それで話は本題ですがこれまた上記ニュース見出しを読んで、「令和の時代に『昭和的』?(。´・ω・)」という風に思いました。言葉の使い方が間違っているわけでなく、慣用的に「力ごなし」、「効率無視」、「時代錯誤」などのような意味合いで「昭和的」という言葉は確かに使われていますが、平成も終わったというのにまだこうして使われるものかという疑問が一瞬もたげました・
何故未だに使われるのかというと、やはり昭和という時代がそれだけ日本にとってインパクトが強かった、並びに年数的にも長かったことが影響しているとみて間違いないでしょう。ただ平成も一応約30年続いたのだから、「平成的」という言葉があってもいい気がするものの、そんな風に使っている文章は一度も見たことがないです。仮に使われているとしても、何を以って「平成的」と例えているのか一見してわかりません。
ならば昭和の前の「大正的」とは何ぞやとなると「浪漫的」な性格になるのか、「明治的」だったら「文明開化的」な性格なのか、「天正的」なら何でも武力解決しようとするのか、「大化的」だったら母ちゃんの目の前でおっさん刺殺してクーデター起こしそうな性格なのかなど、変に「時代+的」のバリエーションを考え始めました。まぁ見ての通り、どれもしっくりこないというか「昭和的」ほどの納得感が得られません。
ただそれにしても昭和が終わって30年以上も経つのにオフィスワークに関して「昭和的」という言葉が使われるというのも、なんだか考えものです。日本の初任給のように、日本語もこの30年間で全く変化がないのかなともちょっと思いますし、新しい言葉が多けりゃいいってもんではないですが、折角令和になったんだからこの辺の言葉で新しいのはもう少し出てきてほしいものです。
最後に今ぱっと思いついたけど、「ローマ的」と書けば古臭さを感じないことに気が付きました。なんとなく顔の濃い人に使われそうな言葉ですが。
2 件のコメント:
実際のところ「昔からやってた通りにすることこそ我が使命」みたいな人たちはまだまだいて、そういう層が平成においても昭和の文化を守り抜いていたので、令和になっても昭和の言葉が出るのは実感として間違いではないかなと思います。
まだ今の50代は昭和末期に入社した層ですから、その頃に叩き込まれた経験はなかなか消えてくれません。
地味に自分がいま怖がっているのは、あと何十年かしたら自分も「これだから平成的な考え方で……」などと陰口叩かれることです。いちおうギリ昭和ラストエイジですが、古い時代人間として一緒くたに扱われるのかもと変にびくびくしています:;(∩´﹏`∩);:
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