先日の明石市市長の暴言事件において、「立退き先の家に火をつけてこい!」的な発言が話題になったのは記憶にも新しいと思います。今日ふとネットである記事を読んでたところ、「そういえば実際にこういうこと言われた人がいたっけ」と思い出しました。正確には言われたというより言った人というか、自分の叔父です。
叔父は大手新聞社に勤めていましたが、記者ではなく営業畑でした。自分の一族は戦前から代々メディア業に従事する一族でしたがどれも営業・管理畑しかおらず、メディア業とはいえ書く側に回ったのは突然変異の自分だけでした。
さてその叔父ですが大分昔、自分の部下に対して「お前の家に火つけるぞ!」と怒鳴ったことがあったそうです。このエピソードは叔父が結構過激な性格をしているという一端として親に聞かされたのですが、今考えてみると果たしてそうだったのかなという疑問が芽生えてきました。
先に書いておきますが甥である私に対して叔父は優しく接してくれて、学生時代には鳥取への旅行に連れてってもらうなどいろいろと恩を感じています。ただ他の人には当たりがきつい性格だと聞いていたのですが、前述の通り明石市の市長(何気に叔父の居住地に近いし)も「火つけてこい!」と発言していて、これがちょっと自分の中で妙なリンクを結びました。
前にも書きましたがメディア業界というのは世間の見方とは異なり、業界の中ではパワハラ・セクハラ発言なんて当たり前、ついてこれないやつは早く死ねというのが常識みたいな世界です。女性に対するセクハラ発言なんてガチ過ぎて、仮にこのブログに書いたら自分が通報されるレベルの際どいを通り越してきっついものが普通に飛び交っており、報道されないだけで見る人が見たら卒倒するような世界が広がっています。私自身もそんなメディア業界で毎朝の挨拶みたいに「殺すぞ!」言われ続けていました。
それで今回、「火つけるぞ!」と発言した明石市長ですがもともとはNHK出身でメディア業従事者です。でもって叔父も営業畑とはいえ大手メディアの新聞社で勤務していました。何が言いたいのかというと、明石市長も叔父も、傍から見たらそりゃ危ないおっさんに見えるでしょうが彼らとしては出身業界基準でごく普通の当たり前な感じで話をしているだけで、「火をつける」という自分の発言がどれだけ相手にきつく聞こえるとか全く感じていなかったのかもしれません。
っていうか関西地域のメディア業界では、「家に火つけるぞ!」は挨拶みたいな言葉だったのかもしれません。私の通信社時代の上司は東日本で勤務してたから、「火つける」とは口にしなかったけど。
本音を話すと、やはり叔父はメディア業界にいたから周りに少し誤解されていたのかなと今になって思います。私自身がメディア業界に一時身を置いたからその異常性についてもやや理解できるようになりましたが、逆を言えばメディア業界を知らない人間からしたらいつも危ない発言ばかりしているヤバい人のように映っていたのかもしれません。現実に一般常識からすれば間違いなくヤバい人の部類に入ることは認めるものの、それはメディア業界に身を置いたがゆえのことで、本人にはそこまでの悪気はなかったと思うし、挨拶程度の言葉のように言ってたのかもしれません。
なおその叔父に「家に火をつけるぞ!」と怒鳴られた叔父の部下だった人ですが、その後新聞社をやめて何故か坊さんになり、逝去した叔父の葬式や一周忌で念仏唱えてくれました。火葬場で何かしたわけじゃないけど、火をつけるぞと言われた相手が言った相手を荼毘に付す作業に関わったことについて、なんか運命的なものを今更ながら感じます。っていうかマジでよく叔父の葬式に来てくれたなこの人。
それで冒頭に話は戻りますが、なんでこの話を今更思い出したのかというと今日坊さんが出てくるなんかの記事読んで、叔父の部下だったこの人と「火つけるぞ」発言を思い出しました。
最後に、自分は東日本育ち故か「火つけるぞ!」と脅したことはありません。「腕か指の一本でも二本でもへし折ってこい!」くらいならありますが。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2019年2月11日月曜日
2019年2月8日金曜日
コーエーテクモの広報対応(#・∀・)
「明日から本気を出す」と言い続けているうちに春節休暇が大分過ぎて来てやばくなってきたので、仕事の方も取り掛かろうと昨日あたりからようやく真面目に資料集めとか、取材をはじめました。当初、中国アニメコンテンツ市場ネタでもやろうかと思ってましたが、こちらは一部メディアへの取材でもう少し回答を待つ必要があるため延期し、代わりに中国ゲーム市場について書くことにしました。
割合、っていうか日本と比べて中国ではこの業界の調査研究は盛んなために資料はあっさりラクラク集まり、記事を書くにあたって障害らしい障害はなかったのですが(今日だけでもうドラフトも書き終えた)、せっかく休みで電話取材もやりたい放題だし、どっか日系の会社にも軽く中国事業の話とか聞いてみようと考えたのは、ある意味余計だったかもしれません。
取材先として今回選んだのはコーエーテクモで、なんでここにしたのかというと中国に開発会社を持っているのと、三國無双など中国でも知名度の高いゲームシリーズを持っていたからです。ついでに「討鬼伝2極」を何故出さないのかも聞きたかったし。
それで早速代表電話に聞いて広報部の連絡先をメモると、昨日に電話かけてみました。すると対応した女性広報は開口一番、「担当者が不在のために回答できません」とのことでした。
自分も正直この手の対応には慣れていることから、暗に取材拒否しているなということはすぐわかったものの、それで引き下がってたらただのボンクラです。なので、「じゃあその担当者はいつ帰ってきますか?そのタイミングに合わせて掛け直します」と聞き返すと、「わかりません」とすぐ帰ってきました。
なおも攻め立てるため「御社は同じ部署の人間のスケジュールすら把握してないのですか?」と重ねて聞いた上で、「明日ならいるのか?」と聞いたら、「明日なら多分……」というので、「なら明日かければコンタクトできるんですよね?」とさらに聞くと、「確実にとは言えません」と返事される始末。
っていうかこの時点で、「てめーの取材なんか受けるわけねーよ!」とか言われたほうがこっちとしても芽なしってことですぐ踏ん切りつく(ネタもGET)んですが、遠回しな取材拒否姿勢が何度も続いて正直自分もちょいイライラしてきました。なので率直に、「こちらの取材に御社は回答いただけるのか?」とはっきり聞いたところ、「回答しかねます」というまさかの無回答が返ってきました。
「あんた広報だよな。企業広報というのはあらゆる方面の質問に答えるのが仕事だろう。何も極端にディープな話をこっちも聞きたいというわけではないのに、取材に答えられるか否かすらも答えられないのか?」と改めて問いましたが、やはり依然と「だから、回答しかねます」と言われ続け、このまま粘っても絶対に協力してもらえないだろうと判断したことからこの日は引きました。
その後、以前広報対応が素晴らしかったDeNAへ電話をかけたところ、「取材内容によってお答えできるかも判断が必要なので、一旦メールにまとめて送ってもらえますか。アドレスはこちらです( ・∀・)」と至ってまともな対応され、つつがなく取材依頼を終えました。
ぶっちゃけ、相手の時間を潰すわけだから取材を拒否されるならされるで多少仕方ないと私も思っています。しかし対応するかしないかすらも答えず、適当な嘘言ってごまかされるってのは流石にカチンと来るわけで、多少想定問答作った上で本日再戦に至ったわけです。
「お忙しいところ失礼します。私、フリージャーナリストの花園祐です」
本日午前、電話口でこう言ったところ、ガチで「っ!?」って感じでコーエーテクモの女性広報が息を呑む声が聞こえました。後どうでもいいけど、たまに「フリージャーナリストの」ってところをロマサガ2みたく「フリーファイターの」って言いたくなります。
昨日と全く同じく中国事業についてお話を伺いたいと要件を伝えたところ「少々お待ちください」と電話を保留され、しばらく待った後に、「担当者が不在で回答できません」と、昨日と全く同じ回答が返ってきました。
無論、ここで引き下がってはただのボンクラなので、「昨日もいないと言っていたが一体いつならいるんだ。っていうか常に回答できる広報が不在って、お宅の会社の管理体制はどうなっているんだ?担当者は常に外出してるのか?」といったところ、「本日、担当者は会議中で……」と返事がしたので内心で「(๑•̀ㅂ•́)و✧」と思った上で、
「なら会議の終了時刻を教えろ。終わったタイミングで電話かければ確実につながるだろう」
といったところ相手が明らかにしどろもどろとなり、「確認します」と再び保留。でもって想定していたけど、「終了時刻ははっきりわかりません」と言ってきました。
ここが攻めどころだと思って続けて、「昨日は明日ならいるというから電話かけたのに今日もいない、でもって会議もいつ終わるかわからないって、一体どういうスケジュール管理しているんだ。っていうか何も質問に答えないって、広報の仕事を放棄してないか?」とまくしたてたところ、
「(゚Д゚)ハァ?」
ぶっちゃけ自分も若干驚いたけど、リアルに受話器の奥から小声で「(゚Д゚)ハァ?」って声が聞こえてきました。やはり人間、一旦堰を切ると脆いのか、その後のやり取りでも都合三回ほど「(゚Д゚)ハァ?」って声が聞こえてきました。っていうか広報にこんなの言われたの初めてなんだけど。
もうこの時点で何が何でも自分に対して真摯に向き合う気がないし、はっきり相手が嘘ついてごまかしているのもわかっているので、「要するに、取材拒否と受け取ってもよろしいでしょうか?」とはっきり聞きました。
ここでまた例の「(゚Д゚)ハァ?」が聞こえたのですがその後で、「回答しかねます」と言ってきました。「取材を受けるか受けないかすらも回答できないのか?」と改めて問うと、「そうした回答権限がありません」というので、「そっちが回答できる担当者いないから何度もこっちは電話かけるはめになっているんじゃないか。でもって担当者がいるタイミングを聞いてもわからない、明日ならというから今日かけたらいないといって、これでは何もわからないじゃないか。っていうかその『担当者』ってのは存在するのか?」といったところで三回目の「(゚Д゚)ハァ?」。
そこそこ頭にきてたので、「じゃあ誰なら回答できるんだ。取材拒否かどうか回答できる奴に変われ!」といったところ電話が保留となり、ようやくここで男性の広報に変わりました。この男性広報にことのあらましを聞いているかと訪ねたところ、
「はい、中国事業についてお伺いしたいとのことで、担当者が本日体調不良で不在のため――」
「ちょっと待った!」
向こうの言葉を遮った上で私は、「さっきの女性広報から担当者は会議中だと聞いている。それがなんで不在理由が体調不良に変わってるんだ!」と追求しました。ただこっちの男性広報はまださっきの女性広報よりは経験があるのか、「あ、想定の担当者が別だったようですね」とすぐかわしてきました。
その気になれば、「自分の取材に答えられる担当者はさっきの女性広報は一人だけでいないと聞いていた。二人いたというのなら昨日の時点で答えられたのでは?」と追求することも可能でしたが、自分も早く終いにしたかったのでこの追求まではしませんでした。まぁ不在理由が変わっている時点で、その「担当者」はそもそも存在しないのでしょうが。
その後、男性広報からは取材理由や質問などをもしよければ文章で送ってもらえればインタビューなども手配するし回答もするという風に説明されましたが、
「なんでそんな当たり前の回答を得るために自分は二日間も時間かけなきゃいけなかったの?」
「誠に申し訳ありません」
「昨日DeNAさんにも聞いたけど、一発でその回答にたどり着いたよ」
「本当に申し訳ありません」
というやり取りを経た上で、これまでのやり取りからどうせまともな回答は得られる見込みが無いので、もう今回は取材を遠慮するということをこの男性広報に伝えました。向こうからは不手際について改めて申し訳ないと伝えられましたが、「この件も場合によっては書くからね」といった瞬間、
「すいません、どちらでお書きになられるのでしょうか?」
とすぐ聞いてきました。
危機管理対応としては別に問題なく、むしろ真っ当な反応だとは思いますが、「こっちの質問には何も答えなかった、っていうかつまらない嘘ついて婉曲に取材拒否してきた癖に」と内心カチンと来ましたが、「JBpressだよ」って素直に自分は教えてあげました。もちろんJBpressの記事に本気でこの経緯を書くつもりはないのですが、今後しばらくはネタとしては使える気がします。
個人的な印象で述べると、自分の中でワーストだったクロネコヤマト並にレベルの低い広報だなと思います。取材に協力できないならはっきりとお断りを述べればいいだけなのにそれすらもできず、挙げ句にすぐわかる嘘までついてごまかそうとするなんて話になりません。ゲーム会社だからメーカー広報と比べるとレベルは落ちると想定してはいたものの、DeNAがスムーズに対応してくれたのと比べると好対照もいいところでした。
っていうか「(゚Д゚)ハァ?」はさすがにないと思う。こっちだって別に怒鳴ったりするには至ってないのだし。
割合、っていうか日本と比べて中国ではこの業界の調査研究は盛んなために資料はあっさりラクラク集まり、記事を書くにあたって障害らしい障害はなかったのですが(今日だけでもうドラフトも書き終えた)、せっかく休みで電話取材もやりたい放題だし、どっか日系の会社にも軽く中国事業の話とか聞いてみようと考えたのは、ある意味余計だったかもしれません。
取材先として今回選んだのはコーエーテクモで、なんでここにしたのかというと中国に開発会社を持っているのと、三國無双など中国でも知名度の高いゲームシリーズを持っていたからです。ついでに「討鬼伝2極」を何故出さないのかも聞きたかったし。
それで早速代表電話に聞いて広報部の連絡先をメモると、昨日に電話かけてみました。すると対応した女性広報は開口一番、「担当者が不在のために回答できません」とのことでした。
自分も正直この手の対応には慣れていることから、暗に取材拒否しているなということはすぐわかったものの、それで引き下がってたらただのボンクラです。なので、「じゃあその担当者はいつ帰ってきますか?そのタイミングに合わせて掛け直します」と聞き返すと、「わかりません」とすぐ帰ってきました。
なおも攻め立てるため「御社は同じ部署の人間のスケジュールすら把握してないのですか?」と重ねて聞いた上で、「明日ならいるのか?」と聞いたら、「明日なら多分……」というので、「なら明日かければコンタクトできるんですよね?」とさらに聞くと、「確実にとは言えません」と返事される始末。
っていうかこの時点で、「てめーの取材なんか受けるわけねーよ!」とか言われたほうがこっちとしても芽なしってことですぐ踏ん切りつく(ネタもGET)んですが、遠回しな取材拒否姿勢が何度も続いて正直自分もちょいイライラしてきました。なので率直に、「こちらの取材に御社は回答いただけるのか?」とはっきり聞いたところ、「回答しかねます」というまさかの無回答が返ってきました。
「あんた広報だよな。企業広報というのはあらゆる方面の質問に答えるのが仕事だろう。何も極端にディープな話をこっちも聞きたいというわけではないのに、取材に答えられるか否かすらも答えられないのか?」と改めて問いましたが、やはり依然と「だから、回答しかねます」と言われ続け、このまま粘っても絶対に協力してもらえないだろうと判断したことからこの日は引きました。
その後、以前広報対応が素晴らしかったDeNAへ電話をかけたところ、「取材内容によってお答えできるかも判断が必要なので、一旦メールにまとめて送ってもらえますか。アドレスはこちらです( ・∀・)」と至ってまともな対応され、つつがなく取材依頼を終えました。
ぶっちゃけ、相手の時間を潰すわけだから取材を拒否されるならされるで多少仕方ないと私も思っています。しかし対応するかしないかすらも答えず、適当な嘘言ってごまかされるってのは流石にカチンと来るわけで、多少想定問答作った上で本日再戦に至ったわけです。
「お忙しいところ失礼します。私、フリージャーナリストの花園祐です」
本日午前、電話口でこう言ったところ、ガチで「っ!?」って感じでコーエーテクモの女性広報が息を呑む声が聞こえました。後どうでもいいけど、たまに「フリージャーナリストの」ってところをロマサガ2みたく「フリーファイターの」って言いたくなります。
昨日と全く同じく中国事業についてお話を伺いたいと要件を伝えたところ「少々お待ちください」と電話を保留され、しばらく待った後に、「担当者が不在で回答できません」と、昨日と全く同じ回答が返ってきました。
無論、ここで引き下がってはただのボンクラなので、「昨日もいないと言っていたが一体いつならいるんだ。っていうか常に回答できる広報が不在って、お宅の会社の管理体制はどうなっているんだ?担当者は常に外出してるのか?」といったところ、「本日、担当者は会議中で……」と返事がしたので内心で「(๑•̀ㅂ•́)و✧」と思った上で、
「なら会議の終了時刻を教えろ。終わったタイミングで電話かければ確実につながるだろう」
といったところ相手が明らかにしどろもどろとなり、「確認します」と再び保留。でもって想定していたけど、「終了時刻ははっきりわかりません」と言ってきました。
ここが攻めどころだと思って続けて、「昨日は明日ならいるというから電話かけたのに今日もいない、でもって会議もいつ終わるかわからないって、一体どういうスケジュール管理しているんだ。っていうか何も質問に答えないって、広報の仕事を放棄してないか?」とまくしたてたところ、
「(゚Д゚)ハァ?」
ぶっちゃけ自分も若干驚いたけど、リアルに受話器の奥から小声で「(゚Д゚)ハァ?」って声が聞こえてきました。やはり人間、一旦堰を切ると脆いのか、その後のやり取りでも都合三回ほど「(゚Д゚)ハァ?」って声が聞こえてきました。っていうか広報にこんなの言われたの初めてなんだけど。
もうこの時点で何が何でも自分に対して真摯に向き合う気がないし、はっきり相手が嘘ついてごまかしているのもわかっているので、「要するに、取材拒否と受け取ってもよろしいでしょうか?」とはっきり聞きました。
ここでまた例の「(゚Д゚)ハァ?」が聞こえたのですがその後で、「回答しかねます」と言ってきました。「取材を受けるか受けないかすらも回答できないのか?」と改めて問うと、「そうした回答権限がありません」というので、「そっちが回答できる担当者いないから何度もこっちは電話かけるはめになっているんじゃないか。でもって担当者がいるタイミングを聞いてもわからない、明日ならというから今日かけたらいないといって、これでは何もわからないじゃないか。っていうかその『担当者』ってのは存在するのか?」といったところで三回目の「(゚Д゚)ハァ?」。
そこそこ頭にきてたので、「じゃあ誰なら回答できるんだ。取材拒否かどうか回答できる奴に変われ!」といったところ電話が保留となり、ようやくここで男性の広報に変わりました。この男性広報にことのあらましを聞いているかと訪ねたところ、
「はい、中国事業についてお伺いしたいとのことで、担当者が本日体調不良で不在のため――」
「ちょっと待った!」
向こうの言葉を遮った上で私は、「さっきの女性広報から担当者は会議中だと聞いている。それがなんで不在理由が体調不良に変わってるんだ!」と追求しました。ただこっちの男性広報はまださっきの女性広報よりは経験があるのか、「あ、想定の担当者が別だったようですね」とすぐかわしてきました。
その気になれば、「自分の取材に答えられる担当者はさっきの女性広報は一人だけでいないと聞いていた。二人いたというのなら昨日の時点で答えられたのでは?」と追求することも可能でしたが、自分も早く終いにしたかったのでこの追求まではしませんでした。まぁ不在理由が変わっている時点で、その「担当者」はそもそも存在しないのでしょうが。
その後、男性広報からは取材理由や質問などをもしよければ文章で送ってもらえればインタビューなども手配するし回答もするという風に説明されましたが、
「なんでそんな当たり前の回答を得るために自分は二日間も時間かけなきゃいけなかったの?」
「誠に申し訳ありません」
「昨日DeNAさんにも聞いたけど、一発でその回答にたどり着いたよ」
「本当に申し訳ありません」
というやり取りを経た上で、これまでのやり取りからどうせまともな回答は得られる見込みが無いので、もう今回は取材を遠慮するということをこの男性広報に伝えました。向こうからは不手際について改めて申し訳ないと伝えられましたが、「この件も場合によっては書くからね」といった瞬間、
「すいません、どちらでお書きになられるのでしょうか?」
とすぐ聞いてきました。
危機管理対応としては別に問題なく、むしろ真っ当な反応だとは思いますが、「こっちの質問には何も答えなかった、っていうかつまらない嘘ついて婉曲に取材拒否してきた癖に」と内心カチンと来ましたが、「JBpressだよ」って素直に自分は教えてあげました。もちろんJBpressの記事に本気でこの経緯を書くつもりはないのですが、今後しばらくはネタとしては使える気がします。
個人的な印象で述べると、自分の中でワーストだったクロネコヤマト並にレベルの低い広報だなと思います。取材に協力できないならはっきりとお断りを述べればいいだけなのにそれすらもできず、挙げ句にすぐわかる嘘までついてごまかそうとするなんて話になりません。ゲーム会社だからメーカー広報と比べるとレベルは落ちると想定してはいたものの、DeNAがスムーズに対応してくれたのと比べると好対照もいいところでした。
っていうか「(゚Д゚)ハァ?」はさすがにないと思う。こっちだって別に怒鳴ったりするには至ってないのだし。
2019年2月7日木曜日
知識ギャップの埋め方
中国コラムを書いている他のライターとネタの相談、打ち合わせをする際、「一体何が日本人にとって珍しい中国の情報なのだろうか……」という点でよくお互いにため息をつきます。というのも、中国での生活がそこそこ長くなってくると、日本人にとっては「なにそれっ!」て思われる中国の習慣や特徴についても、「普段見かけるよくある光景」にしか見えなくなり、日本人に受けるネタであることに気づかなくなってしまうからです。
そのためJBpressで書いているコラムも、割と自分にとっては当たり前なんだけど日本にいる友人とかに話したら、「そんなの全然知らなかった、面白い!」と言われてじゃあ書くかって感じで書いているのも少なくありません。前に書いたごみ分別の記事なんてその典型もいいところで、あれが日本人に反応されるなんて私自身はそれほど期待はしていませんでした。
その逆というか、自分を含め中国ネタを書くライターたちにとって珍しい、面白いと感じる内容は決まってディープな中国ネタ、具体的には中国で流行っている韓流アイドルとか、日本人なら絶対に知らないアパレルブランドとか、日本人には言われてもピンとこない個人所得税改革とかそんなのばっかで、仮にそういうのを日本語媒体で記事化しても誰にも反応されないことは目に見えています。
そういうわけから我々中国ネタライターにとって、「いかに普通の日本人でも反応できるような、自分たちにとっては当たり前だけど、一般日本人には当たり前でないネタ」を提供することが仕事を左右します。簡単に書くけどこれって案外難しく、他のライターとかが書いているネタを見て、「あー、これもいけたのか………」って嘆息することも珍しくありません。
現実にというか去年の秋頃に出した(書いたのは真夏だったが)、中国のPM2.5濃度は下がってて最近青空も多くなっているという私の記事も、やはり周りでは「そんなのずっと前からじゃん」、「自分もそう思ってた」という感想が多く聞かれました。逆を言えばそういう感想が得られるネタほど美味しいわけで、この記事に関しては我ながら「自分にとって当たり前の事実」をうまく再発見できたと考えています。
こうした中国ネタ同様に、私にとっては歴史ネタも同じような問題にぶつかります。はっきり言えば自分もかなり歴史知識を持っていることから生半可なネタじゃ「だから何(゚Д゚)ハァ?」って感じで満足できず、かなりディープな解説、江戸時代の流通事情やマネタリズムとか、鎌倉時代の栄養状況などそういった方の話のほうが喜んで調べます。しかし、こんなネタが一般受けするわけないことは私もわかっており、いちいち記事化することはありません。
なので中国ネタ同様、歴史ネタで記事を書く場合は如何に、「自分にとっては珍しくもなんともない事実だけど、一般人がまだ興味を持てる範囲で恐らく走らないであろう事実」を探して書くことが求められます。簡単に言うけど、これは決して簡単じゃありません。
ではこういった知識ギャップを埋めるにはどうすればいいのか。基本は、その方面の知識の少ない人に、「こういうネタがあるんだけど」といって話して聞かせ、その際の反応を見るのが確実です。このとき相手に「面白い」と言わせたらほぼ大丈夫ですが、相手も専門知識を持つ人間だったらあまりあてになりません。
ただこの方法、既にネタを見つけていることが前提です。ネタがなければ話して聞かせるなんてできないわけで、そもそものネタ探しにおいては使えません。
ならネタ探すにはどうすればいいのか。自分のやり方としては、最近「1984」のリバイバルブームで見ることの増えた単語の「二重思考」こと、中国に来たことのない日本人の思考で物事を見つめ、そのなかで面白いと感じたものを拾うというやり方を持っています。
もう一つの方法としては、初めてその情報に触れたときの感覚を思い出すというやり方です。これは「初心に帰る」をそのまんま実行するという手段ですが、記憶力が極端に言いこともあってか、割と実際に最初に触れたときの心境とか思い出そうとすれば簡単に思い出すことができます。その時の感覚を現在の自分の視点で客観視して、記事化するというのが割と自分の得意パターンです。
ただ、自分で書いてて二番目の方法は他の人にできるかと言ったら多分無理だという気がします。つい先日も通りを歩いてて、八年前にここを初めて通った際にはこの店の前にはモップがあって、子猫が遊んでて、ああいう格好したカップルが歩いていたなとか普通に思い出せますが、やはり自分のほうが異常な特徴を持っているということを自覚しています。というかたまにフラッシュバックすることもあって、日本国内のどこそこの通りを時速30キロ強で自転車で走りたくなる欲求が突き上げてくることもあります。
どちらにしろ、記事を書く場合は読者との知識ギャップを意識して書くのと書かないのとでは大きな差があり、一般の記者ならともかく、IT系の記者はやはりこの方面への意識が欠けるのではという印象を常に覚えています。
そのためJBpressで書いているコラムも、割と自分にとっては当たり前なんだけど日本にいる友人とかに話したら、「そんなの全然知らなかった、面白い!」と言われてじゃあ書くかって感じで書いているのも少なくありません。前に書いたごみ分別の記事なんてその典型もいいところで、あれが日本人に反応されるなんて私自身はそれほど期待はしていませんでした。
その逆というか、自分を含め中国ネタを書くライターたちにとって珍しい、面白いと感じる内容は決まってディープな中国ネタ、具体的には中国で流行っている韓流アイドルとか、日本人なら絶対に知らないアパレルブランドとか、日本人には言われてもピンとこない個人所得税改革とかそんなのばっかで、仮にそういうのを日本語媒体で記事化しても誰にも反応されないことは目に見えています。
そういうわけから我々中国ネタライターにとって、「いかに普通の日本人でも反応できるような、自分たちにとっては当たり前だけど、一般日本人には当たり前でないネタ」を提供することが仕事を左右します。簡単に書くけどこれって案外難しく、他のライターとかが書いているネタを見て、「あー、これもいけたのか………」って嘆息することも珍しくありません。
現実にというか去年の秋頃に出した(書いたのは真夏だったが)、中国のPM2.5濃度は下がってて最近青空も多くなっているという私の記事も、やはり周りでは「そんなのずっと前からじゃん」、「自分もそう思ってた」という感想が多く聞かれました。逆を言えばそういう感想が得られるネタほど美味しいわけで、この記事に関しては我ながら「自分にとって当たり前の事実」をうまく再発見できたと考えています。
こうした中国ネタ同様に、私にとっては歴史ネタも同じような問題にぶつかります。はっきり言えば自分もかなり歴史知識を持っていることから生半可なネタじゃ「だから何(゚Д゚)ハァ?」って感じで満足できず、かなりディープな解説、江戸時代の流通事情やマネタリズムとか、鎌倉時代の栄養状況などそういった方の話のほうが喜んで調べます。しかし、こんなネタが一般受けするわけないことは私もわかっており、いちいち記事化することはありません。
なので中国ネタ同様、歴史ネタで記事を書く場合は如何に、「自分にとっては珍しくもなんともない事実だけど、一般人がまだ興味を持てる範囲で恐らく走らないであろう事実」を探して書くことが求められます。簡単に言うけど、これは決して簡単じゃありません。
ではこういった知識ギャップを埋めるにはどうすればいいのか。基本は、その方面の知識の少ない人に、「こういうネタがあるんだけど」といって話して聞かせ、その際の反応を見るのが確実です。このとき相手に「面白い」と言わせたらほぼ大丈夫ですが、相手も専門知識を持つ人間だったらあまりあてになりません。
ただこの方法、既にネタを見つけていることが前提です。ネタがなければ話して聞かせるなんてできないわけで、そもそものネタ探しにおいては使えません。
ならネタ探すにはどうすればいいのか。自分のやり方としては、最近「1984」のリバイバルブームで見ることの増えた単語の「二重思考」こと、中国に来たことのない日本人の思考で物事を見つめ、そのなかで面白いと感じたものを拾うというやり方を持っています。
もう一つの方法としては、初めてその情報に触れたときの感覚を思い出すというやり方です。これは「初心に帰る」をそのまんま実行するという手段ですが、記憶力が極端に言いこともあってか、割と実際に最初に触れたときの心境とか思い出そうとすれば簡単に思い出すことができます。その時の感覚を現在の自分の視点で客観視して、記事化するというのが割と自分の得意パターンです。
ただ、自分で書いてて二番目の方法は他の人にできるかと言ったら多分無理だという気がします。つい先日も通りを歩いてて、八年前にここを初めて通った際にはこの店の前にはモップがあって、子猫が遊んでて、ああいう格好したカップルが歩いていたなとか普通に思い出せますが、やはり自分のほうが異常な特徴を持っているということを自覚しています。というかたまにフラッシュバックすることもあって、日本国内のどこそこの通りを時速30キロ強で自転車で走りたくなる欲求が突き上げてくることもあります。
どちらにしろ、記事を書く場合は読者との知識ギャップを意識して書くのと書かないのとでは大きな差があり、一般の記者ならともかく、IT系の記者はやはりこの方面への意識が欠けるのではという印象を常に覚えています。
2019年2月6日水曜日
ケネディ家の父
先日、上の本を買って読んでましたが、この本を読んで一番興味を持ったのはケネディ家の父親こと、ジョン・F・ケネディの父であるジョセフ・ケネディ(通称、ジョー・ケネディ)でした。
・ジョセフ・P・ケネディ(Wikipedia)
ケネディ家というと米国製次回のエリート一家兼呪われた一家として有名ですが、今回改めてこのジョー・ケネディについて調べてみたところ、実質的にケネディ家というのはこのジョー・ケネディにほかならない、つまり彼自身が核でありほかは付随物だったのだという印象を覚えました。
ではそのジョーがどういう人物だったのかというと、一言で言えば自分がのし上がるためには手段を選ばない人間です。現代で言えば村上ファンドの村上世彰氏などがイメージとして近いような気がします。
ジョー・ケネディはアイリッシュ系移民二世として米国で生まれた後、すでに有力者となっていた父親のコネで銀行で務め始めると、その業務で得た情報を駆使して株取引、つまりインサイダー取引を乱発して巨万の富を築きます。その後、証券会社に移っても同様の行為を繰り返して「悪どい相場師」として名を馳せると、初期のハリウッド映画産業にもビジネスを広げたりしています。
また禁酒法時代には外国からアルコール類を輸入してマフィアを介して横流しするなどして、相当暴利を貪ったとも言われています。っていうかこんだけやりたい放題な人間も珍しいでしょう。
その後、大恐慌のあとでルーズベルト政権が発足すると、大恐慌への対策が真剣に議論されます。特に一番やり玉に挙がったのは証券取引の規制だったのですが、この証券取引規制をどうす進めていくかの指導役としてルーズベルトが発足したばかりの米国証券取引委員会の委員長に指名したのが、他ならぬジョー・ケネディでした。
これはルーズベルト自身が選挙戦中にジョーから多大な支援を受けていたこともありますが、ジョーの資質を買っていたゆえの人事とも言われています。実際、「証券取引不正の親玉が何故規制する側に?」という声も上がったそうですが、本人が不正しまくってその手口もよくわかっているだけに、ジョーが立案して実施していった証券取引規制は理にかなっててちゃんと機能したそうです。
この証券取引委員会委員長の功績を受けてルーズベルトは今度はジョーを英国大使に任命しますが、二次大戦中に「英国は自分のことしか考えていない腰抜けだ」的な失言をしたことで大ひんしゅくを買い、恐らくジョー自身もゆくゆくは大統領の座を狙っていたとされますが、これによって中央政界における政治生命は絶たれました。
これ以降、自分が果たせなかった夢を息子らで実現し、あわよくば息子たちを通して米国を支配しようと考えていた節があり、長男のジョセフ・P・ケネディ・ジュニアこそ二次大戦中に戦死してしまいましたが、次男のJFKは念願かなって大統領につけることに成功します。
もっともその後は知っての通りJFKは在任中に暗殺され、三男のロバート・ケネディも予備選中に暗殺され、末っ子のエドワード・ケネディも上院議員在任中にスキャンダルを起こしてその目は完全に絶たれました。こうした中、ジョーも1969年になくなりますが、四人の息子のうち三人が先に死ぬという不幸な結末となっています。
なおジョーには四人の息子のほか、五人の娘ももうけています。この中で自分も今回はじめて知ったのですが、長女のローズマリー・ケネディはなんとロボトミー手術の被害者となっていました。なんでも、青年期に差し掛かる頃の反抗期的な行動と、やや知能が低かった(実際には標準程度)と判断され、23歳の頃にロボトミー手術が効果的と判断されて施術されたそうです。
しかしこれは最悪の結果となり、これ以降ローズマリーは言語が支離滅裂となり、ほとんど自我のない廃人となってしまったそうです。
このようなローズマリーに対してジョーとその息子たちは全く病院を見舞うことはなく、唯一母親だけが定期的に訪れていたそうですが、ケネディ家から事実上、存在を消されていたそうです。もっともマスコミはすぐバレたので、批判をかわすためにケネディ家は障害者スポーツへ多大な寄付を行うようになりましたが、ケネディ家の不幸は偶然というよりかはその家風、というよりジョーの行動などによる面も大きいのではないかと密かに思います。
2019年2月5日火曜日
いい漫画とだめな漫画の特徴
春節だしなにか無駄遣いしようと思って、高島屋で上のお皿を買ってきました。最初は茶碗を買おうと思ってましたが、これ以上増えるとやばいと考え、ちょうど家に足りないと感じていた幅広の皿があったためこっちにしたわけです。
早速カレーを盛り付ける
さて話は本題ですが、いい漫画とだめな漫画の特徴とはなにか、結論から言えばコマ割りの良し悪しでそれが分かれると思います。どれだけ魅力的なストーリーで、美麗な絵柄であったとして、コマ割りが悪ければ一発で駄作になりえ、逆にストーリーも絵柄も悪いながらもコマ割りがまだしっかりしておれば読む分にはストレスはなく、作品としては成立するかと思います。
このコマ割りがうまい作家を上げるとすれば、まずは現代漫画の技法を開拓した手塚治虫、次に歴史漫画の大家である横山光輝が私の中で上がってきます。特に横山光輝に関してはやや何回とも言える三国志などの歴史小説を非常にわかりやすい状態で漫画化しており、現実に彼の漫画を読んでて内容の前後や意味がわからず二度見することはほぼありません。コマ割り以前にストーリー構成がうまいこともあると思いますが、あの流れるように読めるコマ割りは正直神がかっていると思います。
逆にこのコマ割りが悪い漫画を挙げるならば、名指しして少し悪いですが美樹本晴彦氏です。以前内容に興味があったのとセール中であったので彼の「機動戦士ガンダム エコール・デュ・シエル」という漫画を一巻、二巻をまとめて購入しましたが、正直一巻だけにしておけばよかったと激しく後悔しました。兎にも角にも読んでて見づらく、コマからコマへのつながりが非常に悪い上に絵と内容がすぐ一気に飛ぶため展開がつかめず、何度も「今どんな場面なんだ?」と見直さないと内容が全く入ってきませんでした。
ただでさえ動きの激しいロボットアクションがテーマだというのに、そのロボの動きも気がついたら片方が相手を倒しているような描写ばかりで、よくこんな内容で出せたなと正直不思議に思います。もともとイラストレーター出身ということもあるかもしれませんが、今まで私が見た漫画の中でぶっちぎりにコマ割りの悪い漫画を挙げるとすればこれです。
またこれとは別ですが、つい最近に巷で話題になっていることから「金田一37歳の事件簿」という漫画を購入して読んでみましたが、これが非常に読みやすい内容で結構驚きました。何故見やすかったのかというとかつての「金田一少年~」当時と同じくコマ割りが完結でストーリーを非常に読ませられる内容であるとともに、近年の他の作家の漫画と違って、背景が簡潔であるためだということに気が付きました。
近年、漫画制作もデジタル化が進んできたこともあって、撮影した風景写真をトレースするなど、背景が非常にリアルな漫画は少なくありません。ただその一方、非常に密な背景や描写であるため、陰影がはっきり見えなくなってしまうせいかキャラやセリフがなんとなく目立たなくなってきているようにも思え、やはり一定度の読みづらさを感じます。
それが先程の「金田一37歳」では全くそういうことがなく、キャラの動きやセリフ、状況などがスラスラ読み取れて、「ああ書き込みって多ければ多いほどいいってもんじゃないんだな」という感想を覚えました。特にこの作品のようにミステリーを題材とした、セリフの多い漫画であればなおさらでしょう。もっともさっき述べたような書き込みの多い漫画は概して、セリフも以上に多く書き込む傾向があって余計に見づらくなるのですが。
書き込みの多い漫画でも、例えば「GANTZ」などのように現代世界が舞台にした漫画などは緻密な書き込みはかえって内容を映えさせます。まぁ「GANTZ」の場合、アクションシーンの描写、コマ割りが非常にうまく、こちらも見返す必要がないほど自然にすっと入ってくる技法があるからこそ成立するのかもしれませんが。
しかし全体として、書き込みの多い漫画はその書き込みの多さがかえって漫画作品としての価値を低下せしめているようにも感じます。漫画の絵は緻密であればあるほどいいというわけではないというのを最新の金田一を読んで改めて感じた内容です。
なお「エコールデュシエル」は書き込みが多くもないのに読みづらかったです。ガチで読みづらさにかけてはワーストレベルの漫画だと思います。
2019年2月4日月曜日
あれから二年……
中国では今日が旧暦の大晦日、明日が元旦のため、今日から一週間のお休みです。最も昨日の段階で有休使って休んでおり、ようやくというか左側頭部、多分リンパ管の異常からくる痛みが引いてきました。
さてそんな長期連休初日(本当は二日目)、特にやることがないというか昨日の段階で部屋の掃除とか買い物も済ませていたので今朝は九時頃に目を覚ますと布団カバー洗ったりして、割とすぐ自転車に乗ってでかけました。行き先はというと上海市北にある郊外で、お目当てはこれでした。
覚えている人がいるかは微妙ですが、ちょうど二年前に撮影した実物大エヴァ初号機像です。二年前と同じ場所に鎮座していました。
なんでここ来たのかというと友人が「あれどうなっている?」とか聞いてきたからです。そのせいで片道一時間半を自転車でえっちらおっちら乗りながら撮影へ行く羽目となりました。自転車で長距離乗るの久しぶりで、結構疲れたし(ヽ´ω`)
二年以上も風雨にさらされたこともあって、二年前と比べるとやや色褪せてきているのがアップだとわかります。それにしても今日は天気良くて撮影のし甲斐があった。
たまには後ろからとばかりに取ってみました。靴底見えるのはいいと思います。
この撮影現場ですが、上海市はマルチメディア産業集積地とするべく商業ビルを整備して関連業界企業などを誘致しているようです。実際に二年前と比べると高層ビルや建物が増え、道路なども格段に整備されてて結構驚きました。このエヴァ像がある場所も、前はフェンスに囲まれた建材置き場みたいなところでしたが、見ての通り公園っぽく整備してあって近くて撮影するのもオープンとなっています。
念の為場所を書いておくと汶水路と万荣路の交差点近くです。近くまで行けば像がでかいだけにすぐわかるでしょう。この後自宅で洗った布団カバーにアイロンかけてたら友人の呼び出し食らってスーパーまで買い物に行きました。
それにしても二年前のネタをこうしてまた再掲載するというのも少し感慨があり、この二年間で自分もずいぶん楽な身分になったもんだというのが正直なところです。まぁ四年前と比べると楽どころとか言うレベルじゃなく、危険な状態からよく脱したなという気がしますが。
ちょうど中国アニメコンテンツ市場ネタの記事もJBpress用に書く予定なので、今回の写真はトップ写真とかに使えそうで、まぁ悪くない撮影でした。
さてそんな長期連休初日(本当は二日目)、特にやることがないというか昨日の段階で部屋の掃除とか買い物も済ませていたので今朝は九時頃に目を覚ますと布団カバー洗ったりして、割とすぐ自転車に乗ってでかけました。行き先はというと上海市北にある郊外で、お目当てはこれでした。
覚えている人がいるかは微妙ですが、ちょうど二年前に撮影した実物大エヴァ初号機像です。二年前と同じ場所に鎮座していました。
なんでここ来たのかというと友人が「あれどうなっている?」とか聞いてきたからです。そのせいで片道一時間半を自転車でえっちらおっちら乗りながら撮影へ行く羽目となりました。自転車で長距離乗るの久しぶりで、結構疲れたし(ヽ´ω`)
二年以上も風雨にさらされたこともあって、二年前と比べるとやや色褪せてきているのがアップだとわかります。それにしても今日は天気良くて撮影のし甲斐があった。
たまには後ろからとばかりに取ってみました。靴底見えるのはいいと思います。
この撮影現場ですが、上海市はマルチメディア産業集積地とするべく商業ビルを整備して関連業界企業などを誘致しているようです。実際に二年前と比べると高層ビルや建物が増え、道路なども格段に整備されてて結構驚きました。このエヴァ像がある場所も、前はフェンスに囲まれた建材置き場みたいなところでしたが、見ての通り公園っぽく整備してあって近くて撮影するのもオープンとなっています。
念の為場所を書いておくと汶水路と万荣路の交差点近くです。近くまで行けば像がでかいだけにすぐわかるでしょう。この後自宅で洗った布団カバーにアイロンかけてたら友人の呼び出し食らってスーパーまで買い物に行きました。
それにしても二年前のネタをこうしてまた再掲載するというのも少し感慨があり、この二年間で自分もずいぶん楽な身分になったもんだというのが正直なところです。まぁ四年前と比べると楽どころとか言うレベルじゃなく、危険な状態からよく脱したなという気がしますが。
ちょうど中国アニメコンテンツ市場ネタの記事もJBpress用に書く予定なので、今回の写真はトップ写真とかに使えそうで、まぁ悪くない撮影でした。
2019年2月3日日曜日
責任を取る人が去り、取らない人が残る社会
昨年秋に日本へ一時帰国した際に喫茶店でたまたま目撃した「思春期ルネサンス!ダビデ君」の単行本が出ていると知って先程購入しましたが、期待を裏切らない内容で非常に満足しています。やっぱりギャグ漫画には厨二病的なのりが重要なんだということを再確認しました。
なお「僕のルネサンスに洗濯ばさみが」ってセリフがツボに来ました。
話は戻りますが例の明石市の泉市長がこのほど辞任を発表しました。統一地方選前に人気切れになることから、だったらもう早くに決着をつけようっていう魂胆だったら全く問題ないですが、そうでなくもし本気で今回の一件で辞任を考えたというのであれば、個人的には非常に残念というか惜しいという気がしてなりません。
すでに各所でも報じられている通り、泉市長自身の手腕を疑う声はほとんどなく、今回の一件に関しても必要でありながら放置されていた道路拡幅問題という内容であり、むしろあそこまで熱心にこの問題に向き合って対処したという風に世間も受け取っているように感じます。そして何より、直接叱責された職員本人が「パワハラだと感じていない」と証言していることからも、勝手にパワハラだと勘違いしたメディアを含む周囲の人間によって優秀な行政担当者を去らせてしまったともいえるかもしれません。
以前にもこのブログで主張したことがありますが、現在の日本の出世ルートにおいて非常に重要な要素と言えるのが「責任を取らない、回避する」という概念があります。如何に社会で責任から逃れ続けて無傷で年季を重ねられるかが企業、官界、芸能界などあらゆる業界において非常に重要で、はっきり言えば自分の責任すらも他人におっかぶせるような奴ほど出生しやすいとも言えます。
その逆に、本来取らなくてもいい、無視してもいいような問題の責任すらもきちんと取って、自らをきちんと処罰するような責任感の強い人間ほど、今の日本社会では日の目を見ません。こうした社会の空気を何となくみんな感じ取っているのか、リスクのある事案に対して誰もが忌避するような傾向が日本人を見ていて感じられます。野球で言えば、頑張れば取れるかもしれないけど失敗したらエラーとなるフライに対し、誰もキャッチを試みないような状況と言えます。
何もこうしたリスク回避思考、無責任者がのさばるような社会は現代日本に限るわけじゃなくどの時代、どの世界でも多かれ少なかれ存在しますが、はっきり言ってその「程度」で言えば現代日本のレベルは相当高いように感じます。そう感じるのも、20年くらい前の日本であればもう少しきちんと責任を取る人間に対して評価する空気が感じられましたが、今の日本だとネット社会の隆盛故か、糾弾しようとする人の声があまりにも強くなりすぎており、責任をとったが最後一巻の終わりのような空気を感じます。
で、はっきり言えばこんな無責任者、または責任から逃げ続けてきた人間が出世する社会が良くなるなんて私には思えません。ヤクザの世界にも「お務め」という言葉があるように(今もあるか知らないけど)、責任をとった人間に対してきちんと評価する仕組みや社会がなければ、やはり世の中はどんどんおかしくなっていく気がします。
今回の明石市の問題ではまだ市長の発言の前後が報じられて世間は再評価を行いましたが、それでもこのような辞任というある意味ごく一部の不心得者以外誰も得しない最悪の結果を招いており、これでなにか良くなることよりも悪くなることのほうがはっきり言って多いでしょう。
そもそもパワハラというのは、言葉の苛烈さが決めるものではなく、言葉の主張と現実実態の理不尽さによって決まるものだと私は思います。今回の場合は叱責するに足る不手際があったからこそ強烈な言葉(私はそう思わないが)で叱責が起こりましたが、明らかに実現不可能な要求であったり、規制を無視した残業強制などの事案など、理不尽な状況における罵倒こそがパワハラの条件だと考えます。具体的には、「このハゲー!」とか。
ある意味、自分も必要以上に責任を撮ろうとする人間だからこそ日本の社会から若干追い出された感があります。本来こうした問題は上に立つ人間がきちんと識別して責任と処分をはっきりさせなければならないのですが、責任から逃れ続けて上に立った人間にそんなの期待することはできないだけに、今後もこの問題は続くことでしょう。
なお「僕のルネサンスに洗濯ばさみが」ってセリフがツボに来ました。
話は戻りますが例の明石市の泉市長がこのほど辞任を発表しました。統一地方選前に人気切れになることから、だったらもう早くに決着をつけようっていう魂胆だったら全く問題ないですが、そうでなくもし本気で今回の一件で辞任を考えたというのであれば、個人的には非常に残念というか惜しいという気がしてなりません。
すでに各所でも報じられている通り、泉市長自身の手腕を疑う声はほとんどなく、今回の一件に関しても必要でありながら放置されていた道路拡幅問題という内容であり、むしろあそこまで熱心にこの問題に向き合って対処したという風に世間も受け取っているように感じます。そして何より、直接叱責された職員本人が「パワハラだと感じていない」と証言していることからも、勝手にパワハラだと勘違いしたメディアを含む周囲の人間によって優秀な行政担当者を去らせてしまったともいえるかもしれません。
以前にもこのブログで主張したことがありますが、現在の日本の出世ルートにおいて非常に重要な要素と言えるのが「責任を取らない、回避する」という概念があります。如何に社会で責任から逃れ続けて無傷で年季を重ねられるかが企業、官界、芸能界などあらゆる業界において非常に重要で、はっきり言えば自分の責任すらも他人におっかぶせるような奴ほど出生しやすいとも言えます。
その逆に、本来取らなくてもいい、無視してもいいような問題の責任すらもきちんと取って、自らをきちんと処罰するような責任感の強い人間ほど、今の日本社会では日の目を見ません。こうした社会の空気を何となくみんな感じ取っているのか、リスクのある事案に対して誰もが忌避するような傾向が日本人を見ていて感じられます。野球で言えば、頑張れば取れるかもしれないけど失敗したらエラーとなるフライに対し、誰もキャッチを試みないような状況と言えます。
何もこうしたリスク回避思考、無責任者がのさばるような社会は現代日本に限るわけじゃなくどの時代、どの世界でも多かれ少なかれ存在しますが、はっきり言ってその「程度」で言えば現代日本のレベルは相当高いように感じます。そう感じるのも、20年くらい前の日本であればもう少しきちんと責任を取る人間に対して評価する空気が感じられましたが、今の日本だとネット社会の隆盛故か、糾弾しようとする人の声があまりにも強くなりすぎており、責任をとったが最後一巻の終わりのような空気を感じます。
で、はっきり言えばこんな無責任者、または責任から逃げ続けてきた人間が出世する社会が良くなるなんて私には思えません。ヤクザの世界にも「お務め」という言葉があるように(今もあるか知らないけど)、責任をとった人間に対してきちんと評価する仕組みや社会がなければ、やはり世の中はどんどんおかしくなっていく気がします。
今回の明石市の問題ではまだ市長の発言の前後が報じられて世間は再評価を行いましたが、それでもこのような辞任というある意味ごく一部の不心得者以外誰も得しない最悪の結果を招いており、これでなにか良くなることよりも悪くなることのほうがはっきり言って多いでしょう。
そもそもパワハラというのは、言葉の苛烈さが決めるものではなく、言葉の主張と現実実態の理不尽さによって決まるものだと私は思います。今回の場合は叱責するに足る不手際があったからこそ強烈な言葉(私はそう思わないが)で叱責が起こりましたが、明らかに実現不可能な要求であったり、規制を無視した残業強制などの事案など、理不尽な状況における罵倒こそがパワハラの条件だと考えます。具体的には、「このハゲー!」とか。
ある意味、自分も必要以上に責任を撮ろうとする人間だからこそ日本の社会から若干追い出された感があります。本来こうした問題は上に立つ人間がきちんと識別して責任と処分をはっきりさせなければならないのですが、責任から逃れ続けて上に立った人間にそんなの期待することはできないだけに、今後もこの問題は続くことでしょう。
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