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2011年5月20日金曜日

スーパー堤防について

 以前に行われた仕分けを見ていて、「おっ、これも廃止か。そりゃよかった」と思ったものの中の一つに、今日取り上げるスーパー堤防が入っていました。結論から申せば、震災を経た今においてもこの考えに変わりはありません。

高規格堤防(Wikipedia)

 スーパー堤防の正式名称は上記の高規格堤防というそうですが、時期にして大体五年位前にこの計画案を聞いて大いに呆れたのをよく覚えています。今回の東日本大震災では津波被害が深刻だったことからこのスーパー堤防がやけに注目を浴び、事業仕分けで廃止を決定した蓮舫氏には非難が集中して石原都知事もドヤ顔で、「廃止したんだってな( ゚∀゚)」と、直接皮肉を言ったそうです。そうした声がある中、繰り返しますが私はスーパー堤防には反対です。

 私が何故スーパー堤防に否定的なのか、その理由は上記に貼ったウィキペディアのページに貼られている図を是非とも直接見てもらいたいのですが、はっきり言ってとても実現できるとは思えない代物だからです。あくまで素人ながらスーパー堤防の中身を解説すると、通常の堤防は川や海沿いに盛土、水門設置などをすることで水かさが増した際に堤防の内側にまで水が入ってこないようにするのですが、あくまで盛土されるのは水のある付近だけです。それに対してこのスーパー堤防というのは水が一切入ってこないように川、海沿いだけでなく、堤防の内側深く、長さにして数百メートルに渡って堤防の高さと同等まで盛土し、言い方を変えるならそのまま丘を作ってしまうという途方もない計画です。

 この計画は言うは易いですが実現となると果てしない過程を要します。まず必要なのは丘を作るまでの大規模な工事ですが、そもその話として国土交通省がゼネコンの利権などを失わないためにこのスーパー堤防を提案したとも言われており、仮に現在堤防のある地域をスーパー堤防化させようというのなら一部の箇所だけでも百年単位の時間が必要と予想されるほどの工事になると聞きます。確かにそんな大工事ならゼネコンは一生食うに困らないだろうけど。
 そうしたありえない工事量もさることながら、私が絶対に実現不可能と断言するのはすでに堤防周りに住んでいる住人の存在です。計画を実行するのであれば堤防の内側深くまで高く盛土しなければならず、言うまでもありませんが工事をするためには堤防近くに住んでいる人たちには全員立ち退いてもらわなければなりません。私の家の近くの川沿いにも土手がありますが、その周辺は100メートルはおろか道路一本挟んだ先にはすぐ家があり、住人全部を立ち退かせるというのであれば一体どれだけの費用がかかるのか、まさしく天文学的です。

 その上、これは技術的なことなので極端に強くはいえませんが、このスーパー堤防は大雨などによる河川氾濫には有効でも津波対策としては価値がないという話を聞きます。私自身も津波のメカニズムやこのスーパー堤防のシステムを考えると、確かにあまり効果がないように思えます。
 その一方で、「大量に盛土するスーパー堤防では地震時に液状化現象が起きる」という話を聞きますが、逆にこれはあまり心配しなくてもいいような気がします。液状化現象は高校で地学(独学)を勉強しただけあって管首相が「俺は原子力に詳しいんだ」と言った程度に詳しい自信がありますが、これは湿地帯や海などの水分を多く含む土壌への埋立地にて起こる現象で、元々固まっている地盤の上の盛土であれば液状化は起こらないと思います。だからと言ってスーパー堤防がいいわけじゃないけど。

 友人にはネットの意見なんかいちいち気にするなと言われますが、私はこのスーパー堤防を廃止したとして蓮舫氏を非難している方々に対して直接、本気でこんな計画が実現できると思っているのかと問うてみたいです。現在の案では川沿いに住んでいる住人らには工事中は別の場所に住んでもらって、工事が完了したらまた戻ってもらおうとしているそうですが、この案でも家は建て替えなければならないし工事はいつ終わるかもわかんないのだし、そんな案が呑めるとはとても思えません。
 なおかつこのスーパー堤防は一部分でも盛土が出来なければ、それだけで価値はなくなると聞きます。いくら津波対策が必要だからと言って、こんな実現性も実用性も低いものには私は支持することができません。

 批判、非難はいくらでも受けます。ただその際には技術的な内容とともに実現性について説明をしてもらえば助かります。

  おまけ
 大学受験で地学は選択者が少なくて点数が稼げるというので、高校に授業がないにもかかわらず独学してセンター試験で受験しました。結果は三ヶ月の勉強で80点だったので、まぁまぁだと思います。もっともそれ以上に、日本史をメインに勉強しつつ世界史で85点取ったことの方が我ながらよくやったと思うのだけれど。

2011年5月19日木曜日

因幡の白兎について

 ちょっと歴史物が不足しているので、しばらく古代史物を書いてこの際に一気にまとめてしまおうかと思います。歴史に詳しい方からすれば「何を今更」と思われる内容かもしれませんが、知らない人に話すと結構受けがいいので批判を気にせず書いてしまいます。

 そんな一発目に取り上げる今日のネタは、有名な童話の「因幡の白兎」についてです。この話の舞台は私が本気で永住を考えている因幡の国こと鳥取県で、鳥取の海岸沿いを車で走っているとガードレールなどによくこの白兎のイラストが描かれています。
 ただ現在の研究によるとこの話で書かれている因幡の国は現在の鳥取県である確証はなく、山陰地方での話という可能性は高いものの確たる証拠がないのが現状です。まぁそれ言ったら東京都の業平橋の元となった在原業平の東下りも、当時あのあたりは全部湖沼地帯だったろという突っ込みも出来てしまうのですが。

 話は戻って因幡の白兎についてですが、恐らくこの話ほど議論を呼び、歴史的考証価値の高い童話はないでしょう。と言うのもこの話の主人公は古代史におけるキーパーソンの一人である大国主で、その後の彼の行跡を考えると無視することの出来ない逸話です。では具体的にどんな話なのかですが、以下に簡単にまとめておきます。

 ”ある日一匹の白兎が沖合いの島に渡ろうと思い立ち、ワニ(原典では和邇)に対して「お前たちが何匹いるか数えてやるから、あの島との間にみんなで整列してくれ」といい、浜から島まで一列に並んだワニたちの頭を飛び越えながら島へと向かいました。島まであと少しというところで白兎は、「俺は島に渡りたかっただけだよ、ご苦労さん」とつい洩らしてしまい、怒ったワニによって白兎は背中を噛み付かれて皮を剥ぎ取られてしまいました。
 背中を噛まれた白兎はその痛みから海岸で泣いていると、通りかかった大国主の兄弟らに、「海水を背中につけて風に当たると良くなるよ」と嘘をつかれ、正直にそうやった白兎はますます背中が腫れてまた海岸で泣き続けていました。すると今度は大国主が通りかかってわけを聞くと、「水門へ行って水で洗い、蒲を撒き散らしてその上で転がれば良くなるよ」と教え、白兎がその通り実行すると今度はきちんと治ったとのことです。”

 話自体は童話によくある話ですが、肝心なのは大国主が出てくることはもちろんのこと、この話が載っているのが「古事記」ということです。古事記というのは現在になって研究が進んで大分わかってきましたが、実際にあった歴史を微妙にぼかすと言っては何ですが、童話や寓話仕立てにテイストしなおして書かれていることが多い史料です。よってこの因幡の白兎についてもなんらかの歴史的真実が含まれている可能性が高いと言われております。
 今現在で最も有力視されているのは、大国主がその兄弟と比べて立派だったということを立証するエピソードとして添えられたという説です。ネタバレしますがこの後に大国主は兄弟から命を狙われたために逆に全員を皆殺しにして、出雲にて自分の国を開きます。つまり国を開いた大国主を正義の味方のように書き、兄弟たちは人の悪い性格で殺されても仕方ないと思わせるために入れられたのではないかとされています。まぁこれ以外にも大国主には似たようなエピソードがたくさんありますが。

 そうした大国主の正当性を高めるためといった内容とともに、恐らく最大の議論となっているのは途中に出てくる「ワニ」でしょう。もちろん今の日本にはワニがそこらへんうろちょろしているわけじゃないため当時の日本にはワニがいたのかってことになってくるのですが、当時の気候条件や生態系から考えるとやはりその可能性は非常に低いです。ではここで出てくるワニとは何なのかということで日夜熱く議論されているのですが、そもそもの話として原典では「和邇」という漢字が当てられているだけで、本当にこれを「ワニ」と読むのか、はたまたどんな生物を指しているのか全くわかりません。

 一応現時点で強い説というのは「ワニ」ではなく「サメ」なのではないかという説で、私もこの説を支持してます。実際に日本海にいて噛み付くといったら適当だし。ただこのサメ以外にもウミヘビとか、はたまた昔から中国には痛そうですから伝え聞く話で適当にワニを入れたという説もあります。ただどうしてこの「和邇」という字が使われたのか、単に適当に入れられただけかもしれませんが考察する価値は高いように思えます。

 敢えてここで大胆な説を挙げると、もしかしたこの話の舞台は因幡ではなく当時にもワニがいたと考えられる中国南部のどこかだったのかもしれません。中国南部には今は野生ではまったくと言っていいほどいませんがヨウスコウワニという種類のワニがおり、その地域における話が回りまわって日本にも伝わって、登場人物が大国主、舞台が因幡に置き換わっただけなのかもしれません。何の確証もありませんが。

 最後にこの因幡の白兎について、20世紀最高のギャグ漫画とまで評された「MMR」では、白兎が背中を噛まれたというのは暗に放射能被爆をしたことを物語っているのではないかと聞いてるこっちが大爆笑しそうな大胆な予想を立ててました。

2011年5月18日水曜日

テレビ局への罰則

 突拍子もなく言いますが、テレビ局にはそろそろ明確な罰則規定が必要じゃないかとこの頃よく思います。以前の陽月秘話時代にもテレビ局の不祥事などは割と頻繁に取り上げてきましたが、そうした不祥事を改めて眺めてみるとテレビ局というのはたとえどんな不祥事を起こしても放送免許が取消されることはおろか外部から処分されることはなく、影響力の強い媒体なだけにやはり問題があるように感じます。

 現在テレビ局の不祥事についてはBPOという、テレビ局関係者や有識者によって組織される委員会が視聴者からの提起やクレームを受け、問題があると判断した番組を放送したテレビ局に対して注意や勧告を行っております。しかしBPOははっきりとテレビ局を処罰することはなく勧告しかしないと宣言しており、実際にこれまで勧告を受けてきたテレビ局も本当に受けるだけで、中には反省して番組を打ち切りにすることもありますがTBSの「バンキシャ」や「朝ズバッ」に至っては何度も勧告を受けてきているにもかかわらず未だに放送が続けられております。

 これまでにも何度かテレビ局の不祥事への処罰を法制化してはという声は上がってきましたが、そのたびにテレビ局側からは「報道の自由が侵される」と主張して見送られてきましたが、逆を言えばどんなことをやっても一切処罰が強制されない今の状況はどんなものかと思います。それこそTBSのように開き直ってしまえば事実上抑えが利かず、好き勝手にやられても黙ってみているしかないのではないでしょうか。

 そういう意味ではこの際、法律化してもいいしBPO以外にも外郭団体を作ってテレビ局をしっかりと監視、処罰を決める団体を作っては如何でしょうか。「報道の自由」とはいいますがそれはルールあってのもので、自主規制がきちんとなされているのであれば黙ってみていられますが「バンキシャ」が続いているあたりはそれを期待することも難しく、この際作っちゃほうが早いと思います。
 ではどのような不祥事にどんな処罰を与えればいいのかですが、最高罰にはもう放送免許剥奪を据えていいでしょう。というのも今の東電の不祥事を見ているとやはり独占企業は危機管理が甘いというか、どうせなんとかなるだろうという意識があるのかどうも責任というものが他の民間企業と比べて希薄です。それであれば下手なことをするのであれば一挙に廃業にしてしまえるように、また独占体質を打破するためにも放送免許剥奪は入れてもいいでしょう。

 とはいえそうバンバンとテレビ局を潰していてはいろいろとややこしいので、実際にはもっと軽い処罰をいろいろ用意しておかねばなりません。まず最もポピュラーで実際によくされているものとしては「番組内での謝罪、訂正」です。これなんかは意図せずして誤報を流してしまった場合、思わぬものが映ってしまった場合などにすればいいかと思います。
 次に厳しい処罰としては、これも実際に行われている「番組の打ち切り」です。これは確信犯的に誤報を流した、もしくは番組内で死傷者が出るなど安全対策を怠った際への処罰にいいでしょう。

 そしてこの上に、何度も注意や勧告や処罰を受けているにもかかわらず不祥事を繰り返す、もしくは社会的に重大な影響を与えた不祥事を起こした際には、一週間とか一ヶ月間と期限を決めてそのテレビ局でのすべての番組放送禁止を盛り込むことを提案します。個人的に放送免許剥奪以外に、テレビ局が一番嫌がるのはこれだと思うし。

 こんな具合で昨日からいろいろと考えつつ下調べを進めてきていたのですが、改めて調べてみるとBPOに寄せられるクレームの中には確かに「なんじゃこりゃ」と言いたくなるような妙なクレームとかが数多く、処分をきつくしろと言いながらもテレビ局側の立場も尊重しなければと少し考えを緩めました。具体的にその妙なクレームをいくつか紹介すると、深夜番組に子供が見るのに不適切な内容がある(そんな遅くまで子供を起こすな)、番組に出てくる芸人が気に入らないなど、ただでさえモンスターペアレントなどクレーマーが増えている世の中なので罰則を決めるのであれば慎重な議論を行い、何をしたらどうなるのかを明確にした上で実施すべきでしょう。

 最後にテレビ番組についてちょっと一言言うと、何故かは知らないですが日曜昼過ぎに放送される「新婚さん、いらっしゃい」は中国人留学生らにやけに人気で、私の現上海在住の友人もことあるごとに「あれが見たい」と洩らします。なにか中国人と波長が合うのかわからないけど。
 ただ「新婚さん、いらっしゃい」は確かに私もよく見ており、飼い犬(ペス)に子供のへその緒を食べられたなどくだらないエピソードをよく覚えています。特に予定がない日曜日などはこの「新婚さん、いらっしゃい」ともども、昨日亡くなられた児玉清氏が司会をしていた「アタック25」を続けてよく見ていました。児玉氏は元NHKアナウンサーの松平定知氏に次ぐほど話し方がきれいな方で、私自身も非常に好きな司会者だっただけに今回の訃報は非常に残念なものでした。心から、ご冥福をお祈りします。

2011年5月16日月曜日

自虐史観の系譜について私の印象

 本当は昨日の記事に合わせて書くつもりでしたが、紙幅が足らないので今回独立して書くことにしました。

自虐史観(Wikipedia)

 自虐史観というのは戦後に行われた日本の歴史教育のことを指す際に使われます。内容としては戦前の日本を世界大戦を引き起こしたとして批判的に捉える観点から語られ、一部の論者からは過剰に日本、ひいては自国を否定する内容だとして90年代頃から逆批判が起こり、しばしば論争の的となりました。
 この自虐史観で強調されたのは戦前に日本が行った侵略への反省で、ある意味私なんか論争の起こった頃に教育を受けていた世代なので割かし懐かしい感覚すらあるのですが、南京大虐殺や朝鮮人強制連行、従軍慰安婦問題などは小学生時代からしつこく教えられた記憶があります。ただこうして教えられる内容はなんだか東アジアに集中してて、バターン死の更新とか東南アジア方面の話はなんだか扱いが小さかったような……。

 こうした歴史教育が戦後は一貫して行われたそうですが、これについて行き過ぎだとして主に「新しい教科書をつくる会」のメンバーなどから逆批判が起こるようになり、上記の歴史事件の再検証とともに戦前の日本政府、ならびに軍人らを再評価する動きが90年代中盤から起こるようになりました。そうした逆批判論者らの意向が強く反映されたいわゆる"つくる会の教科書"が発売されるや中国や韓国は、「過去の真実をごまかし、歴史を改変した内容だ」として公式に批判し、当時はってか今も続く国際問題とまでなりました。

 さてこの自虐史観ですが全部が全部語ると非常にややこしく、また議論する相手によっては余計なヒートアップを招いて論争にならなくなる可能性が高い議題です。そこでいくつかポイントを絞って実際にこの自虐史観による教育を受けた私の考えと現状を説明します。

・ポイント1、自虐史観はアメリカによる押し付けか
 これなんか安倍元首相とか平沼赳夫氏が激しく主張していますが、戦後日本を占領したGHQが日本が二度とアメリカに歯向かわないように徹底した反軍主義、戦前否定の教育を実施したことで自虐史観が生まれたという意見ですが、これについては私は明確に否定します。
 まず勘違いしてもらいたくないのは、実際にGHQが戦後直後の日本で戦前を否定する教育を推し進めたのは事実でそれについては私も異論はありません。ただGHQは占領後半になると対共産主義のために率先して日本の再軍備化を推し進める、いわゆる「右旋回」をするようになり、その過程で自衛隊の前身となる警察予備隊も生まれています。

 だからといって教育内容まで当時に変わったというわけじゃないですが、肝心なのはGHQの占領は1951年で終わっていることです。その後の日本はGHQが作った憲法とはいえ、日本人自ら選挙を行い、政府を組織し、文部省で自ら教育内容を決めていきました。少なくとも私が見る限り独立回復後の日本で90年代にいたるまでアメリカが日本の教育行政を握っていたとは思えず、きっかけは確かにアメリカの指導かもしれませんがそれを維持したのはほかならぬ日本人自身で、それにもかかわらずアメリカが押し付けて日本の教育は駄目にされたというのはちょっと違うような気がします。

・ポイント2、自虐史観が日本人をだめにしたのか
 これもまた上の二人組+藤原正彦氏がよく主張していますが、私としては疑問に思う意見です。そもそもの話としてそれほどまで歴史教育に影響される生徒自体多いとは思えず、いくら学校の授業で聞いたからといって日本は悪い国だ、周辺国に謝罪しなければなどと真剣に考える人間はそんなにいなかったと思います。一人や二人ならいるかもしれないけどさ。
 その根拠と言っては何ですが、90年代後半から尖閣諸島や魚釣島などで領土問題が起こるや中国や韓国への日本人感情は一気に悪くなり、その変貌振りを見るとそれ以前の両国への感情は申し訳ないとかそういうもんじゃなく、ただ単に無関心だった気がします。ついでに書くとこの教育でアメリカに対しても反抗心を持たなくなったとも言われていますが、これは沖縄問題が一番影響しているように思います。基地負担などすべてを沖縄に押し付けたが故で、アメリカに対してもまた大半の日本人は無関心だっただけではないかという気がします。

・ポイント3、自虐史観は今も続いているのか
 これについてはさすがに義務教育現場ではどうなっているのかまではわかりませんが、少なくとも日本全体の論調としては大分後退しているかと思います。その理由としては自虐史観では徹底的に被害国として扱われた中国や韓国と明確に領土問題になったり、中国に至ってはGDPでも抜かれるようになって主張に現実味がなくなってきたことが原因だと思います。さらについでに書くと、中国の方こそが自国の歴史をごまかそうとする気合が半端じゃないし。
 またこれは私自身が高校生だった頃の感傷ですが、はっきり言って歴史を勉強していてその主義主張なんかよりこっちとしては如何に受験でポイントを稼げるか一番関心があり、こういうことに大騒ぎするのはむしろ外野の大人たちだったような気がします。

 ただ振り返ってみてこの自虐史観は歴史認識として明確な間違いをいくつかしており(日本に民主主義はなかったとか、国民は軍部にだまされていたなど)、後退して個人的にはよかったなぁとは思います。その一方でつくる会らの「日本は米国などに追い込まれて戦争をした」などという後から来た主張も私は理解することが出来ず、こっちの主張も今度後退してくれればいいなぁって思ってます。
 なお戦前の歴史認識としては私が今一番傾倒しているのは半藤一利氏で、半藤氏の主張のように「日本人は何も考えずに戦争に向かっていった」というのが戦前に対して最も納得できる意見です。

2011年5月15日日曜日

私のナショナリズム遍歴

 なんか今日からこっちでYahooメールが開かなくなりました。これまでにもこういうことは度々あったので恐らく一時的で、また明日には開けるかと思いますが小学生の嫌がらせのように地味に腹立ちます。その代わりと言っては何ですが先日にダウンロードできなかったとこのブログで報告した電子書籍が何故かダウンロードできるようになり、ついに「でろでろ」の7巻をパソコン上で読むことが出来ました。あまりにも感動したもんだからすぐまた8巻も買って読んでしまいましたが、世に妹キャラはたくさんいれどもこのでろでろの「日野留渦」以上の妹キャラはいないんじゃないかとよく思います。

 こんなどうでもいい前文を書きながらですが、今日は私のナショナリズム遍歴を紹介しようと思います。個人的な内容かなと思って最初は見送りかけましたが、ちょうど私の青春時代が日本のナショナリズム観が戦後以降で大いに変動した時期なので書く価値があると判断しました。

 私が明確にナショナリズムを初めて持ったのは、年にして13歳の中学一年生の頃でした。その頃予備校で教わった先生にいろいろ社会問題を教わって政治について興味を持ち出し、世の中が良くないことを何でもかんでも政治が悪いせいだといっちょまえに口にしていました。同時に小学生時代はなんだか不公平に感じて否定的だった天皇制も途端に肯定的になり、中二病のようになんだか右翼的な行動や価値観がかっこいいと思うようになっていきました。
 当時は北朝鮮が弾道ミサイルテポドンを発射した時期で、私だけじゃなく日本中で国防について議論が盛り上がっていた頃でした。といっても盛り上がったのはまだ一部の人間にとどまり、一般市民はまだ政治については今より関心が低くて投票率も今なんかと比べると低い水準を維持してました。私はそんな低い投票率を見て、ありがちといえばありがちですがこんな日本人じゃ国が駄目になると、まぁ子供らしくストレートな感情を抱いていたのを我ながら恥ずかしく感じます。

 その頃にあったもう一つの大きな事件を話すと、ちょうと「新しい教科書をつくる会」(通称つくる会)が出来、教科書の裁定を巡って大きな議論が起こっていた頃でした。これは以前に外交白書も見て確認をしていますが、ちょうどこの頃からそれまで変動のなかった韓国、中国への好感度が振れ出し、2000年代に入る頃には明確に下がり始めます。
 そうした外交意識の変化以上にこのつくる会が巻き起こした騒動はいわゆる自虐史観からの脱却で、「日本はもう謝らなくていい」という言葉の元に歴史教育の改革が叫ばれるようになりました。当時の私は私立の学校にいたせいもあるでしょうが自虐史観についてはそれほど関心がなく、またつくる会の教科書も抽象的な内容が多いように思え、大学受験用として使うにはあまり価値がないと取り立てて気にはとめませんでした。

 その後高校生となった私は徐々にテレビニュースなどを見るようになって知識を蓄えるようになり、右傾化の傾向にも拍車がかかっていきました。靖国神社に行ったり正月の天皇参賀にも参加したのもこの頃で、親父に菊の御紋入りのがま口(1,000円)を買ってもらったのを覚えてます。さすがに使いどころが見当たらなくて未だに引き出しの中ですが。
 この頃になると政治に興味を持たない周りの生徒がたるんでいるように思え、電車の中だろうがなんだろうが頼まれてもないのに高説ぶるようになり、今見たら殴り倒したいくらいの生意気ぶりだったと思います。ただ当時の自分を唯一誉めるとしたら、誰かに師事して教えてもらうのではなくちゃんと自分から雑誌とかを読んで知識を身につけてった所です。そんな都合よくなんでもかんでも教えてくれる人はいないんだから自分で勉強しなきゃと、行動に移した点は及第点でした。またこの頃はまだ政治家になって世の中を自分が変えてやるんだ、自衛隊も強化して他国に侵略させないようにしなければとどちらかと言えばプレイヤー志向が強い時期でもありました。

 それが変化したのは大学に入って以降でした。大学入学直後でこそ自分は右の人間だと明確に自認していましたが、当時は小泉内閣で徐々に格差問題が表面化していった時期でもあり、郵政改革の過程で右派の中でも意見が割れ始めていた頃でした。勘違いしてもらいたくないのは当時の私は格差拡大論者で、現時点においても当時の小泉内閣における竹中平蔵氏の政策は正しかったと考えております。ただこの格差問題で私が気になったのは、右派の政治家や論者にこの格差問題にかこつけて小泉内閣を批判して政局にしようとする人間が現れだし、先述の郵政改革が進むにつれてその傾向が激しくなっていったことです。
 このあたりからそもそも右翼、左翼という構造で物事を考えていたら立ち行かないのではないと思うようになり、自分をどちらの立場において考えるのではなく政策ごとに独立して意見を持たねばならないと考えるようになりました。その結果自分を右翼、左翼とどちらにも置かなくなり、国に対する意識も何が何でも良くしなければという感覚も徐々に持てなくなっていきました。

 その後の過程はちょっとすっ飛ばしますが、現時点での私のナショナリズムはそれほど高くないと思います。よくこういうブログを運営していることから国のことを強く思っているのではと言われることがありますが、結局のところ国を変えても日本人が良くなるという確信が持てず、むしろ自分という個人の能力を高めるだけ高め、尋ねられたら教えるという行為を続けることの方が価値があるように今は考えています。自分への自戒を込めて書きますが、いくら政治を良くしようと政治家を変えたりしても国民が変わらない限りはなにも変わらないと思います。

 最後に、ではどうしてこのブログで政治解説などをやるのかという理由ですが、以前かも書いてはいますが単純に政治や時事を勉強したくとも勉強する手段や糸口が見つからない人間、対象としては大学生向けに「こんな考え方もあるんだよ」という紹介がてら書いてます。前述の高校時代に私も苦労した思い出があり、そうした人たちへの一助になればと文章を書く趣味をかねて書き続けてます。

2011年5月13日金曜日

四国新聞について

 最近堅い政治系の記事ばかりなので、柔らかい内容を一本投下しておきます。
 さて皆さん、四国新聞というのはご存知でしょうか。香川県の地方新聞なのですが、百聞は一見に如かずなので早速下記ホームページを開いてみてください。

四国新聞

 一体この新聞の何が凄いのかというと、上部にあるニュースカテゴリー欄を見てもらえばわかりますが「スポーツ」や「天気」、「求人」といったごく一般的なカテゴリーの中になんと、堂々と「うどん」というカテゴリーが存在してます。しかも試しに開いてみると香川県内のうどん検索機能がついており、「データで探す」を選んでみると以下のようなまた随分とカオスな検索項目が出てきます。

Q、誰と?
・子供連れで
・接待で
・大勢で
・デートで
・マニアな人と
・特定しない

Q、店のスタイルは
・一般店
・大衆セルフ
・製麺所型
・特定しない

Q、表示順位
・麺の太い順
・麺の細い順
・創業が古い順
・創業が新しい順
・1玉が大きい順
・1玉の値段が安い順
・特定しない

 どんだけ検索項目充実してんだよ……(;゚д゚)

公務員給与10%削減案について

 今日たまたまNHKで昼のニュースを見る機会があり、こんなニュースを目撃しました。

公務員給与10%削減、労使交渉始まる(朝日新聞)

 内容をかいつまんで話すと、管首相は震災復興に多大な予算が必要になることから国家公務員の給与を全体で10%削減することを提案したというニュースです。なお「震災対策にあたる自衛隊員らには一定の配慮」との文言から、自衛隊員への給料は削減の対象から外す方針のようです。

 正直、前回の「自衛隊員の給料削減報道について」の記事を書いた二日後にこうも早くも関連するニュースというか止めを刺してくれるものが出てくるとは夢にも思っても見ませんでした。前回の記事で私は「自衛官は10%の給与カットを決めたそうである。」と書いたこのJB PRESSの記事はガセである可能性が高いのではと指摘しましたが、同じ記事には「一方、総勢で7万人以上もいるとされる増税を主導する財務省のお役人が1円でも給与カットしたという話は全く聞かない。」とも書かれており、見事なくらいに本日の管首相の発言内容と真逆で、もはやガセの可能性とかそういうレベルではなくなったと言っていいでしょう。
 仮にこのJB PRESSの記事が伝聞調や可能性があると言った書き方や、何故自衛隊のみが10%の削減になるのかという理由や根拠も書いていればまだ価値はありますが、こんな断言口調で書いてればもうどうしようもないでしょう。恐らくなんの根拠も確認のための取材もなく、それこそ別の誰かの妄言を信じて強気で書いたのでしょう。もしかしたらこの記事自体が妄言そのものだったのかもしれませんが。

 それにしても前回の記事を書くきっかけになった、「現在の自民党への評価」の記事にコメントしてくれた「通りすがり」さんにはこのJB PRESSの記事が情報ソースなのかをコメント欄で尋ねているのですが、未だ返事がもらえておりません。もしこの記事を読んでいただけているのであれば、ぜひともご一報と現在のご感想をいただきたく思います。