2018年5月8日火曜日

その辺のぺがさす

 今日ふと何故日本人は自国を過信するようになってきたのかと考えた際、「犯人はプロジェクトXだ」と思い至りました(0.8秒)。せっかちな性格もあって、何かの問いに対しては先に結論出してからそこまでの過程を後から考えることが多いので、決して上の思考過程は誇張ではありません。

 では順を追って何故このような結論に至ったのか説明すると、そもそもまず日本人が自国を過信しているかという点については私の目から見た印象ですが、恐らく間違っていないかと思います。未だに大半の日本人は時刻が技術大国だと思っているようですが、既に工業方面でも技術の衰退はかなり進んできている上、学術分野の論文出願数や特許取得数、そして新規技術への対応の点に至っては世界的にもはや遅れている部類に入りつつあると言わざるを得ません。
 そもそも何故このとっかかりを得たのかというとMRJのテコ入れに開発している三菱航空の増資を三菱重工が行うつもりという報道を見たからです。MRJも発表当初は優れている点が盛んに喧伝されましたが、延期に延期を重ねたせいで設計が古くなり、もはや優位点はあまり見つからないのにいまだ完成もしていないというデススパイラルに入っています。

 話は戻りますがこうした主に技術方面の過信について何が発端なのかと考えた際、民族的なプライドなども浮かんできましたがそれ以上に地味に大きな影響元として、「日本礼賛番組」の存在があるのではと思えてきました。
 ネットなどで見ている限りだと最近は減ってきているようですが(それでも一部で話題になっている辺りはあるのだろうが)、2010年代前半はこの手の番組の多さに私自身辟易しました。ちょうど中国から日本に戻って一時滞在していた時期ということもあるでしょうが、チャンネルをいくら回しても「にほんはスゴイ!」的な番組ばかりで、しかもその異様さを誰も指摘していないという状況が私には不思議に思えて仕方なく、その辺は当時のブログにも書き残しています。

 もっともこうした違和感は徐々にとはいえやはり広がっていったのかそれからしばらくして私だけでなく、「礼賛ぶりがかえっておかしい」と指摘したり、単純に番組がつまらないという声も増えて言ったように思え、そうした流れもあってかどうもこの手の番組はまだ勘違いしているところを除いては大分なくなったようです。なおこの手の番組を私自身は全否定するつもりもなくたまに見る分なら面白いと思いますが、2010年代前半は明らかに異常なくらいにこの手の番組が氾濫していたように思えます。そして何故この手の番組が氾濫したのかというと、想像ですが背景には2010年前後にあった主にフジテレビを中心とする異常な韓流推しの反動があったためではと推測しています。

 話は戻りますがこうした日本礼賛番組が、すべてとまではいかずとも日本人の過信を助長させたとするならば、さらにその源流はどこかと考えたところ出てきたのが「プロジェクトX」でした。番組内容については著名であるためいちいち説明しませんが、この番組自体はよくできているし評価に値しますが、もし「かつての日本の栄光」に浸ることに対して強めのカタルシスを日本人に与えてしまったとするならば、長期的に見て悪影響を及ぼした可能性もある気がします。
 特にこの番組について、この番組放送以降にもしかしたら起こっていたのかもと思う変化として、過去の日本の技術礼賛によって過去に取りつかれ、未来を見なくなってしまったのではと思う節があります。そう思う根拠として、ここ数年の日本の報道などを見ていると、新技術に関する解説や評論、礼賛や応援がなんか減ってきているように私には感じるからです。具体的に言えばなんで5Gの解説があんま出てないんだとか、自動運転についてもリスク面の話ばかり出るし、そして何よりさっきのMRJの優位性もかなり専門的な記事を追わないと出てきません。まぁ最後のは最初にも書いた通り既に優位性を失っているだけかもしれませんが。

 思い起こすとまだ私が子供だった頃は新技術について、「これからの未来は明るい!」的なノリでもっといろいろ紹介されていたような気がします。特にゲーム関連について言えばプログラムやメモリの発展過渡期だったこともあって機能や画像表現の進歩についていちいち特集されていました。また携帯電話をとってもその通信機能やアプリ機能など、今よりワクワク感に溢れた特集が組まれて紹介されてたように思います。
 ただ単に技術の発展過渡期だったとすることもできますが、ここ中国にいると新しい技術やサービスについてよく取り上げられており、これらと比べるとなんか日本は新技術について及び腰というか、むしろ排他的な姿勢にすら感じるところがあります。一方で日本の技術は世界最先端だと完全に信じ切っており、何故そうした発想に至るのかというとやはりプロジェクトXのせいというか、過去の栄光にすっかりとらわれて現実や未来が見えなくなっているのではと、かなりきつい言い方ですがそんな風に覚えます。

 その上で私個人の提言として、過去の技術なんて現代では全くお金にならないのだし、もっと新技術に目を向け社会全体で研究開発熱を盛り上げて行くべきであり、日本の技術は最先端だとか一旦そういうのは置いといて、今よりもっといい技術をもっと貪欲に追い続ける姿勢こそが大事だと思います。
 それこそ飛行機一つとっても、この際だから脳波で動かすサイコミュ連動型作るとか、ビームライフルの標準搭載を目指すとか、他の国には絶対真似できない三身合体を実現させるとか、あり得ない空想をもっと本気で目指すべきでしょう。もっと夢を語るんなら、ギュネイ・ガスを超える強化人間とかもアリですが。

 なお見出しの「その辺のぺがさす」は「草原のペガサス」の空耳版です。一度これ知ってから猛攻としか聞こえません。

4 件のコメント:

  1. 新技術がもたらす刺激に人々は慣れてしまったのでしょう。フェヒナーの法則というものがあります。人に1の強度の刺激を与え、1の強さを感じ、2の強度の刺激を与えて2の強さを感じたとします。次の3の強さを感じるとき(刺激の強さが変わったと自覚できるとき)は、4の強度の刺激を与えなければならないのです。さらに5の強さを感じるには、8の強度の刺激を与えなければならないのです。このため、人間は刺激が強くなるほど刺激の差異を感じにくくなるそうです。

    高度経済成長期の刺激を味わった人間は、次の強度の刺激を味わうことが出来なくなってしまったのでしょう。その高度経済成長期が終わり、少子高齢化を迎えこれから人口が減ると言われているのですから、皆が社会の停滞を感じているはずです。過去の日本の技術礼賛も、心の底から熱狂するようなものでなく、現実逃避に過ぎないものでしょう。だからみんな薄々、日本の成長は終わったと感じているのです。そう思い込んでいるからこそ、小さな進歩はますます見過ごされてしまいます。私も、新技術のもたらす利益(=刺激)ではなく、新技術そのものに世が関心を向けるべきだと思います。

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    1.  この記事は長々書きましたが、一番言いたかった点としては最後に指摘されている新技術に対する見方です。やはり中国と比べるとこの意識が日本は極端に低くなってきているように思え、ちょっと先行きも暗いです。
       なお刺激の強さに関してはたとえばゲームだと、かつては3Dのバーチャファイターが出ただけで大騒ぎでしたが、今じゃ3Dは当たり前で、むしろ2Dトットでいいゲームが出る方に驚きを感じます。びっくりするような仕組みをもっとゲーム業界も考えてほしいです。

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  2. 片倉(焼くとタイプ)2018年5月10日 22:25

    プロジェクトXの放送一覧を見直してみました。紹介されたプロジェクトのうち科学分野で
    今も日本がリードしているものはデジタルカメラしかないです。 そのデジタルカメラも
    スマートフォンの出現によって市場規模は縮小しています。 (一応SUICAは日本では成功
    していますが世界で受け入れられるかはまだ未知数です) そういえば現代のフィルム
    であるSDメモリーカードは日本では規格が乱立する日本ではめずらしく事実上の標準規格に
    なりましたね。

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    1.  言われてみるとSDカードは確かに世界標準規格として設立しましたね。同じくフラッシュメモリも、まぁこれは規格が統一されたというよりか、東芝の圧倒的シェアによってねじ伏せたと見るべきでしょうが。
       デジカメも先日カシオが完全撤退を発表しましたが、10年前までは花形だったものがこうも短い間でこうなるのかと思うと寂しい限りです。日系はあまり絡みませんがスマホの春も、10年後にはどうなることやら。

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コメント、ありがとうございます。今後とも陽月秘話をよろしくお願いします。

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