ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2018年11月4日日曜日
悪魔の実?
先日、自宅でネットトラブルが起きた際に大家が来た際、お土産にと袋に入った上記写真のブツをくれました。袋の上から見て最初、チョコエッグかなと思ったのですが、実際にはリアルな果物でした。ただ果物だとしても、名前が何なのかはわからず、私自身はそれまで一度もこれを食べたことがありませんでした。写真の撮影が悪くうまく映っていませんが、妙にてかっていながら謎の青黒い模様が走っており、一見して「悪魔の実?」という単語が浮かんできました。
正直に言えば、最初はもう丸ごと全部捨ててしまおうかとすら考えました。しかし折角の贈り物を無碍にするわけにはいかないと思い、覚悟を決めて皮ごと食べてみましたが、やはり今まで食べたことのない味というか、表現しづらい味でした。決してまずいわけではないものの、食べ慣れない味ということもあって感覚的にはいろいろな思いが去来しました。何度も言いますが決してまずいわけではないものの、一晩で6個全部食うのは無理だと判断して、1個ずつ消化して一週間で食べきるという妙なプランを立ち上げました。
知覚した限りで話すと、真面目に味の薄いメロンにチョコレートソースをかけたような味で、瓜系の果物であることには間違いりません。真ん中のあたりにメロンっぽい種の付いたヒダヒダもあったし。甘味はわずかながらあったもののそれほど強いものではなく、ぎりぎり味の薄いメロンって具合でした。チョコレートソースの味覚は、私が感じた錯覚の可能性があります。
それにしても中国にいて初めてこんな果物を目的する辺り、やはりこの国は広いな改めて覚えます。
2018年11月3日土曜日
中国のバス運転手への暴行に関する事件群
昨日の記事でバス運転手への暴行から起こった重慶のバス転落事故を取り上げましたが、今回のこの事件は中国でも大きく注目されるとともに、割と日常的に起こっているバス運転手への暴行について過去の事件の掘り下げが行われています。
自分も結構驚いたのですが。乗客が自ら乗り過ごしたにもかかわらず運転手にここで降ろすよう強要して、暴行を行うという事件は各地で多発していたようです。こうした行為は男女問わず起こっており、また勢い余ってバスのハンドルを奪おうとする事件も一度や二度どころではなく起こっており、実際にそれによって街路樹に衝突すると言った事件もあったそうです。
今回掘り起こされた中でも強烈だったのは、ハンドルを奪おうとしたところ別の乗客に蹴られるという事件で、写真に関してはこの記事、日本から見られるかわかりませんが動画はこちらから見れます。この狼藉者を蹴った人間に対してはあちこちから称賛される声が出ており、「彼は乗客全員の命を救った」という意見をテレビなどでも伝えています。
また今回の転落事故を受け、各メディアや警察などはこうしたバス運転手への暴行は運転を妨げる危険行為であることを説明し、実際にこうした行為を行った人間への実刑例などを挙げるなどして注意を広めています。先ほどのキック動画もその一環と言え、こうした行為を働く人間には殴り倒してでも止めろということを暗に伝えていると思っていいでしょう。実際、その方が理に適ってるし。
なお、今でこそ上海住まいでバスにも特定の路線以外乗らないし、また上海人は基本マナーがいいからイラつくこともありませんが、かつて杭州にいた時は平気で人に寄りかかったりする人間が多く、バスに乗ること自体がむちゃくちゃ嫌でした。しかし当時は杭州に地下鉄もなく、他の交通手段もなかったので使わざるを得なかったのですが、日本のバスと比べてとにもかくにも中国のバスは体力を消費します。まぁその分、老人とかにはすぐ席を譲る文化は中国の方が上だけど。
自分も結構驚いたのですが。乗客が自ら乗り過ごしたにもかかわらず運転手にここで降ろすよう強要して、暴行を行うという事件は各地で多発していたようです。こうした行為は男女問わず起こっており、また勢い余ってバスのハンドルを奪おうとする事件も一度や二度どころではなく起こっており、実際にそれによって街路樹に衝突すると言った事件もあったそうです。
今回掘り起こされた中でも強烈だったのは、ハンドルを奪おうとしたところ別の乗客に蹴られるという事件で、写真に関してはこの記事、日本から見られるかわかりませんが動画はこちらから見れます。この狼藉者を蹴った人間に対してはあちこちから称賛される声が出ており、「彼は乗客全員の命を救った」という意見をテレビなどでも伝えています。
また今回の転落事故を受け、各メディアや警察などはこうしたバス運転手への暴行は運転を妨げる危険行為であることを説明し、実際にこうした行為を行った人間への実刑例などを挙げるなどして注意を広めています。先ほどのキック動画もその一環と言え、こうした行為を働く人間には殴り倒してでも止めろということを暗に伝えていると思っていいでしょう。実際、その方が理に適ってるし。
なお、今でこそ上海住まいでバスにも特定の路線以外乗らないし、また上海人は基本マナーがいいからイラつくこともありませんが、かつて杭州にいた時は平気で人に寄りかかったりする人間が多く、バスに乗ること自体がむちゃくちゃ嫌でした。しかし当時は杭州に地下鉄もなく、他の交通手段もなかったので使わざるを得なかったのですが、日本のバスと比べてとにもかくにも中国のバスは体力を消費します。まぁその分、老人とかにはすぐ席を譲る文化は中国の方が上だけど。
2018年11月2日金曜日
重慶バス転落事故について
・中国バス転落、原因は運転手と乗客のけんか 幼児も犠牲(朝日新聞)
普段あまり中国のニュースはチェックしていない私ですが、この件に関しては事故が発生した28日の段階からしつこく追っていました。
自己の概要を簡単に説明すると、重慶市で長江に架かる橋の上で公共バスが突然ハンドルを切り、そのまま柵を突き破って橋の下の川底へと真っ逆さまに落ちました。この際、対向車線を走っていた乗用車が衝突しフロント部分が一発で潰れはしたものの、運転していた女性は大きなけがはなく軽症で済みました。
一方、バスの方は事故発生からすぐに救助隊らが現場に集結して活動を開始しましたが、当初から生存者は絶望視されており、また落下中か水面衝突時に投げ出されたのか2体の遺体がすぐ見つかったほかは乗客が何人乗っていたのかもわからない状態だったそうです。警察は周辺を走っていた車のドライブレコーダーや監視カメラの映像などから乗客の割り出しを行っていたとも報じられていました。
転落したバスは水深65メートルもの川底にまで沈んだと報じられていましたが、先日になって引き上げられ、今日になってブラックボックス、というか普通に車内の監視カメラに搭載されていたSDカードが復元されて事故当時の映像が公開されたのですが、その内容というのが冒頭のニュースリンクに書かれていた通りでした。
事故原因は目的の停留所を乗り越した女性乗客がここで降ろせと女性の運転手に詰め寄り、応じなかった運転手に対し殴りかかったことで運転手の気がそらされ、ハンドル操作を誤ったという衝撃的な内容でした。日本の報道にはあんま書かれていませんが、殴りかかった女性は携帯電話を手にもって運転手に殴りかかったと中国では報道されており、この女性が経営していたとされる意匠カーテン店は現在閉められているそうです。
この件は中国でも大きく報じられており、私も普段見ないスマホ配信ニュースを追ってて、今日昼過ぎに配信された真相報道についてもじっくり読んでしまいました。当初でこそバスが突然制御を失ったことから運転手が気を失ったのではとも思っていましたが、想像を超える真相を受けて何とも言えない気持ちとなりました。少なくとも運転手の運転ミスではないと分かっただけでも、今回監視カメラの映像が復元できてよかったのではないかと思います。
なお今日同僚とも話しましたが、運転手と乗客が乗り降りについてもめるのは中国だとそんな珍しくありません。今回の事件を受けて中国でもコメントなどで、こうした運転手と乗客のケンカに出くわしたら何が何でも止めようという声が広がっていますが、私もこの件に関しては全く同感というか、 頭のおかしい乗客が騒ぐのを他人事だと思ってみていてはならないというのを自覚しました。
その上で、運転手を含め犠牲になった14名の乗員乗客に対し深い哀悼の念をこの場で捧げます。なお日本の記事だとあまり写真が出ていませんが、このアドレスの記事の写真を見れば今回の事故現場となった橋がどれだけ高い橋かが見てわかります。こんなところから真っ逆さまに落ちるなんて想像するだけでも辛く、犠牲者に対してはただただ同情の念を覚えます。
普段あまり中国のニュースはチェックしていない私ですが、この件に関しては事故が発生した28日の段階からしつこく追っていました。
自己の概要を簡単に説明すると、重慶市で長江に架かる橋の上で公共バスが突然ハンドルを切り、そのまま柵を突き破って橋の下の川底へと真っ逆さまに落ちました。この際、対向車線を走っていた乗用車が衝突しフロント部分が一発で潰れはしたものの、運転していた女性は大きなけがはなく軽症で済みました。
一方、バスの方は事故発生からすぐに救助隊らが現場に集結して活動を開始しましたが、当初から生存者は絶望視されており、また落下中か水面衝突時に投げ出されたのか2体の遺体がすぐ見つかったほかは乗客が何人乗っていたのかもわからない状態だったそうです。警察は周辺を走っていた車のドライブレコーダーや監視カメラの映像などから乗客の割り出しを行っていたとも報じられていました。
転落したバスは水深65メートルもの川底にまで沈んだと報じられていましたが、先日になって引き上げられ、今日になってブラックボックス、というか普通に車内の監視カメラに搭載されていたSDカードが復元されて事故当時の映像が公開されたのですが、その内容というのが冒頭のニュースリンクに書かれていた通りでした。
事故原因は目的の停留所を乗り越した女性乗客がここで降ろせと女性の運転手に詰め寄り、応じなかった運転手に対し殴りかかったことで運転手の気がそらされ、ハンドル操作を誤ったという衝撃的な内容でした。日本の報道にはあんま書かれていませんが、殴りかかった女性は携帯電話を手にもって運転手に殴りかかったと中国では報道されており、この女性が経営していたとされる意匠カーテン店は現在閉められているそうです。
この件は中国でも大きく報じられており、私も普段見ないスマホ配信ニュースを追ってて、今日昼過ぎに配信された真相報道についてもじっくり読んでしまいました。当初でこそバスが突然制御を失ったことから運転手が気を失ったのではとも思っていましたが、想像を超える真相を受けて何とも言えない気持ちとなりました。少なくとも運転手の運転ミスではないと分かっただけでも、今回監視カメラの映像が復元できてよかったのではないかと思います。
なお今日同僚とも話しましたが、運転手と乗客が乗り降りについてもめるのは中国だとそんな珍しくありません。今回の事件を受けて中国でもコメントなどで、こうした運転手と乗客のケンカに出くわしたら何が何でも止めようという声が広がっていますが、私もこの件に関しては全く同感というか、 頭のおかしい乗客が騒ぐのを他人事だと思ってみていてはならないというのを自覚しました。
その上で、運転手を含め犠牲になった14名の乗員乗客に対し深い哀悼の念をこの場で捧げます。なお日本の記事だとあまり写真が出ていませんが、このアドレスの記事の写真を見れば今回の事故現場となった橋がどれだけ高い橋かが見てわかります。こんなところから真っ逆さまに落ちるなんて想像するだけでも辛く、犠牲者に対してはただただ同情の念を覚えます。
2018年11月1日木曜日
国家によるメールの検閲是非
昨日は調子よかったのにブログは書かず、今日は調子悪いのに何故か書いているのが不思議です。
さて細々とレッツ監視社会な連載を続けていますが、最初が監視カメラ、次が盗聴・録音について書いて、今回はある意味ホットなインターネットのメールについてです。
一応、建前上はメールも信書という扱いで通信の秘密が法律とかで保障されていますが、それらはあくまで建前で、メールの検閲を行っていない国家の方が案外珍しいんじゃないかと思います。
私の住んでいる中国は言わずもがなというか、検閲していることを隠さないというくらいの同道ぶりで、中国人も基本、メールは見られるものという前提の上でやり取りしています。
では対抗馬の米国はどうかというと、スノーデン氏によってNSAが大っぴらに国民のメール通信を検閲していることがばらされており、恐らくこの検閲は現在も続けられているでしょう。また欧州でも同様の行為は行われているとされており、何もこうした行為は中国に限るわけではありません。中国が隠していないだけでしょう。
では日本はどうかと言ったところですが、過去のインターネット事件史や操作を見ている限りだと特定実ん物や団体とかならともかく、幅広い検閲まではやっていないんじゃないかという気はします。ただこれはもちろんそう見せかけているだけという可能性も十分考えられ、私に言わせるならば、国民の側がメールが検閲されるはずないと信じ込む方がむしろ問題だと感じます。中国にいる私のように、見知らぬ誰かが自分のメールを見ることもあるという覚悟というか諦観がないという方が、やや平和ボケし過ぎているとすら思います。
こうした国家によるメール検閲の論点は、第一にそれを認めるか否か、第二に規制の必要はあるか否かです。
監視カメラと違い、はっきり言ってメールの検閲を行ったところでどれだけ犯罪を食い止められるのかについては未知数であり、またぶっちゃけあまり効果がないようにも思うため、国家によるメール検閲を認めることによる市民のメリットは私はそれほど大きくない気がします。ただ国家としては他人のメールを見たくなるというのもわかるため、こうしたメール検閲行為をどうしてもやりたいってんならルール作りが必要となるか。それとも現在のように建前上は見てないということにして隠れて検閲させ続けるのか、どっちを是とするのかはあらかじめ議論する価値があると考えます。
体制側としてはやはり後者で、自由と平等と通信の秘密を守るというポーズの下でせっせと検閲したいでしょうが、私個人としてはどうせ検閲するってんなら中国みたくもっと堂々とやれよと言いたいです。ただ世の中の多くの人はそもそも自分がやり取りするメールに検閲される価値がないにもかかわらず見られたくないって人が多いでしょうし、だったらそういう人たち向けに「ここまでは見ないよ」ってラインでも設けたらどうかという風に見ています。
ではその検閲ラインですが、警察の盗聴捜査のように特定人物や団体へ令状なしでは実施できないとする案、国際通信のみを対象とする案、特定プロバイダーを対象とする案などのように、いくつかライン候補があります。ただこう言っておきながらなんですが、仮にラインを設けたところで体制は容易にそれを踏み越え、必要以上の検閲を実行することとなります。何故ならそれが国家、管理できるなら何でも管理したいという性格の持ち主だからです。
そういう意味では私はどうしてもメールを見られたくないってんなら専用回線を持つとか、特殊な暗号を普段から用いるなどして自己防衛する方が体制を信じるよりよほどマシだと思います。何度も言いますが、メールは絶対に検閲されないと信じ込む方が逆に危険です。
そもそもメールというのは体制側からしたら検閲しやすい形態で、手書きの文書の方が検閲の手間も食うなどコストがかかります。そんなメールが流行ってしまった時点で通信の検閲が高まるのは自明だったとしか言いようがないでしょう。
さて細々とレッツ監視社会な連載を続けていますが、最初が監視カメラ、次が盗聴・録音について書いて、今回はある意味ホットなインターネットのメールについてです。
一応、建前上はメールも信書という扱いで通信の秘密が法律とかで保障されていますが、それらはあくまで建前で、メールの検閲を行っていない国家の方が案外珍しいんじゃないかと思います。
私の住んでいる中国は言わずもがなというか、検閲していることを隠さないというくらいの同道ぶりで、中国人も基本、メールは見られるものという前提の上でやり取りしています。
では対抗馬の米国はどうかというと、スノーデン氏によってNSAが大っぴらに国民のメール通信を検閲していることがばらされており、恐らくこの検閲は現在も続けられているでしょう。また欧州でも同様の行為は行われているとされており、何もこうした行為は中国に限るわけではありません。中国が隠していないだけでしょう。
では日本はどうかと言ったところですが、過去のインターネット事件史や操作を見ている限りだと特定実ん物や団体とかならともかく、幅広い検閲まではやっていないんじゃないかという気はします。ただこれはもちろんそう見せかけているだけという可能性も十分考えられ、私に言わせるならば、国民の側がメールが検閲されるはずないと信じ込む方がむしろ問題だと感じます。中国にいる私のように、見知らぬ誰かが自分のメールを見ることもあるという覚悟というか諦観がないという方が、やや平和ボケし過ぎているとすら思います。
こうした国家によるメール検閲の論点は、第一にそれを認めるか否か、第二に規制の必要はあるか否かです。
監視カメラと違い、はっきり言ってメールの検閲を行ったところでどれだけ犯罪を食い止められるのかについては未知数であり、またぶっちゃけあまり効果がないようにも思うため、国家によるメール検閲を認めることによる市民のメリットは私はそれほど大きくない気がします。ただ国家としては他人のメールを見たくなるというのもわかるため、こうしたメール検閲行為をどうしてもやりたいってんならルール作りが必要となるか。それとも現在のように建前上は見てないということにして隠れて検閲させ続けるのか、どっちを是とするのかはあらかじめ議論する価値があると考えます。
体制側としてはやはり後者で、自由と平等と通信の秘密を守るというポーズの下でせっせと検閲したいでしょうが、私個人としてはどうせ検閲するってんなら中国みたくもっと堂々とやれよと言いたいです。ただ世の中の多くの人はそもそも自分がやり取りするメールに検閲される価値がないにもかかわらず見られたくないって人が多いでしょうし、だったらそういう人たち向けに「ここまでは見ないよ」ってラインでも設けたらどうかという風に見ています。
ではその検閲ラインですが、警察の盗聴捜査のように特定人物や団体へ令状なしでは実施できないとする案、国際通信のみを対象とする案、特定プロバイダーを対象とする案などのように、いくつかライン候補があります。ただこう言っておきながらなんですが、仮にラインを設けたところで体制は容易にそれを踏み越え、必要以上の検閲を実行することとなります。何故ならそれが国家、管理できるなら何でも管理したいという性格の持ち主だからです。
そういう意味では私はどうしてもメールを見られたくないってんなら専用回線を持つとか、特殊な暗号を普段から用いるなどして自己防衛する方が体制を信じるよりよほどマシだと思います。何度も言いますが、メールは絶対に検閲されないと信じ込む方が逆に危険です。
そもそもメールというのは体制側からしたら検閲しやすい形態で、手書きの文書の方が検閲の手間も食うなどコストがかかります。そんなメールが流行ってしまった時点で通信の検閲が高まるのは自明だったとしか言いようがないでしょう。
2018年10月30日火曜日
盗聴・録音はどこまで許容されるべきか
最近税法勉強し始めたけど、社会主義の中国に相続税がなく、資本主義の日本の相続税が重いとか男のギャグだとか思い始めてきました。友人が中国について最近、「社会主義と資本主義のいいとこどりに対し、日本は悪いとこどり」と評しましたが、なんとなく私もそう思えてきました。
そんな中国のような監視社会についていろいろ考えるこの連載ですが、さっきようやく来週のJBpress記事を送ったのでやっと再開です。前回が監視こと映像録画だったに対し、今回は音声録音についてですが、結論から言うとなるべくなら録音は社会で行わない方がいいという立場をとります。
監視カメラは現在世の中に溢れていますが、基本的にどの監視カメラも音声を録音する機能はなく、よくある「監視カメラは見た!」的な番組でも無音の映像にナレーションが付けられ解説されます。やりよう、っていうか指向性マイクを付ければ映像とともに音声を録音することも十分可能ですし実際に録音機能の付いた監視カメラも世の中にはあるものの、現在ほとんどの監視カメラに録音機能が備わっていないというのは、コスト上の問題もさることながら音声を録音することの問題性を業界もうすうすわかってやっているのかもしれません。
何故録音するとまずいのかというと、単純に機密遅漏につながりやすいということ以前に、人間を陥れやすくなってしまうというのが問題だと私は考えます。
社会学士の立場から言えば、人間というのは自分が正しいとか本気で思っていることしか口にするわけではなく、咄嗟に普段はみじんも考えていない過激な発言や言葉を日常でも多々口にしてしまう存在だとみています。私なんかはほぼ毎日ぶっ殺すとか、ついさっきも友人にチャットで「昨日殺したけどね(蚊を)」などという言葉を念仏のように唱えていますが、私ほどではないにしろ、「あの野郎」とか、「今度罠にはめてやる」などという実際には実行しないけどこうした物騒な言葉を口にすることは誰にだってあるでしょう。
仮にほぼすべての監視カメラに録音機能がついていた場合、こうした発言はもれなく拾われてしまいます。その結果、こうした発言が殺人企図として取られる可能性もあり、体制側からすれば目障りな奴はこれで片っ端からブタ箱に突っ込めるという優れものになってしまいます。また体制とまでいかなくても、会社の上司とかが自分を殺すという発言をした部下に対してその録音データを元に脅迫、解雇を迫るという可能性も十分ありうるでしょう。
繰り返すと、人間は普段思ってもないことも口にしてしまう性質上から、たとえ公共の場においても何でもかんでも録音してしまうと他人を陥れやすい社会となってしまいかねません。また仮にそのような録音されることが認知されていたとしても、恐らく多くの人は揚げ足を取られぬよう余計なことは口にしなくなり、友人との会話でも録音されないように小声で会話するようになるため、私の目から見て社会は不健全となっていくことは確実です。
多分この辺は実感湧く人はいないと思うのですが、私の中国語の恩師が昔の中国に行くとみんな小声でひそひそ話す傾向があったそうです。何故かというと文革期に密告が相次いだため、当時の中国人の間では盗み聞きされないようひそひそ声で会話することが身についてしまっていたらしいです。
今少し出しましたが、社会のあちこちで録音することは即ち完全な密告社会であり、お互いがお互いを陥れ合う不健全な社会にしてしまう可能性が高いため、監視カメラを置くことについては基本山西ではある者の、社会で音声を録音することは基本的に望ましくはないと私は考えます。特に体制側の録音は厳しく制限されるべきでしょう。
現在日本では裁判所の承認の下で犯罪につながる可能性の高い被疑者に限り警察が盗聴をすることを認められています。ある意味この辺が体制側による録音の妥協ラインだと思え、きちんとした手続きを踏まえた上での盗聴録音に限り認めるという意味で、現状の制度を私は許容しますし支持します。逆にこうした目的ではなく、手続きを踏まえない警察の盗聴行為(GPSで以前あった)に関しては、やはり厳しく制限し処罰するべきでしょう。
まぁ許容するとか言いますが、そもそも日本に私はいませんが。
では体制以外、具体的には個人の盗聴・録音はどうなのか。個人的にはやはり密告社会化する懸念から個人や民間団体も録音は控えるべきだとは思うものの、近年はICレコーダーが発達し、セクハラやパワハラ、浮気の証拠材料として録音されたデータがメディアや裁判に提出される機会が増えています。司法も浮気の証拠を得るためであれば、自宅内で夫婦のいずれかが盗聴器を仕掛け録音することを現在認めており、また先ほどのパワハラなども防衛上やむを得ないと私は考えています。
許容されるべきラインを考える上のポイントとしては、
1、録音内容が当人に関係している
2、社会通念上認められる目的での録音に限られている
3、録音の対象がはっきりしている(浮気相手、パワハラ上司など)
4、意図的なネット配布など不必要な範囲で公開していない
5、使用目的を果たした後は削除する
以上が守られるならば胸を張って盗聴してもアリだと私は考えます。
ただ以上の条件には問題をはらんでおり、というのも浮気調査とかで興信所が音声録音を行ったらどうなるのかという点です。この点に関しては業界の倫理に依存する面が多いですが、無難なやり方としては「問題発生時には責任はすべて依頼者に帰す」という風にすれば、ある程度は制御できるのではないかと思います。また興信所側も、依頼内容を超えた盗聴行為や、録音データの二次配布、長期保存などをした場合は処罰されるようにするのがベターでしょう。
逆を言えば、相手の見知らぬところで何気ない会話とかを録音したりすることは、刑罰化するまではいかなくても個人と言えども基本認めるべきではないでしょう。その音声が録音されてもよいかは基本的に音声発声者に帰すべきですが、まぁ公人相手とか、先ほどのセクハラパワハラに準ずるような報道価値があるなら、ジャーナリストが無断で録音するのは許容してほしいところです。
そんな中国のような監視社会についていろいろ考えるこの連載ですが、さっきようやく来週のJBpress記事を送ったのでやっと再開です。前回が監視こと映像録画だったに対し、今回は音声録音についてですが、結論から言うとなるべくなら録音は社会で行わない方がいいという立場をとります。
監視カメラは現在世の中に溢れていますが、基本的にどの監視カメラも音声を録音する機能はなく、よくある「監視カメラは見た!」的な番組でも無音の映像にナレーションが付けられ解説されます。やりよう、っていうか指向性マイクを付ければ映像とともに音声を録音することも十分可能ですし実際に録音機能の付いた監視カメラも世の中にはあるものの、現在ほとんどの監視カメラに録音機能が備わっていないというのは、コスト上の問題もさることながら音声を録音することの問題性を業界もうすうすわかってやっているのかもしれません。
何故録音するとまずいのかというと、単純に機密遅漏につながりやすいということ以前に、人間を陥れやすくなってしまうというのが問題だと私は考えます。
社会学士の立場から言えば、人間というのは自分が正しいとか本気で思っていることしか口にするわけではなく、咄嗟に普段はみじんも考えていない過激な発言や言葉を日常でも多々口にしてしまう存在だとみています。私なんかはほぼ毎日ぶっ殺すとか、ついさっきも友人にチャットで「昨日殺したけどね(蚊を)」などという言葉を念仏のように唱えていますが、私ほどではないにしろ、「あの野郎」とか、「今度罠にはめてやる」などという実際には実行しないけどこうした物騒な言葉を口にすることは誰にだってあるでしょう。
仮にほぼすべての監視カメラに録音機能がついていた場合、こうした発言はもれなく拾われてしまいます。その結果、こうした発言が殺人企図として取られる可能性もあり、体制側からすれば目障りな奴はこれで片っ端からブタ箱に突っ込めるという優れものになってしまいます。また体制とまでいかなくても、会社の上司とかが自分を殺すという発言をした部下に対してその録音データを元に脅迫、解雇を迫るという可能性も十分ありうるでしょう。
繰り返すと、人間は普段思ってもないことも口にしてしまう性質上から、たとえ公共の場においても何でもかんでも録音してしまうと他人を陥れやすい社会となってしまいかねません。また仮にそのような録音されることが認知されていたとしても、恐らく多くの人は揚げ足を取られぬよう余計なことは口にしなくなり、友人との会話でも録音されないように小声で会話するようになるため、私の目から見て社会は不健全となっていくことは確実です。
多分この辺は実感湧く人はいないと思うのですが、私の中国語の恩師が昔の中国に行くとみんな小声でひそひそ話す傾向があったそうです。何故かというと文革期に密告が相次いだため、当時の中国人の間では盗み聞きされないようひそひそ声で会話することが身についてしまっていたらしいです。
今少し出しましたが、社会のあちこちで録音することは即ち完全な密告社会であり、お互いがお互いを陥れ合う不健全な社会にしてしまう可能性が高いため、監視カメラを置くことについては基本山西ではある者の、社会で音声を録音することは基本的に望ましくはないと私は考えます。特に体制側の録音は厳しく制限されるべきでしょう。
現在日本では裁判所の承認の下で犯罪につながる可能性の高い被疑者に限り警察が盗聴をすることを認められています。ある意味この辺が体制側による録音の妥協ラインだと思え、きちんとした手続きを踏まえた上での盗聴録音に限り認めるという意味で、現状の制度を私は許容しますし支持します。逆にこうした目的ではなく、手続きを踏まえない警察の盗聴行為(GPSで以前あった)に関しては、やはり厳しく制限し処罰するべきでしょう。
まぁ許容するとか言いますが、そもそも日本に私はいませんが。
では体制以外、具体的には個人の盗聴・録音はどうなのか。個人的にはやはり密告社会化する懸念から個人や民間団体も録音は控えるべきだとは思うものの、近年はICレコーダーが発達し、セクハラやパワハラ、浮気の証拠材料として録音されたデータがメディアや裁判に提出される機会が増えています。司法も浮気の証拠を得るためであれば、自宅内で夫婦のいずれかが盗聴器を仕掛け録音することを現在認めており、また先ほどのパワハラなども防衛上やむを得ないと私は考えています。
許容されるべきラインを考える上のポイントとしては、
1、録音内容が当人に関係している
2、社会通念上認められる目的での録音に限られている
3、録音の対象がはっきりしている(浮気相手、パワハラ上司など)
4、意図的なネット配布など不必要な範囲で公開していない
5、使用目的を果たした後は削除する
以上が守られるならば胸を張って盗聴してもアリだと私は考えます。
ただ以上の条件には問題をはらんでおり、というのも浮気調査とかで興信所が音声録音を行ったらどうなるのかという点です。この点に関しては業界の倫理に依存する面が多いですが、無難なやり方としては「問題発生時には責任はすべて依頼者に帰す」という風にすれば、ある程度は制御できるのではないかと思います。また興信所側も、依頼内容を超えた盗聴行為や、録音データの二次配布、長期保存などをした場合は処罰されるようにするのがベターでしょう。
逆を言えば、相手の見知らぬところで何気ない会話とかを録音したりすることは、刑罰化するまではいかなくても個人と言えども基本認めるべきではないでしょう。その音声が録音されてもよいかは基本的に音声発声者に帰すべきですが、まぁ公人相手とか、先ほどのセクハラパワハラに準ずるような報道価値があるなら、ジャーナリストが無断で録音するのは許容してほしいところです。
2018年10月28日日曜日
焦り、飢え、怒り……
昨日は会社の催し事があり、自宅には夕方帰ってきましたがその時点でへとへとだったので夕方6時から7時にかけて仮眠取ったのに、夜10時には就寝して、今朝は8時に起きました。
朝起きてから締め切りが迫っているのでJBpress用の次回原稿として中国自動車市場の記事の準備を始めましたが、あらかじめ情報は集めていたものの、午前中はグラフを作るだけで終わってしまい、正午には外へ昼食を食べに行き、食べた後はニトリで前から欲しかったカーペットを買って帰ってきました。
でもって午後2時くらいからまた執筆に移りましたが、すぐ書き終わるかと思ったらちょっと分析必要となって書きながらあれこれデータを調べてて気が付いたら夕方6時。おなかもすいてきていたタイミングでしたが、ここにきて自分が取ってきたメーカー別販売台数データがおかしく、データが間違って表示されていることに気が付き、焦っている上にめちゃくちゃ腹減っていたこともあって頭に血が上り、「てめっ、ふざけてんじゃねぇぞこの野郎っ!」と、間違ったデータを公開していたメディアへの怒りから画面に向かってしばらく怒鳴っていました。
っていうかすっかり季節も秋めいて空気も乾燥してきているから、怒鳴ってまた喉潰したところ普通に乾いた空気が喉に痛かったです。もうこのままじゃ悪循環だと思っていったんまた外に出て夕食を取って再び書き始めましたが、データが変わったことによってまた分析をし直して、ようやくのことさっき書き終えました。
やっぱーデータという前提が崩れると、記事書いてるこっちとしてはかなりきついです。まぁ見方を変えれば誤ったデータを出す前に気が付いたことを幸運と思わなきゃいけないのですが、先週は水曜、木曜と飲み会がありただでさえ準備時間がなかった上に、昨日土曜も前述のように催し事で潰れたこともあって、記事内容自体は比較的楽だったものの無駄に神経を使う羽目となりました。
真面目にこのところ体力以前に神経を浪費することによる影響の方が強く、集中力の低下をはじめあちこちに悪影響が出ています。意図的にこうした神経を休ませた後は明らかに調子が良くなるだけに、今のように不安定な状態が続くと非常にきついです。今日買ってきたカーペットで睡眠環境が良くなればベターなのですが。
朝起きてから締め切りが迫っているのでJBpress用の次回原稿として中国自動車市場の記事の準備を始めましたが、あらかじめ情報は集めていたものの、午前中はグラフを作るだけで終わってしまい、正午には外へ昼食を食べに行き、食べた後はニトリで前から欲しかったカーペットを買って帰ってきました。
でもって午後2時くらいからまた執筆に移りましたが、すぐ書き終わるかと思ったらちょっと分析必要となって書きながらあれこれデータを調べてて気が付いたら夕方6時。おなかもすいてきていたタイミングでしたが、ここにきて自分が取ってきたメーカー別販売台数データがおかしく、データが間違って表示されていることに気が付き、焦っている上にめちゃくちゃ腹減っていたこともあって頭に血が上り、「てめっ、ふざけてんじゃねぇぞこの野郎っ!」と、間違ったデータを公開していたメディアへの怒りから画面に向かってしばらく怒鳴っていました。
っていうかすっかり季節も秋めいて空気も乾燥してきているから、怒鳴ってまた喉潰したところ普通に乾いた空気が喉に痛かったです。もうこのままじゃ悪循環だと思っていったんまた外に出て夕食を取って再び書き始めましたが、データが変わったことによってまた分析をし直して、ようやくのことさっき書き終えました。
やっぱーデータという前提が崩れると、記事書いてるこっちとしてはかなりきついです。まぁ見方を変えれば誤ったデータを出す前に気が付いたことを幸運と思わなきゃいけないのですが、先週は水曜、木曜と飲み会がありただでさえ準備時間がなかった上に、昨日土曜も前述のように催し事で潰れたこともあって、記事内容自体は比較的楽だったものの無駄に神経を使う羽目となりました。
真面目にこのところ体力以前に神経を浪費することによる影響の方が強く、集中力の低下をはじめあちこちに悪影響が出ています。意図的にこうした神経を休ませた後は明らかに調子が良くなるだけに、今のように不安定な状態が続くと非常にきついです。今日買ってきたカーペットで睡眠環境が良くなればベターなのですが。
ダニ対策で床の上に寝るようになって以降、左下のベッドは物置台となりつつある
2018年10月26日金曜日
配信元で異なる電子書籍価格
一昨日から二日連続飲み会で明日もちょっと食事の用事があり、尚且つ今週末中に次のJBpress原稿をあげなくてはならないという切羽詰まっているので、ぱっぱとかける話題にします。
それにしても中日は待望のスター選手を獲得できたのに対し、阪神のドラフト戦略はまるで意味が分かりませんでした。あと次の日本シリーズは広島対ソフトバンクで、実質「西日本シリーズだな」と見ています。
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・ちおちゃんの通学路9巻(DMM)
それにしても中日は待望のスター選手を獲得できたのに対し、阪神のドラフト戦略はまるで意味が分かりませんでした。あと次の日本シリーズは広島対ソフトバンクで、実質「西日本シリーズだな」と見ています。
・ちおちゃんの通学路9巻(Amazon Kindle)
・ちおちゃんの通学路9巻(DMM)
上のリンク先はどちらも同じ漫画の電子書籍販売ページですが、見てもらえばわかるようになんと同じ電子書籍でありながらどちらも税込みでKindleは632円に対し、DMMは702円で売っています。大概の電子書籍は配信元が異なっていても基本的に同じ価格なのですが、たまにこういった値段の変わる本が出てきたりします。
実体書籍の値段に関しては法律で、地域によって知識の取得が偏らないようにするため全国どこでも日本国内では同じ値段で販売するよう取り決められています。今回の槍玉は電子書籍なため厳密には「データ」の販売となることからこの法律は適用されないでしょうが、個人的には「えっ、なんで?(;´・ω・)」と思う案件なだけにわざわざブックマークして取っておきました。
これまで見ていた限り。電子書籍のサービスベンダーは販売単価の数十パーセントを次回購入時の割引に使えるポイントを配信することで、ベンダー間で価格競争を行っていました。私はこれ自体は真っ当な競争だし、そもそも電子書籍は印刷、在庫、物流コストもかからず過去の書籍であっても一様に販売できるメリットがあるため、実体書籍より安く販売されてしかるべきだと考えており、こうしたポイント付与については一利用者として好ましく感じていました。
しかし今回のケースはポイントではなく完全な販売単価がベンダー間で異なっています。出版社との契約内容がどうなっているのかはよくわかりませんが、仮に出版社側でベンダーによって価格を分けているとしたら、なんとなく腑に落ちないというか価格操作的にやややり過ぎではないかと思います。
一方、もし今回のケースがベンダー側の価格設定による差だとしたら、それはそれで市場競争としてはありではあるものの、なんとなく高い配信元で購入したら損したような気分になるので、やはりなるべくならポイントで差をつけてほしいなというのが本音です。
どっちにしろ、この「ちおちゃんの通学路9巻」は買うつもりないですが。
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