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2025年12月31日水曜日

男子中学生の冬休みみたいな日


 上の写真は先週日曜に作ったアオシマの楽プラ版ハスラーです。接着剤不要の楽プラはこれが作るの初めてでしたが、1時間でシール貼りまで終わるなど簡単に組める上、思ってた以上にプロポーション悪くなくて少し驚きました。シールの見せ方でこんな風にできるのかと思うし、特にタイヤの質感なんかゴムパーツでないのにこんな具合に良くて、アオシマ見直しました。
 そんなこの日、ハスラーを作った以外は年末セールで購入した「地球防衛軍6」をほぼ1日中遊んでて、なんか中学生の冬休みみたいな過ごし方をしてました。あまりにもやり過ぎたせいで月曜日は若干頭が痛くなるほどでした。まぁ別にこの日に限るわけじゃないけど。

 そんな男子中学生の冬休みに関して自分の体験を思い起こすと、個人的に強く記憶に残っているのは1998年の年末です。この年、クリスマスだからと買ってもらったのがプレイステーションで出ていた逆襲のシャアのゲームでした。
 このゲームの前作にあたるΖガンダムのゲームが面白くてきっとこの逆襲のシャアも面白いに違いないと思ってワクワクドキドキで開封してみたものの、前作と比べて機体が小さくなったうえにアクションがしょぼくなり、また登場機体も何故か1年戦争時のガンダムやジオングが出てくるくせにジェガンやギラドーガは使えないなど選定がおかしかったです。ゲーム性も深みがなく、開始から数時間でコンプリートしてしまい「何故これを買ってしまったのだろう(´・ω・)」と自問自答する羽目になりました。上のリンク先の評価は凡作ですが、ぶっちゃけクソゲーと呼ばれても仕方ない気がする。

 そんな感じで冬休み開始早々にがっかりスタートを切ったのですが、代わりに何か遊べるゲームはないかと中古ゲームやを回った際、「あ、これこんな安いんだ」と目をとめたのが、バイオハザード2でした。
 バイオ2は同じ98年の1月に発売されていたのでちょうどこの時が発売から約1年という時期だったのですが、人気作ということもあり中古の出回りがよく、確か当時の中古価格は2000円を切っていたと思います。元々バイオは1の頃から注目していたもののそれまで手を出すことはなく、価格も安いしせっかくだからとこの時に初めて購入して遊んでみたのですが、想像以上に面白くて休み中に何度も繰り返し遊んでいました。

 今思うとバイオ2の良かった点は、クリアまで約3時間と比較的短いものの、裏ステージもあって何度も周回できるという要素がでかかった気がします。早くクリアすればおまけ武器も使えるようになるし、敢えて攻略法を変えてプレイすることもできて、元々のゲーム性も高かったこともあり非常にはまってこの年の冬休みは非常に楽しかったのをよく覚えています。
 でもって冬休み明けには学校の友人に「バイオ2おもろいで(´・ω・)」と言って貸してあげたらほかのみんなも結構はまって盛り上がってました。

 ちなみに翌年の99年末から00年初めの冬休みは、みんなで集まって冬休みの宿題をやろうって話になって集まったものの、途中まで作業していたのは自分一人だけで、結局ほかの全員が自分の成果をコピーするだけで自分は一切得をしなかったのもよく覚えています。あんまり中学、高校時代は楽しい思い出がないものの、それなりに中学生らしい生活してたなという気がしないでもありません。

2025年12月29日月曜日

ハンチョウの誕生日とサンジャシントの戦いの日と……

 例のDMMの電子書籍セール3週目ということもあって昨日また本を一気買いしたのですが、今回はひょんなことで知った山田芳裕氏の「大正野郎」が入ってたりします。このほかに「1日外出録ハンチョウ」の最新刊にあたる21巻も入っているのですが、この漫画は以前の方がギャグに切れ味もあったしややマンネリ化を感じるため最新刊が出てもすぐに買わず、よっぽどほかに読む漫画ない時や、こうしたセールの時にたまに買うくらいのペースになっており、この時期の購入となりました。

 それでこの巻に入ってる話ですが、主人公の班長こと大槻の誕生日を祝うためその取り巻きがサプライズを仕掛ける話が入っており、この話によると大槻の誕生日は4月21日とされており、この日付にちょっと驚きました。というのも自分の誕生日と丸被りしており、「え、俺って同じ誕生日なの(;´・ω・)」という具合に素直に喜べないサプライズを受ける羽目となりました。
 ちなみにこれまでこの誕生日を紹介するといはよく「エリザベス2世と同じ誕生日」と紹介してましたが、当人が物故されたため最近はこの文句が使えなくなっています。

 こんな具合に思わぬ偶然に驚いた後、その後一緒に買った「ナポレオン」でおなじみの長谷川哲也氏の最新作にあたる「ドッグ・タイムズ」という漫画を読んでました。この漫画は作者も「なんか『時の行者』っぽい」と自分で言うほどですが、一次大戦時の人物である主人公がフランスの第一帝政期(ナポレオン支配期)以降のいろんな時代にタイムリープしながら、各時代の歴史を捻じ曲げる怪物と戦い合う話となっています。
 その中の一話にテキサス州がメキシコからの独立戦争における有名なアラモの戦いが出てきます。このアラモの戦いは要塞に立て籠もった独立軍が敗北後、全員虐殺されたという戦いで、当時のテキサス州はまだ米国とは無関係であるもの現在の米国における自由のための偉大な戦いと悲劇として語られています。こんなこと言いながらその後米国人はインディアンの独立を否定してを迫害したりするのですが。

 このアラモの戦いでメキシコ軍は勝利するのですが、この勝利に浮かれているところをテキサス軍に突かれれる形で大敗北を喫し、当時のメキシコ大統領であるサンタ・アナも捕虜になるほど追い込まれ、テキサスの独立を許すこととなります。この戦いのことをサンジャシントの戦い言うのですが、なんとこの戦いの日というのが1836年4月21日で、何故か私と大槻の誕生日と丸被りでした。

 本当にただの偶然でしょうが、今日初めて買って読んだ二冊の漫画で自分の誕生日が揃って出てくるなんてちょっとどころではないサプライズです。そんなサプライズな今日はなんか右目があまりよく見えず、左右で視力差が出たためか軽い癲癇めいた頭痛が起きており、夕食のラーメン食った後さっきまでベッドで横になっていました。原因はきっと、昨日ほぼ1日中遊んでいた「地球防衛軍6」のせいでしょう。
 あらかじめ中毒性はすごいことがわかってはいたものの、やはり遊び始めると終わりが見えないくらいこのシリーズは遊び続けてしまいます。正月もずっと遊んでいる気がします。

2025年12月27日土曜日

移民を迎えるなら相性のいい国から


 某閣下のインパクトが強すぎるためか、ぱっと見何の会合なのかわからない写真です。

 話を本題に移すと、10年前と比べると日本での移民議論はかなり一般化してきているというか多くの人が関心をもつ話題になってきているように思えます。最もコンビニをはじめ都心でもサービス現場においてはもはや外国人なしではありえず、また外国人店員を見ない日なんてないくらいごくありふれており、望むと望まざるを得ず外国人労働者なしには日本はもはや成り立たなくなってきています。

 そんな移民議論で先日同僚と話した際に同僚から、「移民を入れるのは別にいいと思うけど、イスラム教徒だけは入れてはならない」とはっきり言われました。これは何もイスラム教徒は危険だとかそういうのではなく、単純に日本人と文化面で大きな差があり、移民として受け入れたら大きな摩擦を引き起こして社会的混乱へと発展するからとのことでした。
 この意見については私も同感で、イスラム教徒でも個々人が日本での定住を目指してやって来るとかいうのであれば排除するつもりもなくウェルカムですが、移民として一定規模の人数をまとめて定住化させようとなると、それは確かにやめた方がいいと思います。単純に埋葬方法からして火葬と土葬で異なるし、また宗教観でも日本の天皇制を許容するのかと言えば正直疑問です。将来的にはどうなるかはわかりませんが、少なくとも現代においては両者の文化には大きな差があることから、イスラム圏からの移民受け入れは見送るというか阻止した方がいいと思います。

 逆にというか日本と文化的に近い、言い換えると相性のいい国からは率先して移民を受け入れるべきでしょう。地味にこの点ですが、日本の移民議論で完全に抜け落ちている部分だと思います。

 現在の日本の移民議論を見ていると、0か1、つまり移民を完全に排除するかフルオープンにするかという極端な主張同士で争っているように見えます。現実には0と1の間には多くの少数があり、本来やるべき議論としてはどの程度移民を入れ、その移民をどこから募集するか、募集方法はなどと移民の「程度」にあるはずです。
 しかし移民反対派の多くは一度移民を受け入れると無制限に入ってくるなどと極端な主張で脅すばかりで、一方で賛成派も「イスラム教徒のために土葬を一般法制化しないと」とこれまた極端なことを言ってきます。

 私の考えとして述べると、何も文化的に差異の大きな国や地方から移民を受け入れなければならない必要性はなく、それならむしろ日本に定住しやすい、文化的にも摩擦が小さい国から引っ張ってくればいいだけです。要はそんなネパールみたく日本人と摩擦の小さい国の人はどこかをまず話し合い、その相手国とさらに議論を深めて移民政策を進めるべきでしょう。
 その際、やっておくべきこととしては犯罪人引き渡し条約の締結じゃないかとも思います。世界的に見ても日本はこの条約の締結国が極端に少ない国であり、政治犯や思想犯を除外し、窃盗や事故などの犯罪に限定してでも移民相手国とはこの条約を結ぶべきでしょう。またやってきた移民者への語学教育機関なども整備しなければなりません。

 単純に日本と相性のいい国となると上にも挙げたネパールのほか、やはり東南アジア諸国だと思います。ただベトナムに関しては現地の募集機関に問題があるのか犯罪発生率が高く、こうした問題を解決できる見込みがないのなら別の国を検討すべきでしょう。個人的にはモンゴルと関係を深めておきたいことから力士以外にもモンゴル人に日本に来てもらいたい気もしますが、向こうの国の人はどう思ってるのやら。さすがに、朝青龍みたいな人ばかりではないと思うけど(;´・ω・)

  追記
 昨日、脚本家で横綱審議委員会でも活躍された内館牧子の訃報が報じられました。この人の作品は読んだことがないものの横綱審議委員会での活動、というより朝青龍とのバトルはリアルタイムで見ており、はっきりというけどちゃんと落としどころを用意していて賢そうな人だという印象を持っていました。だからこそ朝青竜も師匠を含めて何か言われると「うるせーバーカ!」というような人なのに、内館牧子には「へぇわかりやした」的にある程度耳を傾けてたんじゃないかと思います。
 何気に「平成の名勝負」と来ると、この内館牧子VS朝青龍と細木数子VSレイザーラモンHGが真っ先に浮かんできます。

2025年12月25日木曜日

中国のストーリーに乗っかる価値があるのか?

 最近やたら峯村健司氏の中国コメント記事を見ることが多いですが、自分もこの人の主張する内容にはほぼ全て同感し、また論理も筋道が立っているのでほかの人も参考にするならこの人のコメントだと思います。真逆なのははっきり挙げてしまうと真壁昭夫氏で、何でもかんでもこじつけて中国を批判してくるのですがその引用データすら怪しいところがあり、クレジットにこの人の名前ある時点で自分は読むのを止めます。典型的な、中国批判を煽ってアクセス数を稼ぐだけの人です。


 それで本題ですが上のリンク先は遠藤誉氏の「中国が何故内戦状態を敢えて維持しているのか」についての解説です。自分の理解で敢えて開設すると、台湾よりも中国本土にめちゃ近く陥落させようと思うならすぐ落とせる金門島を敢えて台湾に支配させているのは、中国の戦略の一つだそうです。要するに、戦端となる場所を敢えて残すことで中国はまだ内戦状態という扱いにし、台湾の独立を防ぐとともに、他国の内政干渉を妨害するという狙いとのことです。
 この戦略は台湾に逃げた蒋介石にとっても都合がよく、いつか大陸に反抗する際に「内戦の延長」という論理で作戦開始できることから、本土と台湾どちらにとってもWin-Winであることから互いに対戦状態アピールをしているということです。

 こうした中国側のストーリーに対し、先日の高市総理の発言は日本が存立危機事態として台湾有事に関与しようものならそのストーリーを壊すものであり、だから中国は怒っていると遠藤氏は述べています。でもって、こうした基本的背景も知らずにあんな発言をするなんて高市総理はバカチンだみたいに批判しているのですが、正直中国研究に関して大先輩である遠藤氏に言うのもなんですが、その理論は逆にどうかと私には思います。具体的には、この中国のストーリーに乗っかることで日本はどう得するんだという点です。

 順を追ってあげていくと、まず台湾有事が起こると日本としてはシーレーンが途絶される可能性があります。次に実際に台湾が落とされると、今度は尖閣諸島や沖縄に対して中国はよこせと言ってくることは確実です。というのも中国共産党の最終目標は米国と戦争して勝って世界の覇権を握ることにあるからです。
 こうした事態を防ぐためにも台湾を今の状態、少なくとも本土の支配下に入らない状態を維持することが日本にとってはプラスだと思います。その前提に立つうえで、仮に中国の上記の内戦中というストーリーに日本が乗っかる、尊重したところで、どんなメリットがあるのかという点で疑問です。むしろ台湾への武力侵攻を裏付けるようなものとなり、武力侵攻はあってはならないなど「それは違う」と否定する、またはあきらめさせることの方が日本にとって利があるように思えます。

 さらに述べると、私は台湾友人は日本にとってだけでなく中国の一般市民にとってもマイナスな事態になると考えています。単純に国際社会から孤立するし台湾自体がTSMCをはじめ、もはや日系企業以上にグローバルサプライチェーンにおいて重要な会社が多く、これらが戦争などの有事に巻き込まれることは多くの影響を受けます。
 その結果として実際に事を起こしたら中国への反発は広がり、経済的にも国際影響力的にも大きくマイナスとなります。民主的統合ならまだしも武力侵攻なんかしたらそのしっぺ返しを食らうのは一般中国人で、得をするのは名誉欲を満たす習近平だけでしょう。

 私自身、こうした「台湾有事は中国人たちの利益にならない」、「中国という国家としてもダメージの方が大きい(ぶっちゃけ今のような経済状態維持する方がずっと有利)」、「得をするのは習近平だけ」という考えから、台湾への武力侵攻には反対ですし、それを中国共産党に意識させることが事態回避にとっても重要だと思います。
 だからこそもしことが起きたら、実際にやるかは別として、日本も動くかもという姿勢を見せることは抑止の上で大事でしょう。高市総理の発言の仕方がどうかについては私はあまり気にしませんが、姿勢としては間違っていないし、実際にこうして中国が過激に反応する当たり、日本とかが絡んでくるのを嫌がっているのは間違いないでしょう。

 個人的に中国が一番嫌な事態は、台湾問題で日韓が連携を採ることにあると思います。韓国も自国の事情があるでしょうが、台湾有事をあきらめさせるためにも日本や台湾と連携取ってもらいたいものです。

 話を戻すと、そもそも最初の内戦中というストーリーですが、これを今意識している人がどれだけいるのかという点でも私は怪しいと思います。ぶっちゃけ中共の中でしかもはや共有されていないように思え、このストーリーに乗っかる意味は「中共を怒らせない」という点しかないように思え、それはそれで腑抜けた態度だと思うし、国益にもマイナスだし、日本国民も理解できないでしょう。
 以上のような見方から、今回のこの遠藤氏の主張に関してははっきり疑問を覚えるに至りました。一番肝心な日本の目標としては如何に台湾への武力侵攻を中共にあきらめさせるか、抑止するかであり、中共のご機嫌とったり怒らせないということは筋じゃない気がします。私個人としては日本政府が「台湾の民主的統合を望む」という風に発信するのが、民主主義の隠れ蓑にして武力侵攻を止めろと言うメッセージになるのでいいんじゃないかと思うのですが。

2025年12月24日水曜日

冤罪事件担当検事の不起訴が不公平過ぎる

 友人に今日はクリスマスイブなのでうどんと焼き鳥食べてきたと言ったら、「チキンじゃないの?」と返信してきたので、「焼き鳥だってチキンだろ(´・ω・)ナメンナ」と返事しました。焼き鳥業界も、クリスマスチキンとしてもっとアピールすべきだと思う。

プレサンス事件の主任検事を不起訴 部下は「検察なめんな」で裁判に(朝日新聞)

 話を本題に移すと細かい背景の説明は省きますが、冤罪事件として裁判で認められたプレサンス事件の主任検事に他する告訴の訴えに対し、不起訴処分となりました。つい昨日には同じくひどい冤罪事件で死人まで出た大河原化工機事件の捜査員についても不起訴処分が発表されており、両事件ともこれで裁かれないなら捜査機関の人間はどうやっても裁かれないと言い切れるくらいひどい内容だっただけに、無関係な立場であるものの激しい怒りを覚えてなりません。

 正直言って、両事件ともに担当した検事や警察官は殺されても仕方ないと思うし、むしろそうあるべきだとすら私は思います。無実の人間にあらぬ罪を着せて破滅へ追いやろうなんてこれ以上に悪辣で卑怯な行為はほかになく、こんなことする人間、しかも強い権力で以って行使するなんて絶対まともな人間ではないと言い切れるだけに、早く死んでくれた方が世の中のためにもなるという気すらします。

 しかしやはり身内をかばう文化があるのか、検察も警察もこれほどの冤罪を起こした張本人に対して何の処罰しないなど贔屓も過ぎると思えてしまいます。可能だったら警察署に打ちこわしに行きたいくらい腹立って仕方ないのですが、こうした感覚を当事者たちはあまり持ってないのではないかと思います。

 ただ十年以上前の冤罪事件である村木事件では、担当した特捜検事が逮捕されるなど一定の粛清が行われています。この事件に関しては証拠捏造の証拠がはっきりあった点もありますが、先の二つの事件と違って何故粛清が行われたのかと言えば、冤罪の対象が厚労省の役人だったからじゃないのかと改めて思います。一般人と違って同じ国家公務員相手の冤罪事件だったからこそ、手打ちがあったのかもしれませんが一応トカゲのしっぽ切りとして前田恒彦とか切ったのだという気がしてなりません。

 なおこの前田恒彦は前科者のくせに「元特捜検事」の肩書でYahooニュースへ偉そうにオーサーコメント書いてくるのがむかつき、顔を見るだけでも苛立たしいです。しかも書くのは決まってどうでもいい事件ばかりでどうでもいい事件ばかりで、こいつの本当の専門であるはずの冤罪事件については何一つコメントしないのも何様だという風に感じます。法律関係以外で再出発するなら応援しますが、証拠捏造という最低の行為をしたのだし、法律界とは一切かかわらず距離を置くというのが普通の人間の感覚だと私には思うのですが。

2025年12月22日月曜日

20年ぶりに読んだ冬目景の「黒鉄」

中国の救急車「前の車どけ!こっちは緊急走行中だ」 →前の車「道を譲るのは気に入らない」(痛いニュース)

 上のリンク先にある動画ですが、こんなの中国だと話題にもならないんじゃないかと思います。というのも自分の周りでは、緊急走行中の救急車に対し逆に追い抜きをかける一般車をよく見ます。

 話は本題ですが今週、ちょっと出費がヤバいです。というのもあちこちで年末セールやってるため電子書籍やらSteamのゲームやらやたら買い込んでます。DMMの電子書籍なんか1週間ごとに1回の購入が1万円以上なら追加割引するので先週と今週でこれを2回やり、日本円のクレジット購入額が前月比で急増しています。
 そうして購入した電子書籍の中には、先日言及した「FX戦士くるみちゃん」と「あいちゃんと山田さん」という萌え系鬱漫画2作品が入っているほか、冬目景氏の「黒鉄・改 KUROGANE-KAI」という漫画も入っていました。

黒鉄(Wikipedia)

 この「黒鉄」という漫画は、恐らくは手塚治虫の「どろろ」のオマージュと思われる冬目景氏の漫画です。簡単にあらすじを説明すると、江戸後期に仇討を果たしたものの半死半生となった主人公の少年に対し得体のしれない医者が改造手術を行い、半機械ともいうべき状態で蘇生させ、その後少年は腕の立つ無宿の渡世人となって北関東を旅していくという内容です。
 基本的に数話ごとに話が終了する短編形式で進む漫画なのですが、元々鉛筆で書いたデッサン画のような描き方をする作者なだけに、時代劇形式を取っているこの作品は画風とのマッチが非常に高く、最初読んだときはかなり感銘を受けました。

 そんな「黒鉄」を私が最初に読んだのは学生時代、古本屋で1冊100円で売っていたのを購入したことからでした。冬目景氏についてはその代表作の「イエスタデイをうたって」はかねてから知っており、こんな漫画も描いていたんだというのが最初の印象でした。
 なお「イエスタデイをうたって」というタイトルを見るたびに「王様はロバ」という漫画で「イエスタデイのトゥモローはトゥデイ」というタイトルの歌が出てくるのを思い出します。

 話を戻すと、最初に「黒鉄」を読んだのはマジで20年以上前で、連載されていた時期に至っては30年以上も前だったりします。そんな昔の作品を何故今回電子書籍で購入したのかというと、この漫画がつい最近になって完結したと聞いていたからです。というのもこの作品、不定期連載で行われていたものの途中で掲載が途絶え、明確な完結を迎えないまま初期シリーズは5巻で打ち止めとなっていました。
 こうしたことはこの作者には非常によくあることで、先のアニメ化もされた「イエスタデイをうたって」も途中で連載が中断して長期間ほったらかしにされていました。こんな具合に冬目景氏は、次々と新連載を立ち上げては途中でほっぽりだす悪い癖があり、この「黒鉄」についてもまさにそんなほっぽり出された作品のひとつでした。

 ただ作者本人もそういう指摘を気にしてたのかこの10年くらいの間は過去作品の幕引きを積極的に図るようになり、この「黒鉄」もタイトルを「黒鉄・改 KUROGANE-KAI」に改め、2017年から定期的な連載が行われ、2020年に無事に完結に至ったそうです。この事実をつい最近まで知らなかったのですがひょんなことからネットの情報で耳にし、完結したのだったらと安心して今回の購入にリストにいれていました。
 なお年末セールがそろそろ行われるという予感はあったので、先月から買ってる漫画に新刊が出てもすぐ購入せず、ずっとストックしておりました。

 それで約20年の時を経て連載再開された「黒鉄」を今回一気に読んだのですが、個人的に驚いたのは20年前の画風がきちんと維持されており、大きな抵抗なく新装版も読むことができました。またその特徴的な画風もさることながら各話のストーリーもつなぎがいいというか先が気になるような展開と終わり方を毎回維持されており、単行本一冊だけ読むつもりが二冊、三冊とどんどん続いていって、こうした読者を引っ張るうまさは熟練したものを感じました。
 また今回は昔と違ってちゃんと完結まで持っていっており、変な消化不良もなく最後まで安心して読めて、読者として長い間待たされた感がありましたが非常に満足いく内容となっていました。

 なお久々に読んで感じたこととしては、今作のヒロインの紅雀の丹というキャラについて、えらく丸顔のキャラだなぁという感想を持ちました。このキャラは男勝りに腕が立つし気が強い少女なのですが、丸顔の上に髪型がおかっぱなのでその丸さがさらに際立つようになっており、少年っぽい少女という造形が強く反映されているように思えました。

 最後に蛇足でしょうが、先に挙げた「イエスタデイをうたって」はアニメ化されましたが、実際中身は見ていないもののそんなに話題になったとは思えず、そもそもアニメ化しようという企画自体間違ってたのではという気がしてなりません。この作者の漫画はアニメにするには非常に相性が悪い画風だし、さらに「イエスタデイをうたって」は90年代の時代間だからこそ評価されるのであって、現代であんなストーリやっても見る奴いるのかよと問いたくなります。
 なおこの漫画、大学時代に単行本を購読していて部屋の中においていたら後輩が「あ、この漫画新巻出てたんですね」というので、

「なんやその新巻出たのかなり前やで。出とるの気づかんかったんか?」
「(後輩の実家がある)島根にはこんな漫画、売ってるところありません。広島までいかないと買えません!」

 と言われ、これ以降、「島根ってヤバい僻地なんやな(´・ω・)」と無駄に島根に対して舐めた感情を持つようになりました。

2025年12月21日日曜日

知らんうちにえらいことになってたタイ経済

副首都、維新案に自民反発 「大阪ありき」協議難航も―首都直下地震(時事通信)

 上の記事見て真っ先に思ったのは「副首都ゆうたら奈良やろ」でした。平城京跡地に建物作っていいし、後醍醐天皇の頃には南朝も開かれてんだし、何大阪がしゃしゃりでてきよってんなどと、無駄に否か自慢したくなりました。


 話は本題ですが、昨夜見た上の動画を見て非常に参考になりました。このところあんまり勉強していない、っていうか日本語媒体だと意外と海外経済の情報って入ってこないし日本語雑誌も手に入らないのでおざなりとなっていましたが、見出しにも掲げている通りになんか知らない内にタイの経済がヤバいことになっていたようです。

 簡単に私の方から解説すると、80年代から90年代にかけてタイは日本などからの生産拠点移転に伴う投資を受け順調に成長し、もはや死語ですが当時なんかはアジアNIESと呼ばれるなど新興経済国として扱われていました。しかし97年のアジア通貨危機をきっかけにこの流れが一旦断たれ、中国の台頭を受けて移転先として価値が弱まっていきました。
 そこへきて10年代からは度々政変が起きて海外の投資家からも不安視され、さらには2016年には一心に尊敬を集めていたプミポン前国王が亡くなり、政情不安に拍車がかかるようにもなります。その上に、上の動画でも詳しく解説されていますが経済成長がある程度発展する前にタイは早くも少子高齢化に入ってしまい、なんと去年の時点で出生率で日本を下回るようになり、今後もさらに下がり続けると予想されているそうです。こうなった背景についても、上の動画で詳しく解説されています。

 前述の通り、個人的にはタイが出生率で日本をすでに下回っているという事実は非常に衝撃を受けました。日本は出生率が低いと言われつつ同じアジアでも中国や韓国を上回っており、なんかこれだと自分が散々批判している日本の少子化対策は効果を出しているように見えてきます。ちょっとマジこの辺の見方は変えようかな(;´・ω・)

 敢えて上の動画にない点を自分の方から付け加えると、中国との絡みでは実は2011年に少し動きがありました。本格的に荒れるのは翌年の日本の尖閣諸島国有化の時なのですが、既にこの時点で多くの日系企業が中国の政治リスクを懸念し人件費も高騰してきていたので、生産拠点を中国からほかの国へ移すことをよく議論していました。でもって、その移転先の第一候補というのもタイでした。
 何故タイが最有力候補として扱われたのかというと、ホンダ系をはじめ既にある程度日系企業が進出しており馴染みがあったことと、中国のように政治問題が加熱することはないという安全性からでした。そのため多くの日系企業がかなりマジで移転を準備していたのですが、2011年のタイ洪水で自然リスクを目の当たりにし、一気に移転熱がしぼんだことがありました。またタイに進出する場合、聞くところ現地のタイ人を一定数雇わないと会社設立が認められないなど、中国以上に進出制限が厳しく、この点でも進出を敬遠する企業が少なくありませんでした。

 そうこうしているうちに中国は市場がデカくなって、現地販売込みならばと生産拠点はそのまま存続されることとなりました。それでもより低コストを目指して動く企業なんかは、私の周りだとやはりベトナムが最有力候補で、次いで経済拡大が著しいインドネシアやフィリピンなどが来て、タイが候補として挙げられるのはほとんど耳にしません。
 またその後は戦術の通りタイでは政変が相次いでいるうえ、今年に入ってからは隣国カンボジアとの紛争も頻発するようになり、恐らく今タイへの進出または追加投資を考える日系企業はほぼないんじゃないかと思います。むしろタイからベトナムなどへ、アジア地域の拠点機能を移そうとする企業の方が多いでしょう。だとすると、タイと日本のかかわりは今後ますます弱まっていくことになるでしょうが、それは日本に限らず、タイ経済の未来はかなり厳しいという懸念がもたげます。

 最後に余談ですが、タイと自分が一番密接だった頃は北京の留学時代で、クラスでいつも隣の席にタイ人女性の生徒がいました。顔合わすのは教室だけでしたがそこそこ仲良く、年下だと思ってたら向こうのが年上だということに最後に気が付いたのを今でもよく覚えています。