昨日の報道で確かみたつもりですが、今回のコロナウイルスが与える経済影響は2008年のリーマンショック(世界的には「金融危機」と表記。「リーマン」とつくのは日本だけ)ほどではないと麻生財務大臣が言ったことですが、まぁ所詮は麻生の言うことで何の意味もないでしょう。結論から言えば、リーマン以上の影響になると私自身は思っています。こう考える根拠はただ一つ、リーマンと違って現実の人や物の移動がウイルス流行によって完全にストップしたからです。
リーマンの時は金融が大きな負債を抱えて金の巡りが悪くなり、それにより資金繰りが悪化してそれまで黒字だった資産を売却するようになって、また中小企業が潰れていったりして生産消費活動が滞っていくようにして、徐々にその影響が広がっていきました。
一方、今回のコロナでは金融から現実経済へ徐々に影響が波及していったのではなく、いきなり現実の経済活動がストップしました。最初に影響を受けたのは旅行や観光業、次に客が来なくなった飲食や小売業、その後工場の生産稼働が止まってサプライチェーンが寸断された製造業と物流業という感じで影響が広がっていきました。この後は言わずもがなですが、現在は巡り巡って金融業が大打撃を受けており、この流れは見てわかる通り、リーマンとはまるで逆です。リーマンの時は金融という、ある意味川上の最上部から影響が広がりましたが、今回のコロナはそれとは真逆に川下も川下の、最末端の現場から遡上するように川上へと影響が広がっていきました。
この川上と川下の流れですが、どちらがその影響を食い止めやすいかと言ったら私の見方としては断然川上です。というのも川上であれば、そのまま水の流れで例えるとしたら水量が減ったとたとえられ、減った分だけ水をどっかから汲んで流すことで川下への影響を減らすことができます。この水汲みはそのまま政府などによる財政出動で、実際にあちこちの国でゼロ金利政策が取られるなどして資金を市場に大量に流通させることでリーマンの影響を克服しました。
中国なんかその典型で、すぐさま100兆円くらいボンと放り込んでましたし。
一方、今回の場合は何度も言う通り川下からの影響です。楽観的シナリオで言えばこのウイルス禍は今年だけで夏には終息するという見方ですが、個人的な見方で言うと、ワクチンなどの完成、量産といった治療法の確立まで一程度の時間を要することから、最低でも来年冬も一部地域で一定度流行するのではと私は見ています。仮にそうであれば来年冬も世界各地で防疫対策のために外出抑制や隔離措置等が取られることを意味し、今年ほどでなくても同じようなインパクトが来ると言えます。
このように実際の現場での経済活動がストップすることによって、例え融資が保障されていたとしても飲食店などでは客が来なければ売り上げは増えず、そのほかの運営コストだけがどんどん嵩んでいく行く一方です。融資によって運営を維持したとしてもその後客が戻ってきて返済するほどの売上げが立てられるかと言ったら可能性は高くなく、前述の通り来年にも同じようなインパクトが来ると予想するなら、経営を維持したところで借金が増えるだけで終わる可能性もあります。
何が言いたいのかというと、財政出動や金利抑制によって融資を増やしたところで、川下からの経済活動ストップにはそこまで効果を発揮できないのではということです。じゃあどうすればいいのかって、外出しなくても経済活動が回るようライフスタイルそのものを変えるしかないのではというのが正直な見方です。具体的には食品ケータリング、オンライン教育、リモートオフィスの普及促進ですが、まぁどうなることやら。
そもそも財政出動しようにも金融にも影響が広がっている中ではファンドなどの融資機関も資金がショートし始めるわけで、恐らく日本では今後、完全な意味での国有企業が増えてく気がします。まぁそれも時代の趨勢かなと思って、いちいち批判とかする気もしませんが。
ここは日々のニュースや事件に対して、解説なり私の意見を紹介するブログです。主に扱うのは政治ニュースや社会問題などで、私の意見に対して思うことがあれば、コメント欄にそれを残していただければ幸いです。
2020年3月18日水曜日
2020年3月16日月曜日
忙しいし読まれないし
別にそんな長時間っていうわけじゃないけど、先週末も自宅で数時間ずつ作業していました。それでも全然仕事が終わらないし、むしろ溜まっていく一方だし。
・忠臣蔵の真相、抑えのきかない30代がキレたのか(JBpress)
そんな中で出た今日の記事ですが、案の定というかコロナの波にやられてあまりアクセスは伸びてないようです。ショックはないというか、そんなの感じられるほどの体力すらない状態で、正直早く寝たいです。
記事内容について少し言及すると、西郷隆盛の下りはあまり知られていないけど、実は実像がほとんどはっきりしないかなり特殊な人物であることを紹介できたのはなかなか良かったのではと考えています。そのほかはありきたりなネタばかりですが、真珠湾ネタに関してはそろそろ掘り起こしの時期かなと思いつつ言及しました。
夕方くらいまでは意識もはっきりしてたけど、さっきから急に調子悪くなってきたのでこれからゼノブレイド2してから寝ます。
・忠臣蔵の真相、抑えのきかない30代がキレたのか(JBpress)
そんな中で出た今日の記事ですが、案の定というかコロナの波にやられてあまりアクセスは伸びてないようです。ショックはないというか、そんなの感じられるほどの体力すらない状態で、正直早く寝たいです。
記事内容について少し言及すると、西郷隆盛の下りはあまり知られていないけど、実は実像がほとんどはっきりしないかなり特殊な人物であることを紹介できたのはなかなか良かったのではと考えています。そのほかはありきたりなネタばかりですが、真珠湾ネタに関してはそろそろ掘り起こしの時期かなと思いつつ言及しました。
夕方くらいまでは意識もはっきりしてたけど、さっきから急に調子悪くなってきたのでこれからゼノブレイド2してから寝ます。
2020年3月15日日曜日
関電贈賄事件の立件はどうして難しいの?
・第三者委が便宜供与認定、関電役員らの刑事責任は?(産経新聞)
少し本題とは違いますが、「2050年のメディア」を読んで各新聞社も大変なんだなと思ってリンクはなるべくYahooの配信記事ではなく本社の公式サイトページを使うように最近しています。ちなみに上の本についてうちの親父は、「一番驚いたのは読売が記事配信でYahooから受け取る報酬額の多さだ」と言ってて、なかなか自分と違った視点で面白いと感じました。
話は本題ですが、例のなんでんかんでんとは関係ない関電の原発工事や整備に係る口利き並びに贈賄事件について、上記報道で第三者委員会などが立件は難しいと話していることが報じられています。これを見て私がすぐ感じたのは、「ムネオハウスは?」でした。
・鈴木宗男事件(Wikipedia)
最近の若い人にはもう通じづらくなってくるほど昔の事件となりましたが、かつてお茶の間を騒がせた上記のムネオハウスをはじめとする一連の鈴木宗男関連事件では、国後島のディーゼル発電施設工事に関して鈴木宗男氏の口利きがあったとして、三井物産の社員数人が逮捕拘留起訴に遭い、有罪を受けています。
この件に関しては佐藤優氏の著書「国家の罠」に詳しいですが、何故三井物産がこの件で受注したのかというと、口利きではなく単純に、三井物産しか対応のできない案件だったからとされています。何故かというと国後島に発電施設を援助するとはいえ、普通の発電施設を建てたらロシア側が接収する可能性があり、ロシアの支配権を認めることになりかねなくなります。そこで、メンテナンスでどうしても日本側の手を入れなければならない発電施設で、且つコストバランスも保ち、国後島でも工事できるとなると当時三井物産くらいしかなく、そうした経緯で受注が決まったと説明されています。
上記理由、特に日本側の手を半永久的に入れなければならないという点はまさにその通りだと思えるのですが、前述の通りこの件で三井物産社員はいきなり逮捕され、有罪を受けています。この例と比べると、国後島のディーゼル発電施設案件と福井県の原発施設案件で同じ電力施設ながら条件はいくつか異なるものの、片っ方は汚職背景経緯で怪しいところがあるのに問答無用で逮捕起訴となり、もう片方は実際に受け渡された現金金額や口利き受注経緯もはっきりしているのに「時効」という旗頭の下で放免され、なんじゃそりゃって正直思います。刑法詳しくないから、こうせざるを得ない道理とかあるのかもしれませんけど。
ただ刑法の道理以上に私としては、関電だから未だ一人も逮捕者が出ていないというのが真実である気がします。これが他の中小企業、または大企業であっても政府と距離のある企業だったら、既に二桁くらい逮捕者が出ていたかもしれません。
前述の国後島ディーゼル施設事件に関しても、少し意地悪な言い方ですが今の時代なら三井物産社員には逮捕起訴はなく、ムネオだけが罪に問われていたかもしれません。それくらい、政府との距離の近さによって罪に問われるかがはっきり分かれる時代であると私は認識しています。
なお最近小池百合子都知事の学歴詐称疑惑について報道が出ていますが、これもムネオハウス(いちいち語呂がいい(^_^))の頃、今は亡きサッチーこと野村沙知代のコロンビア大学卒の学歴が騒がれてました。あの頃は濃いキャラが多かったなぁ(;´・ω・)
少し本題とは違いますが、「2050年のメディア」を読んで各新聞社も大変なんだなと思ってリンクはなるべくYahooの配信記事ではなく本社の公式サイトページを使うように最近しています。ちなみに上の本についてうちの親父は、「一番驚いたのは読売が記事配信でYahooから受け取る報酬額の多さだ」と言ってて、なかなか自分と違った視点で面白いと感じました。
話は本題ですが、例のなんでんかんでんとは関係ない関電の原発工事や整備に係る口利き並びに贈賄事件について、上記報道で第三者委員会などが立件は難しいと話していることが報じられています。これを見て私がすぐ感じたのは、「ムネオハウスは?」でした。
・鈴木宗男事件(Wikipedia)
最近の若い人にはもう通じづらくなってくるほど昔の事件となりましたが、かつてお茶の間を騒がせた上記のムネオハウスをはじめとする一連の鈴木宗男関連事件では、国後島のディーゼル発電施設工事に関して鈴木宗男氏の口利きがあったとして、三井物産の社員数人が逮捕拘留起訴に遭い、有罪を受けています。
この件に関しては佐藤優氏の著書「国家の罠」に詳しいですが、何故三井物産がこの件で受注したのかというと、口利きではなく単純に、三井物産しか対応のできない案件だったからとされています。何故かというと国後島に発電施設を援助するとはいえ、普通の発電施設を建てたらロシア側が接収する可能性があり、ロシアの支配権を認めることになりかねなくなります。そこで、メンテナンスでどうしても日本側の手を入れなければならない発電施設で、且つコストバランスも保ち、国後島でも工事できるとなると当時三井物産くらいしかなく、そうした経緯で受注が決まったと説明されています。
上記理由、特に日本側の手を半永久的に入れなければならないという点はまさにその通りだと思えるのですが、前述の通りこの件で三井物産社員はいきなり逮捕され、有罪を受けています。この例と比べると、国後島のディーゼル発電施設案件と福井県の原発施設案件で同じ電力施設ながら条件はいくつか異なるものの、片っ方は汚職背景経緯で怪しいところがあるのに問答無用で逮捕起訴となり、もう片方は実際に受け渡された現金金額や口利き受注経緯もはっきりしているのに「時効」という旗頭の下で放免され、なんじゃそりゃって正直思います。刑法詳しくないから、こうせざるを得ない道理とかあるのかもしれませんけど。
ただ刑法の道理以上に私としては、関電だから未だ一人も逮捕者が出ていないというのが真実である気がします。これが他の中小企業、または大企業であっても政府と距離のある企業だったら、既に二桁くらい逮捕者が出ていたかもしれません。
前述の国後島ディーゼル施設事件に関しても、少し意地悪な言い方ですが今の時代なら三井物産社員には逮捕起訴はなく、ムネオだけが罪に問われていたかもしれません。それくらい、政府との距離の近さによって罪に問われるかがはっきり分かれる時代であると私は認識しています。
なお最近小池百合子都知事の学歴詐称疑惑について報道が出ていますが、これもムネオハウス(いちいち語呂がいい(^_^))の頃、今は亡きサッチーこと野村沙知代のコロンビア大学卒の学歴が騒がれてました。あの頃は濃いキャラが多かったなぁ(;´・ω・)
2020年3月13日金曜日
コロナばらまき男のニュースに対する疑問
どうでもいいですが自宅勤務で会社のパソコンを使った後で自分のパソコンを使うといろいろと違和感あります。なんでかっていうと自宅で使用している外付けキーボードは日本のキー配置になってて、中国のPCのキー配置と微妙に異なっているからです。具体的には「」とか()の位置がそれぞれズレており、ミスタイプを連発してしまいます。
多分キー配置がどっちかに統一されていたら、普段からもっとタイプ速度は上がると思います。
・コロナ「ばらまく」男性捜査へ 飲食店の従業員感染―愛知県警(時事通信)
ちょっと昨日の記事と内容がやや被りますが、上記のコロナばらまき男のニュースを先日から見ていて、すごい違和感があります。どんな違和感かというと、なんでこんな話がニュースとして報じられるのかっていう感情で、こうして記事を見るだに不思議に思います。
こういうと恐らく、「こんなくだらないニュースに何故注目するの?」と私が思っているように見えるかもしれませんが、実際はそんなじゃありません。じゃあなんだってんだというと、「なぜ結果の報道じゃないんだろう?」という風に見ています。言い換えるなら、「なんでこいつが外に出歩いた時点で日本は逮捕拘留監禁ご……しないんだろう?」といった感じです。
また比較対象が中国になってしまいますが、中国だったらまず間違いなく「出歩いた」ことがニュースになることはありません。ではどんな風に報じられるのかというと「陽性なのに出歩いていたバカがいたから始末した」という風に、結果だけ簡潔に報じてくれます。すごくわかりやすい!
実際にというかコロナ感染者数が急増していた頃は、日本でも報じられていますが「感染を隠している人を密告してくれたらお小遣いあげるよ(^ω^)」という通知を、日本の緊急地震速報の様にすべての携帯電話宛てにメッセージとかバンバン来てました。もちろん「感染を自分で隠していたらどうなるかわかってるよね(^_-)-☆」というメッセージも、バンバン来てました。逆を言えば、こうした頻繁なメッセージが懐かしく思うほど、最近は来なくなっているのですが。
それだけ力入れていただけに、こうした各部門の通達や自宅謹慎を破る人間に対しては容赦なく取り締まっており、「陽性であることを口にしながら出歩いていたという事件がありました」みたいな事件報道は見ませんでした。もっとも「発熱をあの手この手で抑え込んで監視の目を潜り抜けた」という中国人のニュースは結構あったけど。
何が言いたいかというと、なんでこの事件では出歩いていた時点ですぐ逮捕、とまではいかずとも何らかの処分を行わなかったのかが私には不思議でしょうがありません。少なくとも、事件報道は数日前に行われており、第一報が出た時点で逮捕か略式起訴なりしないで、世論が徐々に盛り上がってから今日の報道見たくようやく「事態を重く見た県警は」となるのは何なんだろうとか思います。法律や防疫の基準ではなく世論で逮捕が決まるのかって話だし、「事態を重く見た県警は」じゃねーだろ。
昨日もマスクの転売という誰の得にもならない流通妨害について日本はどこも誰も取り締まろうとしなかったことに触れましたが(中国ならネットに上げた時点で瞬獄殺)、なんか逮捕や処分といった取り締まりの基準が本人らの知らないところで、半端なくおかしくなっているのではないかとこの事件を見ていて本気で思えてきました。
一方でアラートループ事件のように、何が犯罪なのかよくわからない案件でいきなり家宅捜索と大掛かりな捜査摘発する例も見られ(兵庫県警なので昔からだろうが)、社会の基準がかなりおかしくなっているように見えます。
もっとも中国も決して平等ではなく日本同様に恣意的な捜査も少なくないだけに、日本だけがおかしいと主張するつもりはさらさらありません。ただ日本の場合はなんとなく、「慣例がなければ誰もがおかしいと思うことでも捜査摘発はしない」という面が強い気がします。その上で先ほども書いた通り、「その判断は世論に委ねる」面があり、以前にも述べましたが日本は警察すらも遵法精神が意外に低く、周囲との同調に判断を任せているように見えます。
多分キー配置がどっちかに統一されていたら、普段からもっとタイプ速度は上がると思います。
・コロナ「ばらまく」男性捜査へ 飲食店の従業員感染―愛知県警(時事通信)
ちょっと昨日の記事と内容がやや被りますが、上記のコロナばらまき男のニュースを先日から見ていて、すごい違和感があります。どんな違和感かというと、なんでこんな話がニュースとして報じられるのかっていう感情で、こうして記事を見るだに不思議に思います。
こういうと恐らく、「こんなくだらないニュースに何故注目するの?」と私が思っているように見えるかもしれませんが、実際はそんなじゃありません。じゃあなんだってんだというと、「なぜ結果の報道じゃないんだろう?」という風に見ています。言い換えるなら、「なんでこいつが外に出歩いた時点で日本は逮捕拘留監禁ご……しないんだろう?」といった感じです。
また比較対象が中国になってしまいますが、中国だったらまず間違いなく「出歩いた」ことがニュースになることはありません。ではどんな風に報じられるのかというと「陽性なのに出歩いていたバカがいたから始末した」という風に、結果だけ簡潔に報じてくれます。すごくわかりやすい!
実際にというかコロナ感染者数が急増していた頃は、日本でも報じられていますが「感染を隠している人を密告してくれたらお小遣いあげるよ(^ω^)」という通知を、日本の緊急地震速報の様にすべての携帯電話宛てにメッセージとかバンバン来てました。もちろん「感染を自分で隠していたらどうなるかわかってるよね(^_-)-☆」というメッセージも、バンバン来てました。逆を言えば、こうした頻繁なメッセージが懐かしく思うほど、最近は来なくなっているのですが。
それだけ力入れていただけに、こうした各部門の通達や自宅謹慎を破る人間に対しては容赦なく取り締まっており、「陽性であることを口にしながら出歩いていたという事件がありました」みたいな事件報道は見ませんでした。もっとも「発熱をあの手この手で抑え込んで監視の目を潜り抜けた」という中国人のニュースは結構あったけど。
何が言いたいかというと、なんでこの事件では出歩いていた時点ですぐ逮捕、とまではいかずとも何らかの処分を行わなかったのかが私には不思議でしょうがありません。少なくとも、事件報道は数日前に行われており、第一報が出た時点で逮捕か略式起訴なりしないで、世論が徐々に盛り上がってから今日の報道見たくようやく「事態を重く見た県警は」となるのは何なんだろうとか思います。法律や防疫の基準ではなく世論で逮捕が決まるのかって話だし、「事態を重く見た県警は」じゃねーだろ。
昨日もマスクの転売という誰の得にもならない流通妨害について日本はどこも誰も取り締まろうとしなかったことに触れましたが(中国ならネットに上げた時点で瞬獄殺)、なんか逮捕や処分といった取り締まりの基準が本人らの知らないところで、半端なくおかしくなっているのではないかとこの事件を見ていて本気で思えてきました。
一方でアラートループ事件のように、何が犯罪なのかよくわからない案件でいきなり家宅捜索と大掛かりな捜査摘発する例も見られ(兵庫県警なので昔からだろうが)、社会の基準がかなりおかしくなっているように見えます。
もっとも中国も決して平等ではなく日本同様に恣意的な捜査も少なくないだけに、日本だけがおかしいと主張するつもりはさらさらありません。ただ日本の場合はなんとなく、「慣例がなければ誰もがおかしいと思うことでも捜査摘発はしない」という面が強い気がします。その上で先ほども書いた通り、「その判断は世論に委ねる」面があり、以前にも述べましたが日本は警察すらも遵法精神が意外に低く、周囲との同調に判断を任せているように見えます。
2020年3月12日木曜日
中国のマスク輸出規制報道について
・中国からマスクを出荷できない 中国側「規制なし」(20/03/11)(テレビ朝日)
先ほど友人から上のテレ朝の報道についてどう思うかと言われて返事したので、ゼノブレイド2を遊びたいこともあり、その返信をそのままブログに書きます。
――以下返信内容――
いくつか情報を整理した上で説明する必要があると思う。
まず中国製マスクの輸出については、これは確実に規制はされていない。現時点で中国から日本へのマスク寄付が行われており、ジャック・マーなどが100万枚のマスクを日本に寄付したことをまさか知らないわけはないだろう。自分の同僚の知人も、北海道知事のファンだからと個人として、わざわざマスクを北海道指定で寄付している。
それは寄付だから輸出できる、ということも言えるが、こうした状況を見ると中国国内で調達して、日本など国外へ輸出することは可能だと言えるだろう。であれば、値段にもよるが商取引としての輸出も不可能ではないと思う。
https://www.nishinippon.co.jp/item/o/590615/
またいくつか日本国内の報道を見ていると、確かに中国国内の需要急増によって中国製マスクの世界流通が停滞していることは事実だろうが、完全にゼロストップになっているという報道は見当たらない。不足しているとはいえ日本国内でもマスクは一応流通していることから(国内生産分もあるとはいえ)、中国政府がマスクの輸出取引を規制しているようには俺は見えない。
次に転売についてだが、中国は日本と違って今回のウイルスが流行してすぐ、マスクや防護服などをネットで転売したら即刻逮捕処分するという通達を出している。日本みたくメルカリに提示した時点で確実に捕まる状態であり、転売に対しては恐らく日本人の想像を超えた厳しい態度で臨んでいる。
逆に俺から見れば、日本は目の前で流通妨害が行われているを政府が見て見ぬふりして放置しているようにしか見えない。十人くらい派手に殺せばいいだけのものを。
以上を踏まえた上で上記のテレ朝の報道を見ると、なんとなくこれは意図があるなという風に思う。ポイントは、
・取材先が1社
・中国の生産工場の場所が表示されない(広東省○○市のような)
・中国の工場も1社しか出てこない
・中国での撮影日時が表示されない
もう一つ最大のポイントがあるがそれは後で書くとして、この報道に関してはある一つの会社の事例を、さも中国全体で起こっているかのように見せているのではないかという気がする。
そもそも、テキスト説明部で「中国・外務省、耿爽副報道局:」って書いているけど、正式名称は「中国外交部新聞司耿爽副司長」だし。外交部を外務省、新聞司を報道局って訳すのは百歩譲ってもいいけど、「副報道局長」とするところを「副報道局」で終わっているのは擁護のしようがないざるっぷりだ。
https://baike.baidu.com/item/%E8%80%BF%E7%88%BD/19489902?fr=aladdin
その上で、ではなんでこの会社の例だとマスクが売られないのか。考えられる理由としては、以下の通り。
1、中国工場の人が言うように地元当局からマジで転売品と疑われて出荷をストップされている(転売ルートは中国→日本→中国)
2、地元当局がいざという時のストックのために出荷を自己判断で止めている
3、中国工場が転売または第三者への横流しを目的にわざと出荷していない
4、マスク在庫の写真は過去のもので、既にその在庫は存在していない
2について言うと、中国は日本人では考えられないほど地方政府の裁量が広く、中央政府のあずかり知らないところでいろいろ好き放題にできるところがある。仮にこの中国工場が実際に輸出販売などが規制されているとしても、それは中央政府が指示したのか地方政府が指示したのかで話は大きく変わってくるだろう。後者なら、報道官の説明はウソではないことになる。
実際にというか地方政府間のマスクの取り合いは起こっており、知ってるだろうが下の例から見ても中央の意向に関係なく地方政府が勝手にマスクの流通を止めて徴発することもありうる。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59325
以上を勘案すると、少なくともこのテレ朝の報道だけ見て中国が国家としてマスクの流通、輸出を規制しているかどうかは判断できないし、その可能性は低いとすら思う。その上で、他にも同じような例はあるかもしれないが、この中国工場の話はレアな方なんじゃないかと思う。
最後にテレ朝の報道を分析する上の最大のポイントを明かすと、日中の税関への取材がない。少なくとも日本の税関に問い合わせれば中国からのマスク輸入が止まっているか、直近の変動がないかは絶対にわかるはず。税関の取材をしていなければただの無能だが、むしろやっててわざと報じなかったのではという風にも俺には見える。
先ほど友人から上のテレ朝の報道についてどう思うかと言われて返事したので、ゼノブレイド2を遊びたいこともあり、その返信をそのままブログに書きます。
――以下返信内容――
いくつか情報を整理した上で説明する必要があると思う。
まず中国製マスクの輸出については、これは確実に規制はされていない。現時点で中国から日本へのマスク寄付が行われており、ジャック・マーなどが100万枚のマスクを日本に寄付したことをまさか知らないわけはないだろう。自分の同僚の知人も、北海道知事のファンだからと個人として、わざわざマスクを北海道指定で寄付している。
それは寄付だから輸出できる、ということも言えるが、こうした状況を見ると中国国内で調達して、日本など国外へ輸出することは可能だと言えるだろう。であれば、値段にもよるが商取引としての輸出も不可能ではないと思う。
https://www.nishinippon.co.jp/item/o/590615/
またいくつか日本国内の報道を見ていると、確かに中国国内の需要急増によって中国製マスクの世界流通が停滞していることは事実だろうが、完全にゼロストップになっているという報道は見当たらない。不足しているとはいえ日本国内でもマスクは一応流通していることから(国内生産分もあるとはいえ)、中国政府がマスクの輸出取引を規制しているようには俺は見えない。
次に転売についてだが、中国は日本と違って今回のウイルスが流行してすぐ、マスクや防護服などをネットで転売したら即刻逮捕処分するという通達を出している。日本みたくメルカリに提示した時点で確実に捕まる状態であり、転売に対しては恐らく日本人の想像を超えた厳しい態度で臨んでいる。
逆に俺から見れば、日本は目の前で流通妨害が行われているを政府が見て見ぬふりして放置しているようにしか見えない。十人くらい派手に殺せばいいだけのものを。
以上を踏まえた上で上記のテレ朝の報道を見ると、なんとなくこれは意図があるなという風に思う。ポイントは、
・取材先が1社
・中国の生産工場の場所が表示されない(広東省○○市のような)
・中国の工場も1社しか出てこない
・中国での撮影日時が表示されない
もう一つ最大のポイントがあるがそれは後で書くとして、この報道に関してはある一つの会社の事例を、さも中国全体で起こっているかのように見せているのではないかという気がする。
そもそも、テキスト説明部で「中国・外務省、耿爽副報道局:」って書いているけど、正式名称は「中国外交部新聞司耿爽副司長」だし。外交部を外務省、新聞司を報道局って訳すのは百歩譲ってもいいけど、「副報道局長」とするところを「副報道局」で終わっているのは擁護のしようがないざるっぷりだ。
https://baike.baidu.com/item/%E8%80%BF%E7%88%BD/19489902?fr=aladdin
その上で、ではなんでこの会社の例だとマスクが売られないのか。考えられる理由としては、以下の通り。
1、中国工場の人が言うように地元当局からマジで転売品と疑われて出荷をストップされている(転売ルートは中国→日本→中国)
2、地元当局がいざという時のストックのために出荷を自己判断で止めている
3、中国工場が転売または第三者への横流しを目的にわざと出荷していない
4、マスク在庫の写真は過去のもので、既にその在庫は存在していない
2について言うと、中国は日本人では考えられないほど地方政府の裁量が広く、中央政府のあずかり知らないところでいろいろ好き放題にできるところがある。仮にこの中国工場が実際に輸出販売などが規制されているとしても、それは中央政府が指示したのか地方政府が指示したのかで話は大きく変わってくるだろう。後者なら、報道官の説明はウソではないことになる。
実際にというか地方政府間のマスクの取り合いは起こっており、知ってるだろうが下の例から見ても中央の意向に関係なく地方政府が勝手にマスクの流通を止めて徴発することもありうる。
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/59325
以上を勘案すると、少なくともこのテレ朝の報道だけ見て中国が国家としてマスクの流通、輸出を規制しているかどうかは判断できないし、その可能性は低いとすら思う。その上で、他にも同じような例はあるかもしれないが、この中国工場の話はレアな方なんじゃないかと思う。
最後にテレ朝の報道を分析する上の最大のポイントを明かすと、日中の税関への取材がない。少なくとも日本の税関に問い合わせれば中国からのマスク輸入が止まっているか、直近の変動がないかは絶対にわかるはず。税関の取材をしていなければただの無能だが、むしろやっててわざと報じなかったのではという風にも俺には見える。
2020年3月10日火曜日
日本の意思決定プロセスの崩壊
先ほど友人から例の高輪ゲートウェイ駅の謎フォント(明朝体)について少し話しました。
この駅名については説明するまでもないでしょうが、当初行った公募では「高輪」が最多得票であったにもかかわらず、わずか36票しか得ていなかったこちらの名前が結局は採用されました。公募と言っておきながら、初めから名称が決められていたと考えるほかない、というよりそういう風に思わない人間の方が異常でしょう。
初めから決まっているんなら当初から公募せずにやればいいというものの、適当に批判をかわす目的で無意味に公募が行われた可能性が高いです。この意思決定者が誰なのかはわかりかねますが、独断で決める度胸もなく妙な隠れ蓑を使う当たりは責任感のない人間だと疑われます。同時に、変に公募を行った辺り、自身も内心ではこの名称に自信を持ってなかったのではないかとも見ています。
この高輪に限らず、最近の日本を見ていてその意思決定プロセスの奇妙さには疑問を感じるところが多いです。卑近な例を挙げると突然休校を決めた安倍首相ですが、これは本人は言わないものの、安倍首相本人が独断で決めたものと見てほぼ間違いないでしょう。専門家諮問会議では誰も休校について言及しなかった証言が出ており、またそれを裏付けるかのように「諮問会議の議事録はない」と常識ではあり得ない発言まで飛び出してきており、意思決定責任者を覆い隠そうと政府も必死です。
一部で言われていますが、この休校決定については北海道の鈴木知事が道内で感染者が広がっていた背景から国に先駆けて休校を自ら決定したことに対し、政府の威信というかプライドを守るためだけにトップダウンで決められた可能性が高いとみています。安倍首相としては、恐らく本気でこの意思決定が世間から称賛を受けると思い込んでいた節もあり、当初でこそ非常に強気でしたが、思ってた以上に世論が否定できだったのを受けて翌日には「強制ではなく要請」発言が飛び出すこととなりました。でもって後から入れ知恵的に次々と休業中の補償方針を朝令暮改の如く打ち出して、現場を無駄に混乱させ続けています。はっきり言えばこの件に関して鈴木知事が「責任は自分がすべて負う」と発言したのと比べると、安倍首相は鈴木知事を持ち上げるために自ら汚れ役をやっているようにしか見えないくらいに無様で評価できないと私は見ています。
ただこうした、「責任は負いたくないけど物事を決めたい」的な無責任な意思決定プロセスは、安倍首相に限りません。確かに日本はワンミスが命取りなくらいな極端な減点主義方式の社会で、あの子もどの子もただひたすらに責任を回避し続けるのが絶対正義なところがあり、私の世代などはリアルに「見ざる言わざる着飾る」な生き方をモットーにしている人が多いです。
そうした人々について私個人としては、いくらかは根性がないとは思うものの、時代が時代故にこうした生き方もやむを得ないかと理解する点も少なくありません。
その一方、こうしたメンタルが世の中で支配的なことから、先ほどの責任は忌避しつつ物事を決めるという、責任所在者をわざと組織的にあいまいにさせる意思決定プロセスが、更なる混乱を招いているように見えます。具体的に言うと、自分が責任を負わなくていいから真面目に意思決定をしない、メリットやデメリットなどの要素を真剣に検討しないで意思決定が行われていると思う節が日本のあちこちで見られます。中にはどうせ責任を負わないんだからと、高輪ゲートウェイのように冗談みたいな誰もがおかしいと感じる意思決定すら平気でやらかす輩も出てきており、日本の意思決定プロセスは「責任を負わなくていいから適当に決める」ということが一般化しつつあるように思えます。
思えばこの流れの萌芽は、90年代のゆとり教育導入辺りからだったかもしれません。あの当時は誰もがこの方針へ舵を切ることに反対していたものの、当時の文部省は「一部ニーズがあるから」という言質でもって国益を考えずに導入し、案の定学力が大幅に低下してさらに批判が起こるとあっさりこの方針を放棄して、元の水準へ戻すよう揺り戻しました。
この揺り戻しの際、ゆとり教育導入を推し進めた文部省の責任者は、「国民が導入を望んだ」、「少なくとも一部の人は導入を強く主張していた」などと話し、当時の世論の大反対を無視したことに対する責任を認めなかったばかりか、導入することによって得られると見込まれた効果の狙いや検証根拠などについて、一切口にしませんでした。
何も結果責任を必ず取れと声高に主張するつもりまではありませんが、意思決定前に複数ある選択肢について事前に、どちらが今現在選択する上で最善なのか、科学的且つ合理的に日本人はもっと検証して、その検証結果を意思決定に反映させるべきだと思います。なんとなく、そうした検証を経ることよりも勘のような判断であちこち決断が行われているように見えてなりません。
この駅名については説明するまでもないでしょうが、当初行った公募では「高輪」が最多得票であったにもかかわらず、わずか36票しか得ていなかったこちらの名前が結局は採用されました。公募と言っておきながら、初めから名称が決められていたと考えるほかない、というよりそういう風に思わない人間の方が異常でしょう。
初めから決まっているんなら当初から公募せずにやればいいというものの、適当に批判をかわす目的で無意味に公募が行われた可能性が高いです。この意思決定者が誰なのかはわかりかねますが、独断で決める度胸もなく妙な隠れ蓑を使う当たりは責任感のない人間だと疑われます。同時に、変に公募を行った辺り、自身も内心ではこの名称に自信を持ってなかったのではないかとも見ています。
この高輪に限らず、最近の日本を見ていてその意思決定プロセスの奇妙さには疑問を感じるところが多いです。卑近な例を挙げると突然休校を決めた安倍首相ですが、これは本人は言わないものの、安倍首相本人が独断で決めたものと見てほぼ間違いないでしょう。専門家諮問会議では誰も休校について言及しなかった証言が出ており、またそれを裏付けるかのように「諮問会議の議事録はない」と常識ではあり得ない発言まで飛び出してきており、意思決定責任者を覆い隠そうと政府も必死です。
一部で言われていますが、この休校決定については北海道の鈴木知事が道内で感染者が広がっていた背景から国に先駆けて休校を自ら決定したことに対し、政府の威信というかプライドを守るためだけにトップダウンで決められた可能性が高いとみています。安倍首相としては、恐らく本気でこの意思決定が世間から称賛を受けると思い込んでいた節もあり、当初でこそ非常に強気でしたが、思ってた以上に世論が否定できだったのを受けて翌日には「強制ではなく要請」発言が飛び出すこととなりました。でもって後から入れ知恵的に次々と休業中の補償方針を朝令暮改の如く打ち出して、現場を無駄に混乱させ続けています。はっきり言えばこの件に関して鈴木知事が「責任は自分がすべて負う」と発言したのと比べると、安倍首相は鈴木知事を持ち上げるために自ら汚れ役をやっているようにしか見えないくらいに無様で評価できないと私は見ています。
ただこうした、「責任は負いたくないけど物事を決めたい」的な無責任な意思決定プロセスは、安倍首相に限りません。確かに日本はワンミスが命取りなくらいな極端な減点主義方式の社会で、あの子もどの子もただひたすらに責任を回避し続けるのが絶対正義なところがあり、私の世代などはリアルに「見ざる言わざる着飾る」な生き方をモットーにしている人が多いです。
そうした人々について私個人としては、いくらかは根性がないとは思うものの、時代が時代故にこうした生き方もやむを得ないかと理解する点も少なくありません。
その一方、こうしたメンタルが世の中で支配的なことから、先ほどの責任は忌避しつつ物事を決めるという、責任所在者をわざと組織的にあいまいにさせる意思決定プロセスが、更なる混乱を招いているように見えます。具体的に言うと、自分が責任を負わなくていいから真面目に意思決定をしない、メリットやデメリットなどの要素を真剣に検討しないで意思決定が行われていると思う節が日本のあちこちで見られます。中にはどうせ責任を負わないんだからと、高輪ゲートウェイのように冗談みたいな誰もがおかしいと感じる意思決定すら平気でやらかす輩も出てきており、日本の意思決定プロセスは「責任を負わなくていいから適当に決める」ということが一般化しつつあるように思えます。
思えばこの流れの萌芽は、90年代のゆとり教育導入辺りからだったかもしれません。あの当時は誰もがこの方針へ舵を切ることに反対していたものの、当時の文部省は「一部ニーズがあるから」という言質でもって国益を考えずに導入し、案の定学力が大幅に低下してさらに批判が起こるとあっさりこの方針を放棄して、元の水準へ戻すよう揺り戻しました。
この揺り戻しの際、ゆとり教育導入を推し進めた文部省の責任者は、「国民が導入を望んだ」、「少なくとも一部の人は導入を強く主張していた」などと話し、当時の世論の大反対を無視したことに対する責任を認めなかったばかりか、導入することによって得られると見込まれた効果の狙いや検証根拠などについて、一切口にしませんでした。
何も結果責任を必ず取れと声高に主張するつもりまではありませんが、意思決定前に複数ある選択肢について事前に、どちらが今現在選択する上で最善なのか、科学的且つ合理的に日本人はもっと検証して、その検証結果を意思決定に反映させるべきだと思います。なんとなく、そうした検証を経ることよりも勘のような判断であちこち決断が行われているように見えてなりません。
2020年3月8日日曜日
出生率に関する父親要素の考慮について
今回の記事は傾向を示すデータさえあればJBpressで出そうかと考えていたのですが、相変わらず出生率関連データで検索しても、平気で1995年くらいのデータとか飛び出してくる始末で全く参考にならず、同じ内容を主張する研究なども見当たらないので、仮説ということでブログのみで出します。結論から言うと、出生率に男の方の要素は無関係なのかということです。
この疑問を持ったのはつい最近で、日本の出生率低下とその対策について女性の第一子出産年齢、婚礼率、あと世帯年収などが関連データとしてよく比較されます(その割にはあまり傾向などがまとまってないように見えるが)。特に実際に出産を行う女性に関してはこれでもかというくらい細かに年齢や学歴をはじめとする属性が世代ごとに分類されていて、「どんな女性だと子供を多く生むのか」という視点でよく描かれています。
ただ今挙げた要素の中でも、大きな矛盾が見え隠れしています。具体的に言うとそれは世帯年収で、男性上位の傾向がまだ消えない日本社会においては男親の収入が世帯年収を大きく左右する要素であり、その収入は男性の属性データなどが大きく相関することは間違いありません。
そうした点を踏まえた上で前から気になっていた点として、大卒よりも高卒の男親の家庭の方が子供の数が多いような気がします。平均年収で言えばまず間違いなく大卒が高卒を上回ることを考えると、教育費用の問題云々で出産数が伸びない云々とかはどうなるのかって話になるわけで、一つデータを調べてみようと思ったらありませんでした。
データがないため確かめることはできないことから、上記仮説は仮説として置いておいて、もう一つ私が気になったアプローチポイントとしては、出産に関して男親については、実年齢以上に勤続年齢の方が重要なのではということです。単純に、仕事も一通り覚えて定着し、貯金もある程度たまってないとなかなか結婚、出産に踏み切れにないと思うからです。仮にその通りだとしたら、社会人となる年齢が早い高卒ほど有利になり先ほどの仮説を裏付ける要素となるのではと考え、これについても一つデータを調べてみようと思ったらありませんでした。
っていうか出産に関しては女性、女性、ジョジョ製ばかりのデータで、男親がどんな奴だと子供ポコポコ生むのか全くデータがなく、傾向が掴めません。あるのはただ、ビッグダディの情報ばかりです。
改めて述べると、出産・育児に関する研究ではやや、女性に関するデータに偏っている気がします。もちろん出産当事者である女親に関する研究は非常に重要ですが、男親に対する視点やアプローチが丸々抜けていて、その「年齢」と「世帯年収」にのみ間接的に出てくる以外ありません。
世間でいうほど世帯年収が出産に非常に重要な要素であるとするならば、男親に関するデータの分析は当然重要になるはずです。そうした点を考慮すると現状の研究はどうなのか、男親の属性や傾向について軽視し過ぎであるように見えます。
なお上記の個人的分析に基づくならば、父親が高卒者であれば意外と出産数は増えるのではと見込んでおり、ならどうすればいいかとなると単純に、大学の定員もろとも大学進学率を引き下げ(20%くらいに)れば、少子化問題の対策になるんじゃないかと勝手に睨んでいます。
この疑問を持ったのはつい最近で、日本の出生率低下とその対策について女性の第一子出産年齢、婚礼率、あと世帯年収などが関連データとしてよく比較されます(その割にはあまり傾向などがまとまってないように見えるが)。特に実際に出産を行う女性に関してはこれでもかというくらい細かに年齢や学歴をはじめとする属性が世代ごとに分類されていて、「どんな女性だと子供を多く生むのか」という視点でよく描かれています。
ただ今挙げた要素の中でも、大きな矛盾が見え隠れしています。具体的に言うとそれは世帯年収で、男性上位の傾向がまだ消えない日本社会においては男親の収入が世帯年収を大きく左右する要素であり、その収入は男性の属性データなどが大きく相関することは間違いありません。
そうした点を踏まえた上で前から気になっていた点として、大卒よりも高卒の男親の家庭の方が子供の数が多いような気がします。平均年収で言えばまず間違いなく大卒が高卒を上回ることを考えると、教育費用の問題云々で出産数が伸びない云々とかはどうなるのかって話になるわけで、一つデータを調べてみようと思ったらありませんでした。
データがないため確かめることはできないことから、上記仮説は仮説として置いておいて、もう一つ私が気になったアプローチポイントとしては、出産に関して男親については、実年齢以上に勤続年齢の方が重要なのではということです。単純に、仕事も一通り覚えて定着し、貯金もある程度たまってないとなかなか結婚、出産に踏み切れにないと思うからです。仮にその通りだとしたら、社会人となる年齢が早い高卒ほど有利になり先ほどの仮説を裏付ける要素となるのではと考え、これについても一つデータを調べてみようと思ったらありませんでした。
っていうか出産に関しては女性、女性、ジョジョ製ばかりのデータで、男親がどんな奴だと子供ポコポコ生むのか全くデータがなく、傾向が掴めません。あるのはただ、ビッグダディの情報ばかりです。
改めて述べると、出産・育児に関する研究ではやや、女性に関するデータに偏っている気がします。もちろん出産当事者である女親に関する研究は非常に重要ですが、男親に対する視点やアプローチが丸々抜けていて、その「年齢」と「世帯年収」にのみ間接的に出てくる以外ありません。
世間でいうほど世帯年収が出産に非常に重要な要素であるとするならば、男親に関するデータの分析は当然重要になるはずです。そうした点を考慮すると現状の研究はどうなのか、男親の属性や傾向について軽視し過ぎであるように見えます。
なお上記の個人的分析に基づくならば、父親が高卒者であれば意外と出産数は増えるのではと見込んでおり、ならどうすればいいかとなると単純に、大学の定員もろとも大学進学率を引き下げ(20%くらいに)れば、少子化問題の対策になるんじゃないかと勝手に睨んでいます。
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