり、前から口を酸っぱくして、「一撃で相手を殴り倒せるくらいの教養を身に付けろ。それだけが君の弱点だ」と先輩ぶって促しています。

 なおもう一つ先輩ぶった行動として、去年の夏に彼と一緒に上海のホテルに泊まった夜、隣の部屋から女性の声が漏れ聞こえてきたので、「おい、隣うるさいから壁叩いて注意してやれ」と命令して壁を叩かせました。叩かせた途端、声は聞こえなくなったので後輩は自分が貸してあげたPSVitaでパワプロをずっとやってました。

2015年1月27日火曜日

求められる演技の質の変化

 昨年に俳優の高倉健氏が亡くなられた際に私もこのブログで追悼記事を書きましたが、当時見たネットの掲示板では高倉氏を悼む声があると共に、「でもこの人、言われてるほど演技は上手くなかったよね」という声もいくつか散見されました。この意見に対して私は、そうも見えなくはないと思うと共に、そう見えてしまう時代なのかなと感じたので、今日はそのあたりというか求められる演技の質が時代と共に変わって来ていると思う所見を書いてきます。
 結論から述べると、私個人の主観で言うと今と昔では監督や観客から求められる演技、高く評価される演技の仕方は変わってきています。

 現代で高く評価される演技について必ずついてくる形容詞は、「自然な」という言葉で、「自然な動き」、「自然な仕草」、「自然な演技の仕方」などという言葉が俳優を誉める際についてきます。もっとも自然な演技と言っても素人くさい演技とはまた違ってくるだけに演じる俳優はそれ相応の努力が求められるわけですが。では昔の俳優はどんな演技が求められていたのか。そんなに昭和時代を長く生きてないのであくまで古い映画を見た上での私の感想ですが、如何にも演技ぶったやや大仰な振る舞い方が高く評価されていたのではと思う節があります。

 こうした印象はそこそこ年齢の入った往年の俳優が出演する現代の作品を見ると覚えやすいのですが、往年の俳優は若手俳優と比べて表情や仕草がちょっと大げさな感じに見え、言うなれば演技臭い仕草を見せます。それに対して若手俳優は、下手だったら話は別ですが基本は普通の仕草、たとえば一般サラリーマンの役ならそこにいるような一般人と思わせるようなしぐさで演技を通しており、こう言ってはなんですが両極端な印象も覚えます。

 こうした求められる演技の質が異なっていることに加え、往年の俳優にはもう一つ求められていたものとして、「俳優のオーラ」というべきか存在感があったのではと推察しています。高倉氏などはまさにその典型ですがそこにいるだけで、画面に映るだけで目を引くような強い存在感があるのに対し、自然な演技が求められどんなキャラでも演じられるようなカメレオン俳優はというと、そうした迫力というか存在感がやや欠けて見えます。無論どっちがいいというわけでもなくカメレオン俳優と呼ばれるような方は私も高く評価しますが、所謂「映画スター」が数多く出ていた昔と今では求めれるものが違うのではと言いたいのです。

 こうした求められる演技の質の違いから、冒頭に述べたように高倉氏の演技はそれほどうまくなかったのではという声も出てきたのではないかと思います。改めて検証しますと、確かに高倉氏の演技の幅はそれほど広くなく、寡黙で真面目、堅物というイメージの役ばかりで、これはと思うようなそのイメージから考えられない意表を突く演技を見せることもほとんどなかったように見えます。
 ただこの辺が難しいというべきか、イメージから遠い役をやればやるほど「俳優のオーラ」というのは薄れていくような気がします。それこそ高倉氏が裸で歌って踊るような役ばかり演じていればどうしてもそのイメージによって寡黙な大人の男のイメージが薄くなってしまいます。恐らくそういうことも考慮して、高倉氏自身もイメージを保つためにも演じる役を選んでいたように思えます。

 最後にこのところ思うこととして、スターという言葉は錦野旭氏以外の方で使われることが現代であるのだろうかという疑念があります。かつての映画スターは前述の通り、俳優のオーラとも言うべき強い存在感を武器に戦い、それがため近寄りがたかったりもしますが手の届かない、偶像というような活躍が出来ました。しかし現代の俳優でバラエティ番組に出ない人はほとんどおらず、またプライベートもブログなどで大っぴらにしていて、この人は特別な人なんだと思わせるイメージを持つ人はもうほとんどいないのではと懸念してます。
 ハリウッド俳優はその点、プライベートはパパラッチに追われるもののセレブリティな生活で特別だというイメージを保っていますが、日本の俳優となると果たしてどんなものか。何も生活を制限しろというつもりはありませんが、もう少しイメージを大事にする俳優もいてもいいようなということで筆をまとめることにします。

2015年1月25日日曜日

イスラム国の日本人人質殺害について

 専門家でもない自分がこのような報道について意見を書く必要があるものかとやや悩むものの、友人などから事件についてどう思うかという問いがよく寄せられるのであくまで参考として書くことにします。個人ブログということもあり多少は大目に見てもらえば助かります。

 既に各所で報道が出ている通りイスラム国(ISIS)の人質となって安否が心配されていた湯川氏が殺害されたとみられる画像が、同じく人質となっていた後藤氏の映像と殺害の事実を語る音声とともに公開されました。これまでに出ている分析だと信憑性の高い情報だとされ、またISISの性格上、殺害していないというようなブラフはないと私も思います。この映像が公開された影響からネット上のニュースはほぼこの件一色で、殺害された時期は、今後の対応はどうするのか、残った後藤氏の救出はどうなるのかなどいろいろ議論が出ています。

 まず今回の殺害事件について私が最初に言いたいことはというと、この一人の人間の死は特別な死なのか、それともよくある一つの死なのかという点で、言うまでもないでしょうが私にとっては後者です。外務省に言われるまでもなく現在中東の戦闘地域は非常に危険な状態だとわかりきっており、仮に無理矢理連れてかれるのであれば全く話は別ですが、自らそんな危険地帯へ渡航するなんて一種殺される、または殺す覚悟がなくてはならず、それがなかったとすれば残酷ですが弁護のしようがありません。やや驚嘆な比喩ですが、飛び込む必要のない火の中へ自ら飛び込むような行為でその結果として死んでしまうということは飛び込む前から十分に予想できた事態です。むしろまだ不意な交通事故死の方が私からすれば特別な意味があると思います。

 もちろん湯川氏の遺族の方々に対しては強い憐憫の気持ちを覚えますが、だからと言って今の状態の様にみんな揃って大騒ぎするほどの事件かと思えばそうでもない気がします。政府も仮に、「やれるもんならやってみろよ」とISISを挑発するような声明を出していれば別ですが、相手側に殺害を制止するなど最低限取るべき処置は取っており、関係者以外であれば中東で一つこんなことあったくらいの受け止め方でいいのではないかと思います。

 なお一部でISISが要求する2億米ドルの身代金を政府は出すべきだった、検討すべきだったと妙な団体や人が主張していますが、こうした意見に対しては私個人として強く批判させてもらいます。額もさることながら仮にそれほどの身代金を渡すとなると、ISISはその金をもっと多くの人間を殺害する事に使うことが目に見えているからです。現地の人間が殺されようとも日本人は殺されてはんらないなんて理由はなく、相手はテロリストであるので決して交渉してはなりません。
 同様に今回の政府の対応を巡って安倍首相を強く批判する方々もおられますが、正直に言ってどうしてこんなことを放言する人間が大手を振って世の中歩いていられるのかが私には理解できません。この事件で真に憎むべき存在はISISであって安倍首相ではなく、、いくらなんでもこの事件でもって安倍首相を批判するのはこじつけもいい所です。

 最後に映像に出ていた後藤氏の発言内容を見てみると、ISIS側は現在ヨルダン政府にテロ行為を行ったことから拘束されている幹部の妹を解放するよう要求しているようです。他の誰もが言わないので私が言いますが、ハンムラビ法典には「目には目を」という報復方法を定めた法がありました。また日本では、「やられたらやり返す。倍返しだ」という言葉が一時期流行りました。

2015年1月24日土曜日

日米のヒーローの違い

 先日友人と話をしている際にふとこの頃映画が量産傾向にある米マーブルのアメコミヒーローについて話が及び、「あいつら、しょっちゅう仲間割れしてね?」と言葉が出てきました。知ってる人には早いですがマーブルのヒーローは映画の「アヴェンジャーズ」を筆頭にコラボレーション企画が非常に多く、互いに共闘することもあれば逆に対立し合う企画もよく持たれます。
 それに対し日本のヒーローはウルトラ兄弟が激しい兄弟喧嘩をすることもなければ、仮面ライダーでも善玉と悪玉に分かれて戦うことはあっても善玉同士で本気で殴り合う話はそんなにないと思います。では何故この違いが生まれるのかについて自分なりの意見を今日書くつもりですが、結論から書くとアメリカのヒーローは理想や正義ががあるのに対し日本のヒーローにはそれがないためではないかと考えています。

 マーブルというかアメリカのヒーローは上述の通りにコラボレーション企画が非常に充実しており、その中ではヒーロー同士が本気で戦い合うという話もたくさんあります。たとえばこれは同一作品上ですがウルヴァリンでおなじみの「Xメン」では主人公たちは人類とミュータントの平和的共存を求めて活躍していますが、敵役のマグニートーというキャラクターはミュータントが差別される世の中を変えるため、暴力的な手段に訴えてでもミュータントの権利向上を目指して主人公たちと対立します。
 主人公たちとマグニートーたちはどちらもミュータントの権利向上という、同じ目的でもって活動していますが手段が異なるため対立しているという構図です。黒人の人権活動で活躍したキング牧師とマルコムXの構図(恐らく意識されていると思う)に近いのですが、こうした構図からマグニート―はただの敵役として見られず、ホロコースト体験者というある種最も差別を受けてきた立場という設定もあって高い人気を誇ります。また手段は違えど同じ目的を抱えるということから、時には主人公たちを助ける側に回り、一時期はXメンのチームリーダーにも就任しています。

 このようにXメンは敵味方で完全に善と悪に分かれているわけではなく、またマグニートーがチームリーダーになるように敵が味方に、逆に味方が敵に回ることもあり、Xメンの初期メンバーの一人であるサイクロップスなんか平和的手段では限界があるとして、ミュータントの独立国家を暴力的な手段を伴い強行的に作り始める話だってあります。
 このXメンの例で注意してもらいたいのは、ヒーローが独自の正義なり理想なりに従って行動しているという点と、敵役にも歪んでいることもありますが独自の正義を持っているという点です。この辺りが日本のヒーローとの最も大きな違いと見ています。

 次の例に移りますが、これは実際に別作品同士のコラボレーション企画が持たれた例なのですが、バットマンパニッシャーという二人のヒーローがいます。これなんか非常にわかりやすいのですがバットマンはどんなに凶悪な犯罪者でも絶対に殺さずに捕まえるという信条を持っているのに対し、パニッシャーはどんな犯罪者も必ず殺すという信条を持っててまさに真逆とも言っていいキャラクター同士です。
 どちらも犯罪者によって家族が殺され、犯罪者を撲滅というか減らすという目的では一致しているものの、犯罪者に対する取り扱いに関しては全くもって逆です。またもう一つどちらにも共通する点として、正規の法手続きを踏まず自警団的に犯罪者を捕縛・処罰しており、彼らの行為自体が共に法に違反しています。いわば法に違反してでも自分の価値観に従って犯罪者を減らすという、見方によれば押しつけがましいまでの正義感が動機になっているといったところでしょう。

 ここまでくれば大体わかると思いますが、アメコミの代表的なヒーローたちはそれぞれが独自の価値観や正義、理想とする考えを持っており、そうした概念に従って行動しています。その概念に反するのであれば法は無視するし、他の事なんか知ったこっちゃないとばかりに暴力的な手段も用いたりするわけで、言うまでもないでしょうがお国柄がよく出ている気がします。

 このようにヒーローそれぞれが独自の価値観を持っているため、ヒーロー同士でも価値観がぶつかるというか対立が起こり得て、マーブルではヒーロー同士の仲間割れみたいな企画が出てくるのでしょう。近年にはそうしたヒーロー同士の対立をメインに描く作品として「シビル・ウォー」という、一大クロスオーバー企画があり、この企画ではヒーローを国家管理するために作られたヒーロー登録法を巡り賛成する側(アイアンマンやスパイダーマンなど)と反対する側(キャプテン・アメリカやハーキュリーズ)に分かれ文字通り全力でのヒーロー同士の殺し合いが展開されます。なお私はこれを直接読んだことはないのですが上述のパニッシャーも出てくるのと、最終的にキャプテン・アメリカが降伏するものの登録法に賛成したスパイダーマンがその後不幸な目に遭うことを考えるとアーティスティックな反骨精神を感じます。

 話は戻りますがこうしたアメコミヒーローたちに対して日本のヒーローはそこまで対立しません。チーム内で言い合いしたり派閥争いする程度のことはありますがウルトラマン然り仮面ライダー然りアンパンマン然りワンパンマン然りで、どちらかというと侵略なりなんなりで向こう側から一方的にやってくる怪人などの敵役を受動的に迎撃しているパターンが多いような気がします。でもって敵役も、なんというか世界征服とか私利私欲で行動していてマグニートーのような「押しつけがましい正義」なんてのは、中にはいるけどこっちもそんなに多くないような気がします。

 そうした「押しつけがましい正義」がないのは敵役だけでなくヒーロー側も、というかヒーロー側の方がもっと顕著で、「敵役がかかってくるから倒す」という方針で何か明確な目的でもって、確実な殺意でもって敵役を倒すなんてことはまずレアでしょう。日本のヒーローは口々に「平和のために」と述べますが、私なりの言い方をさせてもらうと、彼ら日本のヒーローにとっての平和とは日常を守ること、いわば現状維持が最大の目的ではないかというように見えます。今ある世界をもっと良くするため、理想の世界の実現のために戦うとなると日本じゃヒーローになりづらいかもしれません。
 このように日本のヒーローには目指すべき理想や独自の価値観に基づいた正義というのはあまりはっきり出ておらず、そのため価値観のぶつかり合いによるヒーロー同士の対立はアメコミほど成立しないのではと思うわけです。日本のヒーローにとって価値観がぶつかり合う点というのは、日常を壊すか否か、この一点だけでしょう。

 もうわかっているでしょうが、こうした日米のヒーローの違いは両国の国民性、お国柄がはっきり出ているのではと私は言いたいわけです。特に今の日本という国家の方針を見ると、どうすれば今よりいい国家になれるか(ある意味富国強兵)を探るより、国民も政府もどうすれば現状の生活を維持し、守れるかの方に意識が向かっているように見えます。
 別に私はこうした日本の姿勢を否定するつもりは全くありませんが、こうして比較するにつけやっぱり自分は大陸向きなんだなとつくづく思います。

  おまけ
 実は私はスパイダーマンが前から非常に好きで、特にサム・ライミ版の映画「スパイダーマン2」は折に触れ何度も見ています。スパイダーマンはどっちかというと巻き込まれ型のヒーローでそんなキャラを気に入るってことはやっぱ自分も日本人かなとも思えますが、作品を通した絶対的なテーマである「大いなる力には大いなる責任が伴う」というスパイダーマンの信念は凄くハートに来ます。なお「スパイダーマン2」は叔父も大好きで、「単純やけどあれがめっちゃええねん」と自分に話したことから見ようと思うきっかけになりました。

2015年1月21日水曜日

イギリスのあるカップリング番組

 外で中国人労働者に日本語教えて帰ってきて、マンション手前で野良猫と遊んだため時間がないので間に合わせネタです。

 前に日本に帰っている際、たまたま見ていた「世界まるみえテレビ」であるイギリスのカップリング番組が紹介されていました。その番組では応募してきた女性一人に対してイケメン十人が求愛するというシチュエーションで始まるのですが、簡単な自己紹介が終わると番組側から女性に対して衝撃的な事実が告げられます。

「ここにいる男のうち九人はゲイです」

 そう、普通の男性であるかのように女性へ求愛してくる男は十中八九ゲイで、最終的にノーマルの男性を女性が選ぶことに成功したらカップリング成功となり、番組側から賞金ももらえるという仕組みです。女性はもちろんこんな企画であることを知らずに応募してきたため、この事実を知らされた際は思わず顔を覆って泣き出してました。

 そんな女性の気持ちなんてお構いなしに男性陣はゲイであるような素振りは一切見せず、女性に対して様々な形でアプローチを仕掛けてきます。ただ番組の進行に合わせて女性側から徐々に意中の男性、というよりも消去法的にゲイの男性を絞っていくため、女性側からゲイであると見破られた男性は途中で退場することとなります。
 このルールの下で女性もある程度判断が出来た段階でその男性を呼び、カメラの前で「あなたはゲイだ」と告げるのですが、見事ゲイであると見破られた男性からは、「ごめんね、俺が好きなのは男なんだ」とか、「残念だな。もっとみんなと一緒にいたかったんだけれど」なんて言葉を口にする辺り、この企画はガチ過ぎると妙に感心しっぱなしでした。

 企画も終盤になるとゲイであるかどうか本当に見分けがつかなくなって選択も難しくなってくるのですが、女性はそのようなプレッシャーにも負けず男性を絞っていきます。そして確かわずか三人だけが残った段階で一人を呼んで、「あなたは……ゲイだわ」と伝えたところ相手はニヤリと笑い、

「いいや、俺はゲイじゃない。スーパーゲイだ」

 と話し、最後まで頑張れよと女性を励まして去っていきました。このセリフを聞いてベジータのセリフを何故か思い出しました。

 最終的に女性は見事ノーマルの男性を選び出し、めでたくカップルとなって賞金も無事GETしました。身も蓋もないテレビ企画と言えばそれまでですが、やっぱ欧米というのは日本人の感覚以上にこういう同性愛者に対しておおらかでそこに存在するのが自然の様に扱うのだなと、私の方でも違いというものを強く感じました。にしても女性からするとゲイの人は見ていてなんとなくわかるという話を聞きますが、この企画の結末を見る当たりやっぱそうなのかとも思えてきます。我ながら最後はもっともらしくまとめるなぁ……。

2015年1月20日火曜日

ISISの日本人人質事件について

 このところ時事ネタを一切触れていないのでたまにはという具合でこのネタを書くことにします。

 既に各所で報じられているのでニュースリンクを貼りつける必要もないので省略しますが、本日イスラム国ことISISは日本人二人を人質にとり、日本政府に対し二億米ドルの身代金を要求しました。人質となった二名の身元はほぼ判明しており、そのうちの一人は既にISISによって拘束されていると見られていた湯川遥名氏であるようです。

 まず人質についてですが、確かに出来ることなら助かってほしいとは思うものの上述の湯川氏に関しては巷間伝えられている内容が事実であるというのであれば、個人的な感情としてこのように人質となってしまったのも自然な成り行きだったのではとやや思います。というのも傭兵会社代表の名刺を持ってこんな危険な地域をうろついていればISISでなくても拘束するのが自然な気がしますし、いくらなんでも迂闊すぎる印象を覚えます。

 次に政府についてですが、既に身代金の要求には応じない方針で人質解放のために交渉を含め全力を尽くすということを菅官房長官が明らかにしています。この政府の対応について私の方からとくに文句はなく、テロリストとは身代金などと言った条件交渉は一切行わないという姿勢は当たり前と言えば当たり前ですがしっかりやれていることには安心できます。また安倍首相の中東外遊で視察などの予定を一部キャンセルする対応もなかなか早くて評価できる対応です。

 という具合でもう書くことなくなっちゃったので前から書きたかったことをこの際書いちゃうと、かつてのイラク戦争前までイスラム教の過激派というと少数派のシーア派勢力が主だと伝えられていました。所謂イスラム原理主義者はこのシーア派出身が主であったのですが、伝え聞くところによるとISISの幹部はシーア派ではなく世界のイスラム教徒の大半を占めるスンナ派で、旧フセイン政権の残党が母体となっているそうです。
 これが何を意味するのかというと、シーア派とスンナ派でどっちにテロリストが多いのかという大きな分別が出来なくなったことはおろか、イスラム教宗派の教義や集団的特徴が見え辛くなってきているということです。専門家ではないので詳しいところまではわかりかねますが、北アフリカのボコ・ハラムを含め、近年のイスラム過激派テロリストの行動は宗教的協議に則った方針なり行動理念は見えず、また続々とISISに参加する外国人を見ていてもただ単に自分の欲望、破壊欲求のような暴力をすること自体が目的なのではとすら思えてきます。

 勝手な意見でそのまま話を進めると、こうした参加者らはまるでイスラム教を暴力のシンボルの様に捉えてているように見え、協議なり信念なり理想は度外視されて破壊活動が行われているようにしか見えません。またそれと同時に、冷戦期における西側諸国の極左勢力もこういう具合だったのでは、細かい思想なり考えは度外視されてただ社会の不満を晴らす暴力を行う理由づけのシンボルとして機能してたのではないかと、少なくとも旧赤軍派の面々とその行動を見ていて思います。

 このように考えるとなかなか世界は悲しいものです。世の中は暴力を正当化するシンボルが求められているということになり、ハードロックなどああいうやや過激な音楽スタイルなどもこの系統に入るのかもしれません。まぁ音楽なら直接殴ったりするわけじゃなくそれでストレス解消になるのなら真の意味で世の中に必要とされているのかもしれませんが。

 では「○○ハイツ、最強の武闘派」とまで呼ばれたほど過激な性格の私はどこでそういう破壊欲求なりストレスを解消しているのか。私の場合は激しい系の音楽はあまり聞かずどっちかっていうとゲームとかでストレス潰したり、あとこういうところで過激な記事書いているのでそこそこ消化できているのではないかと自己分析しています。ただ最近ストレスがややたまっているのか、同僚へのメールでいい加減極まりない図面を送ってくる会社の設計部に対して「金属バット持って乗り込みたい」なんて内容を送ることが増えてきました。なんで板厚も自由高さの寸法も書いてない図面で見積りよこせとか抜かすんだよあの北欧メーカー……。