まず現在の消費者向け家電市場の状況について簡単に述べますが、日系メーカーに関してはパナソニック、ソニー、シャープと名立たる大企業が空前の赤字を記録するほど不振を極める一方、サムスンはスマートフォンのGaraxyシリーズが大ヒットしたことから世界のスマートフォン市場シェアでトップを握り、全体業績でも過去最高利益を記録するなど絶好調もいいところです。ただサムスンは今でこそブランド力で日系メーカーを上回る(上海の家電小売店のブースの大きさではアップル>サムスン>ソニー)実力を身につけましたが、1990年代までは安かろう、悪かろうと見られるメーカー、さらに言えば日系メーカーのダウングレードという見られ方が長らくされておりました。
半導体事業で一躍世界メーカーに
そんなサムスンが世界で一躍知名度を高めるきっかけとなったのは、もはやお家芸と言ってもよい半導体(DRAM)製造でした。1977年に市場に参入してから猛烈な投資を行って先行していた日系メーカーをあっという間に追いつき、1990年代においては世界市場で大きなシェアを握ります。このサムスンの半導体事業においては日系メーカーからのヘッドハンティング、要するに技術を保有する人材を囲い込んでその技術を奪った、卑怯だなどという主張がたまに、っていうか頻繁に見られます。実際私もほんの一端ではありますが半導体産業に関わった時期があってこの時代のことをよく知っている人から、某日系メーカー名の社員が土日の韓国アルバイト(技術指導)に明け暮れていたということを聞いておりますが、これを以ってサムスンが卑怯であるとはあまり感じません。むしろそうやって社員を流出させた点や、機密保持契約をしっかりと行っていたのかという点で日系メーカーに隙があったと考えるべきだと思います。まぁ後の祭りなんだけどね。そんな話は置いといて、半導体事業の成功によってサムスンは一躍その名を世界に轟かせましたが、コンシューマー家電ではまだまだ格下扱いを受けておりました。それらの評価が切り替わるのは2000年代に入ってからだったように私は記憶しますが、日系メーカーが強かった先進国市場ではなく、中国やインドといった発展途上国市場から徐々にシェアを広げブランド力を高めていきます。何故サムスンが発展途上国市場で受け入れられたのかというと、日系メーカーに比べて価格を抑え現地の人でも手が出しやすい商品を販売していったことが大きく、その商品開発においては「リバース・エンジニアリング」という手法が効果を発揮したと多方面から指摘されておりますが、
リバース・エンジニアリング
知ってる人には早いですがサムスンは韓国の水原(スウォン)市に研究開発所を設けているのですが、ここは別名「水原解体工場」とも呼ばれています。何故そんな異名があるのかというとこの研究開発所で行われていることは本当に他社製商品の解体に次ぐ解体で、部品を一点一点調べてどのような構造、機能を持っているかを徹底的に分析し、どれだけ安価な部品で代替できるか、より効率的に組み立てられるかを調べるそうです。かのi-Phoneも恐らくここで徹底的にバラバラにされてGaraxyシリーズも生まれた事でしょうが、それまでに一体何台のi-Phoneが犠牲になったのだろう( ´ー`)このサムスンのリバース・エンジニアリングというモデルですが、言ってしまえば過去の松下電器とやってることは同じです。他社が魅力的な新商品を開発して市場に発表するや、より安価だったり性能が少し上だったりする商品を出すことで一番おいしい消費者層を奪うという二番手商法で、これが「i-Phoneは欲しいんだけど、高くて買えないから似たようなのでいいや」という発展途上国市場で大いに受けました。また解体作業を通してサムスン自体の技術力も向上していき、その後のブランド力アップにもつながっていきます。
徹底した現地マーケティング
こうしたリバース・エンジニアリングモデルに加えサムスンの経営で特筆すべき点は、その徹底した現地マーケティングにあります。サムスンは毎年社員から募集を募って各地域にマーケティング調査要員を置いているのですが、そのやり方というのも「年間給与をこれまで通りに払いつつ、1年間全く仕事をさせずに現地で生活させる」という、日本の会社じゃ多分思いつかないような方法を採っております。これで調査員となった社員は本当に1年間何してもいいし、家族と滞在国で好き勝手過ごすのもアリであれば、地元の大学に入って現地の言葉を学ぶのだってOKです。ただし一つだけ厳しい条件があり、現地法人などにいるサムスン社員とは一切接触してはならないこととなっております。これは言葉などが出来る現地社員に頼らせず、部屋探しから行政手続きまで全部一人でやらなければならない状況に追い込むためと言われています。調査員は1年、場合によっては2年経った後に本社に現地向け商品企画案を出すよう義務付けられているのですが、これらの企画案から生まれた商品は正直に言って非常にユニークなものが多いです。私が知っているのは3種類ですがそれらを全部挙げると以下の通りです。
- 鍵付き冷蔵庫(インド)
- 音楽プレイヤー付き洗濯機(インドネシア)
- メッカの方向がわかり、礼拝の時間を知らせるアプリが標準搭載された携帯電話(中東)
これらの商品というか機能は日本にいたらまず気が付かず、現地で生活した者じゃないと出てこない発想と言えるでしょう。3番目に関してこれは友人の証言ですが、サムスンは中東地域に調査員を派遣するに当たり、まずその調査員をイスラム教に改宗させたそうです。徹底的に現地に溶け込ませるという狙いもあるでしょうが、改宗によってその調査員はイスラムコミュニティに入り込むことが出来、現地の人脈作りにおいて大いに効果を発揮したと言われております。
かねがねブログでも書いておりますが、日系家電メーカーはこのマーケティングという面で非常に拙いです。よく前職でも同僚と話しておりましたが、日本で売れた物を自信満々にそのまま中国市場に投入してくることが多く、一体その自信はどこから湧いてくるのかといつもみんなで不思議がってました。また以前に某家電メーカー大手の知り合いにマーケティングが足りていないと指摘すると、「うちの会社でもマーケティングの重要性は認識しているつもりだが、マーケティングを行うだけの資金的余力がない」と答えられ、この時は私もマジで怒りました。
というのも上記のようなサムスンのやり方であれば300万円もあれば十分で、下手したら現地に留学している日本人留学生に100万円くらいお小遣い上げて報告書を書かせたってもいいのです。それすらもやらずに弱音を吐くというのはさすがに問題だと、ちょっと厳しく叱りました。
とまぁ初めてこのブログで中見出しつけたりするなど長々と書きましたが、まだいくらか書ききれていない点があるので、続きはまた次回に書きます。先に触りだけ書くと、日系メーカーにはどうあがいても越えられない「国内競争」という壁があるのですが、それをサムスンは既に越えているという話です。
参考文献
・サムスンの戦略的マネジメント 片山修 PHPビジネス新書 2011年